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chiko619 @ Re:新参者(09/22) 「新参者」読みました。 東野圭吾さんは、…
kimiki0593 @ 相互リンク 初めまして、人気サイトランキングです。 …
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ はじめまして^^ 先ほどこのロングインタビューを読み終え…
2008.06.29
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カテゴリ: 社会・政治・時事

 彼らは、まだ、「どこへ消えた?」という状況ではない。
 将来的には、いつか「あの人は、今」で、TV登場することになるのだろうが、
 今のところは、時代の寵児と言えるほどの存在で、新曲もヒット間違い無しだろう。

 さて、今、日本では、世の中に迷惑行為が蔓延している。
 なぜ、そんなことが平気でできるのか?
 なぜ、そんなことをしても、恥ずかしいと感じないのか?
 本著は、この「恥ずかしい」という感覚について、解き明かしていこうとする。

  社会の中に自分の居場所を作り、それを保つために、羞恥心は不可欠な心の警報機である。

  従って、羞恥心の基本設計はおそらくすべての人類に共通している。
  しかし、羞恥心にも環境や状況によって変化する部分がある。
  具体的に何を恥ずかしいと感じるかもその一つだ。
  恥の基準は、時代や文化によって異なるが、
  また、自分がどのような社会的立場に置かれているかによってもずいぶん変わってくる。(p.122)

その上で、著者は、こう述べる。

  羞恥心が最も警戒を強めるのは、ほどほどに関係が重要で、
  かつ、それほど評価が定まっていない中間的な親しさの関係ということになる(p.151)

井上忠司氏の『世間体の評価』では、伝統的日本人の人間関係を
「ミウチ」「タニン」「セケン」の三領域に分け説明している。
最も親密な人間関係が「ミウチ」であり、地縁・血縁がないのが「タニン」。


「タニン」は、自己評価の不安定度は高いが、関係の重要度は低い。
嫌われようが、疎まれようが、しょせん無関係な相手であり、
相手が自分のことをどう評価しようが、自分にとって大きな不利益はない。
だから、「旅の恥はかき捨て」などということが起こる。

「セケン」の範囲は広いが、同じ村落に住む人々など

そして、かつて「セケン」の機能を果たしていた地域社会が、
次第に「タニン」の世界へと移行しつつある。

不特定多数の人々が集まる繁華街や駅前広場、電車の中等、
かつては、明らかに地域社会の延長線上にあった場所が、
「セケン」から「タニン」の世界に変化してしまった。
近所に住む人も、今や「タニン」であり、どう思われようと実害がない。

かくして、電車の中での化粧、人前でのキス、社内での飲食、駅構内などへの座り込みは、
「恥ずかしい」という感覚を誘発するものではなくなった。
さらに、「セケンの基準」に代わり「ジブン本位の基準」が台頭している。
何をするのも個人の自由で、他者に干渉すべきでないと考えるようになってきている。

また、「せまいセケン」が乱立し、そこに独自の習慣や基準を持つようになった。
そこの住人にとって、そこで「浮く」ことは、自分の居場所を失うことになる。
「せまいセケン」の住人たちは、それを回避するため、
地域的セケンの基準より、「せまいセケン」の基準に合うよう行動するしかない。

   ***

最近の人々の行動基準が、本著を読むことで、分かったような気がする。
地域社会の消失と共に「セケン」が失われ、「タニン」に囲まれた世界になったこと。
「ジブン本位の基準」の台頭と「せまいセケン」の乱立。
これからの「個」の時代を、人々は「個」として、どう生きていけばいいのだろう。





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Last updated  2008.06.29 16:00:21 コメントを書く
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