貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2013/03/24
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「あまり儲かっているようには見えないな」
鍬見は苦笑した。
「三人で何とか暮らしていますよ」

郊外の町の小さな医院である。ここが鍬見と詩織がささやかな生活を営んでいる場所である。元々は別の医師が開設したものであった。医師が高齢を理由に引退をした際、縁あって鍬見がゆずり受けたのである。待合室と診察室、奥が住まいになっている。住まいに続く扉が開いた。詩織が顔を覗かせた。水色のナイトガウンを羽織っている。物音に気づいて起きて来たのだ。寒露は笑いかけた。
「久しぶりだな、詩織」
「寒露さん?」
詩織は目を見張った。どこかに警戒する色がある。それを見て取って寒露は再び笑ってみせた。
「心配するな、悪い話をしに来たのではない。兄弟として尋ねて来たのだ」

「いや、いい。弟と少し話がしたいだけだ」
詩織は鍬見を見た。鍬見が頷くと詩織は笑顔を見せ、奥へと引っ込んだ。
「幸せそうだ」
「そう思いますか?」
「嗚呼、思う。最後に逢った時よりもずっと良い顔をしている」
「ありがとうございます」
「他人行儀はやめよう、堅苦しいのは嫌いだ」
寒露は寝台に腰を下ろし、自分の隣を指差した。鍬見は従った。兄弟は並んで座った。

「何故来た、と聞かないのか?」
「これから話してくれるのでしょう?」
寒露は楽しそうな顔をした。

「兄さんこそ」
「俺は変わらない、変われない」
”人でない”寒露の時は止まっている。今の二人を比べれば、鍬見の方が兄に見える。妻子を得た落ち着きが鍬見を一層年上に見せていた。
「剣の腕、ますます磨きがかかったな」
「お恥ずかしい。なまくらでも、私には守らねばならぬものがある」

寒露は寝台の上に仰向けに倒れた。
「お前はこの十年で、千体以上の悪鬼を倒している」
寒露は言った。
「俺達の仕事が楽になって、助かってるよ」
「戦えば、いずれ居場所が知られる事は解っていましたが」
「心配するなと言っただろう?俺は断罪に来たわけじゃない」

寒露は鍬見を見上げた。鍬見と目が合った。鏡の中の己と良く似ていると、互いに感じていた。寒露はいつも同じ顔が傍らにあった時の事を思っていた。双子の兄の白露(はくろ)と共に佐原の村を率いていた頃の事を。今は亡き兄を。
「お前は、本当に白露に似ている」
鍬見は戸惑った。
「腹違いの私が、ですか?」
「そうだ、同じ父を持つお前と白露が。白露はいつもお前のように静かで冷静だった」
「私は、白露様のような立派な人間ではありません」
「そんな事はない」
寒露は起き上がった。
「さて、本題に入ろう」
鍬見も身を引き締めた。

「鍬見」
「はい」
「お前の事を親父様に話した」
鍬見は驚いた。
「親父様はお前に逢いたがっている」
「しかし、私は村を追放された身です」
「親父様は、白露を失い、俺が化け物になり、心の底では悲しんでおられた。霧の家の長である手前、誰にも漏らす事はなかったが。だからもう一人息子がいると知って、大変に喜んでおられた」
「しかし」
「親父様はご病気だ。親父様も歳には勝てない、めっきりとお身体が弱くなられた」
寒露は鍬見の肩を優しく掴んだ。情のこもった手であった。
「逢ってくれないか、孫娘にも逢いたがっていたぞ」
「そんな事が、許されるのでしょうか」
「状況が変わったのだ」

(つづく)





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Last updated  2013/03/24 11:15:52 PM
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