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そういえば、最近留学系のネタってやってなかったよな。前にもネタにしたけど、自分はずっとマイナーな所(ボストン、NY、シアトル、SF、LA以外って意味ね)を渡り歩いてきたので、いわゆる日本人にメジャーなところの日本人留学生ライフの実体験はないんだけど、そういう所に留学してたらそれはそれで面白かったかな、と思うこともある。ただやはりそういった環境だと流されてしまっただろうな、とも思う。留学歴が長くなるにつけ、色々な学校のことを知るにつけ、もし今から留学するんだったら、この学校を選ぶかもという学校が2つある。フリーページで取り上げている SUNY Stony Brook とDrSkate さんが通っている UCSB だ。実際 UCSB は見学にまで行ってしまった。両校とも肩肘張るような学校じゃないし、とにかく環境抜群。(UCSB は「住環境の良い留学先」も参考にしてみて下さい)なおかつ SUNY Stony Brook はNYへ、UCSB はLAまで2時間ほどでひょいと出れるからNYやLAを楽しもうと思えば楽しめるし、ふだんは「程良い距離」を保てるからなかなかいいんじゃないかな。というわけで、留学を考えている人でもしこのブログを見ている人がいたら、その2校は考えてみてもいいんじゃないかなぁ。話はかわって、アメリカの寿司ブームがカリフォルニアの海洋環境を守っているっていうウェブ記事をみつけた。要するに海藻を食っちゃうウニの漁獲量が増えたから海藻減少に歯止めがかかってるってことなんだけど、そもそもなんでウニが増えたのかねぇ。ちなみにスシ人気ってヘルシー志向に助けられてるってのもあるけど、少なくともウニはコレステロールの塊ですぜ。ま、ワラジみたいな脂コテコテのステーキ食うよりは小振りなウニを食ってたほうがよっぽどヘルシーではあるとは思うけど(汗)。
Oct 31, 2005
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今日久しぶりに以前メインにしてた古巣のサイトの日記を見てたら、在米歴が長くなって、そもそも英語も妙なんだけど、日本語も妙になってしまった人の話が出てたのでトラックバックしてみた。やはりヨーロッパのように陸続きで日常的に多言語に曝されているような環境じゃないと本当のバイリンガルってのはなかなか難しいんだろうねぇ。よく、中学や高校の頃から留学させてしまえば・・・という話は聞くけど、そうすると日本語が中学や高校の時のまんま止まってしまうから、日本に帰ってきてから「大人の会話」ができなかったりする。仕事の都合などで両親ともども移住したケースでも曝される日本語環境は、両親と両親が提供する媒体だけに限られるから、例えば学校での子供同士の会話なんていう部分が欠落してたりする。もちろん日本人学校というのもあるけど、どうしても子供同士の会話は現地語になったりして、実際、オッサン言葉でしゃべる(親のしゃべり方をそのまま身につけてしまったと思われる)子供がいたりする。大人になってから海外に出れば、とりあえず日本語はマトモだけど、今度は現地語を身につけるのが大変。でも、高校などで留学して日本語も中途半端、現地語も中途半端というよりはマシという意見も聞く。リスキーなのが現地の人と結婚したりして、日々の生活の中で「とりあえず」現地語を身につけていくケース。パートナーは協力してくれるだろうけど、それで身につくのはあくまでもパートナーのボキャブラリーの範囲。あとは周りの見よう見まねで身につけていくんだろうけどフォーマルな会話や、ビジネス会話はなかなか身に付かなかったりする。(トラックバックした日記に出てくる女性は、こういったケースだと思う。)以前の日記で「そもそも日本の企業の担当者はどの程度英語の評価ができるのか」っていうネタをやったことがあるけど、手っ取り早く現地で通訳を調達したら上のような人で、企業の担当者はそれを気付く由もなく先方に向かって「お前言葉」を使う通訳を使っていた、なんていうケースも見たことがある(汗)。
Oct 30, 2005
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学習塾の達人! さんのブログに10月21日の日記に書いた、日本の先生の給料が高すぎるっていう記事の後日談的話が書いてあったのでトラックバックしてみた。いわゆる役人とは違うけど公立校の先生だって公務員。税金から給料をもらってるわけで、当然給料分の仕事をしてもらわなければ困るわけだ。ちなみに自分は数字的に先生の給料は高くないと思ってる。先生というのは将来をになっていく子供に教育を施すという重要な役割を担ってるわけだから、その責任をちゃんと果たしてれば、という前提でだけどね。そして現実はというと・・・。その原因の一端はもちろんいわゆるぬるま湯状態だからだと思うんだけど、それで許されてるのはやはり日本の「性善説」的文化からきてるのかな。つまり「人はそもそも善人だ」という考え方。まあ、理想ではあるんだけど。ちなみにアメリカは「現実主義」でそのようなぬるま湯的環境だと人はダメになるってことがわかってるから、政府予算(例えば研究予算)から給料をもらっている人で一定以上の金額をもらっている人の給料は、公に公開されてるんだよね。うちの大学の職員でもその条件に入ってる人の給料はウェブで公開されている。ちなみに一番もらってる人は学長ではなくて、医学部長。もちろん日本人の職員の給料も公開されている。日本人なだけにいやがる人は多いけどね。悲しいかな、やはり人間そうしないと責任感が生まれないってことなのかもしれないけど・・・。
Oct 29, 2005
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今日、高額授業料の米の私立大学 奨学金も金持ちが独占というニュースを見かけた。よく出るネタだけどいちおう綺麗にまとまってるから紹介しておこっと。まあ、10月20日の日記に書いた階級の再生産のいい例なんだけどね。アメリカは有力大学はたいてい私立大だから、授業料は上げ放題だし、学生の選択も自由(優秀な学生の青田刈りはもとより、10月21日の日記に挙げた記事のように多額の寄付金を出す学生を学校の独善で選ぶことができる)だから「力の水増し」がけっこう簡単に出来ちゃうんだよね。記事中ではエモリー大学の例が出てるけど、ここ最近でバブル的に大学ランキング上位に顔を出してきた私大はけっこう多いと思う。(古賀議員の件で有名になったペパーダイン大学もしかり。)ある意味(親の)経済力の格差とからんで階級バブルがふくらんでってるのかな・・・。その点日本の有力大は国立で、最近自由化されたとはいえまだ学費は安く押さえられてるし、一部私立医大を除いて合否は試験の点数が全てだからフェアといえばフェアだよね。
Oct 28, 2005
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「偽者『エルモ』、観光客にチップをせびって逮捕」というニュースにすかさず「じゃあ中身などいない『本物のエルモ』がいるんだな?」というコメントがついていた(笑)。ちなみに、東京ネズミーランドでバイトしてた友達によるとあの夢の国には色々マニュアルがあって、例えば「ネズミーランドには何匹のネズミーマウスがいるんですか?」と訊かれた時は「本物のネズミーはあなたの心の中に1人だけいます」と答えることになっているらしい。イラク戦争の時にフセインの影武者がいっぱいでてきて、その時に話の流れで「いったいフセインって何人いるんだろうね?」と誰かが言った時の「フセインはみんなの心の中に1人だけいるんだよ」というコメントも秀逸だったなぁ。(このギャグはアメ人にも大受けすることは確認済みです。)あんなこと、そんなことを思い出しているうちに、そういえばずっと前にこんな秀逸なサイトを見たことも思い出したので今日の思いでにリンクしておこっと(爆)。
Oct 27, 2005
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Asahi.com に「恥ずかしい和製英語」という本の紹介が載っていて、ちょっと読んでみたくなった。まあ、妙な和製英語って時たま話のネタになるよね。日本語の一部として使われてるんだから、語源のことなんか気にしないでもいいのでは?と思うけど、やっぱりなんかソワソワする人はいるんだろうな。昔よく挙がってたのは「ナイター」だけど、最近は「ナイトゲーム」って言ってるみたいだね。オースティンパワーズで、「フクミ」ちゃんっていう日本人役の女の子が出てきてたけど、あれは笑ったなぁ。でも、あのギャグって日本語に訳しにくいよね。吹き替え版ではどうなってるか気になるところ。知ってる人がいたら教えて下さい。フクミがらみで、気が付けば「福」系の日本語はけっこうアメリカ人に人気だな。「フクオカ」なんてもう大人気。フクオカ出身の人は「えっ?」って聞きなおされてことないですか?ちなみに理系ならではのネタとして、実験用具ってのがあるね。スポイトとかピンセットとか。日本から来たばっかりの人が、「スポイトぉ~」「すっポイト~」「スッポい~トぉ~」と、色々なイントネーションを試みてたりもするけど、通じないっす(汗)。そもそもスポイトやピンセットはオランダ語らしい。こないだ、目盛りのことを " this memori " と思わず口走ってた日本人がいたけど、" This memory ?" と聞き返されてたな。ウソのような本当の話(爆)。
Oct 26, 2005
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久々ぶりに、未認定校、学位工場、Degree Mill ネタです。「エントリー追加」の表示を出しておいたから、気づいた人は気づいてたと思うけど、このところ Degree Millリンク集に、コソコソエントリーを追加してたんだよね。具体的にはウィキペディアの未認定校がらみの項目へのリンクと JANJAN に連載されていた、連載記事へのリンク。JANJAN の記事は、既出の情報をなぞってるだけの部分もあるけど、恐らくこれまで他メディアが出すのを躊躇してた固有名詞も出していて、けっこうやるなぁ、といったかんじ。というわけで尻馬に乗る形で申し訳ないけれど、ぼちぼちここでも固有名詞を出してみようかってな塩梅で・・・。今回、そこいらへんの情報をもう一度なめ回してたら、あら、アメリカパテント大学のサイトが「調整中」。どうしちゃったんでしょうねぇ。ま、未認定校にはよくある話で、何年かしたら同じ「学位ブローカー(?)」グループがまた別名の学校を立ち上げるんだろうなぁ……。ちなみにこのアメリカパテント大学について調べてた時に、間違いだらけの大学選びというサイト(の右下)で紹介されているのを見て、これはなんかのギャグか?と思ったというこぼれ話があります。まあなんのことはない、アフィリエイトサイトなんだけど、今日確認してたらアフィリエイトのリンクも切れてるね……。
Oct 25, 2005
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祐太朗5234さんの「英語はできないほうが良い?」の日記にトラックバックしよう…と思ったら、トラックバック禁止になってた(汗)。なにはともあれ今日はこのネタでいきます。まず、祐太朗5234さんも書いているように「便利屋」として使われちゃうってのがあるよね。「ちょっとこれ訳して」「ちょっと通訳して」などなど。やはりこれって翻訳や通訳を職業にしてる人もいるわけだから、そういう人たちの職業軽視にならないか?ちなみに若者に人気の某職種では、その職につきたい人があまりにも多く、「タダでもいいから働かせてくれ」と言ってくるそうで、そうなっちゃうと本当の「プロ」がやってけなくなっちゃう、という話も聞いたことがある。女性には申し訳ないけど、やはりそういうアプローチをしてくるのは(家事手伝い状態の)女性に多く、「家事手伝いの恐怖」と言われてるらしい。話が逸れてしまった。英語ができないほうがよかったかも、って思う瞬間の話ね。NYとかに行った時に、すぐ脇で日本人観光客がぼったくられてるのに気付いてしまうってのはあるなぁ。似たようなケースとして、バカにされてるのを聞き取れてしまうってのも・・・世の中知らないほうがいいこともある。アメリカ国内や、カナダなんかに行ってももうドキドキ感がなくなってしまったってのもあるなぁ。そして、それ以外の海外でもけっこう英語でいけてしまうと思うんだよね。というわけで、来年あたりはインドあたりに行ってみようかと思ってみたり……。(でもインドもけっこう英語できる人多いんだよね……やっぱ、アフリカか?)しかしなんと言っても困るのが、日本に帰った時に「英語しゃべってみて」と言われること。芸じゃないんですけど・・・(汗)。例えばいきなり「日本語しゃべってみて」と言われたら、やっぱ困るでしょ?
Oct 24, 2005
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スポーツの最中は、さすがに表情まで気がまわらないってなわけで、ときたま「スゴい顔」の一瞬を撮られてそれがそのまんまスポーツ新聞なんかに載っちゃうことがあるけど、この写真もあんまりじゃないか? 特に目が怖い。それとも自分のモニターのせい? もうちょっとマシな写真なかったんかいねぇ……。それからアメリカで「チーズバーガー法を可決、肥満訴訟を制限=「馬鹿げている」と消費者団体」。そういえば何年か前に、太ったのはマクドナルドのせいだって訴訟起こしたブラザーズがいたけど、レストラン側の自己防衛策もいろいろ。例の敗訴の後にマックのコーヒーカップに「熱いので注意」という注意書きが入ったのは有名だけど、自分は某レストランのメニューのチリの下に小さい字で辛すぎて健康を害することがありますって書いてあるのを見たことがある。そもそも健康を害するものをメニューに載せるなよ……。それから某アメリカ版吉野家的レストランで、友人がサイコロステーキを注文すると、料理と一緒に店員が紙切れを出してきて「これにサインしろ」という。内容を読むとこの肉を食べて食中毒になるリスクを受け入れますだと。おいおい、食中毒になるかもしんない肉出すなよ……。
Oct 23, 2005
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10月19日の日記に引き続き、日本の英語教育の話。最近よく日本は格差社会になりつつあるって言われてるけどたとえば一度低所得者層に入ってしまうと、子供のために教育費が出せなかったり、親に大学受験の経験がないために適切な助言などができず、子々孫々同じ社会層に甘んじることになっていくのかもしれない。社会学用語ではこれを階級の再生産と言うらしい。昨日も書いたように、日本の英語の先生は基本的に日本的英語教育を受けた和製英語教師。そして、またその中から将来和製英語教師を養成する教師が生まれていくのだと思う。つまり和製英語教師の再生産だ。以前、日本の方の論文校正をやったことがある。校正済みのものを最終的にその方の指導教授に見せるわけだけど、一部校正部分が元に戻って返ってきた。「文法書で調べましたが、原文のままで正しいと思います」という添え書きと(日本の)文法書の抜粋とともに・・・。はい、確かに日本の文法書的パズルの解答としては正解かもしれませんね。でも、そうは言わないんですよ・・・。でも、やはり文法書のほうを信じてしまうんでしょうねぇ。(「(英語を)知ってるつもり症候群」のエピソードは 「日本の教授様来訪」や「留学環境(番外編 Sxxxxxx)」 でもちょこっと触れています。)アメリカ留学組の中でときたま出る話として「はたして日本に帰った時に我々の英語は正当に評価してもらえるんだろうか?」というのがある。例えば、日本の面接者が1年くらい語学留学しただけの人の英語と数年かけてアメリカの大学を出た人の英語を聞き分けられるのか・・・。政治家や芸能人がちょろっと英語をしゃべっただけで手放しで誉めてしまう土壌があるところからして、はなはだ不安で仕方がないのだが・・・。そしてそのような中からまた将来、人の英語を評価する立場の人が生まれていくわけで・・・。もちろん企業の場合は英語が全てではないだろうけど少なくとも「実践的な英語を教えられる英語教師」を期待するには、自家製英語評価システム(そして和製英語教師の再生産システム)をなんとかする必要があるように思う。ただ、今現在その歯車の中に入っている人たちがいる以上、再生産される階級の流れの中からはい上がるように、変えるには何世代もかかるのかもしれない。結局、従来の「忍耐力養成+読み書き重視型」でいくか、「しゃべりも含めた実戦型」でいくのかはっきりしたほうがいいと思う。例えば小学校での英語の義務化など小手先的対応なら、学生への妙な負担が増えるだけで、むしろやらないほうがいいような気がする。(実際、小学校に英語の授業を導入するのはいいけど、 どれだけの人材を確保できてるんだろう・・・。)さらに抜本的な改革は現在英語教育に携わっている人への影響も考えるとなかなか難しいから、開き直って「忍耐力養成+読み書き重視型」に徹してしまったほうがいいのではないかとも思う。それでもあえて「しゃべりも含めた実践型」でいくのであればこれくらいはやんないと、というのを考えてみると、一昨日のskepticismさんのコメントにもあったように実際、日本の日常でどれだけ英語が必要かというのを考慮して、英語はいっそのこと選択制にしてしまう、というのはどうだろう? そうすれば、そこに予算を集中できるという相乗効果もあるだろうし。一般の学校に英語のクラスを残すのであれば、現在の英語の先生はなんらかの方法で選抜して、かなり数を絞り込んでから、公費でかまわないから英語圏に2~3年留学してもらってTOSOL(できればマスターレベル)くらいはとってきてもらう。そこに半々くらいの割合で、やはりTOSOL(もしくはそれに準じた資格)をもったネイティブスピーカーに入ってもらう。ちなみに最初の選抜に残れなかった先生はもちろん・・・。もっと過激に、一般の学校での英語の授業を全てなくし、その分授業数を減らして、その空き時間で行きたい人だけ英会話学校に通うという手も・・・(英語教育民営化)。これは、とてもじゃないけどできないだろうなぁ・・・。それと英語を選択制にしたとすると、選択の有無によって情報格差が生じて、格差社会がさらに進行してしまうんだろうなぁ。
Oct 22, 2005
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今日はちと忙しかった・・ってなわけで、今日は最近の日記の内容にタイムリーなネタのリンクでちょいお茶をにごしま~す(爆)。ウォルマート創業者の孫、大学の学位返還 不正行為で階級の再生産では一歩先を行くアメリカならではの話。どちらかというと日本のように数字に表れる成績を重視する州立大学に対して、私立大学は「それ以外の何か」で学生を選ぶことも多いので、いわゆる偏差値分布の裾野は私立大学の方が広いんだよね。有力大学でも寄付金などの経済的メリットのほうが大きければ、もちろん誰でも(というわけでもないのだろうけど)ウェルカム(死語)。ちなみに似たようなネタは「学歴詐称のカタチ」の中の「Pepperdineの評価」でも触れた。親の借金で子供受難…「児童手当」を担保に融資親が親だと、子供もはい上がるのが大変という例。教員の給料高すぎ?年金額にも反映、財政審でやり玉にこれだけ優遇されていると、その「特権」をひっくり返すような改革はなかなか難しいんだろうなぁ。郵政民営化の時に、特定郵便局の人たちが大暴れしたように・・・。
Oct 21, 2005
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10月7日の日記に学習塾の達人! さんがつけて下さったコメントに答える形で、今日からちょっと日本の英語教育について思うことを書いてみようと思う。自分は専門家でもなんでもないし、ひとり言みたいなものなので、適当に読み流して下さい。もちろんコメントは大歓迎ですが。今更のように振り返ってみると、日本での中学~大学の英語のクラスは、言葉としての英語を身に付ける場ではなく極端な言い方をすれば意味のないことを忍耐強く暗記していく(もしくはパズルを解く)能力を身に付けるための科目だったように思う。もちろんそこで身に付けた忍耐力は社会に出てから役に立つ。もし日本の教育界が本気で英語教育を「言葉としての英語」を身に付けるという方向へもっていくつもりであれば、それこそ非常な労力と犠牲が必要になってくると思う。だから個人的には、開き直ってこのまま「忍耐力を養う科目」として維持するのもいいのではないかと思ってしまう。アメリカの日本語のクラスをみると、大多数の教師は日本人。かたや日本の英語教師はほとんどが「日本でパズル的英語を勉強した」日本人だ。もちろん公費や私費で短期の留学をした先生もいるだろうけど、それがどの程度の足しになっているかかなり疑問だ。もし日本が、アメリカの日本語クラス的な実践的な英語のクラスに切り替えるのだとすれば、かなりの数の「和製」英語教師の首を切らなければならなくなるだろう。もちろんそんなことをすれば、雇用問題に端を発して政治問題になるだろうから、まず不可能だろうけど。ちなみに「学校の先生」という職業(特に公立学校)は「規制」に守られているということにもみんな気付いているんだろうか。つまり「教員免許制度」だ。うちの大学からも毎年学生の何人かが自治体(公立学校)に招かれて、英語クラスのアシスタントとして日本に行くけれど、彼、彼女らは、結局「自分たちはおかざり」だったと言う。つまり、彼、彼女らは教員免許を持っていないので、表向き「先生」をすることができないわけだ。このように日本の教職は規制に守られているわけで、実践的な英語教師となると、こと(外国人を含めて)海外で教育を受けてきた人ということになるだろうから、それこそ郵政民営化(教職の民営化?)くらい思い切った改革をしないとなかなか変われないような気がする。というわけで、日本での英語教育の抜本的な改善というのはなかなか難しそうだ。だからそのようなムダな時間に議論を費やすより現状維持(忍耐力養成クラスとして)で良いのではないかとも思ってしまう。確かに多少は英語の読み書きができるようになるというメリットもあるみたいだし。(10月22日の日記に続く)
Oct 19, 2005
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今日はちょっとたまってしまっている小ネタ系を・・・。10/5 の産経新聞に「女性専用車両こそ性差別ではないか」という記事が載っていたらしい。筆者は某大学の教授(男性)で、ある日の夕方、よく確認せずに急いで乗り込んだところ、その車両は女性専用車両で、車内の女性からまるでゴミムシを見るような目で見られ、1人は教授を睨みつけ、鬼の首をとったように「あなた、ここにいちゃいけないのよ」と言ったそうだ。ちなみにこの女性専用車両、自分がアメリカに来てから日本にできた「実にヘンなもの」の一つ。まあこの出来事だけをとって、短絡的に「人の落ち度(弱み)を見つけたらとことんまで罵倒する日本の文化」と批判することもできるけど、それ以前にこれ、アメリカでやったら憲法違反だ。つまり、特定の「人種」に「その人種が犯罪を犯す可能性が高いから」アミをかけて隔離するってことでしょ?アメリカでも良く出るんですよ。「黒人は犯罪率が高いから隔離すべきだ」って人がね。黒人の犯罪率が高いって統計的に本当。でも、だから黒人全体を隔離していいんでしょうかねぇ?少なくとも女性専用車両を良しとしている人たちは、万が一アメリカに観光に来た時に「日本人女性はアメリカ人と結婚してアメリカに居座る確率が高いから、入国拒否をする」と言われたらそれを甘んじて受けるんでしょうなぁ。「即効性(痴漢の減少)」があったことは認めるけど、それは犯罪が減るからといって、黒人差別を肯定するのと同じことだと思うけどなぁ。根本的な問題解決にはなってないような・・・。さてさてもう一つ。「破綻の萩国際大が再生計画案、社会福祉系学部の新設提唱」ダメなものはダメだと思うなぁ。関係者には申し訳ないけど。傷口広げて塩塗り込むようなことになりませんように・・・。☆今日のオマケ☆東海岸マメ知識、間違い探しクイズインターカルチュラル・グループ 企画・編集 スパイク刊「ニューヨーカーが薦める ニューヨーク・ザ・ベスト」より。「ニュージャージーの西に広がる広大な州がペンシルバニア州。ニューヨークのペンシルバニア駅からメトロライナーに乗車してワシントンDC方向に一時間少々走れば、ペンシルバニア州の州都フィラデルフィアに到着する。ここはニューヨークと並び、東海岸でも最も古い歴史のある町。(以下略)」さて、文章中に2つの間違いがあります。何と何でしょう(爆)?
Oct 18, 2005
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さて、ダラダラ続けてきた自分の英語遍歴日記だけど、とりあえず最終回。ちなみにTAとして教えていたのは「解剖学」。解剖学用語はラテン語を英語っぽく発音するわけだけど綴りが英語っぽくないものも多く、アメリカ人でも正確に発音できないものも多い。もちろんTA陣の中でも発音にばらつきがある。なのでクラスによって発音が違うと学生が混乱するので学期始めにTA+指導教官で「発音のすり合わせ」をやるのだ。TAはその発音で学生を教えるわけだけど、ってことは、自分はアメリカ人に「英語の発音」を教えていたわけだ(爆)。英会話教室に行くと日本人が四苦八苦しているけど、解剖学の授業は、TAの発音を四苦八苦してマネするアメリカ人学生といった構図でなかなか面白かった。なんとも奇遇だったのが、一昨日までの日記で書いたAccent Modification のクラスのディレクター。なんと彼女の専門は「解剖学用語の正しい発音」。ひょんなところから話がつながって、話がはずんだのは言うまでもない。もちろんここまで来ると、マニアックな世界。多少発音がズレているのはむしろ当たり前で、ドクターの間でもかなり発音にはばらつきがある。それでも通じてるのはやっぱり「最低限のツボ」は押さえてるからに他ならない。普通の単語にしたって発音記号なんてもんがあるから必ず「これ」という発音があると思われがちだけど、思ったより「許容範囲」は広く、「ツボ」を押さえるのが必要にして、それで十分なような気が・・・。ちなみにこれを利用してアメ人をからかうことができる。アメ人とすれ違う時などに歯の間から短く息を吐いて「スー、スー、スー」と音を出してみると、"Oh,sorry" なんていう反応が・・・。連中、シチュエーションも相まってスー、スー、スーが"Excuse me" に聞こえてるんだよね。ただ、とういうことは「スー、スー、スー」だけでも "Excuse me" の「音のツボ(恐らく x と c と s)」はとらえてるってことだよね。そしてとりもなおさず「まず子音ありき」の英語の特徴も捉えてると思う。
Oct 17, 2005
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米・オハイオ州で白人至上主義者とそれに対抗するグループが衝突 一部が暴徒化したらしい。そういえばあのあたりもKKKのメッカとして有名だな。
Oct 16, 2005
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ちょっと今日は英語の話はお休みにして、最近読んだOreo さんと Sakura_saku さん、更に junquito55さんの日記へのコメント的日記にしてみようと思う。まずは、Oreo さんの日記。アメリカの個人破産原因の多くは高額の医療費によるもの、というネタ。まず、アメリカは極端な表現をすると「貧乏人は死ね」という国。医療システムにもそれが如実に現れてると思う。高度な医療は日本より進んでるかもしれないけど、それはごく限られた金持ちか、たまたま「優れたアメリカ」を演出するためにチャリティーなどで選ばれた人だけのもの。その裏で人口の1/3がまともな医療を受けられずに死んでいっている国だ。ただ、TVなどに露出するのはそういった演出された「優れたアメリカ」だけだから、日本の人も含めてけっこうダマされてると思う。こないだ日本のビデオ(ブロードキャスター)を見いたらニューオルリンズの映像を見て、福留さんが「世界で一番豊かな国アメリカの光景とは思えません」などとコメントしてたけど、アメリカの貧しい地域を一度でも見たことがあるなら、あれは「当然の光景」だと思う。よく日本から募金を集めて高度な心臓手術を受けるために子供をアメリカに連れてくる親もいるけど、これもナナメに見れば「アメリカの宣伝」にうまいこと利用されているようにも見える。その裏ではごく基本的な医療で救える自国民さえケアできない実態があるのにね。日本は少なくとも「ニーズが多いメジャーなケース」にはそれなりにまんべんなく、それもリーズナブルなコストの医療が行き届いてると思う。これから先はどうなるかわからないけどね。Sakura_saku さんの日記はそもそもハリケーン直後のニューオルリンズのような生活を日常的に強いられている人がアメリカには沢山いるという話。これも「貧乏人は即敗者」というアメリカの一面。あまり知られてないけど、ここは日常的に子供が餓死している国。それでも若いうちは気合い(?)でなんとかなるけど年老いるごとに、蓄えを作る余裕がなかった人はどんどん追い込まれていく。いつだったか、某所の日本人会に顔を出した時に見た日本に帰りたいと泣きながら訴える年老いた日本人女性がいまだに目の奥に焼き付いている。日本人会は(日系移民互助会みないなのもあるけど)表向きは日本人なら誰でも参加できることになってるけど実体は大手企業駐在員などの「エリートの社交場」というケースがある。ただ、それでもアメリカ人の夫に先立たれ人恋しくなったのか、そういう老婦人が顔を見せることがある。アメリカは中産階級でも、老後に日本への長期旅行するのは経済的にかなりしんどい。その頃には頼れる日本の親戚などとも疎遠になったりしてるしね。体力的に衰えた老後をこの国で過ごすのは本当に大変そうだ。「この国で老後を過ごすのが恐ろしい」と言って自国に帰っていくのは日本人のみならずヨーロッパ人にもけっこう多い。そして最後は junquito55 さんの日記にあった、外国人を追いかける日本人女性の話。これはもう語られ尽くされてるネタだなぁ。「アメゆきさん」のオチにも使ったけど、自分は日本にいたころは「一部マスコミなどがオモシロ半分に強調して伝えてるだけだろう」と、どちらかというとそういった目でみられる女性に同情的だったけど、アメリカに来て実態を目の当たりにするにつけ、残念ながら、そう見られても仕方がないかもという考えにかわってしまった。もちろん全ての女性がそうだとは思わないけど、そう思われてしまっても仕方がないことをしている女性はけっこう多いように思う。
Oct 16, 2005
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さて無事大学を卒業、大学院に進学したわけだけど、大学院は専門の勉強ばかりでいまいちバラエティーに欠けるってなわけで、なんかまた英語のクラスでもないかな、と、情報収集してみた。今さら留学生用のクラスをとるのもなんだし、かといって英文科(日本の国文科?)の授業ってのもなんだか違うなぁ、と思ってたある日、Accent Modification というクラスがあることを知る。っていうかこれ、クラスというよりは極端な言い方をすれば「病院」。通うところもクラスでなく「クリニック」。普段はもっぱらどんなことをしてるところかと言えば、言語聴覚障害をもったアメリカ人のトレーニング(治療)をしているところなのだ。まわってきたメールのうたい文句は「最後に残った『外国人訛』の矯正」となってたから、そうか、オイラは病人かいとも思いつつとりあえず扉をたたいてみた。まずはディレクターっぽい人との面接で「治療方針」をピックアップ。といっても、実は「矯正すべきアクセントは無いから通わなくても良いのでは?」と言われてしまったけど「試しに通ってみたいので・・・」と言って、無理矢理入れてもらった。狭い部屋にインストラクター(トレーニング中のマスターコースの学生)と入り、例えば自分の場合、cabbage(キャベツ)の age の部分を、若干「年齢」の age 的に発音していたので、同系列の単語を羅列した紙をもらって、それを読み上げて、発音を矯正していく。部屋にはマイクとカメラがついていて、インストラクター(学生)のボスがモニターしていて、学生がつまると隣の部屋から助け船を出すといったかんじ。面白かったのが、実はこの学生は厳密に言うとネイティブスピーカーでなかったということが判明したこと。例えば、"I can do it" は、ニュアンスによって、"I cando it" と発音したり、"I c'n do it" と、can をほとんど"cn" と発音したりするんだけど、その "cn" をインストラクターがどうもうまく発音できず、隣の部屋からボスが駆け込んで来ることに。「そういえば、あなたは家ではスペイン語をしゃべってたわよね」つまり、スペイン語環境で育ってきたアメリカ人は、微妙に can を「ちゃんと」発音してしまうらしい。ま、で、結論から言うと、ここで挙げたような微妙な発音の違いは、そのボスによると「どちらにせよ『正解』の範疇」つまり「アメリカ英語の『訛』の範囲内」ということらしい。(というわけで、冒頭の「矯正すべきアクセントは無いから通わなくても良いのでは?」ということになるわけだ。)(10月17日の日記に続く)
Oct 15, 2005
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なにはともあれ、語学学校~大学にかけて、いわゆる「英語どっぷりの環境」にいたために、なんとなくけっこういいかんじで英語力はついていったと思う。ただ、自分がやったような「とにかく日本人から距離をおく」という方法は、英語を身につけるという一点においてはかなり効果があると思うけど、総合的には賛否両論あるところで、これについては今回のシリーズの最後のほうで自分の考えを書いてみようと思ってます。自分は実際の英語力と TOEFL などの試験のスコアはあまり関係がないと思ってる(試験はテクニック的要素が多いため)けれど、いちおう参考までに TOEFL は留学半年でだいたい570点くらい。さて、語学学校からコミカレ、しょぼい四大、さらにそれなりの四大と転校していったわけだけど、それなりの四大ではTAにチャレンジしてみた。折しも外国人TAの英語というのがかなり議論の的になっていて、つまり考えようによっては学生は学校にとってはお客さんなわけで、その「客」から「外国人TAは何を言ってるのかわからん」「学費払ってまでわざわざ、わけのわからん英語をしゃべるTAの授業なんて受けたくない」なんていう不満が出てきていて、学内新聞でも当時かなり取り上げられていた。まあ一理あるよね。というわけでTA希望の留学生は大学オリジナルの英語の試験を化されることになった。その試験の合格基準は「アメリカ人新入生にもわかる英語をしゃべれること」。面白かったのは例え母国語が英語であっても一律に試験を課されたことだ(ただしカナダ人を除く)。そしてなんとイギリス人(厳密にはスコットランド人)にまでもパスできなかった人が出たことだ。とにかく学生という名の「顧客」からの突き上げがすごかったらしく、アメリカにしてはめずらしく「落とすための試験」という位置づけだったようだ。ってなわけで、かなりびびりも入ったけど「お前が落ちるなんて考えられない」というまわりの意見にも押されて結局受けることに。しかして結果は「不合格」。ところがその後、大どんでん返しが待っていた。周りの連中も絶対におかしいというし、できればTAをやりたかったのでその試験をやっている部署に直談判しに行った。話をはじめてけっこうすぐに、ディレクター曰く、「なんであなたが不合格だったのかしら?」そして、裏から採点表を引っ張り出してきた。のぞき込むと、試験官(ESL教師養成コースの学生)が、発音がおかしいと思った部分が書き留めてあって、「どう」おかしかったかのコメントは軒並み「典型的な日本人訛」となっていた。(点数は合格ラインにギリギリ1点足りてなかった。)さらにしばしディレクターと話をしているうちに、たった1点足りなかっただけだし、それなりにしゃべってるじゃないの、という印象を得られたのか「まあ、アナタは合格ってことでいいんじゃない?」っていう雰囲気になってきたわけだが、そこでディレクター、ふと何かに気付いたようで、「そういえば、アナタ以前南部に住んでなかった?」はい、そのとーりです。その瞬間、ディレクターの頭の中で、全てがつながったようだ。「確かにあなたは訛ってると思ったけど、私には『日本人訛』には聞こえなかったし、じゃあいったいなんなんだろう?と思ってたのよね」つまり、この試験は基本的に「落とす試験」。当然、採点方法は「あら探し」になるわけで、そもそも試験官は相手が「外国人」という先入観があるので、まさか訛が南部訛なんて「想定外」だったんだろうね。というわけで、捨てぜりふ。Is it NOT domestic discrimination?ディレクターも大笑い。快く合格扱いにしてくれたのは言うまでもない。結果として TOEFL もそれなりの点数をとったことはあるけど、それよりもこの試験にパスできたことが「ああ、まあそれなりに英語をしゃべれるようになったのかな」と思えるようになったきっかけのような気がする。
Oct 13, 2005
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さて、個々の時期についてもうちょっと詳しく書いてみようと思う。まずは語学学校時代。なんといってもけっこう初期にアメリカ人の親友ができたのがありがたかったと思う。居候先の家主ともよく会話したけれど、それ以外にもけっこうウマの合う友達ができた。今更のように考えてみると、カタコトの英語しかしゃべれない人間によくもあそこまで辛抱強くつき合ってくれたもんだ。そのような恵まれた環境となった一因はもしかしたら人情深い南部気質のおかげだったのかもしれない。ちなみに当時の友達の何人かとは、その後お互いに引っ越して住んでいる地域は離れてしまったものの、いまだに親交が続いている。多くの友達は、けっこう積極的に自分の文法や発音を直してくれた。で、その発音は実は南部訛りだったというオチ。ちなみに習う側の自分のスタンスは、教科書などは忘れてとにかくマネをすること。こうして南部弁が身に染みついていった留学初期だった(爆)。もう一つありがたかったのは、電話魔のオハイオ出身の友達ができたこと。深夜遅くまでお互いのくだらない身の上話やグチなどを延々長電話した。これは、音質が落ちるので初心者には聞き取りづらい、スピーカーを通した英語の聞き取りの訓練になったと思う。彼がオハイオ出身だったってのも、今更のように考えれば南部英語にどっぷりの環境にいて、標準英語に触れる良い機会になったと思う。さてとりあえず英語を身に付けにアメリカに来たわけだしそうしたほうがいいと思って、特に語学学校に行っていた間は日本語と距離をおくようにしてたんだけど(語学学校以降は日本人が少ない学校に行ったので、いやおうなしに日本語に触れない環境に・・・)そのおかげかどうかわからないけど、半年後にはそれなりに英語が聞けるかんじになってきていたような気がする。実際、最初の半年間で日本語を口にしたのは1~2回の国際電話と、語学学校の日本人との挨拶程度だったと思う。さて半年経ったある日、ふと思い立ったように日本から持ってきたCDを取り出し聞いてしまった時に面白い経験をした。(それまでは日本語のCDも聞かないようにしていた。)ついさっきまでそれなりに聞けていた友達などの英語が急に聞き取れなくなったのだ。思いこみもあるだろうし、どこまでその経験がリアルなのかはわからないけど、少なくとも「耳が日本語にぐいぐいひっぱられる」ような気がしたのは確かだ。同じような経験をしたことがある人はいるんじゃないかな?当然それ以降、日本語のCDはふたたび深く封印した。
Oct 10, 2005
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さてと、アメリカに留学してきてから今までの自分の英語遍歴をちょろっと書いてみようと思う。まずは、どんな学校(と環境)を渡り歩いて来たかをざっとおさらい。最初は語学学校。日本人はそれなりにいて、遊びにも誘われたけどできるだけ断り、日本人に対しても極力英語オンリーで通していたので実は裏で「変わってる人」というウワサがたってたらしい。白人なのに仏教徒という妙なアメ人の知り合いの家に居候。それ以外にもけっこうアメリカ人の友達ができたのはありがたかった。そしてコミカレ。そのコミカレ最初にして唯一の日本人学生。はっきりいってかなりレベルの低いコミカレで、he や she の後に does でなく do を続けるなんて人も当たり前のようにいたし、their と there のスペルをごっちゃにするなんてごく当たり前のこと。アメリカで教育を受けていない(受けられない)層ってのがどういうものかを知るにはいい機会だったかな。そこからしょぼい四大に移るわけだけど、当時の日本人学生は自分を含めても2人だったらしい。「だったらしい」というのは、結局、もう1人とは一度も会わなかったから。さらにそれなりの四大に転校。そこは日本人会のようなものもあり、メインイベント的なものには稀に参加したけど、同じ専攻や、周辺に日本人がいなかったため、やはりほとんど日本人と接触することなく過ごした。結局振り返ってみれば、語学学校~大学卒業までの数年間は、日本への国際電話など、稀な機会を除いてはめったに日本語に触れる機会もなく、結果としてそれは良かったと思っている。
Oct 8, 2005
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偽博士兼未認定校理事の人がイグノーベル賞を受賞するみたいだけど、イグノーベル賞の授賞式では学歴紹介ってするのかな・・・。
Oct 7, 2005
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さて、NYも含めて東北部も訛ってる、南部も訛ってる西部も訛ってるってことになると、じゃあなにが標準アメリカ英語なの?って疑問がわいてくるけど、実はオハイオあたりの英語が標準アメリカ英語とされてるんだよね。全米放送のアナウンサーなどが練習するのはオハイオ近辺の英語。なぜ?って聞かれると困っちゃうんだけど、色んな人から聞いた話では、恐らく「誰でも聞きやすいしゃべり口だから」とのこと。より詳しいことを知ってる人がいたら是非とも教えて下さい。アメリカには地域ごとの方言の他に加えて、人種特有の言い回し、発音などもある。例えばアジア系アメリカ人の場合「Sorry Sorry」など同じ単語の繰り返しが多いらしいんだけど、これは日本語には「もしもし」「ぐるぐる」、中国語にも「謝謝(シェシェ)」など、不必要に同じ言葉を繰り返す文化があってこの影響を親の世代などから受けているからかも。人種による訛で一番しんどいとされているのはやはり黒人訛。というわけで恐らく「黒人訛+南部弁」が一番しんどいんじゃないかな。あと、なまり以前に人種によって「声質」が違ったりするから電話などの相手の人種はけっこうわかったりする。なんて、なんだかエラそうにウンチクを語ってきたけど間違ってたらどんどん茶々入れて下さいね(汗)。明日からはアメリカでの英語歴なんかをちょろっと書いてみようと思う。
Oct 7, 2005
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話はかわってアメリカの方言(訛)。アメリカの方言は日本ほどバラエティーはないけど、発音はもちろん単語の選択、文法などの地域差はちゃんとあるんだよね。例えば田舎っぽい方言として引き合いに出される南部弁。「風と共に去りぬ」で南部弁は東北弁で吹き替えられてたけど、まさにあのイメージがぴったり。「フォレストガンプ」も南部弁だな。もっとも南部の中でも更に地域差があるから、フォレストガンプのをひとまとめに「南部弁」と言ってしまうと怒りだす人もいるかも。映画中はかなり南部訛を強調してるし。この南部弁は聞き取りづらい訛のとしてもよく引き合いに出されるんだよな。ただ、自分は最初にテネシーで英語を勉強したから(詳しい話はまた後日)多少南部訛も残ってるし、ヘタすりゃ他地域のアメリカ人より南部弁になじみがあったりもするんだよね。ちなみに南部弁のメリットは「ゆっくり」なこと。その点では語学初心者向けとも言えるかもしれないな。日本のイメージからすると標準アメリカ英語はNYの英語と思っちゃいそうだけど(そもそもNYはまともな英語をしゃべれる人が少ないというジョークはさておき)実はNY弁は立派な方言で、他地域の人間にとっては若干聞き取り辛いケースもあったり。逆にニューヨーカーはそれを鼻にかけている面もあるかもだけど。その他、ボストン、シカゴ、中西部などなどにも特有の言い回しや発音がいくらでもあるし、もちろん西海岸もまた微妙に発音や言い回しが違う。極端なケースでなきゃ通じない程じゃないけれど、ちょっとした誤解や言い直しは時たまあるし、発音や言い回し(特にスラング)を聞いただけで出身地がわかったりするくらいは違ったりするんだよね。「アナタのアメリカ英語診断サイト(半分ジョーク)」もあるから試してみるのも面白いかも。
Oct 6, 2005
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昨日の日記に書いたような理由で子音を「雑音として聞き流してしまう」というのは日本人が英語を聞き取ろうとした時に、無意識にやってしまっている可能性があるような気がします。逆のケースとしては、日本人が会話の途中でときたまやる「歯の間からスーと息を吸う」というやつです。このスーという音は日本人にとっては「雑音」でしかなく無意識に聞き流していますが、英語耳を持っている人にとっては英語の子音に非常に近い音なので非常に耳障りだったりします。母音vs子音がらみの話をもう一つ。英語は子音が重要なのでヒソヒソ話が楽なのに対し、日本語は母音が重要なので「声」を出さねばならずヒソヒソ話が難しく感じます。話はかわって、時々「この単語の正確な発音は?」と聞かれることがあります。実はこれは特に前置詞や接続詞の場合、前後に来る単語によって発音が微妙に変わるので、はっきりいって正解はないような気がします。ちなみにアメリカの語学学校では「フルセンテンスで総合的に音の流れを作る」という教え方をされましたし(なので、正しい発音の流れを身に付けるために英語の歌を歌わされたりする)なにはともあれ、単語ごとに区切ってこの発音は「こう」とは非常に言いづらいのです。そういえば、単語ごとに区切って「スタッカートのような(とアメリカ人は表現してました)」しゃべりかたをするのも日本人(そして私の知る限りでは中国人)の典型的な訛のような気がします。(明日に続く)
Oct 5, 2005
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英語の発音について質問メールをもらって、その返事を書いていたら随分長くなっちゃったんだけど、同じようなことを聞かれた時に言っていることのまとめみたいにもなったから、ボチボチ日記としてアップしてみようと思う。もちろん、自分は専門家でもなんでもないから勝手に思いこんでる部分もあると思うけど、もしそんなのがあったらガンガンコメントしてやって下さい。さて、英語の発音に関して聞かれた時に特に強調していることは、日本語は母音ベースの言葉、英語は子音ベースだということ。日本語は一音ごとに必ず母音(A、I、U、E、O)が入ってるけど、この日本語特有の「クセ」が日本人英語の訛の原因の一つのような気がするんだよね。例えば予備知識なしに「はっきり発音してみてください」って言うと、日本人は「母音」に重点をおいて、子音(ある意味高音)はおろそかになっちゃうんだけど、これは欧米人に「はっきり発音してくれ」てたのむと子音を強調するのと正反対なんだよね。ちなみに日本の英語教育法の一つに、高音を多用している音楽を聞いて耳を鍛えるという方法があると聞いたことがあるんだけど、ってなわけでそれも一理あるのかな?と思うんだよね。さらに面白い話として「どの外国語の音を一番不快に感じるか?」という研究があって、よくやり玉に上がるのは中国語なんだけど、これ、言語学的、心理学的に説明ができるらしい。人は自分の母国語に使われていない音を「雑音として無意識に聞き流す」らしいんだけど、明らかに人と人が会話をしているのに、そこで交わされている音がほとんど「雑音」になってしまうと逆に「不安」になり「不快」に感じてしまうんだそうだ。で、中国語は他言語にはない音を多用しているので多くの国の人がその音感を心地よく感じないのだそう。(明日に続く)
Oct 4, 2005
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さてさて昨日の日記でちょっと触れたJANJANの未認定校(Degree Mill)関連連載記事へのリンクをまとめてみる。「米国学位商法」の危険性~福永法源の博士号「米国大学(院)学位商法」の危険性(2)薬学博士と謎の研究所「米国大学(院)学位商法」の危険性(3)「健康食品」販売の権威付け「米国大学(院)学位商法」の危険性(4)健康関連ビジネスに広がる「米国大学(院)学位商法」の危険性(5)著名人が続々と登場連載記事なだけに、これから内容を充実させていくつもりなのかもしれないけど、現時点では限られた具体例(それも他メディアですでに報道されたもの)を列挙してるだけで、一番重要な、なぜ未認定校の学位が「偽学位」とされてしまうかという説明が無いような気が・・・。まあ、なにはともあれもうしばらく様子を見てみようっと。
Oct 2, 2005
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うしぇさんが以前に書いたライブドア・パブリックジャーナリスト研修体験日記にトラックバックして下さったので、そういえばそんなこともあったなぁと思い出してしまった。(そういえば今月分の日本のクレジットカードの請求にライブドアからの請求分が入ってたよ(笑)。)そして、前の日記にアメリカに帰ってから詳しいことを書くって書いたまんまほっぽってたことも思い出した(爆)。ライブドアのパブリックジャーナリストについては色々なところで叩かれてるし、実際に研修に参加してみてそれを実感させられたから、まあ「そんなもんか」ってところなんだけど、あえて後日談として書き加えるなら、研修修了証が届かなかった。これって契約書にサインしなかったことへのいやがらせ?それとも自分は研修の「終了試験」に合格しなかったってこと? とりあえず説明によれば「契約書のサインに関しては後日郵送にて提出して頂いてもかまいません」ってことだったんだけど、研修を修了できなかった自分はどうやらその資格がないようだ。(というわけで、未だ契約書は手元にあるのだが、これってスキャン映像アップしたりしたらなんか言われそうだな・・・(汗)。)その後、他にも色々草の根ジャーナリズム系のサイトを見てみたけれど、少なくともJANJANのほうがライブドアのものよりはよっぽどしっかりしてるといった印象だなぁ。ちなみにJANJANでは、今、未認定校がらみの記事を連載記事として書いている人がいるんだよね。明日はそのあたりのリンクをまとめてみようかな。
Oct 1, 2005
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