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きょうは、イセザキ1・2丁目の事務局の人といっしょに、イセザキ3-7丁目を歩いて、おでかけ展覧会の作品の展示場所をお店の人に聞いて歩いた。その前に、助成金の申請があって、めちゃ腹減ったので、2丁目の大戸屋で、腹ごしらえ。ビールを飲めないわたしだが、最近の「秋味」のコマーシャルのさんまの絵に、かなりやられていて、さんまが食べたくて仕方なかったので、もちろん、秋のお薦めメニュー「生さんま定食」で決まり!しかも、お薦めメニューには、アンケートがついていて、アンケートにこたえるとドリンク券がもらえた、ラッキー!そして、事務局の人とオーバスタッフ「ケ」は、3から5丁目をまわり、わたしは、ひとりで6から7丁目をまわるってことで別れた。やっぱり、同じイセザキモールでも、3、7丁目は人情があつい昔ながらの商店だ。帰り際には、かならず「御苦労さまです」といってくれるし。ちょびっと出かけてる御主人も多くて、再度行かなきゃいけないけど、、、。6時になって自分の持ち場はほとんど終わったので、「ケ」のまわっているはずの5丁目に行くと、木の下に座って、調査票を眺めている「ケ」を発見。「まだ、後少し、残ってる。早く行かないとお店がしまっちゃう!」とあせっている。しかし、よく聞いてみると、途中立ち寄った「4丁目のつくだ煮屋さんのつくだ煮がおいしそうだったから、どうしても買いたい!」ということだった。1回目、スタッフ「ス」と来た時には、「ス」は古道具屋でギターを買ってしまい、今度は「ケ」がつくだ煮。たしかに、3-7丁目にはそそられる商品がいっぱいある。そうそう、7丁目の角にある古い手芸屋さん、商品も年期が入っているが、店番のじいさんも、昔ながらのおじいさんって感じの人。だけど、良く見ると、ひとつの壁だけ、すごくセクシーなレースのショーツがピンで何枚かディスプレイされている。「ここは、何屋さんですか?」ときくと、「一応手芸材料だけど、あそこだけランジェリーもやってるんだよ。あれしかないけどね」うーん、ターゲットは、この辺の裏通りにある東南アジア系のパブのお姉さんなのかしら?いったい誰が買ってゆくのか、とっても不思議なお店でした。そして、4丁目には、あの有名な伊勢佐木町ブルースの碑があります。最近、その裏手に、3-7丁目のマップと、青江美奈の大きな看板ができました。これは、昨年、このイベントの企画をしたスタジオ・エスワンの人たちの仕事。スタジオ・エスワンは、芸大の油絵科出身の人たちが中心の集まりで、ふだんは壁画の仕事なんかをしながら、アートプロジェクトを展開している人たち。主宰者はわたしと同じ年だけど、ほかの子たちはずいぶん若いみたい。トリエンナーレの年と昨年に開催された「商店街の藝術」プロジェクトを通して、3-7丁目目とは特に親しくなって、今でもいろいろとプロジェクトを展開しているみたいです。ちなみに、あの三鷹にあるジブリ美術館の壁画も手掛けた人たちです。そうして、帰りに2丁目の弘集堂書店のご主人をみかけて先日のチェック。そして、刃物屋「菊秀」のご主人も見かけたのでチェック。この2丁目の菊秀は、1ー2丁目の中でイチオシのお店です。一応刃物屋でいろんな刃物売ってるんだけど、それをメインに出してもなかなか売れないので、店頭には、いつもおもちゃとか、今売れそうな物ならなんでも置いてしまっているんで、一見何屋か、まったくわからない。きょうだって、今流行ってるの?って感じのふくろうの置き物とか、開運グッズとかを正面で売っていて、びっくりしました。でもさすが、創業役100年だけあって、看板はでかくてりっぱでかっこいいんです。2年前、はじめてこの店訪ねたとき、入り口近くに手強そうなパートらしきおばちゃんたちが立っていて、「あの福祉の展覧会のことで、、、」というと「今、店主をよびますからまってください」というので、姿勢をただすと、大きな声で、「ヒデチャーン!」って奥にむかって呼び出して、しかも出てきたのも、いかにも「ヒデちゃん」って感じのおじさんのようなお兄さんで、、、(後日聞くとわたしと同じとしだったので、確かにおじさんだったのですが)とにかく、この店は要チェックです。あ、そういえば、驚いたこと。3丁目のオデオンに入っていた、イセザキに来ると必ず立ち寄る古本屋「先生堂」が、イセザキ2丁目に独立した店を構えていた。1階にあるから入りやすいが、以前の、なんとなくだだっぴろく、漠然といっぱい本がある空間とちがい、きれいに、整理されてて、通路も狭いので、なんだか、探す気がしない、、、。すごく、残念。そんなこんなでやっと、店まわりが終わり、1ー2丁目の事務所にもどると、「きょうは、不二家さんが来たので」といって、なんと冷たいお菓子が出てきた。ウレピー!ああ、商店街、大変だけど、楽しいです。
2003年08月29日
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スタッフ『ス』の参加する演劇の公演があったので、十数年ぶりに法政にいってきた。以前いったときの詳細は、確かではないが、ただ、今や知る人ぞ知る音楽ライター、インディーズレーベルSOUP-DISKの主宰者である原くんを含め、その当時の仲間数人でライブを見に行ったこと、そして、80年代とはいえ、立て看の多い汚いところで、まだまだ、学生運動当時のおもかげを残していたのは憶えている。その会館、いまだ自治会が管理下にあり、大学側も建て替えることもできないという状況らしいが、それでも、かなりきちんと管理、手入れしているらしく、確かに古いが、以前来たときより数段きれいになっている。きょうの演目は、ジャリのユビュ王を7劇団がそれぞれ上演するという演劇祭「UBU7」で、もちろんユビュ王。http://www.ubu7.info/top.html 劇団は、先日利賀演出家コンクール優勝した、ジンジャントロプスボイセイhttp://www.zinjan.jp/ ずいぶん冷房が効いているので、演出家の中島さんに「寒い」と文句をいったら、「役者の衣装の関係で温度はあげられない」という返事。はじまってみて、納得。主役ふたりは、醜いユビュの太った身体を誇張するために、なんとふとん並みの衣装を身にまとっている。だけど、こっちは、夏の軽装。しかも更年期まじかってわけで、かなり震えました。今回のみどころは、以前わたしも会ったことのある日仏ハーフのかわいい女の子(いまや20代後半の主婦のようだが)の弟くん=パリコレモデル+コメディーフランセーズで演劇の勉強中のかっこいい青年が、来日するということで、8月になってから急きょ出演が決まったことだった。いろいろ噂を聞いていたので、すごーく楽しみにしていた。だけど、演技は濃かったかも、、、、。ほかは、ほどほどのコメディータッチで、シニカルで良い感じであったのに、この子だけは、なぜか、すごーくシリアス。肉体も美しいし、声も通るし、唄もうまい。すべてが、本格派、、、。金ぴかの王はなぜか、広島弁なのに、その息子役のハーフ君は、なぜか、途中からフランス語、、、。フランス人がフランス語ってそのまんまじゃん!かっこよすぎて、つっこめず、冷めてしまった。でも、彼以外はよかったんじゃないかなあ。『ス』の音楽も、舞台とはまったく関係なく、舞台上で行われていて、しかも、すべて、その場の即興で、声とマイクだけで、音をつくって演奏していた。なかなか、不思議な雰囲気だった。ただ、残念なことに、誰にもそんな凝ったことをしているとは気付かれていない様子だったこと、、、。どうも、奴の声は、もともと声っぽくなく、なんだか有りもの合わせてサンプリングしているだけって感じに見えてしまったから可哀想でした。帰りは、法政の橋を渡った目の前に明るく光っていた定食屋「おひつや」に入ってみた。ごはんはおひつに入った麦ごはん。青物、味噌汁、おしんこ、フルーツ(きょうは生ライチ)がついて、料金は、600円台からとお手ごろでおいしかった!これは、大戸屋よりいいかも。ドリンクバーも150円で、店員もすごく感じよかったよ。桜木町にもこんな安くておいしい定食屋ができるといいなあ。高すぎるよ、みなとみらい、、、。■ユビュ王劇団:ジンジャントロプスボイセイ会場:法政大学学生会館大ホール (中央線飯田橋より徒歩10分)料金:2,500円(カンパ制)8/27(水)~29(金)19:30~開演 8/30(土)15:00~開演 全席自由/ 開演30分前より受付開始 カンパニープロフィール…94年設立。いわゆる「演劇」のフレームを越境する方法を常に模索。よりよい越境のために、時に「演劇」の中に深く分け入ってみたり、時に他ジャンルと深く交わってみたり。今回はうろうろと「演劇」の中に踏み込みます。演出家から…残酷でやることがわかりやすいパパユビュは、とんでもないテレビ芸人だ。マイクによって自我を限りなく拡張させる。そしてこいつはとにかく反省しない。中途半端な反省よりもぶち壊すことの方が肝心ってことか?
2003年08月28日
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きょうのアトリエは大盛況。朝は、中学生の女の子と横浜市が出版している広報誌『横濱』の取材。(12月下旬発行号にオーバの活動掲載されます)午後は、幼稚園の男の子と小学生の男の子、中学生の男の子、近隣の施設を利用している男性と女性、そしてこどもの頃トラックに体当たりをしていたという「きれいな働くお姉さん」の6人参加。水を入れた洗面器に絵の具を入れて、紙粘土を3個も入れて、ぐるぐるかき回している奴、木の端材をボンドでとめて小屋みたいなものを作っている奴、水着のコラージュ、ぬいぐるみを抱きながら描いてる人、淡々と花火の絵を描いてる人、しゃべりまくりながら果物の絵や献血について書いてる人。みんなてんでバラバラに、好き放題やっていたけど、それはそれで、なんとなく空気はまとまってたからおかしなものだ。5時にアトリエが終わり、約束とおり、「きれいなお姉さん」と共に、京橋の藍画廊で、毎年この時期開催している某県立養護学校の先生、草加さんの個展をみにいった。このきれいなお姉さんがどうしても草加さんに会いたいのには、理由がある。お姉さんが10年前に卒業した養護学校時代、大好きだった先生が、今、この草加さんと同じ学校にいるから、どうしても気にかかってしまっているのである。だって、この姉さん、先日、ガイヘルさんといっしょに新宿までいってきたというのだが、「新宿でどこにいったの?」と聞くと「養護学校」とこたえたからびっくり、、、。その大好きな先生は、神奈川県の先生になる前、東京の養護学校の先生だったので、その先生の昔の職場を見に行ったのだという、、、。すごい執念、、、。でも、いっつも、おしゃれに敏感で、そごうや高島屋でお買い物してるから、伊勢丹でもお買い物したんだよね、、、?とにかく、そんな「きれいなお姉さん」とわたしは京浜東北線にのり、新橋で下りて歩いて京橋をめざした。京橋に行くのにわざわざ新橋で下りたのは、少しでもギャラリーに立ち寄ってみようと思ったからなのだが、やっぱり、ギャラリーが少なくなったような、、、、。以前、わたしが個展を開催したギャラリーも、今年度で閉廊するというし、不況のせいか、若いアーティストたちが自分たちで発表の場を作りはじめたせいか、銀座の画廊も大変なようだ。画廊でたちどまるわたし。そして、食べ物屋や、街路樹の根元に落ちているスロットのコインをみつけて立ち止まる『お姉さん』。なんだかんだいって、7時ぎりぎりに、藍画廊に到着し、お姉さんは、草加氏と大好きな先生のお話しをして大満足。本当は、「銀座で寿司食べたい」というお姉さんのリクエストだったが、貧乏なわたしに気を使ってくれたのか、お姉さんのお母さんが、きょうのお昼に彼女に寿司を食べさせてくれたらしく、彼女の希望は急きょ「洋食屋か、韓国料理」に。うーん、銀座で安い洋食屋か、、、!!!!!「1丁目の有名店、ニューキャッスル!」カレーライスも洋食のうちだし、何しろ安くてボリュームがある。トイレに行く道がごみだらけで、そこに隠し絵のようにネコが点在していて臭くて汚いが、それがまたファンタジックでおもしろいし。名案!と思ったのもつかの間。待てよ、、、。この姉ちゃん、もしかしたら、動物嫌いだったかも。「あのさあ、猫がいるんだけ、、」「アタシ猫嫌い!」やっぱそうかあ。と、振り出しにもどってしまって途方にくれて有楽町方面に歩いているとお姉さんの足がとまった。「ここにする」彼女が目に止めたのは、「ビビンバ」の文字。いつもわたしの貧乏ぶりを心配してくれている彼女は、小声でわたしに、「いくら持ってきてるの?」と聞いた。でも、ビビンバ600円なら、手ごろじゃない?ってことで、ここでふたりでおいしくいただいた。帰りの電車は、東海道線の人身事故もあって、かなり混んでいた。桜木町が近くなって気がゆるんだのか、ずっと大人しく外を見たりウオークマンを聞いたりしていた彼女が、突然大声でわたしに質問した。『パン屋さんって検便するの!?』彼女は食品関係の工場で働いているので、毎月検便しているらしい。だから、彼女にとって、どうしても検便は気掛かりなことなのだ。「ごめん、電車の中なんだけど、、、」というと、TPOをわきまえている彼女は、今度は小声で何度も同じ質問をくり返した。「…パン屋さんって検便するの?…」「……………。」「知らないよお………。」いつだったか、「お嬢さん、すごくおもしろくて楽しいですよねえ」といったわたしたちに、お母さんが元気にいってったっけ。「時々だと寅さんみたいでおもしろいけど、毎日だと疲れちゃって!」うーん、さすがのわたしも、混んだ電車の中での検便話は、少し恥ずかしかったです、、、。
2003年08月27日
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毎年夏のお楽しみ、ハンズメッセに行ってきた。メッセのときは、一日目の朝イチで車庫に入れて、1階の無料コインロッカーを借りて、そして気になるフロアーからお買い物というのが、いつものパターン。しかし、今年は、朝イチに全然客がいない。少し遅れて入ったけど、コインロッカーも空いている。それもそのはず、、、チラシ見てもあんまりそそられる商品ない。なんだか、高い機械とか、安そうに売っていても、結局、ハンズじゃ大して安くないんだよなあ。去年、ついつい買ってしまった電動歯ブラシ。後で、ヨドバシで見たら、同じ値段じゃん。ヨドバシだったら、ポイントついたじゃん。電ノコとかだって、ディスカウントショップのほうが安いじゃん。以前は、画材なんかも豊富で、定価は1本200円から300円もする色鉛筆とかペンとかが、1本50円から10円で出ていたときもあって「やっぱり、ハンズメッセだよ!」っていう快感あったけど、今はだめ。全然だめ。せいぜい、スケッチブックくらいかな。買いだめしたのは。ここ数年同じスケッチブックが出ているので、小さめの画用紙は、1年分ここで一気に購入。画用紙がなくなるころにまた、メッセがやってくる。そして今年、もっとだめになったのは、お楽しみの抽選。昨年までは、3000円ごとに1回くじがひけて、残念賞でも、毎年ハンズオリジナルタオルなど、けっこううれしいものが当たってたし、A賞B賞C賞などの少しリッチ?なハンズオリジナルグッズも、けっこう当たる確立高くって、昨年も、手折る8枚+毛布とかバッグとか何個か当てた記憶がある。だけど、今年はなんと5000円で1回抽選で、500円券があたるというもの。残念賞はボールペン。今年は、買いたいものもなくって、2万円しか買わなかったから、4回しか引けないし、全部ボールペンだった、、、。はあ、哀しすぎる。抽選のために、また7階にまで戻ったのに、、、。今年の夏も終わってしまった、、、。この流れでいくと、来年のメッセは、もっとつまらなくなること必至である、、、。お昼は、ハンズの近くのマクドナルドのとなりにある、鉄板焼屋のランチを食べた。これがなぜか、あのラーメンで有名な吉村屋の系列店。ランチだとドリンク付きで600円台で食べられる。辛味の豚肉と野菜のセットにごはんと煮込みゆで卵、スープがついてこの値段は安い。だけど、ここのバイトのねえちゃんがすごーく感じ悪かった。注文取りに来ないんで、呼びにいくと、メールしながら、「え?なんですか?」ずっとこんな調子で、消化に悪かった。ごはんは、わりとおいしくって、食べごたえもあったのになあ。
2003年08月26日
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うちの妹の所属する劇団が優勝したそうです。賞金はなんと300万円。だけど、演劇ってたくさん金かかるから、あっという間になくなることでしょう。水曜日から土曜日まで、法政大学のホールで開催される「ユビュ王」演劇祭に出演し、すぐに飛行機で富山に飛んで、日曜日の朝10時くらいから優勝記念?の公演をするそうです。たいへんだあ。この劇団、ジンジャントロプスボイセイの前身は、もともとは80年代初期の演劇ブームのころから、駒場の東大を本拠地にしていた劇団のひとつで、その後、いろいろな変遷があって、90年代半ばからジンジャントロプスボイセイという名称になって、中堅劇団として、青山スパイラルなどで、コンスタントに年に2から3回の公演をしてきてました。でも、劇団ってやっぱり、体力いるし、人もいるし、お金もかかるし、これだけ継続してこれたのは、奇跡に近いかもね。これでやっと、冠もついて、いろんな演劇祭によばれるようになるかもしれないけど、一方で、うちの妹のように唯一大手企業のOLをしながら女優としての活動もしてきたような人にしてみると、逆にこの忙しさが、辛いみたいね。だって、たぶん、演劇祭に招待されたところで、金が入ってくるわけでもないだろうし、だけど、プレッシャーやノルマは今まで以上にのしかかってくるわけだから。今回のユビュ王だって、利賀村受賞したために、ほとんど練習できてないみたいだし、、、。だけど、このユビュ王は、ちょっと見てみたい感じなんです。なぜって、この劇団にむかし、日仏ハーフのかわいい女の子が所属していたことがあったんだけど、彼女の弟ちゃんが、この舞台に参加しているのです。現在フランスの有名な演劇学校(コメディーフランセーズかな?)の学生さんで、パリコレで活躍するイケメンモデルで、もちろん日仏ハーフだけど濃すぎないという彼を、やっぱり、どこかでブレイクしてしまう前に、一度は見ておきたいでしょう。うっしっし。-----きょうのアトリエ高校生の男の子と中学生の男の子、東村山の施設の職員の女性とそのお友だちの横浜市の福祉課の職員の人。この中2の男の子は、かなりユニークなハチャメチャくん。いつも、わたしのメガネをはずし、なぜか、アトリエにおいてある白いキャップを必ずわたしにかぶせる。だけど、きょう、わたしがサングラスをしていたら、メガネをはずすことはしなかった。じっとみつめて、手で、オッケーマークを出してくれた。そしていつもわたしがかけているメガネを、なぜか、スタッフ「ス」にかけさせた。メガネの反射が嫌いなのかなとか、目が見えるのが恐いのかな、とか思っていたけど、もしかしたら、彼なりに、オーバスタッフをコーディネートしてくれているのかもしれないって思った。ダサくてごめんね、、、。
2003年08月24日
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きょう教育テレビで詩のボクシングの再放送をしていた。勝ち抜き戦でポエトリーリーディングをして、優勝者をきめるってやつなんだけど、このチャンピオンが、昔高円寺に暮らしていた時代の知人だった。当時は音楽を中心にパフォーマンスや漫画なんかを書いて、マルチにアングラな活動をしていた。わたしとわたしの友人たちが、現在ニパフという国際的なパフォーマンスフェスティバルを開催している中堅の舞踏家、霜田誠二氏の周辺にいた当時の知り合いだ。霜田氏の周辺を離れた後も、京浜兄弟社かムーンライダース関連かなんかのCDに参加しているようなうわさを聞いたような気がする。わたしとしてはどうしても、後輩的なイメージが消えず、当時は確かに、「物静かな男の子」という印象だったのだが、映像に映る彼は、間違いなく少しいい感じでハゲあがりはじめた、地方の業界人風の「おっさん」だった。いい年の取り方をしているし、故郷に帰ってからも地道に活動を続けている様子には好感をもったが、どうしても、あの「男の子」が「おっさん」に突然変わってしまっていることがショックで、まるで、自分自身が、浦島太郎の箱を開けたような気分。自分が老いているのは見なれているが、知り合いの老いを見ると自分のこと以上にショックを受けるきょうこのごろです。------■きょうのアトリエきょうのアトリエは、20代の男の子ひとり。川崎のしかも遠いところからけっこうな時間をかけて毎月2回も通ってきてくれている。しかも、ひとりでも来れる人なのに、必ず、彼のお母さんもアトリエに来て、いっしょに帰っていく。お母さんも、かなりタフだし、おでかけ好きな人(というか、おしゃべりが好きなのかな?)である。最近は、息子だけ先に来て、母は、お買い物とか楽しんで、後からアトリエで合流して、いっしょに帰るパターンが多い。とにかく、ふたりは、着かず離れず、トークの内容も、それぞれに自分勝手で、わたしたちは、いっつも二人のことをつっこんでいる。しかし、きょうは、たったひとりのアトリエ利用者である彼が、なかなか来ない。3時になったころ、窓の下の交差点をすごい勢いで走ってくる彼が見えた。はあ、はあ、と息がはずむままに、何もなかったかのように、いつもどおりに、窓側を向いたアトリエの机に向い、行き交う電車をながめながら、電車の本を見て、電車の絵を描き始めた。「きょうは遅かったね」「お母さんは?」などと聞いても、なんだか端切れ悪く、聞いていないふりをしている。すると、すぐに、彼の母が入ってきた。「あらー、ヨリくん、まだなんにも書いていないの?ずいぶんゆっくりねえ」彼の母の口ぶりからすると、彼は、だいぶ前に家を出ているらしい。寄り道してきているのを母は知らないようだ。このとき、はじめて、彼と秘密を共有したことに気がついた。彼がどんな冒険をしてきたのかと考えるとわくわくして、息子大好き母さんには悪いけど、息子との秘密を大事にすることにした。彼は、今年も「福祉のアート展」に出品してくれる。母は、なかなか色をつけない彼の作品に今年こそ、色をつけてもらおうと必死に工作をしている。息子も、できそうなところは従い、やりたくないところは、手をつけず、結局母のいいなりにはならない。わたしたちもなんとか、息子の応援にまわって、「この白いところがいいんですよー」とフォローするが、こんなやりとりをもう、5年も前から変わらず続けているんだから、それ自体がおかしくって仕方がない。この母と息子とわたしたちの関係は、まるでトムとジェリーの漫画のようだ。毎回同じことを、今後も果てしなく続けていくのだろう。そんなアホなやりとり、アホな時間が、このアトリエのだいご味のひとつでもあります。--■なぞの手紙先日、ポストになにやら固形物の入った封筒が投函されていた。見ると、たんばりんからだった。たんばりんからの郵便物は、いつも、明日やるライブのお知らせ(彼は相手にプレッシャーを与えないように、ライブ前日に到着するようにお知らせを出すみたい)しか来たことがないので、当然きょうもそうだと思ったら、中身は、なんとキオスクとかで売っているガムと同じ包装の「のど飴」だった。そして、先日のオバルナイトのお礼が書いてある。しかも、最後のほうは、守りに入ってしまったので、今後は気をつけたいとダメダシまでしてある。打ち合わせなしのぶっつけ本番、その場限りの即興的演奏だっていうのに、、、。なんて真面目なやつなんだ。それにしても、飴については、ほとんど触れていなくって、たぶん、「お礼の気持ちなのかもね」と勝手に解釈するしかなかった。---■きょうのお客さんアトリエ母子が騒々しく帰った後、スが劇団の練習に行くので、ふたりで早めの夕食「ラ王」を食べていた。すると突然ドアがあいて、あの「たんばりん」がやってきた!「きょうは、ずっと憧れていた野毛山公園で演奏をしてきたんです。」といって、手には人数分のみぞれアイスをもっている。「でも、すごく熱くて、あの山のぼっているときに、すでにしまったなあって思ったんですけど、公園もすごく熱くて、死にそうでした、、、」だって、野毛山公園って、なんだか、だだぴろくて、全然日よけがないし、人がいたとしても集合するような雰囲気の場所じゃないのにい、、、。しかも、だれも、きょう、あそこで演奏してくれなんて頼んでないのに、、、。可哀想に、本当につらそうだ。ひさしぶりの夏らしい夏の日に、うってつけの「みぞれアイス」を3人でおいしくいただいた。そして、「たんばりん」は「ス」といっしょに帰っていった。後で、「ス」に聞いたところによると、20年音楽をやり続けている「たんばりん」に、「ブルースってどういう音楽ですか?」と質問され、言葉につまったといっていた、、、。すごすぎる、たんばりん、、、、。次回のオバルナイトもぜひ、来てほしい。でも、そんな期待をむやみに見せると、プレッシャーになってしまうようなので、やめておいている。
2003年08月23日
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今朝、ネスケをたちあげたら、Re: Approvedというタイトルのメールがいっぱい来ていた。差し出し人のうちのひとりは、10年くらい前、少しおつき合いがあった現在ニューヨーク在住のアーティスト中ザワヒデキ氏だ。中身をあけると、英文で「詳細は、添付をみて」と書いてある。「うーーーん、いかにも怪しい」でも、中ザワ氏とは、今はメールのやりとりもなく、あるとしたら、美術雑誌ドームの編集長ヤマイクさんのメーリングリストで、お互いの情報をのぞき見する程度。中ザワ氏のコンピューターがやられていたとしても、なぜ、うちにメールが送られてくるのか?どこかで、この答えをみつけたいと思って、返信ボタンで中ザワ氏に久々のメールを送ってみた。するとすぐに、以下のような返信が。ご無沙汰しております…お元気ですか?当方からはそちらにはメールは差し上げておりません。どこかの誰かのパソコンからのウィルスメールではないでしょうか?ご存じかもしれませんが最近のウィルスは、送信者名も、パソコンの中のメールアドレスから引用したりするので、私から差し上げていなくても、私のアドレスから送信したように見えているのだと思われます。ちなみにここ数日間は僕は一日に五十通以上のウィルスメールを受け取っています。Re: Approvedというタイトルのメールも数多いですね。MSブラスト恐るべし! もちろん添付は開けずに捨ててください。ではでは。中ザワヒデキえーー、50通も?そんなのいやだー。なんて思いながら、では、いったい誰のコンピューター?という疑問をかかえたまま、アートセンターへ。きょうは、以前うちとトラブルのあった施設の関係者が、またその施設でいろいろとトラブルがあったので、ぜひ、話を聞いてほしい、という深刻なご相談。わたしたちが、その施設とトラブったのは、もう何年も前の話で、その後もどんどん施設を大きくしていたので、その後は、問題なく動いているのかと思っていた。が、状況は更にひどくなっていたようだ。これは、もうすでに、犯罪の域かも。どこかで、きちんとメスを入れてくれないとだめだ。この施設関係者も、家に火をつけられたら恐いから、内部告発はできないといっていた。はーーー、ひどい話だ。と、落ち込み、その後、明け方まで、事務処理をして、今、朝の5時すぎに、やっとコンピューターを開いたら、、、、なんと、100通ものウイルスメールが届いていた!!!!!がーーーーーーん。捨てるの面倒くさいんだよーーーー。はあ、本当に、せちがらい世の中です。なんで、わざわざ、コンピューターにウイルスなんて作る人がいるのか、、、、人ってなんつう動物なんだろう、、、。
2003年08月22日
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最近、スタッフ「ス」は、もうじき法政で開催されるジャリの「ユビュ王」演劇祭の音楽で出演するために、スタッフ「ケ」は、家族の問題などで、あまりオーバの活動に関わってもらえず、事実上ひとりで動かしていることが多く、ミスが目立ってきているかも、、、?問い合わせ対応、ボラさんへの連絡、取材の原稿、アポ、アトリエの予約、すべてがこんがらがって、かた結び状態になりつつある。こんなことで、おでかけアート展に協力してくれるお店100店舗も廻れるんだろうか、、、。夏休みで、毎日のようにアトリエの予約も入っているし、、、。いまだ、MRIの結果も聞きにいけてもないし、、、。そんな中、とうとうやっちまったぜ。昨日の朝、中学生の女の子、予約はいっていたのに、すっぽかしちゃった。10時半から1時くらいまで待ってたんだって。本当に可哀想なことをした。だから、今朝、改めてきてもらって、おわびの印に、大好きなグミとチョコレートをあげた。おかげで、ご機嫌でたべはじめた彼女は、「牛乳ください」と、新たに追加注文までした。牛乳はなかったので、オレンジジュースをあげた。彼女は、本当にルンルンだった。でも、ご家族は、やっぱり、年頃の娘がひとりで、何時間も雑居ビルの周辺をうろうろしていたことが心配で仕方がないみたい。実際、彼女もその時間、いったい何をして過ごしていたか、話してくれないし、、、。本当にごめんよお。日曜日には、ぼんやりとして、5分アトリエ遅刻してしまったら、運悪く、いつもは、定刻にこない高校生の男の子に、「遅いよー」とつっこまれてしまったし、、、。彼にもおわびに、コーヒーを入れてあげた、、、。(でも、5年付き合っていてもめったに、言葉では話してくれない子だから、つっこまれたのはうれしかった)本当に、最近、少し限界を感じています。無償で常勤のこの仕事に、、、。わたしは、1ヵ月1万5000円のおこずかいを団体からもらって、事務所に寝泊まりしています。ほかのスタッフは、まったく無償で、他にバイトしたり、音楽の仕事したりで、ぎりぎり食っています。でも、金を求めると、やりたいことと離れてしまうし、多少の金のために、やりたくないことをするのは、この活動をしている意味がないので、必然のあることを中心に、利用する人が、ひとりでも、10人でも、もうかっても、もうからなくても、同じようにこの場、この時を大切にしたいと思っている。だから、オーバは、職業ではなく「生きざま」だとよぶ人もいる。学校の美術の先生している人や芸術療法やってる人、施設の職員たちには、「よくそんなに真直ぐな生き方ができるね。大変でしょう?」といわれるが、実際には、システムの中で生きるほうがよっぽど大変なわたしたち。だから、必要なシステムを自分たちの手でつくるような生き方しかできない。でも、それも、健康があってこそだしね、、、。いったい、どうやってこんな生活にけじめをつけたらいいのか、いつ路上での生活がはじまってしまうかもしれず、不安な毎日、、、。だけど、一方で、会社員といえども、いつ肩を叩かれるかしれず、家業をついでも、いつ、倒産するかもしれず、みんな不安は同じこと。そんなご時世だからこそ、こんな綱渡りの生活を続けていけてるのかもね。実際、零細企業の多い地区では、どこかの家で自害する人が続出しているらしい。今こそ、今一度、足元を見据えて、やりたいこととやれることを整理して生活していかなくちゃ、、、ね。あんがい、人生は短いかもしれないし、、、。------今日の午後は、ハチャメチャアートワークショップだった。夏休みなんで、固定メンバーの参加者は4人。だけど、今年は、プールもほとんどいけないような日が続いて、どの子もたまっていたようで、なんだか、やけにエネルギッシュだった。蚊もいっぱいいたけど、ひさしぶりに夕焼けも見れて、なんか、夏休みって感じがして、よかったなあ。いろいろあるけど、やっぱり、みんなと過ごす時間はいやされます。(癒しって好きな言葉じゃないけどね、、、。)
2003年08月21日
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地球と人を長もちさせるエコマガジン「ソトコト」9月5日発売号に掲載されそうよ。一番最後のページで、現在「アーバンツアー」なる都市で密かに同時期に開催されている様々なイベントに読者が集って参加しようという試みがされているらしく、今の時期に電話があったってことは、すっかり、アイデアつきていたのかしら?とりあえず、次回のオバルナイトは、ソトコト編集者変な?ハーフのナオちゃんと共に、まったく知らない人たちが、ぞろぞろ、何人か参加してくれるらしく楽しみです。
2003年08月20日
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7時に、イセザキモール1、2丁目のオフィスにて、おでかけアート展のプチ会議。予算を細かく見直し、9月に飛び込み自由なアートワークショップを開催するかどうか、検討した。これだけでっかい事業で、大変な仕事だけど、オーバに入るであろう謝礼は、昨年のコーディネーター謝礼の半分、、、。それでも、やっぱり、ワークショップは開催しようと決めた。場所は、イセザキモール1丁目、松坂屋となりにある場外馬券場エクセル伊勢佐木。このへんで、イベント開催すると、路上生活者とか、寿町生活者っぽい人たちも参加してくれることもあって、おもしろい。1回目のときとか、すごくはりきって「若い女の子たちに喜んでもらいたい」とかいってキティーちゃんを描いたおじさんとかいたり、何もいわずになぜか、万札をくれたぼろぼろの身なりのおじさんがいたり、、、、なんだか、本当にいろんな刹那な出会いがあるんです。昨年のコーディネーターの話によるとこどもが制作するワークショップ会場に乱入してきた酔っ払いのおじさんがいて、くだをまいて、みんなに嫌がられていたんだけど、制作していたこどもが、大人なら誰彼かまわず、「ほら、見て見て!」と無邪気に、作品を見せて、声をかけていて、もちろん、その酔っぱらいにも、まったく躊躇なく話し掛けていたら、なんとそのおじさん、感動してぼろぼろと泣き出したんだとか、、、。さすが、黒澤映画の舞台になった当時の面影を残すだけあって、伊勢佐木町はおもしろいところです。「よし、ワークショップ開催するぞ。」「あとは、80カ所以上にのぼるお店まわりだね。」ということで、会議をしめて、事務所を後にして、コンサルのえっちゃん(20代のお子さんのいるかわいいおばさま)を『ケ』の車で送っていった。えっちゃんがSOHOから独立して、最近かまえた小さなお城は、県民センターのすぐ裏手。マリンタワーがよく見えるところ。近くのリサイクルショップにはよく行っていいたが、そのビルがそんなに古い建物とは思っていなかった。戦前に外国人向けのアパートメントとして作られたというだけあって、良く見るとおしゃれなビル。中に入るともっと雰囲気がある。山下公園やマリンタワー、中華街のすぐ近くというと聞こえはいいが、駅からは20分くらい歩く場所なのに、とっても人気があって、空いてもすぐに埋まってしまうというのだからラッキーだったらしい。へーーこんなところがあるんだねえー。なんて、いいながら、事務所を後にして、どんなところがこういうところに借りるんだろうってポストを見ると、なんとあの空耳アワーで有名な安斎さんの事務所が入っていた。ちょうど、先日よんだフリペに、「横浜の安斎さんのスタジオで、、」という一文を発見したところで、「ハマはハマでも、田園都市線のほうじゃないかなあ」なんて考えていたばかりだったので、タイムリー。そういえば、10年近く前にパルコギャラリーの伊藤桂司さんの個展のオープニングで一度みかけたことがあったっけ。そういえば、きょう、昼間のワイドショーを見てたら、犬の誕生日パーティーを盛大に祝っている様子が映っていて、どうせプロモーションかなにかだろう、なんて思っていたら、アート業界では知る人ぞ知るコレクター、ジョニー・ウォーカーさんとその愛犬だった。パーティー費用はなんと300万。それこそ、10年前、わたしの友人が、当時キャノンが力を入れていた若手写真家の登竜門的コンクール「写真新世紀」で受賞したのをきっかけに、わたしもよく青山のブルーで開催されたジョニさん主催のパーティーに遊びにいったっけ。ジョニさんの自宅のある新宿のマンションの一室がギャラリーになっていてそのパーティーにもいったっけ。言葉で書くときらびやかそうだが、実は、なんてことのない話。アーティストの集まるパーティーなんてなんの中身もありゃしない。いったいあれは、なんだったんだろう。「アーティスト」っていったいなんなんだろう、、、、。あの空しい展覧会やパーティーやその周辺のもろもろを体験したからこそ、今はほとんどそんなことには未練がない。一般的に「アーティスト」とよばれることのない人たちといっしょに活動している今のほうがよっぽど、アーティスティックで、スリリングに感じる。■横浜お役立ち情報市営バスの「中華街入り口」近くに、24時間営業のスーパーマーケットできたの知ってる?きょう、そこに行ってみたけど、わりとおいしそうなパンやコロッケ売っててお手ごろだったよ。これからは、時々利用しようっと。
2003年08月19日
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きょうのオバルナイトには、大学院生で、現在アートプロジェクトを進めている子と東京の入所施設につとめている女性とオーバを利用している小学生のハチャメチャくんの母と、そしてたんばりんが来てくれた。たんばりんが来てくれるようになってから、オバルナイトは、だんぜん楽しくなった。ライブもあるし、ライブへの飛び込みもオッケー。すごく、リラックスしたいい雰囲気の中で、ライブもセッションもおしゃべりも楽しめる。そして、たんばりんは、おしゃべりをしても、演奏をしても、エンターティナーだとつくづく思う。すごく場をなごませる人だ。なごませるといえば、きょうのスタッフ「ケ」もすごかった。オバルナイトは、ワンドリンク付きで、たいていの人は、カクテルなんかを頼むけど、たんばりんはいつもお茶なので、「ケ」は、あらかじめ、たんばりん用にほうじお茶をいれて用意してくれていたらしい。ケ:(メニューボードを手にして) たんばりんさん、お飲物は何にしますか?た:烏龍茶でお願いします。ケ:生暖かいお茶ですね。はい、わかりました。ヅ:おーーい。メニューに「生暖かいお茶」なんてあるわけないだろう! たんばりんは、「烏龍茶」っていったんだよ!ケ:す、、すみません!あのほうじ茶なら入っているんですけど、ほうじ茶でいいですか?た:それでいいです。 ケ: あの冷たいのと温かいのとどちらがいいですか?た:あ、どちらでもいいです。。。ケ:あの、生暖かいのしかないので、生暖かいのでいいですか?一同:………………。。。。はじめから、生暖かいお茶しか、選択肢がなかったのかあ?ヅ:氷り入れてあげれば?、、、、。ってことで、無事解決したが、寒い夏のせいか、お天気のせいだろうか、どうも、最近、みんなぼけてる、、、?----そういえば、今朝のメールで知った、ショックなこと、、、。今年に入ったころからだろうか、アート関係のお友だちの知り合いということで、女2人、男1人の3人組が、ときどき、オーバに遊びにきてくれていた。どうやら、みんな引きこもり、病気持ちなど、訳ありの人たちらしく、かなり濃厚。みんな、20代後半から30代かなあって感じだけど、女2人は、しゃべり場の子みたいに大きな声でいろいろと話し、男の子はほとんどしゃべらない。最近は、8月3日の東北カフェにも来てくれた。もちろん、みんないつもどおり、元気そうにやっていた。ところが、なんとそのうちのひとりの男の子が、1週間前に脳内出血で亡くなったそうだ。なんの痛みもなく、苦もなく、突然いってしまったらしい。なんと享年42才。ほぼ同年代。20代後半かと思っていた。わたしたちは、喫煙しないので、帰り際に余ってたライターあげたら喜んでいたのに、、、。わたしたちからしたら、余りにも唐突であっけない別れ。なんともいえない、としかいいようがありませんが、やっぱり、人の死は哀しいです、、、。
2003年08月16日
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昨日の日記に書いた、小学校時代に、軽トラックに飛びついていたというけど、今はすっかりきれいなお姉さん風の20代の女性。しばらく、女性らしく?ハートを描いていたときがあった。「ハートが好きなんだー」と思っていたら、それは、実は、第一勧業銀行のマーク=ハートのマークだった。そういえば、そのころ、宝くじを買う!ってはりきっていたっけ。オーバで、他人の悪口をいうと、「1回罰金1万から10万円をオーバに支払うこと」という彼女とわたしの間のお約束ゲームがある。だけど、彼女は必ず、その約束をやぶって他人の悪口をいって、必ずわたしから、罰金を請求されている。そのうち、あんまり悪口いうんで、「ちょっと、きょうというきょうは、現金払いにしてもらうからね」というと、「いやだー!わたしは、ヴィトンのバッグが買いたいんだもん!そんなこといわないでー」と自分のまいた種にも関わらず、マジで逆切れ。そうこうしているうちに、彼女が考えだしたのは、宝くじを買って大儲けをすること。「わたし、宝くじ買って、1億あたったら、半分オーバにあげる。」「えー、うっそー!なんてやさしい人なのー!」……………????ん?だけど、もしや、あなたの目的は、、、、「まさか、5千万円分、他人の悪口いいたいの、、、、?」「うん、そう」すごい執念。金払ってまで、他人の悪口いいたいなんて。でも、きっと、誰に咎められることもなく、堂々と他人の悪口いうのって、あんがいつまらないかもしれないのよー。でも、オーバとしては、どんな金であっても5千万は、5千万。アートスペース利用料、前代未聞の「悪口いいたい放題利用料」としてもちろんありがたく頂戴いたしますので、がんばって宝くじ買ってみてね。そして、2年前の夏くらいから描き出した桃の絵について、きょう、大きな発見をした。ずっと、なんの変哲もない「桃」を描いているんだとばかり思っていたら、きょう、彼女は、大きな声でわたしを呼んだ。「バーミヤンかくから、ピンクの絵の具ちょうだい!」!?え?あれって、桃は桃でもすかいらーく系の中華ファミレス「バーミヤン」のマークだったの?はー、気付かなかった、、、、。なるほど、それでいつでも、桃とはっぱがセットだったんだー。そのほか、彼女は、みかんやチューリップ、菜の花やラベンダー、桜、ぶどう、カニなんかも描く。いったいそれらの裏には、どんな隠しアイテムがあるのか、探ってみよう。メロンを描くのは、たぶん、メロンパンナちゃんからきてるんだと思うんだけど、ほかにもきっと何かがあるはず。いつも彼女といっしょにいるときは、新しい発見やおもしろいことがあってわくわくとするけど、これからは彼女がいないときでも、彼女のモチーフの謎ときをしてたら、かなり楽しい時間を過ごせそう。うふ。
2003年08月15日
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オーバのニュースペーパーがやっとできあがりました。最近、トラブル続きで遅くなってしまっていたけど、これでほっとしたー。しかも、アトリエ利用してる人の母が2人も、手伝ってくれて、あっという間に、差し込みと封入、切手はりなども終わって、いつもだったら、深夜までだらだらとかかっても、それでも、数日から1週間かけてる作業がほぼ1日で終わったので、本当にうれしい。昨日(つうか今朝)は、朝7時近くまで、校正していて、それで、朝10時から市社協のリソグラフで1000部×B4見開き3枚=3000枚印刷して、午後からはアトリエ、やっとつまんだおにぎり2個。だけど、偶然アトリエ利用してくれた人の母のひとりが、お豆ごはんとか、ひじきとか、漬け物とか、いろいろ差し入れくれて、もうひとりの助っ人母さんとスタッフ3人と5人で、5時くらいにプチ夕食会(っていっても、みんなで分けてたら本当に小さなお皿にのりきるくらいの量だけど)開いて、母の子たちの小さなころの秘話を聞いて、大いにもりあがった。ひとりのハハちゃんのおコちゃんは、30近くなった今でもかなり個性的だけど、小さなときも、かなりのものだったらしい。ある日、学校から帰ってくると、なぜか、片手を骨折していた。何がおこったのかと、同じ学校に通う子の親に聞いてみると、なんと、その子は、以前から学校の側を通る、あるお店の軽トラックをすごく気にしていて、いつも、その走るトラックの荷台に、飛びつこうとしていたらしい。!!!!そして、そのときは、とうとう、運悪く、骨折してしまったというのだ。!!!!!!にゃんまげじゃ、ないんだから、、、、。走るトラックに飛びつくなよ、、、、。その軽トラ運転してる店の人も、驚いただろうなあ、、、。その道通るたびに、小学生の女の子が自分のトラックに飛びつこうとしているなんて、、、。しかし、ほかの車は気にしないのに、なぜ、そのトラックだけ、、、。何が気になったのかが、気になる、、、。でも、さすがに、この子もやばいと思ったらしく、自分からは、なぜ骨折したのか、理由を説明しなかったという。そして、その後は、2度と、トラックにとびつかなかったという、、、。それにしても、きょうの差し入れのひとつに、「マスカットカルピス」なるものがあり、「おー、旨そう!飲もう、飲もう」とすぐにみんなで開けたんだけど、飲んでみたら、すごくまずい。「えー、なんでー?」スタッフ「ケ」がいれてくれたそのカルピス、よくみたら、「うすめずそのまま飲んでください」そんなバナナーーー!ひどすぎる!全部、うすめてしまったなんてー。カルピス=うすめるじゃないのかよー。これはとっても悔しかったです。
2003年08月14日
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毎日のように活動場所も時間もちがうわたしたち。しかも、お金がないんだから、いつも問い合わせは、留守電、FAX、メール、+90円切手同封の封書で済ませてきたが、イベントが続くとそうもいえなくなってくる。5年前にイベント期間中に1ヵ月だけピッチを使ったことがあったけど、今回、再度、しかも、半永久的に、携帯を使ってみようと考えている。でも、やっぱり、ワークショップやアトリエなどの活動中は、電話に出たくないし、携帯の留守電聞いて、かけ直しなんてしてたら、破産してしまうだろうし。(今は、留守電というハードルの高さがあるからそれほどストレス感じていないけど、実際電話もったら、問い合わせも多いと思うんだ、、、しかも、中には、いちゃもんに近い問合せもあると思うから、ちょっとこわいし、、、)いったいどうしたら一番いいんだろう。■ひとつには、留守電は使わず、かけ直してもらうようにする。→たとえば、「今アトリエ中なので、○○時にかけなおしてください」なんて、そんなふうに、フレキシブルにメッセージを入れられるの?留守電サービスのほかに伝言サービスなんてのもあるけど、違いはなに?■ひとつには、なるべくメールを使うようにする。→メールって見るだけでも、必ずお金かかっちゃうの?■ひとつには、よくかけあうであろう相手=スタッフがピッチである。→やっぱ、携帯とピッチの電話代って高いみたいだから、ピッチにしたほうがいいのかなあ。とりあえずは、写メールとかもいらないと思うし(あったらあったで便利なんだろうけどねえ)本当に、シンプルにはなせればいいんだけど、みなさん実際使っていてどんな感じですか?アドバイスもらえるとうれしいです。
2003年08月12日
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突然ネスケの添付ができなくなった。添付した画像のタイトルが文字化けタイトルに変わってしまって、送信できなくなってしまう。サーバの設定を開くとローカルホルダ内の文字も、なんだか、同じような文字化けちゃんだ。あまり考えもせず、てきとうに、文字化け部分を消して、もう一度立ち上げたら、今度は、まったくフォルダ内のメールがすべて消えてしまって、まっさお。sentのフォルダをシャーロックで探して、いくつかあった中から、さっきまで、フォルダに入ってたメールを確認して、念のため、コピーして、それを今立ち上げてるネスケのファイルに移動したら、とりあえず、元にはもどったが、相変わらず、ローカルフォルダは文字化けてるし、たぶん、添付はできなさそう、、、。なんか、ブロードバンドにしてから、システムフォルダがコンフリクトして、タブレットが使えなくなったり、プリンターが使えなくなったりして、復帰させたんだけど、なぜか、その後突然エクスプローラーも使えなくなって、これは、ネスケで代用できちゃってるんで、そのまま放置しているんだけど、とにかく、なんだか、いつ、ぶっこわれてもおかしくないような状態なんで、ヒヤヒヤしている。とりあえず、ネスケをどうにかしたいんだけど、だれか教えてくれませんかー。現在使ってるのは、7.02でも、以前使ってた4.*っていうのも、捨てていいのやら悩んで放置してある。エクスプローラーも、5,1使ってたけど、それ以前の4.*っていうのを放置してたからいけないのかなあ。バージョンアップしたときって、古いほうは、みんなどうしてるの?どうも、新規にしたときに、全部更新されていないこともあるんで、捨てきれないことがあるんだよねえ。ネットで検索してみても、ほとんどウインドウズの話しだし、素人にはわからない説明も多いし。。。便利だけど、困ることも多いのが、コンピューターですね、、、、。
2003年08月11日
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アトリエにふたり予約が入っていたけど、さすがの風雨に、ドタキャンになりました。そのふたりのうちのひとり、30代の女性シイちゃんが制作していたときに、偶然立ち会った「たんばりん」は、そのユニークな動き(カラテカの人に似ているかも)からか、すぐに、シイちゃんの心を射止めて、すぐに絵のモデルに選ばれました。かくゆうシイちゃんもとても力強く描くひとなので、たんばりんも、ハードロックバンド「トランポリン」のその激しい動きに「シーちゃんのエネルギーを活かした」というほど、シイちゃんのその制作と作品にすっかり魅了されていました。「アトリエの予約はなくなったけど、きっとたんばりんは、シーちゃんに会いにやってくる」という確信があったので、わたしたちは、台風装備をして、アートセンターに集まることにした。スタッフ『ス』は少し遅れて2時半ころアトリエに行っていたので、わたしはもっと遅れて3時半ころたどりついた。センターのエレベーターに乗ろうとすると、後ろからギターを抱えたたんばりんが走ってきた。「やっぱり来たんだねー!」よくよく話を聞くと、実はたんばりんは、すでに2時頃来たのだがアトリエが閉まっていたので、「よく考えるときょうは休みに違いない。」なんて思いながらも、センターの目の前のあの狭い東横線のガード下のグラフティーの前で、ひまつぶしにずっと路上演奏をしたいたんだという。すごい人だ。ひまさえあれば、駅前でパチンコならぬ、どんな場所でも路上演奏しているなんて。しかも、風雨が強くて、ほとんど自分の音も聞こえず、中学生だか小学生にひどい罵声を浴びせられ、(しかし、不幸中の幸いとはこのことで、ひどいことをいっているのはわかったが、風が強くて聞こえなかったらしい)ひまつぶしにしては、大変な思いをして、来ないであろうわたしたちのことを待っていてくれていたのだ。しかも、万が一、シイちゃんが来てもいいように、前回描きかけのままの作品と同じ洋服を着て、、、。なんて、良いやつなんだ。きょうは、300ミリのコーラ缶を1本差し入れてくれて、3人で仲良く分けて飲んだ。そして、彼の大学時代や予備校時代、就職していたときに話しをじっくり聞いた。そして、「きっとこんな日ですから、こっちもやってないかもしれないけど、、、」といいながら、大きなギターを抱えて東京方面に出かけていった。少し非日常的な匂いのする台風の日に、なんともいえないいい時間が過ごせた。
2003年08月09日
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展覧会のキャラクターの件で、黒柳徹子さんと連絡をとらなくては、といっていたそばから、ぐうぜん見たニュースステーションに彼女が出てシェラレオネの話をしていた。わたしと文化人類学者であり、わたしの小学校の同級生であった真島くんが、偶然同時期に滞在していたコートディヴォワールのとなりの国がリベリアで、そのとなりがシェラレオネである。シェラレオネの「内戦」の大きな理由は、ダイヤモンドである。最近読んだ本では、リベリアのテーラー大統領がシェラレオネのダイヤをほしいがために、シェラレオネの反政府軍に加担をし、内戦に見せ掛けて戦争をしかけたということらしい。こどもを数千人単位でさらってきて、麻薬づけにして、少年兵にしたてあげ、自分の村を襲わせ身内を殺させてきた。少女たちは、慰安婦として強姦し続けてきた。大人たちは、殺すだけでなく、わざと手や足の先だけ切り落とし、周囲の者が介護をしなければならない状況にして、生産力を低下させてきた。内戦が終わった今も、手足のない人や親兄弟を失い教育もなく薬漬けにされて凶暴に育て上げられた子どもたちが残り、大変な状況だと聞く。でも、そんなことのずっと前から、アフリカは、その良質といわれるダイヤモンドのおかげで、最悪の状況だった。そもそも、ダイヤが最高級の石だなんてだれが決めたのか。実は、生産量からすると、ダイヤはそれほど、高価でもなんでもないらしいのだが、デ・ビアスという会社が、世界のダイヤのほとんどを独占取り引きして、その価値と価格を高価なものとしているのです。ほら、ダイヤモンドは永遠の輝きとか、結婚十年目にダイヤモンドをとか、なんで、ダイヤモンドだけ、そんなに特別扱いなの?っていえば、これが、すべて、デ・ビアス社の利益になるからというだけの話。美しい人の胸元に輝いている美しいダイヤモンドの輝きには、100%、アフリカの人たちの血と涙が混じっているのです。そんなこと、もう植民地時代からさけばれていることで、ある程度の権力や財産をもった人ではないと買えないダイヤの不買運動がおこらないこと自体が不思議。それだけ、デ・ビアス社は、富と権力を持ってしまっているのでしょうねえ。■アラーの神にもいわれはない--ある西アフリカ少年兵の物語アマドゥ クルマ (著), Ahmadou Kourouma (原著), 真島 一郎 (翻訳)現在、コートディヴォワールの内戦により、家族同然の付き合いを続けてきた村に帰ることができなくなっている真島くんが、リベリアにほど近いその村周辺の惨状を聞くなかで、この本に巡り会い、この本を翻訳することでなんとか慰められてきたということです。それにしても、悲惨な内容です、、、。
2003年08月08日
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今世田谷美術館で開催されている6人展にも出品している知る人ぞ知る、けっこう有名な作家です。最近まで、キユーピー3分クッキングの表紙にも、2年近く使われていました。彼女は、7年前から毎月1回出張している施設の音楽ワークショップのメンバーです。銀座でも何度か個展を開催し、それなりに売れていた彼女ですが、ここ2ー3年、めっきり描かなくなっているそうです。彼女は、おでかけが大好きで、「ぴあ」とか「るるぶ」とかの遊園地特集とかを見ては、施設のスタッフに、自分の計画を伝え、カレンダーに書き込み、ひたすらその日をまちわびる日々を送っています。きょうも、スタッフに「12月?日、後楽園遊園地行く。」「ケンタッキー」「ポテト食べる」といって、聞いたこともない後楽園遊園地の唄を何度もうれしそうに唄っていました。明日は、近くのスポーツクラブにいって、マクドナルドに行って、ビックマックとフィレオフィッシュとシェイクとポテトを食べるそうです。大体、1年先の予定まで決まっていて、実際、その日は、いった通りのところにいって、いったとおりのメニューを食べるそうです。ただし、遊園地にいって、乗り物を乗るために、並ぶのだけど、実際にはなぜか乗らないことが多いというのだからこれが不思議。行って、並んで、うきうきして、順番が近くなるとどきどきして、そして乗らない。すごく、ぜいたく、、、、ですよね。彼女は、唄が大好きで、わたしたちがマイクをセッティングすると、周囲の音がどんなであれ、いつも、ずっと童謡やコマーシャルソングのメドレーを唄っています。この唄の歌詞が、また彼女流のアレンジがしてあって、なんだか、耳に残ります。きょうも「ぼくらはみんないきている」をうたってました。マッカニナガレル、ボクノチシモーーー。「ちしも」って、、、、。想像力をくすぐります。彼女はギターも大好きで、以前、オーバで安いエレキギターみつけて、施設のお金で購入したことがあったのですが、それほど使っていないのに、ある日、全然、音が出なくなってしまいました。「なんで、壊れちゃったのかなあ?」と不思議がっていたら、ここの施設長が、「なんか、のりちゃんが、すごく気に入っててさー。毎日、水洗いしていたよー。」「!!!!!」エレキギターを水洗いしている人なんて見たことないし、、、っていうか、施設長も止めろよ、、、。と、突っ込んでみましたが、まあ、うちの物でもなかったので、あり得ない笑い話として大事にしています。今でも、のりちゃんが大事にしてくれたギターは、ギターケースにおさまったまま、施設の食堂の一角においてあります。こんなキュートなのりちゃんの作品を見てみたい人は、世田谷美術館に見に行ってみてください。市民ギャラリーのほうでなく、世田谷美術館の企画の大部屋で開催中です。そのほか、この6人展に出品している中野さんという方もオーバの会員さんの施設の方です。6人の個性と表現展■■6人の作家はそれぞれに障害をもっているものの、その才能豊かな表現力には圧倒されます。ここ数年、障害者芸術に対する社会の関心が高まってきています。しかしながら、まだ“障害”という括りの中で語られることが多く、公平な眼で“一人の表現者”と評価されることが殆どありません。そういった状況の中、本展は障害の有無にかかわらず「才能ある人は正当に評価されるべき」といった、いわばごく当たり前の視点にたって企画されたものです。出品作家は、エイブル・アート・ジャパン(旧・日本障害者芸術文化協会)が1998年より始めたエイブル・アート・アワード<展覧会支援の部>で、全国から応募された作品群より選考され、助成をうけて展覧会を開催した作家を中心に構成しました。主 催 世田谷美術館協 力 エイブル・アート・ジャパン展覧会期 2003年7月26日(土)~9月28日(日)10:00~18:00(入場は17:30まで)休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日の火曜日)展覧会場 世田谷美術館企画展示室 A/B入場料金 一般:600(480)円 大高生:400(320)円中小学生/65歳以上/※障害者:300(240)円()内は20名以上の団体の場合の一人あたりの料金※障害者手帳など確認できるものをご提示ください。 障害者で小・中・高・大学生、および障害者の介護者 (当該障害者一人につき一人に限る) は無料お問合せ先 世田谷美術館 TEL:03-3415-6011(代表)ハローダイヤル TEL:03-5777-8600(展覧会のご案内)
2003年08月07日
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今晩、なぜか、このわたしたちが、外人墓地の目の前の洋館、山手十番館のすてきなお庭で、遠くに光るランドマークタワーなどの絶景を眺めながら、バーベキューを食べていた。例のおでかけアート展にからんで、イセザキモール1、2丁目の青年会のパーティーに、招待してもらったのだ。下戸のわたしたちとしては、「これから、毎日のように町を歩いて、話をしていかなければいけないんだから、顔つなぎだね、、、」てな気持ちだったんだけど、いってみれば、思ったより人も多く、しかも、全然知らない人ばかりで、なんだか、ちんまりと空いた席に座って、鉄板ひとつ自分たちだけで使って、やわらかくて旨い肉をほおばりながら、ジンジャーエールやクリームソーダ、サラダや、烏龍茶を勝手にお代りして、のんだり食べたりしていただけだった。途中で政治家さんや市議会議員さんなどを紹介されて、そして、この日記のページに載せている「徹子ちゃん」を本格的に利用させていただくために、「本物の徹子ちゃん」とコンタクトを取るべく、「スマップ以外ならなんでもチケット取れます」という、横浜最大というプロモーターさんもご紹介いただいた。もうすっかり、食べ物がなくなってきたところへ、アート展でお馴染みのコンサルさんやNPOの代表、区の障がい者団体連合(区障連)の代表などが来て、やっとパーティーらしくなってきたところでお開き。ずっと以前から知り合いではあった、区障連の人とは、少しだけではあるけど、じっくり話ができて、おもしろかった。彼が福祉に入ったきっかけは、学生運動の流れからだったということ。青い芝の会という、障がい当事者(たしか、中心は脳性マヒのひとたち)によるわりと過激な運動に参加していたこと。青い芝の会については、市営バス(たぶん川崎)に乗車拒否された車椅子の人たちが、支援者の手によって、無理矢理バスにのせてもらい、車掌などによってまた車両から下ろされたところを、自分からバスの車輪の下にもぐって、バスを停めたというようなすごい映像を見たことがあったが、まさに、そのとき、支援者のひとりとして、障がいのある人をバスにころんと乗せた一人がこのおじさまらしい。ノンステップバスなどができて久しい今となっては、すごく昔の話しかと思っていたが、これがなんと、1977年のこと=26年ほど前のことだというのだから、驚きだ。つい最近まで、障がい者は、バスにも乗れなかったのだ。そう、だって彼らは、1979年かそれぐらいまで、事実上、国から、義務教育だって放棄するように、しむけられていた。だから、わたしと同年代くらいの障がい者の中は、教育を受けられずに、家から一歩も出ず、座敷き牢のような部屋に閉じ込められていた人も少なくなかったのだ。青い芝の会の発足も、まさにそれに原因があったらしい。そんな家から出たこともなく、母の手ひとつで育て上げられた人たちが、母子共に高齢化して、もう介護ができなくなったときに、多くの母が選んだ道が無理心中だったのだ。今だって、少なくないが、当時はもっと深刻で、子どもを殺して、母が死にきれずに残った例も多く、そんなとき、そんな母親を殺人罪で罰するのはひどすぎると、障害児を持つ親たちが、減刑運動を始めたのに対し、障がい当事者たちが、「殺人をおかしたのに減刑はおかしい。おれたちの命だって軽くはない」と始めた運動が青い芝の会の始まりだったらしい。インターネットもなく、電動車椅子もなく、介助者の制度もなかったその時代に、どうやって、障がい当事者が知り合い、集まることができたのか不思議だが、一応、ゆきゆきて進軍などのドキュメンタリーで有名な原一雄監督のデビュー作品、「さよならCP(CPとは脳性マヒのこと)」などを全国上映するために集まった障がい当事者たちが核になっていたらしい。それにしても、すごいパワーである。そのパワーによって、障がい者とその周囲の生活は、この2、30年でめざましく変化してきたのだ。それにしても、夜の山の手散歩、人はいなくて、眺めはよくて、とってもすてきでした。どうやら、センジョ(数年前になくなった男子校のインターナショナルスクール「セントジョセフ」)の跡地に高層マンションが建つことを横浜市が許可してしまったらしく、あのきれいで上品な家や教会などの町並みのあちこちに、「高層マンション反対」の垂れ幕がかかっていて、その対比もおもしろかった。
2003年08月06日
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この1年の間に、「新宿で束芋展があるから」とかいっては、帰りに立ち寄ってくれる(本当は方向的には遠いんだけど)岩手県人がいて、今回も「エイブルアートの研修会の帰りに世田谷美術館いって、その帰りに寄ります」とメールをくれていたので、こちらで、勝手に、「東北カフェ」などと名前をつけて、参加者を呼び掛けてみた。東北カフェといっても、東北土産があるわけでもなく、ただ、岩手県人がひとり、遊びに来ているだけなんだけど、ほかに6人ほどお客が来てくれた。この20代の岩手の男は、岩手の男らしく、ちょっと変わってるというかマイペース。なぜか、たいてい、アトリエから利用してくれて、高速バスの時間になる夜10時過ぎまで、オーバにいたりする。きょうも、アトリエでしこたま絵を描き、4時になってほかの人が帰っても、ひたすら描き、5時30分くらいになっても描き続けそうな勢いだったので、「早いけど、東北カフェに備えて、飯食わない?」とさそってみた。たまには、いっしょにハマを歩いてみようということで、7分ほど歩いたところにある野毛の有名な洋食屋センターグリルに行ってみた。ここのオムライスは、とってもおいしい。昔懐かしい食堂って感じの店内で、食器も銀色のプレートだ。800円する特製オムライスよりも、むしろ、白いごはんを包んだシンプルなオムライス、たったの600円!のほうが、わたしにはおいしい。となりに座った3才くらいのガキも、大声で、「おいしいねー!おいしいねー!」と連発して、「浜ランチ」を食べていた。(ここのランチは、ランチとついているだけで、夜でも食べられるのだ)肝心のエイブルアートのワークショップは、イマイチだったようだ。コラボレーションというタイトルがつけられていたが、コラボレーションの定義がはっきりしないままだったところに、危険な香りがしたらしい。世田谷美術館でやっている障がいのある人たちの展覧会も、彼の様子から見るとやっぱりイマイチっぽかった。たしかに、チラシ見ても、あんまり行きたい雰囲気でもないしなあ。なんとなく、あの障がいのある人たちの周辺のザワザワ、ゴタゴタした、生活なのか、アートなのか、判別不能のざわつきは、美術館なんかに展示しきれないものがある、、、と思うんだけど。哀しいかな、すでに、美術館やギャラリーで見る、ほとんどの物に、共感できなくなってきているかも、、、。それよりも、目の前で、小学生や中学生に、どさっと投げて渡される、メモ用紙に描かれた、いたずら描き同然の紙の山を前にしたときのほうが、よっぽど興奮するし、鳥肌がたつ。そのボロ紙を一枚一枚、めくりながら、ひも解くように見ていくときのその感覚。そこには、ただ「見る」以上の、五感をすべて使いながら感じるといった快感がある。それにしても、きょうのカフェは、映像もあったせいか、なんとなく、まったりして、でもみんなで話すこともできて、よかったなあ。金曜日も映像祭りに来てくれた例の30代カップルもまた来てくれて、なんと、先日のコントの映像をリクエストしてくれたりして。やっぱり、プロジェクターがほしい、、、。
2003年08月03日
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夏休みに入り、ふだんは土日に集中するアトリエの利用が、平日にもばらけてきるので、最近は1日にひとりだけ、という日も多い。きょうのアトリエも、朝に中学生の女の子ひとりだけ、のはずだった。その女の子のお母さんが、いつもいろいろと考えこんでいたり、悩んだりしていて、娘のアトリエよりも、スタッフと話しているほうがずっと長くなることも多く、結局、きょうも、12時までのはずが1時30分に帰っていった。午後はフリーのつもりだったので、こちらもゆっくりとお母さんとの話を楽しんでいた。母娘が帰って、のんびりとコンビニのサンドイッチをつまみ始めていたら、「こんにちはー」とドアが開き、毎月サウンドスタジオを利用してくれてる20代の男の子が、お母さんといっしょにエレキギターを持って入ってきた。「あれー?」とびっくりしたが、この男の子、先日出張にいった工房絵(こうぼうカイ)という施設の利用者で、そういえば、前回カイで何度も「今度の土曜日はだれが来ますか?」とか、「8月のサウンドスタジオはいつですか?」とか聞いていた。「今度の土曜日」というのは、「今度のサウンドスタジオの土曜日」というつもりで聞いていたが、やっぱり、「今週の土曜日」の意味だったのかあ。でも、前回そのことも、一応確認していて「今週の土曜日は音楽じゃないよ」「8月の音楽の日はいつですかあ?」「第3土曜日か、第4土曜日だけど、どっちがいい?」「どっちも大丈夫ですう」「じゃあ、決まったらまたニュースレターを送るから確認してね」「はい、わかりました。」そんな会話がなされていたので、てっきり、わかってくれてると思っていたんだけど、どうも、家では、「いつもはひとりでオーバにいっているけど、次回はお母さんもいっしょに行くからいつなのか教えてほしい」とお母さんに聞かれていて、しかも、どうやら「8月は、行くところがあるから、第3も第4もオーバには行けないよ」といわれたらしく、「第3も第4もオーバに行けない、、、でも、今月はお母さんといっしょに音楽に行かなければいけない」ということで、きゅうきょ、勝手に、自分にとって都合のよい、「今週の土曜日が音楽の日」というふうに変化させてしまったのではないか、とこっちも勝手に推測をしてみている。どちらにせよ、外に遊びにいかずにアトリエでちんまりしていて良かったよ。さっそく、彼の弟くんが高校生のときにねだられて親が買ってあげたというエレキギター(ほとんど新品同様)を開けて、オーバの音楽スタッフ『ス』が、チューニングをして、今まではずっとドラマ仕立ての話を録音してきていた彼と、はじめてギターを持って向き合った。「で、ギターで何をしたい?」「サザンみたいのやりたいですう」「サザンの何が弾きたいの?」「つなみ」「つなみ、、、あんまり知らないや、、、」「じゃあ勝手にシンドバットでいいですう」「どんな風に弾いてみたいのか、わからないけど、、、とりあえず、ドレミやってみる?」「ドレミ知りたいですう」ってことで、ドレミを教えてみました。ピックがほしいといわれたけど、スズキは爪を伸ばして弾いてるのでピックがない。ペットボトルを切りとって代用した。なんとか、「大きいドはどれですかあ?」とかいろいろ聞かれたことをやってるうちに、今流行りの「はなわでもいい」とか言い出して、結局「なんでだろう」をやることになった。「なんでだろう…ちびまるこバージョン!」とか「サザエさんバージョン!」とか実際あるのかないのか、即興なのか、わからないような内容、、、だけど、確かに「なんでだろう」というネタをさんざん披露してくれて、ギターは開放弦のまま弾きまくり、となりで『ス』がギタレレでてきとうに調子を合わせて、歌詞もわからず楽器も弾けないわたしはなんでだろうを踊りまくり、わけのわからぬうちに、4時になり彼も満足して帰っていった。(たぶん、、、)8月下旬に法政大で開催されるユビュ王の演劇フェスに、音楽で関わる『ス』は、その打ち合わせに成城まで行かなければならないので、急いでカップヌードルをすすっていると、また「こんにちはー」といって、扉が開いた。今度は、あの「たんばりん」が入って来た。「『ス』さんにコーヒーをおごる夢を見たので、買って来ました!」といって、リュックから、ぼろぼろと近くの自販機で買ったばかりの冷えた缶コーヒーやジュースを出してテーブルにおいてくれた。「!!!!」しかも、汗だく。しかも、ぼろぼろの着古した長そでのジャンパー。ほとんど、夜にしか会ってなかったから気付かなかったけど、昼間見ると、かなりやばい雰囲気だ。いつもどおり、ギターを持ているので、「この辺で、弾いてたの?それとも練習?」って聞いたら、これから高円寺のライブハウスにライブを聞きに行くところだという、、、。そいえば、この人、ギターを持っていないのを見たことがない。練習とか路上とかやってるからなのかも、と思ったが、ギターがないと落着かないのかも、、、、。「最近、ライブのときに客がいないとライブハウスの店長に密教の教えを教えられてんです」なんて、またまた濃い話を聞きながら、その横顔を見て、まじまじと「やっぱり、この人ってすごい人だなあ」なんて改めて感心してしまった。5時くらいに、『ス』が、「打ち合わせがあるんで、ごめんね」と席を立つと、たんばりんもあわててジュースを飲み干し、『ス』いっしょに駅に向っていった。結局、自由が丘までいっしょに話をしていたらしく、最後に「『ス』さんは、グルのよう(カルロス・カスタネダのドンファンのような)ですね。また教えてください」なんていわれてしまったらしい。そんな風にいってるから、いろんな人に、いろんなこと、「教えられて」しまうのに。自分からは決して人を拒まない。本当に、間口の広いんだよなあ。きょうも、7日のライブのチラシくれながら「チラシ作ってしまったので一応渡しておきますが、今度のライブは来ないでくださいね」なんていっていた。尊敬すべき、奇特な人である
2003年08月02日
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待ちに待ったみなとみらいの花火大会。心配した天候も昼間には晴れて大丈夫そう。きょうは朝が早いので毎回つらい思いをしている出張先にも行って来た。(でも、その作業所の雰囲気はとってもいいし、アトリエはとっても楽しい)夜は花火の後の映像まつりなので、出張先から帰ったらすぐに、関内にいってビデオやプロジェクターも借りてこなければいけない。そして、わたしも最近体調がすぐれないので、はじめて婦人科でがん検診などをしてみた。とにかくいろんなことがあって、つかれたじょー。イベントの準備は大変だし、案の定大家さんがとつぜん「防犯のため早く戸締まりする」っていうんで、飛び入りのお客が来れなくなってしまったし、婦人科はビミョウに不愉快だし、なんだか、この季節のようにすっきりしない気分をドパーと花火ではらすはずだった。イベントの準備でだいぶ遅れて、日石ビルのam/pmでパエリア買って、いつもどおり、横浜美術館前の広場にいって座った。、、、けど、なんだか、様子がちがう。今年は、金曜日のせいかいつもの年より人が多そうだが、肝心の花火が、雲でほとんど見えないのだ。低めの花火は、ようやく見えてるけど、高さも値段も高い一番の楽しみのドデカーイ花火が、まったく姿が見えやしない。代わりに、どーんというすごい音と空全体が、いなずまのように、赤や緑に染まるという、表現主義的な風景が見れたけど、花火というより、空襲みたい。「空襲のトラウマあったら、花火なんて恐くてみれないよね。戦後、いつから花火を再開できただろうね。」なんて話しをして、何もなくてもぐるぐる走り廻っているガキンチョたちを眺めながら、300円パエリアをたいらげた。仕方ないので、早めに切り上げて、アートセンターに向うと、「こんにちは」と声をかけられた。ここ数カ月、ときどき、オーバを利用している、30代の不思議なジミなカップルだ。実は、前回も、みなとみらいの人ごみで偶然出会って合流したし、今回も、本当に偶然であった。見た目はまったくふつうで地味だが、なんだか、魔力のようなものを感じるふたりなのである。結局、映像まつりには、今回応募してくれたコントグループ3名とわたしの昔からの知り合いの写真家、オーバのボラやってる人、オーバの昔からの会員の若い女の子、この変なカップルが集まった。コントグループの作品は、笑えるかどうかは、微妙なところだが、「自分たち素人だけで作りました」というコント集である映像作品は、よくできていた。音楽ビデオのパロディーとしてつくったオリジナル曲の音楽ビデオは、とりあえず「音楽ビデオ大賞」みたいのに、応募してみたら、入選してしまったらしい。グループのロゴもちゃんと作っているし、ステッカーやライターなんかも作っていて、いろいろ無料で配ってくれる。それも全部、「素人の自分たちで作ってみただけ」だそうだ。聞いてみると若く見えていたが、実は、みんな30前後で、すでに「メジャ「場違いじゃないですか?すみません」と恐縮していたメンバーの、その態度のほうが気になってしまった。でも、リーダー的な?感じの人は、今世田谷美術館でやっている展覧会(定期出張している工房絵のメンバーやオーバの会員さんの作業所を利用している人も出品している)を2回も見に行ったといっていたし、それこそ、ジャンルなど住み分けに関係なく、応募してきてくれた感じがしてなかなかよかった。1階の扉が閉められてしまったことで、不特定多数の人が、オーバに立ち寄ってくれる機会は作れなかったし、来年は同じ形ではやらないだろうが、交差点で指差して見てくれてる人も多かったし、それなりにおもしろかったんじゃない?おまけ:以下こわーい話。それにしても、実は、「花火の夜に舞踏集団の映像がぴったり」ということで、知らない人からファックスで出品申し込みが来てたんだけど、その人の携帯に電話してみたら、(呼び出し音)ルルルルル(申込者)「はい」(わたし)「もしもし」プツ、、、、プー、プー、プー、プー切れた、、、、。仕方がないので、リダイヤルするとなぜか、留守電。仕方がないので、留守電に、「ビデオを郵送するか、持ち込むか教えてください」とメッセージを入れたが、連絡なし。仕方がないので、時間をおいてまた電話。(呼び出し音)ルルルルル(申込者)「はい」(わたし)「もしもし○○さんですか?」(申込者)「はい、そうです」(わたし)「あのオーバですが、映像祭りの件で、、、」プツ、、、、プー、プー、プー、プーまた!切れた、、、、。携帯に慣れてなくって間違えてきれてんのかも、、、?仕方がないのでまたリダイヤル。(呼び出し音)ルルルルル ププププ「留守番電話サービスです」避けられてる!?申し込んで来たくらいだから、むこうは、こっちの連絡先知ってるし、連絡来ないってことは、シカトなんだよね、、、?きっと。だったら、申し込むなっていうの!だったら、はっきりキャンセルしろっていうの!なんだか、訳もわからず、ふに落ちない、こわーいお話でした。
2003年08月01日
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