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最近実家の母(大阪在住)が「宝くじで大金をあてて、私も大阪府に寄付して橋下知事と記念写真を撮りたい」などと言っている(笑)。去年自分の資産から1億円を大阪府に寄付して、橋下知事と記念写真を撮った人がいて、それを羨ましく思っているようだ。母にはそんな資産はないので「宝くじであてて」となった訳だ。なんておバカなおばあさんだと思われるかもしれない。でも私には母の気持ちがちょっと分かる。知事選の前から母も私も橋下知事のファンだ。テレビで見た第一印象は最悪だったが、その後分かりやすい語り口、奥さんをとっても大切にしていること、見た目とは違って実は物事をよく考えていること、すぐむきになり感情表現が素直なこと等々、フツーの政治家と違ってその言葉を信用できると思った。そこであの「涙」だ。母も私も普段は男の人の涙を見たいとは思わない。「情けない」との報道もあった。本人だってあそこで涙を見せたくはなかっただろう。だがあの時の涙に母も私もじ~んときた。「このままではいけない」「大阪をなんとかしないといけない」という知事の気持ちが伝わってきたからだ。ここまで悲痛な思いで大阪を考えている人がいるだろうか。何か応援できないかと母なりに思っているようだ。今知事は大阪限定の商品券を発行して、景気の回復を狙っている。橋下さんで駄目だったら、もう駄目かもしれない。大阪は私にとって大切な場所。なんとか頑張ってほしい。
2010.02.28
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おじいちゃん、おばあちゃんにとって、孫は本当に可愛いもののようだ。夫の両親も私の両親も孫たちを前にするともうメロメロだった。子どもたちがまだ小さかった頃は、夫の実家に月に1度のペースで遊びに行っていた。おしゃべりをしたり、お菓子を食べながらテレビを見たり、おじいちゃんの家は広かったので走り回ったりしていた。子どもたちが小学校に上がった頃だっただろうか、夫の実家のそばにおもちゃ屋さんができた。おじいちゃんは「これはいいものができた」と思ったらしい。それからは行くたびに毎回、孫たちを連れておもちゃ屋さんに出かけ、一つずつおもちゃを買ってくれた。教育方針として、特別な時以外はおもちゃを買わないと決めていたのでこれには困ってしまった。おじいちゃんの気持ちはありがたいが、行くたびに毎回おもちゃを買ってくれるのはあまりうれしくなかった。だが孫の喜ぶ姿を見て喜ぶおじいちゃんにやめてくれと言うことができなかった。ある日のことだ。いつものように「今日はおじいちゃんの家に行くよ」と言うと、子どもたちが「わ~い!!おもちゃだ。おもちゃだ」とはしゃぎだした。私はドキッとした。以前は「わ~い!!おじいちゃんちだ!」と喜んでいたからだ。いつの間にか「おじいちゃんの家に遊びに行く=おもちゃを買ってもらう」という図式が子どもの中でできてしまっている。おじいちゃん・おばあちゃんの存在、おじいちゃんたちと過ごす時間を楽しんでいたはずなのに、それが「おもちゃ」にとってかわられてしまったように感じた。おじいちゃんに会うことよりも、おもちゃを買ってもらうことがメインになっている。これはこのままにしておいてはいけないと思った。物に恵まれた人ほど物のありがたみが分からなくなる。年に1~2回、クリスマスやお誕生日にもらうから嬉しいのであって、毎回もらっているとそれが当たり前になる。そのうちもらえない日があるとなんでもらえないのかと不満になる。以前、資産家の子ほど感謝の気持ちがない、と書いたが、おそらくそれは常に物に溢れた恵まれた生活をしているから、物のありがたみが分からなくなるのだと思う。私の気持ちを夫に話して夫からおじいちゃんに「クリスマスとお誕生日以外はおもちゃを買わないでほしい」と話してもらった。私たちの気持ちをどこまで理解してもらえたかは分からない。おじいちゃんの一番の楽しみを奪うことになってしまって心苦しかった。でも、私たちにとって一番大切なことは子どもをどんな子に育てたいのか、そしてそのためには何をしなければならないかということだ。たとえ親と気まずくなっても妥協できないことがある。大人になっておじいちゃんにお小遣いをせびる孫ではなく、お給料からおじいちゃんにプレゼントを買ってくるような孫になってほしい。いつかおじいちゃんにも分かってもらえると信じている。
2010.02.27
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子どもにやる気を持たせるためには、その環境を整えて待つしかないと書いた。でも今「待つ」ということがとても難しい世の中になっている。母親を焦らせ駆り立てる風潮があるからだ。私も何度かママ友から「何かさせないと落ちこぼれるよ」と言われいくつかの教室に見学に行ったことがある。息子の小学校時代からの友人が先日次のようなことを言ったそうだ。「俺母さんに言われたんだ。あんたには小さなころからいっぱいお金をかけて、たくさん習い事をさせたのに、何一つものにならなかった。無駄だった」と。それを聞いて私は心が痛んだ。小学校の頃、学校から帰ってくるとお稽古バックを持って急いで出かけて行くその子を何度も見かけたからだ。その子のお母さんは「本人がやりたがるから」と言っていたが私には母親の自己満足のように思えた。子どもに資産を残す位なら、子どもの能力に投資するという考えには賛成だ。だが毎日毎日誰かに押しつけられて「仕方ないからやる」という生活を続けることは危険だと思う。「仕方ないからやる」という姿勢が身についてしまうのではないかと・・・子どもに習い事をさせる時、親の見栄や焦りから子どもを無理無理駆り立てていないかどうか、よく子どもの気持ちを聞いてあげてほしい。子どもが心から喜んで、やる気になって通っていたのであれば、仮にそれがものにならなくても、きっと子どもの上に何かプラスになっているはずだ。
2010.02.25
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ずっと前からお礼を言いたい人がいる。でもその人の顔も名前も分からない。分かるのはたぶん若い男性だということだけだ。息子が3歳、娘が1歳になったばかりのこと。私は娘を抱っこひもで抱っこし、息子の手を引いてデパートに出かけた。この年齢の子ども2人を連れて出歩くのは大変だ。エスカレーターで一つ上の階に上るところだった。もう少しで上の階という所で小さな事件が起きた。3歳の息子の靴の紐が上の階の床とその下に入り込むエスカレーターに巻き込まれたのだ。「あっ」と息をのんだ。娘を抱っこして左手には荷物、右手で息子と手をつないでいた私は全く身動きが取れなかった。その時どこからともなく手が伸びてきて、巻き込まれていく息子の靴の紐をぐいっと引き抜いてくれた。本当に一瞬のことだ。おそらく私たちのすぐ後ろに乗っていた若い男性だと思う。私はすぐにその手の主の方を向いて「ありがとうございます!!」と言ったが、その時もうすでにその人の姿はなかった。その人の行動があまりにも素早く、さりげなかったので周りの人は気がつかなかったと思う。その後幼児がエスカレーターに巻き込まれて大けがをしたというニュースを聞くことがあり、あの瞬間のひやっとした思いがよみがえった。あの時あの人が引き抜いてくれなかったら、息子も大けがをしていたかもしれない。いつかこのブログがその人の目にとまるとうれしいなと思っている。
2010.02.23
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子どもが幸せな人生を歩むために、私は子どもに何をしてあげたらいいのだろう。次に考えたのは「意欲・やる気」を持たせることだ。だがこれはとても難しい。やる気って外から引っ張り出せるものではない。本人の内側からふつふつと湧いてくるものだ。直接親がやる気を起こさせようと頑張ると、かえって失敗するような気がする。親ができるのは出てきたやる気の邪魔をしないこと、そしてやる気が起きる環境を作って待つことだと思う。「やる気の邪魔をしない」ということでは失敗したことがある。上の子(息子)が3歳の時のことだ。当時私は3歳の息子と1歳の娘の育児で毎日がいっぱいいっぱいだった。夫は仕事が忙しく朝8時に出かけると夜11時頃まで帰ってこない。夫の実家も私の実家も遠かったので誰にも助けてもらうことができなかった。ある日のこと。朝ご飯の片づけをしていてふと見ると、息子がマンションのベランダで自分の毛布を抱えて歩いている。というか毛布を引きずっている。ベランダの掃除なんて全然できていなかったから、私はギョッとした。すぐに息子を怒鳴りつけた。「そんなことをしたら毛布が汚れるじゃない!」と。ひとしきり怒鳴りつけた私はふと「この子いったい何をしようとしたんだろう」と思った。3歳の息子は目にいっぱい涙をためている。息子はどちらかというと慎重な方であまりいたずらはしないのに。「何をしていたの?」と聞くと小さな声で「ママのお手伝い。布団干すの」と言った。それを聞いて思い出した。その前日私はベランダで布団を干した。それを息子はじっと見ていた。そうだったのか!私を手伝おうと思ってくれたんだ・・・布団が汚れるということに気をとられて彼の中に芽生えた「ママの役に立ちたい」という思いを踏みにじってしまった。「そうか・・・ママのお手伝いしようとしてくれたんだね。ありがとう!」と言うと息子は目にいっぱい涙をためたままほっとしたような顔をした。 今まで気がつかないうちに何度子どものやる気の芽を摘んできたか分からない。やったことはともかく、その気持ちをちゃんと理解してあげなければいけなかった。「親の感受性」が問われていると反省した。子どものやる気の邪魔をしないのは結構大変だ。お手伝いをしてもらうと余計に手がかかる。特に忙しいと「何もしないでくれる方が助かるなぁ」と思う。忍耐が必要だ。これもやっぱり親の修行だなぁ。
2010.02.22
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親戚の中に苦手なおじさんがいる。たまにしか会わない人だが、会うといつも自分の自慢話が始まる。「また始まった~」と思うが露骨に嫌な顔もできない。目上の人だし悪い人ではないし。ただいつも「嫌だなあ」と思って話を聞いていた。ある時ひょんなことからそのおじさんの生い立ちを聞くことがあった。5歳の時にお母さんを病気で亡くされたそうだ。その後継母に育てられたが、あまりかわいがってもらえなかったようだ。その話を聞いて、おじさんがいつも自慢話をする理由が分かったような気がした。本来母親は無条件に子どもを受け入れてくれる存在だ。だがおじさんは5歳で母親を亡くした。そしてあとから来た継母には受け入れてもらえなかった。誰かに認めてほしいという思いがあの自慢話に表れているのだなぁと切ない気持になった。5歳で母を亡くす。おじさんはどんなに寂しい思いをしただろう。実は私の父も12歳の時に母親を亡くしている。私の父は数年前に亡くなったが、妻である私の母に「子どもたちのために母親はただ生きていてくれるだけでもいいんだ。」とよく言っていた。そして父は母をとても大事にしていた。自分が母親を早く亡くしてとても寂しかったから、私の母を絶対に長生きさせようと決意していたらしい。私たち子どもに自分のような寂しい思いをさせないために。決意したからといって長生きさせられるものではないが、父の思いが通じたのか母は今元気に老後の生活を楽しんでいる。人にはそれぞれ背負っているものがある。目の前に表れているその人の行動や言動の裏には必ずその人の抱えているもの、生い立ちがある。表面だけで相手を判断すると相手の本当の姿を見誤ることがある。
2010.02.21
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子どもが幸せな人生を歩むために、私は子どもに何をしてあげたらいいのだろう。子育ての最終ゴールは「親がいなくても一人でしっかり生きていくことのできる子」にすることだと私は思っている。そうなると子どもに生きていく力をつけてあげることが必要だ。一つ考えたのは、できるだけ「好きなこと」を増やしてあげるということだ。音楽が好きな人は音楽が嫌いな人より一つ人生の中で楽しみが多い。スポーツが好きな人はスポーツが嫌いな人より一つ人生の中で楽しみが多い。人よりスポーツが上手くなければならないわけではない。好きになることが大切だ。好きなことが多ければ多いほど、人生は楽しい。その中でも私が特にこだわるのは「歩く」ということだ。「歩く」のが嫌いな人が「動く」こと・「働く」ことを好きになるとは思えない。「動く」こと・「働く」ことが嫌いだと、人生の中で嫌いなことががぜん増えてしまう。「歩く」ということにこだわるのには理由がある。二人の子どもが幼稚園に通っていた頃、私は何度か幼稚園の遠足にサポーターとして参加した。その幼稚園では遠足の時、先生だけでは目が届かないのでクラスで3~4人の保護者に付き添いを頼むのだ。この付き添いは「事故があってはいけない」と緊張するので少し疲れるが、親としては面白い体験だ。クラスの様子やどんなお友達がいるのか、自分の子どもが集団の中ではどういうタイプなのかを身近に見ることができる。自分の子どもだけでなくクラスの子どもたちがみんなとても可愛く思えるようになる。遠足の付き添いをして驚いたのは、幼稚園生(4歳~6歳)ですでに「歩く」ということに個人差があるということだ。幼稚園を出て10分も歩かないうちに「疲れた~」「歩けない~」と言いだす子がいると思えば、どんなに遠い距離でも実に楽しそうに歩いている子がいるのだ。歩くのをとにかく辛がる子、つらいけど我慢して歩く子、淡々と歩く子、空を見たり樹を見たりしながら楽しそうに歩く子・・・・・本当にそれぞれだ。同じ遠足がつらいものになったり楽しいものになったりする。できれば歩くのが好きな子にしたいと思った。歩くことにこだわるのにはもう一つ理由がある。当時その幼稚園では脳科学に基づいた育児についての講演があった。人間の脳がここまで発達したのは、人類が二足歩行を始め、手を自由に使えるようになり、細かな作業をするようになったからだというのだ。手や足を動かすことで脳が発達したのだという。手や足を使わないで勉強だけをしている子はいずれ行き詰まると言っていた。だから適切な運動や手を使うこと(楽器を演奏するとか絵を描くとか)は脳にとてもよいそうだ。それまで自転車で子どもたちを幼稚園に連れて行っていたが徒歩に変えた。家から大体歩いて20分。ちょうどいい距離だ。子どもたちと手をつないで色々な話をしたり歌を歌いながら通った。通い始めてすぐ、これは親には大変なことだと分かった。子どもと一緒に歩いて園まで行く(20分)。そのあと私は一人で家まで帰ってくる(20分)。 子どもを迎えに一人で園まで行く(20分)。子どもと一緒に家まで帰ってくる(20分)。つまり私は子どもの倍、一日に80分も歩くことになる。これって親の修行だ・・・・。幸い子どもたちはスポーツをするのが大好きになった。(決して上手いわけではないが・・)。さらに私の足はすご~く丈夫な(がっちりした)足になった。働くことを苦にしない人、楽しく働く人になってほしいと今願っている。
2010.02.20
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子どもが幸せな人生を歩むために、親は子どもに何をしてあげたらいいのだろう。懸命に働き資産や不動産を残す親もいるが、私が見る限り、資産が子どもを幸せにしていないケースが多い。きちんと仕事をしていた人が、親から多額の遺産をもらって働かなくなってしまい、結局その遺産を食いつぶして経済的に苦しい老後を送ったケースを知っている。遺産を巡って仲の良かった兄弟が決裂してしまったケースもある。親の財産をあてにして、しょっちゅう親にお金をせびる人もいる。資産はもろ刃の剣で、時に子どもをだめにしてしまうようだ。以前していた仕事の関係で多くの学生と話をすることがあったが、「資産家の子どもの方が親に感謝していないなぁ」と思ったことも何度かある。とても不思議だ。子どもが幸せな人生を歩むために、親は何をしてあげたらいいのだろう。
2010.02.18
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我が家では食事を大皿盛りにしない。一人分ずつ皿を分けている。お漬物もそれぞれ小皿に盛る。洗う側としては皿の数が少なくて済む大皿盛りにしたいけれど、男兄弟の中で育った夫は「早く食べなければなくなる」というプレッシャーを感じながら食べるのが嫌なようだ。結婚後7~8年が過ぎた頃のこと。その日食事の時に夫がふと「時には白菜の漬物の茎の方をもっと食べたいなあ」と言った「えっ?そうなの?」実は私の実家では白菜の漬物は葉っぱの方が人気がある。味がよくしみていてご飯に合うというのだ。茎は水臭いといつも最後まで残っていた。だから結婚以来夫の皿には葉っぱの方をたくさん盛っていた。「私も葉っぱの方を食べたいな」と思いながら。その日話を聞くと夫は子どもの頃から茎の方が好きだったのだそうだ。夫は夫で私も茎が好きだと思って遠慮して言わなかったようだ。二人で「な~んだ。そうだったのか」ということになった。7~8年間、お互いが嫌いな方を食べていたことになる。分かっていたらそれぞれが思う存分好きな方を食べられたのに・・・(大げさですみません(^^;))こんな小さなこともちゃんと言葉にしないと分からない。自分にとって当たり前のことが、相手にとっては全然当たり前ではない。夫婦とはいえ生まれ育った環境も好みも違うのだから、ちゃんと言葉にしないといけないなぁと思った。
2010.02.13
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もしも自分の子どもが優れた才能を持っていることが分かったら、親は嘆き悲しみなさい。その子はその才能を社会のために使う使命を持って生まれた子です。人々のために働き、親のそばにはいてくれないでしょう。もしも子どもの持つ才能が平凡なものだと分かったら、親は心から喜びなさい。その子はそばにいて、きっと親孝行してくれるでしょう。 大学生の時、上のような文章に出合った。何の本に書いてあったのか覚えていないので、言い回しは違っているかもしれない。が、趣旨は上のようなものだ。エリートの親としての覚悟を教えているのだと思う。数年前福島県の野口英世記念館を訪れた時、この文章の意味を本当に理解したような気がした。野口英世の母の手紙を読んだからだ。世界各地で研究を続ける息子に会いたい一心で書いた手紙。拙い文字の一つ一つに、子どもに会いたいと願う母の気持ちが溢れていて、読んでいて不覚にも泣いてしまった。自分にも子どもがいるから英世の母の気持ちは人ごとではなかった。日本のエリート教育はどこか間違っていると思う。賄賂を受け取ってゴルフ三昧の官僚や、国民のためと言いながら私腹を肥やす政治家。「良い成績をとって、良い大学に行って、良い就職をして、良い生活をしてほしい」という親の願いには社会という視点はなく、自己中心的だ。エリート教育はまずその精神・姿勢から始めてほしい。
2010.02.10
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アメリカ人の友人がいる。来日して8年。苦労して日本で自分の会社を立ち上げ、軌道に乗せた。今は永住権がとれるのを心待ちにしている。年に1回アメリカに帰って家族に元気な姿を見せに行く。でも日本に帰って来て仙台の街並み、テレビ塔が見えると「帰ってきたなぁ」とほっとするそうだ。こういう感覚はどこの国の人も同じなんだ(笑)。先日彼に「どうして日本、どうして仙台を選んだの?」と尋ねた。彼は「僕が仙台を選んだんじゃない。仙台が僕を選んで引き寄せたんだ」と言う。経緯を聞いてみるとなるほど不思議な出会い、タイミングで仙台に引き寄せられたことが分かる。10分ずれていたら会わなかったであろう人との繋がりが彼を仙台に導いている。もちろん仙台を気に入らなければ他の場所に移ることを考えただろうから、気に入ったのは間違いない。話をした後私も自分のことを考えてみた。私もまさか仙台で人生の半分以上を過ごすことになるとは思っていなかった。でも私も色々な出会いを経て仙台に住んでいる。大阪から引き寄せられた私と、さらにもっと遠くのアメリカ大陸から引き寄せられた彼が、つかの間の会話を交わす。出会いって不思議だなあとしみじみ思った。
2010.02.09
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最近とても気になっていることがある。それは世の中で父親がとても軽んじられているということだ。息子や娘の友達の何気ない言葉の中に、自分の父親を「あいつ」呼ばわりしているのを聞いて唖然とすることもある。飲んだくれでギャンブルばかりしている父親を子どもが尊敬できないのなら理解できる。だが、毎日仕事をして家計を支えている父親を「あいつ」呼ばわりしているのを聞くと、その子どもは不幸だなあと思う。私が小さい頃、母はよく「お父さんが毎日一所懸命に働いてくれるから、ご飯を食べることができる。よかったねぇ」と言っていた。子ども心に父を偉い人なのだと思った。一方父は父で、私が母に叱られた時は必ずそばに来て「お母さんはお前に立派な人になってほしいから厳しくするんだよ」となぐさめてくれた。だから厳しく叱る母を恨む気持ちは生まれなかった。母が父に対して人並みの不満を持っていたことや、時には夫婦間でいさかいがあったことを知ったのはかなり後になってからのことだ。父にも母にも色々欠点があり、決して完璧ではないことも大人になってから分かった。でもそれは当然のことだ。人間なのだから。もしも父親が自分で「俺は家族のために働いているんだ」と言ったら、聞いている子どもはどう思うだろう。なんて恩着せがましい親だと思うに違いない。だがうちの両親は絶妙のチームワークで私の心の中に感謝の気持ちを育ててくれたのだと思っている。親に感謝できない人が、それ以外の人に感謝できるだろうか?時々父親を悪しざまに言って子どもを自分の味方につけている母親を見かけるが、なんて愚かなことをと思う。父親をばかにする母親をいずれ子どもは尊敬しなくなる。父親の立場を守れるのは母親であり、母親の立場を守れるのは父親だと思う。
2010.02.06
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