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【2016年8月31日(水)】 今日も風があって、爽やかな天気でしたが、京都は、昨日よりは暑く、最高気温31.9度の真夏日でした。しかし、いつの間にか、蝉の声に替わり、秋の虫が鳴きはじめました。 こんな爽やかな天気なので、東北や北海道の水害の被害がなかなか実感がわきません。グループホームの皆さん9人の死亡は、水害に慣れていない地域での怖さを浮き彫りにしました。関東や西日本で同じような状況であれば、このような悲惨な状況にはならなかったのではないかと思います。ご冥福をお祈りいたします。 家内も一日テニスだし、修学旅行研修の下見に出かけようと思ったのですが、バスルートなど下調べができていないので、明日行くことにしました。 ルーティーン以外に、その下調べをした一日でした。 家内はテニスの後、懇親会でしたので、次女と二人の夕食でした。草花記です。8月8日撮影の「ビロードモウズイカ(天鵞絨毛蕊花)」@京都桂坂散歩 です。ゴマノハグサ科モウズイカ属。地中海沿岸原産の越年草。各地に帰化しているが、とくに北海道に多いとのこと。河原や荒れ地、線路の脇などに生え、高さ1~2mになります。花期は8~9月。名前は、ビロードのような細かな毛に覆われた葉に由来します。モウズイカ(毛蕊花)は雄しべに毛が生えていることから。開花したもの別の場所の開花前のもの「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。寒がりたー坊さんミツ太郎さんさきっちさんpuramuroiyaruさんこだっくさんkurumatabisky(車旅好)さんsazankaさんkayu-さんキタさんピエールさんkoryayasoさん秀さんだよさんみぃぷぅさんMAYU的さんリンゴちゃんさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/31
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2016/08/31
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2016/08/31
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2016年8月30日 京都新聞ホームページ 京都府舞鶴市教育委員会と冠島調査研究会は、同市沖の冠島で繁殖する府の鳥オオミズナギドリの定期調査結果を発表した。島への定着を引き続いて確認する一方、巣穴の卵のうち、ひなになったのと抱卵中は半数で、ドブネズミの影響が懸念されるという。 繁殖期に合わせて春と夏に実施。今回は8月19~22日に滞在し、オオミズナギドリを識別する足輪を確認する標識調査と、ひなの成育状況、ドブネズミ調査を行った。捕獲した606羽中、8割の484羽に以前付けた足輪があり、島への定着を確かめた。 ひなは、調査区域内の巣穴を撮影。7月の山階鳥類研究所(千葉県)の調査で184カ所の巣穴のうち58に卵があった。今回ひながいたのは26、卵を抱いた親鳥がいたのは3で残り29は卵がなかったりと不明だった。 伊豆諸島・御蔵島などの他の繁殖地での調査では、ひなの巣立ち成功率は7~8割の報告がある一方で、外敵がいれば5割程度の場合もあり、冠島でも外敵の存在で巣立ちが減っている可能性があるという。 今回、ドブネズミにかじられたとみられるひなの死体を1羽確認、ネズミの胃の内容物を調べるため、わなを仕掛けたが、捕獲できなかった。研究会の狩野清貴副会長は、冠島からさらに沖にある沓島(くつじま)にドブネズミが上陸して希少なカンムリウミスズメやヒメクロウミツバメなどの繁殖を妨げることも懸念、「捕獲方法を工夫して調査を続けたい」と話した。オオミズナギドリのひな(京都府舞鶴市沖・冠島)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/31
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2016年8月30日 京都新聞ホームページから 浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、京都市下京区)は30日、境内の御影(ごえい)堂や飛雲閣などを夜間に初めてライトアップすると発表した。期間は10月1日から10日間。 大谷光淳(こうじゅん)門主(39)が2014年6月に就任したことを内外に披露する「伝灯奉告法要」の関連行事。法要は10月1日から来年5月31日までの計80日間営み、20万人以上の参拝を見込んでいる。 ライトアップは、宗祖親鸞の木像を安置する御影堂と、本尊の阿弥陀如来立像を安置する阿弥陀堂、飛雲閣など国宝に指定された建造物と、御影堂門、阿弥陀堂門、経蔵などで行う。「花灯明(はなとうみょう)」のタイトルで参拝を呼びかける。青、黄、赤、白の4色のライトで照らし、仏教経典の仏説阿弥陀経に書かれた極楽浄土の世界を表現するという。 期間中の午後6時半から3時間、大人500円、小中高生300円。全額、同派の「たすけあい運動募金」の熊本地震災害義援金とする。試験点灯で照らされた飛雲閣(京都市下京区)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/31
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月26日の記事≫ (患者を生きる:3124)仲間と歩む 情報届けたい:5 情報編 治療法、自ら勉強し理解 連載で紹介した兵庫県宝塚市のTTさん(68)が設立した前立腺がんの患者・家族の会「腺友倶楽部(せんゆうくらぶ)」に寄せられる相談で最も多いのが、「どの治療法を選んだらよいのかわからない」だ。 前立腺がんの治療は、前立腺をすべて摘出する手術や放射線治療、ホルモン療法がある。前立腺特異抗原(PSA)の値やがんの進行度、悪性度に基づいてリスクを分類し、治療法を決める。しかし、がんが前立腺内にとどまっているケースは、選択肢が多くなる。「選択の幅が広い分、患者は悩みやすい」と北里大学の佐藤威文(さとうたけふみ)准教授(泌尿器科)は話す。 手術では、腹腔(ふくくう)鏡を使った場合は出血が少なく回復が早いとされる。放射線治療は、手術に比べて尿漏れや勃 起不全の恐れが少ないことが利点だ。がんが前立腺の外に広がっている場合や、転移・再発がある場合は、進行を遅らせるホルモン療法があるが、長く続けると効きにくくなる。こうした患者のための新薬3種類が、2014年に保険適用となった。 TTさんは相談に訪れた人たちに「治療法の選択で後悔しないためには、医師任せにするのではなく、患者自らが利点や難点を理解したうえで判断することが大切。患者も勉強する必要がある」と伝えている。 ただ、ネット上の情報は玉石混交で、根拠がはっきりしないものもある。がんについては、国立がん研究センターの「がん情報サービス」や、認定NPO法人キャンサーネットジャパンの「キャンサーチャンネル」が参考になるサイトの一つだ。日本医療機能評価機構の「医療情報サービス Minds(マインズ)」は日本でつくられた診療ガイドラインを紹介しており、標準的な治療法を知ることができる。一般向けの解説も掲載している。 全国に約400あるがん診療連携拠点病院には「がん相談支援センター」が置かれており、面談や電話による相談が無料でできる。別の医師に治療法などの意見を求める「セカンドオピニオン」という方法もある。 佐藤准教授は「治療法は、年齢や人生観などを踏まえ、患者が医師と一緒に決めるのが基本だ。迷ったら、主治医とよく相談してほしい」と語る。がんの情報が得られるサイトの例>「治療法の選択で後悔しないためには、医師任せにするのではなく、>患者自らが利点や難点を理解したうえで判断することが大切。>患者も勉強する必要がある」 その通りだと思います。昔は医者以外には、情報源は本くらいしかありませんでした。その本も、本屋さんに全部並んでいるわけではなく、どうしても売れやすい本しか並びません。今は、本を買うにしてもネットで検索して、網羅的に探すことが可能です。外に出るのが困難なときも、本が買えます。 それに何と言っても、ネット上の情報です。網羅的なだけではなく、患者さんや家族の闘病記など、患者側に立った情報もたくさんあります。 しかし、それでも知り得ないことがあります。私は、後腹膜悪性軟部腫瘍で、抗がん剤の後の治療として、主治医から透析をしたうえでの腎臓ごとの摘出(腎盂がんで、すでに片方の腎臓しかないため)を勧められました。私がネットで調べたなかでは、それ以外の解は見つかりませんでした。 ところが、腎臓ごとの摘出手術の後押しをしてもらおうと思って聞きに行ったセカンドオピニオンで、腎臓を温存できる治療方法として、粒子線治療の紹介を受けました。その治療をしている兵庫県立粒子線医療センターで診てもらったところ治療の対象になるとのことで、粒子線治療を受けました。現在、治療終了後、1年4ヵ月経過しましたが、透析はしていないので、普通の生活ができていますし、腫瘍の小さくなり方も順調です。 粒子線治療というのを知っていたら、そのキーワードを使って、私の「がん」が治療可能ということが分かったかもしれませんが、標準的な治療ではないので、逆の方法ではなかなかたどりつけなかったのだと思います。 このように、ネット検索は万能ではありません。セカンドオピニオンは是非活用して欲しいと思います。仮に新しい治療方法が見つからなくても、主治医から提案された治療方法に納得のうえ治療に臨めるというメリットがあります。この精神的効果は大きいと思います。>ただ、ネット上の情報は玉石混交で、根拠がはっきりしないものもある。 ネットが重要な情報源になっている昨今ですが、問題はここです。標準治療を全否定しているブログ記事も多く、そういった記事のほうが、かえってたくさん読まれていることが懸念されます。そういった記事はアピール度が高いためにそうなるのでしょうが。 私は専門家ではないので、なかなかそれを論破できませんが、少しでも良質の情報(断っておきますが、新聞記事すべてが正しいとは思っていません)に触れていただく機会を持っていただきたいと思い、こうやって新聞記事を紹介させていただいています。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/31
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【2016年8月30日(火)】 観測史上初めて東北の太平洋岸に台風が上陸し、東日本では大きな被害が心配されていますが、京都では昨日の雨が嘘のような良い天気で、最高気温28.9度で、風が吹いて涼やかな天気でした。 台風の被害が大きくならないことを祈ります。 自動車保険の更新の通知が保険会社から届きました。2年前に次女が日本の運転免許をとったので、練習ができるよう、運転者条件を36歳以上家族限定から、26歳以上家族限定にしました。その分保険料は高くなりましたが、結局次女は少し練習しただけで、去年、今年は全然車に乗らず、実質的には運転できない状態です。 今回は、結婚して東京に行って別居になり、同居家族ではなくなってしまうので、また家族36歳以上に戻そうと考えました。しかし、次女とその旦那がこちらに遊びに来たとき、旦那は運転できるので、次女夫婦で行動するとき、我が家の車を運転できれば便利です。ですので旦那を運転者に加えたほうがいいと思い、どんな方法があるか保険会社に電話して聞いてみました。 旦那は別居なので家族ではなく、あかの他人になり、その場合は26歳以上というくくりになるとのこと。家族は私と家内だけに戻るので、家族は36歳以上。 家族以外も入れるので、保険料が高くなると思ったのですが、家族を26歳以上から36歳以上に変えたので、そちらで減額になるほうが大きく、保険料はむしろ安くなるとのこと。 あかの他人の運転する機会は少ないので、あかの他人を加えて保険料が高くなるよりも、運転機会の多い家族の年齢制限を厳して保険料が安くなるほうが大きいからとのことです。 ちょっとややこしいですが、次のような変遷になります。 もともと~36歳以上家族のみ ↓ 同居の次女が運転免許をとって~26歳以上家族 (保険料アップ) ↓ 次女の旦那を運転手に加える~36歳以上家族と、他人26歳以上 (保険料ダウン) これで次女の旦那だけでなく、次女も運転できるし(することはありませんが)、私がゴルフ旅行をするとき、他の人に運転してもらうのも可能だし、家内も友達に運転するのを頼むことができます。 さて、今日は午前中家内の3週間に一度のクリニックに同伴でした。家内は体調はいいですが、今後次女が東京に引っ越すという変化点もあるので、薬の変更はありませんでした。 夕刻は、月イチの津軽三味線のレッスン日でした。通算7回目。前回は、シニア観光ガイド研修と重複でしたので、2ヵ月ぶりのレッスン日でした。練習を始めて、7ヵ月です。 過去いただいた課題曲3曲の練習を、レッスンに行く直前に録音しました。 ・津軽曲弾き(最初の課題曲) この曲の練習を始めて7ヵ月 ・じょんがら節(2つめの課題曲) この曲の練習を始めて4ヵ月 ・さくらさくら変奏曲(3つめの課題曲) この曲の練習を始めて2ヵ月 先生からは音がきれいに出るようになったと褒めていただきました。社交辞令もあるでしょうが。弾いている途中で、バチを打つ場所が、胴から竿の方に外れることがあるので、注意を受けました。 さくらさくら変奏曲は、先生の模範演奏を聞かないで練習に入ったので、緩急の具合いが思っていたのと全然違いましたし、どの指で押さえるかも全然違っていました。 小学生の女の子が、少しずつですが、うまくなってきて、元気が出てきました。カワイイです。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/30
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2016年8月8日撮影の「ヒナタイノコヅチ(日向猪子槌)」@京都桂坂散歩 です。ヒユ科イノコヅチ属の多年生草本。日当たりのよい道端や原野に生える雑草。原産地は日本、朝鮮半島、中国。花期は8-9月で、緑色の小花を咲かせます。果実は人の衣服や獣の体に付着し運ばれます。イノコヅチ(ヒカゲイノコヅチ)よりも日当たりのよい場所に生えることから命名されました。イノコヅチの名の由来は、節高の茎をイノシシの膝頭に見立てたものであろうという説や、果実(ひっつき虫)がイノシシの子につく「猪の子つき」から転訛したものであるなど諸説あります。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。寒がりたー坊さんこだっくさんmehyan20さんkurumatabisky(車旅好)さんkayu-さんみぃぷぅさんkoryayasoさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/30
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「京都市内全寺社巡り」2016年8月17日(水)東山区第2日の第3日です。◆この日の行程、ルート地図、歩行データは投稿済みです。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201608170004/◆ルート、訪問地プロットのオリジナルは下記です。https://drive.google.com/open?id=1g8SwpQ6kDUnreV2ZQi6eodH6lYc&usp=sharing##########################≪東山区第2日第3回(最終回)≫(東山区第2日第2回から続く)さらに円山公園の奥へと進みます。料亭 左阿弥もとは元和元年、織田信長の甥である織田頼長により、安養寺の末寺として建てられました。頼長の父は、茶人の織田有楽斎。頼長も又、雲生寺道八と号し、この地で茶事を極めたと云います。江戸時代、安養寺のある東山あたりは、遊興の地として大変なにぎわい、中でも左阿彌は、安養寺「円山の六坊」の一つと数えられ、文人墨客が集いました。左阿彌が料亭を始めたのは嘉永二年。明治維新以降、御前会議にも使われ、有栖川総督宮や山県有朋参与が止宿し、頼山陽や土田麦僊画伯もよく訪れました。川端康成や志賀直哉の文豪らも訪れ、『暗夜行路』・『古都』にも左阿彌が書かれています。 左阿弥ホームページ http://www.saami.jp/history/index.html安養寺中興が慈円であったことから山号は慈円山。桓武天皇の勅命により天台宗のお寺として最澄が開創しました。法然がこの寺に庵を置き吉水草庵と呼ばれ、30年間念仏三昧の日々を送ったとされています。親鸞もこちらに念仏修行にやってきましたが、念仏弾圧により寺は荒廃してしまいます。至徳年間(1384~1387)国阿が安養寺に入寺してからは時宗に改め再興されました。境内には子院六阿弥坊が建立しますが、さきほどの左阿弥が料亭として残るのみになっています。本坊も、現在では本堂・書院・弁天堂が残るのみです。江戸時代には山号の慈円山を略し、徳川家康は円山と呼んでいたそうです。円山公園はもと境内の地だったことから、円山公園と呼ぶようになったとも伝わっています。安養寺ホームページ http://yosimizu-anyo-ji.com/index.html弁天堂山門の手前にあります。吉水さんと京都では呼んでいますが、霊泉が湧いていた事に由来します。弁天財と共に宇賀神将尊を祀っていて学術向上にご利益があるとされています。宇賀神将尊は、宝珠を抱いた白蛇に変化したことで、祇園では芸妓の技術向上のもご利益があるとされたくさんの芸妓が訪れます。慈鎮(慈円)和尚多宝塔(重要文化財)お堂の裏にあります。お滝場法然も使ったといわれる閼伽水の井戸もありますが、見逃しました。歓喜天堂(聖天堂)道標 お宿「吉水」の看板の横に立っています。山門真葛原吉水庵室の石柱 山門前に立ちます。「真葛原(まくずがはら)」は京都市東山区北部の円山公園の辺り一帯の称。本堂ご朱印ご朱印をいただくときに、将軍塚への行き方をお寺の方に聞きました。本堂の北側の道を上っていけばよいとのことで行ってみました。山側からの安養寺の眺めかなり上らないといけないかと思いましたが、ほどなく目的の道標に到達しました。安養寺がすでに高いところにあるからでしょうね。蛍が窟・知恩院【道標】建立者:中井慈眼(推定)[西]左 蛍か窟 参町 知恩院 四町お地蔵さんが乗った石垣のそばにあります。これを上っていくと、この日、将軍塚から下りたところにあった「知恩院」や「円山公園」を示す道標のところに行きつくはずです。「蛍が窟」は調べましたが、分かりませんでした。他にも石垣に乗ったお地蔵さんがありました。山道を下り、安養寺に戻ります。、歓喜天堂(聖天堂) 安養寺の守護神、歓喜天を祀ります。生駒聖天より勧請されたもの。かつては雨宝堂でした。安養寺の最上部にあります。本堂のほうに戻らず、南の道を下りていきます。将軍塚道【道標】[西]将軍塚道お宿 吉水ホームページ http://yoshimizu.com/kyoto/円山公園に戻ります。石垣で作られた公衆トイレ「ねねの道」道標長楽館の南を通り、阪急四条河原町まで歩き、阪急+バスで帰宅しました。(東山区第2日終わりです)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/30
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月25日の記事≫ (患者を生きる:3123)仲間と歩む 情報届けたい:4 交流の集い、心の支えに 前立腺がんで放射線治療を受けた後、自身のサイトで情報発信をしている兵庫県宝塚市のTTさん(68)は2014年11月、患者・家族の会「腺友倶楽部(せんゆうくらぶ)」を設立した。患者が顔を合わせて交流する場が必要と考えたためだ。現在、約250人が会員登録している。 神戸市のSTさん(58)はその一人。医師に勧められた全摘手術に納得できず、治療法の選択に悩んでいたとき、武内さんのサイト「腺友ネット」に出合った。 「術後の転移が不安」「性機能は戻るのか」。掲示板で交わされる患者のコメントを読んで心が楽になった。「悩んでいるのは自分だけじゃない」。尿漏れなどを起こすリスクや体への負担を考え、手術ではなく、放射線治療を選んだ。治療後、患者会に入り、任意団体だった患者会のNPO法人化に向けて規約や事業計画づくりに奔走した。 今年7月、TTさんは東京で患者会セミナーを開いた。闘病を20年間続けている男性(79)が、約130人を前に体験を語った。 「リンパ節にも転移し完治しません」と告知された後、ホルモン療法を受けた。食事は玄米と野菜中心に切り替え、朝晩の体操や散歩も欠かさない生活を送っているという。「家族の助けもあって、この年を迎えられました」 TTさんは「よくこれだけ長い間、がんばってきてくれました」と男性をねぎらった。会場から大きな拍手がわいた。 「がんを克服した人が目の前にいることが、私たちを元気づけてくれる」。この集いは患者の「心の支え」になっていると感じた。 一人で悩みがちな性機能についても、正しい情報を伝えるのが自分の役割だと思っている。手術や放射線治療、ホルモン療法によって勃 起不全や射 精障害が起き、女性に魅力を感じにくくなる。武内さんも経験した。「がんが治った後も人生は続く。治療後のイメージをして治療法を考えてほしい」 TTさんは、前立腺がんなど男性特有のがんの啓発活動に力を入れている。ひげのシンボルマークを使う海外の活動にならい、11月に大阪、12月に東京で、おもちゃのひげをつけてウォーキングやランニングをするイベントを計画中だ。写真(略):今年7月に東京都内で開いた患者会セミナーで、会員らと記念撮影をするTTさん(前列左から3人目) ネットでの交流も患者やその家族の心の支えになりますが、やはり同じ病気を抱える人と会って話をするというのは、もっと大きな支えになると思います。私は「がん」になって、こういった患者の会の一つに登録はしていますが、会合には出席したことがありませんので、よく分かりませんが、家内が別の病気で、患者の会に入って、それが支えになって快復に向かったということがありました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/30
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【2016年8月29日(月)】 雨の一日でした。晴天が続いたので、農家の方にとっては恵みの雨でしょうか。最高気温も29.1度とついに真夏日でさえもない日になりました。 私は昨日に続きルーティーンの一日で、雨で散歩もなしでした。次女も一日在宅。外は雨、過ごしやすい気温、リオ・オリンピックの余韻、パラリンピック待ち、サッカー・ワールドカップ・アジア最終予選待ちのエアーポケットのような一日でした。 家内は午前中、歯のメンテで歯医者行き、夕刻から飲み会で、京都の出かけていきました。最寄り駅までアッシーしたところです。 今日は、次女と二人での夕食です。「草花記」です。8月8日撮影の「ヤブガラシ(藪枯らし)」@京都桂坂散歩 です。ブドウ科ヤブガラシ属。つる植物で、日本ではよく見かける雑草。原産地は日本(北海道~沖縄)、東アジア、東南アジア。花期は6~8月頃。名前は藪を覆って枯らしてしまうほど生育が旺盛なところから来ています。別名ビンボウカズラ(貧乏葛)とも呼ばれます。庭の手入れどころではない貧乏な人の住処に生い茂る、あるいはこの植物に絡まれた家屋が貧相に見える、またはこの植物が茂ったことが原因で貧乏になってしまう、などの意味に解釈されています。見ため奥ゆかしい花なので、あまり雑草というイメージがなく、名前をカタカナで「ヤブガラシ」と教えてもらったとき、漢字では「藪辛子」と思ったくらいです。まさか「藪枯らし」で超嫌われ者とは。外見だけでは分からないものです。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。寒がりたー坊さんさきっちさんpuramuroiyaruさんこだっくさんmehyan20さんkurumatabisky(車旅好)さんhirokoさんkayu-さんキタさんピエールさんみぃぷぅさんRicoさんkoryayasoさん秀さんだよさんリンゴちゃんさんMAYU的さんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/29
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「京都市内全寺社巡り」2016年8月17日(水)東山区第2日の第2回です。◆この日の行程、ルート地図、歩行データは投稿済みです。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201608170004/◆ルート、訪問地プロットのオリジナルは下記です。https://drive.google.com/open?id=1g8SwpQ6kDUnreV2ZQi6eodH6lYc&usp=sharing===============================それでは東山区第2日の第2回です。正法寺、霊明神社への階段を、西のほうに下りて行くと、左手に老舗料亭「高台寺 土井」があります。「高級」ですので、私は入ったことがありませんが・・・・料亭 高台寺 土井明治の両替商 元 清水吉次郎邸「十牛庵」の敷地にあり、本館は明治40年に数寄屋匠上坂浅次郎が建築、庭園は七代目小川治兵衛の作庭です。老舗と書きましたが、創業は昭和13年とのことで、それほど古くはないようです。 二年坂まで下りてきました。それまで、人とはほとんど出会うことがなかったのですが、ここまで来ると、清水寺のお膝元で、人、人、人です。空気が一変します。二年坂から正法寺の階段に向かうところに、正法寺を示す道標があります。開山国阿上人参詣道【道標】[北]開山国阿上人参詣道 是ヨリ三丁[西]洛陽 四拾八願所 本山霊鷲山 正法寺[南]■年 当■寺 ■ 来迎寺二年坂を北端まで歩き、東山通に向かう途中、左側に青龍寺があります。青龍寺浄土宗の寺で、洛陽三十三所観音霊場第九番。門と法然上人御遺跡青龍寺碑[北]法然上人御遺跡 六時礼讃根源之地 青龍寺[南]昭和五十三年六月吉日境内 木の向こうが本堂桓武天皇の勅命によって長岡京近郊に創建され、平安遷都により現在地に移されました。昔から「伽羅(きゃら)観音」の通称で広く信仰を集めてきた本尊の聖観音は、本堂正面に安置されており、身の丈約1メートル、細身の優雅な立ち姿です。寺伝によると、唐の徳宗皇帝から献上された伽羅木を、桓武天皇が伝教大師(最澄)に命じて彫刻されたものとのこと。本堂前の小さな庭に、長さ1メートル、幅50センチほどの石が据えられています。法然の門弟・見仏が後白河天皇追善回願のため、法然を招いて六時礼讃を勤めたとき、同じく門弟の住蓮が鉦の代わりに叩いたという念仏石で、隕石との言い伝えもあり、名物となっています。大小二つあって、小さい方は本堂内に保存されており、打つとカーンと金属性の音がするそうです。念仏石また、境内墓地には、勤王の志士・近藤正慎(義重)の墓があります。これは近藤 正慎の碑近藤 正慎(しょうしん)は、江戸時代末期(幕末)の尊王攘夷運動家。丹波国桑田郡(現・京都府)生まれで、京都清水寺成就院で出家。兄弟僧であった月照を支援し尊攘運動に身を投じました。安政の大獄に連座して捕縛され、六角獄舎において、月照の行方について拷問を交えて問われるが全く白状せず、獄中で舌を噛み切って壁に頭を打ちつけて自害しました。陶磁器の人間国宝、近藤悠三は孫、俳優の近藤正臣は曾孫です。子孫は代々、清水寺境内で休憩所「舌切茶屋」を営みます。東山通に出て、八坂神社近くの「王将祇園八坂店」で腹ごしらえ。疲れた身体には、ボリューム満点の中華料理とビールが一番。早くて安いのもいい。八坂神社を通って、円山公園へ。ラジオ塔(円山公園内)ラジオ普及のために昭和七(一九三二)年につくられ、ラジオ体操や野球中継が流されました。戦時中に資材供給しましたが、昭和57年に修復されました。祇園祭山鉾館京都で7月に行われる祇園祭の山鉾10基が収蔵されています。保存が困難になっていた山鉾のために、京都市のよって昭和43年に建設されました。収蔵されているのは木賊山(とくさやま)、芦刈山、伯牙山、郭巨山(かっきょやま)、油天神山、太子山、浄妙山、黒主山、孟宗山、岩戸山です。祇園小唄碑「月はおぼろに東山・・・」で有名な「祇園小唄」の碑です。祇園小唄は、長田幹彦が昭和初期に祇園のお茶屋「吉うた」で作詞し、佐々紅華が作曲、マキノ映画「絵日傘」の主題歌として、全国に大流行しました。歌ったのは藤本二三吉。男性の名前のようですが、元芸妓の女性歌手です。「吉うた」の二代目女将お龍さんが長年奔走し、昭和36年にこの碑ができました。ちょっと聞いてみましょう。歌詞:『祇園小唄』1.月はおぼろに東山霞む夜毎のかがり火に夢もいざよう紅桜しのぶ思いを振袖に祇園恋しや だらりの帯よ2.夏は河原の夕涼み白い襟あしぼんぼりにかくす涙の口紅も燃えて身をやく大文字祇園恋しや だらりの帯よ3.鴨の河原の水やせて咽(むせ)ぶ瀬音に鐘の声枯れた柳に秋風が泣くよ今宵も夜もすがら祇園恋しや だらりの帯よ4.雪はしとしとまる窓につもる逢うせの差向(さしむか)い灯影(ほかげ)つめたく小夜(さよ)ふけてもやい枕に川千鳥祇園恋しや だらりの帯よ円山公園明治維新までは八坂神社(当時は祇園感神院)や安養寺、長楽寺、双林寺の境内の一部でした。明治初年の廃仏毀釈の一環として、1871年(明治4年)に上知令によって土地が政府に没収され、1886年(明治19年)に総面積約9万平方メートルの公園が設けられました。園地計画は武田五一がまとめました。人工鉱泉療養所や貸席がたちならび歓楽境をなしていたが、火災で焼失したあと1912年(大正元年)に小川治兵衛により池泉回遊式の日本庭園が作庭され現在の形となりました。国の名勝に指定されています。円山公園の名は、安養寺の山号である慈円山からきています。祇園枝垂桜(円山公園内)「一重白彼岸枝垂桜」(ひとえしろひがんしだれざくら)という品種で、初代の枝垂桜は1947年(昭和22年)に枯死したため、現在は2代目が植えられています。来たるべき開花に備えているわけですが、花が咲いていないと、単なる一本の普通の木にしか見えず、誰も目を向ける人がいません。京都霊山護国神社南へ三町【道標】(手前)[西]京都霊山護国神社 南へ三町[東]昭和十六年十一月 靖芳書塾 稚松会建頼山陽先生墓碑【道標】(奥)[南]頼山陽先生之墓碑[北]大正十一年一月[東]大阪 有田音松建之長楽寺の頼山陽のお墓を示しています。坂本龍馬・中岡慎太郎銅像(円山公園内)慎太郎の背の低さを目立たなくするためにこのようなポーズになっているといわれています。昭和11年京都高知県人会有志により建立され、第二次大戦中に撤去されましたが、昭和37年に再建されました。京都市歌碑 円山公園内の料亭「東観荘」の前にあります。何故ここにあるかは、よく分かりません。 京都市民でありながら聞いたことありませんでした。You Tubeにありましたので、是非、お聞きください。 なかなかいいです。京都市歌作詞:藤山於菟路 / 作曲:諸井 三郎 昭和26(1951)年7月15日制定みどりの風に色はえてかおる都の花の宴あおぐ山々うるわしくながるる加茂の水清しひかりの都わが京都世界を結ぶ観光の都世紀の花あかり栄えいやます日のもとに平和の鐘が鳴りわたるひかりの都わが京都歴史にめぐるあやにしき虹の都の世をつぎし永久のおもかげ代々のあと新たにいまもしのばるるひかりの都わが京都(続きます)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/29
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2016年8月28日 京都新聞ホームページから 考古学と芸術を融合させたアート展「Garden of Fragments(カケラたちの庭より)」が27日、京都市東山区の両足院で始まった。国内外の約20人の芸術家による独創的な作品が静寂な禅寺の空間で公開されている。 展覧会は、28日から京都市内で始まる「世界考古学会議第8回京都大会(WAC8)」の関連イベント。大会のサテライト会場として、考古学から発想を得た芸術家の作品を展示した。 会場では出土物をデザインに取り込んだ多くの作品が並ぶ。土偶をモチーフに怪獣をイメージさせる人形や土器の破片を敷き詰めたアートに来場者が見入っていた。茶室を利用した映像作品を制作したマレーシアの現代美術作家のTAN・JCさん(40)は「考古学とアートがお互いに刺激し合うことでよい作品が生まれる」と話していた。 9月3日まで。午前10時~午後5時(最終日は午後1時)。有料。アートと考古学を融合させた作品が並ぶ展示会場(京都市東山区・両足院)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/29
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月24日の記事≫ (患者を生きる:3122)仲間と歩む 情報届けたい:3 サイトを開設、悩み共有 前立腺がんと診断された兵庫県宝塚市のTTさん(68)は、希望する治療法にたどりつくまでに約1カ月かかった。海外のサイトで得た情報をもとに、当時最先端の「強度変調放射線治療(IMRT)」を京都大学病院で受けたのは診断から約4カ月たっていた。 「同じように治療法がわからず、悩んでいる患者を助けられないだろうか」。退院後、趣味のマラソンのことを書いていた自身のサイトに、闘病記を掲載した。約3万字に上った。「こんな治療法があるとは知らなかった」と反応が届いた。 治療法の解説ページもつくった。少しでも理解しやすいようにと、がんを暴走する車に例えてみた。血液中の前立腺特異抗原(PSA)は排気量、がんの進行度は走行距離、悪性度はドライバーに見立て、正しい道(治癒)に戻るため、まずは病態を知ることが大切と訴えた。内容は主治医の溝脇尚志さん(52)ら専門医にチェックしてもらった。 最新情報を届けたくて、前立腺がんに関する学会に年2、3回足を運んだ。治験が進む薬や新しい治療法の講演を、医師らに交じって聞いた。米国の診療指針も読み込んだ。米国では当時、「リスク分類」という考え方が広がっていた。PSAやがんの進行度、悪性度の指標を元にリスクを分けて治療法を選ぶのに用いられていた。「日本でも広まりそうだ」と、英文を訳してサイトに載せた。 情報量が増えてきたため、12年に専用サイト「腺友(せんゆう)ネット」(http://pros-can.net/別ウインドウで開きます)を開設した。解説ページを「前立腺がんガイドブック」と名付けた。アクセス数が増加し、患者同士で相談し合う掲示板には「みなさんがいるから厳しい状況でも希望を持てています」といったコメントが並んだ。 面談を求める患者もいて、これまで200人以上に会った。「勃 起や射 精はするんですか」と小声で尋ねられることがたびたびあった。手術や放射線治療を受けると性機能に障害が出ることがあるが、医師には聞きにくいためだ。 また、「患者会はないの?」という問い合わせも増えた。 「情報サイトだけでは救えない患者がいる」写真:自身のサイトへの書き込みを読むTTさん=兵庫県宝塚市(写真略) TTさんの活動、敬服いたします。学会に足を運ぶ、英文を訳してサイトに掲載するなどなど。そして立ち上げられた「腺友ネット」のサイトも素晴らしいです。 特にここにも登場する「前立腺がんガイドブック」の内容は本当に充実していて、患者さんやその家族のバイブル的な存在になるのではないかと思います。医師や看護師のためにも、患者側の視点にたったガイドブックということで、大いに参考になるのではないかと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/29
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【2016年8月28日(日)】 昨日から急に暑さが和らぎました。昨日の京都では8日連続の猛暑日も途切れ、しかも30度を切ろうかという30.2度の最高気温でした。 今日は、12日ぶりの本格的な降雨もありました。最高気温は30.0度と、もう少しで真夏日でさえもなくなるところでした。このまま涼しくなって欲しいですが、そうはいかないのでしょうね。 今日は、私は昨日の飲み会のお酒が少し残っていて、散歩以外どこも外出せず、家内と次女は昨日遅くまで買い物だったので、やはり一日在宅で、のんびりとした日曜日になりました。 少し「断捨離」しました。 後腹膜悪性腫瘍を患ってから、毎日日記を付けていましたが、ブログや手帖と重複しているし、これからの社会復帰のための時間を確保するためにも、今年6月20日に日記書き込みはやめました。 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201606200006/ しかし、書き込み済みの日記帳は手元に置いたままでした。京都の観光ガイド関係の書類が増えてきたので、そのための場所を確保しなければなりませんし、日記帳の内容を振り返って読むこともないだろうからということで、処分することにしました。 同時に、毎日の血圧や体温などをメモっているミニノートも保管したままだったのですが、データはPCに保存しているので、これらも処分することにしました。今後は、新たなミニノートは記入がいっぱいになって時点で処分していきます。 日記帳の処分で、クローゼットのタンスの上のスペースが、このように空きました。京都観光関係の資料がしばらくは増やせそうです。処分した日記帳(上)と健康データ記載ミニノート(下)。 日記帳の記載例。 日記帳を処分前(左)、処分後(右) 昨日、月イチの古紙、雑紙回収があたので、出しました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/28
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「京都市内全寺社巡り」2016年8月17日(水)東山区第2日の第1回です。◆この日の行程、ルート地図、歩行データは投稿済みです。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201608170004/◆ルート、訪問地プロットのオリジナルは下記です。https://drive.google.com/open?id=1g8SwpQ6kDUnreV2ZQi6eodH6lYc&usp=sharing===============================それでは第1回です。自宅を出たのは午前10時半過ぎ。遅くなったので、バス+阪急+地下鉄を使い、地下鉄蹴上駅からスタート。東山ドライブウェイを北側から上り、山科区で見つけられなかった「花山道路碑」発見に再挑戦(3回目)しましたが、結局発見できず。そのまま将軍塚まで上り、将軍塚の門の手前を、京都一周トレイルの道を「粟田口・知恩院」の方向に入りました。東山区第1日では、逆側から上ってきました。東山一周トレイル道標右の「東山山頂公園」の方から下りてきました。「粟田口」が東山区第1日で上ってきた方向です。今日は京都一周トレイルから外れ「知恩院」方向に下りていきます。「知恩院」方向に下りていくと、木の道標とともに、石の道標2つが見つかります。手前の道標 将軍塚・円山公園【道標】建立者:中井慈眼(推定)[南]右 将軍塚[西]左 円山公園奥の道標 山縣公紀念樹・菊渓・高台寺【道標】「菊渓」は「きくたに」と読み、高台寺の北の菊谷菊という菊が咲き誇っていた場所のようです。「山縣公紀念樹」に方向に行くと、平らな少し広い土地に出ました。木にこのように「高台寺山」というラミネートされたカードがぶらさげてありました。一つは「26 高台寺山198.6m 関西・東山三十六峰を歩く会 H22.9.4/9.9」もう一つは「京都・東山三十六峰 第26峰 高台寺山 標高200m 兵庫・東山三十六峰を愛する会」2014.9.20と書いてあります。いずれも東山三十六峰を歩く団体の方が、山の場所を特定するために、ぶらさげられたのだと思います。この場所はピークでも何でもなく、山の中腹の少し平らになったところです。そのような場所も、東山三十六峰の一つになっているということです。色んなネット情報を見ますと、東山三十六峰の中には、特定するのが非常にむつかしい山も多いようです。それにしても、H22といえば、6年前。ラミネートされているとはいえ、風雨と高低温の中、あまり劣化もせずに、文字が読める状態というのは驚きです。山縣有朋紀念樹を示すものは見つかりませんでした。もと来た道を戻り、東山山頂公園を南下し、東山区第1日でも歩いた京都一周トレイルの道を下ります。次は、伊藤博文の詩碑を目指します。場所の確信はなく、まず林道と交差したところで林道を西に向かってみました。この林道は、結構広い通りで、伊藤博文の詩碑が建てられたより新しい時代にできた道だと思われ、これは間違いかなと疑いつつでしたが。案の定、何も発見できず。林道と東山トレイルの交差点に戻りました。さらに京都一周トレイルに沿って南下すると、少し広くなった場所に着きます。このような道標がありました。左に行くと東山区第1日で歩いた京都一周トレイルですが、点線の方向に行くと、「清水寺」とともに、「木戸孝允の碑」とあります。「うん?木戸孝允?伊藤博文のはずだけど。」と思いながらも、この点線の方向に進むと、道標にもあった分かれ道に来ます。清水寺・将軍塚・伊藤博文詩碑・高台寺【道標】建立者:中井慈眼(推定)[南西]右 将軍塚 大日如来 左 伊藤公詩碑 高臺寺 木戸公墓所[北西]右 清水寺 参町[南東]左 清水寺 参町ありました、ありました。「伊藤公詩碑」の方向に向かいます。「通り抜けできません」とありますが、無視して行ってみました。しばらく行くと「通行止」の標識。それでも無視して進みます。誰も歩いていないので、山道はクモの巣だらけで、手に持った地図で前のクモの巣をかき分けながらの前進でした。途中からは、腰まで草が生えている中を歩かないといけませんでした。アドベンチャーです。しばらく行き、ようやく伊藤博文の詩碑を発見。難道中でしたので、喜びもひとしおです。伊藤春畝詩碑(以下、「いしぶみデータベース」の説明) 公爵伊藤博文(号春畝,1841~1909)自作の七言律詩を表に記し,裏面には建立の経緯を記す。伊藤と井上馨は明治42(1909)年に木戸孝允(1833~77)の三十三回忌列席のため来京。伊藤が木戸の墓所に詣でて作った七言律詩を中井慈眼に示したところ,中井が伊藤・井上の詩碑を東山に建立することを発意し建設された。井上馨の詩碑はこの碑の東方にあり姉妹碑とでもいうべきものである。 中井慈眼(1851~1932)は中井三郎兵衛と称し,三条東洞院で紙商を営んだ人物。府会議員・市会議員をつとめ明治京都の実業界で重きをなした。かたわら京都を観光都市として発展させるために東山の開発に尽力した。中井は近くの将軍塚の大日堂を明治41年に建立し,この碑一帯の整備にも意を注いだ。その詩碑の近くに、ラミネートされたカードがあり「27 霊山 176m 関西・東山三十六峰を歩く会 H22.9.4/9.9」と書いてありました。さきほどの「高台寺山」のカード一つと同じグループ、同じ日付けです。ここも特にピークになっているわけではなく、中腹で少しフラットになっているだけです。さらに山道を下りようとしますが、今度は、工事中に使う三角コーンが置いてあり、立ち入り禁止を示しています。無視して坂を下りていきます。霊山護国神社の裏に出ました。鉄条網でその先に進めなくなっています。回りは崖になっていて、回りこんで進むこともできないようです。ところどころ鉄条網が切られていて、無理やり入ったあとも見えますが、身体が硬い私がトライすれば、きっと血だらけになってしまいます。あきらめて、今下りてきた山道を戻りかけました。そのとき、少し崖になっていますが、鉄条網のないところがあって、そこから下りることができそうです。気をつけて下りました。やれやれ。下りたところは墓地でした。霊山護国神社の墓地だと思ったのですが、墓地の中を進んでいくと、正法寺というお寺の墓地であることが分かりました。からくりはこういうことだと思います。昔は、霊山護国神社の墓地(坂本龍馬や中岡慎太郎など、幕末の志士の墓が多く置かれている)は、無料で入れたのだと思います。そのころは、伊藤博文の詩碑にも、行くことができたのだと思います。ところが入場料をとるようになり、無料での入場を阻止するために、このようなバリケードを神社が設置したのでしょう。正法寺の墓地が隣接しているのですが、正法寺は拝観料をとっているわけではないので、鉄条網がないのでしょう。いずれにしても、正法寺に助けられました。この崖を下りました。正法寺(しょうぼうじ)時宗の寺院。山号は霊山(りょうぜん)または霊鷲山。この一帯を霊山とよぶのは当寺山号に由来しています。この寺は、最澄の開山により創建された天台宗の寺院に始まると伝えられます。はじめは霊山寺と称し、光孝天皇・宇多天皇の勅願所となりました。鎌倉時代初期には法然がこの寺で別時念仏を修したといいます。その後荒廃していたが、1383年(永徳3年)に時宗の僧国阿が再興して正法寺と改め時宗の寺院となりました。室町幕府3代将軍足利義満の帰依を受け寺運は興隆しました。江戸時代には時宗十二派の「霊山派」の本寺とされ、江戸幕府から朱印状を与えられ、塔頭十余宇を有したが、明治以降衰退し、現在は本堂(釈迦堂)・庫裏などを残すのみとなりました。 また、当時正法寺で授けたお札は「柏のお札」といって柏の葉の形の中に「伊勢熊野参詣輩」「許永代汚穢」(永代の汚穢を許す)の文言が刷られていました。本堂裏から不法侵入に近いかたちでお寺に入っているので、本堂にお参りしてから、山門に向かうということになりました。でも山門には内側からカンヌキがかけられていて閉まっています。内側からなので、カンヌキを外せば出られないことはないはずです。しかし、そうするとお寺の方に見つかったとき、どうやって入ったか詰問されることになります。困ったなぁと思ったところで、閃きました。お墓があるということは、お墓参りの人が入れる通路があるはずだ。山門を右に回り込んだところに道があり、山門の下に出ることができました。山門正法寺の山門を少し下りたところに霊明神社という小さな社があります。創建者の村上都やす(くにやす)(「やす」は”りしんべん”に山+豆)は朝廷に仕えていた貴族で徳川政権下では仏式で葬祭を行なうと決められていたことに疑問をもちました。そこで文化6年(1809)、正法寺の塔頭が所有していた山林を買い受けてこの地を購入して神式の葬祭を始められたそうです。お墓がある神社として珍しい存在です。文久2年(1862)京都で亡くなった長州藩の志士を葬ったことに始まり各藩の尊王攘夷派の志士を埋葬するようになります。久坂玄瑞が先祖の永代供養を申し入れたという記録もあるそうです。そして慶応3年(1867)龍馬と慎太郎が近江屋で刺客に襲われ亡くなると同志によって運ばれ神葬祭をおこなって埋葬したという記録が残っているそうです。明治10年(1877)政府によって墓地と境内地の大半を召し上げられ政府が管理する招魂社(現在の京都霊山護国神社)に管理させます。したがって現在は龍馬を始め志士達のお墓は霊明神社にはないのですが神社の前の階段を西側へと降りていくと神道墓地として少しばかり残されています。ご朱印急な階段を下りていきます。八坂の塔の眺めが見事です。前述の霊明神社の神道墓地(続きます)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/28
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2016年8月6日撮影の「キクイモ(菊芋)」@京都桂坂散歩 です。一輪だけポツンと咲いていましたが、夏で辺りは緑一色なので、存在感十分でした。キク科 ヒマワリ属。北アメリカ原産。厳密には、7~8月頃開花するのが「犬菊芋(いぬきくいも)」、9~10月頃開花するのが 「菊芋(きくいも)」とのことだが、見分けはむつかしいようなので、ここでは「キクイモ」とします。菊に似た花をつけ、芋ができるためにこの名が付けられました。よく似た花で「キクイモモドキ」(キク科キクイモモドキ属)を投稿済みです。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201608050004/キクイモは上部の葉が互生であるのに対して、キクイモモドキは全体的に対生です。また、キクイモの葉の周辺はギザギザが少ないのに対して、キクイモモドキはギザギザが明確です。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。mehyan20さんkurumatabisky(車旅好)さん秀さんだよさんkayu-さんみぃぷぅさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/28
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月23日の記事≫ (患者を生きる:3121)仲間と歩む 情報届けたい:2 サイト翻訳、治療法知る 前立腺がんと診断された兵庫県宝塚市のTTさん(68)は2004年12月、セカンドオピニオンを求めた大阪市内の病院で「5年生存率は20%」と告げられた。最初に診てもらった地元の病院でその内容を伝えると、医師から「はっきり言われましたねえ」と言われた。2人の医師から突き放されたような気がした。 「勉強するしかない」。手術が難しい前立腺がんを治すことができ、副作用も少ない放射線治療はないのか調べることにした。 昼間は経営していた大阪市内の設計事務所で、夜は自宅でネット検索をし、医療機関のサイトや患者のブログに目を通した。読んだ本は10冊近く。だが、知りたい情報はなかなか見つからなかった。 当時は学会による前立腺がんの診療指針はなく、公的な情報サイトも整っていなかった。 一方、米国がん協会など海外のサイトには、治療法や副作用がわかりやすく書かれていた。ネットの翻訳機能や辞書を使って読み進めた。 検索を始めて約10日後、米国で普及している「強度変調放射線治療(IMRT)」を見つけた。コンピューターで放射線の強さを制御し、高い精度でがんの形に合わせて照射できるという。このため、周囲の正常な組織への影響を抑えつつ、がんにより強い放射線を集中できるメリットがある。 日本では京都大学病院で実施していることがわかった。前立腺がんの専門外来を受診すると、泌尿器科の医師に「根治率は50%」と説明された。放射線治療科の溝脇尚志(みぞわきたかし)准教授(52)からは、1日2グレイずつ計78グレイ照射する計画を示され、「がんばっていきましょう」と激励された。「治るかもしれない」と希望が持てた。 05年4月に入院。放射線を当てるときは、台の上にうつぶせになり、器具で体を固定された。照射は1回約20秒。角度を変えて5回繰り返した。十数分で終わった。痛みはない。2カ月間の入院中にこの治療を計39回受けた。 前立腺特異抗原(PSA)の値は次第に下がり、がんの大部分は消えた。落ち着きを取り戻してくると、こう思った。 「治療法を知るのに、なぜあれほど苦労したのだろう」京都大病院で放射線治療を受けるTTさん=2005年6月>検索を始めて約10日後、米国で普及している「強度変調放射線治療(IMRT)」を見つけた 当時(2004年)であれば、ネットにはまだ「がん」治療の情報はやはり少なかったのでしょうね。でも、このTTさんは、セカンドオピニオンでも、別の治療が見つからず、ご自分で懸命にネット検索して、IMRTという治療を見つけられました。 私も主治医から告げられた治療法を選択せずに、別の治療法を選択したのですが、プロセスが少し違います。 私は「後腹膜悪性軟部腫瘍」に罹り、抗がん剤治療を受け、11センチあった腫瘍が6センチまで小さくなりました。しかし、根治は無理なので、主治医から腎臓ごとの切除を勧められました。過去に腎盂がんで片方の腎臓を切除していますので、もう一つの腎臓をとるためには、透析ができるようにしてから切除をする必要があります。 抗がん剤治療のとき、セカンドオピニオンを2ヶ所聞きに行き、両機関とも抗がん剤治療がその時点ではベストとのことだったので、迷いなく抗がん剤治療に臨むことができました。その経験があったので、透析したうえでの残った腎臓ごとの切除を勧められたときも、その治療がベストとの後押しをもらいたくて、セカンドオピニオンをまた2ヶ所聞きに行きました。 ところが一つの医療機関(大阪府立成人病センター)のセカンドオピニオンで、治療可能かどうかわからないが、腎臓を温存する治療法として、重粒子線治療があるということを知らされました。その医療機関(兵庫県立粒子線医療センター)で診てもらったところ、治療可能とのことでしたので、最終的に腎臓を温存したまま、重粒子線治療を受けました。 治療終了後1年3ヵ月経過していますが、腫瘍は3センチまで小さくなり安定しています。副作用の腎不全を示す指標も高止まりしているようです。腎臓を温存したので、普通の生活ができており、最近、新たな仕事に就いて、社会復帰も果たしました。 再発、腎不全のリスクを抱えてはいますが、こうやって生活できているものセカンドオピニオンのおかげです。主治医に「粒子線治療」を受けると告げたとき、主治医は「あなたの腫瘍が粒子線治療の対象になることも知りませんでした。」とのことでした。標準医療でない場合、治療方法の候補にもならないことがあるということです。セカンドオピニオンでも粒子線治療が候補として、出てこない可能性も大きかったわけで、私は本当に幸運だったと思います。 当時私もネットで調べましたが、この粒子線治療には行き当たりませんでした。あとで調べると「粒子線治療」で検索すると「悪性軟部腫瘍」が治療対象になることが分かりました。私は「粒子線治療」という言葉さえも知らなかったので、治療法からアプローチするのはできなかったのです。 TTさんの時代に比べると、ネット情報は充実していると思いますが、有効な情報に行きつかどうかは、検索方法にも大きく左右されるという典型的な例だと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/28
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2016年8月27日 京都新聞ホームページ 世界各国から考古学者が集う「世界考古学会議第8回京都大会(WAC8)」が28日、京都市内で開幕する。上京区の同志社大をメイン会場に1600人以上が参加予定で、最新の研究成果と考古学が向き合う現代の課題について幅広く意見を交わす。 大会は約130カ国から考古学者が参加する最大規模の世界考古学会議(会長・溝口孝司九州大教授)が4年ごとに開いている。京都大会は東アジアでは初開催となる。 28日は同志社大で開会式があり、期間中は分科会や遺跡見学ツアー、公開講演会などを催す。最終日の9月2日に総会を開き、京都宣言を採択する。 182の分科会では考古学に関連して「開発」や「政治」「科学」など多彩な15テーマを設けた。特に、地震による被災や紛争による文化財破壊の対策を考える「災害」「戦争」のほか、京都ならではの「アート」のテーマも注目される。 期間中は、京都文化博物館(中京区)など市内各地でアートと考古学に関連した一般向けの展示会、イベントもある。https://flic.kr/p/dqotD4よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/28
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2016年8月29日の週の案内です。すいません、後付けになってしまいました。(9月3日投稿)●8月29日(月)・醍醐市・五重大塔納経法要/醍醐寺●8月31日(水) 二百十目・八朔祭法楽会・久世六斎念仏/蔵王堂光福寺●9月1日(木)・八朔祭御百燈献灯神事/岩屋神社・久我神社八朔祭万灯奉納/久我神社・∧朔祭/宇治上神社・菊の巫女神楽(~9/11と、9/17~9/25の土日祝)/城南宮●9月2日(金)・安楽寺くさの地蔵縁日/安楽寺●9月3日(土)・上賀茂紅葉音頭大踊リ/上賀茂神社・開山忌/萬福寺・梅小路公園手づくリ市/梅小路公園●9月4日(日)・八朔祭[嵯峨野∧斎念仏]/松尾大社・小町手づくリ市/隨心院・ガラクタ市・手作り市/東寺・北山クラフトガーデン/京都府立陶板名画の庭◆上賀茂紅葉音頭大踊り (9/3 20:00~) 上賀茂神社 楽器を用いず、音頭取りの音頭にあわせて、紺絣(こんがすり)をたすきがけし、三幅前垂 れをした女性たちが踊る。元は御所内で踊られていたもの。京都市の無形民俗文化財。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/27
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【2016年8月27日(土)】 午前中に床屋に行って、午後早い時間に京都の街中に飲み会に出かけました。 今日の会は、M社本社時代の最後の職場の関係の皆さん。3ヵ月に一度集まっています。今日は、私含め8人が集まりました。OBの萩さん、関さん、落さん、大さん、私、現役が伊さん、鹿さん、沢さん。 場所は、「京町家錦上ル」。京都文化協会が錦市場商店街振興組合の協力のもとに運営するお店です。大正時代の町家を改装したお店で、錦市場から徒歩1分の距離にあります。 なかなか雰囲気のあるお店です。錦市場で買った食材を持ち込んでのイートインも可能で、テレビでも取り上げられたりしています。 食事は和食のコースでした。錦市場で仕入れた食材を使っているとのこと。飲み放題の日本酒は京都のお酒で、齊藤酒造「古都千年」と佐々木酒造「聚楽第」、いも焼酎は丹波蔵「いもたん」でした。 後半には、各人の近況報告がありました。 変化があったのは、大さんが企業の発展をサポートする京都の公益財団法人に就職されたこと、関さんが不祥事で話題となった企業に単身赴任で就職したこと、そして私が京都のシニア観光協会でガイドの仕事を始めることです。 昔は皆さん私も含め同じような仕事をしていたわけですが、現役以外の方々は、定年退職後、それぞれ違った道に進んでおられるので、話が新鮮で多岐に富み、あっという間の2時間強でした。 次回は、11月下旬に東京在住の吉さんが参加できるタイミングで集まることになりました。 飲み放題だったので、ビール、日本酒、焼酎と、いい調子で飲み過ぎて、ちょっと気分不良です。 帰宅したら、家内と次女はイオン桂坂にいっしょに買い物に行っていて留守で、結構遅い時間に帰ってきました。次女が東京に行ってしまうと、親子で買い物という時間も、あまりないでしょうから、まあいいでしょう。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/27
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2016年7月20日撮影の「アベマキ(※)」の実@京都桂坂散歩 です。(※アベマキの漢字は機種依存文字で表示できません。木編に錆の旁(つくり))ブナ科コナラ属の落葉高木。 原産地は、日本(本州・四国・九州)、朝鮮半島、台湾、中国。花期は4-5月頃。果期は9-10月頃。クヌギと葉や実の形が酷似しており、見分けがむつかしいようです。葉の裏の白っぽいのがアベマキ、淡緑色がクヌギとのことで、写真からアベマキと判断しましたが、主観的な判断ですので、クヌギの可能性も否めません。コルク層の発達した樹皮の凹凸をあばたに見立てたこと、昔から薪としてよく使われたことなどから、「アバタマキ」と呼ばれ,それが転訛したものだと言われています。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。かくれみのさんLADYBIRDさんありがとうございました。かくれみのさんは、葉の裏が白っぽいので、アベマキではないかとのご意見でした。LAYBIRDさんは、アベマキとクヌギのどちらからは断定できないとのことでしたが、その違いを説明したサイトを教えていただきました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/27
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月22日の記事≫ (患者を生きる:3120)仲間と歩む 情報届けたい:1 詳しい説明求めたが 兵庫県宝塚市のTTさん(68)は毎晩、自宅でパソコンに向かう。見るのは、自身が立ち上げた前立腺がん専用サイト。アクセス数は1日600件を超す。 「治療法がわかりません」「術後の尿漏れに困っていて」……。 そんな相談への返信は、1日20通以上になる。寝るのはいつも午前2時すぎ。患者に向けた情報発信を10年近く続けている。原点は自身の闘病体験だ。 2004年10月、排尿の勢いが弱まり、トイレの回数も増えたため、地元の病院を受診した。それまで健康には自信があった。40歳からマラソンを始め、100キロ超のウルトラマラソンも30回以上完走した。しかし、直前にあった視覚障害者のマラソン大会で、伴走中にトイレに何度も駆け込んだ。記録をめざす選手に迷惑をかけてしまい、病院に行く気になった。 泌尿器科の医師からは前立腺肥大症と言われ、念のため血液検査を受けた。3日後、悪性腫瘍(しゅよう)の疑いを伝えられた。 血液中の前立腺特異抗原(PSA)の値は147。医師から詳しい説明はなかった。翌日、ネットで調べてみると、PSAは前立腺がんになると増加する物質で、正常値は4以下だった。「かなり進行しているのか」 病院で前立腺に針を刺して組織を調べた結果、11カ所のうち10カ所からがんが見つかった。前立腺全体ががん化しており、一部はがんが皮膜を突き破っていた。医師は「がんを取り残す恐れがある」として、手術は難しいとの見立てを示した。この病院では放射線治療をしていなかった。 同年12月、セカンドオピニオンを受けるため、ネットで探した大阪市内の病院を訪ねた。検査結果を見た泌尿器科の医師も、手術は難しい状態と言い、放射線治療を勧めた。そして、「5年生存率は20%です」と告げた。 PSAの異常値から、画像に写らない微小ながんの転移があると医師は判断したようだった。放射線治療の詳しい説明を求めると、「改めて来院してください」。 木枯らしの中、電車を乗り継いで帰宅した。「5年生存率20%」が頭から離れなかった。「あと数年しか生きられないのか」視覚障害者マラソンの伴走をするTTさん(左)=2001年11月(写真略)>「5年生存率20%」が頭から離れなかった。「あと数年しか生きられないのか」 私は、後腹膜悪性軟部腫瘍に罹ったとき、放置すれば余命数週間から数ヵ月と言われました。抗がん剤治療をしましたが、生存率については話はありませんでした。 セカンドオピニオンでは、抗がん剤が効く可能性は、3割以下と言われましたが、生存率の話はここでもありませんでした。 ネットで色々調べましたが、5年間生存率は、「がん」のタイプによって、大きく違うようで、平均70%程度とのことでした。 詳細な病理検査の結果「脂肪肉腫」と判定されました。しかし、より細かい分類で5年生存率は、大きく違うとのこと。高分分化型なら10年生存率でも90%以上、粘液型で5年生存率70~80%、円形細胞型,多形型が最も予後が悪く、5年生存率は20~50%とのことでした。病理検査で、高分化型だが、そうでないものが混在している可能性はあるとの判断で、結局、5年生存率はよく分かりませんでした。 抗がん剤治療で、11センチあった腫瘍が6センチまで小さくなり、その後の重粒子線治療で3センチくらいまで小さくなりました。現在経過観察中ですが、大きさは3センチ程度を継続しています。治癒していてもCT画像上は残る場合も多く、重粒子線治療担当医は順調だと言ってくれています。 発病から2年経過、重粒子線治療終了から1年3ヵ月、このまま腫瘍が小さいままいてくれることを、3ヵ月のCTのたびに祈っています。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/27
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2016年8月26日 京都新聞ホームページから 京都の社寺や博物館が所蔵する刀剣の展示に注目度が高まっている。刀剣を題材にしたゲームの影響もあり、若い女性ファンが増加中だ。平安時代から幕末に至るまで、京都ゆかりの刀の鑑賞ゾーンが観光客を新たに呼び込む場に成長しつつある。 刀剣を展示する京都の各施設によると、刀剣鑑賞に来場者が増えた背景に、刀の名前が付いた“イケメン”のキャラクターを育てるゲーム「刀剣乱舞」のヒットが影響しているという。今春、みやこめっせ(京都市左京区)で催した「京都刀剣まつり」は刀を見に来る女性が目立った。■近藤、土方そろい踏み 幕末の史料を多数所蔵する霊山歴史館(東山区)では今夏、新選組の局長近藤勇と副長土方歳三の刀を同時に見られると話題になっている。特別展「新選組疾風伝」(開催中~9月11日まで、有料)では、近藤の二振りの刀(個人蔵)を公開しており、来館者は連日100人を超える。 「陸奥大掾三善長道(むつのだいじょうみよしながみち)」は、池田屋事件の恩賞として近藤が松平容保から拝領した。「阿州吉川六郎源祐芳(あしゅうきっかわろくろうみなもとのすけよし)」は、近藤が捕縛された際に土佐の谷干城が没収したとされる。歴史館が常時展示する土方の愛刀「大和守源秀國(やまとのかみみなもとのひでくに)」と一緒に展示されるのは初めての試み。木村幸比古副館長は「最近は単なる刀剣ブームではなく、刀の奥深い歴史的な知識を求め、来場者が増えている」とみている。 神社には、昔から武家が刀を奉納する習わしがある。多くの御神刀を所蔵する北野天満宮(上京区)では、初めて催した「宝刀展」が大盛況だったため、今夏に第2弾を企画した。開催中の「狛犬と宝刀展2」(8月末まで、有料)で最も注目を集めるのが、重要文化財「太刀安綱」だ。平安初期の名刀で鬼切丸、髭切(ひげきり)など時代によって呼び名が違う。限定の朱印帳はすぐに売り切れる人気ぶりで、東京都から訪れた大学生北田美紀子さん(20)は「歴史が好きで友達とよく刀を見に行くようになった。刀身の輝きが美しく見ていて癒やされる」と話していた。■SNSで話題広まる 展示場では、スマートフォンで刀の撮影を許可していることもあって、会員制交流サイト(SNS)で話題がすぐに広まった。同天満宮は「ゲームのキャラに『髭切』がいたので、来場者の8割が女性。刀剣の世界に入るきっかけがゲームでもそこから詳しい知識を得る人が多い。若い人にも御神刀の魅力を知ってもらえれば」と手応えを感じている。 京都国立博物館(東山区)でも今冬に催した刀剣の特集陳列が好評で、若い女性を中心に展示に連日列ができた。今秋には特別展覧会「没後150年 坂本龍馬」(10月15日~11月27日)を予定している。展示は、龍馬が最期に持っていた「陸奥守吉行」と「埋忠明寿(うめただみょうじゅ)」の銘が入った刀、脇差の3本を87年ぶりにそろって公開する。 近年はスキャナーによる科学的調査や目録の控えの発見で、陸奥守吉行と埋忠明寿が本物と分かってきた。重要文化財「坂本龍馬関係資料」へ刀の追加指定の可能性が高まる中で、同博物館は「ファンが多い龍馬だけに、刀剣ブームも相まって多くの来場者が予想されている」と期待している。展示で注目が集まる近藤勇の刀2点(京都市東山区・霊山歴史館)「髭切」や「鬼切丸」の名で知られる重要文化財の「太刀安綱」(上京区・北野天満宮宝物殿)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/27
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2016年8月26日 京都新聞ホームページから 年の瀬の京都で能の「高砂」を大人数で謡い上げる恒例イベント「能楽大連吟」が今年も12月25日、東本願寺能舞台(京都市下京区)で開かれる。屋外、能舞台での開催は初めてで、主催の能楽師たちは「広々とした開放感の中での謡は、これまでと違った趣向の面白さがありそう」と参加を呼び掛けている。 能楽大連吟は、観世流能楽師の深野貴彦さん(43)、松野浩行さん(41)、宮本茂樹さん(41)らが2008年にスタート。クラシック音楽の「百万人の第九」をヒントに“合唱”を通して能に親しんでもらう狙いで、昨年は10代~80代の男女約230人が参加した。 東本願寺の能舞台は1880年築で、1937年に現在地に移築された。これまで大連吟は音楽ホールなどで開いてきたが、3人は「風が流れるすばらしい空間。能の源流に触れられる機会にもなる」と話す。本番は午後2時開演で、舞台の演能に合わせ、参加者は白州に並び、天下泰平をことほぎ、幸福を願う「高砂」を謡う。 定員200人。参加希望者は9月以降、京都市内中心部で行われる全体稽古(3回)と少人数稽古(4回まで)を受ける。8千円。学生5千円。概要の説明会が9月1日午後7時からこどもみらい館(中京区)である。申し込みはホームページ(http://dairengin.com)から。歳末恒例の「能楽大連吟」を今年は東本願寺能舞台で催す観世流能楽師たち(京都市下京区)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/27
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2016年8月26日 京都新聞ホームページから 晩夏の山里の棚田を約300本の竹灯籠で幻想的に照らす催し「宕陰(とういん)竹灯籠」が27日、京都市右京区の宕陰地区で開かれる。 たいまつを持って田を練り歩き、害虫を駆除して豊作を祈願する「虫送り」の風習を再現し、地元住民や農家らが2008年から主催している。区役所宕陰出張所前に広がる棚田一帯に竹灯籠を置き、午後7時に点火する。点火に先立ち、午後5時すぎからバリトン歌手によるコンサートもある。棚田米のおにぎりや焼きそばなどの販売もある。 宕陰地区へは、JR八木駅前(南丹市八木町)から京阪京都交通バスが運行している。当日は催しに合わせて臨時バスも出る。八木駅前発は、午後4時27分、午後6時13分の2本で、宕陰出張所前発は午後8時36分。問い合わせは右京区役所TEL075(861)1264。昨年の「宕陰竹灯籠」の様子よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/27
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【2016年8月26日(金)】 今日は「がん」治療復帰後、第12回目のゴルフラウンドでした。 日本に帰ってきてからは通算115回目となります。 ゴルフ場は滋賀カントリー。今回で通算12回目。コースは前半「In」、後半「Out」、フロントティー(白)でした。 今日のメンバーは私も含め8人。第1組、谷さん、佐さん、永さん、私。第2組、前さん、中さん、近さん、糸さんでした。近さんといっしょにラウンドするのは初めてです。 会社のコンペをやっていましたが、全体的には空いていました。やはり暑さが厳しい時期は、お年寄りや女性が避けるからでしょうね。 京都の最高気温は35.6度と8日連続の猛暑日。標高が高いので、多少ましでしたが、熱中症にならないよう、できるだけ日陰にいて、水分補給に気をつけ、ゴルフ場提供の「氷嚢」をときどき当ててのプレーでした。持っていった500CCペットボトル3本も軽く空いてしまいました。ただ湿度がそれほど高くなかったようなので助かりました。 前回スコアが復帰後最良の103でしたし、直前の練習でも調子よく、パットのイップス以外不安要素がなかったので、今回も確実に108以下、できれば100切りと思って乗り込んだのですが、スコア57+67=124、パット18+24=42、ストローク39+43=82と散々な結果でした。スコア合計124は復帰後最悪、ストローク82も復帰後最悪です。パットも42とまた40越え。パットは不安要素があったのでまだしも、ストローク82というのはあまりにも情けないです。 ストロークはまたチョロが多発しました。OB+池が6つありましたが、そのうちの5つはチョロによるものだと思います。特にドライバー。当たれば真っすぐ、距離も出るいいボールが飛ぶのですが、極端なトップがよく出ました。どこが悪いのかよく分からないため、最後まで修正できませんでした。またアドレスで肩が入り過ぎているのか、ヘッドアップなのか、肩が早く開き過ぎるのか。練習で要修正です。最後までボールを見る癖はつけないといけないのかなぁと思います。 スコアがここまで悪くなったもう一つの原因は、バンカーからなかなかボールが出なかったこと。2ホールしかバンカー入らなかったのですが、バンカー出しで、1つは4打、1つは5打も打ってしまいました。バンカーショットも何とかしないといけません。 パターは、この前思いついた手首打ちをやってみましたが、距離感が出にくいので、ロングパットもあまりうまく行かなかったし、ショートパットのイップス対策にもなりませんでした。ただ、手首をガチガチに固めずに、多少動くことを認めるようなグリップがいいのではないかとは思いました。クロスハンドに戻す、ハンドレイト、ハンドファースト(再トライ)など試行錯誤を続けたいと思います。 この前買ったAWを初めてコースで使いました。100ヤード未満のアプローチをフルスイングで打てるので、有効なクラブになると思います。 失意の一日でした。ダブルぺリアの仲間内コンペでブービーだったので、それだけが救いです。 帰りに、有志でいつもの山本園に寄ってかき氷を食べ、伏見のゴルフ5に寄って、チッパーを買いました。この件はまたアップします。【スコア】【費用】 プレー代 ¥7,936(昼食含む) 高速代 \1,150+\560(帰りは巨椋池ICで下りたため) 家内は一日在宅。次女はこの前、キャンセルになった友人の家に1泊で遊びに行っていたので、家内と二人だけの夕食でした。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2016/08/26
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2016年7月20日撮影の「ヒルザキツキミソウ(昼咲月見草)」@ご近所散歩 です。アカバナ科マツヨイグサ属の多年生植物。花期は5~7月。北米原産の帰化植物で、観賞用として輸入・栽培されていたものが野生化しています。花が夕方の咲き始め翌朝にしぼむツキミソウに似ていますが、昼間にも開花していることからヒルザキツキミソウと呼ばれています。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。ドラゴンズさんkayu-さん秀さんだよさんsazankaさんこだっくさんpuramuroiyaruさんキタさんみぃぷぅさんMAYU的さんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/26
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2016年8月25日 京都新聞ホームページから 江戸や明治期などに製作された古地図から現在の京都や日本を考える「古地図展」が9月3日から、京都市南区東九条の「長谷川歴史・文化・交流の家」(長谷川家住宅)で始まる。築約270年の農家住宅である同住宅に所蔵されていた15点が並び、街の変遷やかつての日本人が見た世界を浮かび上がらせる。 「中昔京師地図(なかむかしけいしちず)」は、応仁の乱後の1480年~1580年ごろの京都を、江戸期の学者・森幸安が文献資料から1753(宝暦3)年に描き起こしたものの模写という。北は大徳寺、南は東寺周辺までが描かれている。 「大成京細見地図(たいせいきょうさいけんちず)」は幕末の京都市街を描いている。京都府庁の場所に「御用御ヤシキ」とあり、京都守護職を務めていた会津藩主の松平容保の公邸を示している。 2種類ある「東九条村図」は、江戸期の東九条村(現南区東九条)でどのように土地が利用されていたかなどを今に伝えている。 オランダの航海地図を基に1861(文久元)年に製作された世界地図「新刊輿地全図(しんかんよちぜんず)」をはじめ、樺太や千島列島、清国など外の世界に目を向けた地図もある。 監修した佛教大の伊東宗裕非常勤講師は「地域に関係するものだけではなく、世界地図などがある。当時の農村の指導者層が地理的な情報や日本を取り巻く情勢について、どん欲に知識を得ようとしていたことが分かる」と話す。 長谷川家住宅は、国の登録有形文化財で、地図や文書など貴重な資料が数多く残っている。 9月18日と10月16日、11月20日の午後2時からは伊東さんによる展示解説がある。 土日祝日の開館で、11月27日まで。開館時間は午前10時~午後4時半(入館は4時まで)。入館料は中学生以上600円、小学生300円。展示応仁の乱後の1480年~1580年ごろの京都を、江戸時代に描いた「中昔京師地図」江戸期や明治期の古地図が並ぶ会場(京都市南区、長谷川歴史・文化・交流の家)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/26
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2016年8月25日 京都新聞ホームページから 中国・西安市の陝西(せんせい)歴史博物館で開催中の醍醐寺(京都市伏見区)の寺宝を紹介する「醍醐寺芸術珍宝展」が多くの来場者でにぎわっている。上海市で7月上旬まで開いた展示は好評に終わり、仏教文化への理解を通じ、日中の交流が深まることが期待される。 同寺や同博物館、国立文化財機構などが主催し、中国では初めての展示となる。今回は上海博物館と陝西歴史博物館で開いた。 同寺によると、最近、中国で日本仏教への関心が高まっており、上海の展示には約35万人(5月11日~7月10日)が訪れたという。 陝西歴史博物館では、彫刻の虚空蔵菩薩立像(平安時代)など国宝7点、絵画の阿弥陀三尊像(鎌倉時代)など重要文化財15点を含む60点の寺宝を展示している。7月下旬に同館であった開会式に仲田順和座主が出席し、「展覧会を通じて醍醐寺の歴史と文化を知るだけでなく、日本人の祈りとともに育まれた文化芸術を理解いただき、文化交流の一助になるようにと願いたい」とあいさつした。 西安市での展示は9月20日まで行われる。多くの来場者でにぎわう「醍醐寺展」の会場(中国・陝西歴史博物館)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/26
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月19日の記事≫ (患者を生きる:3119)仲間と歩む フットサルで:5 情報編 患者が積極的に提言を 連載で紹介したフットサルチーム「湘南ベルマーレ」の久光重貴さん(35)は2014年4月から、日本肺癌(がん)学会の「肺がん医療向上委員会」で広報大使を務めている。肺がんの治療を受けながら現役選手として活躍していることを知った学会から誘われた。年に数回、学会や講演会で、自身の体験を語り、患者の立場から医療者への注文もしている。 肺がんの患者団体をめぐっては、15年11月、地域で活動する5団体で「全国肺がん患者会連絡会議」が設立された。 呼びかけたのは「神奈川・東京肺がん患者の会『ワンステップ!』」の代表、長谷川一男(はせがわかずお)さん(45)。10年にステージ4の肺がんと診断された。抗がん剤治療を受けながら「ワンステップ!」を立ち上げ、さらに「全国組織をつくってみよう」と考えた。現在は「日本肺がん患者連絡会」に改称し、6団体が加盟する。肺がん患者にとっての課題などを情報交換し、患者と医療者をつなぐ活動をしている。 この取り組みにも学会が協力している。会議の場所の提供や、運営への助言をしている。肺がん医療向上委員会の中西洋一委員長(九州大学教授)は「患者中心の治療をするには、患者側からの提言や要望が欠かせない」と話す。 連絡会は15年12月、新しいタイプの抗がん剤「オプジーボ」が肺がんでも承認されるのを前に、初回の治療は慎重に経過観察できるように入院をしやすくする措置を求める要望書を、学会と連名で厚生労働省に提出した。02年にイレッサが発売された直後、副作用の間質性肺炎による死亡が相次いだことをふまえた。 今年7月には、長谷川さんと連絡会メンバーの山岡鉄也(やまおかてつや)さん(55)が、神戸であった日本臨床腫瘍(しゅよう)学会で講演した。2人は、治験の情報を患者が入手しづらい状況にあるとし、「公平で、積極的な提供を」と医療者に訴えた。 15年に米国で開かれた肺がんの世界会議に参加した山岡さんは、患者からの「政策提言」が議題の一つになり、患者と医師が対等に話し合っていることに驚いた。「日本でも、患者が積極的に医療政策に関わっていくことが重要になっていく」と語る。日本肺がん患者連絡会に参加する団体 現在では、色んな患者団体があるようです。医療側の視点と患者側の視点は異なります。両方重要です。患者団体の横の連携を強化して、患者側の視点からの提言が、今後さらに医療政策に活かされるようになることを望みます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/26
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【2016年8月25日(金)】 観光ガイド開始前の研修の一環として、修学旅行ガイドの実地研修が、新人各人に対して、それぞれ2回あります。実際の修学旅行ガイドで、先輩ガイドに付き添うかたちでの実地研修です。 9月に2度ありますが、私の1回目は、東京の区立中学校です。男女混合の6人の班を担当することになっています。 訓練のために、まず、各班から出てきた行動コース表に基づき、レスポンスレターを書くことになっていました。 この前の日曜日に、担当先輩ガイドから、担当班の行動コース表がFAXで送られてきたので、昨日で、ネットで、地図や市バスの時刻表を検索しながら、担当班要望通りの行程で行程表を作ってみました。しかし、地理的に離れた6つの観光地を巡ることになっており、時間が2時間程度オーバーしてしまいます。 4ヶ所に絞り込み、お土産が買いやすい清水寺を最後にする計画にしてみました。これで何とか時間内に帰ってこれそうです。 この行程表に基づき、「時間が不足するので、このようなコースにしたらどうですか。」という趣旨のレスポンス・レターを書き、行程表といっしょに先輩ガイドにFAXしました。 先輩ガイド氏が、すでに先方に送っているレスポンス・レターをFAXで送ってくださり、電話をいただきました。下記のような指導を受けました。・順番を替えるのはいいが、場所をガイド側で絞り込まないように。 レス・レター内の行程には、要望どおりの訪問先を網羅して、時間が オーバーすることを示すこと。 コメントとして、 「ご要望どおりでは、XX時間オーバーしそうです。 1ヶ所減らす必要がありそうです。 お土産タイムをとるとするともう1ヶ所減らす必要があります。 当日、相談して決めましょう。」 というよなレスポンスが望ましい。・お土産を買いやすい清水寺を最後にするのはOK。・たいていは、班で相談したうえで、当日案を持ってくるので、 朝会ったときに相談して決める。 案が決まっていないようであれば、サジェスチョンは構わない。 でもガイド側で勝手に決めないように。 その他色々お話して、当日の対応方法などを教えていただきました。 多くの寺社は下見に来たことを伝え、ガイド証を見せれば、無料で入れていただけるようです。一度、下見に行ってみたいと思います。下見するなら、まずは先方当初要望どおり行ってみるのがいいのではないかと先輩ガイド氏からアドバイスがありました。、 今日の京都の最高気温は35.0度と、猛暑日でした。しかし、何とかエアコンなしで乗り切れました。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/25
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2016年7月14日撮影の「カラスウリ(烏瓜)」@ご近所散歩 です。夕刻に撮影したので、花が萎んだ状態ですが、手前のは開き始めと思います。ウリ科 カラスウリ属。つる性の多年草。原産地は中国・日本。朱色の果実と、夜間だけ開く花で知られます。花期は7~9月。開くと下のような写真の花になります。「カラスウリ」は漢字では「烏瓜」と書きますが,特にカラスがこの実を好むわけではなく,その赤い実を中国渡来の朱墨の原料である辰砂になぞらえて,唐朱瓜(からしゅうり)と呼んだことが語源といわれています。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。オレちゃんさん寒がりたー坊さん秀さんだよさんmehyan20さんこねこさんこだっくさんkoryayasoさんkurumatabisky(車旅好)さんLADYBIRDさんさきっちさんありがとうございました。下記に投稿した「キカラスウリ」によく似ていますが、葉の形から「カラスウリ」と判断されたのだと思います。キカラスウリhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201608170003/よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/25
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月18日の記事≫ (患者を生きる:3118)仲間と歩む フットサルで:4 小児がんの子ら、支援 フットサルチーム「湘南ベルマーレ」の選手、久光重貴さん(35)は肺腺がんと診断されて約1年4カ月たった2014年10月、それまで使っていた分子標的薬のイレッサが効かなくなっていることがわかった。右肺のがんが再び大きくなってきていた。 神奈川県立がんセンター呼吸器内科の主治医、斎藤春洋(はるひろ)さん(52)に「治験という選択肢があります」と言われた。 治験は、医薬品や医療機器として国の承認を得るために実施される臨床試験。斎藤さんから、効果もリスクも十分にわかっていない段階であると説明されたが、久光さんは参加を希望した。 「新しい薬にチャレンジして、もし死ぬことになったとしても、その情報は次の患者のためになる。いつも呼びかけている『共に前進しましょう』の一つだ」 治験で使われるのは「タグリッソ」という新しい分子標的薬。久光さんは、がんがイレッサに耐性を持ってきていることや、特定の遺伝子変異があることなど、参加の条件を満たしていた。日本を含めた国際的な治験に、15年3月から参加した。 まず半年ほど、抗がん剤のシスプラチンとアリムタを点滴した後、11月からタグリッソを1日1錠飲み始めた。副作用はイレッサと比べて少なく、がんは小さくなった。治験はいまも続いている。 タグリッソは先行した別の治験データなどをもとに、日本では16年3月に承認された。 久光さんはがんに関する活動にも取り組む。日本肺癌(がん)学会の広報大使と、小児がん患者を支援する「フットサルリボン」だ。15年には活動を運営する「リングスマイル」を立ち上げ、フットサルチーム「デウソン神戸」の鈴村拓也(すずむらたくや)選手(37)とともに代表理事に就いた。鈴村さんは12年に上咽頭(いんとう)がんと診断され、翌年復帰している。 今年8月。両チームの試合後、会場出口のブースに久光さんと鈴村さんが並んだ。 「毎年2千人が小児がんと診断されています。そんな子どもたちを助けてください」 募金を呼びかけると、ファンたちが次々と応じた。久光さんはお礼に、ファンのTシャツや色紙にサインをし続けた。試合後、募金を呼びかける久光重貴さん(右)と鈴村拓也さん=神戸市のグリーンアリーナ神戸 リオ五輪のヨット競技では、肺がんで片方の肺を摘出したアルゼンチンの54歳の選手が優勝しました。 がんを患った、あるいは治療している著名人の活躍は、患者やその家族に勇気を与えてくれます。なかでもスポーツ選手は身体が資本みたいなところがあるので、なおさらです。 久光選手、鈴村選手、がんばってください。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/25
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【2016年8月24日(水)】 8月2日の前回ラウンド後、暑い日が続きましたし、五輪観戦で夜更かし、睡眠不足があったり、観光ガイドの集まりがあったり、体調不良になったりで、全然ゴルフ練習に行きませんでした。 明後日、復帰後12回目のラウンドですので、今日、練習に行ってきました。3週間ぶりにクラブを握ったことになります。 今日の目的は一通りの当たり、飛距離の確認以外に3つテーマがありました。 一つは、この前のラウンドの後買った、AWの初打ち。もう一つは、パターのイップス対策で、「手首打ち」を試してみること。最後の一つはヘッドアップ対策のために打球時まで打球点方向に顔を向けておく打ち方を試してみること。 (AWの購入については下記に投稿済み。 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201608050001/) AWは、PWに比べると重いということと、買った後見たネット情報では、中上級者が使いこなすクラブとの説明があったので心配していたのですが、重さの違いも感じなかったし、難しいという感じもありませんでした。 アドレスしたときに、PWに比べるとフェース面がかなり寝ていて、いかにもロフト角が大きいという感じです。 フルスイングの飛距離が、2階打席でPWではキャリーで90~100ヤード、AWでは70~80ヤード程度でした。100ヤード未満のフルスイング・アプローチに使えます。 ただ、トップしたときにキャリーで100ヤードくらい飛んでしまうので、トップしないように気を付けなければなりません。 二つ目のパターですが、ようやくここ3回のラウンドではパット数40を切ることができました。しかし、まだイップスは残っています。 何故短い距離が入らないのか? 心理的な要素は大きいのは分かっています。しかし、何か技術的に改善する余地はないのか。 私はパットの意金科玉条である「肩、腕、グリップの五角形を崩さず、手首は使わないで打つ。」というのを追及してきました。確かにこれがパットの理想的な打ち方だと思います。 下のような打ち方です。(ストップさせて写真を撮っていますので、ちょっと不自然ですが) しかし、一度これを疑って考えてみてもいいのではないかと思いました。 上の写真では、肩、腕、手首すべてが動いています。それだけ誤差を生み出しやすくなっています。もし、肩、腕、手首を動かさず、手首だけを使って打てば、手首の動きの誤差だけになり、誤差は小さくできるのではないでしょうか。短い距離であれば、手首だけでも打てそうです。 ネットで調べてみると、そういう打ち方を勧めているサイトも多くありました。 例えば、http://plaza.rakuten.co.jp/progolfer/diary/200805010000/ 決して、間違った考え方ではなさそうですので、手首だけで打つのを今日試してみました。 こんな感じです。五角形は全く動いていませんが、手首の角度だけが変わっています。 試した結果は、何となく良さそうです。ただ、パットだけは練習でよくても、実践ではそうでもなかった、逆にかえって悪くなったということも往々にしてあるので、あまり期待せずに明後日のラウンドで試してみます。 あと、PW、7番I、ユーティリティ、FW、ドライバーを少しずつ、頭を残して(打球時に顔が打球点方向を向いたまま)ヘッドアップを防ぐ打ち方で打ってみました。皆、そこそこ感じよかったです。 ユーティリティを買った後、5番アイアンは全く打ってなかったのですが、今日、久しぶりに打ってみました。結構うまく飛びました。バックスイングで右足荷重すれば5番アイアンでも、それほど問題なく打てるようです。 全部で70球程度で切り上げ、帰ってきました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/24
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2016年7月3日撮影の「カルーナブルガリス(ギョリュウモドキ・御柳擬き)」@自宅庭 です。ツツジ科カルーナ属。常緑性、低木。原産地はモロッコ、ヨーロッパ北西部、シベリア。ヨーロッパでは地面を覆うグラウンドカバーとして用いられ、広く栽培されています。日本には昭和初期に入ってきたのが最初とされます。開花期:6月-9月(冬咲きは12月~3月) 紅葉期:11月-3月。花色は白、ピンク、赤紫色などがあります。カルーナの名前はカルネイン(掃く)からきており、枝をほうきにしたところに由来します。和名の「ギョリュウモドキ」は「ギョリュウ」(ギョリュウ科の樹木)に似ているという意味です。「ギョリュウ」は、年を経ると垂れ下がる枝がだんだんふえてきてその姿が柳に似るところから「御柳」。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。kayu-さんオレちゃんさんに決定する秀さんだよさんこだっくさんsazankaさんLADYBIRDさんさきっちさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/24
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2016年8月23日 京都新聞ホームページから 京都の夏を送る風物詩、千灯供養が23日、京都市右京区嵯峨鳥居本の化野(あだしの)念仏寺で始まった。約8千体の石仏が、ろうそくの炎に照らされて浮かび上がった。 同寺によると、化野は古くは葬送の地で、供養のために石仏や石塔が祭られた。無縁となったものも多く、1904(明治37)年に地元住民が集めて始めたという。毎年、地蔵菩薩(ぼさつ)の8月の縁日(24日)、地蔵盆に合わせて実施している。 午後6時ごろ、地蔵堂で読経が始まり、6人の僧侶が境内に石仏を並べた「西院(さい)の河原」を、読経しながらまわった。続いて参拝者が入り、石仏にろうそくを献じて手を合わせた。ろうそくの炎は日が暮れるにつれて赤みを増し、境内は幻想的な雰囲気に包まれた。兵庫県姫路市から約50年ぶりに訪れた安東和子さん(76)は「以前は今ほど有名ではなく、人もまばらでした。境内が整備され、いい雰囲気でした」と話した。 24日夜も営まれる、中学生以上千円。無縁仏を弔うろうそくがともった「千灯供養」(23日午後7時、京都市右京区・化野念仏寺)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/24
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月17日の記事≫ (患者を生きる:3117)肺がん 仲間と歩む フットサルで:3 試合後の反響に胸熱く 神奈川県立がんセンター(横浜市)で肺腺がんの治療を受けているフットサルチーム「湘南ベルマーレ」の久光重貴さん(35)は、2014年2月にあるホーム最終戦で復帰することを決めた。 「フットサルよりも、治療に専念を」と言う友人もいた。しかし、「フットサルがあってこそ、僕の人生」とできるだけ早い出場を希望した。 復帰すると聞いた主治医の斎藤春洋(はるひろ)さん(52)はこう助言した。「いま飲んでいる分子標的薬は、治療しながら日常生活を送れることがメリットです。久光さんにとってフットサルは日常生活ですから、がんばってください。ただ、無理はしないように」 厳しい練習をこなしつつ、2週間に1度は病院へ通い、がんの状態を調べた。選手登録の前日の検査で、肝機能、白血球、赤血球など数値がすべて平常値になり、斎藤さんとチームのトレーナーから試合出場を許された。 試合の3日前、チームのホームページで「選手登録」を知らせるニュースリリースが出た。 「治療を続けていても走れる姿を見てもらい、『がん』という病気が今は怖い病気ではないことを、自分の身体で体現していきます」 自分の思いを伝えた。 ただ体調は万全ではなかった。負荷の高いトレーニングで、右太ももが肉離れを起こしていた。 当日、痛め止めを飲み、足にテーピングをして、先発でピッチに立った。前半と後半それぞれ1分間出場したが、得点できなかった。1―5で敗れた。 沈んだ思いで、会場の出口で帰途につくファンを見送った。 「勇気をもらったよ」「毎日、嫌なことはいっぱいあるけど、がんばってみるよ」 目の前を通っていくファンから次々と声をかけられた。 試合後も、ファンやサポーターだけでなく、闘病中の人から「また見に来たいから、しっかり治療します」「生きるって、やっぱりすばらしいことなんですね」と手紙やメールが届いた。 「がん患者の僕がプレーするだけで、こんなふうに感じてもらえるんだ」 久光さんは胸が熱くなった復帰戦の終了後、花束を手にファンにあいさつした久光重貴さん>「治療を続けていても走れる姿を見てもらい、『がん』という病気が今は怖い病気ではないことを、自分の身体で体現していきます」 私は、二度「がん」に罹っています。最初の腎盂がんは早期発見だったし、片方の腎臓を取ってしまえば、何ら不自由なく過ごせるとのことだったので、あまりショックはありませんでしたが、その後罹った後腹膜軟部肉腫では、抗がん剤が効く可能性は高くても30%くらいと聞き、さすがにショックでした。しかし、幸いにも抗がん剤が効き、その後、片方しかない腎臓を温存できる粒子線治療を受け、経過観察まで持ち込むことができました。再発のリスクや腎不全(透析が必要)のリスクを抱えてはいますが、普通の生活を送ることができています。 「がん」は、昔に比べると、治療の技術も進歩し、治療の方法の選択肢も広がっています。しかし、患者や家族は、「がん」に罹ったとき、そのような過去の進歩は普通は知りません。どうしても「不治の病」ととらえがちで、それだけで気持ちが萎えて、治療にマイナス方向に作用したりするのではないでしょうか。 この久光選手や例えば鳥越俊太郎氏のように、がん患者である著名人が、仕事を続ける姿を見せることは、がん患者やその家族に勇気を与えると同時に、がんのことを正しく認識する機会を与えてくれるのではないかと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん剤治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん剤治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/24
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【2016年8月23日(火)】 今日はガイド会の「三尾研修」がありました。三尾というのは、京都西北の山間地、栂尾(とがのお)・槇尾(まきのお)・高雄(高尾/たかお)を合わせた呼び方です。 この地域には、高山寺(世界遺産)、西明寺、神護寺があり、特に秋の紅葉シーズンには人気のスポットで、非常に混雑します。お客様からの要望に応じて行う公募ガイドが、このエリアで多くあるとのことで、公募ガイドとしては件数の多いエリアになっています。今回入会した我々メンバーもいずれは、この公募ガイドを担当することになるので、今日、特別に研修が組まれました。 京都駅八条口に朝7:30までに集合し、チャーターしたバスで、栂尾の高山寺に向かいました。歩いて、高山寺、西明寺、神護寺を巡り、また京都駅までチャーターバスで戻りました。今日のコースhttps://drive.google.com/open?id=1akdEYzFZNCpTpuz7HBUjcbFkaKs&usp=sharing いつものように先輩ガイドさんから、それぞれのお寺で説明を受けたのですが、今日、よかったのは、それに加え、それぞれのお寺の住職さんなり、お寺の方に直接説明いただいたことです。内容まではなかなか覚えることはできませんが、やはり宗教的に深堀りした説明が聞けて、とてもよかったです。今日が、一連の研修の中で、一番新たなことを知ることができた研修だったのではないかと思います。非常に濃い研修でした。 さらに濃かったのが体力面。今日も京都は最高気温が36.0度の猛暑日でした。だいぶ標高が高いところなので、市中よりは気温が低かったとは思いますが、坂道が厳しく、体力的にはかなりきつかったです。移動時には、列が前後に長くなってしまいました。歩いた距離は4キロくらいですが、アップダウンで、相当疲れました。 公募ガイドでは、三尾の後、さらに歩いて嵐山まで行くのが一般的なコースのようで、今日よりはさらに長い距離を歩くようです。今日のような天気であれば、これ以上歩くと熱中症になりそうです。しかし、実際には、真夏にはここのガイドの要請はないと思います。春、秋ならば、私は体力的には対応可能だと思います。もちろん、説明内容は勉強しないといけませんが。 京都駅に帰って来てから、同期入会会員で、懇親のための昼食会がありました。現地研修で同じグループだった約半数の方は名前と顔が一致するのですが、あと半分の方の名前がまだまだ認知できていません。これから追い追いでしょう。次回は忘年会のシーズンに集まることになりました。 オリンピックが終わり、夕刊の新聞記事が元の調子に戻りました。また、前の生活ペースに戻るでしょう。 日本のメダル数41個は過去最高。逆転勝利の多い日本チームでした。それから3位決定戦での勝率が非常に高かったように思います。認識している範囲では、愛ちゃんが個人戦で負けた以外は全部勝ったのではないかと思います。 4年後は地球の正反対であると同時に、治安面でも正反対の東京での開催。選手たち、観客たちが、幸福感を胸に終えることができるオリンピックになればいいなと思います。そして、私も何らかのかたちで貢献できたらいいなと思います。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/08/23
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2016年7月14日撮影の「タイサンボク(泰山木)」の花後@ご近所散歩 です。 モクレン科、モクレン属。北アメリカの東南部原産。明治初期に日本へ渡来。 花期は6~7月。大輪の「おわん」形のクリーム色の花を咲かせます。芳香があります。 樹高は大きいものは20メートルにもなります。 大きな花や葉を付け大木になる姿を大きな山になぞらえた、山のような泰然とした姿から名付けられたと言われます。また、花が大きな盞(さかずき)の形をしているから「大盞木」と書いてタイサンボクと読む、という説もあります。 「大山木」とも書きます。 残念ながら、開花時期のものは、タイミングを逃して撮れていません。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただきました。そうじいちゃんさんkayu-さんオレちゃんさん寒がりたー坊さん秀さんだよさんpuramuroiyaruさんこねこさんみぃぷぅさんsazankaさんこだっくさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/23
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2016年8月22日 京都新聞ホームページから 都の入り口に置かれた6カ所の地蔵菩薩(ぼさつ)像を巡拝する伝統行事、六地蔵めぐりが22日、京都市内の各寺院で始まった。早朝から大勢の参拝者が訪れ、先祖を供養したり無病息災を祈ったりした。 江戸時代前期に書かれた「六地蔵縁起」によると、平安時代の小野篁(たかむら)が桜の木で造らせた6体の地蔵像を、後白河天皇の命で、平清盛が都の6カ所の入り口に六角堂を建てて祭らせたのが始まりという。 「鞍馬口地蔵」を祭る上善寺(北区)は、今年地蔵堂を新築した。六角形のお堂には、桜の一木造りの地蔵菩薩立像が祭られ、参拝者は像の手につながる綱に、紙製の「お幡(はた)」をつるしたり塔婆(とうば)に水をかけたりした。毎年お参りしている山科区の堀内喜代子さん(80)は「お参りすると、元気でいられる気がします」と話していた。 このほかの六地蔵は、大善寺(伏見六地蔵、伏見区桃山)、浄禅寺(鳥羽地蔵、南区上鳥羽)、地蔵寺(桂地蔵、西京区桂)、源光寺(常盤地蔵、右京区常盤)、徳林庵(山科地蔵、山科区四ノ宮)。23日まで。新築された地蔵堂の前で、古い「お幡」を掛ける参拝者たち(22日午前9時55分、京都市北区・上善寺)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/23
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月16日の記事≫ (患者を生きる:3116)肺がん仲間と歩む フットサルで:2 服薬して7カ月、復帰戦へ フットサルチーム「湘南ベルマーレ」の選手、久光重貴さん(35)は2013年6月に肺腺がんと診断された。翌7月、治療先として選んだ神奈川県立がんセンター(横浜市)に入院した。 がんはすでにリンパ節に転移していた。呼吸器内科の主治医、斎藤春洋(さいとうはるひろ)さん(52)は、肺がんの分子標的薬のイレッサを使う治療計画を立てた。分子標的薬は、がん細胞の増殖にかかわる特定のたんぱくや遺伝子を狙い撃ちにする薬。イレッサは錠剤で、1日1回、空腹時に1錠飲む。 治療前の遺伝子検査で、がん細胞に変異があることがわかり、イレッサの高い効果が期待できた。重い副作用に備えるため、入院したまま服用を始めた。 10日ほどで退院したものの、自宅では副作用とみられる下痢や湿疹に悩まされた。唾液(だえき)が減って味覚も失われ、食欲がなく、全身の筋肉が落ちていった。それでも約2カ月後には、約3センチあったがんが半分程度まで小さくなった。 「いつまでも寝てばかりいられない。待っているサポーターのために『復活』しなければ」 ベッドから出て、10メートル、20メートル、30メートルと歩く距離をのばした。歩けるようになると、自宅近くの公園などで軽く走った。ボールをけり始めると「ボールってこんなに重かったかな」と驚いた。 練習で活用したのが、指先に付けて血液中の酸素量と脈拍数を測る「パルスオキシメーター」だ。どんな数値のときに、体の動きがよいのかを探った。 14年の年明けから少しずつチームの練習に参加した。「無理するな」と仲間から声をかけられた。どうしたらチームに貢献できるかだけを考えた。 練習を重ねるうちに、最大3分間は全力でプレーできる手応えをつかんだ。フットサルは前後半20分ずつの試合中に何度でも選手交代ができるため、「3分間のベストプレー」をどれだけ繰り返せるかが課題になった。 苦しいとき、頭に浮かぶのは入院直後にサポーターと交わした「必ず戻る」という約束だった。 服薬開始から約7カ月後の14年2月、ホームの小田原アリーナである最終戦で復帰することが決まった。入院中、ベッドに横になっているときも、フットサルボールを足にはさんで感触を確かめた>10日ほどで退院したものの、自宅では副作用とみられる下痢や湿疹に悩まされた。 私の後腹膜軟部肉腫の最初の治療は抗がん剤治療でした。幸い、副作用で食欲不振や下痢になったのは、各クールの入院している間の5日間くらいで、それ以外は、普通に生活できました。白血球数が低下するので、感染症にならないよう外出は控えましたが。 見舞いに来ていただいた皆さんは、先入観で、もっと悲惨な状況と思っていたようで、結構元気なのに驚いていました。 脱毛もありましたが、全部抜けるということはありませんでした。自分では結構気にしていたのですが、もともとが既に薄かったので、皆さん「あまり変わりませんんやん。」と言っていただきました。嬉しいやら悲しいやら。 当然、薬の種類や濃度にもよりますが、同じ処方でも、個人差が大きいようです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/23
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 2016年7月20日撮影の「ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)」@ご近所散歩 です。ヤマゴボウ科、ヤマゴボウ属の多年草。別名、アメリカヤマゴボウ。花期は6~9月。北アメリカ原産。近縁の中国原産の「ヤマゴボウ」に似ていて、北アメリカ原産なので、「ヨウシュ(洋種)ヤマゴボウ」。日本では明治時代初期以降、各地で雑草化している帰化植物。「ヤマゴボウ」も「ヨウシュヤマゴボウ」も全体にわたって毒があり、果実も有毒。味噌漬けなどに加工して売られている山菜の「山ごぼう」は、これら「ヤマゴボウ」「ヨウシュヤマゴボウ」とは全く異なるアザミの一種モリアザミまたは野菜のゴボウの根であり、いずれもキク科であり、類縁関係は遠い。この山菜の「山ごぼう」と間違って、「ヤマゴボウ」や「ヨウシュヤマゴボウ」を食しないように要注意。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/22
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【2016年8月22日(月)】 粒子線治療後の15回目の月イチ経過観察で、今日、大阪府下のM病院に行ってきました。粒子線治療退院後、1年と3ヵ月が経過しました。 今回は血液検査とCVポートのフラッシュのみです。 朝から暑くて、道中、けっこう汗をかきました。ちょっとしんどい感じがあったので、まだ完全復調していないのかもしれません。 まず先生に体調について説明。 ・体調は特に問題はない。 直近の腸炎あるいは熱中症と思われる症状は、ほぼ完治したので、触れず。 ・照射部が痺れることはあるが、以前ほどではない。 今回の血液検査の結果の特記点 ・クレアチニンは、治療終了後、徐々に上昇してきたが、直近5回は 1.62→1.54→1.62→1.51→1.53。飽和傾向がより明白になってきた。 これ以外に、先生のコメントはありませんでしたが、自分なりに分析してみます。 ・尿素窒素は19→20→22→26と悪化傾向だったが、今回は17で正常範囲。(上記グラフ) ・尿酸値は4月7.6 フェブリク飲んで5月6.1、フェブリク止めて6月7.8、 またフェブリク飲んで7月5.2と効果ありの様相だったが、今回も5.5と 正常範囲内(上記グラフ)。 フェブリクの効果あり。 手持ちのフェブリクがなくなるので、新たに処方してもらいました。 ・白血球は今回38と正常範囲を下回った。今回の体調不良と何か関係があるかも。要注視。 ・赤血球関係は以前から少し正常範囲を下回っているが、今回、さらに下がった。 これも今回の体調不良と関係あるかも。要注視。 ・総コレステロール、LDL(悪玉)コレステロールが、発病前の状態まで戻った。 長距離のウォーキング、休肝日を週2日設けるなどの効果か。 ただし、HDL(善玉)コレステロールまで下がり、下限値を割った。 赤血球関係も含め、食事の内容は少し見直したほうがいいのかもわからないが、 今回、体調不良直後だったということもあるので、このまま様子を見る。 次回の予約をし、CVポートのフラッシュをしてもらって、診察完了。 M病院近くの吉野家で「牛丼」食べて真っすぐ帰ってきました。血液検査結果(生データ)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/22
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2016年8月21日 京都新聞ホームページから 伊根湾の青島で蛭子神社に参拝する祭事「おべっさん」が19、20日、営まれた。京都府伊根町亀島の4地区の住民たちが、海上安全や豊漁を祈願した。 19日夜には宵宮が営まれ、高梨と立石、耳鼻、亀山地区の祭礼船が堤灯を掲げ、太鼓や笛の音を響かせながら青島に向かった。上陸後、堤灯の薄明かりを頼りにはだしで神社に参拝した。 20日の本祭では、祭礼船の速さを競う「こばりあい」があった。かつては各地区から計4隻が出たが、人口が減少し、近年は2隻のみで催している。 神社にお神酒などを供え、奉納相撲の土俵入りを行った後、立石と耳鼻地区のこぎ手たちが約1キロの海上レースを展開した。参加した立石地区の石野渡さん(69)は「暑いけれど心は爽やか。また1年大漁が続くと期待している」と話した。勇壮な海上レースを繰り広げた祭礼船(京都府伊根町・伊根湾)暗闇の中、堤灯を照らした木造の祭礼船をこぐ集落の男性たち(19日夜、京都府伊根町・伊根湾)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/22
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年8月15日の記事≫ (患者を生きる:3115)仲間と歩む フットサルで:1 必ず戻る、みんなのため 日本フットサルリーグ(Fリーグ)の湘南ベルマーレに所属する久光重貴(ひさみつしげたか)選手(35)は今年7月、神奈川県寒川町での練習を終えると、電車で千葉市の千葉大学病院に向かった。久光さんは一線で活躍すると同時に、肺がんの治療を受けている。 千葉大学病院では、同じ肺がんの男性会社員(52)と会うことになっていた。男性は知り合いの医師が担当する患者。フットサルのファンで、プレーもしているということだった。医師を通じてサインを頼まれ、「せっかくの機会だから」と直接話をしてみることにした。 院内の会議室で2人は向き合った。はじめは湘南ベルマーレの戦績などをしゃべっていたが、やがて男性が病気の悩みを打ち明けた。 半年ほど前に肺がんがわかった男性は、リンパ節に転移があり、分子標的薬による治療を続けている。「副作用で、下痢が止まらなくて困るんです。5分おきにトイレに駆け込みます。朝に始まると、会社を休まなければならないこともあるんです」 「僕もありました」と久光さんは答えた。食べたものをすべてノートに記録し、下痢をしやすい食べ物を調べた体験を語った。「僕の場合、無農薬野菜中心の食事にしたらだんだんよくなりました」 別れ際、持参したチームの公式ボールとクリアファイルにサインをし、男性に手渡した。ファイルには「共に前進しましょう」と書き添えた。 がん患者にサインするときに、必ず入れる言葉だ。 ◇ 久光さんが肺がんと診断されたのは13年6月。湘南ベルマーレに入団して6年目の31歳だった。 開幕前に受けた健康診断がきっかけとなった。トレーナーから「ちょっと気になることがあるので、再検査をしてくれ」と言われた。勧められた大学病院でX線やMRI、PET検査を受けた。 「肺腺がんです」 医師に結果を告げられた。肺腺がんは肺がんの一種。肺の末梢(まっしょう)にでき、肺がんの中で日本人にもっとも多い。 「そう来たか」 久光さんは最近疲れやすさを感じていたが、年齢のせいだと思っていた。ただ、病院から母親の同席を求められたことから、深刻な病気かもしれないと覚悟もしていた。 「治療はどのくらいで終わりますか?」。練習を再開できる時期を知りたくて質問した。医師からは、右肺の上葉に3センチほどのがんがあり、リンパ節に転移していて、手術も放射線治療もできないと説明された。「抗がん剤治療が半永久的に続きます」 そして、「余命の話をしますか?」と尋ねられたので、「聞きたくありません」と断った。たとえば「余命2年」と言われれば、2年間をどう生きるかで頭がいっぱいになってしまい、その先の夢や目標を持つことが難しくなると考えたためだ。 「いままで通り、Fリーグの頂点を目指して、1日1日の練習を積み重ねながら、人生の夢を追っていこう」 心の中で誓った。 ◇ 約1カ月後の13年7月9日、チームのホームページで、久光さんが肺腺がんと診断されたことが発表された。その6日後にあったホーム開幕戦には、病院から外出許可を取って、会場の小田原アリーナであいさつした。 「チームや選手を、いままで以上に応援し、後押ししてください。その姿を見て、自分もがんばる力をもらいます。必ずここに戻ってくるので、またそのときは笑って会いましょう」 観客席を埋めた約3千人のサポーターから歓声と拍手がわき上がった。この瞬間、がんを治すことは自分だけの目標から、みんなの目標になったのだと受け止めた。 「がんは自分一人で向かい合うのではなく、みんなで向かい合う。僕のためだけではなくて、みんなのために、がんと闘おう」 * ひさみつ・しげたか 1981年、横浜市生まれ。ヴェルディ川崎ジュニアユースをへて帝京高校サッカー部に。卒業後、フットサルを始める。2002年に「カスカヴェウ」(現ペスカドーラ町田)に入り、08年に湘南ベルマーレに入団。09年には日本代表に選ばれる。13年6月、肺がんと診断された。現在も現役を続ける。背番号5。ニックネームは「ヒサ」。身長175センチ、体重74キロ。チームのメンバーと練習に励む久光重貴さん=神奈川県小田原市肺がんの男性と語り合う久光さん=今年7月、千葉大学病院久光さんが男性に贈ったサイン。「共に前進しましょう」と書かれている>「余命の話をしますか?」と尋ねられたので、「聞きたくありません」と断った。 私が後腹膜悪性腫瘍を宣告されたとき、何もしなければ「余命数週間から数ヵ月」と家族には話がありました。結局、抗がん剤治療しか選択肢はなく、抗がん剤治療をしました。抗がん剤治療をした場合の、余命は聞きもしませんでしたし、主治医からも話はありませんでした。しかし、セカンドオピニオンでの話や、ネットで調べた内容からは、5年のうちに死ぬ確率は非常に高いというのが明白でした。 最初はショックでしたが、不思議と仕事の引き継ぎや、京都検定の勉強を一生懸命することができました。死ぬなら、発つ鳥あとを濁さずで、ちゃんと引き継ぎをし、京都検定1級を合格したうえで死にたいと、そんな気持ちになっていたような気がします。 その後、効かないといわれた抗がん剤が効き、腫瘍の大きさが半分近くまで小さくなりました。さらに、残っている片方の腎臓(すでに腎盂がんで片方の腎臓を摘出している)を温存する方法として、粒子線治療を受けました。現在経過観察中で、腫瘍の大きさは、さらに小さくなって安定しており、普通の生活を営めています。 効かない可能性が大きいと言われた抗がん剤治療を、前向きな気持ちで受けたのがよかったのかもしれません。「病は気から」というのは大いにあるのではと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/08/22
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【2016年8月21日(日)】 先週木曜日に急な発熱、下痢を伴う体調不良に襲われましたが、今朝、体温も脈拍も正常な値に戻りました。便通はありませんでしたが、お腹がゴロゴロいうこともないので、多分お腹のほうも大丈夫でしょう。昨日の三重往復での法事の疲れはかなり残っていましたが、ほぼ体調は回復したようです。木曜日発症で、ほぼ3日でリカバリーできました。熱中症ではないかと書きましたが、急性腸炎ではないかと思います。昨日の疲れもあるし、今日も暑い日でしたので、散歩は控えました。「草花記」です。7月14日撮影の「カリン(花梨)」の実@ご近所散歩 です。バラ科 カリン属。中国原産。開花期は3~5月。タイやミャンマー原産の花櫚(かりん)という植物に木目が似ているため、花梨(かりん)と呼ばれるようになりました。カリンの花は下記に投稿しました。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201605040005/カリンは、花よりも果実の方が有名な植物です。カリンの果実は酸味があり、かたい果実です。カリン酒やジャムなどの飲食用に利用されたり、咳に効果があるため、カリンのど飴の材料に使われたりします。また、カリンの枝は木材にも利用されます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/08/21
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2016年8月20日 京都新聞ホームページから 京都市右京区の文化観光施設「時雨殿」で20日、改装オープン後の入館者数が15万人を超え、節目の来館者となった愛知県長久手市の家族連れに記念品が贈られた。 同館は2006年に開館した後、百人一首に関する資料を充実させ、12年3月に改装オープンした。映画化もされた漫画「ちはやふる」の人気などもあり、今年の来館者は前年比2割増のペースという。 記念の来館者となった中学1年水谷朱寧さん(13)は平安装束を羽織り、「いい記念になった。百人一首をもっと勉強してみたい」と笑顔だった。15万人目の来館者となった家族連れ(京都市右京区・時雨殿)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/21
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2016年8月21日 京都新聞ホームページから 松の古木に松葉を差し込み、花とともに生ける「立花(りっか)」を奉納する行事が19日、京都府亀岡市大井町の大井神社で営まれた。本物の松のような枝ぶりを、参拝者がじっくりと眺めていた。 花器に刻まれた銘から、立花の行事は17世紀には始まっていたとみられる。立花はいけばなの様式の一つ。民俗行事として、府内で唯一続いており、府無形民俗文化財に指定されている。 各地区の氏子らが一対ずつ計5組を作り、拝殿に並べた。青々とした松葉が、穴を開けた枝に1本ずつ差し込まれ、コケも取り付けられている。新しい松を使った神前花も一対奉納された。訪れた人たちは、丹念に作られた姿を写真に収めていた。 20日午後1時からは立花の展示・講演会が余部町のガレリアかめおかである。追手門学院大准教授で国際いけ花学会会長の小林善帆さんが話す。当日参加可。無料。松の葉を1本ずつ差し込んで作られた立花(亀岡市大井町・大井神社)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/21
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2016年8月20日 京都新聞ホームページから 京都市東山区の古門前通に手作りあんどんを並べ、夜の風情を楽しむ「元町の灯(あか)り」が20、21日、古門前通大和大路東入ル一帯の元町地区で開かれる。かつては知恩院参道としてにぎわい、今は「古美術のまち」として静かで趣のある通りの魅力を発信する。■「古美術のまち」魅力発信 古門前通は江戸時代初期、知恩院古門に続く参詣路として開通した。当時は左官や畳、瓦職人らが道沿いに店を構え、多くの人が往来したとされる。現在は町家などの住居、古美術に関連する店が並んでいる。 元町の灯りは元町町内会と、まちづくりを担当する「元町凛の会」が企画し、昨年に続き2回目。あんどんは越前和紙などを材料に、住民らが約110個を手作りした。今年は花を植えた鉢も道沿いに並べて彩りを添える。 元町地区は祇園の繁華街から近いが、元町町内会の松久直哉会長(63)は「住民は静かな暮らしと古美術のまちとしての風情に魅力を感じている。今後も大切にしながら、発展につなげていきたい」と話す。 点灯は午後6時半~8時半。20日午後7時20分からジャズのミニコンサートがある。散策用の休憩コーナーも設ける。静かなまちの風情にあった手作りのあんどんを並べる元町町内会のメンバーら(京都市東山区)=左=と夜の古門前通に並んだあんどん(昨年8月、京都市東山区)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/08/21
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