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当教会の越年感謝祭は20時から始まり、21時頃まで祭典、教話をさせていただきました。そして元日祭の準備へと進み、例年のように、ようやく完了しました。そろそろ除夜の鐘が聞こえ出す時間です。今年の1年は、きら星のような親教会長の介護、帰幽そして教会長就任、東京都連合会のご用、前職のご用と色々重なり合っていました。来年よりは前職のご用がなくなる変わりに、金光新聞東京支局のご用をさせていただくことになりました。皆様よろしくお願いいたします。
2006.12.31
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親先生の言葉・とかく今の日本人は、自分に利益があるかどうかを先にたてて、物事を考える習慣がある。どこかでこれを乗り越えていかないといけない。・天地の命につながる命と共に助かっていく生き方を身近な暮らしのなかで求めるのである。・苦しさこそ人間の機能を活発にする活力を与えるのである。・天運人命と中国では昔から心しなくてはならないと云われる。・儚(はか)い命、難儀、さまざまに起る事を、他人事として考えず、自分の身に起ったならどう考え、行動させていただくかを考え、思いやりの心を持たせていただきたいものです。・はき違えの人生を進むと、とかく気づいたときには手遅れだと思ってしまうものですが、手遅れと思うのは自分が決めているからそうなるだけです。手遅れは人心、神様が先回りして待っていてくれているのであるから遅いと言うことはない。・年末、式年、祭典日、日々のあらたまりの祈念は、気持ちを新たにする節として大切にしていきたいものです。・人間は一人一人その人だけにしか作れない人生を作り上げる為に生まれ来たりとさえ思える。・耐力を養う。苦しさこそ人間の機能を活発にする活力を与える竹のようにしなやかに耐力を養うこと。・情緒に流されず注意して実体を見極め、言葉の意味を慎重に吟味し。しっかり考える習慣をつけること。・リーダーの実務的な実行力もさることながら一人ひとりの豊かな想像力が組織の血液となって真のヒューマンな組織となる。・日参はめぐりのとりはらいとなる。・酒を呑むなら次元の似てる人と呑め。十年かけた読者にまさる(酒は友を呼ぶ)。・酒は勧めざるを以て歓びとなす春風に吹かれつつ酒を勧める・信心は親切と思いやり。・情緒に流れず 注意して 実体を見極め言葉の意味を慎重に吟味して しっかりした習慣を身につける。・効率を最優先するだけが良いのではない。想像力を持っているのは人間だけ。自分だけよければよいと思う人は想像力がない。・悪心を持つ者は必ず末にその報いがくる、すなわち天地のおさえを受けるのである。・学問を知り理屈をよく言う者は、お上へ使いなさる。神はあほうでも実意丁寧の者を使いなさる。実意丁寧があれば神様より何時でも教えを頂ける。・情緒に流れず注意して実体を見きわめ、言葉の意味を慎重に吟味し、しっかり考える習慣を身につけること (耐力淘汰、良いものを取り悪を捨てる)・話がうまいと聞き惚れるが何度も聞くと飽きる。真の徳を頂いた話は何度も聞きたくなるものである。・悠々としていなくてはならない。時代が変革されようと不動の心を持つこと。信心する者はうろうろしない・絶望することがない・困らない。・人の心のぬくもりを大切に神の恩を忘れない為に祭を仕える・人格や気品は、何代もかけないと育たない。体験によって得られる知識、年輪を加える事でしか蓄積できない。・心変れば態度・行道・習慣・人格・運命・人生が変る。・人間はぎりぎりの処に立ったときに決まる。・人生の悲激は親子に成ったときに始まる・元日に限らず一日一日を大切にしてお蔭を受けること。・豊富な体験を基にして老いてからでないと理解できないこと、見えないことがある。
2006.12.31
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広大なお蔭と言うがお蔭とは氏子めいめいの真に映る影のことぞ神様に大きな真を向けてみよ大きなお蔭が身にいただけるぞ影は形に添うと決まったものじゃ
2006.12.31
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人間は休養するから働けるのである。体調が悪い時に、すぐ休養すれば大事にならなくてすむのに、人の手前を考えて無理して倒れてしまうことがある。休むべきときには、何と言われようと休まねばならない。元気になればいくらでも取り返しがつくのであるから、休むべきときはしっかり休まねば休んだことにならない。また人が休んでいると、批判して噂の種にしてしまう。それを早くよくなり替わりをさせてもらって、早くよくなるようにおもうことを自然に思えるようにならさせてもらいたいものである。
2006.12.30
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人は合理的な知識が及ばず、どうにも解決出来ない、何か人知を超えたものに頼るしかない時に、頼るものは何か?これが精神世界(スピリチュアリティ)であり、呪術、神である。明日天気になあれ!のテルテル坊主、下駄を飛ばして天気を占う、葬式から帰ったら塩で清めるとか、普段見向きもしない神社仏閣への困った時の神頼み等、みな呪術の一つである。結局、人は人知を超えた難問にぶつかり、問題解決を、健康的に乗り越えていくには、人知を尽くして天命を待つしかないのである
2006.12.30
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信心は家内に不和が無きが元なり父母も子供も共に生まれたり育たねばならない子も父母も
2006.12.30
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知らない事は恥ではない不自由である人には、して良い事 悪い事がある言うて良い事 悪い事がある悪い事をしていながら居直る人もいる幼児の段階から善悪が身につくと言う
2006.12.29
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人は苦労にきたえられて深みの出る人と苦労にねじふせられて曲がってしまう人とがある物が豊かになる程ものを粗末にする人が多い
2006.12.28
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・とかく今の日本人は、自分に利益があるかどうかを先にたてて、物事を考える習慣がある。どこかでこれを乗り越えていかないといけない。 ・天地の命につながる命と共に助かっていく生き方を身近な暮らしのなかで求めるのである。 ・苦しさこそ人間の機能を活発にする活力ょくをあたへる ・天運人命と中国では昔から心しなくてはならないと云われる。
2006.12.28
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内に改まり 正しければ外に現われる事正しい自分の徳が神と同根なり人の上に立つ人は絶えざる批判に晒されそこからよくなる
2006.12.27
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問題で、困ったことが起こり、なんとかしなきゃならないときに、できない、できないではおもしろくありません。できないではなく、出来る様にするには、どうすればよいか視点を変えて考え、できるように工夫をして、試しにやってみることです。試してみると、出来ないと決めていた気持ちが解きほぐれ、少しずつ出来るようになります。とにかく少し、出来ることからはじめてみることです。
2006.12.26
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人間は休養するから働けるのである。体調が悪い時に、すぐ休養すれば大事にならなくてすむのに、人の手前を考えて無理して倒れてしまうことがある。休むべきときには、何と言われようと休まねばならない。元気になればいくらでも取り返しがつくのであるから、休むべきときはしっかり休まねば休んだことにならない。また人が休んでいると、批判して噂の種にしてしまう。それを早くよくなり替わりをさせてもらって、早くよくなるようにおもうことを自然に思えるようになりたいのである
2006.12.26
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何程に 神信心するとも神の力にかなわぬ事もある悪なりと思うことは何事もなすことなかれ上に立つ人にも聡明な人と愚かな人がいる
2006.12.26
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2006.12.25
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人にはできるだけのことをしてあげ、人に物をやりたくてしかたがないという心を持ち、自分だけよいことをしたいというような心を持つな。自分が困らず、さしあたりぜひ入用でなければ、何を人にやっても、人に食べさせてもよい。よい心を持っていればよいことがある。
2006.12.24
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親祖先を大切に致せ根を断ちて枝葉の栄えた例しはあるまいぞ信心する人は木の切り株に腰をおろして休んでも立つ時には礼をいう心持ちになれよ
2006.12.24
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明るく楽しく、元気に安心して暮らす為には、忘年、忘日も必要なことである。
2006.12.23
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平成18年12月23日(土)06019 金光教荻窪教会 教会長1、命 今年の言葉らしい。・辞書での意味は、命とは、生物が生きていくための源となる力。生命。生涯。一生。寿命。・命の語源・由来命の語源は、いのちの「い」が「生く(いく)」「息吹く(いぶく)」の「い」で「息」を意味し、「ち」は「霊」の意味とした、生存の根源の霊力の意味とする説。「息の内(いのうち)」の意味とする説や、「生内(いきのうち)」の意味とする説。「息力(いのち)」を「命」の意味とする説など諸説あるが、正確な語源は未詳である。 はかない命。軽くなる命の重さ。尊い命。さまざまな命。・格差社会に根ざした「美しい国」をめざすらしい。 いじめ、ワーキングプアー、切り捨て、多重債務者、政治経済の荒廃利己主義~自分さえよければいい人々。。拝金主義、物だけしか信じない人々。介護~老々介護、どんどん弱くなる感性、生活力の低下、心が荒廃していく。。 人と人の関わりが無くなると人間とは言えない。コミュニケーションの希薄さ。元気に楽しく生きていくのが、本来の人間である。起ったことを、そのまま素直に受け止めて前向きに進んでいきたい。2、人は生きてきたように死んでいく 生き死にはさまざまなれど、 しっかり生きてきた人は、しっかり亡くなっていかれますし、人々に依存をして生きてきた人は、最後まで依存して亡くなっていかれます。まわりに不平不満ばかり言って生きてきた人は、最後まで不平不満ばかり言って亡くなるし、まわりに感謝して生きてきた人は、感謝して亡くなっていかれる。人は死を迎える最後の最後まで、その人の今までの生きざまが、凝縮されて現れる。 人は自分の好きなように生きているつもりでも、生き死にはどうにもならないのである。 よくも悪くも、ありのままの自分でしか、いきられない。独りでも生きられない。 だからこそ、相手を思い遣れる生き方をしたい、なにがあってもそのなかで、淡々と、楽しみを持って生きていきたい。神様に生かされて生きるだけだからである。3、ちょうどいいかげん ちょうどいい加減で出来たことが、最高の結果をもたらす。どちらに頑張りすぎても、余裕無く周りが見えなくなる。いろいろな思いを束ねて、ベクトルを合わせ進んでいく。形のまねは出来ても、心のまねはできない。新しい事へ進むときに、楽しみに始めるか、自分の城を守ろうとして後ろを見るかによって視野が変わる。心が変わるのである。4、追い詰められたときの心理状態の変化 末期ガン患者の心理過程は、5段階を経ると言われている。1否認~末期ガンだなんて何かの間違いだろうと思う2怒り、憤り~どうにもならない3取引~手術や死を先送りするために何かしようとする4抑うつ~現実から逃れられないことを知ってなる5受容~悟るのである。 ~キューブラー・ロスモデル (キューブラー・ロス女史精神医学者)『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。』 (良寛) 起ったことをあるがままをあるがまま受け止めて、お蔭と取らさせて頂き、神にまかせ、生活させていただくことが、信心である。 どんなときでも安心の道を生きるのである。
2006.12.23
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迷いは欲からおこる欲をはなすと決断がつく役に立つ時は人が大切にする役に立たなくなると人が相手にしなくなる
2006.12.22
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配をつくるもわが心
2006.12.22
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児童虐待と少子化。避妊が当たり前になると、生命の誕生も、親のエゴで決められるかと勘違いする。生まれたのではなく、授かったのであったはずが、いつの間にか計画出産とか言い出し、子供の生き死にまで親がコントロール出来るつもりになり、望まれず産まれた子供を邪魔にしたり虐待したりすることも出来ると勘違する。子供は、神からの授かりもの、育てねばなならぬ分けみたまを。
2006.12.21
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戦後最大の好景気、だが個人所得は減っている。日本官僚の目指す、格差社会への道を進んでいるニートより問題より急務なのではないか。Working Poor(400万世帯の家族)規制緩和グローバル化(欧米ではなく発展途上国並みの生活水準を目指す)競争社会社会保障削減少子高齢化社会、介護家庭の負担増大離婚の増大、母子家庭がふくれあがる自己責任、自助努力派遣、請負、パート、バイト、1時雇用労働者ー>非正規社員(働く女性の半数)海外からの低賃金生活者の多量流入。(時給200ー600円)しわ寄せは、中小零細企業へ。そして衰退。企業は高い賃金を払いたくない。固定費削減で好景気を謳歌しているからである。地方の切り捨て。都会と地方の格差拡大ワーキングプア(生活保護水準以下の生活者)月収7-8万円努力しても報われない社会。法人天国、金持ち優先の社会構造。夢を持っているのが、ワーキングプアで、夢を持たないのがニートかもしれない。夢だけでは食べていけないが、夢もなければ生きていけない。末の安心のために最善の努力をして足りないところは、神に足してもらうのである。
2006.12.21
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神も仏もないような世渡りをしてその結果が現われてくると神も仏もないものかと言って泣いています初めからないように扱って居るから無いように現われて来る
2006.12.21
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幸福の幸は幸は原因が自分の中にない、偶然な、思いがけないうまい巡り合わせ、たまたまいい家に生まれたとかの意である。福は自分の苦心、努力で得たことへんは『神様に示した』、つくりは『収穫を重ねた事を』。という漢字の意味である不幸は何事にも真剣になれず、満足する事ができない、楽しめず、不平不満をいだき、雑然と日々を暮らす喜び和らぐ心で、楽しみ、満足する事で不幸は幸福へ転換する
2006.12.20
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たえず熱中する問題を持ち、楽しむこと問題を自己の成長の為に教えてくれた大切な事だと思う恋人が病気で、心配で食事が喉をとおらない、眠れないなんてことが起こった。なんとか治って欲しい、治ったらこうしょうああしょうなんてよい事に心を向けていくことがいい人生は退屈が悪夢である断えず問題をもち、楽しみとするものが、精神的に勝利を占める真面目な者は往々にしてすねるすねると皮肉がでる。かれに欠けているものは気迫だ熱中せず気迫もないものは恋にも破れ、問題に追いまくられる
2006.12.20
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四神様のご理解の中に、 「酒は飲みようで、憂いの種とも、また喜びの種ともなるものである。祭り、正月、祝い、節句といって、人も体をつくる時はあるけれども、あまり飲み食いが過ぎると、「ああ、ちょっとやり過ぎた」「具合が悪い」ということもある。病が医者や薬で治り、作物が肥や耕作でできるものなら、神信心するものはいないのである。」 ご本部のお正月の直会所において、平成19年より、従来の「御神酒」は、昨今の社会状況を考慮し、「御神水」に変更しての対応となります。 ご本部の対応も時代の趨勢から、自動車での参拝が主流に変わってきたこと、世の中の実態に即しての対応であると思う。 このことを事なかれ主義と取り、憂いの種となるからと何でもやめていると、とるべきではない。 逆に、これをあらためて「御神水」を「御神酒」としても、落胆することなく有難くいただき、喜びの種としていただきなおすチャンスととらえていきたい。
2006.12.20
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若者には学力も大切だが明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けてちょっとやそっとではへこたれない自信を持つ人になること
2006.12.20
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生命は天地の神の造り下されたものである天地の心を心として御神意の侭(まま)に事実をあるが侭に見て何事も大切にすること
2006.12.19
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人情をはなして神心となり神心をもって人情を尽くせ
2006.12.18
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今年の言葉らしい。あらためて語意は、命とは、生物が生きていくための源となる力。生命。生涯。一生。寿命。命の語源・由来命の語源は、いのちの「い」が「生く(いく)」「息吹く(いぶく)」の「い」で「息」を意味し、「ち」は「霊」の意味とした、生存の根源の霊力の意味とする説。「息の内(いのうち)」の意味とする説や、「生内(いきのうち)」の意味とする説。「息力(いのち)」を「命」の意味とする説など諸説あるが、正確な語源は未詳である。はかない命。軽くなる命の重さ。尊い命。格差社会を目指した美しい国。いじめ、ワーキングプアー、切り捨て、多重債務者、政治経済の荒廃利己主義~自分さえよければいい人々。。拝金主義、物だけしか信じない人々。どんどん弱くなる感性、生活力の低下。。人と人の関わりが無くなると人間とは言えない。コミュニケーションの希薄さ。元気に楽しく生きていくのが、本来の人間である。起ったことを、そのまま素直に受け止めて前向きに進んでいきたい。
2006.12.17
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ちょうどいい加減で出来たことが、最高の結果をもたらす。どちらに頑張りすぎても、余裕無く周りが見えなくなる。いろいろな思いを束ねて、ベクトルを合わせ進んでいく。み教えにあるように「形のまねは出来ても、心のまねはできない。」新しい事へ進むときに、楽しみに始めるか、自分の城を守ろうとして後ろを見るかによって視野が変わる。心が変わるのである。素直に受け取り、素直に生きることが肝要である。
2006.12.17
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他人にわずらわしいこと気に入らぬことを辛抱させるような不徳なことでは人徳はいただけぬぞ
2006.12.17
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『お嫌い』12。80年前の雑誌に乗っていたらしい。嫌いなものはこれだ。1親不孝、夫婦喧嘩2朝寝、家業怠り3虚偽(うそ、いつわり)4借金5かんしゃく、腹立ち6強欲、無慈悲7わがまま、食物苦情8不親切9慢心10依頼心11投機12酒狂、酒乱。現代にも通じる事である
2006.12.16
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愚痴不足 勝手考え取り越し苦労どれを一つ持っていてもおかげの断りになります
2006.12.16
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追い詰められたときの心理状態の変化 末期ガン患者の心理過程は、5段階を経ると言われている。1否認末期ガンだなんて何かの間違いだろうと思う2怒り、憤りどうにもならない3取引手術や死を先送りするために何かしようとする4抑うつ現実から逃れられないことを知ってなる5受容悟るのである。(キューブラー・ロス女史曰く)解決方法は、これ。『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。』~良寛。
2006.12.16
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プラスの生き方 身自当之 無有代者(身みずからこれに当たる、かわる者あることなし)相手に代わって生きることはできない。だからこそ、謙虚に自分がやらさせて頂くのである。あなたあっての私、私あってのあなた、声かけながらお互いにたちゆきを願うのである。
2006.12.16
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時の信心より常の信心時の追肥より常の地肥時のお百度参りよりはその日参りにお蔭を受けるがよいぞ
2006.12.15
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月例祭教話 060181,ストレス ストレスや不平不満の発散するときに、一般的に、2種類の方向がある。・外に向かう・・・男性に多いと言われている。 ・・・・周囲に向けて発散する。自棄酒、不平不満、酒乱、DV。・内に向かう・・・女性に多いと言われている。 ・・・・リストカットや摂食障害など自分自身を発散の対象としてしまう。 依存(アルコール、薬物、買い物、ブランド、もの、ギャンブル、子供)・みな親の育て方に問題があるという。幼い時に十分な愛情をかけてもらえなかったことや、逆に過保護で不適切かつ過剰な愛情を受けたことで、自分自身を愛せなくなったり、愛情をなんとか得よう行為に及ぶという。 では、結果はそうでも、『ちょうどいい愛情』という加減があるのではないか。その時々のちょうど良い『いいかげん』が必要なのではないでしょうか。 生まれた時は100パーセントの愛情が必要だが、段々成長していくにつれ、人格を認めていく時期になり、親子がそれぞれ自立していくのである。 溜めてしまったストレスの発散は、小刻みに少し楽しみを見つけて逃していくのがいい。ストレスを受けたことをいつでも前向きに『お蔭頂いて気づかせていただいた』と思い修行させていただくのがよいと思う。そして毎日気持ちを切り替えて生きていくことも肝要である。2、世の中には、いろいろな人がいる。 良い人は、全部がいい訳じゃない悪い人は、全部が悪い訳じゃない 人はいろいろな面を持っているが、ただ、いつも自分がいいと思っているところを出して相手に接している。自分を大きく見せたり小さく見せたりする。 少しの違いでも、人は相手を、相手が振る舞うように味わう。 本当に悪いのは、自分を直視できず斜に構えて、何も出来ない人である。『素直に生きることが出来ない。』とそう決めているのである。 言葉でいくらかっこつけても中身のない自分よがりな詩は人の心は揺すぶれない。 形のまねは出来ても、心のまねは出来ないものである。3,凡夫が凡夫をうけいれていく 不完全な者が不完全な者を看取る~ターミナルケア。患者に『あるべき姿』を求めるのではなく、患者自身が『無理してがんばらなくても良いのだ』『ありのままの自分で良いのだ』と感じられることこそが大切なのだという。ターミナルケアの前提は、人間は弱く、自らの力で死を乗り越えて行けない人なのである。暖かさとか優しさに包まれることこそ大事なのである。 東洋における死の思想 だからこそ、全てを包んでくれる神様に祈り、全てを任せるのである。4,幸せ インドの貧乏な人は幸せでも、アメリカの貧乏な人は不幸だという話。 アメリカ人が貧乏なのは自分の責任である。自分が努力しないからだと自分も思うし、人からも思われる。しかしインドは、貧乏なのは前世に原因があると思う人が多いから不幸ではない。 天命を受け入れるというのか、全ては自己責任なのか。 生産性重視だけの経営は、経営の満足度が下がる。減量経営し、社員を減らし売れるものだけおくコンビニは、単に商品の質よりも販売実績や予想を重視して、良いものは質ではなく売れるものである。店員はバイトでまかない、それでもなんともならないときは家族が支える。家族が病気になったりするとたちまち立ちゆかなくなってしまうのである。そうなったらやりがいもなにもなくなるのである。お知らせ・前教会長仲井昭夫師1年祭(2007年2月3日(土)14時執行予定)の際に「偲び草」の発行を計画しています。書式は自由で原稿用紙1-2枚程度(400-800字程度)で、本年12月末日までに原稿をお寄せいただけると幸いであります。
2006.12.14
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不平不満 怠け心 身勝手な事が身につくと不幸になる悲しい事 苦しい事に出会った時に避けて通る心では不幸になる人間に価値は物により裏付けされがちであるが自ら切磋琢磨することにより培われる豊かな心に価値がある
2006.12.14
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辛抱は徳を積むもとである苦難に負けてはならんどんな難儀にも根気と元気と活気とで耐えて行くこと人は試練に耐えた強さだけ成長する
2006.12.13
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真で成就せぬことはなし成就せぬ時は真が欠けたと悟れ
2006.12.12
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人は自分の大きさでそのまま素直に進むのが、最も強い。とかく人は自分を大きく見せ、虚勢をはって行きるか。矮少化し過ぎるかで卑屈に行きるのである。
2006.12.11
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修徳殿では、教主金光様のお取次のもと、講話、懇談、参拝、祈念、神習、洒掃、食事など、生活の一切を信心修行として行います。その中で自分の信心を見つめ直し、教祖様の教えにそった生き方の基本を身につけさせていただき、ここからの信心が展開することを求めます。毎年教師入殿させていただき、あらたまる機会をいただき、思いを新たにするチャンスにさせていただいています。毎年のテーマは、新任教師、教会長就任、そして・・・。いつも気持ちを切り替えて新たな気持ちでさせていただきたいと思っています。
2006.12.11
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あわてる時がお蔭を頂く時じゃあわてる時にあわてるならばこれまでの信心はなんにもならぬ人をうごかすのは正しいとか間違っているとかの主観的な主張でなくそれが主張でなくそれがわかる資料を示すことであるこの信念がいる
2006.12.11
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手水舎水の安全性を叫ばれて久しいが、気になる人だけが気にし過ぎるだけで皆、喉元をすぎたのであつさを忘れてしまうのである。いつでも、天の恩を知り地の恩を知るのであるが、毎日毎日大事にして気持ちを新たに、気持ちて生きたい。
2006.12.09
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親先生、教会長 『いつも上に立つものは孤独』でもある、教会にになればわかる。 陽気な、山が好きで自然が好きで、なんでも器用にこなす。 自分は小学校しかでていないこと、子供の時に二階から落ちて頭がいたいしぼーとしていた小学校時代、親のためお国のために少年兵として満州にいき、シベリア抑留されて食うや食わずの生活を送っていたこと、 帰国して、九州から大阪、東京と集団就職の第1号?としていろいろな仕事をして、戦友のお参りしていた教会に惚れ込み、総代をし、そして後継ぎとして、学院へ入学、双岩教会でご修行され、そこで結核になり、母には『あの先生は長くないから結婚はやめたほうがよい』とも噂されていたらしい。 しかし結核では急死に一生を得て、道のお役に立つこととなった。 結核はなかなか治らず赤ん坊の私と寝て『この子にうつったら教師は断念しよう』との覚悟でご用を続けたらしい。結局はうつらずにお道のご用を49年続けたのである。 戦争帰りで荒っぽいところも段々にまるくなり、誰にも出来ない人生を送り、体験からなる異なる着眼から、金光大神をいただき、人助けて言ったんだと思います。 自分に厳しく、信者は自分身内だからと人には~特に年寄りに優しくするのが当たり前であった。
2006.12.09
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ここへ参るのに手間が欠ける日間がかかると思うてはならぬぞ神様がそれだけの手間日間はじきに取り返してくださる
2006.12.08
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好きなことばかりやっていると段々後に嫌なことばかりが残る不自由をお蔭と喜んで不自由させて頂いているといつの間にか不自由がなくなる
2006.12.08
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教祖様は、 人間は生まれる時、神様の「分けみ霊」を頂いてきているのだから、死を迎えて、身体は土に戻り、み霊は神様のもとへ帰ってゆき、神様のもとに納まっていくものである。そして神様のもとへ帰ったみ霊は天地にあって永遠の働きをするのである。生死を超えて「わが住みか」であるということへの気づきと、神の働きを受けて生きる命への自覚は、与えられた命にふさわしい生への改まりを導くことになるそれゆえ、浄土、極楽、天国、地獄などは説かれることはなかったのである。 「死を恐れるな」「この世でしっかり働いて、徳を積んでゆけば、死後を恐れることはない。この天地の親神様には、死後もお世話になっていくのであるから、生きている間はしっかり徳を積んでゆくように」とみ教え下さっています。「死」を恐れることなく、死後神様のお世話になっていくのであるから、安心して死ねるのだとも諭されています。
2006.12.07
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なんぼう学問がある理屈がよいというても御信心のことは解っただけでは役に立たぬ事に当たって実際に出てこねば神様のお徳はこうむれぬ
2006.12.07
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