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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 「内的統一教会史」

1985年1月4日
ベルベディア


 目標に向かう道

 皆さんは統一教会の信者であるために、統一教会の歴史を知らなければならないのです。では、「統一教会」という教会の歴史をなぜ知らなければならないのでしょうか? 統一教会の目的を尋ねて行こうとすれば、つまり、目的を射ようとすれば、現在から射るのではなく、出発当初から直線に射てきたその道があるために、歴史を知らなければならないということです。それは何の話か分かりますか?(黒板に図Ⅰを書かれる。)ここ(A)からスタートして、直線として行かなければなりません。そして、この目的(B)に到達しなければならないのです。統一教会がこのように出発したとすれば、ここ(B)を標準としたのであって、こちら(C)を標準としたのではありません。



 ですから、神様がおられ、ある永遠な絶対的主人があって出発し、ある目標を定めたとすれば、その目標に向かう道というのは、ジグザグな道ではなく、まっすぐな道なのです。それは立派な結論なのであります。ここで神様も、「歴史をはっきりと知り、出発点をはっきり知って、目標を明確に見定めて行くその道は、永遠なる伝統として伝授させなさい。」というように結論づけたのです。その伝統というのは、どこにおいても通ずるのであります。

 今日、地球上において長い伝統をもって歴史時代に残っている残体、あるいは国家は何かという問題を考えてみるとき、それはすなわち、宗教の歴史であり、ユダヤ教の歴史なのです。つまり、ユダヤのイスラエル民族なのです。それでは、それぞれの宗教団体の目的がすべて一致していたのでしょうか? 仏教、儒教、回教、そしてキリスト教も皆異なった道を辿ってきました。「自分たちの撃つ方向が正しい。」と言って大騒ぎをしてきたというのです。皆、それぞれ撃つ所が正常な立場において撃っていないということを、私たちは概括的に知ることができます。

 では、この伝統に従ってこのような銃を撃つ場合、この目的に向かって撃つ人は誰だったのでしょうか? 神様ですか、人間ですか、それとも他の被造物でしょうか? もし神様だとしたら、神が撃つその道と、人間が撃つその道が異なるでしょうか、それとも同じでしょうか?(「同じです。」)神様は時空を超越して、距離感というものがありません。それならば、誰が問題かといえば、人間が問題なのです。今日の宗教はすべて、目的を探してさ迷ってきましたが、どの宗教も見いだすことができなかったのです。それで、中間から目的点を発見しようとする道と、もう一つは原点に戻ることによって、出発点を発見しようとする道と、どちらかにおいて見いだす道しか、人類が行く道がないという結論が出ます。

 たとえば、一人の人間が鉄砲で弾を撃つとしたら、その弾は弾道に沿ってまっすぐに標的に届いて穴を開け、貫通しなければならないのに、ゴールの手前で落ちて留まってしまったとすれば、それは撃っても撃たなくても同じようなものです。ですから、その人は目的を達成していないわけです。そして、ずれた立場からいくら弾を撃って前へ進んで行っても、ゴールには到達しません。歴史を顧みるとき、個々人はそれぞれのゴールに到達しようと成功を求めて歩んできました。しかし、本当の意味で人生の目的を成功裏に達成した例を私たちは見ないのです。

 原点からの再出発

 私たちが目的を達成する道へと導かれる可能性がどこにあるかといえば、“前進”を主張するところにではなく、後退して原点を尋ねていくところにあるのです。歴史時代において今まで出世をしたという人々はすべてが「前進前進、上がっていこう上がっていこう。」と言ってきたのですが、「後ろに戻っていこう!下って行こう!」と叫んでいる団体があるとすれば、それこそが歴史問題全体を解決し、摂理の御旨を解決していく可能性のある団体であると言うことができます。

 では、「統一教会とは何か?」と言うとき、もちろん、神様の御旨を達成しようとする教会ですが、何よりも、「原点に戻って再出発しなければならない!」と呼びかけている教会なのです。 つまり、復帰のための教会が、統一教会なのです。本来は、神と人間が一体化していました。しかし、堕落によって、神と人間が分かれてしまいました。それはすべてが破壊されたことを意味するのです。ですから、堕落した立場においては、撃つこともできなくなりました。人間は今、狙いを定めることさえできないような位置に立っているのです。撃つことのできないその目標をいくら探したとしても無駄です。ですから、人間が神をここに捕まえて来て、再び人が立って、スタート点をもう一度測って撃つしか道がありません。そこで、統一教会というのは、この復帰の原点をはっきりと告知させる教会であり、目的を明確に定めて、撃つことのできるようにするところなのです。分かりますか?

 (先ほど先生は“直線”と言いましたが)では、この直線は何を通じて直線として描かれるのか、何をもって直線の道であると言えるのでしょうか? これが問題なのです。ここから(行けば)間違いなく、百パーセント正しいと言って連結され、正しい結論へと入っていくことのできる道というのは何であり、その道の質は何でできているのでしょうか? 歴史を指向する指向線、その本来の直線というのは、何でできているのでしょうか?(歴史において)様々な力を行使して撃っても、またお金をもって撃っても、知識をもって撃っても(正しい目標に)当てることができませんでした。 それで、統一教会が人間に対して、「原点である出発点に戻りなさい。」と言っているということは、実に歴史的な宣言であり、世界史的な宣言であるということを知らなければなりません。

 では、原点に立ち返って、そこで撃って来てようとするには、何をもって当てるのですか?原点から、弾が正しい道に沿ったものであれば、そして、その道が直線であれば、途中が見えなくても的に命中します。そして、最終的なゴール(的)に命中して突き抜けた弾は、何も替えることのできない、天宙的な価値をもつようになります。ここにおいて世界的なターゲットを狙って命中したときは、宇宙全体を含むようになります。目的を成就したということは、宇宙すべてを成就したということになります。こうすることのできる何かがあるから、神様と人間との間で総力を注いでピョンと撃つのです。(黒板に図Ⅱを書かれる。)

 伝統の基準

​ 神様に銃が必要なのですが、それがアダムとエバなのです。半分に割ってみると、右側がアダムで、左半分はエバで、これらを合わせて銃を作ってあるのです。それで、愛という銃弾をそこに入れて撃たなければなりません。神の弾丸とは、真の愛なのです。それを撃つのは誰でしょうか? アダムとエバでしょうか? (「いいえ。」)では、当てるその目的は、誰の目的ですか? (「神様の目的です。」)それは、神様のゴールにもなるし、アダム・エバのゴールにもなるし、また銃弾のゴールにもなるのです。それで、アダム・エバも不平を言うことができません。この三つが完全に一致しているのです。​

 正しい銃であるためには、左半分と右半分とが全く同じ条件を揃(そろ)えていなければなりません。つまり、同じ重さでなければ、操縦する点が傾いてしまいます。これと同じように、アダムとエバが、男と女が同じ比重になるためには、愛の気運が発することのできるように、測っておかなければなりません。そして、この銃でもって、原点からゴールの様々な部分に――個人的基準から始めて、家庭的段階、氏族、民族、国家、宇宙の段階へと――拡大しながら撃つことができるのです。ですから、このように正しい銃を使えば、正しい標的の中心を撃たざるを得ないので、どこに立とうとも、すべての弾は中心に命中するのです。



 ここにおいて、自由思想を持っているのと、伝統思想を持っているのと、私たちはどちらを選ばなければならないでしょうか?(「伝統です。」)それで、統一教会の思想は、「個人を犠牲にして、家庭の為に生きなさい。」ということです。つまり、「現在の段階で満足することなく、常に次の段階へ、より高い次元へと進みなさい。」と教えるのです。「どんな困難があったとしても、小さなものを犠牲にして、より大きなものに向かって、その伝統の基準を尋ねて行きなさい。」と。そういう道が、統一教会の文先生が教えてくれる道なのです。統一教会は「世界を抱いて行きなさい。神様とアダムの立場を中心とした愛を中心として、世界に向かって行きなさい。」と言うのです。世界に向かって行けば、その愛は直線上においてもどこにおいても力が入るようになるのであります。

 サニー・シューティング

 ところで、統一教会における祝福とは何でしょうか? それは、目的に向かって撃つことのできる機関銃を作ることなのです。そして、統一教会における愛というのは、その銃弾を作ることなのです。その銃を持っていって、愛を中心として、神様が「準備できたので引きなさい。」と言えば、伝統の基準と神様の基準があるので、直ちに引くようになるのです。

 このような点において、あらゆる批判的な立場、あるいは分析的な立場からみて、統一教会がうちたてた観というものは素晴らしいし、統一教会の復帰という主張は、あまりにも価値が大きく、生きるのにおいても、撃つにおいても「毎日どんな所に撃ったとしても、愛の銃弾を撃ちなさい。」と言うのです。 では、どこで、どういう状態で撃つのでしょうか? それは様々な摩擦のおこる高気圧の圏内で撃つのではなく、真空状態で撃ちなさいと教えているのです。そうすれば、この愛の銃弾はまっすぐに、直線に進んでいきます。撃つや否や、時間と距離を超越して、ピタッと的に当たるのです。それが私たちの統一教会において、皆さんが一番嫌っている犠牲という道です。

 ではなぜ、私がダンベリーを訪ねて行ったのでしょうか? 私が撃ちさえすれば、倒れない存在がないほどの銃弾を撃つためでした。それで、私がじーっと見ていると、私が撃つ目標は既に皆当たったので、他の目標がないかと捜しています。私がダンベリーに行く前に、そこが小高い丘にあればいいと願いました。それは、私が行って、愛の射撃をすることのできる基地としたかったからです。私が着いてみると、案の定、ダンベリーは小高い所で景色もいいところでした。

​ 今まで私たちはムーニーでしたから、ムーンを撃ってきましたが、これからは、太陽を標的にして撃たなければならないので、サニー・ベイス(太陽の基地)を訪ねて行って撃たなければなりません。そうすると、最初の方向とは異なった方向になりますがこのような方向に狙いを定めるべきでしょうか。皆さんはまだ、月にめがけて撃っていますが、先生の目標は太陽になってしまいました。ムーニーが撃つ場所と、先生が撃つ場所が異なるのです。分かりましたか?(「はい。」)では、この サニー・シューティング をするために行くべきでしょうか、それとも行かないほうがいいでしょうか?(「行くべきです。」)皆さんもついて行くことができますか、できませんか?(「ついて行きます。」)しかし、先生のサインなしにそこに行けば、めちゃくちゃになってしまうのです。だから、先生はその道を一人で行かなければならないのです。​

 夫婦が完全に一つに

さて、統一教会において主張するもう一つのターゲットが何かといえば、霊界なのです。月と太陽は、肉界と霊界に例えられます。皆さんは今まで肉界だけの目標を狙って撃ってきましたが、これからは霊界にターゲットを当てるようになります。それで、先生が出て来るようになる時には、統一教会は世界的な統一教会となることでしょう。歴史上において、見ることも考えることもできなかった、驚くべき変化がみられるでしょう。
 皆さんは、自分自身が原点に戻って来ていますか? それとも後退しつつありますか? 自分と相対の二人が一つの銃ですが、その半分が壊れてしまっているのか、それとも、完全な銃となっていますか? もし、これが完全な銃となっていなければ、神様がいくら引き金を引いたとしても弾を発射することができません。ですから、自体の批判をしてみなければならないのです。

 では男一人で撃つことができますか? それとも女一人で撃つことができますか? 神様が一人で撃つことがてきますか? それぞれが一人で撃つことができますか? ここで単純で基本的な質問を女性にしたとします。「あなたは主人を持っていますか?」これは第一の資格です。女性は喜んで「はい、私には夫がいます。」と答えるでしょう。更に、「それでは、申し分のない夫婦ですか?」と尋ねてみましょう。その時、「はい、そうです。」と答えることができなければなりません。それで二つの愛が完全に一つにならなければなりません。生産工場から出てくる、そのままの姿をした良い弾薬のような、そういう愛を二人が持っているかどうか、これが問題なのです。神様がごらんになった時、引き金を引くとすれば、「ババーン」と鳴って、天地が振動して、愛の銃弾がすっと飛び出すことができるかどうか。この時に嵐が来ることを望みますか?(「いいえ。」)嵐の中で狙いを定めて撃つことは困難です。ですから、風圧の殆どない真空に近い状態を望んでいます。

 そういう環境はどういう所かといえば、完全に愛の銃弾が飛び出すとき、「バン」という音が出るように、サッと飛び出して砕かれてもいいというところにおいては、必ず間違いなく二人をくっつけてしまうのです。つまり、あなたとあなたの相対が完全に一体化していれば、たとえ縦断が壊れようとも構わない、的に命中しさえすれば構わないというような、献身的な態度をもっていればそれで十分です。一体、この世にそんな話はどこにありますか? これは、とても理論的な話です。皆、よく分かりました?

 いくら男性が自分のことを完全であると言っても、それは銃の半分にしかすぎないのです。半分の銃が完全な銃といえますか? 自分が半分ですから、たとえ個人には力がないとしても二人が一つとなって、真空状態を作っておいて引き金さえ引けば、ちょっと押し出しさえすれば、弾は目的に命中するのです。ただ動かしさえすれば、ピタッと当たるのです。それは、レバレンド・ムーンの知識でも、統一教会の知識でもなく、神様の知識なのです。こういうターゲットに当てたい人は手を挙げて下さい。(皆「はい。」と言って手を挙げる。)

 愛の銃弾

 では、その銃はいつ撃てばいいでしょうか? 若い時撃つべきでしょうか? 年老いてから撃てばいいでしょうか? それとも一番最初の夜に「パーン」と撃てばいいでしょうか? 年を取ってから撃った方がいいでしょうか?(「若い時です。」)では、何日間か練習してから撃つのと、二人が会うや否や撃つのと、どちらがいいでしょうか? 後者の方がずっといいでしょう。

 では、神様はどうだったでしょうか? 二回ぐらい撃ってから的に当てたい神様ですか? それとも、数十回撃ってようやく当てたい神様ですか?(「一回目です。」)本当の愛の銃弾というのは、誘導弾のようであって、標的をどこまでも追い求め、そしてその弾が撃った本人に返ってくるような銃弾だったらどうでしょうか? それが神様の理想だったのです。もし、人間が堕落していなかったならば、アダムとエバはその婚姻の時に、即刻標的に命中したのです。そうすれば、伝統とか何とかを心配することもなかったのです。



 真実の愛

 それで、統一教会の信者が愛でもって撃つには撃ちかすが、ある者は、家庭看板というターゲットに向かって撃ちましたが、そこには当たらないで、全部の弾がその周辺に当たっているのです。自分の複雑なすべてを乗り越えて撃ってみると、家庭看板に当たらないのです。先生がよく見てみると、そのターゲットのこちら側に当たっている、角度がどれくらい外れているかということを調べて、そこで、「もう一度、家庭を中心として、そして氏族のターゲットに向かって撃ちましょう。」と教えてあげるのです。「また角度が違った。」と言って、何度でも角度を合わせるのです。ここに当てどれくらい間違ったか、その調整を再びして、理想実現という目的に向かって撃つのです。すべての複雑な装置を止めて、銃の頭に当たるや否や、神様の胸の愛とピタッと接触することのできるところで、そこに合わせていけばどうなるでしょうか? 皆さんはミスをすることができますか?(「できません。」)

 それで、世界という、宇宙というターゲットを中心として、それを標準として、そこに皆立ち並んで合わせておけば、そこには何の基準もなく、ただ入っていくのです。ただ教えてあげさえすれば、合うようになっています。つまり、世界を越えて霊界は自然に行幸(ぎょうこう)することができるのです。これを越えてゆく時、何か杖をついたり、撃ったりするのではなく、ただ越えてゆける境界線の所まで行こうとするのが世界を射る目的なのです。

 霊界は愛の空気でできているので、このように腹這(はらば)いになったとしても、全部神様の心に通ずることができます。どのように撃ったとしても、寝ていて投げさえすればそのまま狙いに当たるようになっているのです。

 ところが、人間が堕落して今まで行く道がなかったので、真の父母が来られて、家庭的ターゲットに合わせることができ、氏族・民族・国家・世界・天宙にターゲットを合わせることのできるそのようなモデルを作りました。誰もが撃つことができるよう教えるために、これまで統一教会を前に立てて、銃の展示販売をするのです。それは、誰もが買うことはできないのです。事実がそうだとすれば、気分がどうですか? では、それを製作して売ってあげればいいでしょうか? 売らない方がいいでしょうか?(「売ってあげた方がいいです。」)その商売をなすことが、私たちが伝道することなのです。それは、神様が願っておられるからです。

 そうしたら、そのパターンはどこで撃つかというと、皆自分たちの家で撃てばいいのです。世界が全部基盤を整えておけば、国家基盤も整えられ、民族基盤、氏族基盤、家庭基盤、個人基盤すべてが整えられていきます。家庭のターゲット、氏族のターゲット等、皆が合うようになっています。このセンターに立って一つ一つの的を撃ちさえすれば、みんなピタピタと当たるのです。それはどれほど嬉しいことでしょうか。撃ってみると天下のすべてのターゲットの



 これは男で、これは女です。この男と女が寝台(ベッド)です。天と地を舞台にし、世界を舞台にして、そして国の頂上において、民族の上に、自分の家の一番頂上に横たわっているのです。宇宙が二つ合って、男性と女性の愛を通して一つになるための儀式をしているのです。何の話か分かりますか? この愛だけを取り出して、他の一切を皆投げ捨てて、ポケットの中に入れて歩けば、宇宙がそのポケットの後に付いて歩きます。ここにおいて、「真実の愛」のシグナルだけ送れば、宇宙がついて歩くようになるというのです。そのようにして生きている男性と女性は不幸でしょう? どのように不幸でしょうか。(「いいえ。」)では、「How wonderful true love is!」ですか?(先生笑われる。)

 天宙的カナン復帰

 この峠さえ越えれば、つまり、アメリカさえ越えれば、共産圏も倒れていくのです。もう、共産党も崩れ始めているのです。中国が今、どのようになっていますか? 中国がそのようになったということは、それ以下の世界のすべての中進国家は、完全に中国の後を付いていくということなのです。そうすると、ソビエトのすべての衛星国家は、全部崩れてしまうでしょう。

 これから統一教会の時代が来ると思わなければなりません。私は、旧世界は嫌いです。私は新世界が好きです。(皆歓声と拍手)この「ダンベリー」というのは、韓国語で、“☆☆(塀の壁)”と言うことと通じます。ですから、この門だけを開く日には、この場が自由の出発点となるのです。まっしぐらに太陽に向かって、人工衛星に乗って、――そこにおいては、ショットガンではなく人工ミサイルなのです。そこで撃ちさえすれば無限なのです。これを越えさえすれば、無重力で飛んでいくでしょう。そのように思って先生も準備しますから、皆さんも、皆さんなりにこの世で早く準備してこの境界線まで早くなして、勝利しましょう。

 かつて、イスラエル民族は国家的カナン復帰を願っていました。一方、私たち統一教会の群れは、イスラエル民族と同様、天宙のカナン福地を目指して行くのです。エジプトのような天地において、誰に通告しなければならないのでしょうか。イスラエルを相続することのできる群れ、それはキリスト教です。第二イスラエル圏のこのキリスト教全部に通告しなければならないのに、それができないので、牧師たちに通告するのです。牧師たちの前には、一万名でも、千名でも通告することができるので、私たちはかまわず越えていくことができるのです。牧師が約三十万位知るようになれば、エジプトにいる第二イスラエル民族は皆知るようになります。皆知るようになって、付いて行くようにならなければ、私たちは出て行くことができないのです。各教会の牧師一人に五百名ないし、六百名の人たちが繋がっているので、統一教会のメンバーが平均的に百二十名ずつ牧師に話しておけば、アメリカ全体に、エジプトにいるイスラエル民族全体に通告する使命が完了するようになります。そうしたら、皆さんと先生が出会って、間違いなく宇宙のカナン福地に入っていくのです。分かりますか?(「はい。」)

 だから、このたび通告を間違いなくやらなければなりません。そして、天と地を愛する心、国を愛し、民族を愛する心、氏族を愛する心、神を愛する心でもってすべてに通告しなさい。それでここにおいて真空状態、最高の犠牲、最高の精誠を通じた涙を流しながら、私たちはこの使命のために、アメリカ全域で活動しましょう。

 今あまりにも重要な時ですから、ダンベリーにいる先生が来ることのできない立場から出て来て、皆様に通告することを知らなければならないのです。悪口を言われてもかまいません。カナン福地に入るかどうかが問題なのです。この民族を救うことが重要な課題なのです。

 今度は私のために法を定めたのです。それは神様が私のためになさる役事です。このような期間にいるすべての人たちが恵沢を受けられるような法を作って出てきました。どれほど重要な時なのか分かりますか? 皆さんは自由の出発点において撃つことができるという驚くべき事実を知らなければなりません。

 この原点に立って撃つことができるという驚くべき立場において、目的に向かって愛のトーチ(松明・たいまつ)を持って、カナンの福地に行ける立場にあることだけは間違いないことです。これまで時間を費やしてきたのは、皆さんがこれを持って出るためです。では煙が出るトーチを持って行きますか? それとも何も匂いがしないトーチを持って行きますか? それは、どれほど犠牲を払うかという問題によって決まるのです。純然たる愛においては、雑なる物は燃えることができませんが、雑なる物、ボロのような物が燃える時は、煙がたくさん出るのです。煙が出て、それが見えなくても、また匂いがしたとしても、それを持って行かなくてはなりません。(皆笑う)そして、そのトーチを牧師に手渡しておくのです。そこから火を燃やすと、これがカナンの福地です。エデン復帰なのであります。

 神が統一教会を愛するとしたならば、「このアメリカ国民すべてに通告しなさい。」と言った方がいいでしょうか?「牧師だけに通告しなさい。」という使命を与えた方がいいでしょうか?一言だけ、更につけ加えておきます。「だから、牧師たちはこの話を皆に伝えておかなければなりません。」という結論をつけておきます。そういう観点から理解してくれる牧師を百二十名作っておかなければなりません。全アメリカに通告致します。

 これさえ終われば、先生がダンベリーから戻って来る時、イエス様が十字架で亡くなられる時、「すべてが成就した。」と言われたごとくに、先生も、「すべてを成就した。」と言ってカナンの地へと入っていくでしょう。アーメン。アーメン。(皆笑う。)

 それが早く終われば終わるほど、私は早く出てくるでしょう。それが終わるまでは、神様も、レバレンド・ムーンもいくら忙しくても待つでしょう。ですから、私は監獄から出て行くことを願うよりも、それがいつ成るかを待っているのです。先生がダンベリーに行った唯一の目的は、このことのためでした。

 イエス様当時においては、国と民族と氏族、自分の家族、そして自分の体、自分の弟子たちすべてを失ってしまいましたが、先生は、それに対して、すべてを取り戻したというのです。教会も取り戻したし、統一教会も取り戻したし、民主世界も取り戻したし、自分の家庭も取り戻したし、弟子たちすべてを取り戻して、その本然の国へと行幸するのです。だから、これをやるべきか、やらなくても良いか?(「やります。」)はっきりと分かりましたね。

 私たちはこのことのために、今一度決意しなければなりません。立ってください。私はしばらくお祈りをします。皆さん、このことを約束する人は両手を挙げてください。
 どのような内容で祈祷するかといえば、天と地と、この時間においてすべて指示する全霊界と、全肉界と、存在するすべての世界がこの言葉に共に賛同して、この両手を挙げたことを誓いとして受け入れて、全体が協力し、協助して一つの目的を達成していくために総動員されることを願うお祈りを致します。それで、全体を代身した愛のトーチを持って前進いたしましょう。アーメン。

 祈祷

 「愛するお父様。神様を中心とした全霊界はこの場を注目していることを知っております。地上におるすべての万象も、この場を注目していることを知っております。しかし、人間だけは、この地上に生きている人間だけは、混乱の中に浸されてさ迷っているのです。今やカナン福地に向けて、宇宙史的な勝利の一点へ向かって、越えなければならない時点が訪ねて来たことを知って、きょう再び戻って行かなければならないこの場所において、モーセがシナイ山に登って行くのと同じような立場において、イスラエル民族が団結して、神の喜ばしい便りの時を迎えることができるよう準備するようにすることを通告する厳粛な通告の時間となりました。既成教会全体に通告する時間的余裕がない関係で、キリスト教界を指導する、カイン的な立場に立っている第二イスラエル・牧者たちの前に通告すべき使命を受けて一二〇名にこれを通告して、彼らの口を通して、『自分の責任を果たします。』と言うことのできる、その言葉を聞くことのできる活動に向かって、各自が方向を求め、前進致しますので、これらすべての動きの上にお父様の勝利と、愛が久しくともにあらんことを。真の父母様が立てられたすべての伝統の基盤を相続するこの時間となって、必ずや勝利する群れとなることができるように、力と能力と熱意を更に増し加えてくださることを懇切にお願い申し上げます。これからまた行って、再び会えるその日が遠からず訪れることを願うことが、彼らの心であることを知っておりますから、あなたが霊界のすべての先祖たちを動員して、緻密に一人一人もれることなく活動を展開する出発の日として、策定してくださることをお願い申し上げます。すべてを受け入れてくださることを考えながら、真の父母の名で以って通告致しました。アーメン。アーメン。アーメン。」

 解放前の状況

 私がこれからしばらくの間話すことを通して、皆さんは統一教会の歴史をよく知らなければなりません。統一教会の歴史というのは、韓国の解放以後から始まったのではなく、既に解放以前から始まっていたのです。第二次大戦以前から始まっていました。その当時、日本統治時代の末期におけるキリスト教の事情がどうであり、どのような現象が起きていたかを知らなければなりません。熱心な教会の責任者たちは皆監獄に投獄されていた時で、彼らの多くは神社参拝を強要されて、獄中に入れられたり、殺されたりしていたのです。
 そのような状況下において、一九四五年までには、韓国のすべての教域者:教職者、牧師)たちが、日本の国策によって、全部犠牲になるようになっていたのです。そういう環境の中で先生はどんな仕事をしていたのでしょう。韓国のキリスト教会において、終わりの日にはそのような状況が近づくと同時に、最後には解放が訪れるということを、霊界を通して全部知らされていました。そのため、山野に散らばって、隠れてお祈りをする群れがたくさんありました。

 ところで、監獄に入っていた牧師たちは、解放後の使命や、キリスト教の将来の展望については知らなかったのです。しかし、先生はそれに対する展望をもっていました。キリスト教を一つにしなければならないということを、原理の内容により全部知っていたのです。

 その当時は、キリスト教を熱心に信じている者たちにとって、死の道を行くか、それとも解放されて、世界的な歓喜を迎えることのできる新しい時代へと越えて行くか、その岐路の時代でありました。 そのことを皆さんは知らなければなりません。「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」の聖句通り、最後まで自らの命を覚悟して耐える者は、その時を迎えれば救われるのです。その時というのは、新しい時代が展開する時を意味します。つまり、韓国は絶対に亡びないで、数カ月後には解放されるということを、霊界に通ずる人々は皆知らされていました。ゲリラのように山や谷を越えて、村々を訪ねて何里も歩きながら、多くの神霊的な集団の人たちが交流していたのです。 その神霊的なグループを連結させて、これからの新しい教会としての基盤を造り、解放直後には(その土台の上に)キリスト教を連合して新しい世界へと前進することのできるその夢をもった唯一人の者がいるとすれば、それがレバレンド・ムーンだったのです。

 それで、そういう神霊的な集団には、メシヤを迎えるための準備をさせられていたグループが多かったのです。その中には、旧約時代を代表する男性集団があり、新約時代を代表する男性集団があり、また、旧約時代を代表する女性の集団があり、新約時代を代表する女性の集団がありました。 そのように、(蕩減を果たしていくための)代表がなければならないというのです。先生は霊界をすべて見ることを通して、(今後韓国において)どのように摂理が展開されるかということをすべて知っていました。そして、驚くべきことが起こるのであります。

 イエスの十字架の摂理において、十字架を良く越えた場合は光明の世界があり、良く担えないことによって越えられなければ闇の世界があるように、キリスト教が今回の十字架を背負って、信仰をもって神の為に死ぬことができれば、救いの道が開け、反対にこの峠を越えられなければ、失敗の道が待っていた訳です。そのような環境線上にあったのが、国家と世界を連結させるキリスト教を中心としてみた場合の、韓国の実情だったのです。それがどういうことかというと、イエス様が十字架で亡くなったと同じような状況が、世界的な舞台を中心として、縮小された表示体として存在していたのでありました。

 ここにおいて、先生を中心としてみると、獄中に入っていたクリスチャンたちはアベルであり、投獄されていないクリスチャンたちはカインなのであります。この人たちは、内的には屈伏してはならないと思っているけれども、外的には頭を下げて権力と妥協しているカイン型クリスチャンでした。そして、特別の霊的啓示を受けている、天使長のような騒がしい神霊集団の群れがありました。彼らは何の原理ももっていませんでしたが、ただ霊界にだけ従っていました。これらすべては霊的現象なのです。

 復帰の出発点

 では、堕落は誰が先にしたかといえば、霊的天使長が先になしたのであって、これらカイン・アベルは知りませんでした。したがって、獄中・獄外のクリスチャンたちはいずれも再臨主が来たらどう対応するかということを知らなかったのです。神霊集団においては、再臨主を迎えるためにどのように準備すればいいかということを示して、(神は)全部準備させたのです。この形態からみれば、これが神様の管理圏に入った立場からこのようなことが起こるのです。キリスト教文化圏と神側でなければならないのです。ところが、サタンは、これまで(図Ⅲ)侵犯するのです。監獄までも全部侵入するのです。このように見て、ここが堕落した世界であるとすれば、これは堕落しなかった天使世界と同じです。つまり(堕落しなかった天使世界が)実体をもったキリスト教と一つになったのと同じです。

 更に、ここにおいてもカインとアベルの型があります。(黒板を使いながら説明)これが堕落した圏内ですから、それで旧約時代の復帰団体と新約時代の復帰団体に分かれます。では、どちらがアベルかといえば、新約時代がアベルで、旧約時代がカインなのです。先生は復帰の使命をもって、これらをすべて収拾して行かなければなりませんでした。ではどこから出発しなければならないのでしょうか。監獄の中ではできなかったのです。先生がアベルとなり、これをカインとして出発したのです。(黒板を使いながら説明)これが解放される直前の状況でした。

復帰において明白なことは、男性のみでも成し得ず、女性のみでも成らないということです。主体と対象が必要です。だから、旧約時代のエデン復帰を担当する男性のグループがあると同時に、女性のグループが相対的に存在していました。また同様に、新約時代のエデン復帰を担当するグループも男性のグループと女性のグループとに分かれます。この四つの要素が一体化することによって回って行くのです。
 では、先生はこのような環境の中において、どこからスタートをしなければならないのでしょうか? 原理を知っているあなたたち、どこからスタートしたらよいと思いますか? 男性・女性、そしてカイン・アベル、これをどのように組み合わせて行くべきでしょうか? 男性型のカイン・女性型のアベルでしょうか? 主は男性として来られますか? 女性として来られますか?(「男です。」)その「男」という方はイエスの立場であり、では洗礼ヨハネの集団はどのグループに相当しますか?

 先生は男の立場です。では先生はこの神霊集団の中のカイン(旧約のエデン復帰グループ)から始めなければならないのか? それともアベル(新約のエデン復帰グループ)から連結して行かなければならないのでしょうか? どちらからですか?

 先生自身がアベルの位置に立つのであれば、原理観からして、アベルはカインと一つにならなければ行く道がないということを明確に知らなければなりません。それで、このような集団を訪ねて行って、洗礼ヨハネから祝福を受けたと同じように、そのような祝福を受けなければ出発することができないのです。摂理的にこのようなグループを訪ねて行って、出会って、祝福を受けなければなりませんでした。

 祝福というのは何の祝福かといえば、ソロモンの王権です。世界の基盤を相続することのできる祝福の基盤がなくては、地上天国、愛の理想世界を訪ねて行くことはできないのです。

 ソロモンは何の王ですか?(「知恵の王です。」)では、イエスは何の王ですか?(「愛の王です。」)知恵はこの世界、つまり、外的なものを象徴し、愛は内的なものを象徴します。これらは相対的な関係であるから、ソロモンの王としての地上における祝福を、この世界へと連結することのできる、そのような基盤の上にしか愛は行くことができないのです。その基盤がなければ、愛の王権を立てることができません。

 先生は原理を知っている立場において、洗礼ヨハネの立場の人が祝福を与えてから後に、ややもすると反対し、離れていくことがあり得るという事実をよく知っていたのです。それで、(事実、)その祝福を受けるために、そのグループを訪ねて行って、祝福を受けるや否や、神様は、「このカインに付いて行かないで、ここにいる先生に付いて行け。」と命令されたのです。そうすると、愛する弟子たちは皆先生に付いて行こうとするから、洗礼ヨハネの立場の人物はそれを防止しようとする現象が起こったのです。分かりますか?

 もし、ここにおいて、これが一つになるようになれば、このカイン・アベルは自然に一つになります。(そうすれば)自分たちが内的に成そうとすることが皆同じになってくるのです。そして、その頃みんな自然に通じ合っていたのです。そして全部がメシヤが人間として来られることを知っており、皆が迎えることができると思っていたので、皆が「解放、解放!」と唱えられたのです。

 カイン・アベルの基台

 それで、メシヤが来られて、ここで侍りさえすればカインとアベルが一つになることができたのです。十字架上のイエス様を例にとってみても、イエス様が親の立場であり、右側の強盗がアベルの立場、左側の強盗がカインの立場で双方が子供の立場です。この双方が戦うことによって、世界に右翼と左翼ができたのですから、双方が戦わないことを通して、互いに通じ合うことができるようになるのです。ここから、カイン・アベルの一体化が始まるのです。カイン・アベルを一つにしなければならなかったのです。

 このように(カイン・アベルが一つに)なれば、先生はここに行っていながら、ここにすべての人々を送って通告をするのです。(図を指しながら説明)では、誰がリーダーかと言えば、洗礼ヨハネがリーダーです。
 先生と洗礼ヨハネの立場の人物が一つになれば、男性側が全部統一されて、旧約時代・新約時代・成約時代の道がすべて連結されるのです。そうしたならば、今までの縦的な歴史を横的に立てて、完全に蕩減復帰勝利の基盤が立ったと見るのです。分かりますか? 原理的に分かるでしょう。縦的な宗教の歴史を横的に蕩減復帰した勝利の基盤の上に、覇権と王権をたてることのできる基準が生ずるのです。

 この世界はサタン世界であります。日本が支配していました。またここは内的な神側の世界であります。(黒板を使いながら説明)それで、これを蕩減しなければならないのです。その時、これが一つになっていたならば、すべてが一つとなるのです。そうすれば、神様が歴史を通して捜し求めていたアダムの完成となるのです。次に宗教圏がアベルで、国家圏がカインです。しかし、アダム・エバが一体化してアダム完成したところにはカインはないでしょう。だから、こちらが内的でこれが外的になるのです。それを全部準備していたのです。

 だから彼らも、メシヤが解放の後に来られるということを知っていましたし、女性たちはメシヤが解放後に来られれば共に生活しようと思って、準備をしていたのです。地上生活ができる準備をすべてしていたのです。一歳から死ぬ時までのものを、着物から靴から必要なすべてを準備したのです。それで、地上世界において、サタン側であるカイン圏と、神側の天使長圏のアベルが、アダムを中心として全部一つになる基盤が形成されておれば、アダムとエバの復帰の条件がすべて整うのであり、神側はこれを取ることができたのです。そして、摂理の第一段階が成就され、更に具体的な摂理が後に続くことが可能だったのです。

 第二次世界大戦が終る前、神側の米・英・仏とサタン側の日・独・伊が国家圏として対立していました。このような中において、解放以前に先生は、このような御旨をいだいて、これを連絡・結成する運動をしていたのです。これは先生が初めて証することなのです。

 それで先生は神霊的女性グループも訪ねて行ったのです。そこで、私に対して「文先生は神学校も出ていないし、宗教の研究もしていないのに、急に現われて、霊界の秘密を明らかにしているし、自分たちがどのようになっているかということを、啓示を受けて全部解明してくれる。すごい。」と言うのです。

 このような立場において、これが円満に連絡されて、これが一つとなって、この集団を通して、先生が祝福を完成すれば、御旨が全部成就されるのです。(図を指しながら説明)先生がもし、このような立場に立ってこれを連結させなかったという時は、相対を見つけることができないのです。何の話か分かりますか?

 では、どうするのか? あのように基盤を作っておいたのをすべて崩してしまうか、全部放棄するか? これを放棄するようになれば、これも放棄しなければなりません。(図を使いながら説明)ここにおいて、問題が起きてくるのであります。それでは、ここで条件をかけようとすれば、行く道は世界と連結しなければなりません。キリスト教世界と連結しようと思えば、キリスト教世界と連結できなかったのです。条件的な霊的基準において、これを受け継ぐことのできる出発的な基準はここでしたが、世界的な基盤はここにおいてめちゃくちゃに分かれてしまったのです。世界的な境界線となっていて、こちらは別の世界なのであります。地下に入っていて、公開的ではありませんでした。

 神様はどのように考えているかといえば、二つが一つになる道だけに連絡されれば、これをなすことができたのです。そうなれば、世界のキリスト教文化圏が、一度に世界に入って来るので、監獄に行った人々は全部解放されて出て来ることができたのでした。獄中にいた人たちが出て来て、戸が開くならば、こちらがアベルであるために、これがアベル圏を作って、これは自動的に連結できる準備が出来ていたのであります。そして、自動的に一つになるようになっていたのでした。そうすればこの圏内にはカインはなくなってしまうのです。そうすれば、即刻に世界のキリスト教文化圏に連結されるのです。何が連結されるかといえば、氏族が連結され、民族が連結され、国家が連結され、世界が連結されるのです。

 そういう場においてキリスト教文化圏が解放されれば、アダム国家を捜し、エバ国家を捜し、天使長国家を捜してこれらを中心として収拾しなければなりません。アダムを代表した国家がアメリカとなり、エバ国家が英国となり、フランスが天使長国家となるのです。これらの国家が韓国を包含したアメリカと一つになることにより、世界の舞台の上において天使長圏のすべてを蕩減して行くのです。一度に世界的に成すのです。そうすればサタンの勢力が存在することはありませんでした。その時が、キリスト教がアメリカを中心として、歴史上において初めて、完全に世界的基台をつくる、そういう時だったのです。それが解放直後なのです。

 解放直後の状況

 一九四五年、解放のその日には、アメリカを中心として全世界を収拾することができるようになるのです。世界が連結することができるのです。そうであったならば、韓国が南北に分かれたでしょうか。民主主義世界と共産主義世界に分かれることもなかったはずです。そして、今日、自由世界は共産主義によって分裂させられることもなかったのです。分かりますか? 世界を神の圏内に治めることのできる期限がこの三年、一九四八年までの間だったのです。

 もし、解放前にこのような基盤ができていたならば、獄中に入っていたすべての再建派は、先生と一体化したその基盤の上でそのままスタートすることができたのです。そのようになれば、既成教会全体に知られるようになって、連合軍(米・英・仏)を迎え入れることのできる基盤となったのでした。それは間違いのないことです。韓国の既成教会はこれしか道がありません。第二次大戦が終り、連合軍が入って来る時、誰が迎えることができるかと言えば、投獄された牧師・聖職者たちが連合軍を迎えるようになるのです。国連軍もここに歓迎されたでしょう。そうなれば、韓国は南北に分かれることなく、神霊的なこれらの人たちは連合軍を中心として、サタンが侵入することのできる余地がなかったはずです。

 しかし、こうした状況がすべて壊れてしまったので、仕方なく、先生は残された基盤のなかから、わずかな条件を探し出して、それを立てて取り戻していこうとしたのです。このままでは、これらの集団が全部なくなってしまうので、先生は一人孤独な立場において、そこに多くの人々を送って、三回以上通告しました。「受け入れない場合は、あなたたちの国家と世界は破壊されて、今まであなたたちの立てた功績は天が収めてしまうだろう。」と通告したのです。そうしてすべてのことを成して、それを全部収めることができる基盤をすべて整えておいた上で、“解放”を願って待ったのです。

 しかしもし、ここで成就できなかった場合には、ここでできる基盤を連結させようと考え、ある神霊集団を中心として成そうとしました。ここにおいて、アダムの立場にある先生は、旧約完成、新約完成を成して成約の出発を成し、次には旧約のエバ、新約のエバ、成約のエバが出発することのできる基盤の条件を立てるために、結婚が行なわれたのです。だから、ここにどれほど危険な負担をもって出発しなければならなかったか、ということを知らなければなりません。もし、この花嫁が先生を裏切れば、どうすればよいのでしょうか?

 では、その女性はどこを代表した人かといえば、この神霊集団の女性を代表した人なのです。その集団の責任者が最も愛した人を取り出したのです。その女性は獄中生活もし、あらゆる面で女性の代表者として蕩減を受けた方なのです。しかし、エバが知らないうちに堕落したのと同じように、自分の夫を通して復帰されていく事実を全然知らなかったのです。神の御旨を知らないのです。霊界との神霊的な接触はたびたびするのですが、これからメシヤがどのようになり、神様の天国がどのようになるかといったことに対して、その女性は知らなかったのです。分かりますか? だから、これからは女性はアダムの前に、夫の前に絶対服従しなければならないというのです。

 このようにして、(韓国は)アメリカと連結することによって解放されたのです。では、このグループの人たちはどこに行ったのでしょう。(図をもって説明)彼らは、神霊集団の背景を中心として、自分たちのグループ、グループにみんな分立していき、連結すべき責任を果たすことができませんでした。これを合わせて連合軍が韓国に来た時、アベルの立場の集団がすべて散り散りばらばらになることによって、カインの立場の集団が登場して、連合軍を迎え入れたのです。ですから、カインの圏内は非常に大きくなり、アベルの圏はほんの一部となりました。そして、連合軍と一つになって統一教会に反対する群れはサタン側になったのです。

 ここから、統一教会への迫害が始まり、反対が始まるのです。そこにサタンが付いて歩きながら反対するようになっていったのです。一九四八年までの三年間にその基盤を造ることができず、その女性自身も、先生と百パーセント一つになって、信じ、従って来ればよかったのですが、先生に反対する側に付いて行ったのでした。牢獄から解放されて出てきた牧師たちも、そちらの方に付いて行きました。そして、彼らは「再び来られる再臨主は、雲に乗って来るのであって、人の子として来るのではない。」と主張したのです。

 一体、なぜそのようになったのでしょうか?監獄に入っていた牧師たちはすべて、再臨主が人として、肉体をもって来られるということは知らなかったのです。神霊集団の、責任を持っている数人しか、そのことを知らなかったので、これらの獄中のクリスチャンたちが監獄から出て来た時、みんな、「主は雲に乗って来られる。」と言ったため、神霊集団の人々も、みんなそこに引き込まれてしまったのです。彼らも、「解放後に主が来られる。」という啓示を受けていたのは事実でしたが、皆そのような過去に持っていた信仰観念を維持していくことができなかったのです。

 だからといって、先生はその女性には復帰歴史のすべてを教えてあげることができなかったのです。すべてを教えてあげればそれを信じたでしょう。しかし、そうすることがまだ許されていない時代だったのです。ですから、彼女はただ先生の言うことを聞き、一体化しさえすれば、後々にはその真理を教えることができたはずでした。

 しかしながら、(彼女は)彼女の母親や、獄中から出てきた牧師たちと共に、先生を異端視するようになったのです。それ以降、霊界から啓示を受けていた神霊集団の人たちは、全部先生の行く道を塞ぐ運動をするようになりました。それで、統一教会の先生の家庭はキリスト教によってめちゃくちゃになり、神霊的な路程の出発が破壊されてしまいました。ここから十四年間すべてが反対したので、レバレンド・ムーンは一人で、基盤を整えることができず、待ったのです。

 監獄からの再出発

 それで、解放後神霊集団をつくって、その霊的活動をするなかで、「エホバの夫人である。」と宣布する群れがいなければならず、また、そのような便りが北の方になければならないと思っていました。内的にはともかくとして、外的にでもそうしたアベル的集団がいなければならなかったのです。それで、「北韓にそのような信仰者の集団がある。」と言うので、先生は一九四六年に北韓に入りました。

 そこで先生は、かつて「主がこのように来られる。」という啓示を受けていた神霊的な人々を集める運動を始めたのです。そのために、霊界ではとても忙しくなり、人々を送って先生のもとに集めようとする運動が始まったのです。それに対しどれほどの反対が起こったことでしょう。

 その間、一九四八年九月九日に、北韓では共産党を中心とするサタンの主権が立てられたのです。そして、その年の八月十五日に韓国が樹立されました。このようにして、二つの政権が分立したので、それ以来世界は完全に二分するようになりました。それで、先生はサタン世界に行って再び条件を立てるのです。イエスは十字架で死んだ後に、失われたすべてを回復したのですが、先生は死ぬ前に監獄に行って、十二弟子を始め、すべてを取り戻して来なければなりません。だから、サタン世界に行って、そこから復帰歴史を成して行くのです。

 このようにして、韓国の三十八度線を中心として北と南とに分かれることによって、共産世界と民主世界が分立されました。北韓においては、金日成がサタン側の再臨主の立場で“サタン側の父”として立ち、南においては、“神側の父”の形として来られるのです。そして、今までの基盤を再蕩減して、世界的な対立の中において収拾し、四十年期間を中心として、そのような環境を世界的に越えてゆく蕩減条件を立てなければ世界に行く道がないために、それを成してきたのが今までの統一教会の道であったのです。

 それで、ここにおいて教会(創立)の条件として神の役事によって、復帰世界においても、外的な世界において、北韓の国の代表の中から神霊的、アベル的立場の人物を天が捜し出して、蕩減条件をなす人物として立て、各教派に連結させることによって、南の国家と連結することのできる出発が始まるのです。それが統一教会の歴史です。北韓においては、監獄に入れられて、南韓から再出発することのできる蕩減基準を満たすことによって、韓国における統一教会の新しい出発がなされたのです。

神の日を迎えるまで

 それで、解放後十四年になれば一九六〇年です。この十四年というのは先生において長成期完成級の基準でした。なぜ十四年後だったのでしょう。七年路程においての最初の七年は旧約時代に相当し、次の七年は新約時代に相当します。イエス様の新約時代に該当する長成期完成級を中心として、全国家と全体が反対する中で、失われたものを再蕩減して奪って来るのです。このようにしながら、各教派の神霊集団において蕩減条件を成す立場の人物を全部収拾して、条件だけ立てるのです。そして、統一教会において再度育てながら、新しい世界運勢圏へと基盤を形成して世界にまで行かなければなりません。こうして統一教会の世界的版図が成されるのです。

 次に、二次にわたる七年路程において、韓国国家を代表して、イエス様が失った霊的・肉的基準を連結しなければならなかったのです。たたえ、その前日まで先生が監獄にいたとしてもいいのです。先生は、イエスの十二弟子の背信を蕩減復帰しなければなりませんでした。十二弟子が皆反対したそういう中において乗り越え、捜し出していくのです。そこにおいて、十二弟子を中心として、三十六家庭が編成されました。それによって、旧約時代、新約時代、成約時代の横的な条件が立ち、イエスが死なずして働くことのできる段階に入って行くのです。

 それで、お母様を迎えて、初めて着陸の基盤が構築され、霊肉を中心とした国家に向かって前進が始まるのです。そうしながら、父母の日、子女の日、万物の日を形成し、神の日に向かって前進しつつ、祝福と連結させながら条件を成して来て、一九六八年に神の日を制定したのであります。ここから、(統一教会は)世界時代へと前進して行ったのです。

 国家基盤から世界基盤へ

 そして一九七四年からは、一九六〇年プラス十四年ということで、国家基盤を中心として、霊肉実体を連結させて、世界的な時代へと越えていく、蘇生、長成の重要な時となるのです。当時、韓国におけるキリスト教は、霊的基盤しかなく、実体的な基盤はなかったのです。しかし、先生は韓国において蕩減条件を立てて、実体基盤を中心とした国家基準まで来るようにしたのです。そこで、ここに霊的世界基盤を連結しておかなければならないのです。キリスト教が反対したことによって、世界が反対したことになります。それで実体として、実際に実体基盤を韓国において造っておいたので、霊的基盤の世界基盤の中心地、アメリカにこれを連結させなければなりません。そのため、一九七四年を起点として、アメリカを中心に大復興会を催して、各キリスト教会において歓迎されるようになったのです。

 霊的キリスト教が歓迎することによって、一九七一年十二月から一年間において全体の歓迎を受けたのです。レバレンド・ムーンが話す時は、千名以上集って来て、全体の歓迎を受けました。イエスがイスラエル民族の前に、国家的次元において失った肉的基盤を蕩減復帰するためには、このようにキリスト教の霊的世界的な基盤を、この韓国において形成された肉的国家基盤に接ぎ木することによって、世界的肉的基盤の形成に向かって出発しなければならなかったのです。これが原理なのです。

 そうすることによって、韓国が国家的に、またキリスト教が反対することによって、世界的に引っかかっていたすべての内容を、アメリカにおいてことごとく歓迎されることによって解くと同時に、このアメリカの霊的世界基盤を韓国の実体基盤に接ぎ木することができるのです。

 韓国は、七〇年代までに霊肉を中心とした国家基準まで蕩減復帰しました。その段階へと越えていったのです。そのために七〇年代を中心として、祝福家庭を全体動員して、国家全体へ向かって動員して、国家が反対するのにもかかわらず成したのです。これが三年路程の蕩減なのです。

 このような基盤を整えたために、霊的基盤を中心として韓国は連結されたのですが、まだ、世界的な霊的基盤が整っていなかったのです。そこで、アメリカに来て歓迎を受けて、霊的基盤を連結させると同時に、国家基盤の上に実体的世界基盤を出発しなければならないのです。それはどういうことかといえば、国家的基盤における反対を世界的に蕩減復帰することなのです。そこで、一九七四年にアメリカで歓迎を受けることによって、ここから西欧社会の機動隊を中心として連結させて行くのです。

 それで西欧社会に行って、ここで肉的蕩減条件を立てることのできる国家的次元に立って、世界に出ていくことのできる蕩減条件を立てなければなりません。一九七四年九月十八日、この時を中心として、先生がアメリカに来て、実体キリスト教文化圏である外的な政府を相手にして闘っていくようになるのです。

 二千年前には、ユダヤ教とローマが一つとなって、イエス様を迫害して追い出してしまったのですが、現代においては、アメリカとイエス当時のユダヤ教の立場であるキリスト教が一つとなって、イエスの立場に立っている統一教会に反対したので、これを蕩減復帰しなければなりません。そこで、アメリカ政府とすべて連結されている韓国の政府と闘うようになったのです。

 しかし、機動隊が行った時、韓国政府は私たちと一つとなって既成政会と闘いました。一九七五年六月七日、ヨイド広場における、世界的勝利の版図である六十二カ国と二百万の歓迎の群れを勝利の基盤として、アメリカに来て、実体世界基盤を蕩減復帰する路程を歩み始めたのであります。当時、キリスト教が反対したのですが、政府の後援の下で、完全に勝利の基盤を整えることができました。

 そのようにして世界路程を出発して、ヤンキー大会とか、ワシントン大会を世界全体が反対する中で開いたのです。全体の反対をものともせずに、ワシントン大会による大勝利の段階へ入っていきました。その時が七六年です。

 カナン福地に行く準備のための闘い

 一九四五年から三年間摂理が延長されて、一九四八年に韓国政府が樹立されたので、一九八八年まで、この四十年間に三年を加えた四十三年間の期間において、すべてを蕩減しなければなりません。一九八八年までに、すべて決定づけなければならない闘いをしているのです。それで、解放後の四十三年間において神の国を捜し、国民を捜し、神の主権を捜さなければなりません。それに命を懸けて成していくのです。一九八五年は、国民に、カナン福地を目指して前進して行かなければならないことを通告する運動を始める年なのです。カナンの地に出ていかなければなりません。

 一九八三年から三年間を中心として、カナン福地に行くための準備のためのこの闘いが、統一教会におけるすべての中心となるのです。アベルのすべての中心となるのです。イスラエル民族がカナン福地に向かう時に、エジプトにおいて出動命令を聞いて、皆が出て行きましたが、私たちの力では全体に通告することはできないので、既成教会の責任者たちと私たちとを連結していかなければなりません。

 これを連結させるために、興進様が蕩減路程として昇和され、先生が蕩減を払いながら監獄の中で歩んでいるのです。既成教会と統一教会というカイン・アベルが、一つにならなければならないのに一体化できなかったので、これを蕩減復帰し、カイン・アベルを一つにしていくためには蕩減条件を立てなければなりません。そのために興進様の犠牲と、先生の投獄の路程が始まるのです。そうすることによって、キリスト教と一つになるのです。そうなれば宗教迫害ということはあり得ません。ばらばらになっているので、最後の日に、反対するものを解いてあげて、統一教会と一つになった群れとなって越えていくのです。数多くの宗派を立てて、復帰歴史をなしてきましたが、そのすべてが失敗したのを、先生一代において、統一教会を中心として蕩減復帰して、世界的に、名実共に蕩減歴史がこのように成されていったという事実を皆さんは聞いているでしょう。それらの結着をつけることのできる時を迎えたということは、どれほど摂理史的に意義があるかを皆さんは知らなければなりません。

 今、先生が監獄の中において、行なっていることは何かといえば、宗教の連合をなしながら、これからのアメリカが一つの理想の道へと行くことのできる準備をしているのです。それにはカインとアベルが一つにならなければなりません。統一教会とキリスト教が一つになることによって、アメリカから世界の行く道が決まるのです。カインとアベルが一つにならなければ、次の次元へ越えていくことができません。だからこの期間がどういう期間かといえば、統一教会と既成教会のカイン・アベルを一つにするための条件を立てて越えていく期間なのです。これさえ越えていけば、神の国を捜すことのできる段階へと入っていくのです。

 一九八八年になれば、キリスト教が一つとなって指名する国家的指導者が誕生し、その時にはカイン・アベルが一つとなって、世界の民主主義の問題を処理する時代へと越えていくのです。終りは告げられるのです。つまり、キリスト教がアベルとなり、政府全体がカインとなりますが、これが一つになるから、共産世界は存在できなくなります。共産世界は崩れてしまうのです。だから摂理史的に見るとき、今が最後の時である、ということを知らなければなりません。分かりますか。(「はい。」)

 それで先生は、この道を、愛を中心として犠牲になりながら行くのです。犠牲と愛、怨讐を愛し、怨讐のために犠牲になる精神で行くのです。日本人と韓国人が怨讐であり、日本人とアメリカ人が怨讐であり、アメリカ人とドイツ人、これらの怨讐が一つとなって、ここにおいて神の国の伝統の基盤を、愛の伝統を築かなければ、神の国は出発することができないということを知らなければなりません。そのために出発するこの国に対して、サタン世界が讒訴することも闘うこともできないのです。それはなぜかといえば、怨讐同士が一つになったからです。サタンというのは怨讐を作るのですが、ここにおいて怨讐をなくしていくのです。これが異なるのです。分かりますか(「はい。」)ここにおいて神の国の伝統を作っておけば、それで終わりなのです。これからは世界的レベルで、そのような基盤を整えなければ、理想天国理念が出動できないという事実を知らなければなりません。

 これらの怨讐同士が集まって、アメリカを救ってあげるというのです。アメリカを救おうとしている私を牢屋に入れてしまったので、私が出獄する時、世界が歓迎する日には、神の国の出動が始まるのです。私が出獄しない間は、世界はまだそのままです。

 統一教会は跳び上がっていくのです。キリスト教と一つになるその日が来れば、自動的に先生は出獄するでしょう。キリスト教のすべての牧師たちに通告することが延長すればするほど、先生は出て来ることができません。そのように思って、歴史的にこのように重要な時期に来ているので、皆さんの前に通告する重要な時間であることを知って、はっきり理解していただきたいのです。私たちはそれを成していきましょう。(「はい。」)では元気で。(拍手)




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

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Last updated  2021.12.09 19:53:25
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