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『初めてのバイト体験記』『初めてのバイト体験記 #2』の続きのストーリー。『酔月』高校時代のバイトの話等の体験記…シリーズになっています。前回までの話は、このリンクをご利用下さい。現在の横須賀米軍基地のゲートゲートの前にエレベーター付きの陸橋が出来た酔月のバイトの話から今回は、少し離れます。その頃…。暴走族が、全盛時代になろうとしてた。オイラ…全く興味なし…。バイクの免許も持っていなかっし。取ろうとも思っていなかった。オイラの友達って結構、両極端。『真面目な奴』と『やんちゃな奴』両方の友達が同じ位の比率でいた。かと言ってオイラは、どっちなの?って感じなのだが…。皆に言わせると…変わってる…えっ!変人?ってことになるのだが…。自分では…いたって普通だという認識。ただ、こうと思った事は曲げない所があった。って今でもそうかも…。もちろん暴走族に参加している友達もいた。「一緒に行こうぜ!」なーんて誘われたりしたが…。「アホか…。付き合ってられない…。俺、バイトあるからな」とか言って断っていた。そう言っても何度も誘われる。「行こうぜー!俺、新しいバイク買ったんだよ。乗せてやるから…」「え…。買ったの?良かったじゃん。でも、俺はバンドの練習だから行かない…」「なんだよ…。たまには付き合えよ…」「お前さ…。ひとりで走れよ。皆、迷惑してるんだぞ。横須賀中央の横断歩道わたるのに、おまえらが通るから…。30分近くも待つんだぞ!うるさいし…。わかってる?」なーんてオイラは、言ってた…。それでも、友達だったのは何故なのだろう?真面目系の友達の数人から「あいつらと付き合うのやめろよ!」なーんて言われた事が何度かあった。「え?あいつらと?奴らさぁーいい奴なんだよ本当は…。優しくて…。でも、寂しいんだよ…。ちゃんと話してみなよ…。奴らの良さもわかるよ」と言った。「そうなのか?俺には、そうは思えないけど…。おまえがそこまで言うなら仕方ないか…。でも気をつけろよ…」なんて言って渋々納得してくれていた。ある日、中学の時からの友達が来て…。「明日さぁ…。この前に言った集会があるんだよ。凄いんだぜ!一緒に行こうぜ!こんなの滅多にないからさぁー。一緒に行こうぜ!」と言って誘ってきた。「行かないよ!俺…これでも忙しいんだぜ。そんなん付き合ってられない…。おまえもそんなの行ってないで…何かやれ! 違う事をさがして何かやれ! じゃあな…」と言って断った。その翌々日。新聞やテレビ等で大騒ぎになっていた。鎌倉の由比ガ浜で横須賀連合いう名の暴走族と東京の暴走族が激突した事件。憶えていますか?ってかなり昔の話。まだ、生まれていない人も多いですよね。オイラ…その集会に誘われていたのだ。行かなくて良かったと思うよりも友達が心配になった。彼だけではなく何人かの友達が行ったようだった。連絡をとった。バツ悪そうな顔をしてた。「おまえの言うのが…わかったよ。俺も何か他にやる事、探そうかな…」「そうだな…。もっと楽しい事を探せよ。音楽も楽しいぜ」とオイラは言った。彼らが一応、無事だったので…その安心感が大きかった。実は、タケシ君もバイクが大好き!たまに集会に参加してたようだが…。鎌倉の集会には、行かなかったらしい…と言うより、行けなかったようだ。良かった、良かった。あの、鎌倉の由比ガ浜の事件以来。道路交通法が大きく改正された。「あのさぁ…。おまえら反省してる?暴走族ではないバイク好きな奴も結構、迷惑してるんだよ。わかってる?」ってオイラは、彼らに言った。「でもよー。気持ちいいんだよなぁー」「アホか!人が迷惑してるんだから…。やめろ!他に何かやれ!」いつも、そんな会話になった。後に…。「俺さぁ…。彼女が出来て…。今、これやってるんだよ」「もう…。あんな子供っぽい事やってられないもんなぁー…」なんて言ってた。皆、大人になるんだね。オイラが、その頃…大人だったいう訳ではなく。ディスコ『酔月 #3』へ続くアウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。HOMEシェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.27
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『初めてのバイト体験記』『初めてのバイト体験記 #2』の続きのストーリー。逗子のレストランは、日曜のバイトにしても…遠かった。料理長のせっかくの誘いだったのだが…高校の授業が終わってから働ける所を探したかった。バスに乗って横須賀中央へ…。横須賀中央は、横須賀で一番の賑やかな街。と言っても…横浜のそれとは桁が違うけど…。私鉄の京浜急行『横須賀中央駅』の前にある街。駅を降りて左へ…細い路地を入って少し行った所に”アルバイト募集”の張り紙を見つけた。”高校生可 時給500円 食事付き”当時の時給で500円は、破格の給料。しかも食事付き。「いいなぁー。これ!」行ってみよう!すぐ決めた。簡単な面接をしてもらった。「みんな来ても、すぐやめちゃうんだよ…」とご主人は、言っていた。そうなんだ…逗子のレストランと変わらないんだな。そう思った。バイトが決まって一安心。17時から22時まで働きだした…。学校の授業が終わってから…電車に乗って横須賀中央へ忙しかった…。目がまわるほど忙しかった。5時間なんて…アッと言う間。ご飯を食べて…「お先に失礼しまーす!」今度は、バスに乗って帰る。大衆酒場 『酔月』通りに面した入り口の横で焼き鳥を焼いている。接客係だった。「おはようございまーす!」と挨拶をしてから…。店内の掃除やスタンバイから始まる仕事。6時を過ぎた頃から忙しくなり始め。7~8時は絶好調を迎える。「お兄さん…ビール追加!」「ハイ、ビールですね?1本でいいですか?」「お兄さん…焼き鳥、バラと砂肝たれで5本づつ!」「ハイ、焼き鳥ですね…。バラと砂肝たれで5本づつ…ありがとうございます!」「ハイ、料理できたよ。3番テーブルにお願い!」「ハイ!」「ハイ!お待ちどお様でした。串カツと鯵たたきですね」「ハーイ!焼き鳥あがったよー!持ってってー!」「ハーイ!」「ハイ、焼き鳥お待たせしましたー!」「こっち…こっち…お兄さん!お酒追加ねー!」「ハーイ!少々おまちくださーい!」…こんな感じ。店は、それほど大きくはなかったが…。カウンターにずら~と並ぶお客様。テーブル席も空けばすぐに次のお客様が入る。アルバイトをして接客に慣れてきた頃。暇な時は、焼き鳥の焼き方を教えてもらった。豚のバラ肉を焼く時は、ちょっと大変。脂が燃え出してしまう…。ど忙しい時は…これも大変。焼いても焼いても…追いつかない。しかも焼き鳥の焼いた煙をかぶり…焼き鳥の匂いがついてしまう。帰り道…バスを降りてから…家まで10分弱を歩くのだが…犬に追いかけられる事もしばしば…。(その頃、野良犬がわりといた)このお店…個人店で…。家族経営に等しい構成。女将さんが始めたお店。女将さんの娘さんが若奥さん。そしてそのお婿さんが板前さん。その板前さんが、ご主人として経営している。若奥さんの従弟のタケシ君が板前さんの弟子。そしてパートのおばさん。…とアルバイトのオイラ。タケシ君とは、すぐに仲良くなった。彼は、ちょっと複雑な環境で育った子。でも、性格は男気があって真っ直ぐな奴。家族経営の親戚の店で働くのも複雑な気持ちだったよう…。若奥さんとは、姉弟みたい感じなのだが…師匠でもあるご主人と折があわないらしい…。オイラが、働き始めて数ヶ月。タケシが他のお店で働く事になった。タケシの代わりに板前さんが必要との事。…れれれ?…えっ!オイラ?オイオイ…オイラ…板場であるカウンターに入ることになってしまった。タケシから…板場の引継ぎ。ってタケシ…メニューの全部作ってた訳じゃん?オイラ…こんなに沢山あるメニュー全部作る訳?しかも、カウンターだと接客もしなきゃ…でしょ?まー…世の中…なんとかなるもので…。気がついたら…作れるようになっていた。『鯵のたたき』は姿造り寄せ鍋、牡蠣鍋、串カツやら刺身類天ぷら、サラダ…。今の居酒屋さんとは違って全部が手作り。って言っても…それほど難しいのはなかったけど。しびれたのは…『どじょう鍋』鍋によっつに切った豆腐をおいて7:3:2:1で作った割り下入れて(7はだし、3は醤油、2はみりん、1は酒…気持ち酒を多め)沸騰させる。そこに生きた泥鰌(どじょう)をザルですくって蓋を少し開けた瞬間に鍋の中に放り込む。30秒位たったら、笹垣ごぼうを入れて、蓋をして少し火にかける。卵を溶いて卵とじにしたら出来上がり!今でも忘れないのは…よほど印象深かったからなのかな?そんな…オイラを見て…。バンドの皆…怒り気味!「また、指…切ったのかよ!」…って。「す…すまん…キャベツ切っててさ…」「頼むから…気をつけろよな!お前いなきゃ誰がベース弾くの?」「大丈夫。大丈夫。弾けるからさ!」…なんて感じ!指3本…いっぺんに切った時なんか…。「頼む!バイトやめてくれ!指切らない他のバイトにかえてくれ!」ってメンバー皆が言い出す始末。オイラ…今だから言うけど…。滅茶苦茶…指を包丁で切りまくった。若奥さんに「そんなに指を切ったら…指がなくなっちゃうよー!」なーんて言われてた。「んー …そうだな。でも楽しいから…俺、このバイト続けるわ。な!いいだろ?」なんてワガママ言って続けた。板場も慣れてくると…。カウンターのお客さんから「お兄さん、一杯 飲みなよ!」「お姉さん!お兄さんにお酒 一杯あげて!」なーんて言われてオイラの前にお酒が置かれる。「頂きまーす!」ちょっと口つけたふりしてカウンター下に置く。バイトが終わり頃の時間になると…。カウンター下には、十数杯のお酒やらビールやらが並んでいる。ハハハ…オイラ高校生…。酔っ払ったお父さん達の相手してた。『酔月 #2』へ続く。アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。HOMEシェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.25
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今日…仕事が終わっての帰り道。23:30位だったかな。オイラ大江戸線西新宿5丁目駅近くのファミマに寄った。手際よく”クラコット&チーズクリーム”等を数点…軽く食べられる夜食に近いのを選んでレジへレジがちょっと混んでいた。商品を並べてる店員さんもレジに呼ばれ…3台のレジが稼動。並んでいる人は6人位いたかな。オイラ…小銭を小銭入れ等に入れて持ち歩くタイプではなく。ジーパンとかズボンのポケットに…今日は、ダウンジャケットのポケットに入れていた。今日の買い物は千円はしないと思って…ダウンジャケットのポケットから小銭をとりだす…すると小銭を握った手がポケットに引っかかって小銭をファミマのレジ前で気前よくもバラマイタ!チャリン…チャリン…チャリン…と。五百円玉も含む小銭達…レジ前に散乱!「あっ…。ヤッチャッタ…」オイラ…声にだして言ってしまった。もう…恥かしい…けど。やってしまったからには仕方がない。オイラ…無造作に拾う。するとレジ前にいた5~6人の若者達。いっせいに拾い始めた。すると…すると…。若者達…拾った小銭をオイラに渡してくれる。「はい」とか言って。「ありがとう」と…オイラ。15秒後には、節分の豆まきの如く散らばった小銭達が、またオイラの手の中に戻っていた。みんな、よい奴だった。チョンボするとか思っていなかったけど…。その迅速な行動と素直な眼が妙に交換が持てた。ドジったオイラが悪いので…無くなっても仕方ないな…と思ったのだが…。そんな、ちょっとした事が東京で暮らしていると…すごく嬉しく感じてしまう。あの素直な眼…。なんだか…本当に嬉しくなった。
2005.11.24
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初めてのバイト体験記からの続きです。そう…高校1年生の夏休みの皿洗いのバイト。このバイトで得た収入は、新しいギターになった。逗子のレストランでの皿洗い。1ヶ月と少しの期間のバイト。「学校が始まっても、日曜日にバイトに来ないか?」終盤になると料理長がこう言った。ありがたい誘いだったのが…。なんせ家から遠かった。駅まで歩いて20分。横須賀線の電車で15分。バスで15分。乗り継ぎが悪かったり…。待ち時間を入れると1時間半は余裕でかかる。へたすると2時間弱の通勤時間。「えぇ…。ちょっとまだわからないので…」と歯切れのわるい返事になった。バンドの練習もあるし…こんな感じで迷ったのだが…。「君は、コックにむいている。うちでコックさんにならないか?」シェフが続けて言った。「コックさん…ですか?」思わず聞き返してしまった。まわりのコックさん達がシェフに続いて言った。「筋がいいよ…。坊やがコックになったら…俺…ヤバイかも…」(この頃…一番年下のオイラは、キッチンで『坊や』と呼ばれて可愛がって頂いていた)皆が言うのを冗談だと思っていた…。ただ…必死でやっていただけだった。「僕は、音楽がやりたいんです…」コックになるつもりは、この時…全くなかった。「音楽か…。それもいいな…。でもな…これは憶えておきなさい。君は、コックになったら良いコックになれる」シェフが、またそう言った。「はぁ~」自分の事なんか…全くみていないと思ってた。シェフが、人を褒めている所なんか、見たことない…。それなのに…今、オイラを褒めてくれている。そんな光景を皆が見ていて…ニコニコして…「コックになれ…。もし、坊やがコックになったら…おまえヤバいぞ!すぐ追いつかれて抜かれるな…」なーんて先輩のコックさんが後輩に言って…皆で大笑いしている。「僕は…そんなになれないですよ…。ただ必死なだけで…」なんだか最高に嬉しかった。皆の仲間になれたような気がした。ここのレストランの料理は、美味しかった。有名人や芸能人もよくお客様として食べにきていた。黒柳○子様のオーダーです。なんて感じで注文が入る。彼女は、必ず週に一度は足を運んでいた。仕事は、滅茶苦茶に大変だったが…みんなの心の温かさをかみしめた。給料も安かったけど…何か大きなもの得た感じがあった。バイトが終わって…祖母の家に遊びに行った。「夏休み…レストランでアルバイトしたんだって?」親戚の皆が遊びに来ていて賑やかだった。オイラは、『おばあちゃん子』だった。「何か…作れるようになった?」「何か…作ってみて…食べたいな…」皆が…そういった。「おばあちゃんに何か作ってあげたら…喜ぶよ!」その誰かが言った一言で…オイラ、その日の夕食を作る気になった。皆やおばあちゃんに、いつもオイラは心配ばかりかけていた。その頃のオイラ…反抗期の真っ只中!でも、おばあちゃんの前では、不思議と素直になれた。買い物にいって材料を買ってきて…作った。クリーム・コーンスープハンバーグ・ステーキサラダとドレッシングピッツァこの日…作ったメニュー。1ヶ月と少しの期間のバイトで、何も出来なかったのが作れるようになっていた。ハンバーグを練る時、コックさんからレシピを聞き出して…メモをとっていた。ピッツァの仕込みの時にも…サラダの仕込みの時にも…スープの仕込みの時にも…。いつも、おばあちゃんの手料理の和食で、テーブルいっぱいに並んでいたのが…。この日だけは、オイラが作った…料理がテーブルを占拠していた。オーブン等はないので、ピッツァは…フライパンに蓋をして焼いた。家庭で作るにはどうしたら良いか…可愛がってくれたコックさんに教えてもらった。皆、最高に喜んでくれた。その時…「コックさんになる?」おばあちゃんが真顔でオイラに聞いた。「ん?コックさん?…俺、音楽やりたい…」そう答えた。おばあちゃんは、小さく頷いて…美味しそうに…未熟なオイラの料理を食べていた。嬉しかった…。その時の…おばあちゃんの笑顔は、今でも忘れない。酔月 応援してね。HOMEシェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.23
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高校1年生の夏休み。「ねぇ…一緒にバイト行かない?」…と友達に誘われた。「えっ!バイト?…なにするの?」とオイラは聞き返した。「レストランの皿洗い。募集してるんだ…一緒に行こうよ!」と友達。「皿洗い?…えー…違うのないの?」とオイラ…。「なんで?皿洗いは、嫌なの?」「んん…。嫌だな…。皿洗いって…女のする仕事じゃないの?」とオイラ。「そんなことないよ。行こうよ!レストランに面接しに…」と友達。そうだった…皿洗いの仕事って女性がする仕事だと、その頃のオイラは、真剣に思っていた。オイラの育った環境は…男は、台所に立ってはならぬ…的な考え方を教えられていた。信じられないですよね…。オイラの両親…それから、しばらくして、ずいぶん変わりましたが…。その友達。気乗りしないオイラを半ば…おだてながら、そして強引に連れて行ったのでした。皿洗いのバイトを始めたオイラ。湘南、逗子の有名な大きなレストラン。今でも、そのお店は名前は変えたけど…ちゃんとある。その頃、コックさんは10人以上いたかな…。忙しくて…まさに戦場だった。忙しい最中…コックさん同士が喧嘩を始める。そんな事は、日常茶飯事!いきなりフライパンが飛んでったり…「表へでろ!」なんてのもよくあった。忙しいのに…ふたりでつかみあって店の外に出て行ったふたり…。しばらくすると…肩を組んで戻ってくる。殴りあった後…そのふたりは、親友のように仲が良かった。また、何日か経つと…また、殴りあう。その繰り返し…。オイラ、そのバイトを始めて気がついた。「これは…男の仕事だな!」って。「洗い場は、キツイからふたりで交替でやりなさい」と言われ…友達とオイラで一日づつ交替制でやることになったのだが…一緒に行った友達…。二日目ではずされた…。オイラ…ひとりで洗い場をやるはめになった。その頃、洗浄機なんてものはない!すべての皿を手洗いなのだから…。ちょっと目を離すと…皿が山のようになってしまう。熱いお湯の中に汚れた皿をつっこみ洗剤をいれて次々と洗い…すすぎ槽のシンクへ入れていく。すすぎが終わると…ステンレスで出来た網に皿を並べて煮沸消毒をする。そして、各ポジションへ洗い終わった皿をセッティングしていく。忙しい…とにかく忙しい。誰が喧嘩してようが…気にしてる場合ではない。フライパンや鍋が飛んでこようが…関係ない…。目を離せば…皿が山のようになってしまう。ランチが終わると…仕込みの時間。洗い場のシンクに玉葱を入れて皮をむくのが日課。普通で、2ケース(40キロ)の玉葱の皮をむく。多い時で3ケース。お湯と洗剤で手荒れはひどかった。そこに…玉葱の皮むき…沢山の玉葱の皮をむくと…手の色が、真っ黄色になった。手が荒れて、手の皮がむける。黄色に着色した所とむけた所の色が違う。オイラ…その頃、女の子の前で手をかくした。恥かしかった。オイラの手…ボロボロだった!とても、ミュージシャンを目指しているような繊細な手ではなかった。付き合っていた彼女の前でも…手をかくした。その頃、彼女に会っても…彼女に触れる事が出来なかった。玉葱の皮むきが終わると…ハンバーグの仕込み。10キロの合挽きの挽肉を玉葱のソテーやケチャップ、パン粉などを混ぜてこねる。手が凍りそうに冷たかった。「これ位でいいですか?」と聞くと…。「んー。まだちょっと甘いな…。もうちょっとネリが出るまで…」と言われて…ひたすらこねた。本当に…手が凍りそうになる位、冷たかった。でも…なんか充実してた。自分で何かやってるという充実感があった。調理場のコックさん皆が可愛がってくれた。夜、仕事が終わって着替えると…シェフの机の上にデミグラス・ソースがたっぷりかかったハンバーグサラダ、そしてライスが置いてあった。「ごくろうさん…疲れたろ? 頑張ったな…それ食べて帰りな…」いつも…そう言われた。嬉しかった。初めてのバイト体験記 #2へ続くアウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.22
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ボージョレヌーヴォー…。今やコンビニでも手に入るワイン。オイラがシェフになって数年後…。このブームが日本での第一期が到来だったのかな…?この時、やや小さめの樽で…購入したのだが…。解禁日の数日前…「手違いにてイベント当日に到着するのかわからなくなった」との業務連絡が入った。常連のお客様には、ダイレクトメールを配布し…。快く予約を入れて頂き…ほぼ満席状態!ところが、主役の『ボージョレヌーヴォー』が届かないかも…。との連絡。「勘弁してよ…」ってな感じ。予約を入れて下さったお客様に今更…「届かなかったです」なーんて言える訳もなく。大量に買い占めた別ルートから調達。事なきを得たのだが…。このボージョレヌーヴォー…決して安い値段ではないですよね。お祭りだから…ってことで許される値段なのかな。この事件以来…。積極的に売ろうとは思わないのが…。『ボージョレヌーヴォー』ずいぶんと質の良いワインが安く、日本国内で売られるようになってから…。オイラの考え方は、変わった。ボージョレヌーヴォーを飲むなら…イタリアのサンジョベーゼを飲んだほうが、もっと安くて美味しいのではないか?…と考えてしまうのです。今年、出来た葡萄で作ったワイン。みずみずしく若々しいワイン。コンビニに『ボージョレヌーヴォー入荷』ってデカデカといたる所に、貼られているポスターを見る度に…。今年、うちの店で売るのはやめようと…素直に思ってしまう。メーカーや輸入元の違いはあるにせよ…。同じ値段で仕入れた、ブルゴーニュの赤やイタリアの赤のほうが絶対に旨いと思ってしまう。絞ってから速攻で発酵させて瓶詰めされて…ラベルを貼られて…荷詰めされて…空輸してくる『ボージョレヌーヴォー』よりも…時間と人の心の温もりで育まれ、ゆっくりと運ばれた同価格のワインの方を選んでしまう。空輸された運賃が大きく上乗せされ、解禁日にあわせた『ボージョレヌーヴォー』と…海路で運ばれた『ボージョレヌーヴォー』との価格差は、歴然としている。海路で運ばれたワインは、日本に着くまでに通常…赤道を2回通る。そこで温度管理の問題というリスクが生まれる。しっかりしたメーカーや輸入元は、ここに大きく神経を使う。品質の劣化が無いように…。スエズ運河を通るルートを選ぶとマラッカ海峡付近が赤道の緯度にあたり…ここを1回通過するだけで済む。このルートを通ってくるワインは品質管理にこだわったもの。このルートを通ってくる『ボージョレヌーヴォー』もあるはず…。空輸で運ばれたものよりも、もしかしたら品質は確かかも…?何故なら、各メーカーも各輸入業者も解禁日に間に合わせるために、必死になる事は確か。品質管理よりも、店頭に届けるほうが何より優先する訳でしょ?まあ…今年できたばかりの葡萄ジュースがアルコールを含んでいるといったワインだから…それほどまでに、神経質にならなくても良いのかもしれないけど…。船便で送られてきた『ボージョレヌーヴォー』を解禁日と同じ価格で売る販売店。これは…ちょっと違うのではないですか?…と言いたくなる。空輸で運ばれてきた『ボージョレヌーヴォー』を仕入れて…レストランのメニューにのせると…決して安くはない値段になってしまう。この価格で売るのなら…もっと美味しいワインをその価格でお客様に提供したいと素直に思う。あわせる料理もしっかりした料理は…どうなの?って感じでしょ?ワインが若すぎるから…。それだったら…ワインショップや酒屋さん…または、コンビニ…そこで気になった『ボージョレヌーヴォー』を買って…好きなチーズやハム等も買ってきて…気軽に手軽に…お家で好きな人と『ボージョレヌーヴォー』を楽しむほうをお薦めしちゃうのです。そんな飲み方が一番似合うのが…このワインなのだとオイラは思う訳。だって…オイラが自分でレストランに行って…「ボージョレヌーヴォーを下さい!」なーんて注文は絶対にしないから…。だから…今年、『ボージョレヌーヴォー』は仕入れていません。ごめんなさい…。ボージョレ村の皆さん…。今日も、「ボージョレヌーヴォーないの?」とのお客様の声に…「こちらの方が美味しいですよ…」とお気に入りのミディアムボディをお薦めしてしまいました。そのお客様…ミディアムからフルボディのワインを4人で3本あけて下さいました。自分が良いと思ったものお薦めして…そして喜んで頂けると…嬉しいですね。自己満足にならないよう…謙虚に謙虚に…頑張りまーす!アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム
2005.11.21
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思い出のU.S.A 『prologue』 思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』思い出のU.S.A #3『別れ』思い出のU.S.A #4『別れ (追記)』思い出のU.S.A #5『ここL.Aなの?』思い出のU.S.A #6『あいやぁー…!』思い出のU.S.A #7『 3$50¢ 』シリーズ物の第7話です。3ドル50セント…。これ…何の値段だかわかりますか?実は、これカリフォルニア・ドライバーズ・ライセンスを取得した時にかかった値段なんです。ドライバーズ・ライセンス=運転免許証のことです。今、いくらするのでしょう?アメリカで自動車運転免許をとると…。35ドルになったという話は聞いたことがあるのですが…。信じられないでしょ?こんなに安い値段で免許が取れるって…。外国で運転免許をとった場合。取得した日から、3ヶ月滞在していれば…日本での運転免許を発行してくれます。オイラの場合…。カリフォルニア・ドライバーズ・ライセンスにかかった費用3ドル50セント。日本での免許発行手数料や印紙代、写真等が大体7千円位だったかな…。日本とカリフォルニア・ドライバーズ・ライセンスの両方の免許を取得した金額が8千円位だった事を記憶しています。もちろん、カリフォルニア・ドライバーズ・ライセンスを取れば全米で、運転できます。今、日本の自動車運転免許をとるのに普通でいくらかかるのでしょう?35万~40万位ですか?高すぎですよ…信じられません。今も、オイラの免許…この時にとった免許を更新しています。ロス・アンジェルスで車がないと本当に死活問題ですからね。ただただ広い…L.Aエリア。電車?あることはありますよ…でもアムトラック(長距離輸送旅客列車)くらいしかありません。バス?ありますけど…時刻表なんて定かなものがあるのかないのか?一応あるのだろうけど…。後の記事で一度乗ったバス経験を書く予定ですけど…。それ読んだら…L.Aでバスに乗ろうなんて思わないでしょうね。ダウンタウン付近での利用なら大丈夫かな。運転免許をとるには…。まず必要なのは車!車がないと免許が取れません・・・。なぜ?って…。自分の車で試験を受けるのですよ。実地試験。まあ…レンタカーでも良いですけど…。とにかく試験場に試験用の車なんてありません。家の車とか自分の車とかで試験を受けます。免許がないと車が買えないなんてことはありません。車の売買に必要なのは…ピンク・スリップという桃色の自動車登録証の紙切れだけ。これがないと、その車の売り買いは出来ません。車検証?そんなの見たことなかったな…オイラのアメリカ生活で…。試験官を助手席にのせて公道にでて試験です。筆記試験を受けて取得すると。日本の仮免許と同じ資格が与えられます。運転免許を取ってから2年間以上の人を助手席にのせていれば公道で運転できます。Drivers' Licence Office(運転免許試験場)は、各地区にあって、そこに行ってカリフォルニアの運転免許を取るための道交法などがのったテキストなんかをもらって勉強します。って言っても日本のそれとは…だいぶ違うかも…。簡単というか…。必須事項がわかりやすく書かれたものです。僕が行った時には、日本語のテキストも筆記試験もあったのです。でも、今は日本語のそれはなくなったとか…。ちょっと、調べてみないと定かではありませんが…。時々、変わりますので…政権交代があると…。そして、筆記試験…。何時から始まるなんてありません。運転免許試験場に行って免許を取りたいというと…。3ドル50セントを払って…パスポートなどを確認して今住んでいる住所などを書き込み申請します。すると…「今日、試験受ける?」なーんて気軽に聞かれます。「そうですね。筆記試験だけ…」とか答えると。「OK」なんて感じで始まるのですよ。机があって…そこで筆記試験の試験用紙を渡されて受けます。確か…制限時間無し!だったと思う。僕が受けたときは…日本語の筆記試験。日本の試験みたいに引っかけ問題なんて一切書いてない。確か、3択で答えをチェックするだけ…問題数も50もなかったな…40問題位だったかな…もっと少なかったかも…。驚きでしょ?簡単だった…。って答えもこれしかないよねー!って感じなのが1個ある…。それにチェックする。って感じ。出来たら…。「出来ました」って感じで係りの人に渡す。するとその場で採点して…「OK」なんて感じで合格発表。信じられないでしょね。日本のそれとは違いすぎるもの。オイラ、日本の運転免許の試験を受けた事ないけど…。昔、アルバイトの子の原付免許の問題集をのぞいてみたら…。ハハハ…笑。難しすぎる!信じられません!オイラ受けたら…正直…落ちそうです…笑。そうそう…アメリカでの運転免許の話。確か…オイラ…満点だった。って間違えようがないような問題だったけど…。"Oh! you are great!"なーんて言われて…。気を良くした覚えがあるのですが…。外国人の場合。筆記試験が終わってもこれだけではありません。道路標識の試験があります。これは、道路標識がかかれてある少し大きなカードを見せられたら…それがどういうことか説明するのです。これは、英語で説明します。んん…全く英語が話せないとちょっとキツイかも…。だってね…。stopを説明するって出来ます?「ストップ」なんて言っても駄目。ストップと言う単語を使わないで英語で説明する。例えば、止まると言わないで「行かない…」というような言い方に変えればよいのです。試験官が納得すれば合格です。この試験が大体10問位かな…。日本にない標識で代表的なのは[yield]かな…。譲るって意味。これは、良く見かける標識です。先に交差点にさしかかっている車や人を優先的に譲るという標識。ストップと同じような感じなんですけど、こっちの方が優先度は高いのです。この標識の試験をパスすると…仮免許を与えられます。運転に自信があれば、筆記試験と実地試験の両方を一日で受ける事ができるのです。ですから、一日というか…半日で運転免許を取得する事が出来るのです。面倒な事は一切無し。実に合理的な感じですよね。日本の道交法にないのは…。車は、右側通行。そして、ここが全く違うよってのは…。カリフォルニアでは、信号が赤でも右折だけは、一時停止して安全と判断したならば右折できます。運転免許の試験。3ドル50セントを払うと…。3回の筆記試験。3回の実地試験を受ける事ができます。2回は、落ちても大丈夫。3回…落ちたら…?また、3ドル50セントを払って…また、トライすればOKです。実に合理的。長くなったので…続きは次号で…。『愛車 Ford Fairline』思い出のU.S.A #8 応援してね。***********思い出のU.S.A 『prologue』 思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』思い出のU.S.A #3『別れ』思い出のU.S.A #4『別れ (追記)』思い出のU.S.A #5『ここL.Aなの?』思い出のU.S.A #6『あいやぁー…!』思い出のU.S.A #7『 3$50¢ 』アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラムシェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.21
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風邪をひいてしまったオイラ。ようやくだいぶ良くなり…復帰します。ご心配おかけしまして…本当にごめんなさい。並びに温かいコメントを頂いた皆様。本当にどうもありがとうございました。また、拙い記事ではありますが…更新をしていこうと思いますので…今後とも宜しくお願い致します。また、遊びに来て下さいね。心よりお待ちしております。アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム
2005.11.20
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不覚にもオイラ…風邪ひきました。ずーとひき始め状態だったのですが…本格的な風邪ひきになってしまいました。で…もって…。更新しようにも言葉が浮かんできません…。精神力で治しますので…!更新頻度が落ちてますが…週初めには立ち直ると思います。毎日、見に来て頂いている方…本当にごめんなさい。これも、オイラの修行の甘さですね。皆さんのブルグにも遊びに行きたいのですが…風邪がうつるとご迷惑をおかけしますので…少し自粛します。治ったら…また書きますの少しの間お待ちくださいね。早く寝よ…!おやすみなさい。
2005.11.17
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思い出のU.S.A 『prologue』 思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』思い出のU.S.A #3『別れ』思い出のU.S.A #4『別れ (追記)』思い出のU.S.A #5『ここL.Aなの?』シリーズ物の続きです。困った…。実に困った。全く…わ・か・ら・な・い…。『レイジング・ブル (RAGING BULL)』をみた…。ロバート・デ・ニーロ 主演のミドル級ボクサーの栄光と挫折の半生を描いた映画。字幕がないとここまで理解不能になるわけ?オイラの英語力…。ショック&落ち込み…&うなだれた頭…状態。ねぇ…ロバート…ボソボソ話さないで!カーペンターズみたいにハッキリ発音してちょうだい…。って感じ。言葉がわからないと…ここまで映画って面白くないものなの?アクション物だったら…まだいいよ。アクションみてるだけで…まだいいよ。休みの日に横須賀のどぶ板に行き…暇そうな米兵をつかまえては…英会話の練習したり駅前留学なんてない時代…。(英会話教える所はあったのだろうけど…)字幕を見ないよう見ないようにして…同じ映画を何回もみたりしたつもり…。(映画とかドラマって日常会話で成り立ってるから、英会話の勉強には非常に役に立つ)日本で…外国人と話している時…意外と通じてたんじゃない?このアメリカ生活に入る前…予行練習のつもりで、グァムに行った時だって…ホテルのフロントに「日本人観光客と話が通じないから通訳してくれ…」なんて頼まれちゃったりしてたのに…。だけんども…全くわからないよ…なに言ってるのか…。アメリカ生活開始2日目によりによって『レイジング・ブル (RAGING BULL)』をみたのは…失敗だったかも…。落ち込んだ…ものの見事に墜落!近くのコンビニ行って…何か聞かれても…聞き取れないじゃん。なんでオイラが言う事は、相手に通じて…彼らが言う事、オイラに伝わらないの?「あー…今になってわかった。日本人慣れしている外国人と話が出来ても、それは結構、相手があわせくれていたんだなぁー…と。ブロークン・イングリッシュに慣れた人と慣れてない人の差は…こんなにもある」…とはたと気がついた。それからというもの…テレビにかじりついた!特に…CM!CMって何回も同じのをやるでしょ?だから…少しづつわかってくる。次…天気予報!晴れマークとかついてるから…実にわかりやすい。その次、ニュース!大体、政治のことだったら…アメリカ国旗の横で話してるオッサン。事故とかの話題だったら…映像があるからわかりやすい。ひとりでいる時は、出来る限りすべてを英語環境にしてしまう。考える時も、英語で考える。って何言ってるのか…わかりにくいでしょ?日本語で考えると…日本語を英語に変換しようとしてしまう。これって…実は、英語にしにくい事ばかり。英語で考えたり、思ったりすればそのまま英語で表現できるからこれが一番だと、思いついた。しかし…まぁーアメリカ本土のアメリカ人。英語が出来ないとわかるや…いきなり態度が変わる。「へん!こいつ英語も話せないの?まとも相手するのやめよ!」って感じの態度。「くやしい!」なーんで…こんな態度とられないとイカンの?「自分にも、むかつく…。話せるようになってやる」「あぁ…なってやりますとも!」と決心がついた。かくして少しづつではあるが…不思議と会話が出来るようになってくる。墜落したオイラの心…。再び上昇気配になってきた。『 3$50¢ 』思い出のU.S.A #7へ続く。 応援してね。*******************思い出のU.S.A 『prologue』 思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』思い出のU.S.A #3『別れ』思い出のU.S.A #4『別れ (追記)』思い出のU.S.A #5『ここL.Aなの?』アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラムシェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.16
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ありがたくバトンを頂戴いたしました。それでは、早速いってみようー!**********1、回してくれた方に対しての印象をどうぞ ペリッサさん お料理やアレンジメント・フラワーが大好きな美しく優しい大人の女性です。*********2、周りから見た自分はどんな子だと思われますか? 5つ述べてください★ 見た感じとっつきにくく怖い…?★ 物事にこだわりをもっている人★ 無愛想に見える★ 少し天然…。★ 物事…はっきり言い過ぎ!********3、自分の好きな人間性について5つ述べてください★ お茶目で可愛い人(天然系ふくむ)…男女問わず★ 前向きなチャレンジ精神をもった人★ 心…広く大きく、人を迎え入れることが出来る人★ 凛としている人★ 謙虚な心をもった人********4、では反対に嫌いなタイプは?★ ああ言えば、こう言う…小理屈ばかりいう人★ 俺が…俺が…っていう人★ 話せば自慢話…。★ 都合が悪くなると逃げて、自己主張できる時には、しゃしゃり出てくる人********5、自分がこうなりたいと思う理想像とかありますか?初志貫徹…キース・リチャードのように、魂はロックンローラー!*******6、自分の事を慕ってくれる人に叫んでください。たまに偉そうに(アレ? イツモカナ・・・?)・・・そして、物事…結構はっきり言い過ぎの…そんな…つたない所ばっかりのオイラですが…今後とも宜しくお願い致します。*******7、そんな大好きな人にバトンタッチ!大好きな…みんなー!この指…とまれ…あっぷっぷ!さあ…この指とまった人…このバトンお持ち帰りー!アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム
2005.11.16
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思い出のU.S.A 『prologue』 思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』思い出のU.S.A #3『別れ』思い出のU.S.A #4『別れ (追記)』シリーズ物の続きです。ロスアンジェルス空港満面の笑顔で、友達が待っていた…。彼は、仕事ではオイラの後輩…。年齢はみっつ年上だった。大学を出て、料理が好きで入社してきた。まーるい顔、笑うとアンパンマンみたいな感じ。8ヶ月ぶりのL.Aでの再会。「元気?」大きな声…。彼の名前は裕ちゃん。「アメリカだよ…アメリカ!」「元気だった? 懐かしいなぁー!」立て続けに裕ちゃんが話す。裕ちゃんの他に、彼の友達がふたり迎えに来てくれていた。なんかいい感じ…皆、ニコニコしてて…。背の高い”セイさん”と少し背が低くて若い”マーさん”ふたりとも明るそうな日本人男性。「後、1ヶ月しかいられないけど…俺」妹さんの結婚式で、アメリカ滞在が残り少なくなった裕ちゃん。「ねぇ…アメリカに来たんだよ…アメリカ!」オイラが、L.Aに来た事を喜んでくれている。裕ちゃんは、言った事を何回も繰り返す癖がある。空港には、紺色のカマロで迎えに来ていた。オイラ…アメ車に乗ったの…実はこの時が初めて!ははは…笑トランクに荷物をのせて…ロスアンジェルス空港からフリーウェイに入る。「今夜は…再会を祝して…パーと!行こうか!メシ食いに行こう!」元気バリバリ…裕ちゃん、変わってないなー。良かった…心の中でオイラは呟いた。フリーウェイを少し走ると…夜空にヘリコプターが飛んでいる…。空中で動かず…地上をサーチライトで照らしている。ブレードランナーとかターミネーターを見ているみたい…「なにあれ?ヘリが空中で止まったまま…何してるの?」とオイラが聞いた。「あ…あれ?誰か殺されたんだよ…。たぶん犯人を追っている」裕ちゃんが普通に答える。「な…何? 何で普通に答えてる? ヘリを飛ばすくらいの大事件?」とオイラ…ちょっと疑問…って大きな疑問。「殺されたって…。ヘリで捜すの?」と聞いてみる。「そうそう…L.Aは、広いから…普通の事…」セイさんが答えた。「えっ…普通って…やっぱ、アメリカって怖い…」そう思った。しばらくするとフリーウェイをおりて一般道へ…「着いたよ…ここ、ここ。何食べようかな…」…皆ではしゃぎながら…地下への階段をおりていく。「いらっしゃいませー!」いらっしゃいませ…って日本語じゃん…。えっ…和食の店?「ちょっと、お任せで…」とか何品か…おまかせで注文してた。「はい!お待ちどうさまー!」って出てきたのは…。「えー!サンマか…」しかも、塩焼き…大根おろしって…。絶句!6年間…夢見て…念願かなって…L.Aに来た!その初日のディナーが…。秋刀魚(さんま)なのーーー!?マジ?Oh my god!である。すごーく感動的な着陸してさ…着いた訳さL.Aに…。その時の夜景も絶対に日本で見られない夜景だった訳さ。そう…今から…ほんの2時間前にね。そんな感動体験したわけ…オイラ。なんで…一瞬にして日本に逆戻りなの?あのさ…何も…金髪の姉さんいる店に連れて行け…なんて言ってないさ。あのね…ステーキ位は期待してたわけ…。なのにさ…秋刀魚の塩焼きに…まわりの人…日本人ばっかりじゃん…。どーゆーの? これ?ビバリーヒルズホテルに連れて行け…なーんて言ってないじゃん…イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』のジャケットになったやつ…。そんな所、期待してた訳ではないの…。「かんぱーい!」「乾杯!」って…。これって…キリンビールじゃん?ここ…L.Aでないの?ユナイテッド・ステーツでないの?どーなの? これ?確かー …昨日の食事…ホッケだったじゃん…。大根おろし付いたやつ。横浜でさ…居酒屋で…親友と彼女と『しばしの別れ…』した訳。「キリンビールは、やっぱり旨いなー」じゃないよ…ったく。キリンビール…オイラ昨日飲んでたじゃん…。「キリンは、アメリカで高いんだよー!」ってバドワイザーでいいっての…。なーんにも、変わってないじゃん…「お待ちどーさま…」…って…「えっ!なめこおろし…じゃん…」お任せって何なのよ…。昨日の居酒屋で隣のオッサン食べてたやつと変わらないじゃん…。オイラ…笑ってるけどさ。これって苦笑い…ってやつよ…ゆうちゃーん!「やっぱ…! サンマは、旨いなぁー!」じゃないよ…裕ちゃん…泣!in U.S.A, L.A, Little Tokyo思い出のU.S.A #6 へ続く…『あいやぁー…!』思い出のU.S.A #6 アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.13
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カッコウの巣の上でこの映画を知っている人は、僕よりも年上の人が多いのかな…。1976年4月に公開された映画。リバイバルが1979年だから…この時に僕は見たのかな…?精神病院が舞台となっている映画だったと思う。監督 ミロス・フォアマン主演男優 ジャック・ニコルソン主演女優 ルイーズ・フレッチャーアカデミー賞では、作品、監督、脚色、主演男優、主演女優の5部門を受賞した秀作…そして衝撃の問題作。この映画…。精神病院の患者さん達をみていると「大変だなぁー」…なんて感じで見始めるのだが…後半に入ってくると…患者さん達の方が正常で…人間性にあふれて…正常とされている人達の方が、逆に異常に見えてきたのを憶えている。今の日本…心の病や躁鬱病に悩み苦しんでいる人が、ドンドン増えていると言う…そりゃ、そうだよね。企業戦士とかいって仕事に明け暮れ…人間性等をほとんど無視して経済最優先のなりふり構わぬ世の中だもん…。皆、ついていくのに必死で…本当の友達関係や人間関係なんて維持継続していくのも大変になってる位…。人の悩みなんか聞いてる暇も余裕もないのが現状。アメリカやヨーロッパみたいに…メンタルケアを重要視なんてしてないし…。先進国にありながら…メンタルケア…最後進国の日本。オイラ…カッコつけてる訳ではないけど…心の病や躁鬱病で悩み苦しんでいる人に、実は共感してる事が沢山ある。オイラのブログにも沢山の心の病や躁鬱病で苦しんでいる人達が、遊びに来てくれている。自分の性格や育ちや環境…そして能力などに…本当に悩み苦しんで…自分を責めている事が多い。ピュアな心や真っ直ぐな考え方を持っている人が多い。そんな人達と話をしていて…この映画を思い出した。『カッコウの巣の上で』もう一度、時間を作ってみてみようと思う。今の日本…おかしくなって当たり前!そう…思いませんか?不安な事ばっかりでしょ?食、住まい、福祉…あげたらキリがない位にあるでしょ?戦後の日本…間もなくは…こういう子供に育てなければ…って親が子供を育てるのに必死になってくれた。今はというと…レストランにアルバイトに来る若い子…。「あのね…これは家庭で教えてもらう事なんだけど…」って思うことが沢山ある。例えば…煙草を吸いながら食事をする…とか。遅刻してきて…当たり前の顔してる…とか。この子の家庭って…しっかりしてるな。って感じる子のほうが意外と少ない。親に叱られた事が無いって子もいる。親の欲求不満をぶつけられてばっかりの子もいる。親の愛情が欲しくても全くかまって貰えない子もいる。子供の育て方…ってのも問題ありなのかな?って普通に思ったり感じてしまう。「今の若いは…」なーんて言いたくない。若い人を社会で活躍出来るようにしていくのも、我々の仕事。今の若い人…かなり深刻に悩んでいるかも…。若い人ばかりではないよね。芸能人や有名人の人でも心の病や鬱病にかかっている人が沢山いると言う。アメリカでは、精神カウンセリングなんて当たり前…風邪をひいて病院行くのと同じような感覚。大統領にも、ちゃんとそういう人がついている。小泉さんにそういう人…ついてるの?絶対に必要だよ…小泉さんにも…って思いません?日本は…悲しいかな…心の病や躁鬱病の人を気違い扱いする傾向があるけど…「そうじゃないでしょ?」…って言いたくなる。「いつ…あなたもそうなるかわからないでしょ?」って言いたくなる。なんか…壊れちゃってるよ…日本。オイラ…何にも出来ないけど…人が食べて…ホッとすることが出来る料理…作ってみたいな。アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.12
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イタリア料理のデザートは、それほど手のこんだものはあまりない。素朴でシンプルなものが多い。今回紹介するパンナコッタもそのひとつ。pannna(パンナ)イタリア語で生クリームの事。cotta(コッタ)は、さっと煮るとか軽く焼くとか…要するに軽く火を入れると言う意味のようです。今回紹介するレシピは普段オイラが使っているもの。ゼラチンは、メーカーなどで多少の固まり具合が違うが…この分量はプリンカップ等で固めた場合に、パンナコッタが形をとどめるギリギリの状態です。panna cotta パンナコッタ生クリーム 500ml.グラニュー糖 90g.バニラビーンズ 1本ゼラチン 6g.レモン果汁 1個分レモンピール(皮)少量1. 鍋にゼラチンとレモン果汁以外の材料を全部入れて、火にかける。(バニラビーンズは、縦半分に切って中のビーンズを親指の爪でしごくようにしてとる。さやもいれる)2. 木ベラ等でゆっくりかき混ぜながら、軽く沸騰手前まで火にかけたら、鍋を火からおろす。3. レモン果汁を加える。4. 少し温度を下げてから、水で戻しておいたゼラチンを加えてかき混ぜる。5. 少しキメの細かいザルなどに通して裏ごしする。6. 粗熱をとってプリンカップやグラスなどに入れる。7. 冷蔵庫に入れて固める。8. 固まったら冷蔵庫から取り出し、冷やしておいた器に盛り付ける(グラスに流した場合は、そのまま)。9. 好きなフルーツのソース等をかけて出来上がり。 好みのフルーツをカットして飾りつけても綺麗です。生クリームは、乳脂肪のある動物性のものを使う事。植物性の生クリームだとレモン果汁など酸味を加えた時に分離する。そして、出来上がりから日にちが経過すると少し固くなる…これは、生クリームの性質なんです。一度沸騰した生クリームは、冷ますと凝固しようとする。この性質を利用したのがクレーム・ブリュレなんです。ゼラチンは、出来れば板ゼラチンが使いやすい。粉ゼラチンだと戻す水の分量で多少の誤差が出る。ゼラチンは、80℃以上の熱を加えると弱くなるので注意する事。フルーツのソースは、キウイやイチゴ等、好きなフルーツをミキサー等でまわせば良い。甘いのが好きな方は、砂糖やハチミツなどをくわえる。ジャムを小さめの鍋に入れて水を加え沸騰させ、冷ましたものでも良い。興味があったら作ってみてくださいね。アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.11
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『prologue』 思い出のU.S.A『LosAngeles 上空』 思い出のU.S.A #2『別れ』思い出のU.S.A #3シリーズ物の続きです。その後、彼女から電話は何度かあった。出るといつもだまっていて…名前を呼ぶと…「うん…」と答えた。決まって彼と喧嘩をした時だった。「喧嘩したのか…大丈夫か?…」と言うと…「うん、大丈夫…落ち着いたから…」と言った。オイラがアメリカから帰ってきてから、しばらくの間…友人達に…「いつ結婚するの?」とよく聞かれた。「別れたよ…」と言うと…。「何で?どうしたの?」…としつこく聞かれた。「アメリカ行って、俺が変わったからだよ」とひと言だけ俺は答えた。皆、納得のいかない顔をして…「本当にいいの?このままで…」そう言っていた。「あぁ…。1年も待たせた。あいつに済まない事をした」こう言って、それ以上…俺は、答えなかった。わかれてから数ヶ月がたった時。結婚が決まったと彼女から連絡があった。「良かったな…大丈夫なんだな?」「うん、あなたと一緒で仕事が忙しい人だけど…大丈夫」「あなたで慣れたから…」電話を通して、ふたりで笑った。「長かったろう?1年弱の間…。待っててくれて、ありがとう…な」「ううん…楽しかったよ…待ってる間、いろんな事を考えることが出来たし…本当に楽しかった。強くなったしね…」弾んだ明るい声で、こう言った。「あなたに色んな事を教えてもらった…ありがとうね…だから、幸せになれると思う…だから心配しないで…あなたは、無理な事ばっかりするから…あんまり彼女に心配かけたら駄目だよ…身体にだけは気をつけてね…煙草…短くなるまで吸わないで…」そう言って電話を切った。それから、彼女からの直接的な連絡はなくなった。その後…子供が出来た話…引越しをした話……などを友達から聞いた。そんな話を聞く度に嬉しかった。恐らく今も幸せに暮らしていると思う。その後のオイラは…新しい彼女が出来たり…フランス料理を本格的にやりはじめたり…とあいも変わらず波乱万丈の時を過ごした…その後の話は、また別の機会に…追伸:『思い出のU.S.A』について本題のアメリカでの話は、これから書きます。合間に他の記事や日記を書きながら…最初に彼女の話を書いておいた方が、読みやすいと思ったので書いた次第です。そしてこの『別れ』の話は…誰にも話した事がない話です。誤解されると困るので書きますが…未練や後悔があって書いている話ではありません。すべて、その時点でオイラの中で完結している話なんです。心の奥のほうにしまってある最高の思い出です。話すつもりも、ここに書くつもりも全くなかった話です。でもね。自分の可能性や夢を簡単にあきらめてしまう人が余りに多くなったのを見て…。こんなにも非力なオイラでも、夢や目標のひとつやふたつ実現できた事を伝えたかったので、あえて書く事にしました。まだまだ、実現できていない事も沢山ありますが…。自分を大切にしてそして夢や目標をもってほしい…結果は、必ず後からついてくるから…皆、ひとりでなんか生きられない誰かの力を借りるのも必要なんだから…友達を沢山作って…頑張ってください。応援しています。Born To Run『酔月 #5』へ続く アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.11
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思い出のU.S.A 『prologue』 思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』シリーズ物の続きです。連絡もなく彼女は会いに来た。何故、その日会いに来たのか…わかりすぎるほど…わかっていた。世田谷 上馬に借りたアパート…。日も余りあたらない…狭いワンルームの部屋。チャイムがなってドアを空けると彼女は立っていた。何も言わず、中に入ると…静かにコーヒーを入れだした。ふたりとも何も言わず黙っている…もう、交わす言葉は決まっている。それから、1時間位が過ぎただろうか…。日も暮れて、あたりは暗くなっている。「わかってる…好きな人が出来ただろ?」「……………」うつむいている。「 大事にしてくれそうか?」心は、不思議と静まり返っていた。彼女のコーヒーは、少し口をつけただけで…冷めている。うつむいたまま…その冷めたコーヒーカップを手に取った。「俺が会わなくても、大丈夫か?」しばらくしてから彼女の重い口が開いた。「うん…大丈夫だから…」大粒の涙が膝の上に落ちていた…。「そうか。いい人見つけたな…」素直に、そう言えた。「俺の事は、忘れて…その人と歩いて行け…」彼女は、黙ってうつむいている。ポタ…ポタと間隔をあけて涙が落ちている。「でもな…何かあったら…もし、何かあったらな…」「その時だけは俺の事を思い出せ…そして…その時は、必ず連絡して来いよ…」ゆっくりと大きく、うなずいた。「うん…」はっきりと力強く答えてくれた。あの時…迷い、悩み苦しんでいた心を…解きほぐしてくれた。「後悔してほしくない…だから行ってきて…待ってるから…」そう言って約1年弱の間自分の帰りを待っていてくれた人。成田に帰ってきた時のあの嬉しそうな笑顔。成田空港から横浜駅行きの高速バスに乗った。そのバスの中で手を握り…渡された一冊の『日記帳』「待ってたから…ここに全部書いてあるから…」ひと言、彼女はそう言った。そんな女を…今度は、俺が黙って…背中を押してやりたい…気持ち良く…背中を押して…その背中が見えなくなるまで…見送ってやりたかった。「行ってきて…」そう彼女が、言った時。心が決まった。その時にわかっていた。この日が、いつか来る事を…出来る事はしてきた。俺の手で幸せにしてやりたかった。でもね…。精一杯やったつもりでも器がたりなかった。U.S.Aで経験した1年弱…それは、俺にとって余りにも大きな経験だった。帰ってきた時には、変わっていた。考え方の根本が…日本を発つ前と…。そんな俺に、彼女は戸惑った。こんな風になって帰ってくるとは思っていなかった…。彼女の中では、旅発つ前の俺しかいなかった。アメリカを経験していない俺で十分だった。彼女が思い描いていたふたりの結婚生活の夢と現実。そのショックからくる寂しさと…悲しさ。わかっていた。でも、変わってしまった考え方を元に戻す事は出来なかった。その寂しさを埋めてやる事が出来なかった。ふた月程前から気がついていた…。「誰かを好きになったんだな」…と。でも、何も気がついていないようにしてきた。彼女が、それを告げにくるまで…何も知らない事にしようと決めていた…。そして、その日が今日…訪れた。気がついてから、この日まで…何度となく読み返した『日記』それを読む度…辛かった。好きだから…愛しているから…そう…それは、何の解決にもならなかった。お互いに、そうであればあるほど…傷つけあう事もある。お互いに出来てしまった距離を…縮めようとすればするほど…遠くに行ってしまうこともある。ただ、その時の俺は…違う道を歩き始める決心をした彼女を…彼女のために素直に送り出してやる事が彼女にしてやれる最後の「ありがとう」だった。思い出のU.S.A #4『別れ (追記)』アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.09
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思い出のU.S.A 『prologue』 夜7時に成田を飛び立ち、ホノルルを経由し…ロスアンジェルス上空にさしかかった。その日、L.A上空は、厚い雲におおわれていた。オイラが乗った飛行機は…大韓航空のジャンボ。今は、多くの航空会社が日本に乗り入れをしているが、その頃はいくつかの航空会社しか成田~ロスアンジェルス間を飛んではいなかった。1年オープンのディスカウント・チケット…16万5千円だった。貨幣価値を考えても今よりずーと高い…加えていえば…当時1ドルが220円だった。経済的にも今はずーと、海外へ行きやすくなっている。"Attention please."アテンション・プリーズ(注意をお願いします)のアナウンスがスチュワーデスさんから流れる…。機内の窓を全部あけてほしいとのアナウンス。夜になっていた…。「ロス・アンジェルス上空は厚い雲におおわれていて今、滑走路が空くのを待っている」…とのアナウンス。「滑走路が空き次第、着陸するのでシートベルトを着用しておいてくれ」…とのアナウンス。酸素マスクの着用の仕方、救命胴衣の着用の仕方をジェスチャーをふまえて紹介される…。しばらくして「滑走路が空いたので、これより着陸態勢に入る」…というアナウンス。再び、シートベルト着用の確認とスチュワーデスさん自ら乗客の着用確認を行った。何で?こんなに何回もシートベルトのチェックをするんだろう???ジャンボ機は、着陸する時も衝撃は、ほとんどないのに…。ホノルルに着陸する時は、こんなに「シートベルト、シートベルト」とは、言わなかった。はてな???もしかして…ヤバイの?ヤバイって…落ちるの?って一抹の不安が頭をよぎった所で…。「旋回して着陸する」…とのアナウンス。機体は大きく左にかたむいた。またもやアナウンス…。「左の窓を見ていてほしい…」…と言っている。「は?左の窓って…。下になってるじゃん…」って…えっ!えーーーーーーー!あっーーーーーー……SOS……落ちていく……っ!すーーーっと。真横に落ちていく…オイラの乗ったジャっ…ジャンボが…。はーーーーーー!と思った瞬間!何も見えなかった左の窓。みーんなの頭は、言われたとおり左にむいている。雲が切れた瞬間!バーーーーーン!!!左の窓、一面に…LosAngelesの夜景が…映しだされた。星屑を一面にひいたように…窓の外が、光の渦になっていた。「おぉー!…うわぁー綺麗…」乗客から感動の悲鳴が沸き起こった…。”Welcome to LosAngeles”(ようこそ!ロス・アンジェルスへ)…とスチュワーデスさんが小さく呟いた。そして機体は無事に、L.Aに舞い降りた。感動しました。こんな風にL.Aの夜景をみせてくれるなんて…大韓航空のパイロットさんの操縦技術に、ただただ感心!思い出のU.S.A #3『別れ』アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.08
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17歳の夏…横須賀『どぶ板通り』(横須賀の米軍基地のゲートの前にある通り、あの頃は米軍兵相手のバーが立ち並んでいた。今では数軒を残すのみとなり、あの頃の『どぶ板通り』の面影はほとんどない)ベトナム戦争が終わって約4ヶ月…。『どぶ板通り』の異様な雰囲気が少し薄らいで来た頃。友達とふたりで汐入方面へ歩いていた…友達がオイラに声をかけた…「将来さぁ…。何になろうと思ってる?」「将来…? …出来れば…音楽やりたいなぁ…」とオイラ。「音楽って…ミュージシャンになる?」と友達。「ん…。うん…なりたいよねー! でも…ギターもベースも、まだ下手だしなぁー」とオイラ。「そっかー…いいなぁー! 練習してさ…夢かなえろよ! バンド組んでるし、詩も曲も書いてるじゃん。頑張ればなれるよ…だから夢かなえろよ!」友達のこの一言が嬉しかった。「おまえは何になる?」とオイラが聞いた。「俺? …俺はさぁ…車好きだし、18になったら免許とって、車をいじりたいなぁ… 整備工になりたいんだよね…」と友達が呟いた。「整備工か…いいかもね。機械とかいじるの好きだもんね。家のスイカ畑はやらなくていいの?」とオイラが聞いた。彼の家は、三浦スイカを作っている。夏に彼の家に行くと…いびつなスイカを何個もくれる。「スイカ畑は、兄貴がやるか…親の代で終わりかな…。俺…やっぱ車をいじりたいんだよね」と友達が何かふっ切れたように答えた。「俺…ボブ・ディランが好きじゃん…だからさ…アメリカに行きたいんだ…行ってさ住んでみたいんだけど…出来るかな?」と独り言のように呟いた。「えっ!アメリカに行くの?……んん…行けるんじゃないかな…だってさ、アメリカ人だって日本に住んでるじゃん…頑張れば行けるよ」何を言っても前向きな答えが帰ってくる親友。彼の言葉で17歳のオイラに目標が出来た。「俺は、絶対にアメリカに行って住む!…そして頑張ってアメリカでミュージシャンになるんだ。ボブ・ディランに会いに行く」…夢あふれる夏だった。あとひと月で23歳になろうとしていた22歳の2月29日、成田からL.Aへと飛び立った。あの時の友達は、18歳で車の免許をとり、19歳の時に大きな事故を起こし…片目を失った。それから、しばらくして念願だった自動車の整備工になった。オイラが22歳になって数ヶ月がたった秋から冬。結婚しようかアメリカに行こうか…迷いに迷った。好きな彼女を選ぶか…夢だったアメリカを選ぶか…「若い時に行ってきなさい…若い時の感動は一生を左右するよ。だから今、行ってきなさい…後悔したくないでしょ?」…とある先輩が言った。「ずーと行きたかったのはわかってる。私と結婚しても、あなたの心にアメリカが残っているなら…私は辛いよ。後悔してほしくないから、行ってきて…待ってるから…」彼女が言った。涙が出た。胸が締め付けられて…熱くなった。涙が止まらなかった…。思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.07
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方南通りと山手通りの交差点『清水橋』に交番がある。土曜日の朝 10:30チャリンコでお店に向かうオイラ…。「ヤバ!出るのが遅かった…早く行かなきゃ!」青信号で横断歩道を渡り…立ち漕ぎ体制で急いでいるオイラの前におまわりさんが立ちふさがった!「自転車盗難が相次ぎ、車両番号を確認したいのですが…」と若いおまわりさん…「は?」とオイラ。勘弁してよ…オイラって自転車泥棒に間違われている訳?オイラのチャリンコ…自転車防犯登録なんてしてない。自転車を買う時、500円位を払って登録して番号の付いた小さなステッカーを自転車に貼るのだが…。1万円位のチャリンコ…盗まれても出てこないのが、ほとんどだし、盗難届けを出したって真剣に探して貰える訳でもないので、登録しても無意味と思ってしなかった。「防犯登録の番号を調べさせてもらいます」と…おまわりさん。「してないですよ。防犯登録」とオイラ。「えっ!してないの?」と…おまわりさん。「してないって…防犯登録って任意でしょ?義務付けられていないでしょ?」とオイラ。「困っちゃうな…」と…おまわりさん。困っちゃうな…は、こっちなんですけど…急いでいるんですけど…もしもーし…店のオープンが間に合わなくなっちゃうよ…!「今から仕事で、急いでいるんですけど…もういいですか?」とオイラ。「調べなきゃならないんで…」と…おまわりさん。「時間どれ位かかりますか?」とオイラ。「15分程で…」と…おまわりさん。「えっ!15分…致命的じゃん…」と心の中で呟くオイラ。ちょっと、ちょっと…相手してられない…「仕事だ!」って言ってるのに…土曜日が休みで暇な人を捕まえてやってよ!って感じ。「行きますよ!」と言って振り切ろうするオイラ。チャリンコを漕ぎ出すと…そのおまわりさん…走り出してオイラの自転車の前に立ちふさがり…大の字に両手両足を大きく広げた。最近、見かけない『通せんぼ』のポーズ…。『命』でも、やってくれたら…もしかして…付き合ってやったかも…。「あちゃー…。大勘弁だぜ…」と心の中で呟く。暴走族とかの違反行為の時にしろよ…そのポーズ!なんの違反もしてないオイラの前で、やってくれちゃうポーズじゃないよ…。「待ってください!調べないといけないんで…!」とおまわりさん。いったい何の正義感?自分で買った自転車を…盗難車と間違われて…その上、仕事に影響しようとしている…ってもうすでに影響してる。「すみませんけど…付き合ってられないので、お店まで来て頂けます?仕事が間に合わないので行きますよ!」とオイラ。「えっ?お店ですか?」とおまわりさん。「お店の住所を言いますよ…ハイ、警察手帳だして…ハイ、メモして…」とオイラ。オイラがそう言うと…このおまわりさん…オロオロして状況がよくつかめていないらしい…。この時、オイラ…うかつにも名刺を携帯していなかった。でも…ねぇ!こんな人…なんで公務員にするの???「だから…お店を開けなきゃいけないんですよ。時間がないから、調べたかったらお店の前にこの自転車がおいてあるから、気の済むまで調べて下さい」とオイラ。「えっ…。お店って何処ですか?」とおまわり。「だから住所を言いますよ。西新宿6丁目…」とオイラ。「6?…」とおまわりさん…。「6の17の7…わかった?そこに置いてあるから」とオイラ。「で、でも…今、調べなきゃ…」とおまわり…。しつこい奴である。全く聞き訳がない…。「お店が開けられなかったら、損害賠償が生じますけど…あなたに請求してもいいですね?」とオイラ。ここまで言って、やっとオイラが急いでいるのがわかったらしい…。「では、お店に行かせてもらいます…6の…」とおまわり。すでにオイラはチャリンコを漕ぎ始める。ったく…付き合ってられない…。スーパーダッシュで、なんとか開店時間に間に合わせたが…。あのね…おまわりさん。勘弁してよね!土曜日の朝に忙しい人もいるのですよ。(その後、彼が店の前に置いてあるオイラのチャリンコを調べに来たかどうかは…定かではない…)放置自転車や自転車の盗難の問題等…。山積している問題の抜本的な改革をして欲しい。…そう思っているのは、私だけなのでしょか…。アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.06
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「シェフって、良く人に誤解されません?」たまーに…聞かれる質問。「そうだね…誤解されてるかもね…」とオイラ。「いいんですか?それで…」と切り返される。「誤解ってさ…解こうとすると…余計に深みにハマる事って多くない? 絶体絶命の誤解以外は…放っておく…」「はぁ…」と分かったのか分からなかったのか…大抵こんな答えが帰ってくる。「わかる人には、何の説明もせずに分かるでしょ?わからない人に、なまじ説明しても分からないでしょ?」とオイラ。「だって…。損する事が多くありません?」って聞かれる…。「そうかもね…。別に損したとも思ってないけど…損得で、やってないから…縁の無い人とは縁がないでしょ?縁のある人とは、壮絶な喧嘩をしたとしても…別れることってないでしょ?だから…いいのもし、相手が誤解してたな…って思ったら、また縁が出来るかもしれないし…こうだっただの…あぁだっただの…俺はこう思っているんだ…だの…そんな言い訳っぽい事、言いたくないし…悪かったら謝るし…誤解されたなら、こっちに落ち度があったのかもしれないけど…俺の器がそれ位しかないんだから仕方ないでしょ?」と…いつもこんな風に答えてる。「でも…損ですよ…」とまた言われる。「だからーーーー!」って言いたくなるが…その後は無視…違う話題に切り替える。一体なんなん?損とか得とか…下手とか上手とか…すごーく 極端な例えだと…むかーし…昔。『切支丹の弾圧』とかあったでしょ?もし、オイラが切支丹だったら…踏み絵は、絶対に踏まないタイプかも…「貼り付け獄門…上等じゃん!何が悪いの切支丹…」なーんて平気で言っちゃうタイプかも…そういうの考えると確かに損?踏み絵を踏めば…生きられる。でも、そんな事してまで…って考えるタイプかも。ジェームス・ディーン…大好きだったもん…って関係ないか…。若い頃、約1年弱…L.Aで暮らして確かにオイラの人生って変わった。L.Aに行った最初の頃は、yes or no で聞かれると…答えられなかった…。でも、答えられるようになって日本に帰ってきた訳ですよ。今更、損得で、yes とか no とか答えられません!って訳ですよ。こんなオイラを見て…アルバイトの高校生が「シェフになりたい…」とか言って、両親を説得して調理師学校に通い…コックさんを目指してる奇特な若者もいることだし…。簡単に生き方を変える訳には、いかないですよ。カッコつけてる訳ではないけれど…都合の良いように…変えるのはできません。そんなの…ちょっとカッコ悪すぎです。キース・リチャードみたくなりたいって思っているのに…。わかってもらえない人には…誤解でも六階でも七階でも良いですよ…。「好きにしてくれー!」って言っときます。本当に生意気なオッサンで…すんません…。 応援してね。HOMEシェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.04
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孫子…古代中国の兵法家です。武田信玄 等の戦国武将はもとより現代の経営戦術にもとりいれられている『孫子の兵法』という一冊の本があります。本屋さん等に沢山の解説書が出版されていて、僕もこれをたまに断片的に読んだりします。硬い内容の記事になるので、書こうか迷っていたのですが…少しふれておくことで、このブログに遊びに来た時に、何かの参考になれば有難いな。…と、ふと思い。断片的に少しづつ書く事にします。(硬い内容が好ましくないな…と思う方は、遠慮なくパスして下さいね)オイラは、戦うために孫子を断片的に読むのではありません…。言わばキリスト教徒が聖書を読むのと同じ感覚…もっと気軽な感覚で目を通します。自分の基本の反省であったり、自戒の修正であったり…心のセルフコントロールに使う事が多いのですが…。このブログのプロフィールに書いてある『好きな言葉』は、孫子の言葉です。『兵は、詭道なり。故に能くして、これに能くせざるを示し、用いて、これに用いざるをを示す』オイラは、この言葉をこのように解釈しています。『臨機応変能ある鷹は爪を隠し使うのに使わないようなそぶりをする』毎日毎日、同じものを仕入れたとしても…昨日と全く同じものは、ほとんどなく状況はいつも変わっています。自分もいつも絶好調であるわけではないしそれは、スタッフ達も同じ「出来る」と言って出来ないのは良くないですよね。「得意ではない」と言って出来るほうがよりよい結果が生まれる。「使う使う」と言って、使わないのは良い事ではない…相手に無駄な期待感を与え、使わなかった時に失望感をあたえる。孫子の兵法は全部で13編で構成されていますが、オイラが良く読むのは、ほんの一部です。はっきり言って難しい文章もあり…理解しにくい箇所もあります。「あぁ…これは、その通りだな…」とか「役に立ちそうだな」と思う所だけ読んでいます。孫子の有名な言葉に『彼を知り己を知れば、百戦してあやうからず彼を知らずして己を知れば、一度は勝ち一度は負ける彼を知らず己も知らざれば、戦う毎に必ず敗れる』自分を知る事がすべての基本ですよ自分を知らなければ必ず負けます相手を知って自分を知っていれば負ける事はありません。と言っています。自分の弱点や欠点を見つめる事って、実はあまりしたくない事かもしれませんよね。でもそれを、知って反省し補足が出来れば、良くなります。または、仲間の誰かに補って貰うのも手段のひとつです。現代の経済や仕事は、より複雑化して単純に受け取れない状況になっている事も多くあります。仕事などで悩んだり、考え事が多くなったりした時に、こんな一冊と出会うのもリフレッシュするキッカケ作りになるかもしれません…。今後、少しづつ『孫子の兵法』の一節を紹介しますので、お付き合いして頂ければ嬉しいです。アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.03
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一緒のレストランで一緒に働いた事はないのだが…。オイラの中では、師に近い先輩がひとりいる。彼は、混じりっけなしの100%天然…。何が天然なのかと言うと…まず、話した事なんてほとんど憶えていない。「この前、話したメニューなんですけど…。こうしたらうまくいきましたよ…」とオイラ「えっ…なんだったけ?」と先輩「ドルチェの組み合わせの話をしたじゃないですか…憶えて無いですか?」「あー…そんな話、したっけ?……あぁ、思い出した、そうそう…フルッタとジェラートの話ね…」と先輩ほとんどの話がこんな調子で進んでいく…。間違ってもアホではない…アルツハイマーでもなければ、ボケでもない…ただ単に…天然!腕は確か!でも、おごりなどは微塵も無い。今はなき、鎌倉の名店のシェフをオープンからずーとしていた。シェフをしていながらイタリアのフィレンツェの名店『エノテカ・ピンキョーリ』に2年間行っていた。こんなに腰の低い料理人は、会った事が無い。普段、会うと冴えないただのオッサンなのだが…。この人と話をしていると底抜けに楽しい…。時間が経つのを完全に忘れてしまう。素材の話…料理の話…業界の話…ワインの話…話は尽きる事が無い…この先輩が眠くなるまで、話は続く。話の中で、例えば…オイラが…「あの料理って、どういう分量なんですかね?」なーんて聞いたら…「あぁ…あれ?えーと…」と言いながら紙にレシピを書き出して…「この分量だったと思うよ…」てな感じでそのレシピをオイラに手渡し…ニコニコしながら「ここを気をつければ、こんな感じで出来るから…」なーんて全くもったいぶる事無く教えてくれる。そーかと思うと…オイラが店で料理を作っていると…「何、作ってるの?」とか言って、いつの間にかオイラの横にいたりする…。いつ来たんだろう???てな感じで最初の頃は、ビックリした。もっとビックリしているのは店で働いているスタッフ。「シェフ…すいません…勝手に入ってきてしまって…」キッチンに見ず知らずの人の乱入を阻止できなかった事をオイラに詫びる。「いいんだよ…。この人は…どこでも来ちゃうから…」といつも答えているオイラ。普通の料理人とは全く違う。ある日、店を閉めて、片づけをしている時に現れた。話は、いつものように弾み…スタッフを帰した後。なんの拍子か、ピッツァの話になった。店には、オイラと先輩のふたりしかいない…何を思ったか…先輩の一言。「作ろう!」「えっ…マジか…今からピッツァ…作るの?」と心の中で呟くオイラ。それから数時間…ふたりで、あれやこれや言いながら…ピッツァを作った。お互い納得のいくまで…笑そしてこの人は、自分が疑問に思ったりした料理や興味を持った料理は、年下のオイラにでも気軽に聞いてくる。「あれさぁ…。この前やったら、うまくいかなくて…どうやって作ってるの?」こんな感じ。教えると…「へぇー!そっか…頭いいなぁー」なんて訳のわからない褒め言葉を言って感心してる。「俺が…俺が…」と自慢話ばかりするコックさんって凄く多い…。この人から、自慢話や「俺が…俺が…」なーんて言葉は未だに聞いた事が無い。不思議と自分の店になると売上を伸ばさないのだが…何処かの店のシェフとなると売上は、それまでの倍くらいになってしまう。自分がシェフであろうと…オーナーシェフであろうと全く変わらない…天然のまんま!不思議な人だ…この人と会ってから、料理人であるオイラの人生観は少し変わったように思う。持っている知識や技術は、決してひけらかす事無く。そして決して隠す事無く。人の成功をうらやむ事無く、自分の喜びにして…人の失敗をさげすむ事無く、自分の戒めにして…自分の力をもったいぶる事無く、人に力を与える。恐らく彼は、それにすら気付いていないだろう…自然にしていることなのだと思う。そう…100%ピュアの天然。心の中は、野山を走り回っている少年のよう…純粋そのもの。自分の中に激しさを見つけた時。あの人のようになりたいな…といつも思う…。アウラ クチーナ イタリアーナ HPアウラ 食べログアウラ 一休レストラン(サービス料インクルード)aura cucina italiana インスタグラム 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次
2005.11.02
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