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子どもが幼稚園や学校に通うようになると小さなトラブルがたくさん起きる。友だちとの喧嘩、いじわるした・された、ぶつかって怪我をした、先生に叱られた・・・小さなトラブルはしょっちゅうだ。子どもは社会生活に対して未熟だから、それは当り前のことだと思う。むしろ社会に出る前に人間関係でもまれるのは必要なこと。何事もなく平穏に過ぎるのが良いことだとは思わない方が良い。 息子や娘が小学生の頃、トラブルが起きると「自分の子どもの言い分だけを鵜呑みにして、親子して被害妄想に陥っているケース」をよく見かけた。周りの親はそれに気付いているが口にすることができない。何か言おうものならその瞬間から敵視されてしまうからだ。誰だって「自分の子どもは悪くない」と思いたい。でも子どもはまだ自分の物差し・自分の立場でしか物事を考えられない。「何もしていないのに○○ちゃんに叩かれた」と言ったとしても、相手の話を聞いてみないと本当の所は分からない。叩かれる前に相手を傷つける様な言葉を発したことを本人がすっかり忘れている、あるいはほとんど意識していないということもある。子どもとはそういうものだ。自分のことしか考えられない子どもが相手の立場や周りの状況を考えられようになるのが「大人になる」ということなのだから、子どもが出合うトラブルは相手の視点・周りの人の視点を子どもに気付かせる良いチャンスなのだと思う。子どもの気持ちを充分に聞いてあげて本人が少し落ち着いたら、「○○ちゃんはもしかしてこういう気持ちだったのかもしれないよ」「先生はこういうことを言いたかったのかも」と「相手の立場や視点」を意識させるのは親の役目だと思う。親が子どもと同じレベルで感情的になっていては情けない。「どちらか一方だけが100%悪くて喧嘩になる」ということは少ない。もめている以上は双方に何らかの非があり、双方に何らかの「学ぶべきこと」があるはずだ。「自分の子どもに一切落ち度はない」という姿勢は、結果的に自分の子どもの成長を妨げる。子どもの周りで起きる出来事は「親と子を成長させる素材」。親自身が「自分のことしか考えられない自己中心的な人」では子どもに何も教えることができない。自分の元に生まれてきてくれた子どものために、親自身も学び成長しなければならないと思う。
2011.01.29
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毎朝、朝食でトーストと一緒に飲むコーヒーがおいしい。コーヒー1杯で幸せな気分になれるのだから、ずいぶんと安上がり(笑)な性格だなあと思う。 パンとコーヒーもおいしいけれどお米も大好きだ。大したおかずがなくても「お米」だけでも充分においしい。40歳を過ぎてから新陳代謝が落ちているから、気をつけなければいけないのだけれど・・・5年前に亡くなった父は最後の1年間チューブで栄養をとった。チューブ栄養に切り替える時、父が「食べること・飲むこと」をあきらめないので、説得するのにとても苦労した。小脳出血の後遺症で嚥下機能が極端に落ち、何度も何度も誤嚥性肺炎を起こした。それでもあきらめられず、父は一所懸命ヨーグルトやプリンで練習していた。戦中・戦後に成長期を過ごし、ひもじい思いを嫌というほど経験した父は「食べること」が大好きだったのだ。その後も何度も肺炎を起こして高熱を出す父を、私たちは必死の思いで説得し、父は泣く泣くあきらめた。コーヒーを飲んだり、美味しい食べ物を食べたりするとふと、「食べること」が大好きだった父を思い出す。たかが「食べること」、されど「食べること」。最後の1年間、父にはどんなに望んでも叶わぬ望みだった。
2011.01.22
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大学生の時色々なアルバイトをした。4年間続けた家庭教師から1日限りの交通量調査まで10種類位になる。当時両親・弟・私が3か所に分かれて住むことになってしまい、出費の多い両親に「仕送りが足りない」とは言えなかった。仕方なく始めたアルバイトだったけれどとても貴重な経験になった。 まずお金を稼ぐのは大変なことだと知った。そしてお金を大事に使うようになった。挨拶は自分からすること。返事は大きな声ではっきりすること。常に周りのスタッフがどこでどんな動きをしているのかを把握しながら、今自分のするべきことを自分で感じ取らなければならないということ。次の手順の為に今何をしておかなければならないかを考えて動くこと。気働きの得意な方ではなかったから「気が利かない」「間に合わない」と叱られたこともあった。当時は辛かったけれど今となっては懐かしい思い出になっている。結婚前にしていた仕事でも、今している仕事でも、学校で習ったことよりアルバイトで学んだことの方が役に立っている。だから娘にも息子にもアルバイトをすることを勧めてきた。(仕送りが充分ではないからアルバイトしないわけにはいかないだろうけど・・・)でも親ってダメだなあ・・・と思うことがあった。2年ほど前の冬のとても寒い日、買い物からの帰りにバスの中から外を眺めていると、アーケード街の入り口でチラシを配る人がいる。どこかで見たような姿だと思ってよく見ると、ベンチコートを着てプラカードを持ち通行人にチラシを配っているその人は息子だった。当時アルバイトをしていたお店の宣伝で街に立っているようだった。とても寒い日で通行人も足早に通り過ぎる。チラシを受け取ってくれる人もいれば完全無視の人もいる。その姿を見た瞬間私は動揺した。目の前で見る息子の姿になんとも言えない切ない気持ちになった。私がもう少しお金を渡していればこんなことしなくてもいいんだろうけど・・・普段「苦労が人を育てる」と思っているのに情けない話だ。街でチラシを配るなんて苦労の内にも入らない。なのに息子の姿を実際に見て「こんな寒い中でかわいそうだなあ」という気持ちをぬぐえなかった。親とはなんて愚かなものだろうと自分自身を思った。できるだけ子どもの苦労は見ない方が良い。見てしまうと出してはいけない助け船を出したくなってしまう。私がアルバイトから様々なことを学んだように、息子もきっと大切なことをたくさん学ぶはずだ。子どもに苦労させるには親も心を鬼にしなければいけないなあと思った。 「きっと世の中の荒波を一人で立派に乗り切っていける人になる」と自分で自分に言い聞かせながら、「かわいそうだなあ」という思いを打ち消した。
2011.01.15
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仲の良い兄弟は見ていてとてもほほえましい。下の子の世話を焼くお兄ちゃんやお姉ちゃん。上の子を慕う妹や弟。以前「兄弟の仲を良くするのも悪くするのも親次第」と聞いたことがある。 親はどうしても小さい子が心配で小さい子の肩を持ちがちだ。でもその気持ちが強いあまり上の子の立場やプライドを傷つけてはいけない。親がきちんと「上の子の立場」を守ってやらないといけないのだそうだ。下の子の目の前で上の子を叱る。そうすると上の子はプライドを傷つけられて立場は丸つぶれ。それを見ている下の子は上の子の言うことを聞かなくなる。ひどい場合は上の子をばかにするようになる。だから上の子を叱る時は下の子のいない所に連れて行って叱るのが、上の子に対する思いやりだそうだ。これは上の子に対しての配慮であると同時に下の子に対しての配慮でもある。兄や姉はその子にとって一番身近な年上の人だ。気をつけないと下の子が「年上の人を尊ばない子、ばかにする子」になってしまう。年上の人をばかにする子が将来社会で上手くやっていけるとは思えない。反対に上の子の前で下の子を叱るのは構わないそうだ。叱られている下の子を見ている内に上の子は下の子が不憫になり、下の子を守ってやりたいという気持ちが芽生えるそうだ。叱り方一つにも親には配慮が必要だなあと思う。お菓子を上の子に渡して下の子と分けさせる。上の子のことを「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ばせる。方法はその家によって色々あると思う。親が上の子の立場を守ってやることで上の子にはお兄ちゃん・お姉ちゃんとしての自覚が芽生える。兄・姉として親や下の子から信頼され頼りにされることで、思いやりのあるお兄ちゃん・お姉ちゃんに育っていくのだそうだ。上の子がのんびり(ぼんやり?)していて下の子がしっかりしているとしても、それは下の子が常に上の子から色々なことを学べているからだということを親は理解して、上の子の立場を大切にしてあげたい。下の子が「親は自分の味方だ」と思い「虎の威を借る狐」状態になっているケース。親がいない時の方が兄弟仲が良いというケース(親の対応が兄弟仲を悪くしている)もある。普段上の子の立場を親がちっとも守ってあげていないのに「お兄(姉)ちゃんなんだから弟(妹)に譲ってあげなさい」と義務を強いてばかりいては上の子がかわいそうだ。
2011.01.08
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12月下旬にドキッとすることがあった。夜10時頃、何気なく携帯を見ると着信履歴が。夕方6時半頃に電話がかかってきた記録がある。気がつかなかったようで不在着信になっている。聞きなれない変な番号なので「誰からだろう?」と思って調べてみると、なんと今海外にいる息子の携帯電話の番号だ。「え~っ!!」とパニックになった。普段連絡のやり取りはパソコンのメールでしている。時差が9時間もあるから電話だとかける時間が難しいのだ。携帯にかけてきたということはよほどのことがあったに違いない。交通事故?それとも怪我をしたとか?すぐにこちらから電話をするが返答がない。何度電話しても返答がない。向こうの時間に換算すると息子はインターンシップ先の企業で仕事(研修?)をしているはずの時間。どうしよう・・・こちらはもう夜の11時。夫としばらく電話を待ってみたけれど、どうしようもないのでパソコンでメールを送って寝ることにした。『お母さんの携帯に電話した?どうしたの?何かあったの?』翌朝起きてすぐにパソコンを開いた。そこに息子の返答があった。『ごめん。。ポケットに入れてたら間違って発信されたみたい。笑。大丈夫だよ 』もお~!!!どれだけ心配したと思ってるの!!・・・とにかく気が抜けた。「一体幾つになったら心配しなくてよくなるのやら・・」と電話の一件を実家の母(70代)に話すと、母に「親は一生子どもの心配をするの。私なんてあなたと○○(私の弟:共に40代)のこと、今もいつも心配してる」と言われた(トホホ)。そういえば何かにつけて心配する母を「うっとおしいなあ」「放っておいてほしいなあ」と思ったことが何度かあった。子を持って初めて知る親心。申し訳なかったなあと思った。今年我が家では一人が社会人になり、一人が帰国して就職活動に入る。親にとって子どもが苦労するのを見るのは本当に辛い。でも親が代わってやることはできない。どうしたって子どもが自分で乗り越えなければならない苦労だ。「必要以上の口出しや手だしをせずに、子どもが苦労するのを見守ること」が今年の私の課題かな・・・と思っている。でも「いつでも、どんな時でもあなたたちの味方だからね」ということだけは、ちゃんと伝えておこうと思う。
2011.01.01
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