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どうやって本著に辿り着いたか、全く覚えていないのですが、 ネット上で偶然に目にとまり、今回手にすることになった一冊。 そして読み始めると、既にシリーズ20巻を刊行していることに大いに納得。 また一人、優れた作家さんにこうして出会うことが出来て、とても幸せです。 ***この作品の主人公が、作中で婚活サイト申込書・質問紙に記入したプロフィールは次の通り。名前:真田夏希(さなだなつき)住所:神奈川県横浜市戸塚区舞岡町……生年月日:昭和60年(1985年)8月15日年齢:31歳職業:地方公務員最終学歴:東京医科歯科大学医学部医学科卒業、同大学院修士課程医歯理工学専攻修了 筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程後期課程(感性認知脳科学専攻)修了 取得学位は医科学博士、神経科学博士夏希は、高校卒業までは函館市郊外で育ちましたが、小5の夏に祖母が亡くなった際、「悲嘆の遅延」により悲しみの感情が表面に出てこず、そのことが原因で、従姉妹・朋花との関係が悪化してしまいました。そして、その解消が出来ないままに、朋花は事故死してしまったのです。また、かつては精神科医として都内病院に勤務していましたが、その2年目の秋、担当患者が自死したことから病院を退職、精神科医も辞めてしまいました。そして、2017年4月に神奈川県警初の心理職特別捜査官(警部補)として採用されると、7月にみなとみらい地区53街区で爆発が発生、高島署設置の捜査本部で捜査に加わることに。 「マシュマロボーイ」を名乗る犯人は、SNSで神奈川県警をネット炎上させつつ、爆破予告をくり返し捜査を攪乱、第2、第3の爆発を次々に発生させていきます。夏希は犯人と交渉を続けながら、地雷探知犬上がりの警察犬候補生・アリシアと共に、爆発を未然に防ぐべく各所を駆け回り、遂に犯人を追い詰めることに成功したのでした。 *** ここからはわたしの推論ですが、 彼らは自分が社会内で受けているうっぷんを、 顧客という高みに立つことで晴らそうとしているのでしょう。 我々警察官はモンスターシチズンを相手にしているという自覚を 持つ必要があると思います。(p.124)この言葉の前に、警察官以外にも、教師、医師、市役所などの職員、鉄道乗務員など、高い職業倫理が求められる職種に対し、市民が監視する態度はどんどん厳しくなっていると、夏希は指摘しており、とても納得させられました。最近話題の「カスハラ」も、まさにこれに当てはまるものですね。 犯人の狙いは、SNSや報道でこの爆破事件を知った者たちの メシウマ感情をあおることにあるのだ。 犯人は、世間の人々のシャーデンフロイデを喚起しようと計算して、 カップルを狙ったものに違いない。 犯人はメシウマと思っている人々を見下している。 他人の不幸にしか喜びを感じられない人間を蔑んでいるのだ。(p.128)これは、SNSの現状について色々と考えさせられた箇所。「踊らせている」のは誰で、それは何を目的としているのか。そして、「踊らされている」人たちは、そのことに気付いているのか。まぁ、何も考えずに「踊らされている」だけなんでしょうね。
2024.05.19
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2年ぶりの新刊となる今巻は、 昭和・平成・令和のそれぞれの時代に、 17歳の少女だった智恵子・栞子・扉子が、 夏目漱石の作品を通して「鎌倉文庫」の謎を解き明かしていくというお話。 第1話 令和編『鶉籠』は、虚貝堂の孫・樋口恭一郎視点で描かれたもの。 扉子は、半年前から、仲の良かった戸山圭を避けるようになっていましたが、 それは、圭の祖父・戸山清和の兄で、大伯父に当たる戸山利平が原因。 彼が所有する『鶉籠』初版本には、「漱石山房」と「鎌倉文庫」の印が押されていました。この初版本が、行方不明となっている千冊の「鎌倉文庫」の謎を解く鍵になると考えた扉子は、圭と共に利平に会い、彼が「鎌倉文庫」を所有し、戸山家土蔵に保管していると聞かされます。が、土蔵に「鎌倉文庫」は見当たらず、扉子は利平に『鶉籠』の入手経緯を問い詰めたのでした。これに怒った圭との関係は修復されましたが、「鎌倉文庫」には智恵子が関わっていたのです。第2話 昭和編『道草』は、20歳の大学生でビブリア古書堂を手伝う篠川登視点で描かれたもの。兼井健蔵は、登の父の師匠で、常連客の女子高生・三浦智恵子の実父でもある久我山尚大でなく、ビブリア古書堂に「鎌倉文庫」の所有者と買取交渉をして欲しいと、店にやって来ました。登と智恵子は「鎌倉文庫」の所有者について情報を得るため、もぐら堂を訪ねます。そこで、久我山書房の番頭・吉原が利平に借金返済を迫る場面に遭遇、店主の清和と話をした後、利平の赤いオープンカーの中で『鶉籠』初版本を、土蔵で「鎌倉文庫」を発見します。その「鎌倉文庫」は、清和が元々の所有者の遺族から買い取り保有していたものでした。「鎌倉文庫」は智恵子によってある「顧客」に売却され、清和は利平の借金を返済します。第3話 平成編『我輩ハ猫デアル』は、扉子と文香の父となった登視点で描かれたもの。登は栞子から「鎌倉文庫」の貸出本が最近オークションサイトに出品されたと聞かされます。そんな時、あの兼井健蔵の妻・花子が、家に来て健蔵の「相談」にのって欲しいと店を訪れます。登と栞子が兼井家の屋敷に行くと、そこには『我輩ハ猫デアル』上編の初版本がありました。健蔵は、この初版本の出品者を捜し出し、珍しい古書を売ってもらえるよう交渉を依頼。本館書庫を見学した栞子は、娘・仁美の夫・弘志からパラフィン紙カバーについて聞かされます。その後、栞子は登と共にもぐら堂で清和から話を聞くと、オークションの出品者、『我輩ハ猫デアル』上編に纏わる事件、「鎌倉文庫」の行方の全ての謎を解き明かしたのでした。 ***今巻で最も興味深かったのは、篠川登と三浦智恵子の二人のエピソード。中でも、インスタントラーメンを一緒に食べるシーンがとても良かったですね。
2024.05.11
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各家の妃が産んだ皇子7人と、宮外に儲けた婚外子3人の計10人が、 詠国皇帝の座を巡って殺し合った熾烈な権力闘争・十星奪嫡。 そこで唯一生き残ったのが、末皇子だった弦耀、皇太子・尭明の父である。 父は息子に、鎮魂祭当日までに『慈粥礼(じしゅくれい)』を行うよう告げる。 皇太子の妻である雛女たちを、陰の気の強い被災地に赴かせ、炊き出しをさせる。 それは、皇太子と雛女を引き離すだけでなく、朱 慧月を孤立させることを狙いとするもの。 朱 慧月の方は隠密・丹に任せ、皇帝は皇后不在の場で黄 玲琳を直接尋問しようとしていた。 弦耀は、術師を捕まえ「必ず取り返してみせます、兄上」と、笛に語りかけるのだった。慧月の姿をした玲琳は、後宮外れの霊廟で下調べをした後、最難関の地・烈丹峰へと向かう。悪路で荷車が落ちて食材の半量を失うも魚を釣って補填し、態度の悪い女官は猛省させ、襲来した山賊たちも鎮圧して、炊き出しの目処を立てると単身雲梯園へ。そこでは、玲琳の姿をした慧月が、突然来臨した弦耀から執拗に正体を見極めようとされていた。しかし、慧月は他家の雛女たちや、景彰、辰宇、冬雪に助けられ、次々に難関をすり抜けていく。玲琳の姿勢に思いを馳せ、黄家淑妃から生まれた先代第一皇子・護明を貶めることも見事に回避。そして、その場に駆けつけてきた尭明によって、弦耀の尋問からようやく解放されたのだった。一方、玲琳は雲梯園に辿り着いたものの、慧月との間でまたしても思いがすれ違ってしまう。慈粥礼翌日、 烈丹峰再訪後の帰途で突如馬が暴れだし、籠に乗った玲琳と莉莉は崖下に転落。玲琳が救助を求め夜空に花火を打ち上げると荷持ち筆頭の安基が現れるが、彼こそが隠密だった。一方、尭明や辰宇、景彰、冬雪らによって玲琳の言動を誤解していたことに気付かされた慧月は、玲琳の危機を知ると、尭明と共に剛蹄馬に乗って救出に向かう。丹により川の中に叩き込まれ、絶体絶命の危機に陥っている玲琳を救出すべく、慧月が丹に炎で襲い掛かると、景彰、辰宇、尭明、さらには景行も加勢する。戦闘が続く中、玲琳は丹に交渉をもちかけ、水害の原因となっていた氷河を爆破してみせる。玲琳は丹を翻意させることに成功し、さらに皇帝への直訴を思い立つ。しかし、そんな玲琳たちに、弦耀が術師を捜している理由は、弦耀の異母兄である廃嫡された第一皇子・護明のための復讐のためであり、入れ替わりの方こそが問題なのだと、丹は告げるのだった。 ***「特別編 砕氷」では、18歳の春から騰丹渓で暮らし始めたアキム(安基、丹)が、移住して3ヶ月後に、川の氾濫で妻・ファトマや家族、家屋、田畑をすべて失った様子と、徴税官2人を殺害後、皇帝の殺害をも図ろうと寝所に侵入した際、次期皇帝・弦耀と出会い、その直属の隠密となって前金家領主を殺害、復讐を果たしていった経緯が描かれています。さて、今巻の中で私が最も印象に残ったのが、玲琳と芳春の次のやりとり。 「何を語るかが知性、何を語らずにいるかが品性、と申します」 まくし立てる芳春を、玲琳は凜とした声で遮った。 「経典の内容を語れぬ慧月様に知性がないと仰るのなら、 それを悪し様に喧伝する芳春様の品性は、いかばかりなのでしょうね」 鏡をお持ちしましょうか? と微笑まれ、芳春はかっと頬を紅潮させてしまった。 そしてそんな自分に驚いた。ここで玲琳が述べた姿勢が、慧月の最大の危機を救うことになったわけですが、とても感銘を受ける一言でした。取り敢えず、第一皇子・護明と現皇帝・弦耀との関係が明らかになることで、今後、色々なことが分かってくるのでしょうね。
2024.05.05
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先日、TVドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』を見ていて、 今日子さんのことを思い出し、未読だった本著を手にしました。 『掟上今日子の鑑札票』に続くシリーズ第14弾ですが、 発行は2022年6月、既に2年近くの月日が経っています。 ***「第1話 掟上今日子の手裏剣」では、ニューヨークのセントラルパークで、手裏剣を用いた殺人事件が発生。ニューヨーク市警・殺人課のリバルディ警部とキャスティズ警部補は、多数の目撃証言があった不審な日本人女性・掟上今日子の居所を訪ねます。事情聴取を終え署に戻った二人は、ボスから応接室に呼び出され、そこでFBIのホワイト・バーチ捜査官から、今日子に捜査協力を依頼するよう勧められることに。そして、今日子が跳弾トリックを見破ると、すぐさま犯人も判明、逮捕されたのですが、今度は、自由の女神のたいまつに、死体が大の字に縛り付けられた凧が引っかかる事件が……。「第2話 掟上今日子の兵糧丸」では、ブロードウェイの舞台の上で、公演中に出演者が栄養失調で亡くなるという事件が発生。被害者の胃から検出されたのは『HYORO-GAN』というサプリメント。今日子が、被害者が死の直前にそれを飲み込んだ理由を解き明かしていきます。「第3話 掟上今日子の不忘術」では、ナイアガラ川にかかる橋の上で今日子が救命措置。その甲斐なく落命した女性の左腕は、刃物で切りつけられた生傷で満たされていました。キャスティズ警部補は、バーチ捜査官から隠舘厄介と面会するよう指示され、彼専用の刑務所へ。そして、今日子の左足の脛全体に巻かれていた白い包帯が、謎を解明する鍵となったのでした。 *** 「いえ、今回は林檎はなしでいきましょう……、ふふふ」 と今日子さんは笑った。 なぜ笑った? 「すみません。今のは日本語で言えば、 とんでもなく面白いジョークが成立していたのです。 しかし、残念ながら英語では洋なしでしたね」(p.88)今回は、こんな感じのジョークが所々で出てきて、とても楽しめました。何気なく、海外を舞台にしているのだということを意識させられますね。それにしても、『五線譜』や『伝言板』は、放置が続いていますね。シリーズ新作の情報もないですし……
2024.04.29
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小川糸さんのエッセイを読むのは『針と糸』以来2冊目。 今回は文庫オリジナルとして書かれたもので、 2021年1月6日から12月31日までに記された52の文章から構成されており、 7月6日に記された文章のタイトルが、本著表題となっています。 エッセイと言いながらも、著者の日々の生活を描いた日記っぽい一冊で、 かつて私が愛読していた銀色夏生さんの『つれづれノート』シリーズや、 中谷美紀さんの『オーストリア滞在記』のような感じ。 コロナ禍における施策に対し、批判的な主張を綴っている場面も見受けられます。 *** 「健康の秘訣はなんですか?」と別の常連さんが尋ねると、 「まずは、早寝早起き、それと、旬の野菜をたくさん食べること。 あと、人の悪口は絶対に言わない」 なるほどねぇ、とわたしを含む常連3人が、うんうんと頷く。 おそらく鍵は最後の、人の悪口は絶対に言わない。なんだろうな、と思った。 前のふたつは、まぁまぁ実行できることだから。(p.151)これは、9月12日の「秋刀魚と銭湯」に記された、小川さんが通う銭湯での一場面。私も自らの行動を振り返り、改めて自戒することになった一文。 佐野さんのお父様が夕食の際の訓示で何百回もおっしゃったという、 「活字は信じるな、人間は活字になると人の話より信用するからだ」 という言葉にも重みがある。(p.176)これは、11月1日の「いけしゃあしゃあ」に記された、佐野洋子さんに関する記述の一部。SNS全盛の現在にも通じる、蓋し名言です。
2024.04.13
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コナン・ドイルの代表作『バスカヴィル家の犬』。 その作品のバートラム・フレッチャー・ロビンソンによる原稿が見つかった。 ドイルの作品は、他人の作品の丸写しだったのか? 英国内では結論が出ず、マクラグレン教授は真偽分析を海外研究者らに依頼。 『ニュクスの子供たち、そして私』が直木賞候補作になった李奈も、 英国大使館に呼び出され、教授から直々に調査の依頼を受ける。 李奈は、まずベテラン小説家・田中昂然を訪ね、その意見を聞く。 ところが、後日料亭で宴席が催された際、魔犬に襲われてしまう。以後、国際文学研究協会事務局長・美和夕子から、ドイルや翻訳について話を聞き、『週刊真相』の版元・東京如何社の長瀬宏隆社長から、英国取材について話を聞くが、自宅マンションを訪ねてきた那覇優佳と共に、またも魔犬に襲われてしまう。さらに、李奈が打合せをする予定だった講談社にも黒い大型犬が現れたのだった。魔犬襲撃について捏造説や売名説が飛び交い、一度は真贋分析を辞退した李奈だったが、田中昂然から、ロビンソンの原稿の日英同盟に関する記述には疑問が残ることを示唆され翻意。三度目の魔犬襲撃を想定通りに対処し、犯人が勤務する牧場で事件を一件落着させると、帰国前のマクラグレン教授に、原稿真贋に関するブックメーカーの賭けについて問いただす。李奈は英国に渡り、大英博物館の報道記録室で1901年当時の新聞記事を片っ端から閲覧、日英同盟の可能性を報じたものがないことを確認し終えるが、号外に記事があったと知らされる。しかし、李奈は、ダートムア・チャグフォード・ホールで行われる学術発表の場に、通訳の小笠原莉子を伴って現れ、号外の記事が書かれたのは1902年以降だと立証する。 ***最後は、直木賞受賞結果を伝える電話に、李奈が出たところで終了。次巻、松岡さんはどういう結果からスタートさせるのでしょうか?さて、私が今巻の中で印象に残ったのは、ベテラン小説家・田中昂然と李奈との次のやりとり。少々長くなりますが、お許しください。 「私も海外旅行に行ったもんだが、 欧米で常々感じるのことには、とにかく日本のニュースをやらない。 たとえば日本人は、大リーガーとして活躍しとる大谷翔平を、 アメリカでも有名だと思っとる」 「ちがうんですか」 「ちがうな。ではきくが、杉浦さんは知っとるのか。 中日のアキーノ、巨人のウォーカー、ヤクルトのオスナ、広島のマクブルーム……」 李奈は当惑を深めた。「あ、あの。野球には詳しくなくて」 「だろ?プロ野球のファンなら知っとるだろうが、国民全体からすれば限定されとる。 しかし、日本国内においては、大リーガーになった日本人の名は、 野球好き以外にもことさら喧伝される。 だからアメリカで知られて当然と思い込む。 ところが向こうでも外国人助っ人選手の名はそんなに報じられん。 政治や経済分野の話題もそうだ」(p.178) そうなんだろうと思います。「ことさら喧伝される」の部分については、もう頷くしかありません。今回の米上下両院合同会議で行った首相演説も、どれ程の扱いなのでしょうか。
2024.04.13
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アーサー・コナン・ドイル著『バスカヴィル家の犬』のネタバレを含みます 『criture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅺ』を読み始めると、 目次の次の頁(p.4)に、このように記されていたので、 『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VIII』の時の 『人間失格』と『グッド・バイ』同様、原作を先に読むことにしました。しかし、読み始めてからしばらくして、あることに気付いたのです。私は、既にこのお話の映画を観ていました!昨年、松山の萬翠荘(旧久松家別邸)を訪れた際、映画の写真パネル等が展示されていたので、家に戻ってすぐに『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』を観たのです。ところが、テレビ連続ドラマの劇場版作品として作られたものだったためか、主人公二人やその他の登場人物の関係性が上手く把握できないまま時間だけが過ぎていき、観終わった後、「何だかよく分からなかった……」という印象しか残りませんでした。ただ、睡魔と闘いながらの鑑賞だったのが、こうなってしまった最大の原因だとは思います。 ***チャールズ・バスカヴィル卿が、デヴォンシャーでいつものように夜の散歩に出かけた後、沼沢地へと続く小路で急死、少し離れたところには恐ろしく大きな犬の足跡があった。最初の死体発見者は執事のバリモアで、その妻もバスカヴィル家で家政婦として働いていた。モーティマー医師は、この旧家をヘンリー・バスカヴィル卿が相続することについてホームズとワトスンに相談、ワトスンが同行してヘンリー卿は館に向かうことになる。沼沢地には、プリンスタウンの監獄から逃げ出した人殺し男・セルデンが潜んでいたが、訴訟好きのラフター邸の地主・フランクランドが、望遠鏡を用いて彼を見つけようとしていた。また、寝静まったバスカヴィルの館の中では、女の忍び泣きが聞こえてくるが、翌日には、メリピット荘に住む博物学者・ステープルトンの妹・ペリルが、初対面のワトスンをヘンリー卿と勘違いして、すぐにロンドンに帰るようにと警告してくる。やがて、ヘンリー卿は美しいペリルに思慕の情を抱き、結婚したいと申し出るが、ステープルトンに反対され、ペリルからは危険だからこの地を立ちのくようにと促される。この一件は、翌日には一旦解決したように見えたものの、実はそうではなかった。一方、バリモアが夜中に館内を歩き回っていた理由については、ワトスンとヘンリー卿により解明されるが、石室に潜むもう一人の男については不明のまま。また、チャールズ・バスカヴィル卿が亡くなった夜、彼を手紙で呼び出した女性が判明し、ワトスンが、フランクランドの娘であるローラ・ライオンズ夫人に会うも真相は分からず。ところが、フランクランドが沼沢地で食料を運ぶ少年を発見したことをきっかけにして、ワトスンは自らを付け狙う存在があったことに気付き、沼沢地の石室でその人物と対面する。直後、バスカヴィル卿の服を身に纏ったセルデンが、犬に襲われ崖から落ちて死んでしまう。その現場にステープルトンが現れたこと、そしてバスカヴィルの館に並ぶ肖像画を見て、ホームズは事の真相に辿り着き、ヘンリー卿に一人でメリピット荘に行くよう指示をする。さらに、ローラ・ライオンズ夫人に会ってステープルトンとの関係を聞き出すと、ワトスンとレスレード警部の3人で、メリピット荘の外で待ち伏せをするのだった。すると、濃霧の中からヘンリー卿に襲い掛かろうとする巨大な猛犬が現れた…… ***翻訳者による巻末「解説」によると、この作品はホームズ物語最大の長編で、多くの評者が長編ホームズものの首位に置くばかりでなく、世界探偵小説のベストテンの一つに数えているとのこと。私は家頭清貴の方が、親しみを感じてしまうのですが……
2024.04.08
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先月末、TVアニメが幕を閉じましたが、 本著帯には「TVアニメ第2期制作決定!」の文字が。 それよりも驚きは「シリーズ累計3300万部」の方。 「※電子版含む」と添えられていますが、本当にスゴイですね。 ***猫猫は投薬実験に関わる者を選ぶ試験に合格し、宮廷一大きな薬の保管庫に異動。帝が盲腸炎を患い、投薬で治る気配がなければ外科処置が必要だと知ることに。壬氏から見せてもらった復元中の『華陀の書』には、盲腸炎手術の腑分け図と共に、伝説の麻酔薬「麻沸散」の原材料として『曼荼羅華』が記されていました。そこで、猫猫は阿多の下で匿われている翠苓を訪ね、投薬実験への協力を要請します。猫猫の働きによって、玉葉后やその父・玉袁の手術に対する理解を得ることに成功、さらに、現皇帝・僥陽の母・安氏の兄・豪(ハオ)も以前ほど反対しなくなりました。が、帝自身が手術に難色を示したため、皇帝・壬氏・阿多・猫猫の4人で一席設けることに。帝は壬氏に、もしもの場合の皇位継承について意思を確認しますが、壬氏は了承しません。帝は、一連の事実を何も告げないまま壬氏と猫猫を退室させ、阿多と本音を語り合うのでした。後日、予定より開始時刻が早まったり、劉医官が執刀出来なくなったりしたものの、羅門や王医官、天祐、猫猫らの活躍で手術は無事成功。術後の経過も良好で、合併症もなく、主上は半月ほどで公務に戻ったのでした。「ならないでくださいね」「なりたくないな」最後は、壬氏と猫猫のこれまでにないほど甘くてほのぼのとしたシーンで締めくくられます。
2024.04.07
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冒頭の一文はあまりに唐突で、読む者を大いに混乱させるもの。 その意味するところは、p.288まで読み進めなければ全く分かりません。 続く2019年7月×日配信の特集記事は、 小学校非常勤講師・矢田部陽平(24)と国公立大3年・諸橋大也(21)、 大手食品会社勤務・佐々木佳道(30)の3人が、 男児のわいせつ画像を撮影した容疑で逮捕・送検されたことを報じるもの。以後、一人息子・泰喜が不登校となっている検事・寺井啓喜、岡山駅に直結するイオンモール寝具店で勤務する桐生夏月、金沢八景大学の学祭実行委員として活動する神戸八重子と、順々に視点を変えながら、お話は進んでいきます。その中で、桐生夏月は佐々木佳道と、神戸八重子は諸橋大也と深く絡んでいくことに。そして、p.291からは、佐々木佳道、諸橋大也、寺井啓喜の3人視点のお話に移行し、途中、わいせつ被害を受けた児童の父親で佐々木佳道の上司・田吉幸嗣の視点を挟んでから、最後は神戸八重子視点のお話で終幕を迎えます。「水を出しっぱなしにするのがうれしかった。」このお話の中で、肝となる言葉。「ダイバーシティ」を推し進めることは、そう簡単なことではないことを思い知らされるお話でした。
2024.04.07
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昨年5月に19巻を読んで以来、久々のシリーズ読書。 本著が刊行されたのは昨年10月だったのですが、 読むのが少し遅くなってしまいました。 偶然ですが、先日読んだ『異邦人』も京都を舞台とするお話でした。 ***「プロローグ」では、京都国立博物館がインターンを募集。葵は、清貴のアドバイスでマネージメントを専門分野に選択して応募、採用されることに。「第1章 バースデー滋賀散策」では、葵が清貴の誕生日祝に琵琶湖畔ペンション宿泊券を贈呈。二人は宿に向かう途上、車で滋賀各地を巡り、延暦寺では円生に遭遇。長浜の『黒壁ガラス館』では、清貴の後輩が教員を務める高校の生徒たちがワイングラスを破損、本当のことを話さない生徒たちへの聞き取りに、清貴も立ち合うことになります。「掌編 探りの視線」では、ボランティア・サークル『京もっと』の篠田康平が『蔵』を訪れ、葵に京都の町を案内して欲しいと言い寄るも、清貴にあっさりと撃退されてしまいます。「第2章 華麗なる舞台の裏側」では、秋人主演の演劇が京都南座で上演されることになり、その最終稽古に原作者の相笠くりすが訪れるもSNS上で騒ぎが勃発、清貴が即刻解決します。「おまけ」は、秋人と清貴が『ボトルキャップチャレンジ』に挑むお話です。「第3章 神のまにまに」では、京博副館長・栗城祐希による葵へのインターン指導が始まり、期間中に、『エジプト風広間』で黒木塔子のピアノリサイタルが開かれると聞かされます。また、終業後に訪れたギャラリーでは『ギャラリー・ストーカー』撃退場面を目の当たりに。一方、イーリンから、円生の作品が香港の内覧会に展示されているとの連絡を受けた清貴は、小松と共に会場の『M+』に向かい、菊川史郎、平雅風太と行動を共にしている円生に接触。史郎はジウ氏の下に戻り、葵は清貴の元カノ・塔子を一蹴して3週間のインターンを終えます。そして、円生は葵への想いを清算し、葵と一緒に清貴らとの食事会に参加することに。「エピローグ」では、和気あいあいとした食事会を終えた葵が、清貴に大学卒業後にサリーの所へ行くと宣言、その前に結婚して欲しいと伝えます。 ***今巻は、円生が画家としての大きな一歩を踏み出すと共に、葵と清貴の未来が見えてきました。次回は、清貴が税理士事務で実務経験を積むお話になるのでしょうか?円生とイーリンの今後も楽しみです。
2024.03.24
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東日本大震災原発事故が発生し、出産を控えた篁菜穂は東京を離れ京都へ。 そして、新門前通の「美のやま画廊」で、白根樹の作品『青葉』に出合う。 一方、菜穂の夫・一輝が専務を務める 銀座の老舗画廊「たかむら画廊」は、 父である社長・篁智昭のビジネスパートナーの裏切りによって経営破綻の危機に。 一輝は、有吉美術館館長・有吉克子に、館の目玉作品モネの『水連』売却を要請、 菜穂との結婚前から自分に秋波を送り続けてくる義母を、ジュニア・スイートへと誘う。 有吉美術館副館長である菜穂は、自分に秘密裏に進められた売却話にショックを受けるが、 以後、重鎮画家・志村照山の愛弟子である白根樹の創作支援に、一層力を入れるのだった。 ***川端康成の『古都』を手本としたと言われるこの作品は、京都の四季を丁寧に描きつつ、美術を核に据えた人間模様もしっかりと描いていきます。「なぜ、こんな良作を、今まで読まず放置したままにしていたの?」と思いながら、マハさんの大ファンである私は、頁を捲り続けていたのでした。しかし、白根樹と志村照山との間に起こった事件が明らかになり、さらに、篁菜穂と白根樹との関係も明らかになったあたりから、少々違和感が。こんな最終盤になって……物語の収め方って難しいな、と改めて思いました。
2024.03.17
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「シャングリラ」は、同級生・井上らにいじめられる17歳の江那友樹視点のお話。 小惑星が地球に衝突、壊滅的被害を受けると分かって世間が大混乱する中、 Locoのライブが行われる東京ドームに、井上らと共に向かった藤森雪絵を追う。 彼女に襲い掛かった危機は防いだものの、その後絶体絶命の状況に陥ってしまう。 「パーフェクトワールド」は、依頼に従い人を殺めた40歳の目力信士視点のお話。 昔逃げられた女・静香を探し出すと、彼女と共に広島から車で息子のいる新横浜駅を目指す。 途中、大阪の蕎麦屋でトラブルに見舞われるも、新横浜駅では静香の息子を危機から救い出し、 さらに、宗教団体幹部の暴挙阻止にも成功、静香から友樹が自分の実の息子だと聞かされる。「エルドラド」は、惚れた男に我が子を殺させないために逃げた40歳の江那静香視点のお話。雪絵が、小惑星衝突の日に大阪で行われるLocoのライブに行きたいと言ったことから、信士、静香、友樹も行動を共にすることになり、大阪の蕎麦屋で4人の生活が始まる。ライブまでの1ヶ月、これまでの日々をそれぞれに振り返り、確かめながら過ごしていく。「いまわのきわ」は、大阪で中学生の頃からバンド活動を始めた29歳の山田路子視点のお話。高校2年生時にスカウトされアイドル・桜庭美咲としてデビューするも19歳で契約解除。その後、プロデューサー・イズミの後押しでLocoとして歌姫の座に昇りつめるも……そして、ツアーファイナルが行われている大阪の上空に、大小の光が落下してきた。 ***『わたしの美しい庭』と同様、次々に視点が変化しく展開ですが、「エルドラド」まで、私は伊坂さんの作品を読んでいるような感覚でページを捲っていました。(巻末掲載の新井素子さんとの対談に『週末のフール』のことが出てきたのでビックリ!)最後の「いまわのきわ」は、凪良さんらしさで溢れていますね。
2024.03.10
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鑽仰礼を終え、玲琳たちは入れ替わり解消を図ろうとするが、 皇帝が雛女の道術使用を疑い、隠密部隊に雛宮内監視を命じていた。 そこで、城外での入れ替わり解消を敢行すべく、玲琳と莉莉、慧月と景彰、 そして、冬雪と景行、辰宇の三手に分かれ、待ち合わせ場所の酒房を目指す。 尭明と合流した玲琳と莉莉は、酒房でトラブルに巻き込まれ賭場「三界楽」へ、 慧月と景彰は、宝飾品を扱う悪質露店でトラブルに巻き込まれ、その元締めのもとへ、 冬雪と景行は、旅籠の1階酒房でトラブルを解決後、鳩を追って馬を駆る、 辰宇は、途中出会った雲嵐からの話で隠密部隊の動きに気付き、茶楼から鳩を追う。そして、「三界楽」に全員が集合すると、玲琳はその巨悪の全貌を確認。それは、賭場でいかさまを働いて、民に莫大な借金をこしらえさせ、借金のかたとして巻き上げた金品を、露店で違法に売りさばき、柄の悪い用心棒を雇って、声を上げさせぬよう民を弾圧し、攫った娘に茶楼で身売りを強要していた、というものだった。 ***宮中の深慮遠謀渦巻く、いつものドロドロとした展開も面白いのですが、今回の城外での冒険活劇も、スカッとするものばかりでとても楽しめました。結局、入れ替わりは1か月後の鎮魂祭で尭明が祈る際まで見合わせることになりましたが、謎の男・丹(隠密部隊の一員?)の動きが気になりますね。
2024.03.03
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『恩讐の鎮魂歌』に続く御子柴礼司シリーズ第4弾。 御子柴が幼女殺人容疑で逮捕され、関東医療少年院に入院してからおよそ30年、 全く顔を合わすことのなかった妹・梓が、突然法律事務所に姿を現す。 母・郁美が、父の他界後に再婚した成沢拓馬を殺害した容疑で逮捕されていた。 母の弁護をすることになった御子柴は、犯行現場や事件関係者を訪ね歩くと共に、 御子柴が逮捕された後の家族の足跡を辿り、その過酷な実態を知ることになる。 元科捜研・氏家京太郎の助力を得て、法廷の場で成沢拓馬の陰謀を暴き出した御子柴は、 最終弁論閉廷後、郁美から父・園部謙造の死の真相を聞かされたのだった。***このシリーズで初めて読んだのが『復讐の協奏曲』。以後、シリーズを刊行順に読み進めてきましたが、これで文庫既刊のお話が全て繋がりました。単行本は、既にシリーズ第6弾『殺戮の狂詩曲』が刊行されています。
2024.02.25
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推しがファンを殴って炎上するも、推し活を続ける女子高生の姿を描いたお話。 しかし、推しはラストコンサートを最後に、芸能界を引退してしまいます。 本作は、第164回芥川賞受賞作品。 作者の宇佐見りんさんは、21歳での芥川賞受賞となり、 これは、綿矢りささん、金原ひとみさんに次ぐ歴代三番目の若さだとか。 そして、2021年本屋大賞では9位を獲得しています。『この世の喜びよ』に比べると、スイスイ読み進めることが出来ましたが、言葉遊びもストーリーもライトなものでした。
2024.02.24
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私にとって初めて読む一穂ミチさんの作品である本作は、 掌編を含む7つのお話を集めた短篇集で、第43回吉川英治文学新人賞受賞作。 この作品で、2022年第19回本屋大賞第3位を獲得した一穂さんは、 『光のとこにいてね』で、2023年も第20回本屋大賞第3位を獲得しています。 ***『ネオンテトラ』は、不妊と夫の浮気に悩む34歳の女性が、中3の姪の男子同級生と出会い、家族に虐待される彼に手を差し伸べ、姪が出産した彼の子供を養子に迎えるというお話。『魔王の帰還』は、前の高校をやめた弟と、夫と離婚する姉が、実家に戻って父母と暮らし始め、弟の女子同級生と共に金魚すくい選手権に出場する中で、それぞれの未来が開かれていくお話。『ピクニック』は、育児と夫の無理解に悩んだ末に生後10か月の幼子を失った女性と、その際に過失致死容疑で逮捕された母親が、実は女性の姉の死にも関わっていたというお話。『花うた』は、兄を殺された妹と、刑務所で服役中の加害者とが手紙のやりとりを繰り返す中、加害者が事故で読み書きや記憶の面で著しい機能低下に見舞われるも、二人は夫婦になるお話。『愛を適量』は、交通事故を機にかつての熱量を失い、妻とも離婚した公立高校教師の父の前に、12歳を最後に会っていなかったFtMの娘が現れるも、500万円と共に姿を消すというお話。『式日』は、高校時代の後輩から父親の葬式に出席して欲しいと頼まれた先輩が、火葬の最中に後輩と一緒にバスに乗って出かけ、お互いについて語り合うというお話。『スモールスパークス(あとがきにかえて)』は、余命宣告をされた父に花嫁姿を見せる、そのために結婚を迫ってきた別れた妻と、元義父の法要で16年ぶりにに会った男のお話。 *** 時間かけんのだるいって思ったらやめればいいし、 今の自分を続けたいんならやればいい。 ただ、生徒に笑われたからっていうのはNGな。 あいつらがあんなことを言ったせいだってなっちゃうだろ。 理由とか原因を他人に紐づけてると人生がどんどん不自由になる。(p.260)本著の中で、最も印象に残った言葉。自分で決めなきゃね。さて、『ネオンテトラ』や『ピクニック』などは、読後感があまり良くなかったです。『魔王の帰還』などは、前方に明かりが灯もった感じがするお話でしたが……こういうタイプのお話を好む方も多いのだと思いますが、私にはあまり合わないようで……一穂さんの作品は、しばらく手にしないような気がします。
2024.02.24
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先にドラマを見始めてから、原作を読み始めましたが、 ドラマが終わるよりも先に、原作を読み終えました。 キャラクターの設定をはじめ、各エピソードや全体としてのお話の流れも、 ドラマは、原作をアレンジした別物となっています。 昨年末に読んだ『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅹ』に記されていた、 「すべてを許せる神のような心境にならないかぎり、映像化の要請に応じてはならない。」 という姿勢が、作家さんたちの間では共有されているものだとばかり思っていましたが…… 今、世間を騒がせている状況は、本当に心が痛みます。 ***手術、化学療法、放射線療法に次ぐ第4のがん治療法である万能免疫細胞療法。その際に用いられる治療用の特殊細胞は、火神細胞と呼ばれており、その生みの親・火神郁男が診療部長を務める星嶺大学医学部付属病院統合外科は、ありとあらゆる手術のエキスパート集団で、中でも竜崎大河はエースとして活躍していた。そんな統合外科病棟のナースエイドとして新たに着任した桜庭澪は、全身性多発性悪性新生物症候群(シムネス)を患っていた姉を失い、それを自分のせいだと自らを責め続けていた。しかし、澪の部屋に空き巣が入ったことから、事態は大きく動き出す。 ***最後は、随分バタバタとした中で最終ページに辿り着いてしまった感が強く、さらには、本作の核となるような重要部分が未解決部分として残ったままです。恐らく、続編への含みを持たせてのことでしょう。そう遠くはない未来に、読むことが出来るような気がします。
2024.02.12
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『追憶の夜想曲』に続く御子柴礼司シリーズ第3弾。 医療少年院時代の担当教官・稲見が殺人容疑で逮捕されたことを知った御子柴は、 宏龍会の山崎や元東京弁護士会会長・谷崎の力を借りて国選弁護人になると、 川口署で稲見に接見、殺害現場となった特別養護老人ホーム伯楽園を訪ねます。 入所老人たちが「恐怖という名の衣」を身に纏っていると感じた御子柴は、 殺された介護士・栃野が、10年前の船舶事故で女性から救命胴衣を奪い死に至らしめたこと、 伯楽園では、日常的に介護士たちによる施設内虐待が行われていること、 現場に居合わせた入所老人たちが、何かを隠そうとしていること等々に気付いていきます。「緊急避難」を争点に無罪判決を勝ち取り、教官の恩に報いようとする御子柴でしたが、稲見は自らの信念で刑罰が与えられることを強く望んでおり、思うように進展しません。判決後も、「教唆」を理由に即日控訴しようとする御子柴に、稲見は自らの思いを語ります。御子柴は絶望と自己嫌悪に侵食されていきますが、そこに津田倫子からの手紙が届いたのでした。 ***このシリーズで初めて読んだのが『復讐の協奏曲』。以後、シリーズを刊行順に読み進めてきましたが、やっと、『悪徳の輪舞曲』を残すだけとなりました。次のお話では、御子柴が実母の弁護をするようです。
2024.02.04
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現在放映中のNHK朝ドラ「ブギウギ」の原案本。 当然のことながら、登場人物に異なる名前が付されていたり、 ドラマ独自の登場人物やエピソードが加えられたりしてはいるものの、 おおよそ、本著に記されていることをベースにお話は進んでいるように思います。 本著を読んで、改めて笠置さんと服部良一さんの結びつきの強さや、 戦前・戦後のエンタメ界がどのような様子だったかを知ることが出来ました。 それにしても、笠置さんの人生は、本当に山あり谷ありの波乱万丈で、 「事実は小説よりも奇なり」ですね。 *** 「真珠湾攻撃」と、41年12月に仏印 (フランス領インドシナの略。現在のベトナム・ラオス・カンボジア)沖で戦死した 笠置の弟・八郎のために服部良一が作詞(ペンネームの村雨まさを)作曲した 「大空の弟」である。 この「大空の弟」がどのようなものだったかは残念ながらレコードも資料もなく、 まったくの不明である。(p.55)なるほど、そうでしたか。では、ドラマで流れていたのは何だったのでしょうか?調べてみると、2019年に眠ったままになっていた譜面が見つかり(本著単行本刊行は2010年)、良一さんの孫・隆之さんがリメイクを担当することになったのだそう。 そしてさらに言えば、ほんの少し前まで軍部の指導に従った ”一億一心、総火の玉”の日本人が、今度は新たな支配者GHQ、 言い換えれば”アメリカさん”の指導にも同じように従って(?)、 人々が活き活きと戦後復興に立ち向かうという映画を作ったのだから、 大衆というものの弱さ・強さ・したたかさを感じないわけにいかない。(p.72)これぞ日本人……と、思わずにはおれない記述。 だが少なくとも1950年当時の社会はそうではなかった。 文学や映画も同様で、とくに流行歌は時代を映す鏡だ。 歌詞に、今でいう差別用語が使われた流行歌は何も「買物ブギ」だけではない。 現在では不適切な言葉とされているもので、他に(中略)などがある。 それらの歌詞が使われた歌はみな、発表当時は何の指摘もされなかったのに、 いつの間にか歌われなくなったり、歌詞が変更されたり、削除されたり、 曲そのものがメディアから姿を消した。 実はそれらの歌が、障害者や人権団体から抗議を受けたわけではなかった。(p.168)本著で、最も深く考えさせられた部分。次の「トニー谷の長男(6歳)誘拐事件」に関する記述も同様。 37歳の犯人は動機を「人を小バカにしたようなトニー谷に反感を持った」と語り、 メディアの一部は犯人に同情する。 トニー谷は被害者であるにもかかわらず、 「占領下時代にへんな英語をしゃべって急に裕福になった成り上がり芸人」という、 なんとも理不尽な理由でマスコミからバッシングを受けたのである。 以後、人気は急落し、トニー谷はメディア不審に陥る。 彼がボードビリアンとして復活するのは1960年代後半からだ。 だが彼の心の痛手は深く、マスコミ嫌いは終生変わらなかった。(p.238)歴史は繰り返す……というか、反省というものが……ない……
2024.01.28
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妻子ある男の子供を身籠り、初めて産婦人科を訪ねた芹沢香澄、 女優だった母の遺言に従い、大分県日田市を訪れた堂本ひかる、 道後温泉をひとりで訪れることになった売れっ子コピーライター文香、 白神山地を訪れた『さいはての彼女』でも登場した波口喜美と長良妙子、 感情を露わにしない14歳の娘と共にトキが生息する佐渡島を訪れた梓、 挙式を控えた娘夫婦と共に、亡き夫との思い出の地・長良川を訪れた堯子、 娘との思いがけない再会を果たす、四万十川のほとりの集落で一人暮らしをする多恵。これらの女性たちを描いた7つの短篇を収めた、原田マハさんの手による作品は、2010年4月に単行本として刊行され、2013年10月に文庫化されました。7つのお話の中で、「寄り道」は後に『ハグとナガラ』にも掲載されたため、私は既に一度読んでいましたが、改めて読み直しても、とても良い作品です。また、巻末「解説」で書評家の藤田香織さんも書かれているように、「長良川」は、7つの短篇の中でも特に心に残る作品でした。文庫本で40頁足らずの紙幅に収まる作品ですが、全体を通じて漂う情感や読後に残る余韻に、格別なものを感じさせられます。
2024.01.24
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津田伸吾は、会社をリストラされて3年、再就職もせず自室に閉じこもり、 退職金の全てを注ぎ込んで株式投資を続けるが、塩漬け状態になっていた。 そんな夫に愛想をつかし、パート先の吉脇に惹かれていた妻・亜季子は、 浴室でカッターナイフを用い、後ろから首筋をメッタ突きして殺害した。 亜季子は、物置からブルーシートを取り出して死体をその上に置き、浴室を清掃。 そこへ近所に住む伸吾の父・要蔵がやって来て惨状を目撃、警察に通報したのだった。 一審は求刑通りの懲役16年、その控訴手続きを終えたばかりの弁護士・宝来兼人から、 御子柴礼司は、かなり強引な手段で弁護人を引き継ぐ。御子柴は、亜季子や一人で自ら法律事務所にやって来た亜季子の次女・倫子(りんこ)、伸吾の父・要蔵、公認会計士・吉脇、亜季子の長女・美雪、産婦人科医・紅林、亜季子の生家があった場所の当時の町内会長・高峰、医師・溝端、金融業者・青柳に会いながら、東京地検・岬恭平次席検事を相手に、最終公判で亜季子が犯人たりえないことを証明する。しかし、岬の反対尋問で溝端が亜季子の妹が殺害された26年前の事件について語り始めると、傍聴人席から「その男を、その弁護士を逮捕してください!」という甲高い声が上がる。声の主は亜季子の母親・佐原成美で、さらに次のように言葉を続けたのだった。「その男はわたしの娘を、みどりを殺した園部信一郎です」指弾の場と化した裁判所を去ろうとする御子柴に声をかけたのは、要蔵と岬。御子柴は、二人に今回の事件の真相を語り始めた。 ***p.310から始まる匂わせ譚よりも結構前から、真犯人の姿は見えてきますね。それでも、最後の最後まで油断がならない展開なのは、流石に七里さんです。さて、今回のお話の肝となるのは、次の部分ではないでしょうか。これこそが、このシリーズが継続されている原動力であると感じました。 自分は奈落から手を伸ばしている者を生涯かけて救い続ける-。 赦しを乞うた訳ではない。 見返りを求めた訳でもない。 それだけが鬼畜から人間に戻れる唯一の道だと信じたからだ。(p.397)さて、今回のお話には、巻末の「解説」でも触れられているように、あの岬洋介の父親である岬恭平が登場し、重要な役割を果たしています。また、『復讐の協奏曲』に登場する宝来兼人は、今巻でも登場していますね。
2024.01.04
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結衣は、亜樹凪からEL累次体の情報を得ようと日暮里高校に潜入するも不発。 一方、瑠那は、イエメンの難民キャンプを離れた日の記憶が突如蘇る。 その一件には、架禱斗や彼の母親で矢幡元首相夫人・美咲が関わっており、 その後、恒星天球教元幹部・濱滝庸征が、瑠那を杠葉夫妻に託したのだった。 瑠那は、濱滝の友人で、EL累次体情報処理部門所属の藤澤尚武に会い、 何者かの声を矢幡元総理の声に変換するプログラムの入ったメモリーカードを手渡される。 そのアプリにより、結衣と凜香は、矢幡元総理の声の主と驚愕の事実に気付く。 優莉匡太は、死んでいなかった……児童養護施設に戻った凜香は、漉磯(すくいそ)・芦鷹・猟子らに襲撃され、囚われの身に。助けに向かった瑠那も、恩河日登美の攻撃を受けるが、結衣に救われる。その後も結衣と瑠那への襲撃は止むことはなく、坂東は絶命、蓮實や詩乃らも巻き添えに。さらに、瑠那は義父・功治から、彼が匡太の教誨師だったと知らされる。結衣と瑠那は、執拗に襲い掛かってくる漉磯・芦鷹・猟子を撃破するも、矢幡元総理は……結衣は、優莉家の一員とはまだ世間に知られていない瑠那に、距離を置くよう促す。それでもなお、武装兵に狙われ続ける瑠那に手を差し伸べてきたのは、次男の篤志。そして「来い。伊桜里がまってる」 ***今巻は、読んでいて辛かったです。結衣、凜香、瑠那の三人が、揃ってボコボコにやられるのは初めてではないでしょうか。特に、凜香は危険な状況が続いたまま。そんな中現れた篤志と伊桜里には、期待せずにはおれません。そして気になるのが矢幡元総理が発した次の言葉。 「結衣さん! 優莉匡太のいう不変の蒼海桑田とは……」(p.298)「蒼海桑田」とは、青い海が桑の畑になるという意から、世の中の変化が著しく激しいこと。これに「不変の」が付くと……優莉匡太の目指すものは何?そして、それに結衣たちはどう立ち向かうのでしょうか?
2024.01.04
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『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅹ』で、 本著のことに触れられていたので読んでみることにしました。 終戦のことを描いたお話かと思っていたのですが、 1943年に行われた「キスカ島撤退作戦」を描いたお話でした。 第一水雷戦隊司令官・木村昌福少将、第五艦隊司令長官・河瀬四郎中将、 陸軍北方軍司令官・樋口季一郎中将らは実名で登場し、 米海軍情報士官・ドナルド・キーンも、ロナルド・リーンとして登場しています。その他、同盟通信社外信部海軍報道班員・菊池雄介、気象専門士官・橋本恭一少尉を軸に、濃霧の中をキスカ湾に突入した艦隊が、守備隊員約5,200名を55分で収容に成功するまでや、その後、ポツダム宣言受諾後に侵攻してきたソ連艦隊に応戦する様などが描かれます。 けさ新たな隊列をきいた。 戦闘に警戒隊として島風、五月雨。 次いで鳴神島守備隊を収容する阿武隈、夕雲、秋雲、木曾、朝雲、薄雲、響がつづく。 最後尾で長波が後方警戒にあたる。 〇七〇〇には、多摩が離脱した。 成功を祈る、河瀬司令長官から阿武隈艦橋へ伝言があった。(p.309)全くよどみなくスイスイと読み進めることが出来たのは、「艦これ」のおかげです。
2023.12.30
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第1章は、森宮優子の高校生活最後の1年が描かれる。 優子は、生まれた時は水戸姓、その後、田中、泉ヶ原を経て、 現在は森宮性を名乗っている。 最初の父親は水戸秀平、母親は優子が3歳の時トラックに轢かれ亡くなっていた。 優子が小学2年生になった時、35歳の秀平はそのことを初めて優子に話す。 そして、優子が3年生になる前の春休み、27歳の田中梨花と結婚して3人での生活が始まった。 優子が4年生の終業式の日、秀平は自身のブラジル転勤と、梨花との離婚について優子に話す。そして、自分と一緒にブラジルに行くか、梨花と一緒に日本に残るかを優子に選ばせる。3月30日、優子は日本に残ることを選択、梨花と二人で田中優子としての生活が始まった。6年生になった優子は、「ピアノ、習いたいな」の言葉を梨花に漏らす。すると、優子の小学校卒業の日、32歳になった梨花は、49歳の泉ヶ原茂雄と結婚。その日の食費にも困る生活から、グランドピアノやお手伝いさんがいる生活へと一変する。しかし、梨花は9月中旬には家を出てしまい、以後、優子にも「一緒に行こうよ」と誘い続ける。そして、優子の中学卒業後の春休みに、梨花は中学の同級生で東大卒の森宮壮介と入籍、優子を引き取ると、優子と泉ヶ原茂雄に告げたのだった。ところが、3人での生活が始まって2か月で梨花は出て行ってしまい、森宮に離婚届が届く。以後、優子は森宮と一緒に暮らしながら、3年間の高校生活を過ごすことに。そして、高校生活最後の一年も、球技大会、合唱祭、大学受験を経て卒業式を迎えたのだった。第2章は、22歳になった森宮優子が、高校の同級生・早瀬君との結婚式を迎えるまでが描かれる。優子と再会した梨花は、隠し続けていた「秀平から優子への手紙の山」を段ボールに詰めて送る。 そして結婚式、3人の父親と共に、泉ヶ原茂雄と再婚した梨花の姿があった。 ***本著を読み終えてから、すぐに映画化されたものを見ました。当然のことながら、時間的制約等から様々なアレンジが加えられており、原作とは別物になっているのですが、強く感じたのは梨花を何とか擁護しようとする姿勢。秀平は転勤ではなく、自分一人で勝手に会社を辞めてブラジルで事業を始めるという設定でした。 「老人ホームにはお年寄りのお世話をするプロがいっぱいいるんだから。 それに、親子だといらいらすることも、 他人となら上手にやっていけたりするんだよね」(p.152)これは、優子が梨花と二人で暮らしていた家の大家さんの言葉。そうだなぁ、と思います。 だいたい学校で起こるもめ事はどう動いたところで、解決が早まることはない。 クラスの雰囲気が動くのを待っしかないのだ。(p.167)これは、優子が学校でみんなに避けられている時期に、優子が語っている部分。このご時世ですから強烈な反論もあると思いますが、正鵠を得ていると感じる方もいるのでは。 散々悪口を言って盛り上がる二人に、お父さんたちが気の毒になった。 そして、それ以上に、これだけ陰口を叩いても共に暮らせるのだと、 血のつながりの深さを思い知らされた気がした。(p.223)これは、女友達二人が自分の父親をこき下ろすところを見て、優子が語っている部分。これも、そうだなぁと思います。 「森宮さん、いつもどこか一歩引いているところがあるけど、 何かを真剣に考えたり、誰かと真剣に付き合ったりしたら、 ごたごたするのはつきものよ。 いつでもなんでも平気だなんて、つまらないでしょう」(p.234)これは、巻末「解説」で上白石萌音さんが推している担任の向井先生が優子に言った言葉。元教員の瀬尾さんが、向井先生の姿を借りて語りかけているように感じました。
2023.12.24
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1997年春に発生した「酒鬼薔薇事件」を契機に、本著の著者・奥野さんは、 1969年4月23日に発生した「高校生による同級生殺害事件」の取材を開始。 その原稿は、月刊『文藝春秋』1997年12月号に掲載されました。 事件や加害者の医療少年院送致までについては、当時の新聞報道や友人の証言、 裁判記録、精神鑑定書等から、その様子を知ることが出来たものの、 その後については、被害者家族ですら調べる術はありませんでした。加害者にまつわる「なぜ」をいくら追っても虚しさが漂うだけと感じた著者は、被害者遺族がその後の人生をどれだけ苦しみながら生きてきたかを詳らかにする方が大事なのではないかと思い立ち、本格的に取材を始めます。そのため、本著の大半は被害者家族のその後を描くことに費やされ、それらは、被害者の母親や妹を中心に、関係者が著者に語った言葉をもとにしたものです。「心にナイフをしのばせて」いたのも、加害者ではなく妹さんです。被害者家族の内情を、ここまで世間に晒す意義があるのかと思いつつ読み進めましたが、それでも、終盤に差し掛かると、弁護士となった加害者が登場、その想像を絶する振る舞いに、開いた口が塞がらない場面が積み重なっていきます。 「この本は被害者側の取材が大半を占めていて、 加害者側の取材が充分になされていないのはおかしい。 作品として不完全ではないか」(p.302)これは、「文庫版あとがき 異常心理は理解できるのか」に記されている著者がある高名な方から間接的に言われたという言葉です。それでも、本著の出版が、平成16年の「犯罪被害者等基本法」の制定や次の妹さんの言葉へと繋がっていったのなら、価値はあったのだと私は思いました。 ただわたしの記憶も曖昧だ。 自ら確かめるために、わたしはその方と一緒に親戚や兄の友人たちを訪ね歩いた。 関係者から話をうかがうにつれ、 わたしがきらっていた母のイメージが変化しはじめた。 そして、母の生き方が実に人間らしく見えるようになった。(p.286)御子柴礼司には、この事件の加害者とは違う振る舞いを期待したいです。
2023.12.20
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湊かなえさんの、作家生活15周年記念となる書き下ろし長編。 デビュー作『告白』を彷彿させるとのことですが…… *** 帯には「イヤミスの女王、さらなる覚醒」の文字。 この帯と購入した書店のポップで、私は初めて「イヤミス」という言葉を知りました。 表紙カバーには青色と赤呂で蝶が描かれ、白抜き文字でタイトル、著者名と出版社名が。 裏表紙にも、表紙よりは小さめに、赤色と緑色で蝶が描かれています。カバーを外すと、光沢のある表紙に、いくつもの花がモノトーンで描かれており、それを捲った青地の見返し(遊び)には、銀色で書かれた湊さんのサインとスタンプが。12月12日(火)に立ち寄った書店で見つけたこのサイン本には、そのあて紙と共に、購入した際にもらったレシートや、その書店カフェの飲食割引券も挟んだままになっています。見返しを捲ると、色鮮やかな絵画を背景に、タイトル・著者名・出版社名が記されていて、その裏面からは、6体の「人間標本」グラフィックが続きます。そして、8頁に及ぶカラー頁の最後には、黒地に小さく白抜き文字で「口絵 高松和樹」と記されています。「人間標本 榊志朗」は、蝶の分野では権威と呼ばれる明慶大学理学部生物学科教授・榊史朗が、投稿サイトにあげた手記の部分。彼の父・一朗は、大切な式典の場で「人間の標本を作りたい」と発言、画壇から追放されますが、藝大時代の同級生・一ノ瀬佐和子は一朗に肖像画を依頼、完成後に彼が住む山の家を訪問します。その際に同行した娘・留美は、小学1年生の史朗が夏休みの宿題用に作った蝶の標本を譲り受け、25年後に史朗と再会した時には、色彩の魔術師と世界中で称賛される画家になっていました。そして今年の初夏、中2の息子・至宛てに、留美から合宿参加の招待状が届きます。それは、娘・杏奈をモデルに絵を仕上げさせ、自分の後継者に相応しい一人を選ぶというもので、集まったのは、深澤蒼、石岡翔、赤羽輝、白瀬透、黒岩大、そして榊至の6人の少年たちでした。手記には、史朗が「人間標本」を作るに至った動機や、各作品に関する記録も示されています。「SNSより抜粋」は、「未成年男性6人死体遺棄事件」に関するSNS上の一連のコメント部分。事件発覚の経緯や、世間の声が記されています。『夏休み自由研究 「人間標本」 2年B組13番 榊至』は、榊至が記した「人間標本」作製に関するレポートで、そこに至った心境も詳細に書かれています。「独房にて」は、裁判で死刑判決が出た榊史朗の回顧録。蝶の観測から帰宅した後、家の様子に違和感を感じた史朗は、息子の夏休み自由研究や、明後日に新たな被害者が出るかもしれないことに気付き、息子を殺害後、息子の罪を背負い、自らの罪も罰してもらえるよう、手記を書き始めたのでした。「面会室にて」は、面会室での史朗と杏奈との対話で、そのキーワードは「擬態」と「目」。杏奈は、母親に自分を後継者と認めさせたくて「人間標本」作製を企図し、至も側にいたと告白。しかし、志朗は矛盾を感じ取り、首謀者が留美で、杏奈は計画継続を託されたのだと気付きます。そして、自身の指示通りに、完成した標本を史朗に見せることが出来なかった杏奈に対して、留美が「役立たず、やっぱり失敗作だった」と言った後に、息を引き取ったと知らされます。さらに、杏奈が標本を作成したことで、新たに「目」を手に入れ、逆に、留美がその「目」を失ってもがき苦しみ、史朗に再び救いを求めていたことや、遺体を切断、装飾を施した至が、父親の手で「人間標本」にされるように誘導しながらも、父親が「擬態」に気付いてくれることにも期待していたと思い至り、激しく後悔するのでした。「解析結果」は、作品6に使用された花畑の絵の、科捜研による解析結果。絵の下には「お父さん、僕を標本にしてください」の文字が書かれていました。次の頁には、主要参考文献、ウェブサイトが、さらに次の頁には、「本著は書き下ろしです。本作品はフィクションであり……」の一文が、そして最終ページには、著者紹介や発行日(2023年12月13日)等が記されています。続く見返しは、遊び、効き紙共に赤色です。
2023.12.16
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慧月の体と入れ替わった玲琳は、歌吹から事情を聞き出すことに成功すると、 歌吹と共に、金淑妃と藍徳妃が祈祷師・安妮をもてなす宴に忍び込む。 すると、3年前の事件の真相や、鑚仰礼における今後の陰謀が明らかに。 一方、慧月は、尭明や辰宇、景彰に入れ替わりを気付かれ経緯を説明することに。 途中、潜入に気付かれそうになった玲琳と歌吹を救ったのは、賢妃・玄傲雪。 これまで隠し続けてきた本心を語る賢妃に、玲琳は公明正大な復讐を提案する。 そのためには、鑚仰礼・終の儀で、5家の雛女が協力することが必要だったが、 玲琳の顔をした慧月は金清佳の、慧月の顔をした玲琳は藍芳春の説得に成功する。そして迎えた鑚仰礼・終の儀、安妮は玲琳を炎尋の儀に掛けるが、炎に包まれたのは安妮の方。慧月の顔をした玲琳が手当のため中座した後、雛女たち5人で作った宝鏡が皇帝・弦耀に贈られる。皇帝が鏡を向けた先には雪花模様が浮かび上がり、その後、安妮と慧月の姿が映し出された。それにより、安妮の本性や金淑妃と藍徳妃との悪行が、皆の知るところとなったのだった。 ***今回は、慧月の活躍が、これまでにない程に目立ちましたね。そして、入れ替わりについて知る人の数が、随分多くなってしまいました。5人の雛女たちの関係性も大きく変化したことで、今後新たな展開が生まれそうです。気になるのは、慧月の道術に気付いた皇帝の動きと、皇后・絹秀の玲琳に対する本心ですね。
2023.12.13
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現役弁護士の五十嵐律人さんによる第62回メフィスト賞受賞作。 映画も11月10日に全国公開されました。 最近は、『贖罪の奏鳴曲』など裁判を扱った作品を読む機会が多かったのですが、 本作を読んで、五十嵐さんの他の作品も読んでみたくなりました。 ***久我清義と織本美鈴は、同じ児童養護施設で生活を共にする高校生だった。施設長・喜多が自分の部屋で美鈴を裸にさせ、写真を撮っていることを知った清義は、部屋で待ち伏せるが、揉み合いとなり喜多の胸元にナイフを突き刺すことになってしまう。しかし、美鈴が隠し撮りした映像で喜多を脅したことで、清義は少年院送致を免れる。二人は大学に進学するための費用を入手するため、痴漢詐欺を始める。ある日、美鈴はターゲットにした相手が警官だと知ると、その場を逃れようとするが、警官は美鈴の手を離さず、ホームの2階から二人は共に階段を落下、美鈴は右腕を骨折する。清義は、倒れた警官のジャケットの胸ポケットにペン型カメラを入れ、その場を立ち去った。そのカメラには盗撮映像が保存されていたため、警官は実刑判決を受けることに。しかし、控訴はせず、警察を懲戒免職され、妻とは離婚、服役中に精神を病んで自ら命を絶った。一方、清義と美鈴は、共に法都大ロースクールで学ぶことに。そこで、何者かが清義が児童養護施設にいた時の集合写真と喜多を刺した新聞記事を配ると、清義は、学年メンバー間で行われていた模擬法廷・無辜ゲームに名誉棄損として開廷を申し込む。写真と記事を配った犯人は明らかになるが、それらを誰が提供したかは不明のままとなった。そして、今度は美鈴の家のドアスコープに、脅迫文が添えられたアイスピックが突き刺される。清義は、学年で唯一既に司法試験に合格し、無辜ゲームで審判者を務める結城馨に相談。彼の助言により、美鈴の部屋が盗聴されていたことや、その犯人は明らかとなるが、その依頼主は不明のまま、清義と美鈴は司法試験に合格、法都大ロースクールを卒業する。弁護士となった清義に、馨から「久しぶりに無辜ゲームを開催しよう」とのメールが届き、5分遅刻で模擬法廷の場に足を運ぶも、そこには血を流し倒れている馨の姿が。そして、美鈴からは「私が殺したんだと思う?」の言葉。美鈴の弁護人を引き受けた清義は、墓荒らしの裁判と並行して、真相を明らかにすべく奔走する。そして、馨があの警官・佐久間悟の息子で、事件の一部始終を見ていたこと、これまでの一連の出来事が、馨が描いたシナリオ通りに進んできていたことを知る。しかし、最後の最後でそのシナリオに狂いが生じるも、そのことすら馨は想定していた。それは、美鈴が清義を過去の罪から救おうとする行為だった。
2023.12.10
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李奈の『十六夜月』の5週連続1位を阻止した丹賀笠都は、 極端かつ急進的差別主義で、多数の熱狂的支持者を得ているベストセラー作家。 一方、その父・源太郎は、古き良き本物の文豪と呼ばれるベテラン作家で、 李奈の友人である作家・曽埜田璋も通う丹賀文学塾を主宰していました。 その丹賀文学塾閉塾の宴に、李奈は、現役弁護士で作家の佐間野秀司、 元検事の作家・樋桁元博、元刑事の作家・鴨原重憲と共に招かれます。 18歳の女優・樫宮美玲、同じ事務所の小山帆夏、マネージャー・舛岡も同席しますが、 そこで、岡本綺堂著『怪談一夜草子』に擬えた事件が勃発、李奈は解決に向け奔走することに。 ***今回は、3つの異なる世界が層をなす構成となっています。まず最初は、皆さんが暮らす現実の世界。次に、松岡さんが描く『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 』の世界。そしてさらに、その作品の中で白濱瑠璃が描く『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 』の世界。例えば、 小説で得た知識が李奈の身体を突き動かした。 李奈はすばやく上体をひねり、蛭井はわずかにのけぞったものの、 致命傷はあたえられていない。(中略) だが李奈は冷静に間合いを見切り、猛然と旋風脚、 すなわち中国拳法の回し蹴りを浴びせた。 踵が蛭井の顔面に命中すると、巨体は木の葉のごとく高々と宙を舞った……(p.275)これまでの李奈からは、とても考えられないような戦闘シーンですが、この直後、この部分は白濱瑠璃による創作シーンであることが明かされます。 押し合いへし合いのなかで李奈は涙ぐんだ。 小説の主人公ならたちどころに解決するだろうが、 現実には荒くれ男の群れに肝を潰すばかりだ。 もうやだ。助けて優莉結衣。(p.187)これは、李奈が事件の解決に向けて、刑事たちと共に時津風出版に乗り込んだシーン。読み進めていた際は、ちょっとした違和感を感じはしたたものの、いつもの李奈の世界の出来事としてとらえ、読み飛ばしていました。しかし、後から考えると、これも白濱瑠璃による創作部分と考えた方が良さそうです。 櫻木沙友理から助言を得ていた。 映像化に関し原作者のとるべき行動は、 契約書に署名捺印するかしないか、その二択しかないと。 いったん契約を交わしてしまったら、邦画にありがちな安っぽく陳腐な演出になろうとも、 薄幸の主人公を演じる女優が宣伝のためテレビに出演してはしゃごうとも、 映画に似つかわしくないハードロックのテーマ曲をあてがわれようとも、 いっさい文句は言えない。 すべてを許せる神のような心境にならないかぎり、 映像化の要請に応じてはならない。(p.77)これは、『十六夜月』が映画化・テレビドラマ化されるとの情報を得た舛岡が、樫宮美玲のキャスティングをプッシュしようと接近してきた際に、李奈が言った言葉。一見すると、李奈の世界に生きる櫻木沙友理の考えが述べられているように思えますが、ひょっとすると、これもまた白濱瑠璃が書き表したものなのかもしれません。ただ、いずれにせよ、これまで多数の作品が映像化されてきた松岡さんの思いが、強く滲み出ているような気はします。 『十六夜月』が売れて以降、読者が趣味でない人からもサインを求められるようになった。 差しだされた『十六夜月』にブックオフの値札が貼ってあることもめずらしくない。 ほかにもにっこり笑いながら、図書館で順番まちなのでまだ読んでません、 そんなふうにいってくる人もいる。 いずれも著者がどう思うか、想像がつかない相手の心理に、むしろびっくりさせられる。 断固として買わない気ですかと心のなかで突っ込みたくなる。(p.165)これは、ようやくヒット作を生み出した李奈の現在の思いが書き記された部分。この『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』シリーズでは、同じような内容のことが、これまでにも何度か書かれていたように思います。やはり書き手である、松岡さんの思いが強く滲み出ていると感じました。 「世間が村上春樹をどうとらえてるか知ってます? なんか知的で崇高な本だと思いこんでる。 『ノルウェイの森』とか『1Q84』とかも、 大ベストセラーではあっても国民全体からすれば、読んだ人はごく一部で、 みんなが知っているのは題名だけ。 じつは露骨な性描写だらけなのに」(p.24)これは、李奈の最も親交が深い同世代の作家・那覇優佳子の言葉。李奈が生きる世界のなかでの言葉ですが、松岡さんもこのように受け止めている? 「松岡某ってのはいないんだよ。 東映の八手三郎と同じく共同ペンネームみたいなもんでね。 でなきゃ毎月だせるはずがない」 瑠璃が鼻を鳴らした。 「『八月十五日に吹く風』と『万能鑑定士Q』がおんなじ作者のはずがないよね。 Qシリーズは莉子さんの旦那さんの著書でしょ」(p.279)これは、李奈とやりとりするKADOKAWAの編集者・菊池と瑠璃の言葉。もう、このあたりになると、何が何だか訳が分からなくなってきました。「でなきゃ毎月だせるはずがない」は、全くその通りだと思うし……取り敢えず、これまで未読だった『八月十五日に吹く風』は、読んでみようと思います。
2023.12.02
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先日『復讐の協奏曲』を読んで、その主人公・御子柴礼司に衝撃を受け、 彼のことをより詳しく知るため、シリーズ開始巻である本著を手にすることに。 期待通り、そこには園部信一郎が佐原みどりを殺害した際に抱いていた感情や、 事件後の逮捕、鑑別、審判、医療少年院送致に至る経緯が記されていました。 少年院では、島津さゆりが弾くピアノにより眠っていた感情が覚醒したものの、 将来は弁護士になりたいと語っていた、最も親しかった隣室の嘘崎雷也が自死、 教官・稲見を半身不随にしてまでその脱走を幇助した夏本次郎も事故死してしまいます。 その時、稲見が突きつけた言葉が、御子柴のその後の生き方を決定付けたのでした。 後悔なんかするな。悔いたところで過去は修復できない。 謝罪もするな。いくら謝っても失われた命が戻る訳じゃない。 その代わり、犯した罪の埋め合わせをしろ。 いいか、理由はどうあれ、人一人殺めたらそいつはもう外道だ。 法律が赦しても世間が忘れても、それは変わらない。 その外道が人に戻るには償い続けるしかないんだ。 死んだ人間の分まで懸命に生きろ。 決して楽な道を選ぶな。 傷だらけになって汚泥の中を這いずり回り、悩んで、迷って、苦しめ。 自分の中にいる獣から目を背けずに絶えず闘え(中略) 自分以外の弱い者のために闘え。 奈落から手を伸ばしている者を救い上げろ。 それを繰り返して、やっとお前は罪を償ったことになるんだ(p.276)そして今回、御子柴が国選弁護人として担当したのは、東條美津子の上告審。彼女の夫で製材所を経営する彰一は、落下してきた積荷の木材が頭部に当たって入院後に死亡。ところが、事故の10日前に彰一が多額の保険に入っていたことから、美津子が人工呼吸器を意図的に遮断した疑いで逮捕され、一審・二審ともに敗訴していました。そこに、先天性脳性麻痺を抱える息子・幹也や、この事件を追うフリーライターの加賀谷竜次、さらには、加賀谷の変死を捜査する埼玉県警捜査一課の渡瀬と古手川和也も絡んできて、二転三転する状況に、読者は事件の全貌について全く見当がつかぬまま振り回され続けます。そして、最後の最後に安武里美による御子柴への一撃。コラムニスト・加山二三郎さんによる巻末の「解説」も素晴らしく、渡瀬や古手川らが『連続殺人鬼カエル男』にも登場していたことや、御子柴誕生の背景に「高校生首切り殺人事件」があることも、それで知りました。『心にナイフをしのばせて』はまだ読めていなかったので、そのうち読もうと思います。
2023.11.25
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雛女の序列を決めるための中間審査である鑚仰礼。 金淑妃・麗雅や藍徳妃・芳林は、自家の序列を上げるべく陰謀を企て、 雛女である金清佳や藍芳春にも、黄玲琳を引きずり落すよう圧をかける。 初の儀が始まると、玲琳は水白粉が異物と入れ替わっていることに気付く。 さらに、控えの場の巨大な天幕の柱が倒れ、慧月と共にその下敷きに。 玲琳は慧月を庇い足を負傷するが、最後まで務めを果たし、淑妃と徳妃を牽制するのだった。中の儀では、慧月が詩を書き連ねた宣紙が炎上、祈祷師に窮地に追い込まれるも、玲琳が氷の張る泉の中に身を浸してその宣紙を拾い上げ、事を納めることに成功。しかし、慧月は怒りを爆発させ玲琳を執拗に罵倒、その場から立ち去ってしまう。金家や藍家の策略によって玲琳はさらに平静を失い、慧月との距離は開いたまま。冬雪や莉莉は、主人たちの喧嘩を納めようと東奔西走、尭明と景行・景彰兄弟にも協力を仰ぐ。一方、玄歌吹は、賢妃・玄傲雪の制止を振り切って、姉・舞照を陥れた炎尋の儀の真実や、姉が命を失った直接原因である薬草・霊麻の不足を引き起こした人物を探り続ける。そして、玲琳のいる四阿を訪れた際、玲琳が当時から霊麻を豊富に所有していたことを知ると、すりこぎで玲琳のこめかみのあたりを強打、古井戸の中に放り込んだのだった。炎術で玲琳と繋がり、その窮状を知った慧月は、冬雪らと共にその居場所に辿り着くと、瀕死の玲琳の体と自身の体とを入れ替え、玲琳らにその体を引き上げてもらったのだった。 *** 「筋違いのことで怒られたから不快だったんじゃない。 友達に怒られて悲しかったんです。 空回りして悔しかったんじゃない。 思いが伝わらなくて、悲しかったんですよ。」(p.264)これは、莉莉が玲琳に語った言葉。そして次は、尭明が慧月に語った言葉。 「自分が無力なせいで、相手を危険に晒してしまう。 そのことに惨めさを感じるのは、本当なら自分が相手を助けたいと願うからだ。 そしてそれが叶わぬ状況に、罪悪感を抱くから」(p.303)いよいよ、慧月の体と入れ替わった玲琳の反撃が始まります。次巻では様々な謎が明らかになり、陰謀を企てた人々に天罰が下ることでしょう。
2023.11.19
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予備知識なしで、初めてこのシリーズを、いきなり最新刊で読み始めたため、 プロローグの段階で、相当な衝撃を受ることになってしまいました。 それは、冒頭の幼女殺害事件が、あの少年Aの事件を彷彿とさせるものであり、 その犯人が、本シリーズの主人公である弁護士・御子柴礼司だったからです。 ***<この国のジャスティス>というブログ主の呼びかけにより、御子柴に対する懲戒請求書が大量に届き始めたことを受け、御子柴は、懲戒請求者全員に名誉棄損と業務妨害で損害賠償を請求することに。以後、和解についての電話が事務所へ掛かり始めるが、中には事務員・日下部洋子を脅す者も。そして、洋子は外資系コンサルタント・知原徹矢殺害の容疑者として逮捕されてしまう。洋子を弁護することになった御子柴は、知原と洋子が食事をしたフレンチレストランや知原が勤務していたオフィスを訪ねて回るうち、何者かにハンマーで襲われてしまう。さらに、洋子の家族関係を探る中で、彼女が自らが殺めた幼女と友人であったことを知る。 ***残り30頁を切ったところで、ようやく洋子を被告人とする裁判の第2回の公判が始まり、ここから怒涛の如く、次々に真実が明らかになっていく様は圧巻で、流石は七里さん!津田倫子や佐原成美について知るためにも、シリーズ既刊を読んだ方がよさそうですね。それでは最後に、本著で最も印象に残った箇所を紹介します。 体制を批判し、政治家の失言と芸能人の下半身事情を拾い集め、 児童の事故対応について学校関係者を責め立てる。 どれもこれも新聞の売り上げ、 視聴率のアップには欠かすことのできない正義です。(p.299)
2023.11.12
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同名の映画が公開され、話題になった頃に購入したのですが、 読了までに随分時間がかかってしまいました。 人のものの見方や価値観が移り変わるものであるということや、 「不易と流行」ということについて考えさせられる一冊でした。 「汝自身を知れ」とか、「己を省みよ」とか、こういう文句には、 考えてみると小学校以来、もう何度お目にかかってきたことか知れません。 もういい加減古臭い感じがして、どこかでこんな文句にお目にかかっても、 ああ、またあれか、というぐらいな気持ちしか起こらなくなっています。 そして、その文句の言葉どおりの意味なら、コペル君も、とうに知っていました。(中略) しかし、言葉だけの意味を知ることと、 その言葉によってあらわされている真理をつかむこととは、別なことでした。(p.272)巻末の著者・吉野源三郎氏による「作品について」には、この作品が、盧溝橋事件が発生した昭和12年7月に発行されたことや、山本有三編纂『日本少国民文庫』全16巻の最終配本、倫理を扱う一冊として、病気で執筆不能となった山本氏に代わり、著者が執筆した経緯が記されています。また、丸山真男氏にによる「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」も、この作品が書かれた背景や、その持つ意味合いを理解するうえで、とても貴重なものでした。 地動説への転換は、もうすんでしまって当たり前になった事実ではなくて、 私達ひとりひとりが、不断にこれから努力して行かねばならない きわめて困難な課題なのです。 そうでなかったら、どうして自分や、自分が同一化している集団や「くに」を中心に 世の中がまわっているような認識から、 文明国民でさえ今日も容易に脱却できないでいるのでしょうか。 つまり、世界の「客観的」認識というのは、 どこまで行っても私達の「主観」の側のあり方の問題であり、 主体の利害、主体の責任とわかちがたく結びあわされている、ということ- その意味でまさしく私達が「どう生きるか」が問われているのだ、 ということを、著者はコペルニクスの「学説」に託して説こうとしたわけです。(p.317)
2023.11.05
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『優莉凜香 高校事変 劃篇』、『優莉結衣 高校事変 劃篇』に続く 『高校事変』のスピンオフ第3弾。 『高校事変』で言うと『15』の前に当たる時期を描いたお話で、 優莉匡太の七女・伊桜里の名をタイトルに掲げる一冊。 ***5歳で児童福祉施設に一時保護された後、里親に引き取られて養子縁組を結んだ伊桜里。しかし、家庭では母親から虐待を受け、学校でもいじめられ暴行を受ける日々が続いていた。中学3年生になった伊桜里は、自ら命を絶つことを決意するが、それを救ったのは結衣。以後、伊桜里は結衣の効率的な指導により様々な生き抜く術を身につけていく。その頃、EL累次体からの度重なる過剰要求に業を煮やした武井戸建設は、独立を決意。EL累次体の一員に渡す上納金にC4爆弾を仕込み、受け子として潜入してきた伊桜里に運ばせる。途中で伊桜里の行方を見失った結衣は、智沙子になりすまして武井戸建設に乗り込んだ後、篤志が操縦するヘリで伊桜里がいる山中へと向かい救出に成功、EL累次体の志鎌と対峙する。 ***今巻には、日本国内のベトナム人裏社会を牛耳ってきたディエン・チ・ナムや警視庁捜査一課の坂東、スマ・リサーチ社の玲奈&桐嶋らが登場。さらに、伊桜里は中学校卒業後に凜香や瑠那が通う日暮里高校への進学を希望しており、今後、『高校事変』本編でも絡んでくることは間違いなさそうですね。
2023.11.05
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盲目の少女とその母の愛に満ち溢れたお話、と思いきや…… この先、どうやって生きていけばいいのだろう。 クロウタドリは歌うのをやめ、 とわの庭の友人たちも、完全に口を噤んでしまった。 それに母さんは、もう二度とここへは帰らないだろう。 あの揺れが、わたしにそのことを教えてくれた。 わたしは、決定的な事実を突きつけられた。(p.128)裸足のまま、扉を開けて、外へと出たとわは、自分の足で、ゆっくりと前へ歩き始める。児童養護施設に保護されてスズちゃんと出会い、自身の出自や母親、二人の兄、オットさんのことも明らかに。そして、田中十和子として、グループホームから1年間特別支援学校に通った後、自立支援ホームでの暮らしを経て自分の家へと戻ることに。そこでは盲導犬・ジョイとの生活が始まり、ピアニストのシミズマリや付き添いボランティアのリヒト、思い出の写真館の店主らとの出会いが待っていました。とっても小川糸さんらしい作品、でした。
2023.10.29
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「漢方薬局てんぐさ堂の事件簿」シリーズがスタート。 「薬剤師・毒島花織の名推理」シリーズ(4)に登場するやいなや、 圧倒的存在感を示した花織の元同僚・宇月啓介(36)がメインキャラを務めます。 爽太に当たるポジションを務めるのは、てんぐさ堂専務・天草奈津美(27)。 ***第1話「漢方薬入門」では、出版社に勤務し、編集の仕事に携わる加納有紀(32)が、男性作家から『大麻解禁が日本を救う・超高齢社会への処方箋』の企画を受け取った後、てんぐさ堂に立ち寄って、宇月から漢方薬に関する基本的な知識を指南してもらいます。しかし、彼女が手にした企画資料の中には、大麻が入った茶封筒がはさまれていました。 第2話「夏梅の実る頃」では、70歳を過ぎた箕輪京子がドングリが苦手な理由を宇月に吐露。それは、かつて祖父の病気に効くと手渡されたお菓子の空き箱の中に、大量のドングリと共に小さな黒い虫が入っていたからでしたが、彼女はそれが悪戯だったと言い切れないと言います。宇月は、それがドングリではなくマタタビであったことと共に、京子の記憶違いにも気付きます。第3話「ノーテイスト・ノーライフ」では、匂いと味を感じなくなった大久保友梨亜(23)が、てんぐさ堂で処方された漢方薬を飲み始めるも、リコリス菓子も食べるようになっていきます。そのことを本人から聞かされながら、宇月に指摘されるまで危険性に気付けなかった奈津美は、宇月と共に友梨亜の家へとタクシーで向かったのでした。第4話「長男の務め」は、宇月のカウンセリングを受けた川島浩一郎(57)が、実家で一人暮らしをする父親の介護や遺言状を巡って弟妹と対立するお話。父親から自身の認知機能が進んだ時には、長男の務めを果たすよう言われた川島に、宇月は、今の時代の長男の務めについて助言したのでした。 ***シリーズのスタートということもあって、今巻は、宇月が大学生の頃に同級生の恋人に毒を飲まされて体の一部に麻痺が残った経緯や、奈津美の祖父がてんぐさ堂を開局してから、現在に至るまでの紆余曲折も記されています。武史がてんぐさ堂に復帰、奈津美が薬剤師の国家試験にまた挑戦する日は訪れるのでしょうか?
2023.10.29
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数多くの文豪が代表作を発表してきた文芸一筋の老舗・鳳雛社(ほうすうしゃ)。 その編集者・岡田眞博から執筆依頼を受けた李奈は、純文学に挑戦することに。 しかし、提出した『十六夜月』の原稿は、物語の終盤を変更するよう求められる。 やり手の副編集長・宗武義男が、喪失を描く結末を望んでいると言うのだ。 鳳雛社はここ数年ミリオンセラーを連発していたが、 その大半が、主人公が死んで幕を閉じるお話。 あらゆる文学賞を総なめにした最新ミリオンセラー・飯星佑一の『涙よ海になれ』も同様で、 自作の結末変更について譲ることが出来ない李奈は、鳳雛社での出版を断念する。そんな李奈に、宗武は小説『インタラプト』の元原稿を渡し、続きを執筆するよう依頼。それは、鳳雛社文芸第一部を舞台とするノンフィクションで、岡田が暴走する様が記されていた。李奈は、宗武の依頼には乗り気でなかったものの、岡田と飯星の間に起こったことが気になり、関係者たちを訪ね、『インタラプト』に記されていた内容について取材を進めていく。やがて、飯星の新作原稿データを盗みだした岡田が警察に連行されたものの、PCは初期化され、李奈たちが見つけたSDカードやUSBメモリも破壊されてしまっていた。飯星がデータ復元会社にPCを持ち込む最中、警察からの電話を受けた宗武は車を走らせるが、ガードレールを突き破って河川敷へと転落してしまうのだった。 ***宗武の行方は不明のまま、そこに、ちびっこ速読会でのトラブルやアパートの賃貸問題等が絡んで、事件は混沌としていきます。しかし、最後には李奈が次々に事の真相を明らかにしていくことに。 「竹芝までは電車で2時間かかったんですよ。クルマでもそれより早くは着けません」 「じつはウイングスーツでムササビのように飛ぶ競技のアスリートではないですか? それなら竹芝まで時速300キロで8分……」(p.225)これは、自身のアリバイについて述べる飯星に対し、『インタラプト』の元原稿を書いた白濱瑠璃が問い返した場面。『高校事変Ⅱ』で、結衣が横浜ランドマークタワーからダイビングしたことを想起させる言葉に、松岡作品の愛読者なら、思わずにんまりしてしまうシーンでした。 「抵抗の意志は純文学以外のジャンルにひろがったんです。 人の死なないミステリが同時多発的に生まれました。 すべてが定石とは逆。どれも本業の探偵ではない、男性ではなく女性が主人公で、 犯罪捜査以外の知識を発揮し、誰ひとり命を落とさない世界での推理劇を描いた」(p.269)本著の副題は「人の死なないミステリ」。Qシリーズのキャッチフレーズは「面白くて知恵がつく 人の死なないミステリ」。p.268から李奈が語る、平成10年代前半以降のブームについての言葉には、色々なことが思い出され、「そうだったのか」と納得させられました。
2023.10.22
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どんなお話か全く知らないまま読み始めました。 スタートは、タイトルに即したお話から始まりましたが、 しばらくすると、全く予想していなかった展開に。 主人公は小学校教員となり、やがて学級崩壊に苦悩する状況に陥ります。 校内の誰にも相談できず、気付いてもらえず(本当は気付いていたでしょう)、 高校教員である夫にも、相談できず、気付いてもらえず、まさに最悪のパターン。 夫が気付かなかった理由は、後半で明らかとなり、色々と納得させられますが、 主人公に対しては「よく踏みとどまった」と共に「何でそうなるの?」という思い。子供が生まれないこと、いないことに対し、家族や世間からプレッシャーを受けながら、夫婦が子供を産もうと努力を重ね、遂に断念していく過程は、本当に痛々しいもの。さらには、夫までも精神科へ通うこととなり、主人公は自らの体験を生かしそれを支えます。そんな中、母親の態度が穏やかになっていったことだけが救いでした。
2023.10.15
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パリ8区にある小規模なオークション会社に勤務しながら ゴッホとゴーギャンを中心に19世紀のフランス絵画史研究を続ける高遠冴。 そこに50代の女性が現れ、ゴッホを撃ち抜いたという一丁の拳銃を持ち込むと、 その真贋を明らかにすべく、冴はゴッホに関わる場所を次々に訪れることに。 ***本作は、オーヴェールの畑で見つかったリボルバーとゴッホ他殺説を主軸に据え、ゴッホとゴーギャン、さらにゴッホの弟・テオとの交流の日々を丁寧に描きつつ、そこにタヒチの少女を絡めることで、極上のミステリーに仕上げています。最後に明かされる、このお話の鍵を握っていた人物には、誰もが驚かされることでしょう。ゴッホとテオの二人は、『たゆたえども沈まず』でも描かれていましたが、本作では、そこにゴーギャンが加わることで、より立体的な仕上がりになっています。
2023.10.15
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『TVアニメ放送開始! 2023年10月21日より日本テレビ系にてOA』 帯に踊る文字に、否が応でも期待が高まります。 しかしながら、放送開始時刻は何と25:05! さらに、初回3話一挙放送とのことですので、心してその時に備えましょう。 ***燕燕は、姚に趣味の悪い恋文をよこしてきた男に対し、迷惑行為をやめるよう直談判すべく猫猫を誘って、皇帝に一文字賜った一族同士が集う名持ちの会合へと向かいます。恋文の送り主は辰の一族の男で、その一族は40年ほど前に家宝がなくなったことにより、里樹元妃の実家・卯の一族と先代当主同士が大喧嘩をし、以来不仲となっていました。猫猫は、両家を仲直りさせ、卯の一族の力を回復させようと目論む羅半と共に密談部屋に入り、消えた家宝について説明する辰の一族の大奥様に、事の真相を吐露させることに成功します。すると、羅半の合図で卯の一族の当主が現れ、辰の大奥様に黄金の龍の置物を返却。遅れて宴会場に現れた恋文男は、羅半兄との決闘に敗れ、姚のことを諦めることになりました。一方、卯の一族の当主に馬閃を紹介したい麻美は、猫猫に里樹の後宮での様子を語らせた上で、当主に縁談を持ち掛けますが、当主は卯の一族の現在の苦境を仄めかせ、即答を避けたのでした。名持ちの会合を終えた猫猫を、次に待ち受けていたのは緑青館の強盗騒ぎ。女華の部屋にあった組木細工のからくり箱が盗まれましたが、翡翠牌は無事でした。猫猫は緑青館のあちこちを見て回り、盗人と共謀したのが梓琳姉だと見抜きます。そして、女華から預かった翡翠牌を壬氏に見せ、本来の持ち主を調べてもらうことに。猫猫が新たに配属された武官の修練場近くの医務室には、最近多くの怪我人が訪れるように。その背景には、皇后派と皇太后派の派閥争いがありました。猫猫は、恋文男・憂炎と決闘して怪我を負わせた馬閃に事情を聞くため修練場に行った後、新人官女・妤の求めで花街へと同行し、彼女に疱瘡の処置をした克用との再会に立ち会います。さらに、皇太后派の若者が集う狩猟場に、李医官、天祐と共に出向くと、そこで壬氏に遭遇。壬氏から翡翠牌が元皇族で伝説の医者である『華陀』の物だと考えられると知らされます。壬氏は、猫猫から天祐も華陀の末裔で、彼の故郷がこの周辺であると教えられると翡翠牌の半分を所持していた天祐の父を、賊として排除しようとしていた憂炎を一刀両断。その後、天祐の父が、翡翠牌が二つに割られた経緯や『華陀の書』の隠し場所について語ると、猫猫がその家宝の在処に見当をつけ、無事見つけ出すことに成功したのでした。一方、雀は今回の若い武官たちの一連の動きを誘導したのが卯純であると見抜き、修練場で本人にそのことを確認すると、自分の後継者になるよう持ち掛けたのでした。
2023.10.08
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2年前の2009年にリリースされた「スピラ」という名のSNS。 それを運営する株式会社スピラリンクスが、満を持して新卒総合職の採用を開始、 初任給50万円ということもあって、採用枠若干名に5000人超が応募。 最終選考のグループディスカッションは、1か月後の4月27日に行われることに。 九賀蒼汰(慶応大)、袴田亮(明治大)、矢代つばさ(お茶の水女子大)、 嶌衣織(早稲田大)、波多野祥吾(立教大)、そして森久保公彦(一橋大)の6人は、 当初、全員内定もあり得るので今後1カ月で最高のチームを作り上げるよう求められるが、 その後、議論の中で選出された1名だけに内定を出すことに変更になったと通知される。最終選考当日、6人は2時間30分のディスカッションの冒頭と以後30分ごとに計6回投票し、得票数合計が最多の者を内定者とすることで合意するが、途中で白い封筒の存在に気付く。封筒の中には、参加する6名が個々に用いることを指定した少し小さな封筒が入っていたが、その小さな封筒の中には、6名個々にとってそれぞれに不都合な情報が記されていた。他人に知られたくない過去の秘密が次々に暴露されていき、それは投票結果を大きく左右。そして2時間30分後、一人の内定者が選出されたのだった。2019年、スピラリンクスに勤務するその人物は、封筒の犯人を改めて捜し始める。その中で、思いもよらなかった事実が次第に明らかになっていくのだった。 ***巻末の瀧井朝世さんによる「解説」が秀逸。 他者の言動のひとつをピックアップして、 その表面だけを見てジャッジすることなんてできない、 ということを体感したのではないか。 翻って考えてみると、私たちは日々、たとえばSNSで偶然見かけた人に対し、 じっくりと検証することなく「どう評価するか」、 もっというならば、「その人を信頼するか」「その人を否定するか」を 決めてはいないだろうか。 しかし人間は、すべてが善良で正しい人と すべてが極悪で間違っている人に振り分けられるわけではないのだ。(p.356)映画化が決定したとのことですが、この作品は「叙述トリック」を用いた作品なので、そのあたりをどのようにするのかも見ものですね。
2023.10.07
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久し振りに亜樹凪が復学した日暮里高校2学期始業式に、爆破予告声明文が届く。 しかし、瑠那と凜香、蓮實により起爆は阻止され、故尾原文科大臣の画策は失敗。 これを受け、EL累次体の主要メンバーとなった藤蔭覚造新文科大臣は、 JAXAの国産ロケット打ち上げを利用し瑠那と凜香の抹殺を謀るが、これも失敗。 するとEL累次体は、産業スパイとみられる中国系正社員エンジニアの身柄を拘束。 中国連合参謀部参謀長ハン・シャウテンと共謀し、核爆弾搭載人工衛星の制御力奪取を目指す。 さらに、日暮里高校の防災訓練を利用して全生徒と教員、そして凜香と蓮實の拘束にも成功。 神社や自宅まで焼失させられてしまった瑠那の前に結衣が現れ、「究極の細菌兵器」を託す。 *** 瑠那は足をとめ振りかえった。 五十代前半、丸々と太った米熊亮平教諭が、メガネを曇らせながら駆けてきた。 用件なら見当がつく。瑠那は戸惑いがちに挨拶した。 「どうも。米熊先生……」 「こんな日に済まない。入部の件、考えてくれたかな」 「いえ……。きょうはいろいろ慌ただしかったので」 凜香が聞いた。 「米熊先生って、演劇部の顧問だろ?」(p.56)何気ない高校生活の一コマかと思われたこのシーンですが、実に重要な意味を持っていました。 教職員のひとりが女子生徒の死体に駆け寄った。 中年の男性教師は横たわる女子生徒の脈をとった。 血の気が引いた顔で教師がつぶやいた。 「ほんとうに死んでいる……」 ざわっとした驚きがひろがるなか、男性教師も発症した。 嘔吐のように濁った声を発し、肺に溜まった血を床に撒き散らした。(p.314)この瑠那の仕込みが、核戦争勃発阻止に繋がっていきます。もちろん、人工衛星のエンジニアと互角にやりとりする超人的能力あってのことですが。それにしても、結衣が活躍するシーンがだんだん増えてきましたね。これから、ますます楽しみです。
2023.10.07
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表題作の他、5つのお話から成る短篇集。 しかし、読み始めると「これ、本当に伊坂さん?」というのが第一印象。 短篇だから? それとも意図的にいつもと違う書きぶりをしている? その真相は、巻末のや「文庫化記念インタビュー」で明らかに。 ***「逆ソクラテス」。面白いタイトルだなと思っていたら、実はかなり意味深長。 「草壁、それは違う、 さっきも言ったように、 ソクラテスさんは、自分が完全じゃないと知っていたんだから。 久留米先生は、その反対だよ。逆」(p.33)これは、小学6年生の安斎が同じクラスの草壁に言った言葉。久留米先生は、安斎たちのクラスの担任です。そして、安斎は、これも同じクラスの加賀にこんなことも言っています。 「あるよ。だって加賀のお父さんが情けないかどうかは、 人それぞれが感じることで、誰かが決められることじゃないんだ。 『加賀の親父は無職だ』とは言えるけど、『情けないかどうか』は分からない。 だから、ちゃんと表明するんだ。僕は、そうは思わない、って。 君の思うことは、他の人に決めることはできないんだから」(p.26)さらに続けて 「久留米先生はその典型だよ」(中略) 「自分が正しいと信じている。 ものごとを決めつけて、それをみんなにも押し付けようとしているんだ。 わざとなのか、無意識なのか分からないけれど。 それで、クラスのみんなは、久留米先生の考えに影響を受けるし、 ほら、草壁のことだって、 久留米先生が、『ダサい』とラベルを貼ったことがきっかけで」そして、安斎の「久留米先生の先入観を崩してやろうよ」の言葉を契機にして、小学6年生たちが行動を開始し、後に一人のプロ野球選手を生むことへと繋がっていくのです。一人の教員が全教科を教える学級担任制、その学級担任の影響力の計り知れない大きさに、今更ながら気付かされると共に、担任の先生方には反面教師として欲しいお話でした。「逆ワシントン」の中で、謙介の母親が、姉のクラスで語った言葉(p.270~273)もスゴイです。ぜひ、ご一読を!
2023.09.27
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前巻を受けての、南領を舞台とするお話の締めくくり。 玲琳と入れ替わった慧月は、尭明に命じられた茶会を敢行。 芳春は、慧月を陥れようと、他家の雛女たちに巧みに言葉を連ねますが、 慧月はその言葉を逆手に取り、他家の雛女たちの認識を改めさせることに成功。 茶会後、慧月は尭明から今回の事件の真相を聞かされ、共に邑へと向かいます。 その頃、玲琳は、瀕死の重傷を負った雲嵐を必死に治療していました。 途中、彼女にしては珍しく挫けてしまい、危うい行為に及ぼうとしかけます。 しかし、辰宇や尭明に押しとどめらるうちに、雲嵐が意識を取り戻したのでした。江氏や林煕が邑に辿り着くと、そこでは予想外の光景が繰り広げられていました。慧月が舞い、邑の女たちが田植え歌を紡ぎ、尭明が豊穣祭の執行を宣言。そして、皆の前で江氏の悪行が次々に暴かれると、彼には天罰が下ります。さらに、尭明は林煕に、今回の件は既に藍家当主に伝達済みだと知らせたのでした。そして、舞台は雛宮へ。玲琳と芳春のその場が凍りつくような舌戦を、慧月がハラハラしながら見守ります。やがて、二人は本性をあらわにして言葉をぶつけ合い、慧月もそこに引きずり込まれ……双方とも一歩も譲ることなく、今回のバトルは終了。 ***絹秀が亡き妹・静秀に語りかけた「最高だな、おまえの娘は」に続く「-そして、最低だ」の声が、とても気になります。そして、特別編「微笑と予言」も、景彰の心の葛藤が丁寧に描かれたものでした。著者の感情を細やかに描き上げていく筆力には、感心させられます。
2023.09.08
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尭明に慧月との入れ替わりを気付かれてしまい、 今後、入れ替わりを見抜かれたら、彼の雛女であり続けることを約束した玲琳。 豊穣祭の開催地となった朱家の治める南領に、皇族や雛女たちと共に赴きますが、 そこで発生した悶着を機に、思いもよらずまた慧月と入れ替わってしまうことに。 そのことで慧月は危機を脱したものの、玲琳は賤民に攫われてしまいます。 しかし、兄・景行と共に邑(むら)で農作業に精を出し、さらに辰宇の支援も受けながら、 玲琳は自らを攫った前頭領の息子・雲嵐たちの心を徐々に開かせていくのでした。 ところが、玲琳たちが禍森で猪狩りをした後、邑人が痢病で次々に倒れ始めます。玲琳たちは寝食を忘れて看病に当たり、雲嵐は一人で郷長のもとに出向き邑の窮状を訴えます。ところが、この痢病は藍家の指示で郷長・江氏が引き起こしたものでした。林煕(りんき)たちに深手を負わされながらも、雲嵐は邑に危機が迫っていることを伝えます。その頃、慧月は自らを陥れようとする藍家の雛女・芳春の言葉に絶句していました。 ***今巻は、玲琳がメンタル面だけではなく、身体能力の高さまで見せつけてくれました。一方、慧月も少しずつ成長していきそうな兆しが。最後のページに至っても、南領を舞台とするお話は終結を迎えず、雛宮における五家の権力闘争が露わなものとなってきたところで、次巻へと続くことに。
2023.08.27
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『思い出が消えないうちに』に続くシリーズ第4弾。 ただし、舞台は『コーヒーが冷めないうちに』の翌年という設定で、 シリーズ第3弾『思い出が消えないうちに』はもちろん、 シリーズ第2弾『この嘘がばれないうちに』よりも昔のお話です。 *** 第一話『「大事なことを伝えていなかった夫の話』は、考古学者で冒険家の男が、事故で脳に障害を負って植物状態となっている妻に、伝え忘れたことを伝えるため、過去に戻るお話。第二話『愛犬にさよならが言えなかった女の話』は、自分が寝たせいで愛犬の最期を看取ることが出来なかったと激しく後悔する女が、過去へと戻り、自分が知らなかった愛犬の行動について夫から知らされるお話。第三話『プロポーズの返事ができなかった女の話』は、男からの求婚を受け入れることが出来ず、その後突然フラれてしまった女が、男の訃報に接し、その本心はどんなものだったのかを確かめるため、過去に戻るというお話。第四話『父を追い返してしまった娘の話』は、宮城県から訪ね来た父親に悪態をつき追い返した娘が、東日本大震災で父親を失ったものの、過去に戻って父親と語り合うことで、自らの幸せへと歩み始めるというお話。 ***お話の中には、『コーヒーが冷めないうちに』に登場した清川二美子や竹高奈々が登場。二人がどんなキャラクターなのかを知れば、今回のお話をより楽しめることでしょう。そして、シリーズ第5弾『やさしさを忘れぬうちに』も既に刊行されているので、また機会を見つけ、読んでみようと思っています。
2023.08.26
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理不尽な理由で辞めさせられた会社への侵入、器物損壊、窃盗未遂で逮捕され、 送検、起訴を待つばかりの身となった直井玲斗を釈放してくれたのは、 亡くなった母の義姉で、ヤナッツ・コーポレーション顧問の柳澤千舟。 その際、伯母が提示した条件は、「クスノキの番人」をすることでした。 玲斗は、満月と新月の夜の前後に、月郷神社の奥に鎮座するクスノキへと、 祈念のためやって来る人たちへの対応を始めます。 そしてある夜、クスノキにやって来た佐治寿明の後を、こっそりつけてきたのが娘の優美。 父の外出や不審な行動について明らかにしようと、玲斗に協力を求めてきます。その後、佐治寿明の兄・喜久夫が、5年前にクスノキを訪れていたことに気付いた玲斗は、優美と共に喜久夫が入所していた介護施設を訪ねますが、これといった情報は得られず、寿明がクスノキで祈念する様子を盗聴しようとしますが、すぐに見つかってしまいます。しかし、二人からここに至った経緯を聞かされた寿明は、事の真相を話し始めたのでした。一方、クスノキを訪れていた和菓子メーカー『たくみや本舗』会長・大場藤一郎が亡くなると、今度は、その息子・大場壮貴が、新たにクスノキを訪ねてくるようになりました。祈念が上手くいかない壮貴は、祈念が失敗した際のルールについて玲斗に尋ねると共に、自身が直面している『たくみや本舗』の後継者争いについて話し始めます。他方、玲斗は柳澤グループ謝恩会で、箱根の『ホテル柳澤』が閉鎖されると知り、後日、千舟と共にそこを訪れた際に、総支配人・桑原に閉鎖の理由を尋ねます。さらに後日、千舟の指示で『ヤナッツホテル渋谷』に宿泊することになった玲斗は、千舟と現在の代表取締役・柳澤将和との理念の違いに気付くのでした。その後、兄・喜久夫がクスノキに預念したピアノ曲は、弟・寿明を経て、その娘・優美が受念し、それを楽譜に再現した岡崎実奈子が、兄弟の母親が入居する介護施設で披露します。そして、玲斗から壮貴へのアドバイスで、『たくみや本舗』の後継者問題も一気に解決。さらに、玲斗の名演説により、『ホテル柳澤』の存続は改めて協議することになったのでした。 ***千舟の手帳に秘められた事実が、私にとってはかなりの衝撃でした。でも、本人にとっても周囲にとっても、切実な問題ですよね。このお話も、やがて映画化されることになるのでしょうが、私のイメージとしては、玲斗は菅田将暉さんです。
2023.08.20
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前巻を受け、まずは、玲琳付の筆頭女官・黄冬雪が、 玲琳と慧月の入れ替わりに気付いた時の状況を振り返り。 その後、お話は皇后・絹秀の雛宮時代を舞台をするものへと大転換し、 問題児・絹秀と『殿下の芙蓉』と称えられていた朱雅媚との関係が描かれます。 皇后には、優美にして慈愛深き朱雅媚を。 貴妃には闊達で華やかな金麗雅を、淑妃には藍芳林、徳妃には玄傲雪、 そして最下位の賢妃に、妃としての栄華を望まない黄絹秀を。 5人の未来の序列は、誰の目にも明らかで、 それがかえって雛宮に平和をもたらした。(p.072)しかし、伝染病に罹患した皇太子を、絹秀が我が身をかえりみず看病したことで形勢は逆転。その数か月後、皇太子が帝位を引き継いだ際、絹秀が皇后の座に就くことになりました。さらに、雅媚は皇子を儲けながらも死産、一方の絹秀は尭明を産んだことが発端となって、今回の入れ替わりが起こり、皇后・絹秀が床に臥せる事態へと繋がっていったのです。その後は、玲琳と慧月が協力して、絹秀の危機を救うべく、『蟲毒(こどく)』に立ち向かう姿が描かれていきます。さらに、入れ替わりの事実に気付いた尭明と辰宇の異母兄弟が、玲琳を巡って弓で競い合う姿も描かれます。
2023.08.16
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婚姻前の子女である雛女(ひめ)を集め、次期妃育成を行う雛宮(すうぐう)。 ここへ入内を許されるのは、東領を司る藍家、西領を司る金家、北領を司る玄家、 南領を司る朱家、直轄領を司る黄家の五家と縁のある女のみ。 五家から送り込まれた5人の姫君が、皇后と4夫人の座を巡って競い合います。 その中で、誰の目にも次期皇后にふさわしいとされていたのが、15歳の黄玲琳。 病弱でありながらも純真さを保つ玲琳は、現在の皇后・黄絹秀の姪であり、 皇太子・尭明(ぎょうめい)にとっても従兄妹に当たる関係。 周囲からは、『殿下の胡蝶』と呼ばれる存在でした。一方、朱慧月は、4夫人の中で最も権威のある朱貴妃が後見する雛女でありながら、上位者にはおもねり、下位者にはきつく当たるとの評判。周囲から最も軽蔑すべき人物とされ、「雛宮のどぶネズミ」とあだ名される有様で、尭明に焦がれる彼女は、玲琳のことをひどく妬んでいました。そして、乞巧節(たなばた)の夜、玲琳は慧月に乞巧楼から突き落とされてしまい、目覚めるとそこは牢の中、体は慧月のものと入れ替わっていました。慧月の道術により引き起こされたこの突然の事態に、健康体を得た玲琳は自分らしく対処。「獣尋の儀」を乗切り、荒地を楽園に変え、中元節の儀に備え、徹夜弓を引きます。その中で、鷲官長・辰宇に疑念を生じさせ、女官・莉莉の心を掴んでいき、玲琳付の筆頭女官・黄冬雪も、入れ替わりの事実に気付いたのでした。 ***今巻の中で、最も印象に残ったのが、次の台詞。 「死んでしまうまでは、生きているということでございます。 同じく、噛まれるまでは、噛まれていないということ。 噛まれる前から痛がっていては、体力が持ちませんでしょう?」(p.038)まさに、「尋常でない数の死の危機を回避しつづけてきた、鋼の精神を持つ女」です。
2023.07.30
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先日、『52ヘルツのクジラたち』を読みましたが、 今回も、タイトルに「クジラ」が付された作品を読むことに。 ただし、今回の作品は、「クジラ」そのものとは全く関係がなく、 次に記されている通り、あくまでも「クジラ頭の王様」のお話なのです。 都内の動物園に、男三人で来ていた。 僕と池野内議員は背広姿、小沢ヒジリは爽やかなジーンズ姿で、 ハシビロコウのいる場所の前で長いこと立っている。 プレートに説明書きがあり、この鳥の和名と英名が並び、学名も記されていた。 ラテン語で「クジラ頭の王様」という意味らしい。(p.427)この男三人が、このお話のメインキャラクター。8年前、金沢のホテルで火事に遭遇した三人が、夢の中で共に戦い、そこで勝利すると、現実世界のトラブルを回避できることに次第に気付いていきます。そして、お話の舞台は一気に15年後へと移り、これまでにない試練に立ち向かうことに。 *** ニュースや話題になるのは、物事の実際の重要性や危険性よりも、 多くの人たちの感情が優先される。 不快なものは不快、理屈を飛び越える。 その気持ちは僕も分からないでもない。 あの動物は狩って食べてもいいが、この動物を獲るなんて残酷! といったことはよくあるし、有名人の不倫でも、大目に見られる人もいれば、 世の秩序を乱す大悪党さながらに糾弾される人もいる。 重要な外交問題そっちのけで、変わった飛び方をするムササビがテレビで話題になる。 情報操作や誘導にかかわらず多くの人は、感情に正直なだけなのだ。(p.14)伊坂さんの作品を読んでいて心地良いのは、お話の流れとは直接深く関わらないようなところで、強く共感できることが、サラッと書いてあるところ。感性が似ているのだろうな、と感じます。 人間を動かすのは、理屈や論理よりも、感情だ。(p.430)これなんかは、ズバリ一言。まさに、直球ですね。 「自動車メーカーも小説家も、喫茶店経営者も、自分たちの首を絞めるものに対しては、 それがいかに世の中を良くするものだとしても、反対しますよ。 少なくとも賛成はしません。 自分は不利益を被ってもいいからみんなのために、なんて言える人は貴重です」(p.103)これもスゴイですね。「真理」です。 何度か、「大丈夫?」と訊ね、彼女は、「全然平気」と答えるが、 だからといって本当に平気かどうかは誰にも分からないのだ。(p.180)これは、『シーソーモンスター』でも、同じようなことが書いてありましたね。本当に、そうだと思います。 手に余るほどの忙しさではなかったが、 それなりに仕事が積まれていたのはありがたかった。 暇になると人は心配事に溺れてしまう。 忙しい間は、天が落ちてくる心配をしなくてもいい。(p.345)これもイイですね。強く頷きながら、読んでいました。 ***作家・川原礫さんによる巻末「解説」では、「ゲーム小説」について述べられており、そこには岡嶋二人さんの『クラインの壺』の名も登場しています。また、本著第4章で登場する「パスカ」についても触れられていました。「パスカ」は、同じく近未来を舞台とした『スピンモンスター』でも登場していますね。
2023.07.30
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