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私がなぜ詩という表現形態を選んだかというと、それは、 詩には最小限度ひとすじの呼びかけがあるからです。ひ とすじの呼びかけに、自分自身のすべての望みを託せる と思ったからです。ひとすじの呼びかけと私がいうのは、 一人の人間が、一人の人間へかける、細い橋のようなも のを、心から信じていたためでもあります。 石原吉郎 『失語と沈黙のあいだ』
2009.07.25
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昨日の大相撲名古屋場所12日目の栃ノ心と時天空の取組でこんなことがありました。時天空がもろ差し、栃ノ心が抱へ込んで両上手といふ体勢だつたのですが、時天空のまわしがゆるんでしまつたため行司が「まわし待つた」で中断、両者を離して時天空のまわしを締め直してから再開することになりました。この場合力士は中断前と同じ状況から再開しなければならないといふことで足の位置を動かしてはいけないのですが、少し動いてしまつたらしくなかなか元の体勢に戻らなくて再開までに時間がかかりました。しかもまわしを締め直したことで、ゆるんでゐたから肩越しにとることのできてゐた栃ノ心の両上手は届かなくなつてしまひ、栃ノ心にとつてはかなり不利な状態から再開することになつてしまひました。栃ノ心はその上手のことを行司に言つてたやうでしたが認められず、その不利な体勢から再開して時天空に寄り切られて負け。栃ノ心は首をかしげたりして納得がいかないといふやうな様子でした。ぼくもちよつと「えー?」といふかんじだつた。このやうな場合ああいふ処置をするといふきまりなのでせうか。行司は放駒審判長(元大関魁傑)にも確認をとつてゐたやうだけれど。でもさうすると今日のやうな「まわし待つた」はまわしがゆるんでる方が絶対有利といふことになるんではないでせうか。(以前「ゆるふん」といつてわざとまわしをゆるめると いふのが話題になつたことがありましたが。)ぼくにはよくわからない。
2009.07.24
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20日に太宰治のはなしが出たのですこし気になつてゐたことを。岡井隆さんの『ことばの朝風』といふ本があります。これは毎日一つ誰かの名言名句を取り上げてそれにコメントを加へるといふ連載を岡井さんが中日新聞でされてゐて、それがまとめられて本になつたもの。古今東西の言葉が取り上げられてゐておもしろかつた。その中に太宰の言葉もとり上げられてゐた。 井伏の小説は、決して攻めない。巻き込む。吸い込む。 遠心力よりも求心力が強い。 『もの思う葦』これについてぼくはどうしてもよくわからないことがあります。まづ出典です。出典が『もの思う葦』になつてますがこれは『もの思う葦』ではなくて『「井伏鱒二選集」後記』です。なぜ『もの思う葦』になつてゐるのだらう。『もの思う葦』は太宰のアフォリズム集です。この文章が入つてゐるはずがありません。おかしいなあと思つてゐて、やつとわかつたのが新潮文庫で出てゐる太宰のエッセイ集のタイトルが『もの思う葦』だつたのです。そしてこの中に『「井伏鱒二選集」後記』が入つてをり、おそらく岡井さんはここから前記の一文を引用されてゐるのだと思ひます。それからもうひとつ。太宰は井伏鱒二のことは「井伏」ではなく「井伏さん」と書くので、掲出の「井伏の小説は…」は変だなあと思つた方も多いと思ひます。これは太宰の言葉なんだらうか。この文句が出てくる箇所の前後を引用します。 私は、第一巻のあとがきにも書いておいたように、井伏さん とはあまりにも近くまた永いつきあいなので、いま改って批評など、 てれくさくて、とても出来やしないが、しかし、井伏さんの同輩の 人たちから、井伏さんの小説に就いての、いろいろまちまちの論を、 酒の座などで聞いたことはある。 「井伏の小説は、井伏の将棋と同じだ。槍を歩のように一つずつ進 める。」 「井伏の小説は、決して攻めない。巻き込む。吸い込む。遠心力よ りも求心力が強い。」 「井伏の小説は、泣かせない。読者が泣こうとすると、ふっと切る。」 「井伏の小説は、実に、逃げ足が早い。」 また、或る人は、ご叮嚀にも、モンテーニュのエッセエの「古人の 吝嗇に就いて」という章を私に見せて、これが井伏の小説の本質だ などと言った。 (中略) しかし、そのような諸先輩のいろいろまちまちの論は、いずれも この「青ヶ島大概記」に於てだけは、当るといえども甚だ遠いもの ではなかろうかと私には思われるのだ。かうして読んでみると『ことばの朝風』に引用された、 井伏の小説は、決して攻めない。巻き込む。吸い込む。 遠心力よりも求心力が強い。は、太宰が「井伏さんの同輩の人たち」「諸先輩」から聞いた言葉であつて太宰自身の言葉ではないことがわかります。それに「当るといえども甚だ遠い」と自分で言つてゐます。なんで岡井隆さんはこの箇所を太宰の言葉として抜き出したのだらう。ふしぎです。この言葉に付けられた岡井さんのコメントにはそれについての説明はなく、「太宰治は寸鉄人を刺すアフォリズムの名手だが、掲出句は師の 井伏鱒二の小説の特質をずばりと言った文句。なんとなく、人を 説得する術について言っているようにも聞こえる。人を説き伏せ るには「巻き込む」「吸い込む」話術が必要だ。「決して攻めな い」のがいいのである。」といふものです。「特質をずばりと言った」のは「井伏さんの同輩の人たち」「諸先輩」になるのではないでせうか。もしかしたら太宰は「井伏さんの同輩の人たち」といふ仮の人物を創造してその人物の口を借りて自身の井伏評を書いたのかもしれませんが。(猪瀬直樹『ピカレスク』などに書いてあるやうに『「井伏鱒二選集」 後記』は太宰の井伏への辛辣な批判が込められた文章です。)たださうだとしても「巻き込む」とか「吸い込む」といふやうな小説評はあまりに抽象的すぎるかなあとぼくにはおもへました。井伏鱒二にとつてはこの後『青ヶ島大概記』のリライト問題に切り込まれる部分の方が「特質をずばりと」言はれたやうな気がしたんぢやないかと思ひます。
2009.07.24
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「木村を負かすのはあんたや。あんたのほかにあらへん」 坂田三吉 升田幸三 『名人に香車を引いた男』
2009.07.23
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一昨日ゴルフの全英オープンのトム・ワトソンのことを書きました。全英といへば強烈に印象に残つてゐるのが1999年のジャン・バンデベルデですね。バンデベルデは最終日2位に3打差をつけて最終ホール(パー4487ヤード)まできてゐたのです。ダブルボギーでも優勝といふ状況ですから誰もがバンデベルデの勝利を信じて疑ひませんでした。が、ここから信じられないことがおこります。第一打、ドライバーが右へ行つてしまひ、ボールはとなりの17番ホールのラフへ。キャディは安全にスプーンをすすめてゐたのですがバンデベルデは「最後くらいは自分の好きなクラブで打つ」と言つたのださうです。第二打、こんどは観客席の前にあるフェンスに当たつてまた深いラフへ。第三打、深いラフからグリーンをねらつたショットは飛距離が出ずボールは小川の中へ。ここでバンデベルデは靴を脱ぎ裸足で川の中に入ります。しかしボールは沈んでおりとても出せさうにない状況でした。解説の青木功が精神状態普通ぢやないよ、無理だからやめたはうがいいよ、と言ふほどでした。結局川の中からのリカバリをあきらめコースに戻るバンデベルデ。「本気で打つつもりだつた」第四打、一打罰でボールを後ろにドロップ。しかしドロップした位置もラフの中。第五打、ボールはグリーン右前のバンカーへ。第六打、バンカーから出してグリーンに6オン。第七打、パットをきめてトリプルボギー。これによりバンデベルデ、ポール・ローリー、ジャスティン・レナードの3人が同スコアで並ぶことになりプレーオフでポール・ローリーが優勝したのでした。こんなことがおこるんだなといふかんじでした。たしかちばてつやさんのゴルフ漫画「あした天気になあれ」で、絶対有利の立場にゐた杉原がアプローチを二度打ちしてボールを海に落としてしまひ、主人公の向太陽にまさかの敗北を喫するといふのがありましたが、そんな漫画みたいなことが現実におこつたのです。事実は小説より奇なりといひますがまさに筋書きのないドラマといふゴルフのすごい一面を見せられた試合でした。先日のトム・ワトソンのプレーオフのときも解説の青木功が最後まで何がおこるかわからない、と言つてたのはかういふことがあるからなんですよね。もしバンデベルデが優勝してたらフランス人92年ぶりのチャンピオンだつたのですが、ローリーの優勝もメジャー大会史上最大の10打差の逆転優勝、予選会を勝ち上がつての史上初の優勝といふ記録づくめのものでした。ところで、優勝したポール・ローリーは寒い中ずつと半そでを着てゐました。それについて青木功がかう言つてゐます。「ローリーは優勝トロフィーをもらうまで、ずっと半そでシャツだった。 雨が強くなっていて、長そででも震えるくらいだったのにな。きっと 寒さも感じないくらい集中していたんだろう。」(日刊スポーツより)すごい集中力ですね。ローリーは地元スコットランドの人なので寒さに慣れてゐたのかもしれません。全然関係ないですがゴルフをするとき真夏でも常に長そでだつたのは小林秀雄。
2009.07.22
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「そう、風なんですよ。オーガスタには魔女がいるって 言われるけど、魔女の正体ってのは風なんですよ」 中島常幸 (何年か前のマスターズの解説で)
2009.07.21
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昨日太宰治は今年生誕百年だと書きました。1909年(明治42年)生れには太宰のほかにもこんな方々がゐました。中島敦埴谷雄高大岡昇平松本清張花田清輝淀川長治まどみちおまどさんは現在もご健在ですから今年百歳といふことになります。ちなみに今年生誕200年(1809年生れ)の文学者にはポーとゴーゴリがゐます。歿後200年が上田秋成(文化6年歿)。生誕1000年(1009年生れ)の人がゐました。蘇洵(唐宋八大家の一人で蘇軾・蘇轍の父)です。ポーやゴーゴリは雑誌が特集を組んだりしてゐるやうですが蘇洵についてはさういふ話を聞かないですね。生誕1000年なんてすごい話題だと思ふのに。
2009.07.21
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ゴルフの全英オープンを見てました。59歳のトム・ワトソンがあと一歩で優勝といふところまでいつたのですが、最終ホールのウィニングパットが入らず先に2アンダーでホールアウトしてゐたスチュワート・シンクと並び、プレーオフで敗れたのでした。去年のグレッグ・ノーマンのときもさうだつたけどいいものを見た、といふかんじでした。ワトソンの優勝が絶望的になつたときに解説の青木功がまだわからない、それがゴルフだから、といふやうなことを言つて逆転を信じてゐたのが印象的でした。 ワトソンは、米ツアーきっての紳士でもある。社交辞令というのではなく、どういう状況ではどういうことを口にしたらいいのか、よくわきまえている。頭が切れるうえに、心も温かいのだろう。 青木功 『俺と闘った男たち』
2009.07.20
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今年は太宰治の生誕100年(松本清張も)といふことで今日本屋さんに行つたら太宰の作品の文庫本や研究書などがいろいろ平積みになつてゐました。作品の映画化も予定されてゐるさうです。こんなに盛り上がつてるとは知らなかつたなあ。さういへばこの間買つた臼井吉見の『どんぐりのへた』に太宰のことがいくつか書いてありました。太宰が豊島與志雄に会つたときのこと。太宰はお酒の席で豊島に、「ぼくは師匠の選択をまちがつた、ぼくは豊島先生の 作品がむかしから大好きだつたのに、先生を師匠に しなかつたのは残念だ」といふやうなことを言つたのださうだ。それで翌日臼井吉見が太宰に、「君はむかしから豊島さんの小説が大好きだつたというが、 いつたいどんなのが好きなんだ」と聞いたところ太宰はニヤリと笑つて、「いやア、実は何にも読んでいないんだよ」と答へたといふ。このうそをついて豊島の機嫌をとらうとしたことについて臼井吉見は、「こいつと思つて、ぼくはそれきり口をきかなかつた。」といふふうにすこし怒つてゐます。ただその前の部分に、このころ太宰は井伏鱒二や志賀直哉といろいろあつた時期であり、当時自分を評価してくれてゐた豊島與志雄の好意はうれしかつたのではなからうかと書いてあるので、その豊島を喜ばせたいあまりつい(酒の勢ひもあつて)おべつかのやうな言葉が口から出たのかもしれません。この太宰と飲んだ日のことは豊島與志雄も「太宰治との一日」といふ随筆に書いてゐるので臼井の書いたものと読み比べてみるとまた面白いです。
2009.07.20
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少年サッカーのコーチをされてゐるhさんに出会ふ。小学校、中学校、高校、社会人とサッカーをやつてゐる筋金入りのサッカーマンの爽やかな方でした。今は芝生のサッカー場が各地に増えたけど、自分が学生のころは無かつたので最近の子どもたちは恵まれてゐてうらやましいですねなんてはなしをしてました。芝生の上だと滑つたりしても痛くないですからね。 私は自分の住み家の庭としてはむしろ何もない広い芝生を愛する。 寺田寅彦 「芝刈り」
2009.07.19
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「蚤という奴はどうも利口だ。夜、袋の中にはいっている のがわかるから、朝になったら捕えてやろうと愉しみに していると、もういない。どうも利口だ」 斎藤茂吉 北杜夫 『神河内』
2009.07.17
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昨日につづいて今日もサッカー。めちやめちや暑かつたです。倒れさうになつた。ゲームの終盤は疲れてしまつて相手ボールにチェックに行けなかつた。昨日うまくいかなかつたヘディングシュートはニアサイドでうまく合はせられたのが一本あつたのでよかつた。
2009.07.15
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「モタという言葉は、日本語ではどうも遅いという意味が あるようですけど、ポルトガル語では、モーターから由来 した、オートバイのことを指すんです。速い、という意味 です!」 ロザ・モタ 武田薫 『ソウル五輪マラソンの女王 ロザ・モタ』
2009.07.15
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誘はれてサッカーに参加。右からいいクロスが上がつてぼくはファーサイドに走り込んで頭で合はせたのですが左のポストに当たつてしまひました。そのはね返りを押し込んで得点にはしましたがヘディング下手だなあとほんとに思ひました。今日は本当に暑かつたですね。いつもより動けなかつた。
2009.07.14
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「スニーカー、やめたきゃやめろ。 だがな、人を逮捕するという誰もが嫌がる仕事を、 お前がやらなかったら一体誰がやるんだ。」 山さん(露口茂) 『太陽にほえろ!』 第460話
2009.07.14
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「わしらは知りあって間もないが、行っても友達、行かな くても友達。いづれにしても、わしはあんたの友達だ。 行っても友達、行かなくても友達だよ」 アブドルホセイン・バゲリ 『桜桃の味』
2009.07.14
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朔太郎のマネは取らず。 萩原朔太郎 「日本詩人」(大正14年2月号)「選評」
2009.07.13
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関良一先生の授業の中でいまも記憶に残るのは、「化政度 の文化」という一連の講義と近代文学の中の「夏目漱石論」 である。ことに漱石論の中で関先生が歯切れのいい口調で 「漱石はドメスティック・ハッピネス(家庭的な幸福)を欠いて いた」と言ったのが昨日のことのように思い出される。 藤沢周平 『半生の記』
2009.07.11
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夏目漱石、升田幸三の笑顔の写真のはなしのつづき。藤沢周平にも似た話があつた。エッセイ集『小説の周辺』に収められてゐる「笑う写真」といふ短い文章。カメラマンにちよつと笑つてくださいと言はれてとられた写真はどうしても「白々しい感じ」がする、といふ内容だ。藤沢周平の笑顔の写真はいくつか見たことがある。穏やかで自然な笑顔だといふ風にぼくには見えたのですこし意外な気がした。
2009.07.10
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小生、『郷土研究』の休刊に先だちて、この状を機会として、 真の山男の意味を答へ申し上げ置く。『郷土研究』に、貴下や 佐々木が、山男山男ともてはやすを読むに、小生らが山男と ききなれおる、すなわち真の山男でも何でもなく、ただ特殊の 事情により止むを得ず山に住み、至って時勢おくれのくらしを なし、世間に遠ざかりおる男(または女)といふほどのことなり。 南方熊楠 柳田國男宛書簡 大正五年十二月二十三日付
2009.07.09
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はなさかじいさんのはなしのつづき。はなさかじいさんについてくはしく研究した本はないかなあと探してゐて、『花咲爺の源流』伊藤清司といふ本を見つけたので読んだ。この本は題名には「花咲爺」が入つてゐるけど昔ばなしについて書かれたいくつかの文章を集めたものでそのうちのひとつが「昔話「花咲爺」の祖形」といふ文章だつた。まづ柳田國男の「昔話と文学」からの引用があつて、犬が出てくる部分と枯木に花を咲かせる部分は別々に発生してくつついたのではないかといふ説の紹介。そして高橋盛孝が「昔話研究」掲載のレポートに、支那に花咲爺とよく似た説話が広く分布してゐると書いてゐることに対して柳田が「日本の国産」だと断言してゐることに触れてゐる。なぜ柳田がさう言つたかといふと高橋氏が示したデータが一例(米星如編『吹簫人』「枯樹開花」)だけだつたからだが、その後わが国の説話研究も進んで海外の資料も増えたのでまた高橋氏と同じやうに日中の説話を比較することによつて「花咲爺」の来歴について考へてみようといふことなのださうだ。といふわけで日本の「花咲爺」によく似たはなしとして、中国に伝はる「狗耕田」(または「耕田狗」)といふ、犬が畠を耕すはなしが紹介されてゐる。耕作のための牛や馬を持つてゐない主人のために犬が犂をつけて畠を耕すのださうです。日本のはなさかじいさんの犬と違つて力持ちなのだ。
2009.07.09
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「みんな見てくれ、これが折れるか?1本…2本… 束では無理だ。この束を折れるやつはいるか? どうだいないだろ?人間も団結すれば大きな力となる。 このままでいいのか!くやしくないのか!団結して 闘おうぜ。俺はやるぞ!」 ジャッキー・チェン 『レッド・ドラゴン』
2009.07.08
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6月29日の淡谷のり子さんのことばは、自伝にのつてゐた。ある商店のお客さんの招待会で素人のど自慢の審査を頼まれたときのこと。淡谷さんの採点にお客さんが不満で、一等になつた人の歌のどこがいいのかなどと言はれたため、次のやうに答へたといふことだ。 「この人の歌には、この人独自の味があります。いくら上手に うたってるようでも、伊藤久男さんの真似だったり、二葉あ き子さんの真似だったり、美空ひばりさんの真似だったり、 私の真似だったりしたら、それは物真似で、歌ではありませ ん。自分の歌を大切にして、自分でなくては歌えないような 歌が、たとえ下手のように聞こえても、ほんとうの歌です。」 (『淡谷のり子 わが放浪記』)ぼくのやうに歌が下手な人にはありがたいことばだ。のど自慢といへば以前大阪のとある公園の夏祭りで見た素人のど自慢は下手でもみんな楽しさうに歌つてゐてよかつた。
2009.07.08
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「Good,huh?」 「Oh,yeah.This is great. Yeah」 「Pepper?」 「Oh,yeah.Thanks.Yeah.」 高倉健とマイケル・ダグラス 『ブラック・レイン』
2009.07.07
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「宮本のことを、私はプロフェッショナルと呼んでいた」 デットマール・クラマー 加藤栄一『サッカーに魅せられた男 宮本征勝』
2009.07.06
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宇宙が大好きなHさんと宇宙のはなしをする。宇宙の始まりはどんなふうだつたんだらうとか宇宙の果てはどうなつてるんだらうとか若田光一さんが宇宙に筆を持つていつて習字をすると言つてたけど何を書くか楽しみだとか古代ギリシャで地球の全周を計算したエラトステネスはすごいとかこんどの日食が楽しみだとか江戸時代の天文方の人が作つてた太陰太陽暦は難しいとかブラックホールとか宇宙人とか火星とか彗星とかそんなはなしをずつとして盛り上がつて楽しかつた。さういへば星新一とお父さんの星一が星のことで議論をしたはなしがあつたなあと思ひ出す。このやりとりがじつに楽しくていいのだ。星新一が「それはちがうよ。光の速さは一秒に三十万キロだ。だから、 いま見ている星も、距離によっては十年前の姿、百年前の 姿でもあるんだ」といつたところ星一は、「なるほど、見る場合はそうかもしれないな。しかし、考える 場合はどうだ。いま地球のことを考えている。つぎに遠い星 のことを考える。これにはなんらの時間を要しない。人間の 思考は光より速いということになるぞ」と答へたといふ。(『きまぐれ星のメモ』「超光速」から。)
2009.07.05
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詞のはたらきはいかにともいひしらずいともゝゝくすしく たへなるものにしてひとつことばもそのつかひざまにより て事かはりはたらきにしたがひつゝ意もことにきこえなど してちゞのことをいひわかちよろづのさまをかたりわかつ にいさゝかまぎるゝことなく…(後略) 本居春庭 『詞の八衢』
2009.07.05
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知り合ひから電話がかかつてきて、「たり」と「り」のちがひについて聞かれる。なんか問題文が穴埋めになつてゐて、( )のなかに「たり」か「り」を活用させて入れなさいといふものがあるのださうだ。「たり」はすべての動詞の連用形につく。「り」は四段活用の命令形とサ行変格活用の命令形につく。どちらも完了(小西甚一先生は「存続」と名付けてゐる)の助動詞ですが接続がちがふ。文法はおもしろい。本居春庭ぢやないが言葉のはたらきは本当にふしぎだなあと思はずにはいられない。
2009.07.03
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職場で健康診断に行く必要があつたので行きました。どこもわるいところはなくてよかつたです。視力検査がランドルト環(Cみたいなやつ)ではなくて、ひらがなの「へ」とか「つ」とか「に」とかでした。眼は大切ですね。パソコン画面の見すぎに注意しようとおもひました。ぼくは2・0と1・5でしたがアフリカのなんとか族の人で8・0なんて人がゐるのをテレビで見たことがある。草原のかなたのライオンやゾウを見分けてゐてすごいなあと感心しました。
2009.07.02
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すぐれた句は、すでにあるものをうまく表わすものでは ない。突然つくる。そこで世界をひらく。 荒川洋治 『読むので思う』
2009.07.02
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「ねえ君、不思議だと思いませんか」 寺田寅彦 中谷宇吉郎 『指導者としての寺田先生』
2009.07.02
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今日でブログを始めて10か月になる。こんなにつづくとは思つてなかつた。あと2か月で1年になるのでそれまではつづけたい。ブログ3か月ブログ半年最初のころは写真をのせたりしてみたいとか書いてゐたけれどまだ一回もやつてないのだつた。
2009.07.01
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