2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全23件 (23件中 1-23件目)
1
ようやっと……(ぜいぜい)。「ブログ」などとゆー言葉ができる前からやっているわりには、遅いと言わねばなりますまい。ま、途中で1年以上ブランクがあったし、もともと読者数は多くないし、独立型指向のせいでトラックバックは禁じてるし、当然といえば当然だが。なんかたんじょーびに達成できたのがちょっと面白いかもと思ったり。ともあれよかったよかった。今後もあまり無理せずぼちぼち続けよう。
2007.02.27
![]()
書名:ノルウェイの森(上/下)著者:村上春樹出版社:講談社(講談社文庫)ページ数:302p/293p発行年月:2004年09月ISBN:9784062748681/9784062748698本体価格:各514円(税込 539 円)読了はおそらく先週だが、いつだったかわからなくなってしまったのでこのへんで書いとく(2月中なのは間違いない)。あらすじ あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと―。あたらしい僕の大学生活はこうしてはじまった。自殺した親友キズキ、その恋人の直子、同じ学部の緑。等身大の人物を登場させ、心の震えや感動、そして哀しみを淡々とせつないまでに描いた作品。今ごろになって読むなんて。出た当時に読めばいいものを。出た当時に読んでいたら、人生変わったかもしれない。なんといえばいいか、よくある「この本で私の人生が変わった!」というものすごくポジティヴな影響とはちょっと違うのだが、でもやっぱり変わったかもしれない。小説と関係ないが、昔、大学に通っていたころのある日、門を入ってすぐの茂みに子猫が捨てられていた。ペルシャか何かのたいそうかわいらしい子猫で、毛足が長くて白くてふかふかで、抱き上げても大人しい。あんまりかわいいのでその場を離れられず、このまま連れて帰るかどうかと真剣に悩んだ(たぶん1時間近く…)。結局、飼うのはあきらめてそこでお別れしたのだけれど、あのとき飼う決意をして母親を説得していたら、その後の人生が少し変わったかもしれないと、今になって思いだすことがある。一人暮らしになった今では、やろうと思えばできるけど、ペットを飼う気は全く起きない。ちなみに授業のあとでもう一度行ってみたら、子猫はいなくなっていた。つまり、そういう人生の変わり方が、この小説を読んでいたら起こったかも知れないのだ(人生というか、ライフスタイルかな)。今でこそ「こーゆー価値観、あるよね」と思いながら読むが、若い頃は全く知らなかったし、何より「免疫」がなかったから。「このくらいいい加減でもいいんだ」(言い方が悪くてすみません、馬鹿にしてるわけじゃないんだけど、ノンシャランを口語にするとこうとしか言いようが……)と思えるようになったかもしれない。そしたらその後の軌道もちょっとずつ変わっていたかも。もっとも若い頃は今に増して心が狭かったから、反発してオシマイだったかもしれないけど。とにかく、そういう小説である。……どっちがよかったのか、今となってはわからない。ある種、現実感が希薄なところがあるのだが、それにもかかわらずこの人の書く喪失は、喪失であることを感じさせられる。私個人的には『羊をめぐる冒険』のほうが好きかな。でも読みやすかった。もうあとは読んでもらったほうが早い(←サボタージュ)。▼この本はこちら。上下通して6時間?(もうちょい?)
2007.02.26
実家を通り過ぎる際に梅の木を見やったら、一等近くの枝にメジロが停まっているようだった。続けて、奥の枝枝にもメジロとスズメがたわわに実っていることに気が付いた。あれあれ、と、思ってまともに見た瞬間、目が合って、メジロとスズメはみんな屋根に飛んで逃げてしまった。でも一羽だけ、一等近くの枝にいるメジロが飛ばずに残っている。動きが遅くて一瞬逃げ遅れただけかと思って見ていたが、飛びたつ気配もない。大丈夫かこのメジロちゃん。そんなに警戒心が薄くて、この先やっていけるのかしらん。思わずメジロの行く末を心配してしまった。私が心配したってしょうがないのに(苦笑)。でも本当に大丈夫だろうか。心配。
2007.02.24
脚本:ジャン・アヌイ演出:蜷川幸雄出演:松たか子、橋本さとし、山崎一、磯部勉、小島聖、月影瞳、二瓶鮫一、塾一久、久富惟晴、稲葉良子、阪上和子、横田栄司、妹尾正文、飯田邦博、堀文明、山本真嗣、品川徹、壤晴彦、益岡徹、ほかジャン・アヌイということで、劇団四季のを見たことがある(あそこはもともとアヌイとジロドゥだよね)。野村玲子がジャンヌ、日下武史がコーション司教だったことしか覚えていないけど。う~ん、ウォリック伯はだれがやってたんだろう、やっぱりイケメンっぽかった気がするが。さて、蜷川版「ひばり」ですが。前半、すごく退屈でした。なんでかねぇ……。観客を気遣ってかしらないけど、テンポが遅かった気がする。内容をすでに知ってるからそう思ったんだろうか。とにかく前半は退屈だった。寝るかと思った。松たか子のジャンヌは非常に好感が持てた。育ちがよくてまっすぐな感じ。度胸もいい。比較で申し訳ないけど、四季の野村のジャンヌは(上手いんだけど)女らしすぎ、また、分別くさすぎた。もっとも、最後にジャンヌが転回して不服従に燃え上がるところは、野村のほうがこわかったし、全然同情できない(笑)きっぱりとした印象があって、今回はそれはなかった。つまり、途中はよかったんだけど(彼女がやるとあのジャンヌもわざとらしさがまるでなくていいね)、最後のインパクトが弱かった。今回の「ひばり」で一番残念だったのは、コーション司教。下手ではないが、どーも力不足な気がする(役者さん、だれ? プログラムを買わなかったのでわからない……)。これも比較で申し訳ないけど、四季の日下は台詞にいちいち説得力があって何を聞いても「なるほど」と思わずにいられないところがあったんだけど、今回の司教様にはそれほど説得力がなかった。さらに、最後のほうは早口で聞き取れないところも多かった。司教さま~。この舞台はあなたの台詞がどれだけ響くかに左右されるのではないでしょうか~。単なる「ジャンヌ寄りの一司教」で終わっていいのですか~。あなたの正論がどれだけ伝わるかで、人間の自分らしさと傲慢がセットになっているあのラストが燃え上がるのでは~。それともジャンヌの傲慢さを浮き立たせたくなくて、わざとトーンを落としてたんだろうか。打って変わって、壌晴彦の異端審問官は印象が強かった。なにしろ声がいいよねあのひとは(笑)。姿が見えなくても声を聞いただけでわかる。ジャンヌと異端審問官の攻防を見ながら、私はなんとなく新教と旧教の戦いも思い出していた。それについてはここでは書かないけど。宗教の最大の敵、それはニンゲンである。そうなんだな~。ニンゲンが「それは自分がやった、自分のせいだ、自分に属する」と事象を自分に帰するとき、それはそれが神に帰さないことを宣言するも同じだ。私たちは薬を服んで風邪を治す。風邪が治るのは薬の効力(=ニンゲンの開発したもの)によると考えるが、神様の力によるものとはあまり考えない。まぁそういうわけ。仏教でも「自分」というものに拘泥することは最も悟りから遠ざかることのようだったし、救済を旨とする宗教においては「自分(ニンゲン)」は共通して最大の障碍であるのかもしれない。(それを考えると、ごく当たり前に人間性を排してきた宗教世界において、人間性の回復を唱え、並立を実現してしまったルネッサンスというのは、ずいぶん特殊な時代だったように思える)救済を求める者はニンゲンであるのに……。というのが、わりとすんなり入ってきた。台詞に力があると、聞いた側は立ち止まって考えるものだ。検事は俗っぽくて面白かったし、ウォリック伯はかっこよかった(あれっておいしい役どころだな~)。そうそう、シャルルが傑作だった。ジャンヌとおっかけっこするときに途中でかつらが脱げて、そのお直しもおかしかった。ああいう場面が、去年の夏に行ったシノン城で行われたんだなぁと思うとなんとも感慨深いものがある。全体にまあまあわかりやすかったとは思うが、個人的には手離しで拍手できない。とにかくあの前半の退屈さ(空気のぬるさ)と、終末の悲劇性(インパクト)の不足が、残念。……自分の感性がにぶくなってるだけかもしれないけど。
2007.02.23
第4章「寓話と伝説」、3本目掲載。「虫けらの分際で、お前は此の太い脚が見えんのか、俺がトキである事を知らんのか、好いかキリギリス、此の森中の獣はな、皆俺の手下なんだぞ」獅子とキリギリスのお話。ちょっとイソップっぽい。「トキ」というのは「王」のことだろうか???そして次週に続く(笑)。※天野博物館友の会メーリングリストに登録すると、更新ごとにお知らせが届きます。▼みんなで読もう・アラウカノhttp://www.geocities.jp/peruamano/araucano4-3.htm
2007.02.22
今日は事務局のお姉さんが来られない日だったので、3人。店員のKさんを交えてダブルスをやった。2巡やって負け越したけど、まぁ普通のゲームだった(なんかときどきふつーじゃないことや目立った特徴があるものなんだけど、今日はそれがなかった…)。来週は水曜日がないので寂しい。その代わりにセッションが金曜にあるので、興味のある人はぜひ覗きにきてみて。▼日本キャロム連盟のサイトはこちらhttp://www.carromjapan.com/
2007.02.21
最近、掲示板にメイワクな書き込みが増えた。毎日毎日、気がつくと削除しているのだが……もううんざりだ。掃いて捨てたくなるような馬鹿な書き込みばっかり。あんなミエミエのアヤシイ言葉に引っかかる人間がいるのか???(……いるから書き込まれるんだろうな……………あ~あ)コメントと設定を分けてくれないかな、楽天。そしたら掲示板への書き込みを制限できるのに。掲示板で何か制限すると、全く同じ制限がコメント入力に課されるので、現在は保留するしかない状態なのだった……。そして削除の日々(ムキーッ)。
2007.02.20
![]()
書名:緋色の迷宮著者:トマス・H.クック/村松潔訳出版社:文藝春秋(文春文庫)ページ数:371p発行年月:2006年09月ISBN:9784167705336本体価格:733円(税込 769円)読了は2/15だが、こちらで。あらすじ 15歳の息子に少女誘拐の嫌疑がかけられたとき、父親はどんな煉獄に投げ込まれるのか。まさかそんなことはという心許ない信頼と、息子が実はどんな人間なのか全く理解していなかったという恐怖……。息子だけでなく、妻、父、兄――身近な人間にも隠された秘密があるとしたら……。エドガー賞受賞作家の最新ミステリは、「雪崩を精緻なスローモーションで再現するような」と評される作風に磨きがかかる会心作。最後の最後に、想像を超えるどんでん返しが待っている!う~ん、「想像を超えるどんでん返し」って……たぶんアレのことだろうけど、そんなふうに言うべきものではないと私は思うが……。他の部分は適切で良いあらすじなのにな。エリック、というのがこの「父親」の名前だ。息子が少女誘拐の容疑者となってはじめて、彼は今まで自分が何も見てこなかったことに気付く。自分が子供だったころの家族は、母は子供の頃に事故死し、父は事業に失敗して破産、一番できのよかった妹は不治の病で夭逝したが、それも普通の不幸だと思っていた。でももしかしたらそうではなかったかもしれない。自分が不幸をことさら感じなかったのは、前向きだったからでなく鈍感だったからにすぎないということが彼自身の中で明らかになっていき、そのツケを現在になって払わされているような思いを振り払えずに、彼は迷走していく。この本のうまいところは、最後のほうまで、彼の息子が犯人であるか否かがわからないことだ(ここでも触れません)。それゆえ彼も悩みを引きずり続ける。悩みを消化しようとして、まるで自分自身を少しずつ殺していくようなこともする。そしてやがて………「ニュースまでには帰る」と言われて、幕は下りる。一気に読めます。作風や結末にちょっとぐらい反感を持つ人でも関係なく「読ませる」一冊。(翻訳がちょっと、私の好みじゃないところがあったけど、まあまあ)▼この本はこちら。2時間半くらい。
2007.02.17
演目:「わたしは血」~中世妖精物語~演出・振付・舞台美術・テキスト:ヤン・ファーブル会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール副題の「中世妖精物語」って、どこが!?(笑)いかがわしいから、「妖精」?? そうなの??(笑)こんないかがわしい舞台は初めて見たかも。(誤解のないように書いておくと、「いかがわしい」とは批判ではありません)全裸が多かったからいかがわしいと思うわけでもない。ダンサーの鍛えぬかれた肉体を見たところで、それがすっぱだかだろーが、いかがわしいなんて印象は生まれてこない。そうではなくて、テーマと、それを表すための振り付けが……!!強烈。度肝を抜かれるとはこのことか。写真ってだめだな。被写体をどうしても美化しやすい。この公演を見に行く前に、チラシやら情報誌の特集やらでいろいろ写真を見たけれど(まぁそれで興味を持ったんだけど)、まっっっっったくイメージが異なる、というよりも全然ホンモノを語っていない。美しい瞬間を切り取るということは、いいことでもあろうが、悪いことでもあるのだなぁ。中世からわれわれは全く変わっていない、と、ファーブルは言う(余談だが、この人の祖先にあの『昆虫記』を書いたファーブルさんがいるそうだ)。相変わらず、皮膚で、内部のしめった身体を覆い隠している。相変わらず、性器を隠して暮らしている。相変わらず……云々。言われてみれば、われわれは中世から変わっていない。変わったように感じるのは、中世において緊密だった関係が、疎遠になっているからに過ぎない。肉体や血と、ニンゲンとの関係が(あえて「個人」とは言わない)。このどろどろと熱く流れる紅い液体は、この舞台では生命の源であり(心臓に変わって人間性を司る部位に昇格した脳ですら、血なくしては働かない)、つきつめれば魂のエネルギーのようなものとして扱われているようだった。なお、黒い服の女性が舞台中を歩き回りながら時おりラテン語だけを話すのだが(発音がドイツ語っぽかったのでイマイチ自信がないけど恐らくラテン語)、この女性は「中世」のシンボルかもしれないなと思った。何しろ黒い服を着ているのは彼女だけだったし。喪服の彼女=中世はいまだにわれらと共に在る、同時に、いたるところに、という意味に見えたのだ。テキストは全般にキリスト教文化を基盤としており、キリスト者ではない人間にはわかりにくい部分も多かった。たとえば、「人の子の血を飲まず、肉を食べなければ、だれも永遠の命を得ることはできない」といったフレーズが出てくるが、この「人の子」がキリストであると、日本でどれくらいの人がわかるものだろう?もっとも、そういうディスアドバンテージはあったけど、一方で、そんなものは強烈さに打ちのめされてしまった人間には関係ないかもしれないという気もする(笑)。何が強烈かって、振り付けだよね。まぁあの……とても言葉で説明できない(正しくは、言葉で説明すると単に卑猥になっちゃうので、説明したくない……だってだって、ウェディングドレスを着た女性たちがスカートをまくり、血で紅く染まった自分のパンティを指さしてげらげら笑い続ける、なんて書くとみんな引くでしょ? こんなの序の口だし……)。気になる人は今度ご自分で見に行ってくだされ。「そりゃ物議をかもすわい」、って出来でござるよ。確かに、一見の価値はあるでござるよ。生と死の生々しさ、血の持つ物質性と、それを超えた生命あるいは律動としての本質を、猥雑に、エネルギッシュに表した作品だったように思う。テクノロジーではこれは再現できない、そういう猥雑さ。無理してでも見に行ってよかった(当日券買ってまで)。しかしもうしばらく見たくない(笑)。そもそも今回の舞台だってまだ消化しきれていない。血を流して新たな肉体を得るって、どういうこと??(←つまり一番言いたいことが結局わかってない。だめじゃん)……あー、少なくともあと一年は、彼の作品は見たくないや(笑)。だからといって、埼玉まで足を延ばして見に行ったことは全く後悔しない。ただ、なんというか、油の強い料理を食べたせいで今は何も食べたくないだけ(笑)。
2007.02.16
第4章「寓話と伝説」、2本目掲載。「するとテレン・テレンの山に四本の太い柱の様な脚が生えて、山をぐいと水面高く持ち上げた。」ノアの話とは、似ているようで似ていないかも。根本的には似てるけど、やはりテイストが違うようだ。これが各文化ごとの差にあたるのかな。まぁそれにつけてもなんで蛇はいつでもどこでも悪役になるんでしょうかね。ちょっと気の毒(笑)。※天野博物館友の会メーリングリストに登録すると、更新ごとにお知らせが届きます。▼みんなで読もう・アラウカノhttp://www.geocities.jp/peruamano/araucano4-2.htm
2007.02.15
今日はバレンタインデーなので(?)、女性客はゲームカフェ在店料が無料になる。そのお返しに(?)、チョコ入りバターケーキを焼いて持っていった。ちょっと焼きすぎてしっとり感が足りないため、食べると飲み物が欲しくなるけど、お店の売上を上げるにはちょうどいいよね(笑)。今日はまず店員さんとシングルス対戦。あれこれ無駄話をしながら。その後、会長と事務局のおねえさんが現れたので、4人でダブルスをやったのだが、「一打で必ずコインを2つ以上動かさねばならない」という縛りを作ってやったら、タイヘンだった。1個しか動かないままポケットに落ちると、そのコインは盤上に戻ってくるとゆーおそろしールールだったので、ストレートが狙えない(大笑)。そしてコインが落ちて減っていくごとに「どーやって2つを動かせばいいの??」という問題が深刻になってゆく(位置がバラバラになっていくから)。もっとも深刻だったのは、クイーン。クイーンは落とせるけど、そのあとのカバーが、「2つ以上動かす」というルール上、難しいの難しくないのって。結局クイーンは最後まで残っていた。ダブルスだったこともあって、混乱の極みでゲーム終了。その後、シングルスでそのルールを適用し(さすがに「リバースショットは1つ動けばいい」とルールを緩めたが)、会長とおねえさんで対戦してもらったら、ダブルスよりはましだけど、やっぱりすご~く時間がかかった(笑)。最後に、クラッシャーが入って、いつもの4人でふつーのダブルス。ほっとしちゃう(笑)。でもまた今度だれかに変則ルールを仕掛けてみようっと(笑)。▼日本キャロム連盟のサイトはこちらhttp://www.carromjapan.com/
2007.02.14
■演奏:バッハ・コレギウム・ジャパン■独唱:キャロリン・サンプソン(ソプラノ)、ロビン・ブレイズ(アルト)、ゲルト・テュルク(テノール)、ペーター・コーイ(バス)■日時:2007年2月12日(月・祝)15:00~■会場:東京オペラシティコンサートホール(タケミツメモリアル)■曲目:《オープニングコンサート》 ブオナメンテ 5声のソナタ ブクステフーデ 『わが魂よ、主を讃えよ』 J.S.バッハ 『わが魂よ、主を讃えよ』出演:コンチェルト・パラティーノ、若松夏美、今井奈緒子 カンタータ第28番《神を讃えよ! 今や、一年は終わり》 BWV28 カンタータ第183番《彼らはおまえたちを追放し》 BWV183 カンタータ第85番《わたしはよい羊飼いである》 BWV85 カンタータ第175番《彼は自分の羊の名を呼んで》 BWV175 カンタータ第68番《これほどにも、神はこの世を愛された》 BWV68危なかった。当日の14時まですっかり忘れていた。手帳を見て「ぎゃーっ!!」となって、慌てて仕度して出かけた。近場ってステキ。今日はソリストがベストメンバー!(←私的に)よかった、聞き損ねずに済んで。キャロリン・サンプソンはふつうに綺麗な声だった。今回は、あのゾクゾクするような歌声はなかった。もっと静かな曲で、囁くように歌われないとゾクゾクにならないみたい。他の面子はもう言うことありません別に。そういえば、合唱のメンバーは歌わないときはだいたい前を向いているのに、ロビン・ブレイズとゲルト・テュルクとペーター・コーイの3人はほとんど下を向いていて、対照的で面白かった。ずっと譜面を見ているのだ。ロビンなんかときどき頭を振るのを見ると、絶対器楽のパートまで頭の中で歌ってるなと思う(笑)。ゲルト・テュルクもペーター・コーイも、それぞれ見え方はちょっとずつ違うけど、「入り込んでいるんだな」という印象を受けた。合唱は、一番最初はなんだか各パートが絡み合っておらず、「なんだなんだどーするんだ」と困りながら聴いていたが、しばらくしたらすんなり絡んで自然に流れるようになった。あとはまぁ文句ナシかな。3曲目のカンタータの、最後のコラールは素晴らしかった(歌の構成が、バッハにヤラレタって感じ)。逆に、最後のカンタータの最後のコラールは、素晴らしいようでいて、ちょっとソプラノが強すぎたように思う。他の音が聞こえなくなって、そこはちょっと残念だった(コルネットとかさ)。今日は楽器がいろいろ登場して面白かった。ゲスト参加(?)のコンチェルト・パラティーノはコルネットとトロンボーン(×3)でしょ、それにヴィオロンチェロ・ダ・スパラとかいう肩掛けヴァイオリン(?)がいて、トランペットが出てきたりリコーダー(×3)が出てきたり、最後はコルヌで、「全員集合」?(笑)4曲目のカンタータだったか、トランペット2人がソリストと掛け合いながら演奏するところがあって、ここもよかった。勇壮というか、トランペットらしい演奏だったと思う。あとは2曲目だったかな~、アルトのアリア(?)のときのリズム感が気持ちよかった。このときはチェンバロがよかったように思う。次回は4月、ヨハネ受難曲。本当は3月のロ短も聞きたいけど(これもソリストが私的ベストメンバー)、藤沢じゃ遠いなぁ……。
2007.02.12

う~む、レシピの写真とは似ても似つかない…鶏もも肉は黄色い脂の部分を取り除いて、一口大に切ったらボウルに入れて、にんにくのすりおろしと、塩コショウ少々をかけてもみこむ。かぼちゃは皮を除いて、一口大に切る。玉ねぎはみじん切り。しめじはいしづきを取って、小房に分ける。鍋に油を敷いて鶏もも肉を皮から焼く。引っくり返して裏も焼いたら、適当なところでかぼちゃを入れて、油を馴染ませるように混ぜる。水を注いで5分ほど煮立たせる。いったん火を止めてかぼちゃをすりこぎやしゃもじなどで潰す。また火をつけて、玉ねぎとホワイトルウを加える。牛乳も加え、10分以上弱火で煮込む。最後にしめじを入れて、火が通ったらできあがり。こいつはいろいろ失敗した(笑)。まず、使ったかぼちゃの種類がよくなかった。もっとほこほこのやつを使わないとだめだ。むしろ冷凍かぼちゃにすべきだった。それから、レシピではハードタイプのルウが使われており、家にあるペーストタイプのルウを使うときはどのくらいの分量に変えるべきなのかがわからなかった。考えてみると、牛乳も減らすべきだったのかも。お味はまあまあ。後日、カレールウを1欠片入れたら、ぐっと美味しくなった(笑)。
2007.02.11

濃い味だったので、山のようなキャベツも平気で食べられた基本のおかずなのに、作ったの初めてかも。しょうがをたっぷりおろして、しょうゆ、酒、みりんと合わせて漬け汁を作る。豚肉を漬け込む(10分くらいでも十分だった)。フライパンに油を熱し、豚肉を一枚ずつ広げて両面しっかり焼く。焼き終わったら全部フライパンに戻し、先ほどの漬け汁を加えてからめる。火加減は中火だったかな。簡単なわりに実に美味しい。しょう油味が少し濃かったけど、妹たちにも好評だった。いいね、しょうが焼き。またやろう。
2007.02.10
![]()
書名:あかんべえ(上・下巻)著者:宮部みゆき出版社:新潮社(新潮文庫)ページ数:349p/346p発行年月: 2007年01月ISBN:9784101369297/9784101369303本体価格:各514円(税込 539 円)あらすじ 江戸・深川の料理屋「ふね屋」では、店の船出を飾る宴も終ろうとしていた。主人の太一郎が胸を撫で下ろした矢先、突然、抜き身の刀が暴れ出し、座敷を滅茶苦茶にしてしまう。亡者の姿は誰にも見えなかった。しかし、ふね屋の十二歳の娘おりんにとっては、高熱を発して彼岸に渡りかけて以来、亡者は身近な存在だった―。この屋敷には一体、どんな悪しき因縁がからみついているのだろうか。十二歳の、オトナも顔負けにまっとうな、かわいい娘おりんちゃんの活躍する話。さらっと読めます。読んでいくと次が気になるし、止まらないのは確か。でも、私なんかには物足りない。ミヤベにしては珍しく怖くないハナシを書いたものだなぁ。ごく個人的には『震える岩』のほうがオススメ(断然)。ピリッと締まってて実に面白い。まぁそれでもあとがきで菊池秀行が書いているとおり、理想的なニンゲンが描かれているという点で魅力的であるのは他の作品と共通しているし、読んで「損した」とは決して思わない。ただ、私からすればちょっと締まりがないだけ。ものすごくコワイ思いをしないでいい代わりに、スッキリサワヤカ感(シテヤッタリ感、いや、シテヤラレタ感かな)が『震える岩』なんかより薄い。軽くて、通勤電車用だな、『あかんべえ』は(と言いつつ下巻は買ったその日に家で一気読みしちまったけど…)。▼この本はこちら。活字が大きい割に時間をかけて読める。▼わっしのイチオシはこちら、『震える岩』。4時間くらい?
2007.02.09
第4章「寓話と伝説」、掲載開始!「其の人は色が白かった、栗色の頭髪が房々と肩に垂れていた、寛濶な服を来て1本の杖を持っていた。」今回から章が変わり、アラウカノの寓話と伝説について扱っていくらしい。南北アメリカのあちこちの種族に、ノアの箱舟に類似したハナシが残されているという。アラウカノのそれは、そのなかでは「余り似ていない」部類に属するが、それですらひどく類似性を感じさせるものらしい。※天野博物館友の会メーリングリストに登録すると、更新ごとにお知らせが届きます。▼みんなで読もう・アラウカノhttp://www.geocities.jp/peruamano/araucano4-1.htm
2007.02.08
今日は会長と組んで、クラッシャー&事務局のおねえさん(SSコンビ)とダブルス対戦。※「SSコンビ」と書いたけど、考えてみたら3人ともイニシャルSだからだれが相手でもSSコンビになってしまうのだった……。勝ったり負けたり、いい勝負だった。いやしかし、クイーンを全然落とせなくて参った。正確には、クイーンは落とせるんだけど(それも結構運良く)、そのあとのカバーが入らない。もっと手前の練習もしないとな~(どうも手前って嫌いで…)。ブレイクではコイン2つ落とせたのが1回。あともだいたい1つは落ちるけれど、やっぱり最初に頑張って2つ以上落とせるようにならないとな~、他のテクニックが全部地を這うレベルなんだから。そういやインドのうまい人は、ブレイクで3つくらい落としてたような気がする。2巡遊んでちょうど2時間くらいだった。帰りに青葉でラーメンを食べた。ラーメンそのものが久しぶりで、美味しかった(キャロムと関係ないけど)。▼日本キャロム連盟のサイトはこちらhttp://www.carromjapan.com/
2007.02.07
脚本:シェイクスピア演出:蜷川幸雄出演:唐沢寿明、白石加代子、勝村政信、香寿たつき、吉田鋼太郎、瑳川哲朗、ほかえーと、この戯曲は実は前にほかで見てる。レイフ・ファインズが演じたやつ。英語でほとんどわからんかったけど、コリオレイナスは嫌な奴だと思っていた。策をめぐらすようないやらしさはないんだけど、己の正しさを疑わないで突き進む姿勢が、なんとも馬鹿でうざったい(あ~あ~こんなこと書いちゃって)。でも蜷川が演出するならきっと新側面を発見できるだろうと思って(ちょうど「タイタス…」を蜷川版で見て「いい」と思ったように)、期待して見に行ったら、だめだった。私、この脚本は嫌い。高潔だが差別主義のニンゲンか、博愛だが阿諛追従するニンゲンしか出てこないんだもん!!(笑)レイフ・ファインズの舞台を見たときは英語がよくわからず、コリオレイナスのおっかさんがそんなに苛烈なひとだってわからなかったので、今回日本語で白石加代子のヴォラムニアを見て度肝を抜かれた。こ、こ、こ……こんなおそろしいおっかさんだったんですか。香寿たつきは、「オレステス」のヘレナ役のほうがよかったな。というより、彼女のせいではなくて、彼女が演じたヴァージリア(コリオレイナスの妻)の役がね、しくしくめそめそ、見ててイライラする(笑)。さて、演出面は、なんか中途半端だった気がする。本当なら今日が「コリオレイナス」2回目の観劇のはずで、もしや2度見ていれば何か気付いたのかもしれないが、1回目を風邪でパスしたせいもあってか、演出にぐっとくる部分は見つけられなかった。劇全体がわかりやすいのはわかりやすいけどね。何しろ役者はみんなレベルが高いから、長広舌もなんなくこなす。それを飽かず聞かせる力量はすごい(シェイクスピアってホント、台詞だらけ)。でもな~、舞台を和モノにした効果があんまりなかった気がするし(そもそも和モノという統一感がなくインパクトに欠けた)、最後の般若心経もとってつけたようでどうだろう、私からすれば邪魔だった。まぁそれでも考えさせられるところはあった。大衆の無責任さとか、デマゴーグとか、民主ということとか。どれも現代を鏡のように映す。コリオレイナスは高慢ゆえに命を落としたが、高慢さと双子のように併せ持っていた高潔さという観点からは、だれもがそう在りたいと願うような存在だったのかもしれない。
2007.02.05
実際に行ったのは昨日(2/2)だが、混雑しているのでこちらで(笑)。今回の展示は、大英博物館から流れてきて各国を巡回しているものらしい。目玉は3Dシアター(しかも飛び出す立体映像)。これの上映時間が決まっているために、館内に入ってから「待ち時間」というものが発生する。まぁさほど待たずに済んだからそれはよしとしよう。シアター内に入る前に、イントロダクション映像が流れる。このやり方ってまるでアミューズメントパーク。シアターではまだ前の回が上映されており、その手前の部屋で別な映像を流したり、説明的台詞を係員が放送したりして時間を潰させるのだ。ちょうど、NYのエンパイアステートビルでの体感アトラクションシアターがそういうやり口だった。さて、シアター内へ入り、おもむろに3D立体映像メガネをかける(使い捨てです)。上映が始まったが、なんでこれ、立体映像にせなならんの???よくある3D映像でも十分では???しかも「エジプト人の生涯を解き明かしてみせよう」とかって大上段に振りかぶったわりには、解き明かされた内容がさして細かくない。あちこちで「古代エジプト人の生活が明らかになってきた」ようなことを言っておきながら、生活感のある内容は示されない(食べ物とか家族構成とか住居や家具の特徴とか装飾品の流行とか!! いくらでもあるのにそうしたものは何一つナイ!!)。とゆーわけで、面白い部分もなくはなかったが、私のこの映像に対する評価は低い。全然必要性が感じられない。どうせ作るなら「なるほど立体映像で見られてよかった!」ってものにしようよ。シアターを出ると普通の展示が待っている。実はシアターで映像を見ていて、「これはもしかして子供向けなのかな」と思った。確かに子供向けであるなら、3D映像の意味もあるかもしれない。楽しいもん。子供向けであれば、とにかく興味を持ってもらうのが第一だし、対象年齢が低いなら逆にあまり突っ込んだことを入れ込むわけには行かず、この映像作品の情報量で十分だ。しかし、続く展示はオトナっぽい雰囲気で子供向けの様子があまりない。オトナっぽい雰囲気といいながら、中身はうすっぺらだし(=展示物が少ない、地域の一史料館並み)、どうすりゃいいのさってカンジ(怒)。私はいつ行ってもOKな貴重な招待券を妹からもらったおかげで無料で入場できたけど、これ、1000円以上払うのはソンな気がする。しかも行く前に予約かなんかしなきゃいかんのだろ?そこまでして見にいく価値はないのでは。(だいたいその予約制だって客側を馬鹿にしている。なんでそっちの都合のためにこっちがそんなストレスを引き受けねばならんのだ。展示の意味を考え直したらどうだ責任者)まとめ。もっと子供向けに特化すればよかったのだ。ネスペルエンネブウのキャラはかわいかったし(笑)、もっと活用すべきだった(子供向けパンフなんてケチな利用でなく展示にガンガンと)。子供が楽しめて、科学に興味を持つ糸口となるように構成したなら、あの意味の薄い立体映像も意義あるものとなっただろう。子供向け、子供向け、と書くけれど、子供向けに面白く作られた展示なら、大人だって楽しめるんである。お隣の東博(国立博物館)でやっている「親子で楽しむギャラリー」あたりを見に行って、エッセンスを盗むくらいしてほしい(面白いので大人だけで見にくる人も多い)。そうでないなら、もっと詳細な展示が必要だ。モノを増やすか、モノにまつわる情報を増やすかしなければ、とても大人向けの充実した展示とはいえない(ここで「オーディオガイドを借りりゃいい」とか言ったらはったおす。オーディオガイドを補助でなく正式に展示の一部とするなら全員に無料で貸し出すべき)。詳細という方向でなければ、インパクトを前面に出す方法もあり、それを狙ったつもりかもしれないが、テレビやネットで情報が氾濫している現在においてはよほどのことがなければ(あるいはよほど上手く構成してやらなければ)インパクトなんか生まれない。結局、話題性を狙っただけの一発ものという評価に留まる。大英博物館から流れてきている以上、自分たちでこねなおすことは困難かもしれないが、もうちょっと工夫してほしかった。
2007.02.03
月例のキャロムセッション。本日はここ数ヶ月になく盛況だった(音大の人たちがいっぱいいて)。何回かダブルスをやって、気がついたらほとんど閉店時間。私や事務局の方々はいつものことだけど、今日は珍しくみんな遅くまでいたなぁ。もうちょっと球を弱く打てるようにならないとだめっぽい。ここんとこ、自宅での練習サボってるからまずい也。また練習再開せねば……。▼日本キャロム連盟のサイトはこちらhttp://www.carromjapan.com/
2007.02.02
昨年の懸賞旅行の主催者・フランス政府観光局のサイトで、エスキ・ヨルジュ発行の自主制作紀行本『りんごと太陽とモン・サン・ミッシェル』が紹介されました!以下のページの、「新着情報」右列の一番下のリンクから見に行くことができます。2月末まで掲載中。フランス政府観光局のページを開くちなみに、目次などもうちょっと詳しい紹介はこちらにあります。→この本の大まかな紹介ページへGO→この本の内容一目紹介ページへGO
2007.02.02
1月20日に開店依頼をしてからずっと音沙汰がなく、一昨日たまたま管理画面を見に行ったら「日次売上」なんぞというウィンドウが追加されていたので、もしや開店済みなのかと思って問合せたところ、「連絡を忘れていました」だって。いい加減だなぁ、楽天も。少額とはいえ、こっちはちゃんとお金を払ってんのに。ともあれ開店しました!(実は1月25日に開店済みだった…)ぜひ見るだけ見に行ってやってください。品数はまだ少ないですが、これから増やしていく予定です……たぶん。一坪ショップエスキ・ヨルジュへGO!!
2007.02.01
第3章「アラウカノ族の生活」11本目掲載。「彼等は且て誇るべき何物も持たなかった。然し何物にも勝るものを握っていた。」アラウカノの文化について。特筆すべきものはなかった。詩を除いて、彼らに芸術と呼べるものはなかった。その詩すら文字を持たない彼らの間ではうたかたのように消えゆく運命にあった。何も残さなかった彼らを私たちが知り得るのは、彼らの敵であったインカとスペインの記録によってであるとは、いささか皮肉である。※天野博物館友の会メーリングリストに登録すると、更新ごとにお知らせが届きます。▼みんなで読もう・アラウカノhttp://www.geocities.jp/peruamano/araucano3-11.htm
2007.02.01
全23件 (23件中 1-23件目)
1


