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2021.09.20
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 「地上天国と理想家庭」

1977年1月1日
ニューヨーカー・ビルで


 蕩減路程から建設の時代へ

 新しい年を迎えるにあたり、全世界の食口のみなさまに声明を送ります。

 一九七六年と一九七七年とは、摂理的な意味ではっきりとした違いがあります。

 一九七七年は、飛躍的な摂理の発展をなす年です。ここに集っている皆さんと全世界の統一教会の食口たちが、完全に一つになって後退することなく前進していくならば、民主世界の今後のすべての難問題が、自動的に解決されていく道が開かれるのです。さらに、いかに共産主義の脅威が大きいとしても、それさえも自動的に防ぐ道が生じえるのです。そう考えるのが、われわれの摂理観なのです。

 一九七七年までの歴史は、蕩減復帰の歴史であったために、もし失敗するようなことがあれば元の地点にもどて、再びやり直さなければなりませんでした。このようにして縦的貫通作業をしてきたのでした。しかし一九七七年からは、神側の勝利圏が横的世代に展開されたために、われわれが立てた功績をサタンが奪っていくことのできない時代圏に入ったのです。

 今までは、個人的蕩減路程、家庭的蕩減路程、氏族、民族、国家、世界的蕩減路程へといつも上っていっては落ち、上っていっては落ちてしまって、いかに苦労して国家基盤をつくりあげても、落ちてしまいました。落ちるとなるとすべての基盤が落ちてしまったのです。

 しかし今は、世界的基準を中心とした蕩減条件を立て、もはやけっして崩れることのない勝利の基盤を築いたために、横的な連結をなすことができるのです。ですから個人的蕩減の実績を越えて家庭、氏族、民族へと拡大された神への忠誠を尽した実績は、今や天の圏内に残すことのできる時となったのです。そのことを、はっきりと知っておいてください。



 各自が基盤成就を

 今までの神様の願いは何であったかといいますと、堕落した世界からサタンの讒訴条件の一つもない一つの家庭をたずね求めることでした。それが復帰摂理歴史の中心的内容であったということをわれわれは良く知っています。

 堕落することによって、どのような基準が生じたかというと、神の直接主管を受けるとのできる理想的家庭を見失う結果となってしまったのです。

 ですから、サタンの讒訴条件がなく、神の直接の愛の圏内に入り、神と一つになることのできる完全に完成されたそのような家庭、言いかえるならば、理想的アダム、エバの完成基準を成就しなくてはならないのです。

 これからは、この統一教会を中心に、神の直接的家庭圏内に入ることによって、サタンのいかなる反対があったとしても反対されればされる程、逆に天に利益をもたらし、天に復帰させることのできる反作用的作用を起こす時となったのです。

 したがって、これからは反対すればする程、反対する側、すなわちサタン世界は崩れていき、反対される側においてわれわれは拡大していくことでしょう。

 そこで問題となるのは、統一教会の当面の課題が何であるかということです。天国実現をなすためには、皆さんが理想的家庭基盤を各自が、あるいは各自の所属する部署において成就させることが必要です。そしてそのことのみが、分裂に分裂を重ねているサタン世界を吸収していくことのできる唯一の道なのです。

 すると、皆さんはどのような生活をすべきでしょうか。

 神の介在による因縁関係

 堕落していない本然の世界は、神とアダムとエバが完全に一つになっているのです。真の父母を中心として、その父母と内的生活、環境的すべての生活が一致された生活圏をなしていなければ、神が主管できる真の家庭となることができないのです。

 ですから、本来の神の創造理想をみるならば、いつまでも離別することなく、永遠に父母とともに生活する子女の立場を、自らがつくりあげる、一人びとりとならなければなりません。

 皆さんと先生との間が、このような親子関係になるには、真なる子女の因縁をもつための努力が必要です。真の父母と真の子女としての成立がなければなりません。

 真の父母と真の子女になるために頑張らなくてはならないのですが、皆さんと先生だけでは、いくら頑張ってみても駄目なのです。そこには神が介在しなければなりません。神が介在してこそ、成されるということを知らなくてはなりません。



 それには、今、皆さんが感じていなくてはならないことは何でしょう。

 自覚からの出発

 それは、真の父母に対して、「なるほど、神が中心として定められた唯一なる父母である。」という考えが、自分の思いとして自動的に息吹いていなくてはならないということです。

 春になれば陽射しを追って、生命がその方向に向って、新芽を出すように、自分の心にそのように芽生えるものを感じとれる皆さんとなってください。

 そのような皆さんになるために、一番重要な問題は何でしょうか。それは、自分自らが自覚することです。「私は、間違いなく天の息子、娘である。」という自覚をしなければなりません。「私は間違いなく天の息子、娘である。サタン世界とは区別された、神様の息子、娘である。」と自覚しえる自己を発見するということが、第一問題です。

 堕落とは何でしょうか。神様を前にしながら、神様の息子、娘という自覚ができなかったことです。ですから反対に、皆さんは「私は真の父母様と、神様の名により、真の父母様の息子、娘として生れた。」というそのような自覚をすればその場から、新しい天の心情的紐帯に結び接がれるでありましょう。



 三番目に、この世界の地球上にあるすべての万物は神の息子、娘としてのわれわれに賦与された、特権的賜物であるということを考えなくてはなりません。

 堕落は、神の息子、娘としての自覚ができず、神の国の国民としての自覚ができず、神様の造られたすべての万物が、神からわれわれへの賜物として与えられているものと自覚ができなかったためにおきたのですから、このような自覚をすることによって、新しい次元での子女としての資格を持つことができるのです。

 そうして、その圏内で、皆さんが心情的に体恤した新しい理想的個人完成から理想的完成が出発するのであって、それが成されない限り出発できる基盤が成立しないということを明確に知っておいてください。それだけでなくこのような統一教会のわれわれは、外的なサタン世界に残されている中間的立場の世界があることを知らなければなりません。そしてその世界から、われわれが影響を受けるのではなく、われわれがその世界にあらゆる影響を与えうるような立体的思想を持たなければなりません。

 そういうわけで、サタン世界にいかなる良いものがあったとしても、それは神の世界の一番悪いものよりも、悪いということになるのです。サタン世界で、いかに良いとされていたものでも、次第にそれは破滅していくでありましょうし、神の世界で、いかに悪いとされていたものでも、それは次第に上昇して、神の国の勝利的基台となるでありましょう。

 ですから皆さんは、サタン世界から影響を受けるのではなく、あらゆる面において影響を及ぼさなくてはなりません。

 サタン世界を吸収する秘法

 それには、サタン世界をわれわれの側に、っくりそのまま吸収することのできる、一つの秘法を知るべきです。

 サタン世界は本然の世界とは完全に反対の状態になっているのです。われわれが、一つの全世界的に理想家庭を編成しようとするのに対し、サタン世界は全世界的に家庭を破滅させ、分散させる働きをしているのです。

 サタン世界とは、どのような世界であるかというと、かりに、一家庭に八人の家族がいたとしても、おじいさん、おばあさんが別に住み、お父さん、お母さんが別に住み、息子、娘が別に住み、また、その子供たちまでも全員が別々に住もうとするのです。

 神の世界はどうかというと、家族が八人いるならばその八人家族が全員一つになって住むのです。

 そこで、おじいさんとおばあさんは、お父さんとお母さんに向って「このように生活するのですよ。」という模範を示し、理想的夫婦の姿を教育してあげるべきであり、また、お父さんとお母さんは、息子、娘に向って「私たちを手本にして生きていくように」と、教育をしなければならないのです。

 そして、おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、子女が完全に一体化したならば、蘇生、長成、完成と天地創造の原則となり得るのです。

 するといちばん最初のアダム家庭とは、一体何でしょうか。

 同じように考えるならば、神様がおじいさんです。アダムがお父さん、エバがお母さん、そしてアダムとエバの息子、娘が子女の立場です。そうして子女は父母と同じく結婚し、おじいさんおばあさんのように完成していくのです。結局同じことでしょう。

 縦的関係と横的関係

 ところで、アダムとエバの時においてのみ縦的関係になっているのです。繊的関係からなるおじいさん、おばあさん、お父さん、お母さんですが、次の息子、娘からは横的関係に広がっていくのです。縦、横の差異だけであって、形態は同じであるということです。

 もし、アダムとエバが堕落しないで、完成してから家庭を持ったならば、アダム・エバの家庭が、天国の中心家庭でありました。

 神様は霊であり無形の方でいらっしゃるので、形を見ることはできません。ですから、形を通して無形を表わそうとされ、形をもった人間をつくられたのです。それは、神の形象としての形でなければならなかったのです。その形はアダム・エバであり、神様はアダム・エバを通して御自分をあらわされようとしたのです。

 そうしたら、アダムとエバと神様は一体であるので、アダムとエバの心と同じ心をもたれた方が神様であり、アダムとエバの心の座には、神様が主人として一つになっているのです。結局は神様が、内的な主人であり、内的アダムの立場となるべきお方であるということを知らなくてはなりません。

 そのようにして神様とアダムが一つになり、エバと神様が一つになり、夫婦が一つになるならば、結局、内外の夫婦が一つになって愛する子女を生むことになるのです。ですからその子女は、直接神の血統として連結されるのです。そしてそれを結ぶのが愛なのです。

 神様がなぜ天地万物を創造し、異性をつくられたのでしょうか。神御自身が愛を感じようとされたのであり、神御自身が愛そうとされたからです。そういう結論が生れてくるのです。

 ですからわれわれにとって、神様が直接のお父様であります。そして、地上においては、アダム、エバを父母としともに生活し、霊界にいってからは、神様を父母としてともに生活するようになっていたのです。

 すなわち、地上天国とは、真の父母と永遠に暮せる資格者が住む所であり、天上天国とは、父なる神とともに永遠に生活ができる資格者が住む所なのです。

 真の父母の発見

 それでは、ここにいる皆さんで天国に行きたくない人はいないでしょう。天国でくらしたくない人いますか。皆さんがみな天国に行って住みたいのでしたら、みんなで一緒に行きましょう。

 それでは、地上に天国が実現するためにはどのようにして成されていくのでしょうか。それは、真なるアダムとエバの完成父母が現われずしては、不可能であるという理論が生じるのです。そのような意味から、今日の統一教会で「真の父母」という名詞を持ったということは、世界史的に驚くべき発見であるということを、皆さんは知らなければなりません。

 本来、天国は神の名と真の父母様の名によって、この地上に実現することができるというのが原則です。したがって「真の父母」という原理的内容をもっている統一教会を中心として地上天国の実現というとが、理論的になりたつのです。

 ですから地上天国は、実体としての真の父母様とともに生活することであり、天上天国は永遠なる神様を父母としてともに生活することである、と明確に知っておくべきである。

 もしアダムとエバが堕落せずに家庭をつくり、子供を生んだとしたら、肉身の生活を終えるのはどちらが先ですか。父母たるアダム・エバが先ですか。子供が先ですか。父母が先です。

 さあ、それでは、アダムとエバが天上天国に行ってどうなるかと言えば、神の御座に立ち神の位置に立つのです。彼らは主体的霊的主人公として現われることになるのです。ですから、霊界に行けば「天のお父さま」だけいらっしゃるのでなく「天のお母さま」もいらっしゃることになるのです。お父さんとお母さんがそろわずして一人で子女を生むことができるでしょうか。

 さて、父母になっているアダムとエバの背後には、神様が分離されて現われておりながら、一つになっているのです。ということはお父さんを通してでも、お母さんを通してでも、神様に通じる道があるということなのです。そのように考えていくと天上天国の主人公が誰であるかといえば、実体をもって生活していた時の自分のお父さん、お母さんが永遠なる天国の王になるということになるはずだったのです。

 統一教会と既成教会や他の一般宗教と違うことが何であるかわかりますか。それは統一教会に入ってから皆さんが霊的経験をする時に、必ず先生とお母様が一緒に現われて指導を受けることです。

 先ほどもいいましたように無形なる神様は、有形なる形を通して実体を現わされます。それでは誰の肉身を通して御自身を現わされるでしょうか。

 今まで皆さんが、伝道に行って失望した時、信仰問題で悩んだ時など、必ず先生とお母様が現われてその行く道を指示する、という霊的指導を受けていると思います。先生がアメリカにいても、韓国にいても世界中の統一教会の食口の前に現われているはずです。

 それは誰がしているのでしょうか。神様御自身がされているのです。神様御自身が君臨されて、その働きをされているという驚くべき事実を、皆さんは知っているという報告を聞きます。きょうも、ある海外宣教師が病気になって動けなくて、伝道にもいけないでいる時に、突然、先生がまぼろしで現われて「私についてきなさい。私の言うとおりにしなさい」と言われて、そのとおりにしたら、体力が回復したというのです。

 このようにして神様が先生の体を通して、前線で働いている皆さんに現われて、現実的サタン世界の舞台に君臨され活動できるようになるまで、どれほどの苦労があったでしょうか。そのことを皆さんは、知らなくてはなりません。数千年の歴史をかけて、宗教人たちと世界的な偉人たちの犠牲の代価が支払われているのです。さらに先生自身も、今日を迎えるまで神様への忠誠と、苦労しながら勝利の基盤を築きあげてきたのです。

 国境を乗り越える霊的役事

 このような活動の役事は、民族を超越し、国境を超越し、あらゆるものを超越して、いたる所で継続されております。共産世界ではどうでしょうか。同じです。神の御前で国境があると思いますか。

 今日の統一教会が少数の群でしかない上に、反対されたりすると、孤独な思いになったりするかも知れませんが、皆さんの知らない間に、霊界が洪水のように押し寄せてきているのです。ナイアガラの滝のように、霊界が地上に降り注いでいます。水は少しでも低いところ、割れ目のあるところに押し寄せてきます。そして割れ目からの小さな流れがみつかり次第、音を立てながら洪水はそこを通って行くのです。

 同じようにわれわれが、道案内できるようなわき道を小さく開けておけば、霊界が、その洪水と同じような働きをして、その場に満ち溢れていくのです。

 考えてごらんなさい。神様は今日まで地上復帰を心配されてきたのです。神を信じるが故に霊界の聖人義人があらゆる犠牲になってきたのも、すべて地上天国完成を願ってのことです。ですから時が満ちた今、御業をなされるにあたり神様は、すべての霊人たちをひき連れてくるにちがいありません。

 しかし善霊を地上に降臨させようと思っても世界の人々が互いに愛し合える道を織りなすことのできる条件が立っていけば、連れてくることができないのです。ですから今日の統一教会に、世界の人たちが愛し合える条件が立っているとしたならば歓声をあげながら喜んでくるでありましょう。

 皆さん今までは霊界が働く時は、悪霊が、病気をもたらし恐怖や不安をもたらしたりしました。しかし善霊の働きは理由もなく、心地良いものです。

 サタンいうものは、寒い部屋の中で身を堅くしていくようなものですが、これに対して、天の側は何もかもが解けていくようなものであって、堅くなるということはないのです。

 善霊と悪霊の違い

 そのような善霊と悪霊の働きの違いを、皆さんは統一教会と教会外とで感じることができるのです。

 統一教会に来すと、何となく心地良くて、自由にふるまうことができるのです。しかし自分の家に戻った時は、霊的に暗いものを感じたことがあるでしょう。自分の家であっても、そうなのです。愛する夫、妻までがみんな厭になるのです。そのように感じたことのある人、手をあげてごらんなさい。それを感じない人はひとりもいませんね。

 アメリカの人々だけでなく世界の人々が、レバレンド・ムーンのやっている不可思議なやりかたというのは、一体なんだろうかといって、いくら研究してみても分らないというのです。

 それはちょうどこういうことになるのです。原理の御言を聞いてしまうと、それはちょうど生命のあるダムのような大きな貯水池のようなものであって、皆さんが原理を学ぶと、ゴム管が口の中に入って、水が後から後から降り注がれるようなものです。そしてその味をしめるようなものです。そしてその味をしめると夢中になってしまうのです。いくら飲んでも尽きることのない生命の水が流れてくるから、身体はそこから離れようとしても、口を離すことができないのと同じです。

 たとえば蜂と同じです。蜂が蜜房の中に入って、一生懸命おいしい蜜を舐めている時に、ピンセットのようなもので引っ張ってみなさい。この腰がずっと伸び切ってしまうまで、離れようとしないのです。そういう魅力が、ここ統一教会にあるのです。

 それから皆さんは、夢とか祈祷の中で、誰しもが、先生に会うようになるのです。先生とお母様、どちらにも会って指示を受けるようになるのです。難しい問題で祈祷すれば、一生の間、生きてる限り、ともに生活しながら指導してくれるようなことが起るのです。

 そのようなお父さんとお母さんであるならば、年を取ったお父さん、お母さんでも一緒に住みたいですか。それとも「ウァー。お父さんとお母さんは嫌いだ。」というのですか。

 そのような愛を中心にもった自分自身になるならばそのような父母の子女であるという自覚を持つ時には、この宇宙を天国にすることができる子女となるのです。

 これまでの世界の宗教の歴史においても、皆さんが今、味わっているような経験は、これまで何もなかったものであるし、今後もないでしょう。

 誰にでも同じ愛の力

 皆さん、蜂蜜は白人たちにだけ甘いのでしょうか。黒人たちにとっては、甘くないのでしょうか。どうなのですか。

 それは不具者にとっても、無知な者にとっても甘く、すべての人にとってもみんな甘いのです。

 それでは、神様はどうでしょうか。蜂蜜を好まれるでしょうか。(イエース)蜂蜜よりももっと美味しいものがあるとすれば、一体それはどういうものでしょうか。そんなものがあるでしょうか。(ラブ!)そのラブとは何ですか。愛を見ましたか。皆さんは見たのですか。

 愛は、あったかといえば、無いようで無いのではない、というものですね。愛というのは、あるにはあるが、自分のものではないのです。また愛とは、誰のようかといえば、神様のようだといえるのです。

 神様は無いようでないんですよ。また、無いようでいるんですね。いるように見えて反対にいなくなったり。それで愛の主人は、人間ではなくて神様であるということになるのです。

 そういうわけで、神様を愛して、神様のようになろうとする人は、自動的に愛の引力を持つことができるのです。はたして、そうでしょうか。(イエス)

 そこでお母様には失礼ですが、ここにいる女性で先生のような男性と結婚したい人は、手をあげなさい、と言えば全女性が手をあげるに違いないのです。(イエス)

 先生が、そういう女性にむかって、「出て行け!」と言っても、それでも皆、ついてくるでしょう。(イエス 笑い)

 だから統一教会は批難されるのです。そういうことのためにどういう事が起きるかというと、恋愛結婚した女性であっても、両親に一緒にさせてくれなければ死ぬといってやっと二人が一緒になったとしても、統一教会に一週間もいれば、みんな捨てて文先生の後についてくるようになるのです。驚くことに、それは何も若い夫婦の間に起っただけでなく、七十、八十のおばあさんにも起ったことです。(大笑)

 同じですよ。蜂蜜はおばあさんにも甘いし、娘さんにも甘いのです。そこが同じだというのです。

 同じように男性たちは、先生を親友にしようとするのです。全部が全部、先生を親友にしたいと思うのです。われわれは、そのような力で、知らないうちに育まれているのです。

 神様に奉仕するだけの先生

 一般の人々は、言論界でも、レバレント・ムーンは話が上手なのだとか、レバレント・ムーンはハンサムだからとか、また、レバレント・ムーンは手腕があり、レバレント・ムーンは誘惑する魔術的な何かを持っているとか、催眠術にかけるとか、ありとあらゆることを言っております。しかしそれは統一教会には愛の暖かさ、不思議な気高い力がわれわれを結びつけているということを分らないから、そう言うのですね。すべての人間と万物にとって、生命の源泉に行こうとするのは本性です。目に見えない神の愛と心情を表わすためチャンネルを合わして、先生が神の生命の力を伝えているので、すべての生きとし生けるものが、ひきつけられてくるのです。それは自然の力です。

 われわれはそのような力によって結びつけられて一体となっているのです。他の世界には、そのように、人を結びつける力がありません。

 さて、皆さん。このニューヨーカーホテルはわれわれの先生の家であると感じますか。考え方によって違ってくるのです。(マイホーム)。それは正しいのです。誰がそのように思わせたのですか。レバレント・ムーンがそのように思えと言ったから、思っているのですか。そうではなくて、皆さんの本心がそのように思うようにさせているのです。そしてその根には神様の力があるのです。レバレント・ムーンは単に神の力にチャンネルを合わして奉仕しているのにすぎません。

 皆さんは、何の意味もなくレバレント・ムーンに対して慕っているのでしょうか。何のわけもなく、ただそう慕えるものではありません。それは神様がおられて、神様が良いからです。だから先生を良いと思うようになっているのです。良いものは良いものとして感じるようにつくられているから、自動的にそう思うのです。

 春になればが咲くのと同じように、皆さんはパッと開いて香気を含むのです。まるで笑っているような感じにです。そういう力が、地球を通してはるか霊界にまで活動範囲を延ばしているのです。

 時間と空間は、レバレント・ムーンが主管しているのではありません。神が主管しておられるのです。神は時間空間の制限を受けるでしょうか。(ノー)

 皆さん、ですからこのような運動、このようなこのが地球を超越して繰り広げられるのは、人間によってでなく神様のみがなされるのです。サタンにでもできないことです。

神の国は理想家庭から

 それでは具体的には、どのように成されるものでしょうか。神の国は、家庭を中心として成されていくのです。神を中心とした家庭生活を体験することによって、天国は自動的にできあがっていくということを、皆さん知らなくてはなりません。

 今年の年頭標語には「理想家庭」とありますが、天国を実現するためには、なんとかしてまず、理想家庭を実現させなければなりません。

 皆さんは、一つの部屋におります。いろいろな人種がここに集っています。もし、ある人が、自分は白人だからといって黒人をいやがれば、神様に対して反対していることになるのです。神様は黒人側にも足場をつくり、この時間にも摂理しておられるのに、私は黒人が嫌だなどと言えば神の反対する反逆者になってしまうのです。

 アフリカに伝道に行った宣教師たちに反対する人々多く、国家からも迫害されるのですが、そういう真っただ中においてでも、神様は啓示を通して、宣教師とアフリカの黒人と一つにならせるために一々直接働きかけているのです。このように霊界から神様が現れて、一つになるようにしているのに反対運動ができるというのでしょうか。

 そのような神様の導きのおかげで黒人の食口たちが訪問して行くと、こぞって神様が来たかのように歓迎してくれているというのに、このニューヨークの真中で反対できるのでしょうか。何のお話か分りますか。(イエース)

 それは神様の怨讐です。そのような人はこの世界を復帰しようとされる神様の活動に対しての反逆者です。

 そしてこのような心情的紐帯をどのようにして世界化させ、そして、どれだけ短い期日内になし得るかということが天国を地上に早く完成できるか、否かという問題と直結してくるのです。

神様はわれわれの父母であります。神様が、父母がそうするとを好まれているのに、それに反対できるか、というのです。

 神の愛を世界的に展開するには

 そこで結局は、統一教会の中で心情的に感じる、先生と皆さんとの間の愛を、どのように展開させるかという問題が、この地上天国を実現させる鍵であるということを知らなくてはなりません。

 そういう心をアフリカを越えて、アジアに、または、他のどの地にでも向けることができるならば、霊界に行ったアフリカ人、アジア人、全世界の人々の霊界の活動範囲に接して、自分が管理することのできる範囲が比例的に広がって行くのです。

 理想家庭とはどういうものでしょうか。神様を中心にした永遠なる父母の愛があり、永遠なる夫婦の愛があり、永遠なる子女の愛がある家庭です。この三つの愛をもったのが理想家庭です。

 ここで夫婦で愛し合っている人々がいたら、これから天国をつくるのにも、それと同じ愛し方をするのです。女性はみんなが自分の妻のような、そのような心をもって愛することができなければなりません。そして妻に対しては、女性を代表していると思ってあげなければなりません。

 また、女性の皆さんもそうです。自分の夫は、全男性を代表していると考えなければなりません。

 霊界にいって見ると、父母の愛をもって愛することのできる心をもった人がおり、その次には、夫と妻が愛し合える心、その次には、兄弟同志で愛し合えるという心をもった人がいるのです。これらの心をもった人は、いつでも、東の方に行こうと思えば行けますし、行ったり来たりしようと思えば、いつでもできますし次には、周囲をも、思うままに廻ることができますし、上に行こうと思えば行けるように、上下、左右、四方八方の全般的な運動を可能にし、立体的に接触するという問題が可能であります。

 父母と子女の間は縦的な愛であり、その次、夫婦同志は、横的な愛であり、子女の愛は、周囲の愛です。兄弟の愛も周囲愛です。

 これらの愛を完全に体恤したならば、霊界に行っても、自由にどこにでも行けて、そこの人々と交流することができるのです。

 地上生活での愛の体験が霊界での基準

 それで、地上世界で体恤した愛の基準が、霊界へ行っての原則的な基盤になるのです。永遠なる理想世界がそのようになっているからです。

 世間でも、両親のいない人とか、夫か妻をなくした人はかわいそうだ、といわれています。あるいは兄弟がいない人はかわいそうだ、といわれています。

 それはなぜかといえば、それらの人との交流がなく、開かれないからです。ですから霊界に行ってもそういう人は、誰とでも交流ができず、調子を合わせることができないから、不幸だということができるのです。

 すべての人がそうです。おじいさん、おばあさんをはじめ、家庭全部がそろっている人は、ひねくれていないのです。どことなく素直で自由な行動を自然にふるまえるのです。

 そうでないと、どことなくひねくれてしまうのです。なぜかわかりませんが、欠陥があるのです。

 こうして考えてみる時、理想家庭から地上天国が繰りひろげられるとするならば、皆さんは理想家庭をつくりあげるべきでしょうか。つくるべきでないのでしょうか。(つくるべきです。)

 ですから皆さんは、おじいさん、おばあさんの愛をたくさん受けて、おじいさん、おばあさんを愛することのできる心をもたなければなりません。

 そのような心をもつならば、今までにそういうものを感じなかった人でも霊界に行ったときに年老いた人々に会っても、自然に情が移っていくようになるのです。自分のおじいさんとおばあさんのように感じられるのです。家に帰った時、おじいさんとおばあさんの手伝いをしてあげたように、助けてあげなければなりません。

 お父さんとお母さんの年代の人々に対しては、お父さんとお母さんの愛を受けて、お父さんが好きになり、お母さんを好きになるならば、お父さんとお母さんの年代の人々には、お父さんとお母さんのような、そういう接し方ができるのです。

 また、その次には、自分の同僚間において、年齢の似かよった男女間においてでも、互いに助け合い、互に尽し合ったのと同じく、社会に出てから男女が出会った場合でも、恋とか愛とかいうのではなくして、同僚間において愛し合ったそのような心を感じなければならないのです。

 今日の堕落した世界における、男女関係のいざこざにあるような、そんな考えをしてはならないのです。

 天国はどういうものかというと、そのようにおじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、次には兄弟が愛し合うその愛を、横的に世界化して展開させ、展開したそのような組織世界が地上天国であるということになるのです。

 そのようなわけで今年の年頭標語を「地上天国と理想家庭」というタイトルにしたのは、皆さんが地上天国を現実的に建設すべき時が到来し、理想家庭の愛を横的に実現することのできるこの時を乗り越えていかなくてはならないということで定めました。それで神様をおじいさんとおばあさんの立場にし、その次には、真の父母様がいるのです。皆さんは、アダムとエバの直系の子女の立場に立っているのですから、堕落してから人々が大勢ふえたにしても、エデンの園で神様とアダムの家庭に生まれたそのような本然の形態を備えたという条件を立てることにより、皆さんは天国へ入ることができるという、結論がでてくるのです。

 世界に対する愛の手本を

 われわれは、全世界をまとめてそのように神様を中心としたアダム家庭の世界にしていこうというのです。

 そうしたら、サタンは讒訴しようとしても讒訴することができないのです。

 原理的にみる時、神様と一つになったアダムとエバが、完全に一つになり、その息子、娘として生まれた子女をサタンが讒訴できるでしょうか。できません。

 全世界の人々を前にして、CBSとか、宇宙中継をなして、世界むけの放送を継続的に七年間続けたら、完全に戻ってくるに違いありません。

 すべての人々は、真実を知ったならば、統一教会に加入するなと言っても、必ず加入するということになります。知らないからそうしないだけです。

 皆さん、今やここに永遠なる世界があります。皆さんが先生を愛するように、神を愛し現想的な家庭の建設に努力しましょう。また、可哀そうな人に出逢った時には、神様が、救ってくれることを願っている人と考えて、神を愛するのと同じく接してあげるのです。

 さあ、この世界をわれわれの手で素晴らしい地にかえましょう。いたるところに神の国の線を引いていくのです。そうすることによって、それに比例して御国が生じるのです。

 多くの人を愛した人は、神様から多く愛されます。そういう人ほど水は自由で流れがよく、やがて静かで大きな川となっていくのです。木でいうならば、大きな枝に値します。統一教会の女性の皆さん、お姑さんやお舅さんと一緒に住みますか。それとも別々に住みますか。(一緒に)
 今の社会は、みんな別れて住んでいます。それがよくないことなのです。そこからすべてが悪くなるのです。だから家庭に愛がないのです。

 家庭に愛がないから、おばあさんの愛、お母さんの愛、おじいさんとおとうさんの愛、孫の愛がないから、仕方なく人々は家を出て、風呂敷包みをもってさまようということになるのです。

 それでは皆さん、これからはお姑さんと住みますか。(イエース)

 誰に尽くすようにしてあげるのですか。神にしてあげるように尽くすのです。

 さあ、これを両親が知ったら何と言うでしょうか。おじいさん、おばあさんはどんなに喜ぶでしょうか。養老院に行ったりして、死ぬのを待ちながら、月を見ながら過し、太陽を見ながら過ごしている人々にとってはどれ程心情にくこたえるでしょうか。

 アメリカの社会では、自分の息子、娘の家に黙って行くと、娘が愚知をこぼすということです。「私は小さい時から、訪ねる前に電話をしてから行くように躾けられました」というふうに。

 神がアダム家庭を訪れる時に、電話で約束してから行かれるのでしょうか。そういう家庭はこわさなくてはなりません。それはサタンが入っているのです。

 また息子、娘が、お父さんとお母さんの寝台に入って、一緒に休むことがなぜいけないのでしょうか。

 子供と両親が別々に、とこういう寝方をするから狂ってしまうのです。皆さんはそうしてはいけませんよ。両親の寝室で子供たちを育てるのです。子供がふえていったならば、一人は逆さに寝かし、一人は抱いてねればいいのです。子供の方も一人で寝るよりはその方がいいといいます。たとえどうされてもですよ。

 それが自分勝手になってしまっているのです。神様はみんなをどこに送ると思いますか。息子を別々に、そして姑を別に、舅が別に、孫も別に、そのように送られたでしょうか。そうではありません。みんな、一ヵ所に一緒にいるように送られたのです。

 愛の訓練をすること

 アダムの家庭で何か良いことが起きた場合、神様にとって嬉しい事があって、エバだけがそのことを知ったら、エバ一人が喜んでいったのではなく、アダムを呼びに行き、自分の息子、娘を呼びに行って、一緒に喜んだでしょう。エバ一人だけが喜んだからと言って、神様が喜ばれるでしょうか。

 全部が一つです。良くても一つであり、食べても一つ、笑っても一つ、みんなが一つになって一緒です。

 おじいさんも一人だけでは笑って喜ばないでしょう。

 ですから人間に対して境界線を引いて生きている人は、自己の周囲にサタンの鉄網を張って生きている人になるのです。そういう事になるのです。サタンの鎖です。それは取り払わなければならないのです。

 こういう観点から一九七七年からは、そのための運動をしなければなりません。

 ですから女性の皆さんの中で、おばあさんのいない人は、おばあさんを一人連れて来て、一緒に暮らしましょうと言って、迎えなくてはならないのです。

 その次にはお母さんと一緒に、お母さんがいなければ、お母さんのような年頃の人を探してきて、一緒に生活して愛の訓練をしなければならないというのです。

 そしてお姉さんを好きになれない人がいるらば、お姉さんのような人を探して、好きになれる努力をしなければなりません。妹とか弟を嫌いな人がいるならば、妹とか弟のような人を探して、好きになれる努力をするのです。

 女性で夫を嫌う人がいるならば、夫を好きになれる訓練をしなければなりません。男性が女性を嫌ったならば、それを訓練しなければなりません。

 そのように、家庭における理想的家庭形態のすべての心情的体験をしなければ、天上世界で自由に誰とでも交流できる人になれないので、不可避的に、このような訓練をしなければならないのを知ってください。

 どうですか。年をとったおじいさん、おばあさんが嫌いな人、手をあげて見て下さい。いないのですか。それでは、好きな人、手をあげて見て下さい。あげてない人が多いですね。皆さんに約五百歳にもなったおばあさん、おじいさんを預けたらどうしますか。それでもいいですか。(イエース)

 年を取った人程、もっともっと好きにならなければならないのです。この世界で一番年を取っている御方は誰かというと神様です。

 そうですよ。神様を愛する人は、その神様よりも年下の人を、より以上に愛さなければなりません。

 そういうわけで、神様の主義は大家族主義です。

 人種を超えた愛

 その神様の家庭は、日本人もアメリカ人も一緒になれるのです。「アメリカ人は一緒でいいけれども、日本人は嫌だ!」なんていったら、そのような白人の家に日本人が行くようになります。そして嫌う人が、追い出されるのです。そうしてこそ、理想的ではないでしょうか。

 理想的とは何でしょう。理想的とは、赤なら赤ばかりが一ヵ所に集っているのが理想的と言えるのでしょうか。赤も白も色とりどりに入り混じっているのが、理想的であると言えます。どうですか。(イエース)

 絵を画く時に、白い色だけが必要でしょうか。白人たちが、白い色だけを好みますか。(ノー)みんな必要なのです。黒もともに必要なのです。

 黒もそうです。黒い馬と黄色い馬が別々になっておたがいに「ねね!黒い馬は黒い馬同志で、黄色い馬は黄色い馬同志になろう」とこう言うでしょうか。(ノー)(笑い)

 犬もそうでしょう。黒い犬、黄色い犬、白い犬と、黒い犬は黒い犬の方に行きなさいと言うでしょうか。(笑い)

 ところがどうでしょう。人間は何故そうではないのですか。一体何が間違ったと言うのでしょう。ですから造りかえなければならないのです。レバレンド・ムーンが現れて、これはこのように造くりかえるから、と言えば、神様は、良くやってくれと言われて喜ばれるでしょうか。それは駄目だと言われるでしょうか。(喜ばれます)

 ですから皆さん、今年は、どれほど神のような心情を持って、父母の伝統を受け継ぎ、人類を愛する家庭的心情の因縁を拡大すべきかに、力を注がなければなりません。

 それで結婚していない皆さんは、理想家庭をつくる計画を立て、訓練すべきでありますし、結婚している人々は、自分の家庭の形態を拡大させ、全世界に適応することができる働きをしてこそ、ここに地上天国は実現されるということを、はっきりと知っておくべきです。

 地上天国と理想家庭は、切り離すことができません。こういうことになるのです。

 今年はこの年頭標語のように、理想家庭を中心とした天国を実現しなければなりません。これが皆さんのモットーでありますからこれを日常生活の基準にして頑張って下さい。

 皆さんに、神様の祝福がありますように願うものです。(拍手)



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

奇知の外の凡人 が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.09.20 17:35:39
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