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大和朝廷と百済・新羅・高句麗の交流は、文化、美術、経済等、多岐にわたる。ここで注目したいのは、百済との関係である。百済が新羅・唐連合軍に攻められたとき、大和朝廷は、人質として滞在していた、百済の皇子を帰国させ援軍を派兵した。しかしながら、白村江の戦いで惨敗し、百済は滅亡し、大和朝廷は、新羅・唐の侵攻を恐れ、水城等の城を築城し防人を配置し防御にあたった。なぜゆえにそこまで、大和朝廷は、百済に肩入れしたのかを考えると、百済の王族と大和朝廷の王族は、もともと同属で、朝鮮では、百済を日本では、大和朝廷を建国したのではないかと考える。このへんのことは、九州王朝説で詳しく論説されている。しかしながらその説は一般に認められていない。邪馬台国の所在地が明確な証拠により、九州に存在したことが明らかになれば、九州王朝説が正論となり、大和朝廷の真実が解明される思う。
2006.09.30
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安部内閣の陣容が固まった。ここで興味があるのは、小泉チルドレンである。前幹事長の武部氏は、さっさと山崎派に復帰した。猟官運動を熱心に行った、片山氏や佐藤氏は、何の職にも就けなかった。安部総理大臣は、彼らをあまり評価してないようだ。 来年の参議院選挙が、安部政権の正念場である。郵政民営化で自民党を離党した、保利氏、野田氏、平沼氏らの実力者の力を借りないと、公明党、創価学会の票では、自公で過半数を維持できない。 民主党の小沢代表は、1人区で勝利するため、自民党離党組にラブコールを送っている。安部総理も参議院選挙に勝利するため、彼らの力を必要としている。小泉チルドレンは、離党組が自民党に復党すれば、自身の身が危なくなる。もともと、地盤も看板もない落下傘であり、2期目が最も難しいといわれる衆議院選挙で当選は、覚束ない。有権者も自民党を勝たせ過ぎたと反省している。 小泉チルドレンには、議員としての資質を疑われる人物が多数いる。はたして、何人が生き残れるか興味津々である。
2006.09.29
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平成10年7月6日誕生、豆柴,雄、登録名、城の雪丸号。愛称、タケル。今年で8歳になりました。タケルという愛称は、大和猛からつけられました。私の楽しみは、朝と夕の散歩です。屋内で飼われているので、粗相をしないように気をつけています。トイレの躾は特段されていませんが、自然とマスターしました。苦手は、入浴、自動車に乗ること。普通、雄犬とは、すぐ喧嘩になりますが、ゴンという犬とは、なぜか気が合います。いまのところ、ただ1匹の友人です。 私の自慢は、縄文時代から続く純血種の血統です。最近は、洋犬がブームのようですが、日本犬も忘れないようお願いします。まずは、自己紹介です。
2006.09.28
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人名の音読みで、その人の大体の性格・運命が分かる。水性・火性・木性・金性・土性で判断する。水性は情に、火性は智に、木性は計に、金性は剛に、土性は陰に通じる。 堀江貴文は、水・土・火・水となる。案外、彼は、情に脆く、流され易い性格とみる。知力も高い。気になるのが土で、有名人から、一夜にして刑事被告人となったことに顕れている。 長年の経験から、土性を持っている人は、事故にあったり、自殺したり、殺人を犯したり、犯罪を犯したり、経済的事犯を犯したり、離婚したり、自然災害で命を落とすようなことが、割合として高い傾向にある。 人間は、生きているのではなく、生かされていると感じる。人の運命は、その人の努力などで、変えられることも事実である。しかし、その人の「宿業」は定められており、変える事はできない。どんなに足掻いてみても無駄だと思う。 ならば、死を迎えるその日まで、悔いなく、楽しく、善行を積んで、生きていきたいと思う。
2006.09.27
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31年振りに、拓郎とかぐや姫が帰ってきた。聴衆は、平均年齢47歳、団塊の世代の次の世代の人達。彼らが、青春を謳歌した時代、フォークが全盛をむかえていた。私(団塊の世代の末裔)が、最初にフォークに惹かれたのは、「ボブデェラン」、「PPM」だった。風に吹かれて、パフが懐かしい。学生時代は、「フォークルセーダーズ」、「拓郎」、「かぐや姫」、「シューベルツ」、「赤い風船」、「ガロ」、「杉田二郎」、「グレープ」、「六文銭」、「海援隊」、「イルカ」、をよく聴いていた。今でも、拓郎、かぐや姫、イルカの曲は、カラオケで歌う。「拓郎」は、結婚しようよ、旅の宿、祭りのあと、「かぐや姫」は、赤提灯、妹よ、神田川、「イルカ」は、なごり雪がレパートリーです。とにかく、その時代が懐かしい、今日この頃です。
2006.09.26
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全20巻、4500首以上からなる万葉集は、759年以前に成立したとみられている。編者は大伴家持が有力しされている。大伴氏は、物部氏とともに、天皇家を支える豪族であり、前者は、天皇家の親衛隊、後者は、国軍の性格が強い。物部氏は、仏教擁護の聖徳太子・蘇我馬子と対立し滅亡する。大伴氏は、一時衰退するが、壬申の乱で、天武側で活躍し勢力を盛り返している。 原万葉集は、天武天皇の皇后であり、後の持統天皇の御世に成立したと思える。この頃の陰の実力者は藤原鎌足の子、藤原不比等である。父程名は知られていないが、藤原氏隆盛の基礎を築いたのは、彼であり、天武亡き後の持統天皇の時代を確立した人物だと思う。 原万葉集のなかで、最も魅力的な人物は、柿本人麻呂である。おそらく天武に寵愛された人で、謎の多い歌人である。書記によると、あまり身分が高くない貴族であり、藤原氏に批判的であったとみる。おそらく、天武亡き後の持統天皇の後継者争いに連座して、持統・不比等により流刑され、死を賜ったと思う。このながれは、梅原猛氏の「万葉を考える」「さまよえる歌集」「水底の歌」「歌の復籍」に詳しく論証されている。
2006.09.25
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近年、熟年離婚が増加しています。2007年の法改正を待って離婚を考えている熟年女性が多数いらっしゃると思います。普通は、協議離婚が一般的ですが、慰謝料等を考えると、業務経験上から調停離婚をお薦めします。 調停離婚は、調停するか迷っていても申立できるし、離婚の理由は問われません。また、さまざまな問題を同時に解決でき、プライバシーが守れます。親権者・監護者、養育費、財産分与、慰謝料、面接交渉などが解決できます。ただし、双方の合意が必要です。 調停で合意できない場合は、審判離婚になり、それでも合意できない場合は裁判になります。(調停前置主義)まずは家庭裁判所の家事相談室に相談(無料)されることをお薦めします。もちろん離婚などしない方が良いに決まっていますし、お子様の心の負担、将来を考えてあげてください。それでも、我慢できない人は、参考にしてください。
2006.09.23
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平成3年のコースと類似したコースをとり台風13号が上陸した。幸いにも被害は、瓦2枚と小屋のトタンがめくれた程度で済んだ。しかしながら、我家の横、天子社(神社)の境内に樹齢200年の楠の大木があり、大きな枝が飛来し、後しまつが大変だった。電話線が切断され、不通になった。停電には困った。パソコンが使えず仕事に支障を生じ、ブログの閲覧もままならず、楽しみが奪われた。現在は、天気予報があり、コースなど大体の情報が把握できるが、古代においては、未知の恐怖だったと思う。台風の被害により、政変が起こったかもしれない。
2006.09.21
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魏・呉・蜀の三国による古代中国の覇権争い。一番興味を引くのは蜀である。軍師である孔明という人物、可能であれば一度会ってみたい。四字熟語の三顧の礼は、豊臣秀吉が竹中半兵衛を軍師として迎え入れるため、彼のもとを三度訪れたもので有名だが、元来は、劉備玄徳が孔明を軍師とするために、礼をつくして彼のもとを訪れた故事による。 朝鮮の三国といえば、高句麗・新羅・百済である。親近感を感じるのは、百済である。最後は、唐・新羅連合軍にと戦って滅亡する。蜀は、孔明亡き後滅亡する。何故かしら、亡国の蜀・百済に郷愁を覚える。
2006.09.19
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伊勢神宮は、天皇家の祖先である天照大御神を祭る神社である。祟神天皇(10代)以前は、歴代天皇の皇居に祭られていたらしい。垂仁天皇(11代)の御世、皇女、倭姫により、現在の地に鎮座した。 雄略天皇(21代)は、豊受大御神を祭る外宮を建立した。それにより、内宮、外宮が揃い現在の伊勢神宮の原型が整った。 20年ごとになされる式年遷宮は、持統天皇(41代)により創められた。 ここで見えてくるのは、祟神天皇の時、今まで皇居に祭られていた天照大御神が大和を離れなければならなかった事情がある。次の垂仁天皇の皇女倭姫は、各地を転々として現在の伊勢に宮を定めた。雄略天皇が外宮をなぜ建立したのか、持統天皇は、なぜ式年遷宮を始めたのか。 皇位継承、内紛、豪族との争い、種々の要因が、天皇家と伊勢神宮を考察すると明らかになるように思える。
2006.09.17
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最高裁で麻原の死刑が確定した。問題にしたいのは、弁護団の対応の仕方である。麻原本人は、教祖であるならば、13の事件で起訴されていることに対して、被害者、信者、国民に説明責任がある。結局、彼は、似非宗教家であり、女の腐ったような男であることが明白になった。 精神鑑定の結果は、相反するものが出され、最高裁は、弁護団が提出したものを否認し、麻原は裁判を継続できる状態にあるとした。 最高裁は、麻原本人の責任を第一とし、弁護団の責任を言及した。それに対する弁護団からのコメントはNHKの7時のニュース時点では、だされていない。この事件の真実が究明される機会を消滅させた弁護団の責任は、重大である。光市の母子殺人事件でも、弁護士が公判期日に出頭しなかったことがあった。最近の弁護士は、マスコミにチヤホヤされ、質の低下が目に付く。このような弁護士が多数存在することを危惧している。
2006.09.15
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竹取物語、一般にかぐや姫として有名であるが、作者、成立年は不明である。物語で興味をひくのは、姫に求婚する5人の貴族、石作皇子、車持皇子、右大臣阿部御主人、大納言大友御行、中納言石上麻呂である。 阿部氏、大友氏、石上氏(物部氏)という古代豪族の名前がでてくる。阿部、大友氏は、壬申の乱において、天武天皇側について戦っている。石上(物部氏)は、大友皇子の重臣として彼の最後に付き添っており、後に許されて天武天皇の重臣となる。 モデルとなっている彼らは、いずれも635年から646年までに生まれている。石作氏、車持氏は不明であるが、作者は、彼ら氏族に好意をもっていないように思える。それは、姫が貢物として要求した物を誰一人持参できなかったところに表現されている。また、彼らの対応の仕方に氏族の特徴を暗に述べている。 これらから類推すると、作者は、天智天皇、大友皇子、近江朝廷側の氏族であり、壬申の乱により衰退した氏族の中の一人と思える。天武政権を暗に批判し、歴史の事実を物語りとして表し、後世に伝えようとしている。衰退した氏族の意地がかいまみれる。
2006.09.14
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朝夕に秋の気配を感じる今日この頃です。灯火親しむ季節、最近、本を読んでない。もつぱら、インターネット。学生時代はよく徹夜して本を読み漁った。一番読んだのは、ノーベル賞作家大江健三郎です。あと、小田実、遠藤周作、倉橋由美子、柴田翔、椎名麟三、五木寛之、野坂昭如、梅原猛、古代史関係、幕末史、考古学関係とバラバラです。 皆さんの愛読書・お薦めの本がありましたら、書き込みしてください。
2006.09.13
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最近の傾向として、情報に接したとき、その情報の真偽等を自分で精査し、分析する能力が劣ってきている。マスコミが流す情報・ニュース・記事・ワイドショー等を咀嚼することなく、そのまま自分の思考と勘違いしているか、思考することを停止またはできない人が増加している。 自分で考え、自分のものとするのが、咀嚼するということだと思う。このような状態であれば、容易に国民は、情報に操作される。小泉首相のテレビを利用したパフォーマンスやワンフレーズ・アメリカのイラク戦争開戦前の大量破壊兵器に関する情報操作が良い例である。 マスコミの記者等のレベルの低下は、ぶらさがりの質問に、端的に表れている。ニュースにしてもワイドショーかが気にかかる。このままでは、戦前の大政翼賛会の道を日本が繰り返すのではないかと危惧している。
2006.09.12
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二礼二拍手一礼は神道の参拝における簡易作法である。毎年、大晦日から元旦にかけて、国民の多くが神社仏閣に詣でる。今年の2月、伊勢神宮に参拝した。外宮、内宮とお参りし、神楽を見た。なぜか、心の故郷に帰ったみたいで、懐かしさを覚え癒された。 明治以降、二礼二拍手一礼は、定められたみたいで、それ以前は、各神社でまちまちであったらしい。不思議なことに、なぜか出雲大社と宇佐神宮は、四拍手である。伊勢神宮は、二拍手であり、天照を祭っている。この疑問が解けたら古代史の邪馬台国・大和朝廷成立の真実が明白になるかもしれないと思った。
2006.09.11
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持統天皇は、天武天皇崩御の後、即位した女性天皇である。天武は、彼女の叔父である。古代に多々みられる近親結婚である。彼女は、実の姉が産んだ大津皇子を策略により、忙殺した。天武との間に生まれた実子草壁皇子を皇位につけるためである。 しかし、因果応報、草壁皇子は皇位に就くことなく早死にした。天皇家は、皇位継承で幾多の親子、兄弟、従兄弟等の争いを繰り返してきた。正に、血塗られた一族である。このことは、日本書紀を熟読すれば、よく理解できる。皇位は、孫、草壁皇子の妃と継承される。
2006.09.10
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日本書紀を編纂したのは、天武天皇の息子、舎人親王である。一説によると、天智天皇と天武天皇は、書記には同母の兄弟とされているが、事実は相違するらしい。天武天皇は、壬申の乱で天智の子息、大友皇子(弘文天皇)を倒し即位した。 天智天皇は百済系で、白村江の戦いに惨敗し、唐・新羅連合軍の侵攻を防ぐため、水城等を築城し防御を固めた。その後を継いだ天武天皇は、新羅系で、天皇の称号を最初に使用したらしい。 日本書紀は、天武の正当性を強調するために書かれたようにも思える。天智天皇の後継者弘文天皇(近江王朝)を倒して皇位についたため、批判する勢力が相当存在したと思える。 武列天皇の崩御後、後継者が途絶えたので、応神天皇の5世の孫なる人物を連れて来て、天皇にした。継体天皇である。素性がはっきりしないと見られたのか、大和に入るのに1年以上を要している。 はたして、万世一系といわれる天皇家は事実そうなのか、疑問を感じる。歴史の闇が隠されているのではないだろうか?また、古代日本史は、そこが面白い。
2006.09.08
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中学3年の時、初めてビートルズを耳にした。新鮮で雷に打たれた感覚がした。その当時流行っていたのは、ベンチャーズ、ボブデェラン、しかし、ビートルズのプリーズプリーズミーの虜になった。それ以来、彼らの曲がリリースされると、必ずレコードを、なけなしのサイフをはたいて購入した。私のカラオケのレパートリーには、イエスタデェ、ヘイジュード、イマジンがある。一番好きなアルバムは、サージャントペーパーロンリーハートクラブバンドです。 メンバーで現存しているのは、ポールとリンゴスターだけになった。少し寂しい気がする。ジョンレノンの最後があのような結末をむかえるとは、夢にも思はなかった。 私の青春時代は彼らと共にあったと言っても過言でない。
2006.09.07
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親王が誕生された。41年ぶりの男子である。これで、暫く皇室典範の改正が先延ばしにされるだろう。しかし、歴代天皇の半数以上は、側室が生んだ天皇である。 側室が認められない以上、典範の改正は、ゆくゆくは成されなければならない。問題は、連綿として続いてきた男系天皇と共に女系天皇を認めるかということである。女性天皇は、推古天皇をはじめとして、たしか、10代在位されているが、いずれも男系である。 女性天皇は、国民の多数が容認していると思う。象徴天皇である今上天皇や皇族の方の率直なご意見を、難しいことではあるが、宮内庁が公式に発表できないものだろうか。 国民の多数は、その意見に謙虚に従うと思う。天皇自らがその意思を、自らの言葉で述べられるなら、問題は解決すると思う。
2006.09.06
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小泉首相の5年を総括すると、改革を唱えながら結果は、全て、丸投げ、中途半端、テレビ・マスコミを利用したパフォーマンス政治だったと見ています。 靖国参拝により、中国・韓国をはじめとするアジア外交を最悪にした。30兆の国債の公約が無理だとなると、そのことは、たいした問題ではないと国会で答弁する。靖国では、公約を守ったと胸をはる。都合の悪い質問を受けると、摩り替えてまともに答弁しない。 彼が5年もの間高い支持率を維持しえたことは、裏をかえせば、国民のレベルを如実に反映していると見ています。
2006.09.05
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江北町商工会ブログでは、ただ今、会員さん訪問日記を掲載してます。ライターは、商工会青年部の土井くんです。彼は、ゼロミッションで、残飯を肥料にする仕事を手がけています。 そのノウハウを活かし、将来、ある夢を描いています。それが成功すればいいですね!興味のある人は、江北町商工会を検索してHPにアクセスし、ビッキー市場をクリック、クリックжжж
2006.09.05
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皆さんは、前世の存在を信じますか?ブッタは、法華経で、我、前世において、この教を受持しと述べ、前世の存在を、ごく普通に思っている。 前世は、なんであったか、この世に生を受けたのは、どういう使命があるのか、実感できれば、自己のいき方も変わると思います。 人は、死ぬために生まれる。故に、生かされている今をどう生きるかが重要である。死とは、新たな旅立ちであり、悲しむべきものではない。近頃、そう思うようになった。
2006.09.04
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昨日、母と佐賀県専門士業団体連絡協議会、10周年記念講演会、(司法卿江藤新平-初代法務大臣の栄光と悲惨-講師佐木隆三氏)に行きました。佐賀の7賢人の一人江藤と大久保利通の確執、征韓論、佐賀の乱等についての講演でした。 講師の佐木氏は、直木賞作家として有名ですが、講演は、正直なはなし、いまいちでした。聴衆を惹きつける何かが不足していると感じました。 幕末の佐賀鍋島藩は、藩主、直正、江藤、大隈、副島、島、等の7賢人をはじめとして、優秀な人材を輩出しています。戊辰戦争で活躍した、アームストロング砲を製造するなど、当時の先進テクノロジー藩でした。 講演を聴いて、平成の時代をリードする佐賀県を創るためには、何をすべきか思考している今日でした。
2006.09.03
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憲法17条で有名な聖徳太子は、用明天皇の嫡子で推古天皇の摂政であった。梅原猛氏の隠された十字架で、法隆寺は太子の怨念を鎮めるために建立されたとされている。 日本古代仏教において、太子は実に重要な位置を占めていたと思える。というより、太子は仏教が百済から伝来してから、最初に解説書を書き、天皇に講釈した人物である。つまり、彼が、日本古代仏教の礎を築いたといえる。 以後、最澄・空海と続き、鎌倉時代に禅宗、日蓮宗、浄土宗等が誕生した。こうした太子の一面を研究してみると日本仏教史の別の面が見えてくるかもしれない。
2006.09.02
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