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介護福祉士の試験でも発達障害は出題範囲に入っていた。が、昨日の19時毎日放送でやっていた発達障害の特集をみて、あまり理解していなかった事がわかった。30歳の男性が例にあがっていたが、26歳まで発達障害だとは誰もわからなかったという。親、友人、教師、誰もわからなかった。学校の成績もよく、記憶力もよかった。しかし大学卒業後、就職をしてもすべて長続きしなかった。対人関係がうまく出来ず、何事にもこだわりすぎ、感情の起伏が激しいという事だった。こんにちは、厚蔵です。現在14時半、今日は施設夜勤、夕方仮眠をとる。写真は、1枚目、先週土曜日、夏祭りの写真、2枚目は7月9日旅行、秋田県の植物園ドーム、3枚目は北上川堤防、毎日雨続きで少しの晴れ間で散歩にでた。今年、夏らしいのは唯一、施設の夏祭りぐらいだ。統合失調症、うつ病などと違い、発達障害では障害者年金などの補助はないという事だった。当人も、病気に甘えている、とか、自分の成長のために努力していない、とさんざん言われたそうだ。その方は30歳で自殺をしてしまうのだが、最後には、人間関係は病院の先生と、報道記者の2人だけと連絡をとっていた。親から離れ、一人暮らしを初めて2週間後、5月に自殺で亡くなった。先生も発達障害の方がすべて問題行動を起こすわけではない、本当に残念だと言っていた。公私を離れて親身に相談にのっていた。それにしても、つくづく思うのは、「胡蝶の夢」という司馬作品だ。司馬凌海という佐渡島出身の蘭学者が主人公の一人だが、天才的な語学の才能、蘭学に長けていながら、人間関係が決定的にまずく、大成するまでにはいたらなかった。しかし、幕府奥御医師の松本良順などに再三守られ、数々の仕事をしていった。女遊びの度が過ぎていて、度々失敗している。温厚篤実で知られたオランダ人軍医・ポンぺにも嫌われてしまった、というから相当なものだ。しかし、そういう欠点がありながらも、司馬凌海は仕事としては有数のものを残した。広辞苑でも司馬遼太郎と並んで記述されている。もしかすると、この司馬凌海も発達障害であったかもしれないが、なんとか人に恵まれ、自分の性格をいい方向へ発揮して、世の中で仕事をしていった。誤解を多く受けながらも、得意の分野で努力を怠らなかった。自分なども、自分の得手不得手を、理解し把握して、自分なりの努力を続けようと思った。30歳で亡くなった方も、「胡蝶の夢」を読んでいたなら、社会に迷惑をかけてまで生き続けたくない、という結論にはならなかったのではないだろうか。タバコしか楽しみがないと、指が黒くなるまでただただ吸い続けていた。少なくとも、社会で大成はしなくとも、町の変わり者だが、ある分野では博識で、小さい仕事でも熱心な人だった、という人生にはなったはずではないだろうか。ご本人も、病気の社会への理解を広めたいと願い続けていた。自分は、小さいながらもいい仕事をしていく人生でありたい。
2009.07.30
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世間では中国地方の大雨被害、千葉・殺人監禁事件の容疑者逮捕、46年ぶり皆既日食、と事件が目白押しだが、特に千葉の仲田容疑者には考えさせられた。自分もいろいろな組織、人間関係の中で暮らしているが、こういう異常人格者とはまだ遭遇していない。しかしニュースで見る限り、現代ではそう珍しい存在ではないようだ。ここまではいかなくとも、そういう傾向にある人間はいる。こんばんは、厚蔵です。現在19時、昨日は夜勤明けで、仮眠後、施設の夏祭りだったのでまだ疲れが取れていない。写真1枚目は昨日の夏祭り写真、2枚目は晴れ間を見つけてやっと乗ったバイク、3枚目はつい買ってしまったGショック、これは海外モデル。このタイプは電波ソーラーでメンテナンスがいらない。違うタイプで幾つか持っているが、状況によって使い分けている。こういう人間がいれば、俄然、生活は振り回されてしまう事になる。が、それでも、自分の仕事なり勉強なりは続けていかなければならないだろう。どうにも腹にすえかねる人間がいたとしても、実はその人間なりのこだわりがあってそうしている。人にどうこう言われたぐらいでは変わらない。ならば、自分が変わっていくしかない。地道に仕事を続ける、自分としての努力を続ける。その積み重ねの中で自分が変化し強くなっていく。同時に、どんな人間も長い時間の中で変化していく。自分と相手の成長を祈る中で、最終的にはいい方向へ向かっていく、と自分は信じている。大部分は普通の人間で、中には写真のようにお互い励ましあうメンバーもいるので、厳しい仕事でもなんとか頑張る事が出来ている。幕末、偏執的な攘夷主義者に斬られた志士はかなりの数にのぼる。大村益次郎、坂本龍馬、大久保利通、しかし、その直前まで仕事を続けていた点では、みな共通している。
2009.07.26
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『「かようなところで開業しているのか」 大藩・長州藩の典医は、痛ましそうに軒をみあげた。樋が落ち、ひさし傾いていた。屋内の貧窮が目に見えるようであった。 (これが緒方塾の秀才のなれの果てか) 長野昌英はそうおもった。緒方塾出身といえば、もはやそれだけで人々は立身している。藩に帰れば優遇されるし、医師の道だけでなく、蘭学教授、兵学教官、殖産行政家などといった道でそれぞれにぎやかな活躍をしていた。ところが、この所郁太郎はどうであろう。場末のただの開業医にすぎない。 (この男には、筋目がない) 藩に属せぬばかりか、素性が美濃の百姓医者であるために彼をひきたてるほどの有力な知己も居ないのであろう。典医は、多少の力になってやろうとおもった。』 文庫・人斬り以蔵、美濃浪人の章より この時期とほぼ同じ時代、村田蔵六(後の大村益次郎)も、活躍している。蔵六も百姓医者で、同じ緒方塾出身だが、長州の郷里に戻って開業していた時代があった。無愛想で全くはやらなかったのは、郁太郎と同じだが、蔵六は苦にする様子もなく、百姓医者を続け、蘭学の勉強を続けている。木戸考允引き立てがなければ、全く時代に埋没していただろう。しかし、時代は彼を寵児にしていった。 こんばんは、厚蔵です。現在21時半。施設早番、自分の健康診断、利用者のレントゲン撮影助手でなかなか疲れた一日でした。体温も37.5度で微熱もあるようです。これから楽天ブログ・「歴史の細道」から引き続いて、mixiにも日記を書いていきます。よろしくお願いします。 写真は昨日、祝日に宮城県仙台市へ向かう東北道上、けっこう込んでいる。2枚目は仙台三越、夕方17時、バイクのパーツを買ったついでに寄った。風景人間観察でカメラを回したりしている。3枚目は熱帯魚ベタ(闘魚)3匹の小型水槽、やっとこの形に落ち着いた。 所郁太郎は全く無名の美濃浪人だが、司馬遼太郎は折に触れて取り上げている。長州藩の巨人、後の大蔵卿・井上聞多を瀕死の重傷から2度も救ったからだが、それ以外の事跡は全く不明で、長い間、司馬遼太郎が気になっていた人物だという。しかし、歴史文書の端々に、少しではあっても名前が出ていた。 どんなに実力があり、時代が求める才能があっても、ついに入れられることなく、埋没してしまう人物が居る。自分などもつい短気になってしまう時があるが、こういう短編を読むと、仕事に使命を感じて取り組み、自分が好きな本を読めて、時々、旅に出られれば、そう社会に用いられなくても、十分な人生ではないか、と思うようにしている。友人関係は少ないながらも、大事にするようにしている。 自分も様々な組織に属しているが、自分の場合、必ず、一定の距離をおいて判断するようにしている。なかには、こいつふざけるな!という人物もいるが、そういう煙たい存在がないと、それはそれで困る、などという場合もある。「素直で迫力のある人格」、というのが心理学の本に出ていたが、遠回りであってもそういう人物を目指したい。
2009.07.21
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熱帯魚ベタ(闘魚)2匹、の水槽のセッティングが終わった。けっこう強い魚なので、大がかりな用品は必要ないが、ベタは冬場にはヒーターが必要で、水草・ウィローモスで酸素を供給する。写真はベタ・オス(青)とベタ・クラウンテール・オス、2匹ともベタにしてはかなり動き回る。砂利、水質調整剤、水苔防止剤、水温計などをセットしていく。病気治療用薬剤も用意した。ある程度小さい水槽で、熱帯魚に負担をかけず飼育するために、ネットや本で調べた結果、こういう水槽になった。LEDライトも点灯できる。こんばんは、厚蔵です。現在19時半、今日は施設早番勤務だった。今日も職員数は少なく、一人で動く場面が多かった。熱帯魚好きな友人がいるので、それがきっかけで飼う事になったのだが、意外にそんなには手間がかからなかった。それでも最終的に水槽を仕上げるまでに、少しずつ調整をして数日かかった。アクアリウムは大がかりなものが多く、パソコンで熱帯魚飼育のシミュレーションはあるが、動きのパターンが決まっている。じゃあ実際に熱帯魚を飼うにはどうするか、と調べた結果、ベタになったが、実際、水槽を作ってみると、最初のセットに3時間ほどかかった。足りない用品は近くのホームセンターへ買いに行く。が、完成してみると、小さいながらもきちんとアクアリウムになっていて、1時間ほど観察していた。5年前に比べると、ネット上の情報も豊富で、なにより様々な種類の機材が手にはいる。驚くのは熱帯魚そのものも、楽天などのネットで手にはいることだ。ベタは寿命が2年ぐらいだが、信頼のおける業者を通して、通年で熱帯魚を取り寄せることができる。なるべくは市内のショップに行くつもりだが、これだと奥州にいても、手に入りにくい魚であっても手にはいる。流通には魚に負担をかけないように細心の注意をはらっている。そのシステムには驚かされる。5年前もそうだったが、なんでこんな手間をかけて、熱帯魚を飼うのかというと、友人がきっかけだったが、やはり生き物をなるべく自然に近い状態で飼う。限られた中でも、その自然環境を作り上げる。熱帯魚に餌をあげたり、水質水温を管理する。という一連の作業が楽しい。極端な手間はないが、世話そのものが面白い。その後、泳ぎ回る姿を眺めていると、ゆっくりとした時間が流れる。なにより、人間を見ると餌欲しさだが、寄ってくるのも嬉しかったりする。2年しか生きないが、その間はきちんと飼育するつもりだ。
2009.07.12
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昨日、2日間の社員旅行が終わり、今日は休みだった。去年に引き続き、北東北、秋田、青森の旅だった。社員旅行なだけに、ただひたすら強行軍で観光地を回る、というスタイルだが、今回は運転手さんが詳しい方だったので、意外なスポットに案内してもらった。有名な観光地よりも、そういう穴場の方が面白かった。全くのプライベート旅行だったら、もう少し時間をかけるはずの場所を、駆け足で回っていく。が、たった2日間でこれだけ回れるのも社員旅行ならではだったりする。 不老不死温泉は、僻地にありながら、けっこう観光客が来ている。逆に、新しく造成した観光地は立派な施設がありながらかなり寂れてしまっている。不景気の直撃を受けた北東北の現状を、まのあたりにした旅でもあった。逆に、地元なりの工夫をし、地道に頑張っている所は、なんとかいい方向に向かっているようだった。青森、日本海沿岸・深浦町はイカ焼きで有名だが、美味しい所は健在だった。 太宰治記念館・斜陽館も、何度も人手に渡った後、現在は市が運営し、NPOの職員が館内説明にあたっていた。生誕100周年という事もあって、かなり賑わっている。職員さんの説明がよく、去年も来た斜陽館だが、初めてわかった事もけっこうあった。日常とは別世界の旅行だったが、年に何回も無いのでいろいろな発見がある。なにより、他の施設のなかなか会えないメンバーと話が出来るのがよかった。
2009.07.11
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現在、社員旅行中。青森県東津軽郡、日本海沿岸へ向かっている。社員旅行は1年に1回ぐらいだから、貴重な機会だ。施設の職員同士なので、ひたすら観光地を回る。ルート周辺には魅力的な林道や秘境があるのだが、全く寄る事はない。昭文社ツーリングマップをみると尾去沢鉱山跡、白神山地など魅力的な秘境が並んでいるが、ただ近くを通り過ぎて行く。 こんばんは、厚蔵です。現在、青森県日本海沿岸、不老不死温泉、21時半。社員旅行中、みな飲み疲れて、テレビ・県民ショーを見て盛り上がっている。今回は数百人の職員中、第5班・10数人の旅行だ。こういう機会でないと聞けない話が聞けるので、これはこれで貴重な機会だ。しかし温泉は本物で、ここはこれてよかった。
2009.07.09
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『 暗殺者は、十二人である。 いずれも札付きの狂信的な国粋攘夷主義者で、斬姦状に、「専ら洋風を模擬し、神州の国体を汚し、朝憲を蔑ろにし、浸々蛮夷の俗を醸成す」とある。 ただ、益次郎にとって不幸なことは、十二人のうち三人までは、自分の郷党の長州藩士であることであった。ほかに土州藩士五人、その他四人。それぞれ、逮捕された。』 「鬼謀の人」より 高杉晋作も同藩の過激攘夷主義者に追い回され、長州から脱出した時期があった。高杉晋作までがこの状態では、大村益次郎が襲われるのも無理はないが、時代の沸騰点ではなにが起こるかわからない。「俺が卑怯者かどうか見てみろ」と、部屋を飛び出すなり立ったまま切腹してしまう志士がいる時代。あまりにも多くの理不尽な流血があった。しかし、それだけのエネルギーがあったからこそ、幕府を突き崩す事も出来た。しかし同時に、その後、軍部の暴走の遠因にもなった、と司馬遼太郎は分析する。 こんばんは、厚蔵です。現在22時、今日は夜勤明け、仮眠後、友人宅へ行き、今帰ってきた。明日は社員旅行、朝8時出発で、青森県東津軽郡にある不老不死温泉へ行く。ここはなかなか予約が取れないそうだが、幹事ががんばった。 写真は昨日、夜勤・巡回中24時、月が中天にさしかかっている。勤務中でここから脱出できないだけに、よけい綺麗に見える。もう一枚は、熱帯魚・ベタ、昨日、夜勤前にホームセンターで見かけて、つい買ってしまった。ベタはじっとしているものだと思ったが、餌をくれと、人を見ると活発に動いている。小さい容器ではかわいそうなので、5000円ぐらいかけて、楽天で水槽や水草、水質調整剤を買い、数日中に届く予定。熱帯魚を飼うのは5年ぶりだ。 大村益次郎や高杉晋作も、同郷の長州藩士に追い回される時期があったわけだが、同じ郷土でありながらも、主義主張が時代とともに変化し、その中で、仲間割れがおこる。明治維新後もそれは続き、過激派に益次郎は暗殺される。この同じ思想の同志内でさえ、反目、相克しあう状態が、昭和の学生運動時代にも、内ゲバなど多数起こった。今の日本のノンポリ状態はその反動なのだろう。が、時代の閉塞感の中で異常犯罪が多発している。 などと、自分がごまめの歯ぎしりをしてもたかが知れているのだが、少なくとも、自分が関わろうと決めた友人、知人とは、連携し励ましあって行こうと思っている。どうしてもつきあう数は限られるが、そのために就職や企業情報などはなるべく集めるようにしている。 それでも、今までの歴史を遠望すると、なんとか、いい方向へ進むための、思想、行動への模索、苦闘が少しずつではあっても、出来ているのではないか。と、いい意味での楽観主義であり続けている。自分の場合、家の宗旨で、鎌倉時代以来の日蓮仏法を、それなりにではあるが信仰している。花巻の偉人・宮沢賢治も日蓮宗だった。晩年の司馬遼太郎も憤慨していたが、希望は無くさなかった。龍馬・路傍の死の覚悟を思いながら、仕事中や人と接するときは、太平楽な顔をしようと心がけている。自分なりの努力を続けながら。
2009.07.08
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去年12月、パソコンを買ったときに強制的に付いてきた光テレビ、月々3000円以上かかるが、2ヶ月は無料だというので、あまり見ないがほっておいていた。が、もうそろそろ無料期間が終わるので、解約するかどうか迷っていた。その際には、チューナーも返さなければならないので、2重に面倒だったりする。いよいよ7月になり、光テレビについてネットで詳しく調べた。月々、3000円以上払う価値があるかどうかだが、テレビプランよりもビデオプランのほうが、使えるようだった。見放題作品であれば、いつでも続きを好きな時間に見ることが出来る。こんばんは、厚蔵です。去年、新しいパソコンやらネットを光に変えたのやらで、パソコンを値引きしてもらったのはいいものの、光テレビをはじめ、おまけの様々なプランが今になって邪魔になってきた。無料期間が終わる以上、いつまでもNTTにつきあってはいられない。しかし、その中でも、光テレビは意外にも使えそうだ。古い映画もハイビジョンで放映されていたりする。逆に、いらないものはどんどん削除している。ドコモのフォーマ・データ端末料金プランも見直し、2500円ほど経費削減できそうだ。昨日、テレビプランからビデオプランに、端末上で変更し早速、1時間ほど見たのは、25年以上前に上映された「戦国自衛隊」、少し前にも新しい映画が上映されたが、自分は25年前の作品の方が好きだった。荒削りだが、面白い。千葉真一もまだ若く渾身の演技をしている。なにより上杉謙信が生き生きと描かれている。やはり当時の役者さんの演技は、合戦シーンなどでも迫力があるように思う。当時、小学生だった自分にとっては衝撃的な作品だった。今日も施設早番勤務がやっと16時に終わり、現在帰宅途中。夜中に様々な作業をして、「戦国自衛隊」なども見始めたものだから、睡眠時間が4時間ほどになってしまった、3日続けて、4時間程度の睡眠が続くと、疲れが蓄積してくる。それでも、NTTが現在、力を入れて展開している光テレビ、その放映内容もそうだが、システム自体にも興味があるので、もうしばらく継続して加入しているつもりだ。ビデオの方がゲームをやるよりは時間はかからないと思う。写真はその映画のワンシーンと、今日の豪雨、あわてて利用者の居室の窓を閉めて回った。しかし、汚かった車が一気にきれいになった。このブログもポメラで書いているが、仕事関係にせよ、プライベートにせよ、メモ感覚で一日に何十回と開いて使っている。パスワード保護していても、2秒で起動するので全く問題ない。カバンにいつも投げ込んでおくことになりそうだ。
2009.07.05
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『「おかしな顔をしていて、なんだか肝のわからぬ人だ。」と、同藩の門人にさえいわれたほどの男である。薩人はみな、 (愚弄するか)と、怒気をふくんだ。 西郷は、益次郎の態度に何かを察した。これ以上議論を続けても得るところは仲間割れだけだとみて散会し、自室で、益次郎の来るのを待った。 西郷というこの政治感覚の豊かな男は、この異相な長州人をわずからながも理解し始めていた。なにかのはずみで人の世にまぎれこんだとしか思えないほど、対人接触がまずい。たった一つ、兵を動かす天才だけを持ち合わせ、それだけを持ってにわかに風雲のなかにでてきた。 奇士である。もし奇士が天才とすれば、天が軍略家のいない薩長をあわれんでとくに降してくれた人物かもしれない、と思った。』 「人斬り以蔵」新潮文庫、鬼謀の人より こんにちは、厚蔵です。現在14時半、この文章はキングジム、ポメラで書いている。必要に迫られて今回買ってみた。写真はポメラ本体、何か会議録などの文章を書くだけの場合、ノートパソコンは重く、ネットブックでも重い。必要でないかぎりは家に置いてある状態だ。が、このポメラだと小さく、370グラムだという。これだと、鞄の中に放り込んでおける。バイクでどこかへ行ったときにも使える。使い勝手はいたってよく、ネット上の評判もすこぶるいい。 文庫「人斬り以蔵」を読み進んでいる。司馬遼太郎の初期作品なので、読者サービスは旺盛だ。男女間も自由自在に詳細に描く。夫婦というのはこうでなきゃいけないな、と読者を納得させてくれる。同時に女の恐ろしさも描き出している。その中でも大村益次郎の小編、「鬼謀の人」は初期作品なだけに遠慮会釈なく、その真実を描いている。その後の長編、「花神」上中下はその真実に詩をふんだんに取り入れているような感じがする。
2009.07.04
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司馬遼太郎文庫の中で「人斬り以蔵」という短編集がある。3日間の旅行の中でまた再購入したが、「鬼謀の人」という小編はまた熟読してしまった。長州藩・軍師、大村益次郎こと村田蔵六を描いた作品だが、長編「花神」の源流にあたる小説になる。「花神」でも語られなかったエピソードがちりばめられている。蘭学者として幕府や宇和島藩に早くから見出されながら、地元の長州藩からは見落とされていた原因が語られる。一つには「交際ぎらい」があった。また、なぜ医学者から軍学者になったかについては、緒方洪庵の適塾でその軍学の才を見出されたというのがある。 こんばんは、厚蔵です。現在22時、4日間の休暇の最終日、なんとかバッファロー無線ランの不具合を安定させる事に成功した。そのあと、さすがに少し勉強しようと思ったが、友人に誘われ、夕方から3時間ほど飲み会になった。村田蔵六ではないが、自分も人付き合いはそんなにマメではないが、それでも、今日は行った方がいいだろうという判断は出来る。おかげでパソコン検定などの勉強はなかなか進まないのだが、その分、施設勤務後に頑張る事にする。とても蔵六の学問への姿勢には遠く及ばない。いやいやバランス感覚が大事なんだと自分に言い聞かせた。 友人の娘は久しぶりのお出か掛けという事もあって、本当にうれしそうだった。自分なども、5歳児ながら、ELT・持田香織の少女時代に似ているな、などと、つい好きなの頼んでいいよ、と言ってしまっている。1700円のパフェは思いのほか大きく、みんな驚いた。仕事のことなど、あーでもない、こーでもないといつもながらの話なのだが、大事な時間だったりする。
2009.07.01
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