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根津=下町という公式に違和感のある方はいないと思う。確かに地理的条件に加え、人情、銭湯、路地、商店街と下町の構成要素は充分すぎるほど揃っている。しかし以前から思っていたのだが、駄菓子屋といわれるものが見当たらない。せいぜい赤札堂の裏に1軒、ぽつん、とあるくらい。「子供が少ないせいですよ」とは、マッサージの先生の言。彼は谷中育ちの生粋の下町っ子。故に、この辺りの盛衰に詳しいのだが「僕らが子供の頃は谷中銀座だって、もっと賑わっていたんですよ」今でも充分、賑わっていると思いますが・・・。「いやぁ~、あんなもんじゃないです。あの入口のところが今はお弁当屋さんになっているけれど、昔はおもちゃやだったんです。僕らが子供の頃は、あそこに集まって、しかも向かいがゲーセン、といっても、おばあちゃんがやっている健全なゲームセンターがあって、いろいろ遊びましたね。ガチャガチャなんかも置いてあったなぁ~。で、よみせ通りを根津方向に歩いていくと、プラモデル屋さんがあって・・・」ガチャガチャ、懐かしい!弟がよくコレクションしていたっけ。確かにプラモデル屋なんていうのも見なくなったなぁ~。おもちゃとか文房具屋なんかも町にないぞ。昔は小学校の向かいに文房具屋というのがお約束だったのに・・・。で、駄菓子屋については「初音幼稚園の横に絵に描いたような駄菓子屋があったんですが、おばあちゃんの具合が悪くなって閉めちゃったみたいですね。言問通りを谷中方向に上がっていったところにカヤバコーヒーがあるでしょ、あの近くにもあったんですよ。あと芋甚の前の店もなくなっちゃったなぁ~。」なるほど、やっぱり昔はいろんなところに、あったのね。「だいたい日暮里の駄菓子屋横丁が閉めちゃうんだもん、いわんや小売は・・・、ですよ」そうだなぁ~、少子化で町の景色も変わっていくのか。子供の数自体が少なくなっているんだから仕方ないけれど、町の中から子供の居場所が少なくなっているようで、寂しい。
June 29, 2005
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このところ暑い日が続いているが、元気に活動しているヤツもいる。蚊だ。根津は蚊が多い。マンションやドアの入口では、何匹か待つようにして飛んでいる。以前いた本郷三丁目は、もう少しカラっとしていた気がするのだが、根津は、もともと低地のせいもあって、何となくジトっとした空気で風通しも悪い。つまり彼らには格好の生活環境なのだ。今日も帰り道だけで4箇所も喰われた。私の場合、虫に刺されると後から腫れるので、結構つらいものがある。スカートにストッキングじゃ防御として全く役に立たないのだろう。イヤな季節になった。
June 27, 2005
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文京区のHPより>6月18日(土)午前中に、千駄木1-22付近でサルを目撃したとの情報があります。>広範囲に移動し出没する恐れがありますので、この地域の方はご注意ください。千駄木一丁目っていったら、大きな邸宅のあるエリアだな。当然、飼っていたサルが逃げたんだろうけれど、サルだってエサのない状態で可愛そうだよ。生物は一匹じゃ生き延びられないし。まあワニとか、そういう獰猛な生物じゃなくてよかったということで、お猿さんのためにも早く捕まって飼い主の許に帰れるように。
June 22, 2005
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太陽が根津神社の杜に沈むのを見て、今年も半分終ったんだなとしみじみ思った。夏至が過ぎると、だんだん日が短くなっていくのがイヤ!冬の寒いのもイヤだが、日が短いのが特にキライ!16時半頃になると真っ暗だし、朝も6時半過ぎくらいにやっと明るくなるという。きっと緯度の高い所には住めないな。茉莉ちゃんもいよいよ1歳半。昨日は保育園で、お友達の名前を「もえもえ」と呼んだそうです。こちらは、少しずつオトナになっていくんですね
June 21, 2005
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あるブログで映画「カサブランカ」について触れたら、現物が見たくなったので茉莉の遊びに付き合いながら、映画鑑賞。>というのも、例えば映画「カサブランカ」も似たようなリメイク物は幾つもあれど、「違うだろっ!!」と言いたくなってしまうのは、あれが単なる美男美女一対のラブロマンスではなく、カサブランカの酒場でナチの将校を前に全員で「ラ・マルセイエーズ」を歌うシーンなんかは、やっぱり製作者の「伝えたい物」という強力なメッセージがあるからで、製作が1942年という時代背景を考えても、後から単なるパーツ加工を施したものとは隔世の感が出てしまうのは、むべなるかなと思うのです自分のコメントだから引用は要らないでしょう。でも、いい映画って何回見ても、鑑賞に耐えうるんですよね。バーグマンの美しさって、二人の男性を悩ませるのに十分だし、「君の瞳に・・・」というセリフを受け止めるのに十分!それに名画といわれる作品は最初のシーンが印象的にできあがっていて、イルザがリックの店に入ってくるシーンは、それまでの音楽が変わり、シャンソンの名曲「聞かせてよ愛の言葉」に。ん~このヘンも製作者の細やかな意図が伺える!そして前述の酒場で「ラ・マルセイエーズ」を歌うシーンと共に、最後の空港でラザロが、「今度こそ我々は勝ちます」というのも、ナチの支配がまさにピークにある中、決して軍国主義の台頭を許さない!というメッセージだったのよね。「ヴィシー水」をゴミ箱に捨てるシーンなんかも、すごい!アメリカもこの頃はデモクラシーの旗の下、太っ腹だったと思います。日本の同じ時代だったら、映画の製作なんて検閲ベタベタで考えられなかったんだから。しかし、カサブランカのモトネタは、汎ヨーロッパ思想を唱えたクーデンホーフカレルギー伯爵と女優のイダのアメリカへの逃避行らしいんだけれど、それだったら夫婦愛の方をフォーカスしてもよさそうなもの。敢えて「忘れざる昔の恋」という別の筋を立ててしまったところが、映画らしさ、というかロマンスを尊んだ善き時代の作品だったと思うのよ。あるのはただ、その人だけ、出生や過去は何も必要ない。人間って一生に一度は、魂を揺さぶられる恋をするのだから。
June 19, 2005
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アマゾンにオーダーしていた本http://my.plaza.rakuten.co.jp/?func=diary&act=write&tbUrl=http://tb.plaza.rakuten.co.jp/akibeh/diary/200506160000/が、早々に届く(対応、早い!)ふっふ・・・、母に娘の勤勉さを示そうと私「ほら、勉強しようと思って」母「あら不昧公?どうしたの」私「知っているの?」母「お茶をやっていれば、常識でしょう」私「再び、ヽ(。_。)ノがちょーん」どうやら私の周囲で知らないのは私だけらしい。それにしても常識のない女だったんだ、私。
June 18, 2005
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昨日、錦糸町に子供服を買いに行った帰り、ふと見ると日暮里行きのバスが出ていた。「どこを通るのだろう」と思ったら、押上、浅草松屋、千束、竜泉、下谷というルート。おぉモロ、ツボに入った場所ばかり。樋口一葉、永井荷風の世界じゃない。時間があれば乗って行きたかったのだが、我慢!私が乗る大塚車庫行きのルートだって捨てたものじゃなくて、厩橋の上から見る隅田川なんていうのは、ナカナカだ。「春日通り」という表示が目に入ると、ちょっと鼻がツンとしてしまった。意外に都バスは好きだ。目線より高い位置から町の風景が楽しめる上、普段、鉄道を利用していたら行けないようなエリアを通るからだ。池袋から浅草まで行くかなり長い路線があって、ヘタをすると1時間くらいかかるのだが、途中の景色が好きで飽きない。気が向くと、それこそ竜泉界隈で降りて、一葉記念館に行ったり、吉原界隈を歩いて浅草まで行った。今はやらないが、昔は会社訪問先の帰り、適当に都バスに乗ると、適当に鉄道の駅にぶつかるので、そこで降りて帰ってくるということもよくやった。広島出身の彼は「どこへ行くかわからないからイヤだ」というが、そんなに正確性を要求されないところに楽しさがある。時間帯によっては、ウルサイオバサマ集団に遭遇してしまうこともあるし、余裕のある時じゃないとできないのだが、これも散歩の変形として、オススメである。
June 17, 2005
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一種のトラウマ状態というのか、自分の中で解決したいネタの一つが、この間以来の不昧公ネタ。結構、江戸時代の名君というのは興味のあるところで国家的に鎖国をしていた時代、「外に目を向けましょ」なんていうテイのいい言葉で逃げずに、「何ができるか」ということを、しっかり考えた人達だと思うから。で、アマゾンで検索をかけたら、4件ほどヒット。うち価格面でも比較的妥当と思われたのが、この本だった。ふっふ「知るは楽しみなり」習得してやるんだぁ~い。と購入カートを押す。しかし島根県の人なら小学校とかで習っているんだろうなぁ~。私しゃ30過ぎて知ったわよ。
June 16, 2005
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シゴトの一環で、アメリカ大使館前のビルに行く。雨の中だったが、ヒト、ヒト、人の行列。「なんだぁ!?」と思ったが、ああビザ取得のためね。しかし、これだけデジタル化とか簡便性が尊ばれている中で、やっぱり最後に残るのは「本人確認」ってことなのかな。9.11があってから余計、入国について厳しくなったのだろう。ICチップ対応のパスポートじゃないと受け付けなくなるとかいう話も聞いたし、まぁ当分、海外に行くこともないからいいけれど。
June 15, 2005
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私の中では先日来の不昧公ネタが燻っていて・・・。日本史に関しては、かなり詳しいと自負していたのに、知らなかったという屈辱感なのかな。今時だからネットを探せば何でもあるもので「風流茶人 松平不昧公」http://www2.crosstalk.or.jp/cake/humaiall.html隠居は江戸の大崎、墓は芝、今度行ってみよう。で、カレが広島出身なので同じ中国地方の偉人なら知っているかな(なんつー単純な)、と思って聞いてみた。私「ねぇ、松平不昧公って知っている?」彼「知ってるよ、松江の七代藩主だろ」私「llllll(-_-;)llllll ずーん」彼「常識じゃん」何なのだ、このショックは。「知らない」っていう答えを期待して、そうだよねという展開を期待していたのかもしれない。それなのに直球で返したなぁ~。彼「何で?」私「この間、松江料理の店に行ったの」彼「ああ、鯛メシを出す店ね。旨かったろ、銀座にあるヤツだろ」私「 ( (__|||) ) ) どよぉ~ん。。。」知らないのは、私だけ?彼「松江行くとさぁ~、不昧公ゆかりの、っていうキャッチがすごく多いんだ。イヤでも目に入るよ」そ、そうよね。行ったことないのが悪いのよね。私「松江っていうと、ラフカディオ・ハーンのイメージが強くて・・・」彼「それもあるよね」ああ、やっと接点が見つかった。ダメだ。勉強しなおさなきゃ(最近、法律関係にしてもそう思うことが多い)。でも「南宗の『無門関』にある不落不昧にちなんだ不昧(ふまい)の号」ってあるけれど南宗って何?日本の仏教区分じゃないのよね。あ~、仏教に反れたら道は遠そうだ。吉川弘文館の人物書から何か出ていないのかなぁ。
June 14, 2005
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たいていのサラリーマンにとって月曜日というのは、兎角タルイものである。御多分に漏れず私もそんな気分、よって夕飯を作るなんて、もっての外!幸いにして茉莉は、作っていった煮込みハンバーグをたらふく食べて既にゴキゲン!と、なると後は私と母の夕食なのだが母曰く、「オトメの中華丼が食べたいね」とのこと。今さらチビを連れて外食というのも気が引けるので、じらふの先生の「このヘンの店は頼めばテイクアウトの対応してくれますよ」という言葉を思い出し、持ち帰りができないか電話をしてみた。すると麺類は対応していないが、その他のものならOKだという。でも、私が食べたいのは五目ソバ、とワガママを言う店主「どちらにお住まいですか」 私「根津小学校の近くなのですが、すいません、大きめのタッパーを持っていきますので何でしたら麺は自分で茹でます」と言ったら、電話の向こうで「ハッハ、それじゃ麺は固めに茹でておきますので、いらしてください」とのこと。おお、素晴らしい!オトメの味が家で楽しめるなんて。さっそくチビをベビーカーに乗せて、オトメへ向かう。19時頃だったので、店のテーブルはほとんど埋まった状態。先にテイクアウトを頼んでいたおじさんが一人いた。やはりそういうニーズは多いのだろう。待つこと約10分弱。「熱いので気をつけてお持ちください」、とギョーザ、中華丼、五目ソバがビニールの手提げに入ってやって来た。やったぁ!訳のわからない達成感に大満足!母親の気持ちがわかるのか、茉莉も帰りの乳母車の中でガッツポーズで「おー」と叫んでいた。しあkし他人からみれば、どうでもいいようなことに満足感を覚える性分だとつくづく思うが、幸福の価値基準なんて、そんなものだろう。ああ、オトメの皆様、願いを聞き届けていただいてありがとうございます。これで、今日一日幸せに終えることができました。それにしても根津というのは、つくづく素晴らしい街だ。
June 13, 2005
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最近は、身の程知らずにもあっちこっち他所様のブログにコメントを書いている。自分のところで論旨展開すりゃあいいものを、案外目立ちたがりやなのだろうか?しかしブログの中には、堂々とお名前を公表なさっている方がいて、エライなぁ~と思う。本来的には私も実名公表すべきだと思うのだが、自分の場合は「できない」。日記ベースに運営しているのでプライベートネタばかりだからだ。だったら、もうちょっとパブリックなネタに転換すればいいのかもしれないけれど、シゴトでその部分は吐き出しているので、今さら加筆するつもりもないし、仕事として取材を受けてくれたネタを個人のHPで使うわけにもいかないからだ。と、珍しく重めのプロ魂っぽい話になったが、まあタマにはいいだろう。
June 12, 2005
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自分も匿名にしているので、相手の名前を出すのは憚られるかもしれないが、本人が実名公表しているので。今日のランチは、いつもお世話になっている証券業協会の方と松江料理の店で。考えると、かれこれ10年以上のつきあいになる。松江名物の鯛めしを出す店というので、どんなものだろうと思ったら、普通に目にする鯛の炊き込み御飯ではなく、要は鯛茶漬け(安易な表現でゴメンナサイ)。七代藩主松平不昧公が長崎でオランダ料理をヒントに考案されたものだという。最後にお抹茶と干菓子。私の中で松江といえば、宍道湖、しじみ、ラフカディオ・ハーンなんですけれど、このお殿様、お茶に相当造詣があったとのことで、松江で和菓子が有名なのも彼の功績に拠るところが大きいとか。いるんですねぇ、こういう中興の祖、という方が。で、氏は「ちょっと失礼して」とデジカメを取り出し、お抹茶と干菓子を撮影。私の同僚が「そういえば、お茶がお好きなんですよね」と。「ええ、All Aboutのサイトで中国茶の執筆をしています」えぇっ!?あれ、ご本人だったのぉ!??ウソでしょう!同姓同名でよく似たヒトがいるもんだと思っていたけれど、あんな多忙な方が、そんなことできるハズないと考えていたのに!!ん~、やっぱり能力のあるヒトは違うもんだ。に、してもご教示賜るにはイイ人を見つけた、と密かに喜んでいる。
June 10, 2005
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サンシャイン水族館で飼育していたアリクイが逃走http://www.asahi.com/national/update/0602/TKY200506020228.html?t最後に行ったのは、いつだったっけ?ラッコは覚えているけれど、アリクイなんか飼っていたんだ。逃げたといっても「エレベーターに乗らない限り、下へ降りることはできないので」という職員のコメントに何となく苦笑してしまう。まあ人を襲うことはないだろうし、毒もないから、本人(?)が餓死する前に捕獲されてよかったというところでしょうか。テレビでアリクイが逃げたというニュースを見たら、茉莉が図鑑をおばあちゃんのところに持ってきて、本を開けて何かを訴える素振り。要は「アリクイを教えて」と要求しているのだが、親の欲目を抜きにしても、本当に賢い子だと思います。
June 2, 2005
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