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ともかく、私自身学校が嫌じゃなかったし、クレシンくらいの年のときは、1日の大半は学校に行って、残った時間を宿題と物語を書く事、それと友達と遊ぶことで費やしていたので、今、HSのクレシンをどうすればいいのか、持て余し気味ではあります。 で、ついつい、「そんなに暇なら学校に行けば?」などと言ってしまいますが、それは本人も嫌らしいし、そう言っている私自身もそういうのは嫌だったりする。(笑) もしも、クレシンくらいの年のときにHSができていたら、一日中本を読んだり物語を書いたりしているのかなあ?とも思うのですが、こういうことはもしも、はあまり当てにならないし、クレシンと私とは違う人間だから、と思うし。 同じ男の子の意見としてテニプリスに聞くと、「うーん、5年生くらいのときは、ぼーっと過ごしていたなあ」と。そんなもんなのかなあ???や男の子って、やっぱり。私はテキパキやるのが好きだった私の少女時代をクレシンに押し付けても仕方がないカア。。。 まず。親が伝えたい学問を1日3教科くらいやって(これが1時間くらいで終わってしまうのだけど)それから考えて行くしかないかも。 私が言うのも何だけど、クレシンはどの教科も理解が早い。頭がいいんだろうなあ、、、と、これからを楽しみにしながら、暮らして行こうか。
May 31, 2005
前回、行かないイベントのことを書いたので、今回は行くイベントのこと。 まず、HS支援協会の総会。これは私だけ。 親子で行くものは、科学技術館やTEPCOソニックの科学実験。児童センター主催の英語すごろく遊び、おりがみ教室、工作教室。公民館主催のホタル鑑賞会、親子体験教室。 家族で行く、式根島見学。 あとは私は行かなくて小泉君主催の庄内平野・酒田港周辺の社会見学。、、、その他いっぱい。 今、予定されているもの(一部終了したものあり)はこんなところ。 そう。HS支援協会の総会以外は、普通のイベントだ。普通がいい、普通でいい。
May 30, 2005
HSでやっていく、とはっきり決めてから、いろんな判断が早くなった。 例えば、会合。うちの居住市の中でも学校に行かない子の問題はあるらしく、(らしく、というのは、詳しく調べていないのでよく知らないから)いろんな会合情報は広報誌に載っている。●不登校・ひきこもり親の会 不登校・ひきこもりに学ぶ親の会。一人で悩まず同じ悩みを持つ親同士で、何ができるか語り合う。 …うーん、そういうことで悩んでいないし、同じ悩みは持っていないからパス!●学校に行かない子供たち 子供の心に何が起っているか こころの相談室主催。臨床心理士による講演とビデオ上映 …うーん、子供は普通に成長しているし、いわゆる心に何かが起こっていそうなのは、現場の先生の方だと思うので、パス!
May 28, 2005
子供が小学生になると、教育の基本的な考え方は事実上、学校に取られてしまう。親が子供のために何かしたいと思っても「明日は学校があるから」計画できない、途中でやめる、、、等々の経験を重ねるうちに、家庭はすっかり学校の補助になってしまうのだ。 もともと、親は子供を学校にお任せしたいなどとは本当は思っていないのに、そういう流れに流されてしまう。 しかし、今、クレシンのHSを決心してみると、そういえば、子供が生まれた時には「こんなことを伝えたかった」というのがいろいろあったなあと思い出す。今は学校と言う縛りがなくなったのだから、今からでもやればいいのだと思う。 まず。私は子供に「読み書きそろばん」を身につけて欲しい。そして自分で勉強したい事を見つけて欲しい。そして勉強したことが身に付く喜びを知って欲しい。それらはアナログの世界にたくさんあると思う。なぜなら、人間は生物でありアナログだからだ。 テレビやテレビゲームで楽しむのは結構。でも、あれはバーチャルの世界。便利に使えるモノではあるが、根本にはリアルなアナログがなければ、人間は簡単に操られてしまうと思う。(商業主義にもね) 平日は、朝起きてから夕方までは勉強の時間。勉強の中身は自分で決める。テレビやテレビゲームはそのあとのお楽しみ。 というわけで、クレシンにとっては「楽しくも忙しい毎日」になってきた。で、ついには夕方前には音を上げて、キティラと公園に遊びに行ってしまった。(笑)
May 27, 2005
テニプリスは小さい頃からおチョロで、何でも興味があって、触りたがって、騒ぎたがって、どこへ出かけても大変な思いをした分、たぶん彼がHSを始めても親として何をサポートしたら良いか分かりやすいように思う。キティラも同様で。 しかしそうした二人にはさまれた、クレシンは概ね物静かなタイプ。そして自分の興味のないことはトコトン興味がないタイプ。 そうすると、もう少しHSらしく積極的に学ばせようと思ったときに、どうしていいのか分からなくなってしまう。どこにも行きたくない、誰にも何も習いたくない、、、というのはつまりは自分の内面の世界をしっかり持っていて、自分で学び取っていける子だと思うんだけど、それにしてもあまりにも物理的に外部との接触がないと、何とかしたくなる。 したくなるんだけど、他の二人のことも気にかけなくてはならないし、実母も調子が悪いので、そっちの世話もしなくてはならない、そして仕事もある、となると、思うようには手がかけられないのが歯がゆいです。 でも、そんな中でも、精一杯できることを考えて、クレシンに提案して行こうと思っていますので、我が家のHS第二段階ができるまでにはもう少し時間がかかりそうですが、少しずつ変わってきているように思います。 今のところ、あまり社会とか理科とか図工のジャンルにとらわれない、工作が好きみたいなので、そのために考えたり作ったりする材料のサポートをすることと、機会があれば、興味があってもなくても子供向けイベントに連れ出すことかなあ、と思って計画をしています。単発のものなら渋々ながらも満足できることもあると思うので。 あとは親として、やっぱり読み書きそろばんはできて欲しいので、読みはある程度できるので、あとは書くこと(漢字)と算数は学校の教材を利用したり、私が手作りしたりして、必須項目ということにしようと思っています。 本当に手探りですが、続けて行けば、親もクレシンも何かが見えてくるように思います。
May 26, 2005
子供が不登校になって、その関連の情報を集めているうちによく聞くようになったのが、この居場所という言葉だ。 曰く「学校に居場所を失った子供たちに居場所を提供するフリースクール、フリースペース」 最初はよく分からないながらも、こうした考え方に私は小さな疑問を抱いていた。その中身は、、、単に「なんか変」なのだが。はっきり断言はできないけど、何となく、こうした取り組みは過程であって、最終形ではないと思うのだ。… 私自身、短大時代にあるきっかけから、クラスの中で孤立してしまった。今で言うと「居場所を失った」ということになるんだなあ、と思うけど。 それは生まれて初めて味わった感覚だった。小さい頃から、喧嘩はいろいろあったけど、それはお互いに不愉快なことなので、すぐに仲良くつきあう術を求めて、すぐに元通りにつきあえた。 それが、こんなに長い時間、毎日毎日、そのときの感情を忘れることなく、人を孤立させることができる人たちがいるなんて、びっくりというか、精神年齢が低いというか。 今なら、こういうときは、外部のカウンセラーやら大学の保健室に頼るのだろうか? しかしそのとき、私は迷わず、そのクラスでのつきあいを捨てて、クラブ活動に普通のつきあいを求めた。こっちのほうは、そういうことは起らなくて、これが大人の世界、普通の生活だと思った。(でも、そのときもしも、そこでうまくいかなかったら、今度は大学の外の世界へと出て行ったと思う。) 今で言えば、これが、居場所を見つけた、ということになるのかなあ。 でも、こういう行動は当たり前の行動なので、不登校だから居場所を探すとか、学校に行っているから居場所がある、とか、というのはちょっと変だと思う。 そういう言い方をすれば、世の中の人間はいつもいつも自分の居場所を探している。空気を吸うことや食事をするのと同じように。 だから、不登校の場合だけ、居場所を探す、と改めて言うのは、やっぱり変だと思うんだなあ。 とはいえ、学校に行くのがまだまだ当たり前の今の時代、親は子供に学校とは関係ない場所を提案する努力を怠るのが習慣となっている。 また、殆どの場所では、そこは子供が学校に行かずに行くところではなく、子供学校生活を邪魔しないように配慮され、学校の補助のように存在していることも多い。 それは学校に行くのが当たり前の時代なら良いけど、子供たちはそして親たちもすでに学校システムに疑問を感じている。しかし、学校に行く、学校に行かせる、以外の方法が見つからないから、疑問に思いながら学校に委託しているわけで。 しかし、よく調べて行くと、いろんな人間、いろんな考え方、いろんな場所がたくさんあって、それをつなげていくと、学校に委託しなくても何とかなりそうな気がする。 私はその道を歩み始めたばかりなので、まだ多くは書けないけど、そういう手応えは感じる。 ならば、本来のHSを親が普通に実践して行けばいいのではないかと思う。余計なことは気にせずに。
May 25, 2005
HSというのは我が家では当たり前でも、世間では少数派どころか認められていない。そのせいか、正統派を目指す(?)テニプリスは義務教育をもうすぐ卒業するからといって、HSになる気は全然ないようで、真逆の進路を選ぼうとしている。 つまり、全日制の高校への進学、だ。勉強に苦手意識があるのだから、親としてはその辺を何とかしてから行く気になって欲しいものだが、高校へ行くということが大事らしい…。 ので、高校にはあまりこだわりがなく(学校なんて状況によっていろいろ変わってしまうので、入学する前からはよく分からないので、この考え方は良いことだと思うが)入れる高校で、テニス部があればいいよ~と、いくつか希望を出してきた。 そのうち、第一希望の高校は、、、私は埼玉の高校は殆ど知らないので、初めて聞いた名前だったが、少し調べた限りでは、テニプリスに合いそうな高校だなあと思った。激しくもなく、勉学第一でもなく、ほんとに普通の伸び伸びした高校だ。 これなら受験戦争にそれほど翻弄されることなく、残りの中学校生活を最後まで謳歌できるような気がする。さ・す・が。… クレシンはとにかく行動が慎重で、私がいろいろと理科、社会関係のイベントを見つけてみては誘ってみるが、全てノー。理由は「行ってみて、面白くなかったら嫌だから」 なるほどねえ。。。それよりは、図書館で本を見つけて読み込むほうがいいみたいで。この分で行けば、そのうち、インターネットでも情報を読み込むことができそうなので、これはこれで良いのかもなああ、と思う。 とにかく、テレビゲーム一辺倒から、ちょっと変わってきた様子…。… キティラは休みたいときには休み、学校に行くと決めたら行く。 今考えると、HSに移行させてやりたいのだが、クレシンとキティラは興味のあることがまったく違うので、それをサポートするには、どちらか一人が限度になってしまうので、、、キティラの方は「時々HS」で、ちょっと勘弁ね。
May 24, 2005
前の日記ではずいぶん勢いがあることを書いてしまいましたが、まあ、急にいろいろというのも無理だし、やはりそれはそれで不自然になってしまう。だから、今まではっきり言えば、手を抜きすぎていた部分を少し気をつけてみるというところかなあ、と思います。 まずはクレシンは算数は学年相当には理解していて、一番問題なのは漢字なので、そこの強化。それと、理科、社会的な体験が少なめなので、そこも強化。運動もちょっと不足気味なのでそこも強化、、、という感じかなあ、と思う。 具体的には、平日は算数と漢字学習は必須にして、それに理科実験とか体験学習の教材やイベントを加えていく。うちは車がないので、外出学習のときにはどこへ行くにもある程度歩くことになるので、それで運動面はウォーキングという形で少し強化されるが、その他にアスレチックや簡単なスポーツなど、たまに体を積極的に動かす場面を盛り込む…とこんなところになるかなあと思います。 といいながら。日曜日は午前中は学研のカメラ体験学習、午後は児童館で卓球にバレーボールにフリスビーに、と飛ばし気味でしたが、まあ疲れたら休めるし、と思っていたら、たまたまキティラもつきああわせていたら、キティラの方が疲れてしまったらしく、月曜日は本人の希望で休み。 …なのだけど、のんびり休めるどころか、少々積極的になった我が家のHSの洗礼を受けることと相成って、午前中は算数と漢字をたっぷりやり、午後は図書館へ読書、と忙しくなってしまったわけでした。(笑) それでも、学校みたいな時間の縛りは殆どなく、好きなときにピアノを弾いたり、果物を食べたり、テレビゲームもできるわけで、疲れる種類が学校と全然違うせいか、精神的には楽しいHSだったようでした。 ま、滑り出しはこんな感じかなあ。。。
May 23, 2005
さて、夏合宿からすごく疲れて戻った私は、漠然と「これは何とかしなくては。何とかもっと別の団体を探さなくては」という気持ちに陥っていました。自分がストレスを受けすぎるモノは元気なときは受け止められるし、そのことについての満足感も得られるけど、そうじゃないときにはストレスは倍になってしまいます。 そうしてネット検索をしてたどり着いたのが日本ホームスクール支援協会でした。日本ホームスクール支援協会 HPを読んでいて、そこに書いてある文章一つ一つが私には共感できました。そしたら、やっぱり即入会!です。(笑) その後まあ、いろいろあったのですが、それはおいおい書くことにして、5/21は待ちに待った(?)日本ホームスクール支援協会の総会&講演会の日でした。 それまで何だか漠然とした不安というかどうしたらいいのか?といったようなもやもやした気持ちがあったのですが、出席して皆さんの話を聞いているうちに、その中身がだんだんはっきりしてきたように思います。 つまり、私は根本的には子供の教育は学校に頼りたいと考える多くの親御さんと同じだったということです。 私が子供のときも、子供ができたら、幼稚園なり小学校なりに入れて教育してもらうのが当たり前でした。そしてそれは一般的には今もそうで、私の心の根本的なところには今もそういう考えがあります。 だから、子供が学校を否定したとき、どうしていいのか分からないのです。学校へ行かなくてもいいよ、嫌なら好きなだけ休んでいいいよ、というのは言えます。 でも、じゃあ、学校に行かないのなら、親として子供の教育はどうするの?という問題には何も回答できなかったわけです。 ここは、しっかりしなくては、と思いました。 もちろん親の独りよがりな教育は避けたいのは以前と変わりませんが、人間の子供を育てる親として、今こそしっかりするべきときと思います。 それがあってこそ、じゃあ学校とこれからどうやってつきあっていくか?という道筋もできてくると思います。今までのやりかたは今の状況に取っては悪くない方法ですが、私の方法ではないとずっと感じていたので。 というわけで、今のところHSの第二段階というべきときに入ってきて、まだまだたくさん考えることがあるので、それはこれから少しずつここに書いていきたいと思います。 最後になりましたが、実践事例を細かく説明していただいて、いろんなヒントをいただいたIさんにはとても感謝しております。
May 22, 2005
私は日頃から、自分が興味がある場所には積極的に行くようにしているのですが、たいていそこには知り合いがいないことが多いです。知り合いと行って楽しいのはおしゃべりが楽しくて場所が二の次になるけど、興味のある場所はじっくりと見たいために、、、まあ目的としてはいいのですが、やっぱり気軽に話せる人が一人もいないところに行くのは、ちょっぴりある種のつまんなさも同居しています。 それでも隣の人と食事のときくらいは話をした方が楽しいと思い、見回したところ、、、うーむ、最初に見つけたのは子供が一人で参加している子で、私と同じように感じていたみたいなので、思い切って話しかけても、やはりジェネレーションギャップ(?)話が続かない。 と、そこへいかにも人好きがしそうな方が登場。子供にも積極的に話しかけているので、私も話に加わってみる。、、、と、その方はフリースクールを主宰している方。やっぱりねー。 ある程度話をしていると、子供は食べ終わって行ってしまった後、しばし談笑するがー、うーん、フリースクールとホームスクールでは話の接点があまりない。(笑)その方も私と話をするよりも他の子供と話がしたいみたいで、行ってしまった。 残ったテーブルには親子が一組。お母さんと中学生くらいの子の組み合わせだが、一言も話をしない。うーーーん、話しかける雰囲気じゃないなあ。 そんなことをしているうちに、その日の最後のイベント。そこで、やっと、サポートセンターあんだんてのRUさんとROさんに運良く遭遇。(なんせたくさんの人がいるので、待ち合わせとかしておかないと会えない)その後、3人で夜中までおしゃべりをして、私はやっと一息つけたのでした。
May 20, 2005
ホームシューレに入会している間にもう一つ特筆すべきことは、夏合宿に参加したことです。 これはその名もずばり!登校拒否を考える夏の全国合宿で、一泊二日なのですが、全て、不登校関連のセミナーやらシンポジウム、分科会が目白押しで、本や雑誌の中でしか知らない、人たちの話が聞ける貴重な機会と思って出席しましたが…あまりにも中身の濃さに正直言って疲れました。(笑) 毎年1度だけあって、毎年行く方もいると思うのですが、私は何だか一生分くらいのボリュームがあったみたいで。これは生涯の中のすごい体験の一つとして胸の中に大事にしていきたいと思います。登校拒否を考える全国ネットワーク
May 19, 2005
えっと、昨日はホームシューレをいきなり辞めてしまったところまで書いてしまいましたが、(笑)その3ヶ月というのは、いろんな不登校、フリースクール、フリースペース、ホームスクールとインターネットや図書館の本やらで、毎日のように調べまくっていた時期で、今まででベストテンに入るくらい濃い時期でした。 ホームシューレの会員用掲示板の中で、サポートセンターあんだんてを主宰している会員さんと知り合いました。サポートセンターあんだんて このサポートセンターあんだんては松山にあるのですが、HPも開設していて、その中に、掲示板や日記もあります。遠いので、簡単に行くわけにはいきませんが、(いつか行きたいですが)インターネットなら距離を超えて話ができます。 ここの掲示板にはいろんな人が来ていて、私に似ている考えの人もいて、すぐに気に入ってしまいました。ここは今でもお世話になっています。
May 17, 2005
飛び込んでから考えるタイプの私は(あ、もちろん飛び込む前に一応吟味はしますけど)さっそくホームシューレに入会したのでした。 入会金一万円也。正直言って、すんなり出せる金額ではないけど、お金のないNPOにはありがちな値段設定と思い、寄付のつもりでした。月会費3000円、これはうーみゅ、微妙っす。 あー、内容をまだ書いていませんでしたね。(本当はHP参照してもらったほうがいいかな) この会員(子供会員、親会員、親子会員といろいろあるけど、一応親会員になってみました)の得点は、会報が読めること、月1の親子サロンに参加できること、それと、会員専用のHPにアクセスできること、が大きな特徴でした。 さて。入会して会報とか会員専用のHPにアクセスしたりサロンに参加したりした、初めの印象は、3000円は、、、多少寄付っぽいけど、まあいいかな?と思いました。なんせ、あのころは何も知らない世界を一気に教えてもらった日々でしたので。 で、それが1ヶ月、2ヶ月と経つうちに、あることに気がつきました。ここの会員さんは、子供はともかく、親がすごく悩んで入会している方が多いのです。で、それに答えるようにカウンセリングも別料金で行っています。(簡単なものなら無料みたいですが) 会員専用のHPも、スタッフは元気づけ役、会員は愚痴こぼし役という感じでした。 もちろん、こういう場所が必要な人が多いことは私も分かっています。分かっているんだけど…なんか、私にとっては、物足りないというか、飽きて来てしまいました。(私って結構飽きっぽいのー) で、ちょっと惜しい気持ちもありつつ、3ヶ月目には退会してしまったのでしたー。 …続く… 最近のクレシンはようやく今の生活に飽きて来たらしいです。去年の9月から今まで役8ヶ月。殆どゲームの日々でした。正直言って、彼の集中力には恐れ入りましたがー、やっぱりこの世は無常♪ また次の段階はどうなるのか、引き続き、見守りたいと思います。
May 16, 2005
不登校のキティラをフリースクールに通わせるか?という問題に直面して、初めて真剣に(笑)東京シューレについて調べ始めました。 それまでは学校に行かない日がきても、フリースクールみたいなところに通わせる方法もあるなあ、こっちの方がいいなあと漠然と思っていました。ところが実際に調べてみると、まず、地理的には遠いので毎日遠距離通学ができるのか、に悩み、月謝も結構かかることにも悩みました。 いろんな子供に対応できるように、カリキュラムはちゃんと用意されていますし、(参加するかどうかは自由ですが)設備も備品もそれなりにあって、そして何よりちゃんと研修を受けたスタッフもいるので、月謝が高すぎるとは思いませんし、親が安心できそうなイメージはありましたが、、、 キティラはすごく自由な子ですしまだ小さいので、この子がどのくらい カリキュラムに参加するかは未知数ですし、児童館プラスくらいに考えていた私は、うーん、と唸ってしまいました。 とはいえ、もしも自宅の近くにあったら、悩まず(藁にもすがる思いで?)入学させていたかもしれませんが。(笑)距離の遠さが私を冷静にしたのかもしれません。 で、ある日、東京シューレのHPを隅から隅まで見ていたら、そこにホームシューレの文字を見つけたのでした。これが、あらゆる学校という名の「施設」以外の教育、、、ホームスクール(東京シューレではホームエデュケーションと言っています)との出会いでした。ホームシューレ
May 15, 2005
最近、我が家のHSが落ち着いて来るに従って、ここに載せる話題がどうも学校や学校化した地域への不満とか愚痴になってきてしまいました。これは私自身向かいたくない方向で、まずいなあと思っていました。なぜなら、不満や愚痴は行動のきっかけの一つにはなるけど、それだけでは未来がありませんので。 そこで、未来型HSへの創造に向けて(すっごい大げさ…)第一歩として、今まで私がHS情報を集めて来た結果を元にレポートを書いて行きたいと思います。… まず、私がキティラの不登校に直面したときに思い出したのは、フリースクールでした。もともと教育関連には興味があって、殆ど趣味で購読していた本として、「おそい はやい たかい ひくい」という雑誌がありました。これは、学校に不安や疑問を感じたときに、学校の裏側や先生の本音がズバズバわかる学校生活お役立BOOKです。 この本を通して、PTAの歴史やら、通知表のつけかたやら、卒業式の中身やらいろいろ知りました。「おそい はやい たかい ひくい」(ジャパンマシニスト社) その中に東京シューレというフリースクールを主宰している方の連載コラムのコーナーがあったのです。毎号読んで行くうちに、普通の学校とは少し違うもう一つの学校のかたちをだんだん知っていたのでした。東京シューレ …続く
May 14, 2005
って、なんか最近気に入っている言葉。(笑)物事を考える時って、人間はつい自分に都合が良いように考えてしまう。その結果サプライズになっていることも多い。 しかし物事というのはオーディエンスで決まるモノなのだ。その結果がかなりズレているということは、時代に遅れているか、先取りしているか、どっちかなのだが。歴史は繰り返しているので、東京の山の手線のように待っていれば電車が来るものだとも思う。 キティラのHSは想定の範囲外だったが、キティラの不登校はよく思い出せば、想定の範囲内だったはず。保育園時代からの行き渋り、自由奔放な性格…。 その振れ方の大きい彼女の生き方で考えれば、今、鬼のように学校に行っているのも想定の範囲内。(笑) 来年はどうなるか?また嫌な先生だったら不登校になるだろう、、、というのは、また違う。彼女は今もこれからも、いろんな物をどんどん吸収して成長しているのだ。 どんな想定が立てられるかは、その様子を見てから、また。 クレシンは、どうだろう?以前「将来はタクシーの運転手になりたい」と言っていたから、それを叶えるには18歳まで生きて運転免許を取って就職すれば達成してしまう。確かに高校も大学も関係ない。今の小学校さえも。 そしてお笑い好き…とくれば、お客を笑わせる人気タクシードライバーというところかなあ?とも思うが、あと8年も先の話なので、今から想定はできない。(笑) そこへいくと、テニプリス。兄弟の中では一番まっとう、、、である。でもいろんなサプライズの芽は持っているのが見える。こっちも楽しみー。
May 12, 2005
何だか最近涼しい日が多くて、今年は冷夏かなあ?とか思います。でも酷暑冷夏と暖冬厳冬と代わる代わる来ているので、去年は酷暑だったから今年は冷夏と予想を立てています。(当たるかな???) 冷夏だと困る人はいっぱいいます。海の家の人、ビール業界の人、それから海に連れて行けとうるさい子供を持つ親。 でも、これからはもっともっと、日本人は時代や環境に対して、うまく生きていくことが必要になると思います。 たまごっちの売り切れは個人的には嬉しい(謎)けど、欲しがる子供に買うことができない親の私としてはちょっと辛い。(笑) でも同時に流行を追うことの軽薄さも教える良い機会だと思います。キティラは「秋になったら買えるかもしれないけど、そんとき買ってもダサイって言われるから嫌」と言うので、「流行に踊らされている方がダサイんだよ」と私は言いますが、果たしてまだまだ本人は理解していない感じですねー。(爆)でもそのうち理解できるようになるといいなあと思います。 そう言えば、テニプリスが持っていたたまごっちが探したら出て来て、キティラも渋々満足ですが、あの電子音って結構うるさいんですよねー、あー思い出した。この音が結構ストレスになっていたっけ。 こういうのを見ていると、学校と言う狭い場所に押し込められている子供たちや先生、地域と言う狭い場所に押し込められている地域の人、職場という狭い場所に押し込められているリーマン、、、は流行を追うことでストレスを解消しようとしているけど、またそれ自体が新しいストレスを生み出し、また流行を追うのかな???とも思っちゃいますが。 一方で、HSのクレシンは気に入ったゲームを買えるときに買ってじっくり遊びます。未だにアドバンスを持っていないと言うと、驚く大人は多いのですが、それがどうしたのさーと私は聞きたい。(笑) あれ、あれ???話がすごーく、ずれたけど、、、冷夏で雨が多い年なら、その良さを考えれば(暑くて何もする気になれないということが少ないし、屋内での遊びを堪能できる)それなりの楽しみを見つけられると思うし、それを提供していけばいいと思うのです。
May 11, 2005
キティラは自分で決めた通り月曜日は休み、自主三連休を楽しんでいた。最初の土日は近所の友達&保育園時代からの友達と一日中遊び、その中の男の子の友達がクレシンを気に入ってくれて、連続で遊びに来てくれる、というおまけつき。兄弟がいると、お友達と遊ばないという心配が少ないのがありがたいかも。 さて、月曜日となると、サラリーマンの大人たちの中には気が重い人も多いのかもしれないが、小学生たちも気が重いらしく、それでもみんなが学校へ行くからと頑張って行くのかもしれないけど。 そんな中で「有給を取った」キティラはまたまた羨望の存在らしい。鎮火していた「キティラちゃんずるーい」の大合唱を久しぶりにキティラは聞いたらしく、げっそりしていた。 大人から見ると学校へ行かない子は学校へ行けない可愛そうな子だと思うのかもしれないが、当の子供たちは「学校を休みたくても休めない、休ませてもらえない」可愛そうな子なんだなあ、と私は思う。 ホント、せめて、世の中のサラリーマンと同じくらいには、つまり有給休暇程度には、月に一度でもいいから、子供たちをイレギュラーに休ませてあげてほしいと思う。 そんなに子供を追いつめても悪いことはあっても良いことはないと思うから。
May 10, 2005
読書は好きで、いろんな本を読む。最近は子供の頃に読んでいた城山三郎氏の本が懐かしくなり、図書館から借りて来た。当時はたぶん読み飛ばしていたこともまた読み返すと別の感慨があっていい。城山さんの本は男性を中心にした仕事及び男性社会のことを描いた作品が多いが、私は子供の頃から、男の仕事であっても自分には関係ないとは思わずに、いつも興味があったので、この手の本は大好きでよく読んでいた。「男子の本懐」昭和初期、金本位制に移行すべく、金解禁に命を賭した二人の政治家浜口雄幸と井上準之助の生涯を描いた名著。 その中で、、、井上が左遷されて失意の時代に参加した、「世の中、悲観して過ごすのは、愚の極み。笑って渡ろうではないか」という趣旨の集まりのことが出てくる。 その会への参加を通じて井上は気を奮い立たせ、母の言葉も思い出す。「他人のことをうらやんではいけない。辛抱して、将来、発展すればいい。いま苦しいのはむしろ幸せと思いなさい」 これらの一節は私は読んだことをすっかり忘れているが、今の私の生き方に通じているのは、心の奥底では憶えていて教訓にしているのかもしれない。人間の生き方には男も女もない。 … 今日はキティラは一日を自分が好きなように使いたいために学校を休む。朝から学校へ行っていては見れないテレビ番組を見ていた。 いつもは静かに過ごすクレシンも、キティラが騒いでいると、少し迷惑そうな顔をしながらも嬉しそうで。4年生の復習テストを終えると、二人で一緒に遊んでいた。兄弟っていいなあ。
May 9, 2005
最近我が家のHSが安定してきたので、書くことがないなあと思っていたら、久々の不登校ネタ2連発! ☆その1 まずクレシンの担任はだいたい週1で来てくれて、書類やら教材やらを届けてくれる。こちらもクレシンがやった分を渡す。こっちは良いけど、担任は週1とはいえ、ちょっと大変かなあ?2週間に1回でも良いんだけどナアと思っていたら、ついに(?)「あの、やっぱりこのままでは良くないので、校長が話をしたいと言っているんで、学校に来ていただくかこちらにお邪魔するかしたいんですが」と。 こっちも「油断」していたし、たまたま大雨だったので、「はい。えっと」ぐらいしか返事をしないうちに「また来ます」と担任は帰ってしまった。 校長は去年と同じ。去年のあの意味のない電話対談を忘れてしまったのだろうか?と思う。それとも校長は意味があったと思い込んでいるのかなあ? 今度その話を振られたら、この新しい担任にその時の状況とかいろいろまたイチから話さないといけないかもなあ…と思うと、気が重いけど、まあそのまま直球勝負しか私はできないので、あまり悩まないでおこう。 ☆その2 さて、学校子供になったように見えるキティラだが。急に「月曜日だけ休む」と言いだす。それでやっとホッとする私。(爆)「じゃあね、担任と一緒に登校する友達にお休みするよって言っておいて」と言うと、キティラはさっそく担任に電話をする。 側で聞いていると「どうして休むの?」と聞かれたらしく「あのね、お出かけするから~」って答えていた。なるほど~、お出かけするから休むんだ。ふむふむ。 電話を切ると、「さて、これでよしっと。遊んでこようっと」とキティラはニコニコ出掛けた。
May 7, 2005
人の世は結構うまくできていると思う。世の中の動きには安定ということはありえなくて、いつも振れながら動いていく。だから幸福ばかりではないけど、不幸ばかりでもないのだ。 日本は戦後何もかも失った後、組織を作って国を立て直していった。国民も一人ではできないいこともみんなで力を合わせることでたくさんの仕事をなしとげた。その結果、飽食の時代に入ったのだ。これはある意味、成功の証であるが、逆に言うと今までのやり方の組織中心であることの欠点が露出して来たこと意味している。 それを表すかのように、企業が倒産し、あるいはその前にリストラしているのが現状。また、組織にいれば安心だと思っていた多くの人々はそれによって、現実を知らされる。 それならば、また現実に沿って変化していくしかないのだ。組織で動くのが合わないのなら、逆に個人と個人のつながりで動いていく…。 ところが教育は戦後そのままの形を踏襲している。細かいところは時代に合わせようとしているが、大元のシステムが変わっていないので、ちぐはぐなままである。 不登校は組織を否定する動きであると思う。それは古いシステムにしがみつきたい多くの大人から見れば、問題児に見えるだろうが、未来を生きる子供たちはとっては当然の流れなのだ。組織とは関係なく子供たち個人個人が有機的にいろんな人とつながっていく第一歩なのだ。 もちろん子供は大人に食べさせてもらっているので、親の思いに反した行動は思うようにはできないが、それが学級崩壊として現れたりする。 学級崩壊。結構なことだと思う。大人たちが自分たちでは変えられない古いシステムを子供たちが新しい時代にふさわしいものが作り直せるように、一生懸命壊そうとしているのだ。 どんどんやって、大人の目を覚まそう。。。(^^)
May 6, 2005
キティラの不登校がきっかけで我が家に入って来たHS思想は今もいろんな形で我が家に良い影響を与えていると思う。 そもそも、学校に対するいろんな私の不満は、つまりは子供に歓迎されない学校は行かなければ良いと思えるようになったことは大きい。そういうものがベースになっているからこそ、あえて学校に行くことにしたキティラは実に学校を楽しんでいる。 親と学校の関わりも、親ならば、ある程度、関わらなければならないと思うからすごい重荷になるわけで、今は本当に必要なこと以外は親は関わらないようにしている。実験中というわけだが、何も困ることがないばかりか、余計な干渉を受けることがない子供も助かっているみたいで。 学校に関わらなくても子供に関心がないということにはならない、という証明のようなものだと思う。 そして、難しい年頃の思春期というテニプリスに対しても、自然に考えられるようになって、時々争いはあっても尾を引かない。お互いのために仲良くやっていこうや、という空気が流れるから。 ところが、世間の親御さんはなかなかそう思えないらしく、今一番閉口しているのが、地元の子供会とかPTA。何のために嫌な思いをしながら仕事をしているのか分からない奴隷のような団体だと思う。 最近また再発した電話恐怖症(電話に出たくない…)も相手は親御さんなのだ。(笑)
May 5, 2005
GWはどこも混んでいるから、どこにも行きたくない私だったが、こんなに気候がいいと暇なら散歩でも行こうか?と思う。ちなみにテニプリスは午前中は部活で、午後は友達と筋トレのためにちょっと遠くの公民館(健康増進室というのがあるらしい)に行くので、行動はまったく別…。 家の近くの関越自動車道は下りは車がいっぱいで、ノロノロ運転しているのが見えた。やっぱりなあ…どうして混んでいると分かっていてみんな行くのかなあ?と思いつつ、夫婦とクレシンとキティラの4人で最寄りの市街地に出かける。 ブラブラと歩く間に、ゲームショップに寄って新作ゲームのホンモノを見て、子供たちは欲しいゲームを心に刻み(笑)私は良いなあ~とため息をつき、小泉君は欲しいけどおこずかいが足りないなあとため息をついた頃、(笑)じゃあ、どこに行こうか?と話しているうちに児童館へ。 GWというのは遠くに行くもので、近くの児童館に行く人というのは、少ないらしく、空いていた。 もともとあまり遊戯物がないところだけど、人が少ないおかげで、みんなでアスレチックで遊んだり、パズルをしたりして、結構楽しい。 やっぱり混んでいない場所は良いなあ~。 特にパズル類が置いてある部屋は誰もいなくて、我々家族の独占状態だったりして。 夕方になって、外食は高いし、テニプリスも待っているので、テイクアウトを豪勢に買っていく。が、外食よりは全然安い。 良い1日でした~。。。
May 4, 2005
学校は平日はあるので、今日はテニプリスとキティラは学校に行っている。で、クレシンも今日は「学校の宿題」で算数学力テスト。小4のまとめなのだが、少し勘違いと計算間違いの他はよくできていた。間違えたところを指摘すると、全部すぐに何が間違いで正解はどうなのかすぐに直すことができた。 小学校は読み書きそろばんが基礎、というのなら、クレシンは小4の算数の基礎は出来ていることになる。 おしまい!(笑) あとは本を読んだり、絵を描いたりして過ごす。何度も書いているが、私もこんな子供時代が良かったなあ。。。(笑)
May 2, 2005
3人3様の子供がいて、親が仕事をしていると、なかなか動くのが難しい。テニプリスはスクーラーでとにかく今は「学校&部活&友達とのつきあい」が忙しい。クレシンはお家を中心としたHSだが、好みがはっきりしている。キティラも今はスクーラーになってしまったので、テニプリス同様「学校&友達とのつきあい」が忙しい。 だから、私か小泉君どちらかが家に残って、どちらかが子供のうちの誰かと出かけることはできるけど、一家でどこかに出かけるのが難しい。せいぜい夕食を近所で外食するくらいな実現できそうだけど、外食するくらいなら、テイクアウトして家で食べたほうがゆっくりできるので、結局、、、何の予定も立てられない。 というわけで、家を中心としたイベントを考え中…。このままだと家は「メシ、フロ、寝る」だけの場所になっているので、もうちょっと「変な家」にしたいなあ…なんて。
May 1, 2005
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