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フォトアルバムの容量が一杯になりかけているので、新しく「テツタビ from関西 Vol.3」の方に引っ越しました。ただの、ここの続編です。
Aug 23, 2010
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続きです。5月23日(日)金山駅で乗り換えです。地下鉄金山駅で、土日限定、名古屋市営バス・地下鉄全線一日乗り放題の、ドニチエコきっぷ(600円)を買いました。裏には、日付が印字されます。金山駅から、地下鉄に乗りまくりです。10:47発 ↓名古屋市営地下鉄名城線右回り 大曽根行(撮影:金山駅)名古屋市交通局2000形 ↓以下、名城線および名港線の電車は同じなので、写真は省略します。名城線は環状線になっています。が、山手線や大阪環状線のように、「内回り」「外回り」という言い方はせず、「右回り」「左回り」という言い方をします。 ↓10:52着矢場町駅に直結している、松坂屋名古屋店の「あつた蓬莱軒」で、ひつまぶしを食べようとしたんですが……休日のお昼時ということもあり、予想どおり長蛇の列ができていたので、やめておきました(汗)代わりに、「山本屋総本家」の、味噌煮込みうどんを食べることにしました。箸とおしぼりの下に畳んで置いてあるのは、汁が飛び散って衣服が汚れるのを防ぐための、紙製の前掛けです。フタは取り皿になります。玉子と鶏肉入り。アッツアツで美味しかったですよ。さて、再び移動です。11:50発 ↓名古屋市営地下鉄名城線左回り11:55着12:00発 ↓名古屋市営地下鉄名港線 名古屋港行 ↓名港線は、ほとんどの列車が、金山駅で名城線(大曽根方面)と直通運転を行なっていて、大曽根駅←→名古屋港駅間で運転されています。が、一部例外もあります。 ↓12:11着徒歩数分ですが、雨の中、名古屋港水族館まで歩きました。窓口で「ドニチエコきっぷ」を見せると、200円割引の団体料金で入場することができます。水族館に入ってすぐ、イルカショーがあるというので、そちらへ行きました。ショーを見せてくれたのは、バンドウイルカたち。↑どこかの誰かより上手い、フリスビーキャッチ!素晴らしい!でも、俺が癒されたのは、ミズクラゲ(汗)↓どこに魚がいるか、分かりますか?オニダルマオコゼという魚で、海の浅い所にいますし、岩と間違って触ってしまったら、トゲで刺され、非常に強い猛毒を注射されます。呼吸困難になって死にますから、ご注意を!……でも、久米島などでは、この魚を食べてるらしい。↑ウニの仲間のガンガゼですね。こいつも毒を持ってます。そして、トゲの先には返しが付いているので、抜けにくく、さらに、抜こうとしても、トゲ自体は、もろくてすぐに折れてしまうので、トゲの先が皮膚の中に残ってしまうという、やっかいもの(汗)……なんでそんな生き物ばっかり紹介するんですかね、俺(汗)珊瑚礁の海。エンペラーペンギン。そして驚いたことに、ベルーガもショーをやっていました!すいません。人垣の後ろから、腕を伸ばして撮ったので、ブレてます。まあ、考えてみれば、ベルーガって、シロイルカ、つまりイルカですから、ショーをしてもおかしくないんですよね。まあ、そんなこんなで、確かこの水族館に来るのは3回目ぐらいでしたが、十分に楽しめました。……できれば、おねいさんと来たいけど(汗)水族館の隣には、南極観測船ふじが係留され、有料ですが、一般人にも公開されています。さて、また移動です。14:07発 ↓名古屋市営地下鉄名港線・名城線右回り 大曽根行14:24着名古屋の繁華街、栄の辺りをぶらぶら……(雨降ってたけど)一駅南の矢場町駅から、再び地下鉄に乗りました。15:57発 ↓名古屋市営地下鉄名城線右回り16:11着こうしてナゴヤドームに行き、野球観戦をしました。あとは、帰るだけです。21:58発 ↓名古屋市営地下鉄名城線左回り22:11着乗り換えです。22:17発 ↓名古屋市営地下鉄東山線 高畑行(撮影:栄駅)名古屋市交通局5050形 ↓22:21着急いで新幹線に乗り換えです。しかも切符を買っていなかったので、自動券売機で新幹線の切符(指定席)を購入。22:32発 ↓東海道新幹線『のぞみ265号』 新大阪行(撮影:新大阪駅)新幹線700系 ↓23:23着こうして何とか、終電までに帰ってくることができました。
May 25, 2010
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5月22、23日、仙台と名古屋に、野球観戦に行ってきました。その行程を、書いてみたいと思います。5月21日(金)近鉄バス(宮交バスと共同運行)『フォレスト号』で、大阪駅前(東梅田)から仙台駅前へと、移動しました。(撮影:仙台駅前)『フォレスト号』は、あべの橋バスステーションが始発です。東梅田発は、20:40。途中、名神高槻、京都駅前などに停車し、滋賀県内の北陸自動車道・賤ヶ岳SAでトイレ休憩。あとはひたすら、北陸道、磐越道経由で仙台を目指します。(冬期は東名・東北道経由)予定より少し早い、翌日(5月22日)の8:10頃、仙台駅前に到着しました。Kスタで野球観戦をし、その日は仙台駅前のネットカフェに泊まりました。5月23日(日)仙台駅からスタートです。7:06発 ↓仙台空港アクセス線(JR東北本線+仙台空港鉄道仙台空港線)・普通 仙台空港行 ↓(名取まで東北本線)(撮影:仙台駅)E721系 ↓後ろ2両は、仙台空港鉄道の車両。SAT721系所属と車体や座席の色が違うだけで、同じ仕様の車両です。最初に停車していた時には、前2両がJR、後ろ2両がSATのものでした。(↑JR、SAT両車両の連結部)が、この後、JRの車両の前に、さらにJRの車両2両を増結。赤い旗を目印に、前から増結車両が近付いてきます。そして連結。これで、JR4両+SAT2両の、計6両編成になりました。車内は、JR東日本の新造車によくあるタイプのセミクロスシートですが……空港へのアクセス線専用車両なので、車両の端に、荷物置き場がある車両もあります。(荷物置き場か、トイレか、どちらかになっています)まあ、これくらいにしておきましょう(汗) ↓7:30着仙台空港に着きました。ここから、仙台空港8:15発、中部国際空港9:30着の、ANA366便に乗ります。が……(撮影:中部国際空港)B737-500小さいよ!(汗)子会社のエアーニッポンの機材で、乗務員もエアーニッポンの方々。俺、小さい飛行機、怖いんですよね……(汗)まあ、ボンバルディア社のプロペラ機よりはマシですが。ちなみに仙台空港で、ANAの2代目塗装のモヒカンジェットを見ました。ANAの2代目の塗装(現在の塗装は3代目)で、機体の上方の塗装がモヒカンに見えるので、こう呼ばれています。現在、B767-300が、期間限定(2009年12月1日から2013年まで)で、この塗装になっているものがあるのです。まあ、プロ野球の、復刻ユニフォームみたいなものですね。まあ、それはともかく、飛行中は、ほとんどが雲の中(汗)せっかく、日中のフライトだったのに……(泣)しかもけっこう揺れてたし……まあしかし、無事、定刻に、中部国際空港に到着しました。俺は初めて降り立つ、中部国際空港です。さて、ここから、名鉄で名古屋へ向かいます。乗車券だけで乗れる電車もありますが、ここは特急大好き乗りテツの俺、わざわざ350円の特別車両券(ミューチケット)を買って、全席指定の特急『ミュースカイ』に乗りました。(↑金山駅までの乗車券)(↑ミューチケット)10:07発 ↓名古屋鉄道空港線・常滑線・名古屋本線・特急『ミュースカイ13号』 名鉄岐阜行(撮影:金山駅)名鉄2000系 ↓車体には、ゴールドエンブレムが描かれ、なんかカッコイイ。俺が乗ったのは、2号車です。車内はゆったりとした作りになっています。空港アクセス鉄道なので、荷物置き場も完備。車内からデッキへ出るドアの上には、液晶ビジョンが備え付けてあります。(名鉄の車両には、よくありますが)金山駅までの間には、途中、神宮前駅しか停まりません。金山駅の次は、名鉄名古屋駅です。 ↓10:31着こうして名古屋に着きました。ちなみに名鉄名古屋駅まで乗らずに金山駅で降りたのは、この方が、これから乗る、地下鉄名城線への乗り換えが便利だからです。続きは次に書きます。
May 25, 2010
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続きです。さて、この駅……牛丼特盛りみたいな名前ですが、「特牛」と書いて「こっとい」と読む、難読駅名の西の横綱です。地名の由来としましては、昔、この辺りは牧畜が盛んで、この地方の方言で、牝牛のことを「コトイ」というので、それが「こっとい」になったとか、小さな入り江を表す「琴江」から来たとか、諸説あるようです。さて、ホームはこんな感じ。(滝部駅側から撮影)ホーム上に、待合室もちゃんとあります。ホームの反対側の線路脇には、こんな小径があり……この小径を歩いていくと、トトロに会えます。(嘘ですが本当かもしれません)ホームから階段を降りて、駅舎に行きます。無人駅なので今は使われていませんが、改札口は木造で、古くて趣があります。駅舎の中の待合室です。それはいいんですが、待合室の隣の、この部屋↓は何?(汗)昔、駅長室か何かだったんですかね(汗)外に出ます。↑駅舎の全景。駅を出てすぐの、野菜販売所。何も置いてなかったけど(汗)映画『四日間の奇蹟』のロケに使われたセットがありました。(映画は見てないけど)映画の中では、この駅名で、この特牛駅が登場したらしいです。そして、映画の舞台となったのが、この近くにある角(つの)島。2000年の角島大橋開通後は、映画やドラマの舞台となることが多くなったらしいこの角島には、島のシンボルとなっている角島灯台があり、この特牛駅からも、バスが出ているようです。↓これも映画で使われたんでしょうか?周りにあまり建物が見られない無人駅の割には、駅前から延びる道路も、綺麗に整備されています。そして、驚いたことに、駅前に病院がありました。内科、外科、小児科をやっているようです。駅前には他に、開いているのかどうかよく分からない商店があり……↓このように書いてあるので、近距離切符なら、ここで買えるのでしょう。簡易委託駅というわけですね。俺はこれから博多まで行くので、ここでは買いませんでした。さて、こうして、特牛駅の見学を終え、後は博多に向かいます。12:29発 ↓山陰本線・普通 小串行(撮影:小串駅)キハ40形 ↓12:57着13:05発 ↓山陰本線・普通 下関行(撮影:小串駅)キハ47形 ↓2両編成で、後ろの車両は、塗装は違いますが、同じキハ47形です。終点の下関駅以外、後ろの車両のドアは開かないため、空いているのでこちらの車両に座りました。特牛駅は無人駅なので、乗る時に、整理券を取っていました。博多駅の改札口で精算しようかな、とも思っていたんですが、この小串からの列車には、車掌さんが乗務していまして、しかも若いおねいさんだったので、この車掌さんに整理券を渡して、切符を買うことにしました。「博多まで、お願いします」「博多……新幹線はお使いですか?(はぁと)」「いえ、使いません」ってな、甘~い会話をして、切符を発券してもらいました♪ ↓13:47着13:55発 ↓山陽本線・普通 小倉行(撮影:下関駅)415系 ↓14:02着門司駅のコインロッカーに預けていた、大きな荷物を回収して、博多に向かいます。14:25発 ↓鹿児島本線・快速 鳥栖行(撮影:小倉駅)811系 ↓15:41着こうしてようやく、目的地の博多に着きました(汗)とりあえず、駅前のホテルにチェックインし、大きな荷物を置きました。博多駅から徒歩5分で、この部屋で、3900円です。というわけで、ここから、野球観戦に向かいました。今回の旅は、こんな感じです。船旅と観光列車と難読駅。意外と、けっこう濃かったですよ。
Apr 19, 2010
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続きです。門司駅から。普通に特牛駅までの切符を買って(旅先ではいつもフリーきっぷなどを使う俺ですから、普通に切符を買うのは珍しい)、出発です。9:35発 ↓山陽本線・普通 下関行(撮影:門司駅)415系 ↓九州に上陸したばかりですが、関門トンネルを通って、再び本州へ。 ↓9:42着さて、『みすゞ潮彩号』は6番ホームから出ますが、知らなくても、6番ホームに上がる階段に、こんなのが貼ってあるので、間違えません。6番ホームに上がりました。『みすゞ潮彩号』の沿線案内もあります。金子みすゞさんの絵。その横には、『大漁』という、金子みすゞさんの詩。さて、10:40、快速『みすゞ潮彩1号』が入線してきました。『みすゞ潮彩号』は、平日は普通列車として運行されますが、土日などは、快速列車になります。つまり、観光列車色が強くなるわけですね。1号:新下関→仙崎2号:仙崎→下関3号:下関→滝部4号:滝部→新下関という運行です。10:45発 ↓山陰本線・快速『みすゞ潮彩1号』 仙崎行(撮影:下関駅)キハ47形 ↓新下関駅から来たこの列車は、下関駅でスイッチバックします。後ろ(門司方向)、1号車からの写真。先頭の二つの窓の形が面白い。左右どちらも同じ形です。中に入ります。後ろの1号車は自由席なので、外の塗装はともかく、中身は普通。先頭の指定席車両、2号車に行くと……まずは売店(右側の座席は、空いているせいか、乗務員の道具などが置いてありました)。もうちょっと前に行きましょう。そして、一番前から取った、2号車の車内です。座席は全て、進行方向左側、つまり海側を向いています。先ほどの、変わった形をした窓を、車内から見ると……ところで、俺の座席は、ちょうどこの三角の窓の所。なぜかおじさんが座っていて、そのおじさん、指定席を買っていたわけではないらしく、空いていたので適当に座っていたそうなので、どいてもらいました。(後で車掌さんから、後ろの座席の指定席券を買っていました)でもこの三角形の窓……俺、一人だったからよかったものの、二人並んだら、右側の人はいいですが、左側の人は、目の前は、三角形の枠の外の壁です(汗)も、もうちょっと、窓の配置を考えないと……(汗)車内には、金子みすゞさんの詩が書いてある絵が飾ってあります。インテリアも凝っています。仙崎に生まれ、下関で童謡を書いた、金子みすゞさんの足跡をたどる、観光列車『みすゞ潮彩号』、いよいよ発車です。下関駅から、隣の幡生駅までは山陽本線。幡生駅から、山陰本線に入ります。北長門海岸国定公園に属する、西長門海岸を、走っていきます。「長門」と聞いて、長門裕之さんや、明治維新の長州の志士たちではなく、長門有希を真っ先に連想したけど、俺はヲタクじゃありませんからね!(汗)戦艦「長門」を連想する人も、相当かと思いますが(汗)各座席には、売店のメニューが置いてありました。売店の前に、スタンプがあったので、押しておきました。非電化単線の山陰本線を、列車は北上していきます。途中、小串駅と湯玉駅の間(湯玉駅に近い所)で、一つ目のビュースポット。駅でも何でもありませんが、ここで、2、3分、停車します。↑たぶん、「ここで停車しなさい」という、運転士向けの標識でしょうね。↑すぐ真下が海です。本当に綺麗な海です。さて、数分後、列車は再び動き始めました。そして、宇賀本郷駅と長門二見駅の間(長門二見駅に近い所)で、二つ目のビュースポット。ここでも停車します。↑夫婦岩。豊漁と安全を祈願して、しめ縄で結ばれているそうです。実はもう一ヶ所、この列車の終点に近い、黄波戸駅と長門市駅の間に、三つ目のビュースポットがあるのですが、今回はそこまでは乗りません。長門二見駅(快速では停車しません)の次の滝部駅を過ぎると、車内で、金子みすゞさんの紙芝居が始まります。紙芝居は、土日祝日の便のみで、2号車の指定席車両内で上演されます。1号が、滝部駅-人丸駅間で、『童謡詩人 金子みすゞ』2号が、小串駅-吉見駅間で、『風雲児 高杉晋作』という紙芝居が上演されます。個人的には、高杉晋作の方がいいけど、まあいいや。また、1号、2号の2号車の車内では、人丸駅-仙崎駅間で、地元の歌手、もりいさむさんによる、「みすゞのうた」ミニコンサートが行われます。ただし、毎月第4日曜日のみ。というふうに、車内イベントも行われます。拍子木も使って、本格的。俺は一番前の特等席だったのですが……残念ながら、次の駅で降りるので、ほんの最初の方しか、見ることができませんでした(汗) ↓12:03着こうして、観光列車『みすゞ潮彩号』の旅は、終わりました。続きは次に書きます。
Apr 19, 2010
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4月16日(金)プロ野球観戦のため、福岡遠征に出発しました。まずはその往路の行程を、ご紹介したいと思います。JR住吉駅から連絡バスで、神戸・六甲アイランドフェリーターミナルに着いたのが、19:20頃。既にネットで予約、購入を済ませているので、乗船申込書を書く必要はなく、予約番号だけを伝え、支払いに使ったクレジットカードを見せるだけで、乗船手続き完了!チケットを受け取りました。半券を切られて、阪九フェリー『フェリーせっつ』に乗船。まずはフロントでチケットを見せて、部屋の鍵をもらいました。エントランスから、螺旋階段を上がり……俺の部屋は、個室では一番手前にある部屋。禁煙シングル、二等A指定です。室内はこんな感じで、ベッドは下段。たぶん隣の部屋は、上段にベッドがあるんでしょう。正面には机と椅子。浴衣とスリッパも置いてありました。ハンガーも2つ、備え付け。この神戸←→新門司便は、通常は『やまと』『つくし』が運行されていて、その船でしたら、このグレードの部屋で、室内に洗面台もあるんですが、整備点検のため、この『フェリーせっつ』に変更されたため、洗面台はありません。それで料金が同じなのは、ちょっと納得いきませんが、仕方ありません。元々、キャンペーン期間中(ずっとキャンペーンしてますが)で、7500円で乗れてるわけですから。↓ベッドの頭の方。↓ベッドの足の方には、テレビもあります。入口のドアを入った所に、各種スイッチがあります。さて、とりあえずお腹が空いたので、レストランへ。定食の類はなく、一皿ずつ好きな料理をトレイに取っていって、最後に精算する方式。まあ、これはフェリーのレストランとしては、普通ですね。ご飯とお味噌汁は、最初の1杯分はもちろん有料ですが、その後はおかわりは自由のようです。(おじさん・おばさんに、よそってもらいます)夕食後、とりあえず船内を探検(←ガキ)ゲームコーナーはもちろんのこと、カラオケルームもありました(もちろん有料)。そしてその隣には、ペットルーム。ケージに入れてあれば、この部屋で預かってもらえるようです。貨物として運ばれるよりは、よっぽどいいですね。船内にはエレベーターがあり、バリアフリーも完璧。大浴場は一段高い所にありますが、ちゃんとスロープも付いていました。というわけで、ひとっ風呂浴びに、大浴場へ(もちろん無料)。ボディーソープとリンスインシャンプーも、もちろん完備。浴槽内には、ジャグジーも付いていて、疲れを癒せます。脱衣所には、ドライヤーも備え付けてありました。室内にトイレはありませんが、鍵のかかる部屋に、テレビがあって、机と椅子があり、ちゃんとコンセントもあって、浴衣と枕、そして布団も用意してあって、そしてジャグジー付きの大浴場にタダで入れる。これだけの設備が付いて、しかも神戸から門司まで運んでくれて、7500円。新幹線や飛行機で行くより、すげーお得な感じです。時間はかかるけど、どうせ夜だから寝てるし。……雨が降ってなくて、甲板に出ることができれば、もっと最高だったのに……(汗)さて、ここで、おやすみなさいです。4月17日(土)朝、目覚めまして……レストランで朝食を取ってから、晴れているようなので、甲板に出ました。と……左舷方向すぐ近くに、フェリー発見!「CITY LINE」「フェリーきょうと2」と書いてあるのが読めました。大阪南港20:00発→新門司港8:20着の、名門大洋フェリーですね。俺が乗っている阪九フェリーと、ほぼ同じ時間、同じルート、で航行するフェリーです。右舷方向には、タンカーが。やっぱり船旅はサイコー!関西←→北九州の瀬戸内海航路は、内海なので揺れも少なく、酔いにくいので、オススメですよ。さて、8:30、予定どおり、新門司港に到着しました。この阪九フェリーのフェリー乗り場は、なんかこんなすごい建物。ここから無料送迎バスで、JR門司駅に行きました。ここで大きな荷物をコインロッカーに預けて、次の目的地に向かいました。続きは次に書きます。
Apr 18, 2010
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続きです。首里駅から、トコトコと歩きます。首里城までは、徒歩15分程度です。観光バスなどで来ると、西側から入ることになるんでしょうが、俺は駅から徒歩なので、北側から入りました。城そのものより前に、円鑑池(えんかんち)という駅の中にある、弁財天堂が見えてきました。道路の反対側にある円覚寺の施設です。そこから少し上り坂を登ると、世界遺産・園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)が、右手に見えてきます。国王が外出する時に、安全祈願をした所で、人が通る門ではなく、礼拝所だそうです。そこから、城への入口を通りすぎて、すぐの所にあるのが、有名な守礼門です。団体旅行だと、まずはここから観光することになるようです。俺が以前、沖縄に来た時には、首里城は工事中で、この守礼門までしか来れませんでした。「守礼」というのは、「礼節を守る」という意味で、この門には「守禮之邦」(しゅれいのくに)と書いてあります。「琉球は礼節を守る国である」という意味ですね。ここから、首里城の見学です。まずは、歓会門(かんかいもん)。正殿へ続く、1つ目の正門です。ここをくぐると、右手に石段があり、石段を登りきった所に、瑞泉門(ずいせんもん)があります。この門をくぐって、左に曲がると、第3の門、漏刻門(ろうこくもん)です。「漏刻」とは、水時計という意味で、ここに水時計があって、時を知らせたそうです。また、身分の高い人でも、籠に乗ることができたのは、この門までだったそうです。この門を過ぎて、右手には、広福門があります。この門の所に、入場券売り場があります。入場料は、大人一人800円ですが、ゆいレールの1日乗車券(2日券、3日券ももちろん可)を見せると、割引になり、640円になります。ここまでが無料で見学することのできる範囲です。次の奉神門(ほうしんもん)で、入場チケットを切られます。この門には3つの入口があり、今は、入場ゲートになっているため、庶民でも必ず真ん中を通らないといけませんが、王朝時代には、真ん中を通れるのは、国王や、中国からの使者など、身分の高い人だけだったそうで、役人は脇の入口を通ったそうです。もちろん、庶民はここまですら来れなかったんでしょう(汗)奉神門をくぐると、ようやく正殿です。現在、一部工事中ですが……この正殿の脇(正殿に向かって右側)にある、番所から、中に入ることができます。入口で靴を脱ぎ、おばぁに渡されるビニール袋に靴を入れて、中に入ります。中には、王朝時代の資料が展示してあり、一部区域は撮影禁止です。正殿に入りますと……1階の中央にあるのが、国王の玉座・御差床(うさすか)です。後ろに階段が見えますが、これは国王専用の階段(おちょくい)で、これで2階に上がることができます。我々庶民は、別の階段で2階に上がります(汗)と……1階の御差床の真上にも、御差床があります。こちらの方が、豪華絢爛です。さすが、国王様の玉座というのは、素晴らしいです。……もっとも、これらの首里城の建物のほとんどは、太平洋戦争時の沖縄戦で焼失してしまい、再建されたものです。元々は、15世紀頃に建てられたものが多いようですが。首里城の正殿の見学を終えて、外に出ます。と、どうやら一方通行になっていて、そのまま、出口の久慶門へ向かう通路につながっていました。……というわけで、首里城の見学を終え、首里駅に戻ってきました。野球の試合を見に行かないといけないので、急ぎ足の見学でしたが……急ぎすぎた(汗)予定では、首里駅10:11発のゆいレールに乗る予定でしたが、9:36発の便に乗れてしまいました(汗)9:36発 ↓ゆいレール 那覇空港行9:41着古島駅前バス停10:33発の琉球バス112系統のバスに乗って、宜野湾へ行く予定でしたが……古島バス停9:57発の琉球バス55系統のバスに乗りました。112系統はバイパス経由で、55系統は下道経由です。しかも、バイパス経由のバス停は「古島駅前」、下道経由のバス停は「古島」という名前です。バイパス上に古島駅前バス停があり、その脇を通る下道に古島バス停があります。ややこしい……まあ、こうして、宜野湾まで野球を見に行って津波中止を食らい、代わりに浦添で観戦しました。その模様は、こちらで。さて、野球観戦からバスで古島駅に戻ってきました。16:30発 ↓ゆいレール 那覇空港行16:53着あとは、19:00発のANA436便に乗り、神戸空港に戻るだけです。機材は、A320-200。久しぶりに乗ったエアバス機でした。まあ、こういうわけで、20:50、無事に神戸空港に到着しました。大雨、地震、津波と、色んな災害に巻き込まれた、沖縄遠征でした(汗)
Mar 4, 2010
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続きです。2月28日(日)とりあえず、那覇空港駅へ行くことにしました。7:32発 ↓ゆいレール 那覇空港行7:40着ここに来たのは、那覇空港のコインロッカーに大きな荷物を預けるため……だけではありません。実はこの那覇空港駅は、日本最西端の駅なんです。東経127度39分8秒どうでもいいんですが、この春の甲子園、初の沖縄県勢2校出場ということで、あちこちの駅に……さて、これから、日本最南端・最西端の鉄道、ゆいレールの徹底解剖!……は、しません(汗)那覇空港駅の改札を入った所にある、車両の模型。ホームに上がり、実物をパチリ!ゆいレールのロゴは、ちょっとかわいい。車内に入ります。前後の先頭部だけ、前方が見渡せるような座席の作りになっています。(座席の向きは変えられないので、後方はもちろん、進行方向逆向きになります)ゆいレールは全て2両編成ですが、空港直結の鉄道ということで、連結部の左右には、大きな荷物置きがあります。でもやっぱり、レール好き、ポイント好きの俺が見るのは…………(汗)終点の駅なので、こういうふうになっています。さて、出発です!8:00発 ↓ゆいレール 首里行最初に乗り込んだので、先頭の座席に座り、一人「電車でGO!」……じゃなかった、「モノレールでGO!」 ↓8:27着ゆいレール全線完乗!(達成は簡単)というわけで、続きは次に書きます。
Mar 4, 2010
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続きです。2月27日(土)雨は上がっていましたが……5:30過ぎ、大きな地震で目が覚めました(汗)まあ、特に被害はありませんでしたが、大きかったので、頭から布団をかぶりました。で、もう二度寝することができず……(汗)眠いけど、朝食後、この日の行動を開始しました。ホテル最寄りの、奥武山(おうのやま)公園駅です。ホテルがあるのは、この駅の南側ですが、北側には奥武山公園があって、野球場などが建設中です。ゆいレールのホームには、一部の地下鉄のように、安全柵があり、列車が来ないと、ここは開きません。まあ、確かに、モノレールですし、ホームから落ちたら、列車に轢かれる以前に、下の道路に落ちて死にそうです(汗)この駅で、ゆいレール二日乗車券(1000円)を買いました。一日乗車券(600円)は自動券売機でも買えますが、二日乗車券や三日乗車券(1400円)は、窓口で買わないといけません。最初に自動改札を通すと、裏に、利用開始後の有効期限が印字されます。さて、では昨日に続いて、ゆいレールに乗りました。8:08発 ↓ゆいレール 那覇空港行ゆいレールで2駅、那覇空港駅方面へ行きます。 ↓8:12着この赤嶺駅が、日本最南端の駅です。北緯26度11分36秒↑駅の裏側です。首里行き列車停車中。駅の外の広場にですが、最南端の記念碑もあります。赤嶺駅から那覇空港駅方面へ出てすぐの、このカーブの辺りが、レールの日本最南端の場所だと思います。そして、当然のことながら、これが、日本最南端の改札口です(汗)さて、再び首里方面へ戻ります。8:27発 ↓ゆいレール 首里行8:34発この旭橋駅から、那覇バスターミナルに直結しています。さて、ここから名護に向かいます。沖縄の各バス会社の共同運行で、那覇から名護まで、高速バスが走っています。行きは、那覇バスの運行でした。車内は……ボロかったです(汗)9:27、那覇バスターミナルを出ました。乗る時に整理券を取り、降りる時に運賃を払います。座席の指定も何もありません。普通の路線バスと同じです。(高速道路走行時はシートベルト着用)11:00、定刻に名護バスターミナルに着きました。そして、名護でオープン戦を観戦しました。その模様は、こちらにアップしてあります。試合後……今度は那覇バスの運行で、那覇に向かいました。こちらはまあ、普通の観光バスのようなバスでした。16:45、名護バスターミナルを出ました。途中から雨が降ってきて、予定では18:17に那覇バスターミナルに到着する予定でしたが、少し遅れました。那覇バスターミナルから、雨の中、少し歩いて、国際通りに行きました。国際通りの入口付近にある「パレットくもじ」内の、みの家さんに行き、ソーキそば定食を食べました。左上の空の皿は、ソーキの骨入れです。この定食、炊き込みご飯のボリュームがあって、お腹いっぱいになりました。美味しかったですよ。それから、食後のお散歩も兼ねて、国際通りをぶらぶらと歩きつつ、お土産を買って、県庁前駅から、ゆいレールを使って、ホテルに戻りました。19:50発 ↓ゆいレール 那覇空港行19:55着こうして、何とか無事、沖縄での一日を終えました。……暑かったけど。続きの、明日以降の更新は、帰宅してからします。
Feb 27, 2010
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2月26日(金)オープン戦観戦のため、沖縄にやって来ました。仕事をちょっと早く終えて、神戸空港へ。Webチェックインはもう済んでいるので、大きな荷物だけ預けて、セキュリティーチェックに向かいました。飛行機に乗り込んで、窓から駐機場の地面を見ると、もう、ほとんど池(汗)雨と風が強くて、こんな中、飛び立つのは、正直、怖かったです(汗)神戸空港19:25発、JTA319便ですが……さすが沖縄の航空会社、日本トランスオーシャン航空。機内では、『島唄』や『涙そうそう』が流れていました。俺たちを乗せたB737-400は、強風の中、離陸しました(汗)もう、怖いぐらい揺れました。窓側の席でしたが、夜景を楽しむ間もなく、雲の中に突入!いつも、こういうシチュエーションになると、コルベット兵の、バカめ! 雲の中は乱流と電気の地獄だ!というセリフを思い出します(汗)(出典:映画『風の谷のナウシカ』)雲を抜けると、安定飛行に入りました。そのまま南西へ一直線。真っ暗闇で主翼すら見えないので、窓側でも全然面白くない(汗)というわけで、ずっと、i-Podで音楽を聴きながら、本を読んでいました。着陸の際も、那覇に前線が停滞していたため、離陸の時と同じように、けっこう揺れました(汗)そして予定どおり、21:35、那覇空港に着陸しました。すげー大雨の中……(汗)そして、蒸し暑い(滝汗)那覇空港で荷物を受け取り、そのまま、空港直結の那覇空港駅へ。22:00発 ↓沖縄都市モノレール(ゆいレール) 首里行(撮影:那覇空港駅) ↓2両編成の跨座式モノレールで、那覇空港駅へのアクセス鉄道としての機能もあるせいか、連結部付近に、大きな荷物置きの台があります。 ↓22:07着この駅からホテルまで、徒歩6分と書かれていたんですが、雨の中、8分ぐらい歩いても、たどり着きません……(汗)どうやら、ホテルの目の前を通り過ぎてしまったようで……(汗)これがホテルですが……(撮影は翌朝)駅の方から来ると、ホテルの1階部分の交差点側に、某携帯電話の会社の店舗があって、そっちの方に目が行ってしまい、ホテルに気付きませんでした(汗)さて、チェックインしまして、部屋に入りました。これで、会社の福利厚生を利用して、2泊朝食付きで2750円です。つまり1泊あたり1375円。というわけで、このホテルに泊まりました。続きは次に書きます。
Feb 27, 2010
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続きです。17:01発 ↓土讃線・普通 阿波池田行(1両編成)(撮影:土佐北川駅)キハ32形 ↓俺が土佐北川駅で乗った時には、乗客はそれなりにいたんですが、だんだん減っていき、ついに、豊永駅からは、運転士さんと車掌さんの他は、乗客は、俺と、おねいさんが二人きり……何だかドキドキしてきましたが(←アホ)、そのおねいさんも、次の土佐岩原駅で降りてしまい、土佐岩原駅から、次の大歩危駅を過ぎて、その次の小歩危駅でおじさんが乗ってくるまで、俺はひとりぼっちでした(汗)(大歩危駅停車中に撮影) ↓18:12着18:49発(本来の発車時刻は18:48だが、臨時列車があった影響か、18:49発に変更) ↓土讃線・普通 琴平行(1両編成)(撮影:阿波池田駅)キハ32形 ↓阿波池田駅のキヨスク兼コンビニで買った、普通のお弁当を車内で食べました。阿波池田駅には、いわゆる「駅弁」はありません。 ↓19:37着19:42発 ↓土讃線・予讃線・普通 高松行(4両編成)(多度津から予讃線)(撮影:琴平駅)113系 ↓20:09着宇多津駅で途中下車しました。ここから徒歩10分ちょっとの所にある健康ランド、瀬戸大橋 四国健康村に行きました。通常料金は、大人1890円なのですが、今回は2時間コースで、750円。2時間コースは17時から22時の間に入館の場合のみで、館内着は付きませんが、フェイスタオルとバスタオルは付きます。ここの露天風呂は、群馬県の草津温泉の湯なんだそうです。そしてサウナは、確か『探偵!ナイトスクープ』で紹介されていた記憶があるんですが、「熱波隊」と呼ばれるおじさんやお兄さんが、熱い香花石にアロマ水をかけて、ジュワッと発生した水蒸気を、巨大うちわで扇いで、わざわざ利用者に熱波を送る、「ロウリュサウナ」というサービスがあります。1時間に1回、やっているようです。(男性浴場のみ)俺は元々サウナが苦手なので、入りませんでしたが(汗)こうして一日の疲れを癒し、ポカポカと気持ちよくなって、お風呂から上がり、瓶のコーヒー牛乳を一気飲みしました。ここは24時間営業なので、休憩室で泊まることもできます。もちろん深夜割増料金は必要ですが。ババンババンバンバン♪ と鼻歌を歌いながら、宇多津駅に戻りました。22:26発 ↓予讃線・普通 高松行(4両編成)(撮影:宇多津駅)113系 ↓23:03着こうして無事に高松駅に戻ってきました。あとは、高松駅前0:25発の無料送迎バスに乗って、ジャンボフェリー乗り場に行き、フェリーに乗って神戸に帰るだけです。小雨が降っていたので、高松駅の中で時間を潰してから、徒歩数分の所にあるバス乗り場に行きました。数分遅れましたが、無事、バスが来て、乗り込みました。バスの乗客は俺を含めて10人。フェリー乗り場に着いたら、もう乗船は始まっていましたし、復路のチケットは既に購入済みでしたので、そのまま手続きなしで船に乗り込みました。(船の入口でチケットの半券はもちろん切られますが)今回は写真はありません。だって、往路と同じだもん(汗)というわけで、二等和室に行って、とっとと寝ました(汗)出航時刻は0:55です。1月31日(日)、到着予定時刻の5:00よりも少し早く、神戸に到着しました。フェリー乗り場前の送迎バス(200円)に乗って三宮駅前まで行き、そこから私鉄で帰宅しました。こうして、今回の四国旅行は終わりました。けっこうお手軽な旅行でしたね。俺の言うところの「お散歩」レベルでした(笑)
Feb 1, 2010
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続きです。14:48発 ↓土讃線・普通 阿波池田行(2両編成)(撮影:新改駅)キハ32形 ↓15:09着土佐北川駅に到着しました。この駅、何がすごいかと言いますと……吉野川の支流の穴内川に架かる鉄橋の上にある駅なんです。停車している、俺が乗ってきた列車の大きさと較べると、ホームの幅がすごく狭いのが分かります。ちょうど、特急列車との行き違いだったので、行き違いの瞬間を撮ってみました。(左側の特急は、向こう側に向かって走っています)橋の上で行き違いですよ(汗)そして、俺が乗ってきた列車は、俺を残して、去っていきました。(この駅で降りたのは、俺一人だけ)この鉄橋、阿波池田側は、すぐにトンネルに入ります。そしてこのホーム、高知側に、ちょこっとだけ屋根があります。もちろん、駅の下には川が流れていますよ。この土佐北川駅、一番怖いのは、特急列車が通過する時。ホームの幅が狭いだけでなく、橋の上なので、列車が通過する時、ガタガタと揺れるんです(汗)ホームに立っていると、すぐ横を、特急列車が橋を揺らしながら、高速で走り抜けていくというわけです。これはけっこう怖いです(笑)しかもこのホームにはベンチもありません。こんな怖いホーム上で、ずっと待っていないといけないのかというと、もちろん、そんなわけはありません。高知側に、下へ降りていく階段があります。すると突き当たりで、通路が左右に分かれています。ここを左に曲がると、小さな待合室があります。待合室がある場所は、橋の下に当たります。この待合室にも、駅ノートが置いてありますが、虫よけのためにビニール袋に入れてあります。でも、スーパーの袋って……(汗)先ほどの通路を左に曲がると、右手には、徒歩で橋を渡るための歩道になっています。左手をずっと行くと、駅の出口に通じています。で、この出口へ続く道と、橋の歩道への分かれ道の所に、駅名が書かれています。そしてここが、駅の出口……というか、入口です。右側にあるのは、トイレです。この入口のそばには、普通の、自動車や歩行者用の橋があり、その橋を渡ると、川に沿っている国道32号線に出ます。近くに民家もありますから、秘境という感じは全くしません。橋の上の駅、というのが珍しいのです。(全国を探せば、他にも橋の上にある駅はあります)対岸から鉄橋を撮ると、こんな感じです。そして国道が鉄橋の下をくぐり、土讃線がトンネルに入る所に、先ほどの、鉄橋上の、線路の横を通る歩道に上がる、登り口があります。この階段を上がって歩道に出て、鉄橋を歩いて渡りました。この土佐北川駅の入口近くから、河原に降りることもできます。場合によってはダムの放流もあるらしいので、気を付けてください。河原から鉄橋を見上げます。残り時間は駅ノートを書いたりして、土佐北川駅での楽しい時間も、過ぎていきました。続きは次に書きます。
Feb 1, 2010
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続きです。阿波池田駅です。乗り継ぎ時間が1時間40分あるので、どこか行ってもよかったんですが、あいにく、ちょうどいい場所がなかったので、駅をぶらぶらしていました。ちなみに、駅から見えるんですが、高台にあるこれ……あの池田高校……だったと思います。(真ん中に高い建物があって、邪魔になってますが)さて、秘境駅を巡っているので、大きな駅にいる間に、昼食を食べないといけません。駅構内にあるお店に入りました。祖谷そば定食を注文。この祖谷地方の名物といえば、祖谷そばですよね。さて、こうしてお腹を満たして、次の目的地、新改駅に向かいます。阿波池田駅のホームには、この地方の吊り橋、かずら橋の模型があります。11:46発 ↓土讃線・普通 高知行(1両編成)(撮影:阿波池田駅)キハ32形 ↓阿波池田駅を出た時点で、乗客は18人。そのうち、女子高生が半分の9人。ということで、目のやり場に困ったんですが(なぜ?)、先に進むにつれて、乗ってこないのに、降りていく一方(汗)そしていよいよ新改駅。駅を通り過ぎてから、スイッチバックになり、バックして入線します。(車内から撮影)右側奥のトンネルから来て、右側手前の待避線に停車。左側奥に、駅があります。通過する列車は、右側奥のトンネルから、左側手前へと通り過ぎていきます。 ↓13:14着こうして、新改駅に到着しました!降りるのは俺一人だけかと思っていたら、もう一人、おじさんも降りました。テツかと思ったら、駅の掃除などをしに来た人でした。こんな無人駅でも、こうして定期的に手入れをしてくれている人がいるから、駅は綺麗に保たれているんですよね。感謝カンシャです。スイッチバックなので、駅の前の線路は、行き止まりになっています。さて、駅舎はこんな感じ。駅舎全体が収まってませんが、これ以上、引けません。これ以上、後ろに下がったら、崖から落ちちゃいます(汗)なので、斜めから撮影。駅前には、いちおう、舗装された道路があります。この道路はすぐにヘアピンカーブになっていて……ヘアピンカーブを2つほど過ぎると(駅からは下り坂です)、こんな綺麗な景色が現われます。もちろん、駅の背後も山です。でも秘境度は坪尻駅の方が上ですね(笑)駅舎の中はこんな感じです。左側の椅子の上に置いてあるビニール袋は、おじさんが、トイレの流す水用に持ってきた、2リットルのペットボトルです。水洗ではないので、こういったペットボトルに入った水が用意されています。そういえば、阿波池田駅のトイレの洗面所で、おじさんがペットボトルに水をくんでいました。ホームに出て、ホーム側からの駅舎をパチリ。さて、でもこれぐらいで満足する俺ではありません。俺はスイッチバックフェチですから。まだ、列車の中からしか、スイッチバックを見ていません。四国内にはスイッチバックは2ヶ所しかありませんが、それが、先ほどの坪尻駅と、この新改駅のスイッチバックなのです。しかもどちらもX形スイッチバック。というわけで、ホームの端から降りて、スイッチバックのポイントに向かいました。駅からは、線路がカーブしているので、スイッチバックはうまく見えません。上の写真は、駅のホームからスイッチバックの方を撮ったものですが、ちょうど、右にカーブしている先にスイッチバックがあり、ホームからは見えないのです。坪尻駅よりも、駅のホームとスイッチバックのポイントが離れています。というわけで、線路沿いにちょっと歩くと……ポイントが見えてきまして、ちょうどいい具合に、右手に高くなっている所があります。よし、あそこに登れば、ちょうどいい具合に見下ろせるな!と思って、そちらに向かったら………………(汗)しかもちょうど線路側に高い草が密集していて、仮に上まで登ったとしても、草で見えないでしょう。他の所も探してみましたが、坪尻駅のスイッチバックよりも場所が狭くて、いい撮影ポイントがありませんでした(泣)ちなみに俺はお利口さんなので、立入禁止の所には立ち入りません。何とか最大限に近付いて撮った写真が、これ。さらにこの新改駅のスイッチバックは、ホーム上から、通過列車が見えにくいんですよね。下の写真は、スイッチバック側から駅の方を撮ったものですが……右に伸びている線路が、トンネルに入っていく本線、そして左に伸びている線路が、新改駅のホームに行きます。それらの線路の間には、背の高い草むらなどがあり、さらに、本線はすぐにトンネルに入ってしまいます。だから、新改駅のホームから本線側を見たら、本来なら本線が見えるはずなんですが、すでにトンネルの中に入ってしまっていて、見えません。というわけで、通過列車は、ホームからスイッチバックの方を向いて、このわずかな隙間からしか見えません。上の写真の、左側はトンネル、右側はカーブしていて見えない、というわけです。せっかくのX型スイッチバックなのに……でもまあ、しょうがないので、駅に戻り、駅ノートを書くことにしました。こうして新改駅での楽しい時間は過ぎていき、阿波池田行きの上り列車がやって来ました。ちょっとビックリしたんですが、2両編成でした。上り列車なので、新改駅からバックしてスイッチバックの待避線に入り、再び向きを変えて、阿波池田方面へ行きます。普通は、運転士さんが列車内を、端から端まで運転席を移動してバックするんですが、この列車は2両編成で、しかも車掌さんが乗務していたので、運転士さんは運転席を離れず、そのままバック。こうして待避線までバックして、阿波池田方面へ向かいました。続きは次に書きます。
Feb 1, 2010
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続きです。列車通過時刻を確認し……いよいよ坪尻駅周辺の探検に出発!警報機も遮断機もない踏切(そもそも道らしい道もないですが)を渡って、線路の反対側に出ました。25パーミルの急勾配。妖怪でも住んでそうな、あの廃墟、まだあった!(そりゃ、撤去する必要もないしね)(廃墟の中)その奥に少し行くと、木々の向こうに谷川が見えます。(時期によっては木々に阻まれ、見えないこともあります)駅の正面も……背後も……上り、讃岐財田側(琴平側)も……下り、箸蔵側(阿波池田側)も……(カーブしていて見えませんがこの先すぐにトンネルがあります)山に囲まれていて、人もいないので、谷川の滝の落ちる音と、小鳥のさえずる声ぐらいしか、聞こえません……本当に、秘境ムード満点です!で、満足して駅に戻り、記念に駅ノートに書き込もうとしたら、こんな貼り紙が……何て書いてあるかといいますと……(以下引用) お願い 先月下旬、旅人達が旅の記念に絵や文字で旅日記を綴って、旅人の気持ちが一杯詰まった「坪尻駅ノート」九冊全てが無くなりました。このような出来事は今回が初めてのことですが、非常に残念でなりません。 どうかスタンプ同様、ノートも大切にお使い頂きます様お願いいたします。 平成21年4月6日 阿波池田管理駅長(引用終わり)そしてそこに置いてあった新しい駅ノートは、2009年3月29日の日付からでした。俺が以前、ここに来て書いたのは、2008年11月1日ですから、俺が書き残した分も、消えてしまったというわけですね。漫画『鉄子の旅』で、鉄子一行がここを訪れた時に、漫画家の菊池直恵さんが描いたイラストも、消えてしまったということですね……(もしかしてそれが目的?)ぐぐってみたら、徳島新聞にも、その記事が載っていました。(上記リンク先の上の写真が、菊池さんのイラストのページ)誰か知りませんが、鉄道を愛する者として、この行為は、許せません!(激怒)犯人は、名乗り出なくていいから、返しておいてください!っていうか、ここを訪れるくらいだから、鉄道好きの人なんでしょうが(地元の人はそもそも駅ノートを盗む必要がありませんし)、そんな人は、鉄道ファンとは呼べません!撮りテツさんや収集テツさんたちはどうか知りませんが、少なくとも乗りテツは、列車に乗って、その雰囲気、旅情を楽しんでいます。こんな素敵な駅を訪れて、駅ノートに自分の足跡を残し、仲間が過去に書いたものを読むのも、楽しみの一つです。それを踏みにじるような行為、絶対に許せません!本来、こんな「お願い書き」などなくても、しちゃいけないことだって、分かるでしょうに。っていうか、したいとすら思いませんが……先にも、この犯人への憤りのコメントを残している人がいらっしゃったので、俺も駅ノートに「返してください」と書いておきました。もちろん、書いたのはそれだけではないですが。まあ、そんなわけで、最後に、何となく嫌な気分になりました。その頃、他の二人のテツたちは、カメラの手入れをしながら、「この写真、いつ更新しよう……宮崎のもあるんだぜ?」「宮崎って?」「高千穂廃線」ってな会話をしてました(汗)2005年9月6日の台風14号によって鉄橋が落ちたりして、2008年12月28日に全線廃止となった、高千穂鉄道のことですね。俺は廃線前に乗ったことがありますが……この人たち、廃線跡を撮りに行ったんでしょうかね?まあ、それはともかく、この坪尻駅は今年の1月11日、開業60周年を迎えまして、その記念樹が植えられていました。そして時間が近付いてきたので、ホームに出ました。ここで初めて気付いたんですが、駅のトイレの前に、こんなものが置いてありました。以前来た時には、水道は通ってたような記憶がありますが……なかったっけ?(汗)とか思っているうちに、次に乗る列車がやって来て、俺たちの前を通り過ぎて行きました。そして先ほどとは逆の順番で、待避線に入り、バックして坪尻駅に入線してきました。9:52発 ↓土讃線・普通 阿波池田行(1両編成)(撮影:坪尻駅)キハ54形 ↓先ほど、箸蔵駅からここまで、俺を乗せてきた車両が、そのまま琴平駅から折り返してきたようです。(列車番号を見れば同一の車両であることが分かります)まあ、予想どおりでしたけど。そしてテツの二人も、この列車に乗りました。バイバイ! 坪尻駅……(車内から撮影) ↓10:06着続きは次に書きます。
Jan 31, 2010
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続きです。8:11発 ↓土讃線・普通 琴平行(1両編成)(撮影:坪尻駅)キハ54形 ↓先ほどの琴平からの列車もそうですが、先頭には、しょくぱんまんが描かれています。 ↓8:16着さて、こうして、最初の目的地、坪尻駅に到着しました!この列車は上り列車なので、スイッチバックをせずに坪尻駅に到着します。坪尻駅には一昨年、2008年の11月1日にも訪れていまして、今回が2回目です。その時の模様は、こちらに書いてありますので、どうぞご参照ください。先ほど、琴平駅から箸蔵駅まで乗った、この坪尻駅を通過した列車から見た時には、坪尻駅に人影が見えて、こちらの列車の写真を撮っているようでした。まあ、彼らはどう考えてもテツでしょうし、この列車に乗って、次の目的に行くのかと思っていたんですが、この列車にも乗りませんでした(汗)坪尻駅のホームに降り立ち、ホーム側から駅舎の写真をパチリ、パチリ。それから、ホームの端に行って、X型スイッチバックを激写!だって俺、スイッチバックを見に来たんだもん。スイッチバックを撮らなきゃ。坪尻駅の駅舎に入りましたが……先に来ていたテツのお二人の荷物が置いてある他には、もちろん誰もいない、寂しい駅……そんな俺を出迎えてくれたのは、朝の連続テレビ小説『ウェルかめ』の倉科カナさんだけ……『ウェルかめ』は徳島県が舞台なので、徳島県の駅には貼ってあるのです。この寂しい駅で、倉科さんの笑顔は俺の心の清涼剤になりました。……というのは嘘で(いや、倉科さんは清涼剤にならなかった、という意味ではないです)、この秘境駅(しかもスイッチバック付き)に来たというだけで、朝っぱらから、充分に俺のテンションはマックスでした(汗)駅前はやっぱり何もない(笑)っていうか、増えるどころか、この辺り↓にいた、案山子(かかし)たちが、一人もいなくなってました(汗)不気味だから撤去されたんですかね?「マムシ注意」の立て札は、残ってましたけど(汗)その右手にある、けもの道のような細道は、当然のことながら健在でした。坪尻駅のこの感じは、いつ来ても、飽きないです。この、駅名の一部の木片が落ちて、修理せずにペンキ?で塗っただけの、このいかにも「もう直す気ありません」な駅名の表示も、以前のまま。さて、駅の中に、こんなものが貼ってありまして……はい。この列車は、俺が乗ってきた列車のことでして、実はこの時、ホームにはまだ、乗客を乗せた列車が停車したままでした。8:30になったので、列車が琴平方面に向けて発車です!が、まずはバックから。琴平行きの列車ですが、反対方向の阿波池田方面へ進んでいきます。(向こう向きに進んでいます)そしてスイッチバックのポイントを通過します。(向こう向きに進んでいます)待避線に入って止まり……運転士が車内を移動して運転席を移り、今度はこちら(琴平側)に向かって進んできて、本線に入ります。(こちら向きに進んでいます)そして、琴平方面に向かって、消えていきました……(撮影者の向きが逆になり、向こう向きに進んでいます)いやあん。スイッチバックしてる様子をこんなに近くで見られるなんて、興奮度超マックスで、イッちゃいそう♪ってな感じで、ハァハァと息を乱しちゃいました(汗)続きは次に書きます。
Jan 31, 2010
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1月30日(土)ちょっと四国へお出かけしてきました。まずは、29日(金)の23:30、三宮駅前のバスターミナルから、ジャンボフェリーの乗り場への送迎バス(200円)に乗りました。信号等があるため、10分弱ぐらいかかりますが、歩いても15分くらいで着きます。乗り場に着いて、乗船手続きをしました。神戸-高松間、片道1800円、往復2990円です。↑往路のチケット↑復路のチケット復路のチケットには、乗船日や日付などが書かれていません。3月31日までの高松→神戸の便なら、どれに乗ってもかまわないですし、特に便を指定する手続きをする必要もありません。というか、復路は、乗船手続き(氏名、住所などの記入)も不要で、このチケットさえあれば、どの便にも乗れます。さて、こうして、ジャンボフェリー『こんぴら2』に乗り込みました。階段を上がり……この船は、昼間も就航していますので、普通の座席もありますが……俺が行ったのは、カーペットの二等和室。3階にあります。自由席ですので、座席でも和室でも、好きな方に行けます。女性専用席もあり、そこは一室、全て座席です。何度も乗っていますし、そんなに探検する所もないですし、時間も時間ですので、0:55の出航前に、早々と寝ました(笑)高松東港の到着は5:00。そこから無料送迎バスで高松駅へ行きました。神戸側は、神戸フェリーバスというバス会社の便なので、200円かかりますが、高松側は、ジャンボフェリーが持っている自社のバスなので、無料なのです。こちらも、遅くても10分もあれば高松駅に着きます。今回の旅は、あらかじめ買っておいた、土曜・祝日限定で、JR四国内の普通・快速列車に乗り放題の、四国再発見早トクきっぷ(2000円)を使いました。この切符、自動改札機は普通に通ることができます。さて、まずは、この列車に乗ります。5:44発 ↓予讃線・土讃線・普通 琴平行(4両編成)(多度津から土讃線)(撮影:高松駅)113系 ↓この113系の車内は、俺の好きな転換クロスシートなのですが、それはまあ、いいとして……中間車にも、乗務員室がありまして、そこが……「室」というより、柵で区切ってあるだけの「空間」です(汗)この車内で、地元で昨夜買っておいた、朝食のおにぎりを食べました(汗)フェリーの到着が遅れたら、列車に乗り込むのがギリギリになるかもしれないから、買っておいたんです。 ↓6:54着6:58発 ↓土讃線・普通 阿波池田行(坪尻駅通過)(1両編成)(撮影:琴平駅)キハ54形 ↓琴平駅の営業時間は7:15からなので、この時間はまだ無人駅。ですから、ワンマンなので、乗る時には整理券を取らないといけません。まあ、俺はフリーきっぷなので、関係ないんですけどね。車内はこんな感じ。5人分ごとに、肘掛けが付いています。乗客は、確か、琴平駅を出た時には、俺を含めて3人……(汗)なお、琴平駅から先は、非電化単線になります。坪尻駅は通過なので、その次の箸蔵駅まで行って、折り返すことにしました。本当は、箸蔵駅の次の佃駅や、その次の、終点・阿波池田駅まで行ってから、折り返してもよかったんですが、阿波池田駅も佃駅も、降りたことがあるので、初めての箸蔵駅にしました。 ↓7:35着小さな無人駅です。(玄関側からホーム側に向かって撮影)続きは次に書きます。
Jan 31, 2010
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続きです。2010年1月1日(金)無事、新年を迎えました。ですが、早速、朝から移動開始です(汗)8:45発 ↓地下鉄5号線 傍化行スーツケースをあちこち持ち運ぶのは嫌なので、空港まで乗り換えなしで行ける所にあるホテルを選んでたんですよね。ソウル駅からも、空港からも、路線は違えど、東大門歴史文化公園駅へは乗り換えなし。ただ、ソウルの地下鉄では、今までずっとW1000の区間でしたが、初めて、W1300の区間になりました。 ↓9:32着こうして、金浦(キンポ)国際空港に到着しました。写真は外へ出て撮っていますが、本来、地下鉄の駅から、外へ出ることなく、空港に行くことができます。金浦空港駅を降りて、そのまま仁川(インチョン)国際空港行きの列車(空港鉄道(A’REX))に乗り換えることもできますし、金浦空港の国内線と国際線のターミナルへも、ちゃんと漢字と英語で表示がありますから、迷うことはありません。地下の動く歩道を通って空港まで行けます。「e-チケット」を持っていたので、チェックインカウンターに、e-チケットとパスポートを出して、チケットを発券してもらい、同時にスーツケースを預けました。係員は韓国人のおじさんでしたが、特に何も話すことなく、手続き完了。それから軽く昼食を取り、空港内の銀行で両替をしました。もちろん、その手数料が30%引きになるその銀行のクーポン券を持ってきていましたので、それを使い、W159000を出したところ、¥12000と、お釣りがW4340返ってきました。さて、時間が迫ってきましたので、出国審査。無事、パスポートにスタンプを押してもらいましたが……国によってなのか、審査官によってなのか知りませんが、適当なページに押されました(汗)よくあるようですけどね。右上が日本出国、左上が韓国入国、右下が日本入国のスタンプですが、このページはパスポートの11ページ。そして韓国出国のスタンプだけ、ずっと飛んで29ページに一つだけポツンと(汗)ギリシャに行った時のスタンプは、入国、出国全て、9ページ目に押されました。トルコに行った時のも、全て10ページ目。で、今回の韓国も、韓国入国までのスタンプは順番に11ページ目に押してくれたんですが、出国だけ、適当なページに押されて(日本入国は11ページ目に押してくれたのに)、几帳面な性格の俺は、これだけで、何か、汚された気がして、イライライラ……(汗)まあ、いちいちページをめくって最後のページを探すなんて、時間の無駄なのは分かりますが、俺みたいな性格の人は、それだけで、コレクション(ではないですが)が穢された気分になり、憂鬱になるんです(汗)で、それとは全く関係ないんですが、下関港での出国のスタンプ……「KANMON」(関門)って……(汗)下関なんだから、門司は関係ないんじゃ……(汗)さて、その後、セキュリティーチェックがあったんですが、俺のリュックが鳴っちゃいました(汗)「モウイチドケンサシマス」って言われて、リュックの上から、何か掃除機みたいな音がする機械で調べられ、おまけにパスポートの番号か何かを控えられて、「ドウゾ」って……(汗)何かやばいものが入っていたんなら、その場でリュックの中身を調べられそうなものですが、そうでもなく、そのまま返されました。だったら、何の必要があって、パスポートの何を控えられたんだ!?(汗)さて、セキュリティーチェックを受けてから、機内で飲むお茶でも買おうと思ったら……自販機が1台もない……(汗)何かカフェみたいなところがあって、そこに、高い水のペットボトルなら売ってましたが、そのカフェ以外には、免税店しかなく……いくら何でも、自販機の一つや二つ、置いといてくれてもよさそうな気が……(汗)……ハングルじゃ、何書いてあるのか、分かりませんね(汗)俺が乗るのは、12:25発のJAL8962便大阪行きです。この飛行機は、日本航空が運行していますが、大韓航空とのコードシェア便です。(「KE」は大韓航空のコード)あ、心配しなくても、日本語版や……漢字版の表示もありましたよ。さて、12:00、搭乗開始。うおお! 座席にテレビが付いてる!写真は撮れませんでしたが、乗った機材は、JALエクスプレスのB737-800です。俺はもちろん窓側♪俺の隣の席は空いていて、その隣に日本人のおじさんが座っていました。隣が空いてると、広々と感じますね。12:21、飛行機は駐機場を離れ、滑走路に向かいました。飛行機が通らない所は、雪で白いまま……そして、12:32、離陸!ウィングレット付きの翼です。相変わらず、座席は主翼が見えるこの位置が好きな、俺でした(笑)12:48頃、眼下に海が見えてきました。で、その頃、機内食が配られました。たった1時間半のフライトでも、機内食出るんですね!お昼時だからかもしれませんが。日本製のお弁当♪もうね、機内食ってこんなに美味しいものだったのか、ってぐらい、美味しかったです(汗)いちおうホテルでも、朝食バイキングではおにぎりが出ましたけど、何か、握り方もしっかりしてないからポロポロ落ちるし(っていうか、型にご飯を入れただけでしょうね)、やっぱり、1週間ぶりの和食の味は、格別でした。日本のお弁当は、美味しいよ、うん(泣)それに、久しぶりに割り箸を持ちました。韓国の金属の箸と違って、割り箸は軽くていいです(汗)そして日本上空まで来て、着陸を始めました。けっこう高度を下げて、神戸空港のすぐ脇を通り過ぎ、そのまま大阪湾へ。そして、13:45、無事、関西国際空港に着陸。13:47、駐機場に到着。ウィングシャトルに乗って移動し、入国手続きなどを終え、スーツケースを無事、受け取り、税関を抜け、無事、帰国完了!あとは、自宅最寄り駅行きのリムジンバスに乗って帰りました。こうして、1週間の韓国旅行は、終わりました。楽しかったです。結局、韓国滞在中、話した韓国語は、「カムサハムニダ」だけ(汗)あとは、日本語と、片言の英語と、ジェスチャーだけ。以外と、何とかなるものです。
Jan 5, 2010
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続きです。昌徳宮(チャンドックン)の次は、その東隣にある昌慶宮(チャンギョングン)です。東隣にあるとは言っても、観光客の入場口は離れていて、けっこう、ぐるっと回らないといけないんですが……昌慶宮の入口の弘化門(ホンファムン)は、道路のすぐ脇にあるので、これ以上引いた写真は撮れません(汗)道路の反対側に渡れば撮れますが。ここの入場料はW1000。道路を挟んで南隣にある宗廟(チョンミョ)と共通です。さて、通常、王宮の正殿にたどり着くには、3つの門をくぐらないといけないのですが、この昌慶宮は、正門の弘化門と、次の明政門(ミョンジョンムン)をくぐれば……正殿である明政殿(ミョンジョンジョン)に着きます。この昌慶宮は、最初、李氏朝鮮第4代世宗(セジョン)大王(1397~1450)が、1419年に造り、その頃は寿康宮(スガングン)という名前でしたが、1483年に、第9代成宗(ソンジョン)(1457~1495)が、3人の王妃が住むには手狭だということで、改修して、昌慶宮と名前を変えました。西隣の昌徳宮との境は実はなくて、ほとんど一つの王宮のように使われました。この王宮も、朝鮮出兵の際に、朝鮮の民衆によって焼かれ、1616年に再建されました。昌慶宮の歴史はこんな感じです。この日、すごく寒くて、少しでも手袋を脱ぐと、手が一瞬で凍り付きそうだったので(←大げさ)、ずっと手袋を履いていたため、細かいカメラ操作ができませんでした(泣)↑歓慶殿(ファンギョンジョン)(右)と景春殿(キョンチュンジョン)(左)。王様の家族が暮らした所です。他にも建物はあったんですが、寒かったので、これくらいで勘弁してください(汗)さて、この昌慶宮から、外へ出ずに、宗廟に行くことができます。南側にある橋を通って道路を渡ると……(写真は昌徳宮から昌慶宮に行く際の道路から撮ったもの。左側が昌慶宮、右側が宗廟)裏口からですが、世界遺産・宗廟(チョンミョ)に入れます。宗廟は、1395年に、李氏朝鮮初代国王太祖(テジョ)・李成桂(イ・ソンゲ)が建てたもので、歴代の王族を祀ってある神社です。日本で言うと、伊勢神宮みたいなものですね。朝鮮出兵の際に焼かれましたが、その後、再建されました。1995年に世界遺産に登録されました。裏口から入ると、まずあるのが、この永寧殿(ヨンニョンジョン)です。その隣にあるのが、正殿(チョンジョン)です。正殿も永寧殿も、李氏朝鮮の歴代の王と王妃が祀ってあることに代わりはないんですが、正殿に祀られるのは善政を行った王とその王妃だけです。永寧殿には、悪政……というか、善政でなかった王とその王妃が祀られています。で、歴代の王の中で、王位を追われた二人の王については、永寧殿にすら祀られていません。現在も、毎年5月初旬、元王族の子孫たちが、宗廟祭礼楽を行っています。この正殿は、柱廊も立派で綺麗です。ただ、立入禁止なので、横の方から、腕を上に伸ばして撮りました。この宗廟と昌慶宮は、共通の入場券ですが、もちろん、宗廟側から入場することもできます。さて、宗廟の見学も終わり、少し時間が余ったので、宗廟の正面から出て、目の前の通りを西へぶらぶらと歩きました。もちろん、目的地は考えてありましたが。地下鉄鐘閣(チョンガク)駅のある交差点を南へ。しばらく歩くと、ロッテ百貨店があります。ここをしばらく見て歩いて、お土産を買って、ホテルに戻ることにしました。ちゃんと、ここの最寄りの駅から、乗り換えなしでホテル最寄り駅まで行けることは、調査済みです。16:11発 ↓地下鉄2号線 内回り(というのかどうか知らないけど右側通行の環状線です)16:16着こうして、ホテルに早めに帰ってきて、韓国観光の最終日を終えました。続きは次に書きます。
Jan 5, 2010
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昌徳宮(チャンドックン)編の続きです。これは、王の住居だった熙政堂(ヒジョンタン)です。さて、ここの、赤い丸で囲った部分ですが……拡大しますと、青?ガイドさんによると、この「青」の文字がここに書かれている理由は……不明だそうです(汗)さて、この、色鮮やかな色彩ですが……ガイドさんによると、この色彩は、宮殿か寺院でしか使用することができず、どんなに身分が高くても、どんなにお金持ちでも、自分の家に使うことはできなかったんだそうです。さて、宮殿の屋根には、このようなものがよく乗っていますが……これ、『西遊記』の三蔵法師御一行様なんだそうです(汗)この熙政堂、裏側から中を見ることができます。王朝末期なので、中は洋風になっていますね。次は、王妃の住居だった大造殿(テジョジョン)です。後に王妃だけでなく王様も住むようになったそうですが……↑王妃の部屋に対し……↑王様の部屋に家具の類が一切ないのは、家具を武器として命を狙われる可能性があるからなんだそうです(汗)さて、秘苑(ピウォン)と呼ばれている後苑に行きますと……水面が凍り付き、更にその上に雪が積もっていて、よく分からないですが、芙蓉池(プヨンチ)という池です。芙蓉亭(プヨンジョン)という四阿(あずまや)もあります。池の縁から少し高い所に登った所にあるのが、宙合楼(チュハムヌ)という図書館です。また少し歩いて、一枚岩をくり抜いて作られたという、不老門(プルロムン)をくぐって行きます。↓この演慶堂(ヨンキョンダン)は……王宮の中の建物にしては、妙に地味ですが、これは、第23代国王純祖(スンジョ)(1790~1834)の息子、孝明世子(ヒョミョンセジャ)(1809~1830)が、1828年、父親のために建てた建物で、わざわざ当時の貴族の住居を模して造らせたそうです。この建物は、屋根の前に更に屋根が付いています。これは、この建物は西向きなので、もう一つ屋根をくっ付けて、西日が入らないようにしてあるんだそうです。そして、これが、朝鮮半島や中国東北部などで昔から使われている、温突(オンドル)という、床暖房装置付きの床です。床下に石の板を敷き、その上を漆喰などで塗り、最後に床に油紙を敷き詰めた部屋です。この床下に、台所から出た温かい煙を通して、床暖房にするわけです。炊事をしていない時も、暖房用に、竈に火を入れていたらしいです。現在でも朝鮮半島ではこのオンドルが、暖房設備として好まれているようですが、もちろん、マンションなどだと、床下に上記のような設備は作れませんので、温水などを流した、普通の床暖房になっているそうです。↓最後に、この昌徳宮のガイドをしていただいたガイドさんです。日本語、お上手でした。こうして、昌徳宮の見学を終えました。続きは次に書きます。
Jan 4, 2010
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続きです。世界遺産・昌徳宮(チャンドックン)に着きました。入場料はW3000です。入口はこの敦化門(トンファムン)ですが……入口は柵で閉められていて入れない(汗)出口の方から入ろうとしたら、出口の窓口にいたおっちゃんに怒られました(汗)で、どこから入るんだ? と思っていたら、入口の付近にいた観光客に、そこにいたおっちゃんが、ガイドブックを配り始めました。韓国語、日本語、英語、中国語の4パターンあるらしく、それぞれ、何語か聞いて、配ってました。それはまあいいんですが……韓国語、日本語、英語、中国語での無料ガイドツアーがあって、この時期、それぞれ無料ガイドツアーが行われる回数は、韓国語は1日14回、日本語は1日4回、英語は1日3回、中国語は1日2回です。(季節によって変更あり)で、4月から11月の毎週木曜日以外は、ツアーガイドなしでの自由観覧はできないようです(汗)(月曜日はそもそも休みで、自由観覧の木曜日の入場料はW15000)はよ言え!(汗)俺の持ってるガイドブックには、「無料ガイドツアーがある」とは書いてあっても、「ガイドツアーなしでは観覧できない」とは書いてありません(汗)(自由観覧日の入場料が5倍になることも、書いてありません)昌徳宮の入口付近にも、チケット売り場にも、書いてありません(汗)韓国語や英語では書いてあったのかもしれませんが、少なくとも日本語では書いてなかったような気がします。で、入口のおっちゃんも、日本語は話せるようなのに、その説明はなし。「ツアーガイド付きでの観覧しかできない」のは、「さも当然で常識」であるかのように扱われました(汗)入口でおっちゃんに、「ニホンゴ?」と聞かれて、「そうです」と答えられた俺はよかったですが、「何のこと?」って感じで、「え? あの……」と一瞬とまどっていた人は、日本人ではないと判断されたらしく、韓国語のパンフレットを渡されていました(汗)で、日本語でのガイドツアーは、9:30~、10:30~、12:30~、14:30~ の4回で、この時、時間は12:40ぐらい。次のツアーの14:30まで入れないのかと思ったら、おっちゃん、「ニホンゴ、サッキハジマッタバカリダカラ、イソゲバオイツケル」と言って、俺だけ中に入れてくれました。そころで、中国語は11:00~と15:00~の2回しかないんですが、中国語しか分からない中国人は、この2回以外の時間帯には、見学すらできないということなんでしょうかね(汗)せめてチケットを買う前に、説明が欲しいものです。まあ、何語のツアーでもいいから、入っちゃえば、こっちのものなんでしょうけど。ちなみにツアーは、1回、1時間20分を要します。とりあえず、中には入れてもらえましたので、急いで先に進みました。進善門(チンソンムン)を抜け……仁政門(インジョンムン)を抜け……正殿である仁政殿(インジョンジョン)でようやく、日本語ガイドツアーの一団に追いつきました。(写っている団体が日本人の方々)ガイドさんが日本語で説明していたので、ああ、これだな、と。中はこんなふうになっています。追いついた時には、この中の説明は終わった後だったんですが、玉座でしょうかね。ところでこの昌徳宮は、先述の景福宮の離宮として、1405年に造られました。世界遺産になっているのは、こっちの方ですが。正宮として利用されたこともありますが、ここも、景福宮と同じく、朝鮮出兵の際、民衆による略奪の末、放火されて焼失しました。その後、再建され、再び景福宮の離宮として使われましたが、李氏朝鮮最後の第27代国王純宗(スンジョン)(1874~1926)が、大韓帝国第2代皇帝として即位した(1907年)後は、この昌徳宮が宮殿として使われました。1910年の日韓併合により、大韓帝国も終わりましたが、純宗はそのままここに住み続けました。そして1997年に、世界遺産として登録されました。というのが、この昌徳宮の簡単な歴史です。続きは次に書きます。
Jan 4, 2010
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続きです。12月31日(木)韓国観光最終日。この日は、ソウルの王宮めぐりです。10:06発 ↓地下鉄5号線 傍化行10:09着【鐘路3街】(チョンノサムガ)10:19発 ↓地下鉄3号線 旧把撥行10:24着さて、こうして、景福宮(キョンボックン)に着きました。門を守っている兵士役の人たちもいて、おねいさんたちに挟まれて記念撮影されていました。(いいな……)済州島からのツアーの方々でしょうか……入場チケットはW3000。ちなみに韓国のチケット売り場は、日本語とは逆で、「買票所」と言います。まあ確かに、お客さんの立場に立てば、「売る」んじゃなくて「買う」わけですから、こちらの方が正しいような気がしてきますが。まあ、それはともかく、中に入りましょう。勤政門(クンジョンムン)です。石段にも意匠が施されています。この勤政門を抜けると、この景福宮の正殿、勤政殿(クンジョンジョン)があります。回廊もありますよ。でも、勤政殿の中は……工事中?この景福宮は、李氏朝鮮を開いた、太祖(テジョ)・李成桂(イ・ソンゲ)(1335~1408)が、1395年に建てた、現在、ソウルにある王宮では最も古い王宮です。1553年に火事で焼失し、その後、再建されましたが、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際、再び、焼失しました。と言っても、日本兵が焼いたというよりは、王がソウルから逃げ出したことにより、もぬけの殻になったので、民衆によって、略奪や放火などが行われたようですが……その後、昌徳宮(チャンドックン)が王宮として使用され、それから約270年間、再建されませんでしたが、1865年に再建され、王宮として使用されたりされなかったり、色々とあった末、1910年に日本が併合したことにより、大韓帝国がなくなると、王の住まいとしての王宮は不要となり、ここに、日本の朝鮮総督府の庁舎が建てられるという、韓国人にとって屈辱の出来事がありました。しかも朝鮮総督府が建てられたのは、現在、この景福宮の入口になっている、興礼門(フンネムン)(門番の兵士たちが立っていて記念撮影していた所)の場所で、正殿である勤政殿の前でした。そりゃあ、日本で言うところの、皇居や京都御所の正門に、アメリカのGHQ本部が置かれるようなものですからね。屈辱以外の何ものでもないでしょう。そして現在、景福宮の背後(敷地内ですが)には、青瓦台(チョンワデ)という建物があり、韓国の大統領官邸になっています。そういう場所ですから、観光客は、予約をしないと見学できません(身分証明書必要)し、撮影なども、場所が指定されています。この建物↓は慶会楼(キョンフェル)と言いまして、宴会場、つまり迎賓館みたいなものですね。この近くには、顔出しOKパネル(何か言い方が怪しい)や……コスプレ撮影会ができる所がありました。(コスプレって言うな)どこの国に行っても、こういうのはあるんですね(笑)そして、正面の興礼門の前では、守門将交代式が行われていました。まあ、王朝時代の衛兵交替を再現したものです。他の場所を見学していたため、最後の方しか見ることができませんでしたが。正面から見えなくなった所で、リハーサルだか待機だか、していました。さて、実はこの興礼門、景福宮の正門ではありません。本当の正門は、光化門(クヮンファムン)と言いまして、現在、再建工事中です。光化門は1950年に朝鮮戦争で焼失した後、1972年に再建されましたが、その位置は、朝鮮総督府の建設に伴って移設された位置だったので、2006年に解体され、現在は王朝時代の位置に再建(移設)工事中なのです。また、この景福宮の敷地内に、国立古宮博物館があります。ちょうど、博物館誕生100周年を記念して、無料観覧中でした。2009年1月1日から2009年12月31日まででしたから、ちょうど、無料観覧の最終日だったわけです。館内には日本語のパンフレットもあります。李氏朝鮮の歴史の勉強になります。(展示品について、日本語で説明が書かれている所は少なかったですが)こうして景福宮を後にしました。次は昌徳宮に徒歩で向かいます。景福宮の前の通りを、まっすぐ東に向かうだけです。途中、歩道の脇で、屋台のおっちゃんが、たい焼きを売っていました。「たいやき 3コ W1000」って日本語で書いてあったので、ちょうどお昼時だったし、買うことにしました。「3つ」と指を3本立てて、W1000札を出すと、おっちゃん、「タイヤキ?」と言って(たい焼きしか売ってませんが)、3つ、紙袋に入れてくれました。日本円にして、約80円です。安い!少し行った所に、休憩所があったので、そこで早速、アツアツのたい焼きを食べてみることに。日本のたい焼きより小さめですが、あんこ(こしあん)はちゃんと入ってましたし、3個で80円だと思えば、充分です。味も別に悪くなかったですし。冷えた体が、暖まりました(手袋を取った手は冷たかったんですが)。続きは次に書きます。
Jan 4, 2010
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続きです。歩き続けて、12時過ぎのちょうどいい時間になりました。しかもこの水原(スウォン)は、カルビの町。これはもう、カルビ焼きを食べに行くしかありません!というわけで、有名な「カボジョンカルビ」というお店に行くことにしました。ちょっと遠いかな、とも思ったんですが、徒歩で行くことにチャレンジ!が……道は間違っていないはずなのに、着かない……(汗)八達門(バルダルムン)の前の通りまで戻っては、もう一度、別のルートでトライ。……でもやっぱり、地図に描いてある交差点まで着きません(汗)そうして、2時間ぐらい、さまよい歩きました(汗)最後にもう一度チャレンジ、と思って、八達門に戻ったところで、「……タクシーにしよう(汗)」と思い、タクシー乗り場から、タクシーに乗りました。おじいさんの運転手さんに、「カボジョンカルビ」と言うと、運転手さん、「カボジョン……」と呟いてから、発車。タクシーは、俺が歩いたのと全く同じルートを走りました(汗)……途中までは。俺が諦めて引き返した地点を、更にそのまままっすぐ進んでいきました。えええええーっ!そんな遠くまで行くの?地図の縮尺、間違ってねえか?っていうか、この地図、さっき曲がった交差点から、店へ行くのに曲がる交差点まで、交差点は一つもないように描いてあるけど、実際、信号のある大きな交差点を、いくつも通り過ぎてるし……(汗)やたら細い道まで描いてあるかと思ったら、大きな道が描いてなかったり……(汗)結局、基本料金W2300のところ、W3500かかりました。時間にすると、6、7分ぐらいでしたっけ……っていうか、店の名前を言うだけで連れていってくれるなんて、よっぽど有名なお店なんですね。で、これがその、「カボジョンカルビ」さん。道路の向かい側に、本店(たぶん)があります。ガイドブックや、事前にネットで調べたところによると、日本語は通じないようなので、緊張しながらお店に入り、「一人……あ、ワン……えっと……」とか、自分でもわけ分かんなくなりながら言うと、「ニホンジンノカタデスカ?」と、店員さんが言ってきました。なんだ、日本語通じる人、いるんじゃん(たぶん日本人がたくさん行くからでしょう)。店内に通されると、けっこう豪華な店内でした。でも、14時を過ぎていたので、お客さんはあまりいませんでした。俺が通されたのは1階ですが、まだ上に何階もあるようでした。メニューは、日本語でも書いてありました。俺が渡されたのだけ、日本語対応メニューなのかもしれませんが。さて、ガイドブックやネットでの口コミによく出てくる、ランチメニューのカボジョン定食を注文します。でも、「カボジョン定食」と書いてある所には、値段が書いてない!「ネ、ネダンワ?」(↑なぜか片言)と聞くと、下の方に書いてありました。肉の産地などで値段が違うらしいです。なるほど。アメリカ産とオーストラリア産で値段が同じだったので、オーストラリア産の骨付きカルビを注文。値段はW16000。日本円にすると、約1280円。少し待つと、おじいさんが焼けた炭を持ってきて、金網の下に入れました。それから少しして、ワゴンで肉や料理が運ばれてきました。肉は店員さんが焼いてくれます。焼いている間に、料理がどんどん運ばれてきました。そして店員さんが、肉をハサミで一口サイズに切ってくれまして、準備OK。とりあえず、食べ始めました。韓国のカルビ焼きは、日本の焼き肉とは違って、肉をたくさん食べる料理ではありません。肉はメインではありますが、あくまでもおかずの一つです。だから、肉は、上の写真に載っている分で、全てです。その代わり、おかずが多い……(汗)食べていると、更に、ご飯とチゲが運ばれてきました。そして、骨に付いている肉の残りの部分を、店員さんが丁寧に切り取ってくれて、おじいさんが炭を回収しました。もうこれ以上は、料理は出てきませんでしたが、1時間かけて、完食できた皿は半分ぐらい(汗)後は、どう頑張っても完食できませんでした。肉は全部食べましたけど。こうしてお腹いっぱいになり、まだ時間もあったので、食後の運動も兼ねて、水原駅まで歩きました。約1時間で、水原駅に到着。改めて見ますと、大きい駅です。華城(ファソン)の模型もありました。そして、相変わらず無人の改札口(汗)改札口の形としては、日本の駅に似ていますが。暇だったので、駅の中をぶらぶらとしていました。駅前の大通りを見ると、やっぱり大都会ですね、ここは。こうして、1時間半ぐらい、この駅でぶらぶらしてから、ホームに出ました。水原駅は、セマウル、ムグンファ用と、各駅停車用で、改札口もホームも違います。というのも、セマウルやムグンファは、長距離列車で、改札口も上記のように無人ですし、ホームも低くて、列車にはステップで乗り込みます。一方、各駅停車は全て、地下鉄1号線との乗り入れなので、車内改札ができませんので、普通に自動改札機を通ります。しかも地下鉄の車両の入口にはもちろん、ステップなんてありませんので、日本と同じく、線路に対してホームが高くなっていて、バリアフリーで列車に乗り込みます。というわけで、長距離列車と各駅停車では、線路からのホームの高さも、改札口も違うのです。だから、途中まで長距離列車で来て、途中から各駅停車に乗り換える場合、日本では、同じJRなら、乗車する全区間の乗車券と、乗る特急の特急券を併せた切符になりますが、韓国では、特急列車と各駅停車を乗り継ぐ場合、切符は全く別々で、しかも、いったん改札口を出ないといけません。同じKORAILでも、長距離列車と各駅停車とでは、日本でいうJRと私鉄の乗り継ぎみたいなことをしないといけないのです。その割に、KORAILのソウル近郊各駅停車と、地下鉄や私鉄の各線は、同一の切符で、乗り換えも改札を通らずに行けるわけで、会社の違いよりも、長距離列車か都市近郊各駅停車かの違いの方が、重要視されているようです(汗)まあ、それはともかく、既に切符を買ってあった、ソウルまでのムグンファに乗りました。17:31発 ↓京釜線・『ムグンファ1214号』 ソウル行(撮影:ソウル駅) ↓さすがにこの時間だと、列車は満席で、俺の窓側の席に、おそらく立ち席券らしいおじさんAが座っていました。そこに、本来、俺の横の席らしいおじさんBもやってきて、どうやら、俺が、そのおじさんBの通路側の席に座ろうとしていると勘違いされたらしく、俺が何か韓国語で何か文句を言われましたが、俺が、俺の席に座っているおじさんAに自分の切符を見せて、どいてもらうと、後ろから来たおじさんBも納得したらしく、俺が窓側、おじさんBが通路側の、本来の自分たちの席に座り、おじさんAは、どこかに行きました。このように、立ち席券では、指定席でも、その席が空いていれば、座ることができます。これは日本と同じですね。 ↓18:03着こうして、ソウルに戻ってきました。ソウル駅にあるロッテマートで買い物をしました。店内にも、けっこう日本人観光客らしい人がいました。で、レジに並んで、お金を払おうと財布の中を覗き込んでいると、店員さんが何か言いました。「……?」と、顔を上げると、店員さん、「フクロ……」と言ってきたので、「ノー」と言って手を振り、お金を払って、品物をリュックに詰め込みました。なんで、一言もしゃべってないのに、日本人だって分かるんだ?(汗)韓国人でも、財布のお金に集中していて、店員さんの言ったことが聞こえてなくて、一瞬、「え?」となることもあるんじゃないですか?(汗)18:34発 ↓地下鉄4号線 タンコゲ行18:41着これで、この日は終わりました。続きは次に書きます。
Jan 4, 2010
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続きです。長安門を過ぎて更に進みますと、華虹門(ファホンムン)があります。ここは人が通るための門ではなくて……水門です。別名を「北水門」といい、華城を南北に横切る(北から南へ流れる)水原川の水門です。水量が多い時には、7つの水門から勢いよく流れ出る水が、水しぶきをあげ、綺麗な虹を作ることから、この名が付いたそうで、その様子は華虹観漲といって、水原八景の一つなんだそうです。ちなみに川面は、凍り付いていました(汗)この華虹門の隣に、小高い小さな丘があり、城壁が少し外側に突き出るようになっていて、そこに訪花随柳亭(パンファスリュジョン)があります。これは東北角楼の別名で、本来の目的は、ここで兵士が寝泊まりしながら、守備をするためのものですが……(だから、標高が高く、突き出た場所にある)この建物は、石とレンガと木材で造られている特殊なもので、建物の外観も、優雅で美しい造りをしています。華城の建物の中で、一番美しいと言われています。二階へ上がろうとしましたが、その上がり口に……と書いてありましたので、靴を脱いで上がると……その下(城壁の外側)には、龍淵(リョンヨン)と呼ばれる池があります。この池に、月明かりで訪花随柳亭が映ると、何とも幻想的な景色になることから、龍池待月といって、これも、水原八景の一つなんだそうです。でも……靴を脱いでいるので、足が冷たくて冷たくて……(泣)一瞬でしもやけになりそうだったので、早々に降りました(汗)このすぐ隣に、北暗門があります。↑正面(外側)↑裏(内側)暗門とは、その名から連想できますように、城壁の奥まった所や、木々の陰に隠れたような、暗い所にある門で、いわゆる、秘密の門です。この華城にも、ここだけではなく、いくつか暗門があります。さて、この辺りまで来て、俺、ようやく気付きました。城壁に沿って立っている旗の色。華西門の辺りでは白い旗だったのが、長安門の辺りでは黒い旗になっていたんですよね。最初は特に気にしていなかったんですが、よく考えたら、西が白旗、北が黒旗……ということは、東が青旗で、南が赤旗なのか? と……華虹門までは、黒旗でした。ということは、そろそろ旗の色は、青に変わる?なんてことを漠然と思いながら、進みまして……一番危険だったのは、この下り坂でした(汗)もう、踏み固められて、完全にアイスバーン状態。しかも結構な角度の下り坂。ゆっくり、ゆっくり歩いていきましたが、俺の後ろの方にいた日本人らしいおばさん数人、キャーキャー言って、壁に掴まりながら、へっぴり腰で歩いていました。おばさんがキャーキャー言っても、かわいくない。(←ひどい)若いおねいさんだったら、手を差し出していたところですが、おばさんだったので、置いていきました。(←さらにひどい)っていうか、一人ならともかく、何人もいっぺんには無理ですって!さて、上の写真、立っている旗は、青色です。やっぱり、予想どおり!別名、練武台(ヨンムデ)とも呼ばれている、東将台(トンジャンデ)に着きました。ここは、兵士の訓練所です。将台は、華城に2ヶ所あり、西にもう1ヶ所あります。その西にあるのが、西将台(ソジャンデ)で、先述した、八達山の頂上付近に小さく見えた建物です。あそこが、華城で最も標高の高い所です。登るの嫌なので、行きませんでしたが(汗)東将台から少し行くと、東北空心☆(トンブクコンシントン)があります。(☆は「つちへん」に「敦」)いわゆる見張り台で、中に入って、屋上に出ることもできます。ここの中で、お決まりの頭ゴッツンをしてしまいました(汗)さて、華城の東の門である、蒼龍門(チャンリョンムン)が見えてきました。この蒼龍門は、西の華西門とほぼ同じ大きさ、造りをしています。円弧状の壁の上は、こんなふうになっています。華城の城郭巡りも終わりに近付いてきました。烽☆(ボントン)、いわゆる、のろし台です。(☆は「つちへん」に「敦」)この辺りから、旗が赤くなりました。どうでもいいんですが、城郭の外に、巨大な教会が見えました。この辺りは、城郭の内側を見ますと、反対側の八達山の東側が見えます。というわけで、八達山の山腹にある観音様が見えました。改めて、西側の城郭の登り口を見ますと……あんなん、登れませんって!そうこうしているうちに、城郭の東側の端に着き、そこの石段を下りました。時刻は12:05。華城観光終了です。そこから徒歩5分くらいで、八達門に戻ってきました。その近くにある、西側の城郭の登り口の下まで行きましたが……やっぱりこんなの登るの無理!特に、雪が積もっていて、危ないです、はい(汗)というわけで、これで、華城の観光は終わりました。続きは次に書きます。
Jan 3, 2010
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続きです。世界遺産に指定されている、華城(ファソン)の観光です。華城は先述のように、李氏朝鮮第22代正祖(チョンジョ)が、自分の父親の墓を守るように造った城壁で、ここに遷都の計画もありましたが、完成直後に正祖が亡くなったため、その計画は中止になりました。城郭は、1794年から96年まで、のべ37万人が集められて、建設されたんだそうです。一周約5km、徒歩で2~3時間のコースです。さて、華城行宮の裏にある石段を登ります。駅前の観光案内所のおねいさんは、「ちょっと石段があるんですが……」って言ってましたが……全然「ちょっと」じゃねえ!しかも下りじゃなくて、登り!……でもおねいさんだから許す(汗)石段を登り切った所に、華城列車の乗り場がありますが、俺は乗りません。そんなのに乗ったら、途中、ゆっくり見たい所があっても、止まってくれないでしょ?乗り場から少しだけ南の方に行くと、山側に何かありました。(何か、って……)「城神祠」って書いてありました。で、道路の反対側には、山腹にある観音様の後ろ姿(汗)さて、ここから、舗装された道を北に向かって歩きます。山の上(中腹ですが)なので、水原の市街地が見渡せます。途中、公園がありまして……こんな所、誰が遊ぶんだ? と思っていたら、おじさんが一人、遊んでました(汗)更に進みますと……華城を作った、正祖の像ですね。ここは華城列車の通る普通の舗装された道路なんですが、何せ、路面はこんな感じ↓で、しかもアップダウンがある坂道なので、普段より小股になり、歩くのが遅くなります。左手の山の上を見ますと、ちゃんと城郭が見えています。この道路は、西北角楼(ソブックカンヌ)の手前辺りで、城壁と交差しますので、そこから城壁に入りました。時計回りに回ることにします。城壁にある穴は、鉄砲や矢を放つためのものでしょうね。場所によっては、坂道が凍り付いていたので、歩くのが非常に危険でした。そしてここが、西北角楼。守備兵がここで、寝泊まりしながら守っていたというわけです。更に進みますと、華城の西の門、華西門(ファソムン)が見えてきました。その奥に見えるのは、西北空心☆(ソブクコンシントン)で、いわゆる見張り台です。(☆は「つちへん」に「敦」)門の正面に、円弧状の壁があるのは、敵が真っ正面から攻めて来られないようにした作りです。門の裏側から見るとこんな感じ。門の中に入り、天井は、こうなっています。更に歩いていきます。この、城壁の道端にずっと並んで立っている旗、これは現在、作られたものでしょうが、先端が鏃(やじり)状になっているなど、ちゃんとしてるんですね。さて、華城の正門である、北の長安門(チャンアンムン)が見えてきました。その手前に砲台がありました。↓なんか、カッコいい。さて、これが、長安門の正面です。なんで、真っ正面から撮れないかと言いますと……交通量の多い交差点なので、真っ正面から撮ろうとすると、死んじゃうからです(汗)これは八達門も同じ(汗)門の左脇は、こんな感じになっていて、普通に車がビュンビュン通っています。いちおう、門の正面にある円弧状の壁(「甕城」と言います)の中は、車が入れないみたいなので、そこから門の正面を撮影。↓裏。そしてこれが、門の内部。門の裏側に、観光案内所とチケット売り場がありましたが、観光案内所はともかく、チケットって、何のチケット?(汗)長安門へは、城壁をずっと回ってくれば、普通に来ることができますし、そのまま門の中へも入れます。城壁そのものへは、何ヶ所も、登るための階段がありますので、誰でもどこからでも、無料で登ることができますし……(汗)……まあいいや(汗)続きは次に書きます。
Jan 3, 2010
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続きです。水原(スウォン)駅に着きました。思ったより大きな駅です。城郭とカルビの町なので、小さな古い地方都市だとばっかり思っていましたが、後で調べてみると、水原市の人口は、100万人越えてました(汗)駅前の通りも、普通に大都市です。というのも、水原市は、日本では福井市および旭川市と、姉妹都市というか、友好都市なんですよね。ですから、せいぜいそのくらいの規模なのかと思ってました(汗)さて、駅前の観光案内所で、日本語のできるおねいさんから、華城(ファソン)観光の仕方を教えてもらいましたところ、南の門に当たる八達門(バルダルムン)までバスで行き、そこから少し北西にある(城郭の中です)、華城行宮(ファソンヘングン)を見学。その裏に「ちょっと石段があるんですが……」石段を行った所に、華城列車の乗り場があり、そこから華城列車(Kスタのイーグルス・トレインみたいな、自動車で引くもの)に乗ると、北の正門である長安門(チャンアンムン)、そして華虹門(ファホンムン)などを見学。東の蒼龍門(チャンリョンムン)付近に華城列車の降り場があるので、そこで降りて、あとは、八達門と長安門を結ぶ通りのどこかでバスに乗れば、水原駅まで戻って来れる、と説明されました。あらかじめ用意されている、行きと帰りのバスの路線系統番号や、バスの行き先表示のハングル表記まで書かれた紙もくれました。華城の地図については、このサイトを参照してください。だいたい、華城の見所が分かったので、俺はバスに乗らずに歩きました(笑)だって、歩ける距離だもん。で、歩いていると……日本語で書いてあるし!水原駅前の大通りをまっすぐ進み、途中で左に曲がると、八達門(バルダルムン)に着きました。この時の時刻が9:45ですから、駅から徒歩30分ぐらい、ってところでしょうかね。裏(内側)から見ると、こんな感じ。この門だけは、両側に城壁はありません。(昔はあったんでしょうけど)この門を取り囲むように道路が作ってあり、ロータリーのようになっています。ここからまた少し歩くと、華城行宮(ファソンヘングン)があります。入場料はW1500です。この華城行宮は、華城を作った、李氏朝鮮第22代正祖(チョンジョ)大王(1752~1800)が、自分の父親の墓参りをした時の宿泊所です。普段は、この地方の役人が仕事をする官庁として使われていました。そもそも華城というのは、正祖が、自分の父親の墓をこの地に作り、その墓を守るように城壁を作ったものです。そして将来的には、この城壁の中に町を作り、ソウルから遷都するつもりでしたが、城壁の完成直後に正祖が亡くなってしまったため、遷都は行われず、城壁だけ作られて終わった、というものです。入場料を払って行宮の中に入りますと……また門が!(笑)そしてその奥に……正殿である奉寿堂(ボンスダン)があります。日本人のツアー客がいました。若いおねいさんもたくさんいました。中国や朝鮮のお寺や宮殿は、赤や緑など、色鮮やかな色彩が多いですよね。↑井戸と……水瓶ですかね?ところで、この華城行宮から見える、背後の八達山ですが、この赤丸で囲んだ所も……ここもいちおう、華城の城郭の一部でして……あんな上まで登りたくない(泣)ということで、登りません(汗)華城行宮の入口付近に立っている旗ですが、こういうのを見ると、日本とは違いますよね。さて、この裏手から、いよいよ城郭の見学が始まるわけですが、続きは次に書きます。
Jan 3, 2010
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続きです。12月30日(水)この日は、ソウルの南に位置する、城郭とカルビの町、水原(スウォン)の観光です。各駅停車でも行けるのですが、特急フェチの俺としては、セマウル(特急)で行くことにしていました。とりあえず、地下鉄でソウル駅へ。7:33発 ↓地下鉄4号線 安山行7:40着KORAILのソウル駅へと乗り換えです。↓自動券売機↓窓口↓ソウル駅の改札口ですが……いちおう、右側が入口、左側が出口ですが、中で分かれているわけでも何でもありません(汗)っていうか、そもそも、駅員さんがいませんので、自由に通ることができます(汗)何の意味もない改札口……(汗)っていうか、ポールが立ってるだけです。ホームを見下ろします。KTXが並んでいます。俺が乗るセマウルが発車するホームに降ります。ホームには、何だかかわいいKTXの石像?がありました。さて、俺の乗るセマウル、ソウル駅を8:25発のはずなんですが、雪のせいか何なのか、25分になっても、入線してきません(汗)運転手さんと思われる人も、どうしたんだ?という顔をして線路に降り、隣のホームに停車しているムグンファの運転手さんと何やら話していました。そして、8:27、ようやく、セマウルが水原方面から到着しました。「本当にこれでいいんだよな?」と、確認して、乗り込みました。8:25発(実際には8:34発) ↓京釜線・『セマウル1031号』 馬山行(撮影:ソウル駅) ↓初のセマウル乗車です。ちなみに「セマウル」とは、「新しい村」という意味で、農村改良運動にちなんだものらしいです。このセマウルは、KTXと全く同じ区間を走っているものもあります。KTXとセマウルを乗り継ぐと、セマウルの運賃が30%引きになるんですが、韓国人は、なぜか、どちらかを通しで乗る人がほとんどらしいです。乗り換えが嫌いなんでしょうか?俺だったら、運賃は安くなるし、色んな列車に乗れるし、乗り換えはできるしで、絶対、乗り継いで乗るんですけどねえ……全く、乗り換えの楽しさを分からないなんて……っていうか、これまで、ムグンファ、KTX、セマウルの車両、それに駅舎や駅名標の写真を撮ってきましたけれども、駅舎の全景はともかく、駅の細かい部分や、列車の写真を撮っている人、俺以外に一人もいませんでした(汗)そういえばトルコでも、『アンカラエクスプレス』の写真を撮っていたのは、俺を含め、いかにも日本人らしい、見るからに「テツ」な連中だけでしたし……(汗)そうか!乗り換えが好きだったり、列車の写真を撮ったりする、「テツ」と呼ばれる人たちは、ほとんど日本にしか存在しないのか!(何となく感じてはいたけどね……)普通、日本だったら、どこへ行っても、通勤列車等を除けば、最低でも一人や二人ぐらいは、列車の写真を撮ってる人が必ずいるんですけどねえ……まあ、それはともかく……セマウルの座席は、広々としていました。フットレストや、フットスツールも付いていて……足の長い俺でも、充分にまっすぐ伸ばすことができました。座席の幅も広く、けっこうリクライニングもしました。窓側の席でしたし、隣には人がいませんでしたし、快適快適です♪ ↓8:57着(実際には9:02着)発車した時には9分遅れだったのに、約30分で5分の遅れに回復していました。4分縮めたわけですか……まあとにかく、こうして無事、水原に着きました。続きは次に書きます。
Dec 31, 2009
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続きです。ホテルにチャックインして、スーツケースだけ置かせてもらって、いざ、ソウル観光に出発です。(写真は12月31日に撮影したものなので晴れてますが、この日は雪でした)ソウルの地下鉄の駅には、こんな標識が立っています。この駅は、ホテル最寄りの「東大門歴史文化公園駅」ですが、元々は、「東大門運動場駅」という名前でした。今、その運動場(野球場やサッカー場がありました)は取り壊されて、再開発のために工事中です。というわけで、2009年12月1日、つまり1ヶ月前から、この名称に変更されています。が、まずは、この駅から地下鉄に乗るわけではなく……地下鉄1駅分、北へ歩きますと、東大門市場(トンデムンシジャン)があります。元々は、っていうか今でも、卸売り市場です。観光客も目立っていますが。で、ホテルから近かったので、とりあえず行ったんですが、まあ、俺の興味を引くものはなく(まあ、俺、あまりそういう買い物はしませんしね)、ぶらぶら歩いているだけだったんですが……さ、寒い!(泣)ホテルのフロントのおねいさんは、「今日は-10℃らしいですよ」って言ってましたし……(汗)ソウルの中心部を東西に流れるこの川も、両岸は雪で真っ白です。ってことで、とても耐えられないので、お店の外にも日本語でメニューが書いてあるお店に飛び込みました。お兄さんを呼んで、メニューの石焼きビビンバを指差しました。メニューにも、ちゃんと日本語で「石焼きビビンバ」って書いてありましたし。で、出てきたのが、これ。な、なぜか、たくあんが付いてました(汗)もしかして、俺が日本人だから、特別にたくあんを付けてくれたのかな、と思っていたら、隣のテーブルの韓国人のおねいさんの料理にも、チゲ鍋っぽいのに、たくあんが付いていたので、たぶん、このお店では、たくあんを付けるものなんでしょう(汗)この石焼きビビンバの値段が、W5000。安い!熱いのをハフハフしながら食べて暖まってから、外に出ました。そして、興仁之門(フンインジムン)、いわゆる東大門(トンデムン)へ。あ、こちらは裏側ですね(汗)街の内側から見ているので、裏側なんです。↑こっちが正面。李氏朝鮮を開いた、太祖(テジョ)・李成桂(イ・ソンゲ)(1335~1408)が、1396年に建てた門です。韓国の国宝第2号です。さて、ここから、地下鉄に乗りました。15:43発 ↓地下鉄1号線 (行き先は確認できず)この車両、地下鉄(ソウルメトロ)の車両ではなく、KORAILの車両でした。この1号線は、北端も南端も、KORAILその他の他社線に乗り入れているので、KORAILの車両ももちろん、地下鉄線内に入ってくるんですよね。写真がないので、何とも味気ない説明ですが。乗り入れ♪(↑他社線の乗り入れ車両ってだけでウキウキする、しょうもないテツがここに一人) ↓15:51この市庁駅を降りてすぐの所に、徳寿宮(トクスグン)があります。入場料はW1000です。入ると、李氏朝鮮の歴代の王様の中で、一番の名君とされている、第4代世宗(セジョン)大王(1397~1450)の像があります。ただ、この人がいた時には、まだこの宮殿はありませんでした。この宮殿は、第9代成宗(ソンジョン)(1457~1495)の兄である、月山大君(ウォルサンテグン)のために造られたものです。その後、豊臣秀吉の朝鮮出兵により、当時の王宮、景福宮(キョンボックン)が焼失すると、時の王様、第14代宣祖(ソンジョ)(1552~1608)が、景福宮の代わりの王宮としました。次の代の王様、第15代光海君(クァンヘグン)(1575~1641)もここに住み、景運宮(キョンウングン)という名前になりました。その後、光海君が昌徳宮(チャンドックン)に移ってから、ずっと廃れていました。その後、1897年に、第26代高宗(コジョン)(1852~1919)(大韓帝国初代皇帝)が、廃れていたのを改修し、ここに居住して以降、李氏朝鮮の王朝としての歴史が終わり、日本に併合された大韓帝国の歴史の、表舞台となった宮殿です。高宗の次の代の、李氏朝鮮第27代国王であり大韓帝国第2代皇帝であり大日本帝国初代李王である、純宗(スンジョン)(1874~1926)が、長寿を祈願して、景運宮の名前を、徳寿宮と変更しました。とまあ、こういう歴史があるわけですが……近代に入ると、西洋化され、こんな建物もあります。他にも、韓国最初の洋館と言われている、石造殿もあるんですが、写真撮るの忘れました(汗)さて、徳寿宮の見学を終えると、次は徒歩で南へ向かいました。途中、こんなものがありまして……記憶に新しい、2008年2月10日に、放火されて楼閣が全焼し、復元工事中の、崇礼門(スンネムン)(南大門(ナムデムン))です。こちらも、東大門と同じく、李成桂が、1398年に建てた門です。こちらは国宝第1号だったんですが……その後、更に南下して、ソウル駅まで歩きました。ちなみに地下鉄のソウル駅も、「ソウル駅駅」と言います。17:15発 ↓地下鉄4号線 タンコゲ行17:22着こうして、ホテルに帰ってきて、ソウルでの1日目は終わりました。続きは次に書きます。
Dec 31, 2009
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続きです。12月29日(火)釜山からソウルへの移動です。釜山のホテルをチェックアウトし、徒歩で釜山駅まで行きました。韓国高速鉄道『KTX』に乗って、ソウルまで行きます。ここで、最後の「日韓共同きっぷ」の出番です!……いちおう、鉄道総合案内所の日本語のできるおねいさんに、この日韓共同きっぷを、普通の形の切符に取り替えたりしなくていいのかだけ、確認しておきました。乗るのは10:00発の『KTX124号』です。ご覧のように、改札口には誰もいないので……そのまま改札口を抜けました(汗)でっかく何ヶ所も書いてあるので、間違えることもなく、KTXの発車するホームに行けます。ホームに降りました。ホームの端には、やっぱりこれがあります。俺がホームに降りた時には、KTXは既に入線していました。「KTX」とは、「韓国高速鉄道」、つまり「Korea Train eXpress」の略です。日本の新幹線とは違い、フランスのTGV方式の列車で、2004年に開業しました。世界の高速鉄道には、日本の新幹線方式と、フランスのTGV方式があり、新幹線方式は、各車両全てにモーターが付いています。TGV方式は、先頭車両と最後尾車両が機関車になっていて、動力はその2両だけで、中間の車両が客車になっています。つまり、新幹線方式は、各車両がそれぞれ動力で走っているのに対し、TGV方式は、前後2両は機関車として、動かすことに集中させ、動力をその2両に集中させることにより、高速運転を可能にしています。とまあ、そんなうんちくは置いといて……10:00発 ↓京釜線・『KTX124号』 ソウル行(撮影:釜山駅) ↓客車はこんな感じです。俺が乗ったのは9号車です。KTXの車内は、けっこう狭い感じがします。また、座席は回転させることができませんし、前方の座席は進行方向後ろ向きになっているので、真ん中の座席では、お見合いする形になります。俺の席は、進行方向前向きの窓側でした。なお、KTXは、日本の新幹線とは異なり、KTX専用の軌道は持っていますが、ソウル、大田(テジョン)、釜山近郊などでは、在来線に乗り入れているだけです。これはまあ、つまり、日本と違って、KTXと在来線の線路の幅が同じだから、できることなんですが……途中、車掌のおねいさんが、切符の検札に来ました。隣のおじさんには、見せてくれとは言っていなかったので、もしかしたら、日韓共同きっぷの人にだけ、言うのかもしれません。斜め後ろの方にいる日本人らしい(日本語で話してた)にも、切符を見せてもらっていたようです。 ↓12:54着こうして、ソウルに着きましたが、ソウル駅の改札口にも、誰もいませんでしたので、切符を渡すことも、「記念に持って帰ります」とも言うことなく、そのままお持ち帰りできました。さすがソウル駅。大きいです。まあ、大きいのはいいとして……寒かった!(泣)だって、地面は白くなっていましたからね。と、とにかく、スーツケースだけはホテルに預けようと、地下鉄で移動することにしました。ソウルの地下鉄には、切符がありません。(正確にはまだ窓口販売でのみ存在していますが、それも近い将来、廃止になるそうです)どうするかと言いますと、日本のSuicaやICOCAのような、接触型のICカード(T-money)を買い、チャージして使用します。ただ、カード自体は、買い取り式で、最低金額がW2500。つまり、最低W2500分は乗らないと、損だということです。買った時の金額以上、使う場合は、チャージして、後でチャージした分に関しては、手数料W500で返金されます。では、そんなに乗らない、ソウル以外に住んでいる人や、観光客はどうするかと言いますと……1回用T-moneyというのを買います。これもICカードで、乗車する駅の券売機のタッチパネルで、降車する駅のボタンを押すと、その分の金額がチャージされて、カードが出てきます。ただ、このカードには、W500のデポジット料金が含まれていて、降車駅で改札を抜けた後、デポジット返還機にカードを入れると、W500が返還される、という仕組みです。つまり……W1000の区間に乗るためには、W1500をまず払って、「1回用T-money」を買い、降車後、いらなくなった「1回用T-money」をデポジット返還機に入れ、W500を返してもらう、というわけです。日本には無いシステムなので、ややこしいです。現在、窓口でのみ、紙の切符を買うこともできるそうですが、通常料金よりW100高くなるそうです(汗)自動券売機では、韓国語、英語、日本語、中国語で操作ができて、言語を選んでから(デフォルトはもちろん韓国語)、カードの種類(普通の「T-money」か「1回用T-money」か、など)を選び、次に、ハングルあるいはアルファベットのABC順で、降車駅を選びます。(路線図から選ぶこともできます)そうして、大人と子供の枚数の数字を押すと、金額が表示され、その金額分を入れると、カードとお釣りが出てくる、という仕組みです。ちなみにこれ↓が、「1回用T-money」です。とまあ、ここまではよかったんですよ。「1回用T-money」も、迷うことなく買えました。問題が発生したのは、自動改札を通る時……韓国の地下鉄の自動改札機は、ほとんどの場合、切符を投入したりカードを接触させたりすることにより、3本のバーが回転可能になり、そのバーの間を通って、改札を抜けられます。ところが……俺のスーツケース、大きすぎて、バーの間を通り抜けることができませんでした(汗)そこで、スーツケースを持ち上げて改札機の向こう側に置いたんですが、四苦八苦している間に、バーが規定分、回転してしまい……今度は、俺が通れなくなってしまいました(泣)カードを何度接触させても、アラーム音が鳴るだけ。駅員さんを呼ぼうにも、日本の自動改札機のように、呼び出しボタンもありません。スーツケースは改札の中、俺の体は改札の外、という状況で、通りすがりの人に状況を説明して、駅員さんを呼んでもらおうにも、何て言っていいのか分かりません(汗)この旅行始まって以来、最大のピンチ!そこに、何かおかしなことになっている俺を見つけて、改札の中にいた韓国人のおばさんが、声をかけてくれました。荷物が大きくて、バーの間を通れなかったこと、そして、今やどうやっても、バーが回転しないことを、ジェスチャーを交えて、何とか説明したら、どうやら分かってくれたようでした(汗)そしてそのおばさん、ちょうど改札を通りかけていた人に事情を説明して、その人が改札を抜ける時に、俺も一緒に、二人くっ付いて、抜けさせてもらえるよう、頼んでくれました。ちょうどお兄さんだったので、引き受けてくれまして、何とか俺も通ることができました。人間、いざとなったら、ジェスチャーでも何でも、通じるものです(汗)そして、おばさんと、一緒に改札を抜けてくれたお兄さん、ありがとう(泣)でも、思ったんですが、スーツケースが通らないんだったら、お相撲さんは通れないんでは? と思ってしまいました(汗)さて、こうして、無事、地下鉄に乗ることができました。13:38発 ↓地下鉄4号線 タンコゲ行13:45着こうして、ホテルの最寄り駅に着いたんですが、さて、ここにも、同じ自動改札口があります。また同じことをして引っかかったら、ただの学習能力のないバカです。地下鉄に乗りながら、うまくスーツケースを通す方法を考えました。そして見つけ出した方法は……スーツケースを寝かせて、バーの下を通してから、カードを接触させ、自分も通る。↑当たり前の方法です(汗)さて、こうして、無事、ホテルに着きまして、チェックインを先に済ませ、荷物だけ置かせてもらいました。ちなみに料金は、3泊(朝食付き)で、W163650。日本円にすると、約13000円です。1泊あたり4300円ですから、まあ、こんなもんでしょう。こうして身軽になり、ソウルの街に繰り出しましたが、続きは次に書きます。
Dec 30, 2009
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続きです。慶州駅に着きました。ホーム側から見ると、こんな感じ↓です。さすが、古都だけあって、駅舎も、それにふさわしいものになっています。日本も、京都駅とか奈良駅とか、わざわざ近代的にしなくていいのに、と思いますが……改札に駅員さんがいないし、他の人も勝手に改札を通ってホームに出ているので、それを見習って、何も見せたりせず、ホームに出ました。日本で言うところのJRに当たるのが、韓国では韓国鉄道公社(KORAIL)と言います。このKORAILの駅のホームの端には、このような駅名標が立っています。次に来る列車の表示は、ハングルと英語が交互に出ます。そしてホームはこんな感じですが……このホーム、日本のものより、高さが低いです。別に、列車の入口が、低い所にあるわけじゃありません。ステップを昇って、乗り込みます。バリアフリーではありません。(地下鉄の駅や、KORAILの駅でも地下鉄に乗り入れている列車が停まるホームは、日本と同じように、列車の床とホームの高さが同じになっていて、当然、列車の方にはステップは付いていません)さて、まあ、そういうわけで、初めて、KORAILの列車に乗ります!乗るのは、釜田(プジョン)行きのムグンファ(急行)です。韓国の長距離列車は、まず、新幹線に当たるのが、KTX。そして、特急に当たるのが、セマウルです。KORAILには、ソウル近郊の地下鉄乗り入れ列車以外、各駅停車の列車がありませんので、代わりに、ムグンファが走っています。ムグンファは各駅停車ではないけれども、便によって、停まる駅が違っている急行列車です。つまり、ムグンファの停車駅は、便によって何パターンかあって、全ての駅について、そのどれかのパターンのムグンファが停車する、というわけです。ってことは、違うパターン同士のローカルな駅の場合、同じ路線でも、ムグンファを乗り換えないといけない、ってことなんでしょうかね?(汗)ソウル以外の大都市近郊では、各駅停車の列車が全くない、ということになりまして、1つ隣の駅に行くだけでも、セマウルかムグンファしかなく、それぞれ高い料金になってしまいます。というわけで、窓口で、近距離のKORAILの切符を買おうとすると、「近くなら地下鉄に乗ってください」と言われるそうです(汗)並行して走るJRと各私鉄が、しのぎを削って客の奪い合いをしている日本(特に関西)に較べ、商売気がないというか、何というか……(汗)……話が横道に逸れました。16:05発 ↓東海南部線・『ムグンファ1783号』 釜田行(撮影:慶州駅) ↓先頭は機関車です。ムグンファは、客車を機関車が引いて走ります。客車はこんな感じです。ちなみに「ムグンファ」とは、漢字で「無窮花」と書いて、韓国の国花「ムクゲ」のことです。ムグンファの車内は、日本の特急列車のような感じです。けっこう快適ですよ。俺の席は窓側でしたし。 ↓16:05日本で言うところの上野駅に当たる、釜田駅に到着。どうでもいいんですが、釜田駅に到着する前に車内に流れるメロディーが、なぜか『Let It Be』(汗)これは釜田駅だけ、ムグンファだけというわけではなく、KORAILではよく(全体的に?)使われているようです。日本は『鉄道唱歌』だぞ!(関係ない)この釜田駅から釜山駅までは、「近くなら地下鉄に乗ってください」ということで、近くにある釜田洞(プジョンドン)駅に向かいます。釜田駅を出て、数分歩くと、釜田洞駅があります。運賃は、1区間なのでW1100。18:27発 ↓地下鉄1号線 新平行18:39着ここから歩いてホテルに戻り、この日の観光を終えました。ああ、そうそう。KORAILの列車や駅舎の写真を撮っても、何も言われませんでした。釜田駅の改札口にも、誰もいなかったので、切符はそのまま持って帰ってきましたし。続きは次に書きます。
Dec 30, 2009
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続きです。昼食を食べ終え、仏国寺バス停に戻りましたが、この時点で、14時過ぎ。慶州駅から釜山に帰る列車は、慶州駅発が16:05。今から石窟庵に行って帰ってきて、さらに慶州駅まで行かないといけないんですが、間に合うのか?俺……(汗)ここから石窟庵までは、シャトルバスで往復30分。ここから慶州駅までは、30分。つまり、移動だけで1時間かかります。バスの待ち時間や見学の時間も入れると、どうなるか……こんな時は、やっぱり観光案内所(汗)日本語を話せるおねいさんがいて、助かりました。結論から言いますと、仏国寺から石窟庵までのシャトルバスは、今、出ていったばかりで、次のバスを待っていると、どうがんばっても、石窟庵からこの仏国寺まで戻ってくるだけで、16時を過ぎてしまうとのこと。「石窟庵まで歩いて行くと、どれくらいかかりますか?」と聞いたら、おねいさん、「1時間かかります」はい。却下(汗)「今から石窟庵に行って、4時までに慶州駅に戻るのは、無理ですか?」おねいさん、悩んでから、「う~ん……今からタクシーで行って、急いで見学して、石窟庵を3時に出るバスに乗ってここに戻ってくれば、ギリギリで何とか……」仕方ない。せっかく韓国まで来て、しかも世界遺産を目の前にして、ここで引き返すわけにもいきません。俺の中では掟破りの、タクシーを使うことにしました。と、バス停のそばにタクシー発見!近付いていくと、運転手さん、降りてきて、「石窟庵?」と聞いてきました。まあ、ここからタクシーに乗るなんて、石窟庵以外に、行く所ないんですけどね。うなずいてから、ぼったくられないように、最初に料金を聞いておきました。「ハウマッチ?」「ハウマ…… テン・サウザンド!」1万ウォン…… 約800円……このへんのタクシーの相場は分かりませんが、ガイドブックには、仏国寺から石窟庵まで、シャトルバスで15分と書いてありました。更に運転手さん、俺を背後を指差しました。そこには観光案内図があって、おそらくその端に並んでいる数字を見ろ、と言ったんでしょう。たぶん、主要な観光地間のタクシーの料金と思われます。ハングルが分からないので、それを読むことはできなかったんですが、わざわざそれを示したということは、ぼったくるつもりはなくて、これがこの辺りの相場ですよ、というつもりなんでしょう。というわけで、15分で800円なら、まあ、しょうがないか、と思い、タクシーに乗り込みました。俺が韓国語を話せないと分かった運転手さん……でも運転手さんも、日本語を話せないらしく、黙ったまま、左右に急カーブの連続する山道を運転していきました。で、石窟庵に着く直前、右の方を指差して、「ガンポ!」だか何だか、言い始めました。景色が綺麗でしたので、おそらく、そっちの方のガンポだかギンポだか、いい所があるよ、と紹介したつもりだったんでしょう。そして、確かに15分ほどで石窟庵の駐車場に着くと……「1ジカン、マツ。サービス。オナジ、リョウキン、ノル」だとか何だか言ってきまして……どうやら、「ここで、無料で1時間までは待っててあげるし、行きと同じW10000で帰りも乗せていってあげよう」と言っているらしいと理解しました。そして車を降りると、ナンバープレートを指差しました。おそらく、ナンバーをメモしていって、戻ってきたら、このナンバーの車を探せ、と……帰りはバスで仏国寺まで戻るつもりでしたが、タクシーなら、バスよりも早く戻ることができるかもしれないので、いちおう、タクシーで帰ることも考えて、急いで石窟庵の見学をすることにしました。ここでチケット(W4000)を買って入ります。で、すぐに石仏を見ることができるのかと思っていたら、ず~っと、曲がりくねった山道が続きます(そんなに上り坂ではありませんでしたが)。そして10分ぐらい歩いた所に、ようやくこんな建物があり、人が並んでいました。これで理解しました。石仏は外にあるんじゃなくて、中にあるんですね?もちろん、こんな小さな建物の中には入らないでしょうから、建物の後ろの斜面の中に、石仏がある、と……並んで、入ってみると、予想どおり、建物の後ろの斜面の中をくり抜いて石仏を彫ってあり、その穴をカバーするようにガラスだかアクリル板だかで仕切ってあり、建物はただ、石仏を風雨から守るためのものでした。何だか、中尊寺金色堂を思い出しました(汗)石仏自体は、撮影禁止なので、写真はありません。とりあえず、山を削ってできた、大きな大仏様です。作られたのは、仏国寺と同じ頃です。参照さて、こうして一瞬のうちに石窟庵の見学を終え、元来た道を戻ると、15時少し前。例のタクシーに乗せてもらうことにしました。帰りは、運転手さん、色々と説明をしてくれようとしましたが、それより、急いでください(汗)途中、「慶州、ダウンタウン?」と聞いてきたので、いや、そこまで行かなくていいから、と、「バスストップ」と言って、元の仏国寺のバス停で降ろしてもらいました。往復でW20000。相場として高いのか安いのかは分かりませんが、日本での感覚だと、特に高くもないかな、と。それからすぐに、11番のバス(慶州駅方面行き)がやって来ました。石窟庵からのバスはまだ来ていなかったので、タクシーではなくバスで帰っていたら、この慶州行きのバスには、間に合っていなかったということです。今度のバスは、同じ11番でも、一般バスだったので、運賃はW1000。15:14に仏国寺バス停を出ました。そして慶州駅前に着いたのが、15:44。釜山行きの列車の発車時刻は16:05ですから、本当にギリギリです。(バスは15分に1本なので、仮に次のバスになっていたら、間に合わなかった可能性がある)こうして無事、慶州駅に着きましたが、続きは次に書きます。
Dec 29, 2009
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続きです。さて、慶州の市街地の観光はこれくらいにして、いよいよ、仏国寺(プルグッサ)と石窟庵(ソックラム)の観光です。ただ、さすがに市街地からそこまでは、遠くて、歩いては行けません。バスを利用するしかありません。市内バスターミナル発、慶州駅経由の仏国寺行きのバスは、10番、11番で、慶州駅から先は、10番が時計回り、11番が反時計回りに周り、再び慶州駅に戻ってきて、終着は、始発と同じ、市内バスターミナル、ということになります。ですから、バスターミナルや慶州駅から仏国寺へ行くには、どちらのバスに乗ってもいいんですが、俺は途中から乗るので、11番に乗らないといけません。ただ、気を付けないといけないのは、ルートは同じで、バスの頭に付いている番号も同じでも、座席バスと一般バスの2種類あり、座席バスは、いわゆる、高速バスや観光バスのような、2列ずつの座席になっているバス。一般バスは、普通の街の中を走っているような市内バスです。で、問題なのは、座席バスと一般バスで運賃が違うということ(汗)座席バスはW1500、一般バスはW1000。更に問題なのは、バス停には時刻表がなく、次に来るバスがどちらのバスなのか分からないということ。更に更に、どのガイドブックなどを見ても、バスの外見での見分け方が書いてない(汗)行き先も、系統番号の表記も、同じ。更に更に更に、料金は前払い(汗)つまり……自分が乗りたい行き先のバスが来て、停まり……(この時点では、座席バスか一般バスか、分からない)乗り込んだ時に、中の座席を見て、座席バスか一般バスかを判断し、すぐに運賃を運賃箱に入れないといけないわけです(汗)慣れてる人は、W1000円紙幣とW500硬貨を用意しておくんでしょうけれども。でも、急いでいる時に、たまたま来たバスが、座席バスか一般バスかで、運賃が違うというのは、どうも納得できないんですけれども……(汗)(別に座席バスに乗りたくない人もいますよね)まあとにかく、臨海殿址の入口の目の前に、バス停はあります。で、しばらくして、目的の11番系統のバスがやって来たので、いちおう手を挙げると、停まってくれたので、乗り込みました。車内の様子を見ると、どうやら座席バスのようです。いちおう、行き先として「プルグッサ?」と聞くと、運転手さん、うなずいたので、次に、「ハウマッチ?」と、聞いてみました。と、料金がいくつか書いてある表のうち、「1500」と書いてある所を指差したので、財布を開けようとすると、俺の後ろのドアが閉まり、バスは発車しました。はえーよ!ふらついて、財布から、小銭、こぼしそうになったじゃん!と、とにかく、W1500を運賃箱に入れ、空いている座席に座りました。で、ここからが更に難関。降りる時です。車内放送は韓国語と英語でしたが、どちらも、バスの走行音で、聞き取れません(汗)そもそもが慣れていない地名ですしね。均一料金だからか、日本のバスのように、前に、次の停留所名も表示されません(汗)ガイドブックには、「地元の人たちは、周りの風景で判断して、ボタンを押している」と書いてあって、そんなの、観光客には無理じゃん!ってな感じなんですが……(汗)しかも、仮に分かってボタンを押せたとしても、降りるのにもたもたしていると、降りないと思って発車してしまう、とガイドブック等に書かれていて、まさか、と思っていたんですが、確かに、他の乗客たち、停留所近くになったら、立って、ドアの近くまで移動しています。(このバスは前にしかドアがなく、前乗り前降り方式でした)日本だったら、「停留所に停車するまで、席をお立ちにならないでください」なんですが、韓国では、「停まってもまだ席に座ってるような、のろまな奴に、付き合ってる暇はねえ」って感じです(汗)確かに、俺が乗った時の感じだと、そうなのかもしれません(汗)いちおう、バス停に停まる度に、バス停によっては、次の停留所が書いてあるので、それを真剣に見ていました(汗)12:30頃、バスに乗り、結局、仏国寺バス停に着いたのは、12:55。他にも降りる人がいたので、降り遅れずにすみましたが……バスが停まって、ドアが開くと、韓国人の集団が我先に乗り込もうとして、運転手さんに、たぶん、「降りる人がいるから!」と、怒鳴られていました(汗)っていうか、俺が降りようとした時、ドアの入口が、乗り込もうとする人で詰まっていて、「すいません」って言って、ようやく空いたスペースから降りました。降りる人のためにスペースを空けることも知らんのか!っていうか、俺が降りるのと同時に乗り込んでる人もいて、そんなに急がんでも……って思いましたが、国民性の違いなんでしょうか(汗)まあとりあえず、こうして仏国寺に着きました。少し山の中です。バス停からしばらく、坂道をうねうねと登って……ようやく到着しました。真ん中にででんと立っているのは、チケットのもぎりのおっちゃんです。どこに行っても、もぎりの人は、こうやって門のド真ん中に立っていることが多いです。そして、この門の脇には、こんなものが。この写真を撮った直後、韓国人らしい、かわゆい女子高生か女子大生ぐらいのおねいさん二人組に、写真を撮ってください、と頼まれました。おねいさんの頼みとあっては断れませんが、「はい、チーズ」を何て言えばいいのか分からなくて、二人がポーズを決めたら、とりあえず、無言でシャッターを押しました(汗)デジカメなので、確認してもらったら、満足そうでしたので、よかったですが。仏国寺は、新羅時代の751年頃に建立されたそうです。その後、破壊されたり焼失したり再建されたりして、現在に至っています。さて、ここの入場料は、W4000です。庭園内を歩いて、奥へと進みます。この池は、凍り付いていました。そして、次の門の中には……こんな像が左右2体ずつ、計4体。まあ、このへんは、国は違えど、日本と同じ仏教建築ですからね。そしてこれが、大雄殿。そばには、三重の石塔が立っていました。まあ、こんな感じです。さて、こうして仏国寺の見学を終えました。時刻は13時半を回っていて、お腹が空いてきました。バス停の近くには食堂が並んでいます。そのうちの一つに入り、「一人です」という意味で、右手の人差し指を立てて「ワン」と言うと、お店のおばちゃん、怪訝な顔をして、それからメニューを持ってきて、そのうちの一つを指差して、「ワン」と言って、それから、何か、あーだこーだ言っていました。推察するに、俺の「ワン」を、「一人」とは受け取らずに、「1万ウォン以内で、何か食べられるものをください」と解釈されてしまったようでした(汗)まあ、1000ウォン(約80円)や10万ウォン(約8000円)の料理なんて、普通の食堂には、ありませんから、1万ウォンと解釈したんでしょう。おばちゃんが指差したメニューには、英語で簡単な説明が付いていて、「Hot soup with tofu」だとか何とか書いてあったので、スンドゥブチゲ(韓国風豆腐入りのチゲ鍋)みたいなものかな、と思い、値段もW7000だったので、とりあえず何でもいいや、と、それを注文しました(汗)すると……まず出てきたのは、おかずの数々。それも、少しずつ、大きな器に盛ってあります。あと、何だか知らないけど、白いスープと、金属の器に入ったご飯。そうだった、そういえば韓国料理って、こんな贅沢な器の使い方するんだった、と思っていると、熱々の鍋に入った赤いスープが運ばれてきました。中には、おぼろ豆腐みたいなものが入っていて、まあ確かに、俺がイメージしていたとおりのものです。おばちゃん、器に入れてある生卵を指差して、その指を鍋の方に移動。なるほど。この生卵を入れて食べろということですね?で、猫舌の俺は、フーフーしながら、その熱い鍋を食べました。おかずも、ほとんどが辛いし……(汗)もちろんキムチも付いてるし……で、ようやく食べ終わり、バス停に戻りました。続きは次に書きます。
Dec 29, 2009
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続きです。慶州市は、かつての新羅(しらぎ)王国(356年~935年)の首都だった古都です。日本の歴史では、百済(くだら)、高句麗(こうくり)などと一緒に登場しますよね。その時代の歴史的な遺産が残っている街で、仏国寺(プルグッサ)と石窟庵(ソックラム)が、1995年に、市街地にある古墳群などが、慶州歴史地域として、2000年に、それぞれ世界遺産として登録されました。今回は、それらを回ろうというのです。慶州高速バスターミナルから、まっすぐ東へ歩いていくと、15分くらいで、大陵苑(テヌンウォン)に着きます。意外と、駐車場とか、ないんだなあ、と思っていたら、後で知ったんですが、こちらは裏門でした(汗)でも、徒歩で回るには、一番効率のいいルートだと思います。大陵苑の入場料金は、W1500。チケットを買って中に入ります。ここは何かと言いますと、まあ、簡単に言えば、古墳群です。もちろん、新羅時代のものです。他にもたくさんありましたが、同じような写真を何枚も見せてもキリがないので、このへんでやめておきます。日本にも、スワローズ二軍のキャンプ地になってる宮崎県西都市に、日本最大級の古墳群、西都原(さいとばる)古墳群がありますよね。あそこに行った時のことを思い出しました。一通り見て回り、正門の方から出ました。ここには、駐車場や売店などがあり、団体さんなどは普通、こちらから入るようですね。この門から道路を挟んだ所から、ずっと徒歩で、世界遺産となっている慶州歴史地域を、見て回ることができます。(大陵苑も慶州歴史地域の一部ですが)歩いていきますと、まず左手に、贍星台(チョムソンデ)が見えてきます。新羅の第27代善徳女王(ソンドクヨワン)(在位632~647年)が作らせた、東洋最古の天文台……ではないかと言われています。入場料はW500ですが、別に中に入らなくても、入ろうと思えばまたいで入れるくらいの低い柵で囲ってあるだけで、その柵の外からでも、充分に見ることができます。更に進みますと、右手に鶏林(ケリム)があります。これは、新羅の王族、金氏の神話に出てくるそうです。林の中で鶏が鳴いていたので、調べてみると、金色の光を放つ箱が木の枝に引っかかっていて、その木の下で、鶏が鳴いていたそうです。その箱の中には、容姿端麗な男が入っていて、その子を「金閼智(キム・アッチ)」(金の箱に入っていた知恵者)と名付け、そこから、新羅王族の金氏の系譜が始まった、というものです。その林が、この「鶏林」。ここは、無料で入れます。更に行きますと、半月城(パヌォルソン)があります。これは新羅時代の城跡です。敷地が半月状(東西に長く、北側に凸になっている)をしていたことから、こう呼ばれているそうです。鶏林側からの入口(城の北西)は、こうなっていて……両側の土手は、たぶん、石垣に相当する部分じゃないかと……ここを登って、しばらく歩くと、氷を保存していたと思われる石氷庫があります。今は、お城の建物の跡は、他には全くありません。城の北東の入口から出ると、堀があります。……凍ってましたけど(汗)その目の前が、バスも通る、月城路という大きな通りになっていて、その道路の向かい側には、臨海殿(イムヘジョン)址があります。入場料金はW1000です。ここはまあ、新羅の王族の庭園ですね。この池は、いつの頃からか、雁や鴨が飛んできて泳ぐようになったので、雁鴨池(アナプチ)と呼ばれるようになったそうです。臨海殿全体が復元された模型がありました。まあ、こんな感じで、ここで、王様たちは、骨休めをしていたんでしょう。市街地にはもっと史跡がありますが、今回、俺が回ったのは、これだけです。まだ、世界遺産の仏国寺、石窟庵に行かないといけませんから。その様子は、続きに書きます。
Dec 29, 2009
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続きです。12月28日(月)この日は慶州(キョンジュ)観光です。行きは高速バスで行くことに決めていたので、まずは釜山総合バスターミナルに行かないと行けません。韓国の都市部の高速バスターミナルは、渋滞を避けて、郊外に作られています。釜山もその例に漏れていません。というわけで、地下鉄で移動です。ホテルからは、釜山駅駅よりも、中央洞駅の方が近いので、どうせ運賃は一緒(2区間W1300)だし、中央洞駅から乗りました。8:57発 ↓地下鉄1号線 老圃洞行9:37着地下鉄1号線は、釜山教育大学校駅を出てから地上に出て、斗実駅から再び地下に潜り、終点の老圃洞駅は再び地上駅です。この老圃洞駅、読み方は、テポドンでもノドンでもなくて、ノポドンです(汗)この老圃洞駅と同じ建物の中に、釜山総合バスターミナルがあります。で、そちらに行って、チケットを買おうとしたんですが、高速バスと市外バスの売り場が分かれていて、どっちがどっちなのか、分かりません。慶州(をハングルで書いた文字)は見えるので、慶州行きのバスのチケットは買えるんでしょうが、市外バスと高速バスの売り場の違いが分かりません。そこで、そこにあった観光案内所に行ってみました。「ようこそ」と日本語で書いてあったので、たぶん日本語が通じるだろうと思って。案内所のおねいさんに、高速バスの売り場と乗り場を教えてもらいました。窓口へ行き、おねいさんに、「キョンジュ」と言って、右手の人差し指を1本立てると、おねいさん、何かを操作してから、何か韓国語で言いました。うまく伝わらなかったのかな、と思い、あらかじめ「慶州」のハングル表記と英語表記を書いておいたメモを見せましたが、どうやらそうではないらしく、おねいさん、「4000」と金額が表示された所を指差し、「Four thousand」と言いました。どうやら、俺に何かを聞いていたのではなく、「4000ウォンです」と言っただけのようでした(汗)W4000を支払うと、おねいさん、チケットを渡してくれました。そして手書きで「27」と書いてある所を指差してから、バス乗り場の方を指差しました。要するに、「27番乗り場です」ということなんでしょう。一瞬、バスの座席の番号が27番なのかな?とも思いましたが、その割には、乗るバスの日付、時刻等が書いてありません。とりあえず27番乗り場に行くと、ちゃんと「慶州」のハングル文字が見えました。そしてそこに停まっているバスにも、同じ文字が。いちおう、運転手さんにチケットを見せると、うなずいてくれたので、そのバスに乗り込みました。乗り込んだ所で、運転手さんが、チケットの左半分の半券を切り取りました。いちおう、座席の指定があるかどうか、確かめようと思って、「ナンバー?」と聞いたら、運転手さん、「ナンバー、ノー」と。よくまあ、それだけの単語で、お互い、言いたいことが伝わったもんです(汗)やっぱり、何とかなるものです。バスの車内はこんな感じ↓で、(写真は降りる時に撮りました)座席はけっこう広々としていました。けっこう乗客が乗っていましたが、1列の独立の座席が空いていたので、そこに座りました。ああ、そうそう。韓国は、車は右側通行ですので、運転席は左側、バスの乗降口は右側にあります。さて、9:52、バスは発車しました。(撮影:慶州高速バスターミナル)高速バスは、慶州高速バスターミナルまで、ノンストップです。バスには「KIA MOTORS」と書かれていて、「ああ、起亜タイガースの親会社か……」みたいなことを漠然と思いながら、車窓の景色を見ていました。とは言っても……ずっと、田舎道だったんですけどね(汗)そういうわけで、土地が余っているのか、途中までは、片側3車線の広い高速道路。そして、日本では考えられませんが、バスなのに、ずーっと一番内側の追い越し車線を走行し、他の車をどんどん抜いていくという速さ(笑)というわけで、10:42、慶州高速バスセンターに到着しました。ここから、とりあえずは近場を歩いて観光しようと思ったのですが、うん? どっちへ向かえばいいんだ?ということで、観光案内所へ。日本語の地図も置いてあったので、日本語が話せるおねいさんにそれをもらい、現在地を確認して、すぐ左手の道路と、すぐ後ろの道路が、地図上でどの道路に当たるのかだけ確認して、出発しました。続きは次に書きます。
Dec 29, 2009
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続きです。釜山駅に着いてから、さて、これからどうしようか……と悩みました。計画性がないと、こうなります(汗)とりあえず、次の日の慶州(キョンジュ)行きですが、当初、行きも帰りも高速バスのつもりでしたが、往復とも同じ交通手段というのは、俺のポリシーにもとるので、帰りは列車に決めました。早速、自動券売機で切符を購入。慶州→釜田(プジョン)のムグンファの切符です。この時知ったのですが、京釜線以外の列車は、釜山駅ではなく、釜田駅が始発駅になるようです。京釜線は、ソウルと釜山を結ぶ韓国鉄道の大動脈で、KTXも通り、日本の東海道本線のようなものです。つまり、釜山駅と釜田駅の関係は、日本で言うところの、東京駅と上野駅のような関係です。また、大都市近郊には、普通列車は走っていません。近くなら地下鉄を使え、というわけで、短い区間、乗車するだけでも、セマウルやムグンファしか走っていないので、割高になってしまいます。これを踏まえて……とりあえず、海雲台(ヘウンデ)へ行ってみることにしました。この海雲台にもKORAILは走っていますが、前述のとおり、釜山から普通列車は走っていませんので、地下鉄で行くことにしました。今回は、遠いので、2区間、W1300。14:36発 ↓地下鉄1号線 老圃洞行14:45着【西面】(ソミョン)15:01発 ↓地下鉄2号線 萇山行15:30着なお、地下鉄ですが、主要駅では、日本語の案内もあります。「老圃洞行きの電車がまいります」「西面、西面です。2号線にお乗り換えのお客様は、こちらでお降りください」等々……だからまあ、地下鉄に関しては、そんなに心配することはありません。海雲台駅から、海に向かってまっすぐ歩くと、5分ちょっとで、海水浴場に着きます。観光客向けのビーチリゾートです。……まあ、夏、水着のおねいさんたちがいるんならまだしも、冬に、男一人でビーチにいても、寂しいだけなので、このビーチの地下にある、釜山水族館に行くことにしました。(男一人で水族館に行くのは寂しくないのか? というツッコミは受け付けません)入場料は、大人W16000。入口は地上にありますが、すぐに地下に降ります。順路どおりに行きますと、まず最初に目に飛び込んでくるのは……ピラニアたちの水槽……(汗)趣味わりーぞ、おい(笑)水槽の上は開いていて、「DANGER」の表示があります。ピラニアは有名ですから、迂闊に手を突っ込む人は、まあいないでしょうけれども。隣の水槽も、アマゾン。アナコンダ(模型)まで……凝ってますなあ(笑)クリスマスだったからって、光のゲートがあって……ペンギンさんたちがいました。向かい側にコツメカワウソくんたちもいたんですが、うまく撮れませんでした。更に進んでいきますと……タカアシガニですが、その横の案内板。日本語でも和名が書いてあるのはいいんですが……す、すいません。これは、ツッコミを期待しているんでしょうか?(汗)まあたぶん、日本の水族館の説明も、中国語とか、間違ってるのかもしれませんし、お互い様ですよね(汗)この水族館の最大の売りは、これ↓らしく……このサメがいる水槽が、トンネルになっていたり……トンネルを抜けた所で、何かやっていると思ったら……ダイバーさんたちによる、サメの餌付けでした。16:00時開始だったので、ちょうどいい時間でした。(写真はエイが写ってますが)もっとも、このサメはシロワニと言って、大人しい種類のサメです。まあ、こんな感じで、水族館も楽しみました。……男一人で(汗)帰りです。16:55発 ↓地下鉄2号線 湖浦行17:24着【西面】17:29発 ↓地下鉄1号線 新平行17:39着さて、夕食の時間なので、釜山駅の中にあるフードコートで、夕食を取ることにしました。が……メニューが読めない(汗)いちおう、見本が店の外にディスプレイされていたので、それを見て、チゲ鍋みたいな奴にしようと思いました。それの値段はW8000。他にW8000のメニューはないので、レジのおねいさんに、メニューの上でW8000と書いてあるメニューを指差し、W8000を支払いました。番号札に書かれている番号がテレビ画面の端に表示されたら、料理ができた合図なので、しばらく待っていて、番号が表示されたので、取りに行くと……あれ? 注文したつもりの奴と違う……オムライスみたいなのと、エビチリが組み合わさったような料理……オムライスみたいなのはいいとしても、エビチリ……(汗)でも、俺が指差したメニューが、そもそも、それだったのかもしれないし、う~ん……仕方なく、それを席に持って帰り、エビ以外、食べました(汗)それにしても、そんな料理にまで、キムチ付けなくても……(汗)日本人だって、何でもかんでも、たくあんは付けないぞ(汗)ホテルへの帰り道、コンビニに寄りました。釜山で見かけたコンビニは、ほとんどがファミリ○マ○ト。セ○ンイレ○ンがたまにありました(ホテルの隣にあったのもセ○ンイレ○ン)。南浦洞にミ○スト○プがあったのには、驚きましたが。それはいいとして、お菓子の値段が……グリコではなくロッテの商品なので、ポッ○-とは呼べませんが、このお値段、W700。日本円にすると、56円(汗)ポッ○ーの半分ぐらいしか、入っていませんでしたが。そして、このお茶が……これ、許されるのか?(汗)ホテルに戻り、スーツケースを受け取って、部屋に入りました。もう、慣れた感じの部屋です。安心して眠れます。こうして、韓国1日目は、終わりました。続きは次に書きます。
Dec 28, 2009
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続きです。12月27日(日)いよいよ釜山市内観光です。釜山駅から、そのまま元来た道を歩いて戻りました。釜山駅から地下鉄1駅分南下すると、中央洞(チュンアンドン)です。ここで海岸に出てみると、俺が乗ってきたフェリー『星希』が停泊しているのが見えました。さらに地下鉄1駅分なんかすると、南浦洞(ナムポドン)に着きます。この辺りは、釜山有数の繁華街です。地下鉄南浦洞駅付近の交差点です。で、どうでもいいんですが、さすが釜山ともなると、日本人観光客が多いのか、日本語表記……南浦洞から右に曲がると、有名なチャガルチ市場(チャガルチシジャン)があります。地下鉄の南浦洞駅からチャガルチ駅までの一帯の海岸沿いに、海産物を売るお店が並んでいます。そして、チャガルチ市場棟があり……1階で海産物を買い、上の階の食堂で、それを調理して食べることができます。↓チャガルチ市場棟からの、港の眺め。もちろん、外にも、たくさんお店が並んでいます。新鮮な魚介類が並んでいますが、魚はともかく、それ以外がダメな俺は、パス(汗)このチャガルチ市場棟にも、日本語の案内がありました。関係ないけど、このトラック↓は、俺に突っ込んでほしいんでしょうか?(汗)(んなわけない)というわけで、チャガルチ市場は、一通り見て回っただけで、何も買わず(汗)チャガルチ市場から北に少し行くと、その一帯は、国際市場(クッチェシジャン)になっていて、たくさんのお店や屋台が広がっていて、観光客や若者で賑わっています。そしてここにも日本語が。……まあとりあえず、俺はお買い物派ではないので、まずは、腹ごしらえ。韓国に上陸してから、初めての食事ですが……とりあえず、前の日の夜から、連続で辛いものを食べているので、もう辛いものは勘弁(汗)というわけで……ファーストフードに挑戦してみよう!(なぜに?)マ○ドナルドに入りました。メニューを見ると、だいたい同じようなもの。とりあえず……「ビッグマック……セット」と言ったら、おねいさん、一瞬、固まってから、理解した、というようにうなずいて、「ココデ?(ここで食べますか?)」な、なぜ、俺が日本人だって分かったんだ!?(汗)アジア系の顔だとしても、中国人かもしれないじゃないか!ここのセットは、サイドメニューがポテトなのは、まあいいとして、ドリンクは……と思ったら、ドリンクのメニュー表がない!(汗)普通に、コーラが出されました(汗)周りを見ると、全員、コーラ。コーラしかないのか!っていうか、コーラ、あんまり好きじゃないんだけど……(汗)まあいいや。で、このビッグマックセット、W3000。日本円に換算すると、約238円!日本の半額以下じゃん!ドリンクがコーラだけでも、文句言えません(笑)まあ、そんなこんなで、国際市場の見学も終わり、次は、龍頭山公園(ヨンドゥサンコンウォン)へ。小高い丘があり、その丘全体が公園になっています。俺は今回、北側から登りました。(東側の中央洞や、南側の南浦洞からも登れます)で、頂上に着きました!この、頂上に立つ釜山タワーはどこからでも見えるので、俺でも、迷子にならずにここまで来ることができました。花時計もありました。さて、この……タワーの前に立っている銅像の方は、誰かと言いますと……豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役・慶長の役)の際、この軍勢を迎え撃った将軍、李舜臣(イ・スンシン)公ですね。真偽のほどは分かりませんが、最後は流れ弾に当たって戦死したことになっています。韓国での国民的英雄となっている人物です。タワーの前には、こんな龍もいました。さて、釜山タワーは、展望台まで昇るのに、料金はW4000です。チケットを買って、中に入ります。おねいさんにチケットを渡して半券を切ってもらい、エレベーターに乗って、展望台へ。東側のフェリーターミナルには、『星希』が見えます。そして南側の、チャガルチ市場の方面。北東の方は、街の中心部になります。こう見ると、釜山って、けっこう大きな港町です。龍頭山公園を、南側から降りました。南側は、登りだけ、エスカレーターがあります。再び南浦洞に出てきました。この時点で、まだまだ時間がありましたので、どこかへ行こうかな、と思い、とりあえず、釜山駅まで地下鉄で行ってみることにしました。釜山の地下鉄の駅は、こんな目印が立っているので、すぐに分かります。まあ、歩いても行ける距離ですが、乗りテツとしては、乗っておかないといけません(汗)地下鉄の券売機も、タッチパネル式で、韓国語、英語、日本語、中国語を選べます。ちゃんと日本語の音声が出ます。そして、自分が今いる駅を中心として、路線図のピンクの範囲内にある駅までは、「1区間」、その範囲の外の駅までは、「2区間」となり、「1区間」はW1100、「2区間」はW1300です。で、「1区間・片道」「1区間・往復」「2区間・片道」「2区間・往復」の4つのボタンの中から1つ選んで押して、1枚だけの場合はそれで終了。複数枚必要なら、下の方の、「2人」「3人」「4人」「5人」の中から、一つ選んでボタンを押します。こうして、画面に表示された金額を、右の投入口から入れれば、切符は出てきます。地下鉄は自動改札になっていて、切符を投入するか、ICカードをタッチするか、いずれかを行うと、3本のバーが回って、中に入ることができまし。切符の場合は、投入後、再び出てくるので、それを受け取らないといけません。改札から出る時も同じ要領です。13:38発 ↓地下鉄1号線 老圃洞行13:41着地下鉄は、テロ防止のため、写真を撮るのは禁止ですので、列車や駅の写真は、撮りませんでした。ちなみにこの「釜山駅」は、地下鉄の場合、「釜山駅駅」です。「釜山駅」という駅名ですから。南浦洞駅と釜山駅駅の間には、中央洞駅があるだけですから、すぐに着いてしまいます。さて、続きは次に書きます。
Dec 28, 2009
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続きです。釜山港国際旅客ターミナルを出てから、街の方を見ると、ちょうど、中央洞(チュンアンドン)の方が見えました。↑この写真の真ん中付近にある、周りより背が高いビルは……おお! 俺が泊まるホテル!(笑)というわけで、これなら迷子にはなるまい、と思って、意気揚々と歩き始めました。交差点で信号待ちをしていると、韓国人のおばちゃんが、韓国語で何か聞いてきました。たぶん、道を教えてほしいんだと思いましたが、俺、韓国語なんてできません(汗)「ニ、ニホンジン」(↑なぜか片言)と言うと、おばちゃん、何か納得して、去っていきました(汗)これが、韓国に来てから最初に話した会話(爆)(フェリー内で同室だった人と、ターミナルで話したのは除く)そして迷子になることなく、目的のホテルに着きました。ホテルの前の道は、この辺りのメインストリートです。とりあえずスーツケースだけ預けるつもりでしたが、チェックインしてくれというので、東横インの会員になって、W90000払いました。2泊でW90000、つまり7134円です(朝食付き)。こうして身軽になり、まずは、ホテルから徒歩10分ぐらいの、釜山駅に向かいました。ホテルの前のストリートを、そのまままっすぐ歩いていくだけですので、俺でも、地図なしで行けます!京都駅のような、ガラス張りの駅舎です。改札や窓口などは、2階にあります。まず、12月30日に乗る、ソウル←→水原(スウォン)の、行き帰りの列車の切符を買っておかねば、と思い、ここに来たのです。年末のこんな時期ですし、満席になってしまわないように。ただ、時刻がよく分からないですし、この日、この釜山駅発の列車の切符でもないですから、窓口の駅員さんとうまく話せる自信がありません。紙に書いておくことも可能ですが、時刻が分からないので、う~ん……と悩んだ末、自動券売機で買うことにしました。自動券売機はタッチパネル方式で、まず、韓国語と英語を選べます。とりあえず「English」ボタンを押して、何のことか分かりませんが、とりあえず一番左のボタンを押すと、切符が買えるようなことが、悪戦苦闘の末、分かりましたので、それを押しました。↑こんな画面になり、乗車する日付、列車種別(KTX、セマウル、ムグンファなど)、乗車駅、降車駅、発車時刻などのボタンが、左側に並んでいます。ここは釜山駅なので、デフォルトとして、日付はその日のもの、乗車駅は釜山駅が選ばれていますが、「Edit」ボタンを押すと、メイン画面でタッチパネル操作ができるようになります。日付は、カレンダーが表示されるので、乗車する日を押すだけ。列車種別は、「KTX」「Saemoul」「Mugungwha」などと表示されるので、それを押すだけ。乗車駅は、KTX停車駅を中心に、主な駅が英語で表示されています。それ以外の駅でも、ABC順に並んでいる全ての駅の中から選ぶことができます。降車駅も同様。(つまり、いくら英語画面でも、駅名の英語表記を知らないと、替えません)あとは、発車時刻ボタンを押すと、しばらく検索して、その時刻以降の、列車の一覧が出てきます。「economy」「first」などと、等級を選択し、あとは、指示に従って現金あるいはカードを入れるだけで、買えます。列車種別を入力せずに、発車時刻から先に入力すると、KTXからムグンファまで、全ての列車が表示されますし、乗り継ぎの場合でも、最初に乗る駅と最後に降りる駅さえ選択すれば、乗り継ぎの列車全てを表示してくれます。ってことで、「Seoul」から「Suwon」の、行きは「Saemoul」、帰りは「Mugungwha」で、切符を買えました。↑ソウル→水原のセマウル(特急)の切符↑裏↑水原→ソウルのムグンファ(急行)の切符一番左上に「乗車券」と書いてあり、次に、「ソウル→水原」など、出発駅と到着駅が、ハングルと英語で書かれています。その下が、日付と、出発時刻、到着時刻。その下に、セマウル、ムグンファなどの列車種別、列車番号、その列の真ん中が、特室(グリーン)、一般室などの等級、最後に、何号車の何番の席か、が書いてあります。下から2番目の列は、料金と、割引金額(平日だと安かったりするのです)、そして、実際の領収額が書かれています。一番下は、乗客には関係ありません。この切符、大きさは、クレジットカードなどと全く同じです。こうして無事、切符も買えましたので、いよいよ観光開始です!続きは次に書きます。
Dec 28, 2009
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続きです。いよいよ、フェリー『星希(ソンヒ)』に乗り込みます。下関-釜山間のフェリーは、日本の関釜フェリーと、韓国の釜関フェリーの共同運行で、関釜フェリーが持っているのが『はまゆう』、釜関フェリーが持っているのが『星希』です。このフェリーは、下関側からと釜山側からと、同時に出航し、途中ですれ違って、お互い、反対側の港に着きます。そして次の日は、その船がまたそのまま、逆方向に運行される、というわけで、各港からは、毎日交互に、『はまゆう』と『星希』が入れ替わるように出航します。俺が乗った12月26日は、『星希』の方が、下関から釜山に向かう日でした。さて、乗り込みますと、船員さんが韓国語で、おそらく、「チケットを見せてください」と言ったんだと思いますが、とりあえずチケットを見せると、「こっちです」と、今度は日本語で、チケットに表示された部屋の方向を教えてくれました。その部屋に行ってみると、まだ他の人は誰も来ていないみたいで、俺が一番乗りでした。そんなわけで、手前側の壁際の、コンセントがあるポジションをゲット!縦長の穴が2つの日本式のコンセントと、丸い穴が2つの韓国式のコンセント、2種類のコンセントが2つずつ、ありました。さて、場所を確保したら、早速、船内の探検です!↑フロント↑ロビー↑ロビーに置いてあった、『星希』の模型ロビーの脇に、免税店もありました。国際フェリーに乗るのは初めてでしたが、よく考えたら、このフェリーの上は、日本でも韓国でもないんですよね、いちおう。そして船尾の方の部屋は、行商のおばちゃんたちが固めて入れられているのか、通路に台車や荷物が、ズラーっと並んで結びつけられていました(汗)レストラン「ポラリス」(北極星という意味ですね)に行ってみると、まずは団体客から先にさばくようで、一般客は20:20からと書いてありました。というわけで、しょうがないので、先にお風呂に入ることにしました。やっぱり、広いお風呂はいいですね(笑)さすがに、船内探検やお風呂から戻ると、俺の部屋も、乗客が全員入っていました。(まあ、俺がお風呂に入ったのが、出航時刻の19:00頃でしたから、当然、それまでには全員乗り込んでいるはずなんですけどね)俺の隣に来たお兄さんは、北九州に住んでいる28歳らしく、ソウルに住んでいたこともあるらしく、日本語も韓国語もペラペラ。しかもパスポートは韓国のものだったから、国籍は韓国人なのかな?という感じで、何と、韓国まで釣りに行くらしく(汗)釣り竿やらを持ち込んでいました(汗)その隣の二人は、俺よりは年齢が上らしいですが、神戸の人たちで、前日に阪九フェリーで下関に来て、観光してから『星希』に乗り込んで……と、フェリー2連泊(笑)他には、俺からは一番離れていたので、直接話は聞いていないんですが、フィリピン人らしいお兄さんとか、もちろん韓国人や日本人など、バラエティーに富んだ部屋でした。が、全員、20代から(たぶん)40代ぐらいまでの男性ばかりでした。いちおう11人部屋なのですが、9人しかいなくて、マットとシーツと枕と毛布2枚が、一人分として用意されていました。毛布2枚というのが、太っ腹!(ぇ?)さて、20:20になったので、レストランに行きました。一般客は、20:20~20:40までの間に、注文しに行かないといけないらしいです。レストランの入口に書いてあるメニューを見ると、焼肉定食、ビビンバ定食、キムチチゲ鍋セットなどの韓国料理がメインで、トンカツ定食やうどん、そばなどの日本料理もありました。(トンカツ定食って日本料理なのか?)俺が今まで乗ったことのあるフェリーのレストランは、たいてい、一皿ごとに並べられていて、好きなのをトレイに乗せていって、最後に会計をするか、あるいは、定食の形でセットになっているものをもらっていくか、でした。ですがこのレストランでは、レジで注文し、レシートというか、注文票を受け取って、自分の好きなテーブルに着くと、ウエイターさんが水を持ってきてくれて、注文票を持っていって、料理を運んできてくれる、というシステムのようでした。ちなみに、レストランの様子↓俺が注文したのは、800円の「ビビンバ定食」。どうやら、ご飯を、ビビンバの具が入った容器に入れ、好みの量のコチュジャンを入れて、かき混ぜるようです。で、赤い系の辛さは平気な俺は、コチュジャンをドバッと入れたんですが……他にも、キムチやら何やら、辛いものばっかりで、体が熱くなってきました(笑)部屋に戻り、隣の人たちとしばらくお話しした後、22時過ぎ頃に、寝ました。携帯を充電させながら。やっぱり、よく乗る瀬戸内海航路のフェリーと違い、外海、しかも日本海ですから、それなりに揺れました。12月27日(日)6時頃に、目が覚めました。で、その頃には、既に釜山港に着岸していたようです。が、入国審査場などがまだ開いていないせいで、8:30までは下船できません。とりあえず、デッキに出てみましたが、まだ真っ暗。レストランでの一般客の食事は7:20からなので、それまで待って、食べに行きました。朝のメニューは、和定食と韓定食の2種類だけ。どちらも600円。とりあえず、韓定食にしてみました。これがまた、おかずは、写真上の右から2つ目の煮豆以外は、辛い……(汗)スープは、具は、ほとんどもやしとネギだけ。まあ、日本のみそ汁も、わかめと豆腐だけだったりするのもありますし、そんなもんなのかもしれませんが。そして、韓国のり。ハングルで書いてあるのに、「味付けのり」とだけ、日本語で書いてありました(汗)とは言っても、日本の味付けのりほど、味は付いていませんでした。と、食事をしている間に、夜が明けました。↓釜山の夜明けです。8:30から下船が始まり、入国審査場に行くと、まず、こんなカードが配られました。拡大しますと……時期が時期だけに……(汗)英語、日本語、中国語で書かれていて、この裏は、全てハングルで書かれていました。入国審査は、まあ、すんなり行ったんですが、ここで、セキュリティーチェックがあります。飛行機の場合とは逆ですね。飛行機の場合は、飛行機に持ち込むものを調べられますが、フェリーは特にそういうものはなくて、韓国国内に持ち込まれては困るものを調べるわけです。ポケットの中のものは、荷物の中に入れてください、と書かれていたので、携帯などをリュックの中に入れ、セキュリティーチェックを受けました。すると……リュックの方は大丈夫だったんですが、俺自身の方が引っかかり……あ、腕時計したままだった(汗)外します。また鳴りました(汗)何回やっても鳴るので、何でかなあ、と思っていたら……胸ポケットにデジカメを入れていたのを、すっかり忘れてました(滝汗)とりあえず、そんなこんなでセキュリティーチェックも終わり、スーツケースも受け取って、税関を通り、あとは、円をウォンに両替するだけです。このフェリーターミナル内に、釜山銀行があるのはあらかじめ調べてあって、両替手数料を30%引きしてくれるクーポン券を印刷してきてあったので、5万円と一緒に窓口にそれを出しました。5万円は、ちょっと多いかな、とも思ったんですが、念のため。1円=12.61ウォン(W1=¥0.0793)のレートで両替。1万円札を5枚出したら、1万ウォン札が63枚(と500ウォン硬貨1枚)も返ってきて、一気に大金持ちになった気分(汗)いちおう、5万ウォン紙幣もあるようなのですが、まだ新しいので(2009年6月23日発行開始)、1万ウォン札だらけ(汗)日本で言うと、千円札程度が最高額の紙幣で、ようやく5千円札ができた、って感じです。まあ、一万円札って、世界的には、高額紙幣なんですけどね。両替も終わったので、釜山港国際旅客ターミナルを出ました。続きは次に書きます。
Dec 28, 2009
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いちおう、「日韓共同きっぷで行く!」と銘打っていますので、日本での行程も記しておきます。ちなみに日韓共同きっぷというのは、東京、名古屋、大阪、その他西日本各地から、下関、あるいは博多までの新幹線の切符と、下関-釜山間の関釜フェリー、あるいは博多-釜山間の高速船『ビートル』と、釜山、あるいは慶州からソウルまでの、韓国高速鉄道『KTX』あるいはセマウル号(特急)の切符がセットになった、格安の切符です。ただ、伝票のようにカーボン紙に書いて作る手書きの切符のため、(JR、フェリー、KTXの3つが同時に書いてある1枚と、それぞれの会社用に1枚ずつ転写されている、計4枚セット)発券には時間がかかりますし、扱っている旅行代理店も、非常に少ないです。っていうか、存在自体を知らない可能性の方が高いぐらい、超マイナーな切符です。(参照)それを踏まえて……12月26日(土)まずは、大阪駅の改札から、つまづきました(汗)手書きの切符なので、もちろん自動改札機は通れませんので、改札の駅員さんに「日韓共同きっぷ」を見せたら、その駅員さんも、見るのが初めてらしく、そのまま通してもいいものなのか、日付印を押すものなのか、はたまた半券を切るべきなのか(いちおうJR、フェリー、KTXそれぞれの紙に、ミシン目は付いています)、全然分からないらしく、奥に引っ込んだり、責任者らしい人に聞いたり、あーだこーだとやっていました(汗)で、酔っぱらいだか何だかのオッサンが、その改札口で駅員さんに絡み始めて、日韓共同きっぷを人質に取られている俺は、そこから逃げることもできず、そんなこんながありまして……(汗)結局は、そのまま通ればいいらしく、日韓共同きっぷをそのまま受け取って、改札を入りました。あまりにもマイナーすぎて、JRの駅員さんすら(扱い方を)知らない、日韓共同きっぷ……(汗)これから、乗り換える度に、5分も10分も時間を取られるんだろうか、と心配したんですが、新大阪駅の、在来線から新幹線に乗り換える改札口では、すんなり通してくれました。さて、そういうわけで、ここから、旅の始まりです。12:22発 ↓山陽新幹線『ひかり563号』 博多行(「ひかりレールスター」)(撮影:新大阪駅)新幹線700系 ↓山陽新幹線だけを乗る時には、わざわざ選らんで乗っている「ひかりレールスター」です。 ↓14:48着ここで在来線に乗り換えなので、再び、日韓共同きっぷを乗り換え改札口で見せました。さすがに小倉まで来ると、使う人がそれなりにいるのか、駅員さん、すぐに通してくれました。15:12発 ↓鹿児島本線・山陽本線・普通 下関行(撮影:小倉駅)415系 ↓15:27着下関駅の改札口で日韓共同きっぷを見せると、JR分の1枚だけ切り取って、通してくれました。その下関駅から、ずっと歩道橋を通って、下関港国際ターミナルに行きます。下関駅からまっすぐ正面に向かって歩道橋を歩いて行くと、やがて右手に曲がるようになっていて、その先にターミナルが見えます。徒歩10分もかかりません。着いたらまず、乗船申請書を記入し、日韓共同きっぷ、パスポートと一緒に、窓口のおねいさんに出します。この時、港湾使用料600円と燃油サーチャージ料500円、計1100円を支払います。おねいさん、日韓共同きっぷのフェリー分の1枚を切り取り、代わりに、フェリーの乗船券をくれました。ミシン目で半分に切れるようになっていて、改札の時、右半分を回収されます。チケットと一緒に、釜山港で提出する、韓国の入国カードと、税関申告書も渡されました。釜山港に上陸するまでに、書いておかないといけません。それから、フェリー内では雑魚寝の二等寝室なので、スーツケースは預けることにしました。預ける場合は、16:30までに、受付場所に持っていかないといけません。600円を払い、スーツケースに括り付けた番号札を半券を受け取りました。一般客の乗船開始時刻は18:00とのことなので、スーツケースを預けて身軽になったことだし、下関駅前まで戻ったり、うろうろしていました。さて、再びターミナルに戻ると、乗客でひしめいていました(汗)しかも、言葉を聞いていると、9割方、韓国人。そして、一般客乗船口と団体客乗船口に分かれていて、団体客乗船口は、たぶん全て韓国人の団体さんが何組も……(汗)これらの団体さんだけで、全体の7割ぐらい、占めていたようです。で、一般客のうち3割ぐらいは、行商っぽい、韓国人のおばちゃんたち。荷物は一つまでと決められているのか、台車にギュウギュウに荷物を載せて、紐で縛り付けてありました。中で一人、どうしても一つにまとめられないおばちゃんがいて、お仲間だか何だかのおじさんが、「俺はまだスペースがあるから、一緒に持ち込んでやろう」と言ったのか知りませんが、中身がパンパンに詰まったビニール袋を一つ、自分の荷物と一緒に、台車に括り付けました。俺、その袋の中身が透けて見えてしまったんですが、どうやら、お菓子の「う○い棒」がたくさん詰められていたようで……(汗)そこまでがんばって持って帰るほどのものでもないような気がしますが……(汗)まあ、どうでもいいですけどね(汗)17:30頃から、団体客の乗船が始まりました。ただ、団体客の数が多くて、出国審査場が混み合ってしまい、18:00の予定だった一般客の乗船開始が、10分ほど遅れました。とりあえず、税関を素通りして、出国審査場へ。国際フェリーは初めて乗りましたが、この部分は、飛行機の国際線と同じ。黄色い線の前で待機して、一人ひとり、係員にパスポートを渡して審査を受け、パスポートに査証を押してもらいます。で、出国審査場を抜けた所に、小さい免税店がありました(笑)さて、いよいよ乗船ですが、続きは次に書きます。
Dec 27, 2009
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今回の18きっぷの旅のまとめに行きたいと思います。まず、スタート地点からゴール地点までをまとめます。大阪から稚内までや、鹿児島から大阪まで、また、ホテルへ行ったり観光で使った分は、省きます。8月10日 総乗車キロ数 JR北海道 稚内→旭川→富良野→滝川→札幌:452.3km 総乗車時間 稚内→名寄:3時間57分(音威子府駅での停車時間40分を含む) 名寄→旭川:1時間49分 旭川→美瑛:33分 美瑛→富良野:49分 富良野→滝川:1時間02分 滝川→札幌:1時間51分 合計:10時間01分 総交通費 青春18きっぷ:2300円 宿泊費 ホテルユキタ(札幌):3500円8月11日 総乗車キロ数 JR北海道 札幌→(函館本線経由)→長万部→(渡島砂原・渡島大野経由)→函館:299.1km 総乗車時間 札幌→小樽:45分 小樽→長万部:3時間06分 長万部→函館:2時間48分 合計:6時間39分 交通費 青春18きっぷ:2300円 宿泊費 ホテルハートイン(函館):3900円8月12日 総乗車キロ数 JR北海道 函館→中小国:129.0km JR東日本 中小国→青森→弘前→川部→(五能線経由)→東能代→秋田→酒田:383.8km (川部-弘前間重複6.3km含む) 合計:512.8km 総乗車時間 函館→木古内:1時間01分 木古内→蟹田:52分 蟹田→青森:40分 青森→秋田:5時間07分 秋田→酒田:1時間50分 合計:9時間30分 総交通費 青春18きっぷ:2300円 快速『リゾートしらかみ4号』 指定席券:510円 合計:2810円 宿泊費 ホテル・アルファーワン酒田(酒田):4500円8月13日 総乗車キロ数 JR東日本 酒田→新発田→(白新線経由)→新潟→(信越本線経由)→直江津:304.5km JR西日本 直江津→敦賀:307.9km 合計:612.4km 総乗車時間 酒田→村上:2時間22分 村上→新潟:1時間18分(遅れ07分) 新潟→直江津:1時間54分 直江津→富山:1時間55分 富山→金沢:1時間04分 金沢→敦賀:2時間16分 合計:10時間49分 総交通費 青春18きっぷ:2300円 宿泊費 ビジネスホテル山形(敦賀):4500円8月14日 総乗車キロ数 JR西日本 敦賀→米原→(東海道本線経由)→神戸→(山陽本線経由)→下関:695.9km JR九州 下関→門司→(鹿児島本線経由)→熊本:197.4km 合計:893.3km 総乗車時間 敦賀→米原:53分 米原→相生:2時間55分 相生→糸崎:2時間38分 糸崎→白市:30分 白市→下関:4時間47分(新山口駅での停車時間12分を含む) 下関→門司:06分 門司→銀水:2時間33分 銀水→熊本:51分 合計:15時間13分 総交通費 青春18きっぷ:2300円 宿泊費 ホテル松鶴(熊本):3500円8月15日 総乗車キロ数 JR九州 熊本→八代→(肥薩線経由)→隼人→西大山:247.7km 総乗車時間 熊本→八代:32分 八代→人吉:1時間17分 人吉→吉松:1時間22分 吉松→隼人:52分 隼人→鹿児島中央:36分 鹿児島中央→山川:1時間05分 山川→西大山:10分 合計:5時間54分 総交通費 青春18きっぷ:2300円というわけで、稚内駅から西大山駅までの総合計は……総乗車キロ数 3017.6km (五稜郭-函館間重複3.4km、川部-弘前間重複6.3km含む)総乗車時間 58時間06分(2日10時間06分)総交通費 14310円総宿泊費 19900円交通費・宿泊費計 34210円6日間の旅程で、計2日と10時間ちょっと列車に乗って、3000キロ超の旅行をして、交通費と宿泊費は34210円。俺ってすげー!(笑)って思いますが、実は、大阪から稚内まで行く交通費と、鹿児島から大阪に帰ってくる交通費、さらに、稚内と鹿児島での宿泊費、その他、函館での観光に使った費用などは、どうなっているかと言いますと……往路:大阪→稚内 寝台特急『トワイライトエクスプレス』 乗車キロ数 大阪→札幌:1495.7km 乗車時間 大阪→札幌:21時間49分 特急『サロベツ』 乗車キロ数 札幌→稚内:396.2km 乗車時間 札幌→稚内:5時間34分総乗車キロ数 1891.9km総乗車時間 27時間23分(1日3時間23分)総交通費 乗車券 大阪市内→稚内:19420円 特急券・寝台券 『トワイライトエクスプレス』 特急券:3150円 B寝台券:6300円 『サロベツ』 特急券:3230円 合計:32100円復路:西大山→大阪 西大山→鹿児島中央 乗車キロ数 西大山→鹿児島中央:56.7km 乗車時間 西大山→鹿児島中央:1時間31分 九州新幹線『つばめ34号』 乗車キロ数 鹿児島中央→新八代:137.6km 乗車時間 鹿児島中央→新八代:45分 特急『リレーつばめ34号』 乗車キロ数 新八代→博多:151.3km 乗車時間 新八代→博多:1時間39分 山陽新幹線『ひかり554号』 乗車キロ数 博多→新大阪:622.3km 乗車時間 博多→新大阪:2時間40分総乗車キロ数 967.9km総乗車時間 6時間35分総交通費 乗車券 西大山→鹿児島中央:6回目分の青春18きっぷを使ったため特に料金不要 鹿児島中央→大阪市内:11760円 特急券 『つばめ34号』 新幹線特急券:2910円 『リレーつばめ34号』 B特急券:1090円(乗継割引) 『ひかり554号』 新幹線特急券:5440円 合計:21200円宿泊費 旅の宿うぶかた(稚内):5250円 ビジネスホテルすずや(鹿児島):3675円 合計:8925円札幌での諸経費 札幌市営地下鉄東豊線・さっぽろ←→新道東 乗車券:240円×2=480円(往復) (札幌駅からホテルまでの交通手段)函館での諸経費 市電一日乗車券:600円 五稜郭タワー:840円 函館山ロープウェイ搭乗券:1160円(往復)その他お土産等 トワイライトエクスプレスオレンジカード:2000円(2枚組) 一勝地駅入場券:160円 くま川鉄道・人吉温泉→おかどめ幸福駅 乗車券:360円 真幸駅入場券:160円つまり……稚内まで行くのに、27時間23分、32100円、鹿児島から帰ってくるのに、6時間35分、21200円、稚内と鹿児島での宿泊費が、8925円、かかっています。6日間の日本縦断の旅自体は、総交通費14310円、総宿泊費19900円なのに(笑)では今回の旅行(往路・復路含む)にかかった、総合計は……総乗車キロ数 5877.4km総乗車時間 92時間04分(3日20時間04分)総交通費 67610円総宿泊費 28825円その他諸経費 5760円計102195円(プラス食費等) う~ん……8泊9日で、日本の北から南まで行って、10万ちょっとなら、だいぶ安いかな?(汗)※1 乗車時間は時刻表どおりの時間ではなく、交通状況などにより到着の遅延があった場合、 その実際の乗車時間である。※2 食費の他、コインロッカー代など細かい諸経費は一切含まず。そして今回使用した青春18きっぷですが……1枚目3回目:8月10日・稚内駅4回目:8月11日・札幌駅5回目:8月12日・函館駅(1回目、2回目の、大阪駅、福井駅の日付駅は別件)2枚目2回目:8月13日・酒田駅3回目:8月14日・敦賀運転(派)(車掌さんが押す印)4回目:8月15日・熊本駅(1回目の、富山駅の日付駅は別件。5回目は、この時点では未使用)おまけ今回の18きっぷの旅で、通過した路線・下車した駅(駅名のカッコ内は停車時間中にホームに降りた駅)路線宗谷本線・富良野線・根室本線・函館本線・江差線・海峡線・津軽線・奥羽本線・五能線・(奥羽本線)・羽越本線・白新線・信越本線・北陸本線・東海道本線・山陽本線・鹿児島本線・肥薩線・日豊本線・(鹿児島本線)・指宿枕崎線駅稚内・(音威子府)・名寄・旭川・美瑛・(ラベンダー畑)・富良野・滝川・札幌・小樽・(倶知安)・長万部・函館・木古内・蟹田・青森・(弘前)・(川部)・(深浦)・(岩館)・(東能代)・秋田・酒田・村上・新潟・直江津・富山・金沢・敦賀・米原・相生・糸崎・白市・(新山口)・下関・門司・(小倉)・銀水・熊本・八代・人吉・(大畑)・(矢岳)・(真幸)・吉松・隼人・鹿児島中央・山川・西大山
Nov 16, 2009
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続きです。8月16日(日)さて、いよいよ帰るだけとなりました、今回の青春18きっぷの旅。帰りは新幹線や特急を乗り継ぎます。鹿児島中央駅で、九州新幹線『つばめ』の入線を待ちます。意外と、ホームのギリギリまでしかない線路……(汗)けっこうな減速が必要でしょうから、入線に時間がかかりそうです。そうこうしているうちに、俺の乗る『つばめ』が入線してきました。ピカチュウじゃないか!他にも、ポケモンの仲間がいっぱい。この列車自体は博多まで行きませんが、新八代駅で特急『リレーつばめ』に乗り継いで博多まで行くシステムになっているので、「博多行き」と表示されます。7:18発 ↓九州新幹線『つばめ34号』 新八代行(撮影:鹿児島中央駅)新幹線800系 ↓車内に入ります。木製の、この落ち着いた雰囲気の車内、いいですね。テーブルも木製です。窓には、すだれ。前の座席の背に付いているポケットは、こんな感じ。もちろん、座席だけでなく、デッキに出るドアや……洗面所も、いい感じ。ただ、外へ出るドアは、JR九州らしい、原色のドギツイ色(汗)まあでも、全体的に、雰囲気はいいですね。 ↓8:05着8:08発 ↓鹿児島本線・特急『リレーつばめ34号』 博多行(撮影:博多駅)787系 ↓新八代駅では、全ての『つばめ』と『リレーつばめ』で、ホームの反対側で乗り換えができるようになっています。これは、『つばめ』と『リレーつばめ』をセットとして考えているからです。 ↓9:47着博多駅では、特に何もすることなく、すぐに山陽新幹線に乗り換えますが……その前に、反対側のホームに入線してきた、特急『ゆふいんの森』を激写しておきます(汗)10:04発 ↓山陽新幹線『ひかり554号』 新大阪行(撮影:博多駅)新幹線700系 ↓はい。俺の好きな、「ひかりレールスター」です。 ↓12:44着これでようやく、帰宅です。長かった……(汗)旅自体はこれで終わりですが、次に、「まとめ編」を書きます。
Nov 16, 2009
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続きです。いよいよラストスパートです。鹿児島中央駅……樹齢2000年の屋久杉の薄切り(汗)が、展示してありました。18:44発 ↓指宿枕崎線・快速『なのはな』 山川行(撮影:鹿児島中央駅)キハ200系 ↓もう薄暗くなってしまっていますが、錦江湾に沿って走ります。明るくて、ガスがかかってなければ、桜島まで見えたんですが…… ↓19:49着この山川駅で、今回の18きっぷでの日本列島縦断、最後の乗り換えです。ちなみにこの山川駅、JR最南端の有人駅でもあります。19:57発 ↓指宿枕崎線・普通 枕崎行(撮影:山川駅)キハ40系 ↓もう、外は真っ暗です…… ↓20:07着この駅で降りたのは、俺一人だけ……(汗)でもここが、JR最南端の駅、西大山駅なんです!というか、最近までは、日本最南端だったんですが、2003年、沖縄に、モノレールのゆいレールができてしまいましたからね。現在は、この「ゆいレール」の赤嶺駅が、日本最南端です。もちろん、モノレールを含まない、通常の軌道式の鉄道の駅としては、この西大山駅が、今でも日本最南端です。ともかくこれで、青春18きっぷで日本列島縦断達成!です。まあ、本来なら、終点の枕崎まで行く予定でしたが、『いさぶろう1号』が運休になってしまいましたし、最北端の稚内駅から最南端の西大山駅まで行ったから、よしとしましょう(汗)JR最南端の標柱。北緯31度11分。この標柱、ゆいレールが開通した時には、「本土最南端」と書かれていたんですが、「沖縄は本土じゃないのか?」というので、「JR日本最南端」に書き換えられました。JRの東西南北の端の駅を標した案内板もありました。最北端、最東端については、それぞれ稚内駅、東根室駅ですが、最西端については、JRでは佐世保駅ですが、私鉄・第3セクターも含めると、松浦鉄道の、たびら平戸口駅が、さらにモノレールも含めると、ゆいレールの那覇空港駅が、最西端になります。昼間に来れば、近所の住人の方が、お茶などをサービスしてくれたり、記念入場券を買ったりできたんですが……さて、ここまでの写真では、駅名標や看板ばかりで、この駅の様子が分からないと思いますので、駅全体の写真を1枚…………こんな感じです(汗)非電化単線、ホームも1面。もちろん無人駅です。何もありません。駅のホームは、人が近付いた時だけ、センサーが反応して、照明が灯るようにはなっていますが、それ以外には、光といえば、駅前にあるジュースの自動販売機の光だけ……(汗)真っ暗な中に、ポツンと、一人……実は、ちょっと怖かった俺……(汗)駅のホーム上にあるベンチはこんなふうになっていて……ベンチの上には、雨に濡れないよう、プラスチックのケースに入った、駅ノートが置いてありました。照明に集まる虫の大群と戦いながら(汗)、ノートを読みました。そうしたら……18きっぷで京都から稚内経由で来ましたという、俺と同じような行程で来たらしい、愛すべきバカお仲間がいました♪しかも日付は14日。前日です。まあ、この駅ノート、まだ新しくて、14日からの分しか、書いてなかったんですけどね。ちなみに14日にこの駅を訪れて、駅ノートに足跡を残していった人は、4人いたようでした。もちろん、俺も書きましたが、この日は、俺が最初でした。さて、いちおう、18きっぷの旅としては、この駅がゴールで、もう達成したんですが、とりあえず、鹿児島中央駅まで、最終列車で戻ります(汗)明るければ、開聞岳も見えたんだけどなあ……それがちょっと心残り。20:52発 ↓指宿枕崎線・普通 鹿児島中央行(撮影:鹿児島中央駅)キハ40系 ↓ワンマン運転で無人駅から乗るので、バスのように整理券が発行されます。俺は18きっぷなので関係ないのですが、駅名と日付が入っているので、もらっておきました。 ↓22:23着こうして、色々あった最終日・6日目は終わりました。あとは、帰るだけです。続きは次に書きます。
Nov 15, 2009
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続きです。吉松駅で『いさぶろう3号』を降りました。反対側のホームに停車しているのは……黒塗りの観光特急『はやとの風』。漆黒の車体と、名前がすげーカッコいい、特急『はやとの風』。車内も、観光列車仕様です。こういうセンスは、JR九州、素敵です。JR九州には、俺の好きな列車がいっぱい♪人吉駅で、特急『九州横断特急1号』あるいはSL『人吉号』と、『いさぶろう3号』との乗り継ぎがうまくできるようになっていて、吉松駅で、『いさぶろう3号』と特急『はやとの風3号』が、うまく接続しています。これは、もう1本早い、特急『くまがわ1号』と『いさぶろう1号』、『いさぶろう1号』と『はやとの風1号』との乗り継ぎでも同じ。熊本駅から鹿児島中央駅までは、特急『リレーつばめ』と新幹線『つばめ』を乗り継ぐのが一般的ですが、こんなのはセンスのない旅です。時間のある旅行者は、あえて遠回りして、八代-人吉間は、球磨川沿いを走る肥薩線を、特急『くまがわ』あるいは特急『九州横断特急』で。人吉-吉松間は、ループ線やスイッチバック、日本三大車窓のひとつが見られる、とにかく面白い肥薩線を、「いさぶろう・しんぺい号」で。吉松-鹿児島中央間は、肥薩線を、霧島温泉やこの後紹介する嘉例川駅を通って隼人に出て、隼人から錦江湾沿いを通る日豊本線を走る、特急『はやとの風』に乗って、スローな旅をするのも、いいのではないでしょうか。さて、俺は18きっぷなので、特急である『はやとの風』には乗れません。ああ、過去に乗ったことはありますよ、この特急。吉松駅でしばらく乗り継ぎ時間があるので、吉松駅でぶらぶら……駅の待合室には、大きなクマさんが……(汗)外に出ると、左手に、C55型蒸気機関車(シゴゴ)が展示してありました。さて、ではそろそろ、吉松駅を出ます。15:48発 ↓肥薩線・普通 隼人行(撮影:吉松駅)キハ40系 ↓この吉松から先も、ずっと山です。途中、嘉例川(かれいがわ)駅という、有名な駅に停車します。周りにそれほど大きな集落もない、無人駅ですが、特急『はやとの風』も、この駅に数分間、停車するので、乗客は降車して、駅舎の見学をすることもできます。今回俺が乗ったのは、観光用でも何でもない普通列車なので、停車はしますが、見学している時間はありませんでした。この嘉例川駅、1903年から、当時のまま残っている、築後100年以上経った木造駅舎です。というわけで、この嘉例川駅を訪れる人も多く、無人駅ですが、土日のみ、百年の旅物語「かれい川」という、駅弁が販売されています。どうでもいいですが、この嘉例川駅、実は、すぐ近くに鹿児島空港がありますし、霧島温泉や妙見温泉に行くバスもありますので、意外と便利な駅なのです(でもあまり利用客はいない)。 ↓16:40着16:46発 ↓日豊本線・鹿児島本線・普通 川内行(鹿児島から鹿児島本線)(撮影:隼人駅)817系 ↓でっかく「817」と書いてあるところが、さすがJR九州。ここからは日豊本線で、左手に、桜島を望む錦江湾に沿って走ります。 ↓17:22着さて、こうして、鹿児島中央駅までやって来ました。さて、ここから先、本来なら指宿枕崎線で、終点の枕崎まで行くつもりでしたが、どうしても行くことができません。というのも、途中の指宿駅、山川駅までなら、何本かあるんですが、山川駅から先が……鹿児島中央駅17:11発の列車に乗ることができれば、それで枕崎まで行って(枕崎駅19:34着)、枕崎19:58発の最終列車(鹿児島中央駅22:23着)で戻って来ることができたんですが、この時点で、時刻は17:22。完全にアウトです。まあ、『いさぶろう1号』が運休になった時点で、これは分かっていたんですけどね。でも、鹿児島中央駅でこの旅を終わらせるのは嫌です。どうせなら、JR最南端の駅・西大山駅まで行きましょう!さて、これから、西大山駅まで行って、帰って来ようとすると、山川駅19:57発→西大山駅20:07着西大山駅20:52発→鹿児島中央駅22:23着(最終)しかありません。山川駅に19:57までに着く列車は、鹿児島中央駅17:46発→快速『なのはな』→山川駅18:57着鹿児島中央駅18:44発→快速『なのはな』→山川駅19:49着の2本です。途中の指宿駅に寄って、砂湯を堪能するほどの時間はありませんので、一度、ホテルにチェックインして、夕食を食べてから、出かけることにしました。というわけで、駅前の安いホテルにチェックインし、大きい荷物を部屋に置いて、再び鹿児島中央駅に戻りました。時間があれば、鹿児島の繁華街、天文館あたりまで行って、黒豚か何かの夕食にしたかったんですが、そこまで時間がないので、駅ビルの中のお店で、石焼きビビンバのファーストフードを見つけたので、それを食べてみることにしました。さて、こうして、腹ごしらえをしたので、いよいよ、JR最南端の駅へ向けて、出発です!が、続きは、次に書きます。
Nov 15, 2009
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続きです。大畑ループを過ぎまして、ここから先はしばらく行くと、トンネルの連続になります。完全に、山です。トンネルを4つ通過し、もう少しで宮崎県、という、県境に近い所に、矢岳駅があります。14:01、『いさぶろう3号』は、矢岳駅に到着。この駅の見所は、駅を出てすぐ左側にある、ここ!D51(デゴイチ)が展示してあります。もちろん無料です。このD51の隣には、8620形(ハチロク)も展示してあったんですが、そちらの方は、その後、「SLあそBOY」や、先ほどの「SL人吉号」として、現役復帰しました。この駅は、肥薩線で最も標高が高い所にあります。ここでもたくさんの人が降りて、記念撮影。この駅も、古い駅舎です。↑写真中央左下には、木製の改札口が見えます。14:07、矢岳駅発車。宮崎県に入ります。ここで、「天険若夷」「引重致遠」の石額がある、矢岳第一トンネルに入ります。この矢岳第一トンネルと、次の矢岳第二トンネルの間で、「いさぶろう・しんぺい号」は、徐行運転をします。進行方向左側に広がる風景が、日本三大車窓のひとつと言われている、矢岳越えです。韓国岳(からくにだけ)を主峰とする霧島連山や、天気のいい日には桜島まで見える、最高の車窓風景なんですが……この日はあいにくの天気で、全然ダメでした(汗)ちなみに他の二つの「日本三大車窓」は、北海道・根室本線の落合-新得間の「狩勝峠(かりかちとうげ)」、長野県・篠ノ井線の「姨捨(おばすて)駅」です。が、狩勝峠の方は、ルート変更により、現在は車窓からは綺麗な景色は見えません(汗)「いさぶろう・しんぺい号」は、このように、ビューポイントでは、徐行運転をしたり、案内のアナウンスが入ったりします。さて、ここから先はずっと下りになります。5つのトンネルを抜けると、左手に、駅が見えてきます。これが、これから行く真幸(まさき)駅です。ここから先、スイッチバックをして駅に入線するため、このように、走っている車窓から、次に停まる駅のホームが見えるのです。14:22、真幸駅到着。さて、その名前から、「真の幸せに入る」ということで、入場券が有名なこの真幸駅、ホームにも「幸せの鐘」がありますが……(現在不幸な人ほどたくさん鳴らさないといけない)多くの乗客がその鐘に群がっている中、俺は一人だけ、ホームの端に行って、スイッチバックのポイントを撮影していました(汗)この真幸駅、人里離れた秘境駅ですが、「いさぶろう・しんぺい号」が来る時間には、地元のおばちゃんたちが駅にやって来て、観光客相手に、野菜や特産物などを売っています(汗)というのも手伝って、人がいっぱい(汗)駅舎は古くていい感じなんですが、いかんせん、人が多い……ここでは売っていないので、実は人吉駅で、一勝地駅の入場券とセットで、この駅の入場券を買っていました。↑裏でも実はこの駅、その名前とは裏腹に、けっこう悲惨なことばかり起こっているんです(汗)この駅、周りに民家のない秘境駅ですが、それは1972年7月6日、豪雨によって近くの山が土砂崩れを起こし、この駅とその周辺の集落に土石流が押し寄せ、死者4名を出す大規模災害がありました。この駅も土砂に埋まり、肥薩線も寸断されました。それからというもの、残った住民も引っ越してしまい、この辺りには、民家が一つもなくなってしまいました。スイッチバックがあるので列車はどうしてもこの駅で停車しなければならないので、駅そのものは存続しましたが……その時の土石流が運んできた、重さ8トンの岩石が、記念として、今もホームに残されています。14:27、真幸駅発車。スイッチバックのポイントを通過します。駅を出てすぐに山上第一トンネルがあり、その次の山上第二トンネル……ここに、またもや悲惨な事故の歴史があります。戦後すぐの1945年8月22日……当時、主要路線である鹿児島本線や日豊本線の橋が、空襲により落とされてしまっていたので、この肥薩線が、北九州と南九州を結ぶ唯一のルートでした。この日、D51の重連(機関車を2台連ねて牽引)は、たくさんの復員兵を乗せ、通常の客車5両に加え、臨時に、天井のない貨車を8両、連結させていました。更に、戦後すぐなので、粗悪な石炭での走行を強いられていました。そして、吉松駅から真幸駅の方面へ向かう途中、この山上第二トンネル内で、急な登り勾配のため、機関車が立ち往生してしまいました。先頭の機関車はトンネルの出口まで出ていたんですが、2両目の機関車や客車は、まだトンネルの中。乗客(復員兵)は煙の充満したトンネルの中で噎せ返り、煙から逃れようと、列車を降り、後方の出口に向かって歩き出しました。そして……機関車の運転手もまた、前へ進めないのなら、とりあえずバックして吉松駅に戻るしかない、と、バックを始めました。後方の車両は、客車ではなく、ただの貨車なので、今からバックします、という車内放送もなく、それに加えて、後方に乗っていた乗務員も、煙に巻かれて乗客に指示が出せず、更に、トンネル内に照明がなく、真っ暗。出口へ向かって線路を歩いている乗客たちに向かって、機関車はバックをしました。乗客の背後から、バックして近付いてくる列車……53名、死亡……これが「肥薩線列車退行事故」で、「復員軍人殉難碑」が、トンネルの出口付近に立っています。今でも、このトンネル内では、話し声が聞こえるとか聞こえないとか…………名前に反して不幸な出来事が多い、真幸駅でした。『いさぶろう3号』は、鹿児島県内に入り…… ↓14:37着『いさぶろう3号』内で、俺ともう一人の乗りテツの人と話していた、鹿児島出身の旅行者二人組が、ぜひ俺たちと写真を撮りたいというので、『いさぶろう3号』をバックに、4人で写真を撮ってから、別れました。俺のカメラでは撮ってません。続きは次に書きます。
Nov 14, 2009
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続きです。初っぱなからですが、実はこの時の俺、超ブルーでした。乗る予定だった『いさぶろう1号』が大雨で運休。おかげで、ゴール地点の枕崎駅までたどり着けないことが判明。もう、どうでもいいや。早く帰って寝たい。っていうような、心境でした。でも帰るにしても、とりあえず鹿児島か熊本まで出ないといけないので、人吉駅から、『いさぶろう3号』に乗ることにしました。13:15発 ↓肥薩線・普通 『いさぶろう3号』 吉松行(撮影:人吉駅)キハ140系 ↓この肥薩線、元々は鹿児島本線で、熊本と鹿児島を結ぶメインのルートでした。が、八代海沿いに新線が開通すると、そちらが鹿児島本線になり、このルートは肥薩線と名を変えました。八代-人吉間は球磨川沿いを走りますが、人吉から先は、完全に山の中を通ります。というわけで、ローカル線に格下げになった肥薩線、元々が山の中を通る路線ですから、乗客の足は遠のく一方。そこで登場したのが、この観光列車「いさぶろう・しんぺい号」です。ちなみに「いさぶろう号」と「しんぺい号」は同じ列車で、人吉→吉松の下り列車が、「いさぶろう」、吉松→人吉の上り列車が、「しんぺい」と、名前を変えるだけです。「いさぶろう」は、人吉 - 吉松間建設当時の逓信大臣・山縣伊三郎から、「しんぺい」は、同じくこの区間が開業した当時の鉄道院総裁・後藤新平から、それぞれ名前を取っています。矢岳第一トンネルの矢岳側の入口に、山縣伊三郎の文字で、「天險若夷」(てんけんじゃくい)、真幸側の入口に、後藤新平の文字で「引重致遠」(いんじゅうちえん)と、石の額に書いてあります。書き下し文にしますと、「天険夷のごとし」「重きを引いて遠きに致す」。「天」は「天下」、「険」は「険(けわ)しい」、「夷」は「平ら」、という意味ですから、「天下の難所を平地のようにしたので、重い物を遠くまで運べるようになった」と、当時の肥薩線開通の重要性を説いていて、まさに国家的プロジェクトだったわけです。とまあ、そんなわけで、八代から人吉まで乗ってきたのと同じ車両ですが、観光列車『いさぶろう3号』に乗り込みました。人吉までは、ただの回送だったので、全席自由でしたが、人吉から先は、「いさぶろう号」になりますので、一部の自由席を除き、3両とも指定席になります。ただ、元々は『いさぶろう1号』に乗る予定だったので、『いさぶろう3号』の指定券は持っておらず、しかも人気列車だから満席なので、自由席にしか座れません。その自由席も、地元の人のためにほんの少しあるだけなので、俺は座れませんでした。というわけで、進行方向左側の展望カウンターの所に立つことにしました。この「いさぶろう号」の見所は、ほとんど進行方向左側にありますから。車内には、走っている前面の様子などを映しているテレビモニターも付いています。俺の左隣には、これまた俺のような乗りテツらしいおじさん、その隣には、鹿児島出身の旅行者(男女二人連れ)が立ちました。で、乗りテツ二人が、「いさぶろう・しんぺい」や肥薩線のことをよく知らないらしい、二人の旅行者に、一から解説していました(汗)俺はまだこの時は、すげーブルー入ってたんですけどね。人吉駅から、5つのトンネルを抜け、難読駅名の一つ、大畑(おこば)駅に、13:32、到着。この大畑駅、テツなら知らない者はいない、超有名な駅です。大畑駅を知らないテツは、偽物です(そこまで言うか)。日本広しといえども、この大畑駅にしかないものが、あるのです。大畑駅は、ループ線の中にスイッチバックがある日本唯一の駅なんです。いわゆる大畑ループと呼ばれているものです。どういうものかと言いますと……人吉方面からの列車は、上図の左側から来て、トンネル(横平トンネル)を抜け、大畑駅に到着し、停車ます。大畑駅で乗客の乗降をした後、進行方向を変え、加速線までバックします。その後また進行方向を変え、山を登りながらループをぐるっと回って、上図下側の矢岳方面へ進んでいきます。実はループの中にも、2時ぐらいの方向(右斜め上)に、大谷トンネルという小さなトンネルがあります。これだけ複雑な構造をしたループ線は、日本でもここだけです。ちなみにループの直径は600mあります。この大畑駅では4分間の停車時間があり、降りることができるので、早速、ホームの端へ走っていって、スイッチバックのポイントを撮影。うおおおおおお! スイッチバック♪今まで超ブルーだったのが、一気に吹っ飛びました。だって俺、スイッチバックフェチだもん(汗)ああん。ピンポイントで、弱い所突いて来ないで!はぁはぁ喘いじゃう……もうダメ……あっけなく大満足で息切れして、昇天しちゃった俺でした(汗)ちーん Ωヽ(-"-;) (-人-)ナムナム………ちなみにこの駅の駅舎も、古くて趣があります。↓駅舎の中の待合室には、ここを訪れた人が記念に残していった名刺などが、所狭しと貼られています。この大畑駅も、いわゆる秘境駅の一つで、一番近くの集落に出るには、徒歩1時間ぐらいかかるそうです。ではなぜ、こんな所に駅を作ったのかと言いますと、ここは、乗客が乗り降りする駅というよりも、蒸気機関車がここで給水をするために作られた施設だったようです。もちろん、スイッチバックなので、信号場も兼ねています。というわけで、ホームには、機関士さんたちが、すすで汚れた顔を洗っていたという、こんなものも。本当はSL用の給水塔跡もあるんですが、スイッチバックのポイント撮影に時間を割きすぎて、撮るのを忘れていました(汗)このようにSLの休憩所として、ループ線の中に平坦な場所を確保するため、大畑駅はスイッチバック式の構造になりました。傾斜がかかった駅は作れませんからね。(大畑ループ図の、スイッチバック部分の直線部だけ平坦になっている)13:36、再び乗客を乗せた『いさぶろう3号』は、大畑駅を出発しました。運転席の後ろから、スイッチバックを激写!素晴らしい……列車は、反時計回りに、ループ線を登っていきます。そして、横平トンネルの上、ちょうどループ同士が立体交差する(片方はトンネルの中ですが)付近で、進行方向右側に、今通ってきたスイッチバックが見えるポイントがあります。この高さを一気に登ってきたわけです。鉄道にしては、すごい傾斜です。続きは次に書きます。
Nov 14, 2009
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続きです。とりあえず、泣きながら、人吉駅前をぶらぶら。駅でお昼を食べていると、駅が混んできました。さて、ここで、俺の乗る予定だった『いさぶろう1号』が出てから到着するため、当初の予定では見ることのできなかった列車を見るために、ホームに出ました。ホームでは、みんな、その列車の到着を待ちわびて、カメラを構えていました。その列車とは……『SL人吉号』!機関士さん、雨の中、ご苦労様です!↓最後尾の客車。これにも乗りたかったんですが、これに乗ると、この日のうちに枕崎まで行けなくなるので、断念したのでした。というわけで、まあ、結局、この時点で、枕崎まで行くことは不可能になっていたんですよね。正確には、枕崎までは行くことができるんですが、上りの列車がなくなって、枕崎から帰って来れなくなるんです(汗)さて、この駅で、もう一つ、買っておかなければならない切符があります。JR人吉駅に隣接していて、人吉駅のホームから跨線橋でつながっている、くま川鉄道・人吉温泉駅というのがあります。人吉駅のホームからも行けますし、外から直接、この駅に跨線橋で渡ることもできます。ここで、この切符を買いました。はい。おかどめ幸福駅行き乗車券「幸福への切符」です。ホーム上に、券売所があります。この切符は、こんなふうになっていて……中身は、普通の切符です(汗)もちろん、俺のことですから、北海道の、廃線になった、広尾線・幸福駅にも、行ったことありますよ。廃線になった後ですが(汗)「愛国から幸福行き」の切符も買いました。さて、次はいよいよ、「日本三大車窓」のひとつ、矢岳越えを含む、人吉-吉松間、肥薩線の旅です。短かったですが、続きは次に書きます。
Nov 14, 2009
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続きです。いちおう運転再開ということで、改札を抜けて、ホームに出ました。で、人吉までの普通列車に乗り込むわけですが、ホームで待っていたのは……俺が人吉から乗るはずの、「いさぶろう・しんぺい号」!つまり、まあ、手っ取り早く言えば、「いさぶろう・しんぺい号」は、肥薩線の人吉-吉松間を走る観光列車ですが、夜間は熊本で過ごすため、朝は熊本から人吉まで、夜は人吉から熊本まで、回送運転をする必要があるのです。このうち、朝は、八代7:53発→人吉9:10着、夜は、人吉17:36発→八代18:49着の普通列車として、八代-人吉間を回送しています。全車自由席で、旅客の扱いをするわけです。熊本-八代間は、旅客扱いをせず、普通に回送運転されますが。というわけで、俺もこの、八代7:53発の、「いさぶろう・しんぺい」回送用の普通列車に乗って、人吉まで行く予定でしたが、坂本駅での信号機への落雷により、運転見合わせ中だったため、この列車も、人吉駅まで回送できず、この八代駅にとどまっていたのでした(汗)人吉-吉松間は指定席の車両が、この列車は自由席なので、好きな場所に座れます。↓これが指定席用の座席です。ただ、本来なら全席指定にしたいところなんでしょうが、そもそも普通列車自体も本数が少ないので、地元の人のために、若干の自由席も用意されています。床は味のある木製。窓には、ブラインドやカーテンではなく、すだれが下がっています。その他、展望カウンターや……肥薩線案内の絵も飾ってあったりします。さて、この列車、上り列車が八代駅に帰ってくるまで、ひたすら待機……(汗)しかも、世の常で、こういう、ダイヤが乱れた時には、特急を最初に通すものでして、熊本から人吉に向かう、特急『くまがわ1号』が、八代駅でこの列車を抜いて行きました……この車両は、特急『九州横断特急』に使われている、キハ185系です。さて、そして、当初の予定より1時間35分遅れて、人吉行き普通列車、発車しました(汗)7:53発(実際には9:28発) ↓肥薩線・普通 人吉行(撮影:八代駅)キハ140系 ↓元々、「いさぶろう・しんぺい号」は1両編成でしたが、その人気とともに、だんだん車両数が増えて、現在は3両編成になっています。が、人吉までの回送の間、途中駅には、3両分のホームの長さがない駅もあるので、最後尾の1両だけ、停車してもドアが開きません。列車は、九州一の急流・球磨川(くまがわ)沿いを走ります。八代-人吉間は、ずっと球磨川沿いを走ります。なのに、俺ともう一人のお兄さん以外、車内の乗客は、全員、寝てました(汗)18キッパーらしいお兄さんたち、車窓風景には興味ないのかな……俺は窓を開けて外の風を感じながら、でも、トンネルに入ったら窓を閉め、さながらSL時代の旅のようなことをしていました(汗)そのうち、一勝地駅に到着。この駅の入場券は、必勝祈願や受験の御守りとして有名です。俺も、この駅ではありませんが、人吉駅で、買いました。↑デザインが御守りになっています。↑裏列車はまだまだ、球磨川沿いを上流に向かって登っていきます。が、車内放送で、重大なお知らせが。肥薩線・人吉-吉松間が、大雨のため運転見合わせ(汗)さらに、俺の乗る予定だった、『いさぶろう1号』運休決定(泣)……どうしましょ(泣) ↓9:10着(実際の到着時刻は……運休のショックで見るの忘れてた)さて、いちおうこうして、「いさぶろう・しんぺい号」は、人吉駅まで回送されてきましたが、この先の大雨のため、運休。どうしましょう。ここから鹿児島に抜けるためには、元来たルートを八代まで戻って、八代からは、肥薩おれんじ鉄道と鹿児島本線で、鹿児島中央駅まで行くか……あるいは、肥薩線の運行再開を待つしかありません。が、あいにく、八代まで戻る列車も、本数が少ない……(汗)とりあえず、泣きながら、『いさぶろう1号』の指定席券の払い戻しをしました。せっかく、1ヶ月前から、景色のいい、進行方向左側の窓側、進行方向向きの座席を、取っておいたのに……(泣)結局、『いさぶろう3号』は予定どおり運転されるようなので、これに乗ることにしました。本当は、『いさぶろう1号』がここから吉松まで行って、『しんぺい2号』としてまた人吉まで戻ってきて、それが再び吉松に向かう列車が、『いさぶろう3号』なんですよね。で、もちろん、『いさぶろう3号』は、人気列車なので、既に指定席は売り切れ……もうね、何て言っていいか……続きは次に書きます。
Nov 14, 2009
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続きです。8月15日(土)この青春18きっぷで日本列島縦断の旅も、この日がいよいよ最終日です!ただ、最終日に一番の波乱が待ち受けていようとは……(汗)工事中の熊本駅からスタートです。6:57発 ↓鹿児島本線・普通 八代行(撮影:熊本駅)817系 ↓個人的には、この817系、好きなんですよね。車内が、けっこう凝ってます。座席が木製です。なお、この列車、後ろには815系を連結した編成でした。 ↓7:29着さて、こうして、八代駅に到着したわけですが……ここで、俺の行く先々でダイヤが乱れる、俺の疫病神が始動!改札の所に、こんなお知らせが……(泣)ここまで来て、最終日にそれかよ!駅の写真を見てもお分かりのように、この日、雨でした……五能線にしろ、肥薩線にしろ、景色がいい路線に限って、雨に降られる俺……(泣)しかも落雷って……(汗)駅員さんに、運転再開のめどをいちおう聞いてみましたが、当然のことながら「こればっかりは分かりません」との答え。まあ、そりゃそうですね。稚内からここまで、18きっぷで来て、あと少しなのに……ってなことを話していたら、駅員さん、「だったら、おれんじ18フリーきっぷがありますよ?肥薩おれんじ鉄道で鹿児島まで行くのはどうですか? 旧JRだし……」いや、もちろん、その存在は知っていますよ。九州新幹線の開通により、鹿児島本線・八代-川内(せんだい)間が、第3セクターの「肥薩おれんじ鉄道」になってしまったため、使用がJRのみに限られている、青春18きっぷが使えなくなってしまいました。そのため、有効期間内の青春18きっぷを提示した場合のみ発売される、おれんじ鉄道内乗り放題の、「おれんじ18フリーきっぷ」(2000円)というのが、発売されています。駅員さんの言うとおり、肥薩おれんじ鉄道は、確かに、元々JRですが……乗車券は青春18きっぷのみでゴール(枕崎)まで行かなきゃ、今回の旅、全然意味がないんだよ!(汗)というわけで、八代駅で待機。そのうち、ようやく運転再開の案内が出ました!ただ……これから行く肥薩線は、もちろん非電化単線で、そのため、とりあえず、途中で足止めを食らっている上り列車を、先に八代駅まで到着させてから、下り列車が発車するようです。まあ、そういうわけで、八代駅発車は、まだまだ先になりそうです……(汗)続きは次に書きます。
Nov 14, 2009
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続きです。広島県・白市駅からですね。暑かった……(汗)14:31発 ↓山陽本線・普通 下関行(撮影:白市駅)115系 ↓途中、広島-宮島口間が、考えられないぐらい、激混みでした(汗)しかも浴衣を着た綺麗なおねいさんも多数。何かあるのかな、と思って、隣に座っていたお母さんに聞いたら、宮島で花火大会があるとのこと。なるほど。途中、光(ひかり)駅、戸田(へた)駅といった、珍?駅名を過ぎて……18:00、新山口駅、旧・小郡駅到着。ここでは12分間の停車時間があります。 ↓19:18着さて、一気に本州の最西端まで来ました。ここから先、関門トンネルを抜けると、九州です。19:27発 ↓山陽本線・普通 折尾行(撮影:下関駅)415系 ↓19:33着19:45発 ↓鹿児島本線・準快速 荒尾行(撮影:小倉駅)813系 ↓小倉で乗り換えてもよかったんですが、小倉駅からだと、乗客がたくさん乗って、座れなくなるかも、と思い、門司で乗り換えしました。可能なら大きな駅の一つ、二つ前の、できれば始発駅で乗り換えるというのは、鉄則です。始発駅なら、写真撮影も時間の余裕を持ってできますしね。同様の理由で、次も、大牟田駅の一つ手前の銀水駅で乗り換え。もっとも、この時間だと、大牟田駅で乗り換えても、乗客はあまりいませんが(汗) ↓22:18着こんな小さな駅です。もちろん駅前にも、特に何もありません(家はありますが)。22:31発 ↓(撮影:銀水駅)815系 ↓この、でっかく「815」と書いてあるのが、JR九州らしい(笑) ↓23:22着ようやく、この日の最終目的地、熊本に到着(汗)で、ここからホテルまでが……迷子になりました(泣)徒歩10分もかからない所なのに……こうして、長距離移動の4日目が終わりました。……それにしても、列車に乗っているだけの日に限って、天気がいいな、チクショウ(汗)続きは次に書きます。
Nov 8, 2009
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続きです。8月14日(金)5日目のスタートです。5時過ぎのまだ暗いうちから敦賀駅に行きました。が!ここで、重大なことを発見!敦賀駅5:38発の新快速に乗って一気に相生まで行き、相生駅9:33発の電車に乗り換えていく予定でしたが……5:38発の新快速って、土日休日ダイヤじゃねーか!平日は5:40発の新快速になりますが、それは姫路までしか行かず、しかも姫路から先の接続が非常に悪く、相生発9:33の電車に間に合いません!俺の大馬鹿野郎! てめえは乗りテツ失格だ!(怒)というわけで、風邪に加え、元々、朝起きたばかりで頭もうまく働かず、とりあえず一刻も早く先へ進むために、5:23発の電車に飛び乗りました。敦賀駅の改札には、まだ駅員さんもいない時刻です(汗)というわけで、18きっぷには、車内で車掌さんに日付印を押してもらいました。5:23発 ↓北陸本線・普通 米原行(撮影:敦賀駅)521系 ↓6:16着米原駅のホームで、昨夜、金沢駅で買った朝食を食べながら、時刻表を見て、後悔しました……姫路まではいくらでも本数があるんですが、姫路-相生間のダイヤが薄いので、ここが律速になります。和気駅から先は、約30分に1本のペースで運転しているんですが、ほとんどが姫路、あるいは網干止まりで、和気までたどり着けず(汗)で、当初の予定の相生駅9:33発の列車に乗ることができる平日ダイヤは、敦賀5:27発→近江今津6:04着近江今津6:14発→京都7:17着京都7:23発→(新快速)→姫路9:03着姫路9:10発→相生9:29着という、湖西線経由の乗り継ぎしかないんですよね。休日なら、5:38発の新快速で、一気に相生まで行けるのに……で、しかも、敦賀駅で慌てふためいていたせいで、この乗り継ぎに気付かず(そりゃそうだ)、米原まで来てしまいました……ここから相生駅9:33発に間に合う列車はありません……(汗)姫路までしか行けないから……(泣)というわけで、どの列車に乗っても、最終的には、相生駅10:27着の新快速に乗り換えなければなりません。その新快速が、米原駅7:32発なので、この列車が来るまで、米原駅で待つことにしました。これなら、あんなに早く敦賀駅を出なくてもよかったのに……(汗)仕方なく、相生から先の予定を組み直しました。他の場所でも乗り継ぎが悪くなってしまい、今夜は熊本駅に21:57に着くはずが、熊本駅着は23:22になってしまうことが判明(汗)まあそれでも、今夜中にたどり着けるだけ、マシだと思いましょう。暇なので米原駅をぶらついていたら、こんなものがありました。7:32発 ↓東海道本線・山陽本線・新快速 播州赤穂行(撮影:米原駅)223系 ↓京都、大阪、神戸を一気に通過します(停車はしますが)。途中、明石海峡大橋も見ることができます。 ↓10:27着10:29発 ↓山陽本線・普通 三原行(撮影:糸崎駅)115系 ↓例によって、18きっぷのシーズン、この姫路-岡山間は激混みです(汗)18きっぷのシーズンは、大垣駅、米原駅、姫路駅、相生駅で、18キッパーによる、乗り継ぎのダッシュが見られます(汗)だから、上の写真、相生駅では撮っている暇がなく、糸崎駅で撮ったんです(汗)まあ、一番すごいのは、大垣駅での下り『ムーンライトながら』到着後の、「大垣ダッシュ」ですが……けっこう内陸部を通る場所もありますが、海岸沿いを通る場所もあり、瀬戸内海が見渡せます。 ↓13:07着13:23発 ↓山陽本線・普通 広島行(撮影:糸崎駅)115系 ↓13:53着ここで、次の13:58発の列車に乗ってもよかったし、その列車に乗ると、久留米駅の次の荒木駅までは先行できるんですが、そこから先が接続が悪く、結局、次の列車に乗っても、追いついてしまうのです。というわけで、慌てず、ゆっくりと乗り換えです。が、字数制限のため、続きは次に書きます。
Nov 8, 2009
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続きです。8月13日(木)4日目。山形県・酒田駅からのスタートです。風邪で体調が悪いので、本来、酒田駅7:00発の列車に乗るつもりでしたが、予定を遅らせました。元々は、新潟駅で3時間11分の時間を取るか、長岡駅で2時間33分の時間を取るかして、ゆっくりと昼食等を取り、どちらかの駅で、快速『くびき野2号』に乗り換える予定でした。ですが、『くびきの2号』はメチャクチャ速い(他の普通列車に較べると)ので、酒田を7:00に出発しようが、9:23に出発しようが、結局は、『くびきの2号』に乗ることになるのです。つまり、酒田9:23発だと最も効率よく乗り継げますが、それより速い列車で酒田を出発しても、普通列車の接続の悪さなどから、新潟県内のどこかで必ず『くびきの2号』に抜かれる、というわけです(汗)だから、4日目のゴール地点、敦賀駅に着く時刻は変わらないのです。と、いうわけで……9:23発 ↓羽越本線・普通 村上行(撮影:酒田駅)キハ40系 ↓さて、これまた、ずーっと日本海側を通ります。 ↓11:45着こうして、村上駅まで到着しましたが、ここで発生しました。俺の行く先々で、ダイヤが乱れる(けど俺にはあまり影響の出ない)、疫病神。村上駅の改札を出ると……普通、特急「いなほ」は、秋田、または酒田から新潟までの運転なのですが、この『いなほ8号』だけは、青森発なんですよね。で、その青森-秋田間の奥羽本線内での大雨の影響で、遅れが出ているんだとか(汗)というわけで、新潟に出て上越新幹線に乗り換えて、東京へ行こうという乗客を、モロに直撃!新幹線の切符の変更などで、村上駅のむどりの窓口は大混雑(汗)と、とりあえず、俺は、乗り継ぎ時間が少しあるので、村上駅前に少し出てみました。駅前のロータリーには、こんな櫓もあります。さて、では、続けます。12:22発 ↓羽越本線・白新線・普通 新潟行(新発田駅から白新線)(撮影:村上駅)115系 ↓この列車自体は、定刻に発車しましたが、途中の中条駅で、遅れていた特急『いなほ8号』の通過待ちをしました。新発田駅発車時点で、9分遅れ。で、終点の新潟着が7分遅れだったんですが、俺には全く影響なし!この列車の車内で、俺はクロスシートに座っていたんですが、途中から、お母さんと、高校生か大学生ぐらいのかわゆい娘さん2人の家族連れに、周りを固められました(汗)で、3人で携帯のクロスワードを始めて……うう……その分からない答え、答えたい……(汗)でも、口出しするのも変だし(っていうか、怒られそう(汗))そして俺の後ろの座席では、たぶん女子高生ぐらいのかわゆい二人組が、「ハルヒダンスを覚えないと……」とかって会話を……(汗)今さらハルヒダンスですか!って、分かる俺も俺ですが……(汗)(↑いちおうリンク先は違います)とまあ、そんなこんながありまして…… ↓13:40着(予定では13:33着)新潟駅で駅弁を買って、次の列車に乗り込みます。14:00発 ↓信越本線・快速『くびき野2号』 新井行(撮影:新潟駅)485系 ↓指定席やグリーン車もある、特急用車両ですので、車内は快適です。(乗ったのは自由席でした)この快速「くびき野」は、新潟-直江津間では、特急との停車駅の違いは、宮内駅だけで、他は特急と同じだけ、駅を飛ばします。特急よりも最高速度を抑えているため、所要時間は10分ほど遅いですが、たったそれだけの違いで、乗車券だけで特急用車両に乗れるわけですから、サービスいいです。この車内で、新潟駅で買った駅弁を食べました。もち豚まいたけ弁当。照り焼き♪ごちそうさまでした。 ↓15:54着16:11発 ↓北陸本線・普通 高岡行(撮影:直江津駅)455系 ↓北陸本線は飽きるほど乗っているので、サッと流します(汗) ↓18:06着終点の高岡で次の金沢行きに乗り換えてもよかったんですが、富山からだと始発から乗れるので、富山で乗り換えることにしました。いちおうお約束。日本一の駅弁を買い込んで、乗車。18:33発 ↓北陸本線・普通 金沢行(撮影:富山駅)455系 ↓19:37着20:12発 ↓北陸本線・普通 敦賀行(撮影:金沢駅)455系 ↓この車内で、富山駅で買った駅弁を食べました。富山と言ったら、これです!子供の頃から食べてる味ですが、美味かった♪ ↓22:28着敦賀駅に着いたら、速攻で、駅に一番近いホテルにチェックインし、寝ました(汗)こうして、4日目も終わりました。続きは次に書きます。
Nov 8, 2009
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