星の国から星の街へ(旧 ヴァン・ノアール)

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2024.07.15
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カテゴリ: 本帰国で再発見!
​ 下記は昨年の7月に書いた日記です。今日は七夕でNHKのニュースで七夕に降る雨を「洒涙飴(さいるいう)」と紹介していました。雨が降ると織姫と彦星が天の川を渡れず一年に一度の逢瀬が果たせなくなるからだそうです。何ともロマンチックな雨の名称です。

今月9日から北海道立近代美術館で開催中の「浮世絵のヒロインたち展」へ行って来ました。展示は3期に分かれ、8月4日までの第Ⅰ期では歌川国貞(三代目歌川豊国)1786-1865)の組物、続き絵が約80点展示されています。


​​​ 歌川国貞作「文月 西陣の星祭り」 ​​

作品の中で特に惹かれたのは江戸時代の京都西陣での「七夕」を描いた1点でした。ちょうどNHK「チコちゃんに叱られる」で「何故七夕にお願い事をするの?」が放送され七夕の歴史を知ったばかりで
した。

 奈良時代(8世紀)に中国から伝わった「七夕伝説」は中国では3世紀頃に「7月7日に2人は会う」と書かれた物があるそうです。天帝の娘の織女(織姫)は機織りが仕事で仕事ばかりする彼女を心配した天帝は娘を天の川の向かい岸にいる牽牛(彦星)に引き合わせます。恋に落ちた2人は仕事を全くしなくなり、怒った天帝によって天の川の両岸に引き離されてしまいます。ただ一年に一度会う事が出来るという温情も与えられて・・。ここまでは良く知られたお話しです。

そしてこの7月7日に織女は「機織り」が上手になるようにと願いをかけたそうです。奈良時代に日本に七夕伝説が伝わった後、​
平安時代に宮中で広まったため男性が奏でる楽器の上達などを願うようになったそうです。時が流れ、江戸時代には宮中や武家の間だけでなく庶民にも広まったため特別な技能の上達ではなく「何でも願っちゃいましょ」に変化したという事です。

​「文月 西陣の星祭り」の横のパネルにこの浮世絵について詳細が説明されています。

​​
<春待月 娼家の餅花>と同じく三枚続きの12ケ月シリーズの中の一点。織物の盛んな京都の西陣における文月の星祭(7月7日、七夕)の風俗が活写されています。
 大きな牛を連れた薪売りの大原女は牽牛(彦星)を、子ども負ぶって機を織る女性は織女(織姫)を暗示しています。そして中央には願い事を記した短冊を笹に吊るしている女性が描かれています」

流石に短冊に書かれた願い事までは絵からは読み取れませんが、この女性の願い事は一体何だったんだろうとこれも興味が湧きます。








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最終更新日  2025.07.07 08:01:51
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