「火垂るの墓(Grave of the Fireflies)」は、アニメーションに対する再考を迫る圧倒的な感動すべき体験(emotional experience)をもたらす。当初アニメーションは子供向けの漫画に過ぎなかった。「ライオンキング(The Lion King)」や「もののけ姫(Princess Mononoke)」、「アイアン・ジャイアント(The Iron Giant)」等の最近のアニメーションはより深刻なテーマを扱っており、「トイ・ストーリー(Toy Story)」や「バンビ」のような古典は数人の観客を涙に誘うこともある。しかし、これらの作品は安全な一線を越えることはない。それらは涙を誘いはするが、痛みを伴うことはない。「火垂るの墓」は力強くドラマチックなアニメーション映画で、批評家アーネスト・リスター Ernest Risterが「火垂るの墓」を「シンドラーのリスト(Schindler’s List)」と比較して「この映画は今まで見た映画の中で最も深遠なヒューマンアニメーション映画である」と批評したことがよく理解できる。
「火垂るの墓」の表層の奥には古い日本の文化的な流れがあり、それらは批評家であるデニス・H・フクシマ Jr.Dennis H. Fukushima Jr.によって解説されている。彼はこのストーリーの源流を心中の伝統の中に見出した。清太と節子は公然と心中を約束したということではなく、人生が彼らの生きる意思をすり減らしたのだ。彼は彼らの防空壕と丘陵の墓との類似点についても言及している。