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2021.01.26
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ イエス様は宇宙的な革命の主人公

1956年11月11日(日),本部教会


  祈祷

 愛するお父様、お父様が生命の園をお眺めになるのが創造の目的であって、お父様の栄光を讃える真理の園が理想的な園であって、永遠不変の愛を中心としてあなたの御前で全体が和動して、お父様の内的性相や外的形状を現しながら、それに酔って生きるべき所が本然の園であったことを知るものでございます。

 愛するお父様、今日私たちが願う希望の園を、この時間感じることができるように許諾して下さい。本然の園を体恤して心から欽慕すると同時に体を動かして敬拝できるように許諾して下さり、心からお父様の御旨を高めると同時に、体が供え物として捧げられるよう許諾して下さい。 お父様が私たちを捜すためなさったすべての苦労は、もう私たちに任せてお父様は栄光を受けられるよう切にお願い申し上げます。

 お父様、ここに集まったあなたの子女たち、一人の生命もお捨てにならないで、まず彼らの心がお父様の永遠な生命につながれ燃えるように許諾して下さい。そうして、お父様の愛の心と一つになるよう許諾して下さい。お父様の生命に私たちの体と心が一つになり、全体が一つになって供え物として捧げられるこの時間になるように許諾して下さい。そうして、お父様が喜んで受け取って下さる、不足のない供え物になるよう許諾して下さることを、お父様、切にお願い申し上げます。

 お父様、私たちを守って下さい。分別の歴史に対して責任を持って下さい。サタンが侵入する時間にならないよう許諾して下さい。ひたすらお父様の御旨に従い、命じられる御旨を中心として和答(和酬)できるよう許諾して下さり、心と体で従順できるこの時間になるよう許諾して下さい。

 そうして、自分のすべての足りなさと正しくない要素をお父様の前で率直に告白し、悔い改めることができると同時に、お父様から愛されるこの時間になるよう許諾して下さることを、愛するお父様、切にお願い申し上げます。

 お父様、今日は聖なる日、福を下さると約束なさった日ですので、この民族の代身として集まる数多くの祭壇を祝福して下さい。お父様の御旨を代身して寂しい祭壇で闘っている子女たちも多いので、彼らにも同じ恩賜を与えて下さい。

 予告されたり、見せて下さったり、証拠されたりしたことが、最後の日に彼らによって現れるよう許諾して下さい。この民族が暗闇の中に取られているので、これを悟らせられるお父様の直接的な役事を現して下さり、お父様が動かされる各教会を通して、あなたの娘・息子たちを通してこの時間現れるようなさって下さることを、愛するお父様、切にお願い申し上げます。

 約束された最後の日が近づき、許諾される恩賜の時が来ましたけれど、私たちはまだ不完全で未熟ですので、私たちを導いて下さい。支えて差し上げるべきお父様の御旨を、支えることのできない者たちにならないよう許諾して下さい。



 そうして、三分五裂された教団を一つに結ぶことができるよう許諾して下さり、お父様の全体的な恩賜を代身することができるよう導いて下さい。この民族に、天の隠された御旨を現して下さり、24億人類の前に、お父様から喜ばれる ことができ、その御旨を誇ることができる祝福の日が早く臨まれるよう許諾して下さることを、愛するお父様、切にお願い申し上げます。

 お父様、今日集まってきた多くの子女たちを哀れんで下さい。彼らはお父様から呼ばれて来た者たちであり、お父様によって寂しこへと追い出されて集った子女たちですので、前後、左右、上下から主管して下さい。

 今からは心と体にただお父様が願っておられることだけが存在するように許諾して下さり、サタンの痕跡がないように、罪悪の根が残されていないようにして下さい。

 聖別に聖別を加えて完全無欠の善を中心として、その心と体がお父様の本性の前で高ぶらない謙遜な群れとして、温柔な姿としてひれ伏すことのできるこの時間になるよう許諾して下さることを切にお願い申し上げます。

 お父様、各地で御言を持って闘っている子女たちがお父様の御前にひれ伏していることを知っておりますが、彼らを守って下さり、この時間等しい恩賜を与えて下さい。

 お父様、この民族の為に私たちを立てて勧告して下さり、私たちと共に御協力しましたので、私たちが生きておられるお父様の息子・娘であることを誇ることができるよう許諾して下さり、生命の中心に立っている息子・娘であることが証しできるよう許諾して下さい。

 お父様、あなたの御手につかまれたことを証しされ、この民族を悟らせて、サタンからこの民族を救い出すことができるよう許諾して下さることを切にお願い申し上げます。

 そうして、民族的な恩賜を許諾しようとされるお父様の全体の御旨での前で、この民族が恥がないように私たちを立てて、お父様の御前へと出ていくように許諾して下さることを切にお願い申し上げます。

 最初から最後まで、お父様と聖霊が喜ばれる御旨に私たちの心と体が動ずるよう許諾して下さり、この全体の集まりを栄光の供え物として受け取って下さることを、切にお願い申し上げます。

 初めから終りまですべてを主管して下さい。主の御名によってお祈り致しました。ア-メン。


  祈祷Ⅱ

お父様! シオンの一つの中心を探して立てようと数多くの先祖たちが血を流しつつ、お父様に御心配をかけ負債を負っていることを蕩減するため今まで闘ってきました。



 私たちがお父様から主管される栄光の息子・娘になるとすれば、私たちにはそれ以上の願いも所望もないということを知っているものでございます。

 しかしながら、永遠なるお父様の愛の御手につかまれないと、この地上に私たちのような寂しくかわいそうな者たちが、惨めな者たちがないと思います。

 お父様、闘いと迫害に疲れ、酷しい環境に苦しめられてきたあなたの息子・娘たちを、この時間生命と愛で守って下さり、導いて下さい。

 この時間、傷ついた体と心をしてお父様の前に出ましたので、お父様、可哀そうに思って下さり、この時間だけでも闘いからできた私たちの傷が治療できるように、お父様の心に隠されている愛を味わうことができるように許諾して下さい。そうして、天の心に似て、天の栄光を中心として全体が歌うことができ、天の御旨の為に全体が頭を下げることができる時間になるよう許諾して下さい。私のお父様、切にお願い申し上げます。

 お父様、寂しい私たちをあっちこっちから追い詰められる道へ追い出したのもお父様であり,惨めな所で人知らず天に向かって訴えるようにしたのもお父様でありましたので、この時間彼らが慰められるよう許諾して下さい。今日この場にひれ伏したあなたの息子・娘たちが歩んできた苦労の路程には、未だに血の滲んだ足跡が残っており、悲しみの涙が彼らの祈祷と共にしています。お父様、彼らを哀れんで下さい。



 寂しいこの壇上をお導きになるお父様、あなたの後をついていく息子・娘たちも寂しく哀れな立場に立っています。今日もお父様が、彼らの生命と善と所望のすべてになられて彼らを慰めて下さい。導いて下さり、愛して下さい。

 今は終末になって、人の言葉が要らなく、人を通した御言や人を中心とした御旨が必要でない時であることを知っております。ただ永遠な生命の脈を通して動いて出るお父様の愛の御言だけが必要であることを私たちは知っております。ですから、今日集まったあなたの息子・娘たちが愛を体恤することのできない不安定な立場におかれていたとしても、お父様、役事して下さい。火花のような目で観察して下さり、私たちの心に隠された喜悦の核心が現れるようにして下さい。あらゆる恐れにとられた私たち、お父様の前に出て悔い改める子女たちになるよう許諾して下さい。

 お父様の御手につかまれて、お父様の恩賜に感謝することをわかる者がいるならば、いつまでもその様な心を保つことができるよう許諾して下さい。尊きお父様の前で、愛の息子・娘であると認められる者たちになるよう許諾して下さることを、お父様、切にお願い致します。

 今日もこの民族のため集まる多くの祭壇を祝福して下さい。御旨がわからなくて、悲しみながら天に訴える聖徒たちの声が天に染み通っていると知っております。彼らの恨みを解いて下さり、彼らの心を受け 取って下さって、彼らが終末にお父様が願われる御旨に従い、成し遂げることができるよう導いて下さい。

 また、御旨の為に人の知らない寂しこを開拓しながら、暗闇と闘っている隠れた兄弟がこの民族の中に多くいますので、この民族の前にその暗闇が去っていく時が早く来るようにして下さい。

 生命の動きも一つでありまして、恩賜の動きも、栄光の顕現も一つでありましたので、お父様、彼らを通して証しなさり、散らばった祭壇を間垣としてお父様の御旨を中心に追い立てて一日でも早くこの民族が一つになれる喜びの祭壇をなして下さることを、お父様、切にお願い申し上げます。

 今日も寂しい息子・娘たちが各地方で御言を持って闘っていますので、あそこにも共にして下さい。彼らは、6千年歴史の最後の怨讐たちと闘って勝利しなければならないという精神で勝利の祭壇を建てて、お父様と息子・娘が一緒に楽しめるその時のため、お父様の命令に従って闘っております。お父様、彼らが留まる所々ごとにお父様の直接的な役事を現して下さい。その様な環境を通して全体にまで及ぶことができるよう許諾して下さることを、お父様、切にお願い申し上げます。

 この時間、ひたすらお父様の喜びの恩賜を与えて下さり、私たちを受け入れて下さることを切にお願いしつつ、すべてを愛する主の御名によってお祈り致しました。ア-メン。


 <御言>
 今日は“イエス様は宇宙的な革命の主人公”という題目を持ってしばらくお話します。


 人間が新しさの実体として完成されることを願われた神様

 新しいものが創造される過程を見ると、それは一つの革命的な過程であると見られます。6日の間に造られたすべてのもの、すなわち、虫類から人間に至るまでのすべての被造物を見ると、神様はより新しく良い存在を創造され、最後に人間まで創造されたのです。人間を創造されることによって、神様はより高い御自身の内的な性相と外的な形状を完結され、それが神様が永遠に誇ることのできる新しくて変わらない実体を備えてくれることを願われたのが創造主の理想であったことを皆さんは良く知っていると思います。

 このように人間は、神様が楽しめる永遠な新しさの実体として、万物万象に代わって、いかなる被造物と比較してみても、“なるほど、これは実に美しくていいな”と言える一つの姿として造ったのです。このように造られたのが、万物を主管できるアダムとエバであったということを皆さんは知っています。

 神様の本然の善と内的な栄光を、実際の生活を通して楽しむべきアダムとエバでした。ところがアダムとエバは堕落したことによってその意を知らなかったのです。神様が創造されたすべてのものに代わって新しさの栄光を現すことのできない立場に止まるようになったのが、堕落した人間です。しかしながら、人間が堕落したとしても神様の御旨は不変の御旨として、必ず完結できなければ、神様は創造主としての威信を守ることができないし、権限を現すことができません。ゆえに、これを再び立てていくことが復帰の歴史であり救援の歴史であるということを皆さんは原理を通して良く知っているところです。

 では、天がこの様な立場から宇宙の万物万象を見る時、天上と地上からも見られないし、被造物の中でも見られない一つの尊き存在、神様の奥に隠されている全体の性相を新しく現すことのできるより次元の高い新しさの実体が主人公として現れて、神様の御旨が成就させられる日はいつであろうか? この様な感激的で衝撃的な一日を迎えるため、今日まで神様はこの一つの目的を立てておいて復帰摂理を経てこられながら絶えず役事しておられるのです。

 創世以後神様は、すべての被造物の中でこの被造物を全部あげても変えられないし、今までなかった喜びを味わせる新しい宇宙的な存在を探すことのできるその一日を待ちに待っておられるのです。

 神様は、神様御自身と人間と万物が共に楽しみ、喜びつつ和動で きる創造理想世界をもう全部設計され、理想的な生活面までももう構想しておきました。そうして、内的な象徴としてなされた天と、外的な象徴としてなされた地が、共に楽しむことができる一つの主人公を中心として楽しむようになる時、天と地が共に喜ぶことができるのです。この様な一つの基準を探すため天が苦労しておられるということも皆さんは良く知っているでしょう。

 では、お父様が要求される御旨は何か。

 天上天上のすべてのものを壊してしまっても手放せないただ一つの御旨があるとすれば、それは完成人間です。人間が完成されるまでは、原理的な創造の法度を経て真理の実体にならなければいけないのに、堕落によって非原理的な実体になりました。ですから、人間は人間の形態を備えているが、その内的な性禀と外的な形が神様の永遠な実体に代わった分身体として現れることができなかったのです。

 その様なゆえんで、堕落した人間は人間の形は備えているが、創造理想の形を失ってしまいました。神様はこの人間に創造理想の形を再び注入させておられます。新しい一つの実証体を探すため苦労される天の役事を皆さんも良く知っているでしょう。


 神様の創造理想を成すため来られたイエス

では、この一つの中心になる本体、所望の存在として来られた方がどなたかというと、イエス・キリストでした。イエス・キリストを送るまで、神様は4千年間苦労されました。

 創世以後、初めて和動できる一つの新しい存在として、万物万象の前に見せてあげられる存在としてイエス様を送られましたが、人間はイエス様を神様の所願の存在であることを知らないで、反対する堕落の歴史を再び行いました。

 失った善の基準を探すため苦労された神様は、4千年の歴史を経て来られながら、サタンの讒訴圏にいる人たちを呼び集めて民族的な基盤を造って来られました。ですから、この民族的な基盤は神様と万物を代身し、天上天下のすべての存在を代身することのできる一つの主人公として立てられたイエス様のための基盤にならねばならなかったにもかかわらず、イエス様と民族は別々に行ってしまったのです。ここから私たちの使命と神様の使命が決定されました。

 神様を中心として宇宙を新しい世界に再び造るため、全体の代わりの存在として送られたイエス様でした。しかし、ユダヤ人たちの不信によって、全体の主人公になった使命を持つイエス様はイエス様通りに、民は民通りになくなってしまい、これによって神様の悲しさはさらに大きくなったということを皆さんは知らなければなりません。

 イエス様自身がその当時ユダヤ人に対して言われた御言と彼が現したすべてのことは自分一身の御旨ではありませんでした。誰の御旨だったかというと、天の御旨だったのです。イエス様は神様の摂理の御旨を代身したのです。しかしながら、イエス様を通して神様の御旨を知らねばならない堕落圏内の民とイエス様の間に相衝的な論争が行われました。 堕落したこの世に神様の御言が現れる時、その御言が民族の前に現れると民族を革命する御言になり、個人に現れると個人を、世界の中に現れると世界を、また天地を新しく革命することができる御言として現れるということをその時のユダヤ人は知りませんでした。

 イスラエルの民は4千年間ずっとモ-セを通して下さった律法とヤコブに言われた約束が自分たちの理想を成してくれることができ、全体を代身することができると知っていました。しかし神様は、一番下級から漸進的に引きあげる役事をなさいました。蘇生的な旧約歴史を経てきた後は、長成的な新約時代を経て完成級まで進んで行く天地創造の原則的な順路を再び経て行く歴史をなさっているということを知らないイスラエル民族でした。ゆえに、イエス様の御言はその時代の人たちが受け入れることのできない命の御言でした。旧約の律法よりもっと高い新しい御言であり、従来のものよりさらに高い価値と因縁を結ぶ為の御言であったということを当時の民たちは知りませんでした。

 イエス様が願われたことが何であったかというと、神様の全体的な創造理想を成して差し上げることです。それゆえに、天地に代わって宇宙的な使命を完遂しようと絶えず革命的な過程を経て探してこられたのです。ゆえに、イエス様がこの地上に現れた宇宙的な御旨の道を歩むようになる時は、堕落人間を本然の位置に引き上げる過程であって、その過程には限りない闘いと革命的な過程があったということを、今日終末に処している皆さんは知らなければなりません。


 イエス様の所望とユダヤ民族の不信

 では、この革命的なイエス・キリストの所望はどの程度の所望であるか? 今日皆さんが住んでいるこの地上で持つような所望ではありません。世界を越え、無限な神の国までつながれる所望です。

 この所望はイエスの所望であると同時に、一つになった神様の所望でもあります。それゆえに神様は、イエスに所望をかけて神様の御旨をイエスを通して現そうとなさったということを人間たちは知らなければなりません。

 では、イエス様がユダヤ民族の前に現れて言われた御言と、神様の全体的な御旨を代表した実証体として現れたそのお姿はどうだったのか? 今まで歴史上になかった新しい真理の主人公として現れました。数多くの人たちが真理を叫んだが、それは個人次元の真理に過ぎなかったのです。彼らはそれを、民族と民族そしてすべての国家を代身することができる真理であると主張したかも知れませんが、実際その様な真理になれませんでした。それで、天と地を再び照らしてあげられる真理を持って現れた方がイエス・キリストでした。ゆえに、イエス・キリストが言われたその御言はその時代、その世界において最高の価値あるものであり、新しく革命的なものでした。

 革命的なこの真理の御言を、神様の御旨を待ち焦がれていたユダヤ民族が知った ならば、それまでの自分たちの生活を捨ててこの真理を持つことを願ったはずです。

 この様な立場に立つべきユダヤ民族が、成し遂げるべき一日をだめにしてしまったので、私たちがこれを乗り越えなければならないのです。こびり付いているものを解いてあげなければならない使命が私たちにあります。イエス・キリストの真理を受け入れないことによって犠牲が行われるのです。

 神様は一つの民族を立てておいて、その民族の中で一つの中心を立ててその中心によって、宇宙的な真理の御言で神様の内的な心情を現そうとされました。しかしながら、イスラエル民族はこの様な事実を知らなかったのです。

 イエス様は約30年間に渡って永遠なる真理の御言を現すべきだったのに、彼らの不信によってイエス様は捨てられたのです。そうだったので、世界人類は御言の実体を取り戻せるその瞬間まで、イエス・キリストが神様の御旨と心情に代わってこの地上に伝播しようとされた宇宙的な新しい真理を していかねばならないのです。

 今日の聖徒たちはイエス・キリストの所望を成して差し上げるべきです。

 イエス様から証された御言は、イエス様当時に民族的な御言として、さらには世界的な御言として現れるべきだったのです。ところが、世界的な御言として現れなかったのでキリスト教は苦難の宗教になりました。 もしも、イエス・キリストが言われた御言がその当時この地上を救うことのできる中心の御言として現れたならば、神様の権能を現すことができたはずです。一人の個人であるイエスに従う個人があり、民族があり、世界があったならば、神様の御旨を担ったイエス様はこの地上でその御旨を成就させたはずです。ところが、イエスの前にはその様な個人と民族と世界がありませんでした。

 そして、イエス様の御言を中心としてイエス様を代身すべき愛する弟子たち、愛する家庭、愛する教団、愛する国家がイエス様と一つになって神様の心情を体恤し、神様の御旨を受け入れるべきだったのです。しかしながら、自分たちの教団的次元で自分たちが知っている真理を持ってイエス様を見る立場であったので、イエス様の御言は御言通りに、彼らは彼ら通りに別れるよう になったのです。

 では、イエス様が終末の聖徒である皆さんに要求されることは何か。恥しい私たちに宇宙的な存在になることを望まれ、宇宙的な真理を宣布されました。

 イエス様はこの地上に個人として来られましたが、彼は平凡な個人ではなく天下万象の被造物を代身した方でした。被造世界の創造原理的な全体の真理に代わった方だったのです。

 イエス様が私たちに要求されること

 この様な価値的な存在として来られましたが、価値の主人公、宇宙の主人公になれなかったのです。それゆえに、皆さんがこの様な宇宙的な価値の目的を達成しなければなりません。それで、私たちがイエス様を信ずるようになると、私たち自身はイエス様の心霊を通して個人的に真理と会えます。この様に皆さんが神霊役事を経る時、無限な恵みが与えられると、それをただ個人的な恵みとして受け入れたらだめです。それは時間が過ぎて環境的な恵み、教団的な恵みを経て世界的な恵みと広げていかなければなりません。そうしてこそ私たちは再び帰って来ることができるわけです。

 私たちに恵みが与えられると個人的な考えで自分だけの恵みであると思ってはいけないのです。皆さんが個人的な立場で恵みを受け、個人的な立場でイエス・キリストを通して真理を得たならば、それを良く理解して自分のものにすると同時に、この真理を責任を持って世界まで伝播させて行くようにならねばなりません。このように世界と共に進んで行くと、それは自分の恵みになると同時に、天と地上の恵みになるのです。しかしながら、もし皆さんの信仰観念が皆さん一人を救おうとすることであれば、皆さんは個人的な救援観念に止まってそこで終わってしまいます。

 皆さんの心に溢れる恩賜が個人的なものにのみ止まっているならば、昔ユダヤ民族がイエス・キリストを十字架につけた誤ちを再び犯すようになります。

 自分の得たところの真理が自分一人の命を救う為の宗教に止まっているとしたら、イエス・キリストの所望を成すことができないのです。個人を通して、家庭、社会、世界を通して天の摂理に及べる所望の中心を持って言われるイエス・キリストの御言が、皆さんの個人的な恩賜を通して復活と衆生の役事をなすようにするわけです。個人的で民族的、国家的、世界的な救援を、皆さんを通してなさねばならないのです。

 皆さんは、個人的な救援と民族的、世界的、宇宙的な救援が残っているということをはっきり知らねばなりません。

 皆さんがお父様の前に感謝する時も、個人的な感謝だけではなく家庭的、社会的、国家的、世界的な次元で感謝できるようにならねばなりません。さらに、皆さんが悔い改めるとしたら、個人的な悔い改めから家庭的な悔い改め、国家的な悔い改め、世界的な悔い改め、天と地をおいて悔い改める皆さんにならねばなりません。

 今は個人的な救援観念を越え、家庭的、社会、国家、世界的な救援観念を越えなければならない時です。そうなってこそ皆さんによって世界的な蕩減が始まるのです。

 ユダヤ民族が民族的な救いの観念を持って世界的な救いの観念まで持ったならば、イエス様はこのユダヤ民族を通して世界人類を救って下さったはずです。


 イエス様の御言は宇宙的な革命の御言

 歴史過程を経て実られたイエス・キリストの福音の御言は真理の御言です。それは先祖たちが経てきた全歴史と生活を超越して皆さんを救われる御言でした。このように、イエスの御言こそ宇宙的な革命の御言であったことを皆さんは悟らなければなりません。

 イエス・キリストがこの地上に来られて、あの時まで信じてきたすべての律法主の前に反旗をあげました。“私によってすべての律法は完成されるべきだ”と宣布なさったわけです。このような、イエス様の宇宙的な信仰観が入っている御言、宇宙的な価値の御言の意をイスラエル民族が知らなかったのでイエス様を殺したわけです。  その御言は当時には宇宙的な御言でした。愛の面においてもイエス様は宇宙的な革命の御言を話しました。

 イエス様は“誰よりも私を愛せない者は私に似合わない。また、誰よりも私を愛せないと私の弟子になれない”と言われました。これを見ると、神様が創造理想として願われた宇宙的な一つの完成体をなす時まで真理を求めていくのには宇宙的な路程を経なければならないということがわかります。

 人間と人間同志の関係、そして人間と神様との関係を結ぶにおいて重要なことは宇宙的な愛です。ところで、人間が宇宙的な愛で神様と関係を結ぶことができなかったので天使長と愛の関係を結ぶようになったのです。それで人間は、神様との理想的な愛を中心として愛の門を貫いていく力を失ってしまいました。再びこの愛の門を貫く為には力が必要です。

 イエス様が、“私を誰よりももっと愛しなさい”と言われた目的が何であるかというと、イエス様御自身が愛される為ではありません。人間たちがその御言を信じてイエスを愛すれば、イエスがサタン圏内につかまれている力よりももっと強い力でつかんで下さることによって、人間たちを神様と本然の愛をかわすところまで引き上げる為でした。そうするため、“私を誰よりももっと愛しなさい”と言われたのです。この御言は預言的な革命の御言でした。

 このようにイエス様は真理の革命を起こし、さらに十字架の死によって天的な愛の革命を起こしたわけです。これは個人と個人の愛はもちろんで、家庭的、社会的、国家的、世界的な真理を代身した愛でした。宇宙を代身した愛の革命でした。

 ところが、今日の世の愛は自己中心の愛です。あるいは国家中心の愛です。今までは自分の国を愛するとか自分の家庭を愛するぐらいでした。国家以上、国家圏を越えることのできる愛はありませんでした。

 ところが、神様とイエス様の所望はある民族、ある国ではありません。神様を中心として天上と地上が一つになれる理想的な世界を造ることです。それゆえに、イエス様が提示された愛はこの世的な愛、 自己中心の民族や国家的な次元の愛ではなく世界を越えて天と地までつながれる愛なのです。


 真理の革命、愛の革命

 では、イエス様が福音の御言を通して立てた真の道は何だったのか。今日皆さんはどの程度の愛をしていますか? イエス・キリストは個人の前に立たなかったのです。家庭や国家の前にも立ちませんでした。こうしたら、宇宙的な愛の主人公であり新郎であるイエス様は家庭的な迫害と国家的な迫害を受けました。

 天地の森羅万象、今まで神様の愛を感じられなかったすべての被造物がイエスを起源にして初めて愛の因縁を結ぶようになっていました。この様な因縁が結ばれるようにやってあげる責任がイエス様にあったわけです。

 では、イエス様が開拓して立てた愛はどんな愛であるか。この世的な愛とは全く反対の愛です。人間の愛はせいぜいして国のための愛であるが、イエス・キリストの愛は宇宙的な愛です。すなわち、個人を越え、民族、国家、世界を越えて天までも届く愛であるわけです。

 では、神様の愛はどんな愛であるか。両面を備えた愛です。自分だけ愛することではなく怨讐までも愛することです。したがって、私たちは神様を愛すると同時に怨讐まで愛せる個体にならねばなりません。

 イエス・キリストの愛はどんな愛であるかというと、サタンまでも愛する愛です。サタンまでも愛することが神様の愛であることをわかったので、イエス・キリストは、“怨讐までも愛しなさい(マタイ5:44)”と言われたのです。ですから、私たちはこの様な宇宙的な愛の基準をこの地上に立てなければなりません。私たちが死ぬ時までも完遂できなければ、私たちの子孫を通してでもこの基準を立てるべきであるという心を持たねばなりません。

 そして、皆さんは感謝する生活をすべきです。キリストの恩 賜と愛によって私が生きており、天の恩賜と愛によって私が生きていると思って、キリストと天の前に感謝する生活をしなければなりません。私が救われたことも感謝であるが、イエス・キリストの宇宙的な使命を代身することも感謝なことであり、イエス・キリストの愛を完遂するために生きることも感謝なことです。

 家庭や家族を代身し、民族を抱いて十字架で亡くなりながらも、怨讐を許し愛したイエスのその宇宙的な愛を皆さんはわからなければなりません。

 悲しみに勝ち、愛の心情で怨讐を眺めたイエス様であったのです。

 イエス・キリストは十字架で亡くなりながら、“すべてが終わった(ヨハネ19:30)”と言われました。ところが、そう言われる時までは御自身の悲しみと悔しさも全部忘れて天の御旨の為に苦労なさったことを皆さんは知らねばなりません。自分一身を通して宇宙的な生命を取り戻すことができるので、イエス様は自分の痛みも悔しさも忘れてあらゆる苦難に耐えることができたのです。したがって、イエス・キリストの生涯は自分だけが生きようとする生涯ではなく、民族と国はもちろんであり、神様の国を成す為の生涯だったのです。


 覚醒すべき終末の聖徒たち

 今日皆さんはイエス・キリストの生命を探す為の運動をしており、民主主義世界ではイエス・キリストの名を復活させる為の運動をしています。大きな恩賜を受けて大きな責任を持っている民族も、そうじゃない民族も同様です。この地上にはイエス・キリストの福音が残っており、地上になかった新しい宇宙的な真理と愛と命が残っています。その様な宇宙的な真理と宇宙的な愛と宇宙的な命は皆さんのものになれるというわけです。

 この地上の人類を救うため苦労された方として、イエス様よりかわいそうな人はいません。 イエス様の御言は世界に代わった御言でした。地上に播かれているべき真理の言葉であり、地上に受け入れて いるべき天の言葉でした。そして、地上に植えられているべき宇宙的な生命の言葉であったのに、地上から受け入れられないで来られたイエス様は否定されました。イエス様の御言を当時の人たちが信じなかったのでイエス様一人残されるようになったわけです。

 6千年間苦労してこられた神様の力になれる生命の主人公、真理の主人公がこの地上に来られるならば、地上のすべての良心的な人たちは彼に従うはずです。地上に真理の道を求めていく人たちがいるならば、生命の道を求めていく人がいるならば、きっと彼と共にいくでしょう。このようなことが天が望む基準であるにもかかわらず、今日の人間たちは個人的な愛の基準、個人主義を持って生きています。昔のユダヤ教徒たちのこの様な心を持って生きたので、イエス・キリストを十字架にかけたのです。この様なことがイエス以後にも続かれているという事実を良く知らねばなりません。

 今私たちには、天地を代身することのできる新しい御言と新しい生命、新しい愛が必要です。ところが、理念的な御言だけではなく実体化できる御言が必要です。

 ですから、終末である今日、皆さんは覚醒しなければなりません。皆さんは新しい真理と生命と愛を持って、民族を救い世界を救って、天地の6千年の恨みを解かねばならないのです。



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

奇知の外の凡人 が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.01.26 20:04:06
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