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本著は、『京都新聞』の「現代のことば」に、 2018年8月から2025年1月にかけて寄稿された37編のエッセイと 『朝日新聞』の「瑞穂のくに日本がたり」に 2016年6月から2017年3月にかけて寄稿された10編のエッセイに、 加筆・補整・改題を施して、 テーマ別に「おおきに」の巻8編、「もぐもぐ」の巻10編、「きょうと」の巻6編、 「わくわく」の巻6編、「てしごと」の巻8編、「にっぽん」の巻9編として振り分けたうえで、 漫画家・ほしよりこさんによる書き下ろしの絵日記「キャンパスのプリンセスを訪ねて」と 2025年7月に京都産業大学で行われたスペシャル対談「彬子女王&ほしよりこ」、 さらに、彬子女王による「おわりに」を加えた一冊。 著者は、女性皇族のおひとりであられる『赤と青のガウン』の彬子女王。 ***本著も、書かれていることが一読で無理なくスッと頭の中に入って来て、とても読みやすい。そして、『赤と青のガウン』の主たる舞台が英国だったのに対し、本著は日本の京都であるためか、一つ一つのエピソードにより身近さを感じてしまいます。もちろん、皇族の方々や側衛さんについての記述など、別世界のお話もとても面白い! いろいろな話をする中で、 日本の民藝運動に大きな影響を与えた英国人陶芸家のバーナード・リーチの話になった。 「そういえば、セント・アイヴスのリーチの窯を作ったのが日本人の陶工で」と私が言うと、 「知らなかった」と彼が身を乗り出してきた。 その陶工というのは、宇治の朝日焼の12世松林昇斎の次男の松林靏之助のこと。 今の朝日焼は16世の時代になっている。(p.86)おお、こんなところであの『リーチ先生』が登場したと、何だか嬉しくなりました。そして、本著を読んで一番心に残ったのは、スペシャル対談の中での彬子女王の次の言葉。 「親がああ言ったから」「先生に反対されて」と言い訳にして、 あきらめる癖がついてしまうと、 どんどん自分というものがなくなっていってしまうような気もします。 でも、「選んだのは自分」という確固たるものがあれば、 今後どういう道を選び、進んだとしても、 そのことに後悔せず、前を向いて進めるように思います。(p.233)
2025.12.31
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さて、第15章のお話は、前話のお話から一転して新しい展開に。 喜久雄と俊介だけでなく、春江や幸子、一豊、綾乃、徳次らの様子も描かれます。 特に以前少しだけ登場した野田については、その正体が明らかになり、 そのことが、出奔後の俊介についてさらに詳しく知ることに繋がっていきます。 ***三友最年少取締役・竹野が矢口建設若社長を接待する食事会に、喜久雄は7歳年長の人気二枚目立役役者・伊藤京之介と同席します。そこで、現代歌舞伎をきちんとした形で後世に残そうと、まず『国姓爺合戦』を京之介の和藤内、半二郎の錦祥女で撮影しようということに。一方、俊介と一豊の二代同時襲名披露を盛り上げるべく、丹波屋に1年密着してのドキュメント番組撮影が行われます。バスケットの親善試合にレギュラーとして出場する一豊の応援に駆け付ける春江や、おせち作りを陣頭指揮する幸子も、その撮影対象となっておりました。そして元旦、次々と訪れる弟子たちを迎え入れた後、俊介が年始挨拶を終え、さらに源吉も姿を現すと、女たちも小休止しての乾杯です。その時、姿を現したのがあの野田という男。俊介が生きる気力を失って薬物に手を出した時、一人では手に負えなくなった春江が長崎の母を頼ったところ、そこにいたのが野田でした。野田は、春江が三歳の頃に母親と所帯を持ち、小学5年生になるまで一緒に暮らしていましたが、酔っては母親や春江を殴り蹴り、ドブ川に投げ入れていたのです。しかし、長崎で再会した時に、俊介回復の力となってくれたのも事実でした。喜久雄が稽古場で先々代伊藤京之介が演じる和藤内の映像を見ていると、そこに徳次が現れ、『国姓爺合戦』の舞台が終わったら大陸でもう一勝負すると宣言。そしてその中日に「歌舞伎映像大全集」の収録を済ませ、千穐楽を迎えた翌日、誰にも知られぬよう姿を消したのでした。二代同時襲名で『曾根崎心中』を演じる俊介と一豊に、幸子は20年目のことを思い出しますが、その年が訪れると、大学進学を希望する一豊は進学クラスに見事に返り咲きます。そして、綾乃の方も老舗出版社に自力で内定したのでした。さらに、国技館であの荒風の15歳の息子・荒木の取り組みを観た喜久雄は、早速荒風に電話。喜久雄は荒木や若い力士たちに御馳走することになり、相撲好きの綾乃を連れて行くのでした。楽屋で化粧をしながら襲名披露公演のチラシを見つつ、源蔵の具合を気にする俊介。その足の小指の付け根は、うっすらと紫色になっています。挨拶回りやテレビ・ラジオ出演で大忙しの日々が過ぎ、迎えた京都南座での襲名披露公演初日、俊介は口上で、これまでの波乱万丈の日々、そして亡き豊生について語るのでした。 ***もう、ここまでくると、映画の世界とは完全に別物です。映画は上映時間が3時間に及ぼうという大作ですが、原作ももちろん大作なわけで、そこで描かれていたことを全て映像化するととんでもないことになってしまいます。しかしながら、未知の出来事が次々に起こるので、読んでいてとても楽しくなってきました。
2025.12.31
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さて、第14章のお話は、千五郎の計らいで歌舞伎に復帰した喜久雄が、 俊介との共演で再び人気を取り戻していきます。 一方、かつて喜久雄を冷徹な仕打ちで苦しめていた鶴若の方は、 見るに忍びない状況へと追い込まれていました。 ***『源氏物語』で16年ぶりに共演した喜久雄と俊介は、久しぶりに焼き鳥屋で酒を酌み交わします。次の『仮名手本忠臣蔵』九段目でも共演すると、破竹の勢いの半半コンビの名舞台が、全国各地で数年の間上演され続けたのでした。その後、喜久雄は吾妻千五郎劇団で、俊介は万菊との舞台で評価を高め、それぞれの地位を築いていきます。バブル期のご祝儀で、喜久雄は母マツにワイキキのコンドミニアムを購入、そこで綾乃と二人きりの4泊6日の旅行を楽しみます。一方、俊介はと言いますと、以前万菊が売却した土地の半分を借金して購入、その際、反対する幸子を説得したのは春江でした。1990年新帝祝賀の舞台では、喜久雄と俊介が『春興鏡獅子』を披露します。かつて『伽羅先代萩』では、万菊が主役の政岡を、鶴若が相手役の八汐を演じ、喜久雄には大部屋俳優がやるような腰元役が当てられたのですが、今月の明治座では、俊介が政岡を、喜久雄が八汐を、鶴若が侍女・澄の江を演じているのです。その後、ゴールデンタイムに放映されたコント番組では、バケツで水を浴びせられ、ワイヤーで吊るされ、若い共演者たちに小突き回される鶴若の姿がありました。『土蜘』を女形でやろうと、寝る間も惜しんで準備をする俊介に対し、喜久雄は『阿古屋』を演じようと、胡弓の稽古に励んでいました。そして、『女蜘』成功の暁には、息子の一豊に「半弥」を譲り、俊介自身は丹波屋の大名跡「白虎」を名乗るという、同時襲名の準備が始まります。その京都南座での『女蜘』初お目見えで、源吉が舞台袖で倒れ病院へ運ばれますが、命に別状なしとの春江からの電話。その報を聞いた俊介は、風呂に入っても足先だけすぐ冷えると、しきりに足の甲を揉むのでした。 ***今回のお話でも、喜久雄と綾乃が交流する場面が描かれており、映画では感じられなかった微笑ましい雰囲気が二人の間には漂っていました。そして、俊介の運気も上昇を続け……と思っていると、最後に気になる情景が。
2025.12.30
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さて、第13章のお話は、運気が上向いてきた喜久雄に、さらなる飛躍が。 しかし、好事魔多し。 またしても、ジェットコースターの如き急降下…… かと思えば、思いもよらぬ急上昇と、スリル満点の展開です。 ***俊介が『鷺娘』で歌舞伎ファンを唸らせると、フリーの敏腕プロモーターとなっていた竹野が、より斬新な『鷺娘』をと、喜久雄の個人事務所社長となっていた彰子に依頼します。彰子に相談された喜久雄はオペラとの共演を提案、すると彰子が辣腕を振るうことに。世界的ディーバのリリアーナ・トッチとの7日間の東京公演が実現させると、さらに7日間のパリのオペラ座公演でも大成功を収めます。そんな時、辻村から辻村興産創立20周年祝賀会で『鷺娘』を踊って欲しいと頼まれ、喜久雄は徳次の反対を押し切って快諾したのでした。一方、徳次は市駒に頼まれ、素行が益々悪くなる家出娘、13歳の綾乃を連れ戻すべく、交際相手の暴走族・タカシを血祭りに。すると暴走族を下部組織とする南組の組員たちが現れたので、自ら事務所に赴いて組長と対峙、小指1本で片を付けたのでした。そして、福岡で開催された祝賀会、辻村が舞台を眺めながら実母や権五郎とのあれこれを振り返っていると、噂通り暴力団一掃を目指す警察庁の警官がなだれ込んできて、踊っていた喜久雄の目の前で辻村は逮捕されてしまったのです。喜久雄と愛甲会との付き合いが明るみになり、喜久雄の出自や背中の彫り物の写真も世間に晒され、新派も謹慎になってしまいます。そして、質の悪い人種との付き合いが納まらず、喜久雄には悪態をつくばかりの綾乃の方は、春江が預かることに。小劇場か地方温泉旅館くらいしか踊れる場所がなくなった喜久雄ですが、千五郎は辻村の祝賀会に出演したその心意気を認め、新派をやめて歌舞伎の世界に戻ってくるように声をかけ、記者会見で、今後一切暴力団とは付き合わないと宣言させたのです。そして1年後、喜久雄と俊介の共演で、光源氏と女たちを配役を日替わりにしての『源氏物語』が演じられることになりました。*** もしも喜久雄にその気があれば、当時絶大だった辻村の力を使って、 鶴若の生死与奪も、裏ルートからの芸能ニュースの操作も思いのままだったはず。 しかし喜久雄はそれをしなかった。 そこに徳次は、極道育ちという自分の血に持つ、 逆の意味でのプライドを喜久雄に見たのでございます。この部分を読んで、確かにそうだなあと思わせられました。その結果、喜久雄はまた泥沼に足を突っ込むことになったわけですが、そんな喜久雄を千五郎が認めたというところが、時代を感じさせると言うか、なかなか深いです。映画ではあまり描かれなかったですが、春江も彰子も原作では大活躍ですね。
2025.12.29
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さて、第12章のお話は、苦境が続く喜久雄に、ようやく光明が見えてきます。 一方、俊介については、あの出奔後の様子が明らかに。 このあたりの展開は、映画では触れられなかったものなので、 興味津々、頁を捲る手が止まらないこと間違いなしです。 ***役者廃業の寸前まで追い詰められた喜久雄に、彰子の母・桂子の遠縁に当たる新派の大看板・曽根松子が救いの手を差し伸べます。そこには、彰子の体裁も気にせず喜久雄の世話をやり通そうという女の意地がありました。『遊女夕霧』を演じる喜久雄の舞台は評判を呼び、主演として客演を重ね、向けられる熱狂が増してくると、新派への移籍を正式に受け、三友相談役となっていた梅木の尽力で改名もせずに済みました。 俊介出奔から4年後の11月、歌舞伎座では俊介が、新橋演舞場では喜久雄が、いずれも『本朝廿四孝』の八重垣姫を演じることに。同月同演目での『本朝廿四孝』に興味を持った小野川万菊は、二人の八重垣姫に稽古をつけて競わせると宣言します。すっかり梨園の女将になってご贔屓回りをする春江に、こちらもすっかり人気芸人となった弁天が声をかけ、喫茶店で昔話に花を咲かせると、春江は大阪から逃げ出してきた俊介とのその後の放浪生活を一人振り返ります。放浪の旅の後、俊介の日雇い仕事は長続きせず、春江が飲み屋で稼ぐようになりました。そして、俊介が安アパートの大家の経営する古書店で働くようになると、そこで専門に扱っていた芸能専門書を読み漁ります。喜久雄が映画に出演し始めた翌年、俊介と春江の間に豊生が生まれると、中座に出演中の半二郎に会うため、三人で大阪に向かったのです。1年半ぶりに俊介と再会した半二郎は、『本朝廿四孝』の「奥庭狐火の場」をテストだと言っていきなり躍らせます。俊介はとりあえず踊り終えたものの、半次郎は納得せず、1年後の再試験を申し渡します。その後、俊介は書籍研究だけでなく、日本各地に歌舞伎の源流を求めて足を運ぶなど、充実した日を過ごしていきますが、ある日、豊生が乳幼児突然死症候群で、冷たい雨の中で俊介に抱かれたまま息絶えます。この後、俊介は数年に及ぶ荒みきった生活が続くことになってしまったのでした。時を戻して、同月同演目での『本朝廿四孝』の後、俊介と喜久雄は、共に八重垣姫で芸術選奨を受賞します。俊介は久しぶりに喜久雄に電話を掛け、互いに祝いの言葉をかけあったのでした。 *** 「中途半端なことしないでよ!騙すんだったら、最後の最後まで騙してよ!」喜久雄の本心を知った彰子の叫びは、読む者の胸にもグッと突き刺さるものでした。それでも、喜久雄を支え続けた女の意地は、正真正銘の本物でしょう。一方、俊介と半二郎の再会は全く予想外のことで、その後会うことは叶わなかったわけですから、最期の時に息子の名を呼び続けた白虎の無念さが、読む者にも痛い程伝わってきました。
2025.12.28
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さて、第11章からのお話は、下巻 花道篇へと移ります。 前巻最後に登場した吾妻千五郎の次女・彰子、 映画『国宝』では、森七菜さんが演じておられましたが、 今後のお話を大きく動していく存在となっていきます。 ***幸子の関心を一豊の方に向けさせつつ、白虎の屋敷を我が物顔に使う西方信教の幸田を追い払うことに成功した春江にお勢は感服。そんな春江に、幸子は大阪の屋敷をたたんで俊介が暮らす東京に出ることを提案、新生丹波屋が産声をあげることに。竹野は、喜久雄が京都の芸妓に産ませた隠し子のことを写真週刊誌に売りこむと共に、俊介の方には、テレビ出演を用意します。俊介、春江、一豊がNHKのトーク番組に出演し、波瀾万丈の御曹司復活劇が放映されると、世間の好感度も一気に高まります。一方、名跡を奪ったとされる喜久雄の方は、連日ワイドショーで隠し子騒動が取り上げられ、世間から激しいバッシングを受けることに。明治座初日、万菊と共に『二人道成寺』を舞う俊介を鳥屋から観ていた喜久雄が、そこに居た堪れずに外に出ると、眩いばかりのフラシュが。俊介の帰宅を待つ春江と幸子、そこに竹野がビデオデッキを持って現れると、続いて野田という男が春江を訪ねてきます。一方、喜久雄は吾妻千五郎からの後ろ盾欲しさに、既に婚約していた彰子を抱いて、二人共に結婚を決意するに至っておりましたが、千五郎がそれを許すはずがありませんでした。 ***俊介が復活に向け、着実に良い流れを掴んだのに対し、喜久雄の方は、なかなか泥沼から抜け出すことが出来ないだけでなく、さらに抜き差しのならない状況に陥っていくかのようです。下巻の幕開けは、喜久雄にとってとても厳しい所からのスタートとなりました。
2025.12.27
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さて、上巻 青春篇もいよいよ最後のお話、第10章。 喜久雄にとって苦しい時期は、まだまだ続いていくのです。 一方、出奔していた俊介は、ひょんなことから竹野が発見。 このことが契機となって、状況は大きく転換していくことに。 ***梅木社長に引っ張られ大国テレビに出向中の竹野が、担当する素人参加番組の参加者を求め、三朝温泉の小さな芝居小屋を訪ねます。すると、そこで化け猫を演じる役者に目は釘付けとなり、思わず武者震い、その後楽屋を訪ねますと、そこには俊介の姿があったのです。その前年の夏、東京で身も心も疲れ果てた喜久雄は、京都に戻って市駒の家に長逗留、娘・綾乃と一緒に楽しい時を過ごしておりました。そんな中で、徳次も交えて語り合ううち、喜久雄は東京に戻って、好きでたまらない歌舞伎に、もう一度しっかりと向き合う覚悟を決めたのです。一方、竹野は俊介の復活劇を画策、その後ろ盾になってもらうべく、万菊に鉄輪温泉郷の芝居小屋で化け猫の舞を観てもらいます。万菊は俊介の舞台を見終えると、すぐさま楽屋に向かい、また舞台に立つよう促す言葉を掛けたのでした。そして、喜久雄は十年ぶりに俊介と再会を果たすことになりますが、俊介は春江と結婚し、もうすぐ3歳になる息子・一豊もいて、大阪の幸子も大喜び。その頃、丹波屋の借金1億2千万円は減るどころか増える一方、喜久雄が映画の端役や地本巡業に精を出しても焼け石に水。講演会の裏の会長である辻村の事務所に立ち寄っては、黙って差し出してくれる札束の詰まった紙袋に頼っているのが実情です。それに対し、明治座で復帰する俊介は、『加賀見山旧錦絵』で奥御殿の中老尾上に大抜擢され、権力者岩藤は万菊が演じることに。万菊に直接稽古をつけてもらう俊介を見て、悔しさに拳を握りしめる喜久雄。そんな喜久雄に声を掛けたのは、吾妻千五郎の次女・彰子でありました。 ***ここでも、映画では見られなかった、喜久雄と綾乃が一緒に過ごすシーンが描かれます。もちろん、市駒とも交流は続いており、映画でイメージしていた関係とは随分異なっています。しかしながら、喜久雄を三代目半二郎の名跡を奪った完全なる悪役として位置付け、対する俊介の好感度を高めようという竹野の狙いは、万菊を巻き込み着々と進んでいくのです。
2025.12.25
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さて第9章は、前章に引き続き、喜久雄にとっては苦しい時期が続きます。 映画の中では、何だか状況が掴み切れぬまま過ぎていったシーンも、 こうして原作を読んでみると大いに納得、しかし理不尽。 そして、最初はそんなつもりが全くなかった映画出演をしてみたものの…… ***喜久雄に対するあからさまに不当な扱いが続く中、金沢営業では宝石即売会の後、地元名士の強要に思わず手が出かかります。そこへもってきて、東京に出て来た頃に共に楽しく過ごした元関脇・荒風が引退し、一時その家に入り浸っていた映画女優・赤城洋子が自殺未遂。この二つの出来事を機に、喜久雄は映画『太陽のカラヴァッジョ』に出演することを決めますが、そこでも、監督を始め共演者から連日連夜酷いいじめに遭うのでした。しかしながら、出来上がった作品は、喜久雄の演技が評価されカンヌ映画祭最高賞を受賞。それでも、喜久雄は各種媒体に出演することもなく、端役を演じ続けたのです。 ***荒風や赤城洋子との交友は、確か映画では描かれることがありませんでしたが、『太陽のカラヴァッジョ』に出演したあたりのくだりもそのはず(記憶が曖昧……)。ただ、この時の悲惨さはなかなかのもので、原作では結構な紙幅を割いて描かれています。カンヌ映画祭最高賞を受賞し、周囲の者まで脚光を浴びるのも、却って心が痛みます。
2025.12.24
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さて第8章は、襲名披露の舞台で白虎が倒れ、丹波屋に危機が迫ります。 その中で、丹波屋を代表する立場に押し出されたのが三代目花井半二郎。 映画では見かけなかったキャラクターも登場し、喜久雄にとっては苦しい展開。 そして、とうとう白虎が…… ***江戸歌舞伎の重鎮が並ぶ姉川鶴之助襲名披露口上に、白虎の代理として、襲名公演が全て中止となったことの謝罪に臨む喜久雄ですが、小野川満菊と人気を二分する立女形・姉川鶴若は、陰湿な嫌がらせを繰り返します。公演中止の影響で、降格・異動することになってしまった梅木社長は、夕食会で鶴若に喜久雄を預かってもらいたいと願い出ますが、引き受けた鶴若の態度は、以後も一向に変わりません。喜久雄は三友の社員から、翌々月までの役を取り消され、1年に及ぶ地方巡業を言い渡されます。病室で喜久雄が白虎を世話をしながら、「なんや、実の親父といるみたいですわ」と言うと、 「どんなことがあっても、おまえは芸で勝負するんや。ええか? どんなに悔しい思いしても芸で勝負や。ほんまもんの芸は刀や鉄砲より強いねん。 おまえはおまえの芸で、いつか仇とったるんや、ええか?約束できるか?」と、白虎は言ったのでした。幸子は新宗教にのめり込み、笑顔を取り戻したものの、白虎は、やがて我が子の名前を呼びながら事切れたのでした。空席ばかりが目立つ宇都宮市民ホールでの舞台を終えた後、三友の経理・木下から白虎邸明渡しを要求された喜久雄でしたが、逆に白虎の借金1億2千万円を自分が引き受けることを提案します。一方、徳次は京都で綾乃の幼稚園のお遊戯会に足を運んでおりました。 ***姉川鶴若の存在や梅木社長の左遷が、喜久雄を苦境へと追い込み、地方巡業へと繋がっていったことが、原作を読んでよく分かりました。それと、もう一つの驚きは、この時点に到っても綾乃との繋がりがあったということ。「へ~、そうなんだ」と思ってしまいました。それにしても、やはり第8章の核になるのは、病室で世話をする喜久雄に言った白虎の言葉。映画での渡辺謙さんの迫真の演技が自然に思い出されます。しかし、原作を読んで、それ以上の意味がこの言葉には込められていたことに気付かされました。権五郎殺害の真相を知る白虎の、言うに言えない苦しい胸の内が強烈に滲み出ていたのです。
2025.12.23
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さて第7章は、半二郎の代役として『曾根崎心中』のお初を演じた喜久雄が、 期待されて3か月連続公演に挑んだものの、そう簡単にはいきません。 母を喜ばせたい、大阪に呼んでやりたいという強い気持ちは本物ですが空回り。 さらに、市駒との関係に一悶着があってからの、花井白虎に一大事。 ***俊介出奔後、喜久雄は難波駅近くのマンションに移り住み、大阪道頓堀座は花井東一郎を芯とする専属劇場のように。しかし、爆発的な人気の波は引くのも早く、3か月連続公演が不本意な形で終わると、半二郎の勧めで映画に出演。マツが送金してくれていた金でジャガーを買い、その助手席にマツを乗せて自分の出演舞台に連れて行こうとする喜久雄。着物も仕立てて送り、大阪に呼んだものの、マツは自分が行くのは喜久雄が東京の歌舞伎座で主役を張るときだと断られる。半二郎の代役で『曾根崎心中』を演じた後、芸妓になった市駒が喜久雄の子を宿すが、梅木社長や半二郎は結婚に猛反対。市駒自身も結婚に興味を示さなかったため、認知だけで済ませたのが娘の綾乃で、既に2歳の誕生日を迎えようとしていた。その頃、緑内障が悪化し、喜久雄に手を引かれながら舞台袖まで移動する状況だった半二郎の口から、 「……襲名のことやけどな。わしは『花井白虎』になる。 そやから、お前も『花井半二郎』継いだらええ」思いがけない状況に乱れた幸子の気持ちもやがて落ち着き、迎えた大阪中座での襲名披露興行初日、白虎が大量吐血する。 ***行方の知れぬ息子・俊介、さらに自らの眼の具合の悪化、苦渋の決断を下し、喜久雄に「三代目半二郎」襲名を促す二代目半二郎。その末に、襲名披露の舞台上で吐血……映画でも、渡辺謙さんが強いインパクトを残したシーンでした。
2025.12.22
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さて第6章は、半二郎が交通事故に遭い、その代役を誰がするのかというお話。 ここまで二人で一緒に稽古に励んできた喜久雄と俊介でしたが、 遂に、その立場が大きく分かれる時が訪れたのです。 果たして、半二郎が下した決断は…… ***一か月後には弁天と共に北海道から大阪へと逃げ帰ってきた徳次は、偶然の出来事が積み重なって映画の大部屋俳優の一人に。喜久雄が徳次と一緒に、沢田西洋・花菱の夫婦漫才のテレビ収録を見学していると、花井半二郎が交通事故に遭ったとの声が聞こえてきます。命に別状はなかったものの、半二郎は両脚を複雑骨折、来週初日を迎える舞台には代役を立てるしかない状況に。『関西歌舞伎の神髄』と謳った舞台故、東京の役者を呼ぶわけにもいかず、皆を納得させる代役は、俊介しかいないと思われました。しかし、半二郎が『曾根崎心中』のお初の代役に指名したのは喜久雄で、すぐさま病室で手加減皆無の猛練習を始めます。舞台稽古で座頭の生田庄左衛門からお褒めの言葉をもらった喜久雄に対し、俊介には心無い言葉が飛び交い始めます。 「もうこうなったら、あれやで、丹波屋の若旦さんが、 自分で早めに見切りつけて、どっかに行ってくれたら話早いわな」21日間の公演は大盛況のうちに幕を閉じましたが、俊介は北新地の有名クラブの雇われママとなっていた春江と共に出奔したのでした。 ***いよいよ絶叫マシンのように過激な、喜久雄と俊介のシーソーゲーム、浮き沈みの激しい役者人生の始まり。それにしても、俊介と共に出奔したのが春江とは……男女関係の機微を感じさせられます。
2025.12.21
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さて第5章では、半次郎に鍛えられた喜久雄と俊介が世間の注目を浴びることに。 吉沢亮さんと横浜流星さんの『二人道成寺』は、映画でも大きな見所でしたが、 原作でもワクワクしながら読み進めることが出来て、とても気分が上がるところ。 まさに「スタア誕生」です。 ***喜久雄は半二郎の部屋子となり、昭和42年17歳の年に京都南座興行で花井東一郎を襲名して初舞台。そして、ミミズクの彫り物を保護者会に問題視されると、稽古の量を増やしてもらえるならとあっさり高校を自主退学。昭和45年、『京鹿子娘道成寺』を踊る喜久雄と俊介を、劇評家の藤川・早稲田大教授が激賞したことから、興行会社「三友」の梅木社長が琴平での地方巡業に足を運び、二人に京都南座で演じさせることを半二郎に提案します。荒尾での舞台を終えた喜久雄が3連休を利用して実家に帰ると、そこには見知らぬ主の下で女中として働く義母・マツの姿が。帰省中のことを語らぬ喜久雄に、事情を察した半二郎は、マツが送金し続けてくれた200万円近い預金通帳を手渡します。 「スタア誕生の瞬間というものを目の当たりにしたければ、 今月の南座にいらっしゃればよいのですよ」NHKの全国放送番組で流れた藤川のこの言葉に、南座での『二人道成寺』は予想以上の大成功を収め、喜久雄と俊介は時の人となったのです。 ***ミミズクの彫り物は、この時点では保護者会に問題視されたものの、世間的には大きな問題には発展しませんでした。喜久雄にとって、そのことで高校を辞めたことよりも、実家の没落の方が余程大きな問題であったことは、間違いないでしょう。
2025.12.20
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さて第4章では、春江が喜久雄を追って長崎から大阪へと出てきます。 映画では、喜久雄の春江に対する想いの程が今一つ読み取れなかったのですが、 原作を読むと…… お互いに好感を持っていることは間違いないのでしょうが…… ***昭和40年、徳次は、大阪に出てきたばかりの春江に声を掛ける弁天と取っ組み合いに。その後、春江を花井半二郎邸に案内します。喜久雄と俊介の稽古を覗き見する春江は、半二郎の指導のあまりの厳しさに、自分の骨の節々が痛くなってくるような思い。徳次は先に春江をアパートに案内、しばらくすると稽古を終えた喜久雄もやって来ますが、その気持ちは稽古のことから離れません。そして、喜久雄と俊介の二人に女形の才能を見出した半次郎は、京都南座で六代目小野川万菊の舞台を見せることにしたのです。喜久雄は俊介と共に京都祇園の2人の舞妓と待ち合わせ、俊介が富久春と暗がりに向かうと、喜久雄は市駒と二人きりに。市駒は、祇園のお茶屋で初めて遊んだ喜久雄に 「じゃあ、うち、決めたわ」「うち、喜久雄さんにするわ」 「そやから、喜久雄さん、あんた絶対に人気役者になってな。 あんたならなれるわ。うち、そういう直感、当たんねん。 そしたら、奥さんに、なんて厚かましいことは言わしまへんから、 二号さんか三号さんを予約や。ええやろ?」半二郎に伴われ俊介と一緒に小野川万菊に挨拶に行った喜久雄は、帰り際に一人だけ呼び止められ、次のような言葉をかけられます。 「ほんと、きれいなお顔だこと」 「でも、あれですよ、役者になるんだったら、そのお顔は邪魔も邪魔。 いつか、そのお顔に自分が食われちまいますからね」一方、徳次は一旗揚げるべく、喜久雄に別れを告げ、弁天と一緒に北海道に向かったのでした。 ***喜久雄と市駒のやりとりは、映画でもこのシーンを観た時には、その後、あんな大騒動に発展するとは、思ってもみませんでした。そして、小野川万菊からかけられた言葉。第4章は、作品のポイントとなるような台詞が多かったですね。
2025.12.19
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さて、第3章は、父・権五郎の敵討ちにしくじった喜久雄が、 長崎を離れ大阪の半二郎のもとへと旅立つお話。 この半二郎との出会いこそが、喜久雄の人生を大きく転換し、 さらに、周囲の人々の人生までも大きく変えていくことになるのです。 ***朝礼での刃傷沙汰は、喜久雄を長崎から追い払うことを条件に、尾崎が宮地の大親分と話をつけて一件落着。権五郎の後妻・マツと愛甲会の辻村、そして尾崎が話し合い、喜久雄は二代目花井半二郎の世話になることに。寝台特急「さくら」で大阪に向かった喜久雄は、徳次と共に手代・多野源吉に導かれて半二郎の屋敷へ。そこで、喜久雄は同い年の花井半弥こと大垣俊介と出会って、早速一触即発の状況になったものの女将・幸子に促され、俊介が義太夫の稽古をしている岩見鶴太夫の屋敷を徳次と一緒に訪ねます。その数日前、半二郎は鶴太夫を訪ねており、息子を稽古に身を入れさせるにはライバルの存在が必要で、また喜久雄には生来の役者の資質がありそうなので、息子と一緒に稽古をつけて欲しいと頼んでいました。そこで早速、鶴太夫が俊介と一緒に稽古をつけ始めると喜久雄も義太夫節の虜になっていきます。 ***映画では、半二郎が新年会で舞う喜久雄の姿に才能を見出し、その力を伸ばすべく自分の許へ呼び寄せたような感じで描かれていたように感じましたが、原作を読むと、愛甲会の辻村の働きかけがかなり大きかったように推察されます。そこに中学校体育教師・尾崎が喜久雄のため精力的に関わっていくのもイイですね。
2025.12.18
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さて、第2章は、父親である立花組組長・権五郎の敵討ちを、 喜久雄が一人で果たそうとするお話。 もちろん、父親の死に宮地組が噛んでいたのは間違いないのでしょうが、 真の敵については、喜久雄を始め多くの者が知らぬままお話は進んでいきます。 ***権五郎亡き後、宮地組は解散、立花組も愛甲会の若頭・辻村によってまとめられ、その下部組織に成り下がってしまいます。喜久雄と徳次は、新世界劇場で遭遇したニッキの譲治という男と乱闘騒ぎになってしまい、徳次は喜久雄を警官から逃がすために捕まって鑑別所行き。大晦日の夜、春江とその母親の3人で過ごしていた喜久雄の前に、鑑別所を抜け出してきた徳次が現れます。徳次は権五郎の敵討ちを繰り返し強く促しますが、喜久雄はまともに取り合わず、徳次に冗談で返すばかりなのでした。喜久雄は背中に翼を広げたミミズクを彫り込んで、同じ日に墨を入れた春江には体を売らせます。そんな喜久雄を、中学校体育教師・尾崎は容赦なく殴りつけるのです。その翌日、喜久雄が久々に登校したのは、朝礼でセンチュリー建設会長・宮地恒三、即ち宮地組の大親分が演説をすることになっていたからです。喜久雄は壇上に突進、無心でドスを突き刺そうとしますが、その時、尾崎が何か叫びながら突進してくるのが横目に見えました。手応えはあったのです、しかし次の瞬間には肩に強い衝撃を受け、自分の体がふわりと宙に浮くのを感じたのでありました。 ***このあたりのお話、特に敵討ちの展開は、映画とは随分と違いがありました。映画だけ見ているとそれほど気にせずスルーしてしまっていたところでも、こうして原作を読んでしまうと、時間制限のある映画に比べ、やはり原作の方がひとつひとつ丁寧にお話が転がっていき、説得力があるなと感じました。
2025.12.16
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先日、実写邦画で興行収入歴代1位となった『国宝』をようやく観て参りました。 上映時間174分の大作でありながら、途中で緩む箇所が全くなく、 一緒に行った連れ合いも「映画館で映画を観て、初めて眠くならなかった」と。 これは、やはり原作も読んでおかねばと、早速本書を手にしたのでありました。 ***昭和39年、権五郎が統べる立花組の新年会が長崎・丸山町の老舗料亭「花丸」で盛大に行われ、宮地組や愛甲会等の親分衆や幹部、女房、子供たちが、大広間に所狭しと集まっていました。招待客のうち、戦前からの名門・宮地組の大親分とは、長年抗争を続けてきた関係でしたが、興行師・熊井勝利の流れを汲む愛甲会と手を組んで追い詰め、既に手打ちを済ませていました。愛甲会若頭・辻村の声掛けで、大阪の歌舞伎役者・二代目花井半二郎も姿を見せる中、歌舞伎舞踊の名作『積恋雪関扉』を、権五郎の14歳の息子・喜久雄が墨染を、16歳の組員・徳次が関兵衛を演じます。大喝采の後、二人が風呂で化粧を落としていると、会場が宮地組に殴り込みをかけられ、一転修羅場と化したのです。そして、その騒動の中を半二郎と共に逃げていたはずの辻村が、権五郎に向けて拳銃の引金を引いたのでした。***映画については、予備知識を全く持ち合わせていない状態だったものですから、スタートしたばかりの時点では、ああこういう人たちが出て来るお話なんだなと思ったり、主人公を演じるのは最初は吉沢亮さんじゃないんだなと思ったりしながら観ていますと、いきなりの大乱闘、組長殺しの犯人には、原作を読んで初めて気付いたのでありました。
2025.12.14
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先日、佐藤愛子さんのエッセイを読んだので、 今回は向田邦子さんのエッセイを初めて読んでみることにしました。 本書タイトルの「父の詫び状」を始め、24のエッセイが集められた1冊ですが、 そのいずれもが、他の方の書かれたエッセイとは、一味も二味も違うものでした。 そこから漂ってくるのは、正真正銘昭和の空気。 令和に生きる人たちにとっては、随分質感の違ったもので、 「それは違うんじゃないの」と感じたり、思ったりすることも多々あるでしょうが、 当時は、誰もがその空気感のなかで、日々普通に生きていたのです。 *** それらすべてに共通する特徴が、まったくないというわけではない。 第一にその「文章」である。どれも文章が極めて視覚的なのだ。(中略) その結果、読み手は話の流れに沿って、登場してくる人や物や風景を、 いとも簡単に映像化することができる。 特徴の第二は、その「結構」である。結構がドラマチックなのだ。 なによりそれは、挿話と挿話のつなぎ方の大胆な飛躍に明らかである。(中略) 読み手がそれに一種の快さと受け取られるのは、最後に到って、 ばらまかれた挿話が一挙に統合されるからなのだ。(p.289)これは、ノンフィクション作家・沢木耕太郎さんによる巻末「解説」の一部ですが、私が本書を読みながら強く感じていた事柄をズバリ代弁してくれるものでした。向田さんは、テレビドラマのシーンの作り方や場面転換の仕方を工夫・応用して用いたり、さらに、主題に沿って記憶を読み直した上で提出したりしていると、沢木さんは指摘しています。そして、沢木さんがこの「解説」を書いていた、まさにそのタイミングで、向田さんが乗った飛行機が、台湾上空で爆発事故を起こしたのでした。
2025.12.14
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