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痒くて痒くて夜中に起きた、3度も。今日は朝から雨。外に出てから気づいたけど、雨の多い今年は鞄のなかに折りたたみをしのばせていたからセーフ。しかし、「擬似サウナ」(人民日報http://j.people.ne.jp/2003/07/28/jp20030728_31044.html)と言われるような暑い北京には恵みの雨。報道によれば、ここ数日は全国的な猛暑。北京41.8度(28日)、上海39.6度(25日)、福州41.7度(26日)。上海で61年ぶり、福州では120年間で、最も高い気温だったとか。日本は冷夏でも電気が足りないらしいけれど、中国では猛暑のため、エアコン使用も増えて、電力不足が懸念されている。上海では大規模停電があったとか。暑い日には、ビールを飲みながら縁側で花火。そんな情景に憧れるけど、世の中、なかなかに難しい。
2003年07月30日
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語言大学にほど近い五道口にあるビルの6階から窓の外を眺めています。真っ青な空の下、日傘をさす女性、上半身裸で働く工事現場のお兄ちゃん、汗をかきながら走る自転車。あっ、カップルで仲良し自転車も発見。後ろの女性はやはり日傘をさしています。ブーブー。プッゥゥゥゥ~。プゥ。クラクションの音が、絶えません。5月の連休中、「ゴーストタウン」と化していた北京にも、いつもの夏がやってきました。私も、来週からは、これまでの「非典」生活で手伝っていた仕事の第一線から身を引いて、学業中心生活に戻ります。昨夜は、1年半前に北京に来てからずっとお世話になっていた「同屋」(ルームメート)始め3名の送別会でした。寂しさ増すけども、気持ちを入れ替えてがんばんなきゃ。私も8月上旬には、数週間、日本に戻る予定です。日本の空気、ちょっぴり怖いけど、楽しみです。
2003年07月28日
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「真実の言葉はいかに厳しくとも受けとめよ。偽りの言葉はいかに心地よくとも捨てよ」チンギス・ハーンの格言11時、北京空港に向かうタクシーの中で、「新華字典(蒙古文版)」にモンゴル語のサインをもらう。「非典」の時期、修士論文に追われる忙しいなか、毎晩のように一緒に飲んでたくさんのことを教えてくれ、励ましてくれたTさん。帰国間際の貴重な時間を割いて、内モンゴルを案内してくれた。3年半の北京生活に一区切りをつけての帰国。この「非典」の数カ月を使って、今まで自分が知らなかった、気づかなかったたくさんの視点を教えてくれた。飲みながら流暢なモンゴル語がしばらく聞けないと思うと無性に寂しい。でも、私にとってモンゴルとの出会いは、とっても貴重なプレゼント。教えて頂いたことを、ゆっくりと噛み締めながら、勉強を続けていきます。Tさん、今まで、本当にありがとうございました。そして、今後ともまたよろしくお願い致します。 ~ ~ ~最近はすっかり、バタバタ生活で、モンゴル日記も、その後の日記も更新がおざなりですが、徐々に生活を立て直しながら、ちょっとずつでも更新していくつもりです。いつもページを訪れてくださる皆様、いつも応援、ありがとうございます! 感謝感謝です!
2003年07月20日
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6日から9日まで、内モンゴルに旅行。果てしなく続く草原、広い空。馬に乗って…。SARS渦を吹き飛ばして、思いっきリフレッシュ。あれから、1週間。想い出を日記にとどめる暇もなく、現実世界で充実生活。「別れ」の季節。7月末で帰国予定の人がたくさん。寂しい季節でもあります。
2003年07月15日
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朝8時半、ドアを開けて外に出たら、階上からOLさんの姿。お、綺麗な人......、ありゃ、キュウリを召し上がっている。朝食かな? おいしそうだけど、うぅ~、そのスーツとは似合わない。でも、「カロリーメート」なら、格好良いというのものでもないよね....。…、ところで、みなから太ったと言われる今日この頃。「非典」も終わって、そろそろ、運動しなくちゃっ。しかし、暑い。
2003年07月04日
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北京大使館からのメルマガを受領。(Tue, 1 Jul 2003 09:23:23 +0800)《中国南部で流行している日本脳炎の状況及び北京市内での状況について》「最近、広東省及び広西チワン族自治区の農村部を中心とした一部地区において、日本脳炎が流行しているとの情報」 「北京市衛生当局によれば、本年に入ってから、北京市では現在のところ日本脳炎の患者は発生していないとのこと」「中国全土では、本年に入り広東省を中心に約300人の患者が報告されています」「北京をはじめとする中国の都市部では感染する可能性は比較的低いと思われますが、念のため、(ア)お子様をはじめ予防接種を受けるようする(北京において邦人の方が予防接種を受けることができる病院等については、領事部又は医務官までお問い合わせください)、(イ)蚊の駆除を心がけ、蚊に刺されないように気をつけることなどに留意してください」…はてはて、今年はどうしちゃったのでしょう.....。事が大きくならないように祈ります。*マクドナルドの店員のマスクがいつの間にか外されました。もはや、街中をマスクして歩く姿を見るのは皆無といってよいほど。日本脳炎除けには今度は、何でしょう? 蚊にさされない厚いセーターでしょうか?
2003年07月01日
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嬉しさのあまり、遊びまくっています。毎晩夜更かしで疲れをためて風邪気味のおばかさんです。さきほど熱を測ったら37℃。少し前にこれ以上あったら、レストランもホテルも書店も.....みんな、アウトでした。昨日は5月5日以来の王府井.....いや、そういえばその後に一度行ったかも。確かに日記にも書きました。ゲストブックの内容を訂正! です(熱あるかぁぁ…?)。しかし、あまりの人の少なさに強烈な印象を残した5月5日の王府井の姿は既になし。いつものにぎやかな王府井でした。嬉しい~。そして、今日は夕方にちょこっと大学をサイクリング。これも4月27日以来。WHOの「解除宣言」以降、封鎖も解けて、今は学生証があれば学内への出入りOK。留学生の多い、語言大学の中国人留学生も金曜日から出入りが自由に。久しぶりの再会があちこちで行われています。5月には延期になったHSK(漢語水平考試)も、7月12・13日にはちゃんと行われることが決まり、受付も既に始まっているとのこと。語言大学・東門、青空のもとでの受付のようですが、これも2日に締め切りまでには事務所内に戻るのかな?…と、いろいろなことが元に戻り始めているこの頃ですが、「非典」の前と後で変わったことも少なからずあるはず。そんな「間違い探し」の目をもって、明日日曜日は過ごしてみようと思います。…おやすみなさい。
2003年06月28日
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15時過ぎ、友達からの電話で衛生部の記者会見を知る。新華社のインターネットでライブ中継。4月20日の会見以来の悪魔の日々が脳裏によみがえる。広州の友人からも「おめでとう」の電話。18時過ぎ、「北京在中国日本国大使館発行 メールマガジン6/24号」(Tue, 24 Jun 2003 18:09:45 +0800)も受領。淡々とした御役人文書の中にも喜びを感じ取る。わぁー、嬉しくなってきた。さぁ、今日は仕事を早く切り上げて祝杯だぁ。(まだまだ油断ならないんじゃないの? という気もしながら、でもやっぱり素直に嬉しい~)[危険情報の変更内容]●北京市:「渡航の是非を検討して下さい」(不要不急の渡航については延期をお勧めします)の解除●なお、北京市はWHOのSARS域内感染地域リストから解除されましたので、本日以降、北京に滞在した方が帰国された場合でも、我が国の衛生検疫当局から、「帰国後10日間について人に会うのは最小限にしていただく」等の協力をお願いされることはありません。 ★ ★【追記20:34】うん?? 朝日、誤報か??ASAHI.COM の06/24 16:23付 「北京への渡航延期勧告を解除 SARS沈静化でWHO」の記事(http://www.asahi.com/special/sars/TKY200306240179.html)によると、「WHOは23日、香港を流行地域の指定リストから解除したばかり。24日現在、流行地域は北京、台湾、カナダ・トロントの3地域だけとなっている。流行地域指定は、新たな感染者の発生が20日間なかった場合を解除の目安にしている」 とある。しかし、大使館情報では、「SARS域内感染地域リストから解除」とある。共同電でも、「流行地域は台湾、カナダ・トロントの二地域だけとなった」。ありゃ??、これ予定稿による誤報でしょうか……?★その後、06/24 21:33付で、タイトルは「SARS感染地域から北京除外、渡航自粛勧告も WHO 」と変わり、「北京市の解除で渡航延期勧告を受けている地域はなくなり、感染地域も台湾とカナダ・トロントを残すだけとなった」となりました。(20:50北京時間)
2003年06月24日
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「北京ダックの価格は需要で決まる。外国人が観光に戻ってくる秋にはまた値上げすることになるだろう」23日の北京現代商報。「北京ダックと言ったら全聚徳」というくらいの老舗、全聚徳で、従来168元(約2500円)の北京ダック1羽が、今なら88元(1300円)。マクドナルドの「今だけ半額」とは訳が違う、価値が違う。果たして、日曜には、番号札を持って列に並ぶ北京人が後を絶たなかったとか。店側は値下げの理由を、「需要と供給のバランス」と、SARS不況対策による政府の税金軽減策の還元と説明。故に、また状況が変われば値上げは当然あり得るとの立場。しかし、一度価格を下げた「ブランド」がまた簡単に値上げを敢行できるかどうか。競合他店がどういう動きに出るのかとあわせて注目だ。だけど…、ちなみに今日のお昼はマーボー豆腐とキュウリ、ご飯で9元(約135円)。88元と言っても実は決して安くない…。そう恐るべし価格破壊の中国なのである。
2003年06月23日
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ピカッッ ゴロッゴロゴロ~! 今日もまた突然の豪雨。週末なのに…。いや、週末だから人工雨? これ、昨年の経験則から(*1)。「SARS対策」との噂もあり、今日の雨もちょっぴり怪しい。ところで、20日の新華社電。福建省から日本へのウナギの輸出が減っているらしい。1-5月の輸出高は前年同期比で14.66%の減(*2)。やはりSARSの影響。ウナギもバイキンか?(笑)しかし、今年の土用の丑の日は7月27日(*3)。あと一ヵ月ちょっとの時間がある。北京のSARS安全宣言もカウントダウンが始まったところで、日中の商魂たくましい商社なら、これから頑張って巻き返し出来るかも。 中国がSARSに「勝利」すれば、「ウナギを食べてSARS予防」……、こんな広告、打てるかな?*1 人工雨の降らし方は、昨年4月21日の日記へ*2 5月のウナギ対外総輸出高 4126トン(前年同期比0.92%減) 総額3546万ドル(同比0.13%減) 1-5月の累計輸出高は2万623トン(同14.66%減) 総額1億6567万ドル(同10.17%減)*3 こよみのページ(http://koyomi.vis.ne.jp/)は、暦の情報を得るのにとても便利。
2003年06月22日
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9時23分、大学の留学生事務室から、5月始めの大変な時期以来、2度目の電話。1)大学院の入学受付時期が9月11日に変更(当初は3日頃だったか…?)2)今月28,29日に東門の前で健康診断が行われそれ以降、今学期の補習を行う。学校に引越しが出来るか? との問いは、「大丈夫でしょ」。ここ数日、日本から戻ってくる人、戻るとの連絡が相次ぎ嬉しい。連日30度を越し、汗ばむ北京。「安全宣言」ももうそこまで来ている?
2003年06月19日
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「超級変変変」欽ちゃんが、出演者がみんな中国語、話してる。聞き取りやすい。吹き替え専門家の中国語はやはり綺麗。欽ちゃんのイメージが変わる。お知り合いに頂いた、日清の出前一丁。こちらも中国版。河北省廊坊経済技術開発区の工場生まれ。味も中国風。今年2月、香港で、出前一丁を使った焼きそばを食べたのを思い出す。大使館からのメールマガジン。14日現在、最後に残された危険地域――北京と香港。今年の旧正月を広州で過ごし、この間を行ったり来たりしていたのが、何だか感慨深い。人民大の学生受け入れは28,29日の予定。但し、洗面的な封鎖解除にはならない模様。[6月14日現在の中国各地の危険情報]●北京市:「渡航の是非を検討して下さい」(不要不急の渡航については延期をお勧めします)(継続)●香港:「十分注意して下さい」(継続)
2003年06月15日
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「焦る気持ちはわかるが、今は大事な時。急いては悪い結果を招く恐れがある――」20日に予定されていた人民大の封鎖解除の延期のお知らせが、大学の日本人会から届く。詳細は今週中に決まる予定という。理由不明。「あと一歩」というところでのこの慎重ぶりは、これまでのいわゆる中国的とはちょっと違う。でも、ここまできたら徹底的に慎重でいくべきだろう。長い「春休み」。いつの間にか汗ばむ季節になってしまったけど、もう少し、のんびりいこうー。 * * *ここ1カ月以上、エレベータガールが「ロビー」ガールになっていたビルで、今日はエレベーターガールが復活。気づいたら、臭かった消毒の匂いも薄らいでいる。規定では消毒はしなくちゃいけないはずだし、点検表には今も毎日サインはあるんだけど…。こういうところは適当というか、「下に政策ありというか」…。 まだまだ奥深い中国である。
2003年06月11日
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北京大使館のメールマガジンが届く。前回までとは様相を変更。システムの見直しをしたようだ。「危険情報変更の内容」の変更。「北京市:「渡航の是非を検討して下さい」(不要不急の渡航については延期をおすすめします)(継続(一部修正))」「北京市に滞在される在留邦人向けに発出した「在留邦人で一時的に北京市を離れることが可能な方は、帰国の可能性を含め検討されることをおすすめします」を削除」…とのこと。敢えて行くことは勧めないけど、暮らしている人はそのままでもいいんじゃない、ということか。変わらず北京で暮らしていた身にとっては、「やっとかぁー」という思い。○北京大使館のHP…妙に雨の多いこのごろ。昨年は人工雨ばっかりだったのに…。今年は人工雨ないのかな?
2003年06月10日
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おぉっと、気づいたら、数日の「おサボり」。6月に入って、街が本格的に動き出してきた。気持ち的に忙しくも充実した生活か。6(金)久々に西単図書大厦と王府井新華書店へ。本屋に入るにもやはり検温。王府井のは、PC接続型。一人一人、熱を測る際に自動的に写真をとられている。発熱が発見されると、そのまま「報警」(通報)される仕組みのよう。万一逃げたら、この写真で指名手配か?! 客の数はだいぶ戻ってきたが、以前に比べるとまだまだ。それにも増して、前はうじゃうじゃいた店員の数がぐんと減った気がする。7(土)、8日(日)「高考」といわれる大学試験。病院内には「隔離」受験教室。月曜の朝、両日の模様を報じたドキュメンタリーを見る。9日(月)国家図書館再開、列を為す図がテレビで報じられる。熱を測って入館。20人くらいが座れそうな長机に一人しか座ってはいけない規定だとか。本はすべて消毒。街中の人と話していると、「非典はほとんどなくなった」と楽観的見方が圧倒的多数。マスク姿も本当にみかけなくなった。その一方で、政府は、「新規感染者ゼロは、非典撲滅を意味しない」と、気を引き締めるべく呼びかけている。
2003年06月09日
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災いは忘れた頃にやってくる。電気カードも忘れた頃に切れて、停電となる…、というわけでただいま停電中。廊下の電気はつくのに。。。。隣の家の電気もついているのに。。。。電気カードの「充電」がなくなってしまったのだから仕方ない…。7月8日以来の大失敗。「そろそろ引越しだから」と、充電の量をちとけちったのが悪かった。まあ、今日はもう寝るしかない。中国にいると、だめなことはだめ。ある意味、諦めが早いかも。うじうじしても仕方ないもん。今日は6月4日。まあ、何事もなし。ちなみに去年の今日はW杯で大盛り上がり。過去の日記を見てみたら、日中韓とも第一試合の日だったらしい。中国はコスタリカに敗北…。今日はまた大雨が降った。雷が鳴った。清華大学付近には夕方、たくさんのサイレン。救急車かパトカーか見分けがつかなかった。何なんだろう…。まあ、今日はパソコンの電池がなくならないうちに、おやすみなさい。最近は夜明けも早い。一眠りすれば、電気がなくても大丈夫でしょぅ。おやすみなさいー。
2003年06月04日
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「阪神が日産になる」――はっ?? 買収??さすが日本の雑誌アエラ、驚かせてくれる。今日、同屋(ルームメイト)がひと月ぶりに帰国。持ってきてくれた雑誌を拝見。日本の「空気」を味わう。毎日ネットで日本情報は入るとは言え、やはり違う。私の持論は、日本の街の空気、話題の方向性を決めるのは、ワイドショー、そしてニュースステーション。だけど、このアエラも日本の今を知る絶好の「教科書」だ。さて、このアエラの6月9日号。トップの特集は、「星野とゴーンでいけるぞV字回復 阪神は日産になる」まだちゃんと読んでいないけど、ちょっと行きづまりの暗い世の中のカンフル剤ー、そんな感じだろうか?そして、次の記事は、「SARSでも中国で躍進50社」ー「日本の最大の輸入相手国になった中国。日本企業の進出も拡大し、依存関係は深まった。新たな感染症に苦しむアジアの大国が日本経済を左右する」。これまでの日本のSARS報道にはすごく興味がありながら、まだよく調べきれていない。でも、この記事を見る限り、「恐怖」の第一段階をとりあえず越えて、次の段階に入っていると理解してよいか? このリードが如実に示すとおり、今や中国の経済は中国だけの問題ではなくなっている。そう、頑張んなきゃいけないんだ。ちなみに、次の記事。「アテネ五輪は夢の夢の夢? ー福原愛『世界選手権8強を語る』」 ぅわぁー、愛ちゃん、でかい。14歳だって。154センチだって。しかも、彼女、中国語も話せるらしい。ライバルは14歳の中国人だとか。うわっ、本当負けてられない。がんばんなきゃ…。うーん、脈絡ないけど。なにはともあれ、がんばんろう!と思った月曜日。いや、もう火曜日もおしまいか…。なにはともあれ、今週もよろしくお願いします。(今週末土曜日は、第2回目「裏だっぺの会」@加藤屋です。)
2003年06月03日
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待ちに待った「ゼロ」! みんな、よく頑張った~~。ぃえいぃっ!!で、でも、でも、まだまだ油断禁物だ。また、再発の危険は決して少なくない。なにより今もまだ「疑い者」がいる。死者がいる。病床で戦っている人がいる。院内感染の恐怖と隣あわせのなかで、懸命に非典病毒に挑む医療関係者がいる。昨日から、北京大学などでは今年の卒業を控えた学生から、学校に戻り始めた。これから、徐々にこれが大きな流れになる。みんなが待ちに待った帰京。しかし、人の流れが激しくなることに、当局はかなり慎重なようだ。ある大学の家族楼では、今日、突然、居住委員会の人がやってきて、大家と一緒に公安に「登録」に行けと言われたとか。大家がその住人の健康管理に責任を持つことを求めているらしい。今頃、アパートへの人の出入りの管理が厳しくなったり…。その効果が疑わしいことも多く、その辺は素直に従えない点もある。しかし、ここまで頑張ってきたんだから、もうひと踏ん張り。本当に「非典」を撲滅する日まで頑張んなきゃっ~。
2003年06月02日
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わぁー、もう6月だ。この1ヶ月は振り返れば振り返るほど、激動の一ヶ月だった。街が「死んでしまった」ため暇なようでいて、しかし色々なことがあった。生活パターンが変わり、不安もありで、この日記にも空白期間が生まれてしまった。4月21日~5月4日。大事なときでもあるので、出来る限り、この空白を埋める試み。20日の衛生部の会見以降、それまで「お前、なんでマスクなんてしてるの」と笑っていた中国人が、揃ってマスクを始めた。そして、22日ごろから、色々な情報が飛び交うようになった。以下、知り合いが送ってくれた携帯電話の短信(ショートメール)とEメール、そして日本語のネット情報を時系列にまとめた。本当、便利な世の中。こういう時には特に知り合いのありがたみを感じる。深謝!(ショートメールの原文は中国語)●22日 9時9分 短信北方交通大学一帯で100人の感染者が出た。私の会社の職員はそこに住んでいるが、彼は今日、身を守るために引越しの準備をしている。気をつけて。●22日10時22分 短信汚染区:国貿1座18居、中関村大厦14階、東方広場W3/15階、招商局大厦、京恵大厦16階、馬河南路14号外交弁公楼および家楽福(カルフール)動物園店、気をつけて。●22日14時38分 短信 一週間後、北京は4週間の「非典」の「爆発期」になり、衛生部が建国以来最大の「警告令」を出す。手洗いが、マスクよりも重要ということを忘れずに。●22日 18時15分 短信非典肺炎汚染区:汚染区:国貿1座18居、中関村大厦14階、東方広場W3/15階、招商局大厦、京恵大厦16階、亮馬河南路14号外交弁公楼および家楽●23日 00時35分 短信今晩各病院の非典病人が「大調整」され、郊外に病院に分散される。用がなければ決して外に出るな。この情報は正確。友達にも伝えてください。○23日 11:09:31 メール今日、市内の病院から郊外の病院へ肺炎の患者さんが移送されるそうです。なので、外出には気を付けるようにと、中医大学の友人から連絡がありました。(学校からのお知らせです)○23日 16:49:31 メール今週の金曜(明後日)に空港が封鎖されてしまうって本当ですか?大手商社もそう言ってて、会社から帰国命令出たようです。■23日11時34分 人民網日本語版北京市政府 市内封鎖のうわさは「デマ」 重症急性呼吸器症候群(SARS)拡大防止策として「北京の市街8区で23日から人の出入りを禁止する」とのうわさについて、北京市政府の報道官は「デマにすぎない」と否定した。■23日 19:23:37 *私が見た時間。UP時間は不明 共同通信パニック寸前の首都北京 都市封鎖のうわさ流れ(共同通信、4/23新型肺炎(SARS)の感染が拡大する中国の首都北京市では「都市が封鎖される」とのうわさが流れ、薬局では「予防薬」の買い占めが起きるなどパニック寸前状態。市民は自衛のため外出を控え、特に夜間の人通りがめっきり減り、北京市政府は予防対策と信用回復に追われている。■23日 22:18 Asahi.ComSARS広がる北京、食料買いだめ スーパー売り切れに「重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染者が増え続けている北京市では23日、市民が食料品などの買いだめに走り、市内のスーパーでは午後から、即席めん、小麦粉、食用油、しょうゆ、塩などの売り切れが相次いでいる。」…「パニック寸前」。その場に居合わせると、「ふ~ん、パニックってこんなもんか」という感じだが、それでも、この22-23日ごろは、この先、どうなるのか? 先が見えないなかで、不安が不安を倍増させていく数日だった。
2003年06月01日
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北京の西、学生街・五道口に西欧人が戻ってきた。とんかつのばんりのはす向かいにあるマクドナルドの前に、金髪、青い髪。26日から近くの補習塾・地球村が授業を再開。それにあわせてこの五道口も一気に元気を取り戻してきた。日本の報道を見ていると、外国人はみんな帰国が当たり前という感じのようだが、実は欧米人も意外と残っている。人民大学が封鎖された4月28日、その夜、派遣留学されている方が急遽帰国ということになり、戯劇大学のそばのバー「過客」へ。北京の古い街並みと西欧が融合したこのバーでは、たくさんの欧米人がおいしいお酒を楽しんでいた。五道口は、語言大学が授業を取りやめ、地球村も休校で、一時は町が死んでいたが、ワイワイがやがやうるさい街が戻ってくる日も近そうだ。
2003年05月29日
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車が増えた。5月の連休前後、自転車で片道30分の道のりはす~いすい。一度も止まらなくても走れた。たとえ信号が赤でも車がいなかったのだ。しかし、「ゴーストタウン」は、徐々に血の気を取り戻していった。日々、車の数が増える。信号が青になっても右折車が途切れず道を渡れない。遭えなく次の信号を待つ。「おお、復活だ」。けれど、どうも違う。元気すぎる。車の数が、渋滞が、以前に比べてもっと激しくなった気がする。新聞を開いて合点。4月、SARSの影響でバスなど公共機関を嫌った家庭が一斉にマイカーを購入。北京の乗用車の販売台数は3月に比べて2割増の3万4000台。うち新車の販売台数は2万3000台。5月の時点で、北京市の自動車保有台数は196万4000台、そのうち、マイカーが124万8000台。100家庭に5.1台の計算で、北京のマイカー保有率は全国1位だという。転んでもただでは起きぬ。北京が病の床から身を起こすとき、以前の北京とどこが変わっているのか? その変化を楽しむのも面白いかもしれない。28日発表された北京の「非典」新規感染者数は3人。外遊中の胡主席にも嬉しいニュース。…しかし、今はまだ油断禁物。それは言うまでもない。
2003年05月28日
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昨年の7月20日を彷彿させる暴雨。バケツの水をひっくり返したような大雨が降る。23時ごろ。しばし雨宿りの後、自転車で帰ってきた。昨年に比べたらはるかにましだけど、それでも途中大きな水溜りをいくつも越えてやっと我が家へたどり着く。普段は気づかない道の凸凹が、あぶりだされたかのよう。何とも、にくらしい。しかし、そう言いながらも、その一方でわくわくスリリング感を楽しんでしまうばか者でもある。これで、SARSが吹き飛んでくれたらいいのに。ところで、そうして我が家に戻り、メールを見たら、人民大日本人会からのメール。封鎖解除について。「6月20日(金)と21日(土)の2日間で,東門にて簡単な身体検査を行い、後23日(月)から補講開始,8月1日から夏休み」とのこと。「20日以前に帰ってきたとしても,中には入れてもらえない」とか。なお「今年卒業の方で,まだ卒業論文や各種手続きが済んでいない方は6月9日月曜日に帰ってきて下さい」とのこと。やっと先が見えてきた。しかし、私は6月末には家の契約が切れてしまうので、学内に住むべきか、それ以前に実際、寮を見てから判断と思っていたのに…。果たして間に合うのだろうか.....。…、日本の地震も心配。みなさん、大丈夫でしょうか?◎北京大使館領事部情報(27日付)北京の各大学の現状及留学生に対する対応内容北京の16大学について現状と留学生への対応についてまとめられている。
2003年05月27日
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「日本人はSARSにかからない」SARSの北京では数多くの「噂」や「謎」があるけれど、最近、日本人が数人集まって交わされる話題のナンバーワンはこれかもしれない。「納豆を食べていれば大丈夫」「にんにくとキムチがいいらしい」「いや、日本の食習慣がいいんだよ」「違う! 小さいときから予防接種を繰り返しているから抵抗力がついて、それがSARSに効くんだ」一方で、そもそも大使館のHPに毎日、「(邦人の患者状況) 現在のところ、中国における邦人の感染はありません」と書かれていることに疑問を持つ人もいる。「こんなのは嘘だ、日本政府は隠蔽している」。今、私の関心は、日本にいる日本人と中国にいる日本人の違い。情報の違い、意識の違い、抵抗力の違い…。ただ、もっとも、「日本人」をどうやって定義するのかという問題は難しい。生まれた場所、両親の血、育った場所、近年の滞在場所と移動頻度、食事の嗜好…。私は、何人だろう.....。かなり怪しい。少なくとも、SARS菌が解明される日まではまだまだ数多くの噂が飛び交いそうだ。色々な噂を集めてみたら面白いかも。あなたの周りの噂も是非教えてください(笑)。…今、テレビでは、わが人民大学内の隔離棟のドキュメンタリーを放送中。CCTV1「東方時空」の再放送。最近、あちこちの隔離場所にカメラが潜入してその生活を記録した番組が多く作られている。今までにはあまり見なかった手法。
2003年05月26日
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「バイキン扱い」。北京から日本に戻った留学生や駐在員は肩身の狭い思いをしているらしい。「あんたは中国の汚いところで暮らしていて抵抗力があるかもしれないが、それをおばあちゃんや赤ん坊にうつしたら…」保菌者としての疑惑。だから、10-14日間、自宅には戻らずにウィークリーマンションを借りて暮らすという知り合いも多かった。しかし、2週間を超えて、WHOが言う潜伏期間を超えても、「バイキン扱い」に改善はあまり見られないようだ。もっとも、北京にいる限りはこの「バイキン扱い」はない。ただ、中国国内でも他の都市に行くときは別。上海なんかは、「北京のお客様はお断りしています」とあからさまだ。金曜日、香港と広州に安全宣言が出て、北京は相対的に最もバイキンの多い町になった。なかでも私の住む海淀区はダントツで感染者の多い地域。…当分、日本には帰れそうにない。
2003年05月25日
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あっという間に一週間が経つ。また土曜日。今日はカップヌードル(笑)テレビを見ながら転寝(うたたね)。「東京で雪が降ったって!」綺麗な中国語で、こんなセリフが耳に入って、ふと画面を見る。日本の映像。おお、橋爪功。懐かしい。NHKの朝の連ドラでやっていた「すずらん」。中央電視台(CCTV)1チャンネルで連日放映中。国際交流基金の援助らしい。転寝の前(たぶんこの前の番組)は、「説法週末」(リーガル・レポート)。法律をもとに社会正義を正す人気番組。中国語で「暗訪」という隠し撮り取材の手法を豊富に取り入れていてなかなか面白い。今日は、飛行機の格安チケットの払い戻しの問題をやっていた。チケットに書いてある規定では、キャンセルを申し出た時点によって、最高20%のキャンセル料が必要と定められている。しかし、格安チケットを実際にキャンセルしようとしたら、定価の50%のキャンセル料が必要と言われた。「内規」にに基づいているという。しかし、これを不正だとして訴訟を起こした人がいる。キャスターの説明によると、「格安チケット」の場合、明文化されたルールはない。日本では「格安チケット」の場合、払い戻しが出来ないのが当たり前か。しかし、中国では、こういう場合、最後は「消費者の権利」として、買い手の勝ちが最近の公式。今回も「内規」は無効とされ、払い戻しがなされた。さらに面白い例。上海でのこと。チェックインのぎりぎりの時間に「虹橋空港」に到着。ところがチェックインが出来ない。空港が違う! そう、上海にはもうひとつ、浦東空港がある。チケットには、「上海 PVC」と書いてあったそうだ。このPVCは浦東を表している。しかし、空港を間違えたこの女性は「逆ぎれ」。「こんな英語分からない。上海に空港がふたつあるなんて、チケット売り場では何も言っていなかった」。100%の払い戻しに応じないことに怒り、訴訟を起こす。そして勝利。裁判所曰く、「誰にでも分かるようにチケットに空港名を表示して、販売時にきちんと説明すべき。よって航空会社は払い戻しに応じなければいけない」。日本人でも上海の空港を間違えた人。。。意外に多いかも。私もやりかねない。すでに航空会社も対策済みかもしれないが、この例、覚えていておいたほうが良いかも知れない。…、さて今日は今からもう少し転寝だ。
2003年05月24日
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Fighting SARS ファイティング サーズ。この時間に起きて、北京電視台の1チャンネルをつけると、こんな番組をやっている。名前の通り英語番組。中国人キャスターが流暢な(たぶん)英語でSARS関連ニュースを紹介。街中や病院関係者などへのインタビューが豊富。中国語のところには英語の字幕がつく。国際都市を北京を感じる。外国語チャンネルではなく、北京で一番重要な総合チャンネルで、朝7時半という比較的大切な時間にやってしまう英語放送。日本でも二ヶ国語放送ならあるだろうけど…。さらに最近は不明だが、しばらく前には、北京衛生局の記者会見が毎日、中英の二ヶ国語で放送されていた。テレビが二カ国語だけでなく、会場も完全二ヶ国語。そういえば、指導者交代等の初めての御披露目記者会見もいつもこのスタイルだ。英語を母語とせず、それほど得意ともいえない私のような日本人にとっては、「どうでもよい」ことだけど、世界に大勢いる英語が得意な人にとってはとても心強いことだろう。これに比べて日本はこんなに親切だったか? とたまに日本を思い出す…。…、昨夜は大きな雷が鳴る。稲妻に先駆けてパソコンがピッカ~ッ!!ついてないはずのパソコンまで騒ぎ出す。あれはどこかに落ちたはず。確信はないけれど。夕飯は、みそキムチうどん。美味に疲れを忘れる幸福の時。さて、週末。今日もがんばろう~!
2003年05月23日
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人民大学の日本人会から昨夜(午前2時過ぎ、)メールをもらう。留学生事務室からの情報で、1.来週(5月26日月曜日)から本科選択科目の授業が再開。 (封鎖はされたままなので,外の生徒はまだ学校には入れません。)2.6月10日から封鎖が解かれる予定。 (今のまま,何事もなければという事です。)という。また、学校側は「テストを受けないと成績は出さない。」と言っています。とのこと。今月いっぱいで封鎖が解かれるかな~と予想していたが意外に慎重。私は、学校の封鎖が解け次第、学内に移り住むことを含め情報収集の上、引越しの準備をしないといけないので慌しい。しかし、外務省の事実上の「帰国勧告」は、そもそもこの人民大の「封鎖」に始まったともいえる。とすれば、この封鎖が解け、感染者の数も減れば、この勧告にも変化が見られるだろうか?現在、胡錦濤主席が外遊中だから新規感染者が少ない、なんて言う皮肉も聞いたけれど…。まあ、焦らず、焦らず、でも早くいつもの北京が帰ってきて欲しい~。★いつの間にかカウンタが3万。いつも応援ありがとうございます! 多謝~!
2003年05月22日
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「420」サーズショック。衛生部のあの会見から1ヶ月、北京は魔の時だった。感染、封鎖、隔離、帰国勧告....。「大丈夫」と思いながらも、恐怖にも怯えた。あれからひと月。今日の日経新聞の一面は「北京のSARS感染、峠越した・WHO」だとか。日系企業もそろそろ中国に復帰しないと、という空気があるのだろうか?だが、一方で、北京の日系メーカー工場で中国人感染者発見で操業停止。胡錦涛と会った山崎拓は自宅待機だとか…。全体的な方向性は終息に向かっているが、まだまだ予断は許せない。WHOによると、「今後6カ月から1年間は新型肺炎(SARS)の新規感染者が少数ながら発生し続ける可能性があるとも」。最後まで、最後まで。昨夜、『DR.NOGUCHI』を読み終える。彼は最後まで研究を続けていた黄熱病に病んで逝った。しかし、「負けてはいない」。最後まで闘った。「幸せとはなんだべ」。この時期にたまたま野口英世と再会したのはなんとも不思議。
2003年05月21日
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しばらくSARSの影響で閉まっていた、とんかつのばんり(五道口)が今日から再開! お昼を食べようとその辺りをうろちょろしていて、「平常営業」という大きな黄色の張り紙と、その前で、工事工のように(失礼!)改修工事の仕上げに精を出す老板(経営者)を発見。もちろん、速効、店に入って、ひれかつ定食を食す。うぃぃぃ~、懐かしい味。最高。この休業期間を利用して、トイレもちょっぴりグレードUP。やっぱり転んでもただでは起きない~。昨日は、北京の感染者数は先月20日以降、はじめての一桁、7人。今日は、また2桁のようだけど、それにしても一時の150人の思えば大きな好転だ。今日の「北京娯楽報 信報」の一面には、紙面の半分ほどのグラフ。4月23日~5月19日までの新規感染者と「擬似」の数。ぐぐぐぅぅぅと下がっているグラフ。そういえばこのごろテレビでもこのグラフを見る機会が増えた。以前、右肩上がりの時にはほとんど見なかったのに…。こういうところ、中国のメディアは宣伝がうまい。この宣伝に乗って、市民もすっかりサーズ知らずになりつつある。それは嬉しくもあるが、この変わり身の早さはちょっと怖い。北京では確かに減っているけれど、地方への広がりはないのか? そもそも特効薬が出てきたわけでも、ウイルスが死滅したわけでもない。このサーズに打ち勝つ喜びを味わいつつも、もうしばらくは用心が必要だろう。もう一息!
2003年05月20日
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土曜日。遅い朝。またサッポロ一番。その後、近所の美容院に髪を切りに行く。この美容院も例に漏れず、一時期は店を閉めていた。連休前の4月末ごろからだったか? 閉店の間際までは、「消毒済み。安心してご来店ください」という張り紙があって、「じゃあ行こう!」と思っていたのに…。閉まるときには、一言の前触れもなかった。が、先週の土曜日だったか(?)に、再び店を開いた。「やったっ!」、不思議と胸躍った。閉まっていた店が次々と開きだしている今はなんだかとても嬉しい。まだ、「非典」の特効薬が出てきたわけでも、全滅したわけでもないんだけど…。さて、美容院。開店はしているのだけど、客も店員も、なんとなくまだまだぎこちない。何せ、髪を洗ってもらったり、マッサージしてもらったり、もちろん髪を切るときも、人と人が接触する場。しかも、赤の他人。お互い信用関係で成り立っているのだ。お店は客の不安を考えてか、全員マスクを原則としているようだ。けど、私が店に入ったとき、担当者はマスクなし。さほど気に留めなかったけど、しないんだな~と思っていた。そしたら、しばらくして、別の店員に「マスクとってきて!」。果たして、その店員は私の髪をぐしゃぐしゃしながらも、後ろから伸びる別の店員の手によってマスクを装着した。…まあ、なんというか、気休めのマスクである。しかし、この店員。肩もみが無性にうまかった。肩こりの私はこれだけで大満足。とっても幸せ。そして、夜は、予告通り。「非典」と闘う飲み会(勝手に命名)@加藤屋。とっても元気に闘った。元気よすぎ。。飲みすぎ。みな、ストレスがたまっていたからかどうかは分からないけど、とにかく元気に飲んで飲んで騒いだ。今日のメンバー。4月はじめのお花見メンバーともだいぶかぶっていたのだけど、思えばあのお花見の頃から、北京の街の変化はとてつもなく大きい。やむを得ず帰国せざるを得ない人も多く、たくさんの知り合いが一時帰国、あるいは本気帰国。う~ん、最近、非典が次第に収まりつつあって嬉しいけど、この間に失ったものを思うと無性に悲しくなったりもする……。結局は前向きにいくしかないとは思っちゃいるんだけどね。
2003年05月17日
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今朝(16日)はポストにこんなビラが入っていた。B6版、コピー紙。「発熱があった場合の医者にかかるまでのフローチャート」(自分で勝手に病院に行かないこと)1.熱を測って平熱でないときは以下の通り行動すべし。2.37.2~37.8度の時、62877852(●●病院)に電話→居留委員会に電話をして待機→「衛生総監」が誰か(詳細不明)を家に向かわせて、処理を決定。→海淀区医院に転送3.37.8度以上の場合、68180908に電話(ここがどこの電話なのかは不明。おそらくSARS専用救急車)→居留委員会に電話して待機→救急車→海淀区医院に転送――「外国人」の場合には、同じなのだろうか? 分からないけど、まぁ、一応大事にかばんにしまっておくことにする。ちなみに、アパートの掲示板には、「5月1日から連続15日、非典患者は出ていません」の張り紙。
2003年05月16日
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朝(15日)、出かけにポストを開けたら、人民日報(昨夕届いたもの)と北京日本人会からの封筒、それに「熱が出たらすぐに診察カード―37.8度あったらここに電話しましょう」というちょっとかわいい作りのビラ。38度が「分かれ目」と思っていたけど、最近はさらに慎重に37.8度なのかな?? 37.8度より高いか低いかで電話番号が違う。北京日本人会の手紙は、義捐金を集める! というもの。商工会議所との共同プロジェクト。1口100元。締切は5月23日、事務局で受付とのこと。ちなみに、過去の例として、94年の南部洪水(10万元)、98年河北省地震(約18.5万元)、98年長江洪水(50万元)とのこと。そうだっ、来る17日は、18時から民族大西門近くの「加藤屋」さんで、SARSをぶっとばそう!の会(勝手に命名)。まあ、残っている人で集まってわいわいがやがや食べて飲んで頑張ろう―企画。どれくらい集まるか分からないけど、久しぶりにいろんな人に会えるかも。楽しみ。もし、参加出来そうな方、いらっしゃいましたら是非ご連絡くださいませ。最近は、感染者も減りかなりの「好転」。街中も人も明るくなってきた。マスクを忘れて外出、そんな人も増えてきているみたい。こんなときには油断禁物だけど、でも、もう一息!だ。ちょっと嬉しいぞ。
2003年05月15日
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中国版ニューズウィーク『新聞週刊』社会批評を含んだ今までの中国ではお目にかからなかった画期的雑誌。この5月5日号。表紙は、天安門の毛沢東の巨大な肖像、その横にサングラスと大きなマスク、ナイキ(偽者?)の赤いシャツを着た若い男が、背筋を伸ばして横を向く。「北京之痛」の大文字。38ページ。「世論調査 SARSは我々をどう変えたか?」日本でも報道されているのを確かどこかで見たが、「零点調査集団」による世論調査の分析結果が報じられている。北京、上海、広州の18-60歳を対象に314人に電話調査。このなかに、「北京の離婚率が半分に!」 という小見出し。SARSの恐怖からバーやディスコ、カラオケ、インターネットカフェに行く人が減り、家に閉じこもる。「都市の男女は発見した―、夜が長くなった」。「60%の人が家で新聞を読む時間が長くなった、家族との交流が増えた」。「北京の報道によれば」(と書かれている)「非典が北京の男を家に連れ戻し、離婚率は半分になった。西城法院の簡易法廷は通常70件の離婚調停があるのに、4月は40件に至らなかった」。ふ~ん。。。。。どうも日本で言うところのスポーツ紙的分析(偏見?)。しかし、追跡調査をしてみるのも面白いかもしれない。なお、記事はまだまだ続く。「70%の人が親戚友人との行き来が減って、電子メールになった、街中のカップルが減った、47%の人が親しい人と抱擁をしなくなった、一部の家庭ではおかずを分けてよそうようになり、ベットも分けた。握手も半分に減った……」。この世論調査の結果をすべて信じられるとは思わないが、あながち嘘でもない事実があるように思う。この雑誌のほかの特集もなかなか興味深い。時間があればまた紹介したい。
2003年05月14日
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「外に出てもいいのですか?」「空気感染じゃうつらないのだから、外に運動をして抵抗力をつけましょう」「家にいてご飯食べてても気がふさぎますから…」こんなコメントをテレビでよく聞くようになった。それに促されてか、ローラースケートやバトミントンをする家族とたびたび遭遇する。何だかちょっとずつだけど明るい兆し。北京の新規感染者数も一時期に100人以上から50人前後に。「少ない」とは言えないけど、感覚が麻痺してきたのか(笑)、「これだけかぁー」という感じになってきた。早くわが大学の「封鎖」も解けて授業に出られるようになって欲しい。「隔離」が解ければ町の雰囲気は一気に明るくなる。…そろそろ、非典の話題も飽きてきた.....(日本での反応はどうでしょうう??)。ただ、今はだんだん北京の周囲に広がりつつあり、これも心配。油断禁物です。もう一息、がんばりましょ!
2003年05月12日
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小学校の時に読んだ伝記にひどく感動、でもそれ以降、出会う機会のなかった野口英世。その野口の一生を描いた漫画『Dr・NOGUCHI 新解釈の野口英世物語』(講談社, むつ利之)に今、はまっている。「非典」の「非常時期」(←今中国でよく言われる言い方)、非常にお勧めの1冊、いや17冊。彼が闘ったペストや黄熱病に比べたら、今なんて!と元気になれる。野口は1876年、福島県生まれ。1歳半のころ、いろりに落ちて左手に大火傷を負う。その後、手術はしたが、完治せず。しかしその時に医学の素晴らしさを知り、医者への道を志し、世界中の人々の命を救った。その「世界」の中に中国も含まれていると、この漫画で初めて知る。1899年、北里柴三郎の勧めで清国にやって来たのだという。益々、親近感を増した。野口といえば、来年度以降、夏目漱石に代わって1000円札の肖像になることも内定している。報道によれば、塩爺の直々の決定だとか。なかなかやるじゃん!清国での活躍がどんなものだったのかは定かではないが、この時期にその事実を掘り起こし、その精神で、「非典」と闘う支援を応援してもらいたい。そうすれば日本の印象アップにもつながるかも?!毎晩「加藤屋」で読んでいるこの『Dr.NOGICHI』は昨日で第10巻。一日1冊。あと7冊。これが終わる頃には、状況が好転していて欲しいな。頑張れ中国、頑張れ北京!
2003年05月11日
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休日。遅い朝、窓の外を見たら雨。やる気なく、日本から送ってもらったサッポロ一番(みそ味)を茹で、キャベツを炒めて食べる。テレビを見る。北京市衛生局の「非典」記者会見は、中国語版に加え、英語版も何度も再放送される。医療専門家をゲストに招き、お茶の間からの質問に答える番組、これも毎日。最近は、看護婦など医療関係者の「最前線」に潜入して、「非典」治療の現場を伝える番組も多い。インタビュー番組「面対面」は、一人の看護婦の日記を取り上げ、本人を前に苦労を聞く。先日まで隔離地域に指定されていた中央財経大学のなかにもカメラが入っていた。「食事は行き届き、みんな親切で不自由はない」と笑顔で語る学生のインタビュー。北京電視台のCMは、医療関係者の苦労を称えるもの、手洗い・換気・運動などを勧めるもの(一般、子供、お年寄向け等)、主席や首相が一般市民の中に入って「非典」と闘っているとアピールするものなどなど、とにかく一日中、非典、非典。雨で外に行くのも面倒。ダラダラしていたら、眠気に誘われて昼寝。が、熱にうなされる夢を見て起きる。「38度」あるかないか、これが「非典」の分かれ目とされている。今や空港ばかりでなく、一部地下鉄の駅やレストラン、ゴルフ場でも熱を測らされるという。毎日、新聞を見ていていると、全国の研究機関で日々、新型体温計の開発に成功したというニュースがある。赤外線、サーモグラフィ、1秒....こんな文句が踊っている。いやー、しかし、毎日「大丈夫」と思っていても、やっぱりみんな気づかないうちに疲れている、いろいろな意味で。早く「普通」の休日を過ごしたい。
2003年05月10日
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すぅ~いぃ~、すぅ~いぃ~うーん、こんな表現なんか変かぁ…、自転車。昨日の朝8時半、家から五道口まで、自転車で行く。約30分。気持ちいいぃ~。おお、人がいる、いる。高校生らしき若者もいるじゃん!普段なら、渋滞する道がすぅ~いぃ~、すぅ~いぃ~、だから、やっぱり人は少ないんだけど、先週に比べて、随分人が増えてきた気がする。みんなも、「自己防衛しながらもふつうの生活」に慣れてきたかな? 4月20日の衛生部の発表のあと、その数日後からの北京人のピリピリ感は、末恐ろしいものを感じた。タクシーでいつものように助手席に乗ったら「後ろに乗れ!」。露天で店を眺めていたら「早く決めろ!」。自転車の駐輪場のおばあちゃんや新聞露天商、ガードマンたちがマスクをし始め、街中が見えない恐怖に包まれている気がした。でも、ここ最近は、ちょっと落ち着いたかなと思う。「慣れ」もあるし、北京の感染者数が今までほぼ毎日100を越えていたのが二桁に収まりつつあるということも関係あるだろう。もちろんまだ予断は許せない。慣れてきた頃が危ない、とも言える。恐れすぎず、油断もせず。さて、今日も自転車で北京の町を走ってこようっ。
2003年05月09日
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ぶくぶぶくぅぅうぅ……カッタン、カッタン。お鍋のなかでご飯が踊ってる。久々に朝からご飯を炊いている。近頃「万一」、アパートが「隔離」された場合の危機管理として、冷蔵庫にはいつもよりモノが多い。べーコン、チーズ、冷凍むきえび、ボンゴレの素…。普段はあまり買わないものばかり。結構贅沢。まぁ、こういうときくらいいいかぁー?……、うぅーん、自分に甘い。にしても、街中の食堂、レストランの「暫時休業」は止まるところ知らない。昨日のお昼、学生街(韓国人街でもある)五道口のバス停付近の四川料理屋に行ったら、「20元以上出前します」の張り紙。中を覗けば真っ暗な店内が従業員の卓球会場と化していた。両隣にある中華料理屋さんもお休み。とんかつとカレーライスの大人気専門店「ばんり」も休業中ーー。外国人も中国人も感染を恐れて外食を控えている。レストラン側としても万一お客から感染者が出た場合の影響とその「上がり」を比べれば、「じゃあ休むかぁ」となってしまうのか。加えて、野菜や卵等の物価が上がったり、卸の店が休んでしまって、仕方なく、という例もあるようだ。じゃあ、みんな自炊をしているのだろうーー、きっと、でも、そうかといって、スーパーや「農貿市場」が人ごみでもいっぱいという訳でもないのだが。でも、中国人には、僕と同じ「元気の源はおいしいご飯」信者がきっと多いはず。何かおいしいものを隠しているのかもしれない。今度、周りの人に聞いてみようー。…あっ、鍋が静かになった。そろそろ、ご飯の時間。ベーコンエッグ作って、後は…。お腹すいてきたぁー。今日も頑張ろうっ。一日頑張れば、またおいしい夕飯が待ってるぞぃー。
2003年05月08日
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5連休の最終日の5日。日記を書いた後で、どうせ本屋に行くなら、やっぱり見てみたい!と思って、行ってしまった…。天安門と王府井。北京一の目抜き通りだ。し、しかし、人がいない…。いや、そんなこと知っているはずだった。知っているはずだった。でも、やはり自分の目で、人の少なさを確認する。中国を代表する老舗ホテル、北京飯店は閉まっている。王府井のマクドナルドは店員が全員マスク、各レジの脇には消毒薬が置かれている。いつもは行列が途切れないのに、この日は、2階の客席を「省エネ」と称して閉めてもまだ空席がある。無性に悲しくなった。涙が出てきそうだった。しかし、次の瞬間。頑張れ、頑張ろう、頑張んなきゃ! と思う。92年、この年に初めて来て以来、ほれ込んだ中国。振り返れば、なんだかんだ言ってこれまでずっと「追い風」だった。今回初めて、ちょっと強めの逆風を感じる。でも、北京人は頑張っている。逃げ場のないところで頑張っている。歴史的にも、「お上」とは関係なく、一般庶民は力強く生きてきた。今回も肌でそれを感じる。自分がここにいて何が出来るかはわからない。でも、一緒に頑張っていけたらと思う。このページでも、そんな頑張る北京を少しでも留めていきたい。改めてそう決意する。…、夜は、ここ最近毎晩のようにお世話になっている「加藤屋」で一杯。家から自転車で10分の居酒屋、日本料理屋。冷奴に棒棒鶏サラダ、締めはざるそば。この加藤屋も、留学生は帰国もしくは大学内で「隔離」、中国客も外食を避けて客足が大幅に減るなか、頑張る店。そう、おいしいもの食べて頑張ろう!ガンバなきゃ。頑張れ、北京!
2003年05月06日
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ご、ごめんなさい。すいぶんと長いこと、日記をさぼってしまいました。たくさんの方にご心配をお掛けしてしまいました。でも、大丈夫です! 変わらず元気に北京で暮らしています。たくさんのメールも頂きました。あまりに更新がないので、「まさか感染?」「隔離されているのでは?」「日本でひっそり暮らしている?」などなど。本当にご心配をお掛けして申し訳ございません。そして、ありがとうございます! 改めて、応援頂いている方々の温かみを心から感じております。ここ最近は、生まれてはじめてのマスク……かな~?、なんて思いながら、出かけるときはマスクをしています。「ゴーストタウン」などと形容されるように、町は車も人も少なくなり、「遊びにいくなら今!」とも思いつつ、「だーれんさんは、マスクもしないでどこでも行きそうだから気をつけてくださいね」という帰国の挨拶で頂いた言葉を時々思い出して、自制しております。ここ中国では、SARSは「非典」(=フェイディエン)と呼ばれています。非典型肺炎の略称。日本の女子高生顔負け、知らない人には絶対訳わからない略称ですが、今、中国でこの言葉を知らない人はほぼいないでしょう。「非典」は、色々な意味で今後の中国を大きく変えることは間違いないと思います。「非典」のために、志半ばにして留学を取りやめなければいけなくなった人、経済的に大きな負担を負っている人……、具体的な被害はなくとも、ここに住んでいる人の心理的な負担は計り知れません。憎むべき「非典」です。私は、この騒ぎの間に、1月に受験した人民大学新聞学院の修士課程の合格通知を正式に受領。これからも、ここ北京に腰を据えて、変わり行く北京をみつめて行きたいと思っています。ここ最近、専門絡みでの仕事などもあり、ばたばたでこの日記も停滞してしてしまっていましたが、やはりこれからも目標は「ほぼ毎日」で、更新していきたいと思っています。何度、この言葉を繰り返しているか分かりませんが、今後も暖かく見守って頂ければ幸いです。なお、メールを頂いたにも関わらず、お返事をお返ししていない方がいるかも知れません。ここ数日の休暇を利用してお返事していますが、パソコンの調子が悪く消えてしまったものもあるかもしれません。恐れ入りますが、お気づきの方は再度ご連絡いただければ幸いです。皆さんからのメールは元気の源です。今後もお持ちいたしております。今から、本屋さんに出かけてきますっ。
2003年05月05日
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中国衛生部が今日15時から行った会見で、北京の感染者を大幅に修正、40人から339人に、4人としていた死亡者も18人とした。中国版ゴールデンウィーク「五一」は「取り消し」された。国務院から既に出されていた通達では、今度の土日を返上し、その代わりに、5月1日から7日までを大型連休とする予定だったが、これがカレンダー通り、5月1日だけの休みとなる(*)。非典型肺炎(SARS)の蔓延を防ぐため。経済的影響は損失は大きいとしながらも、市民の健康を第一に考えての措置だとしている。理はかなっているけど、「休め」と言ってみたリ「休むな」と言ってみたりでなんだかおかしな気もする決定。中国語を学ぶ留学生の大きな目標となっているHSK(漢語水平考試)の延期も決定されている。(北京の高等試験は結論保留)大学の休校も相次いでいる。運動会はじめ大型イベントを中止するよう政府の通達が出た。外国人、中国人ともに心理的な不安が高まっている。帰国者も相次いでいる。数多く飛び交うデマ情報。混乱を抑えようと、「暗い面」の報道をせずに、「安全、安全」と繰り返してきたことが裏目に出ている。実態以上に恐怖感を増長させてしまっている。北京市長、衛生相などは更迭。中央政府も本格的に動き出した。こんなときこそ冷静な対応を心がけたい。人ごみは避け、おいしいものを食べて、よく寝ようっー。うぅー、はやく春を満喫したい~。*訂正です! 法定休日は5月1日~3日のため、この3日間は休みとなる模様です。ごめんなさい、早とちりでした。ただ、学校や企業などに実際の対応は不明です。日系企業などはどう対処するのでしょうか…? (4/21 7:42)
2003年04月20日
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フリースを着て街中を歩いていると汗がでる。ぽっかぽっか、春の陽気。北京の春の風物詩、タンポポの綿毛のような柳絮(りゅうじょ)が舞っている。これ、一見優雅な感じだが、実は鼻や口の穴に侵入してくるから侮れない。ちょっと危険。しかし、もうひとつの風物詩、黄砂はまだ本格的にはやってこない。来たら来たで間違いなく文句を言う癖して、来ないとそれはまた寂しい。……、非典型肺炎はますます状況が悪化。毎日多くのデマが飛び交っている。意図的なもの、面白がって尾ひれがついているもの、不安感から広がる噂……。日本料理のお店なのでも、客入りに大きな影響がでているという。春のそよ風が猛暑のなかの熱風にに変わる前に、外の風を感じて安心して昼寝がしたい。
2003年04月16日
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非典型肺炎。北京での中国人の全体の空気はやはり「静観」だと思うが、身近な中国の知り合いは「肺炎騒ぎが収まるまでは必要のない場所には出かけない」。一方、今日会った政府系の人は「終息方向であり大丈夫」と自信いっぱい。我が家にも近いところにある、日系の会社のオフィスで感染者がでて、ビルが閉鎖されたとの情報。あるホテルで感染者が出たと、別のホテル関係者から聞いたけど、それはデマだったとの話も。日本のあるメーカーでは、中国に滞在する日本人スタッフに「帰国するな命令」。またある会社では「早く帰って来い命令」。私も日本から買ってきてくれたマスクを持っているが、まだ封は開けていない。はて、どうするべきか。情報に振り回されるのは怖いけど、危機管理は必要。隣の人が鼻を押さえていれば、自分も! という心理になる。その広がりは間違いなく早い。それが社会不安、混乱をまねく。加担したくないが、感染してからでは遅い。この肺炎騒ぎ、色々な問題をはらんでいる。
2003年04月09日
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窓の外には真っ青な青空が広がっています。すがすがしい風。ベットの上にある小さなCDウォークマンに取り付けられたスピーカーからは今井美樹のドライブに連れて行って(?)。気持ちいいー。去年は3月20日にやってきた黄砂も今年はまだです。土曜日の清明節は雨の特異日と言われ、昨年は人工雨が降ったけど、今年は晴天。翌日、日曜日には昨年雨で中止となってしまったお花見も実現。角栄が周恩来に贈った桜のある玉淵潭公園。去年、真紀子さんが辞任直後に来たところ。工事のセメント屋さんで買ってきてもらったシート(1メートル8元?)をゴザ代わりに20人以上。公園中の花見客の注目を浴びる?! 来年以降は日本スタイルがもしかしたら流行るかも。周囲では、日本和服、浴衣の貸し衣装屋さんが登場。服の上から羽織って、モデルさん顔負けのポーズをつけて記念撮影。肺炎騒ぎは国外の騒ぎとは対照的に静かなもの。しかし、昨日、日本から来た人によると、空港は人気がなく、イミグレにも人が並んでいないという。中国メディアに対する批判、どうあるべきかとの議論も多い。中国のメディア人を育成する最高学府で学ぶ教科書でも、適時の公開報道が大原則。噂が噂を呼ぶ構図は怖い。正しい情報の大切さをかみ締める。しかし、一方で、米国、日本などでは、ただ不安を煽り立てる報道が多い気がするのも確か。色々な思惑が絡んでいる様子。早く、気持ちいい春の風をもっともっと思いっきり感じたい。
2003年04月08日
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新年度! 大好きな響き! お正月に立てた願い事をもう一度やりなおせる。新しい何かが始まる予感。実は中国にいると、「新年度」はまったく実感なし。日系の会社にいれば別だろうけど。でも、無理やり、その空気を感じる、感じたい。肺炎騒ぎで、北京の留学生街にも、マスク姿が目立つ。かわいいキャラクターものから、軍事用のようなゴッツイ物までいろいろ。しかし、多くの中国人は、「どうしようもない」「大丈夫」と静観の様子。そして私もその一人。もちろん予防は必要だけど、必要以上に慌てても仕方ない。噂が噂を呼ぶ構図はとても怖い。「王府井(北京の「銀座」)で日本人が死んだ」「語言学院で10人死んだ」「俺の友達が死んだ」…。どれも、聞けば、友達の友達の友達…。最後は、どこにもいない友達。中国のマスメディアのひとつの特徴は、社会に悪影響を与える暗いニュースは控えること。一方、売れれば何でも書く、センセーショナルを売り物にするメディアが存在するのが、日本を始めとした多くの国。どちらがいい、とは言えないけれど、今の北京では、中国のメディアの「効果」を感じることが出来る。…、この一週間は怒涛の一週間だった。明日は久々の休み。部屋の掃除をしよう。帰りがけに寄った足裏マッサージで生き返り、日記を書く元気も取り返す。2003年度、新たなスタート。今年度も頑張ろう! 今後ともよろしくお願い致します。
2003年04月04日
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北京でも最近、お花見の計画がちらほら。厚く張った大学内の池の氷もすっかり解けて、暖かい春風。恐怖の黄砂が来るまでのつかの間、心地よい季節である。昨夜は、北京70年代の会第一回目に参加。おいしいチベット料理。歓喜の舞。同世代、頑張っている人がたくさん。春。気持ちも新たに次の一歩を踏み出したい。
2003年03月27日
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「おまえのカード拾ったから取りに来い!」めちゃくちゃ訛った中国語、知らないおっちゃんからの電話。前日、飲んで帰ったタクシーのなかで、カードの入った財布を落とした(らしい)。しかし、電話はタクシーの運ちゃんや、途中の道で拾った人ではない。私が足を踏み入れたことのないトイレにその財布は捨てられていたという。「おなかがいたくなっちゃってさ~、トイレに行ったら、これがあったんだよ。大事だろ、これ。俺も前に、無くしたことあったからさ!」わずかなお金は抜かれていたが、学生証など、大事なカードは手元に戻った。トイレに、捨てるカミあれば拾うカミありだ。
2003年03月22日
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朝、人づてに開戦を知る。新華社電を聞いての伝聞。目の前に変化はないのに、確実に自分の国・日本もそこに関わっている戦争。それは現実であって、テレビの世界だけのことではない。そんな当たり前のことを、改めて思う。最近、朝から晩までバタバタで落ち着く暇がないけれど、決して他人事で済ませてはいけない問題。中国で最近もよく言われる「地球村」という表現を使うなら、これはわたしの村の戦争。ゆっくり書く時間がないけれどせめても一言だけ。…更新がぜんぜん出来なくて、繰り返し見に来て頂いている方には申し訳ありません。「ほぼ毎日」は完全に公約破りなので、方針転換しなきゃとも思いつつ、次の一歩を踏み出せません。...温かく見守っていただいてくださる皆様に改めまして感謝感謝です。
2003年03月20日
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日曜日の夜の人気番組「対話」。毎回経済界の大物をスタジオに招いてのトーク番組。観客である大学教授や学生、一般人との「対話」が売り物。今日のゲストは、日本でいう“塩爺”に相当か?!、国務院財政部の頂懐誠部長(大臣)だった。中国では、こういう国家の要人が一般のテレビ番組に出ているのを私はあまり見たことがなかった。しかも、飛ばされる質問が、いわゆる日本のNHK的(最近はNHKもちょっと違うけれど)ではないことに少し驚く。「(国債発行急増のため)赤字部長と呼ばれているがどう思うか?」「頂部長のお宅は赤字ですか?」もっとも、答えは、「国債発行高は確かに増えているが、すべて将来への投資である」「我が家は奥さんが私よりしっかりしているので、赤字ではない」と、ありきたりと言えばありきたりだが、でも会場から笑いをとるところはさすが。ちなみに、家庭の「財政」については、更に突っ込んで、誰が財布を握っているのか? と尋ねられる。それには、「我が家には決まりがあります。大きい買い物ついては私が決済しますが、小さい買い物については妻が決めます。しかし、結婚して以来、我が家では未だ大きい買い物はしていません」。番組の最後、司会者が綺麗にまとめたところで、頂部長と握手。二人が席を立つ。普段ならそこでエンディングテーマ。しかし、今回は、そこでハプニング発生?!席を立った頂部長が、「みなさん、どこからきたんですか?」と声をかけた。会場からは、「人大(人民大学)!」「みんな人大?」と頂部長。続いて、「経貿(対外経済貿易大学)!」「財政部○○○○研究所!」そこで、また質問を受けた後、「部長、是非退任されたら、研究所で講義をしてください」。そこでやっと、エンディングテーマが流れ出した。が、スクロールが流れるバックで、引き続き質問を受け続ける姿が写されていた。これが、どこまで計算されたものなのかは分からない。日本の民放的「やらせ」の要素もあるかもしれない。が、政府のメディアの使い方には少し変化を感じる。...今日の夕飯は、冷凍水餃子。最近バタバタとして自炊熱冷める。しかし、食は生活充実度のバロメーター。おいしいもの、食べなきゃ!
2003年03月16日
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北京には珍しい雨が朝から静かに降る今日3月15日、消費者の権利を守る日。今日一日「海賊版」がなくなるのかどうか探検に行こうと思うが、傘がなくて簡単に諦める(うーん、いかんなぁ。)。その代わり、朝から補習塾に通う。久々に語学勉強。5月の試験に向けてちょっと頑張ろうと決意。その授業中、人民代表大会では、中国の新しい指導者が誕生。胡錦涛(フー・チン・タオ)国家主席が正式に誕生。既に党総書記に就任しており、規定の路線なので特に感慨はないが、胡体制の中国の今後は、中国の将来ばかりでなく、世界にとって大きな意味を持つことは確実。そのなかで、自分はどこに軸足を置き、何をやっていくのか? もっと悩み、考えなければ。最近、日記が滞っているのには、生活の変化がある。新たなチャレンジをはじめ、忙しいというより、まだリズムが整え切れていない。しかし、やっぱり大切にしたいこの日記。だったら、もっとちゃんと毎日頑張れよ、と自分に突っ込む。今日の夕食は古巣、語言大学東門近くの日本料理店「一心」にてすき焼き。このライコスで知り合った友人2人とその友達と。ソニー製超小型デジカメに「やっぱり日本はすごい!」。そして「人のつながりは大切」。「夢は諦めず」。友人は間もなく日本に帰ると晴れて就職。中国での経験を大いに生かして頑張って欲しい。門出を祝って乾杯! ...し忘れたけど(笑)、きっとまたアジアのどこかでお会いしそうな気がします。その際には、またよろしくお願い致します。
2003年03月15日
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