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父が亡くなってから今月で5年が過ぎた。私は父が大好きだった。父のどんなところが好きだったのだろうと考えると「人を惹きつけるのは必ずしも立派さや優秀さではないなあ」とつくづく思う。 父は母親(私の祖母)を早く亡くしたせいかとてもさびしがり屋だった。学生時代は勉強ができなかったらしく、60歳頃まで「いまだに英語のテストで全然答えが書けないという苦しい夢を見る」と話していた。ちょっとうっかりした所があり、母に怒られて「ごめん、ごめん」と謝っていたのを覚えている。時代劇が大好きで、時代劇が始まるとテレビの真ん前に陣取り、ものすごい集中力で観ていた。すっかりテレビに入り込んでしまって、画面で切り合いが始まるとテレビの前で微妙に身体を動かして刀を避けていた。母はいつも後ろの方からそんな父を見て、くすくす笑っていた。「お父さん、あなたは切られませんよ」と母にからかわれて、父はよくきまり悪そうに笑っていた。子どもの様な無邪気な所のある人だった。父は私たち子どもにもきちんと謝ってくれる人だった。だから私も弟も何か間違ったことをしたら、それが例えわざとしたことではなくても、きちんと謝るのが良いことだと思った。年に何度か会う叔父たちは父とは全然タイプが違った。立派な常識人であるという雰囲気をぷんぷんと漂わせていた。私はそんな叔父たちを見て、父が叔父たちの様なタイプでなくてよかったとよく思っていた。父がそんなだったら私もいつも良い子を演じていなければならない。そもそも人間なんてたかがしれている。「立派であること」「理想的であること」を演じても、それはとても不自然だ。自分を自分以上に大きく立派に見せようとするのは、見ていて空しい。私が父を好きだったのは、父が「無邪気な人」「人間味のある人」「人間くさい人」だったからだと思う。父はいつも飾らないありのままの父だった。だから私もありのままの飾らない自分でいられた。そしていつも本音で話ができた。私も子どもにとってそんな親でいたいと思っている。
2010.05.30
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息子が小学校3年生の時ちょっと辛い出来事があった。普段うちの子たちは校庭や公園で遊ぶことが多かったが、雨の日などは家にお友達が遊びに来ることがあった。我が家のルールでは、テレビゲームは月・水・金の夜の1時間だけ。当然お友達が遊びに来る夕方の時間にゲームをさせることはない。せっかくお友達が来ているのなら、テレビゲームではなくボードゲームやブロックなどで遊んでほしかった。でも中にはテレビゲームがしたくてたまらない子がいる。その日は4人のお友達が遊びに来ていたが、その中にいつもは遊びに来ないG君がいた。他の3人は常連さんで、うちではテレビゲームをさせないことを知っていた。最初の内はみんなブロックで遊んでいたが、その内にG君が私の所に来て「おばちゃん。テレビゲームは?」と聞いた。私は「おばちゃん家ではね、お友達が遊びに来ている時はテレビゲームをしないルールになっているの。テレビゲームは自分のお家でしようね」と話した。するとG君の顔がみるみる真っ赤になった。一瞬私に何か言おうとしたが、すぐにブロックで遊んでいた息子の方に歩いて行って言った。「おまえん家はつまらない家だな!ゲーム一つさせてくれない家なんだから。もう二度とお前の家には遊びに来ないから」と息子をにらみつけて帰って行ってしまった。私も息子も他のお友達も唖然としてG君の後ろ姿を見送った。「彼のお目当てはテレビゲームだったんだ」と思った。息子はG君の出て行った玄関の方をしばらくじっと見ていた。それが親としてはとても辛かった。残った子どもたちはその後何事もなかったかのようにまた遊び始めた。「辛い思いをさせてごめんね。でもこのルールは変えられない」と心の中で息子に謝った。そして「本当にかわいそうなのは、自分の気持ちをコントロールできずにあんな悪態をついてしまうG君の方なんだ」と自分に言い聞かせた。ゲームのことしか考えられなくなっているのだと。息子には悪いけれど、もしゲーム一つのことでG君が息子をお友達と認めてくれないのなら、それでもいいと思った。
2010.05.27
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小学校3年生の頃から14年間合唱団や合唱部に所属していたので、人と接したり話をしたりする機会が多かった。そしていつも不思議に思っていたことがある。それは同じことを言っても好意的に受け入れてもらえる人とそうでない人がいるということだ。例えばAさんが言っても周りの人に好意的に受けとめてもらえず、協力もしてもらえない。でもそれと同じ様なことを Bさんが言うと、好意的に受けとめられて協力を得られたりすることがある。好意的といってもそれは決して男女間の恋愛感情の様なものではない。Bさんの外見が特別素敵だというわけでもない。でもなぜか人はBさんには心を開き、信頼するのだ。大学生の時、「不思議だなあ」とそのことを家で話していると、父が「そういう人を人徳のある人と言うんだろうなあ」と言った。人徳-----以前祖母からその言葉を聞いたことがあった。辞書を見ると「その人の身についている徳」とある。「その徳、どうやったらつくかなあ」と聞くと、父は「そんなに簡単にはつかないよ。長い間、毎日その人がどんな気持ちで人に接し、どんな気持ちで暮らしてきたかが表れるんだと思うよ。そもそも人に好かれたいから人徳を身につけたい、という発想は人徳からは一番遠い動機だと思うよ」と笑われた(苦笑)。でも人徳の正体を知りたい。それで「人徳」のある人は他の人と何が違うのかを観察することにした。「この人は人徳のある人だなあ」と思う人を見つけたらその人と話をし、それとなくその人を観察する。「この人のここが素晴らしいんだ」と思う所があったら、それをぜひ見習いたい。見習ったからといって、そう簡単に人徳が身につくわけではないが、せっかくこの世に生れてきたのなら、人の短所や弱点を見つけてその人の悪口を言いながら生きていくよりも、「すてきだな」と思う人の「すてきだな」と思う所を見習いながら生きていく方がいいと思った。それ以来、時々人間観察をしている。
2010.05.23
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息子が小学校2年生の時ゲーム機を買った。そして我が家でのルールを決めた。 1)ゲームは月・水・金の夜それぞれ1時間 (夏休みなども例外なし、土日はただでさえテレビを見る時間が長いのでゲームはしない)2)お友達の家ではゲームをしない前提として1)親はゲームを快く思っていない2)だからルールを守れなければいつでもゲーム機を捨てる気がある-ということを話しておいた。ゲームをコントロールする上で親が完全に主導権を握るために親の覚悟を知らせておきたかった。もちろん本気。本気じゃないと子どもはそれを感じ取ると思う。ゲーム機はゲームをする時だけテレビに接続し、普段はしまっておいた。子どもが親のいない時に勝手にゲームをすることができないようにするために。常に親の目の届く所でゲームをさせる方がいいと思った。当時ゲームをいくらでもさせる家があり、子どもたちが入り浸りになって困ると問題になっていた。その家では「お友達がたくさん遊びに来てくれる」と歓迎していたようなのだが、どの家でもゲームについては時間制限をしていたので、子どもがその家に行くことを快く思っていない親が多かった。でも誰もその家に文句を言うことはできなかった。5人も6人も子どもが集まってもみんなテレビの画面を見ているだけ。これではお友達と遊んでいるとは言えない。何人集まってもゲームで遊んでいるだけのこと。しかも同時にゲームができるのはせいぜい2人。他の子たちは自分がしているわけでもないのにずっとゲームを見続けることになる。それこそ時間の無駄だ。それで2年生のクラスの保護者懇談会の時に「うちはテレビゲームを厳しく制限しています。放課後は外で元気に遊んでほしいと思っています。うちの子はほぼ毎日放課後校庭か公園で遊んでいますから、もし外で遊ばせたいと思っておられるご家庭があったら一緒に遊ばせませんか?」と話した。幸い同じ考えのご家庭が何軒かあって、校庭で一緒に遊ぶ仲間ができた。家から学校まで歩いて10分程度。小学校の校庭のすぐ隣に公園、そのすぐそばに交番があり、比較的安心して遊ばせることができた。これは本当にラッキーだった。息子はいつも6~7人の友達と外で走り回って遊んだ。娘も一緒に。校庭や公園に行けば必ず誰かがいるという状況になって、外に遊びに出てくる子どもたちが少しずつ増えていった。ゲームの問題は同時に子どもの遊び場と遊び友達の問題でもある。安心して遊ばせることのできる場所があるなら、親同士連携することで遊び仲間の集団を復活させることができる。でも問題なのは遊ぶ場所がない場合だ。こうなると親の努力だけでは打つ手がない。子どもが安心して遊べる場所がどんどん減っていることとゲームの問題は無関係ではないと思う。子どもが安心して遊べる場所を確保するよう、行政に関わる方にはぜひお願いしたい。
2010.05.20
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大阪生まれで大阪育ちだが、その間何度も父の転勤で他の県に移り住んだので、自分を大阪人と感じることはあまりなかった。生粋の大阪人には「ちょっと変な大阪弁」(時々他県のイントネーションが入るらしい)と笑われていたし、比較的控え目な方なので(笑)大阪人とは言えないと思っていた。ところが縁あって東北に嫁いできて、「自分にも大阪人気質があるなあ」とびっくりしている。東北の人はとてもおとなしい。授業や研究会などで講師がクラス全体に向けて何か質問をしても答える人はあまりいない。こういう時大阪人は黙っていられない。しーんとした空気に耐えられず、「何か言わなければならない」と妙に責任を感じてしまうのだ。大阪ではそういう時誰かが「何か」を言う。答えが合っていようがいまいがおかまいなし。真面目な人は真面目なことを、不真面目な人はおかしなことを。とにかくしーんと静まりかえったままということはない。誰かが何かを言ってくれるから私は気をもむ必要がなかった。東北の人はしーんと静まりかえった空気が苦にならないようだ。でも私は苦しい。しーんとしていると私の中の「大阪人気質(?)」がむくむくと出てきて「何か言わなくちゃ」と思う。東北の人が答えが分からないわけではない。先生から指名されると決まってちゃんと答えるから、みんなきっととても控え目なのだ。それに東北の人は辛抱強い。仙台に来てから「自分はせっかちだなあ」と感じることが多い。大阪にいた時は自分がせっかちだと思ったことがなかった。(県民性を扱った番組によると、日本で一番せっかちなのは高知県民、次が大阪府民だそうだ。)時々お友達からお姑さんへの愚痴話を聞かされることがある。不満がたくさんあるのにお姑さんには何一つ言っていない様子。「思っていることを相手に話してみればいいのに」とつい思ってしまう。大阪人は結構ストレートに物を言う。その結果「雨降って地固まる」時もあるし、「完全に決裂」する時もあるが(笑)。自分と違うタイプの人と出会って初めて自分の特徴に気付くことがある。人を知ることは自分を知ることだなあと思う。自分の中にある大阪人気質を愛おしく思う一方で、自分の中にない東北人気質を尊敬する。人を知るのはおもしろいし自分を知るのもおもしろい。
2010.05.16
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幼稚園の間はゲームをする子が少数派だったので、息子も娘も「ゲームをしたい」とも「ほしい」とも言わなかった。私としては「寝ている子を起こさないでほしい」という気持ちだったので、両方の祖父母にその思いを話し、クリスマスプレゼントなどでゲーム関係のものを買ったりしないでほしいと頼んでいた。小学校に入ると息子がゲームをしたいと言い始めた。ほとんどのお友達がゲームをしているようだった。「子どもにとってゲームが何かの役に立つだろうか」と私なりに何度か考えてはみたが、子どもの役に立つとはどうしても思えない。それよりもお友達と走り回って遊んでほしかった。その方が体力もつくし、お友達と喧嘩をしたり仲直りしたりしながら人との関係を築く勉強にもなる。本も読んでほしかった。スイミングやピアノなどの習い事ならまだ子どもの体力や情操の役に立つとも思った。20歳位までの間は色々な力が身につく大切な期間だから、その期間を大事にしたかった。もちろんゲームには「楽しい、面白い」という魅力はあるから、楽しみとしてゲームをするのは構わない。でもゲームをする時間が長ければ長いほど、外で遊ぶ時間も本を読む時間も減ってしまう。気をつけないと本当に身につけさせたい様々な力をつける妨げになる。でもお友達のほとんどがゲームをする。話題にもゲームの話が出てくる。ゲームをさせないことで話にも入れないのはかわいそうだなと思ったし、完全にシャットアウトして"引き裂かれた恋人同士"の様に、ゲームをしたい気持ちが募ってしまうのも困る。それで息子には親がゲームについてどう考えているのかを話し、できたらしてほしくないとも話した。ゲームをしたいのならゲーム機やソフトは今までもらったお年玉など自分のお金で買うこと。ゲームをする上での約束事を必ず守ることを約束させた。やってほしくないと思っているのに、ゲームを買ってやる気にはなれなかった。小学校2年生の時、息子は娘とお金を半分ずつ出しあってゲーム機を買った。
2010.05.13
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『子は親の鏡』(作者:ドロシー・ロー・ノルト)という詩があるが、二人の子どもを育てていて、「本当に鏡のようだなあ」と思うことが何度もある。 つむじの位置や手の形などの身体的な特徴はもちろん、仕草なども不思議なところが似ている。以前息子と街中で待ち合わせをした時、歩く姿を遠くから見てすぐに息子だと分かった。息子の歩き方がびっくりするほど夫の歩き方に似ていて、家族で大笑いしたことがある。感じ方や考え方も不思議な所が似ている。娘が高校生の時、私は娘と大喧嘩をした。私は厳しい方だから小さな言いあいはよくあったが、その日曜の朝の喧嘩は寝ていた夫がびっくりして飛び起きてきた位、すごい喧嘩だった(苦笑)。そもそもの原因が何だったかは覚えていないけれど、とにかく意地っ張りの私と意地っ張りの娘が衝突した。さんざん言い合っているうちに娘がふと「私だってこんなに意地を張ろうと思っているわけじゃない。自分で気がついた時にはもう意地を張ってしまっている。そして意地を張りだしたら止められない。自分で止められない」と泣き出した。それを聞いてハッとした。それはまさに私と同じだから。私も素直になればいいのについ意地を張って失敗したことが何度もある。この親にしてこの子あり。娘の姿はまさに私の姿を映す鏡のようだった。自分自身が改められないのに娘に改めろとは言えない。私の意地っ張りが娘に引き継がれてしまって申し訳ないなあと思った。「ごめんね。その意地っ張りはお母さんからあなたに伝わったものだね」と謝り、「お母さんもそれで苦しんでいる」と打ち明けた。長所と短所は表裏一体というから、意地っ張りも使いようによっては役に立つ。でもそれで人間関係を壊すことのないように二人で気をつけようと話しあった。子は親を見て育つというが、親もまた子を見て育っていくものなのかもしれない。
2010.05.09
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育児や教育について書こうと思ったらテレビゲームの問題は避けて通れない。テレビゲームをコントロールできるかどうかが、育児や教育の重要なカギになっているからだ。 テレビゲームには強い中毒性があり、コントロールすることがとても難しいことを親は充分に知っていなければならない。子どもはおろか、成人し、仕事をし、常識を持って暮らしている大人ですら、テレビゲームをコントロールするのはとても難しい。我が家では子どもが生まれた頃、大評判になっていた『ドラゴンクエスト』を一度やってみたいということでテレビゲームを買った。初めてのテレビゲーム体験だった。ロールプレイングゲームの持つストーリー性とキャラクターのかわいさに、私たちはすぐに夢中になった。自分が「戦いながら力をつけていく主人公」になった様な気がした。夫は仕事から帰ってくると食事もそこそこにゲームを始める。寝なければならない時間だからやめようと思っても「もう少し、もう少し」と思ってやめられない。休みの前の日はほとんど徹夜してゲームをするようになった。私も子どもが乳飲み子だというのに、時間があればゲームをするようになった。一度始めたらやめられない。そしてちょっと時間ができたらやらずにはいられない。夫も私もギャンブルもしなければタバコも吸わない。何かの中毒になったことはない。二人ともどちらかというと冷静なタイプだから、まさかそこまでゲームにはまってしまうとは思ってもいなかった。その年のゴールデンウィーク。夫の出勤というリズムメーカーを失って、我が家は昼も夜もめちゃくちゃになった。その時思った。「これは中毒の状態だ」「このままではテレビゲームに生活を乗っ取られる」。それで夫と相談してテレビゲームを押し入れの天袋の一番奥に封印した。テレビゲームをコントロールすることがいかに難しいかを身をもって経験した。でもこの経験は次にゲームが我が家に入ってくる時(子どもたちがゲームを始める時)のためにはとても良い経験になった。テレビゲームを侮ってはいけない。「本気で取り組まないと子どもの生活を乗っ取られる」という危機感を持った。
2010.05.05
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