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2021.11.04
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​​​​​​​​ 「新しいみ旨の誕生」

1983年2月18日
(英語訳)


 この地上に存在するすべての物の中で、生まれた日がない物はありません。例えばこのマイクロフォンはどうでしょうか。「おまえには誕生日があるのか」と尋ねてみれば、そのマイクは「はい、あります」と答えるでしょう。ではここにいるミスター・パクはどうでしょうか。「はい、私にも誕生日があります」と彼は答えるでしょう。では、この建物には生まれた日がありますか。(はい)。

 このように見る時に世界のすべてのものにはそれぞれの誕生日があるのです。先生の着ているこの背広はお母様がきょうの誕生日のプレゼントとして買ってくれたものです。(拍手) この背広に「お前には誕生日がありますか」と聞いてみれば、必ず「はい、あります」そして「自分の誕生日を忘れたことがありません」と答えることでしょう。ではこの背広の誕生日はいつでしょうか。誰かが布地を用意して形に合わせて切り始めた日でしょうか。それとも最終的に出来上がって最後のボタンをつけた目でしょうか。あるいは箱に入れられて工場から出荷された日でしょうか。それとも最終的に出来上がって最後のボタンをつけた日でしょうか。(ボタンをつけた日です)。先生の考えでは、誕生日というものの重要な要素は、全く新しい環境の中へ入っていくということです。だから背広の場合には、出来上がって箱に入れられ、工場の門から外へ出て行く日が誕生日になると思います。皆さんはどうでしょうか。異論があったら自由に言いなさい。(笑い) では、人間の場合はどうでしょうか。母の胎内から出る日が誕生日です。しかし別の見方からすれば、生命が胎内に宿ったその日が誕生日であるということもできます。一般的には、人間の誕生日とは、その日のことは、一つの世界から全く別の世界へと劇的に変化した日があり、その日が人間の誕生日として記憶されるのです。

 ではアメリカという国についてはどうでしょうか。アメリカの誕生日というといつの日をいうのでしょうか。独立戦争でアメリカの植民地軍がイギリス軍の軍隊と戦った日をいうのですか。それとも、この戦いに勝って独立宣言に署名した日をいうのですか。どうですか。国の誕生日とは一つの新しい国家として正式に出発した日を言うのです。

 では神様についてはどうですか。神様には誕生日があるのでしょうか。(はい)。神様の誕生日とはいつですか。今、皆さんの中で「神様の誕生日は毎日です」と言っている人がいましたが、それは非常にうまい答えです。毎日が神様の誕生日です。確かに毎日が神様の誕生日だというのは筋が通っています。神様は時間、空間を超越して存在しておられます。したがって神様は時間の概念を超越しておられるのです。それゆえ神様にあったは一日が千年のごとくであり、千年が一日のごとくであると言われているのです。だから、毎日毎日、各瞬間が神様の誕生日である、ということができます。

 では、神様には一日の中で床につく時間とか、コーヒーブレイクの時間というものがあるのでしょうか。(笑い) また神様には、幼年時代、少年時代、壮年時代、老年時代、そして最後に死ぬ時などというものがあるのでしょうか。(いいえ)。だからもし神様に対して「神様、あなたの誕生日はいつですか」と尋ねるならば、神様としては「毎日が自分の誕生日です」としか答えようがないでしょう。(笑い) 神様が『毎日』という場合にそれは一年三百六十五日という根拠を超越しているわけです。

 では神様はこれまでご自身の誕生日を祝われたことがあるでしょうか。あるいは今、誕生日を祝っておられるのでしょうか。あるいはもうすでに祝い終わってしまわれたのでしょうか。神様は今、どのような状態におられるのでしょうか。神様ご自身は、誰かが自分の誕生日を祝ってくれているのかどうか「自分は知らない」と答えられることでしょう。神様がご自身で自分の誕生日を祝うために、ケーキをつくり、ローソクに火をつけ、それを吹き消し、『誕生日おめでとう』の歌を「ハッピーバースディー、トゥーミー!」と自分に対して歌ったりするとしたら、どうでしょうか。(笑い) 「ハッピーバースディー、トゥーミー」と歌うのはおかしいですか。実際、「ハッピーバースディー、トゥーユー」と歌うのが正しい歌い方です。すなわち誕生日というものは、他人に祝ってもらうべきものなのです。そういうわけで、神様はこれまでご自身の誕生日を祝ったことはまだ一度もないのです。だから 神様によって創造された被造物にとって、その最高の願いは神様の誕生日を祝うことであるはずでです。

 皆さんはそういうことを今まで考えたことがありますか。もし神様に対して「神様、あなたは誰かにあなたの誕生日を祝ってもらいたいとお思いになりませんか」と尋ねたとしたら神様は何とお答えになると思いますか。(はい、とお答えになります)。さらに神様の誕生日を祝うのが、たった一人とか、たった一つの家庭とかいうのではなく、国家全体、全世界、全人類が皆一緒になって祝うとしたら、神様はそれをお喜びにはなやないでしょう。どう思いますか、神様は人類全体がご自分の誕生日を祝ってくれるのを望んでおられるのでしょうか。それとも何人かと個人だけが祝ってくれるのを望まれるのでしょうか。(全人類が祝ってくれることを望んでおられます)。どうしてそうだとわかりますか。答えは簡単です。人間はだれでも多くの人が自分の誕生日を祝ってくれるのを喜ぶものです。先生もそのように感じます。だから神様もそのように願っておられるに違いありません。





 神様は強い願望と欲心をもっておられる方です。神様はあらゆるものをまず、我がものとし、その後で他の者に分け与えたいと願う心をもっておられます。自分のものとするまでは、他に与えようと思われない方なのです。それはなぜでしょうか。それには理由があります。神様は愛の方です。だから愛する対象に対して、最善のものを与えたいと願われるのです。最善のものとするためには、まず、自分のものとして掌握しなければなりません。それゆえに神様はすべてのものをまず自分自身のものとしたいと願われるのです。だから神様が欲が深いというのは悪いことでしょうか、良いことでしょうか。(良いことです)。皆さんは欲張りですか。どうですか。(はい!)。自分のよととしてから、それをどうするのですか。(与えます)。誰に与えますか。(愛する者に与えます)。だからそういう意味において自分の愛する者に与えるため、まず、すべてを自分のものとして掌握したいと思う欲望は悪いものではありません。つまり、欲深いことは必ずしも悪ではないのです。

 例えが、ここにいるミスター・パクはとても欲深い人間ですが、愛する人に与えるためにはなんでも自分のものにしたいという欲望をもつのだとしたら、神様もそういう人間を悪い奴だとはお思いになりません。だから欲深さは神様が人間に与えた性質なのです。

 欲望も正しい目的のために用いるならばけっして悪いものではありません。ある意味で人間は欲張りですが、我々はこの欲望をいかに善のために用いるべきかを知らなければなりません。我々は愛する人を必要としますね。(はい)。では愛する人とはどういう人のことですか。当然男性にとっては女性が、女性にとっては男性が愛する存在です。しかし一人の人間にとって、愛する人はたった一人だけいればそれで良いのでしょうか。(いいえ)。例えば、誕生日に自分の妻又は夫だけに祝ってもらえればそれで満足ですか。それとも、大勢の人々に祝ってもらうことを望みますか。(大勢の人です)。すなわち、我々は愛する人としてできるだけ多くの人間を持ちたいと願っていることになるわけです。だからといって一人の男性が多くの妻をもち、一人の女性が多くの夫をもつべきだということになりますか。(いいえ)。アメリカではそういうことも良いかも知れません。(いいえ!!)。ではなぜ男性は一人の女性だけを妻とし、女性は一人の男性を夫とすべきなのでしょうか。

 それは、電流が流れて電灯がともるためには、一対のプラスとマイナスが必要なのと同じです。一つのプラスにとって一つのマイナスだけが必要であり、一つのマイナスにとっては一つのプラスだけが必要なのであってそれ以上は必要ないのです。夫妻もこのようなものです。夫と妻はそれぞれが一人だけいれば必要十分なのであって、それ以上いてはかえって都合が悪くなるのです。夫妻は電線でいえば幹線のようなものです。ここから多くの支線が出ていきます。それが子供にあたります。

 先生の家庭には十三人の子供がいます。それでもまだ少ない数です。もし子供が百人いたとしたらどうでしょうか。(笑い) 子供が多いほど祝福が大きいことを示しています。親にとって自分の誕生日を祝ってくれる子供が十三人いるのと、たった一人しかいないのとではどちらがうれしいですか。子供が一人しかいなかったら親は寂しい感じがすることでしょう。皆さんは賑やかな食卓を囲みたいですか。それとも寂しい食卓を囲みたいですか。(賑かな方です)。それは勿論です。しかし親にとって、十三人の子供を育てるのは安易なことですか。(いいえ)。子供の多い親はバケーションを楽しむ余裕があると思いますか。(いいえ)。十三人も子供がいる親は夜も毎日決まった時間に床に就くことができると思いますか。(いいえ)。

 食卓の時、ステーキ一つ食べるにしても十三人もの子供のいる親は、自分の口へ入れる前に、十三人の口のことを心配しなければなりません。親は夜も満足に寝れません。それはまさに大変な苦労です。多くの子供を育てるためには一生懸命働かねばなりません。女の子供が多い場合には、母親は自分の子供を育てるためには一生懸命働かねばなりません。女の子供が多い場合には、母親は自分の着物を娘たちにとられてしまって、自分は下着一枚になってしまいます。(笑い) 父親は自分の着物をみんな息子たちに取られてしまって、パンツ一枚になってしまいます。(笑い) 子供が外出した後、パンツ一枚の父親と下着一枚の母親が家に残っている光景は惨めな姿でしょうか。幸福な姿でしょうか。(幸福な光景です)。(笑い) 本当に幸福な姿ですか。(はい)。(笑い) 信じられません!!(笑い) 

 では、娘の一人が帰って来て、母親が下着一枚になっているのも見て「まあ、お母さん可哀そうに……」と言って、自分の着物をみんな母親に与えて、自分は下着だけになり、母親はそのような孝行娘に感謝して互いに抱き合う姿は、惨めた光景ですか、幸せな光景ですか。(幸せな光景です)。皆さんはそういうことを経験したいとは思いませんか。(思います!)。皆さんは勇気がありますね。ではまず、子供を十三人つくることからやってみなさい。(笑い) 

 今話したような人生における感動的な体験はすべて、まず「自分の愛する者にすべてを与えたい」という心情から出発するものです。そのような精神の表れが人間を幸せにしてくれるのです。真の愛、真に犠牲的な愛はいかに気高いものでしょうか。それそこがすべてを調和あるものとし、一体化し、刺激的喜びを与えてくれるのです。○○は、きょうのような先生の誕生日に際して、先生の子供たちが「お父さんの誕生日は我々だけでお祝いさせてください。他の者は誰も参加させないでください」と言ったとしたら、それは正しい態度でしょうか。(いいえ)。もし、子供たちが真に父親を愛する子供たちだったとしたら、近所の人たちがお祝いに来たいと言えば、「どうぞお祝いにおいでください」と言うでしょうし、また国中の人々がお祝いに来たいと言えば、「どうぞお祝いにおいでください」と言うでしょう。また、全世界の人々がお祝いするのを喜ぶことでしょう。そして自分たちは後ろの方にいて、他の人々を先に立たせてお祝いするとしたら、ほれはいかに感動的な光景となることでしょうか。

 また親は自分の誕生日を祝うために、全世界から人々が集って来た盛大な祝賀会の席上、自分の子供たちがいないのを見て不審に思って探してみると、人々の背後で満足して参加しているのを見つけて、感心し、その子件たちを呼んで自分の席の近くに座らせ、親子共々喜び合うそのような光景を見て皆がなお一層喜んで祝賀するという、そういう光景は感動的なものとは思いませんか。(はい)。それは親にとって自分の誕生日のお祝い以上の大きな喜びであるに違いありません。

 親の心情とは、愛する者にすべてを与えたいという心です。自分を愛してくれる者が多ければ多いほどそれを喜び、もっともっと多くを与えたいと思うのが親の心情です。



 そこで、もし、神様の誕生日を祝賀する日があったとしても、レバレンド・ムーンが真に神様の愛する息子であるとしたら、今言ったことと同じようなことを願わないでしょうか。先生はそういうことを考えます。すなわち、先生は全人類が神様の誕生日を祝いに来ることを願い、その際、息子である自分はうしろに座って、人々が皆共に神様の誕生日を祝賀する光景を見て喜びたい、そのように思います。

 しかしその時、神様は「自分の愛する息子はどこにいるか」と、レバレンド・ムーンを探し、うしろの方にいるのを見つけると、自分の近くに来るように呼ぶことでしょう。神様のみでなくそこに参席しているすべての人々が、レバレンド・ムーンに対して、隅の方にいないで神様の側に座ってくださいということでしょう。その時こそ神様は全天宙をレバレンド・ムーンに相続させることができ、そのようにしても誰もそれに反対する人はいないでしょう。それは、誰もがこの人こそ真に神様をもっとも愛する人間であることを認めたことになるからです。だからその人こそ、神様の財産を受け継ぐにふさわしい人であると誰もが納得し、神様に対して「どうかこの人に相続させてあげてください」と、お願いすることになるのです。わかりますか。(はい)。

 そのような祝賀会が開かれるとしたら、いかに素晴らしいことでしょうか。(拍手) 神様はこのような神様の誕生日の祝賀会が開かれることを待ち望んでおられます。神様はその祝賀会が天宙的規模で祝われることを願っておられます。天宙的規模というのは、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙のすべてがその祝賀に参加するということです。そこでもし、神様に対して「神様、あなたはあなたの誕生日を祝うのと、あなたの国の誕生日を祝うのとどちらがより重要ですか」と尋ねてみるならば、神様はなんと答えられるでしょうか。皆さんにとって、皆さん個人の誕生日の方が重要ですか、それとも、皆さんの家庭の誕生日の方がより重要ですか。神様の心を誰よりもよく知っているレバレンド・ムーンとしては、自分の誕生日を祝うことよりも神の国の誕生日を祝うことをなによりも願い、その実現のためにあらゆる努力をしようとするでしょう。神様はどちらをより喜ばれるでしょうか。ご自分の誕生日ですか、それとも神の国の誕生日ですか。(神の国の誕生日です)。そのとおり。神様は、神の国の誕生日を祝うことを切に願っておられるのです。それは論理的な結論です。すなわち、神様はなによりもまず、神の国の誕生日を祝うことを願われ、その次にご自身の誕生日を祝うことを願っておられるのです。

 神様は地上天国というみ旨が成ることを願っておられるのです。誰からそのみ旨を成し遂げてくれるとを切に願っておられるのです。そして地上天国の誕生とともに、神様ご自身の誕生日をも祝賀したいと願っておられるのです。地上天国は神様の愛によって支配され、またそれを通して神様に栄光を帰します。それは最も劇的な光景です。

 では、ここにいる女性たちに尋ねてみます。皆さんは普通のアメリカの女性として、なにが一番好きですか。お金ですか? すべての問題はお金で解決することができるかもしれませんよ。(笑い) お金があればダイヤモンドをや宝石を置うことができます。どうですか。女性は身体のいたるところに飾りを付けたいと願っています。だから一生懸命に働いてお金をつくり、装飾品で身を飾りたいと願うのが多くの女性です。女性は愛をかち取るためにはあらゆることをしたいという欲望をもっています。

 家庭の主婦にも二通りのタイプがあります。一つのタイプは、夫が生計を支えるために一生懸命に働いているのに、それに満足せず「なぜ自分の夫は自分になにも買ってくれないのだろうせめて誕生日ぐらいデパートに連れて行って何か買ってくれないかしら」と思うようなタイプです。もう一つのタイプは夫が妻の誕生日に何かプレゼントを買って来ると、「そんなことしなくても良いのに、あなたにはもっと大事なことがあるはずです。私のために頭を使う必要はありません」というタイプです。どちらがより理想的なタイプですか。(二番目です)。その通りです。(笑い) 

 アメリカの主婦は、夫とは別の預金口座をもっていることを先生は知っています。そして夫の預金よりも自分の預金が多くなると非常に喜びます。(笑い) 正直に言いなさい。アメリカの女性はそのように考えていますね。(はい)。(笑い) 夫は一生懸命に働いてお金を儲け、それを妻の預金口座に入れてやります。家庭の本当の主人はどちらですか。夫ですか、妻ですか。理想的な妻とはどんな女性か皆さんは知っていますね。欲が深いのは構いません。レバレンド・ムーンは一番欲ばりです。先生の願いは神の国の実現のために全世界を神の手中に帰すことです。自分や自分の子供のためにそれを願うのではありません。神の国のためにそれを願うのです。そして先生はすべての人々と共に神の国で神様の誕生日を祝いたいと切に願っています。(拍手)

 ムーニーたちは、ちょうど猟犬のようなものです。主人に忠実に従って、主人が撃ったキジの後を追いかけてそれを口にくわえて帰って来て、主人に差し出し主人が喜ぶのを見て満足します。主人はそのような忠実な猟犬を愛して、獲物の分けまえを与えます。ムーニーの人生は、天の猟犬の人生です。主人のためにあらゆる所を走り回り、ある時は、いやな目に会いながらも天国実現という一つの目的のために働く人々です。いかに美しく素晴らしい人生でしょうか。(拍手)

 きょう我々は真の父母の誕生日を祝うためにここに集まっています。 きょうの話の題目は『新しいみ旨の誕生』です。

 我々は神様の誕生日を祝賀するという究極の目標に向かって前進するのです。そのためには、まず神の国を地上に実現しなければなりません。神様のためにそのような目標を達成しようとしている点において、我々はこの地上で最も崇高な聖なる人間です。だから我々の目標は、神様の誕生日を祝賀することです。(アーメン)。勝利の日まで休まず絶えず我々は前進しましょう。

 きょう我々は、心の中で新しい決意をしなければなりません。すなわち、新しいみ旨の誕生のために前進することを決意しなければなりません。その日が来ることを願い、必ずそれを実現することを誓いましょう。(アーメン)。皆さんの中で自分は必ずそのような目標達成のために前進するチャンピオンになりますと誓う人は手を挙げなさい。(はい!!)。

 皆さんの上に神様の祝福がありますように……。(拍手)




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

奇知の外の凡人 が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.11.05 05:47:17
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