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信心は家内に不和が無きが元なり父母も子供も共に生まれたり育てねばならぬ子も父母も
2006.11.30
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努力が報われないけれど、仕方なく努力を続ける『燃え尽き症候型若者』社会、学校、職場、地域に対して世界一不満が高い。転職したいけど、実際は転職しないで、満足しないまま今の職場にいつづける。家族と一緒にいても生き甲斐をかんじない。今の住んでる場所にずっといたくないけど住み続ける......等。結局、自分のことばかり考えて他のことは考えていないのである。だが、自分の事でも勉強嫌いも多く、学力は二極分化してきている。 若者だけじゃなく、サラリーマン世代も、多大なストレスを感じている。メンタルヘルスの悪化で、企業が壊れていく。不安から逃れるために仕事中毒、喫煙、ギャンブル等に逃げていく。心理的に幼稚な人々も時に違った形で現れる~それは、なんの準備もなく、ベンチャーで、事業(お店とか)を起こし、お金儲けしようとして失敗するあなたである。事業計画なき事業は、思い違いである。道楽である。それもわからない。人間関係の希薄さから、生活問題になり破綻して自殺してしまう。不況の時に、逆境をチャレンジだと解釈して元気に乗り越えていくことが大事なことで、そのためには、必ず親しい人が必要である。ストレスに耐える人の特徴は、4C挑戦(Challenge)、親しさ(Closeness)、コントロール(Control)、関わること(Commitment)。急激に変わりゆく世の中に対応するには、変革に耐えられような人間にならなければならない。世の中の変革だけ進むから、適応できなくて心を病み、自殺するのである。 何事をするにも日々気持ちを切り替え、どうにも出来ないことを解決しないことは欲を放して、神様にお任せていくことである。問題があるということは、「教えてくれる」「気づかしてくれる」チャンスを頂いたんだと思う、半歩でも前にためしに進めてみることで問題を立ち行かせていけばいいと思います。
2006.11.29
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知らない事は恥ではない不自由である人には して良い事 悪い事がある言うて良い事 悪い事がある悪い事をしていながら居直る人もいる幼児の段階から善悪が身につくと言う
2006.11.29
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最近は高齢化にともない、人様に世話をかけずにどう人生の終わりを迎えるか、心配しておられる方が多いようですね。この度、み教えを頂いたのは、神様にポックリ往生を願い、如何に死ぬるかではなく、どう生き抜くか、ということでした。神様に命ある限り、元気な心と体を頂いて、人の助かるお役に立たせて下さいと願うことです。 この願いなら神様もきっとお聞き届け下さると思います。人が助かる御用と言っても、少々体が不自由な事があったとしても、むつかしく考えず、工夫と努力で出来ることがあると思います。笑顔を絶やさない、挨拶を心がける、人の助かりを神様に祈る、などそれぞれの立場でお役に立たせて下さいと、願い続けさせて頂きましょう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー故の教会長帰幽の時より、よく長患いしないポックリ往生をお届けされる方がいますが、そう言うときには、よく故教会長のお取り次ぎされていた話を思い出します。「死ぬ準備より、生きる事を喜びなさい」「生き死には神様にしかわかりませんからね」精一杯の生を楽しむことが生き甲斐につながります。楽に生きてお役に立ちましょう。懐かしい思いが蘇ります。。
2006.11.28
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人は苦労にきたえられて深み出る人と苦労にねじふせられて曲がってしまう人がある物が豊かになる程ものを粗末にする人が多い
2006.11.28
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最近流行の遺伝子情報からいくと、人間とチンパンジーの差は1.23%で、差はあまりない。動物は個体の生命維持の欲望と子孫を残そうとする欲望とがバランスしている。人間は進化して、その欲望が強く複雑になった。人間が相互に殺し合わないためにも、性欲や名誉欲や権力欲等の欲望の奴隷にならずにいるには、道徳が必要である。同類殺しや戦争を好むのは、サルの仲間の霊長類や肉食獣だけのようです。今の日本は、経済的には極楽浄土になったかもしれないが、精神的なバックボーンを失って、何をしてもよい社会で自分のことしか考えてない人間で満ち溢れている。子供を殺しても罪の意識のないお母さん(悲)。平気で嘘つく政治家、嘘だからどうなのっていう嘘つきが当たり前な自信過剰な商売人。人のものを平気で奪う~裕福な人々。給食費も払わない金持ち。欲望の奴隷である人々の心の貧しさは、人間としての正しい誇りをもてない。そこには、欲望をバランスさせる信仰や道徳という規範が必要なのかも知れない。
2006.11.27
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内に改まり正しければ外に現れる事正しい自分の徳が神と同根なり人の上に立人は絶えざる批判に晒されてそこからよくなる
2006.11.27
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何程信心するとも神の力にかなわぬ事もある悪なりと思うことは何事もなすことなかれ上に立つ人にも聡明な人と愚かな人がいる
2006.11.25
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よいと思うことが苦難のもとになったり、苦難がよいことのもとになって、苦難をのがれたりすることもできる。 縁も同じである。 お互いに飽いて飽かれて離婚する者もあり、好き合った者でも離婚することがあるから、縁のことはどうにもならない。離婚しても、復縁する人もある。
2006.11.25
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり目をやらずに御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である。
2006.11.25
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月例霊神祭教話 平成18年11月24日(金)06016 金光教荻窪教会 教会長1、2代教会長、布教功労者霊神として奉齋 来る御本部祭場にて12月10日(日)布教功労者報徳祭並びに金光鑑太郎君15年祭において、故の教会長仲井昭夫先生は布教功労者霊神として奉齋されます。当日は祭員の御用に現教会長もつきます。 あらためて、前教会長仲井昭夫先生の御徳を頂き、霊神としての立ち行きを祈らせていただきたいと思います。2、ある航空会社への手紙 飛行機に乗られた乗老夫婦と客室乗務員の出来事です。機内でのサービスの際に、夫婦の子供らしいの写真を大事そうに抱えて、富士山の景色を写真に話しかけている夫婦がいて、その様子に気づいた客室乗務員は、話しかけたら、老夫婦は「3名での旅」との気持ちで旅行していました。お茶のサービスの最後に、「その窓際の人にもどうぞ」と客室乗務員はお茶を3人分差し出したのです。老夫婦は思いやりのある対応に、暖かい気持ちで満たされ、感謝の手紙を後日航空会社に送ったそうです。 何事も相手の気持ちにさせていただき、精一杯の真意を自然に示し行動することは素晴らしいのではないでしょうか。 相手の心に気づき、感動し、行動できるように感性を持ち、磨くのがご信心ではないでしょうか。3、人間なにが一番大事か ・江戸時代 (1)武士、エリート教育、人間には、思いやりがいちばん大事。 仁。...儒教。 (2)庶民、自利利他。自分を利益し、他人も利する。...仏教。 (3)明治から敗戦までは修身教育。 だが、これまでの伝統を否定し、神と仏の教えは棄てた。 富国強兵... そのための忠である。 (4)そして戦後は道徳教育はない...。では、今でも道徳は必要か 動物は自然に自利利他の心がバランスをえているんですが、人間は他の動物より欲望がはなはだ強く、しかも複雑です。しかも霊長類の一員として、同類を殺すという、他の動物にない悪い遺伝子を受けている。そういう欲望を抑えて社会の混乱を防ぐために、どうしても道徳が必要なんです。道徳の根源は親心にある。 「梅原猛の授業 道徳」より。ドストエフスキー曰く、「宗教なくして道徳ない」なのである。そして、その道徳の元はとある。教祖の教えでは、親と子が仲良くし、心を一つにして信心するようにと説かれている。 神と人との関係を親子に例え、神を恐れるのではなく神と人とが親子のようにむつまじくするのが信心である。 本来、信仰心から道徳心が生まれるのである。4、アイデンティティー(identity)自己認識 日本人にとってアイデンティティーは、いつでも柔軟につくり変えることができる。伝統的なもののなかに古い日本的なものを詰め込んで、バランスをとっているのである。 キリスト教やイスラム教や仏教、神道のような宗教的な呪縛や道徳的な束縛にもとらわれないのである。5、位に素して行なう 其の位に素して行なう~自分の立場から遊離しないで行なうものである。現実から遊離するのが一番いけない。ところが人間はとかく自分というものを忘れて人を羨んでみたり、足下を見失って、ほかに心を奪われる。自分の職業に徹するということは、案外すくないものである。たいていは自分の職業に不満や不安をもって他がよく見える。本来は、人のなりふりを見て、自分自身の手本にしなければならない。6、病は気から ストレスに対しての弱さ、乗り越えていない。ストレスをなくす方向で動くと解決しない。・病院で改善効果40%:・治療。30%:・治療以外15%:・期待効果、治していると思うこと。15%:・新しい人間関係体験等。 カウンセリング...『ことば』にできないことを理解し、認め、こと ばにしていく道筋である。 自分自身の生き方、考え方をもう1度考え直すチャンスを持つことが肝要である
2006.11.24
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親先祖を大切に致せ根を断ちて枝葉の栄えた例はあるまいぞ信心する人は木の切り株に腰をおろして休んでも立つ時には礼をいう心持ちになれよ
2006.11.24
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迷いは欲からおこる欲をはなすと決断がつく役に立つときは人が大切にする役に立たなくなると人が相手にしなくなる
2006.11.23
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配するのもわが心
2006.11.22
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神も仏もないような世渡りをしてその結果が現れてくると神も仏もないものかと言って泣いています初めからないように扱って居るから無いように現れて来る
2006.11.21
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世の中は勧善懲悪か?・・・・否。すべてを二者択一、デジタルで「0,1」の世界に割り切れるのか?否。社会には割り切れないもの、正論正義が通らないことなんか当り前のように存在する。冷酷さと思いやりが同居しているのが人間である。善いと思われることも悪と思われることもどこから見ればそうなのか、恣意的な感情が見え隠れする。 信心は問題を問題として、お蔭として立ち行くように、対決ではなく両立させて解決させていくことが肝心で、何にが起ってもお蔭の中で練習しているのが、我々なんだと。せっかく気がつかせてくれた事を大事にして、善でも悪でもない「共に立ち行く道」を生きることだと思います。*「ともに立ち行く道」とは、【中庸(儒教)≒中道(仏教)】、論理学で云うところの正-反-合なる弁証法、「相生和合・統一止揚」ということでもあります。相対するAの良い所とBの良い所を合わせ持ち、さらにそれらを統一止揚して一層進化させた、ニュートラルな混成的な進化をめざした道筋のこと。
2006.11.20
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若者には学力も大切だが明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けてちょっとやそっとではへこたれない自信を持つ人になること
2006.11.20
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思うところを説明させていただきます。既成宗教でも救済できない現代の難儀への模索が日々始っている。その暗中模索の中で、いろいろな思惑が、欲得が渦巻いているのが現代である。真の心を持てず、物質優先拝金主義、自然回帰、素朴な生活の混沌の中でどういきるのかではありますが。現代は、飽食の時代に宗教が宗教を超えなければならない壮大だ未曾有のテーマに立たされているのである。1、物質的な『神の国』(経済大国)の成立宗教は、貧困に苦しむ物質的に満たされない人々の心の救済である。なんて聞きますが、その『物質的に満たされない』部分が満たされたのが現代である。~ある意味『神の国』が成立してしまったのである。2、公害破壊への無力・無効性もともとあった自然と風土の神々が人間を呪縛する神秘力をすべて使い果たしてしまい、自然破壊を押しとどめる自然神のタブーが消えた。そして破壊か開拓の開明的な精神のシンボルになったのである。3、神仏救済伝統の崩壊(宗教の空洞化と幼児化)「神への渇望」から「物質愛=貨幣欲」、目に見えて手でつかむことのできる、小さくても具体的で、嘘つかない物質的な幸福や支配されない、カネさえあれば自由に購入し、自分の支配欲を満たせる面前のご利益、商人宗教を目指し信仰の気持ちは移りゆく。 子供の宗教になる。これまでの古典的な神仏観や神聖観念が、天皇教の崩壊と既成宗教の公害の前では無力である事がわかり、崩壊したのが宗教の空洞化であり、超えられない飽食の時代でも心の救済に対しては、途方にくれて痴呆化するのである4、飽食宗教への課題(宗教の痴呆化)どうにもならない救済不能なときに、原点回帰を目指すのが先祖返り、原理主義への衝動になる。5、源流回帰主義の発生ルネッサンスのような、原点回帰のとき、出来うる物はすべて使おうとする。古きものはすべてよく、新しきものはすべて悪しきものである的な発想である。6、宗教技術主義の選択民衆救済の宗教技術(終末思想の喧伝、病気治しを通じての合理主義との対決)や復古農本(自然愛好主義)、神懸かりの教祖伝説、なんでもかんでもつなげて再構築をしていくのである。7、超能力主義と技術移転悪霊退散、加持祈祷、山伏修験道の家内安全、病気治しの霊媒術、汚れた世界の清める呪術、精神的解脱、祟りの世界への回帰、魔術、超能力の復権に走るのである。8、病気治しの迷路治す心のないものに、「加持祈祷、手かざし、足裏、姓名判断」とかはすべて通じない。医術万能でも行き詰まり、医学技術の限界を補おうとして、破局するのである。しかしそんな魔法の技術もマスコミの欲望(国民の欲望)の中では世俗化してブームになる。そこに迷路があるのである。9、もどき化現象(フーゾク宗教)教義があるようでない、中身のないがらんどうなために、世俗を反映しやすくなり、ファッション宗教となり、もどきになれるのである。10、ブーム(情報化社会と経済トレンド現象)マスコミの流れを創り出すことに投資し、ブームを仕掛け、芸能人を育てるのである。経済トレンドを創り出すことが情報化時代のブームを利用することである。11、欲望過剰時代の宗教(精神の物質化)大衆の求める精神性は、物質の反対のものとしての精神ではなく、物質では得られなくなった更なる物欲であり精神の商品化(物質化)で、新しい神々の大量生産なのである。12、小さな神がみの商品化(自然水ブーム)宗教法人法の悪用、ご神水(自然水)販売、淫祠邪教の成り上がりかもしれない。13、霊魂主義(実体論の崩壊)スピリチアルなマスコミ有名人非科学、反合理、自然回帰の神秘的宗教観。 地縁、血縁の世界が崩壊した現代では、疑似家族を求めてヒューマンシップを求めて集まる。14、コンピュータ信仰を映す鏡の宗教最先端科学技術が経済大国をもたらしたように、人間の究極な精神技術があれば、人間の驕り高ぶる時代にでも通用する未来型宗教であると思いこんだのである。コンピュータネットワークの神の光をキャラクター教団が出来たりして、世俗意識と同じレベルの敷居の低い出入り自由なものになったのである。飽食の時代に、国民意識を映し出すだけの鏡の宗教なのである。15、経済主義化(神聖産業の成立)巨大大仏の拝観、金ピカ神殿の大伽藍、満艦飾ブーム、成金趣味の金儲け、広告塔の芸能人、商売商売である。終末思想でも霊能力者養成システムで儲けるのである。宗教ビジネスでの布教活動は超能力商品の販路拡大とは、「奇跡」の技術移転である。16、心の病の予防、自己対処する処方箋(メンタルヘルス)高度成長から安定成長、行き尽くす物欲過剰、心の安らぎへの要求、身体的な拘束管理社会でのひとときの休息、『癒し』の産業の登場である。癒しの専売特許はもともと信仰にあったはずではないのか。17、老齢、孤独、介護、直面する死生への対処老いて位が付く(偉くなる)、隠居が、大家族時代の勲章であった。いまは核家族時代個性の時代、家族は独立していなくなる。当然の孤独がやってくる。家族がしない介護が当り前になり、老いては他人に介護されるのである。そして死へ向かう。孤独死の時代、人間はどうあるべきかを問われ続ける。今を生きる。生きる努力をせよ、死後は神がいいようにしてくれる。
2006.11.19
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生命は天地の神の造り下されたものである天地の心を心として御神意の侭に事実をあるが侭に見て何事も大切にすること
2006.11.19
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教祖様の末娘『この』さまでも神様から よいと思うことが苦難のもとになったり、苦難がよいことのもとになって、苦難をのがれたりすることもできる。 お互いに飽いて飽かれて離婚する者もあり、好き合った者でも離婚することがあるから、縁のことはどうにもならない。離婚しても、復縁する人もある。 無理に物事を推し進めず、おのずと生まれることにゆだねることでぎりぎりのおかげを頂いたんだと思います。 その方の我情我欲をわからせて頂いたため、一時の苦しみ以上の家族でいるということの有り難さも改めて思わさせていただきました。 我が身に起こることはすべておかげなんですね。
2006.11.15
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育てゆくものの お役に立つ喜びとなし 我も育たん
2006.11.15
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問題が解決しないまでも立ちゆくようにしていく、起こったことは皆おかげなんである。 いまこの事に気付かして頂いたからこそ、難儀をバネにして、道がひらけるのである。 神がなくてはならない存在となり、そこにあるべき存在となる、神はおかげを授けたくてたまらない、かわいい氏子のために…、それは互いを思いやり、あいよかけよ、神と仲良くなるのである。
2006.11.15
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを 辛抱させるような 不徳なことでは 人徳はいただけぬぞ
2006.11.15
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愚痴不足 勝手考え 取り越し苦労 どれを一つ持っていても おかげの断りになります
2006.11.15
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1、物質的な『神の国』(経済大国)の成立 2、公害破壊への無力・無効性 3、神仏救済伝統の崩壊(宗教の空洞化と幼児化) 4、飽食宗教への課題(宗教の痴呆化) 5、源流回帰主義の発生 6、宗教技術主義の選択 7、超能力主義と技術移転 8、病気治しの迷路 9、もどき化現象(フーゾク宗教) 10、ブーム(情報化社会と経済トレンド現象) 11、欲望過剰時代の宗教(精神の物質化) 12、小さな神がみの商品化(自然水ブーム) 13、霊魂主義(実体論の崩壊)スピリチアルなマスコミ有名人 14、コンピュータ信仰を映す鏡の宗教 15、経済主義化(神聖産業の成立) 16、心の病の予防、自己対処する処方箋 (メンタルヘルス) 17、老齢、孤独、介護、直面する死生への対処
2006.11.15
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時の信心より常の信心時の追肥より常の地肥時のお百度参りよりその日参りにお蔭は受けるがよいぞ
2006.11.14
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1、好きなように生きる よく好きなように生きていますと多くの人が言いますが、それは本来、最低限の社会的な責任を果たした上で好きなように生きると言うことである。最近は、そのことがわからず、何でもやって良いと思っている人が多すぎます。見つからなければ(捕まらなければ)何をやってもよいと考え、捕まると運がよい悪いでかたづける。 本来、人の迷惑を掛けない生き方が重要で、迷惑を掛けたときは感謝の気持ちで接することが肝要です。お世話になったときの気持ちを持ち続けていくことで、いつでも自分の原点に返れるし、責任を果たして、最大限の生き方をするのは当たり前です。 相手を思いやれない人は、人からも思いやられないと思います。どこか卑屈な人は、その卑屈さが一生心から消えないのです。そこに自分の価値を見出しているからかもしれません。いくらかっこいいことを言っていても中身がないひとは続かない。お金のためだけでは人は動かない~最近はそうでもない人が多いかも知れないが。 結局は、自分勝手で利己的な自己中心的な考え方を改めて、人を思いやる心を育てていかなければならないのです。 今、体と御魂を神より与えられたので生きている自分に与えられた生活、生き方を喜びを持って励むことが大切である。2,ものに困らないが心は貧しい 今の世は、物が有り余り溢れてた飽食。困ってもプライドを捨てると餓死したり、自分から望まない限りホームレスにはならない。今はものに困らない分、困った事があると心が壊れやすい、今、壊れた心に救済の道がない。医者は薬で抑え、原因には介入できないし、ヘルパーも死に直面しても介在せざるをえないが、対応できない。 昔から救いは信仰か信念だが、信念も信仰心も現代日本人には薄れている。急にそんな事とわれても、マニュアルもなく教育も受けていないと答えるのである。 信心する者は、姿、形にとらわれず外見で判断することなく、相手の立ち行きを願う気持ちにならせてもらうことが肝要です。3、嫌われぬためには 。(1)初対面に無心で接すること 有能な人間ほど、とかく慢心や偏見があり、どうしても有心で接するが、これがいけない(2)批判癖を直し、悪口屋さんにならないこと(3)努めて、人の美点・良所を見ること(4)世の中に隠れて案外善いことが行われているのに平生注意すること(5)好悪を問わず、人に誠を尽くすこと。教祖様の言われる、「わが身、わが一家を練習帳にして、神のおかげを受けて人を助けよ」の心持ちにさせていただくことである。4、情報メディアの功罪 マスコミは、国民意識とはこういうものだという決定できる客観的な基準なんかない。 コンピュータ信仰の行き渡っている日本だから通用する話であっても、たとえば独裁政権下の国のコンピュータ情報を信頼するだろうか。もともと意識を数値化できないから、専門家と呼ばれる解説者がつく。 マスコミは、自制心のない商人が虚像を作り操作する産業である。勝手な正義感や恐怖やスポンサーへの配慮、web上を激しく動きまわる感情的な情報だったり、作成者の個人的な趣味の集まりだったりする。だか人はそこからしか情報が取れなくなっている~みじかな事以外は。都合の悪い善いかは別にして情報は駆け巡るのである。判断は個人に委ねられていても、判断基準すら、なかなか個人の自由にはならないのである。「理屈があっても、みなまで言うな。理屈とくさびは八分詰め、詰めすぎると紙袋が裂ける。あいよかけよで世は治まるのである。」5、オンリーワンの幻想 ナンバーワンにはなれなくても、オンリーワンにはなれる。 最近は、誰もが他の人と違った才能というものを持っていると思っている方が多くなってきている。『自分には他人にない何か優れたものがあるに違いない』という思いを信念のように抱こうとするのである。社会への不安の低さ、根拠のない楽天主義~具体的には、『目立ちたい』『今の社会は生活しやすいと思う』『何をしてでも生きていける自信はある』『自分には、他人と違った才能がある』 現実の社会認識も甘く、自己認識も甘い、仕事したこともないのにやりたい仕事もなかなかできないのである。 自分の確固たる経験に基づかない、社会の雰囲気や運に左右された主観的で不安定なものである。 現代社会そのものに、自己否定する人を避け自己肯定する人を受容する方向性が強まったが、現実には誰もが自己肯定出来る訳じゃない。 他人を見下し、切ない幻想に生きるのである 「人間は人間らしくすればよい。何も求めて不思議なことをしなくてもよい。」という教祖の教えの侭に特別な存在である必要もなく、「目先の欲を放して、先々の徳をいただけ。」を実践すればよいのである。お知らせ・前教会長仲井昭夫師1年祭(2007年2月3日(土)14時執行予定)の際に「偲び草」の発行を計画しています。書式は自由で原稿用紙1-2枚程度(400-800字程度)で、本年12月末日までに原稿をお寄せいただけると幸いであります。
2006.11.14
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不平不満 怠け心 身勝手な事が身につくと不幸になる悲しい事 苦しい事に出会った時に避けて通る心では不幸になる人間の価値は物により裏付けされがちであるが自ら切磋琢磨することにより培われる豊かな心に価値がある
2006.11.14
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『当たり前』って今は、自分には何かな。人によってだけど違っているいま自分で決めている枠組みの内にいるかぎり、意識するかとなく突き進んでいる。進んでいくと、同じ価値観をもたない人に出会うと、初めて問題にぶちあたり、その問題の対処方法によって始め見えて来る世界がある。定義された言葉も違うので同じ日本語でも通じない当たり前のことを当たり前と思うか、当たり前のことをお蔭と思うかで生き方そのものに、人生に変化が出てくる。当たり前のことが出来る喜びを感じていきたい。大事なことは何か、栄光と挫折を繰り返すギャンブル人生や裏付けがないのに借金抱えていく人生、ものに囚われて心が病んだ人生、真の心が無い人生、なにが起っても、そこからいつでも原点に戻り、気持ちを切り替えて再スタートできる人生、どの人生を選ぶかよりどんな人生でも選べる人生を活きたい。迷惑かけずに・・・謙虚に。
2006.11.13
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辛抱は徳を積むもとである苦難に負けてはならんどんな難儀にも根気と元気と活気とで耐えて行くこと人は試練に耐えた強さだけ成長する
2006.11.13
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真で成就せぬことはなし成就せぬ時は真が欠けたと悟れ
2006.11.12
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あわてる時がお蔭を頂く時じゃあわてる時にあわてるならばこれまでの信心はなんにもならぬ人をうごかすのは正しいとか間違っているとかの主観的な主張でなくそれがわかる資料を示すことであるこの信念がいる
2006.11.11
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眼に見える所ばかり大切にして眼に見える所を粗末にしております信心致しましたら眼に見えぬ所を大切にせねばなりません子供に対しての親の心がまえ親の過保護と子供の自立心の欠如と期待分析道具を幼児より身に付けさせること
2006.11.10
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ここへ参るのに手間が欠ける日間がかかると思うてならぬぞ神様がそれだけの手間日間はじきに取り返してくださる
2006.11.09
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自分の能力、感性、責任感、沈着冷静、緊張感、精神面の強靱さすべてをかけて出来ることをさせてもらう事。自分で出来る事、出来ない事の自己の限界をいつでも確認することである。自分の限界は、相手では試さない、自分で試すことである。逆境に乗り越えた経験は宝物である。自分が成長する源泉である。誰でも乗り越えなければならない時があり、乗り越えることで自分の世界を拡げることが出来るのである
2006.11.08
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好きな事ばかりやっていると段々後に嫌な事ばかりが残る不自由をお蔭と喜んで不自由させて頂いているといつの間にか不自由がなくなる
2006.11.08
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大変な苦労も何も言わなければわからない、でも通り過ぎると言いたくなくなるものです。やりたいことのためにどん底を味合うやりたいことやらずに言いたいこといわずに生涯を過ごすどんな選択枝でも、今の日本は何でも選べます。少なくともそうみんなは思っています。食えなくても寝れなくても死ぬことはない自分をどう律して、好きな自分の世界を生きるかはすべて自分が決められるのである。約束の後に約束を入れている人は、後の約束が圧倒的に大事で、実際、前の約束はたいしたこと無い、どうでもいいことだと思っています。前の自分の約束をいつでも次の約束のために破棄できるのです。言葉で真を語っても、心には違う真がある。
2006.11.07
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なんぼう学問がある理屈がよいというても御信心のことは解っただけでは役に立たぬ事に当たって実際に出てこねば神様のお徳はこうむれぬ
2006.11.07
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人に不足に思わず物事に不自由を行として家業を働き身分相応をすごさぬよう倹約をし誰にも言わずに行えばこれ心行なり
2006.11.06
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自ら反る、自らに反る、自分で自分に反る。問題がおき、責任をうやむやにする、結論を急ぎ、相手のせいにする、威力や権力で従わせる。自分さえ良ければよいと考えるこういうのはつまらない人間である。問題が起こったとき、事実の確認、対策方針を決めて、まずは暫定の対策する、並行して本質的な原因を探り、恒久的な再発防止策をし、責任の割合を明確にして対応していくその時には、お互いの謙虚な気持ちで対応するという事が大事である。起こったことで迷惑かける人の事を考え、迅速に対処していく。また自らも対応への謙虚な気持ちが大切である
2006.11.05
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氏子忙しければ信心せよ壮健(まめ)なれば信心せよ兎角氏子は反対をするから真のみかげは受けられぬ
2006.11.05
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日々が新(さら) 昨日を忘れ今日を喜び明日を楽しめ歳月を超えてゆく時 いろいろなことにならされて円熟して行くそれが形に見えない財産となる
2006.11.04
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心配が増したり物事に苦を病むようになるは信心が落ちた証拠ぞこのおりこれを有難う思うて信心するとこれが修行となってまた一段と信心が進むがそうでないと心配や難に負けてどうにもならないようになってしまうぞ
2006.11.03
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生神金光大神大祭 十一月三日(祝)午後二時奉行教祖金光大神の年祭という意味と、教祖がご神命のままに仕えておられた「金光大神祭り」の意義を頂き、世界・人類救済のために「生神金光大神」を差し向けられた天地金乃神のご神願と、永世生き通しの生神金光大神の御取次をあらためて頂き、現代に生きる私達がその働きを現わして行くことを祈願する祭典です。天地書附を戴き、一心になる稽古をし、そう願うことで、おかげが和賀心(やわらぎよろこぶこころ)に授かる信心を持ち続け、生き生きと生活していきたいものです。「道理に合った人事を尽くして天(神)命を待つ」を実践したいものです平成18年の生神金光大神大祭を迎えさせていただき大変有り難いことでございます。前教会長がお国替えされてより269日をお迎えさせていただき、改めて「当たり前の事を当たり前にさせて頂けるお蔭」を実感させている今月今日であると思わさせて頂いております。どこにでも当たり前にあったものが、失われていく時代です。しっかり時勢に流されず、大事にご信心をさせて頂きたいものです。
2006.11.03
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『ユーモアの源泉は哀愁である』マーク・トウェインの言葉である本来のユーモアは周りを下に見て笑うのではなく、自分の人間としてのいたらなさ、不十分さといった、本来悲しみの源泉となるようなものを、少し距離をおいて他人の立場でながめられるようになったときに、生じるものではなかろうか。ご信心してくことは、自分を客観的に見ることで、相手の立場に立ってものを観ることが出来るようになる思いやりのための練習である。
2006.11.02
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一般的な現代人の欠陥は、あまりに雑書を読み、雑学になって、愛読書、座右の書、私淑する人などを持たない、一様に雑駁・横着になっている。自由だ、民主主義だということを誤解して、己をもって足れりとして、人に心から学ぼうとしない。これは大成するのに、もっとも禁物であります。~安岡正篤~ 本は読まず、Webで自分の好みの情報だけを切り出して仕入れているので、一貫性もなく本質がつかみにくいのである。また、相手を見下し、そこから、自身の満足を得ようとしていることで自己完結していくのである。 人間関係の希薄さを求め、孤独になっていくのである。だがこれではいけない。本来、人間は人間との関わりの中でしか生きていけないのであり、関わりを深めて生きていくのが本来の人間の姿である。 現代のようなうわべだけの冷たい人間関係(無関心)か、昭和30年代生まれ位までのおせっかいでドロドロし、ホットな人間関係(過干渉)をとるかの極端な二者択一だけでなく、思いやりのある優しい中庸な人間関係が望まれるのではないか。
2006.11.02
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考え方の美しさを身につけることが大切である素直にうける心のゆとり自分にあわない人をきらう傾向があるやさしく話せば理解する
2006.11.02
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人が知り合うと、相手へ打診したり、観察したり、求めたり、近づいたりする。相手からの応答、反応、対応、態度とかにより、相手の気持ちを察していく。しかしすべては分からない~いろいろな事が起こり喜怒哀楽を感じると相手の思考パターンがわかる相手が望んでいることの本質はがわかってくるのである。そこに、お互いに真心(まごころ)があると深い仲になりたいとお互い行動、利己的な心しかないと浅い仲から、会ったこともある、会うこともないとなり心が遠くへ行ってしまうのである。そうなると縁もなくなる。そして心はかなたへ行ってしまうのかもしれない。ご信心のつながりは、すべてを越えて、深い仲になることである。
2006.11.01
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別れ分かれていく時に少し別れを受け入れる時間がもてたような気がしました。交通事故39才でした。別れの悲しみ哀しみが押し寄せる。合掌。。わかれゆく惜しむ夕暮れ秋祭り
2006.11.01
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日に参っては日を頼め月に参っては月を頼め道は人が開けお蔭は神が授ける
2006.11.01
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