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「新たな人生授かった」=マララさん、初声明で感謝と決意
時事通信 2月4日(月)23時56分配信
【ロンドンAFP=時事】パキスタンで女性が教育を受ける権利を訴え、イスラム武装勢力に頭部を撃たれたマララ・ユスフザイさん(15)が4日、事件後初めてとなるビデオ声明を出し、「皆さんの祈りのおかげで、新たな人生を授かった」と感謝の言葉を伝えた。
ビデオは、マララさんが頭蓋骨の修復手術を受ける前に撮影された。声明ではしっかりとした口調で「日々、順調に回復している」と現状を報告。その上で「全ての少女、全ての子供が教育を受けられるように尽くしたい」と決意を語った。http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=Bfj7YgM-tok
頭部に重傷を負って、瀕死の状態であった少女がこんなにも回復されて、素晴らしいことだと思う。
それを享受できる社会が豊かな社会なのだ。
マララさんが今後も順調に回復されることを祈っている。
それと同じくらいにうらやましいと思う気持ちがある。
動画で見ることができるとおりに、15歳の少女の成熟した脳は、重篤な状況から回復し、言葉にも、意思にも少しも乱れがない。
よく聞くことだけれど、どんな天才の脳であっても、1/3程しか使われていないという。
だから、事故や病気で脳の多くの部分の機能が失われた場合も、それまで言わば「休息」していた部分が失われた部分の活動を代わって行うことがあるそうだ。
全ての人ではないだろうが、病気や事故の前と同じように生活できる人もあるとか。
脳の可能性は未知数で無限なのだと。
それを励みに障害児と向き合っている家族も多いと思う。
私もそうだった。
そして、次男は学齢期を終了して成人になってしまった。
「なってしまった。」という言葉には、「期日に間に合わなかった」という思いがある。
厳密に考えると、脳の成長は、学齢期以降はないだろう。
それは、ごく普通の能力を持つ者、持たない者に関係なく、事実だと思う。
人としての成熟度は、また別の尺度があると思うけれど。
重篤な危機から回復された少女の動画を見て、彼女の回復と幸福を祈ると同時に、同じくらいの思いの大きさで、「なぜだろう。こんなにも大きな傷を負った脳が回復しているのに、脳とはこんなにもたくましい機関なのに、なぜ我が子の脳の発達は途中で停滞してしまったのだろう。」と思ってしまう。
タップリ、ドップリおばさんになっているのに、いろいろなことに鈍感になっていくのに、私がこの想いから解放されることはない。
どんな傷も痛みも、やがて癒えると思うけれど、私の胸には、薄いカサブタが何かに引っかかって剥がれてしまうと、自分でもビックリするくらいの勢いで鮮血が溢れ出てくる傷がまだある。
だからと言って、絶望しきっているわけではない。
いろいろなスタイルの幸福があるわけで、我が子には我が子なりの生活のスタイルと幸福のスタイルがあるはずなのだ。
たくさんの方々のお力をいただいて、それが実現するように支援してやるのが親の仕事だと思う。
今の次男の暮らし方を見て、「次男くん、なんて幸運なんだろう。」と思わない人はいないと思う。
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