私の人生論 (思考が運命になる)
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下瀬火薬(しもせかやく)は、大日本帝国海軍技師の下瀬雅允が実用化した火薬(砲弾の炸薬)で、日露戦争当時の帝国海軍が使用し、日露戦争における大戦果の一因です。成分は純粋ピクリン酸ですが、砲弾への充填方法に特徴があります。具体的には、金属と反応するピクリン酸を、腔発が発生しないように、かつ大量に砲弾に充填する技術を確立しました。火薬は1888年(明治21年)に実用化され、1899年(明治32年)には大量生産が開始され、日露戦争(1904年〈明治37年〉― 1905年〈明治38年〉)で大きな役割を果たしました(当時、他国海軍の用いていた炸薬は黒色火薬や綿火薬(ニトロセルロース)ですが(ロシア帝国海軍は綿火薬を用いていました)、下瀬火薬は、それらより爆発力が強くピクリン酸は、鉄と接触すると、ピクリン酸塩を生成して爆発し爆発の際には摂氏3千度の高熱を発します。日露戦争当時の世界で最大の爆発力を持つ炸薬であった下瀬火薬は、いわば帝国海軍の秘密兵器でした。大日本帝国海軍が砲弾に下瀬火薬を14%充填していたのに対し、ロシア帝国海軍は綿火薬を2.5%しか充填していません。
2026年05月12日
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