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2003年最後の日、どんな風に過ごそうかなんて考えながら、ちょびっとおそうじ。そういえば、「をーろらさんからもらった氷川丸の券がきょうまでだった!」ってことで、とりあえず山下公園までお散歩してから帰郷することにする。■桜木町音楽通りのコテイベーカリー(創業90年近いパン屋の老舗)でお土産用にシベリア(カステラで羊羹をサンドしている昔のおやつ)とぶどうパンを購入。クロスゲートをこえて万国橋をわたり人でにぎわう赤レンガを横目に、象の鼻と呼ばれる遊歩道を歩いた。左手にはあのヒロ・ヤマガタのインスタレーションの、取り残された骨格だけの残骸。わたし的には、あのインスタレーションは最悪で、港ヨコハマの景観を乱していたとしか思えなかったが、 この枠組だけの残骸は案外美しいかも。かのエッフェル塔のようにシンプルにライトアップしたら結構いけるんじゃないかって思った。*ヒロ・ヤマガタのマメ知識 なんとヒロ・ヤマガタは、もともと光(レーザー光線とホログラムパネルを利用)のインスタレーションのプロジェクトをやりたいがために、ずっと版画を作って資金稼ぎをしてきたということ。 ところが、そのような地道な活動のうえやっとたどり着いた日本での大規模な展覧会だったというのに、なぜか、NASAの宇宙展が併設させられていたり、会期途中で急きょ展覧会が中止になったりと、もともと負債を抱えていて、会期中に破たんしてしまった主催者であった社団法人のおかげで、ヒロ・ヤマガタさんとその周囲のひとたちは、とんだとばっちりえを受けてしまったらしいです。■山下公園なんとか閉館前にたどり着いたものの案の定氷川丸には入れず。シャトルバスでカウントダウンなんて企画もあるみたいでチケットを売るアナウンスと大道芸人のBGMが響いていた。 *横浜港に浮かぶ船上でカウントダウンするというツアーは定員80名で1500円。(子ども半額)■中華街せっかくだから中華街でもよって行くかってことで交差点を渡る。最近できた24時間スーパーの前には大きなセブンイレブンの上にそびえ立つ大きなマンション。しかもとなりには大きなゲーセン…。じきに出来てしまうみなとみらい線のせいか、この辺も様変わりが大きい。さすが中華街。大みそかは人出がおおい。小腹がすいたので、市場通りで大根餅とゴマ団子を買う。本通りで買うより少し安い。オーバの活動紹介のため横浜の広報誌「横濱」に写真を掲載させてもらった人の自宅が市場通りの食料品店だと聞いていたので、立ち寄って、お店にいたお母さんにあいさつをしてみたりして…。なんだか以前に比べてどんどん賑やかな地域が広がっているみたいな中華街。きっとあと何年かしたら全然変わってしまいそう。■馬車道関内駅にむかったついでに、馬車道のユニオンに寄ってみる。いつだったか、やっぱり大みそかにいったら特別セールをしていたこともあったかと思えば、6時にしまっていたこともある、神出鬼没な大晦日のユニオン。きょうは、全品10%割引だった。でも、すでに時間は7時44分。あと16分しかなかったけど、ルイ・マルの「地下鉄のザジ」のVHSを1400円で購入。■横浜市営地下鉄地下鉄に乗って上大岡へ。 最近地下鉄は全席優先席になり、そのキャンペーンのため、歌丸(阪東橋在住)や杉山清貴(実家が上永谷)、ゆずなんかが、アナウンスするんでドキッとする。■上大岡そういえば上大岡の三越は、きょうで閉店したはず。三越になってから、すでに20年以上がたっているらしい。一番初めは、東光ストアーだった。最上階には、当時はやりのボーリング場があって。そして、東急ストアになり、三越になったこの場所。次回は何になるのやら。夜、紅白をみていたら、さっき地下鉄でアナウンスをすていた「ゆず」が、なんとあのイセザキモールの松坂屋の前のしょぼい「ゆず」モニュメントの前で、唄っていた。ということは、イセザキモール事務局の「ナ」さんは、今もお仕事…?。きょうもみんなに謝りながらがんばっているのかしら。来年も「ナ」さんといっしょにおでかけアート展覧会ができるかな、、、。みなさん、良いお年を!
2003年12月31日
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きょうは、今年最後のアトリエ。いつも夕方に来ている中学生4人組との楽しいひととき。テレビ番組クイズとか、いろいろ笑える話の間に、時々、「交流級いくといじめられる?」なんて話題もさらりとあったりして、狭間に生きる彼らの悩みの深さを感じたりして、、、。そういえば、今、文部科学省が、特別級(特殊学級/個別支援級)を廃止する方向で動いているらしく、会員さんの間でも反対署名運動が行われている。全体像が見えないので、よくわからないが、じゃあ、そんな狭間の子どもたち、また、地域の学校で、だけど、その子に合った教育を受けさせたいと思っている親たちのニーズに関しては今後どうしていこうと思っているのだろう?小学校のころから、養護学校に行かせてしまうと、本当に、地元とのつながりがなくなってしまい、地域の人たちも、知らない子どもには無関心になりがち。でも、養護にいったほうが、専門的な教育を受けられる可能性も高いし、障がいのある子の家庭にとって、どこの学校に通えるかという選択肢は、その人の一生をきめるかもしれない、大きな賭けに近い。どちらにせよ、選択肢が増えるのはいいことだが、減ってしまうのだとしたら、大問題だ。今回の署名をきっかけに、いったいこの問題がどんな動きなのか、ちょっといろいろ調べてみたい。きょうは、今年最後ということもあって、いつもは、お迎えに来ないお母さんたちもみんな集まって、挨拶に来てくれた。さすがに、お母さんが来るとビミョーな表情になってしまうビミョーなお年頃の彼らは、いつも必ず最後にはじまる大乱闘もなく、きょうは、大人しく帰っていった。------今年の思い出のひとつは、それほどフルーツが得意なほうではないわたしだが、今年、かなり旨いと思ったフルーツがあったこと。それが、デコポンとザクロ。ザクロなんて、本当に小さな子どものころ、たまたま知人のおばあちゃんのお見舞いにいって、そこで、いただいたのがおいしかったっていう記憶があるだけで、それ以来、ずっと食べる機会なんてなかった。それなのに、今年は、3回もいただいてしまった。お店で見ると輸入ものでも1個400円もする高級品。どうも、血液さらさらとか、そんな話で流行っているらしい。久しぶりっていうか、味自体は記憶にないくらいだったので、はじめて食したといっていいくらいのザクロの味は、すっぱいのに、きつくなく、本当においしかった。そのまま食べているうちに、どうしても、100%グラナデンジュースにしてみたくって、1個はキッチンペーパーに包んで搾って飲んでみた。1個しぼってもやっと小さなグラス1杯分くらいにしかならなかったけど、野山の素朴な甘味と酸味が、本当においしい。しかも、見た目も美しい!見てるだけでも、幸せになれそうなくらいのきれいな赤。この汁で、絵でも描きたいくらいの色。私的には、ザクロを割った後、1日くらいおいたほうが、熟した感じになって、見た目にも赤みが深くなって、きれいで、おいしく感じました。来年も、いっぱい差し入れでもらえるとうれしいなあ。そして、デコポン。はっさくや、夏ミカンのように、舌にきつくなく、かといって、オレンジやみかんのような甘さもない。本当にデリケートな甘さとすっぱさが、絶妙。そして、このデコポンの黄色も、味を象徴するかのように、とてもデリケートな黄色。房も柔らかく、ぺろりとそのまま食べられてしまいます。これも、会員さんからの差し入れで、大分から送られてきたものだというけど、こっちの八百屋では、やっぱり300円くらいはしているみたい。次はいつ食べることができるかしら、、、、。
2003年12月30日
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きょうは、アートセンターお休み。本当は、大掃除の予定だったけど、スタッフそれぞれ予定がはいってしまったので、それもパス。のんびりトポスに買い物にいって、帰りに、最近吉田橋商店街(イセザキモール1丁目からトポス方面にのびる道沿いで、野毛に渡る橋の前まで)にできたシンガポール系カフェにいってみた。吉田橋の商店街は、イセザキモールと野毛にはさまれたどっちつかずな感じで、たいていひっそりとしている。イセザキモールにほど近いこのお店で(目の前はライブハウス「club24」)もあまり人が入っていなくて落ち着ける。甘くて懐かしいミルクコーヒーって感じの「カヤコーヒー」+ココナツミルクの入ったカヤジャムがサンドされたシンガポールの定番朝食「カヤトースト」のセットで、450円。まあ、なんてことないけど、おいしかったです。カヤジャム買ってみたいって思ったけど、残念ながら、企業秘密のオリジナル手作りジャムで、カヤトースト自体、一日50食限定ってくらいだから、販売はしてませんでした。最近、この並びに、「TAN TAN」なるダイニングバーみたいのもできたし、たぶん、家賃が安いと思われる吉田橋商店街、意外に横浜の穴場スポットとして注目かも?カヤトーストhttp://www.kayatoastjp.com/ 営業時間12:00ー23:00夜は、 インドネシアレストラン『ジンバラン』になるらしいが、カヤトースト(カフェオーダー)も同時開催しているということです。1月4日帰国予定だったシェフが、頼み込んだら、1月31日まで、延長して滞在してくれることになったとか、、。行くなら今しかない!?インドネシアレストラン『ジンバラン』18:30-23:00
2003年12月29日
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数日前に、クイーンズスクエア地下にある無印にいったとき、10パーセントオフセールをやっていた。へえ、っと思って、つい、ステンレス2重になっているカップを購入(定価小300円/大350円)冬になると、お茶がすぐに冷めてしまって、ちびちびとやりたい派のわたしは、何度もお茶を入れなくてはならないのが面倒で、あと、アトリエ中に、みんながいる前で、自分の分だけお茶を入れるのもなんだし、冬のお茶対策は、毎年なんとなく悩んでいたことのひとつ。本当は、スタバとかでも売っている外がプラスチックになっていて、ふたがついてるものを買ってみようかと思ってた。けど、洗っているうちに、中にお水が入りそうな気もするし、プラの臭いがするような気もして、なんとなく外にプラが使ってあるのが気に食わなかった。それに、けっこう高いんだよね。だけど、これは、ふたはないけど、安いし、オールステンレス!いいじゃんってことで、購入。うーん、だけど、慣れるとそれほどじゃないんだけど、慣れるまで、口元にステンレスがあたるのって、嫌なものですね。なんだか、歯の詰め物と反応しそうな感じもするし、お茶の味も陶器よりおいしく感じない気がする。それに、入れた直後は、陶器よりすごーく熱く感じるのに、ふたがないせいか、意外に、冷める速度も、陶器とそう変わらないような気がする、、、。しかも、冷めたときには、陶器より冷たく感じるし、、、。いいんだか、悪いんだか、、、、。不明です。どなたか、冷めにくいカップ、ご存知でしたら教えてください。だれか、スタバのカップとか、使ってる人いますかあ?ちなみに先日東急ハンズにいったら、岩崎ガラスから、耐熱ガラス製の2重カップ売ってました。でも、薄いガラスなので、壊れそうな気がしたのと、ガラスとガラスをつなぐものが、ゴムだったのも気になって、値段も1000円くらいだったし、買わなかった。クイーンズスクエアの無印のことに話をもどすと、ここは、売り場面積も広くて、家具なんかも、直接見ることができるし、近くにはMONOコムサもあるし、本当に便利で、みなとみらい地区でもよく行く店のひとつなんだけど、きょう、あらためて行ってみたら、なんと、「閉店セール」の文字!えーーーー!!!!!そんなあーーーー!!!!困ります!横浜西口の無印は狭いし、アートセンターから歩いて行けるここの無印なくなったら、本当に困る!ちなみに閉店する1月12日まで、閉店セール中。なくなるまでの後数日、ちょくちょく買いに行くことになるでしょう、、、。なくなった後は、何になるのかなあ。-----無印からアートセンターに戻り、今年最後の火曜日のアトリエの準備。「そういえば、日曜美術館、中川幸夫だった!」ってことで、スタッフ「ケ」とともに、テレビ鑑賞。「中川幸夫って、すごーい汚くて古い六畳間に住んでいて、なんだかわからないシベリアみたいな物とか食べていて、本当にそのへんにいたら、ただの汚いおじいちゃんって感じなの、、、。まるで、ヅの将来を見るようだった」と、ケ。ケは、わたしよりもひと回り若いので、わたしたちの行く末を案じているのかもしれないが、、、ちょっと複雑、、、。たしかに、良い年して、テレビ番組でもないのに、1ヵ月1万円生活みたいな暮らししてるんだから、自分でだって充分不安だよ。先日も、アトリエ利用するひとに同行してきた若いガイヘルさんにオーバの活動が掲載された「横濱」を見せたら、「ここは、やっぱり支援費などの補助金もらって運営してるんですか?」「いえ、補助金まったくもらってません。助成金も今横浜市から市民活動の家賃補助として、年間26万もらってますが、それも、3年リミットなので、今年度でおしまいです。スタッフそれぞれ、バイトしたりして、ここの活動は無償だし、貧乏が苦じゃないからできてるんです。」とこたえると、すごーくびっくりしてた。そんなわたしたちにとって、純粋に花を生けることを楽しんで生活している中川の暮らしぶりは、なんともいい感じだった。香川の弟の家で、毎日、畑から根っこごと抜いてきた花を、茶の間のちゃぶ台の上に生けてみたり、(たぶん東京の)自宅の紙が拡がりきらないような小さなテーブルの上で、大きな書をかいて、書の出来栄えを見るために、アパート前の公道に書を広げてみているような、そんな自由で、真摯な生活。先日、行ったという、球根を取るためにだけ栽培されたチューリップの花びらを何万枚とかき集めて、ヘリコプターで空からばらまいたそのしたで、95才の舞踏家大野一雄が踊る姿は、またなんともいえなかった。しかも、その大野一雄を支えてテレビに映っているスタッフのひとりは、オーバの昔からの知り合い。彼は、わたしと同じ年の男性で、ずっと芸術にコンプレックスをもっていたが、何年か障がい者の施設で働くうちに、障がい者のアート活動支援ということで、ダンスのワークショップに参加。そこで、ダンスに目覚めて、大野一雄のスタジオに通い、2ー3年前には、とうとう公務員を辞めて、ダンスワークショップで生きる道を選んだという人。今は、大野一雄の介護をしながら、弟子として学んでいるみたい。結局、ダンスワークショップで食べていくのも難しく、貯金も底をつき、来春くらいからまた施設の立ち上げに関わるらしいが、独身とはいえ、ずっと公務員として現場の仕事をしてきた男が、中堅どころになったころにスパっとその生活を捨てられたっていうのはすごいことだ。世の中には、いろんな生き方をしている人がいるものです。特に、今は、いろんな選択をしやすい時期なのかもしれません。ちなみに、付け加えると、オーバの活動っていうか、オーバスタッフオーバちゃんたちの生きてる様子も、この人が、公務員を辞める時のきっかけのひとつになったみたい。「あー、なんだ、仕事がなくても生きてるじゃん」って。人生につまづいた人、人生を転換したい人たちにとって、最後の砦?ってわけじゃないけど、あんな風にしても生きられるんだって安心感は、与えているようです。ちなみに、オーバが、人のために役立っているとしたら、この部分が一番だと思ってます。多くの人は、安心して、自分の持ち場に戻りますが、ケの場合には、安心して、オーバのスタッフになってしまったくらい、おっちょこちょいの人間です。
2003年12月28日
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なんの気なしにつけていた深夜番組で、クラッシュの特集をしていた。「ここが当時クラッシュがスタジオとして利用していた元倉庫です」とか、なんだかギョウギョウしいが、いわれて見ればもう、20数年も前の話だったんだよね。そのころのわたしにとって、ビートルズやジミヘンなんか、すっかり昔の人だったけど、いわれてみりゃあ、あの頃60年代は、まだ、10年前だったんだ、、、。学校帰りに伊勢佐木町のオデオンの先生堂にいっては、60年代のミュージックライフを買って、友だち同士で、すごーく盛り上がっていたけど、10年前っていやあ、今から考えれば90年代と同じこと。大人にとっては、つい最近のことだったのね。話を戻すと、だから、懐かしのパンク特集なのかも、、、なんてのんきに見てたら、なんとジョーストラマーって、亡くなっていたのね、、、。もともと心臓が弱くていついってもおかしくなかったなんて、びっくりしました。もう20年来の友人である「ス」にそのことを話して、お互いニュースに疎いふたりでびっくり。「そういえば、『突然段ボール』の兄ちゃんも、最近がんで亡くなったらしいよ。あと、『イヌ』のギターかなんかやっていた人も亡くなったらしい」えー、トツダンの人は、50代くらいだったかな。それにしてもイヌの人なんて、町田康から想定すると、まだ全然若そうなのに、、、。最近、夕方の子ども向けの番組に、まちづくりを手伝う人みたいなキャラのお兄さんみたいなのが出てきて、そのキャラの名が「町田町蔵」そのものであったことに、すっかり時代を感じていたばかりだったのに、、、。本当に時代は流れているんですね、、、、。時々、「渋さ知らズ」をテレビで見て、相変わらずの「ヒゴくん」の姿を見かけるとほっとします、、、。昔、高円寺のヒゴくんの家でヒゴくんの作ったおいしい炊き込みごはんをいただいたことのあったっけ、、、。みなさん、元気に年こしましょう。------きょうは、朝10時に上大岡のウイリングに集合。3月にウイリングで開催される「よこはま福祉健康研究発表大会」が、毎年あまりに固いので、会場内でアート展を開催してほしいという市社協からの御依頼。大会で利用する部屋は、5階から12階までの20部屋近く。そのどこで、展示しても構わないというので、一応全部屋見せてもらった。ただ、部屋をみるだけで、あっと言う間に2時間がたってしまい、あとは、年をはさんで、ぼちぼち決めていくことになる。朝ごはんに、昨日音楽通りのコテイベーカリーで買ったパンをたらふく食べていたわたしは、お昼も食べず、京急のスタバで休憩。京急前にできた元中央商店街の場所に新しくできた「カミオ」なる店舗街に行ってみたが、あんまりおもしろくなさそうだったので、とりあえず、スタバって感じ。でも、カミオができたおかげで、すみっこで、暗かった印象のスタバやモスバーガーも前が開けて、少し明るい雰囲気になった。その後、9階のヨドバシのアウトレットコーナーに立ち寄ると、ソニーの「DVD+ビデオカセットレコーダー」が、15200円の10%引きだというので、思わず、明日のオバルナイトのために衝動買い。最近、ソフトはDVDが安いんで、今後は、単館でしか、上映しなかった映画のソフトをすこしずつ購入して、みんなで楽しみたい。先日をーろらさんから問い合わせのあった、障害者の性を描いた映画「ナショナル7」も、VHSだと16000円、だけど、DVDだと4800円って、新品でも全然値段がちがうんだもの。その後、関内の教文センターによって、プロジェクターを借りて、明日のイベントに備える。そういえば、最近、教文センターに行くたび、なぜか、横浜市の広報誌「横濱」の担当者に出会ってしまうんだよねえ。わたしたちが、1階ロビーにいる時間に、なぜか、彼が地下からあがってくる。今月号の「横濱」に掲載してもらったお礼をいっておきました。横浜市民のみなさま、有憐堂で、雑誌「横濱」を見かけたら、市民活動のページものぞいてみてください。オーバの活動が載っています。ちなみに、今月の特集は、「横浜の食」旨そうなお店がいっぱい載ってます!http://www.city.yokohama.jp/me/shimin/kouhou/main/yokohama/
2003年12月26日
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きょうのアトリエは、中学生のおしゃまな女の子「ち」ちゃんと20代の働く女性「も」さん。2時にアトリエにつくと、「ち」ちゃんは、もうガイヘルさんといっしょにエレベーターホールに座り込んでいた。最近の「ち」ちゃんは、動きが読めない。ガイヘルさんに聞くと、なんと、1:15くらいから来ていたという。「開いてなければ待つ」ということを理解しているので、待っているのも苦でないらしい。最近の「ち」ちゃんにとって、「おでかけ→待つ→アトリエ→マクドナルド」みたいな図式ができているのかな。待つことも、おでかけの中の楽しい時間の過ごし方だとしたら、待たせるのも悪くない。この2年ほど、他の人がいるとアトリエで描かず、奥の小さな待ち合いスペースを利用することが多いんだけど、きょうも、案の定、あとから「も」さんが、「こんにちはー!」とやってくるなり、立続けにおしゃべりし出すと、すぐに、奥にいってしまった。それでも、きょうは、機嫌がいいのか、お母さんといっしょでないのがいいのか、1時間以上もアトリエにいた。その間、ガイヘルさんも、「も」さんのとめどないおしゃべりを堪能したようだ。「「も」さんのおしゃべりCD、オーバから発売しているんですよ」といったら、大受けだった。いつもなら、5時まで延長するっていう「も」もなぜか、きょうは、4時に終わり、土曜日のイベントに向けてアトリエを片付けていると、外から「がしゃん」というにぶい音がした。窓からのぞくと、なんと5台の車が玉突き状態。オーバのアートセンターは、毎年正月の駅伝ランナーも走る道、桜木町の高架下のグラフティーのある紅葉坂の交差点にある。目の前はみなとみらい地区なので、この時期とくに、車が多く混雑している。ちょうど、みなとみらいに入ろうと右折した車に並んだ車のうちの1台が、先を急いで、前にぶつかり、そのまま3台追突して、しかも、その車の後ろの車も、とばっちりを受けた形らしい。追突したとみられる車の助手席の女性が30分後に来た救急車に自分の足で歩いて乗車。首をもっていたので、むち打ちらしい。その後だいぶ遅れてやっと、パトカーが来た。そのまま、7時近くまで取り調べなどがあり、8時過ぎにわたしが帰るときには、割れたガラスの破片だけが残っていた。大きな事故でもなかったけど、ずいぶん時間がかかってた。この交差点を眺めるようになって、3年。1年に数回は事故を見たり事故の痕跡を見ることがある。やっぱり、交差点は、こわい。時には、大きく歩道に車が乗り込んで車が、歩道の向こうの柵をゆがめて停まったような光景も目にしたこともある。幸運にも、ここではまだ聞いたはないが、けっこう、交差点で信号待ちしていて、車が飛び込んできて亡くなる方も多いみたい。ここで、車が乗り上げたのを目撃して以来、なるべく、交差点の奥で信号を待つことにしているわたしです。みなさん、年末で交通事故が増えています。くれぐれも気をつけてくださいませ。
2003年12月25日
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きょうのアトリエは、1:30から小学生の男の子。今回のおでかけアート展覧会で、不二家に飾って、家族全員不二家ファンになっている人です。「クリスマスケーキも、もちろん、不二家」といってました。きょうは、アトリエというより、ほとんど、即興音楽演奏。ウクレレやどらを持ち出してクリスマスソングを唄ったりするので、それに合わせてスタッフ「ス」が、ギターで、ちょこっと伴奏してあげてたら、「じゃあ次はサザエさん!」とか、リクエストがきはじめて、果ては、ニ胡なんかも持ち出して、「女子十二楽坊!せえーの!」なんて、いわれて、「すみません、それは、できません」ってギブアップ。どうりで、ニ胡に興味があるわけだ、、、。そうこうしているうちに、やはり小学生の「お」くんがやってきて、たしか、同じとしの彼らは、なんとなく、ライバルを見るような感じで、遠巻きにお互いの活動を、のぞきみながら、大人しくそれぞれに制作していた。あれー、それにしても、冬休みだってのに、中学生の「し」くんは、遅いなあ、、、。もしや、また忘れちゃったかな。年末で忙しいだろうしなあ、、、なんて思っていたら、4時頃に到着。「いやあ、来ないかと思ってましたよ」と軽い気持ちでいったら、まじめで優しいお母さんは、恐縮してしまったみたい。ごめんねー。「し」ママは、ワールドポータースに用事ってことで、そのままおでかけ。「し」くんと「お」くんだけがアトリエに残った。きょうの「お」くんは、上機嫌。珍しくペンなんかもって、新聞に色つけたり、果ては、顔にまで塗りたくったり。デジカメで、色のついた顔をとってあげたら、バアウケして、「もっと写真とって」といって、調子にのって、頭にまで描き始める始末。しかも、油性のマーカー、、、。しかたなく、テレピン油で、顔をふいてやり、いつもどおり、「5時だから、もう、おしまいだよ!」とアラームをならす。ところがなかなか、終わらないのが、「お」くん。はじめて、「絵を描きたい!」なんて殊勝なこといって、ペンをもって、新聞紙に書き込みをはじめようとしている。うーん、「お」くんがこんなこといったのはじめてだし、もっと見てみたい!けど、ボラさんが送迎してるし、仕方なく「お」ママのやり方で、「おしまい」を理解してもらうよういろいろ試みる、が、冬休みのせいで、まだ遊び足らないのか、きょうは、なかなか、手強い。やっと、エレベーターホールに送って、ふと、アトリエを見ると、あと、まだ1時間ほど、時間の残ってる「し」くんが、「おしまい」の連呼に触発されてか、制作をおしまいにしている、、、、。きゃあ、ごめんねー。まだやってていいよーっていうんだけど、こちらもいつもは、踏ん切り悪いのに、なぜか、きょうに限って、すっかり踏ん切りついてる様子。「し」くんには、おしまいの合図に毎回お茶とお菓子を出しているので、とりあえず、お茶とお菓子で、時間をごまかす。だけど、まだまだ、ママさんの帰ってくる気配はない、、、。でも、「し」くんもけっこうご機嫌で、アトリエ内をぶらぶらしてる。そんなこんなで、ママちゃんが帰ってきて、「あのこれ、少しですけど、、、」とケーキをくれた、、、!きゃあ、すみませーん。気を使わせてしまって!ワールドポータースで買ってくれたらしい、かわいいチーズケーキは、その後灯りを消したアトリエで、スタッフたちとみなとみらいの夜景をおかずに、おいしくいただきました。まわりがさくさくとクッキーみたいで、本当においしかった。いったい、クリスマスにケーキ食べるのなんて、何年ぶりだろう。思わぬクリスマスプレゼントに、小さな幸せ感じました。もちろん、サンタの飾り付けして、ろうそくも点してみたよ。
2003年12月24日
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いつもだったら、目の前に座っていても、「1:00までは、業務時間外ですから、カギをお渡しできません。」と1分前でもカギの受け渡しを拒否する受け付けのお姉さんだが、きょうは、こんな状況なんで、12:30から、急きょ指定された大会議室の様子を見せてもらうことになった。昨日の夜の電話で「このアトリエはもともとそちらの企画としてはじまったものなんです。」と当時の担当者の名前を出したせいか、オーバ立ち上げ当初からの長い付き合いの「ト」さんが、会議室の前でわたしたちのことをまっていてくれた。知り合いなんで、やりやすいような、やりにくいような、、、、。とりあえず、ざっくばらんな雰囲気の中で、会議室のことを説明してもらった。新しい場所のやばそうなポイントは、以下のとおり。●会議室の先にある非常出口 ここから外に出てしまったら、ボラさんも対処しきれなくなってしまうかも。 通路に椅子をおいて、こわそうな?ママさんたちに座っていてもらってバリケードにする。●室内にあるボタンの数々 プロジェクターのスクリーン、壁面ホワイトボードなどなど、いつもの部屋より様々な機能があるだけに、ボタンの数も多種多様。 お菓子の缶のふたをガムテで貼付けた。●真四角な部屋なので、逃げ場所がない いつも利用している部屋は、エル字形になっていて倍近く広いので、それぞれにパーソナルスペースをもつことができ、あちこちに「陰」になる場所があるので、混乱したときなどに、そこで、クールダウンすることができる。 ちょうど、この大会議室のとなりの小会議室も空いているというので、急きょそこも借りる。 耳の聞こえ方が敏感な人も多いので、いつもと違う音の響きに慣れてくれるかどうかも、ちょっと心配なんだけど、、、。●食器棚、テレビ、磁気ループなど 棚があれば開けたくなり、テレビがあれば見たくなり、ボタンがあれば押したくなるっていうもので、いつも以上に、いろんな刺激にあふれている。 とりあえず、視界から消すことができればなんとかなるので、布をかけたり、裏にしたり、机の奥にもっていったりして、回避。 だけど、食器棚を裏にしている時に、すでに食器ががらがら崩れ落ち、茶器を割ってしまった、、、、。 こどもたちのいない時でよかったです。●そして、参加者たちの混乱…? いつも、ここでやっているはずのことが、場所がちがう!ということで、混乱してしまう人がいないかどうか。 唐突にどこかに走っていってしまうことがないかどうか。 それによって、生活に支障が出てしまわないだろうか。 次回も混乱して来れなくなってしまわないだろうか。 また、この施設は、障害者のための施設で、片マヒ、視覚障がいなどの障害者も多く、いつも、自閉ちゃんなど多動の人たちとのマッチングが悪いといって、自閉ちゃんたちが、悪くいわれてしまいがち。 だから、なるべく、施設内で利用する行動範囲も拡げないように努力しているんだけど、いつも行かなかった会議室の方向に彼らの行動範囲が拡がってしまったら、来月から必ず、こっちにも足を伸ばしてみる人が出るにちがいない、、、。 いつもとちがう場所にされるということは、このアトリエの場合、今日だけの問題では済まされないことが山積みなのだ、、、。============= 冬休みなので、いつもより早めに、参加者たちが集まってきた。 ここのアトリエは、障がいのある子とその兄弟児が対象なので、いわゆる「健常」とよばれるふつうの子どもも半分くらいいるんだけど、その「健常」と呼ばれるふつうの子どもたちも、会場が変わったということが不安で、何度もお母さんに「なんで変わったの?」と聞きながら来た子もいた。 準備にも、いつも以上に時間がかかってしまい、新しいボラさんへの説明も適当にして、アトリエにやってくる参加者たちを出迎える。 すごーく不安、、、だったけど、ほとんどの人は、わたしたちの顔を見るとうれしそうにアトリエに入っていく。 中でも特に、敏感で、1年近くもほとんど会場に入ることも難しかった人たちのことが心配だったが、最終的には、やはり、「知っている顔」を見ると安心したみたいで、案外リラックスしている。 あーー、よかったよお。 結局、参加者たちは、全員会場に集まった。 だけど、こんな時に限って、ボラさんが足りない。 もともと人数が足りなかったのに、風邪によるドタキャン3名、、、。 しかも、スタッフ「ス」は、バイトのため、3時まで、、、。自閉ちゃんに一目で気に入られるタイプの男「ス」、きょうも男が少ないので、ひとりでまったく違うタイプの参加者3人と遊んでいる、、、。 いったいどうしたら、、、、。 と、困って、なんとなく、こういう雰囲気が嫌いじゃなさそうで、なんとなく他の参加者たちともマッタリできそうな参加者のお父さんとお母さんを各1名ずつ選んで、急きょ「ボラさんお願いできませんか?」とアトリエに誘いこんで、なんとかその場をしのいだ。 ひばりが丘学園で開催しているハチャメチャアートクラブでは、けっこう自然にお母さんたちが参加しているし、参加者によっては、自分の親が同じ空間にいるのを嫌がるけど、それさえなければ、こんなのも「あり」だなあって思いました。 まあ、とりあえず、こんな感じで、きょうは、一日大丈夫でした。思わぬハプニングで、以前はあんなに不安がっていた参加者たちも、今は全然オッケーだったってこと確認できたのはよかったし、いつもと違う動きだったので、今までにはなかったボラさんと参加者の意気が投合しちゃってたりして、おもしろいことやいいこともいっぱいあったけど、、、、だけど、来月混乱する人が出て来ないとも限らないし、すごーくリスキーなハプニングでした。 2部屋用意できたのは、不幸中のさいわい。 意外にも、はじめに予定していた人とはちがったけど、やはり、この部屋があったから、活動できた人もいました。 2時をまわって、本来利用するはずだった部屋を窓越しに覗いてみると、脳性マヒの人たちのお食事会が開催されていた。 たしか、もうひとつの団体も「絶対にこの部屋でないと困る」はずだったので、シアターの控え室とかとして利用するのかと思っていた。 食事だったら、この会議室でも全然できたんじゃない、、、?こっちに来るのに車椅子でも全然不自由じゃないし、、、。本当に、この施設の事務の人たちは、お互いの利用者の意向を細かく聞いて、調整してくれたのだろうか? ちょっと不信が残る。 いつもだったら、フローリングなので、ぞうきんがけで済んでしまうはずの床も、会議室はカーペット敷きなので、絵の具がしみ込んでもうとれない。 担当者は、「こちらのミスなので、こちらで、張り替えます」というが、ここは、公共施設じゃん、、、結局、その代償は、参加者たちに廻ってくるんじゃん、、、。 いつもよりも後片付けも時間がかかり、ボラさんたちともあまり話せないまま、祝日は5:00閉館ってことで、もうすっかり真っ暗になってしまった施設を後にした。
2003年12月23日
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やられた!よりによって、障害者文化スポーツセンターにやられた!きょうになって、ダブルブッキングのため、会場が使えないという、、、、。とりあえず、代替として、大会議室を用意してくれるようだかが、大がついても、いつも使っている部屋よりも狭い。そして、何より、変化に弱い自閉ちゃんたちが、大会議室に向ってくれるかどうか、、、ということ。1年もかけて、やっとこの部屋に慣れてきたという、とっても敏感なおこちゃまもいる、、、。いったいどうすりゃいいんだ、、、、。明日が不安でなりません、、、、。この数時間、ボラさんや参加者に変更のお知らせをするためにだけ、時間を費やしてしまったよ、、、、。せめて、今後はもっと職員の人の対応をよくしてください!時々すごく感じ悪いです。特に、自閉ちゃん業界では、悪名高いです。それにしても、明日がこわい、、、。いつもより早くでないといけないし、、、。
2003年12月22日
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きょうは、高校生の男の子と、毎月わざわざ他県から来てくれている統合失調症の男性2名がアトリエをご利用。見るからに、毎回体調がすぐれなさそうな若い方の男性は、1度夏に入院した後、少しずつ回復しているようで、きょうは、顔色がとてもいい。反対に、いつも、お兄さん的に、その若い人をひっぱっているおじさまは、あまり顔には出ないのだが、どうも最近体調がすぐれないらしく、「どうしてもぼーとしてしまうんです」といっている。体調が良い時期が続いたので、自分で薬を飲んだり飲まなかったりする日々があって、今になって、そのリバウンドのような状態になっているらしい。いぜんにも、オーバのボランティアとして関わってくれていた躁鬱のおじさんが、とってもいい感じの人だったんだけど、自分で、薬の量を変えてしまって、その結果、ここ2年ほど姿を見せなくなってしまった。本当に、薬の量ってむずかしい、、、。このおじさまも、とってもいい感じの人だけに、ぜひ、このくらいで、持ち直してほしいものだ。先日、べてるの家の講演を聞きにいったときの話をして、「みんな幻聴さんって呼んでいて、案外、幻聴さんいなくなると淋しいらしいですよ。」というと、「いやあ、僕は、幻聴とは思えないんですよねえ」と笑いながらこたえる。まあ、たしかにそうだよね、彼には、実際に聞こえているんだから。「幻」かどうかは、誰にもわかりはしない。「ひどいときには、テレビの中から、タモリが、いろいろいってくるんですよ。まあ、今は、僕には言ってきませんが、他の人にメッセージを送っているのは、わかってしまうんですよね」うーん、タモリが、テレビから、自分だけにいろいろいってきたら、確かに、こわいだろうなあ。なんて話をしていると、きょうは、鍋パーティーのためお休みしたスタッフ「ケ」から電話。本来きょう来る予定だった20才の男性「ヒ」さんが、ネクタイにこだわって家を出れないため、きょうは、お休みしますとケのところに連絡があったということ。いろんなことに、こだわっている、こだわりの男「ヒ」さん、いつかは、スーツの上に、ぶっといベルトをしてきたことがあったけど、きょうのこだわりはネクタイかあ。オシャレだからなあ。みんなもボチボチ帰ったので、腹減ったねーなんて、一平ちゃんにお湯をいれて、3分待っているところに、なんと、その「ヒ」さんが、登場。無言でアトリエ全体をみまわし、いつもどおり、奥の小部屋に入っていった。もう4時過ぎてるし、いつも、いろいろ書いてある施設からの連絡ノートには、何も書いてないし、「もしや、勝手に出てきたとしたら心配してるかも」と思って、密かに、ケにメールを打って、担当者に電話してもらった。『担当者は、4時にアトリエが閉まるので、だれもいないよってことを知らせるために、「今からアトリエに行く」と言い張る彼を、外に出したのだが、もう遅いので、きょうは、描かせずに返してほしい、といっている』との返信。だけど、もう、彼はすっかり描きはじめてる。とりあえず、1枚だけ描いてもらって、5時でアトリエを閉めて、わたしたちも帰るって説明してみると、さすがに彼も早く帰りたいらしく、納得してくれた。だけど、なかなか帰る雰囲気にならない。そこで、5時に、時計をセットして、わたしたちも、少しずつ電源を切ったり、コートを着たりして、終わりの雰囲気をかもし出してみた。5時にアラームがなり、「じゃあ、帰ります」と部屋の電気を真っ暗にして、いっしょに、アトリエを出て、エレベーターを呼び、カギを閉めて、彼だけエレベーターに乗せ、「わたしたちは、エレベーターホールを片付けてから帰ります。さようなら」といって、彼を返した。その後、また、わたしたちはアトリエに戻ったが、彼の乗るバスは、アトリエの目の前なので、バス停から丸見えのここの電気をつけるわけにはいかない。わたしたちは、もうすっかりのびきってしまった一平ちゃんを真っ暗やみですすりながら、バス停でバスをまつ「ヒ」さんの姿をながめるしかない。年末の日曜日で、道が混み合っているみたいで、こんなときに限って、全然バスが来ない。結局、30分以上も、暗闇で、ひっそりと過ごして、彼がバスに乗り込むのを確認して、やっと元の生活にもどったのでした。
2003年12月21日
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きょうは、平塚の授産施設「工房絵」(こうぼうかい)での今年最後の音楽ワークショップ。ここではもう、7-8年ワークショップやってきていると思うけど、どっちかつうと、もう、自由参加のライブってかんじかも。今まで、ほかの、ワークショップは、「ハチャメチャアートワークショップ」などと、てきとうに命名もできたが、ここの空間に関しては、なんと呼んでいいのか悩んでいて、最近、大阪の障害者国際交流センター「ビッグアイ」の取材を受けた時に、苦し紛れに、「ハチャメチャサウンドクラブ」などと名付けてみたが、なんだか、腑に落ちない。来年あたり、施設長の関根さんとかとも少し相談して、月に1度のライブスペースとして、広報してみようかと思ってもみている。------------ところで、先日、日記をリンクしているミライッチさんのページで偶然みつけたアンケートで、なんだか、にわかに盛り上がってしまった、思い出の曲の話。アンケートの内容は以下のとおり。=======================来年初春に開催の倉敷音楽祭のパンフ制作のために以下のようなアンケートを集めています。この仕事に私もちょこっとだけ関わっていて、できましたら皆様のお力をお貸しいただければ…と。ご面倒でしたら「1」だけでOKです。…………………………1 年齢/性別をご記入の上、 あなたが若かった頃の心に残る歌ベスト3を。 ※自分がこれに答える際、高校~大学を想定したのですが、人それぞれの「若い時」であっていいかと思います。どの歌かにまつわるエピソードを100字程度でご記入いただけるとなお嬉しいです。2 「人生を変えた音楽・歌」もしくは「私の応援歌」を200字程度のエピソードを添えて3 「初めて買ったレコード・CD」もしくは「おすすめの1枚」を100字程度のエピソードか推薦文を添えて=======================ちなみに、すでに締めきりは過ぎてしまいましたが、意外に、このネタ、飲み屋のネタ的に、使えるんだなあって思いました。いろんな人から、返答が来たけど、けっこうおもしろかった。その時の気分によってもかわるだろうけど、オバルナイトで、初対面の人に、ふってみるのもおもしろいかも。=======================ちなみに、以下がわたしのこたえ。年令は、内容からお察しください、、、、。女1)ビーナス/ショッキングブルー大学の時に、女の子の初心者だけで、ゴージャス・グラマラスという60’Sバンドを組んでいたときに、オハコにしていた曲。その後バナナラマや日本の歌謡曲でもカバーされて新鮮さがなくなったってしまってちょっと残念。オブラディ・オブラダ/ビートルズ小学生のころ近所の中学生のお兄さんの部屋で必ずかかっていた曲で、自分が中学生になってビートルズと知った。特に好きな曲ではないが、今思うとちょうどその当時にビートルズを聞いていたんだと思うと感慨深い。恋の弱味/郷ひろみ郷ひろみを好きになったきっかけになった曲。それまでは、天地真理やアグネスチャンなど女性タレントが好きだったが、これを機に、中学時代は、ヒロミ・ゴーひと筋に。今聞いてもけっこうカッコイイ曲です。2)わたしの応援歌/T.V. Eye/The Stoogesこの曲だけというわけではなく、この曲の入ったFun HouseというLP全体が、わたしの応援歌。1986ー1991くらいまで、欧州、アフリカ、東南アジアとひとりで、貧乏旅行していたので、つらい時や、苦しい時も度々あったけど、本当につらくなったときのために、このカセットテープ1本だけを持ち歩き、録音用に持ち歩いていたウオークマンで、聞くと、リラックスして、力がわいてきた。3) 初めて買ったLP/カーペンターズベスト(GEM IV (2LP) 24 songs1975)小学生のころ、近所の新星堂に行くとよくイエスタデイ・ワンスモアとオンリー・イエスタデイがかかっていた。そのときには、よくわからず聞いていたが、中学に入って、カーペンターズだとわかってから、たぶん、お年玉で買ったと思う。2枚組だったから。===================この内容を話したら、オーバの音楽担当スタッフ「ス」が、「えー、恥ずかしいよー」っていうので、「じゃあ、お前はどうなんだ」ってことになり、以下のようになった。40代/男1)思い出の3曲十五夜お月様/森の小ヤギどちらも、神経の弱かった子どものとき、なぜだか知らないが、聞くとたまらず大泣きしてしまった。泣くと必ず、父親の叱られて、わけがわからなくなり、パニック状態になっていた。帰って来たヨッパライはじめて買ったシングル版。大好きで、一日中聞いていた。2)スーパースター/ソニック・ユースバカラックで育った自分が、最近、久々にキタ1曲。3)はじめて買ったLPフィンガーファイブこのジャクソン5のカバー曲と気に入り、その後、ジャクソン5のLPも購入================前々から、個人のサイトって、意外に、つまらないことを、ただ、なんとなくだらだら書いたほうが、反響があったりして、おもしろいなあって思っていたけど、今回のことで、やっぱ、個人サイトって、人といっしょにやってるクロスワードパズルみたいな感じなのかなって思った。なんの役にたつってわけでもないけど、なんとなく、はまる人ははまってしまう、、、日曜日のひまつぶしのようなそんな場所なのかもしれません。スタッフ「ケ」には、「え?まだ、やってんの?よくやるねー」って感心されるけど、これは、やってみて、はまった人にしか理解できない世界かもね。++++++++++++++++と、ところで、実は、ここ2、3日、ちょっとブルーなわたし。なぜかというと、何の気なしに、ふと聞いてしまった会話が気になってしまったから、、、。昨今、イラク問題について語っている人は多くって、その人もそのことを話していた、、、。『テレビで、「イラクで第九を唄ってあげたい」といっている女性がいて、感動した。叶わぬ夢でも、そういう夢を大切にしたい。第九の内容は、「人類皆兄弟」みたいな歌詞だし、平和を望む人たちには、うってつけの内容』みたいなことだったと思う。そして、それを聞いた人たちの反応も、みんな「すばらしい考え!」「叶うといいね」みたいな感じ、、、、。びっくりした、、、、。なぜ、イスラムの人が、ニューヨークにあんな惨いことをしたのか。せざるをえないほど、追い詰められたのか。(もちろん、テロはいけません)マリーアントワネットが、市民によるー揆に驚いて「パンがないなら、ケーキを食べればいいのに」といったとか、いわなかったとか、、、、そんな言葉を聞いたときを同様の衝撃を受けてしまって、なんだか、ちょっとダメージが大きいかも。。。。わたしも、プロテスタントの学校に通い、6年間毎年この時期、全員で、ハレルヤコーラスの練習をしたことがある。確かに、意味がわからなくても、みんなと思いっきり唄っているととっても楽しいし、高揚感もある。その内容は、世界に唯ーの神をたたえるもので、また、なんともいえないー体感を感じることもある。第九の歌詞については、よく知らなかったので、ちょっと調べてみた。 (君達は)ひれ伏すか、(幾百万の)人々よ? 創造主を感じるか、世界よ? 星空の彼方の創造主を求めよ! 兄弟よ! 星空の彼方には、愛する父なる神が住んでいるに違いない。もし、本当にイラクの人のために何かをしたかったら、まず、イラクの言葉を勉強するとか、イラクの歴史を勉強してみるとか、日本にいるイラクの人に何ができるか聞いてみるとか、その人たちのことを学ぶことからはじめなければ、意味がないような気がします、、、、。日本のODAと同様、最新形の農工機械を寄付したけど、その村電気がないってよってくらいならまだしも、もし、本当にイラクで第九なんて唄ってしまったら、戦争をしかけるのと同様のことになってしまうにちがいないと危惧してしまうのですが、、、、。実際、この話は、イラクだけに限った話ではない。他人に何かをしてあげること、そんなときには、いつだってついてまわる話である。特に、わたしたちみたいな活動をしていると、「他人のためにはたらくすばらしい活動」なんて見られるけど、冗談じゃないって感じ。もともと、他人のためだなんてやってる活動じゃないけど、もし、万が一、他人のためにやっていたとしても、それは、あくまでも、「他人のために働きたいという私自身のための活動」なのです。だから、どう動いたって、エゴイスティックなことには、かわりない。そこに、他人の生活が関与してくるのであれば、自分のエゴのために、他人の文化を搾取するようなことだけは、なるべく避けたい。それに、簡単にこちらのペースに引き入れてしまったら、本来出会ってみたかったと思っていた相手の文化を知る貴重な機会もなくしてしまうかもしれない。なんて、思って活動をしているわけなのです。
2003年12月17日
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今年こそは、溜まりにたまった荷物の整理をしようと思い立ち、棚を調べるため、みなとみらいのセキチューに行った。2000年にスタッフのお姉さんが急逝して、銀座で小さなデザインオフィスをやっていたお姉さんの荷物が増え、2002年にわたしの実家が、上大岡の山の上にあったわりと広めの4LDKの一軒家から、上大岡の平地にある小さな3LDKのマンションにこしたので、わたしの荷物一式が増え、どうにも収拾がつかなくなってきていて、しかも、みんな片付けベタで、わたしにいたっては、捨てるのが嫌いな性格ときているので、どうにもならない。セキチューと同じ施設内にあるインターネットカフェ「animi」には、オーバの商品もおいてあるので、まずは、その売れ行きをチェックすべく、お茶をのみに立ち寄ってみた。animiには、11月から、商品を置かせてもらっているが、ちょこっとずつ売れているので、なんとなく、楽しい。行くたびに、しかけた罠にかかった獲物を見るみたいな、わくわく感がある。今回は、共働舎のお皿1枚と工房絵のマグネットが、数点売れていた。近々、マグネットを補充に来ようなんておもいながら、お茶をすすっている間に、スタッフ「ス」とこの店のオーナータロさんが、なにやら話をしている。そして、タロさんが、「じゃ、試しにやってみましょうか」といって、にわかに電気を消し始めた。どうやら、スが、タロさんに、「夜は、蛍光灯でなく、白熱灯のほうが、落着きそうですが、やっぱりコンピューターとかあるから、蛍光灯なんですか?」なんて、聞いてみたので、すぐに動く熱い男?タロさんのハートに火がついたらしい。「スポットの位置変えてみるときっとよくなりそうだね」なんてみんなでいっていると、タロさんが、「じゃあ、あそこに脚立があるので、変えてもらえますか?」えー?今ー?さすが、熱い男!ぜんは急げだ。しかも、頼んだ相手は、装飾のバイトもこなしている「ス」と昔同じバイトをやっていたわたしである。ふつう、あんがい、脚立に乗るのって、難しいものだが、スは、決して好きな仕事ではないが、慣れている、、、。結局、「じゃあ、あのライトも!」とか、「このライトも!」なんつう、タロさんの容赦ないリクエストにこたえて、ほとんど全部のスポットの向きを変えた。スポットの数が足りないので、まだ、なんとなく暗いけど、「雰囲気はよくなったね」なんて、いったん、お茶を飲んでリラックスしているところに、今度はタロさんが、『200球クリスマス屋外用ライト』なんてのを、ひざの上にのせて、車椅子を走らせてきた。「も、、、もしや、、?」と思う間もなく、わたしたちは、今度は、animiの入り口外に出て、入り口の自動ドアの周囲をこのライトで囲っていた。こうなると、わたしも「垂れ方が少ない!」とか、昔とった杵柄で、スにいろいろ声をかけながら、手際よく、養生テープを渡している。すると、また、タロさんが、もうひと箱、同じライトの箱を、ひざに乗せて、奥からやってきた。「もうひとつあるんでお願いします」この人なかなかすごい人だ。でも、もう止められない。結局、最後まで飾り付けを手伝って、富山のお菓子「月世界」なるものをいただいてる間に、8:00を廻ってしまいanimiは閉店。わたしたちも、閉店まであと1時間になってしまったセチューにすべりこんだ。ひとは、障害があろうとなかろうと、自分のできないことはできないこととして受け入れて、他人に頼んでやってもらうか、受け入れながらも、それを他人に頼まず我慢するほうを楽な道として選ぶか、いつだってわたしたちは、そんな選択をしながら、生きているにちがいない。昨日のじいさんやタロさんなんかは、その辺を、きっちり自分でケリをつけて、人をうまく使いながら、外の社会で生きる道を選んでいるんだなって気がしました。もし、みなとみらいに行って、サッカーコートの前にあるanimiの前を通ったら、わたしたちの飾ったライトを見てやってください。(たったの400球なんで、そんなたいそうな物ではないですが、、、)ちなみに、わたしたちのやっていたこの装飾のバイトは、いろんな人がやっていて、フリクションの人や、ブルーハーツのメンバーもいっしょにやっていたこともありました。わたしが入る前には、しりあがり寿さんもやっていたらしいです。
2003年12月15日
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午後1:30ころ、2:00からのアトリエの準備のため、いつもどおり、ぎりぎりの時間に、急ぎ足で、アートセンターに向っていた。音楽通りを渡り、押しボタン式信号を突破し、カモシカの駐車場を横切ろうとしたところ、松葉杖をついて、宙をあおいで、くるくると回転しながら、何やらむやみやたらに訴えているおじいさんがいた。どう見ても、普通でない様子なのに、通行人は、だれもとまらず、だれも振り向かない。近くまで行くと、このじいさんが、「お願いしまーす!お願いしまーす!」といっていることに気がついたわたしは、同時に、このじいさんが、目が見えないかもしれないことにも気がついた。「どうしました?どこに行きたいのですか?」以前から、視覚障がい者に、どう話しかけたらいいのか、不安のあったわたしは、「外出している視覚障がい者は、人が好きな人が多いから、遠慮しないで、話しかけてあげて」などという人の意見を参考にして、今はじめて、視覚障がいのある人に話しかけてみた。すると、そのじいさん、迷わず「音楽堂に連れていってください」。えーこのじいさん、独りでこんなところ、歩いてるってことは、何度も音楽堂いったことあるんじゃないの?音楽堂に行くために上る、紅葉坂の入り口をまちがってしまってるだけで、紅葉坂の入り口=オーバのアートセンターのビルの前まで、連れていったら、後は独りで、行けるんじゃないのかー、、、、?と、ビビったけど、まあ、きょうは、もうひとりスタッフ来てるし、午後のアトリエの利用も何年も通い慣れてる高校生の子1人だけだし、ま、いっか。ってことで、社協の人たちが、よくやってるように、自分の右腕を90度に曲げて、おじいさんに差し出した。このじいさんは、左半身マヒしているので、右手にもった松葉づえが、白い杖の代わり。わたしの腕に寄り掛かるようにして、いっしょに坂をあがりはじめた。こうしてみると、歩道は本当に狭い。紅葉坂は、最近改装したので、まだ、新しいのだが、意外に車道側に、電柱や電気関係の入った箱みたいのがあって、松葉杖の人と2人で歩くには、あぶなっかしい。しかも、このじいさん、かなり、せっかちな性格らしく、紅葉坂の橋も渡らない前から、「ここは、橋の先にある信号か?」って何度も聞いてくる。だから、坂を曲がるところも間違えて、カモシカの駐車場のほうに入ってきちゃったんだなあ。やっと信号のところにつくと、ごそごそとかばんから、ハガキを出して来て、「音楽堂の開演時間は何時ってありますか?」「2:30開演ですが、1:45開場です。今はもう、1:40ですから、ちょうどいいですね」とわたしが、音楽堂方面に信号を渡ろうとすると、「イヤ!2:30までなんて時間がありすぎて、何もやることがないから、その前に、開洋亭の喫茶店に寄りたいんだ」という。開洋亭は、音楽堂の道をはさんだ目の前のホテルだけど、音楽堂と開洋亭の前には、横断歩道ないし、音楽堂は、青少年センターや図書館の先にあるし、チケット云々なんてこともあわせると、どう考えてもそんなに時間はありゃしない。だけど、じいさんがそういうなら、開洋亭に行くしかない。と、歩き始めると今度は、じいさんの豆知識大会がはじまった。Q「紅葉坂は、なんで、紅葉坂というか知っていますか?」A(むかし、紅葉があったから)Q「掃部山(かもんやま)公園は、なぜ、掃部山というか知ってますか?」A(井伊掃部頭(いいかもんのかみ)家の跡地=井伊直弼の屋敷跡だから)などなど。ジ「井伊直弼は、3月3日に桜田門で有村治佐衛門に襲撃されて殺されました」。ヅ「3月3日とは知りませんでした。そういえば、きょうは、赤穂浪士の討ち入りの日らしいですよ」。Q「では、吉良家は、どこにあったか知ってますか?」A「成美学園(現横浜英和女学院)の場所です。蒔田の吉良と有名でした」。えーそれは、知らなかった!ときょうは、その話をいろんな人に教えてしまったが、今、検索してみると、上野介がそこにいたわけではなく、吉良家の一族の中に、蒔田吉良氏という流れがあったということみたいです。だから、横浜で、吉良家といえば、こっちの蒔田吉良氏が有名だったのね。そんなこんなで、開洋亭にたどり着き、中のカフェに向うと、カフェのほうから、ボーイ?ギャルソン?が出て来て、「あ、もういいですよ」とわたしにいう。そして、すぐに、「きょうは、時間ないけど、大丈夫?」とじいさんに聞く。わたしは、じいさんに、「それでは、失礼します」と声をかけるが、じいさんは、もうカフェに夢中で聞いてない。って、こんな感じのじいさんでしたから、完璧に、しょっちゅう、音楽堂に行く道のりで、道を見失い、誰かを探しては、開洋亭まで、連れてこさせているのかも、、、、。実際、紅葉坂は、ひとりで歩くの危険だし、すごくいいアイデア。だけど、なかなかできないよな、こんなこと。ってことは、こんなことをできない人で1人で出歩くのが難しい人は、下手すると出歩かないってこと?自分の好きに生きるってことは、どっちにしても、いろんな障害があるんだなあ。それにしても、日曜日とはいえ、大抵の人は、遊んでいたって、時間に追われてすごしてるじゃない?そんなときに、突然、予想外に、「あそこに連れてって」なんて、いわれて、付き合える人がどのくらいいるんだろう?しかも、障がい者が相手で、正直に断れる人がどれだけいるだろう?そう思ったら、やっぱり、声をかけずに、無視していってしまうのも、当然の選択かもなあって感じてしまいました。わたしは、本当に、だめな時には、自分のやれることだけやって、後は、断ることもできると思うから、これからも、何かあったら、声をかけると思うけど、、、。
2003年12月14日
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障がい者の芸術活動に関するアンケートの本のチラシがなくなってしまったので刷らなくちゃ!と思っていたところへ、市社協の企画課から、メールが入った。来春3月にウイリング横浜(上大岡)で開催するフォーラムに、ぜひ、オーバの作品を飾って欲しいので「よかったら打ち合わせをしたい」とのこと。市社協は、桜木町の駅の目の前(みなとみらいと反対側)の健康福祉総合センターの中にある。7階が企画課8階がボランティアセンターと非営利団体なら格安で借りられる会議室9階が会議室と印刷機(1版につき100円/用紙持ち込み)「ちょうど、印刷しに行こうと思っていたんです。」とメールして、夕方に出向いていった。この企画課の課長とは、98年のかながわゆめ大会のときからのおつき合いで、文化人類学科卒業の多趣味でおもしろい人である。今年から、この課長とコンビを組んでいるのは、たぶん、30前後の女性で、いつも?彼女が、課長のつっこみ役だ。きょうも、一通り、仕事の話をした後、「オーバの最新のニュースレターです」と桜木町駅廃止にともない、電車特集の今月号を見せると、跡地利用の話になり、この課長は、「トロッコを走らせて、小さな恋のメロディーごっこをやってみたい」みたいなことを言い出し、つっこみのお姉さんが、「えー全然わかんない。ジェネレーションギャップ!」とすかさず、つっこんでいた。わたしといえば、「わたし、不良役のジャックワイルドが好きでした!」と即答してしまい、即行、課長側についてしまったことで、すっかり、ここにもまた世代間の溝をほってしまったようで、なんだか、複雑な気分、、、、。ついでなので、8階にもよって、12月23日と1月12日のラポールのこどもためのハチャメチャアトリエのボランティアの募集もお願いして、9階で印刷をして、アートセンターにもどった。明日能楽堂で開催される「バリアフリー能」で配ってもらうために、ニュースレターにこのアンケート本のチラシをはさみこまなければいけない。ところが、こんなときに限って、はさみこみの必須アイテム「指サック」がない!最後にみた時には、「ス」が指サックを使っていた。と思い出し、さっそく、ゲネプロ中の劇団ジンジャントロプスボイセイの演出家中島さんの携帯に電話。(わたしも、9月に携帯を購入したというくらい、オーバは携帯にうとい人たちの集まりで、「ス」はもちろん携帯なんてもっていない。)ヅ「もしもし中島さん、スいますか?」ナ「あー、こんにちは。スさんは、今買い物に出ていますが」ヅ「すみませんが、至急、指サックが必要なので、スに、指サックの場所、聞いておいてください!」ナ「指、、、サック、、、ですか、、、?」ここまで来て、電話してまで、指サックを探すことが、いかにナンセンスに聞こえるかを、はじめて理解したわたしだったが、でも、本当に指サックが必要なんだもん。でも、果たして、明日を本番に控えたゲネプロ中に、折り返し返事なんか来るわけもなく、わたしは、必死に探して、なんとかみつかった指サックをはめて、急いで300部の資料を作成し、紅葉坂を上ったところにある、能楽堂に置いて来た。活動の存在を多くの人に知ってもらうことは、団体にとってとっても重要なことなのです。と、ここまで、書いて、書き込みボタンを押したのに、なぜか、更新されてなくって、中身がすべて消えてしまった、、、。昨日の楽天はすごく調子がわるかった。すごーくくやしいけど、もう一度、書き直してみた。本当にくやしいです、、、。
2003年12月12日
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昔パリのクリニャンクールで、500円くらいで本物のムートンのコートを手に入れて以来、ずっと中古のムートン一筋だったわたしですが、久しぶりに自分のサイズにぴったりのコートをみつけてしまったので、購入してしまいました。場所は、ワールドポータースの3階の古着屋。USAものでこのサイズということは、たぶん、子ども用でしょうか。パリで、ゲキヤスで、コートを手に入れられたのも、サンフランシスコのガレージセールで、やっぱり500円くらいで、緑色のかっこいい皮ジャケットを手に入れられたのも、サイズが小さめだったということ。その代わり、市販のものでは、あんまり、ジャストフィットの服がないので、最近はほとんど洋服も買うことがなくなっていました。(20代のころは、高円寺に住んで、古着屋でバイトしてたので、嫌っていうほど、古着を買っていたってこともあるけど、、、)なんたって、今や、月に大体1万5千円から2万円くらいで生活やりくりしている日々ですから、エンゲル係数が高すぎますっていうか、ほとんど90%食費です。きょう、ワールドポータースによったのは、3階のKEY楽器で、アートセンター用のアンプを購入したからでした。今ちまたで、よく見かける、黄色いポータブルのやつです。先日、横浜のイシバシで買おうと思ったのですが、今流行りだけあって、店頭になく、それなら歩いて行けるKEYに取り寄せてもらったのでした。ちなみに、イシバシ楽器、レイアウトずいぶん変わってしまって、迷路のように何度も、突き当たりにあたってしまいました。そして、ビブレも新装開店したばかりで、ビブレにあったKEYはなくなり、島村楽器が大きくなっていました。夏から秋にかけてランドマークプラザにあった島村楽器が、新装開店までの間だけのお店だったようで、ランドマーク店はなくなってしまいました。帰りがけには、いつも通り、ビレッジバンガードに立ち寄り、そして、1階の食料品売り場で半額になった牡蠣とか買って帰りました。*桜木町には、食料品店が少ないので、それが困っていることです。z
2003年12月11日
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きょうは、3時から、20代の女性と小学生の男の子がアトリエを利用。その間に、スタッフ「ケ」が、セキチューで、コピー用紙を購入し、アトリエが終わった後、「ス」と「ケ」で、横浜西口にあるの県民センターの12階にある県社協で、レターを印刷した。リソグラフとよばれる、大量印刷機は、オーバの前にある支援活動センターや、オーバの並びの市社協にもあるが、支援活動センターは、1版につき、100円+インク代がかかり、市社協は、1版に付き100円かかる(インク代はかからない)。それに比べて、県民センターは、紙さえ用意すれば、無料で印刷できる。1年くらい前から、9階のサポートセンターは、2000枚まで、無料、それ以上は、有料になってしまったので、まずいまだ、すべて無料の12階で印刷をはじめて、後で、9階の降りてくるのが、わたしたちのパターン。通常、オーバの会報は、B4二つ折りで、3枚分くらいあって、大体1回に1000部から3000部くらい刷っている。=B4のコピー用紙両面印刷×3枚×1000部ー3000部(12階は、9時で閉館になってしまい、9階は、10時まで開いている。+9階の紙織り機のほうが使いやすい)わたしは、といえば、7時に、市民セクターよこはまの人が、会報に載せるイラストを借りに来たので、カフェ仕様で、彼女を待って、いっしょによさそうな絵を探していた。市民セクターよこはまの人が、帰った後、10時30分ころ、スとケが戻ってきたので、3枚のページを入れこみ、それを4つ折りにして、茶封筒にいれ、名前と住所を住所録でチェックして、大きな紙袋に入れて、チェックした枚数と実際にある枚数があってるかどうかを確認して、ポストに入れこんだ。そんな作業を深夜1時までやって、きょう発送がすんだのは、やっと100通。あと、大体50から100カ所分は、明日作成する。この春まで、こんなことを毎月やっていたのだが、さすがに、3人でやるには、きつすぎて、今は、隔月にしてみた。それでも、なかなか月日の経つのに追い付かなくて、遅れて発送する日々が続いていて、会員さんには、ご不便をかけっぱなしです。ちなみに、今月のニュースレターの特集は、東横線桜木町駅廃止にちなんで、電車特集。読んでみたいなあって方は、メールをください。お送りします。後で、90円切手でも送ってもらえるととってもうれしいです。また、美術系、福祉系、教育系などのスペースで、なん部か、設置、配付できますよって場合も大歓迎です。部数と住所を書いてメールください。すぐに送ります。>ミライッチさん、きょう、会報、アンケート本といっしょに送ったよ!
2003年12月10日
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北海道の浦河町というえりも岬に面した過疎の町に、べてるの家という精神障がいの人たち自身が運営する福祉施設を中心とした組織がある。障がい当事者本人たちが、自発的に管理運営しているだけあって、自分自身にとって無理のない生活、活動ということを中心においていて、障がいを隠したり、無くしたり、することなく、障がいやそれに伴う苦労とも、うまく付き合っていこうというスタンスで、すごく難しかった障がいのある人たち自身が、自分たちの支えあう力によって、前向きに生活をしているところとして、最近ではニュース23などでも大きく特集を組まれたりしていて、とても注目されている施設です。そこのソーシャルワーカー(といっても、通常のワーカーとはまったくちがう、同じ生活者ともいえるような人)と運営に関わる「爆発系」と呼ばれる精神障がいのある人たち9名が、県民ホールの会議室で、講演会を開催したので、聞きに行った。通常、この手の講演などは、横浜駅西口の三越のとなりにある福祉プラザ「県民センター」で開催されることが多く、山下公園前のあの県民ホールは、コンサートや展覧会しか見に行ったことがなかったので、本当にこっちでいいのか、たどり着くまで、不安だったけど、中区のろばの家という精神障がい者の作業所が主催だけあって、やっぱり、こっちでよかったのでした。県民ホールの6階のレストランのとなりにある200席ほどある会議室は、満員御礼状態。窓の外には、海と海に浮かぶ舟が見えて、すごいオーシャンビュー!タイトルは、「べてるの家と地域社会」のような感じだったけど、ほとんどが、10名のゲストによるフランクなトークで、彼らの口からおもしろおかしく語られる生きざまそれ自体が、精神障がい者の生活と地域での生き方、べてるのあり方を語ってくれていて、本当におもしろくって、それでいて、すごく実感がこもっていて、いい講演会だった。たとえば、いわゆるパニックのような突発的な、自傷(自分を傷つけること)他害(他人を傷つけること)のような暴力的な行為を、「爆発」と呼び、通常、爆発はしないほうが良いとされ、薬で押さえたりするところを、ここでは、「爆発して、壊した器物は、べてるで働いて返せばいいよ」ということで、爆発は良しとすることからはじめている。ある人は「僕は、べてるに来てからは27回爆発しました」といい、ワーカーが「よく憶えてるね、数えてるの?」ときくと「はい、毎回数えて、どんな時に爆発するかも記録しています」。ワーカーは、「それは、いい爆発の研究してますね」とほめていた。ある人は、時々何かにこだわって、何度もしつこく他人に同じことを確認してしまう自分に困っているが、べてるで、みんなと話しているうちに、どんな時に、自分がこだわってしまうかがわかってきて、それをメモするようになった。「悩んでいる時。淋しい時。お腹が空いている時。お金のない時。」しつこくしてしまう自分のことを、みんなが、「クドウクドキ」という名づけてくれて、マスコット人形を作ってくれた。そのマスコットを胸につけることによって、自分でも、また、「クドウクドキ」が出てきたな。と自覚するようになり、「今はなんで、クドキが出てきてるの?」って聞かれることによって、自分で、「お腹が空いているから」と原因もわかってきた。名古屋に住んでいたときには、一日に注射を2本も3本も打ってもらっていて、それがとっても辛くて仕方がなかったのに、今は、クドキが出てくるたびに、大好きなブルガリアヨーグルトを食べると空腹が満たされて、落着くことが多くなった。昨日、そのことを精神病の学界で本人の口から話してもらったら、会場が騒然となったらしい。医者が注射で治していたと思っていた行動が、患者自身の力で、たった100円のブルガリアヨーグルトを食べることによって症状が改善してしまうなんて、、、、ということらしい。また、ある人は、OLをやっていた22才のときに発症し、8年間引きこもったり、パートに出たりのくり返しで、まったく前進がなく、疲れていたが、べてるに来て4年経った今年、べてるの新しい作業所の施設長になった。病気になったお陰で、なんとなく生きていた健常者をやっていたころにはなかった充実感が、今はあり、本当に幸せを感じている。だけど、幸せだなあって感じたとたん、もう後がないような気がして、本当に心底恐ろしくなってしまった。そんな時に、久しぶりに、幻聴さん(べてるでは、幻聴のことを幻聴さんと呼んでいる)がやってきてくれた。その時に、「まだ、わたしには、幻聴があった。本当によかった。と思ってほっとして生きる自信がついたのです」と語っていた。この話も、学界を騒然とさせてらしい。「完治こそが患者さんの幸せ」と思っていたのに、そうではなかった。という複雑な事実。そんな様々な10人分の率直で、素朴なエピソードを、それぞれの口から聞けたのは、本当にラッキー。結局、今や「何もない小さな過疎の町=浦川町」に、みんなが、夢と希望と可能性を持って集まってきている。そして、べてるのみんなは、自分たちで、支えあって生きていくために、こんぶの袋詰めやその販売、介護用品の販売などをして稼いで生活をしている。今や地元の住民たちも、べてるのサービスを受けている人も多くなってきている。しかも、ニュースで取り上げられて以来、この町に多い日には1日100人以上の見学者が訪れるという。生活そのものは、毎日、パニックあり、幻聴あり、妄想あり、で、実際、きょう来た人たちの中にも、自宅に放火したなんて人もいたりするくらいだから、それなりに大変だろうが、お互いに無理なく支えあって生きている様が、生々しく伝わってきた。■べてるの家ホームページhttp://www.tokeidai.co.jp/beterunoie/ べてるの家の理念は、「利益のないところを大切に」「安心してサボれる会社づくり」など、とってもユニーク。他にもたくさん、いろんな標語があったので、今度紹介します。オーバの会員さんにも、メールで流したので、会場にいってみると、けっこう知った顔があった。共働舎の職員の人は、島にふらりと旅行するのが好きで、今年の夏、ある離島で、偶然作家の田口ランディーと出会って、いっしょに酒を飲んだりしたらしい。田口ランディーも、べてるの家に共感していて、もう何度も訪れているという。「きょうも来てると思ったんだけど、、、」と田口さんを探していたが、残念ながら、来ていなかったようだ。共働舎の人が、「わたしは、舟(シーバス)に乗って、帰ります」と、とっても休日らしいことをいうので、わたしといっしょに来ていた、群馬出身の音楽療法を勉強している女の子の背中を押して「田舎の人にはお薦めだよ!」と、いっしょに帰してしまった。わたしは、アートセンターに戻らなくてはいけなかったので、ちょうどやってきたワンコインバス(=100円!ラッキー!)に乗り、桜木町を目指した、、、が、ショッピング観光バスを兼ねた100円バスは、みなとみらい経由の遠回り。しかも、行くところ、行くところ、すごーく混んでいて、全然動かない。でも、ぼんやりと夕日の沈むみなとみらいの景色を眺める贅沢なバスの旅を堪能。シーバスも、たったの400円くらいで、海上を走り抜けて、横浜までついてしまうんだから、きっと気持ちよかったろうなあ。■クリスマスパーティーinイセザキモール1丁目不二家そして、8:00からは、イセザキ商店街のクリスマスパーティーのために、イセザキモール1丁目の不二家に行った。中区区障連の室津さんやえちご家さんの職員は、なぜか、ドレスアップして参加していた。animiのタロさんや元ごぼうハウス(今は、都筑区の商店街にanimiのような店を構えている)の岡本さんなども集まっていた。オーバからは、わたしとスタッフ「ケ」とおでかけアート展覧会のデータ入力ボラさん2名で参加した。まずは、イセザキモールが、商店街としては全国初のバリアフリー化推進功労者表彰を小泉総理大臣にもらった話からはじまった。そして、ビンゴ大会。なぜか、「ケ」と入力ボラの「オ」さんは、すごーくやる気で、1枚500円のカードをひとり2枚ずつ購入。ところが、なぜか、わたしと、さしてやる気が見えないもうひとりのボラさん「サ」さんばかりの穴が空き、「ケ」と「オ」さんは、全然空かない。結局、「サ」さんは、2等のソニーの21形液晶テレビをゲット。わたしは、5等の空気清浄機をゲットした。たった4人のテーブルで、2個も高額商品ゲットするなんて、すごいかも!ただ、本当は、4等のコンポがだったんだけど、同時ビンゴのじゃんけんで負けて、こっちになってしまった、、、くすん。オーバのコンポ、こわれたので、ちょうどよかったのに、、、。(でも、「オ」さんによると、この清浄機も定価は5万くらいするらしい)結局、オーバで空気清浄機はいらないので、最近体調を崩している「ケ」のママさんにあげた。結局、得したのは、「ケ」だったな。ちなみに、1等は、大きなペコちゃんの御人形(非売品)でした。帰りには、不二家のケーキをお土産にしてもらい、(他の誰ももらってなかったけど、わたしたちだけ、頼んでみたら、たくさん箱につめてくれた)ポコちゃん人形ももらい、2002年のペコちゃんポコちゃんのクリスマス皿をもらい、なんだかんだいって、すごく楽しんでしまいました。ちなみに、不二家の発祥の地は、横浜の元町らしいです。
2003年12月07日
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朝、中学生の女の子がアトリエご利用。「学生時代、写真部だったの」というわたしとほぼ同年代のママちゃんに、「おもしろいからデジスタ見に行ってきたら!」とお薦めしたところ、すっかりはまってしまったママちゃんは、12時過ぎてもなかなか帰ってこなかった。ママちゃんが帰ってくると、わたしは、あわててカップうどんをすすって、1時から本郷台のあーすぷらざで、シンポジウムがあったので参加した。本郷台は、桜木町と同じ京浜東北線上の横浜市内といっても、電車の乗ってる時間だけでも24分もある。東横線を使えば、楽勝で自由が丘まで行ける時間だ。しかも、もしかしたら、横浜で一番マイナーかもしれない?栄区にある、となれば、横浜市民でも、行ったことのない人は多いかもしれない。駅に降り立つと、案の定、ホームの目の前は草ボーボーで、なんとも懐かしい雰囲気。本郷台の友人に事前に聞いていたとおり、駅を降りたらすぐ左手に新しそうな建物があったので、すぐにわかった。あーすぷらざ+リリス。すげーでかい!ちなみに、あーすぷらざ(神奈川県立地球市民プラザ)は、神奈川県の委託を受けて1998年2月のオープン以来、(財)神奈川県国際交流協会が運営している施設のようです。こどもの豊かな感性の育成/地球市民意識の育成/ 国際活動の支援 を3つの柱として、市民に開かれた施設として、有料の貸し館の他、誰でも気軽に使えるフリースペースなどもあるようです。今の神奈川県では、絶対に建てられないようなぜいたくな作りで、レストランのほか、かわいいエスニックグッズを扱っているフェアトレードのショップなんかもあって、有料の保育室なんかもあるせいか、けっこう親子連れもたくさん見かけました。ここの課長さんかなんかが以前オーバに来てくれたことあるけど、とっても話のわかるいい人だった。メールマガジンも購読しているけど、国際交流にとらわれず、多岐にわたった情報をとりあげていて、ワークショップやシンポジウム等、様々なイベントを企画していて、とっても興味深いです。http://www.k-i-a.or.jp/plaza/index.html そして、併設されているリリスは、横浜市芸術文化振興財団が運営する栄区民文化センター。300席のホールを中心にギャラリーや会議室、練習室などがあって、市民が安価で借りられるようになってるみたい。この財団は、先日オーバに来てくれた能楽堂と同じ財団。この数年の合併で、最近、横浜美術館や市民ギャラリーとも同じ財団になったばかりなので、今後の展開が楽しみ。http://www.city.yokohama.jp/me/yaf/lilis.html なぜ、市の施設と県の施設が併設されているのかは、不明ですが、そのために、見た目は、ものすごくでかく、そして、どこからどこまでが、リリスで、どこが、あーすぷらざか、すごーくわかりにくい。1階のあーすぷらざの会議室を目指したのに、目の前には階段しかみえないので、仕方なく2階?にあがるとそこが正面玄関で、だけど、結局1階に行くには、また階段を降りなければいけないというややこしさ。上大岡のゆめおおおか部分もかなり複雑だが、これが、日本の複合施設の定めなのだろうか?(建物の目的によって消防法などが違うので、複合施設を作ると入り口などが、複雑になってしまうらしい。上大岡の駅ビルにある港南区民ホールはほとんど忍者屋敷き並みに入り口がわかりづらく、ショッピングモールの人手とうって変わって、すごーく静か。村上隆の大作も区民ホールの入り口にあるので、その存在は、マニアにしか知られていないと思う。)それとも、建築家のエゴ?まあ、地元の人にとっては、探検気分で楽しいかもしれないけどね。だけど、わたしの目的は、シンポジウム。この昇り降りは、かなりうざかった。内容的には、横浜市の職員の話がわかりやすく、興味深く、今、横浜市ががんばっている行政改革のプランの概要が理解できて、すごくよかったかも。どの職員も、「今回出てきたみなさんからの質問などは、職場に持ち帰ってみんなに見せて、必ず今後に活かします」といっていたし、自分の直通電話もきちんと明記して、「今後何かあったら、なんでも、呼び出して聞いてください。」とすごく前向きで、オープンな姿勢で、すごく共感できた。ただし、問題は、この意識を、どこまで、他の職員たちにも徹底させるか、だろう。担当者によって変わってしまうようでは、公平なサービスが受けられない。でも、少なくとも、行政も行政の根本的な問題点の解決に、本気で目を向けてきているという姿勢はわかった。あとは、実際にいっしょに仕事をする担当者とどのように付き合って、この過渡期をどのようにして、うまく乗り越えてゆくか、だと思う。横浜市の行政改革/地域福祉プラン/第3者評価に関する中間資料は、たくさん手に入ったので、興味のある人は、オーバまで見に来てください。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇ 12.6 ◇ Let’s市民参画シリーズ 『冬のリレートーク』━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●開催趣旨 今、新しい時代の扉が開くわたしたちが住み続けたい、子や孫に誇れるまちづくり自治とは本来「自分たちの地域のことを自分たちが責任をもって自ら考えて行動していく」ということですが、現実には、住民が直接関わって解決できることには、限りがあります。 そこで、市民と行政が協働して役割分担し、ともに解決していくことが必要です。そのための第1歩が、「情報の共有」です。最近は、行政が進めようとしている施策について、市民の意見が求められています。私たちは、それらの施策の担当者から直接 説明を受け、意見交換をし、よしよい計画となるよう知恵を集めるとともに、互いの役割を自覚して地域での市民活動へも活かせるよう企画しました。…………………………………………………………………………………………… 日 時:平成15年12月6日(土) 午後1時~5時 場 所:あーすぷらざ1階 会議室 参加費:一般 1000円 / 会員 500円 対 象:福祉分野に関わっている市民の皆さん~ボランティア・NPO 市・区地域福祉計画に関わっている方、行政職員や関係機関、地域施設職員などの皆さん 主 催:NPO法人 市民セクターよこはま http://www.shimin-sector.jp 共 催:(社福)横浜市社会福祉協議会 ------------------------------------------------------------------ 第1部:13:00~13:45 ●デイサービス・サロン実態調査報告会 約240団体より、アンケート回答を得て、横浜市社会福祉協議会と市民セクターよこはまが、協働で、報告書にまとめました。------------------------------------------------------------------ 第2部:13:00~13:45 ●プレゼンテーション(行政職員) テーマ1:横浜市地域福祉計画(全市計画) 荒木田 百合 氏 (横浜市福祉局地域福祉課 担当係長) 木村 文夫 氏 (社会福祉法人ぴぐれっと 施設長) テーマ2:横浜市福祉サービス第三者評価事業 宮本 正彦 氏 (横浜市福祉局企画課 担当係長) 清水 雅子 氏 (NPO法人グループたすけあい 理事長) テーマ3:新時代行政プランアクションプラン 鈴木 一博 氏 (総務局行政システム改革課 担当係長) 増田 逸朗 氏 (NPO法人市民セクターよこはま 副理事長) *コーディネーター: 吉原 明香氏 (NPO法人市民セクターよこはま 事務局長)----------------------そして、その後、桜木町に戻って、東横線に乗り換え、世田谷区上馬にある老舗ライブハウス「ガソリンアレイ」に「たんばりん」ライブを見に向う。実は、前回のオバルナイトで、たんばりんが、ガソリンで知り合ったミュージシャンを連れてきてくれて、きょうは、その人がタイバンの日で、ぜひとも、オーバスタッフ「ス」にいっしょにギターを弾いてほしいというのだ。といってもたんばりんの友人は、たんばりんとちがった意味でかなり濃い人たちが多い。このお友だちも、谷村真司と矢沢永吉とスティーブペリーのファンで、将来はアフリカの飢餓を救いたいのだというようなお方。スティーブペリーって誰だっケ?って思ったあなた。まさに、わたしと同じです。聞き覚えがあるけど、誰だか思い出せない有名ミュージシャン。答えを書こうと思ったけど、穴沢氏を見習って、クイズにしてみます。よかったら書き込んでください。先日も、オバルナイトで、かなり歌い上げてくれたのですが、きょうも、最後には、なぜか、カラオケテープをかけて、オリジナルソングを、歌い上げていました。しかも、キンキキッズのツヨシくんと同じマイクの持ち方で、、、。皮のパンツはいて、、、、。わたしてきには、ちょっと及川ミッチーに似ている感じの人です。ファンらしき女の子がひとりだけいて、すごーく頭を揺らして聞いてました。その子は、ラストの曲で、のりのりになるとなぜかすごい勢いで、まったくリズムにならない手拍子をしてノリまくり、ファンまでもが凄みを見せつけてくれました。そんなタイバンを聞いてしまった後のたんばりんだったので、どうなることかと思ったけど、さすが、彼のフィルターは、なんでも彼なりにろ過してしまう、、、って感じで、なかなかいい演奏を聞かせてくれました。いろんな意味で、すごい夜でした。(前回のオバルナイトも、このタイバンさんとたんばりんが、交互に唄うという予期せぬ展開で、すごかったけど、、、)
2003年12月06日
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今日は朝からあかね作業所にて出張アトリエ。午後はNHKでお馴染みのデジタルアートの若手登竜門番組『デジスタ』の2003年「ベストセレクション」作品を一挙公開する『デジスタ・アウォード』が、来年2月1日から運行するみなとみらい線の馬車道駅にほどちかい、歴史的建造物「旧第一銀行」と「旧富士銀行(=現在一部はNPOスクエアとしてNPOがオフィスを構えている)」で開催されているので、見に行った。馬車道駅は、桜木町駅から目と鼻の先。クイーンズスクエアの中にできるみなとみらい駅からだって、それほど遠くない。そして、みなとみらい21線は、「横浜」「高島町」「みなとみらい」「馬車道」「日本大通り」「元町中華街」だけを結ぶための電車、、、、。これができるのはいいけど、これができるがために、1月30日で、東横線の「高島町」「桜木町」が、はい線になってしまうのは、どうにも納得がいかない。まあ、そんなことは、さておいて、この旧第一銀行の建物と旧富士銀行の建物という2つの離れたまったく違う建物を、横浜市は、実験的に2年間だけアート系NPOに運営を委託し、利用させようとしている。9月にその発表を含めた内覧、説明会があり、アンケート用紙に、「参加に興味ある」としたところ、10月下旬に突然、「もう一度、内覧会と説明会を開催して、詳しい申請書を配ります」というお知らせが来たが、知らせが来た時には、すでに、その当日。しかも、オーバはおでかけ展真っ最中。とりあえず、説明会は断念し、11月4日までという参加意向書と団体の概要などだけ提出した。それでも、年間数千万単位の大きな事業に参加するかどうかという話をきめるのに、1週間しか準備期間がなかったというすごい話。結局、オーバは、意向書だけ出して、やっぱり、13坪で地道にやろうってことで、申請書は出さなかった。旧第一銀行は、昭和4年に建てられたものを、ずずずと建物全体を交差点はさんで移動させて、中身はある程度あたらしくして、復元した建物。利用できるのは、地下と1階と2階をぶち抜いた大きなロビーと、3階に100人くらい客席の作れる適当な部屋。1階のロビーは、銀行時代を思わせる柱やシャンデリアなど荘厳な感じで、全自動の大きなスクリーンまで完備されているが、残響時間が6秒とめちゃくちゃ長く、話声がぐるぐる廻って聞き取れないほど。しかも、左右に走る大きな道路の騒音の全てを消すことはできないので、できることは、かなり限られている。事前説明会のときには、コーディネーターやパネリストから、「結婚式場」だとか、「バックパッカーのための3段ベットでいっぱいにしたほうがいい」などという提案がでるほど、人気がない。オーバが、ここを気に入ったのも、実は、3階の部屋だけだった。そこで、パーマネントで誰でもいつでも参加できる制作室をつくって、知らない人同士が知らぬ間に連画のような体験ができるとおもしろいと考えていた。そして、今回、やっぱりデジスタも、この3階部分だけを利用して、ビデオ作品を上映していた。そして、今回の第2会場である富士銀行。これも、昭和4年に作られた建物。すでに、1年以上前から、2階の一部は、NPOのためのオフィス群として、利用されている。行ってみると驚くけど、すごーく狭い部屋に、2つくらいの事務机がパーテーションで区切られていて、確か15団体くらいが、1年間限定で、1スペース1万円/月で、利用できるようになっている。その1階部分が、今後アート系NPOに運営を任せる場所で、そして、今回の第2会場として、インスタレーションが展示されていた。ここは、適度な広さ(というより、ロビーにしては狭い感じ)で、中身も古いままで、金庫もそのまま残っていて、すごーく雰囲気があっていい感じ。こんな風に今後も、アート系の展示やイベントで、公開されていくなら、楽しいなあ。展示の中で障害という作品があって、コンピューターをクリックすると障がい者(肢体不自由者)の日常ってことで、たとえば、デパートにおでかけして段差があると、段差をクリックすると段差が消えて、通路が狭いと、通路が広がるというような作品がった、、、けど、その作品自体っていうか、すべての作品が、おしゃれな、カウンター式になっていて、どう見ても、子どもや車椅子ユーザーには、手が届かないようになっていたのは、すごく皮肉な感じがした。あと、どの作品も説明がないとわからないものばかりなのに、説明がないっていうのも、分かりにくかった。そうそう、ハムスターみたいに人間が、走るとぐるぐるまわって、画面が変わるって作品もあって楽しかったけど、さすがに恐くて、そんなに早くは走れなかったなあ。なんでも、子どもは身軽なんで、すごーく早く走れるらしく、そんな時には、そんな時にしか見えない画像が見えるらしい。こんなときには、子どもを連れて歩きたくなるなあ。どっちにしても、明日までしかやっていないイベント。アニメやインタラクティブなものは、誰にでも楽しめると思うし、ぜひ、いろんな人に遊びに行って欲しいにゃあ。----------------------------------------------------アートNPOフォーラム・横浜フォーラム御参加の皆様へ 横浜市では現在、都心部の歴史的建築物を文化芸術に活用した実験事業を行っています。 その一環として、歴史的建築物「旧第一銀行」「旧富士銀行」にて下記イベントを行いますので、お知らせいたします。(横浜都心部歴史的建築物文化芸術活用実験事業HP)http://www.city.yokohama.jp/me/tokei/site/dcond/toshin/kannai/rekishijikken/ index.html 横浜市都市計画局都心部整備課(TEL:045-671-4051)-----------------------------------------------------------------------●NHKBS1デジタル・スタジアム デジスタ・アウォード2003開催● デジタルアートの若い才能-その「グランプリ」が、横浜・関内の近代建築で選ばれる!----------------------------------------------------------------------- アニメーションからインタラクティブ作品まで、デジタルアートの若い才能を発掘する番組、NHK「デジタル・スタジアム」。この1年間に、番組内で選出した「ベストセレクション」作品を一挙公開するほか、「映像部門」「インタラクティブ/インスタレーション部門」それぞれの最優秀作品を決めるのが、『デジスタ・アウォード』です。4回目を迎える今年は、横浜・関内地区に残る優美な近代建築のビルディングを会場に開催。来場してくださったみなさんに作品の採点に参加いただく「一般審査会」を実施いたします。ぜひ展示会にご来場いただき、あなたの”イチオシ”を選んでください!「デジスタ・ベストセレクション2003」作品展示、一般審査会◇日時:2003年12月5日(金)・6日(土) 午前11時~午後5時 入場無料◇第一会場【映像部門作品上映】:旧第一銀行横浜支店(横浜アイランドタワー内)◇第二会場【インタラクティブ/インスタレーション部門作品展示】:旧富士銀行横浜支店□中谷日出(デジスタ・ナビゲーター)トークスペシャル 12月6日(土)午後3時~午後4時 詳しくはNHKデジスタホームページまで (http://www.nhk.or.jp/digista/ )=======================================================================●中国日本学生映画交流横浜シンポジウム2003開催● 中国と日本の学生映画交流-映像文化交流の可能性を求めて----------------------------------------------------------------------- 中国では、今年から始まった新体制のなかで、文化・教育領域の対外開放・国際交流が開始されました。そして今回、中国映画業界の最高・最大の教育機関であり、幾多の世界的な監督や俳優を輩出している北京電影学院の学長をはじめとする使節団が、日本の映像関連学校との交流を求め来日することになりました。このシンポジウムは、「映像文化都市 横浜」を中国日本学生映画交流の拠点とするとともに、国際的な映像情報発信地に育ててゆくための第一歩として開催します。北京電影学院使節団と、日本を代表する映像関連学校の方々とのディスカッションを通じて、映像文化交流の場となれば幸いです。 ◇日時:2003(平成15)年12月19日(金)◇会場:旧第一銀行ホール(横浜アイランドタワー内)◇映画上映 午後3時から ・ シンポジウム 午後6時から◇入場 無料(定員100名/シンポジウム・パーティ要事前予約/逐次通訳付)◆お申し込み・お問い合わせ:特定非営利活動法人 横浜アートプロジェクト Tel/Fax: 0467-24-1740 担当:えのきだ E-mail:ryu_eno@ybb.ne.jp http://www.yokohama-artproject.com/
2003年12月05日
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13日と14日にオーバスタッフ『ス』が、横浜のSTスポットで劇団ジンジャントロプスボイセイの音楽として生演奏するので、アトリエ開催までの間の時間に、いっしょにくっついて見に行った。ここは、横浜市がNPOに委託して運営している劇場として、80年代後半から活動をしてきて、成功しているケースとして、今協働が流行りの横浜では、また注目を浴びているかもしれないスペースだ。横浜駅西口は、放射線状に道が伸びていて、川があったりするもんだから、とっても地理感覚がわかりにくい。STスポットも、ターミナルも、シェラトンも、天理ビルもなければ、直線で問題なく行けるんだけど、たくさん障害物があるので、結局、ダイヤモンド地下街に下りるのが面倒じゃない手段。だけど、地下街下りると、この辺を分らない人には、まったくどうしようもなくなってしまうので、場所を説明するのが大変な場所かもしれない。わたしも、時々、すぐとなりのビルにある「キンコーズ」には、行っていたが、こんなところにSTスポットがあるなんて思いもしなかった。スペースは、大きなビルの地下にあるんだけど、箱は、とにかく小さかった。オーバのスペースは、13坪だから、たぶん、客席合わせて15坪とかそのくらいだろうか。それでも50人入るっていうんだから、すごい。でも、こじんまりしていて、スタッフの人たちもいい感じで、すごくよかったです。来週が楽しみ。帰りにちょこっと岡田屋に寄ってみた。はじめてタワーレコードに入ったが、横浜にしては、充実しているんじゃない?って感じで、(元町のタワーレコードにはがっかりしたので)スは、ご機嫌。しかも、8階には、クロサワ楽器もある。しかも、ツウ好みの充実した品揃え。スは、今後は時々ここに来て過ごすことに決めたらしい。きょうのアトリエは、中学生の男の子ひとり。雑誌からワンピースの水着を切りとって、紙にはっている。ワンピースでないものは、お腹の部分をペンで塗って、無理矢理ワンピースにしている。そんな時間をいっしょに過ごし、片付けはじめたころ、目の前のビルのOLをやっているわたしの妹が、訪ねてきて、「今から青山のドイツ文化センターで、ハイナーミュラー演出の演劇のビデオ上映会があるんだけど、いっしょに行かない?」って誘われて、思わず、いっしょに桜木町駅に走り出してしまった。さっきも、横浜に行くのに乗ってた東横線。妹の購入した回数券の期限は3月2日だけど、1月いっぱいで廃線になってしまうと思うと、すごーくブルーになる。渋谷が遠くなってしまう、、、、。妹の同僚たちも今頃になって、「東横線ないとすごく不便」とぼやきはじめているという。ドイツ文化センターは、草月会館の裏手の静かな街並にあって、レンガづくりが渋くて、けっこういい感じのスペース。以前は、コミュニティーアート関連のシンポジウムやワークショップを開催しているミューズカンパニーという団体が夏にここでイベントを開催していたので、よく来たけど、本当に久しぶり。ビデオは、けっこうおもしろかったけど、椅子が、段になってないので、小柄なわたしには、前の人の影で、見えにくくって、字幕と作品全体を見るという技は、けっこうつらかった。得に、遅れてしまったので、演劇の設定自体がわからないまま、途中から見てしまったので、表層しかなめられなかったけど、ハイナーミュラーってこれで見る限り全然難解な感じでもなく、けっこうおもしろおかしく見れる部分もあるのね。でも、すべてが、引用から成り立っているような感じもあるので、その元ネタを知っているときっともっとおもしろいだろう、と思うと、少し残念でした。そして、これは、あくまでも、ビデオ撮影版なので、舞台とは別物と考えたほうがいいと思った。記録のわりには、このビデオが、すごーくよく出来ているからこそ、なおさらそう感じた。ビデオアートとは呼べないけど、ただの記録とするにも惜しい、ある種新種のジャンルみたいに、演劇というものを楽しめた。特に演劇というライブが苦手目のわたしてきには、ジョセフ・コーネルの作品を見ているような、箱庭遊び的な、なんとなく、どこかの感覚をくすぐられるような気持ちよさがあった。確かに、あんな風に俳優や舞台全体を自由自在に動かせたら、おもしろいだろう。しかも、この演劇、俳優も含めて、まるで、完璧にちかい。まったくソツがないのだ。きっとこのビデオを手に入れたら、自分の好きなシーンだけ、何回もくり返し見てみたくなるにちがいない。会場は、無料とはいえ、客席はほぼ満員。けっこう30前後のOL風の女性とかも来ていて、「すっごいおもしろかった!絶対、来年、この劇団が来日したら、見に行きたい!」とあっちこっちで、きゃあきゃあ言っていたのは、意外といえば、意外でした。妹は、なんちゃってOLでもあり、先のジンジャントロプスボイセイのなんちゃって女優でもあって、今回のイベントに関しても劇団がらみの情報だった。ビデオ上映が終わってロビーに出るとジンジャン関係者がいっぱい。ジンジャンの演出家は、今年演出家コンクールで優勝し、来年はドイツに行くとか行かないとか、、、。わたしも妹がらみで、付き合いの長い劇団だけど、中堅劇団の転換期を目の当たりにしているみたいで、ちょっとおもしろい。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ジンジャントロプスボイセイ公演『RとJ』(ロミオとジュリエット)『「ロミオとジュリエット」というのは、一見ロマンチックだけれど、よくよく考えたらただの若気の至りの愚かな話です。それを我々の重ねて来た(重ねるであろう)愚行の数々と並列に置きながら「生きる」のなんとも言葉にしずらい愛おしい部分を、じわじわとあぶり出せたらと思っております。』…演出家中島諒横浜公演 12/13-14 STスポット(チケット発売10/20より)料金 前売(日時指定・全席自由)¥3,000 当日¥3,500 問い合わせ劇団ジンジャントロプスボイセイhttp://www.zinjan.jp/ info@zinjan.jp03-3418-1552
2003年12月03日
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13日に横浜能楽堂で「バリアフリー能」というイベントを開催される。そのチラシを持って、能楽堂の担当者がわざわざ2名も遊びにきてくれた。ひとりは、以前は、横浜市民ギャラリーにいた人で、「その節はお世話になりました。」といわれてみれば、確かに、見たことのある人だった。もうひとりは、以前は、オープン前の赤れんがにいた人だという。ふたりとも、まだ、若い女性で、とっても話しやすくていい感じ。能楽堂は、月に何日かしか上演していないが、それ意外のときには、いつでも、見学できるということなので、本当にオーバの角を曲がったすぐ奥の、公園の中にあるいい場所なので、ぜひ、一度遊びにいってみたいと思った。残念ながら、オーバの活動は、ほとんどが土日。なかなか観劇はできないかもしれないけど、能も狂言も、とっても見てみたい。何やら最近の研究では、胎教に一番いいのは、狂言のリズムだとか。(担当者いわく、「ためしてガッテン情報」)特に、今回は、知的障がいのある人や子どもたちも、気軽に見に行ける感じだし、そういうざっくばらんな雰囲気の中で、ざっくばらんに、楽しんでみたいものだ。さっそく会員さんのMLに流すと、「情報ありがとうございます」との喜びの声。やっぱり、いろんな人にとって、観劇をするってこと自体にバリアがあるってことよね。能を見るってこと自体、「障がい」がなくても、バリアだもの。■■■■■■■■■■■■横浜能楽堂■■「バリアフリー能」普段なかなかお出かけになりにくい障害のある皆さまに、少しでも気軽に御覧いただけるよう、さまざまなバリアフリー化への試みを取り入れた公演です。《概要》公演名:横浜能楽堂第42回普及公演-バリアフリー能-開催日時:平成15年12月13日(土) 午後2時開演(午後1時開場)終演予定:午後3時40分頃演目:狂言「柿山伏」(大蔵流)山本則孝ほか、能「鍾馗」(金春流)吉場廣明ほか入場料(全席指定):正面=3700円、脇正面=3200円、中正面・2階=2700円 (チケット発売中)申込、問い合わせ:横浜能楽堂 〒220-0044横浜市西区紅葉ヶ丘27-2TEL045-263-3055 FAX045-263-3031E-mail:nohgaku@city.yokohama.jp 《バリアフリー化への試み》・介助者は1名まで無料・ちらしにふりがな・点字チラシの配布・点字の解説文、能舞台触図を用意・聴覚障害の方のために副音声・解説の手話通訳と台本の用意。・車椅子の方には駐車場を確保。・ファックス、E-mailによるチケットの申し込みの受付。 ・途中入退場が可能
2003年12月02日
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