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今日は姉の通院サポートに行った。コロナ禍である。病院で待ち合わせて治療が終わったら病院で解散。この病院が混み合っていたのなんのって、コロナで控えていた人たちがこれ以上控えられないと病院にやってきたのかと思うほどだった。診療が終わったら会計の窓口にファイルを出す→支払いの精算番号札をもらう→計算が済んだら番号が掲示板に表示される→精算機の列に並ぶ→支払う→処方箋がある場合は清算の終わった領収書をもって処方箋をもらうべく窓口に並びもらって終了。不満その1精算済みの番号の電光掲示板が小さくて位置が低いので待合室のベンチからなんとも見ずらい。不満その2会計の列、支払いの列、処方箋の列が動線がわかりずらくて錯綜していて最後尾がどこだか探してうろうろしなければならない。病院の管理者はちゃんと仕事をしてほしいものだ支払いの列なんて3回折れ曲がって他の窓口の列とまじりあっているし電光掲示板を見ようと立っている人たちともまじりあっているからもう・・・一応待合室のベンチは密を避けるため一人置きに、座らないでと張り紙があるから座れない人は立って密になっている。混み合う時間帯は整理の人を置いてほしいなぁ。でも嬉しいことがあった。訪問看護師さんからひどくなっているから受診したほうがいいと言われ心配したのだったけれどそんなことはなくてむしろいい方向に向かっているといわれたこと。降り立った駅のコンコースで九州物産展があっていて、辛子レンコン!朝鮮飴!小城羊羹(昔の羊羹そのままに周りが固まった砂糖でカリカリ!)麦みそ(多分甘目)が買えたのでした。姉にもお土産にした。これはきっとご褒美。
2021年08月31日
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昨日隣の借りている土地の草刈りをした。土手部分は文明の利器の力を借りて、畑やこみいった草原の部分は鎌で。この鎌が切れない!4本とも切れない。2本はよくある草刈鎌、2本は厚めの刃の何鎌というのだろう太くなったセイタカアワダチソウも野ばらもザクッと切れるのだがこちらが硬かった。もう荒砥でなければいかんともしがたいほどの摩滅した刃!荒砥で恐ろしい音を立てながらガリゴリやってもやっても刃がつかなくって往生した。昔この辺りの農家の方が、鎌は「泣き泣き砥いで笑って(稲を)刈れ」というんだよと言ってたっけ。稲は青草と違って硬いだろうから鎌の刃も硬いモノだろう。わかる。今日も夕方涼しくなってから続きの草刈り、草を何とかしなければ冬野菜の準備もできない。先日ある方のブログに初めてちょっとした応援コメントをしたら(@_@;)驚いた!こんな個人的なホントに気まぐれな日記で、いつもは100人あるか無いかの「かやねずみの家」の訪問者数なのに、1,000人近くの訪問者があったのだ。100人でもなんで?こんなブログにそんなにと思うのに。その方のブログはファンが多いだろうとは思っていたけれど、その方のブログを読んで、そのコメントまで読んだ方達の中で「こんなことを書くのはどんなひとかな?」とやってきたのが900近くということになったのだと思う。この日記の向こうにはたくさんの人がいることを改めて思った。
2021年08月28日
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本日の昼ご飯、鮭を焼くまでは決まったが後が思い浮かばない・・・こんな時は実だくさんの汁物だ。幸い試しに宅配生協でとった冷凍のささがきごぼうがある、使いかけの根菜、葉物をたっぷり入れて豚肉をちょびっと、和風だしの素をパラッと。小どんぶりにたっぷりとよそう。昨日作ったセロリの葉のさっとつくだ煮添えて。セロリが少なかったので小松菜で増量、セロリの味・香りが強烈なので小松菜もセロリ化してしまう(笑)かつお節、醤油、砂糖少々で味付けして、賞味期限ぎりぎりのいりごまもタ~ップリ投入して、よい箸休めになった。この冷凍のささがきごぼう、生協のカタログに見つけた時、割高ではあるが便利そう!と飛びついた。ただやっぱり香りがね、かそけくてゴボウ好きととしてはチト残念。ゴボウが枯れ枝のようになる前に(笑)全部ささがきにしてさっとゆでて冷凍にしておけばいいはなしだよね。ゴボウで思い出すのはいろいろな野菜を作っておられた方が土を積み上げて植え、楽に収穫ができるように工夫してた畑。短い品種もあるようだけれど何せ長いので収穫作業は辛いと思う、その上病気も入りやすく薬を使わないと皮をこそげた時に奇麗なするっとしたゴボウにはならないと聞いたことがある。顔の分かる人が作ったゴボウだと、こそげて黒い筋があるとむしろホッとする。戦後、日本の捕虜収容所で木の枝を食べさせたと虐待の罪で有罪になった人がいたとか、文化の違いは時として悲劇を生む。
2021年08月24日
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暑い、でも食事の支度はしなければならぬ。後片付けも・・・生きてる限りはこれが続く、1日3度として1週間で21回、1年で1095回、10年あるかどうかはわからないがあれば10,950回である。これが少ないか多いのか…ずいぶん昔朝日新聞にコラムがあって「あと○○回の晩御飯」だったか食事だったか,誰が書いていたかも忘れてしまったが、読むたびに、そうか人が一生に食べるご飯ってそんなに多くはないんだと、一食一食大事にしなくてはなぁと思っていた。結構年配の人だったのかな?が、しかしである年を取って、もともと大好きというわけでもないご飯づくりが時には溜息交じりになってくる。大昔に献立やご飯、離乳食作りが面倒だった時姑に「ご飯作ったり献立考えるの、時々イヤになりませんか?」って聞いたことがあって、その時の答えが「アラそ~ぉ、何を作ったら喜ぶかなぁ~って考えて工夫するって楽しいじゃない」、義姉に「お義母さんは楽しいんですって」というと「あらまぁ随分優等生の答えね~」って笑っていたけれど、姑は一時期大所帯、義父母・夫の弟・子供4人!9人の所帯を切り盛りしていた凄腕の持ち主だったから本当にそれぐらいの気持ちでやっていたんだと思う。さて、ブランチと言えば聞こえは良いが朝昼兼用の御飯の後片付けしなければ…今頃?(笑)もう晩御飯の事考えなきゃならんねぇ。追記もしかしてと思って検索してみた、朝日新聞 コラム あと○○回の晩御飯 本になっていました。「あと千回の晩飯」山田風太郎 2000年5月1日初版だからその少し前に連載していたことになる1922年生まれなので77,8歳ぐらいの時の連載でしょう。インターネットはスゴイネ~、この箱の向こうに営々とありとあらゆるデータを入力している人たちがいると思うと頭がクラクラしてくる。
2021年08月14日
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ちょいと北西に出掛けていました。森の中の施設にお籠り、滞在者は私たちだけなのでノ~ンビリするはずがつい出かけてしまうかや家一行・・・室生犀星(1889~1962)の別荘が記念館になっていて見学できると幼馴染に教えてもらって行ってみました。苔の奇麗な小さなお庭、客室用の離れのある、こじんまりした夏の家、昭和3年から亡くなる前年36年、まで滞在したそうです。よくある紅葉が何本かあってそれに添えるように羽団扇楓(ハウチハカエデ)が植えられていました。犀星が好きで植えさせたまあるい団扇の様で浅めの切れ込みが11程あります、よくある紅葉は7つ程。落ち葉が大変だろうなぁと見上げていると樋には金網のようなものが設置されていて係の方に『良いですね!』というと笑って「これが失敗だったんです。紅葉は防げるんですがこの辺りに多いカラマツは入り込んで詰まるんです。掃除ができないのでカラマツが落葉する頃は金網を外すんですよ。」なるほどね~でもかや家の駐車場の屋根の樋には応用できそう。パンフレットを読みますと犀星さん女中さんとの間に金沢に生まれ、養子に出され、高等小学校を中退させられ、裁判所に勤め、二十歳ごろ志を立て上京、なかなかの苦労をしたのですね。今のようには図書館もテレビもネットもなかった時代、ヒットするとたくさん本が売れて別荘が持てたのだなあなんて文学とは無縁で作品は読んだことがないかや母は下世話なことを思ったのでした。図書館で何か借りてみましょう。見学者が途切れて暇になった係の方に執筆はどこで?と尋ねるといろいろお話してくれました。娘さんが出戻ってきて執筆部屋を明け渡すことになり狭い暗いとの不満に1畳分広げて窓も付けてあげたこととか五右衛門風呂や台所は竈だったのにプロパンガスを入れてお風呂も普通のにしてしまったので(風情が無くなって?)それらは公開していないのだそうです。不便だものそれはしょうがないですよね。鬼押し出しにも行ってみました。1783年天明3年は3月に岩木山、浅間山は4月頃より噴火が始まり大爆発が7月。同年6月はアイスランドのラキ火山、グリムスヴォトン火山が爆発して北半球は影響を受けたとのこと、これらが天明の大飢饉の要因にもなったらしいです。ずいぶん昔会社勤めの頃、課の旅行で行ったことがあったと思います。岩がごつごつと広がっていて火山の爆発の激しさに驚かされましたが、今回は岩の間にまだ小さいけれど木々が茂り草が生え緑が広がって少し優しい感じになっていました。50年近くもの歳月がたっているのですものねぇ、岩の間にはわずかな隙間に芽生えた小さな木が育っていました。中にはダメになる幼い木もあるでしょうが、少しづつ広がって、そのうちには立派な森になるのでしょう。かや2娘が「しまった!の松」と名付けた、岩のてっぺんのわずかに平らな場所に育ったかや母の二の腕(太いよ)ほどの幹の松、もっと条件の良い場所に種が落ちればよかったのに、芽生えてからしまった~~と思ったに違いないと話したことでした(笑)ホタルブクロや萩が咲き、ナナカマドやハゼ(漆?)が紅葉し始めていて秋の風情も、雨が降ったり日が差したりで大きな大きな虹まで現れてくれました。水が豊かだからゆっくりでも森が再生するのでしょう。こういう環境にある民と砂漠の民とでは気質もおのずと違ってくるのは致し方ないかと思ったことでした。
2021年08月10日
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欲張りかや母、欲張って、せっせとブルーベリーを摘ませていただいて少々疲れて、おはらしょうすけさんではないけれど、朝酒はしませんが朝寝、昼寝にいそしんで復活しました。年を思い知ります。お師匠様はすごいと改めて思います。朝寝から起きましたらば、かや父どんが散髪の準備をして待っていました!昼飯前の一仕事、髪の量が多くても大変なのでしょうがフワフワもなかなか難しいのです。少しづつコツもわかってきて本日の出来は58点くらいかな~(笑)減点の中身は鋏を使っているとき髪を3回挟んだこと、後ろを一か所深く切りすぎたこと、耳の後ろを鋏で挟みそうになったこと!「気をつけてね」ってポツリ。こうやって上ゲていくと38点くらいかも。散髪用の鋏を買ったんだけれど、それほど安いものでもなかったのに、新品で髪を挟むなんて、鋏はやっぱり値段に比例するってことでしょう。んん?腕?使いよう?本日は鶏モモ肉を塩コショウ粉をはたいて油で焼いて、タマネギ、椎茸、ニンジンなんかを炒めたものに昨日のトマトソースを入れてちょっとケチャップなんかを足したのをトリに乗っけて、チーズのっけてとろりとさせて頂きました。美味しかったです。ソースはちょっとあっさり目に仕上がりましたがろいろ足せば応用がききそうです。トマトの皮はちょっと気になりますが目立つものは夜なべ仕事でとるとしっましょうか。
2021年08月03日
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沢山採れるわけではないんだけれどちょっと難ありの大玉トマトミニトマトが溜まってきました。昨日のジャムづくりの勢いで今日はトマトソース作りをせんとレシピを探すと、さっとできるソースというのがありまして、コレコレとメモして作り始めましたが、サットというわけにはいきませんでした。レシピはミニトマト250gですが溜まったトマトは一杯で、生り口を落としたり、ミニトマトは半分に大玉トマトは合わせた大きさにきざみにきざんで1,5キロ・・・時間のかかったことと言ったら(笑)でも砥ぎたての庖丁があってよかった!滑って切りにくくてイライラせずに済みましたからね。大分お年を召したトマトもありましたがフレッシュトマトで作ったソース美味しくできました。皮はそのままでしたがそれほど気にはなりませんでした。あれを一個一個湯剥きしていたら挫折していたでしょう(笑)今日はベーコンになりそこないのブタニクをさっと焼いてトマトソースをかけていただきましたがお魚や鶏肉にもよさそうす。なんでベーコンになりそこなったかって言いますと、試行錯誤のベーコン作り、熟成させたバラ肉を100度のオーブンでじっくり焼いて最終段階で”ジョー”で燻したらイイんでナイカイ!という計画だったのですが、この暑さ、燻さないうちに少しづつ食べてしまったのでした。これはこれで美味しかったし手軽ではありましたが、炭火というのは不思議な美味しさを引き出してくれます。
2021年08月02日
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ブルーベリー摘みにお誘いを受けてかや2娘と伺いました。7時半からブルーベリーの茂みの周りを行きつ戻りつ、脚立に登ったり、欲張り母子は頑張りました。3時間!ちゃんと探せばまだまだあるのだけれど体力の限界。お師匠様はすごいスピードで収穫されるけれどかや母はぽっつんぽっつん。時折さわやかな風が吹いて、カラスやウグイス、ヒヨ、コジュケイの鳴き声にもうちょっと待ってねと言いながら、でもコジュケイは隣の林の中でチョットコイ、チョットコイと鳴いては、少しづつ近づいてきているのがわかります。きっとひなたちにブル―ベリーの木の下に落ちた実を食べさせたいのだと思うのですがモウチョットモウチョット(笑)かえって量ったら3150gもありました。ありがとうございました!よろよろと家に帰り着いて、ここで休憩してしまうときっともう動けなくなると、選別して、洗って、生食用やマフィン用に1キロ取り分けて2キロをジャムに、煮詰め具合のチェックがなかなかむつかしくてもうエイヤッと。孫3嬢はオートミールを煮たのにブルーベリージャムを混ぜ混ぜして食べるのが好きなんだそう、待っててね。
2021年08月01日
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