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小学生高学年の男の子ひとり。ひさしぶりに会ったら、ずいぶん、大きくなっていた。ここに来始めた当初は、ほとんど、話もしなかったのにねー。今や、すいぶん、お口も達者です。それに、次から次へとイメージが湧いて止まらないらしく、これをやっては、次はこれ、といろんなことをやっていました。段ボールを段ボールカッターで切ったり、切り取り線を8色のペンで書いてみたり、タイコをみんなで叩いてみたり、1番はまったのは、くじ引きごっこかな。ホルベイン社製の36色の色鉛筆を彼が、ぐちゃぐちゃにして、ぱっと1から2本、多ければ30本(!)取り出して、その色鉛筆の番号と色名をわたしが読み上げて、「おめでとうございまーす!」と意味もなく叫ぶのだ。いったい、何十回やっただろうか?なぜだか知らないが、色番と色名を読み上げて、しかも、前にも呼んだことのある色名のときには、必ずわたしが「また!スカーレットです!」というようにすると、その「また!」がたまらないらしく、ゲラゲラとこども笑いをするのだ。この何がおもしろいのかわからないけど、はまっている様子が、また、わたしたちのツボに入って、なんだかわからないけど、延々に思えるほど、このくり返しが続く。だけど、終わりがないわけではなく、かならず、こっちが、かなりうんざりしてきている頃に、実は、彼もうんざりしてきているらしく、最後は、いつの間にか、「マジックショー」に変わっていた。はじめは、布のむこうに、何かをおいて、ぱっと布を取るようなことをしていたんだけど、先日のクスクス作りのために動員された鍋や炊飯器が気にいったらしく、鍋や炊飯器の中に、計算機や画材、たいこのバチなど、いろいろ詰め込んで、ただ、ふたをぱっと開ける、なんて手品?も披露してくれた。詰め込み作業も全部目の前でやってるし、ただ、鍋の中に、ガラクタ入れて、ふたをして、ふたを開けると、そのガラクタが、当然のように入っているという、ただそれだけのくり返しなんだけど、妙に、くだらなくって笑えた。そんなとき、必ず、またわたしが、100円ショップメガホンとか持って、店の呼び込みみたいな調子をつけて、「すごい!今度は、鍋からバチが出て来ました!」なんて叫んで、『ス』が、オリーブの首飾りとかをトルコの楽器サズで弾いたりするものだから、大盛り上がり。でも、どうも、オリーブは古かったみたいで、「ミスターマリックにして」っていわれてて、思わず、わたしが、間違えて「スモークオンザウォーター」口ずさんでしまったものだから、まったく、マリックのテーマが思い出せなくなって大混乱。そんな無我夢中、五里霧中ななか、やっとママさんが帰ってきて、今度は、お皿をママの頭にのせて、「お皿がママに変わった!」なんていって、締めてました。お皿でママが隠れるはずもなく、見た目は、カッパちゃん、もしくは、変身するときに葉っぱをのせたタヌキなんだけど、そのぱって変わる瞬間がどうも刺激的みたいね。そんな君が、わたしには、刺激的だよ。
2003年07月28日
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参加者は、高校生の男の子と20代の男性2名。20代の男性のひとりは、かなり濃いキャラクターの人で、かなり気分の上がり下がりがある。きょうは、少し、不安定だったのかなあ?どうも調子が悪そうなときには、なぜか、未使用のVHSのビデオテープについてくる新品のタイトルシールをほしがって、オーバのビデオ収納庫を探しはじめるのだ。きょうも、なぜか「メガネ」の絵を早々に描いて、礼儀正しく「失礼します」といって、収納庫の中をさんざん探していた。彼のお目当てのビデオシールはめったにみつかりはしない。彼は、黒や金の高級そうなシールがほしいのだが、オーバでは、滅多にそのようなテープを購入しないからだ。しかも、どうも、ソニーがいいらしい。。。?オーバで使っているのは、きれいどり=フジなんで、まったくだめらしい。そうはいっているんだけど、なぜか、探す。そして、みつからないと最後に、スタッフ『ス』に「いっしょに探してください」と頼む。いっしょに探しても、ないものは、ないんだけど、いっしょに探しているうちに、他のシールで折り合いをつけたりもする。「これでした」なんていって。しかも、きょうは、帰り際がすごかった。『ス』に「ちゃんと『さようなら、また会いましょう』っていってください」と何度も何度も強要するのだ。いくら『ス』がいわれた通りにいっても、「笑ってない!」とか、「もっとやさしく!」とかダメダシをして、そばを離れようとしない。やっと納得して、ドアまで行ったので、終わったかあ、、、。とほっとしていると、「危険な情事」の最後じゃないけれど、サスペンス映画のように、また戻って来て、「じゃあ、これが本番ですよ、ちゃんといってくださいよー」なんてまた1から始める。良い年の男が、二人して、顔がつくぐらいの距離で、何度も、満面の笑みをつくって、おもいっきり、心から、やさしく「さようなら、また会いましょう」なんて、くり返している姿は、遠巻きにして見ている女性陣にしてみるとかなり爆笑ものだったのだが、当人たちは、どちらも、必死だ。最後には、彼のほうが、『ス』に、「もういい加減にしてくださいよ。勘弁してよ。こんなことしてたら、いつまで経っても、帰れないじゃないですかー!」と、おおマジで、頼み出したのには、びっくり!どっちのセリフだよー!ちょっとユニークな人たちが集いがちなアトリエだけど、こういうことは、滅多にないので、ねらい撃ちされた『ス』は、相手の必死さに、思わず切れることもできず、「もうあきた」と目をはずすなど、相手に本心の片鱗も伝えられず、真摯に向き合うしかなく、かなり、ブルーになっていたようだったが、そんなやりとりも20分も続いた後、やっと、ご帰宅。エレベーターの下りていく音がしたので、窓の下に目をやると、いつもより、遅くなったので、バス停まであわてて走っていった彼の姿が印象的でした。彼だって、大変なんだよねー。
2003年07月27日
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はじめて作ったクスクスは、たぶん、大成功。おいしくみんなで食べました。真島くんの話は、とっても共感できるだけに、すごくおもしろく、すごく重かった。なかなか、ふつうに生きてたら、向き合えないと思うんだけど、そこを向き合ったうえで、考えるっていうのが、研究者の研究者たるゆえんかね。矛盾を矛盾として受け止めながら、生きるのが人生、、、だけど、つらいよねー。以下、きょうの参加者にあてたメールを貼付けますので、その深い内容は読み取ってみてください。-------みなさまきのうは、お集りいただいてありがとうございました。とっても、良い時間がもてたと感じています。基調講演の後は、分科会とかでなく、お食事会がいいでねー。講師+受講者うんぬんでなく、リラックスした感じで、それぞれにお話ができて。説明し忘れていましたが、お食事のときに、うすくかけていた音楽は、「JUJU」とよばれる西アフリカ(ナイジェリア)の音楽で、ちょうど、ブアブレが幼いながらも臣民として働いていたであろう1930年代ころから50年代くらいの音源のものです。たぶん、そのころ、ブアブレに鞭をふるっていた黒人と同様、19世紀に奴隷から開放されて帰ってきた黒人たちが、西アフリカにブードウー教を持ち込んだように、西洋の楽器や音楽のエッセンスを持ち帰ってきた中で生まれた新しいアフリカ音楽のひとつです。現代でも、ナイジェリアのキングサニーアデなどのナイジェリアのポピュラー音楽はジュジュと呼ばれているようです。JUJUとはキリスト教とつながりの深い楽器のひとつであるタンバリンのことで、一節に寄ると、現地ナイジェリアの黒人たちが、白人化してしまった帰還黒人のひとたちのことを「黒いイギリス人」とばかにして呼んでいたのと同様に、軽蔑して「ジュジュ」と呼んでいたらしいです。とにかく、話はつきないですね。どうにでも、広がるし、考えれば考えるほど、身につまされるというか。きのうのメンバーは、(以下、おおざっぱな紹介=余白なしですみません)福祉施設の施設長福祉関連NPOでバイトしながら批評を書いている人シュールレアリスムが好きで、詩や小説を書いている人文化人類学を学びながら、アジア美術館で学芸員をやってる人文化人類学を学んだ後パフォーマーとしてニパフなどに参加している人音楽療法を勉強中の人残念ながら、元水戸芸の学芸員の方は、体調を崩されてこられませんでしたが、ある意味、バリバリのアート系業界の方(もしくはアート系業界経験者の方)がいらしたら、またおもしろい展開だっただろうなと思います。たとえば、アジ美で学芸員をしている人が戦争にまつわる人の作品を(間違っていたらごめん)を集めた展覧会を開くにあたって、詳細なキャプションを作ろうとしたところ、「作品が作品でなく、資料になってしまうから、あまり説明をしなくてもいい」といわれたことなど、「作品」や「芸術」にまつわるさまざまな微妙な話なんか、きっとちがう側面から聴けたのではないかと思ったりもします。実際には、いろいろな場面があるのでしょうが、「芸術」業界では、少なくともその最高峰である美術館の考える「作品」と「そうでないもの」、「芸術」と「芸術でないもの」に関して、話を聞いてみたいのですが、どうも、排他的な感じがして、なかなか話す機会ももてません。話をするには、まず、オーバの活動を、わかりやすく語らなければならないというプレッシャーを感じてしまうのです。ときどき、業界の方が話す「作品」「芸術」の意味と、オーバのいっている意味がすれちがっていて、下手をするとなぜか喧嘩ごしになられてしまったりもして、、、。オーバは、常に、この「いかに活動をわかりやすく説明するか」という命題と向き合っていて、説明したいんだけど、説明してしまうと「別物」になってしまうというジレンマと闘っているような感じです。おかしなもので、活動をするから、説明が必要なのだけれど、その説明をするために、活動をしているんだともいえるのです。こんな堂々めぐりをしているわたしたちは、よっぽど欲深いのかもしれません。スタッフ『ス』は「自分はきっと享楽的なんだ」といってました。この欲望をある程度のお金で解決できていたら、と思うと、「キリギリス」とか「ロータスイーター」といわれても、仕方がないですね、、、、やっぱり。でも、享楽的なわりには、それほど、楽しいばかりでもない人生って、、、、なんなのでしょうか。自分の興味のある人たちだからこそ、かかわればかかわるほど、消費に加担してしまう。そしてなんとか自分にできることといったら、消費を遅らせること。まさに、オーバの活動そのものって感じです、、、。重いです、、、。小学校のときの卒業文集の「将来のわたし」のコーナーに、「何の」ということもなく、ただきっぱりと「研究をしたい」と書いた、あの真島少年も、やはり、あっちの世界とこっちの世界のぎりぎりの線上に立つ学問に身をおいて、今まさに「研究している」事実。そして、だからこそ出てくる「余白」の問題とその「説明のつかない説明」について、真摯に向き合っている姿が、あの後もボディーブローのようにじわじわと効いてきました。また、きょう、「ブアブレ」というキーワードの元に、ばらばらにやってきて偶然集った人たちも、それぞれの現場において、同様の思いを重ねあわせている感じがあって、お互いに語られなかった話にこそ、共感できたような気がしています。本当に、終わってみると、なかなか余韻が消えない濃い夜でした。あらためてみなさんありがとう。また、ゆっくりお話がしたいです。
2003年07月26日
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とうとう明日は、文化人類学者真島一郎氏によるブアブレレクチャー会の日です。アフリカっていっても、ブアブレは象牙海岸だから、ちょっとアフリカ違いですが、お食事会のメニューはクスクスにしてみます。きょうは、その食材を購入するために、ワールドポータースへいって来ました。コリアンダーとか赤ピーマンとかひよこ豆とかクスクスとかターメリックとか骨つき肉とかズッキーニとかいろいろ買ったら、なんと5000円を越えてしまった。赤字覚悟の大奮発だな、これは。しかし、ラスエルハヌートなる、たぶん、香辛料系のものだけは見つからず、断念。今、お豆を水につけているところです。はじめて挑戦するクスクス、うまくいくかどうか、がんばります。明日の話も、たった10人あまりで聞くには、もったいないくらい濃厚なものになりそうですねー。真島くんに、そして、彼と同じクラスメートとして小学校を卒業できた幸運に、感謝しなくっちゃ!
2003年07月25日
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障害者文化スポーツセンター「ラポール」主催で始めて、そして、ラポールの企画は2年しか続けられないということで、ラポールがおりたけど、継続してほしいとのご家族の要望で、結局、自主運営となった「こどものためのハチャメチャアトリエ」。毎回、15人ほどの障害児とその兄弟姉妹児が集って、自分のやりたいこと=表現として、こどもたちを「ゲイジュツカ」の先生としてお迎えしている。ボランティアは、毎回ほぼ、マンツーマンに近い人数に来てもらって、毎月1回、ラポールの一角は、15人のこどもたちと20人近いボランティアとスタッフ、そして、外で待っているお母さんたちで、大にぎわい。障害児のほとんどが、高機能障がいなど自閉症系の子。「何をやっても構わない」「課題はない」ということから、もともとは、身体障害児やダウンの子も多かったんだけど、なぜか、気付くと、口コミでほとんどが、自閉症系になっていた。「うちの子は、自閉だから、決められたことしかできない」と思いこんでいたお母さんが、何ヵ月か、様子を見ているうちに、他の子どもたちと闘いごっこなんかをしているのを見て、「うちの子って、私がいなかったら、実は、こんな遊びがしてみたかったんだ」と目からうろこが落ちたらしい。また、音や光りなどにすごーくデリケートだったり、めちゃくちゃ早く動いたり、なかなか行き場所がなかった子どもたちも、すべてを受け入れる体制でいてくれる若いボラさんたちのお陰で、長ければ部屋に入るのに1年もかかってしまうけれど、だけど、無理せず時間をかけるうちに、今では、2時間びっちり活動していたなんてこともある。このラポールも障害者の施設とかいってるけど、実は、自閉ちゃんなど、多動ぎみの人には、けっこう厳しいという噂で、よく自閉系の母親ちゃんから「なんで、障害者の中でも自閉だけ差別されなければいけないの?」なんて声もあがるほど。実際、視覚不自由や身体障がいの人のそばを、すごい勢いで走り去って、危険な場面がないことはないんだけど、その子だって悪気があるわけじゃないし、怒る以外にも、なにか方策はあるはずなのに、なかなかそうはしてくれないんで、特に、その辺が一番気を使うところ。でもさ、やっぱり、だれだって、管理者の目の届かないところで、仲間だけで秘密の時間を持つのって大切だよ。そして、このアトリエをやっていて気付いたことは、それは、何をしてもいい場所だと、ほとんど、障害児と兄弟姉妹児の区別がつかないってこと。イコール障がいっていうのは、こうあるべきって決まりがあるからこそ、障がいになってしまうんだけど、そのラインが低ければ、障害児者も減るってことなんだよね。少なくとも、このアトリエの中で、すっごく困ったことって少ないんだもの。(先日、ミスターハチャメチャくんが、2階の窓からいきなり脱走して、探しまくったけどみつからず、なぜか、1階の入り口から、汗をふきながら、何もなかったかのように、2階のアトリエに戻ってきたってことはあったけど、、、でも、このミスターハチャメチャくんのお父さんも「僕も、動いていないとダメな質なんで、この子がいてちょうどよかったっていってたけど、、、)それに、案外、健常児って呼ばれる兄弟姉妹児のほうが、いろいろとたまっていて、なんだか、大人慣れしているような感じのある分、じっくり付き合ってみないと信用してくれないみたいな感じもある。だけど、一回関係ができてしまうと、すごい勢いで話しをしはじめて止まらなくなったり、やっぱり、たまってるんだろうねえ、いろいろ。障がいがあってもなくても、子どもたちはけっこう、大変みたいです。そういえば、きょう、めちゃくちゃ暴れん坊+多動のお兄ちゃんをもった小学校1年生くらいの弟ちゃんが、お兄ちゃんに背中をバカスカ殴られていて、「お兄ちゃんは薬を飲まないと大人しくならないんだよ」って、ケロリといってたっけ。この弟ちゃん、めったなことでは泣かなくなっているらしいけど、やっぱり、ふだんやられてばかりで、かなりたまってるらしく、「キレたときは、兄ちゃんより大変」ってお母さんがいってました。あたしだって、生きるのは大変。みんな、辛い時には、切れてもいいんだよー!辛い時にには、泣いていいんだよー!それがハチャメチャアトリエなんだから。
2003年07月24日
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壊れた機械を分解しては、ちがう部品同士を組み合わせてオブジェらしき物を作っている小5の男の子。彼がアトリエに来始めたのは、小1のときだから、かれこれ、もう4年の付き合いにもなるのか。アトリエに来始めたときの奴は、本当に大変で、見たものなんでもぶっ壊す。鉛筆を見れば、足でふんずけてまっぷたつに割るし、ペンを見れば、思いっきり、床にぶちあてて、芯を潰してしまう。一見コギャル風のヤンキー風、キンパツ、ドハデ母ちゃんにいっつも、怒鳴られながら、でも、「多動」も「破壊」もやめられず、よく泣いたり、つばはいたりしてたっけ。それが、いつぐらいからだろう、「壊したいのは、中身が見たいのかも」って、こっちも気付いて、そしたら、箱や筒、ビンなどに、がらくたやだ液を入れて、セロテープで封をするようになって、そして、自分で自分の作品の中身をのぞくようになった。だ液を作品の中に入れるようになった当初は、「家にある物、すべてに、つばつけるようになってさー、家中、臭くてしょうがないんだけどー。」なんて、母ちゃんになにげに、クレームつけられながらも、母ちゃんも、奴が作り始めたことがうれしくて、なんとかだ液の臭いにたえてくれたみたいで。そのうち、だ液は、のりの代わりかもって思って、のりをたっぷり渡すようにしたら、だ液のくせもなくなって。すごい機械に興味あるっていうんで、奴にドライバーとか渡したら、あっという間に、器用に開けて分解するようになって。でも、家でも買ったばかりの機械も壊して、母ちゃんに怒られて、でも、ちゃんとどういう風につながっていたか、憶えていて、その通りに組み立てたら、なんと、その機械、復活して。結局、それ以来、壊れたビデオデッキをもらっては、分解して、組み立てて、オブジェ作成。もう小5とはいえ、見た目は、小さく、まだ幼稚園生にだって見えてしまうかわいい奴。最近、人の名前が呼べるのがうれしいのか、ミュージカル仕立てで節をつけて、スタッフの名前を呼ぶようになって、これまたかわいい。でも、時々、思い出す哀しい話。奴の障がいは複雑で、奴と同じ番号の染色体の異常を持っている人は長生きしないんだとか。少なくとも、神奈川県では、現在10才である「奴」が一番の長寿らしい。それの事実を聞いたのは、もう3年も前の事だと思う。奴はまだ目の前でピンピンしてるのに、泣けてきたのを憶えている。この5月にも、7年付き合って来た45才のおじちゃんが、突然逝っちゃった。亡くなる直前にアトリエ予約してくれてたのに、病気でキャンセルはいったかと思ったら、あっという間の出来事だった。とっても、ルーズで、ついつい、いろいろなことを、後回しにしてしまうわたしたちだけど、「後で」が通じなくなってしまうときって、あっという間に来たりするってこと、肝に命じておかなくちゃね。でも、「後で」っていってると、なんかつながってる感じで、ほっとするってのも、あるんだよね。高校のときに貸したマンガやレコードのこと、いまだに、「返してもらおう」なんて思い出してたりして、そんな思い出にならない思い出が好きっていうのもあるかもしれない。とにかく、奴は生きていて、またきょうも、気に入らないことがあると、つばを吐いたり、物を床に叩き付けたりしている。オーバのアトリエが大好きで、きょうも、4時にセットしたデジタル時計が鳴り出したとたん、「あっ」という間に、ポチポチとボタンを押して、3時に戻してしまって、たどたどしく「ジカンモドッタヨ」なんていっている。「時間、戻ったんじゃなくって、勝手に戻したんじゃん!」なんて、どなりながらも、スゲー!とかカワイイ!なんて思ってたりもして。とりあえず、きょうも、至福の時間を過ごせたわけです。
2003年07月23日
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きょうのアトリエは、午前は、今缶バッチグーにはまって、缶バッチつくりに励んでいる小学生の女の子。午後は、お能のようなすごい足音のたてられる、小学生の男の子。その後、ビデオとプロジェクターを関内の教文センターに返しにいって、帰ってきたところに、カフェ利用のお客さん。彼は、学生時代からオーバにかかわってくれてる人で、ずっと映像作品をつくっていて、オーバの活動もとってくれていたんだけど、今は、家業を手伝っていって、なんだかとっても忙しい生活を送っている。でも、そんな中でも、詩を書いていて、ユリイカに掲載されてりもしていて、今回、はじめての詩集を出したので、寄贈してくれるためやってきてくれた。まだ、中身は読んでいないが、装丁がなかなかいい。彼のいっていた大学の専攻が、コンピューターや情報というカテゴリーだけで、囲われていたので、教授陣もユニークで、映像やってる人、計算してる人、グラフィックやってる人が、みんないっしょに集っていたらしく、そのとき同級生だったグラフィックデザイナーが、装丁をしてくれて、この詩集の装丁で受賞したかなんだかしたらしい。詩集は苦手なほうだが、装丁がいいと持った感じがいいねー。本当は、わりと近くに住んでいるんだけど、忙しすぎて、ほとんどオーバに立ち寄る時間もないみたいで、とってもお疲れなんだけど、8月1日の映像祭りには、ぜひ、参加してねと念を押しておいた。最近、彼の家の庭で、猫が集会を開いているらしく、最近は、雲とか、猫とかをただなんとなく映してみているそうな。そんな時期も、人生にはきっと大切だよね。猫や雲の映像、持ってきてくれるといいなあ。なんて、話をして、彼はまた仕事に戻り、わたしはひとり、ゴミ袋と夕食と詩集を持って、事務所に向った。なんという持ち物の取り合わせだろう。だけど、ある意味、今のわたしの生活を反映しているよな。ゴミと食べ物と詩集を持って、うろうろと歩いているなんて。
2003年07月22日
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アトリエキャンセル入って、久々のお休み!バク睡しました。夕方ぼんやりと起きて、明日まで「みなとみらいギャラリー」で開催されている「自閉症サポート展」を見に行った。平塚の授産施設工房絵の作品が何点か並んでいる以外は、すべて、自閉症に関する展示物。でも、自閉症について知ってもらいたいなら、中途半端に作品の展示だけをするより、こんな感じの展示もおもしろい。「おじさんのもみあげが好きな子」とか、またまた、いろんな自閉ちゃんワールドに触れられて、よかったです。ただ、あれだけ、「自閉症」にこだわっているのに、工房絵の作品が、自閉ちゃんの作品だけではなかったのには、少し「?」。まあ、わたしは、付き合い長いから、名前見れば、その人が自閉ちゃんかどうかは、大体わかるんで、気になってしまうだけだけど。とりあえず、資料も豊富で、何部か購入してきました。あのうわさの自閉症子育て少女マンガ「光とともに」も買ってみた。読んでみたら、めちゃ暗くて、第三者的には、ちょっと嫌になっちゃったけど、当事者にとっては、「哀しい時には哀しい曲を聞いて泣いたほうが癒される」らしいし、これで思いっきり、どっぷり、その世界に浸かってみるのも、たまにはいいのかもしれませんね。
2003年07月21日
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きれいだったよー。アートセンターから、ばっちり見えたよー。ぎりぎりまで天気が心配だったけど、雲で見えにくいということもなく、大満足!(花火の画像あり)新作花火も多くってお客のひとりが、「なんだか、タマちゃんの花火が打ちあがるらしいわよ」って教えてくれて、「えーそんなのわかるのー?」なんていってたら、本当に、あれこそ「タマちゃんだー!」っていう花火があがって、大興奮!最近は、紫とか、びみょうな中間色の花火もあって、同じ赤でも色がちがってたり、みんなビールを片手に食べ物をほおばりながら、すごく楽しんでくれたみたいで、わたしたちも楽しかったあ。あしたか、あさって、腕によりをかけて作った手作り料理の写真もアップするね。あー、やっぱり、花火はいいなあ。8月1日は、花火がもっと近くなるし、花火の後にイベントやるし、大声だしてはじけてみたい。 □□□□□□第3回大花火パーティー■日 時 7月20日(日)18:30-22:00(花火は19:30-20:40)■場 所 13坪のアートセンター/要予約■料 金 賛助会員とご家族 1人 3000円(フリードリンク/フリーフード) (2人目から大人1人+2000円、小学生以下+1000円) そのほか 1人 4000円(当日入会すると会員価格) 毎年大好評の花火パーティー。山下公園前で打ち上げられる花火をみんなでみましょう。となり駅なので、8月1日ほど、桜木町も混みません。今年も、オーバちゃんが、うでによりをかけた夕食が並びます。ビールやラムネ片手に、ごはんをつまんで、のんびりしながら、夏の夕べを楽しみましょう。
2003年07月20日
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また、また、「和製ジョナサン・リッチマン」と、わたしが勝手に呼んでいる「たんばりん」が突然来てくれた。ばんざーい!50年代の実験的なシュールレアリスム映画や90年代の実験的なビデオなどをプロジェクターで流しながら、即興的に、延々と演奏がつづき、まさに、ラリーズ、アシッドフォークって感じで、心地の良い時間が、あっという間に過ぎていった。たんばりんが、終電で帰った後も、飽き足らず、すっかり、ビデオで、今終わったばかりの演奏を再生して見てみると、不思議と自然に、ビデオの映像や音と、実際の音や動きがリンクしてんだよねー。何度見ても、キュートでサイケでかっこいい。またまた、贅沢な時を過ごしてしまった。なんて、余韻にひたりながら、明日のアトリエの用意をしていたら、もう、3時。明日は、もっと大きなパーティーだよーん。お客もいっぱい来るよーん。ごちそう作らなきゃ。もう、すでに、朝だけど、早く寝よう。この日記、気が向いたら書き換えるかも。後日、実験映画の固有名詞いれるかも。最近、日記をリンクしてくれる人ができたから、ちょっとがんばってみよう。
2003年07月19日
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山梨県の緑のなんとかっていう福祉施設から、7月21日のお祭りに、アートグッズ屋を出店しないかというお誘いがあって、もう、とにかく、毎日忙しくて、行楽気分にもなれないから、思いきって「いってみよー!」と思っていたんだけど、前の日、花火パーティーでしょー。翌日朝からアトリエでしょー。行ったら、しむかも、、、と思ってあきらめた。でも、その施設の関連施設、泉区にある共働舎っていうおいしいパンやクッキーを作ってるところの副施設長(わたしとタメの女の人)が「来れなかったらわたしが売ろうか?」っていってくれたので、きょうは、彼女に、すべてを託すため、商品の準備をして、スタッフ『ケ』に、共働舎にもっていってもらった。緑のなんとかっていう施設も、石うすを廻して手でひいた手打ちそばとか作っていて、お祭りもかなりにぎわうらしいから、そのうち遊びにいってみたいなあ。明日のオバルナイトの飯の準備のため、閉店10分前に、みなとみらいの生鮮館に駆け込んで、ハムを物色していると、とつぜん、話し掛ける声がして、見ると、このスーパーのとなりで、喫茶店を経営しているNPOアニミの代表、タロさんが、ソーセージにぎりしめて笑っていた。実はタロさんも、例のおでかけアート展覧会の実行委のひとりで、話しのわかる人なので、時々アニミに行って、タロさんに相談しているんだけど、とにかく最近忙しいらしくて、なかなかかんじんの会議に出て来てくれない。だけど、かわいく、「会議さぼってばかりでごめんね」とあやまるので、かわいさに免じて許してあげることにして、お互い、あわててハムやソーセージをつかみながら、あわてて情報交換をして別れた。うーん、なんだか、みなとみらいに変な村がうまれつつあるかも。明日も朝からアトリエだよ。午後は、サウンドスタジオだよ。夜は、オバルナイトだよ。最近、オーバで流行ってることは、アートセンターにゴザ敷いて、昼寝することです。これが最高に贅沢な時間なの。帰って、メールを開くと、オーバの会員さんから26日のオバルスクール申し込みが入っていた。3年くらい前から会員だった人だけど、全然会ったことのない人で、よく知らなかったんだけど、当日いっしょに来る友人のサイトに知らぬ間にオーバがリンクされていて、そのサイトの内容が、「地域通貨」「だめ連」「フリーター」「障害者」「批評」など、まさに、オーバと重なるコンテンツでいっぱいだった。ほとんど、コンタクトをとってこない会員は、1年か2年で自然にやめていってしまうんだけど、この人は、こういう人だから、つづいていたのねー。灯台もとくらしで、突然、新しいつながりができて、うれしくなりました。今までとひと味ちがうタイプのイベントやると、ちがう切り口の人と出会えるから、すごく刺激的。今回も、某アジア美術館の学芸員、文化人類学を勉強して現在舞踏だかパフォーマンスをやっていてニパフに出るという女性、元水戸芸術館の学芸員など、はじめての人やほとんど話したことのない人が、来てくれるみたいで楽しみです。
2003年07月18日
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先月みなとみらいで開催した展覧会のお陰で、すこしづつ参加者もボランティアも増えてきた。これならなんとかやってゆけそうだ。相変わらず、施設って嫌なところだけど、これが現実。仕方がない。張り合えば、ますます悪くなるばかり。結局は、人事ひとつ。嵐が過ぎるのを待つしかない。きょうは、元幼稚園の先生という20代の主婦がはじめてきてくれて、「障がいのある子ははじめてだったんで、心配してたけど、すごく楽しかった。お母さんたちも、楽しそうにわきあいあいとしていて、雰囲気がすごくよくて、リラックスして参加できた」といってくれた。たしかに、大変なときもあって、てんぱっていた日もあったけど、最近、なんとなくいいムードになりつつある。少しずつ違う地区から来ているお母さんたちも、知り合いになって、お互いに情報交換しているみたい。とりあえず、この体育館の中だけは、本当にいい空気流れてるぞー!外の空気には負けないぞー!と強がってみる、、、。もともと君らが私たちに頼んで依頼してきたワークショップで、5年以上も推奨してきたんじゃないか。どうしてこうなっちゃうんだろう。毎回、行きと帰りは気が重く、やっている間は天国にいるみたい、という、すごく複雑なワークショップです。組織なんかダイッキライダっー!わたしたちアウトサイドに生きる人間を、軽々しく呼び込むなー!なんだか、最近、毎日、忙しいなあ。
2003年07月17日
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朝8時まで展覧会の応募要項づくりに追われて、昼からアトリエ。そんな中、以前、NPO特集でうちを取材してくれたソトコト編集者から「ランドマークでイベントやってるから、お茶しない?」のお電話。どんなイベントかと思ったら、ユーミン展で、ソトコトの編集長とユーミンは、数十年前からのともだちで、いろいろ取材に参加してもらっているらしく、その写真展みたいな感じ。でも、来場者はほとんど「ユーミンファン」で、ソトコトや周辺グッズには、見向きもしてくれないとか、、、。ははは。あれだけ、バブリーなイメージだったら、ユーミンとエコとかってあんまり結びつかないもんね。ソトコトネットから地域通貨スローがはずれてしまい、その辺どうなってんの?などいろいろ聞いた。結局、雑誌の世界は、流れが早く、今は、スローナンバーなるものに取り組んでいて、自分もかなり忙しくて、気分的には、地域通貨はちょっと遠い話になっているらしい。彼は、今、BLOVEなるインターネットのシステムに興味をもっていて、それをちょっと使ってみて、ゆくゆくは、自分の興味のあるNPO関連のサイトづくりに活かしたいということ。あせらず、スローに待ってるよん。アメリカでは、BLOVEの出現と9・11によって、いまや、BLOVE発信のオープンジャーナリスムなるものが台頭し、メジャーになってきているらしい。なんとなく、わかるようで、やってみないとわからないって感じだが、今後日本でも、BLOVEが常識になってきたら、どんな新しい文化の展開があるのか、楽しみだ。きょうのアトリエは施設から出張してきてる3人組。白髪まじりのかわいいおばさんは、先月からオーバにある「パグ」のぬいぐるみを気に入っていて、きょうも、パグを用意してくれというので、出してあげると、パグの前足に色鉛筆を持たせて、「パグ」が「パグ」の絵を描いているようにしむけていた。好きな物で、好きな物を描く…という贅沢な発想だ。じっさいには、このおばさま、わたしたちのわかる言語ではお話にならないので、いつも同行してきているお仲間が、通訳してくれている。それが合っているのか、合っていないのかはわからないが、2人の間で、会話が成り立っているのは確かなようだ。これが、「あ、うん」というものだろうか。そして、このお仲間もまたユニークで、すごく毛むくじゃらのおじさんなんだけど、手には、いつもピンクのお花のブレスレットをしていて、プーさんのかばんに、たくさんプーさんのマスコットをつけている。きょう、パグのおばさまとお話しているのをもれ聞くところによると、毎日、マイメロちゃんとミッフィーちゃんにはさまれて寝ているそうです。一人じゃ淋しくて寝れないので、旅行鞄にもしのばせていくらしい。この毛むくじゃらのおじさん、みかけによらず(見かけもよくみるとまつげが長くてかわいいが)とってもキュートでしょ。毎日、こんなすてきな人たちと出会えるわたしって、本当に幸せ者。
2003年07月16日
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きょうのアトリエは、40代の精神障がいのあるおじさまひとり。以前、いっしょにアトリエに来てくれた青年も、一時期入院していたが、今は退院して、また、アトリエに来たいといってくれているらしい。片道1時間30分もの遠い道のり。幻聴が聞こえるため、作業所にもいけず、ほとんど家で描いているという彼等が、わざわざ、苦手な電車に乗って、ここに来るのを楽しみにしてくれているのは光栄だ。うちを利用してくれている人の中に、精神障がいのある人はあまりいないので、彼の話も新鮮で興味深い。歩いていても、何をしていても、突然、自分をひぼう中傷する声が聞こえてくるというのは、想像すらできないが、もし、そんなことがあったら、どんなに恐くてつらいだろうか。他人から見れば、それは幻聴だが、当人にしてみれば、それはれっきとした現実であり、事実なんだから。彼は、それでも、それらのことは、病気によるものと自分に言い聞かせて、上手に付き合っているようだが、それでも、やっぱり、心の中では、現実に起こっていることだと思ってしまうといっていたが、それは、当たり前のことだろう。以前、彼も、措置入院を経験したことがあったらしいが、そのときのことは断片的にしか、憶えていないらしい。母親は、そのとき起こったことを教えてくれないという。彼にとっても、母親にとってもそれは、つらい経験であったにちがいない。以前、サンフランシスコの障がい者アートセンターに滞在していたとき、そこのアートティーチャーにつれられて、郊外にある深刻な罪を犯した人たちのための精神病院に行ったことがあった。どの人もとってもすてきな人で、とても美しい瞳をしていた。特に、20代前半の背が高く、金髪のとても美しい青年は、親切に、とても礼儀正しく、わたしたちと迎えてくれて、本当にすてきな人だったが、彼は、数年前、自分のやさしくて、大好きだった両親を、発作のときに、自らの手で殺してしまい、ここにいるのだという。それを聞いたときには、本当にショックで、いまだに、信じることができないが、だけど、そんなひどい現実が実際にあるのだ。そんな病気や現実と日々、いっしょに生活している彼等は、本当に勇敢だと思う。「経済的な理由で、月に1回しか利用できませんが、ここに来れて本当によかった」。と語ってくれたそのおじさまの目も、とても澄んでいて、きれいでした。
2003年07月15日
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会員さんに知的障害児者、自閉症の人にとってのバリアフリーについて、聞いてみたら、いくつか返事が来た。1)クールダウンできる場所があること 町に出ると、刺激が強すぎる人もいます。 ちょっとしたことが原因で不安になる人もいます。 そんなときに、ちょっと気軽に休めるような落ち着ける場所があると親子共に、ほっとします。2)トイレの表示などを統一してもらうこと トイレの表示が、統一じゃないので、文字の読めない人にとって、トイレのマークがついていても、トイレの場所が判別できない場合があります。 はじめての場所に不安感をもっているときに、ここがトイレかどうか、わからなければ、トイレに行きたくても入ることさえ、拒む場合もあるかもしれません。3)コミュニケーション支援ボードなどの導入 全国知的障害養護学校長会と安田生命社会事業団がコミュニケーションのバリアフリーを進めるために、「コミュニケーション支援ボード」の普及活動を現在、行っています。「コミュニケーション支援ボード」を全国500校の養護学校に配布し、児童生徒に使い方を教えるとともに、地域の駅、警察、病院などの公共機関の他、お店やレストラン等に配布し、「コミュニケーション支援ボード」を用いての対話に協力をいただくというものです。http://www.my-shakaijigyodan.com/ もし、このボードが一般化すれば、文字や言葉を解しない人たちにとっても、手話のように絵文字を利用した新しい言葉のやりとりが可能になるはずです。きょうは、グループホームに住むひきこもりのおじさまのところにいって、彼のすばらしい作品の数々を、おでかけアート展覧会のキャラクターとして使わせてもらうため、お借りして来た。前回は、かなりつらそうだったが、今回は、夕方4時に行った時、ちょうど目がさめたところで、遅い朝食を食べた後、わたしたちに作品を解説つきで見せてくれた。何年も前に描いた作品のタイトル、内容まで、まったく驚くほどの記憶力で細かく説明してくれて、本当にびっくり。どれもすてきだったけど、特に、インパクトのあった黒柳徹子の絵やうさぎさんの絵、そしてあぶらゼミ男などを、キャラクターにすべく、現在検討中。どれも、これも、キモカワイクて、本当に、すてきです。夜は、おでかけアート展覧会の会議で、今回は、馬車道の紅茶専門店サモアールの加藤さんも来てくれて、なかなかいい感じ。馬車道は、本当に、馬車をもってるそうです。1年に2回、毎年、お祭りのときには、御殿場から馬を借りて来て、馬車を走らせるそうです。そんな馬車道祭りと同じ時期に、第3回福祉のアート展「障がいのある人と商店街がいっしょにつくるまちーおでかけアート展覧会」が開催されることに決定しました。みんな遊びにきてね!おでかけアート展覧会会期:2003年10月20日(月)ー11月3日(火)場所:イセザキモール1ー7丁目→マリナード地下街→馬車道商店街
2003年07月14日
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すごかったー。ハードロックだったー。たんばりんは、すでにたんばりんではなく、子猫のようになっていたー。後ろのお兄さん、おじさんたちは、すごく貫禄あってこわかったけど、なんと、18才といってもおかしくなく見えるたんばりんと同じ年だったらしい。やっぱ、わたし的には、たんばりんは、ブランキーのボーカルの人をひ弱にして、かっこつけたところをなくした感じだ。あんな中で、あんなパフォーマンス、しかも10年も、いやいやながら続けてるなんて、すごいとしかいいようがない。きょうのライブは、中華街の中にあるFADという店。きょうの出演者を見たら、なんと10グループも書いてあって、トランポリンは、そのトリだったので、8時過ぎまで、中華街で飯食って、骨董屋や雑貨屋ぶらぶらして、のんびりとライブハウスへ。戻ってみると、なぜか、お笑いのグループが立続けに、舞台にあがっていて、しかも、その後には、独り芝居なんかもやってたりして、今のライブハウスって、こんな感じなの?みんなも、真面目に見ているし、なんか、おもしろいねー。----きょうも朝からアトリエだった。朝は、中2の男の子ひとり。なぜか、最近、アートセンターの入り口においてあるミニカーを使ったオブジェが、突然恐くなったみたいで、可哀想に、プルプルと震えている。いったい何が、どうしてそんなに恐いのか、、、。同行してきたお父さんによると、以前、「たわし」を怖がっていた時期もあったらしい。わかるような、わからないような、、、。何の気なしに、お買い物とかするんですか?と聞いてみると、買いたい物は決まっていて、「カロリーメイト」と「カップラーメン」と「かまぼこ」をお買い物のたびに、買って来ては、夕飯の前に食べてるんだって。全部「か」のつく食べ物という意外、これまた、まったくよくわからない取り合わせで、ますます彼のなぞが深まりました。午後は高校3年生と20才くらいの男の子2人。ひとりは、なぜか、花を描き、ひとりは、ここ数年描き続けている電車を描いてた。明日は、おでかけアート展の会議。企画書かかなくちゃ。。。。
2003年07月13日
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きょうは、ひさしぶりのバイト。もうかれこれ、10年近く単発でやっているかもしれないアンケート調査。以前は、毎月くらいにやっていたけど、今ではめっきり減って、1年に1回くらいになってしまった。今回は、また変則的な内容で、休憩も30分と短く、ちょっと疲れたけど、日銭が入ってうれしいです。その足で、これももう7年もつづいているグループホームの出張アトリエにでかけ、4畳半ほどの狭い部屋に机並べて、3人のアトリエ利用者と共に、べらべらだべりながら、CDかけながら、お茶飲みながら、養生のためにしいてる古新聞読みながら、みんなの制作ながめて、なんてことない時間を過ごして、「じゃあまたねー」と帰ってきた。きょう、わたしがバイトで、休んでいた桜木町のアトリエでは、なんと、アートセンター近くの道ばたを歩いていたスタッフ『ケ』と、和製ジョナサン・リッチマンことたんばりんが、ばったりと遭遇し、期せずして、たんばりんが、アトリエを訪問してくれて、アトリエを利用してる人のモデルになったりとかなんていう、うれしいハプニングがあったらしい。なんか、ずっと会ってなかったのに、立続けに会ってるね、なんて話ながら、帰りに、アートセンターのポストをのぞくと、なんと、そこには、たんばりんからの切手を貼って、郵送で送られてきた封筒が入っていた!「え?なに?」と、中をあけると、そこには、たんばりんが誘われて、そのまま10年も付き合いで?やってるらしいヘビメタ?バンド「とらんぽりん」のライブのご招待チケットが3枚、、、。えー、明日じゃん!送ったんなら、ちょっといえばいいのにー。この辺りがたんばりんのたんばりんらしい、奥ゆかしいところ。明日の夕方、6時から、石川町じゃ、行くしかないじゃん。なんだか、毎日、たんばりんと会ってるね。そんなときってあるんだね。でも、10年前から、噂にしか聞いてなかったとらんぽりん。ちょっと恐いけど、楽しみです。(ちなみに、噂によると、たんばりんは、いつもとおり、和製ジョナサン・リッチマンって感じで唄ってるんだけど、周りの音がうるさくて、なんにも聞こえないらしい、、、。)詳細は明日、報告します。
2003年07月12日
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7年前から毎月通っている作業所のアトリエの日。月に1回この日だけは、必ず朝が早く、完全夜型のオーバちゃんにとってはそれだけが気が重い。だけど、職員も含めてなんだか、とってもフランクで自然な感じのこの作業所のアトリエは格別なんです。今月は、なぜか、参加者が少なく、9人しかいなかった。この4月まで、ずっとアトリエに参加してくれていて、5月のアトリエの日も予約してくれていた人が、ちょうどアトリエの日に入院、数日後なんの前触れもなく亡くなってしまっただけに、みんなの体調がちょっと心配だったけど、みんなちょっとした理由で休みが重なってしまっただけだったみたいで安心した。昔は、この辺では有名なバリバリなヤンキーで、単車の事故にあって以来、「車椅子にのった優しいおじさん」に変ぼうしたという30代の男性は、おっぱいが大好きなので、60年代から70年代のヌードグラビア本をもっていったら、大喜びして、ふせんが一束なくなるほど印をつけて、じっくり吟味してモチーフを探し、結局、だいたん開脚そのまんまの1品を選んで、丹念に描き、最後は、ガッツポースで、大満足して外に一服しに出ていった。とにかく、目の前にあるものは何でも、つかんで下に落とすってことがなぜか大好きな男の人も、いつもとおり、絵の具のチューブを、何度も何度も床に落として、大笑いして、その合間に、絵の具を指につけて、ベニヤ板に荒々しい指の跡をつけていた。彼にとって、その指の跡が、作品なんだか、どうなんだか、全然わからないけど、アトリエの後、みんなに、今日のみんなの作品を見せるときに、必ず、自分の「指跡」が紹介されるとき、腕を振り上げてアピールする。こんななんてことないことを、何年も繰り替えしているだけなのに、「明日はアトリエだよ」っていわれるとおおはしゃぎをして、毎回、朝から興奮してるらしい。かくいう私たちも、毎回、ただ粘土でわたしたちの靴下の模様を片押ししてるだけの人とか、「芸術」なんて言葉の響きとは程遠い、なんてことない日常の延長のようなことをしてみんなと遊んでるだけなのに、なんだか、飽きることがない。特別というほど、特別ではなく、贅沢というほど、贅沢ではないんだけど、やっぱり、他ではありえない時間を過ごしている感じなんです。余談」」」時々、ヌードを描くっていうと過敏になる人がいるけど、わたしは、中学生のときに美大受験決めてから、近所のおばさんといっしょに、毎週ヘアヌードそのものの全裸の女性モデルを、描くアトリエに通っていたし、美大に入ると今度は、全裸の男性モデルも描いていたし、(たいてい男性モデルは美大出身で舞踏やってる人だった)だいたい西洋絵画なんて、ヌードなくしたら、ほとんど語れないし、ヌードに驚くことに驚いてしまうことが度々ある。ヌードを描くことって、妖しいと思う?でも、さすがに、美大時代にクラスの女の子が、自分の彼氏のヌードを描いて、みんなの前で、課題として出した時には、ちょっと引いたけど…。彼氏のこともよく知ってたんで、あんまり見たくなかったし…。
2003年07月11日
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いつも通り、ライブの2日前に、たんばりんからお知らせが来て、「今回は平日なので行けるぜ」と久しぶりに、上馬にある老舗のライブハウスに行った。久しぶりの東京でもあるので、三軒茶屋でおりて、オムライスを食べて、ぼちぼち歩いていった。三茶は、安い食べ物屋が多くていいなあ。桜木町も飲める人や金のある人なら楽しいのかもしれないが、案外、食べ物屋は限られてしまう。久しぶりにのガソリンアレーは、前よりすっきりして広く見えた。でも、以前のごちゃごちゃ感が、なくなったのは、ちょっと淋しい。たんばりんは、2個もたんばりんとつけて、鈴もつけて、3本も水を飲んで、でんぐりがえしまでして、ギターも倒して、張り切っていた。思っていた以上にお客も来ている。しかも、みんなそれぞれ違った雰囲気の人たちだ。きょう、いっしょにやっていたサックスの人も、わたしたちと同じく13年前からの付き合いだというし、彼は、本当に、門戸が広く、誰でも受け入れて、自分からは拒まない人だから、友だちの層が広く、付き合いが長いみたいだ。お友だちは、それぞれ個性的な顔ぶれで、たんばりんなしでは、お友だちになれるか微妙な感じだが、彼は、みんなに、分け隔てなく、わたしたちのことを紹介してくれて、オバルナイトにも誘ってくれていた。とりあえず、彼の特に親しいお友だちである詩人の人は、一番ふつうっぽかったし、家も横浜だということなので、来てもらえたらうれしいなあ。帰りは、桜新町まで歩いてみた。途中にブックオフをみつけて、Macのトラブルシューティング本をたくさん買い込んでみた。これで、解決するとは思わないが、、、ないよりマシかな?きょうのアトリエは、もとこひとり。1回いったら、10万円の罰金の約束をしているキーワードのひとつ、「NHK」を、わたしが来ないのをいいことに、しばらく連呼していたらしい。スタッフ『ス』が、「そんなことばかりいってると『ヅ』にいっちゃうよー」といったら、マジで怒っていたらしい。10万払ったことなんてないくせに、、、。久しぶりに絵の具を使って、22枚描いて帰っていった。
2003年07月10日
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機械を分解してちがうパーツ同士を組み合わせて、オブジェを作っている小学生の男の子と水着のコラージュをしている中学生の男の子、いつもビデオや本を見るだけで、一度も制作をしたことのない中学生の女の子の3人。小学生の男の子は、何時間でもやっていたいので、いつも、帰る時間に終われなくて、母親や母親の小学校のときの同級生だったガイドヘルパーに怒られながらやっと腰をあげて帰るのだが、きょう、いっしょになった中学生の女の子は、いつも、他人に厳しいタイプで、わたしたちが、「ほらもう、時間だよー」なんていいはじめたら、すごい勢いで、「片付けなさい!聞いてんの!?ゆうこと聞きなさい!」とすごいけんまくで、あおるので、小学生の子も、おもわず「ハイ」と返事をして、聞き分けよく片付け、あっという間に帰っていった。この中学生の女の子の母は、すごくやさしくて、見守るタイプの人なんで、そんな風にいったりしないんだけど、どうも学校や、外で、誰かが怒られているのが気になって、すっかり、自分のものにしてしまっているらしい。小学生にしてみれば、厳しい母親には「愛」があるが、この中学生には、「愛」はなく、ムチしかないし、いってることはわかりやすいし、かなり効いたんだろう。そそくさと帰ってゆく後ろ姿が、なかなかいい味だしていた。その中学生の女の子は、きょうは、遊技王かなんかの本を読んだだけで、帰っていった。その子の母いわく、「ここで、ネタを仕入れて、家で描いてるみたいね」なるほどね、そんな使い方してたのね。そのうち、また家で描いてるもの見てみたいな。みんなが帰った後、図書館にいって、地元商店街についての資料を探す。商店街の人たちが、いかに再建するかを書いた本は多いが、市民に向けていかに地元商店街が重要かをうたった本はほとんどない。理念的には地域通貨が近いのかもしれないが、なんか子どもにもわかりやすいフロー図とかないものか。全然先に進まず、大変だあ。そして、最近、どうもファックスも、電話も来ない平和な日々がつづくと思っていたら、なんと、電話が止まっていた。あわてて、深夜にコンビニに駆け付けて支払うと、すぐに、復帰していた。すごいねー。Macの調子は相変わらず最悪です。
2003年07月09日
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ブロードバンドにしてから、機能拡張がおかしい。ワコムのタブレットもエプソンのプリンターもインストールしなおしたが、どうやらまた、機能停止状態らしい。使い慣れないG4のマウス、本当に使いづらい。だいたい、エクスプローラーがタイプエラー3で開かない。仕方がないので、今ネスケで書き込んでいる。きょうのアトリエは、中学生4人組。最近は、こっちの様子をうかがって、ちょっと乱暴にしてみたり、けんかをしてみたり、最後はだいたい、小アニマルハウス状態だ。今2年生だが、高校をどうするか、なんて話が出ていた。見学しているのは、養護学校らしい。今、障害のある子たちもほとんど高校行きを希望している。だけど、高校には個別支援級がない。そして、以前は、ただ落ちこぼれなどとしてしか扱われていなかったかもしれない、境界線上の子たちも今は、きちんと個別に援助されはじめている。養護学校の高等部は、どこも満杯なのだ。高等部だけではない、養護学校は、今本当にパンク状態らしい。今や、美術室や音楽室などという特別教室をつぶして、学級にして、その上に、プレハブを増築してしのいでいる。少子化が叫ばれて久しい昨今、学校で学びたいという子どもであれば、知的などの障害があっても、門戸を開く高校や大学があっても良さそうなものなのになあ。だって、学校で何をやるかは、障害がなくって、関門を通ったところで、ヤリサーってこともあるんだし、学び方や利用法も、ある程度開かれていたほうが、逆に健全なような気もするけどなあ。
2003年07月08日
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改めて、各商店街の意向が聞きたかったので、2カ所の事務所にいって来た。どちらも、ぜひ、参加/協力はしたいけど、障害者とのコミュニケーションとかうたってしまうと、難しい店もあるかもしれないし、会場貸し程度でお願いというような感じ。結局、コンセプトはぼやかしたまま、時間をかけて進めてほしいという雰囲気かな。仕方がないよね。はじめから、よく知らない人たちと仲良くしてね、っていわれても、困っちゃうのは、よくわかるし、ハードのバリアの部分では、どうにもならない店や道があることも重々理解できる。いぜん、他のまちで、同じ企画をやったとき、郵便局長に、「場所を貸すのはいいが、障害者が来るのは困る」とはっきりといわれたこともある。その土地は、地形の問題で、どうしても、ビルの前に階段を作らなければならず、そこに郵便局もあるのだが、ちょっと過激な車椅子ユーザーに、呼び出されて文句をいわれ、さんざん、頭を下げたことがあるらしい。彼にしてみれば、「局長だから、頭を下げざるをえないが、実際には、自分じゃどうにもならない問題」ってことで、それ以来、面倒なことになるかもしれない障害者は、嫌遠しているらしい。なんだか、お互いに淋しいね。その過激な車椅子ユーザーも、みんなによかれと思って意見をいったんだろうし、方や、郵便局長も、どうにもならないけど、肩書き上、本音もいえず、それ以来毛嫌いしちゃうなんて、、、。お互い、「障害者」でも、「局長」でもないところで出会えれば、友だちにもなれたかもしれないのにね。そして、もうひとつどうしても頭をよぎってしまう、ショックな話。土曜日の中学生の女の子一時期行方不明事件で、日曜日に来た小学生の女の子のお母さんと「ぶっそうな世の中だから、何もなくってよかったね」と話していたら、「でも、障害のある女の子を入所施設に預けるってことは、この子の貞操、あきらめることらしいよ」っていわれて大ショック!だって、親より先に死なない限りは、障害のある人、特に、知的障害者の未来には、現状では入所施設しかないだろう?その母いわく、石田いっせいのドラマで有名になった、水戸の段ボール会社の事件で、何件もあったらしいレイプ事件にほか、今まで、裁判沙汰になった知的障害児者のレイプ事件で、今まで事件になったものはなかったそうだ。実際には、どういうことかは詳細は不明だが、結局は、被害者の証言が、不明瞭とかで、証言だけが頼りの密室のレイプでは、立件不可能とか、そんなことなんだと思う。「施設では、同性介助が基本だが、そうもいってられない状況も多々あって、男性職員が、女性の障害者をお風呂に入れるのもよくあることで、夜勤ともなると、職員が2人くらいになってしまうし、何があってもわかりはしない」というのが、最悪を見込んだ現実らしい。確かに、職員の仕事は、本当に大変な仕事だ。みんな腰を痛めて、立てないほどでも人手が足らずに、出て来ている。しかも、本当に給料が安い。だから、男手はなかなか集まらない。つとめている人は、好きだからこそ、働いているんだろうが、それは、小学校の先生がロリコンになったり(だったり)するように、「好き」という感情と性的な感情というのは、とっても複雑だ。しかも、施設の現場には、大変だからこそのストレスも多く、人間関係も複雑な場合が多い。わたしたちが出張していた入所施設でも、数年前、職員数人が、男性入所者の陰毛を剃ったという事件が発覚して大問題になったことがある。それは、内部告発で知れたことだが、ターゲットにされてしまう入所者は、親が亡くなったか、親に管理能力のない人=何をやってもばれる心配のない人だと思われる。陰毛を剃るにいたるまで、何もなかったはずがないし、今だって、大なり小なり、やばいことはあるに決まってる。逆に、偶然陰毛を剃った事件に関わってしまった職員は、スケープゴートだったのかもしれない。真相はわからず、ただ、関わった職員が解雇され、それ以降、施設は、悪いこともないようにするし、良いと思われることもやらないようにする、というような事なかれ主義になっているようにしか見えない。アトリエから帰るその立ち姿を見て、小学校高学年になって、すっかり、大人っぽくなったその少女を、ほめるつもりで、「すっかりきれいになったねー」といったら、お母さんは、複雑な笑みを浮かべていた。わたしたちにとっては、すてきで、きれいで、かわいくて、かっこよくて、ユニークで、甘えんぼで、絵がうまくて、繊細で、ただ、そんな女の子に過ぎないんだけど、世間的に、知的障害があるというだけで、なんで、そんなに過酷な人生選ばざるをえないのか。たとえば、自分の未来に、自分の娘の未来に、そんな現実しかなかったら、いったいどうすればいいのか、まったくクラクラとしてきてしまった。
2003年07月07日
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今朝のアトリエは、昨日、迷子になってこれなかった中学生と前回から、缶バッチ作りにはまってしまった小学生の女の子。缶バッチを作ってる子は、いつも、割合早いお出ましなのに、きょうは、10時30分ころ電話があって、「ハプニングがあったので、遅れます!」いったい何があったのかな?兄弟げんかかな?なんて思って心配していたら、なんてことない、深夜映画を見てしまった母の寝坊だったらしい。昨日迷子になった子は、いつも時間には来ない人だけど、きょうは、お寝坊ママさんちより早めに来たので、アトリエをひとりで専有。こういう状況のときには、すこぶる機嫌よく、次々に、「ビミョウに色っぽいおねえさん」の絵を描いていた。彼女は、最近、飯島愛の大ファンらしい。目のつけどころがさすがです。午後は、今年就職した男の子と高校3年生の男の子のふたり。今年就職した男の子は、すこしづつ、自力で外出ができるようになるよう、ヘルパーさんといっしょに、アトリエの見学に来たのだ。この男の子の母とヘルパーさんとヘルパーさんの事務局の人と、4人できて、お茶を飲んで、「ここは、まさに、セルプヘルプの場ですね」なんていわれたりして、おしゃべりをして帰っていった。アトリエの後、きょうまで、パシフィコ横浜で開催されていた、横浜ヒューマンテクノランド通称ヨッテクという、福祉機器展に行き、はじめて電動車椅子にのってみた。室内用とか屋外用とか、すごく細かく用途がわかれていて、それによって、使い勝手がまったくちがった。スポーツ用の車椅子にも乗って、その違いになるほどと思った。でも、実際には、そんなにたくさんの車椅子が、持てるわけではないし、やっぱり、車椅子の生活は、なかなか体力がいりそうだ。知り合いの電動車椅子の人も、一度、バックをしていて、階段からまっ逆さまに落ちたといていたし、慣れても、慣れなくてもこわい。実際、なんだか、乗り物酔いになってしまって、わたしなんか、話にもならないや。みんなよくやってるなあ。そのほか、食事介助をしてくれる機械とか、(介助者なしで、食べられるので、「ちびちび晩酌」も可能になる)いろいろあって、体験は楽しかった。帰りは、ジャックモールにいって、ガストのファーストフード版?で、てりやきバーグ丼390円を食べたけど、この手のものにしては、味は、すかいらーくだし、わりとうまかったよ。前のグラッチェガーデンは、すごく混んでいたけど、こっちは、ガラスキだったし、外で食べられたし、気持ちのいい夜で、とってもリラックスした。トイザラスに寄って、缶バッチのキットを購入して、今、帰ったところ。なんだか、すごく眠い。明日は、また伊勢佐木町だ、、、。
2003年07月06日
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最近のハマのお薦めスポットは、1年前のワールドカップのときに、リニューアルオープンした大さん橋です。ウッドデッキでできた、くじらの背中にいるような、なだらかな丘とよく手入れされた芝生のコントラスト、そして、ピクニックに来ているような場所なのに、海の真上にいるという不思議さ。360度、マリンタワー、倉庫街、ベイブリッジ、遠くの工場、赤レンガやみなとみらい地区が、見渡せる絶景。そして、意外に、人がいないこと。本当に、気持ちのいい場所です。きょうは、アトリエに来るはずだった中学生の女の子が、お母さんより早く家を出てしまって、さあ大変。お金ももってないし、切符の買い方も知らないだろうけど、もしかしたら、改札するぬけて、桜木町に来てるかもっていうんで、わたしたちは、アトリエに張り付いて、外をじっとみつめ、お母さんは「ランドマークのマックに行くっていったから、マックにいるかも」とランドマークを探し、「でも、やっぱり電車に乗ってないかも」と家の近くを探し、結局、2時間以上たって、お家にひとりで、戻っていたところを発見されて、一件落着。でも、きょうは、オーバに来るって楽しみにしてくれていたはずだから、アトリエに来れなくて、哀しんでるんじゃないかなあって、ちょっと可哀想になった。彼女は、たいてい、アトリエに5分くらいしかいられないんだけど、それでも、毎回楽しみにして、もう、5年近くも通ってきてくれてるんだもの。また、彼女の描く絵がすごくおもしろい。家でもずっと、描いている。山とたまった作品を、オーバにもって来てくれるんだけど、わたしたちが、彼女の作品が大好きなこと知ってるんで、いっつも、嫌味な金持ちおやじが、札束なげるみたいに、自分の作品、なげてよこすの。そうすると、わたしたちも、一生懸命拾うんで、それがおもしろいみたい、、、?とにかく、そのためなのか、どうなのかは知らないが、彼女はそんな風に、アトリエを利用してくれている。そんな彼女が無事、みつかったので、わたしたちは、アトリエを閉めて、大さん橋で、今日明日開催されている「ハワインフェスティバル」に遊びに行った。食べ物屋台で、ワイハ気分でも味わいたいと思ったら、なんと「焼そば400円」「アメリカンドッグ250円」とか、あげくの果てに、「キヨウケンのしゅうまい弁当」だって、、、。いい加減にしろっていうの。仕方がないので、屋上の芝生に寝転んで、久しぶりに、360度広がる空をながめた。なんて気持ちがいいんだろう。最近の疲労からか、今朝は、頭が痛くて、鎮痛剤を飲んでたけど、散歩してたら、ぶっとんだ。象の鼻を歩いて、ヒロヤ●ガタにうんざりして、赤れんがとワールドポータースに寄って、お弁当を外で食べて、そして、帰宅した。明日も、朝からアトリエ。きょうは、早く眠りたい。
2003年07月05日
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母親が、スイス旅行から帰ってきたというので、スイス土産のラクレットを食すために、久しぶりに実家に帰った。男爵いもに、ラクレットというとろけるチーズをつけて食べるだけという、なんともヨーロッパらしい、シンプルな食べ物だけど、食材がいいだけあっておいしい。かつおの刺身とお味噌汁とごはんというミスマッチな取り合わせだが、どれも旨かった。デザートのすいかまでついて大満足。2年ほどまえ、実家のある上大岡の駅前に、1000円カットの店ができて、明るくて入りやすい雰囲気で、雑誌なんかも、PENとかサライとか、読めるものが置いてあるので、最近は、気がむくとそこに立ち寄ってカットしている。毎回、同じ写真をもっていっても、毎回、まったく髪型がちがうのも、おもしろい。きょうは、少し、テクがありそうな兄ちゃん で、合間にも、何度も、店中をフォローして歩いていたので、やっぱうまい人なのかなと期待していたら、帰ってみたら、なんかイマイチ。ショートボブっていったのに、ボブじゃないじゃん。これだから、目が悪いと損するのよね。なんか、がっかり。このお店、店員の態度もいいし、アフターケアもやってくれるんだけど、でも、また行くのも面倒だしねー。自分で切っちゃおうかなあ。明日は、朝2人、午後1人のアトリエ予約。早めにねなくちゃ。それにしても、楽天重すぎ!どこにも遊びにゆけないよお。
2003年07月04日
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福祉のまちづくり展改め「おでかけアート展覧会+障がいのある人と商店街のコラボレーション」の打ち合わせのために、イセザキモール3ー7丁目(イセザキモールは、1ー2丁目と3ー7丁目で分かれている)の漆器屋さんをうかがった。とっても気さくで、話のわかるいいおじさんで、ほっとした。展覧会の企画に関しても、すごくクリアになったし、まあ、どうやったって、馬車道からイセザキモール7丁目なんで1キロ以上もある距離を結ぶ展覧会は、大変だけど、なんとか、こういう人たちに応援してもらいながら、がんばりたいと思った。「僕は、去年この展覧会に協力して本当によかった。わりと子どものような絵が飾られたので、どんな作者かと思って、楽しみにしていたら、なんといい年のおじいさんが描いたもので、あいさつしてくれて、それからも、ここを通る度に、立ち寄って、あいさつしてくれるんだ」といってくれた。イイハナシジャナイカー。すっかり気分をよくして、町に出ると、すぐそこで、昨年のアートコーディネーターをしたアーティストが、他のプロジェクトのため、壁画を作成している真っ最中。「3ー7丁目、いいねえ!」というと、「いいでしょう?」と3ー7丁目を押してくれた彼は、満面の笑み。彼も、昨年から今年にかけて、すごく苦労をしてきたわけだから、今や、同士に近い。少し、その後の経過報告をして、その後、6丁目の本屋さんへ。なんと、偶然なんだけど、1ヵ月前に、オーバが事務局をつとめる、かながわ障害者芸術ネットワークの作成した「障害者の芸術活動に関するアンケートの報告書」を購入したいとファックスをくれていたのだ。だから、きょうは、本を届けにいってみて、ついでに、おでかけアート展のあいさつもしておこうと思っていた。するとなんと、ここのおじさんもとっても良い人だー。大感激。スタッフ「ス」は、道中の古道具屋で、思わずオンボロギターを衝動買いしてしまうし、なんか、ディープイセザキ、良いよー。だけど、有憐堂で買いたい本があったので、今日のところは、3ー7とおさらば。有憐堂で、本をしこたま買って、前にある戸隠そば屋で夕食。イセザキモールを満喫して、帰宅した。で、みなさんにとっての福祉のまちって、行きやすいお店、商店街ってどんなところでしょうか?というのをうかがいたいのです。それを、商店街の人たちにお伝えして、その上で、展覧会を開催したいと思ってます。ご協力よろしくー。
2003年07月03日
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きょうのアトリエはもとこひとり。仕事のため、昨日の予約を一度キャンセルしたのが、よほど気になっているらしい。何度もわたしに謝ってくる。でも、わたし以上に大変だったのは、昨日キャンセルしたことが気になって仕方がないもとこからの電話で、朝から晩まで一日中、携帯が鳴りっぱなしだったスタッフ「ケ」だ。いまどき、携帯なしのわたしは、こんなときラッキー!「ケ」が可哀想なんで、一応もとこに、「キャンセルの電話は、1度だけ入れればいいからね」とお願いしておいた。しばらくすると、それを自分に言い聞かせるように、メモってたから、もう大丈夫だろう。そしてこんなとき、もうひとつ気に係るのが、電話をかけすぎたことを気にしたもとこが、また「ケ」に何度も電話して謝りたおすこと。「このことは、電話で謝らなくてもいいからね」と念を押しておいたら、電話しなかった。えらい!いつもどおり、5時ぴったりにもとこが帰っていった後、最近の疲れと寝不足がどっと吹き出て、ゴザ出してしばし仮眠。その後、みなとみらいへ。期せずして、どこもセール中で、まだ目的地のワールドポータースは遠いというのに、有憐堂で思わず洋書を2冊も買ってしまった。ポータースに到着すると最近まず行くのが食品売り場。こんないい気候の日だからこそできる贅沢=帰りに外のベンチで食べるために、見切り品のサンドイッチとコロッケを購入、それからビレッジバンガードへ。企画のヒントを得るために、福祉のまちづくり展改め、おでかけアート展にしたきっかけともなった、沼田元気の「横浜おでかけガイドブック」を立ち読み。その後並びの中国雑貨屋で、先日たんばりんが、「やっと我が娘に出会えた!」と絶賛した中国のブリキの人形「鉄琴ちゃん」を、たんばりんのために購入。ネジを撒いてやると、すごい早さで鉄琴を弾きまくるすごいやつで、オーバの演奏活動の裏アイテムとして、群馬の国民文化祭に招待されて演奏したときなどにも、大活躍している女の子だ。最後に楽器屋に立ち寄ると、さんざんギターの試し弾きを楽しんでいたスタッフ「ス」が、ギターのミニアンプを購入を悩んでいたけど、重いのでパス。外は案の定、ピクニックにうってつけのサンフランシスコの夏の夜日和。大きな観覧車の時計が10時をまわるまでゆっくりとディナーを楽しみ、汽車道を帰った。こんな何の変哲もない時間のために生きているのかもしれないね。
2003年07月02日
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冷蔵庫から獣のにおいがする!と思ったら、カスピ海ちゃんが、いってしまっていた。せっかく、オーバの人脈を活かして、もらった種なのにー。やっぱり、モノグサなわたしには、無理だったのかあ。仕方がないから、しばらくは、市販のヨーグルトを発酵させることにしよう。商店街からメールが来て、やっぱり、後継者問題、貸し渋りなど、商店は今を生き抜くことで精一杯で、中長期的なヴィジョンなんて構っていられない状況らしく、それも、日増しに、深刻な状態になる一方で、2年前にまちづくり展を開催したときよりも、もっと厳しい状況だという話。2年前も厳しかったが、今年はもっと、参加してくれる店が少なくなるかもしれない。(それでも、2年前はがんばって、100店舗近いお店をくどいたんだよー。大変だった!)だからこそ、今、このアートイベントと、まちづくりの必然を商店に知らせる必要があるのだ。そのために区役所にいって、市内の障害者の数を調べてほしいと依頼してきた。これだけの障害者が、潜在的な消費者としていて、障害者とその家族、知り合い含めると、大きなマーケットがある可能性を打ち出したい、、、のだが、実際、エコグッズと同じで、バリアフリーの店だから、そこのお店で買うという意識を持って買い物するのは、なかなか大変な仕事だ。わたしは、新興住宅地に育ったスーパー組だったせいか、個人商店に興味があって雰囲気が好きでも、なんとなく、お買い物はスーパーで済ませてしまいがちなところがある。今だって、音楽通りの老舗のパン屋さんと会員さん経由で知り合いになったけど、なかなか意識しないと買いにゆけない。それでも、ソトコトの地域通貨に参加したり、まちづくりのイベントを開催するうちに、かなり、意識するようになってきていて、たとえば、雑誌も、コンビニでなく、となりの本屋さんで買うようにしている。お金の流れをコミュニケーションとしてとらえるのは、楽しいし、お金がない=未来がない自分にとって、希望がわいてくる。わたしたちが、このイベントに関わる以上、なんとか、商店にも主旨を理解したうえで快く能動的に参加してほしいと願いたい。前回は、数は揃ったけど、主旨を理解してくれていない店舗が多く、出品した障害者とその周囲の方々に、かなり不快な思いをさせてしまったことがあったらしい。いろんな人が共存しているのが、「まち」だから、嫌なことが起きない世界はないが、あえて、大変な思いをして生きている人たちを谷に突き落とすようなこともしたくないのだ。
2003年07月01日
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