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フリーターは将棋の駒、安い労働力の供給元である重要な『歩』である。1997年当時で340万人の派遣、バイト、パートの低賃金労働者。今サービス業、製造業からはじまり、法改正もあり、多くの業種に入って行った。なくてはならない存在である。自由な生き方を求める若者と柔軟な労働力を求める企業という図式に、新たな差別を生む土壌が醸成されている。いつでもクビにできる若年非正規社員を調整弁にした、団塊の世代対策はそろそろ終焉を迎えた。人材の登用は、人材育成からはじまり、人材教育に終わる。お金で買えるものと買えないものがあるのである。企業は人なり、人は企業なり。人間をないがしろにしては、社会は成り立たないのである。差別感は拡がり、心はすさんでいく。いつでも安心して生きていける心になる信心ををさせていきたいものである。
2007.01.31
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広大なお蔭と言うがお蔭は氏子めいめいの真に映る影のことぞ神様には大きな真を向けてみよ大きなお蔭が身にいただけるぞ影は形に添うと決まったものじゃ
2007.01.31
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人にはできるだけのことをしてあげ、人に物をやりたくてしかたがないという心を持ち、自分だけよいことをしたいというような心を持つな。自分が困らず、さしあたりぜひ入用でなければ、何を人にやっても、人に食べさせてもよい。よい心を持っていればよいことがある。<
2007.01.30
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信心は家内に不和が無きが元なり父母も子供も共に生まれたり育たねばならない子も父母も
2007.01.30
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表面を繕っても、その内実、心根がわかると、心は虚ろになる。例え愛していても、永遠の片想いなんてつまらない。発展もない。優しい気持ちに包まれなくなったら、恋も一蹴されてしまうのは、人間が心の束でできている性だからである。相性よりも互いをちゃんと大事にしあえる気持ちが大事なことである。当然思いやりない恋愛は存在しない。隷属的な関係は無理である。互いに高め合う関係、よりよく互いが変わっていける関係が大事である。冷たくじゃんけんにされたり、相手を大事にしない人との距離は加速度を増しながら、どんどん遠くなっていくのである。だからこそ、人と人との関係においては、絶えず相手への思いやりを身につけならなければならない。同様に神様との関係は、「神も助かり氏子も立ちゆく」という、このお道は、神様はどこまでも氏子である人間におかげを授けたくてたまらない存在である。人間もそのことを気づき、起こったことをすべておかげと頂くことが、立ちゆく道~ずっと安心して生活していく道なのである。とらわれずに、日々改まり気持ちを切り替えて、楽に生きる道でもある。神様は、どんなことでも助けてくれる。人間は、あとから神様の思いやりを知るのであるが、気づいたからには、神様への思いやりで返すことしかないのである。神様への思いやりは神徳を積むことである。
2007.01.29
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知らない事は恥ではない不自由である人には、して良い事 悪い事がある言うて良い事 悪い事がある悪い事をしていながら居直る人もいる幼児の段階から善悪が身につくと言う
2007.01.29
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言葉は同じでも、それぞれの持っているイメージ、細かな定義は異なる。例えば、『家』という言葉ひとつとっても、実は人間の数だけ家がある。住所、家族、建物はそれぞれ違います。ただそれぞれの相違点を全て消してしまうと、逆に『家』という言葉が使えるようになる。いちいち言葉の違いをいわないで、共通点だけで通じあうのです。言葉はこまかなオンリーワンを消すから成り立つ訳です。感情も同じで、一人でおかしかったり、自分だけ怒っても意味がない。愛する感情も対象がいて互いに愛し合うから意味がある。愛情も深まるのである。いろいろな問題も、立ち行くように、まず話をしていくことが第1歩である。
2007.01.28
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人は苦労にきたえられて深み出る人と苦労にねじふせられて曲がってしまう人がある物が豊かになる程ものを粗末にする人が多い
2007.01.28
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内に改まり 正しければ外に現われる事正しい自分の徳が神と同根なり人の上に立つ人は絶えざる批判に晒されそこからよくなる
2007.01.27
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何程に 神信心するとも神の力にかなわぬ事もある悪なりと思うことは何事もなすことなかれ上に立つ人にも聡明な人と愚かな人がいる
2007.01.26
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何かができたから自信がつくわけではない。大事なことは、自分が変わることである。『できなかった自分』から『できた自分』へ変わっているということが重要なのである。だからなにかが出来たという事自体はたいして重要ではない。例えば、『こんな女に惚れたら大変だな』という女に出くわしたら、惚れる前は怖いじゃない。『大変なことになるから惚れないようにしよう』とかさ。だけど、その女と『こんな女に惚れちゃったけど、なんとかなるもんだな』という体験をすると、それが自信になる。『何かできる』っていうことが自信になるんだから、大仰な高いハードルはいらない。起こったことをありがたくいただく気持ちで、すべてをおかげとして頂くことである。自分が育てて頂いていることに自信を持つべきである。
2007.01.25
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2007.01.25
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初対面で、ある意味、些細なことでも怒る人に出会った。相手を頭ごなしに怒る、少しの事でも許容する気持ちがない人。相手を許す気持ちないが自分は許されると思っている人。了見がせまい。度量がない。偏屈、世の中なんでも筋が通るだけで存在していると思っている人。世の中にはそんなひとも沢山いる。それで世の中、何が楽しいのかと思うが、きっとそれはそれ、なんでも筋の通ったフキのようなことが好きなのかも・・・である。つまりそこには、得られるべきもの、こちらから提供すべきものは、もうないのかもしれない。 そのとき冷静に時を過ごすと答えが現れるかもしれない。腹立てば心の鏡の曇ることである。こちらは立てない腹にさせてもらっているのでどうでもよいことであるが。
2007.01.24
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自分がかっこつけて、背伸びしてもずっとは続かない。縮こまって、中腰になっていても続かない。借金重ねて、収入以上の生活送ろうとしても破綻して続かない。人のまねをしても、疲れるだけである。自分の分相応を生きればいいのである。金持ちは金持ちの、サラリーマンはサラリーマンの・・・。変ろうと思えば、何にでもなれる。何でも出来るのである。ただ変るためには、変る努力を人の倍以上かけなきゃならないが。人は、自分の身の丈で生きるように出来ている。そして身の丈で生きれば、楽である。継続的に楽しく生きる事がいちばん大事なのである。
2007.01.23
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思うと、父親がよく言っていた言葉が浮かぶ。迷いは欲から起こるので、欲を離すと決断がつく。役に立つ時は人が大切にしてくれるが、役に立たなくなると人は相手にしなくなる。その人の大事なものはなにかという事なのである。自分に役に立つものを供給してくれる人が必要なので、その人が必要な訳じゃないのである。私から見ると、淋しい孤独を感じるが、普段からそう思っていたので、どんな時にも相手の思いやりを感じることができ、激しい性格だった父親も優しさを取り戻せたんだと思います。最近その気持ちがわかるようになって来ました。人の心の温かさと冷たさを感じたこの頃です。心はなかなか通じない、心は言葉やものでは伝わらないのかもしれません、互いに送る気持ちと受ける気持ちがあわないと...。
2007.01.23
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迷いは欲からおこる欲をはなすと決断がつく役に立つ時は人が大切にする役に立たなくなると人が相手にしなくなる
2007.01.23
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自分が変わるということは『前の自分が死んで新しい自分になる』ということです。どんどんかわることは部分的に死んでいるということで、しょっちゅう死んでいる人間は、まさに生きているということなんです。だから、死にたがらないというのは、生きていないのと同じなんです。何度も勇気を持って変わった人は、そのときそのときでいくつも自分を捨てているんです。そうやって自分を何度も捨てているから、最後に本当に全部なくなったって、何をいまさら驚くこともないとなるんです。同じ自分なんかない、自分にはまだまだいろんな自分がいて、変わり続けることが大事なことかもしれません。日々が新(さら) 昨日を忘れ、今日を喜び明日を楽しめである。どんなときでも遅いということはない、いつでも安心の道に戻り、そこから神心のまま進めばよいのである。
2007.01.22
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2007.01.22
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月例霊祭教話 平成19年1月21日(日)07023 金光教荻窪教会 教会長今年の信行目標 起ったことを全てのお蔭として受けさせていただく安心の道を進もう。 ~元気と活気と根気で楽しく生きること。1、介護として同居することの醍醐味。 介護として同居すると、24時間介護体制は成り立ち、介護の総ては同居した家族の生活の主要な1部となる。 介護の醍醐味は、なんといっても本人の葛藤に翻弄されながらも、疲労困憊の中で、自分の本質をみることにあります。そして、実は強烈に自分の成長を促されるチャンスであります。 本人の苦しみ、心の動きが同期していながらも、少し離れた立場から、立ちゆきを見つめ対処していくことも必要な事です。 医者からは、ターミナルケアの問題、介護の要求、治すために、倫理的にさ迷える家族、本人に対して、突然、決断を要求するのである。 事実をあるがままに見て何事も大切に活かすことです。2、問題。 目の前の問題から逃げ出す人は、人生如何なる問題からも逃避する人です、と言われている。しかし、問題を少し取り組むと少しわかってくる。取り組んでいくと周りが見えてくる、本質が見えてくる、そして問題を問題として立ち行く道を模索していくのである。3、嘘を見破れ 権力者は昔からうそをついてきた。人民には嘘をつくなという教育をすれば、人は嘘をつかないものだと思い込み、どんな嘘でも信じることになる。そして人は権力者に対してうそをつかないことになるから、まことに支配しやすくなるのは当然だ。 『嘘をつくな』という教育は支配者にのみ都合よい教育だ、これに対して被支配者のための教育は『嘘を見破れ』という教育だといいことになる。嘘を見破り、上手く対応をしていくのが庶民の知恵である。 このような人々の間では騙した方が損をし、相手にされないのでかえって嘘をがすくなくなる4、現代人の最悪な特徴は認めない 皆、『本気』で話したり、聞いたり、行動しなくなった。 口先でしゃべっているだけで、約束を守らなくなった。約束っていう言葉が死語になった。 政治の世界でも、総理大臣が、公約なんかたいしたことないという時代である。 誰も本気でしゃべらないし、本気で聞いていない。 動かない言葉によって自分を縛りつけることが社会の約束である。契約社会になるということは、相手との信頼関係が希薄になったということである。 『借りたお金を返す』なんて当り前のことですら、不良債権を税金投入で返し当事者は押し倒す、なんてこと自体おかしい。投入しても返してもらわなきゃならないはずなのに...儲かったと思い、税金投入してくれたところに政治献金して、失敗を棒引きにしてくれたところに付け届けしようとするのである。 誰も本気で言ったり聞いたりしてくれなくなったのである。 世の中、一人馬鹿みたいに、いつまでも、本気でものをいい、本気で面倒みて、困っている人に本気で役に立ち立ちたいと思っている人は少ないのである。5、いじめは、私的制裁 戦前の日本の軍隊である。 自分の生きている世界が狭くなると、いじめは重量感を増して、のしかかってくる。逃げ場のないときに最高点に達するのである。 当時の首相、東条秀樹首相は『私的制裁はこれを厳重に禁ずる』。集団的ないじめは時代を越えて存在し続けるのである、弱い人間を目指して、嫌いだからいやだ、いやだから、いじめる。いやだから引きこもる。 大繁殖したネズミみたいなものかもしれない。過密な集団は、争い、共食いしたり、自殺したりして増えすぎた数を調整しているのかもしれない。過密な社会で、人口が減っていくのは自然の原理なのかも知れない。
2007.01.21
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2007.01.21
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ジャーナリストとは、問題の本質をズバリ摘出して見せる人である。~久野収、ジャーナリスト精神。しかしながら、本質をズバリつかれると、人は、喜怒哀楽を示すか逃避する。よい印象がなくなり、離れたくなるのである。
2007.01.20
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若者には学力も大切だが明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けてちょっとやそっとではへこたれない自信を持つ人になること
2007.01.20
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人間は、体を使っていれば、癒す必要はない。体を使えば、適度に疲れるから寝たくなるから、ゆっくり休めばよい。癒されたいというのは、要は不完全燃焼なだけである。音楽でもパンチがなくて耳障りがいい音を聞くとか、アイドルでも、美人で押しが強いタイプだとみんな引いちゃう。なんとなく、いるだけでホッとするような子を求めるとか。現代社会はめんどくさいことや悩みが沢山あるから、いちいち自分で考えなきゃならないけど、なにも考えないで楽な方に流されていく生き方が、『癒し系』かもしれません。要は、引きこもりかもしれない。世間を遮断して流されて生きる、寄生して生きる、これが癒しなのかもしれません。これが好きな人が増えたのが今の『癒し』の流れ★彡だと思います。ちなみに、私の生き方ではありませんが。私の楽に生きる生き方は、流されて生きたり引きこもって生きることではなく、癒しとは反対の生き方かもしれません。いろいろな事に興味を持ちながら、深く考えて自分の考え方を決めたらそれに囚われないことである。いろんな色に染められて自分の色になっていくことかもしれません。皆が右を向いているとき右も見るし左もみる、上下もみる、ついでに右に向かせている人もみる、何を思って操作しているのか。物語を作ったりしてね。案外それを楽しみにしたりしてね。
2007.01.19
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生命は天地の神の造り下されたものである天地の心を心として御神意の侭(まま)に事実をあるが侭に見て何事も大切にすること
2007.01.19
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同居すると、24時間体制は成り立ち、介護の総ては同居した家族に来て、他の兄弟家族には見舞いとなる。介護の醍醐味は、なんといっても本人の葛藤に翻弄されながらも、疲労困憊の中で、自分の本質をみることにあります。そして、実は強烈に自分の成長を促されるチャンスであります。本人の苦しみ、心の動きが同期していながらも、少し離れた立場から、立ちゆきを見つめ対処していくことも必要な事です。医者からはターミナルケアの問題、介護の要求、治すために、倫理的にさ迷える家族、本人の意思に、最善の方向を決断させるのである。事実をあるがままに見て何事も大切に活かすことです
2007.01.19
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを辛抱させるような不徳なことでは 人徳はいただけぬぞ
2007.01.18
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人間は、生物的にはただひとつ、オンリーワンに決まっている。しかし言葉や心には元々個性がない。心や言葉はお互いに通じ合わないと意味がない。一人で怒って、一人で笑って、一人で好きになって、一切、人と違ったことをやることが個性だと思っている人が多い。しかしそれは違う。人は人と違うことだけを追い求めても不毛である。人は人の中で、人の関わりを持ちながらでないと生きていけない。独創だけでは、他人にはまったく理解できないのである。共通性のある範囲内での独自性、組み合わせの斬新さ程度なら、皆が共感できる世界が開けるのである。どんな天才でもだれにも理解されない人は狂人である。異端なだけでは、孤立するのである。
2007.01.17
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを辛抱させるような 不徳なことでは人徳はいただけぬぞ
2007.01.17
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皆、『本気』で話したり、聞いたり、行動しなくなった。口先でしゃべっているだけで、約束を守らなくなった。約束っていう言葉が死語になった。政治の世界でも、総理大臣が、公約なんかたいしたことないという時代である。誰も本気でしゃべらないし、本気で聞いていない。動かない言葉によって自分を縛りつけることが社会の約束である。契約社会になるということは、相手との信頼関係が希薄になったということである。『借りたお金を返す』なんてことですら、不良債権を税金投入で返すなんてこと自体おかしい。投入しても返してもらわなきゃならないはずなのに...儲かったと思い、税金投入してくれたところに政治献金して、失敗をぼうびきにしてくれたところに付け届けしようとするのである。誰も本気で言ったり聞いたりしてくれなくなったのである。一人馬鹿みたいに、いつまでも、本気でものをいい、本気で面倒みて、困っている人に本気で役に立ち立ちたいと思っている人は少ないのである。でも、騙されても、鴨さんチームの小使いさんである私は、関わった人が困ってしまって『ニャンニャン、ニャ、ニャン♪』だと、全力でなんとかしてあげたいと思い、やれることは全てしてくのである。
2007.01.16
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皆、『本気』で話したり、聞いたり、行動しなくなった。口先でしゃべっているだけで、約束を守らなくなった。約束っていう言葉が死語になった。政治の世界でも、総理大臣が、公約なんかたいしたことないという時代である。誰も本気でしゃべらないし、本気で聞いていない。動かない言葉によって自分を縛りつけることが社会の約束である。契約社会になるということは、相手との信頼関係が希薄になったということである。『借りたお金を返す』なんてことですら、不良債権を税金投入で返すなんてこと自体おかしい。投入しても返してもらわなきゃならないはずなのに...儲かったと思い、税金投入してくれたところに政治献金して、失敗をぼうびきにしてくれたところに付け届けしようとするのである。誰も本気で言ったり聞いたりしてくれなくなったのである。一人馬鹿みたいに、いつまでも、本気でものをいい、本気で面倒みて、困っている人に本気で役に立ち立ちたいと思っている人は少ないのである。でも、騙されても、鴨さんチームの小使いさんである私は、関わった人が困ってしまって『ニャンニャン、ニャ、ニャン♪』だと、全力でなんとかしてあげたいと思い、やれることは全てしてくのである。
2007.01.16
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愚痴不足 勝手考え取り越し苦労どれを一つ持っていてもおかげの断りになります
2007.01.16
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時の信心より常の信心時の追肥より常の地肥時のお百度参りよりはその日参りにお蔭を受けるがよいぞ
2007.01.15
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初月例祭教話 07022今年の信行目標 起ったことを全てのお蔭として受けさせていただく安心の道を進もう。 ~元気と活気と根気で楽しく生きること。1、物欲 『何かをほしい』と思っているときに、『本当にほしいと思っているのか?』 とりあえずほしいと思って使っているだけかもしれない、ただ欲を満 たす ために...。 西洋近代の考え方に~ 言葉(情報)は毎日変わるけど、自分は変わらない~とありますが、そうではなく、 『言葉はかわらない。かわるのは自分』の世の中になって来ている。自分のやりたいことやっているつもりでも、どんどん自分がかわり受け止め方が変化している。 ある時熱中しても直ぐに覚めていく時代なのである。ブームは誰にも読めないただ、急に流行りある日急激に飽きられるのである。 音楽でも、Game、流行は、皆が同じものを急に欲しがるメガヒットがあっても、飽きやすく直ぐに醒めていくのでロングセラーはなかなかない。 踊らされて、商売の対象になるだけが人生か。。物欲を満足する事無く追い求めて満足できず、一生不毛で生きていくのか。今あるもので満足する、大事にする事が肝要である2、ウソは必ずばれる どんなに隠しとおそうとしていても、ウソはいつかばれるのである。組織を、自分を。守るには、・騙されても、ウソはつくな。・組織の長になっても謙虚に。・危機管理は最悪を考えて、いまいるまともじゃない人間の事も考えて。・実態をよく知る~だめなら、告発も当然起こる。ペコちゃんが哭いている、不二家という老舗が崩れていく。 しかし不二家だけではない。金儲けしか考えない企業は同じことを必ずやっているのである3、住みやすさの条件 お金があれば日本の社会は便利な、住みやすい社会である。ということは、お金がなくては生きていけない社会である。 だから女性も、何を捨ててもお金を稼ぎたいという事になる。お金さえあれば日本人でも外国人でも、男性も女性もすべて平等だというのが日本社会である。 社会的弱者である高齢者や子供や社会的ハンデがある人には、自己責任といわれ切り捨てられるのではないか。 へんな社会になってきている。 4、高齢者も子供も邪魔者扱いする国日本 金儲けの出来る20歳~50歳代だけが人間と考える社会。金儲けできないと非人間か~、病人も障害者も引きこもりもニートも...。金儲け出来る人だけが勝ち組の世の中。誰も将来に希望に持つことを許したくないらしい。自殺者3万人、未遂者30万人。遺族は200万人。 人々のいたわりのなさ、冷たさ。経済だけが豊かさの尺度なのか。思いやりのある世の中に変えていくには、崩壊した地域社会や家族を中心にした共同体からはじめなければならない。 家制度は壊われ、サラリーマンは家庭には帰れず1日、12~14時間拘束されている。残業100~200時間。就業時間が168時間だから、2倍仕事時間を使って、給与はダウン、さらにサービス残業を法律で追認か? 楽しみは心か身体を壊してから...。 ようやく自分の時間が出来てくるのかもしれない。 こんな世の中を望んでいる人々がいるらしい。5、今の親子の関係 これは親子関係か? 親と子は平等であり、親が子供を育てる時に人間として子供に影響を与えるわけではないと考えられているようだ。 だから親にとっても子育ては損か得かという考え方が出てきてくる。 経済生活でみれば、子供たちも消費をする立派な主体であり、大人と変わらないわけである。 なぜか大人と子供が平等であるという考えで育ってきている人間は、大人の意見であっても気に食わないものは聞く気がないという態度を取る。親もカネを払って学校に行かせているのだからと、権利を主張するのである。 人間として成長するきもなければ、努力や勤勉なんか捨てさった美徳である。 家庭でのしつけ、集団生活の訓練、知的訓練のどれも受けずに来た、子供は自分の商品価値をあげるためだけに勉強するのである。 自分勝手でカネの為にならタマシイを売ってでもなんでもするが、人間としての最低限の社会性すら持っていないのである。利己主義で思いやりのかけらもない。親の事を聞かない子供が親になった時に、しつけすることが何かもわからないし、ただ商業雑誌の子育てマニュアルに頼りその雑誌モデルと比較して育てるから、恥も外聞もなく畏れもないいびつな人間が増えているのである。 損得の区別はついても、善悪の区別はつかない人間が増殖していくのである。 世の中は善悪が大事、損得は二の次三の次であったはずが、今ではモノだけが大事な人が増えて、心の余裕もない貧しき心の持ち主が増えてるのである。 心を豊かに、楽しく安心の道を送りたい。思いやりある人生を送る。お役に立つ生活をしていきたいものである。
2007.01.14
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不平不満 怠け心 身勝手な事が身につくと不幸になる悲しい事苦しい事に出会った時に避けて通る心では不幸になる人間の価値は物により裏付けされがちであるが自ら切磋琢磨することにより培われる豊かな心に価値がある
2007.01.14
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お金があれば日本の社会は便利な、住みやすい社会である。ということは、お金がなくては生きていけない社会である。だから女性も、何を捨ててもお金を稼ぎたいという事になる。お金さえあれば日本人でも外国人でも、男性も女性もすべて平等だというのが日本社会である。社会的弱者である高齢者や子供や社会的ハンデがある人には、自己責任といわれ切り捨てられるのではないか。へんな社会になってきている(-_-メ)
2007.01.13
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『何かをほしい』と思っているときに、『本当にほしいと思っているのか?』とりあえずほしいと思って使っているだけかもしれない、ただ欲を満たすために...。西洋近代の考え方に~言葉(情報)は毎日変わるけど、自分は変わらない。~とありますが、そうではなく、『言葉はかわらない。かわるのは自分』の世の中になって来ている。自分のやりたいことやっているつもりでも、どんどん自分がかわり受け止め方が変化している。ある時熱中しても直ぐに覚めていく時代なのである。ブームは誰にも読めないただ、急に流行りある日急激に飽きられるのである。音楽でも、Game、流行は、皆が同じものを急に欲しがるメガヒットがあっても、飽きやすく直ぐに醒めていくのでロングセラーはなかなかない。踊らされて、商売の対象になるだけが人生か。。物欲を満足する事無く追い求めて満足できず、一生不毛で生きていくのか今あるもので満足する、大事にする事が肝要である。
2007.01.13
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辛抱は徳を積むもとである苦難に負けてはならんどんな難儀にも根気と元気と活気とで耐えていくこと人は試練に耐えた強さだけ成長する
2007.01.13
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金儲けの出来る20歳~50歳代だけが人間と考える社会。金儲けできないと非人間か~、病人も障害者も引きこもりもニートも...。金儲け出来る人だけが勝ち組の世の中。誰も将来に希望に持つことを許したくないらしい。自殺者3万人、未遂者30万人。遺族は200万人。人々のいたわりのなさ、冷たさ。経済だけが豊かさの尺度なのか。思いやりのある世の中に変えていくには、崩壊した地域社会や家族を中心にした共同体からはじめなければならない。家制度は壊われ、サラリーマンは家庭には帰れず1日、12~14時間拘束されている。残業100~200時間。就業時間が168時間だから、2倍仕事時間を使って、給与はダウン、さらにサービス残業を法律で追認か? 楽しみは心か身体を壊してから...。ようやく自分の時間が出来てくるのかもしれない。こんな世の中を望んでいる人々がいるらしい(>_<)
2007.01.12
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真で成就せぬことはなし成就せぬ時は真が欠けたと悟れ
2007.01.12
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あわてる時がお陰を頂く時じゃあわてる時にあわてるならばこれまでの信心はなんにもならぬ人をうごかすのは正しいとか間違っているとかの主観的な主張でなくそれがわかる資料を示すことであるこの信念がいる
2007.01.12
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1、入門発想の境地を知るよい悪いの『感想』を乗り越える自分の本音をいう2、初級自分の視点をもつ評論家としてではなく当事者意識を持って発想するモラルや過去の事例などにとらわれず発想する調査を行う3、有段者大胆に発表する総合的な広い視野で考え、それを発表してみる提案の形にまで煮つめる4、師範代一行コンセプトを創造するわかりやすいキーワードやキャッチフレーズを考えて真髄をつかむ次にいくつかの関係ないコンセプトをつなげ、別のコンセプトをつくる新しい言葉でそのコンセプトを表現するこれを積み重ねる5、師範派をたてる派をたてるとは『立派』になる、すなわち独立することパラダイムの変換をする、すなわち従来の暗黙の前提を崩す(基本から説明しないと相手にはわからない)。
2007.01.10
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眼に見える所ばかり大切にして眼に見えない所を粗末にしております信心致しましたら眼に見えぬところを大切にせねばなりません 子供に対しての親の心がまえ親の過保護と子供の自立心の欠如と期待分析道具を幼児より身に付けさせること
2007.01.10
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お金についてどう思いますか?例えば、金貸し業についてのイメージは?昔は、かなり暗くきつく、出来たら関わりたくない嫌悪感や羞恥心があったと思います。今は皆が崇拝しているカネを扱うのですから、もっと尊敬の対象になるのかと思うと、悪徳悪行の数々の後、破綻しそうになり、税金投入され優遇され、儲け続けているところがあり、それでも尊敬されようと政治献金しようとして断られたり大変である。尊敬の的のはずが、実は陰湿な部分をオブラートで包み、無機質を装うため、機械の仮面をつけて装っている。信じ込まされ、騙されていてもなかなか本質が変わらないので、陰湿な印象は変わらない。カネの亡者は、今や時代の寵児である。尊敬する人は人をけおとし騙す人。ダメなのは騙される人だと思う世の中で辛い思いをしているはずなのにそうでもないらしい。所詮、自分に関係なければどうでもよいと思う人は、人からもそう思われるだけである。いまの日本人の向かっているのは...『無関係無関心、所詮他人事社会』かもしれない.信心させてもらう人は、真逆な生き方が自然に生きる稽古をさせていただいているのかも知れない。人はカネのために生きる世界を目指しているわけではない。
2007.01.09
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ここへ参るのに手間が欠ける日間がかかると思うてはならぬぞ神様がそれだけの手間日間はじきに取り返してくださる
2007.01.09
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これは親子関係か?親と子は平等であり、親が子供を育てる時に人間として子供に影響を与えるわけではないと考えられているようだ。だから親にとっても子育ては損か得かという考え方が出てきてくる。 経済生活でみれば、子供たちも消費をする立派な主体であり、大人と変わらないわけである。大人と子供が平等であるという考えで育ってきている人間は、大人の意見であっても気に食わないものは聞く気がないという態度を取る。親もカネを払って学校に行かせているのだからと、権利を主張するのである。人間として成長するきもなければ、努力や勤勉なんか捨てさった美徳である。家庭でのしつけ、集団生活の訓練、知的訓練のどれも受けずに来た、子供は自分の商品価値をあげるためだけに勉強するのである。自分勝手でカネの為にならタマシイを売ってでもなんでもするが、人間としての最低限の社会性すら持っていないのである。利己主義で思いやりのかけらもない。親の事を聞かない子供が親になった時に、しつけすることが何かもわからないし、ただ商業雑誌の子育てマニュアルに頼りその雑誌モデルと比較して育てるから、恥も外聞もなく畏れもないいびつな人間が増えているのである。損得の区別はついても、善悪の区別はつかない人間が増殖していくのである。世の中は善悪が大事、損得は二の次三の次であったはずが、今ではモノだけが大事な人が増えて、心の余裕もない貧しき心の持ち主が増えてるのである。心を豊かに、楽しく安心の道を送りたい。思いやりある人生を送る。お役に立つ生活をしていきたいものである。
2007.01.08
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好きな事ばかりやっていると段々後に嫌な事ばかりが残る不自由をお蔭と喜んで不自由させて頂いているといつの間にか不自由がなくなる
2007.01.08
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おしゃれ、お洒落、おしゃれの本質は、化かす化粧に通じる。自分を自分以上に見せたり、魅せたり。自己主張といいながら、業界の広告灯にさせられているかも。(+o+)自分を偽って生きていくとに成功しても、自分だけは自分を許せない、自分が自分を偽ると自分がこわれていくのである。あなたはそれに気づかすに虚勢はったり、かっこつけるが、自分の心だけは冷静に正しくみているのである。だからこそ、自分は自分勝手に生きずに、自分のありのままを見据えて生きなきゃならない。自分を自分らしく見せるために自己主張することが大事でも、虚勢を張ったり、かっこつけ出したり、商売のために自分を装いしはじめると、自分がわからなくなり心とのギャップが拡がっていくのである。整形もタツー(入れ墨)は、素の自分には戻れなくなるだけ不自由である。
2007.01.07
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なんぼう学問がある理屈がよいというても御信心のことは解っただけでは役に立たぬ事に当って実際に出てこねば神様のお徳はこうむれぬ
2007.01.07
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消費社会、欲望文化の中ではカネさえあればなんでもできるというスローガンが行きわたって、その上、カネで買えないものははじめから求めないという一種のルールができている人間の価値を、その人が持っているカネの多募、多い少ないで測るという方程式が日本で定着してきた。しかしこれでは人間の価値も一面的にしか見ていないのである。ますます狭視野の人間しかいなくなるのである。他人への『思いやり』の気持ちは失われるはずである。だが本当に大事なのは人をもので判断することではない。心豊かに、安心の道をいきることが肝要である。
2007.01.07
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辞書によると、脳梗塞(のうこうそく、cerebral infarction)別名脳軟化症ともいわれる。 脳を栄養する動脈の閉塞、または狭窄のため、脳虚血を来たし、脳組織が酸素、または栄養の不足のため壊死、または壊死に近い状態になる事をいう。また、それによる諸症状も脳梗塞と呼ばれる事がある。 なかでも、症状が激烈で(片麻痺、意識障害、失語など)突然に発症したものは、他の原因によるものも含め、一般に脳卒中と呼ばれる。それに対して、緩徐に進行して痴呆(脳血管性痴呆)などの形をとるものもある。日本人の死亡原因の中でも多くを占めている高頻度な疾患である上、後遺症を残して介護が必要となることが多く福祉の面でも大きな課題を伴う疾患である。・・・・・・一番の問題は介護かも知れない。本人も介護する家族も皆振り回し、振り回されるのである。追い詰められたときの心理状態の変化 5段階を経ると言われている。~キューブラー・ロスモデル1否認~病気だなんて何かの間違いだろうと思う2怒り、憤り~どうにもならない3取引~手術や死を先送りするために何かしようとする4抑うつ~現実から逃れられないことを知ってなる5受容~悟るのである。 『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。』(良寛)
2007.01.06
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