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どっちかというと、「ごめんなさい」いっぱい言ってる方かもしれない、私。相手だけが悪い、相手だけが間違ってるってふうに、くっきりはっきりしてる時は謝らないけど、ほとんどのことって、どっちか一方だけが悪いとは言えなかったりするので、謝ることの方が多いみたい。自分に責任がゼロじゃないなら謝った方がいいよなと思う。どっちが、より悪いかってことに、こだわるんじゃなくて。「いいや、自分よりあっちの方が悪いんだから」と意地はってみても、どうせあとで1人で考えた時に、「やっぱ自分にも問題あったよなあ・・・」と反省してしまうわけだから、だったら、その場で認めちゃった方が良いような気がする。こっちが素直に謝れば、大抵、相手も、「いやいや、こっちも悪かったよ」みたいに言ってくれるものだし。そしたらとりあえず場の空気が柔らかくなる(笑)場の空気がカチコチだと、まともに話ができやしない。まずはちゃんと話ができる環境を整えないと、と思うので、(環境とかいうと大げさな気もするけど)そのためなら、自分が先に折れることも辞さない(この言い方もなんか大げさだ・・・)って感じだな、私は。だけど、そこで、「そうだよ、あんたが一方的に悪いんだよ」的な態度に出られると、「そりゃないよー」ってなっちゃうけどね(笑)あ、「自分が悪い」「自分の方が悪い」って時は、ほんとすぐに謝ります。こじれちゃうと、その後イヤな気持ちを引きずることになってしまうだろうから、早い方がいいよなと思う。ほんとは言い訳って嫌い。ちゃんとした理由がある時でも、言い訳してると思われたくないから、できれば「ごめん」の一点張りで行きたいのだけど、相手の気持ちがおさまらない様子だったら、言い訳だと思われそうでもちゃんと説明しなくちゃと思う。この期に及んで、相手の気持ちより自分のポリシーとかプライドにこだわってるのもどうかと思うしね。子どもの頃は、「ごめんなさい」が、なかなか言えなかった。自分だけ一方的に悪いんじゃなければ謝らなかった。(そんなこと滅多にないから、 滅多に謝らなかったわけなんだけど)言い訳なんかも絶対しなかったし。或る意味、純粋だったのかもしれないなーと思う。今は、少しずるくなったのかも、って。だけど、この場合の純粋は、自分にとっても周囲の人にとっても、困った純粋だったような気もするよ(笑) 今日の一曲『なんだったんだ?7DAYS』バービーボーイズ この曲のイントロが大好き。胸躍る、みたいな感じ。 さあ行くぞ!みたいな(笑)
2003年11月30日
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3ヶ月くらい前、人からすすめられてニガリを飲んでみたら、意外にも好きな味だったので、それからずっと飲み物なんかに混ぜて飲んでいる。一ヶ月くらい経った頃、肌が良くなっていることに気がついた。私はアレルギー体質で特にアトピーがひどかったのだけど、よくよく考えたら、ニガリ飲み始めてから症状がほとんど出てなかったのさ。普通に暮らしてる分にはまったく症状がなくて。アレルゲンを摂取すればさすがに駄目だけど、生卵以外は、以前に比べればずっと軽いみたい。まさか本当に良くなるとは思ってなくて、おいしいから習慣的になってしまってただけだったので、びっくりしちゃいました(笑)すすめてくれた人や、一緒に始めた人たちはもうみんな、飽きちゃってやめたらしいので、本当に効果があるのかどうか、はっきりとはわからないのだけど、自分に関しては、劇的な効果と言っても良いかも。ニガリって海水なんだよね。私は海が大好きなのでそういう意味でも調度良いかも、って感じなんだけど、そういえば私、大人になるまでずっと海沿いの町に住んでいて、アトピーになったのって海のない町で暮らし始めてからなんだよなー、そういうのもなんか関係あったのかなー?なんてふうにも思ったり。ま、とにかく、アレルギー全般に効果があるらしいので、困っている人は試してみると良いかもしれません。私はニガリのおかげで、お肌、快適。 今日の一曲『塩屋』 大江千里 この塩屋は地名です。ちなみに場所は関西。 私の住んでた町にも 同じ名前の場所がありました。とても大好きな曲です。
2003年11月29日
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職場にとても太った人がいます。彼女はかげで太ってることを笑われています。私はそれを聞くのがいやです。いやだけど喧嘩するのもどうかと思うので、柔らかく反論したりしています。その彼女は職場の頭の薄い人のことをかげで笑っています。まあ他の人も一緒に笑ってるわけだけど。私はそれを見るのもいやです。いやだけど喧嘩するのもどうかと思うので、それとなく反論したりしています。この間、「ココナツさんたら、いい人ぶっちゃって」みたいなことを言われました。だけど私は、人をバカにするってことが嫌いなんです。そもそも、容姿なんてものはバカにするような類のことじゃないと思うし。とても太ってるのも、頭が薄いのも、客観的な事実です。だから私だって、「とても太った人だ」と思っています。自分から、「とても太ってるね」なんて言わないけど、本人から、「私ってすごい太ってるからー」と言われた時に、「そんなことないよ」なんてふうに答えたりしないです。ちなみにかげで笑ってる人は、こういう時、「そんなことないよ」なんて言ってます。おっと、話がずれてしまいました。とにかく、私は、容姿がどうだとかいうことが、なんでバカにするようなことなのさ?と思うんです。それとこれとは自分の中で繋がらないんです。バカにしちゃいけないから、ということじゃなくて、素直に、単純に、繋がらないんですよ。こんなことで、「いい人ぶってる」とか「いい人」とか、言われたくないです。普通にしてるだけだし、普通の人だし。悪い人ぶらなきゃ駄目なのか。自然にしてて悪い人だと思われるなら構わないけど、わざわざ悪い人ぶるなんて、疲れます。ああ、めんどくさい。私は「いい人」じゃないから、誰かが誰かをバカにしてるのを聞くと、よくこういうことを思っています。「容姿がバカにする材料になるのだとしたら、 自分だって人のことバカにできるほどでもないのにさ」 今日の一曲『ロクデナシ』 ブルーハーツ
2003年11月28日
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イラクへの自衛隊派遣。決定したならば、最初に行くのは、私の住む北海道の自衛隊です。自衛隊には知人が何人もいます。なので、この問題は自分にとって身近な問題です。いや、もともと、自分には関係ないことさ、なんてふうには思っていなかったのですが、知人が係わるか係わらないかでは、やっぱり体感温度が違ってきてしまいますね。私はもともと、イラクに行った場合、自衛隊員全員が無傷で戻って来ることはないんじゃないかと思っていました。個人的な予測に過ぎないわけですが、自分としては必ず犠牲があるだろうと予想しながら、「いってらっしゃい」と手を振ることはできない、というふうに思いながらイラク派遣の問題を見ていました。そのうえ、今回の大使館職員殺害です。この事件によって不安が更に高まりました。想像以上に多くの犠牲が出るかもしれない、というふうに。国民全体の意識もそうなのでは?と思います。「それでも自衛隊を派遣するべきだ」という考えの人もいるでしょうが、とにもかくにも、今、イラクへ自衛隊を派遣することの危険度の高さは、どの人もひしひしと感じているはず。自衛隊イラク派遣の問題は、今書いたような自衛隊員の命の保証ができない、ということだけじゃなく、イラク側の日本に対する敵意をあおり、日本がテロの標的にされる危険性を高めるということにも繋がります。そもそも、このところの不穏な空気や今回の殺害は「自衛隊を送って来るんじゃない」という、脅しのようにも思えるわけですし。私は国のトップに立つ人間がなによりも優先すべきことは、自国の国民を守ることだと思っています。逆に危険にさらしてどうするんだ。 今日の一曲『静かな日々の階段を』 Dragon Ash
2003年11月27日
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よく使ってるような気がする。「とりあえず」って言葉。とりあえずそれでいいんじゃない?とりあえずそうしとこうよ。「とりあえず」多用の私の毎日・・・とりあえずの積み重ね。とりあえずのはずがそれっきり。後からもう一度考えたりせずにそれっきり。もしかして私の人生って、とりあえず人生!?なんてことを、ふっと思った午後。いいんだろうか、これで。ま、いいか、とりあえず。今日の一曲『君という花』アジアン・カンフー・ジェネレーション最近私が注目してるバンド。硬派な音なのさ。この歌、タイトルがありきたりなのがちょっと残念なんですがね。
2003年11月26日
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この間、友人が、洋服の襟を片方だけ出していた。「へえ、そういうファッションなんだなあ」と私は思った。後から怒られた。「もう。なんで早く教えてくれないのさっ」って。「いやあ、ファッションなのかと思ってたんだよ」と答えて、「なわけないだろう」と言われた。そっか。ハハハ。私にはこういうことがよくある。人に対して「あれ?」と思っても、「きっと好きでやってるんだろうな」「そういうポリシーなんだろうな」と自分の中で勝手に納得してしまい、流してしまうということが。ちなみに「あれ?」から納得までの時間は、ものすごく短い。意識してそうしているわけじゃなくて、思考回路がそうなっているみたいだ。そういえば、人の言葉にあんまり疑問を持たないという傾向もある。「あ、そうなの」とすぐ納得してしまう。あからさまに辻褄合わなかったりすれば話は別だけど。ついでに書くと、自分の思い込みだと知った時も、「あ、そうだったの」と、すぐ納得することが多い。変なふうに素直なのよね。変なとこ、ひねくれてるのに。 今日の一曲『花ふぶき』 東京スカパラダイスオーケストラ スカパラはボーカルが入ってる曲なら好きです。 歌のない音楽は、たまにならいいけど、 ずっと聴いてると飽きてしまう。 ちなみにこの歌は、永瀬正敏ボーカルの、 愛だろ愛、の歌。
2003年11月25日
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私は頭痛持ちで、わりと頻繁に痛みに見舞われているのだけど、頭が強烈に痛い時って、人のことなんかどうでもよくなる(笑)自分がどう思われるかってことにも気が回らなくなる。「痛い」ってことで心がいっぱいになっちゃってるから、それ以外のことを考える余裕がなくて、普段なら自然に察することができることにまるで気づかなかったり、気づいたとしても、痛みに耐えることで精一杯なだけに、それに対して何かをしようという気持ちになれなかったり。調子の良い時には、頭が痛い時の自分って感じ悪いんじゃないかな?って思ったりするし、自分の具合が悪いからって、人に不愉快な思いをさせていいなんてことは絶対ないのだから、こんなの良くないよなーって反省したりもするのだけど、実際、頭が痛くなると、「それどころじゃない」って感じになってしまう。私の場合は頭痛なのだけど、他の病気の人もそういうことがあるんだろうなあと思う。具合が悪いっていうのは、体だけじゃなく心でもあることだし、そういう場合でもやっぱり同じなんだろうなと思う。そうして、私なんかよりもっとつらい症状の人は、もっともっとそうなんだろうなあって気がする。自分がつらい時でも、ちゃんとしていられる人は偉いし、それが理想だけど、ほとんどの人っていうのは、そんなに強い精神力を持っていないんじゃないかって気がする。だから、ある程度は、お互いさまとして許し合うことも必要なんじゃないかなって。そうは言っても、自分が具合悪いから人を不愉快にさせてもいいのだ、なんて考えは、やっぱり間違いだと思うから、そういう態度で開き直って来られたら怒っちゃうけど(笑)具合が悪い時のつらさって自分にしかわからない。そうして他人が具合悪い時のつらさって、自分には正確に理解することができない。私は、頭の隅に、「わからないことなんだ」という思いを置きながら、自分のつらさ、他人のつらさと付き合ってるよ。 今日の一曲『セロリ』 山崎まさよし 山崎まさよしバージョンの方が好きです、この歌。 ちなみに私は野菜のセロリって嫌いだな。
2003年11月24日
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去年だったっけ。嶋大輔が『男の勲章』のCDを出したのは。昔のヒット曲のカバーなんていうのは珍しくないけど、自分の曲だし、しかも『男の勲章』だし、そんでもって、昔そのままの、あのコスチュームだし。っていうか、嶋大輔だし。今って、氣志團が人気あったりしてて、80年代つっぱりブームみたいなのがあるわけなので、自分もブームに乗っかる、みたいな感じなのかな?ウケ狙いみたいな意味もあるんだろうな、と、普通なら、すんなり思う所なんだけど、だけど嶋大輔なのだ。しつこいようだけど。私には嶋大輔って、自分もブームに乗っかろうというようなタイプに思えなかった。良くも悪くも、そういう器用さに欠けてるタイプって、感じがしませんか?なので、『男の勲章』を有線なんかで聞く度、なんともいえない複雑感にとらわれていた。嶋大輔の意図がわからないっていうか(笑)『男の勲章』という歌自体は、好きだ。私が小学生の頃にヒットしたのかな。ちょっと時代は忘れちゃったのだけど、とにかく、好きな歌だなあと思っていた。単純なんだけど、ああいうメロディって好きだし、歌詞もぴったり合ってたと思うし。嶋大輔って人には心惹かれなかったけど。この前、テレビで、嶋大輔が『男の勲章』を歌っているのを見た。あのコスチュームだから、いるだけで笑える。だけど本人、お笑い要素ゼロって感じで、大真面目で歌っていた。最後の方では涙目になっていたほどだった。それで、わかった気がしたんですよ。嶋大輔は自分のこの歌を本気で愛してるんだなって。(他の人に譲りたくないくらい)それでもって、すっかり大人の年齢になった今この歌を歌うこと、世間に向けて歌うこと、両方に大きな意味を感じているから、CDを出したんだろうなって。ウケ狙いとか、ブームに乗っかるとかってことじゃなくて。今だからこそ『男の勲章』的な気持ちを思い出せ!みたいなさ。なるほどなあ。そうことだったんだなあ。自分自身と、そして世間の人々へ向けた応援歌なのだね。嶋大輔らしいなあと思った。嶋大輔のことをよく知ってるわけじゃないんだけど、なんとなく(笑) 今日の一曲『男の勲章』 嶋大輔 ところで銀蝿一家関連ではもう一曲、名曲が。 Jonny『ジェームスディーンのように』 あ、そういえば『男の勲章』も、 Jonny作詞作曲じゃなかったかな。____________その後ネットで嶋大輔を検索して、CD発売は今年6月だったということと、CD化は、そもそもは本人の希望じゃなく、いわゆる、「時代が求めてた」ってやつだったことを知りました(笑)時代、求めていたらしい、男の勲章を。
2003年11月23日
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本当のことだけ言葉にして欲しい。たとえ優しさからなる気遣いだとしても嘘はイヤ。これから先、もしか嬉しい言葉をもらったとしても、素直に信じることが難しくなってしまうからね。そんなふうに思っているはずの私だけれど、「騙されてる方がましだった」って気持ちでいっぱいになったこともある。なんだかんだ言って、知りたくなかったことというのはあるもので。「嘘はつきたくないから正直に話したよ、ごめん」と謝られて、「なんかずるいよ」と思っちゃったことが何度もある。そりゃあ、あんたは、潔い自分に自己満足かもしれないけどさ、こっちとしては、潔くごめんって言われたら怒れないよ。思いっきり怒りをぶつけてOKなくらい、とことん「やな奴」になってよ、この際。って感じで(笑)モヤモヤした心を抱えながら、「どうせ嘘をつくなら、つき通してよね」なんてことまで思っちゃったりもして。ほんっと勝手なものだなーと思うんだけど、追い詰められりゃ勝手にもなるさ、なんて感じも少々(笑) 今日の一曲『ラストクリスマス』 ワム! この曲、大好き。
2003年11月22日
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自分が真実と思っていることは、実は単なる思い込みに過ぎないのかもしれない。無意識のうちに、都合の良い解釈が可能なカケラばかりを拾い集めて、真実らしきものを構築しているのかもしれない。それは、本当は、「そうであって欲しいと願っていること」に過ぎないのかもしれない。思い込みも、思い続ければ、真実になるかもしれないって気がする。そして、心に関する真実っていうのは、どっちに転ぶにしても、大抵が証拠なんか見つけられないものだから、疑心暗鬼にかられることで逆に、単なる不安を真実と見誤ってしまうかもしれないって気もする。だからこんなことは、必要以上に考えたってしょうがない。考えない。けれど、たまに怖くなってしまうんだ。思い込みを真実と信じ続けた末に、やがて、良い解釈が可能なカケラを見つけることができなくなって、「やっぱり、ただの思い込みだった」としか考えられなくなる日が来てしまったとしたならば、自分はきっと絶望を感じるだろう。思い込み続けた時が長ければ長いほど、絶望の度合いも大きいだろう。もしかメガトン級の絶望に襲われたとしても、自分はちゃんと立ち上がることができるかな?と想像したら、なんだか怖くなってしまうんだ。すべては、「かもしれない」を超えられないことでしかないのだとわかっていながらも。何が起きても、ちゃんと立ち上がれる自分となっておくことだけが、この漠然とした怖さを克服する方法なのだろうね。 今日の一曲『虹』 L’Arc-en-Ciel ドラマティックな曲です。
2003年11月21日
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どこの職場にいた時も、挨拶は「おはようございます」だった。朝でも夜でも、おはようございます。芸能人じゃあるまいし、と思いながらも、いつのまにかしっかり身についていた。今の職場では、みんな、「こんにちは」と言う。「おはようございます」そして、ついでに言うと「ご苦労さまです」も使わない。朝でも夜でも「こんにちは」職場の仲間同士でも、本社から社長が来ても、業者の人が来ても、「こんにちは」なんだか変な感じがした。近所の人に挨拶してるような気分だ。「こんにちは」最初の頃、私は、「おは・・・コンニチハ」と、おはよう言いかけてから、モゴモゴと小さな声で、こんにちはと言うことが多かった。職場の同僚たちは、私のことを、恥しがり屋さんだと思っていたらしい。確かに恥しがり屋だけど、挨拶なんか恥ずかしくない。というか、挨拶元気な奴なのだ、もともと私は。「こんにちは」に対する違和感が邪魔していただけさ。最近ようやく、「こんにちは」を元気に言えるようになって来た。が、やっぱり、うちの職場って特殊なんじゃ?という思いが消えない。どうなんでしょう(笑) 今日の一曲『おはよう こんにちは』エレファントカシマシ
2003年11月20日
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私は早起きが苦手です。大の苦手です。毎朝、ギリギリまで寝ていて、ダッシュで身支度をして、職場への道を歩きながら、「ああ、もういやだ。朝早い仕事なんかいやだ。 やめちゃおうか。もっとゆっくりできる仕事を探そうか」などと、考えてしまいます。毎朝、毎朝、たかが早起きがイヤだから、というだけの理由で、仕事をやめたいなどと考えてしまう私って一体・・・という感じがするけど、考えてしまうものは考えてしまうのです。職場に到着し、仕事が始まったら、もう、やめることなんか考えません。「いやあ、仕事って楽しいなー!!」です。 とは思わない日もあるけど、まあ、とりあえず(笑)そして翌朝、再び、「あーもういやだ、仕事やめたい・・・」その繰り返しの日々。思えば、学生の頃から、早起きが苦手でした。遅刻の女王とは私のことです。8時に家を出なければならないなら、7時50分まで寝てるような奴でした。学生生活も終盤になった頃には、「遅刻したからって何さ」と開き直り、昼から学校に行ったりしてました。なので、自分としては、今の自分に対して、「よくぞ、ここまでまっとうになったよ」と、褒めてあげたいくらいです。毎朝、心の中で文句ばっかり言ってますけど、それでもちゃんと時間通りに行ってますもん。え、当たり前のことですか?まあいいじゃないですか(笑)いつか心の中で文句つけることもなくなりますように。 今日の一曲『sayonara sayonara』 KICK THE CAN CREW この歌のサビの部分の歌詞が好きです。 それにしても、 キック ザ カン クルーは、今年、すごい頑張ってましたね。 たくさんシングル出してたし。 「パンク寸前のFANK」かっこよかったな。
2003年11月19日
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子どもの頃に、突然、気がついた。世の中に永遠なんてないってこと。変わらないものなんてないってこと。とっても悲しい気分になった。どんなに願っても永遠は手に入れることができない。「手に入れることができない」ということが悲しかったんだ。そしてまたある日に、突然、気がついた。ひょっとしたら、自分の心の中にならば永遠を作ることができるかも。可能性はゼロじゃないなと思った。小さな永遠だけど作りたいなって思った。たとえば1人の人をずっと好きでい続けるとか、一つの思いをずっと持ち続けるとか、そんな永遠を作りたいなって思った。 今日の一曲『ヘロン』 山下達郎 この歌の、 ぱーっと広がってくような雰囲気が、とても好き。
2003年11月18日
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人を傷つけるのはいやなんです。うっかり傷つけてしまうことはあるけれど、傷つけてしまうかも?とわかっていながら、それをしてしまうことはできないんです。自分の気持ちに嘘をつきたくないから、傷つけてしまうかもしれないことを言わなくてはならない時には言葉の使い方にひどく悩んでしまいます。それを言うはめにならないように、あらかじめ予防線を張ってみたりもします。相手のためというより、相手の傷ついた顔を見ると自分の胸が痛くなるからいやなんです。自分は傷つくことに割合平気な方だから、人の傷ついた顔を見るくらいなら、自分が傷ついた方がましかな?なんて思ったり。そうして私は、自分を「人を傷つける人間」にしたくないのです。他人に「良い人」だと思われたいなんて気持ちはないし、むしろそんなことは思わないで欲しいくらいなのだけれど、自分で自分を好きでいたいのです。自分で自分にうんざりするのがいやなんです。「優し過ぎる」と言われることがある。苦笑いを含んだ表情で、「あなたは優しいから」と溜息をつかれる。 「あなたの優しさは却って残酷だ」と言われる。私は私を冷たい人間だと思う。そうして残酷な人間だとも思う。傷つけまいとすることが却って残酷だとわかっていても、人を傷つけることができない人間だから。 今日の一曲『さよならストレンジャー』 くるり
2003年11月17日
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友達と、「もしも道で偶然に、 彼が他の女の子と歩いているのを見かけてしまったら?」という話をした。友達は、ぶん殴って、別れるらしい。私は、たぶん、何も言わずに何もせずに、その場から立ち去るんじゃないかと思う。それで次に会った時に、「見ちゃったんだけど・・・?」って本人に聞いて、相手が「彼女はなんでもないよ、心配いらないよ」と答えたら、「そっか!心配して損しちゃったー」と笑顔、みたいな展開で、「実は彼女のことが好きなんだ、ココナツとは別れたい」と言われちゃったなら、「そっかぁ・・・しょうがないね・・・わかった・・・」ってふうに素直に引き下がり、1人で落ち込むタイプ。って話をしたら友達に苦笑いされた。「あんた、それじゃ、男にとって都合のいい女だよ」昔っから、友人たちから、そう言われてる(笑)そうさ、はじめて恋をした頃からずっとだっ私は、都合のいい女でいいよ。というか、自分で自分のこと、都合のいい女だと思ってないし。とことん信じること、そして、相手の幸せを守ることが、自分にとっての、愛するってことだから。自分はただ、自分が思う愛するってことを貫きたいだけ。それを世間では都合のいい女と言うのかもしれないけれど。「裏切られたらいやだな」とか、「傷つきたくないな」「損をするのはいやだな」「騙されて情けない思いをするのはいやだな」そんなことはもう取るに足らないことなの、この人を愛すると決めた、その瞬間から。相手の幸せが、自分の幸せなのさ、この人を愛すると決めた、その瞬間から。 今日の一曲『今年の冬』 槙原敬之
2003年11月16日
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嫌い嫌いも好きのうちという言葉があるけれど、これっていうのは、「嫌い」も「好き」も、どちらもその対象が、特に意識している存在であるという意味で同じようなものだ、ということなんじゃないかと思う。ふとしたことで、「嫌い」と「好き」がポールシフトを起こすかも。ま、起こさないことの方が多いだろうとは思うけど、そうなった場合には、並大抵の「好き」じゃなく、手におえないくらいの「好き」ってことになったりするものだし。恋愛に限らず言うならば、「好き」でも「嫌い」でもない毒にも薬にも感じられない存在、いてもいなくても構わない存在だった人のことは、時が経てば記憶の彼方に飛んで行ってしまってるものだし。嫌われるというのも、あながち悪いだけのことでもないのかもしれない。私自身は、たいていの場において、毒にも薬にもならない存在として認識されてることが多いようなんですけどね。別に嫌われたくないと思ってるわけじゃないのだけど何故か。というか、別に嫌われてもいいやと思うようになってから、嫌われ者になることはなくなったような?も、もしかして、気にとめてないから、嫌われてても気がついてないだけか?(笑)まあ、どうでもいいか。面倒がないので、これもまた、悪いだけのことでもないだろうって感じでいるしね。悪いだけのことなんて世の中にそんなにないですね。 今日の一曲『気球に乗って』 THE BOOM
2003年11月15日
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Jポップという言葉は便利だ。フォーク、ロック、パンク、歌謡曲、いろいろ、一つの呼び方で括ることに違和感を感じるアーティストは、みんなJポップと呼んでしまえばいい。フォークこそが素晴らしい、ロックこそがかっこいい・・・みたいに、どのジャンルの音楽がどうのこうのと、ジャンルによって素晴らしさの度合いをはかることはナンセンスだと思うし、今の時代においては、ジャンル分けすること自体、ナンセンスのような気さえするのだけれど、たとえばミスチルをロックバンドと呼ぶことに、私は違和感を感じてしまう。ロックといえばロックなんだろうし、人によってはロックなのだろうから、そう呼ぶ人がいても構わないのだけど、自分がそう呼ぶことには、どうもすっきりしない感じがする。Jポップと呼んだ方が気持ち的に座りがいい。おそらく自分の中の、自分でも好ましいとは思えない、「ロックはこういうもの」というような頑ななこだわりが、そうさせているのだと思うのだけど。何故、自分でも好ましいと思えないのかというと、そのこだわりの根にあるものの正体が、言葉できっちり説明できる類のものではなく、きわめて感覚的なものであるからだ。そんな曖昧なものに頑なでいるなんて変だと思う、自分でも。そういう意味で、Jポップという言葉は便利だなあと、よく思う。おかげさまで、自分の中の、自分でも好ましいとは思えない頑なさを直視して、うんざりするはめにならずに済む。子どもの頃、ニューミュージックという言葉があった。私は特に意味を考えずに、和製ポップスとフォーク系のアーティストたちに対して、この言葉を使っていたけれど、実はちゃんとした意味があったんだろうか。物心ついた時に既にあった言葉、そうして、特に思い入れが深くはないことに関する言葉に対しては、無意識にさらりと使えてしまうものらしい。 今日の一曲『CANDY LIFE』 NEW CINEMA TOKAGE
2003年11月14日
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ああ、読書が止まらない(笑)次から次と読みたい本が出て来て、ひきつづき、読書、読書、読書ー!!の時を過ごしています。「あー久しぶりにあの本読んでみるか」みたいな感じで、もう、とめどないです。部屋の本棚、荒らしまくり。普段から、少なくとも一日一冊は読んでるんですが、今の状態は、異常です。温泉につかるように活字につかってますもん。ちなみに昨日から今日にかけては、『システムと儀式』大塚英志『殺人全書』岩川隆『自殺者 現代日本の118人』若一光司『まれに見るバカ女』『まれに見るバカ女との闘い』などの本を読んでました。全部、再読なんで、途中抜かしたりもしてますが。イカれたチョイスだったらすみません(笑)『殺人全書』は、強烈なタイトルなんですが、まあ中身もタイトルまんまで、過去の殺人事件のいろいろを考察した本です。決して面白おかしい本ではなくて、事件を通して「人間とは?」を真面目に探っている本です。『自殺者』の方も、自殺という行為を通して「人間とは?」を問いかける本。どちらもノンフィクションです。私は「人間」への興味が強いので、この手の本をよく読みます。新潮文庫から出ている、新潮45連載の事件レポートのシリーズもすごく興味深くて、ずっと読んでいます。もっとも、事件の加害者に対して、「しょうがなかったんだね」と感じることは殆どないですね。大体が「とんでもなく自己中心的だよな」です。事件に至る過程に同情するものはあるけれど、その場合でも、「同じ状況だとしても殆どの人間は犯罪を犯さないのでは?」という気がしてならないです。「何故、そのような物の見方をする人間になったのか?」「人を殺す人、殺さない人の違いはどこにあるのか?」そんなようなことを、よく考えています。たぶん、ミステリーが好きなのも、「人間」への興味が強いからなんでしょうね。自分のことなのに、でしょうねっていうのも変だけど。何故、人を殺めるに至ったのか?が、しっかり書かれていないミステリーは、あまり好きじゃないし。12日の日記に書いた重松清『疾走』は、1人の少年の人生を追った小説なのですが、ものすごく重たい作品でした。一気に読んだのだけど、読後しばらく、胸の奥に、おもりがあるような気がしてました。ネタばらしになってしまうので内容は書かないですが、「何故、こんなことになってしまったのだろう、 どの地点ならば引き返せたのだろう いやそれとも、最初から定められた宿命だったのか? 宿命から逃れることはできないんだろうか?」と思わせられる小説でした。私は自分の運命は自分でどんなふうにでもできる、という考え方で、宿命なんてものはないのだと思っているのですが、こういう小説を読むと、いろいろ考えちゃいますね。うん。あると思えばあるし、ないと思えばないのかも、とか、あると思えば縛られて流されるのかな、とかね。 今日の一曲『日曜日の使者』 ハイロウズ 前にHONDAのCMで流れてた曲。
2003年11月13日
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風邪をひいてしまいました。昨日、今日と、仕事から帰ったのち、パソコンつけたはいいけれど、脳がとろろんとしてしょうがないので、諦めてゴロゴロ読書していました。たまたま、この間どかんと本を購入してたので、調度良かったです。本当は、勿体ないから、ゆっくり時間をかけて堪能したかったんだけど。読んだ本は、『クレオパトラの夢』 恩田陸『暗黒童話』 乙一『螺旋階段のアリス』 加納朋子『陰摩羅鬼の瑕』 京極夏彦どれも、まあまあ面白かったです。どれも「最高!」とまでは思わなかったけどね。恩田陸は相変わらず文章が綺麗だし、物語世界に引き込んでくれる吸引力もあるし好きな作家だよ、と思いました。だけどちょっと薄いかな?って感じ。内容的に。乙一のこの作品は、彼の小説の中でぱっとしない方に入るかも、と思いました。ストーリー、設定、ともに良いと思うんですが、書き足りない所があるんじゃないのかなという感じ。面白いことは面白かったですけどね。加納朋子は・・・私は基本的に短編てあんまり好きじゃないのでそういう意味で、物足りなかったです。でもそれは私の個人的な好みの問題ですね、どう考えても。京極夏彦は、いつにも増して読みにくかったです。鬱っぽい性格の主人公のモノローグが延々と続くので、さすがに途中で飽きて来ました。もうちょっと削ってもいいんじゃないかなと。明日は重松清『疾走』を読むつもりです。この小説、主人公が「おまえ」なんですよ。おまえは・・・って呼びかけてくる文章なの。私はそういうのって好きじゃないんですが、書いてるのが重松清なので、もしかして好きになれるかも、と期待しています。あと、時間があったら、ト学会会長の山本弘が書いた『神は沈黙せず』も読む予定。というわけで、脳みそとろろんの日記でした。 今日の一曲『SECRET LOVE STORY』 氣志團
2003年11月12日
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前に友人が自分の彼について、「別に誰でも良かったし、 今も彼じゃなくちゃいけないなんて思ってない」と言っていたことがあった。「1人は寂しいから一緒にいる」とのことだった。私はそれを聞いて、うーむ・・・と思った。1人が寂しいから誰かと一緒にいたい、本当は誰でも構わなかった。そこから始まるってこと自体は別にいいんじゃないかと思う。始まりなんか、なんだっていいんだから。大切なのは、その先で。うまく言えないのだけど、私は愛って育ててくものだと思うのさ。花を育てる時に、強い風から守ったり、枯らさないようにお水をあげたりするみたいに。一目惚れから始まる熱い恋でも、なんとなくから始まる穏やかな恋だとしても、2人で愛を育ててくことが大事で。一緒に育てて行きたいねって思うことが大事で。そんな気持ちで時を重ねて行くうちに、お互いの心に、「この人でなくては駄目、 この人だからこそいつまでも一緒にいたい」という気持ちが生まれて来るんじゃないのかなと。そういう考え方の私からすると、友人、もしくは友人とその彼には、はなから愛を育てるつもりがなかったみたいな感じだったので、そうして、別にいいのこれでって感じだったので、もしも自分だったら、相手がそんなふうだったらイヤだけどなー寂しいけどなーと、思ってしまった、というわけでした。ま、本人たちが良いなら、いいんだけれど。 今日の一曲『Lovin’you』 今井美樹 原曲はミニー・リパートン。
2003年11月11日
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「ちびまるこちゃん」の藤木の代名詞は卑怯。注意して読んでみると、藤木、特別、卑怯者ってわけでもないような気がするのだけど、みんなの間ですっかり卑怯者のイメージが定着しているので、ちょっと卑怯くさいことを言っただけでも、「藤木はやっぱり卑怯だなあ」と言われている様子。おそらく他の人が同じことを言っても、藤木に対するような過剰反応はないだろうに。なんと気の毒な藤木なのでしょう。イメージというのは、めんどくさいものだ。藤木を見てると、よくわかる。藤木を見なくてもわかるけど。いったんついたイメージを払拭するのはたいへんだ。自分でも納得のイメージならいいけれど、問題は「そりゃ違うだろう」ってイメージの時だ。悪いイメージだと、「ふん、ごまかそうとしちゃって」と思われがちだし、良いイメージだと、「謙遜しなくていいよ、いいよ」と、なりがちだから。良いイメージならば、そのままにしておいても別にいいような気がするが、見てる側の気分次第で、「見損なったよ!」「幻滅したよ!」などと言われる危険性がある。勝手にイメージ抱いておいて、見損なったも幻滅したもないだろうと思うけれど、この言葉の破壊力の前では、理屈は意味をなさない。とりあえず、言われたなら、かなりイヤな気分になることは間違いないだろう。だからまあ、良過ぎるイメージっていうのも、めんどくさい。中学1年の頃、私には、「おとなしい人」のイメージがついていた。さらには「ネクラ」だ。ただ「暗い」だけならまだしも「ネクラ」気の合う人がいないから口数少なくなってただけで、別に陰気な空想ばかりしてたとか、趣味が黒魔術だったとかってわけじゃない。なのにネクラ。根が暗いだなんて、ああ。そこで明るさをアピールしたりしてみたのだけど、「どうしたの?」「今日のココナツは変」とかって言われて虚しくなるのがオチだった。どうしたのって言われても。おっと、回想に浸ってしまった。とにかく、いったんついたイメージを払拭することは、とても難しい。なので、最初から、困ったイメージがつかないようにするのが賢いやり方。と、書いてみたけど、それもまた難しいのも事実(笑)ま、自分自身が、つけられたイメージに振り回されないよう、気を確かに持って生きて行くしかないですね。藤木も頑張ってるし。 今日の一曲『NO NO キャッチフレーズ』シーナ&ザ・ロケッツ
2003年11月10日
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ネット上をうろちょろしていて、80年代の雰囲気が大好きという人のHPを見つけた。音楽、ファッション、テレビを中心に、あらゆる意味で好きなんだそうだ、80年代が。私はその人の80年代への熱い思いを読みながら、首が痛くなった。首を傾げすぎて。かっこいいって、どこが?素敵って、何が?私には80年代の良さがいまいちわからない。その時代に多感な十代だったわけだから、そりゃあ、なじみがあるし、当然好きな所もある。いまだに当時の音楽を普通に聴いたりもしてるし。だけど、かっこいいとか素敵だとかって感覚じゃなくて、なじんでるから好きなだけって感覚の方が大きい。「ダサいと思うんだけど、なじんでるから、好き(苦笑)」って感じのものが多々あるというか。正直言って、リアルタイムで接していた時に既に、流行してるものの多くに対して、「こんなののどこがいいんだろう?」と思ってたくらいで。今はそれらに対しても、懐かしさで複雑に好きってふうになっちゃってますけどね。いや、かっこいいとか素敵だとか思ってたものもあります。それは、あるさ!いつの時代にも。けれど「こんなののどこがいいんだろう?」と思ってたものの方が多かったものだから、トータルすると、「かっこよくはないだろう、80年代は」って感じだということです。とにかく、そんなわけで、本当、80年代に憧れるってふうな言葉を聞くと、不思議だなーと思っちゃう私なのでした。けれど、ふと、こうも思ったわけなのです。「私は70年代が好き。かっこいいと思う。憧れている。 しかしリアルタイムで70年代を満喫した人からすると、 こういう私もやっぱり不思議な存在なんだろうか?」ってね(笑)人の好みってほんと、多種多様。 今日の一曲『ガラスの十代』 光GENJI リアルタイムで聴いて、なんだこりゃ、と思った一曲。 80年代に流行していたもので、 当時も今も「一体、なんで?」と思うものいろいろ。 →ケミカルジーンズ、セーラーズ、やたら大きな肩パット、 なめ猫、大映ドラマ、変な椰子の木の置物(?)ポシェット
2003年11月09日
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十代の真ん中へんから、はたちくらいまでは、「無理」と思ったら、すぐに気持ちを切り替えていた。滅茶苦茶、早かった。ほんと。無理なことを頑張ったって時間と労力の無駄、と思ってたから。まあ、それでも別に困ることもなかったし。「私にはこれは無理、でも他のできることがあるはず、 そっちを探そう、そっちを頑張ろう」って感じで、いたし。その考え方は、今も、間違ってはいないと思う。ほんとにどうしたって無理なこともあるわけだし。もっとも私の場合は、次から次と切り替えた結果、ほとんどが中途半端に終わるということにしかならなかったので、自分のようなタイプの人間がきちんと達成感を得ようとするならば、この考え方ではちょっと難しいんじゃないかという気はする。それはともかくとして私は、21の時に、どんなに逃げ出したくても逃げられないことにぶちあたった。どう考えても無理、それまでの自分なら絶対見切りをつけるっていうようなこと。逃げ出したくても逃げられないから、しょうがなくて逃げないでいたら、意外となんとかなった。別にいっぱい頑張ったりしなかったですよ、逃げなかっただけ。しつこいようだけど、逃げられないから逃げなかっただけなんだけど。それで意外とね、なんとかなった。それからだな、ちょっと考え方が変化して来たのは。今でも気持ちの切り替えは早い方。性分だからそうそう変わらない。許容範囲超えて無理するのはやっぱり嫌いだし。でも前みたいに完全に見切りをつけてそのことは頭から消す、みたいなやり方はあんまりしなくなった。とりあえずこの件に関しては保留って感じにして置いておく。いっぱい頑張らなくてもいいやって思ってる。疲れすぎたらイヤになるから。そんな性格の自分の場合には、頑張ることじゃなくて、諦めないことが、大事なのかもしれないなーと思ってる。でもでも、「もう無理」以外の理由で諦めた方が良いって場合には、持ち前の切り替えの早さを全面的に発揮しちゃいます(笑) 今日の一曲『パンク寸前のFUNK』 KICK THE CAN CREW
2003年11月08日
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引っ越して来たばかりの頃は、家の近くの坂道を自転車で登りきることができなかった。今では切り替えも使わずに楽々スイスイ登ってる。仕事もそう。最初の頃は「うわあ無理、無理」ってくらいに多く見えた量の仕事が、今では「楽々、行ける行ける」って感じになってたり。ちょっとづつ、頑張った結果、気がついたらそうなっていた、ということなんだけど。ま、慣れっていうのもあるかな。私はこんなふうに、前にはきつかったことが今ではへっちゃらになっている、ということに気づいた時、なんともいえなく不思議な気分になる。「もう無理」と思っている時には、心底、もうこれ以上は無理だ限界だって感じなのに、時が経ってみると、そのくらい全然平気になっている。あんなに本気で「もう無理」と確信してたはずなのに何故。不思議だけど面白いなーと思う。どう考えても「もう無理」と確信したことでも、覆されるってことはあるのだなー可能性ってやつだなー。ってことは、今「もう無理、自分にはできない、絶対無理」としか思えないことも、いつかは楽々になれたりするのかもしれないなー、なんてふうにも思う。そう思うと、もうちょっと諦めないでやってみようかなーって気持ちになれるのさ。 今日の一曲『雲がちぎれる時』 UA
2003年11月07日
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うちの親は自分が不幸な気分だったので、私に対してあまり優しくなかった。そのことで、私は、人間は自分が不幸だと人に優しくする心の余裕がなくなるものかもしれない、ということを考えるようになった。親は「あんたの為に」が口癖だった。私の為に我慢して、私の為に苦労して、私の為に自分を犠牲にして、その結果、疲れと不満が溜まり、不幸な気分にまでなっちゃって、いつも不機嫌、いつも文句ばっかり、優しい態度も言葉もありゃしないのでは、何の為の「あんたの為に」なんだかわからない。感謝しなくてはと思いはするけれど、連日ぴりぴりした空気の中で、ささやかなことで過剰に叱られ、言葉の暴力、普通の暴力に溢れているのだから、こっちとしても、「頼むから、私の為に我慢だの苦労だのをするのはやめてくれ」という気分になって来る。「この際自分の幸せ第一に考えてくれた方がよっぽどいい」って感じだった。無理し過ぎだったのだ、うちの親は。私は親に、ただ、ニコニコしていてもらいたかった。ニコニコする余裕もなくなるほど、私の為に頑張らないで欲しかった。自分が幸せな気分で暮らせるように、もっと自分のことを優先して欲しかった。無理はいけない。自分が不幸な気分でも人に優しくする心の余裕がある人は良いけれど、そうじゃないのなら、無理はほどほどにしといた方がいい。自分が楽しい気分で暮らすことが、結局まわりの人のことも楽しくできるものだったりもするんだからさ。自分を犠牲にしても誰かの為に、っていう気持ちはとても尊いものだけど、せっかくの尊い気持ちが裏目に出るようならどうなんでしょう?ということを、誰かの為に頑張り過ぎてる人を見ると考えてしまう私です。 今日の一曲『質量とエネルギーの等価性』 桑田佳祐 すごく好きな歌。
2003年11月06日
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楽天のHPに特に不満はないのですが、一個だけ、ちょっといろいろ考えている所はあります。それは・・・掲示板。私の所に限った話ではなくて、楽天のHPっていうのは、形式が、日記がメインの作りになっているので、自然と、書き込みも日記の感想を書く形になりやすいですね。その結果、コミュニケーションのとり方が、管理人対お客さん、と、一対一が、普通になっちゃってます。(楽天のHPは、ほとんどがそういう感じじゃないですか?)それはそれですごく良いのだけど、そうすると、みんなでワイワイって感じになりにくいんですよね。横レスがしにくいとか、他の人の書き込みを読んじゃってもいいのかな?みたいな雰囲気が、なんとなく漂っているような気もするし。自分はもともと、楽天にHPを作る前は、みんなでワイワイが基本で、一対一も勿論OKさ、って感じの掲示板ばかり利用していたので、最初の頃は、すごく変な感じがしました。なので、ここのHPを作ってからずっと、「一対一での会話をしやすい雰囲気をなくさずに、みんなでワイワイできる雰囲気も、兼ね備えてるような掲示板にできないか」ってことを、なんとなく考えてるんですけど、難しいですねー。たとえて言うなら、ラジオの深夜放送みたいな雰囲気、ってことなんですが、・・・わかりにく過ぎるたとえですか?(笑)ラジオの深夜放送っていうのは、DJにあてて手紙を書く人、リスナー同士で盛り上がる人、自分は発信せずにそれを聴いている人、それからDJ自身と、みんなが楽しめる形になってますよね。必ずハガキを書かなくちゃいけないなんて空気は漂ってないし、聴きたい時、参加したい時に、すればいいわけだし。自由で開けてて、受け取る側によっていろんな楽しみ方があるって感じの空間になっているというかね。そういうのが理想だなーと。ま、今のままの掲示板でも、みなさんが楽しんでくれているならいいわけなんですが、管理人としては、せっかくだからもっと楽しさを用意できないかなー?みたいな感じになる時がある、というわけでした。 今日の一曲『さらばシベリア鉄道』 大滝詠一 冬になると聴きたくなる歌です。
2003年11月05日
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私には、歩きながらなんとなくお財布を確認するという癖があります。うっかり、ぼんやりな性格から、子どもの頃から数え切れないくらい、忘れ物、落とし物をして来た結果、身についた癖です。しょぼい癖ではあるけれど、おかげで、大人になってからは、お財布は落としてません。しょぼくても、お財布落とさない方がいいです。時間はかかったけど、とりあえず、それなりに学習できたってわけですね。パチパチパチ。片付けがとんでもなく苦手ということに関しては、大人になった今、最初から散らかさない癖がついているという結果になっています。苦手なこと、駄目なこと。性格的な問題は、完全に克服するのは無理だけど、対処法を身につけることによって、直接的な被害を小さくすることは可能です。時間はかかるかもしれないけどね、大丈夫。「なんとかしたい」って本気で思い続けていれば、いつかは必ず、ましになってるものだから。 今日の一曲『月日の鐘』 谷山浩子
2003年11月04日
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私はマリリン・モンローが好きです。痩せてないけど、すごく美しいなーと思います。それに、中世の名画のふくよかな女の人を見て、美しいなーとも思います。だけど、まるで少年みたいな体型の女の人に対しても、美しいなーと思ったりします。痩せてる人には、痩せてる美しさがあって、ふくよかな人にも、ふくよかな美しさがある、と思っているんです。結局、その人の体質にあった「調度良い体型」が、1番その人を輝かせるのかもって感じというか。「調度良い体型」っていうのは、普通に食べて普通に運動してる状態の時の体型、っていう意味です。極端に少ない食事量にすることや、極端に多い運動をすることによってしか維持できない痩せている体型は、その人にとっての「調度良い体型」ではないんじゃないかな、と。そんなわけで、世の中の女性たちの多くが持っている、「痩せている=美しい」の価値観には、首を傾げたくなっちゃいます。「調度良い体型」に戻すためのダイエットだったら、いいのだけれど、「調度良い体型」以上のガリガリを目指さなくても・・・と思う時が、結構あって。まあ、とにかく、「痩せている=美しい」の感覚が、個人的な好みの問題なのだとしたら、心に引っ掛かることは何もないのだけれど、すっかり一般的な価値観みたいになってしまってるようなので、変なのーと思っちゃいます。あ、別に自分を擁護したくて言ってるわけじゃないよ(笑) 今日の一曲『ラブラブ・マンハッタン』 TOKIO
2003年11月03日
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私は人に迷惑かけるのが嫌い。こっそり「ほんとはイヤなんだけどなー」と思われたりしたくないから。大抵の人は迷惑な時に「迷惑だよ」とは、あまり言わないものだし、人によって迷惑のモノサシは違うから、だから、私は、相手にズバリ確認しちゃうわけなんだけど、そこで「正直、迷惑だよ」と言われて、ガーンガーンガーンと、なりはしない。あー確認して良かったーって思う。それは「迷惑」だけじゃなくて「不愉快」に関しても同様。せっかく付き合うんだから楽しく付き合いたい。心の中にモヤモヤしたものを抱えながらじゃ、楽しさが損なわれてしまう。それに、そんなふうじゃ長続きしないでしょ、いつかきっと、うんざり気分がMAXまで行っちゃうだろうから。だから、どんなことに不愉快な気持ちになるのかとか、何をされたら迷惑なのかとか、知ってる方がいいよねって思う。何でもかんでもオープンにする必要は全然ないと思うけど、付き合いをするんだったら、この点に関してだけは、隠さないで欲しいし、自分も隠したくない。私は隠さないのさ。喧嘩腰でガーガー文句言うんじゃなくて普通に言ってる。「あー、私、そういうの駄目ー、へへへ、ごめーん」みたいな感じで。「言ったら相手が気を悪くするかも」って気持ちがゼロってわけじゃないけど、私だったら、こっそり溜息つかれている方がよっぽどイヤなんだもの。大体、不満だの不愉快だのは、人と人とが付き合う上で、あって当たり前のものだと思う。別々の人間同士が付き合うわけだから。人はそれぞれモノサシが違うわけだから。あって当たり前のことに関して言うのに、言いにくいなんて思うのも、おかしな話だよなーと思う。言う側も言われる側も、そんなにそんなに、大げさに構えなくてもいいような気がする。人格に問題があるとか、世間一般的にこうなんだからどうのこうのとかって言い方をすれば、そりゃあ相手は気を悪くするかもしれない。私だって、そんな言われ方じゃ面白くない気分になる。だけど、普通に、素直に、「自分は、それはイヤだなー」って感じで言われたならば、「あ、そっか。うん、わかったよーごめんごめん」って感じに、私はなるし、大抵の人もそうだと思う。それで、ふてくされるような人だったなら、付き合ってたってどうせ、楽しい未来は望めそうもない。 今日の一曲『ビバ★ロック』 オレンジレンジ
2003年11月02日
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日記にレスをつけてもらえると、嬉しいなーと思う。ワクワクしながら書き込みを読む。そのお返事を書くのもとても楽しい。だけど私、レスがすごく欲しいってふうには思っていない。あれば嬉しさ倍増だけど、でも、読んでもらえるだけで、充分嬉しくて、充分満足だから。レス、というか書き込み自体なのだけど、そんなに、欲しい欲しいと思っていないのは、私自身が、みなさんのHPにお邪魔した時に、ただ読むだけで何も書かないってことが少なくないからだったりする。いや、単純に、自分がそうなのに人に望むのは変だからってことじゃなくてね、言葉が思い浮かばないことってあると思う。私はある。しょっちゅうある。言いたいことはなんとなくあるけれど、それをうまく言葉に表せない時もある。なんだかわからないけど言葉にしたくない時もある。すごく心に残る文章だなーと思っても(様々な意味で)感想は特にない、ってこともある。ま、いろいろ、ある。それでも無理やり言葉をひねり出して、何か書き込みをした方がいいのかな。それを望んでいる人はいるのだろうとは思う。特にコミュニケーションを目的としている人の場合、なんでもいいから書き込みが欲しいってこともあるだろうと思う。それはわかるのだけど、私はどうも無理やり書くのは気が進まない。だから他にもそういう人がいるかもと思う。子どもの頃、読書感想文の宿題が大嫌いだった。読んだ後、感想を書かなくてはならないと思うと、読むこと自体が憂鬱になった。もし、HPは絶対読み逃げ禁止、必ず書き込みすること、なんて決まりができたなら、私はおそらく最初から読みに行かない。絶対に読んだ本の感想文を書かなくてはいけない図書館が、もしもあったなら、私は間違いなくそこには行かない(笑)こんなに読書好きだけど行かない。私は自分のHPには気軽に遊びに来て欲しい。変なプレッシャーみたいなものは一切感じないで欲しい。来たい時に来て、書き込みしたい時に書き込みして・・・と、とにかくお客さんの好きなようにしてもらいたいなー。読み逃げ大歓迎ってやつです。ま、そんなわけで、これからも気楽に遊びに来てくださいね。気楽に、自由にね。 今日の一曲『T.O.M.M.Y』トミーフェブラリー
2003年11月01日
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