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【2016年2月29日(月)】 朝から時折激しい雨が降る荒れ模様の天気でした。朝、車を出したときは暖かかったのですが、午後から気温が下がったようです。 昨日の三重県行きの疲れも残っているので、今日は閑居日。散歩で外出以外は、外に出ませんでした。そして以前からやっている休肝日にもしました。 昨日三重県でゲットした戸籍謄本で添付必要書類が全部揃ったので、厚生年金受給申請書を完成させました。 そしてようやく確定申告作成にとりかかりました。まずは医療費の集計からとりかかりました。 世界卓球女子の北朝鮮戦観てました。強かったですね。まさかの3-0の勝利。伊藤美誠選手はスーパー中学生ですね。恐るべし。 サッカー女子五輪予選は、オーストラリアに1-3で負けています。今回は、ヤバいかも。****************************************************2016年2月6日(土)妙心寺玉鳳院・真如寺#5(最終回)「京の冬の旅」で、妙心寺塔頭天球院、霊雲院に続き、2月6日に妙心寺玉鳳院と真如寺を二人で訪れました。真如寺の2回目、今回シリーズの最終回です。◆客殿 客殿には、宮家や宝鏡寺の門跡が来寺の折に入室された三畳の「上段の間」があり、江戸後期の原在中筆の襖絵「西湖図」「四季花卉(かき)図」「松に猿猴図」「雀朝顔図」などが残っている。美しい景観で知られた中国浙江省杭州の湖を描いた、原在中筆の客殿襖絵「西湖図」「上段の間」は高貴な客人を迎えたところ客殿庭園ご朱印拝観時間ギリギリに入ったので、拝観が終わった頃には門がすでに閉じられていました。門の近くにきれいな梅コインパークに戻り、私は飲み会があるので、歩いてJR花園駅へ向かいました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/29
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【2016年2月29日(月)】 朝から、雨が降ったり止んだり。午後からは気温も下がってきたようです。結構、きつく降ることもあり、今日は散歩なしかなと思っていたら、午後4時半ごろ陽が差してきました。 それで散歩に出かけたのですが、西の空が暗く、傘を持って出掛けました。案の定、雪混じりの雨が降ってきました。早足で歩きましたが、強く降ることはなく、結局傘は差さずに5000歩歩けました。雨が降っていたのでワンちゃん散歩はなしでした。 写真は、2月23日撮影の「アオキ(青木)」@京ご近所散歩。アオキの実 ガリア科またはアオキ科アオキ属の常緑低木。原産地は日本。 葉が常緑で、いつも青々としていているためこの名があります。日本古来種で、学名(属名)のAucuba(アウクバ)は、アオキバ(青木葉)に由来しています。 赤い実ががトレードマークですが、白や黄色のものもあります。実は11月~翌年5月頃までと長い期間付き、花期は3月~4月なので、花と実がいっしょに見られることがあります。「みんなの花図鑑」サイトに写真を投稿して、名前を教えていただいた、kayuさん274とデージーさんチイ君さん秀さんだよさんhiroさんリンゴちゃんさんよっちゃん×3さんsazankaさんオレちゃんさんMAYU的さんrandypapaさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/02/29
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アメリカで2004年4月から2年半生活しました。そのときゴルフを始めました。ゴルフや生活の思い出を綴っています。ここしばらくはラウンドしたゴルフ場を一つずつ思い出しながら紹介しています。51番目のコースは「Hickory Grove Golf Course」。・1963年オープン・Public・9ホール・自宅から東南東へ約75キロメートル デイトンとコロンバスの間、コロンバスに近いところにありました。 残念ながら、閉鎖になっていました。航空写真を見ると荒地ではなく、きれいな草地になっているようです。あるレッスンプロのサイトに閉鎖について書かれていました。閉鎖したのは去年のようです。 その記事の一部です。なつかしい思い出とともに語っています。One of the golf courses I enjoyed playing as a young man has announced it will not open its doors in 2015, after 51 years serving golfers in their small community. A difficult decision for sure, but one based on the economics of the times.I was playing that course on a warm July, Sunday morning in 1977, when the Assistant Pro came out to the 13th hole to convey the message that my wife had summoned me home to take her to the hospital for the birth of our first child.Although I will never be able to enjoy a round of golf at that course in the future, I will have the wonderful memories of searching for pars and playing with Tanker, Donny, Hawk, Patch and the rest of the hacks at Hickory Grove.ロゴボールありませんでした。スコアカード宣伝満載で、何とか経営を維持しよう努力した跡がうかがえます。9ホールですが、フロント9は白杭、バック9は青杭で回るようになっているようです。Web Site閉鎖とともになくなったようです。地図https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9/@39.9276613,-83.7985577,10z/data=!4m2!3m1!1s0x8838a65938466f05:0xa8a163aee1554e99コース航空写真https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9/@39.8486733,-83.3825149,1251m/data=!3m1!1e3!4m2!3m1!1s0x8838a65938466f05:0xa8a163aee1554e99スコア記録 火曜日に回っています。会社から結構遠いところでしたが、夏は遅くまで明るいので、ハーフなら回れたのだと思います。アメリカで12回あったバーディーの一つをここでだしています。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村 ___________________________________「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3「アメリカ出張」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=9「ワルディ流日米国情比較」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=21
2016/02/29
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2016年02月27日 京都新聞HP 桃の節句を前に「西国街道ひな人形めぐり」が27日、京都府向日市を中心に西国街道一帯で始まった。江戸時代から現代までの豪華なひな飾りや道具などが展示され、訪れた人たちを楽しませている。 貴重なひな人形の展示を通じて地域を活性化しようと、地元有志でつくるグループが毎年開いている。今年は商店、古民家など30カ所が人形などを飾っている。 国登録有形文化財の中小路家住宅(向日市上植野町)では、江戸時代に作られた親王飾りをはじめ、京都御所を模した豪華な建物に男びなと女びなが収まる「御殿飾り」、全国各地の流しびなや、つるしびななどが展示されている。来場者は、時代や地域によって異なる飾りをじっくりと眺め、カメラに収めていた。 友人と訪れた主婦の久島佐智子さん(69)=京都市西京区=は、「子どもの頃、ひな祭りで使っていたのと似た小型の重箱が展示されていて、懐かしく当時を思い出した」と話していた。 3日まで(中小路家住宅は6日まで)。一部有料。華やかな人形や道具が展示されている「西国街道ひな人形めぐり」の会場(京都府向日市上植野町・中小路家住宅)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/29
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2016年02月28日 京都新聞HP 日本の食文化の魅力を発信するイベント「京都 和食の祭典2016」が28日、京都市東山区の祇園甲部歌舞練場八坂倶楽部であった。京都の有名料亭による特別料理の販売や若手料理人によるトークなどで盛り上がった。 同祭典は農林水産省や京都府、料理関連団体による実行委の主催。ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」の発信地・京都で、食の歴史や魅力を展示や体験を通じて紹介した。 会場では、有名料亭の合作による2種類の点心の限定販売が人気を集め、すぐに売り切れた。料理人による大根炊きや粕汁の販売にも長い列ができていた。企画展示では日本特有の文化である「弁当」の歴史を紹介。江戸期から盛んになった花見弁当や幕の内弁当などが並べられた。府内各地の物産販売もあり、日本酒や和菓子などを来場者が買い求めていた。弁当の歴史を解説する企画展示に見入る来場者たち(京都市東山区・祇園甲部歌舞練場八坂倶楽部)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/29
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2016年02月28日 京都新聞HP 一夜にして降り積もった新雪に山里が真っ白に染まる。モノクロームの世界。こんもりと雪をかぶった三角屋根は、まさに冬の日本の原風景だった。 年明けから暖冬傾向が続いた今冬。なかなかチャンスが巡ってこなかった中、寒波の到来に合わせた1月21日、「かやぶきの里」(南丹市美山町北地区)の雪景を狙った。京都市内から山を越えるごとに雪が深くなっていく。 視界を遮るほどの吹雪と真っ青な晴天を繰り返す。数分間の晴れ間を狙って空撮を試みる。 北地区では、重要伝統的建造物群保存地区の指定を機に、数軒のかやぶき民家が屋根を覆うトタンを外した。景観を守るためには、傷みやすい屋根の手入れを惜しまない。 かやぶき屋根は、積雪が多い地域で暮らす知恵でもある。厚みは断熱性に優れ、急な傾斜は雪を落としやすくする。 地域の高齢化は進んでいる。「集落を守っていかないといけない」。住民たちは駐車場や歩道の雪をかき、観光客を迎える。「雪灯廊(とうろう)」やライトアップなどのイベントを催して、厳しくも美しい冬の魅力を伝えていく。一晩で20センチほどの積もった雪で里の景色は白一色に染まる。連なるかやぶき民家が朝日に輝く(1月21日、京都府南丹市美山町北)刈り取ったカヤを円すい状に組んで乾燥させる「立てがや」。厳しい冬を越え屋根材となる(21日、京都府南丹市美山町北)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/29
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2016年02月28日 京都新聞HP 京都府は、文化財の修復に樹液が使われるウルシと和ろうそくの原料・ハゼの栽培研究を府北部で本格化させる。漆産地の福知山市夜久野町で予備調査を実施しており、府の2016年度当初予算案に関連事業費500万円を計上した。神社仏閣の多い京都での地産地消や北部での産地づくりを目指す。 漆の府内生産量(14年度)は3キロ。同市夜久野町で漆掻(か)き職人らのNPO法人「丹波漆」が採取と栽培を続けている。文化庁は昨年、国宝や重文の建造物修復に国産漆を使うよう各都道府県教育委員会に通知しており、今後需要が見込まれる。 府緑化センター(同町)で新たに育てる漆は、地元品種「丹波1号」と他府県産の5種類。すでに予備調査で同法人から苗木提供を受けた。漆が採取できる10年後に収穫量や質を比較し、丹波1号に別品種を受粉して病気に強い品種へ改良を進める。同町の別の場所で試験栽培も行う方針。 一方、ハゼは現在、府内で栽培されていないが、江戸時代には宮津藩や田辺藩が栽培を奨励した記録があるという。主産地は福岡県など温暖な地域だが高齢化で生産量が減少、国内産の確保が課題になっている。 ハゼは府森林技術センター(京丹波町)の小川亨主任研究員の調査で府内の日本海沿いでの自生が確認された。府は今後、府緑化センターで栽培法の研究を重ね、舞鶴市や宮津市での試験栽培を検討する。 小川研究員は「複数の品種のウルシを栽培して地元の丹波漆の下支えになれたらうれしい。ハゼは寒い地域でも栽培ができるか実証していきたい」と話している。和ろうそくの原料となるハゼの実よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/29
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2016年02月28日 京都新聞HP 京都・花灯路推進協議会はこのほど、創作あんどんのデザインコンペの最優秀賞に、京都市左京区の建築士、山本基揮さん(37)の作品「賽(さい)の目」を選んだ。3月12~21日に東山区で催される「京都・東山花灯路2016」の会場に飾る。 「賽の目」は、ヒノキで作った一辺2センチの立方体で円筒形を作り、照明を覆う作品。「こもれ出る光と影が行き交う人の足元に市松模様の花を咲かせる」という。約20基製作し、高台寺公園に設置する。 コンペは8回目。全国から155点の応募があった。 他の受賞者は次のみなさん。 特別賞(佐川急便賞)=「竹箒(ほうき)」坂根和昭(東京都)▽学生賞=「千枚灯」松本里緒(南丹市)▽入選=「京光輪」相川崇史、池田恭平(東京都)、「なでしこのゆめ」村谷知華(彦根市)▽花灯路来場者賞=「京灯鼓」内田信隆(東京都)最優秀賞に選ばれた「賽の目」のイメージ図よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/29
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2016年02月28日 京都新聞HP 京都府内最大規模を誇る城陽市の青谷梅林で27日、恒例の梅まつりが始まった。今年は例年より開花が1週間ほど早く、同市中の会場では暖かな陽気の下、家族連れらが梅の花と香りを堪能した。 青谷梅林は、約20ヘクタールの丘陵地に肉厚で香りの良い実が収穫できる特産の「城州白」など約1万本の梅が植えられている。梅まつりはうち約1ヘクタールを無料開放し、市観光協会やJA京都やましろなどでつくる実行委員会が主催している。 青谷梅林の梅は、実の収穫がしやすい低い位置に花をつけるので観賞しやすいのが特徴という。会場では梅肉を使った五平餅やコロッケなどが販売され、訪れた人たちはベンチに座ってゆっくりと花を楽しんでいた。 実行委によると、見頃は3月上旬。梅まつりは3月21日まで。梅まつりの会場で、歩きながら花を楽しむ人たち(城陽市中・青谷梅林)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/29
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2015年11月5日の記事≫ 胸腺腫が再発した秋田県湯沢市の元小学校教諭、KSさん(60)は、2010年夏から抗がん剤治療を受けた。しかし、胸膜に散らばった腫瘍(しゅよう)への治療効果はほとんど確認できなかった。 「このままで、いいのかな」。迷いも生まれていた。 その頃、平鹿総合病院(同県横手市)の主治医、斉藤礼次郎(さいとうれいじろう)さん(56)から、「別の病院にも、話を聞きに行ってみませんか」と、セカンドオピニオンを受けることを勧められた。 斉藤さんは肺や食道専門の胸部外科医だが、患者数が極めて少ない希少がんである胸腺腫の患者は、年に数人担当する程度。胸腺腫の中でもKSさんのように再発する患者自体が少なく、斉藤さん自身も症例数が比較的多い病院の医師の意見を聞いてみたかった。 肺がんなど患者数が多いがんなら標準的な治療がガイドラインとして示されている場合が多い。だが、KSさんのように希少がん患者の場合は、選択した治療が正しいのか判断する物差しが少ない。文献を探し、学会で同じような症例が取り上げられる時には足を運び、情報収集に取り組んでいた。 セカンドオピニオンは、東京都内の症例数が比較的多い病院に聞きに行くことになった。「良い治療法が見つかれば、秋田から通うか、アパートでも借りて東京に住むことを考えよう」 対応した医師からは、いくつかの治療方針が示された。抗がん剤治療を続けるか、腫瘍が大きくなったら放射線治療をするか、しばらく経過観察をするか――。 「絶対的な治療法は、ここにもないんだ」。KSさんはそれまで、症例数が少ない病院で治療を受けることに不安もあった。だが、どこであっても、いくつかの選択肢の中から主治医と相談しながら、治療を受けるしかないようだ。 「悩みに悩んで、今もまだ悩んでいる。お互い一緒に勉強しているようなものです」と斉藤さん。 KSさんは、治療への迷いも含めて正直に話してくれる斉藤さんに、信頼を感じていた。現実的には、高齢の夫の両親もいる家を離れて治療を受けることも難しい。地元で治療を続ける決意が固まった。主治医の斉藤礼次郎さん(平鹿総合病院)=秋田県横手市 このKSさんは、主治医のほうからセカンドオピニオンを勧められています。そのうえで、結局、主治医と相談しながら治療をすることを選択しています。納得のうえで治療に臨むという効果は大きかったと思います。 私の場合、抗がん剤治療を受ける前のセカンドオピニオンはそうでした。2つのセカンドオピニオンで示されたのは、やはり抗がん剤治療、薬の名前も同じでした。 6クールの抗がん剤治療後、次の治療法を選択する際のセカンドオピニオンでは、一つの医療機関で、粒子線治療という主治医からの候補にはあがっていなかった治療法の紹介を受け、最終的にこの粒子線治療を選択しました。 このKSさんのように主治医からセカンドオピニオンを勧められることは稀だと思いますので、患者側から遠慮せずにセカンドオピニオンを聞きに行くことを切りだすことが大切だと思います。そのとき大切なのは、自分でセカンドオピニオン先を選択することです。主治医と同じ大学系の病院だと、同じような視点のオピニオンにしかならなかったり、主治医に遠慮して同じ意見しか出なかったりするからです。あくまでも私の個人的な見解ですが。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/29
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【2016年2月28日(日)】 今日は、亡き祖母の法事で、三重県の実家を日帰りで往復しました。 お墓参り、地元市役所の証明書発行所、駐車場の除草剤撒きと、結構動きまわったのですが、歩数は4500歩止まりでした。帰宅は午後7時頃になり、ワンちゃん散歩もしなかったため今日の歩数は4500。 実家の庭の「ウメ(梅)」が咲いていました。梅の木があるのは知っていたのですが、咲いているのを見るのは初めてのような気がします。1ヵ月に一度しか帰らないので、今まで花が咲くタイミングで帰っていなかったということなのでしょうか。梅@実家庭 ウメ(梅)はバラ科サクラ属。開花期は1~3月。非常に多くの品種があります。 中国原産の落葉小高木で、古い時代に日本に渡来したとみられています。 『万葉集』では100首を超える歌が詠まれていることから、奈良時代にはすでに栽培されていたようです。 「ウメ」の名の由来には諸説あり、漢名の 梅 (mei、マイまたはメイ)が伝わり、ムメと呼ばれたとする説、初めに入ったのは生薬で、その名の烏梅 (wumei)が転訛したとする説、熟む実からの転訛説があります。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/28
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2016年02月27日 京都新聞HP 中世の情報伝達を体験しようと、半鐘を鳴らして聞こえる範囲を確かめる実験がこのほど、京都府木津川市鹿背山にある中世の遺構、鹿背山城跡を舞台にあった。主催した市民団体「木津の文化財と緑を守る会」は、2キロ先で聞こえたとしている。 竹を組んで、半鐘(高さ45センチ、直径27センチ)をつるし、10分間たたいて聞こえる範囲を確認した。午前9時から2回に分けて鳴らし、市内を中心に27カ所で参加者が耳をそばだてた。城跡から約2キロ離れたJR上狛駅で確認できた一方で、山陰にある場合は数百メートルしか離れていないのに聞こえなかったという。 中井均・滋賀県立大教授は報告会で、最近の研究を基に「のろしも鐘も特別な設備ではなく、どこの城跡にもあったのでは」と話した。竹で組んだやぐらにつるされた半鐘をたたくメンバー(木津川市鹿背山・鹿背山城跡)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/28
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2016年02月27日 京都新聞HP 昨秋に再整備を終えた京都市動物園(京都市左京区)の2015年度の来園者数が27日、100万人を超えた。記念の来園者となった東近江市の親子に記念品が贈呈され、1986年度以来29年ぶりの大台突破を祝った。 来園者数は1976年度の約140万人をピークに、2002年度には約60万5千人にまで落ち込んでいた。市が09年度から動物のテーマ展示や、京都の里山を模した「京都の森」の整備を進めたり、ラオス政府からアジアゾウ4頭の寄贈を受けるなどして園の活性化に取り組んだところ、来園者が急増していた。 午前11時ごろに、妻と4歳、7カ月の娘2人とともに訪れた公務員田井中悦史さん(33)=東近江市=の家族が100万人目の来園者となった。高山光史園長から年間入園券やゴリラのぬいぐるみなどを受け取り、くす玉を割った。 田井中さんは「リニューアルされたのを知って来た。以前の園とは見晴らしが全然違っていて、子どもも『ワー』と歓声を上げて喜んでいた。100万人目と聞いて驚いています」と笑顔で話していた。年間100万人目の来園者となり、記念品を贈られて喜ぶ家族連れ(27日、京都市左京区・市動物園)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/28
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2016年02月27日 京都新聞HPhttp://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20160227000134 茶釜から湯気が立ち上り、室内に穏やかな時間が流れる。世界遺産の平等院や宇治川が近くにある宇治市営茶室「対鳳庵(たいほうあん)」(同市宇治)では、数寄屋造りの建物でお点前の接待を受け、宇治茶を味わえる。 春節・旧正月期間、台湾のツアー一行が利用した。15人が早春をイメージした和菓子を食べ、お点前を興味深げに見つめた。薄茶を初めて飲んだという会社員謝郁萱さん(40)は「おいしかった。茶道は以前にテレビで見たことがあり、関心があった」と話した。 接待は、市茶道連盟の抹茶3流派、煎茶4流派の会員が担当。この日、お点前を披露した茶道裏千家北村宗恵社中の勝谷和代さん(62)=宇治市小倉町=は「喜んで帰ってもらえるよう、心を込めて行っている。茶道をもっと知りたいと思ってもらえたらうれしい」と話す。 使用する宇治茶は、初心者に配慮して飲みやすさを重視し、市内の問屋から特別に仕入れている。昨年4月からは濃茶や玉露もメニューに加え、観光客が茶をたてられるお点前体験も始めた。家族連れや海外からの旅行者に人気だという。 運営を市から委託されている市観光協会によると、東日本大震災直後の2011年度は利用者が1万1千人に落ち込んだが、その後は回復し、14年度は2万2千人と過去最高を記録した。門川大晃主事(30)は「日常と違った空間で気軽にリラックスできる」と利用を呼び掛けている。・宇治市営茶室「対鳳庵」 1957(昭和32)年に開設。敷地は411平方メートルあり、木造平屋の建物には3畳半の本席と8畳の広間茶席、立礼席がある。煎茶の接待もあり、市観光センターで茶席券が販売されている。薄茶500円、お点前体験1200円(3日前までに予約が必要)など。問い合わせは、市観光センターTEL0774(23)3334。対鳳庵で茶の湯を楽しむ台湾からの旅行者(宇治市宇治)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/28
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2015年11月4日の記事≫ 「胸腺腫」の疑いと診断された秋田県湯沢市の元小学校教諭、KSさん(60)は2008年5月中旬、平鹿総合病院(秋田県横手市)で手術を受けた。胸腔(きょうくう)鏡を補助的に使った手術で、摘出された腫瘍(しゅよう)は直径約6センチだった。 胸腺を覆う膜の外にも腫瘍が広がる「浸潤」がみられ、進行度を示すステージは2。再発防止の放射線治療を受けることになった。 胸部への放射線治療は週5日。胸のあたりの皮膚が副作用で、軽いやけど状態になった。食べたり飲んだりしても、食道や胃がしみるように痛む気がした。でも、約4週間の治療後は、「もうこれでおしまい。治ってよかった」とうれしかった。8月には教壇に復帰した。 だが、11月のCT検査で医師に「あやしいものがある」と告げられた。「再発かもしれない」という医師の言葉に、強いショックを受けた。手術からわずか半年。「あの手術や放射線治療は、いったい何だったんだろう……」 結局、3カ月後に再び受けたCT検査で、再発ではないと診断されたが、その後も半年に1回ほどのペースで検査を受け続けた。 「再発の疑いがある」。再び、そう告げられたのは、手術から約2年後の10年6月だった。PET―CT画像で見ると、胸の周囲の何カ所かが赤く映っているのがわかった。肺と胸壁を包む胸膜に、がん細胞が散らばる「播種(はしゅ)」という状態になっていた。 画像でまざまざと見せつけられ、「ああ、ついに来たか」と妙に納得した。腰椎(ようつい)への「骨転移」の可能性も指摘された。少し前から腰痛が気になっていたが、そのせいだったのか、とふに落ちた。 7月に確定診断を兼ねた2回目の手術を受け、一部の腫瘍は切除し、手術後に抗がん剤治療を受けた。副作用で、吐き気や食欲不振、体のだるさに苦しんだ。髪は抜け落ち、頭皮もヒリヒリと痛んだ。タオルやガーゼでできた帽子をかぶった。 腰椎への放射線治療で、腰の痛みはなくなった。しかし、抗がん剤の胸膜の播種への治療効果はほとんど見られなかった。「あんなに副作用に耐えて治療したのに。何のためにがんばったんだろう」。頭を抱えた。抗がん剤治療の副作用で髪の毛が抜けると、タオルなどでできた帽子をよくかぶった>「あんなに副作用に耐えて治療したのに。何のためにがんばったんだろう」。頭を抱えた。 私は後腹膜脂肪肉腫で抗がん剤治療の後、粒子線治療を受けて、現在経過観察のステージです。 抗がん剤治療は確かに苦しかったですが、粒子線治療は「痛くも痒くもない」治療でした。 粒子線治療後の再発リスクは、摘出手術後の再発リスクより少し高いと医師に言われました。しかし、摘出手術を選ぶ場合、片方しか残っていない腎臓ごとの摘出になり、透析が必要です。調べると、透析によるリスクも色々あることが分かりました。透析も含めたリスクを考えると、粒子線治療のほうが、トータルではリスクが小さいと思いましたし、何よりも生活の質がキープできるということのメリットが大きく、粒子線治療を選択しました。 副作用で、腎不全になり、結局透析になるリスクも低くはありません。しかし、八方手を尽くしての選択でしたので、たとえ再発しても、たとえ透析になっても、後悔だけはせず、受けとめようと心には決めています。実際にそうなったら、どんな心理状態になるか分かりませんが。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん剤治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/28
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【2016年2月27日(土)】 昨日より暖かな一日。春がそこまで来ている感じ。 明日は三重県の実家で法事なので、その準備を少し。それと散歩以外は何もなく、のんびりと過ごしています。それから今年初の床屋さんでした。****************************************************2016年2月6日(土)妙心寺玉鳳院・真如寺#4「京の冬の旅」で、先日アップした、妙心寺塔頭天球院、霊雲院に続き、2月6日に妙心寺玉鳳院と真如寺を二人で訪れました。 妙心寺塔頭の玉鳳院に訪れた後、車をコインパークに停めたまま、北に歩いて「真如寺」に向かいました。真如寺の位置https://www.google.co.jp/maps/place/%E7%9C%9F%E5%A6%82%E5%AF%BA/@35.0308981,135.7229993,17z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x6001078f3a0f5867:0xefa935be46ac03b2「冬の旅」チケット◆真如寺の歴史 鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)とともに臨済宗大本山相国寺の山外塔頭のーつ。室町時代には幕府により定められた「五山十刹」の官寺の制において「十刹」の一つに数えられた由緒ある禅宗寺院である。 勧請開山は、中国・宋の高僧にして鎌倉の円覚寺の開山でもある仏光国師(無学祖元)で、その弟子・無外如大尼が、師の没後に遺髪や爪を祀るためにこの地に「正脈庵(しょうみゃくあん)」を闘いだのが始まりである。 南北朝時代の暦応5年(1342)に仏光国師の法を受け継ぐ夢窓疎石が、足和初代将軍尊氏の執事であった高師直(こうのもろなお)の外護を受けて大伽藍が整えられ、以後室町幕府の手厚い保護を受けた。現在残る建物は、江戸時代の明暦2年(1656)に後水屋上皇によって再興されたものである。門からのアプローチ◆法堂 法堂(仏殿)「大雄殿」は、禅宗様の建物で、中二階風の構造になった須弥壇があり、仙洞御所から寄進された本尊・宝冠釈迦如来像、迦葉(かしょう)尊者像、阿難尊者像の三尊が安置されている。その奥に続く開山塔に勧請開山・仏光国師(無学祖元)、勧請開基・無外如大尼像、事実上の開山・夢窓疎石像や大檀那であった高師直の位牌などが祀られている。 法堂法堂「大雄殿」の、中二階風の構造になっている須弥壇には、本尊・宝冠釈迦如来像が安置されている。傍らに龍と鳩の彫刻が添えられた勧請開山・仏光国師像(続きます)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/27
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【2016年2月27日(土)】 今日は一人でご近所散歩。昨日より、かなり気温があがってポカポカしましたが、一度帰ってきてからワンちゃん散歩するとき、ポツポツとですが雨が降りだしました。合計5000歩でした。 写真は2月23日撮影の「スキミア」@ご近所散歩。スキミア 「みんなの花図鑑」サイトで名前を教えていただきました。花オンチの私は初めて聞く名前です。 ミカン科スキミア属。原産地はヒマヤラ。 3月頃、白い花を咲かせますが、10月頃につける蕾のときから観賞が楽しめるようです。 スキミアという名前の由来は、四季を通じて美しいから「四季美」、季節関係なく芽を出すので「四季芽」、「実に毒を持つ悪しき実」から「シキミ」など、いくつかの説があります。 ということは、この状態で10月からあったということですね。この場所は、ときどき歩くのですが、気がつきませんでした。きっと新たに植えられたのでしょうね。「みんなの花図鑑」サイトで、この花の名前を教えていただいた、kayu-さん274とデージーさんHANAさん秀さんだよさんリンゴちゃんさんよっちゃん×3さんオレちゃんさんMAYU的さんrandypapaさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/02/27
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2016年02月26日 京都新聞HP 昭和初期にラジオを共同で聴くため建てられた「ラジオ塔」を訪ね歩くウオーキングイベントが28日に京都市内で開かれる。昨年、拡声器と受信機が再設置された船岡山公園(北区)ではラジオ体操も行う。地元住民は「ぜひラジオ塔からの音で体を動かしてみて」と参加を呼び掛ける。 ラジオ塔はニュースやスポーツ中継を伝えたもので、全国に約400基あったとされる。戦後はテレビの普及によりスピーカーなどが取り外された。市内には8基現存する。 府ウオーキング協会の主催。ラジオ塔を巡るウオーキングは2010年にも開催したが、昨年4月に船岡山公園でラジオ塔が「復活」したことを記念し2回目を企画した。 当日は午前9時にJR円町駅(中京区)を出発する。約20キロの行程で、ラジオ塔の残る▽小松原(北区)▽橘(上京区)▽船岡山▽紫野柳(北区)▽萩(左京区)▽円山(東山区)▽御射山(中京区)-の7公園を順に巡る。 船岡山公園では昼食を取るとともに塔から、録音でラジオ体操を流す。協会の野村忠明会長(72)は「歩くだけでなく、体操もすればより健康になるのでは」と話す。一般500円。雨天決行。問い合わせは協会TEL075(353)6464。 昨年スピーカーが復活した船岡山公園のラジオ塔。ウオーキング当日は録音を流し、参加者でラジオ体操をする予定だ(京都市北区)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/27
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2016年02月26日 京都新聞HP 京都の五花街の一つ・先斗町(ぽんとちょう)=京都市中京区=を花で彩る催し「先斗町 このまちに、花」が25日、始まった。先斗町通の三条-四条通間450メートルに約250個のいけばなが飾られ、観光客ら道行く人の目を引いている。 先斗町のお茶屋や飲食店、地元住民らでつくる「先斗町まちづくり協議会」が、界わいの魅力を発信しようと、昨年に続いて企画した。 いけばなは、お茶屋の芸舞妓や地元住民ら150人が、事前に行われたワークショップでいけた。バラやダリアなどの色鮮やかな花が、飲食店の軒下やお茶屋の玄関先を彩り、情緒豊かな町並みを引き立てている。 大阪府寝屋川市から訪れた主婦大西喜久代さん(76)は「春らしい華やぎがあって、すてきですね」と話した。29日まで飾る。先斗町通の風情を引き立てるように軒先につるされたいけばな(京都市中京区・先斗町通)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/27
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2016年02月26日 京都新聞HP 今年で完成から110年を迎え、国の登録有形文化財になっている日本写真印刷の本館(京都市中京区)でこのほど、初めてコンサートが催された。建物と音が共鳴し、その空間でしか味わえない音楽に来場者が耳を澄ませた。歴史的建造物の魅力が十分に発揮された。 本館は1906(明治39)年に紡績会社「京都綿ネル」の本社事務所として建てられた。れんが造りで、表面は石造風のモルタル仕上げ。設計者は諸説があって分かっていないが、入り口にそびえるコリント式の円柱や、職人の手作りによる花房模様の天井など凝った意匠が目を引く。48年に日本写真印刷が受け継ぎ、80年まで本社棟として使用。2011年に登録有形文化財となった。 コンサートは、京都を拠点に活動するインストゥルメンタルの2人組「mama!milk(ママミルク)」が、本館を管理する「ニッシャ印刷文化振興財団」のウェブマガジンに寄稿した縁で提案した。メンバーの生駒祐子さんと清水恒輔さんは、これまでにも京都文化博物館や府庁旧本館など歴史ある建物で演奏した経験を持つ。昨夏に日本写真印刷本館を訪れ、「今では造れないような重厚な建物は楽器の音の響きが良く、演奏してみたいと思った」という。 1月下旬にあったコンサートには、115人が来場した。あえて照明は控えめにし、夕暮れ時の光が差し込む窓のアーチが際立つ。シルエットのように浮かぶ2人が奏でるアコーディオンとコントラバスの音色が心地よく響いた。 続いて京都出身のシンガー・ソングライター、青葉市子さんが出演。日も暮れ、屋外の木に飾り付けられた電飾が背後をほんのり照らし、幻想的な雰囲気に包まれた。 生駒さんと清水さんは「大切に残されてきた建物が持つ愛を感じ、居心地が良かった」。青葉さんは「音が天井から降ってくるようだった。この機会にこの建物のことを知れて良かった」と話した。 同財団は「初めての試みだったが、若い人にも訪れてもらえて良かった。今後、コンサートなど文化施設としての利用も検討していきたい」としている。アーチ型の窓から光が差し込む室内で、楽器の音色を響かせる「mama!milk」の2人■印刷の歴史資料公開 日本写真印刷本館の1階は現在、「印刷歴史館」として、印刷に関する資料を一般に公開している。 貴重な展示物の一つが、「百万塔・無垢(むく)浄光陀羅尼(じょうこうだらに)経(きょう)」。奈良時代の764年に起きた「恵美押勝の乱」の戦死者を弔うため、第46代孝謙天皇の勅願を受けて制作したとされる小塔とお経だ。銅板か木版で印刷された実物で、制作年度が判明している中では世界最古の量産印刷物という。 このほか、現代に広く普及しているオフセット印刷の原点とされる、1798年にドイツで開発された石版印刷機の同型機や、活版印刷の父・グーテンベルクが発明した印刷機の複製など13点を公開している。来館は事前申し込みが必要で開館時間は平日の午前10時~午後5時。入館無料。問い合わせはニッシャ印刷文化振興財団TEL075(823)5318。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/27
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2015年11月3日の記事≫ 50歳を過ぎたことだし年に一度は健康チェックを受けよう――。秋田県湯沢市に住む元小学校教諭のKSさん(60)は2008年2月、そんな気持ちで受けた人間ドックで異常を指摘された。 CT検査をしたところ、両肺に囲まれた「縦隔(じゅうかく)」という部分に、腫瘍(しゅよう)の疑いがあると指摘された。ただ、「良性の可能性がある」とも言われた。 40代で甲状腺がんの手術を受けたが、その後は状態が安定していた。以前、胆嚢(たんのう)にポリープが見つかったこともあるが、特に治療は必要なかった。そうした経緯もあり、今回もそれほど深刻には受け止めなかった。 3月、自宅から車で30分ほどの横手市にある平鹿総合病院を受診した。甲状腺がんの再発の疑いも考慮され、CTなどの詳しい検査を受けた。後日、医師から結果を説明された。「胸腺腫の疑いがあります」 一瞬、頭が真っ白になった。 「胸腺って何? どこにあるの?」。初めて聞く言葉だった。 胸腺は縦隔の一部で、胸骨の裏側にある握りこぶしほどの器官。良性の場合もあり、診断と治療のため手術を受けるよう勧められた。タイプによっては、手術後に放射線治療が必要になるという。 「この先、どうなるんだろう」。病気へのイメージもわかず、漠然とした不安に駆られた。 「悪いものがあるなら、とってもらうのが一番。手術をすれば、きっと大丈夫なんだ」。知識もなく、そう思うしかなかった。 当時、小学校の特別支援学級の教諭として、自閉症などの障害を抱えた子どもたちと向き合っていた。一人ひとりの個性や、その日の気分や体調に合わせて指導を組み立てる仕事を続けて約30年。どんなに経験を積んでも一筋縄ではいかない。難しくもあり、やりがいもあった。 長く休めば周りに迷惑をかけると思ったが、やむを得ず3カ月の病気休暇をとることにした。仕事の整理や引き継ぎに追われた。病気についてほとんど調べる余裕もないまま、手術の日を迎えた。 患者数が極端に少ない「希少がん」との長い付き合いが、始まった。>患者数が極端に少ない「希少がん」との長い付き合いが、始まった。 胸腺腫の罹患率について調べてみました。胸腺腫は、国内では人口10万人あたり0.44~0.68人が罹患(りかん)すると推計されています。胸腺がんは、胸腺腫よりもさらに発生率が低く非常にまれな疾患です。 私が罹った軟部肉腫は、推定罹患(りかん)率が10万人に3.6人で、これでも稀な罹患率と言われました。 胸腺腫はこれの10分の1。ネットなんかでも、患者さんの体験記などを見つけるのは容易ではないかもしれません。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/27
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【2016年2月26日(金)】 粒子線治療後の10回目の月イチ経過観察の日で大阪府下のM病院に行きました。一部、日記投稿と重複しますが、経過観察の様子です。 今回も血液検査だけで、CTはありません。 10時半ごろ採血してもらって、診察は11時半前でした。 今までお世話になったY先生が転勤され、H先生の最初の診察でした。淡々とした話し方の先生で、ちょっととっつきにくい感じ。Y先生からは引き継いでおられるでしょうが、私からも粒子線医療センターとのやりとりを中心に経過を説明し、前回粒子線センターに送った情報、それに対する粒子線センターからの所見のコピーを渡しました。 血液検査の結果です。 血液検査で一番気になるのは、照射の副作用で腎不全方向になっていないかどうか。クレアチニンは、前回(1ヵ月前)が1.51に対し、今回1.53。誤差の範囲で、ほぼ横ばいと言えるレベルでした。同じく腎機能を見る指標、尿素窒素は前回14に対して19と大きくなってしまいましたが、上限値を超えて21となった前々回に比べたら低く、上限値以下で留まってくれています。尿酸値は7.9。前回6.9と上限値以下だったのが、上限値を超えてしまいました。しかし、腎盂癌での片腎摘出後の最大値が8.9、粒子線治療後の最大値が8.3ですので、それらよりはまだ小さい値です。痛風も起こっていませんので、様子見です。 これらをグラフにしたのが下記です。クレアチニンは、徐々に高くなっていますが、透析が必要なレベルは5とからしいですから、まだまだ大丈夫です。このままサチッってくれることを祈るばかりです。 炎症時に高くなるCRP値は、0.14と上限値以下ですが、癌罹病前は限りなくゼロに近かったですから、それに比べると高いままです。まだ体の中で何か反応があるのでしょう。 粒子線治療や癌とは直接関係ないのですが、もともとコレステロールや中性脂肪が高ったので、いっしょに見てもらっています。中性脂肪は上限値以下になりましたが、総コレステロールが少し高いままです。食事には十分注意しているつもりですが、何故高いのか分かりません。腎臓摘出後、総コレステロールもLDLコレステロールも非常に低い時期がありますが、この原因は分かりません。カロリーを非常に気にして、社員食堂の昼食で、小鉢物しか食べないとかの努力をしていた時期ではありました。もう一度そんなことにもチャレンジしたほうがいいのかもしれません。 次回はCT検査の回です。今までは、CT検査を受け、その翌週血液検査&面談ということで、2回来ないといけなかったので、「片道1時間半は大変なので、検査と面談を同じ日にできませんか?」と頼んでみました。物理的には可能とのことで、次回は4月1日に、CT検査、血液検査、面談まとめて一日でやっていただけることになりました。時間もセーブできます。交通費も助かります。 面談後少し待って、いつものS先生にCVポートフラッシュをしていただきました。S先生もこの7月に転勤とのこと。私がM病院に初めてお世話になったのは、2012年2月の腎盂癌手術のときですから、ちょうど4年前になります。この病院の泌尿器科医師3人体制(部長含む)です。私がお世話になったから、部長先生は替っていませんが、No.2先生は、今回のH先生で3人目、No.3先生もS先生で3人目です。入れ替わりが早いです。S先生曰く、「部長も近々交替」とのこと。派遣元の大学病院の泌尿器科の教授だったか医長さんが替ったために総入れ替えということらしいです。会社と同じですね。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村 _________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/26
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【2016年2月26日(金)】 朝、車をf出したとき、車のフロントガラスは凍っていなかったのですが、気温はゼロ度でした。また寒さが戻って来ました。 今日は、粒子線治療後の1ヵ月に一度の経過観察で、大阪府下のM病院に行ってきました。10回目です。今回も血液検査だけで、CTはありません。 10時半ごろ採血してもらって、診察は11時半から。時間があります。この2月で61歳になって、厚生年金の受給資格が発生し、3月からM社健康保険組合のOB用健康保険に入ることができるので、現在手続き準備中です。その手続きについて質問があったので、M社健康保険組合に電話しました。長女の住民票が添付書類として必要かどうかが分からなかったからです。結局、扶養対象でなければ、必要ないといのこと。それなら必要な書類は全部そろったことになります。M社の健康保険組合は、M病院と同じ敷地内にあるので、今から持参してもいいかと聞いたらOKとのこと。担当の方にお会いし、書類をチェックしてもらったところ、今のところはこれでOK。これで手続きを進めておきますとのこと。あと、協会健保の資格停止証明が発行されたら、それを送れば手続き完了。To do の項目一つ完了です。 11時半前に診察。今までお世話になったY先生が転勤され、H先生の最初の診察でした。淡々とした話し方の先生で、ちょっととっつきにくい感じ。Y先生からは引き継いでおられるでしょうが、私からも粒子線医療センターとのやりとりを中心に経過を説明し、前回粒子線センターに送った情報、それに対する粒子線センターからの所見のコピーを渡しました。 血液検査の結果、クレアチニンは、前回よりほんの少し高くなっていましたが、ほぼ横ばいと言えるレベルでした。ほっと一息です。 次回はCT検査の回です。今までは、CT検査を受け、その翌週血液検査&面談ということで、2回来ないといけなかったので、「片道1時間半は大変なので、検査と面談を同じ日にできませんか?」と頼んでみました。物理的には可能とのことで、次回は4月1日に、CT検査、血液検査、面談まとめて一日でやっていただけることになりました。時間もセーブできます。交通費も助かります。 面談後少し待って、いつものS先生にCVポートフラッシュをしていただきました。S先生もこの7月に転勤とのこと。私がM病院に初めてお世話になったのは、2012年2月の腎盂癌手術のときですから、ちょうど4年前になります。この病院の泌尿器科医師3人体制(部長含む)です。私がお世話になったから、部長先生は替っていませんが、No.2先生は、今回のH先生で3人目、No.3先生もS先生で3人目です。入れ替わりが早いです。S先生曰く、「部長も近々交替」とのこと。派遣元の大学病院の泌尿器科の教授だったか医長さんが替ったために総入れ替えということらしいです。会社と同じですね。 病院最寄駅近くの、天下一品で「こってりラーメン」の昼食。午後2時には自宅に戻ることができました。病院往復で5000歩以上歩いているので、ワンちゃん散歩だけで終わり。****************************************************2016年2月6日(土)妙心寺玉鳳院・真如寺#3「京の冬の旅」で、先日アップした、妙心寺塔頭天球院、霊雲院に続き、2月6日に妙心寺玉鳳院と真如寺を二人で訪れました。妙心寺玉鳳院の3回目です。◆枯山水庭園 蓬来式の枯山水庭園(史跡名勝)は、渡り廊下を挟んで大きく南北に分かれ、北側には枯滝や石組、南側にはー面の白砂に松や敷石加配された庭が広がる。 関山慧玄が亡くなった場所であるという井戸「風水泉」や、蓮の葉の台石に乗せられた棗(なつめ)型手水鉢がある。◆境内 境内には、夭逝した豊臣秀吉の長男・鶴松(棄丸)の像を祀る霊屋「祥雲院殿」が建ち、またー角に武田信玄・勝頼の石塔、織田信長・信忠の石塔が残る。南庭(向唐門前) 南庭(四脚門前)関山慧玄はこの井戸「風水泉」のある場所で亡くなったという。蓮の葉の台石に乗せられた棗(なつめ)型手水鉢夭逝した豊臣秀吉の長男・鶴松(棄丸)の像を祀る霊屋「祥雲院殿」と北庭武田信玄・勝頼の石塔、織田信長・信忠の石塔が残る平唐門(四脚門)(重文)向唐門玉鳳院前の蓮池ご朱印(続きます)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/26
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【2016年2月26日(金)】 今日は粒子線治療終了後の1ヵ月に一度の経過観察診療で大阪のM病院にバスと電車で行ってきました。 病院最寄り駅からはシャトルバスを使わず歩き、往復で7000歩強でした。ですのでご近所散歩は今日はなし。ワンちゃん散歩は今から行くので、今日の歩数は合計で7500歩くらいでしょう。 昨日、下の2月14日撮影の写真を「カンツバキ(寒椿)」とご紹介しました。 これをアップ後、「みんなの花図鑑」サイトで、私の投稿に下記のサイトの花に似ているのではないですか?との書き込みをしていただいた方がいらっしゃいました。http://www.nagominoniwa.net/blog2/2010/03/post_272.html その写真が下記です。「ツバキ」の「御車寄」(ミクルマヨセ)という品種です。確かに花も葉もそっくりです。「御車寄」(ミクルマヨセ) 「カンツバキ」とされる写真は例えば下記です。 断定はむつかしいですが、「ツバキ」の「御車寄」に訂正させていただきます。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/02/26
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2016年02月25日 京都新聞HP 「黒谷さん」と親しまれる京都市左京区の金戒光明寺は25日、檀信徒や関係寺院から持ち込まれた仏壇、仏具などを焚(た)き上げる「浄焚(じょうぼん)式」を境内で営んだ。 使わなくなった仏壇をはじめ、遺影、位牌(いはい)、塔婆(とうば)などを引き取り、宗祖法然の月命日に当たる同日に焼いている。残った灰は境内に埋めて土に返すという。 午前11時半に始まった。寒風の中を僧侶が念仏を唱えて点火すると、煙と炎が舞い上がった。芳井秀教執事長(79)は「長年拝んだ仏壇の処理は誰もが迷う。焼いて極楽浄土に送ってあげるのが一番いい」と話した。仏壇や仏具を焼いた金戒光明寺の浄焚式(京都市左京区)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/26
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2016年02月25日 京都新聞HP 京都市埋蔵文化財研究所は25日、中京区押小路通河原町西入ルの市役所北側の発掘調査で、江戸時代中期から後期にかけての「妙満寺」の本堂跡が見つかったと発表した。同寺が移転する前の場所で本堂跡がよい状態で残り、大火のために再建を繰り返した本堂の変遷がうかがえる。 安珍・清姫ゆかりの鐘や「雪の庭」で知られる妙満寺は1389年の創建。同寺は幾度も兵火に遭い、数度場所を移していて、安土桃山時代には豊臣秀吉の京都改造で寺町に集約された。1968年には岩倉に移転している。 今回の調査地は、寺町時代にあった妙満寺の跡。天明の大火(1788年)の後に再建され、幕末の禁門の変(1864年)によるどんどん焼けで焼失するまでの本堂跡が確認できた。 本堂跡は東西16メートル、南北10メートルで、建物中央には本尊を置いた「須弥壇(しゅみだん)」を示す柱穴があった。堂内の「内陣」と「外陣」を分ける柱穴もはっきり残る。建物基壇の周りにめぐらせた縁に石を埋め込んだ跡もきれいに出ている。境内には火災で焼けた多くの瓦を埋めた穴もあった。 妙満寺は、江戸時代の寛永、宝永年間にも火災に見舞われている。埋文研は「掘り進めれば、さらに前や創建時の遺構も出てくるだろう。寺町や妙満寺の変遷を知る上で重要な成果だ。同じ場所で再建を繰り返した妙満寺は財力があったのではないか」とみている。 現地説明会は27日午前10時~11時半。当日のみ現地携帯電話090(2064)2199。妙満寺跡で確認された本堂の「須弥壇」などの遺構(京都市中京区・市役所北側)=上=よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/26
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2016年02月23日 京都新聞HP 国宝の建造物の棟数は京都府が1番! 今月、石清水八幡宮(八幡市)の本殿などの国宝昇格で一気に10棟増えて京都府内は72棟となり、奈良県の71棟を抜いて全国1位に躍り出た。ただ、件数では奈良県(64件)に次いで京都府(51件)の2位は変わらぬまま。国宝数の実態を示すのは棟数だが、件数でもトップを目指して、さらなる国宝昇格が期待されている。 神社仏閣などで指定された建物件数の中で、指定時期が違うと件数が分かれたり、一つの施設が複数の国宝を持つ場合は棟数を分けたりするため、棟数のほうが実態が分かるとされる。昨秋の文化審議会の答申を受けた今月9日の官報告示では、京都から石清水八幡宮で1件10棟が正式に国宝に指定された。 石清水八幡宮の現在の社殿群は1634年の造営。国内最大の「八幡造」の建物で本殿や楼門、廻廊(かいろう)、摂社武内社本殿、瑞籬(みずがき)、幣殿および舞殿、東門、西門が国宝に昇格。今回指定がなかった奈良県の棟数をわずかに1棟上回った。 府内では、2014年にも西本願寺(浄土真宗本願寺派本山、京都市下京区)の御影(ごえい)堂と阿弥陀(あみだ)堂が昇格して西本願寺の国宝建造物は計8棟になったばかり。府教委文化財保護課は「石清水八幡宮社殿の10棟まとめての国宝指定は全国的にも極めて異例だった。04~11年度にわたる社殿の保存修理事業を契機とした調査が実を結び、一気に国宝昇格に結びついた。今後も府内の文化財の重要文化財指定が進み、さらに国宝へ昇格できるように努力していきたい」と話している。本殿など、境内の建物10棟が一斉に国宝へ昇格した石清水八幡宮(八幡市) よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/26
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2016年02月25日 京都新聞HP 梅を愛した菅原道真の命日に遺徳をしのぶ「梅花祭」が25日、京都市上京区の北野天満宮であった。神事とともに、恒例の茶会が催され、参拝者は見頃を迎えた梅の花をめでながら野点(のだて)を楽しんだ。 本殿では平安時代から続く神事が行われた。天満宮に仕えた人の子孫でつくる「七保会」の会員が、米を蒸して大小の台に盛った「大飯(おおばん)」と「小飯(こばん)」、和紙を筒状に整えて玄米を入れて紅白の梅の小枝を差した「紙立(こうだて)」を神前に供えた。 境内では、安土桃山時代に豊臣秀吉が催した「北野大茶湯」にちなむ茶会が開かれ、参拝者や外国人観光客らが上七軒歌舞会の芸舞妓のもてなしを受けた。北区の小林美智子さん(72)は「芸舞妓さんが華やかで、快晴のもとでお茶をいただき最高でした。梅の甘い香りも漂い『東風(こち)吹かば』でした」と話していた。 境内には約1500本の梅の木が植わる。梅園(有料)は3月下旬まで。梅の花が見頃を迎えた境内で、上七軒の芸舞妓の茶のもてなしを受ける参拝者ら(25日午前10時、京都市上京区・北野天満宮)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/26
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2016年02月25日 京都新聞HP 京の花街で、祇園甲部の春の舞踊公演「第144回都をどり」(4月1~30日)のプログラム用の写真撮影が25日、京都市東山区の祇園甲部歌舞練場であった。芸舞妓が楽屋で演目に合わせた鮮やかな衣装に袖を通し、舞台に上がった。 今年の演題は「名所巡四季寿(めいしょめぐりしきのことぶき)」で、京の社寺や近隣県の名所を舞台にした四季折々の全8景。期間中計94人が出演する。 第2景「城南宮枝垂梅香(しだれうめのか)」では春の到来を感じさせる舞が披露される。第5景「落窪姫末繁昌(おちくぼひめすえのはんじょう)」は、シンデレラを想像させる古典に基づいたストーリー。第7景「三千院雪見風流(ゆきみのふうりゅう)」ではしっとりとした舞をみせ、フィナーレは白鷺城を背景にした総をどり「姫路城桜霞(さくらのかすみ)」で華やかに締めくくる。 期間中は午後0時半、2時、3時半、4時50分の4回公演。2500~4800円。学割千円。祇園甲部歌舞会TEL075(541)3391。鮮やかな衣装を身に着け、カメラに笑顔を見せる芸舞妓ら(25日午前10時50分、京都市東山区・祇園甲部歌舞練場)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/26
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2015年10月31日の記事≫ 大腸に大量のポリープができる「家族性大腸腺腫症」(FAP)は、がん抑制遺伝子の「APC」に、生まれつき変異のある人がなる病気だ。国内の患者数は7千人ほどと推定されている。 この変異は、親から子に2分の1の確率で遺伝する。また、両親ともに遺伝子が正常なケースでも、まれに受精卵の段階でこの変異が起きることがある。 APC遺伝子は一つの細胞に2個ずつあり、両方が変異すると、小さなポリープができる。このポリープが大きくなると一部ががん化する。 一つの細胞で両方のAPC遺伝子が変異する確率は低く、一般の人では40、50代で大腸に1、2個ポリープができる程度だ。しかし、家族性大腸腺腫症の患者はすべての細胞で初めからAPC遺伝子が1個変異しており、残り1個の遺伝子に変異が起こるだけでポリープの原因になる。 このため、10代半ばから大腸などに大量のポリープができる。大腸に100個以上のポリープがあることがこの病気の診断の目安で、遺伝子検査で確かめる。患者は十二指腸や胃にもポリープやがんができやすい。 治療の基本は、大腸を取って小腸を肛門(こうもん)につなげる手術だ。症状によっては直腸を残す場合もあるが、直腸にもがんができやすい。大腸の切除手術後、小腸の一部が大腸の役割を果たすようになると、小腸にがんができる危険が高まるとされる。 連載で紹介した大阪府の会社員の男性(30)は、石川消化器内科(大阪市)の石川秀樹院長(55)から大腸を取らずに内視鏡でポリープを取り続ける治療を受けている。この治療法は数カ月から1年に1回程度、定期的に受けなければならない。大腸を取らないので、普通の人とほぼ同じように生活できる利点がある。 石川さんが特任教授を兼務している京都府立医科大や、国立がん研究センターが中心となって、患者220人を対象に、この治療法が大腸がんを防ぐ効果があるか調べる臨床試験を進めている。 治療期間が長期にわたるため、患者らは治療費が助成される難病指定を厚生労働省に求めている。大腸がんができる仕組み>大腸の切除手術後、小腸の一部が大腸の役割を果たすようになると、>小腸にがんができる危険が高まるとされる。 そういえば「小腸がん」って聞きません。あるのでしょうか。調べてみました。 国内では、記録に残っているもので1,000例以下といわれるほど稀ですが、あるようです。何故稀かというと、大腸と違って食べ物の通過が早いことから、発がん性物質に触れる時間が短いこと、また小腸の粘膜は新陳代謝が盛んなため、がんが発生してもすみやかに排除されることなどが挙げられるとのことです。 やはり、発がん性物質は怖いということですね。それから便秘も大腸がんの原因になるということでしょうか。新陳代謝を活発にすることが大切ということになるでしょうか。便秘と大腸がんについては、次のような記事を見つけました。便秘だからといって大腸がんになりやすいというわけではなさそうです。http://www.iiharaiin.com/add_cpi_cancer0.html 大腸癌と便秘について 従来より、慢性の便秘の人に大腸癌が多いのではないか、と信じられていました。便中の有害物質、発ガン物質と腸粘膜がふれあう時間が長くなるためです。便通が毎日でないと「このままでは大腸癌になるのではないか」と心配して、毎日のように下剤を服用する方も少なくありません。便秘は大腸癌になりやすい? 厚生労働省研究班より2007年はじめの新聞で、「便通が2~3日に1回と便秘がちでも、大腸がんになる危険度は特に高まらない」と発表されました。40~69歳の男女約6万人を1993年から平均約7年追跡し、便通の回数や状態とがんの発症に関係があるかを調べたのです。 その結果、排便が週に2~3回の人も、日に2回以上の人も、毎日1回の規則的な人と比べてがんの発症の危険度に差はなかった、とするものです。気にしなくてもよい?便秘 「むかしから便秘で週に2回しかでません。」という人は気にしなくてもよいと思います。腹部膨満感、食欲不振、全身倦怠感、腹痛、頭痛、めまいなどを自覚していなければ、気にする必要はありません。もちろん、あわせてお腹がよく痛んだり、便に血が混じる場合には消化器内科、肛門科などの受診が必要です。気にするべき便秘 問題となるのは、便の習慣が変わってきたときです。「5年前までは毎日でていたのが最近は3日に1回になった」、あるいは「以前はあまりお腹が痛くならなかったのに、最近はトイレへ行く前後に1時間痛みます」という場合です。また、便秘の間に下痢が繰り返しおこるときも心配です。 また、「便通が週に1回しかないような重い便秘」や、「逆にずっと下痢が続く場合」は、がんだけでなく別の病気の可能性も考えられます。早期に医療機関を受診すべきです。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/26
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【2016年2月25日(木)】 朝は、雲ひとつない晴天でしたが、冷え込んで1度でした。午後から、雲が多くなり、風も冷たく、少し冬に逆戻りしたようです。****************************************************2016年2月6日(土)妙心寺玉鳳院・真如寺#2「京の冬の旅」で、先日アップした、妙心寺塔頭天球院、霊雲院に続き、2月6日に妙心寺玉鳳院と真如寺を二人で訪れました。妙心寺玉鳳院の2回目です。◆方丈 檜皮葺(ひわだぶき)屋根の寝殿風の方丈は、明暦2年(1656)に建てられたむので、内部は狩野永真(安信)筆と伝わる「麒麟図」「竜図」「山水図」、伝狩野洞雲(益信)筆の「秋草図」など、各室ごとに異なる画題の襖絵で飾られ、方丈の奥には花園法皇木像が安置される昭堂がある。檜皮葺の屋根や高欄が美しい方丈各室ごとに異なる画題で方丈を飾る狩野派絵師の襖絵墨の濃淡で迫力ある竜を描いた、伝狩野永真(安信)筆の方丈襖絵「竜図」◆開山堂(重文) 方丈と渡り廊下で結ばれた開山堂「微笑(みしょう)庵」(重文)は、開山・関山慧玄を祀る妙心寺山内現存最古の建物である。軒下の重厚な組物も見事な室町時代中期の唐様建築で、奥に開山像を祀る「享堂」がある。手前には珍しい形の妙心寺型石灯龍が据えられ、蘇鉄の木が植えられている。室町時代に建てられた四脚門(重文)もみどころである。開山堂開山堂「微笑庵」の堂内には絶やすことのない常夜灯と常香盤がある。玉鳳院型燈籠とソテツの木方丈と開山堂は廊下で結ばれている(続きます)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/25
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【2016年2月25日(木)】【訂正】下記のように「カンツバキ」としましたが、ツバキの「御車寄」という種のようです。訂正したものを投稿しました。⇒こちら 今日は一人でご近所散歩。朝、雲一つない晴天でした。昼から曇ってきたものの、暖かいだろうと思いはしたのですが、帽子と手袋をしていきました。正解でした、思いのほか風が冷たかったです。春が少し足踏みしているようです。 写真は2月14日撮影の「カンツバキ(寒椿)」@ご近所散歩。 ツバキの八重咲きか、サザンカかと思って、「みんなの花図鑑」サイトで質問してみましたが、そうではないようで、「カンツバキ」という回答が多数を占めました。色々調べた結果か、やはり「カンツバキ」だと判断しました。「タチカンツバキ」というご意見もありましたが、木の高さが分からないため、なんともいえません。「タチカンツバキ」かもしれません。 八重咲きのツバキは、それはそれであるようです。 「ツバキ」という名がついていますが、「サザンカ」に近いようです。花の散り方も、サザンカのように花びらが1枚1枚散るようです。サザンカに比べ、枝が横に広がる傾向があります。しかし、枝が上に伸びる、カンツバキもあり、それが「タチカンツバキ(立ち寒椿)」(「獅子頭」とも)です。このように実際のところカンツバキとサザンカを区別するのはむつかしいようです。花びらがしわしわなのがサザンカで、そうでないのがカンツバキというネット上の説明もあります。 カンツバキは日本固有種です。 「みんなの花図鑑」サイトで花の名前の質問に、ご回答をいただいた花華さんkayu-さんよっちゃん×3さん秀さんだよさんken0さんHANAさんももこさんLADYBIRDさんMAYU的さんオレちゃんさんEくんさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/02/25
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2016年2月29日の行事案内です。いよいよ春、3月です。ひなまつりや桃花神事が各所で行われます。●2月29日(月)・醍醐市・五重大塔納経法要/醍醐寺●3月1日(火)・ひなまつリ/宝鏡寺 ・涅槃図公開(~3/31)/真如堂 ・春の人形展(~4/3)/宝鏡寺宝鏡寺ひなまつり●2日(水)・安楽寺くさの地蔵縁白/安楽寺・関白忌/平等院●3日(木)ひな祭り・ひいなまつリ/市比賣神社 ・桃花祭/石清水八幡宮・桃花神事/上賀茂神社・貴船神社・流し雛/下鴨神社・春桃会(もものほうえ)*参拝無料/三十三間堂・開山忌/萬福寺●5日(土)・玄奘三蔵会/清水寺 ・梅小路公園手づくリホ/梅小路公園●6日(日)・梅産祭/梅宮大社 ・祈年祭/水火天満宮・小町手づ<リ市/隨心院・ガラクタ市・手作り市/東寺・北山クラフトガーデン/京都府立陶板名画の庭◆桃花神事 (3/3 11:00~) 貴船神社貴船神社の年中行事の中でも特に大切に執り行っている五節供のひとつ、「上巳の節供」が行われる。神事の後、お供えする神饌の説明が受けられる。・土砂加持法要(上旬)/仁和寺よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/25
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2016年02月24日 京都新聞HP 「目玉の松ちゃん」の愛称で親しまれた日本最初の映画スター、尾上松之助(1875~1926年)の胸像が京都市左京区下鴨の鴨川公園に建立されて今月、50年を迎えた。3月6日に同公園で記念式典が開かれるのを前に、23日から同区役所で松之助の生涯を振り返る展示が始まった。 松之助は岡山県出身。生涯に約千本の映画に出演したとされる。最晩年の25年には、警視庁巡査の初任給が45円の時代に、1万3600円を社会福祉事業資金として府に寄付した。 府は資金を元に、低所得者を対象とした住宅を建設。住民が資力を得ると、新たな入居者に交代したことから「松之助出世長屋」と呼ばれた。66年2月には、府が社会福祉に尽くした功績をたたえるため同公園に胸像を作った。 胸像建立50年を記念し、NPO法人京都映画俱楽部(右京区)と尾上松之助遺品保存会(下京区)が、3月6日午前10時半から式典を開く。映画人たちが集まり、松之助を回顧する。 式典に先立ち、松之助の生涯を知ってもらおうと、保存会が左京区役所で展示会を企画した。主演映画撮影時の光景、京都大(左京区)や豊国神社(東山区)での野外劇の様子のほか、葬列のひつぎを見ようと集まった群衆を収めた写真パネルなどが並ぶ。また関東大震災直後に、被災者に野外劇を披露した際に贈られた感謝状などもある。 保存会の松野吉孝代表(63)は「松之助は映画に出演するだけでなく、社会貢献に努めた人だったと知ってもらえれば」と期待する。25日まで。入場無料。鴨川公園に立つ松之助の胸像。建立されて50年を迎えた(京都市左京区下鴨)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/25
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2016年02月24日 京都新聞HP 地域の少年が数え年で15歳になったことを祝う「幸在(さんやれ)祭」が24日、京都市北区上賀茂地域で営まれた。笛やかねの音に合わせ「あがり」と呼ばれる2人が、太鼓を打ち鳴らし地域を練り歩いた。 幸在祭は江戸初期には行われていたとされ、大人の仲間入りを神々に報告する行事。地域で結成する7保存会が継承している。 今年の「あがり」はいずれも加茂川中1年の田辺宏太さん(13)と山口楓斗さん(13)。2人は黒足袋に大島紬(つむぎ)の羽織、白の襟巻き姿で参加した。独特の節回しで「おめでとうござる」とはやす子どもや、笛やかねを演奏する大人と隊列を組んだ。 2人は、大田神社でおはらいを受けた後、粉雪の舞う中、社家の町並みを歩いた。上賀茂神社では太鼓を頭上に掲げて演奏し、今後の無事を祈った。 山口君は「夢はバスケットボール選手なので、いっそう練習に励みたい」、田辺君は「具体的な目標はないが、世の中の役に立つ生き方をしたい」とそれぞれ抱負を語った。。大島紬の羽織に白い襟巻き姿で、太鼓を高く掲げて打ち鳴らす「あがり」の少年(京都市北区・上賀茂神社)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/25
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2015年10月30日の記事≫ 「いつがんになるかわからない」。その不安が、頭から離れなかった。家族性大腸腺腫症になった大阪府の会社員の男性(30)は、2009年にポリープを取る治療を受け始めたものの、精神的に不安定な状態が続いた。 最初の診断から約3年たった11年、一度だけ参加した患者会が、立ち直るきっかけになった。 会では、ほかの患者から「大腸を取ってからが一人前だよ」と言われた。標準治療で大腸を摘出してからの苦労が大きいからだ。この言葉に男性は「大腸を取らなくても、大変なのに」と反発した。周りの患者たちを見ていると、マイナス思考に陥っている自分の姿と重なっているように感じた。 そして、無数のポリープを取り続けてくれている石川消化器内科院長の石川秀樹さん(55)のことを思った。「後ろ向きな自分の態度は失礼だ」。かりに長く生きられない運命だとしても、悔いを残さないようにしたい。そう思いながらできずにいたが、このときは素直に受け入れられた。 やりたいことは何でもやっておこうと、オートバイの大型免許を取った。九州1周や故郷の福島県までの旅路を楽しんだ。 男性は今年9月下旬、二十数回目になる大腸のポリープを取る治療を受けた。その日、内視鏡で取ったのは175個。治療を受け始めたころは後で腹が痛くなったり、食事ができなくなったりしたが、最近は体が慣れたのか、平気になった。 10月からは新たな臨床研究に参加している。ポリープの発生を抑える効果があるとされるアスピリンなどを飲むことで、病気の進行を遅くできるかどうかを確かめる研究だ。 「病気について新しいことがわかるのなら、自分の体を使ってほしい」。ポリープを取る間隔をこれまでより長くできるかもしれないという期待もある。 子どもに同じ思いをさせたくないし、自分もいつ死ぬかわからない。そんな状態で結婚や子どもを望むのは無理だろうと、あきらめている面がある。だからこそ、「自分が生きた証しを何か残したい」と強く思うようになった。 その何かを見つけることが、いまの目標だ。愛車に乗る男性=大阪府内で>10月からは新たな臨床研究に参加している。>ポリープの発生を抑える効果があるとされるアスピリンなどを飲む>ことで、病気の進行を遅くできるかどうかを確かめる研究だ。 アスピリンのポリープ抑制効果の新聞記事は読んだことがあります。私のブログでも新聞記事を紹介したことがあります。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201512010003/>やりたいことは何でもやっておこうと、オートバイの大型免許を取った。 この気持ちは同じです。「がん」を経験して、その思いがより強くなりました。この記事に方は30歳。私は61歳。私は「やりたいことは何でもやっておこう」と言いやすい年齢ではありますが。 回りを見ますと、同年齢の人はフルタイムで仕事をされている方がほとんど。まぶしくはあります。しかしフルタイムの仕事に戻ると後悔さえしそうです。贅沢さえしなければ、フルタイムでなくても、やっていけそう。「一粒で二度おいしい」というグリコの宣伝文句がありました。私はこれで行きます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/25
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【2016年2月24日(水)】 後腹膜脂肪肉腫に罹り、抗がん剤治療に続き粒子線治療を受けました。現在、経過観察中です。 ちょうど1年前、抗がん剤治療後、次の治療として、セカンドオピニオンで知った粒子線治療を受けることを決めました。 この日は、治療を受ける兵庫県粒子線医療センター(以下HIBMC)での初回診察の日でした。2015年2月24日の日記からです。================================================【2015年2月24日】■兵庫県粒子線医療センターでの初診 治療日程決定 今日は、重粒子線治療に向けてのHIBMCでの初診です。受付時間を12時にしていただいていたので、セカンドオピニオンのときのように特別な早起きをする必要はありませんでした。8時過ぎに家を出て、向こうに着いたのが11時40分過ぎ。片道3時間半です。セカンドオピニオンのときのように診てもらうまで時間がかかるのかと思いましたが、今日は12時過ぎに診察いただけました。 今日も院長先生です。先生「どうされますか?」あれ?重粒子線治療をする決心をしたことは伝わっていると思ったけど。私「ここで重粒子線治療をお願いします。」先生「切除の方が再発リスク低いですよ。粒子線治療は腎不全のリスクもありますよ。」ええっ?! 不安を煽るようなことをおっしゃる。私「切除でも再発リスクは10~50%なので同等だと判断しました。 切除するなら透析になるので、腎不全で透析になっても同じです。 それなら、お金はかかりますが、腎臓が温存できる可能性のある、あるいは腎臓が 温存できる期間が少しでも確保できるということで、粒子線治療を選択しました。」先生「5年制御率は70%です(再発率30%)。切除したら最初から透析ですものね。」ひょとしたら、ネガティブなことを言って、覚悟を確かめたかったということかもしれません。「腎臓は全然動かないわけではないので、オチンチンのところから金属マーカーを腎臓ところに入れて、それで位置出しをしたほうがいいかもわかりません。」 最初、「どうされますか?」と聞かれたのでアレっと思ったのですが、実際には事前に検討してもらっていたのかもしれません。「マーカーを置くかどうか、専門の先生の判断が必要です。でも今日はその先生がいないので、予約をしてください。」 えぇ!? 余分の手術というかプロセスで、また片道3時間半来ないといけないのですか?治療開始もさらに遅れるし。 先生が電話で別の先生を呼んで、画像を見ながら相談してくれました。 その先生曰く、「腎門部にはかかっていないので、そこまでしなくていいのではないですか。CTで実際に動いているか見てみてからでもいいのでは?」 結局、マーカー設置はとりあえずなしということになりました。 次いで、先生がポートアイランドの医療機関でのPET-CTを予約してくださいました。3月3日。なかなかすぐには空きがないようです。その後の日程は、看護師さんから説明しますとのこと。 この前M病院でCVポートのフラッシュ(詰まらないように液を流す)をやってもらったのは1ヵ月前になるので、今日お願いしてみました。M病院同様、看護師さんはやる資格がなく医師がしないといけないようで、院長先生自らフラッシュをしてくださいました。先生「看護師さんのほうが上手なのにな。変なルールだね。」と言いながら。 聞いてみたら、やはり1ヵ月1回程度フラッシュはしたほうがいいとのこと。看護師さんや担当の事務の方々から日程や入院、費用の支払いの説明などがありました。3月3日 PET-CT(ポートアイランド)3月4日 通院検査や身体の固定具作製3月5日 通院検査3月10日 治療計画説明など(通院)3月11日 リハーサル3月12日~ 入院 5~6週間 午後2時ごろ向こうを出ましたが、途中買い物をしたので、ちょっと遅くなって帰宅は午後6時。これで日程が決まりました。 今日も確認しましたが、入院しても金曜日の夕方自宅に戻って、月曜日の朝にセンターに戻るというようなことも可能とのことですし。入院までのフリーの日は10日間しかありません。平日にしかできないようなことは、できるだけやっておかねばなりません。忙しくなります。 会社に頼んでおいた雇用契約書のコピーがメールで届きました。契約更改は「可能性がある」と表現されています。契約更改要求して会社が更改しないとなれば、失業給付期間は長くなります。会社が更改しますといって、私から辞めますといえば給付期間は短くなります。ただし疾病が原因なので、待機期間(もらえない期間。普通は3カ月)はなしになると思います。会社から更改しませんとは言ってこないと思うので、私から辞めますということになると思います。この辺もどうするのか近々決めていかねばなりません。 写真は、庭のスノードロップです。白い花が下に向かって咲くので、この名前がついているのでしょう。我が家の庭も、少しずつにぎやかになってきました。スノードロップ@自宅庭以上 2015年2月24日(火)の日記でした。================================================これで、粒子線治療日程が決まりました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/24
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【2016年2月24日(水)】 今日は、また寒さが戻りました。 京都一人歩きでした。「京都市内全寺社巡り」の伏見区の24日目。その様子は、下記の「全寺社巡り」日記のほうにアップしました。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201602240004/ これで、伏見区の全寺社巡りがようやく終わりました。上京区から初めて、中京区、下京区、南区、そして伏見区が終わりました。 振り返ってみます。 「京都市内全寺社巡り」を始めたのは、M社をリストラで早期退職した翌年2013年の1月でした。当時、当面再就職するつもりはなく、時間も十分あるのでチャレンジをスタートしました。 2013年1月31日~ 上京区(のべ16日 139.3km) 2013年3月7日~ 中京区(のべ8日 74.7km) 2013年4月、結局N社に再就職し、ペースダウン 2013年4月3日~ 下京区(のべ11日 88.9km) 2013年8月11日~ 南区 (のべ5日 55km) 2013年11月16日~ 伏見区(のべ24日 269.5km)(2014年7月~2016年1月は「がん」治療・療養のため中断) 合計 のべ64日 627.4km 1日平均 9.8km 次は山科区に挑戦。あと、東山区、左京区、北区、右京区、西京区と続けていきます。1週間に一度のペースで、果たして何日かかるでしょう。難関は、左京区、北区、右京区が北のほうにやたら面積が広いことです。一応、2017年末までにと目標を置きましょう。 写真は、今日のウォーキングの昼食、王将山科店での「揚げそば」。伏見区踏破のごほうびにビールもいただきました。毎回ですが。 帰りに、阪急桂駅の市役所の出張所で、厚生年金支給請求書に添付する住民票や家内の所得証明書をもらってきましたが、戸籍は三重県なので、戸籍謄本や抄本は三重県のほうに請求しなければならないことに気が付きました。うっかりしていました。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/24
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【2016年2月24日(水)】 今日は、一人京都歩きに出かけました。先週の醍醐寺の下醍醐・霊宝館の続きです。 今までバスで地下鉄五条まで行くか、バス・阪急を乗り継いで烏丸まで行って、地下鉄醍醐まで行っていたのですが、別のバスでJR桂川まで行って、JRで山科まで出て、そこから地下鉄醍醐まで行く方が早いのではないかと気が付き、今日はそれにトライ。ところがタッチの差でバスに乗り遅れてしまい、結局、バス・阪急・地下鉄で醍醐駅まで行きました。 醍醐駅11:20→ ・醍醐寺三宝院 ・頼政道跡 ・長尾天満宮 ・赤間稲荷大神 ・赤間薬師堂 ・薬師如来東半町道標 ・醍醐寺理性院 ・朱雀天皇醍醐陵 ・一音寺 ・愛宕燈明 ・醍醐天皇山科陵 ・弘法大師独鈷水 ・西方寺 ・王将醍醐店で昼食 ・小栗栖瓦窯跡碑・法琳寺跡碑を探すも見つからず →醍醐駅15:00頃 (このルートの歩行距離7.9km) 往きと同じルートで帰ってきました。 ワンちゃんの散歩も含めて、15,500歩でした。 先週上醍醐に行ったときほどではありませんが、疲れました。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/24
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2016年02月23日 京都新聞HP 京都府北中部の芦生の森や八丁平湿原を含む「京都丹波高原国定公園」の新規指定が、23日に開かれた国の中央環境審議会自然環境部会で承認、国に答申された。森林や河川の豊かな生態系に加え、人々の生活と結びついた文化的景観が評価され、環境省は3月下旬に告示する方針。国定公園は全国で57カ所目、府内では4カ所目となる。 指定によって、生態系の維持回復に向けたシカの食害対策や散策歩道の整備などが進められるが、人家が並ぶ里地里山を多く含む指定は珍しく、保全と利用のバランスが問われる「新たな試み」としても注目されそうだ。 指定区域は京都、南丹、綾部3市と京丹波町にまたがる約6万9千ヘクタール。由良川源流域にはアシウスギやブナなどの芦生原生林(南丹市)が西日本屈指の規模で残り、国の天然記念物のニホンカモシカやイヌワシが生息。上中流部は在来魚も多く、八丁平湿原(京都市左京区)には希少な昆虫類や湿地植生が分布する。 歴史的に京都の生活や文化を支えてきた地域でもあり、木材や食糧の供給地となっているほか、周辺にはかやぶき屋根の集落が点在するなど自然林と一体的な景観を形成している。 指定区域内では工作物の設置や土地の形状変更、樹木の伐採などが制限されるが、観光利用を進めるため、京都府は国の助成を受け24カ所で休憩所やトイレを設けるほか、27路線の自然歩道も整備する。芦生原生林で被害が拡大しているシカの食害防止に向け、柵の設置やモニタリング調査にも取り組む。 一方、区域内は、北陸新幹線延伸で検討対象となっている2ルート案が通過する可能性があり、ルート選定時は、環境に影響が出ないよう対応が必要となる。 府は2001年度に指定検討箇所に位置づけ、環境省が候補地に選定。府は植生調査や土地所有者らとの調整を経て、昨年9月に計画書を提出していた。 山田啓二知事は「このエリアの素晴らしさを府民と共有しながら全国に発信し、豊かな自然を守り育てる機運を盛り上げていきたい」とのコメントを出した。アシウスギの巨木が残る京都大芦生研究林(南丹市美山町)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/24
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2016年02月23日 京都新聞HP テーブルで行う茶道の「盆略点前」を首都圏で広めようと、京都市の料理研究家や茶道家が23日、東京都中央区にある市の情報発信拠点「京都館」で、京野菜を使った和菓子とともに茶を振る舞った。 外国人にも親しみやすい盆略点前を2020年の東京五輪、パラリンピックに向けてアピールするのが狙い。京都市下京区の町家カフェ「満月の花」と、茶道家の田中賀鶴代さん(55)、料理家の吉村雅子さん(41)が茶席を設けた。 聖護院かぶらや金時にんじんなど京野菜の色や風味を生かし、甘さを控えた3種の和菓子が用意され、訪れた人たちは和やかな雰囲気の中、点前や茶の味を楽しんでいた。京野菜を使った和菓子を振る舞い、テーブルで楽しむ盆略点前を紹介する田中さん(右)=東京都中央区・京都館よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定1級過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/24
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2016年02月23日 京都新聞HP 特大の鏡餅を持ち上げた時間を競う恒例の「餅上げ力奉納」が23日、京都市伏見区の醍醐寺であった。両手両足に力を込めて歯を食いしばる参加者に、大きな声援が送られた。 「五大力さん」の呼び名で親しまれる法要「五大力尊仁王会」の行事の一つ。不動明王など五大明王に「力」を奉納することで、無病息災などの御利益を授かるとされている。 二段重ねの鏡餅は、男性が150キロ、女性が90キロ。今年は10代~60代の男性36人と女性16人が参加した。 女性の部では、餅を動かせない人が続いた。ようやく持ち上げた参加者に、周囲から歓声が上がり、経過時間がアナウンスされるたびに拍手がわき起こった。5分48秒の記録で優勝した山科区の川辺マキさん(40)は、東日本大震災などを機に東海地方から京都市へ移り住んだ。今回が5度目の挑戦で「京都の人が優しく温かく迎えてくれたので、感謝を込めて持ち上げました」と喜んでいた。男性の部は、大津市の公務員山腰祐司さん(49)が4分25秒で優勝した。巨大な鏡餅を持ち上げる川辺さん(23日午後0時25分、京都市伏見区・醍醐寺)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/24
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2015年10月29日の記事≫ 「家族性大腸腺腫症」と診断された大阪府の会社員の男性(30)は、2009年2月に石川消化器内科(大阪市)を受診した。 この病気は大腸に多数のポリープができる。院長の石川秀樹さん(55)は、次々にできるポリープを切除し続ける治療をしている。 ポリープを取る際には、内視鏡を通して空気を入れ、圧力をかけ、折りたたまれている腸を広げる。強い痛みを感じた。初回は、1時間あまりかけて96個のポリープを取った。男性は痛みに耐えながら、石川さんがポリープを取る様子をモニター画面で見つめた。 「こんなやり方で、何とかなるのだろうか。きりがないのではないか」 そんな思いも頭をよぎったが、大腸の全摘手術は避けたかった。手術を「先延ばし」にするため、この治療を続けることにした。 通常の治療では1年ほどの間隔でポリープを切除すればよいが、男性の場合はポリープの成長が速く、3、4カ月に1回通う必要があった。最初のころは治療後2、3日は体がつらく、腹がはったようになり、腸が痛んだ。金曜日に勤務を休んで治療を受け、土日は静養するようにした。 いまのところ、ポリープは良性で、がんは見つかっていない。もし、がんが見つかったら大腸の摘出手術も検討しなければならないという。また、内視鏡で取るのが困難な十二指腸にポリープができた場合には、十二指腸の摘出手術も必要になる。 この病気は2分の1の確率で子どもに遺伝する。自身もいつがんを発症するかわからない。男性は20代半ばのころ、付き合っていた女性に病気のことを打ち明けた。反応は「重い」だった。「だれかに知ってほしいという気持ちを一方的に押しつけてしまったんです」。女性とは間もなく別れた。 09年の帰省の際、父親(65)に石川さんの診断書を見せたら泣かれてしまった。「息子が母親と同じ病気になったことにショックを受けていたんです」。その後、父親とは病気の話ができなかった。 悩みを相談できる相手もなく、男性は精神的に追い込まれていった。「治療に行かなければ、そのまま死ねるのではないか」。そんなことも考えた。主治医の石川秀樹さん(左)から説明を受ける男性=大阪市内の石川消化器内科 私も内視鏡検査と内視鏡切除手術は経験しています。この方が、あの1時間くらい続く痛みを年に何回か甘受し、しかも一生続くかもしれないと思うだけで、耐えられない気持ちになります。さらにそこまでしても「がん」になる可能性が高い。しかし、何よりも大腸を温存できるということに賭けられたのでしょう。 私は後腹膜悪性腫瘍の第2段階の治療として、残った腎臓を温存できる(透析を避けることのできる)粒子線治療を選択しました。粒子線治療は「痛くも痒くもない」治療なので、この患者さんのような苦しみは経験していません。>この病気は2分の1の確率で子どもに遺伝する。>自身もいつがんを発症するかわからない。別れられたようですが、交際していた女性に打ち明けられたのはよかったと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/24
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【2016年2月23日(火)】 曇っていましたが、春のような気温の一日でした。私は一人でご近所散歩。 昨日、人材派遣会社のTKさんからオファーをいただいた求人については、Tさんに電話して丁重にお断りしました。やはり、ボランティアでも構わないから、京都観光に係る仕事に携わるという、当初の思いを大切にすることにしました。Tさんには、大感謝です。****************************************************2016年2月6日(土)妙心寺玉鳳院・真如寺#1「京の冬の旅」で、先日アップした、妙心寺塔頭天球院、霊雲院に続き、2月6日に妙心寺玉鳳院と真如寺を二人で訪れました。妙心寺玉鳳院の1回目です。玉鳳院の妙心寺内での位置チケット◆玉鳳院の歴史 臨済宗妙心寺派大本山で、46の塔頭寺院をもつ京都最大の禅寺・妙心寺は、建武4年(1337)に禅宗に深く帰依した花園法皇が離宮を禅刹に改め、無相大師・関山慧玄を開山に迎えたのが始まりである。玉鳳院は花園法皇が伽藍の傍に建てた山内最古の塔頭寺院であり、法皇と関山慧玄がここで問答を行い禅の教えを深めたという。玉鳳院庫裏玉鳳院鐘楼(続きます)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/23
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【2016年2月23日(火)】 私一人でご近所散歩でした。曇っていましたが、春を感じる気温で、色んな木々の芽が芽吹き始めたり、気の早い春の花が少し咲いたりとか、春がもうそこまで来ているという感じです。 写真は本日撮影の「ニホンズイセン(日本水仙)」@ご近所散歩。ニホンズイセン(日本水仙) 「ニホンズイセン」は、ヒガンバナ科(クロンキスト体系ではユリ科)スイセン属の中の変種。 原産地,は日本、中国。 先日アップしたニホンズイセンは八重でしたが、今日のは一重です。花期は12~翌2月。 学名はNarcissus tazetta var. chinensis。ナルキッスス(Narcissus)は ギリシャ神話の青年の名からきています。泉に映った自分の姿に恋して死に、その後にこの花が咲き出したという云われがあるそうです。ナルキッススはナルシストの語源でもあります。Chinensisは「中国」。中国を経由して日本に渡来したと伝わるため。 「スイセン」という名は、中国での呼び名「水仙」を音読みしたもの。「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という中国の古典に由来します。水辺で咲く姿を仙人にたとえたのでしょう。別名「雪中花」。 「スイセン」は全草が有毒。葉がニラととてもよく似ており、ニラと間違えて食べ中毒症状を起こすという事件がときどき報告・報道されます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/02/23
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2016年02月22日 京都新聞HP 亀岡祭の山鉾を飾る懸装幕の保存について考えるフォーラムが21日、京都府亀岡市安町の市役所市民ホールであった。懸装幕の老朽化が喫緊の課題になっており、専門家が早めの修理や、行政を巻き込んだ抜本的な対策の必要性を強調した。 亀岡祭の山鉾11基のうち八幡山(西町)で、江戸後期に作られた前掛の修復が国の補助金を受けて進んでいる。フォーラムでは、亀岡祭や祇園祭などの染織品保存に関わる西陣織物館(京都市上京区)の藤井健三顧問が「染織品は一般的に200年以上たつと、使用に耐えない」と指摘。文化財的評価を判断した上で、早期の修理や幕の新調を提案した。費用が高額になるため、「行政を含めて考えることが大事」と話した。 亀岡祭山鉾連合会の嵯峨根彰会長は、虫干しを早めに行うなど対応策を紹介した。参加した高砂山(柳町)の住民からは「昨年の祭りで風にあおられ、見送幕が損傷した。修理して使い続けるか代替品を作るか悩んでいる。費用負担も苦しい」との声が上がった。 コーディネーターを務めた関西外国語大の鵜島三壽教授は、文化財の指定を受けると補助金をもらえる一方、規制が厳しくなり、「観客を驚かせる風流な祭りにならない」と述べた。 文化財保護の関係者でつくる地域資源活用実行委員会と同連合会が主催し、市民ら約40人が参加した。亀岡祭の山鉾に使われる懸装品の修理方法などについて話し合われたフォーラム(亀岡市安町・市役所市民ホール)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/02/23
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アメリカで2004年4月から2年半生活しました。そのときゴルフを始めました。ゴルフや生活の思い出を綴っています。ここしばらくはラウンドしたゴルフ場を一つずつ思い出しながら紹介しています。50番目のコースは「Harmon Golf Club」。・1912年オープン・Public・9ホール・自宅から南へ約65キロメートル Dayton と Cincinnati の中間にある Lebanon とういう町の中にありました。 私がアメリカでラウンドした79のゴルフ場の中で、設立が最も古いゴルフ場の一つです。1910年代に設立されたゴルフ場が2つありましたが、そのうちの一つです。第一次世界大戦が始まったのが1914年ですから、その2年前です。いやぁ、That's Ameriaca!! ですね。ちなみにアメリカ最初のゴルフコースは1888年にできたそうです。日本の最初のゴルフ場は、1903年 兵庫県 神戸ゴルフ倶楽部(明治36年) 2つめは、1913年 長崎県 雲仙ゴルフ場(大正2年) ですので、このHarmonは日本の2番目に古いゴルフ場より古いということになります。古いゴルフ場の常として、9ホールです。ロゴボールありませんでした。スコアカード古いゴルフ場ですので、一番後ろのティーでも3000ヤードくらいしかありません。18ホール回る場合は、同じホールで2回プレーすることになるわけですが、フロント9とバック9は、別のティーから打つようになっているようです。ですので、各9ホール目がフロント9はパー4、バック9がパー3とパー数まで違っています。また、No.1ホールからスタートするのでなく、No.6からスタートすることもあるようで、裏側のスコアシートはNo.6からスタートしています。宣伝満載です。 Web Sitehttp://www.bestgolfmanagement.com/h-home地図https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96/@39.6410752,-84.1988483,9z/data=!4m2!3m1!1s0x8840f41c6b92fba5:0x1c542d27321ccdcコース航空写真https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96/@39.4293616,-84.200125,629m/data=!3m1!1e3!4m2!3m1!1s0x8840f41c6b92fba5:0x1c542d27321ccdcスコア記録よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村 ___________________________________「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3「アメリカ出張」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=9「ワルディ流日米国情比較」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=21
2016/02/23
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2015年10月28日の記事≫ 大腸にたくさんのポリープができる「家族性大腸腺腫症」と2008年に診断された大阪府の会社員の男性(30)は10歳のとき、当時36歳の母親を大腸がんで亡くしていた。 母親は当初、盲腸と診断されて入院したが、手術しても治らず、入退院を繰り返した。亡くなる前は、ほとんど物を食べられず、やせ衰えていた。やや持ち直して入院先の病院から一時帰宅できそうになったところで、急変してしまった。 男性は3人兄弟の長男。すぐ下の弟(29)は大腸に異常がなかったが、末っ子の弟(27)は男性と同じ病気だった。このため、当時は単に大腸がんと診断された母親も、家族性大腸腺腫症だったことが間違いないという。 消化器の専門医でも、この病気を診た経験のある医師は少ない。男性は、当時住んでいた兵庫県や実家の福島県にある病院を紹介されるままに次々と受診した。X線検査で1千~2千のポリープがあると診断された。さらに遺伝子の検査も受け、家族性大腸腺腫症の変異があることが確かめられた。 この病気についてネットで情報を集めた。放置しておくと必ず大腸がんになることは、間違いなかった。医師からは、がんになるのを防ぐために大腸をすべて摘出するよう勧められた。 しかし、大腸を取ってしまうと、1日10回ぐらい下痢をしたり、脱水症状を起こしやすくなったりすることがある。腸閉塞(へいそく)で命を落とす患者もいるという。 この病気は胃や小腸にもポリープができるが、大腸を取ると、小腸にがんができる危険がさらに高まる。手術してもがんとの闘いが終わるわけではなかった。 摘出手術を受ける決心がつかず、悩んでいたところ、ネットの情報交換の掲示板で知り合った同じ病気の患者から、大阪市にある石川消化器内科を教えられた。 院長の石川(いしかわ)秀樹さん(55)は、内視鏡で検査しながら一つひとつポリープを取る治療を試みている。メールで予約を取り、09年2月に初めて受診した。 「この治療は、全摘を先延ばしするためのものと考えてください」。石川さんは男性に、そう説明した。2009年8月の内視鏡検査で撮影した男性の大腸内。大小のポリープがある 私はCT画像で11センチ大の腫瘍(後腹膜悪性腫瘍)を見た時は、正直びっくりしました。腎臓と同じような大きさです。微熱と疲れやすいという程度で、他に顕著な自覚症状はなかったのですから、まさかこんな大きな異物が体の中にできているとは想像もつきませんでした。 この方の内視鏡の写真も、びっくりしました。こんなにたくさんポリープができるものなのですね。確かにこんなにたくさんあれば、大腸を全摘するしか方法はなさそうです。ただ、この方はネットをうまく使って、一つずつポリープをとる治療に巡り会われたようです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/23
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【2016年2月22日(月)】 ;後腹膜脂肪肉腫に罹り、抗がん剤治療に続き粒子線治療を受けました。現在、経過観察中です。 ちょうど1年前は、6クールの抗がん剤治療後の次の治療方針について決める時期でした。 M病院からは透析をしたうえでの残った腎臓ごとの切除手術(すでに腎臓を片方切除しているので透析が前提になる)が提案されましたが、大阪府立成人病センターでのセカンドオピニオンで腎臓を残す治療法として粒子線治療の可能性があるとの所見をいただきました。兵庫県立粒子線医療センターでセカンドンオピニオンを受けたところ粒子線治療の対象になり得るとのことで、最終的に残った腎臓を温存できる粒子線治療を選択することになりました。 粒子線治療を選択したので、職場復帰できる可能性はでてきました。問題は職場に戻りたいというモチベーションがあるかということです。確かに、給与条件は再就職先としては申し分なかったのです。しかし、職場では我々のような再就職者がやりがいがもてるという環境にはありませんでした。正直言って、職場にもう一度戻りたいという気持ちは起きませんでした。 さらに、粒子線治療がうまくいっても再発のリスクは高いままです。短いかもしれない人生、現役引退後やりたいと思っていたことを、前倒しでやるということを考えたいとも思うようになってきました。 そんななかで、会社を辞めるとすると、どんなプロセスで辞めるのが経済的に有利かということを、以前から調べ始めていました。2015年2月22日の日記からです。================================================【2015年2月22日】■退職するなら経済的にはどんなプロセスがいいのか 7:00前に目が覚めてそれ以上眠れそうになかったので起きちゃいました。身体も以前のように疲れを感じなくなったし、暖かくなったし、早く起きやすくなりました。でも、これからまだまだ癌とお付き合いしていかなければならないので、抵抗力を保つためにも、睡眠不足にだけはならないように気をつけなければなりません。 昨日、あんなに天気がよかったのに今日はもう雨模様。天気が変わりやすいですね。 会社を休み始めたのは去年の7月ですから、すでに7か月以上経過しました。1年契約の契約社員なので、会社側もどうしたものかと考え始めていると思います。この4月が契約更改です。透析しなくてすむ重粒子線治療を選択しましたので、うまくいけば職場復帰できる可能性もありますが、治療がうまくいったとしても退職するということも一つの選択肢として考えておかねばなりません。あと、今のN社でこれからも働き続ける価値を見いだせるか、それともともとやりたかった違った方向へのチャレンジ(たとえ収入がなくても)をどう考えるかです。 会社を辞めるとして、どんな方法が経済的には一番いいのでしょうか。もちろん私自身の気持ち上どんな方法がいいのか(「発つ鳥後を濁さず」的なこと)ということもありますが、一旦純粋に経済的な側面だけ考えてみたいと思います。重粒子線治療は健康保険が効きません。医療保険で半分強カバーできるとはいうもののかなりの出費になりますから、現実には経済的側面もよく考えないといということもありますし。 今まで色々ネットで調べてきましたが、今日も調べました。 色々分かったこと。・傷病手当は、仕事につけない間は、支給開始から1年半もらえる。 すなわち、就業不可能であれば、あと11カ月くらいもらえる。・失業保険は退職前の2年間に12カ月以上雇用保険を払っていれば 支給対象になる。 私の場合、2013年4月下旬から2014年6月末までの出勤だったので、 今年の6月までに退職すれば失業保険給付の対象になる。 それ以降退職になると給付されなくなる。・疾病での退職の場合「特定理由離職者」になり、給付の待機期間が 一般の人では3カ月あるがそれがない。 給付期間は一般の人と同じ150日間 (後注:これは勘違いで、以前勤めていた会社を辞めた後、一度 失業給付を受けているので、雇用保険加入期間がリセットされ、 給付期間は90日間)・ただし、本人が契約更改を希望するのに、会社のほうから契約更改 しなかった場合、240日間の給付期間になる。 (後注:上記と同じ理由で150日間)・退職時傷病で就業不可能で、退職後も傷病手当をもらい、就業可能 となった時点で失業給付をもらうことは可能。・失業給付をもらうと、その期間は特別支給の老齢年金をもらうことは できない。・私の場合、傷病手当>失業給付>特別支給老齢年金 (私の場合だけでなく、一般的にそうかもしれませんが)ややこしいですが、単純に経済的側面だけ考えると、(A)・私がこの4月の契約更改を希望するも、会社が契約更改をしない。・会社を辞める・失業給付期間の延長・傷病手当をもらい続ける。可能な限り長く。・傷病手当が切れた時点(働ける状態になった時点)で失業給付をもらう(240日) (後注:150日が正しい)・失業給付が終わった時点で、特別支給老齢年金をもらう(B)会社が契約更改を認めるとすると、・自己都合だが傷病理由で4月ごろ会社を辞める (6月以降も会社にいると、就業可能と判断された時点で、傷病手当が 打ち切られ、失業給付ももらえない。(注)傷病手当の診断書は医師との交渉次第だとは思いますが)あとは(A)に同じです。ただし、失業給付は150日(後注:90日が正しい)いやらしい話ですが、会社を辞めるという決心をしたら、経済的側面だけ考えれば、・こちかららは働き続ける意志ありとの姿勢を見せる・会社側から契約更改ないならそれでOK。辞める。(これがベスト)・会社側から契約更改するとのことなら、4月頃、傷病理由で辞職。(これが次善)・傷病手当を可能な限りもらい続ける・失業給付をもらう・特別支給老齢年金に切り替えというのが正解のようです。 【重粒子線治療の勉強】しばらくお休みでしたが、重粒子線治療もお勉強、時々やっていきます。重粒子線を作り出すための加速機が必要です。写真では大きさは分かりませんが、非常に巨大なもののようです。そこで作り出せれた重粒子線が治療装置のところまで飛んできます。以上 2015年2月22日(日)の日記でした。================================================ 治療がうまくいっても、会社は辞めて、前からやりたいと思っていたことを前倒しでやってみたいという方向に気持ちは動いていきました。辞めるなら、自分から辞職を申し出るのでなく、会社が次の4月の契約更改をしないと言っくるのを待つのが、経済的には有利であることも分かりました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/02/22
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【2016年2月22日(月)】 曇っていましたが、昨日のようには風はなく、散歩のときそれほど寒くは感じませんでした。 この前まで蕾だったシナマンサクの花がいっせいに咲いていました。 M社関連会社の人材派遣会社のTさんから電話がありました。私の現業時代の仕事仲間だった方で、定年退職後この会社で働いておられます。「期間限定の仕事が1件あるんですが、もし、ご興味があれば、情報送ります。」とのこと。もうフルタイムの仕事はしないつもりだったのですが、情報だけ送っていただきました。 1年の期間限定ですが、勤務場所、給与条件とも好条件ですし、私の経験も活かせそうです。しかし、ボランティア的でもいいから京都観光の関係で仕事をしたいという思いがあるので、やはりお断りすることにしました。 Tさんとは、年賀状のやりとりはしていて、私が再び働ける状態になったことをご存知なので、今でもこうやって気をかけてくださり、わざわざ電話してくださったようです。ありがたいことです。Tさんには感謝です。 昨晩のスケート四大陸選手権男子フリー、僅差で逆転優勝したカナダ、パトリック・チャンの演技はすごかたです。姿勢がいいし、スケーティングがやわらか、飛ぶぞっていう感じでない、流れの中でのジャンプ。まだまだ羽生君のライバルであるのは間違いないようです。****************************************************2016年1月16日(土)妙心寺塔頭 天球院・霊雲院#4(最終回)「京の冬の旅」で、先日アップした、大徳寺塔頭芳春院・大徳寺本坊に続き、1月16日に妙心寺塔頭の天球院と霊雲院を二人で訪れました。霊雲院の2回目、このシリーズの最終回です。◆本堂 かつての本堂(方丈)は、室町時代に栂尾から移築したものだったが、現在の方丈は元禄6年(1693)に円満本光国師の150年遠忌に際して再建されたものである。本堂南庭には見事な枝ぶりの松が植えられている。江戸時代、円満本光国師の150年遠忌に際して再建された本堂本堂南庭は枝ぶりのよい松の木が植えられた苔庭本堂には円満本光国師と特芳禅傑禅師の木像を安置している◆書院【重文】・書院庭園【史跡・名勝】 柿葺屋根の書院(重文)は、室町時代に建立されたむので、銀閣寺の東求堂(国宝)「同仁斎」とともに簡素な初期書院造の貴重な遺構として知られる。国師に深く帰依した後奈良天皇がしばしば行幸され、御座所として使われたことから「御幸の間」と呼ばれる一室がある。 書院の南に広がる庭園は、室町時代の相国寺の僧侶で画才に恵まれた子建西堂(しけんさいどう)和尚(是庵(ぜあん))が作庭しかものと伝えられ、国の史跡・名勝に指定されている枯山水庭園である。10坪ほどの極めて小さな庭内、東の隅に20個ほどの石で蓬莱山の石組みが作られており、これが枯滝にも、鶴の石組にも見立てられるように抽象的に組まれている。石と樹本の釣合いの美しさや、自然の風趣のままに繊細に構成された空間である。初期書院造の貴重な遺構として知られる書院(重文)「御幸の間」ご朱印(続きます)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/02/22
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