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北京の西、学生街・五道口に西欧人が戻ってきた。とんかつのばんりのはす向かいにあるマクドナルドの前に、金髪、青い髪。26日から近くの補習塾・地球村が授業を再開。それにあわせてこの五道口も一気に元気を取り戻してきた。日本の報道を見ていると、外国人はみんな帰国が当たり前という感じのようだが、実は欧米人も意外と残っている。人民大学が封鎖された4月28日、その夜、派遣留学されている方が急遽帰国ということになり、戯劇大学のそばのバー「過客」へ。北京の古い街並みと西欧が融合したこのバーでは、たくさんの欧米人がおいしいお酒を楽しんでいた。五道口は、語言大学が授業を取りやめ、地球村も休校で、一時は町が死んでいたが、ワイワイがやがやうるさい街が戻ってくる日も近そうだ。
2003年05月29日
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車が増えた。5月の連休前後、自転車で片道30分の道のりはす~いすい。一度も止まらなくても走れた。たとえ信号が赤でも車がいなかったのだ。しかし、「ゴーストタウン」は、徐々に血の気を取り戻していった。日々、車の数が増える。信号が青になっても右折車が途切れず道を渡れない。遭えなく次の信号を待つ。「おお、復活だ」。けれど、どうも違う。元気すぎる。車の数が、渋滞が、以前に比べてもっと激しくなった気がする。新聞を開いて合点。4月、SARSの影響でバスなど公共機関を嫌った家庭が一斉にマイカーを購入。北京の乗用車の販売台数は3月に比べて2割増の3万4000台。うち新車の販売台数は2万3000台。5月の時点で、北京市の自動車保有台数は196万4000台、そのうち、マイカーが124万8000台。100家庭に5.1台の計算で、北京のマイカー保有率は全国1位だという。転んでもただでは起きぬ。北京が病の床から身を起こすとき、以前の北京とどこが変わっているのか? その変化を楽しむのも面白いかもしれない。28日発表された北京の「非典」新規感染者数は3人。外遊中の胡主席にも嬉しいニュース。…しかし、今はまだ油断禁物。それは言うまでもない。
2003年05月28日
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昨年の7月20日を彷彿させる暴雨。バケツの水をひっくり返したような大雨が降る。23時ごろ。しばし雨宿りの後、自転車で帰ってきた。昨年に比べたらはるかにましだけど、それでも途中大きな水溜りをいくつも越えてやっと我が家へたどり着く。普段は気づかない道の凸凹が、あぶりだされたかのよう。何とも、にくらしい。しかし、そう言いながらも、その一方でわくわくスリリング感を楽しんでしまうばか者でもある。これで、SARSが吹き飛んでくれたらいいのに。ところで、そうして我が家に戻り、メールを見たら、人民大日本人会からのメール。封鎖解除について。「6月20日(金)と21日(土)の2日間で,東門にて簡単な身体検査を行い、後23日(月)から補講開始,8月1日から夏休み」とのこと。「20日以前に帰ってきたとしても,中には入れてもらえない」とか。なお「今年卒業の方で,まだ卒業論文や各種手続きが済んでいない方は6月9日月曜日に帰ってきて下さい」とのこと。やっと先が見えてきた。しかし、私は6月末には家の契約が切れてしまうので、学内に住むべきか、それ以前に実際、寮を見てから判断と思っていたのに…。果たして間に合うのだろうか.....。…、日本の地震も心配。みなさん、大丈夫でしょうか?◎北京大使館領事部情報(27日付)北京の各大学の現状及留学生に対する対応内容北京の16大学について現状と留学生への対応についてまとめられている。
2003年05月27日
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「日本人はSARSにかからない」SARSの北京では数多くの「噂」や「謎」があるけれど、最近、日本人が数人集まって交わされる話題のナンバーワンはこれかもしれない。「納豆を食べていれば大丈夫」「にんにくとキムチがいいらしい」「いや、日本の食習慣がいいんだよ」「違う! 小さいときから予防接種を繰り返しているから抵抗力がついて、それがSARSに効くんだ」一方で、そもそも大使館のHPに毎日、「(邦人の患者状況) 現在のところ、中国における邦人の感染はありません」と書かれていることに疑問を持つ人もいる。「こんなのは嘘だ、日本政府は隠蔽している」。今、私の関心は、日本にいる日本人と中国にいる日本人の違い。情報の違い、意識の違い、抵抗力の違い…。ただ、もっとも、「日本人」をどうやって定義するのかという問題は難しい。生まれた場所、両親の血、育った場所、近年の滞在場所と移動頻度、食事の嗜好…。私は、何人だろう.....。かなり怪しい。少なくとも、SARS菌が解明される日まではまだまだ数多くの噂が飛び交いそうだ。色々な噂を集めてみたら面白いかも。あなたの周りの噂も是非教えてください(笑)。…今、テレビでは、わが人民大学内の隔離棟のドキュメンタリーを放送中。CCTV1「東方時空」の再放送。最近、あちこちの隔離場所にカメラが潜入してその生活を記録した番組が多く作られている。今までにはあまり見なかった手法。
2003年05月26日
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「バイキン扱い」。北京から日本に戻った留学生や駐在員は肩身の狭い思いをしているらしい。「あんたは中国の汚いところで暮らしていて抵抗力があるかもしれないが、それをおばあちゃんや赤ん坊にうつしたら…」保菌者としての疑惑。だから、10-14日間、自宅には戻らずにウィークリーマンションを借りて暮らすという知り合いも多かった。しかし、2週間を超えて、WHOが言う潜伏期間を超えても、「バイキン扱い」に改善はあまり見られないようだ。もっとも、北京にいる限りはこの「バイキン扱い」はない。ただ、中国国内でも他の都市に行くときは別。上海なんかは、「北京のお客様はお断りしています」とあからさまだ。金曜日、香港と広州に安全宣言が出て、北京は相対的に最もバイキンの多い町になった。なかでも私の住む海淀区はダントツで感染者の多い地域。…当分、日本には帰れそうにない。
2003年05月25日
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あっという間に一週間が経つ。また土曜日。今日はカップヌードル(笑)テレビを見ながら転寝(うたたね)。「東京で雪が降ったって!」綺麗な中国語で、こんなセリフが耳に入って、ふと画面を見る。日本の映像。おお、橋爪功。懐かしい。NHKの朝の連ドラでやっていた「すずらん」。中央電視台(CCTV)1チャンネルで連日放映中。国際交流基金の援助らしい。転寝の前(たぶんこの前の番組)は、「説法週末」(リーガル・レポート)。法律をもとに社会正義を正す人気番組。中国語で「暗訪」という隠し撮り取材の手法を豊富に取り入れていてなかなか面白い。今日は、飛行機の格安チケットの払い戻しの問題をやっていた。チケットに書いてある規定では、キャンセルを申し出た時点によって、最高20%のキャンセル料が必要と定められている。しかし、格安チケットを実際にキャンセルしようとしたら、定価の50%のキャンセル料が必要と言われた。「内規」にに基づいているという。しかし、これを不正だとして訴訟を起こした人がいる。キャスターの説明によると、「格安チケット」の場合、明文化されたルールはない。日本では「格安チケット」の場合、払い戻しが出来ないのが当たり前か。しかし、中国では、こういう場合、最後は「消費者の権利」として、買い手の勝ちが最近の公式。今回も「内規」は無効とされ、払い戻しがなされた。さらに面白い例。上海でのこと。チェックインのぎりぎりの時間に「虹橋空港」に到着。ところがチェックインが出来ない。空港が違う! そう、上海にはもうひとつ、浦東空港がある。チケットには、「上海 PVC」と書いてあったそうだ。このPVCは浦東を表している。しかし、空港を間違えたこの女性は「逆ぎれ」。「こんな英語分からない。上海に空港がふたつあるなんて、チケット売り場では何も言っていなかった」。100%の払い戻しに応じないことに怒り、訴訟を起こす。そして勝利。裁判所曰く、「誰にでも分かるようにチケットに空港名を表示して、販売時にきちんと説明すべき。よって航空会社は払い戻しに応じなければいけない」。日本人でも上海の空港を間違えた人。。。意外に多いかも。私もやりかねない。すでに航空会社も対策済みかもしれないが、この例、覚えていておいたほうが良いかも知れない。…、さて今日は今からもう少し転寝だ。
2003年05月24日
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Fighting SARS ファイティング サーズ。この時間に起きて、北京電視台の1チャンネルをつけると、こんな番組をやっている。名前の通り英語番組。中国人キャスターが流暢な(たぶん)英語でSARS関連ニュースを紹介。街中や病院関係者などへのインタビューが豊富。中国語のところには英語の字幕がつく。国際都市を北京を感じる。外国語チャンネルではなく、北京で一番重要な総合チャンネルで、朝7時半という比較的大切な時間にやってしまう英語放送。日本でも二ヶ国語放送ならあるだろうけど…。さらに最近は不明だが、しばらく前には、北京衛生局の記者会見が毎日、中英の二ヶ国語で放送されていた。テレビが二カ国語だけでなく、会場も完全二ヶ国語。そういえば、指導者交代等の初めての御披露目記者会見もいつもこのスタイルだ。英語を母語とせず、それほど得意ともいえない私のような日本人にとっては、「どうでもよい」ことだけど、世界に大勢いる英語が得意な人にとってはとても心強いことだろう。これに比べて日本はこんなに親切だったか? とたまに日本を思い出す…。…、昨夜は大きな雷が鳴る。稲妻に先駆けてパソコンがピッカ~ッ!!ついてないはずのパソコンまで騒ぎ出す。あれはどこかに落ちたはず。確信はないけれど。夕飯は、みそキムチうどん。美味に疲れを忘れる幸福の時。さて、週末。今日もがんばろう~!
2003年05月23日
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人民大学の日本人会から昨夜(午前2時過ぎ、)メールをもらう。留学生事務室からの情報で、1.来週(5月26日月曜日)から本科選択科目の授業が再開。 (封鎖はされたままなので,外の生徒はまだ学校には入れません。)2.6月10日から封鎖が解かれる予定。 (今のまま,何事もなければという事です。)という。また、学校側は「テストを受けないと成績は出さない。」と言っています。とのこと。今月いっぱいで封鎖が解かれるかな~と予想していたが意外に慎重。私は、学校の封鎖が解け次第、学内に移り住むことを含め情報収集の上、引越しの準備をしないといけないので慌しい。しかし、外務省の事実上の「帰国勧告」は、そもそもこの人民大の「封鎖」に始まったともいえる。とすれば、この封鎖が解け、感染者の数も減れば、この勧告にも変化が見られるだろうか?現在、胡錦濤主席が外遊中だから新規感染者が少ない、なんて言う皮肉も聞いたけれど…。まあ、焦らず、焦らず、でも早くいつもの北京が帰ってきて欲しい~。★いつの間にかカウンタが3万。いつも応援ありがとうございます! 多謝~!
2003年05月22日
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「420」サーズショック。衛生部のあの会見から1ヶ月、北京は魔の時だった。感染、封鎖、隔離、帰国勧告....。「大丈夫」と思いながらも、恐怖にも怯えた。あれからひと月。今日の日経新聞の一面は「北京のSARS感染、峠越した・WHO」だとか。日系企業もそろそろ中国に復帰しないと、という空気があるのだろうか?だが、一方で、北京の日系メーカー工場で中国人感染者発見で操業停止。胡錦涛と会った山崎拓は自宅待機だとか…。全体的な方向性は終息に向かっているが、まだまだ予断は許せない。WHOによると、「今後6カ月から1年間は新型肺炎(SARS)の新規感染者が少数ながら発生し続ける可能性があるとも」。最後まで、最後まで。昨夜、『DR.NOGUCHI』を読み終える。彼は最後まで研究を続けていた黄熱病に病んで逝った。しかし、「負けてはいない」。最後まで闘った。「幸せとはなんだべ」。この時期にたまたま野口英世と再会したのはなんとも不思議。
2003年05月21日
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しばらくSARSの影響で閉まっていた、とんかつのばんり(五道口)が今日から再開! お昼を食べようとその辺りをうろちょろしていて、「平常営業」という大きな黄色の張り紙と、その前で、工事工のように(失礼!)改修工事の仕上げに精を出す老板(経営者)を発見。もちろん、速効、店に入って、ひれかつ定食を食す。うぃぃぃ~、懐かしい味。最高。この休業期間を利用して、トイレもちょっぴりグレードUP。やっぱり転んでもただでは起きない~。昨日は、北京の感染者数は先月20日以降、はじめての一桁、7人。今日は、また2桁のようだけど、それにしても一時の150人の思えば大きな好転だ。今日の「北京娯楽報 信報」の一面には、紙面の半分ほどのグラフ。4月23日~5月19日までの新規感染者と「擬似」の数。ぐぐぐぅぅぅと下がっているグラフ。そういえばこのごろテレビでもこのグラフを見る機会が増えた。以前、右肩上がりの時にはほとんど見なかったのに…。こういうところ、中国のメディアは宣伝がうまい。この宣伝に乗って、市民もすっかりサーズ知らずになりつつある。それは嬉しくもあるが、この変わり身の早さはちょっと怖い。北京では確かに減っているけれど、地方への広がりはないのか? そもそも特効薬が出てきたわけでも、ウイルスが死滅したわけでもない。このサーズに打ち勝つ喜びを味わいつつも、もうしばらくは用心が必要だろう。もう一息!
2003年05月20日
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土曜日。遅い朝。またサッポロ一番。その後、近所の美容院に髪を切りに行く。この美容院も例に漏れず、一時期は店を閉めていた。連休前の4月末ごろからだったか? 閉店の間際までは、「消毒済み。安心してご来店ください」という張り紙があって、「じゃあ行こう!」と思っていたのに…。閉まるときには、一言の前触れもなかった。が、先週の土曜日だったか(?)に、再び店を開いた。「やったっ!」、不思議と胸躍った。閉まっていた店が次々と開きだしている今はなんだかとても嬉しい。まだ、「非典」の特効薬が出てきたわけでも、全滅したわけでもないんだけど…。さて、美容院。開店はしているのだけど、客も店員も、なんとなくまだまだぎこちない。何せ、髪を洗ってもらったり、マッサージしてもらったり、もちろん髪を切るときも、人と人が接触する場。しかも、赤の他人。お互い信用関係で成り立っているのだ。お店は客の不安を考えてか、全員マスクを原則としているようだ。けど、私が店に入ったとき、担当者はマスクなし。さほど気に留めなかったけど、しないんだな~と思っていた。そしたら、しばらくして、別の店員に「マスクとってきて!」。果たして、その店員は私の髪をぐしゃぐしゃしながらも、後ろから伸びる別の店員の手によってマスクを装着した。…まあ、なんというか、気休めのマスクである。しかし、この店員。肩もみが無性にうまかった。肩こりの私はこれだけで大満足。とっても幸せ。そして、夜は、予告通り。「非典」と闘う飲み会(勝手に命名)@加藤屋。とっても元気に闘った。元気よすぎ。。飲みすぎ。みな、ストレスがたまっていたからかどうかは分からないけど、とにかく元気に飲んで飲んで騒いだ。今日のメンバー。4月はじめのお花見メンバーともだいぶかぶっていたのだけど、思えばあのお花見の頃から、北京の街の変化はとてつもなく大きい。やむを得ず帰国せざるを得ない人も多く、たくさんの知り合いが一時帰国、あるいは本気帰国。う~ん、最近、非典が次第に収まりつつあって嬉しいけど、この間に失ったものを思うと無性に悲しくなったりもする……。結局は前向きにいくしかないとは思っちゃいるんだけどね。
2003年05月17日
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今朝(16日)はポストにこんなビラが入っていた。B6版、コピー紙。「発熱があった場合の医者にかかるまでのフローチャート」(自分で勝手に病院に行かないこと)1.熱を測って平熱でないときは以下の通り行動すべし。2.37.2~37.8度の時、62877852(●●病院)に電話→居留委員会に電話をして待機→「衛生総監」が誰か(詳細不明)を家に向かわせて、処理を決定。→海淀区医院に転送3.37.8度以上の場合、68180908に電話(ここがどこの電話なのかは不明。おそらくSARS専用救急車)→居留委員会に電話して待機→救急車→海淀区医院に転送――「外国人」の場合には、同じなのだろうか? 分からないけど、まぁ、一応大事にかばんにしまっておくことにする。ちなみに、アパートの掲示板には、「5月1日から連続15日、非典患者は出ていません」の張り紙。
2003年05月16日
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朝(15日)、出かけにポストを開けたら、人民日報(昨夕届いたもの)と北京日本人会からの封筒、それに「熱が出たらすぐに診察カード―37.8度あったらここに電話しましょう」というちょっとかわいい作りのビラ。38度が「分かれ目」と思っていたけど、最近はさらに慎重に37.8度なのかな?? 37.8度より高いか低いかで電話番号が違う。北京日本人会の手紙は、義捐金を集める! というもの。商工会議所との共同プロジェクト。1口100元。締切は5月23日、事務局で受付とのこと。ちなみに、過去の例として、94年の南部洪水(10万元)、98年河北省地震(約18.5万元)、98年長江洪水(50万元)とのこと。そうだっ、来る17日は、18時から民族大西門近くの「加藤屋」さんで、SARSをぶっとばそう!の会(勝手に命名)。まあ、残っている人で集まってわいわいがやがや食べて飲んで頑張ろう―企画。どれくらい集まるか分からないけど、久しぶりにいろんな人に会えるかも。楽しみ。もし、参加出来そうな方、いらっしゃいましたら是非ご連絡くださいませ。最近は、感染者も減りかなりの「好転」。街中も人も明るくなってきた。マスクを忘れて外出、そんな人も増えてきているみたい。こんなときには油断禁物だけど、でも、もう一息!だ。ちょっと嬉しいぞ。
2003年05月15日
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中国版ニューズウィーク『新聞週刊』社会批評を含んだ今までの中国ではお目にかからなかった画期的雑誌。この5月5日号。表紙は、天安門の毛沢東の巨大な肖像、その横にサングラスと大きなマスク、ナイキ(偽者?)の赤いシャツを着た若い男が、背筋を伸ばして横を向く。「北京之痛」の大文字。38ページ。「世論調査 SARSは我々をどう変えたか?」日本でも報道されているのを確かどこかで見たが、「零点調査集団」による世論調査の分析結果が報じられている。北京、上海、広州の18-60歳を対象に314人に電話調査。このなかに、「北京の離婚率が半分に!」 という小見出し。SARSの恐怖からバーやディスコ、カラオケ、インターネットカフェに行く人が減り、家に閉じこもる。「都市の男女は発見した―、夜が長くなった」。「60%の人が家で新聞を読む時間が長くなった、家族との交流が増えた」。「北京の報道によれば」(と書かれている)「非典が北京の男を家に連れ戻し、離婚率は半分になった。西城法院の簡易法廷は通常70件の離婚調停があるのに、4月は40件に至らなかった」。ふ~ん。。。。。どうも日本で言うところのスポーツ紙的分析(偏見?)。しかし、追跡調査をしてみるのも面白いかもしれない。なお、記事はまだまだ続く。「70%の人が親戚友人との行き来が減って、電子メールになった、街中のカップルが減った、47%の人が親しい人と抱擁をしなくなった、一部の家庭ではおかずを分けてよそうようになり、ベットも分けた。握手も半分に減った……」。この世論調査の結果をすべて信じられるとは思わないが、あながち嘘でもない事実があるように思う。この雑誌のほかの特集もなかなか興味深い。時間があればまた紹介したい。
2003年05月14日
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「外に出てもいいのですか?」「空気感染じゃうつらないのだから、外に運動をして抵抗力をつけましょう」「家にいてご飯食べてても気がふさぎますから…」こんなコメントをテレビでよく聞くようになった。それに促されてか、ローラースケートやバトミントンをする家族とたびたび遭遇する。何だかちょっとずつだけど明るい兆し。北京の新規感染者数も一時期に100人以上から50人前後に。「少ない」とは言えないけど、感覚が麻痺してきたのか(笑)、「これだけかぁー」という感じになってきた。早くわが大学の「封鎖」も解けて授業に出られるようになって欲しい。「隔離」が解ければ町の雰囲気は一気に明るくなる。…そろそろ、非典の話題も飽きてきた.....(日本での反応はどうでしょうう??)。ただ、今はだんだん北京の周囲に広がりつつあり、これも心配。油断禁物です。もう一息、がんばりましょ!
2003年05月12日
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小学校の時に読んだ伝記にひどく感動、でもそれ以降、出会う機会のなかった野口英世。その野口の一生を描いた漫画『Dr・NOGUCHI 新解釈の野口英世物語』(講談社, むつ利之)に今、はまっている。「非典」の「非常時期」(←今中国でよく言われる言い方)、非常にお勧めの1冊、いや17冊。彼が闘ったペストや黄熱病に比べたら、今なんて!と元気になれる。野口は1876年、福島県生まれ。1歳半のころ、いろりに落ちて左手に大火傷を負う。その後、手術はしたが、完治せず。しかしその時に医学の素晴らしさを知り、医者への道を志し、世界中の人々の命を救った。その「世界」の中に中国も含まれていると、この漫画で初めて知る。1899年、北里柴三郎の勧めで清国にやって来たのだという。益々、親近感を増した。野口といえば、来年度以降、夏目漱石に代わって1000円札の肖像になることも内定している。報道によれば、塩爺の直々の決定だとか。なかなかやるじゃん!清国での活躍がどんなものだったのかは定かではないが、この時期にその事実を掘り起こし、その精神で、「非典」と闘う支援を応援してもらいたい。そうすれば日本の印象アップにもつながるかも?!毎晩「加藤屋」で読んでいるこの『Dr.NOGICHI』は昨日で第10巻。一日1冊。あと7冊。これが終わる頃には、状況が好転していて欲しいな。頑張れ中国、頑張れ北京!
2003年05月11日
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休日。遅い朝、窓の外を見たら雨。やる気なく、日本から送ってもらったサッポロ一番(みそ味)を茹で、キャベツを炒めて食べる。テレビを見る。北京市衛生局の「非典」記者会見は、中国語版に加え、英語版も何度も再放送される。医療専門家をゲストに招き、お茶の間からの質問に答える番組、これも毎日。最近は、看護婦など医療関係者の「最前線」に潜入して、「非典」治療の現場を伝える番組も多い。インタビュー番組「面対面」は、一人の看護婦の日記を取り上げ、本人を前に苦労を聞く。先日まで隔離地域に指定されていた中央財経大学のなかにもカメラが入っていた。「食事は行き届き、みんな親切で不自由はない」と笑顔で語る学生のインタビュー。北京電視台のCMは、医療関係者の苦労を称えるもの、手洗い・換気・運動などを勧めるもの(一般、子供、お年寄向け等)、主席や首相が一般市民の中に入って「非典」と闘っているとアピールするものなどなど、とにかく一日中、非典、非典。雨で外に行くのも面倒。ダラダラしていたら、眠気に誘われて昼寝。が、熱にうなされる夢を見て起きる。「38度」あるかないか、これが「非典」の分かれ目とされている。今や空港ばかりでなく、一部地下鉄の駅やレストラン、ゴルフ場でも熱を測らされるという。毎日、新聞を見ていていると、全国の研究機関で日々、新型体温計の開発に成功したというニュースがある。赤外線、サーモグラフィ、1秒....こんな文句が踊っている。いやー、しかし、毎日「大丈夫」と思っていても、やっぱりみんな気づかないうちに疲れている、いろいろな意味で。早く「普通」の休日を過ごしたい。
2003年05月10日
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すぅ~いぃ~、すぅ~いぃ~うーん、こんな表現なんか変かぁ…、自転車。昨日の朝8時半、家から五道口まで、自転車で行く。約30分。気持ちいいぃ~。おお、人がいる、いる。高校生らしき若者もいるじゃん!普段なら、渋滞する道がすぅ~いぃ~、すぅ~いぃ~、だから、やっぱり人は少ないんだけど、先週に比べて、随分人が増えてきた気がする。みんなも、「自己防衛しながらもふつうの生活」に慣れてきたかな? 4月20日の衛生部の発表のあと、その数日後からの北京人のピリピリ感は、末恐ろしいものを感じた。タクシーでいつものように助手席に乗ったら「後ろに乗れ!」。露天で店を眺めていたら「早く決めろ!」。自転車の駐輪場のおばあちゃんや新聞露天商、ガードマンたちがマスクをし始め、街中が見えない恐怖に包まれている気がした。でも、ここ最近は、ちょっと落ち着いたかなと思う。「慣れ」もあるし、北京の感染者数が今までほぼ毎日100を越えていたのが二桁に収まりつつあるということも関係あるだろう。もちろんまだ予断は許せない。慣れてきた頃が危ない、とも言える。恐れすぎず、油断もせず。さて、今日も自転車で北京の町を走ってこようっ。
2003年05月09日
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ぶくぶぶくぅぅうぅ……カッタン、カッタン。お鍋のなかでご飯が踊ってる。久々に朝からご飯を炊いている。近頃「万一」、アパートが「隔離」された場合の危機管理として、冷蔵庫にはいつもよりモノが多い。べーコン、チーズ、冷凍むきえび、ボンゴレの素…。普段はあまり買わないものばかり。結構贅沢。まぁ、こういうときくらいいいかぁー?……、うぅーん、自分に甘い。にしても、街中の食堂、レストランの「暫時休業」は止まるところ知らない。昨日のお昼、学生街(韓国人街でもある)五道口のバス停付近の四川料理屋に行ったら、「20元以上出前します」の張り紙。中を覗けば真っ暗な店内が従業員の卓球会場と化していた。両隣にある中華料理屋さんもお休み。とんかつとカレーライスの大人気専門店「ばんり」も休業中ーー。外国人も中国人も感染を恐れて外食を控えている。レストラン側としても万一お客から感染者が出た場合の影響とその「上がり」を比べれば、「じゃあ休むかぁ」となってしまうのか。加えて、野菜や卵等の物価が上がったり、卸の店が休んでしまって、仕方なく、という例もあるようだ。じゃあ、みんな自炊をしているのだろうーー、きっと、でも、そうかといって、スーパーや「農貿市場」が人ごみでもいっぱいという訳でもないのだが。でも、中国人には、僕と同じ「元気の源はおいしいご飯」信者がきっと多いはず。何かおいしいものを隠しているのかもしれない。今度、周りの人に聞いてみようー。…あっ、鍋が静かになった。そろそろ、ご飯の時間。ベーコンエッグ作って、後は…。お腹すいてきたぁー。今日も頑張ろうっ。一日頑張れば、またおいしい夕飯が待ってるぞぃー。
2003年05月08日
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5連休の最終日の5日。日記を書いた後で、どうせ本屋に行くなら、やっぱり見てみたい!と思って、行ってしまった…。天安門と王府井。北京一の目抜き通りだ。し、しかし、人がいない…。いや、そんなこと知っているはずだった。知っているはずだった。でも、やはり自分の目で、人の少なさを確認する。中国を代表する老舗ホテル、北京飯店は閉まっている。王府井のマクドナルドは店員が全員マスク、各レジの脇には消毒薬が置かれている。いつもは行列が途切れないのに、この日は、2階の客席を「省エネ」と称して閉めてもまだ空席がある。無性に悲しくなった。涙が出てきそうだった。しかし、次の瞬間。頑張れ、頑張ろう、頑張んなきゃ! と思う。92年、この年に初めて来て以来、ほれ込んだ中国。振り返れば、なんだかんだ言ってこれまでずっと「追い風」だった。今回初めて、ちょっと強めの逆風を感じる。でも、北京人は頑張っている。逃げ場のないところで頑張っている。歴史的にも、「お上」とは関係なく、一般庶民は力強く生きてきた。今回も肌でそれを感じる。自分がここにいて何が出来るかはわからない。でも、一緒に頑張っていけたらと思う。このページでも、そんな頑張る北京を少しでも留めていきたい。改めてそう決意する。…、夜は、ここ最近毎晩のようにお世話になっている「加藤屋」で一杯。家から自転車で10分の居酒屋、日本料理屋。冷奴に棒棒鶏サラダ、締めはざるそば。この加藤屋も、留学生は帰国もしくは大学内で「隔離」、中国客も外食を避けて客足が大幅に減るなか、頑張る店。そう、おいしいもの食べて頑張ろう!ガンバなきゃ。頑張れ、北京!
2003年05月06日
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ご、ごめんなさい。すいぶんと長いこと、日記をさぼってしまいました。たくさんの方にご心配をお掛けしてしまいました。でも、大丈夫です! 変わらず元気に北京で暮らしています。たくさんのメールも頂きました。あまりに更新がないので、「まさか感染?」「隔離されているのでは?」「日本でひっそり暮らしている?」などなど。本当にご心配をお掛けして申し訳ございません。そして、ありがとうございます! 改めて、応援頂いている方々の温かみを心から感じております。ここ最近は、生まれてはじめてのマスク……かな~?、なんて思いながら、出かけるときはマスクをしています。「ゴーストタウン」などと形容されるように、町は車も人も少なくなり、「遊びにいくなら今!」とも思いつつ、「だーれんさんは、マスクもしないでどこでも行きそうだから気をつけてくださいね」という帰国の挨拶で頂いた言葉を時々思い出して、自制しております。ここ中国では、SARSは「非典」(=フェイディエン)と呼ばれています。非典型肺炎の略称。日本の女子高生顔負け、知らない人には絶対訳わからない略称ですが、今、中国でこの言葉を知らない人はほぼいないでしょう。「非典」は、色々な意味で今後の中国を大きく変えることは間違いないと思います。「非典」のために、志半ばにして留学を取りやめなければいけなくなった人、経済的に大きな負担を負っている人……、具体的な被害はなくとも、ここに住んでいる人の心理的な負担は計り知れません。憎むべき「非典」です。私は、この騒ぎの間に、1月に受験した人民大学新聞学院の修士課程の合格通知を正式に受領。これからも、ここ北京に腰を据えて、変わり行く北京をみつめて行きたいと思っています。ここ最近、専門絡みでの仕事などもあり、ばたばたでこの日記も停滞してしてしまっていましたが、やはりこれからも目標は「ほぼ毎日」で、更新していきたいと思っています。何度、この言葉を繰り返しているか分かりませんが、今後も暖かく見守って頂ければ幸いです。なお、メールを頂いたにも関わらず、お返事をお返ししていない方がいるかも知れません。ここ数日の休暇を利用してお返事していますが、パソコンの調子が悪く消えてしまったものもあるかもしれません。恐れ入りますが、お気づきの方は再度ご連絡いただければ幸いです。皆さんからのメールは元気の源です。今後もお持ちいたしております。今から、本屋さんに出かけてきますっ。
2003年05月05日
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