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先の肩書きについて、もう少し触れたいので思い切って書きます。が、ここから本とに長くなり難しいので、心してかかって読んでください。面倒な方はここで終わった方が楽です。そうして下さい。では、この肩書き。各個人の肩書きに限らないと思う。企業名が肩書きにもなる。うちのお店にとってこの肩書きが経営に影響があった。お店を始めるきっかけ。2000・12ごろ前に務めてたお店は今の所から歩いて僅か7.8分にある。そこへ、オーナービルの役員さんや社員さん達がいつからか、食事に来られるようになっていた。その頃の私はパート主婦でランチだけ手伝うだけで、ほとんど面識がなかった。そして、チーフはこの頃、よく常連さんからも『これだけの腕があって、料理が出来て、なんでここにいてるねん?』『店もったらいいのに・・』『自分の店を持ったほうがやりがいもあるやろう。』と、独立を進める様な発言が出ていた。本人だって自分のお店を持ちたいという夢はもってたし料理人の夢である。が当然お店をするからには資金がいる。満足な資金も持ち合せてないから夢の夢。その頃、〒局へ行くのにあらかしの木の前を通っていたチーフは下が空いていたのが気になりそこでお店をと・・・願うようになった。しばらくしてある日お店がやれるかも知れないというから、聞いたら、一部役員が店を持ちたいなら、『一度お話を伺いましょう。』という事で私と友達とチーフは会社訪問し会社案内してもらった。隣のフロアではいつも見かける社員さん達が仕事をしていた。その時初めてこのオーナービルが大企業だと知った。この時の話は資金含めての全面協力だった。が、いくら料理が旨くて腕をもっていても一料理人で会社と関係ない人間にそれは出来るはずがない。当然だ。会社は私物じゃない。と言うことで、運転資金の一部を用意したらお話を進めましょう。となった。それからの1年、開業資金の調達や民商さんにご相談、親戚家族会議、・・と続いた。運転資金一部が用意できたのでこれでいけるかとなと期待。が、 ちょっと待った!会社は私物じゃない、社員を含む全てのこの会社の公共であり簡単に店を出していいのか!工事資金はどうする?!と中断しかけてた。店が出来るとその気になってチーフもお店に辞めると言うし、店を出しますというし・・まだ何も決まっていないのに・・(ーー;)気が気でない私、大丈夫かよ。これで破棄されたら路頭に迷うでぇ・・次にオーナービルから事業計画書の提出を求められ20~30Pに及ぶ新店舗の計画書を作った。作成に費やすこと約半年・・税理士さんや元新聞記者の方に教わりながらどれだけの採算があるか数字算出、経営理念、消防対策、資金内訳など多岐項目の計画書を提出した。一料理人のお店出店について連日話題になり役員会議が行われた。お店をしたいとスター○○ッスや大手外食産業などオファーが数百件あっても断っていた場所。その間にも残りの運転資金の準備におわれてたけど工事資金はどうなる?八方塞り、あきらめるしかない状況だった。万事休す。あらかしの木やめて別のとこでやる?・・・前のお店には事情説明して退職願もだし円満退社の予定、路頭に迷う寸前どうしよう・・。その中ビルの会長がランチタイムに来られた。そこでチーフも最後のお願いと会長に直に面談を申し入れたら『この後すぐ来なさい。』と受け入れ 夫婦そろって会長室へ招かれどうしてもお店をしたいと話した。この会長は企業業積の高い評価と長年の慰労を認められ一昨年陛下から勲章をもらい園遊会に呼ばれた民間企業の一人者でまず普通にいくと私が関る事がない人だった。会長室へいった。密室じゃない。(間違わないように)会長は始終ニコニコ、周りにいた人も緊張、私も笑顔満開ながら緊張。チーフは熱意を語る。断られるかも。でもいける?!ハラハラどきどきの緊迫の場面。一通り聞かれた後の一瞬の一言。『おやりなさいよ!お店したいんでしょ。協力しましょ!』と鶴の一声がでた。この時お店出店が決まった。人生最大のチャンスをこの時つかんだ。2002・10月この後打ち合わせに入り工事資金は会社が立替払い10年契約で、自己負担。けっして会社が先にもこれから後もパトロンになったんじゃない。(言い方を悪くいうと パトロン・・経済的支援者、特定の人物の後援や後ろ盾をさす。たにまちとか。一料理人が料理一つで自分の腕で夢をつかんだ。そして応援してくれていた社員さんや役員さんの好意も受けて会長や元社長にご尽力いただいて常連さんと喜びのオープンになった。2002・12オープン翌年しばらくして事業計画の通りだと ビル内の会社の人や社員が来てくれる筈が会長や役員の訪れる所に それら人が集まる店に誰が好んで食事を行くか・・敷居が高すぎて僕ら一般人の行くとこじゃないと敬遠された。悪循環の始まり。中にはやっぱり非難中傷、会長がついてるからいいやんとか。(冗談ない、後で話す)オープン景気もありお客さんも連れていただき売上げ上々。前の常連も続入て来ていた。世間は阪神の20年ぶりの優勝に沸き阪神ファンのこの会社も優勝祝賀会を開いて歓喜。その頃会長の下では自社株が毎日下がり始め不穏な動きに気づき現因究明をしていた。乗っ取り?この時ずっとそばで見てた私は会長の唯一のお茶のみ友達でなぜか相談役になっていた。女将業も教わりながら・・。そして優勝の余韻も冷めてないある日とんでもない事が起きた。クーデターが起きた。一部報道され過去のことなので話すが公共工事の協力会社の人が仕事の事で内部告発を起こし一挙に危機に落ちいったのだ。休日返上して全社挙げての出勤、会議。誰も全く事故が起きていて内部告発されることがわからなかった。これを機に前社長は引責辞任(責任とっての意)問題当事者の役員解雇、会社は一ヶ月の営業停止。さらに追い討ちをかけるように会長まで退任することになった。退職金の2億円も自から蹴ってしまった。会長辞任と同時に会長を慕っていた社員たちが大勢一挙に退社していった。私やチーフにしてもよき理解者であり最大の相談者を失った。私は えらいことになった、この先どうなるんやろう・・その後直に新体制で新社長になり会社再建、業務縮小 経費削減、希望退職などでまた大勢が退職した。残った役員と社員で『残った我々で再建してがんばろ!』と新社長のもとがんばってはる。店では頻繁に元・会長や一部役員の利用で売掛け収入があり助けてもらってたがこの方々が来る事によって他が寄り付かずオープン景気も終わり気がつけば客は僅かの常連さんと会長だけで売上げも下がっていた。これは大変だ。売掛けを当てにした売上げで店がこの先続く訳がない・・・。何とかしないと大変。と私は悩んでいた。危惧していた。売掛けを当てにしない正規の売上げをつくり新規客やリピーター、一般客が出入りするようにしないとやばい! そこへもって会長の辞任。売掛けも減るじゃないか・・・でも、これはそれに気づいてた新社長や役員さんがクーデターを機に店の危機も救ったわけだ。会長がいなくなり他の人がよく利用する様になって来た。よそのお偉いさんが来てたら落着いて食べれないし話も出来ない。当然の理由だ。私だって敬遠するよ。一大クーデターはお店にも起きてた。がいずれ話そう。会長が辞めてから久しぶりに来られた時『僕が来ないようになってお客さんふえたやろう。 他の人きてるかぁ? 僕らじゃましとったもんなぁ。』本人も気にして気づいてた。私。『正直に言いますとその通りです。 会長が来る事によって他の方が来なくて困ってたのも事実 です。でもお店が出来たのも会長のおかげでもありますか ら時々は寄ってください。』ところで会長室であの時OK!した理由を聞くと『夫婦二人そろって来たからや。 チーフ1人できてたらOk!してない。 お店は2人仲良くするモンや。』この2月の売上げは内容はすごくよくなったとは言っても結果が全て。赤字・・。3月がんばらなあかん。失くした売上げを戻すのは会社再建と同様、時間がかかる。肩書きがなくなり、売掛けも減収で真の実力勝負。走るしかない!独立とはそれまでの肩書きが無くなり会社の庇護を離れ、自力でやることだ。
2005.02.27
またやらかしてしまった・・。この前チーフがハガキを持って『ハガキの宛名まちがってるぞぉ。 部長じゃなくて取締役常務やで。 ハガキ持ってきたけど 何も言わんと ニコニコして食事して日本酒飲んで、 帰りはったけど。』ハガキというのは、初めて来店していただいたお客様に出しているお礼を兼ねたサービス券付DMである。チーフは必ずお客様と会話をし、名刺交換するのでその後、必ずハガキを書いて送っている。以前書いたお礼参り?(1月14日号参照)の時もだったけど、今回は肩書き を間違えて書いてしまった私。本来なら、機嫌を損ねてう2度とこない方もいるであろう出来事。幸い、懇意にして頂き日本酒ファンで気持ちよく来て頂き、ありがたいことである。取締役常務を、部長と書いてしまい・・スミマセンデシタ。(^_^.)
2005.02.26

今日は帰り雨だったので自転車をちょっと飛ばしていたら曲がり角で危うく前から来た自転車とぶつかりそうになった。あぶない、あぶない・・。車(Mayポルシェ)は急に止まれない!飛ばして走っているから当然、信号無視もし・て・い・る。ごめんなさっいぃ!車社会も信号無視がいちばん多いのが大阪だ。データあり。車を運転しているときは急に飛び出して来る自転車におこっている自分がいて、勝手なもんでしょ。でも、ナニがいちばん危ないって携帯しながら走っている自転車の人だ。絶対前なんて見てない。わたし・・けいたい持ちません。ずいぶん前、朝の通勤中にいつも通るガソリンスタンド前で前から携帯しながら走って来た女性が全然気がついてなくてぶつかる!と思ったので先に私が止まった。あわてて止まっても携帯を離さない女性。危うく正面衝突しかけるところで止まった。あぶないなぁ!あほ!(失礼!乱暴な言葉で。)とつぶやいているとそこへほんの数秒後、突然後ろからドカァーン!! ガチャツ!別の自転車が私に思いっきり追突してきたのである。ぼう然とする私と先の女性。何が起きたかさっぱり・・。車で言うと玉突き事故のような状態。後ろから前方不注意の車がおかまをほってきて私の車はバンパーと後ろ車体がV字にへこんで前は止まっていた車に勢いで玉突きをしてボンネットも破損、両方から突っ込まれた状態。私は首から下がむち打ち状態・・・か重体ていう状況。幸いポルシェはなんともなかったけどそのときすごい顔をしてたんやろねぇ。どこ見て走ってねん!あほぉ!といいたかったけど(めったに言いませんヨ・・こんなこと。)ガソリンスタンドの人もみんなあっけに取られて事故をみていたので何もいえませんでした。その場を立ち去った後、全然知らないもの同士残った女性ふたりはしばらく立ちすくんだままだった。後で考えたら慰謝料請求したらよかったかなぁ。自転車事故、なんもなかったとはいえ・・・(^_^メ)とにかくぅ!自転車乗りながら携帯するのだけは絶対!やめてほしい。前見てないしあぶなすぎるよ!信号無視?・・・それはまだいいんですぅ・・(^_-)前置きが長くなったが、昨日久しぶりに陶芸教室の先生がお店に来てくれた。先生ちは近所なので前はお店の近くに教室があって、先生もチャリ通勤で帰りはよくいっしょに帰っていたからチャリ友。雨の日も風の日も。昨日も一緒にかえろうぉ。って先生、誘ってくれたけど最後まで勤務だったので残念・・いっしょにチャリ友出来なかった。30分の道のりを私のグチを聞いてくれるチャリ友。最近は教室にいけてないので今年は何もまだ作っていない。去年までの作品は・・一部。こんな感じ。変なもの作る人でとおっている。まともなものは上の写真の豆乳の茶碗蒸しの器。 カエル ・・塾の先生のリクエスト作品。 学習塾の窓口で生徒お迎え中。 カメのお香立て・・癒し効果抜群。 カエルの蚊取り線香。夏場大活躍・・・登り窯で焼いてもらって世界に1つしかない自慢の作品。入り口でお出迎え。お見送り中です。今年も大作に挑みたい。時間が許す限り・・元某私立芸大を 半年で中退。最終学歴・・高卒・・。以上
2005.02.24
この時間に書くのは珍しいことです。本日メニューの急な変更でたまにインターネットカフェを利用します。サイバー女将です。で、さっき民主商工会の中の同じ区域の人たちと一緒に確定申告の自己申告作成をして 書き上げました。提出日はいっせいに出しにいきます。飲食店を営んでいる方々が多く近所の顔見知りのお店の人もいました。16年度はやっぱり厳しかったようです。来年からの消費税についてもまた、説明がありました。皆さん、いろいろ頭抱えてましたね・・・。女将さんたち、ご婦人たちの中でもわたしが一番若手だったみたいです。同業者同士、2月はやはりいいこと言いませんでしたが、自分ちだけじゃないという安心感がほっとさせるなんて皮肉なもんです。とりあえず、確定申告の作成は無事終了、ご苦労様でした。(*^_^*)
2005.02.23
今日も寒かった。あっという間の2月は逃げるというけど、ほんと逃げるように早い。あと6日で終わる・・・。あとじゃなくてまだ、6日もある。と考えたい。どうして2月だけ28日しかないの・・?うるう年もどうせなら4年に1回が28日で後の3年は29日にしてくれた方が営業日数が増えるというもの。経営しているものからすると売上げも気になる月末。2月は逃げるで、3月は去る・・・って言わないで。もっと他に言いようが無いのかなぁ。確定申告の準備に追われている最中。開業前からお世話になっている民主商工会で会員さんたちと一緒に 確定申告を自分でやる。たくさんのかたがいる。うちは数字的には去年(15年度)より今年(16年度)の売上げはけっしてよくない。が、内容的には(みてわかるもんでないけども。)去年よりずっとよくなっているので、手ごたえを感じている。本当はたくさん税金が払えるようになれるよう・・石の上の3年目(17年度)はがんばります。確定申告も税理士事務所に任せるのもいいが、自分でやるというのも、勉強になる。いろんなことがわかる。今は3千万円以上の事業主だけが課税対象だったのがラインが引き下げられて来年から売上げ1千万円を超える事業主はすべて消費税が取られる。消費税をもらわないで商売していても事業主側は消費税を払わないといけないのでさらに厳しい状況になる。いろんな対策を考えなければこれからさらに大変である。1千万円の売上げがラインとなると1千100万円でも20万、30万、40万という消費税が取られてそれだけで払えなくてつぶれてしまう事業主が増えるかもしれない。飲食店の仕入れ見入り率は60%でうちのお店でシュミレーションすると40万円ほどの消費税を払うことになる。それだけ売上げも伸ばさないといけないという事である。想像しただけで恐ろしい・・・。来年までに対策を考えなくては。一緒に考えるところが民商というところで。ソーいう事を含めて中小企業の相談窓口が民主商工会で、税務署さんからしたら目の上のたんこぶ?ご商売をするにあたって個人店は民主商工会はいい相談先だと思う。税理士さんがついていればもちろん一番いいけど確定申告も自己申告できるようになって自分ちの経営がよく見える。確定申告の準備に忙しいけど2月が終わってしまう・・・。ぁぁ・・。いやいやまだ、6日あるんだ。早くあったかくなってほしいなぁ。
2005.02.22

第2回 ジャパン・インターナショナル・シーフードショー2月17・18日 インテックス大阪で 地味ながらやっていました。一般の方ももちろんOK!でしたが、やはり大手外食産業や中食起業、市場関係が多くて、末端の私らのような飲食店の人は少なかったと思います。冷凍食品会社のニッスイや加ト吉北は北海道から南は九州・沖縄まで練り物から酒の肴になるものまで勢ぞろい。 北海道の函館・小樽から でっかいズワイガニとかホタテやあわびの漬けや干し物、がいっぱい。サケのスモークチップとか。 写真取れなかったけど 八角という魚の干ものやアユの燻製とか 鯨の串カツは試食したけど普通の串カツでしたね。 それより鯨ベーコンだとか鯨カレーがありました。鯨の竜田揚げもありましたがこの辺は当たり前のメニューですね。鯨が増えすぎて他のサンマやイワシなどの一般の魚が食べられて減っているので 元の比率に戻すには増えすぎた鯨を捕獲したほうがいいらしいです。が、動物愛護とか自然環境の破壊だとか言ってアメリカやオーストラリアが捕鯨禁止しているんです。最近学校の給食でも鯨復活が言われてますが、食べればいいとおもいます。串カツもてがるでいいですし、やっぱり鯨の刺身はうまい!メカブは血液の流れを正常にしてくれるので大変栄養価が高いので今かなりもてはやされていて、いっぱいありました。 新鮮な魚を朝獲れ空輸でお届けも出来ると。朝獲れ空輸で届いたマグロの刺身は新鮮でおいしかったですよ。 長崎からは フグが。大阪が一番フグの消費が多いという。づぼらやさん。本日見つけたのはこれ。シーフードヌードル。 東京や九州ではポピュラーですが大阪ではまだ、市場になじみ薄くてデパ地下などであるそう。わかめ海麺(しーめん)と コンブわかめ海麺(しーめん)ざるそばそのもののお味で手軽にたべられるおそばです。カロリーもたった7キロカロリーでダイエット補助食品としては知られているようです。試食で2杯食べたけど、夏なんかざるそば1杯分たべるというの感じでいいかもね。サンプルもいただいてきたんです。ダイエットというよりも本当に体にいいと思います。メカブを食べるのと同じでめん好きな日本人が手っ取り早く栄養も取れていっっぱい食べたら それこそ体が喜びます。全体的にデパートの物産展と同じく北海道や九州、四国、今回は特に長崎、五島列島などが多くてミス・ロマンス長崎嬢がいました。他にも レースクイーンのようなキャンガルもいました。写真撮ればよかったなぁ。北陸富山あたりや また、宮城岩手の三陸沖の出店が見られませんでした。青森からは来てましたが。だいたい業者さん相手の食博なので個人店の方にはまだなじみが薄いと思いますが4月下旬から始まる4年に一回の食博覧会は楽しめると思います。食い倒れの大阪ですから食博覧会は多いです。うちのお店も今度の食博覧会の協賛店として参加していますので食博覧会・大阪のクーポンもお店ご来店時使用できます。期待していただいたわりにはあまりたいした報告になりませんでしたね・・試食でお腹がいっぱいになってしまいました。もっと性能のいいデジカメがほしくなりました。
2005.02.20

いきなりであるけどうちのお店だってけっして楽じゃないからよそのお店の心配をしている場合じゃないのが本音。閉店まじかの時間に近くで洋風居酒屋をしているマスターが深刻な顔をしてやってきた。(2回目。)去年の8,9月頃に知り合いのお姉さんご夫婦が飲食店をしたいと言ってやってきた。年齢的にも50代前半でまったく初めての飲食業。前のお仕事はご主人はデザイン関係の設計士さんで、ママさんは元美容師さん、もちろんお子さんも大きい。ひとんちの話で恐縮だけどご主人とママさんはいわゆる 『髪結いいの亭主』というやつである。☆子供の頃から女性の理容師と一緒に暮らしたいと願っていた男が、大人になって美しい理容師の奥さんをもらい、その美しい妻の働く姿を眺めてはただぶらぶらと過ごすだけの生活を手に入れた男の物語から こういう。髪結いの亭主(グッドプライスキャンペーン 3,129円)【ASBY-2293】 =>20%OFF!《発売日:04...前からお店をやりたかったみたいでビジネス街だとかあちこち不動産屋を廻って 家から近いところに決め、融資を受けての開業。ご主人はまったく料理が出来ず、奥さんは家庭料理が出来るくらいの腕で修行とかも無く、軽くはじめた。料理は弟さんが料理人なのでしばらく教えてもらいながら手伝ってもらうことではじめた。お昼はランチで夜はダイニングバー、15坪のお店だけど人通りは平日会社関係の人がいるくらい。ランチタイムのパートさんと切盛りし、夜は弟さんとご主人と娘さん。いずれ弟さんが抜けて家族経営でやっていけるように道筋をつけるようにしてあげていたが。料理らしい料理の勉強もしていなく、また、業者関係も知らないで、開店前何の心得も無かった。なので、業者を紹介してほしいというので業務用スーパーも教えて、おしぼりやさん、お箸や爪楊枝etc・・・などの業務用品を扱う業者さん、ビールやお酒などの酒屋さん、お米屋さんと紹介して連れて行ったりもした。ところが、このご主人、インテリア関係の仕事をしていたことから自分のセンスにかなりのこだわりを持ち、せっかく業者さんが見積もりを取っったり いいものをすすめてもどれも気にいらず、独自のセンスで始めた。開業してからが大変だから少しでもコストを抑えられる所は抑えて・・うちも使ってるしいいよ・・とアドバイスし運転資金に回せるように良かれとアドバイスしたが独自のこだわりで選んでいた。まあいいか・・と後は開店してからやね。と見るだけにした。10月にオープンしたとき、まだ準備不足の中開店し、休んでる場合じゃ無いだろうという時にひまやろうからと オープン4日目で連休していた。大丈夫だろうか・・・?気になって様子を見に行ったらお客さんがまばらでかなり苦戦。落ち着いたので 弟シェフとうちの隣の大手居酒屋に視察にいこうと出かけたら 1組のお客さんがきて、1組だけなのに料理に自信がなく、怖気づいてわざわざ弟シェフを呼びに来た。その晩最初の1組のお客さんを自分たちでもてなすことが出来ずにいたのである。それから、しばらくも娘さんがホールの手伝いでいたけどご主人は身内だからいいやすいのかそばでタバコを吸いながら娘さんにおしぼりが出てない。 店の中向いてたって客は入ってこないんやからちゃんと入り口向いとけ!とかわが娘に言いたい放題でかわいそうなもんだった。料理も出来なく文句ばかりのご主人。これはたいへんやでぇ~と危惧した。で、またしばらくするとしゃれた洋風居酒屋を目指していたはずなのに外には とんかつ や 串カツ だとかのぼりが数本たっていて店頭が いったい何屋さんかわからない状態になってる。今も。で、深夜遅くうちのチーフのもとへお店がうまくいかないと相談にやってきたわけである。陰鬱なお顔をして・・。話していたことと言えば、紹介してほしいというから紹介してあげたら業者さんの悪口ばかり、・・業者の悪口はだめです!もう!お次は場所が悪いだとか あーだこーだと言い訳ばかり。アドバイスしても 「でも、」 「それはですね。」と聞く耳が無い。料理の勉強もしたことが無く経営知識も無くただ、お店やったらお客さんが来て稼ぎが入る・・・。こじんまりと夫婦二人で、または家族だけで経営していくのにしてもご主人がもっと人の3倍働くぐらいでないとダメなのに・・・。話しても無駄と思ったのか相談に乗れない状態である。飲食店はすぐ簡単に始められるからすぐに思われるが水商売と一緒で 今日は忙しくても明日はお客さんが来ないかもしれないしそれこそ水モンである。うちのお店だって始めてしばらく気が緩んで安泰気分になり常連のお客さんもついてるしぃ、後は人に任せて・・・と軌道に乗ってもいない何も始まっていないのにすっかりその気になってしまい、見事にお客さんも離れて行き、スッタフも離れていき、争いも絶えず、聞く耳をなくし 無くしたものは大きかった。失った売上げとお客さんを取り戻すのにちょっとやそっとで取り戻せない。去年後半辺りからようやく 元のお客さんも戻り始め新たに新規のお客さんも来てくれる様になり、お一人様も増え、起動にのりはじめたところ。幸先がいい感じの手ごたえが見えてきた所もある。でも、楽じゃないよ、実際。もっと深いところを言えば仕入れの支払いや運転資金、どうしよう・・だとか眠れぬ日は数え切れず。心臓に穴が開く思いで過ごす日もしばしば。お店を始める前から民主商工会入っていて、常連の税理士さんもいて、相談相手がいて開業するのにかなり助けてもらった。いくら味がいい、といわれても私たち経営者の態度が悪ければすぐに足元をすくわれる。真夜中相談に来られるのはこのご主人だけじゃない。なぜか、皆さんご相談相手がいないのかうちのお店に何かとやって来られる。アドバイスして聞く耳持つ人ならいいが・・。以前 焼肉屋を始めた人のところはBSE問題が起きてすぐの頃と重なり、開店当日には料理人が突然死して自分は何も出来ない人だった。名ばかりのオーナーという形でいたから、あわてた。友達のおでんやさんが駆け込んできて チーフに助けてほしい!といってきてその時も深夜閉店後 肉の切り方、包丁の使い方まで指導して一人で出来るようにアドバイスをした。この焼肉屋のマスターは聞く耳をもっていたのでいまもがんばってやっている。いつつぶれてもおかしくない中、人の3倍以上1人で切盛りしてやっている。相談されるのうれしいがコンサルタントでもないし人のお店のアドバイスを出来るほどのだいそれた存在のお店でもない。笑っているが余裕・・あるわけないじゃん。いつも危機感は持っている・・。相談される前にお店をする人はまずは聞く耳を持たないといけないとおもう。また、すでに経営している人も開店してほっとしている場合じゃないと思う。水モンですよ。
2005.02.16
先月夜常時入っていたスッタフが一人抜けてから、ホールスタッフの柱がいない。3人のうち2人は、日中仕事ありで、残る1人は一番若い新人でフリーな状況。(もともと知っている子)ベテランスッタフのように任せれる人が育っていないのが現状。この前のように穴が開かないようにシフトを組みたいので週2、3回勤務OK!という一番フリーな新人スッタフに『 今日むり? 』 「今日はちょっと。」『今週の土曜日は?』 「毎週金曜日と土曜日は予定があるからダメです。」『この日は?』 「あぁ用事があるからむり。」『・・・・・・・。(ーー;)』このままの状況ではいつまた、穴が開くかわからない。急いで募集しなければ。外にはずっと 募集中!と掲示してる。で、Myポルシェを飛ばして区の職業安定所(ハローワーク)へ求人募集の案内を申し込んできた。職安に事業所登録していると パート、社員などの求人広告を申し込める。無料。すぐに見つかるかといえば難しく、時間がかかるけど長期掲載、掲示してくれる。一度利用するとデータが残っているとすぐに受付してもらえる。見つかればいいけど。今日もたくさんの人が職探しに来ていた。以前も夜のアルバイトの募集に大手求人雑誌フ○○Aーを利用したことがある。営業担当者が 毎週号と地域密着型のタウン誌と両方載せた方がいいですよ、ただ今キャンペン中につき両方掲載でお得料金だというので奮発して載せた。が、あまりの掲載数の多さに埋もれてしまったのか面接申し込みどころか問合せの電話さえなかったことがあった。大手求人雑誌でこの状態、問い合わせさえないとはどういう事か、期待していたのに期待がはずれがっくり。担当者に時期が悪かったのか内容が悪かったのか調べてほしい、大手でよく知っている求人雑誌でも問合せが無いようなコーいう事がよくあるのかと 問いつめたことがある。求人雑誌も手っ取り早いが掲載期間が決まっている以上はずしてしまったり 埋もれてしまうとどうしようもない。募集方法に頭を痛めるこの頃。でも職安での求人掲載は利用するといい。無料だし。時間はかかるけど、みんな真剣に職探ししているしじっくり見て探してきているわけだから。今一番の課題は人材育成。ベテランスッタフ以後 なかなか恵まれていない。ナイトタイムの長期スッタフ募集中!
2005.02.14

昨日は全国1000店舗の吉野家で久しぶりに牛丼が販売されて大勢の人が押し寄せた。BSEの影響で米国牛の輸入がストップしてこの国民的アイドルの牛丼が消えて半年ぶりの登場。近所の吉牛は1000店舗に入っていなかったけど。それにしてもたった1杯のこの牛丼にみんな、飛びつくからすごい。私もたまに行くことがあると つゆだく(お汁たくさん)で注文して食べたりしていた。吉野家は牛丼が消えてその代わりに 豚丼や豚キムチ丼、カレー丼を発売したけどやっぱり牛丼に劣る。豚キムチ丼食べたけどけっこう美味しいよ、これ。すき屋や松屋の牛丼ももちろん美味しいけど吉牛は 吉牛ならではの味にこだわって米国牛でないと吉牛じゃないという。たった1杯のこの牛丼に他のものが負けている。『吉野家の牛丼』 まさしくブランドである。この吉牛のようにお店に何か1つでも売りがあると強い。あそこに行けば○○が食べられるここの○○はおいしい○○と言えば○○ と言われるものがあればそれだけでお店も絶えない。BSEの影響で牛丼がなくなってすぐ、やっぱり牛肉が食べたかったのかこの頃、うちの店ではランチタイムのメニューにもある 牛ヘレカツランチがよく出た。もちろん国産和牛のヘレカツ(関東ではヒレカツというらしい。)で出れば出るほど儲けが無いというのがほんと。(^_^.) この牛ヘレカツランチが食べたくてリピーターになって来てくれるお客さんが多く、またお客さんを連れて食べにきてくれたりする。焼きはレアで 肉がめちゃくちゃ柔かい。牛ヘレにかかっているソースが美味しくてソースのレシピを教えてほしいというので教えても同じ味のソースはそう簡単に出来ないところがチーフの味ってわけで。売りの1つである。でも吉牛のような国民的アイドルではないけど お店のあるこの辺りではけっこう知られている。夜は宮島庵のお豆腐を使った豆腐三昧が売り。初めて来られたお客様には必ず奨めて入る。 宮島庵のお豆腐がはなまるマーケットのおめざコーナーで紹介されてからさらに、最近はお客様に『 これがうわさのお豆腐ですね。』と言われるようになっった。売りの1つであるが、まだまだ認知されていないところがある。吉野家の牛丼 というたった1杯の食べ物に昨日はどこも負けたわけである。(勝ち負けじゃないけども。)ブランドになった吉牛。繁盛店になるには ブランドになるような売りの食べ物が必要だってことが言いたかった。あらかしと言えば ○○ と言われるようになったら きっとやっていける。宮島庵の豆腐
2005.02.12
先週の土曜日あたりからどうも体の調子が悪くて、どうしようもだるく風邪がうつったのだろうか・・・?昨日の休みは すっぴん、頭は爆発のまま(見れたモンじゃない。百年の恋も冷める状態・・。)でごろごろしながら伝票整理や帳簿つけ、確定申告の準備・・と後はひたすら寝た。今日も疲れが残ったようなままMyポルシェで通勤。休憩時間に少しでも横になろう。と、思っていたのにぃ~。お店の前の通りを渡ってすぐのところに中国領事館がある。いつも警備のおまわりさんが信号やその近辺に1日中立っている。ごくろう様といいたいが・・・。お昼過ぎてランチタイムも落ち着いた頃、また、現れたのである。右翼という方々が。右翼カーなる車を何台も連ねて超のろのろ運転で、車につけた拡声器で巨大ボリュームで中国政府はぁ!!…○△×*#&;+:;・だー!!☆×;:**○×・・・!!!と叫びながら何度も何度もこの建物の近辺を周回して行く。月に2回ぐらい平日のお昼ぐらいから現れる。警備のおまわりさんといえば、取り締まることが出来ずてこづっていらっしゃる。また、どっかの都知事が何かご発言して挑発でもしたのかと思って新聞を見たけど何もない。近辺に住む人や通りがかりの人はまたかぁと思う。さすがに今日は耳をふさいだ。夕方まで出没。蛍の光を流しながら。どうせ流すならショパンのピアノ曲『 別れの曲 』の方が癒されていいんだけど。結局 ゆっくりやすめなかった気がする。きっと向こう道路、通行側のマンション住民はこんなはずじゃなかったと思っているのかも。すんで見ないとわからない?家を買うときでも(買ったことない)天気の日、雨の日、風の日とか昼間と夜の近辺の事情をちゃんと調べなさいという。昼間はにぎやかでも夜は物騒なところとかもあるし。ここに来て右翼カーのすごさに気づいた。それ以外で問題といえば。お店をするのに場所は関係ないといわれたことがるが、飲酒運転の取り締まり強化で郊外のお店は車でいけないから苦戦している。その点、駅から近いからいいけど、休日になるとビジネス街のはしっこのここは人影まばら・・・。お店は吹き抜けの地下1階。今でこそお店があることに気づいてもらえるが最初のころは全然。景観重視のこのビルに派手な看板はダメといわれ、まともに看板さえ付けさせてもらえづ困っていた。その後交渉して きちんと看板も置いている。場所が悪いと言い訳をしていた時もある。たまに寄るビジネス街の中通りのお店は久しぶりに通ったらまた、お店が変わってた。私が知っている限りでは 3,4件変わってる。回転すし屋の頃は 人が来なくて暇でそれに合わせて寿司ネタがちょっとしか回っていなくて、ほんの数ヶ月で閉めていた。今度はダイニングバーである。ころころ変わってしまう場所というのはよくある。けっしてうちのお店も恵まれた場所とはいえない。けどどうしても あらかしの木 が気に入ってここに決めたんだ。騒音に悩まされるのも毎日じゃないからいいけどやっぱり・・・今日は耳の鼓膜が破けそうな1日だった。
2005.02.07
チーフ登場。なんか書け!というたら書ける事はいっぱいあるというので書いてもらいました。自分の料理をやり始めて約10年。(38歳からごろから本格的にはじめた)いろいろな料理(僕の売りは材料があれば何でも料理をしますよという事)を今までしてきましたが、一番の思い出は,前に務めていたときのお店の常連さんのことですが、奥さんが『くもまっか出血 』 で倒れ入院したという事は聞いておりましたが。しばらくしてその常連の社長さんは 『 人間は、口から直接食事をしないと”生きる”という事が生まれない,点滴だけではダメだ』という事を強く言われてきました。そして、ある日 いきなり 僕に向かって 『だから(奥さんの)料理をつくってくれ!』と頭を下げられました。僕の中ではその人が一番怖いお客さんだったので僕に対して頭を下げるという事が考えられなかったので二つ返事で引き受けました。とは言うものの、流動食なんて作ったことがなかったので随分考えました。そして、僕なりの料理で1週間だけでしたが作らせていただきました。お忙しい方だったのですが、毎日仕事が終わってから僕の作った流動食を取りにこられ奥さんに食べさせていました。その後、その方から『君の作った流動食は 命の水(スープ)だ』と最高の言葉をいただきました。本当にこのときはうれしかった。涙が出ました。 今から6,7年前にあったこと。 その後お元気で過ごされています。流動食はほうれん草と鶏肉をミキサーにかけて作ったもの。よく覚えていない。チーフのお母さんもC型肝炎のため食事制限がある。今もチーフは作っているけどややこしい。食べるって大事なことだなと思う。
2005.02.06

お店の話ばかりになって申し訳ないけどお店のできるまでの様子を書いたついでにもう1つ、忘れてならないものがあった。あらかしの木の下、お店の中庭の花壇のところにオーナービルの会社のタイムカプセルが埋め込まれている。 2000年11月、このビルが出来てからすぐ埋め込まれていて、初めて見たときなんだろうと思っていた。タイムカプセルを埋めている会社って他にあるんだろうか?それで、簡単に紹介しておくと、日本中、世界中の大小さまざまな橋を作っている会社、鉄鋼会社なんです。東京タワーもそうですネ。 ちょうど あらかしの木の周りに一巻きぐるっとまかれているのは 橋のケーブル線で 明石海峡大橋にも使われているものです。2000年11月に埋め込まれたこのタイムカプセルの中にいったいどんな物が入っていてどの位の大きさのカプセルかも知らない。勝手に掘り起こすわけにもいかない。このタイムカプセルが開けられるのは2025年11月吉日である。あと、20年後になる。それまでがんばっているだろうか・・・?小学校の卒業にタイムカプセルを埋めたことがある人もいるだろう。思い出の品を持ち寄って 卒業後10年後、20年後に宛てた自分への手紙だとか、卒業文集だとかいろいろ・・。自分だけのお宝を埋めている人もいるだろう。子どものころの遊び道具やおもちゃ。例えば、ビー玉やべったん(めんこっていうのかな。)とか・・。夢があっていいね。この会社が20年後にタイムカプセルを開ける時,私もみたいなぁ。どんなものが出てくるのかなぁ。タイムカプセル埋めたことありますか?
2005.02.03

今日もいつもと変わらぬ光景のランチタイム。ゆっくりとくつろいで昼食タイムを過ごすお客さん。近所に出来た やよい軒 が今日オープンしていて通りがかったらすでにいっぱいだった。外には開店祝いのお花が並んでいたのでお花を持ち帰ってもらうと繁盛するからいいんだよ。と聞いたことがったので、ならば、繁盛するよう協力してあげよう!と、ちょいとお花をいただいて来た。 きれいなカーネーション。お店の中もぱっと華やぐ。今日来た業者にむっとする。頼んでいたお酒が来たのはいいけど 筆書きしたお酒のお品書きを持ってこなかったので『あのお品書きは?』というと『あぁ、僕、配達で来ただけなんでわかりません。(自分で)店に電話してもらえます?。』だと。配達に来ただけぇ?これじゃあ、子供のお使い並。初めてのお使いみたい。サザエさんに出てくる三河屋さんのようにもうちょっとましな御用聞きはできないのかぁ~。帰り際、『どうもぉ。おおきに。』と言っていたがふん。無視してあげた。しばらくむっとしていた私。その後即その業者担当に電話。ちょっと言ってやった。サザエさんに出てくるような御用聞きをもった業者さんも減った。ころころ変わる。三河屋さんが理想だね。スケジュールの失敗で夜のスッタフが誰も入っていなくて自分が入った。人件費節約になるとはいうものの、疲れちゃった。今日ものらりくらりとご帰還した。
2005.02.02

こんなに寒いと自転車通勤もつらい。あまりの寒さに凍りつく。顔がいたい、耳が飛びそうなぐらい風がきつくて思うようにMayポルシェも進まない。のらりくらり。今日は業者さんが集金に来たので世間はどうですか?と聞いてみると『動きが両極端です。忙しいところとそうでないところがは っきりしてきました。』と。うちのお店はどーちっぃ?業者さんはいろんなお店を廻っているだけによく知っている。『今一番よく入っているお店が○○町の△△屋というお店ですけど一度行かれるといいですよ。』って教えてもらったので、ちょうど帰り道にあるようだったので途中付近を見に行ってみた。確かこの辺やねんけど・・・・。見つけられず。代わりに見つけたのが、看板に『刺青道場・彫富士』と書かれたお店?いれずみ道場?って背中に登り竜とか桜吹雪とか書いてくれる所?ちょっと覗いて見たい気がしたけど、怖いお兄さんたちがいてそうなので止めた。私が刺青?とんでもない。明日から近くのやよい軒がリニューアルオープンする。まあ、相手にしていない。形態が違う。あちらが明日オープンならばこちらも新装オープンだ。2002・12月始め工事が予定より遅れていたけど内装もほぼ完成に近づき、グラスやお皿、椅子やテーブルを揃えていき12月22日のオープンに間に合わせる。 飾り棚にグラス類やお皿を並べていく。テーブル席もそろい、いただいた暖簾をかけて、(もらった暖簾ので使わないと失礼かと使っていたが、お店の雰囲気に合ってなくて私が気にいってなかったので使用後取り替えた。暖簾の作者、実は国宝の有名版画家だった・・。) 奥に見える絵画もお祝いにとわざわざ画廊屋を連れてきたので今もつけいている。洋画だけどなんて人の絵か・・・わからない・・・。表玄関に筆書きの看板を。本来、あらかしは粗樫と書くのが正しいが、ここは新しいお店なので縁起をかついで 新樫 となっている。そして、酒屋さんからも立派な日本酒銘酒会の看板をちょうだした。 完成したお店はこんな感じ。奥に見えるのはクリスマスツリー。(お礼参り?1月14日号参照) お皿は全て信楽焼き.斬新な色使いの器に料理を盛る。信楽の窯元に1年以上通い、チーフは自分の料理とイメージに合う器を直接作っていただいた。お店の中にはお皿、器、置物全てが信楽焼き。もちろん。私が作った作品もインテリアとして置いてます。2002・12・20開店を前に日頃お世話になった方、またお客様をお招きしてのパーティー。 スッタフの塚ちゃんも乾杯!(今もいます。)そして2002・12・22 おまかせキッチンあらかし オープン現在に至る。(また日記の最初からどうぞ。お話がつながるので(^。^)お店の名前はみんなでアイデアを出し合うがなかなか思うような名前が出てこなかった。ただ、 チーフは あらかし という店名だけは最初から決めていた。前の店からいつも『なんかつくって。』とよく言われて断ることを嫌うチーフはジャンルを問わずいろんな料理に挑戦していた。それで、スッタフの塚ちゃんが これはどうですか? と言う事で採用したのが おまかせキッチン というサブネーム。そして、お店の名前が決まる! いまだ聞かれる。あらかしってどういう意味って。大きなあらかしの木が立っているでしょ。気づいてあげてください。あらかしに。2005・2・1現在の店内の様子はこんな感じ。 ライトアップされたあらかしも成長中。 ウ~ぅん、うまくつながったかぁ。お店の出来上がりいかがでしょうかぁ。2月になりました。今日も女将は走る・・・。
2005.02.01
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