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1、自分の生活の基準となる思想2、良い家族と友達3、意義のある仕事4、閑を持つこと。朝から晩まで閑なしに、働いたり、一つ事を考えているようでは困る。
2008.01.31
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広大なお蔭と言うがお蔭は氏子めいめいの真に映る影のことぞ神様には大きな真を向けてみよ大きなお蔭が身にいただけるぞ影は形に添うと決まったものじゃ
2008.01.31
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毎日の努力をひけらかさずに、一生に一度あるかないかの、いざという時のために毎日稽古をすることが真の強さに通じる。隠されていることにより、強さは倍加するのである。~兵法は平法なり、柳生石舟斎宗厳曰わく。魅力もまた日常心がけ、絶えず磨き続けなければならないしかし、魅力はひけらかさず、自己アピールは興ざめである。魅力は隠してこそ魅力。慎んでこそ倍増するのである。努力の跡なんかみせず語らず、なんでもなく振る舞うことである。
2008.01.30
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信心は家内に不和が無きが元なり父母も子供も共に生まれたり育たねばならない子も父母も
2008.01.30
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問題が起こったとき、混乱したりバタバタしていては訳が分からなくなるだけである。問題は何故問題なのか追求していかなければならないが、互いの利害を考えたりするのは後回しでいい。問題の重要度を互いに認識する。~被害状況、額、優先順位期限など。そして互いに、問題を純粋に原因究明してから暫定対策、恒久対策をし再発防止策を打つ。最後に責任分担をしていくべきである。その時に、もう一度、最初の取り決め(源に戻り)、仕様は何であったかを再度確認して責任(保証)範囲を明確化していかなければならない。
2008.01.28
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長所と短所は、その状況に適合するか否かで云々されることが多い。スピードが要求される場面では、素早く歯切れのいいひとをが、キビキビしているということで長所になり、のんびりおおらかな人は、のろまで歯切れが悪いともいえる。長所と短所は、状況が変われば同じ人間の、適応する度合いによってどちらにでもなる。つまり短所をいくら直そうとしても意味はなくなかなか直るものではない、悩み苦しむばかりの膨大なエネルギーの無駄になるだけである。仮にできてもせいぜいゼロになる程度である。そんなことよりも、短所は無視して、長所に目を向けることである。短所を直すよりも長所を伸ばすこてである。
2008.01.28
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性格は変わらない。『三つ子の魂百まで』といわれているように、生まれながらのもの、3歳児あたりまでに身につけた性格(気質)は、どうにもならない。しかし肝心なのは性格(気質)ではなく、発想である。発想とは、考え方の習性、癖である。習性や癖なら、練習すれば身につけられる。絶対できないことをくよくよ考えても、何も生まれては来ない。大事なのは気持ちをはやく切り替えることである。些細なことでも、前向きに、プラスの方向に考えるように意識してやれば、だんだん習慣になり癖になる。常に前向きに考える癖をつけると、人生の肝心要のような時でも、前向きに考えることができるのである。
2008.01.28
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人は苦労にきたえられて深み出る人と苦労にねじふせられて曲がってしまう人がある物が豊かになる程ものを粗末にする人が多い
2008.01.28
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08063 金光教荻窪教会 教会長1、ご無礼お粗末 商売人が、期限の表示を誤魔化したり、内容の詐称など人の目をくらましたり、自分の勤めをおろそかにしたりするほどのご無礼はない。 人の目をくらまして得をしようとするから、損をして倒れる。勤めをなおざりにするから仕事は逃げ、働けないようになる。 みなご無礼お粗末の心がもとでそうなるのである。2、道 道は、たずね方がよくなければ、教えることができない。受け方がよくなければ取り違えてしまう。 いくらあなたの生き方を教えようとも、あなたはあなたの違う道しか行かないなら、取り違えて迷子になっても仕方がないのである。 それもあなたが選んだ道なのだから、その道を進んでいけばよいのである。 人はどんな道を選んで進んでいっても、苦労に取らず、立ちゆく道を定めて道理にあった道を進んでいけばいいのである。3、誕生日 誕生日にいつも思い出す話。 産まれようとするときに、親が産まれたいかお腹の中の子に聞くんだって、産まれたいよ!!っていわないと川に流れてしまう。 みんな産まれたいよって思ったから産まれてきたんだっていう(河童、芥川龍之介」) 産まれたいよって思ったから産まれてきたっていうところが、実は最新医学につながる。 産みたくて産んだ訳じゃないっていわれる昨今の親の屁理屈。あなたも望まれて産まれてきた訳じゃないのか。 いつまでも心が大人になれない子供の方々が増えた時代に、今また考え直されてもよいことかもしれない。 本来子供は、「親は産みたくて」「子は産まれたくて」産まれてきた、かけがえのない存在なのである。4、人の話を聞く 人を育てる、人間をつくるには、まずその人の話を聞いてやることだ。 ただ聞き方が問題で、熱心に耳を傾けるふうではなく、聞くでもなく聞かないでもなく、何食わぬ顔で黙っている。そんな聞き方がいい。 暫くして外部の誰かと面談したときに、その意見をした部下を同席して同じ意見をそのまま述べる。 何食わぬ顔でさも自分の意見であるかのように話す 部下は自分の意見はちゃんと聞き入れられたことを悟るのである。そのとき、この人の為に働くという気持ちになっても不思議ではないのだ。5、時間が足りない なにごとであれ、時間が足りないなどは理由にならない。時間というのは心がけ次第でいくらでも生み出せるものなのだ。時間が足りないのではなく、心がけがたりないのである。心がけが足りないのは、相手への思いやりが足りない、恕の欠如に他ならない。6、見解の相違 『女三人寄ればかしましい。』 この日本の諺では三人よれば話が盛り上がりかしましいほどになる。他愛ない話を楽しむといった感じである。『女三人寄れば皿に穴があく』 この韓国の諺は、集まると一つのテーマに絞って話を集中し、激しく自己主張して自己の正当性を認めさせる、競い合うニュアンスが強い。 日本人的には、自己主張を控え目にして議論のコンセンサスを得るのがよいとされ、他人の意見を聞き、よい所をとりいれていく態度なのである。それに対して、自己主張一点張りの西洋的、韓国的な硬直的な態度、習慣があるのである。 最近の日本は、米国万能主義なので、日本人的なやり方ではなく、自己主張一点張りな考え方が良いかのようにもてはやされているが、本物ではない。
2008.01.27
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内に改まり 正しければ外に現われる事正しい自分の徳が神と同根なり人の上に立つ人は絶えざる批判に晒されそこからよくなる
2008.01.27
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心の機敏が判からない人は悲しいね。食べ物を粗末にする人は相手の気持ちも粗末にする。季節の変わり目に雪は降る~溶ければもうあとかたもない。
2008.01.25
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凡と非凡の分かれるところは能力の如何ではない。精神であり感激の問題だ褒められ認められて、感激もしなければ発奮もしない人間なら、それは初めから伸ばすに値する長所がないのである。褒めてやってこれといった変化が現れないような人間は、その時見捨ててもいいのである。一人ひとり能力も異なるため、1対1で向き合って、見合った話をじっくりしていくことが大事なことなのである。しかし、多忙でその時間も取りたくないなら、自由にすればよい、束縛してはいけないのである。
2008.01.25
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2008.01.25
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水は高い方へ流れないで、低い方へ流れると思っている。流れ流れて大海に流れて、どこに行くかわからないということを、水の流れと人の行く末はわからないという。
2008.01.24
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生きている者は、リスクは常に存在していて生かされている。自信家は失敗したら目を背ける。その結果、今までの努力や経験が無になる。人間関係が悪化する、断絶する。そんなことでは、毎回新たな事を軌道に載せることを仕掛けようとしているだけで、自分に残るものはなくなる。自信がうちくだかれて、少しは謙虚さとか負け犬根性が身にしみたりするかもしれない。やはり失敗をした場合を念頭に入れてリスクを認識してから、物事を起こすのは当たり前のことである。失敗しないことは成功の早道である。
2008.01.24
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親祖先を大切に致せ根を断ちて枝葉の栄えた例しはあるまいぞ信心する人は木の切り株に腰をおろして休んでも立つ時には礼をいう心持ちになれよ
2008.01.24
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2008.01.22
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夢はそれを持つ人間を強くして、励まして、迷ったときに道を照らしてくれる。
2008.01.21
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商売人が、期限の表示を誤魔化したり、内容の詐称など人の目をくらましたり、自分の勤めをおろそかにしたりするほどの無礼はない。人の目をくらまして得をしようとするから、損をして倒れる。勤めをなおざりにするから仕事は逃げ、働けないようになる。みなご無礼・お粗末の心がもとでそうなるのである。互いを高めあう関係なくして、継続的な関係など意味をなさない。発展どころか、それを阻害し、虚偽孤独無情を味合わされてばかりのところに成長はない。おかしいことはおかしい。はっきりさせることで、また道は開けるのである。
2008.01.21
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2008.01.21
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若者には学力も大切だが明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けてちょっとやそっとではへこたれない自信を持つ人になること
2008.01.20
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誕生日にいつも思い出す話。産まれようとするときに、親が産まれたいかお腹の中の子に聞くんだって、産まれたいよ!!っていわないと川に流れてしまう。みんな産まれたいよって強く思ったから産まれてきたんだっていう、河童の世界の話。産まれたいよって思ったから産まれてきたっていうところが、産みたくて産んだ訳じゃないっていわれる親とはなれないいつまでも子供の方々が増えた時代に、今また考え直されてもよいことかもしれない。親と子は産みたくて産まれたくて産まれてきたのだから、かけがえのない存在なのである。
2008.01.19
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生命は天地の神の造り下されたものである天地の心を心として御神意の侭(まま)に事実をあるが侭に見て何事も大切にすること
2008.01.19
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当たり前と思っていることって、案外人によっては当たり前じゃないんです。例えば、自分に合うとか合わないとか、人によって異なります。私に合うのは、ちゃんと自己主張する人、甘えるのがうまい人、相手の事をちゃんと観ている人に惹かれます。しかし自己主張がある人って強力な発言になるしっかりした考えがないとできません。それがありすぎると相手のことなどみていないかもしれません。そうなるとそれが嫌な人もいるわけです。我が道をいく訳ですから相手とよっぽど合わないと相手にはしてはくれないのです。私なんか直ぐはじかれてしまう部類ですが、性懲りもなく立ち向かうドンキホーテの馬みたいなものかもしれません(笑)ドンキホーテという良心というか心の赴くままにつき進んでいくのです。私に合う人は、あなたにはあわない人なのかもしれません。だから社会は面白く『あたり前』もいろいろあるのかもしれません。
2008.01.18
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バブル時代に生じた『自分さえ良ければ、あるいは儲かればいい』という気風。実は、今始まった訳ではない~江戸時代、元禄バブル時代にも生じていたらしい。当時の8代将軍、吉宗は『心の赤字』と考え、幕府財政の赤字克服と同時に国民の心の赤字も克服する為に押し進めた享保の改革である。もっと他人のことを考えなければいけない。いつも相手の立場に立って物事を考える。日本では相手にされなかったアメリカの経営手法EQ(心の指数)に通じる。それも元々日本にもそんな考え方がちゃんとあったのである。心の指数を高めるとは、日本人が古くから保ってきた、『恕(ジョ)の精神』である『恕(ジョ)』とは、どれだけ自分が他人の立場に立てるか、自分の持っている優しさ・思いやり・温もりなどの度量を言う。歴史は繰り返しながら変容していく。しかしまともな考え方や生き方は知る楽しみを持ちたい。それが教養ということらしい~相手の心がわかる心である~
2008.01.18
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人は人を思うようには思われているわけではない。私が思うようにあなたから思われてはいない。人はただあなたを有益に考えているなにかがあるから近くにいるだけである。あなたの中身より、あなたの見た目やお金などのそとみにとらわれているだけかもしれない。世の中金と名声がすべての人がごまんといて、自分のことなんかなにもなくても自信に満ち溢れて生きている。そんな尺度しかもたない方々で世の中は溢れているのである。しかし、それは虚しいだけ考え方で、大事なことは他にある。心が救われないとなにがあっても虚しい
2008.01.18
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを辛抱させるような 不徳なことでは人徳はいただけぬぞ
2008.01.18
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苦労は、境遇や環境によって強制される。しかし苦労すればだれでも魅力的になれるわけではない苦労したことでかえってマイナスになり、何とも嫌な性格になっている人も結構多いのである。苦労して成長できるかどうかは陽転の発想ができるかどうかである。苦労しなくても、明るく前向きな発想で、思いやりをもつ人間になっていくことは可能なのである。
2008.01.17
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを辛抱させるような 不徳なことでは人徳はいただけぬぞ
2008.01.17
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人を育てる、人間をつくるには、まずその人の話を聞いてやることだ。ただ聞き方が問題で、熱心に耳を傾けるふうではなく、聞くでもなく聞かないでもなく、何食わぬ顔で黙っている。そんな聞き方がいい。暫くして外部の誰かと面談したときに、その意見をした部下を同席して同じ意見をそのまま述べる。何食わぬ顔でさも自分の意見であるかのように話す部下は自分の意見はちゃんと聞き入れられたことを悟るのである。そのとき、この人の為に働くという気持ちになっても不思議ではないのだ。
2008.01.16
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相手に対してきっちりした印象づけをしなければならないきっちり印象づけをするポイントは、最終段階、終わり、締め括り、フィニッシュ~最後まで手を抜かず、しっかりやることである。これがインパクトとなって相手に伝わっていくのである。『出迎え三歩、見送り七歩』…相手を出迎えるときよりも見送る方が重要である。という諺がある。相手に配慮する、そのことで魅力的な自分になれるかもしれない思いやりを育てるのである。
2008.01.16
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愚痴不足 勝手考え 取り越し苦労どれを一つ持っていてもおかげの断りになります
2008.01.16
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美人が好かれるのは美しい容姿によってである。しかし、人間は表面の形によって中身をイメージするクセがある。形が美しければ中身も美しいと思ってしまいがちだ。美人は備わった美しい容姿から、中身、心も美しいとイメージされるが故に好かれるのである。だから美しい容姿に心が伴っていなければ、困ったことになる。大きく失望し、興醒めする。容姿が美しいだけに落差が大きなものになる。美しい容姿を持って生まれたが故に、それに伴うだけの心の美しさがないと幸福になれないように宿命づけられている。だから美女美男な人は大変なのだ。魅力的で幸福な人生は、中身の魅力を備えることである。中身の魅力とは、年々衰えていく容姿と違って、時間とともに輝きをましていくものである。人間にとってもっとも大事なもの、究極の魅力とは、それがなければ人間でなくなるものである。一つは喜怒哀楽の素朴な感情を豊かにすることではないか。また一つは恕ではないか。
2008.01.15
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なにごとであれ、時間が足りないなどは理由にならない。時間というのは心がけ次第でいくらでも生み出せるものなのだ。時間が足りないのではなく、心がけがたりないのである。心がけが足りないのは、相手への思いやりが足りない、恕の欠如に他ならない。
2008.01.15
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時の信心より常の信心 時の追肥より常の地肥時のお百度参りより その日参りに お蔭は受けるがよいぞ
2008.01.15
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平成20年1月14日(祝)08062 金光教荻窪教会 教会長1、恕(じょ)~つまり思いやり 人情の機微を心得て勘所をはずさない。~人間通。 ものごとを複眼的にとらえれば、人には見えないものが見えてくる。それだけに対応も適切になる。適切な行動がとれれば誤りは少なく、成功の確率は高くなる。成功すれば人間的な魅力もいやでも増してくる。恕は人間の魅力を決定する根源である。2、思いやり 相手の目に自分がどう映るかを心得ていること。 相手の目に自分がどう映っているかを想像することでもある。現代は思いやり欠如の時代。 日常生活の中で、人間同士が接触する機会がめっきり少なくなり、人間を練る機会が少なくなったからである。 子供が育つときに、家族が自分以外の他者として認識していき自分の位置を確かめるようになり、大人になっていく。 自分以外の人間を認識し、人間関係を結ぶといっても両親は特殊な存在である。両親は庇護し庇護される関係だけである、それ以外の関係は成立しない。~両親と子供の関係は、社会的な意味での人間関係以前の原初的な運命的なつながりである。 ならば社会的な意味で人間関係を認識する他者は兄弟姉妹となる、それは、兄弟姉妹は大変大事な存在なのである。 諺(ことわざ)にあるように、「兄弟は他人の始まり」なのである。しかし昨今の家族では兄弟姉妹はめっきり少ない。一人っ子では、家庭内には他者は存在しないのであり、子供ふたりでも社会的な関係は成り立たない。 核家族では、他者を認識し、複雑な人間関係の中で人間を練る機会がないから、他者への想像力が希薄になり、思いやりに欠けるのである。 今は自分から望んで、思いやりを育てないと、他者へ思いやる気持ちなど生まれてこないのである。 世の中には自分とは違う考え方や感じ方をする人間がいるということが認識できない人がたくさん増えて来ているのである。 そのことに気がついたら、相手のきもちを想像する練習をはじめてみることである。3、孤立化の仕掛け ハイテク化する日常生活すべてが人間を孤立させる仕掛けになっている。 今もっとも影響力があるメディアはテレビ、Webの世界である。 テレビは一方的に情報を送り続け、膨大な情報量で、わかったつもりになる。 人間がわかったつもりになり、人情の機微を心得た気持ちになり、なんでもわかったつもりになる。 Webの世界では相互のコミュニケーションを図るハイテク化された擬似的な世界で成立する人間関係の中に浮遊できる。 しかし、擬似的なものを人間関係そのものと誤解してしまう。 また人間は習慣の動物である。 電子的ハードソフトを媒介にした人間との関わりに馴染んでしまうと、生身の関わり合いがわずらわしく、鬱陶しく感じられるようになる。それでよけいに生身の関わり合いから遠ざかることになる。 孤立を孤立と思わせない仕掛けがあるため、人間はどんどん孤立化しているのだ。4、生身が大事 孤立化しても意識させない現代では、人生の喜びも知らずにいるということである。 それでは楽しくない。 人は生身で接触し、人脈を形成することが大事である。多くの人と交流できる場をつくり、求めていくことが必要になっているのである。 それが人間を練り、恕を体得し、魅力を獲得する出発点になる。5、お金は使うためにある、が...。 お金はいくら蓄えたからといって、それだけでは何の価値ももたない。使われてこそ、初めて価値を発揮するのである。 お金の価値を充分に発揮させる使い方とは、お金を使うことによってその人の魅力が増すような使い方である。 人間的な魅力を増すお金の使い方と逆に魅力を減じてしまう使い方。その差は結局、人情の機微に通じているかどうかの違いから出てくる。 お金の使い方いかんで、その人間がわかる。お金にケチな人間は守成はできるが創業はできない。代々の創業の英主と称される人々は必ず金離れがよく、執着がない。 だいたい、金ごときに目をくれるようでは天下の大事はできないということだ。 金に執着しなければこそ、人情の機微をわきまえた使い方が出来たのである。だが、金銭に対する感覚はバランスを保つのがむずかしく、知らず知らずのうちに変化し、ともすれば歪んでくる。感覚の変化とそれを自覚できないことがほとんど原因になっている。
2008.01.14
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不平不満 怠け心 身勝手な事が身につくと不幸になる悲しい事苦しい事に出会った時に避けて通る心では不幸になる人間の価値は物により裏付けされがちであるが自ら切磋琢磨することにより培われる豊かな心に価値がある
2008.01.14
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相手の目に自分がどう映るかを心得ていること。相手の目に自分がどう映っているかを想像することでもある。現代は思いやり欠如の時代。日常生活の中で、人間同士が接触する機会がめっきり少なくなり、人間を練る機会が少なくなったからである。子供が育つときに、家族が自分以外の他者として認識していき自分の位置を確かめるようになり、大人になっていく。自分以外の人間を認識し、人間関係を結ぶといっても両親は特殊な存在である。両親は庇護し庇護される関係だけである、それ以外の関係は成立しない。~両親と子供の関係は、社会的な意味での人間関係以前の原初的な運命的なつながりである。ならば社会的な意味で人間関係を認識する他者は兄弟姉妹となる。諺にあるように、兄弟は他人の始まりなのである。しかし昨今の家族では兄弟姉妹はめっきり少ない。一人っ子では、家庭内には他者は存在しないのであり、子供ふたりでも社会的な関係は成り立たない。核家族では、他者を認識し、複雑な人間関係の中で人間を練る機会がないから、他者への想像力が希薄になり、思いやりに欠けるのである。今は自分から望んで、思いやりを育てないと、他者へ思いやる気持ちなど生まれてこないのである。世の中には自分とは違う考え方や感じ方をする人間がいるということが認識できない人がたくさん増えて来ているのである。気がついたら、相手のきもちを想像する練習をはじめてみることである。
2008.01.13
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辛抱は徳を積むもとである 苦難に負けてはならんどんな難儀にも根気と元気と活気とで耐えて行くこと人は試練に耐えた強さだけ成長する
2008.01.13
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退くにあたり、引き際の潔さのありようが、評価され魅力ともなる。権力や地位やポストに綿々として醜態をさらした人物も多い。日本人の伝統的な美学である。引退に伴い、いくら後のことを考えても、いなくなる人の意見は反映されるのは限度がある。そんなことよりも引き継いだら、口を挟まず、スパッと後任へ任せた方が得策なのである
2008.01.12
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出来事に際して、哀れむべきはあなたで、畏れるべきもあなたである。あなたとの関わりの中で私は要られるが、私のためにあなたがいるのではない。
2008.01.12
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真で成就せぬことはなし 成就せぬ時は真が欠けたと悟れ
2008.01.12
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八観1、貴ければその進む所を観る~部下がいる立場になったら、どんな態度をとり、どのような評価をするかをみる。人物鑑定眼を鑑定するのである2、富めればその養う所を観る~金を持った時にどんな使い方をするか。3、聴けばその行う所を観る~ためになることを聞く。そのときに肝心なのは実行するかどうかである4、習えばその言う所を観る~習熟していけば仕事に自分なりの見方や見解がでてくる。それをどう喋るかで、己の分をわきまえているかがわかる。5、止めればその好む所を観る~仕事を任されるようになると、その人の好み、性向が現れる6、窮すればその受けざるを観る~金に困ると自分のこれだけは譲れないギリギリのけじめがわかる7、賎なればその為さざるを観る~落ちぶれると、金の為ならなんでもする。そのときに、これだけはしないというけじめをもてる人は意志が固い人である8、通ずれば礼する所を観る~世間知ができると物事をわきまえるようになる。金、地位、友情、信義等なにを尊重するかであなたが量られるのである。富む時、貧しいときの対処法で本性がわかる。
2008.01.11
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六験1、これを喜ばしめて以てその守りをためす~喜び有頂天になるとき、節度がわかる。2、これを楽しませて以てその僻をためす~楽しんでいるときに性癖が出る(酔ったとき等)3、これを怒らしめて以てその節をためす~怒った時ほど本音が出る4、これをおそろしめて以てその特(独)をためす~高圧的で強権な上司の下で働く時に人間性がでる。独立性を保持してるかわかる5、これを哀しませて以てその人をためす~悲しい場面でどう行動するかでその人の情がわかる。本質的に情を解さない人は信頼できない6、これを苦しまして以てその志をためす~つらく苦しい状態に追い込んでみると意志の強弱がはっきりわかる。『呂氏春秋』にある人間観察、人物鑑定方法である。
2008.01.11
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あわてる時がお陰を頂く時じゃあわてる時にあわてるならばこれまでの信心はなんにもならぬ人をうごかすのは正しいとか間違っているとかの主観的な主張でなくそれがわかる資料を示すことであるこの信念がいる
2008.01.11
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普通ブレーンを使うには、トップがあるテーマを用意して、そのテーマについてどう思うか諮問することが多い。ブレーン側ではいつでもそれに対応出来るように普段から研究しておく。しかし、優秀なブレーンは、1、トップは今何を求めているのか2、今のテーマの後にどういうテーマがくるのか以上のような言わば、問題の先取りの名人なのである。自主的にテーマを設定し、その研究を怠らない人物。非常の時には非常の人物が必要なのである。異能の人が必要なのである。
2008.01.10
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人には与えられた運命がある。己の運命を知り、それをどう変えていくか考え、実践するのが易の意義だ~易とは本来変わるという意味だ~与えられた運命に甘んじて、そのなかに埋没して流され、翻弄されるのは宿命だが、それを変えようとする生き方があり、自分の望む方向へ変えていく生き方が立命である。立命とは~神髄を極める。運が良かった~成功者は誰もが言う~運を開く生き方であるその生き方とは、陽転の発想である。どんな悪い状況に立たされても埋没しないで、これ以上悪くなりようがないから、よくなるばかりだ。そう前向きに物事をとらえていく。失敗しても終わらないで、そこからいい面に目を向け、次へ進む。成功までの道のりだと考えることである。苦境は決して苦境ではない。挫折し苦境に立っている時から将来を見ると、これ以上悪くなりようがなくて、あとはよくなる一方である。これが陽転の発想であり、運を開く可能性が増えてくるのである。前向きに、少し前向きに考え方、生き方をしてみることが肝要である。
2008.01.10
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眼に見える所ばかり大切にして眼に見えない所を粗末にしております信心致しましたら眼に見えぬところを大切にせねばなりません
2008.01.10
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信用とは、相手に対していかに突っ張れるかである。採算なんか関係なく、自分自身の利益にも関係なく、あなたを愛せるかである。あなたのためにつくせるからである。あなたのために相談に乗れるかである。互いにそれができる限り互いの信頼関係は磐石である。さらに私は相手に嫌われるまで、要らないと言われるまでは一生ものである。
2008.01.09
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何事も目的があり、人は行動する。それがあまりにわざとらしい、ぎこちない、わざとらしく隠れ拝金主義や思わせぶりな艶気が見え隠れしたりすると虚しくなる。あなたがいくら隠していても、そんなあなたの心根が見え隠れするときは、無限の距離を感じてしまうのである。典型は、欲と本能である。本能が活力を支え、欲という魔物と仲良く共存していくことが肝要である。しかしそれを坂手に取っていく輩がいて、気持ちを踏みにじり感情を逆なでし商売しようとしているのである。鴨々がいれば楽なものである。いまはそんな世の中かもしれない。信心する者は、どんな場合でも人を陥れず、共存していくように立ち直るように立ち向かうべきである。人は人無くしては生きられないが、人を立ちゆく道に進んで行こうと互いに努力していくべきである。
2008.01.09
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