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風邪が悪化してしまい、苦しい日々を送ってる途中です。ひいたかな?と思ったらすぐに風邪薬を飲むようにしてるんですが今回はどうもタイミングを逃してしまったようで。ちょっと長引いちゃってます。でもねー、不思議なんだけど、具合が悪くても、仕事の時はしゃきっとできちゃうんですよね。それで家に帰ってまたぐったりなわけだけど(笑)精神力ってやつですね。仕事が終わると緩むんだな、精神力。というわけで、さっさと寝ることにします。楽しい夢でも見るとするか。おやすみなさい。ぐー。 今日の一曲『道化者の憂鬱』 ストリートスライダースみなさんは風邪に気をつけてくださいね。あと、もうひいちゃってるみなさんは、いっぱい栄養つけて、いっぱい眠って、早く元気になりましょう!!
2005年01月31日
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少し前、全国放送のテレビを見ていたら「北海道では大晦日にお寿司を食べる風習があるそうです」と言っていた。「へえ、面白いですね」「本州にはない風習ですよねー!」・・・北海道にだってそんな風習は別にないよ(笑)その番組は北海道の人が出ていなかったのでまたまた変な誤解をされちゃってるねーと思っただけだったんだけど、数日前、北海道のローカル放送でも同じことを言っていた。本州出身のアナウンサーの「私、北海道に来て驚いたのは 大晦日にお寿司を食べる習慣があることだったんですよー」って言葉を受けて、北海道出身のアナウンサーが、「そうなんですよ。 私も最近知ったのですが、 これって北海道だけの習慣らしいですね」・・・いいかげんなこと言うなーっっ確かに北海道の人は大晦日にお寿司を食べることが多いのかもしれない。でも、食べたい人が食べてるだけのことで、たまたま食べたい人が多いってだけのことで・・・・つまり、風習でも習慣でもない。 *風習→風俗習慣。その土地に古くから伝わるならわし 習慣→以前からのしきたり、ならわしたまたま食べてるだけのことを風習だの、習慣だの、決まりごとみたいに言われちゃ変な感じだよ。あ、もしかして、本州では大晦日にお寿司を食べてはいけないことになってるとか? 今日の一曲『いつかきっと』 渡辺美里
2005年01月30日
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人はリサイクルをする時、美的センスがどんどん怪しくなって行く。私はこれを「リサイクル魔の法則」と呼んでいる。家電リサイクルなどの類の場合は、「ちょっとダサいかもしれないけど、 安いしねー、ま、いいわ」と妥協の意味で美的センスが怪しくなるわけだが、これは、自分自身、自覚してるわけなので、さほど、問題ではない。問題になるのは、古新聞や牛乳パックなどで小物を手作りをするリサイクル。「ね、素敵でしょう」って、本気で言っているのかー!!と、ツッコミ入れたくなるが、本人、いたって本気。ツッコミ入れても冗談として流される。とにかく、この手の手作りリサイクルには、熱心に作りこんでくうちに、通常時の判断力を失わせる魔力があると思われる。たとえば、私の母。娘の私が言うのもなんだけどセンスのいい人である。しかし、母、手作りリサイクル品に凝り始めると、変なものを量産する人となる。また、リサイクル魔の法則2として、「必要品と不必要品の区別がつかなくなる」というものがある。「古新聞が小物入れになるんだよ。 不要なものがこうやって生まれ変わるのって嬉しいね」嬉しいのはわかるけど、落ち着いて考えてみれば、浮かび上がって来るのは、不要なものが別の不要なものに生まれ変わってるという事実。小物入れがそんなにたくさんあってどうするんだ。もう入れるものがないだろう。そして彼らは、やがてこうなる。「そうだ。まわりの人にも作ってあげよう」これが、リサイクル魔の法則3。 今日の一曲『Let Me Cry』 鈴木聖美
2005年01月28日
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なんだっけ。見ていなかったので番組のタイトルを忘れた。とにかく、バラエティ番組内で、世界一周かなんかの旅人として人気が出た人たち、猿岩石。私は旅人の猿岩石はよく知らないのだが、歌手・猿岩石のことは、実は結構好きだった。特に有吉の声が(少ししか歌っていない方)好きだった。くたびれてる感じというか脱力系ボーカル。だけど2人とも魅力的な声をしてたと思う。私は彼らのベストアルバムがかなり気に入っている。『白い雲のように』は、作詩・藤井フミヤ/作曲・藤井尚之/編曲・松浦晃久。この曲、チェッカーズの曲を知ってる人ならいかにも尚之っぽいメロディーラインと感じるのでは。(どこがどう尚之っぽいの?と 聞かれても答えられないんだけど)余談だけど、私は、藤井尚之の作る曲が好き。特にチェッカーズ時代の『ロンリーソルジャー』と小泉今日子に提供した『遅い夏』は名曲と思う。猿岩石、他に、『どうして僕は旅をしているのだろう』という曲も私はとても好きだ。(『白い雲のように』のカップリング曲。 作詩・高井良斉/作曲・尾上一平/編曲・松浦晃久)かつては血や肉を削られても転がり続けていたのに今は同じ場所で身じろぎもしない石ころ。転がる事を自分からやめた時が僕の旅のゴールさ。というような歌詞なんだけどね。「ずっと転がる石でいたいよな」って気持ちになって来る、この曲を聞いてると。 今日の一曲『白い雲のように』 猿岩石
2005年01月27日
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職場の先輩なのだけど、血液型の話題になると決まってこう言う。「私、OのAだから-」ええと、つまり、「私の血液型はA型なんだけど 母親がO型なので、A型といっても殆どO型だから、 性格的にもA型よりO型に近いのよ」ということらしい。それを言い出したら、完全なるA型の人なんて殆どいないだろう。(他の血液型にも通じることだけど)両親ともにA型でも祖父母は違うかもしれないし。ちなみに私は、父親AB型で母親O型、そして自分はA型。でもまあ、そんなことは別にいい。私が気になるのは、それを言い出したら殆どの人はそうだろうよという類の、はっきり言えば、しょうもないことを、なんでこの人は繰り返し言うんだ?ってことで。彼女が「私、OのAだから」と言うのを最初に聞いた時は話題の一つとして「へえ、そうなんだ」と思った。2回目、3回目の時には、「あれ?前に話したことを忘れてる?」と思ったが、そういう人は珍しくないので別に気にならなかった。しかし、何十回も聞いた今は、「だからどうした」と思う。ここまで繰り返して言うからには、よっぽど、「自分はO型っぽい」または「A型だけどA型っぽくない」ということをアピールしたいんだろうなーって気がするのだけど、でも、これって、そんなに強くアピールしたいようなことだろうか。なんかどうでもいいことのような気がするんだけどなあ。 今日の一曲『ロコローション』 オレンジレンジ
2005年01月26日
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学生時代、パン屋でバイトしていた。売り子ってやつね。売れ残ったパンをもらえれば食費が浮くと期待して入ったのだけど、売れ残ったパンは豚のエサになるらしく、ちっとももらえなかった。残念だった。おっと、そんなことはどうでもいいのだった。ある日のことである。派手ないかりや長介という感じの、やけに煌びやかな格好の大きな男の人が店に来るなりにやにや笑いを浮かべながら、こう言った。「昨日、おたくのピザパンを買ったんだけど、 パンの間に髪の毛が3本まとめて、はさまってたんだよ」私はびっくり仰天。と同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、「申し訳ありませんっっ ただいま、責任者をーーー」ってな具合に慌てふためいて店長を呼びに行った。しかし。なんと、派手ないかりや長介は、常習犯だったのである。店長いわく、「あの人、以前から何回もクレームつけて来てるんだよ。 最初は謝罪して返金していたんだけど、 あちこちの店舗に出没してることがわかってさ」派手ないかりや長介は、私がバイトしていたパン屋のあちこちのチェーン店に顔を出し、「パンに髪の毛が3本・・・」と、やっているらしかった。どういうわけか、いつも必ず3本。オバQのファンだったんだろうか。3本にこだわりがあったようだ。食べ物関係の仕事をしたことがある人なら、わかってもらえるのではないかと思うのだが、冷静に考えてみれば「髪の毛が3本まとめて、はさまっている」というのは、ほとんどあり得ないシチュエーションである。作業する人たちはしっかりと帽子をかぶって髪の毛混入防止策をとっているし、仮にそれでも落ちてしまったとしても、3本まとめてというのは、まずない。その、まずあり得ない内容のクレームを、つまり、すぐに疑われそうなクレームを、あちこちの店舗で繰り返しつけていることの意味がわからなかった。しかもレシートも現物も持たずにやって来て。派手ないかりや長介は、一体、何を思い、何を求めていたんだろう。とりあえず、あのパン屋のファンだったことは、間違いないような気がする。あちこちの店舗に出没してたくらいだし。私もあのパン屋のファンだった。その点では仲間と言えないこともない。 今日の一曲『アジアの純真』 PUFFY
2005年01月25日
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近頃ひさびさに友達っていいものねーという気持ちになってます。なんというのでしょう。深刻なコトは別にないので、涙まじりにっていうんじゃないのですが、一人でテクテク歩いてる時などに、ふわっとその日の会話なんかを思い出して面白かったなあとクスっと笑ってしまった時だとか、何気ない会話の中で、相手の優しい気持ちが嬉しかったり、自分が相手に自然に優しくなれることが嬉しかったりした時だとか、ボソっと言ったヒトコトや何の気なしに歌ったハナウタにすぐにピンと来てくれて「なんでわかる!」と思った時だとか、まあとにかく「なんか私たちって・・・友達なんだねえ」と感じた時なんかに、友達っていいものねーと心がポカポカして来るのでした。そうして、面白い本や、かっこいい音楽などを、お互いに情報交換しあって世界が広がってくことや、楽しいことや、素敵なことを見つけた時に「明日、この話をしよう」と思えることや、いろんなことがほんわかと嬉しくてこのほんわかした嬉しさというのは彼女がいてくれてるからなんだなと考えたりもして。友達っていいものですね。 今日の一曲『Walk on』 藤重政孝
2005年01月24日
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そういえばドリカムのことってあんまりここに書いたことなかったな。なんていうんでしょう。私にとってドリカムというのは「普通に近くに存在してる音楽」って感じです。デビューした頃から聞いてるし・・・聞こうと思わなくても聞こえていたし・・・ってこともあるのかもしれないけど、好きとかわざわざ言うのも変な気がするくらい自然に近くに存在してる。最初に聞いた時は「すごい!」と思いました。「出た!」みたいな。ここまで歌のうまい人がとうとう出たか!って。いや、それまでもいたんだろうけど、自分はそう思った(笑)それでも、ただ歌唱力が優れてるってだけだったら、自分はそんなに魅力を感じなかったかもしれないんだけど、曲も良かったし、なにより、やっぱり歌詞と声質。好きな曲はそれはもうたくさん!でも、たくさんの中から、無理して3つだけ選ぶとするなら、『ひさしぶりのI MISS YOU』『朝がまた来る』『彼は友達』『The signs of LOVE』・・・あ、4つになっちゃった。 今日の一曲『晴れたらいいね』 DREAMS COME TRUE あ、5つになっちゃった(笑)
2005年01月23日
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『ドラえもん』の声優たちが変わるらしい。自分としてはやっぱりルパン3世パターンで行って欲しかった気がするけど、(ルパン3世パターン・・・ 声のそっくりな人にバトンタッチ)まあ、しょうがないんだろうなあ。それに、よく考えたら、初めてアニメを見た時、「この声がドラえもん!?イメージ合わないっっ」と思ったような気もする(笑)それが今じゃ「あの声じゃなくちゃ」と思ってるんだから、我ながらおかしなものだ。『ドラえもん』のアニメが放映開始された頃、私は小学校の中学年だった。マンガはもっとずっと前からあったので当時の小学生の大半はアニメを見るからドラえもんのことは知っていたと思う。それでもアニメになったということで一大ブームが起きた。「欲しいものは何?」の問いかけに、「ドラえもん」と答える子ども急増。私もその一人。今の『ドラえもん』はすごく健全だけど、マンガや最初の頃のアニメでは、結構、毒があったような気がする。のびたの性格も今より悪かった。のびただけじゃなくてジャイアンもスネオもだけど。そんなのびたが今じゃ映画版じゃヒーローになってるんだから驚きだ。のびた、立派になったねえ。私が『ドラえもん』の道具の中で一番欲しいものといえば、(ポケットっていうのは、なしね)なんといっても、どこでもドア!!どこでもドアさえあれば、世界中どこにでも行けて、しかも家に帰って来るのも簡単。いいよなあ、便利だよなあ。ところで。『ドラえもん』を見ていて、「ちょっと待て。 それじゃなくてあの道具の方が役立つだろう」って思うこと、多くないですか?(笑) 今日の一曲『小さな頃から』 ジュディ&マリー
2005年01月22日
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私がまだ小さかった頃、私の父は手品に凝っていた。といっても、高度な手品ではなく、マッチ棒を右の耳に入れて左の耳から出すとか、手のひらに乗せたコインを消すとか程度の簡単な手品。私にはタネが全然わからなかった。だけど、タネに関心がなかった。「どうせタネがあるんでしょ。 タネがあるんだから不思議でもなんでもない」って感じだったので、すごいとも思わなかった。「こんなもの見ててもつまらないや」って感じだった。しかし、そんな私も、唯一、ハトを出す手品には興味があった。ぜひ、間近で見てみたかった。しかし、父に、「ハトが見たい。ハトを出してくれ」と頼んでも、「ハトは今、旅に出てるから出せない」と断られた。一体、いつになったら、ハトは旅から帰って来るんだろう。と思っているうちに、父は手品に飽きてしまった。今も私は、誰かが素人手品を披露するのを見てもちっとも楽しくない。こっそり、「ハトを出してくれればいいのに」と思っている。しかし、いまだに、ハトを出してくれる人には会ったことがない。ハトはいつでも旅行中。 今日の一曲『何度でも』 DREAMS COME TRUE
2005年01月21日
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我が家で最初にシャネルズのファンになったのは母だった。曲に合わせて踊りまで披露してくれた。母らしからぬ行為にココナツびっくり。で、いつのまにか、自分も好きになっていて、気がついたらボンボボボンボンとかシュビドゥビとか言っていた。私はシャネルズでドゥワップという言葉を知りました。しかし私が彼らの曲の中で特に好きなのは、シャネルズからラッツ&スターに改名した後の、『め組のひと』と『Tシャツに口紅』『今夜はフィジカル』の3曲。『め組のひと』は、もうわけわかんないけどこのノリが生理的に好きっす!!って感じの曲だし、(いまだにこの曲を聞くと、 め!のポーズをやりたくなるほどだ)『Tシャツに口紅』がこれまた無条件に好きな雰囲気の曲で、くーっいいねーって感じ。『今夜はフィジカル』は変な雰囲気の曲。まあ、一言で言って、フィジカルな感じの曲なんだけど(まんまだけどさ)アレンジがすっごくいかがわしくてかっこいいんですよ。90年代にラッツ再結成で『夢で逢えたら』をリリースしてくれた時は嬉しかったな。次はいつ再結成してくれるんだろうって思ってたんだけど、ちょっと無理っぽい気配。それどころか、過去の曲すら封印されてしまいそうで心配。私は鈴木雅之のソロよりラッツの方が好きだったのでちょっと寂しいです。 今日の一曲『め組のひと』 ラッツ&スター 季節外れだけどね(笑)
2005年01月20日
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「寒い所に生まれ育ったなら、 気の短い性格になってもおかしくないよな」と思う。たとえば、外でバスとか人とかを待ってる時、暖かければ「まあいいや」と思える心の余裕があるが、凍りそうに寒い中では待つということだけではなく寒いことにも耐えなくてはいけない。なので「早く来やがれ」という感じになる。好きな人が相手なら我慢できないこともないが好きでもなんでもない人が相手なら本気で腹が立つ。そもそも、何をするんでも寒い。いちいち寒い。少しでも寒い時間を減らしたい、あれもこれも手早く終わらせたい。という生活を、幼い頃から送って来ていれば気の短い性格になってもおかしくない気がする。実際、私の住む北海道には気の短い人が多いと思う。東北あたりの人はどうなんだろう。 今日の一曲『冬の翼』 スネオヘアー
2005年01月19日
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古本屋にて。なんとなく気が向いたので故・伊丹十三のエッセイ『女たちよ!』を買った。1975年の出版。へえ、30年も前のエッセイなのか。私は勝手に1985年くらいの本だと思い込んでいた。(それでも20年前だけど)きっとその時期にもどこの本屋にも普通にあったからだな。とかなんとか思いながら読み始めたのだけど、これがまあ、すごく面白かった。文章センスの良さに「ほう・・」と思った、なんてことは今更わざわざ書くまでもないか。物の見方、考え方、すごく面白いな、好きだなと思った。他のエッセイも読んでみようと思う。せっかくだから、伊丹十三監督作品の『お葬式』『マルサの女』なんかも見てみようかな。私はこれらの映画を随分前に見たのだけれど全然記憶に残っていないのだった。強いて言えば、「おもしろくなかった」という記憶だけ。ただし、本人が封印したがっていたというホラー映画、『スイートホーム』は面白かった記憶がある。私好みの、バカバカしくて変な映画だった。今、見たら、『お葬式』を面白いと感じるかもしれない。感じないかもしれないけど、とにかくエッセイはすごく良かった。 今日の一曲『MOON』 レベッカ なんで『スイートホーム』を見たのかというと レベッカのNOKKOが出てたから。 というわけで、今日の一曲はレベッカ。
2005年01月18日
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今日は大雪。しかも吹雪。雪の下は、つるつる。雪の中、ずぼずぼ埋まりながら歩きつつ、何回も滑った。2回も転んだ。吹雪の中を歩いていたら、これまでに生きて中の、幾つもの「吹雪の中を歩く自分」を思い出した。たとえば、白髪のカツラをかぶったみたいになって、ついでに眉毛なんかも真っ白けで、友達と一緒に「そうじゃのう」とか「ばあさんやー」とかお年寄りごっこをしながら歩いた日のこととか、右も左も前も後も真っ白世界の中を好きな人と一緒に歩きながら「世界中に私たち二人しかいないみたいな気がする」と不思議な気分になった日のこととか。そんなことを考えていたから、何回も滑って、2回も転んじゃったのかもね。今日の日のことも、いつか思い出すのかな。 今日の一曲『ブリザード』 松任谷由実
2005年01月17日
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筋の通らない意見は「筋、通ってないなー」と思う。なので、筋の通らない意見だなーという印象を相手に与えたくないなら筋を通した方がいいだろうねと思う。「筋、通ってないから」ということで、受け入れようという気にならなかったりもするので、受け入れてもらうことを望んでいるのならば筋を通した方がいいだろうね、とも思う。筋の通らない意見を聞いた時に私が思うことはそれくらいだな。 今日の一曲『シャララ』 サザンオールスターズ
2005年01月16日
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十代の頃、『スクールウォーズ』という番組があった。他に見るものがなかったので最初は仕方なく見ていたのだけど、ツッコミ所満載のドラマだったので友人とスクールウォーズネタで笑うために毎週楽しみにするようになった。という話を大人になってから知り合った人にすると、「笑った?・・・私は真剣に感動して見てたよ・・・」って感じの反応をされることが多い。そういう時、私は、自分や自分のまわりのみんなは、ひねくれ者ぞろいだったのかなあ?と思う。昨年、『冬のソナタ』が大人気だったけれど、私は見ていない。ちらっと見て、スクールウォーズの匂いを感じたので見るのをやめた。今はそばにドラマネタで一緒に笑える友達がいないので、見てもしょうがないやと思って。お正月、年賀状を見ていたら、あの頃一緒にスクールウォーズで笑っていた友人からのハガキに「冬ソナに、はまってしまいました」と書いてあった。感慨深かった。 今日の一曲『ヒーロー』 麻倉未希
2005年01月15日
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子どもの頃、親からよく「ぼーっとしてる」と言われてた。「あんた、今、バカみたいな顔をしてたよ」とからかわれては、怒っていた。しかし、親によると、そういう時の私の顔は、とろんとした目で口を半開きにしてたらしいので、実際、バカみたいな顔だったんだろう。バカみたいな顔をしてはいたが、ただぼけっとしていたわけではなかった。いろいろ考え事をしてたのである。頭の中、大回転。考え事に夢中で顔に無防備になっていたのだろう。バカみたいな顔っていうのは、私の場合、考え事をしてる時の顔だったみたいだ。たまにバスなどで口を半開きにしてとろんとした目の子どもを見かける。バカみたいな顔である。私は想像する。バカみたいな顔をしているこの子の頭の中は今、大回転中なのかも。 今日の一曲『恋は春感』 山口美央子
2005年01月14日
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幼い頃からずっと、平日の夕方のドラマ再放送が大好きだった。自分はこれらのドラマの影響をかなり受けていると思う。私は同い年の同性の友人たちといまいちドラマの趣味が合わない。何年か前に本屋で『男泣きテレビランド』というムック本を見つけた。大好きだったドラマがこれでもかってほど出ていて嬉しかった。この間、レンタルCD屋で、『俺たちのメロディー』というオムニバスCDを見つけた。大好きだったドラマの主題歌、挿入歌がわんさか収録されていて、これまた嬉しかった。「男泣き」で「俺たち」・・・。同性といまいちドラマの趣味が合わないのも無理ないのかもしれない。今日の日記タイトルにした曲はドラマ『俺たちは天使だ!』の主題歌「男達のメロディー」SHOGUNと書いたけど、それは私が文字の表示の仕方がわからないからで、本来はOの上に-がつく。読み方はショーグン。ちなみに『探偵物語』の「Bad City」「Lonely Man」もショーグン。そちらもとてもかっこいいと思う。『探偵物語』の方は英語歌詞なのだけど「男達のメロディー」は日本語歌詞。(運が悪けりゃ死ぬだけさ)のフレーズが、私はすごく好きなのさ。 今日の一曲『男達のメロディー』 SHOGUN TOKIOがアルバムでカバーしてるらしい。 どんなふうに仕上がっているのかな?
2005年01月13日
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あんまりグルメ関係の番組って見ないのですが、この間、たまたま、おいしいラーメンを紹介する番組を目にしました。そこで出て来たのが、たらば蟹が丸ごと入ってるラーメン。「うわあ、蟹だ!すごーい」と、レポーターは大はしゃぎ。はしゃぐのが仕事なのはわかるけど、「ほんとに嬉しいの、それ・・・」と思ってしまいました。蟹をむいてる間に麺がノビノビじゃないかー。いいのか、麺はどうなっても。え?麺だけ先に食べればいいじゃないかって?ま、そうかもね。でもさー、なんでわざわざ、蟹を、ラーメンに入れて食べるんだろう。蟹は蟹で食べた方が食べやすいし、おいしいと思うんだけど。でもまあ、蟹好きの人からしたら、嬉しいんでしょうね、きっと。あ、そうか。あのレポーターは蟹好きの人だったんだ。 今日の一曲『ラーメンたべたい』 矢野顕子
2005年01月12日
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学生時代、ノート提出がイヤだった。一言で言って、ノートを殆どとっていなかった。必要なことしかメモしなかったし、あとは、教科書に印をつけたり、走り書きで書き込んだり、教科書、大活躍。先生が「はい、黒板写してね」って言っても知らん顔で。ほんと、ノート提出の時には焦った焦った。今でも、不思議なんだけど、なんのためにいちいち黒板の字を丸写ししなくちゃなんなかったんだ?いや、私は、写してなかったんだけどさ。たまに色とりどりのペンを使ったりなんかしてノートをとることに命かけてるような人を見るとその熱意はどこから来るんだろうと思った。書き過ぎて、というか、ペンを使い過ぎてて、後から見た時にどれが大事な所なのかわかりにくくないのかなー?わかりにくいんだとしたらなんのためのノートなんだろなー。とにもかくにも、私、学生時代、ノート提出がイヤだった。 今日の一曲『ハーメルン』 レピッシュ
2005年01月11日
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ピストルで撃たれる夢を見たことがある。その瞬間、目が覚めた。ナイフを持った人に追われる夢の時には刺される前に目が覚める。私の夢には血が出て来ない。トマトジュースを飲んでる吸血鬼なら出たことがあるけど(笑)という話をすると、「珍しいね」と言われることが多い。そうなんだろうか。血みどろの夢を見ている人って多いんだろうか。そういえば私。子どもの頃から恐怖モノのドラマや映画が好きでよく見ていたのだけれど、でも、残酷シーンの時には手で目を覆っちゃうんですよ。今でもそうなんですけどね。マンガでもそういうシーンはすっ飛ばしちゃうし。だから、よく考えたら、残酷映像って殆ど見たことない。もしかしたら、自分が血みどろの夢を見ないのには、こういうことが関係してるのかもしれないな。見たくないので、調度良かった(笑) 今日の一曲『BURN』The Yellow Monkey
2005年01月10日
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小さい頃から「極端」という言葉を浴びるように言われながら育って来た。性格だけじゃなくて能力的にも極端だったし。自然にしてたら極端と言われてしまう。でも私、極端なのって好きじゃなかった。自分が人並み以上に極端なのに、というか極端だからこそ、「バランスが良い」ってことに憧れてた。で、今もやっぱり、極端は好きじゃない。「極端は駄目だ」とか、「バランスって大事よね」とかって思っている。うっかり気を抜いて「ココナツさんて極端だねえ!!」と言われた時には、嗚呼、やっちゃった・・・と苦い気分になる。だけど、そんな時、ちらっと思う。もういいかげんに開き直ってしまおうか。極端人間として人生を驀進、っていうのも、やってみたら案外と楽しいかもしれない。ああ、やっぱり駄目。極端は好きじゃない(笑) 今日の一曲『春咲小紅』 矢野顕子
2005年01月09日
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自分で自分を悪く言うのなら人からそれと同じ言葉を言われたとしてもしかたないと思う。だって本人が認めてるわけだから。絶対に言われたくない!言われたらカチーンと来ること間違いなし!!と思ってる言葉なら内心、自分自身認めてることでも、口に出さない方がいいと思う。冷静に聞けるんだったらいいけど。自分で自分を悪く言ってる人が人から同じ言葉を言われて激怒しているのを見た時、「でも、自分で言ってたじゃん」と、私は思ってしまう。 今日の一曲『群青日和』 東京事変
2005年01月08日
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一日が30時間くらいあったらいいのになって母がよく言ってた。母はいっつも真夜中過ぎまで起きていた。「昨日は何時に寝たの?」「3時過ぎ」「よく眠たくなんないねえ」「だってやりたいことがいっぱいあるんだもの。 眠るのがもったいないの」本当に本当によくそんな時間まで起きていられるなあと思ってた。私、高校生の頃には、12時までだってなかなか起きていられなかった。そんな私が今は毎晩、真夜中過ぎまで起きている。一日がもっと長ければいいのにな。だってやりたいことがいっぱいあるんだもの。眠るのがもったいないの。あの頃の母と同じことを考えてる。ちょっと変な感じ。 今日の一曲『星になった嘘』 山下久美子
2005年01月07日
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親に対して「わかりあえない」「気が合わない」「感覚が違う」などと思うことは日常茶飯事だったのだけどそれを世代的なギャップのせいって思ったことはほとんどなかったような気がする。少なくとも中学、高校以降は、全然なかった。どうしてかというと、自分には、親と同世代の有名人に、共感する人、感覚やセンス、考え方なんかが大好きな人がいっぱいいっぱいいたから。有名人って、小説家とかマンガ家とかミュージシャンとかまあいろいろなんだけど。だから、私としては、そのへんの世代の人に対しては「けっ」と思うどころか憧れのイメージを抱いていた。そんなわけで、「うちの親は彼ら(←大好きな有名人たちのこと)と 同世代なのに何故!?」なんてことを思っていたくらいなので、ほんっと、親との感覚その他のギャップの理由を世代的にどうとかいうふうには全然思っていなかった。「私は親に 世代的なギャップっていうのは別に感じてなかった」という話をすると「変わってるねえ」と言われることが多い。だけど自分からすると、親と同世代の人の中に考え方やセンスが大好きな人たちが何人もいながら、親とのギャップの理由を世代の違いのせいと考えるが変なんじゃないかって感じだったりする。もっとも、大抵の人は、私みたいに、「親と同世代の人に好きな人がいっぱい」じゃないのかもしれない。(うちの親、若くして私を産んでいるしなあ・・・)だとすると、私みたいな感覚はちょっとピンと来ないかもしれないね。 今日の一曲『ノルウェイの森』 ビートルズ 親と同世代の作家で大好きな人というと村上春樹! なので今日の一曲はこれ。
2005年01月06日
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最近、キャンディーズのベストをよく聞いてます。正確には、キャンディーズベスト2枚組の、シングル曲集じゃないほう。それぞれのソロ曲が収録されてるんですよ。なにせシングル曲集じゃないほうですからこのアルバムをレンタルするまで一度も聞いたことなかったような曲ばかりなんですがなんかこう、シングル曲のイメージと違う、ゆったりしっとり系の大人っぽい洒落た曲が多いんです。作詞作曲、誰々なんだろう。レンタルした時、ちゃんと見ておけば良かったな。もしかして洋楽のカバーも含まれてるのかな・・・。って、めちゃくちゃマイナーな話題ですね。ま、いいや。この際、マイナーな話題を更に書くことにしよう(笑)大人っぽくて洒落た曲で思い出したのですが、私は松田聖子の『潮騒』という曲がとても好きなんです。初期の曲で、彼女のラジオ番組「夢で逢えたら」のテーマ曲だったのですが、シングル曲じゃないので、きっとファン以外はわからないと思います。あと、『True Love』という曲、『Sailing』という曲もすごく好きです。アルバムの曲って、特にアイドルのアルバムの曲って一般的認知度が低いし、露出度が低いから、時の流れの中で忘れ去られた存在になって行く。しょうがないことなのだけど曲の身になってみれば寂しいことだよなあと私は思ってしまうのです。曲の身になるなんてなんかちょっと変かもしれないけど(笑)まあ、シングルの曲だってアルバムの曲よりは条件がましってくらいで、やっぱり同じ運命なんですけどね。それらの曲を聞きながら曲の身になって「寂しいねえ」と思ったあと、いつも思うのは「でも、私が聞いてるからさ」好きだなあと思いながら聞いてる奴が、とりあえず一人(私のことだけど)はいるから大丈夫だよ。って、何が大丈夫なのかよくわからないんだけどね。 今日の一曲『ふたりのラブソング』 キャンディーズ
2005年01月05日
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山口百恵のことはリアルタイムではそれほど関心がなくて、彼女が引退してから随分と経っていた頃にベストアルバムを聞いて大好きになった。(その時、私、中学生)声がすごく好き。山口百恵という人は女優タイプのシンガーだと思う。曲によっていろんな顔を見せてくれるタイプのシンガー。そんなことも、幅広い層から支持されていた理由の一つだったのかもって気がする。私は、山口百恵を聞き始めた頃は、「ロックな山口百恵」が特に好きだった。『ロックンロール・ウイドゥ』だとか『プレイバックpart2』『絶体絶命』『イミテーション・ゴールド』なんかの。すっごくかっこいいなーと。だけど、だんだんと、「『夢先案内人』『乙女座宮』もいいなー」と思うようになった。今では、この2曲が、山口百恵の曲の中で私が特に好きな2曲。(数年後には『いい日旅立ち』が 1番好きになってたりするかもしれないけど)2曲とも、ゆるい感じのポップなメロディー。地味っていえば地味な曲なのだけど、なんともいえない味があると思う。さてさて今日の日記タイトルにした『乙女座宮』作詞・阿木耀子/作曲・宇崎竜童。この曲の山口百恵はとても可愛い。歌詞が少女マンガ的で(少女マンガというフレーズも出てくるし)メロディー、とってもポップ、アレンジがキラキラしている、というわけで楽曲自体も明るく可愛いのだけど、山口百恵の歌い方も、ちょっと悪戯めかしてるようなお茶目な感じを出しつつ、楽しそうに伸びやかに歌っているっぽい所がとても可愛いらしい。ところで、余談なのですが、この曲、「乙女座の私」が「今はしし座のあなたに夢中よ」って歌詞なのだけど、山口百恵って山羊座なんですよね☆(ちなみに三浦友和は水瓶座) 今日の一曲『乙女座宮』 山口百恵
2005年01月04日
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結構、子どもの頃に染み付いたものっていうのは消えないもので、私は誰かが「うーん」と言ってのを聞くと「マンダム」と続けたくなったりする。バカバカしいので書かないけれど他にもいっぱい染み付いている変なクセがある。まず間違いなくウケないのでこういうクセは困ってしまう。 今日の一曲『ひこうき雲』 荒井由実
2005年01月03日
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そういえば今年は「お餅を喉に詰まらせて死亡」のニュースを聞かなかったような気がする。良いことだ。私は以前からこんなに毎年お餅を喉に詰まらせて死ぬ人がいるんだからみんなもうちょっと注意すればいいのに・・・と思っていた。私なんか、お餅を食べる時は必ず、「餅が喉に詰まってる自分」を想像してしまう。想像してしまうからなんとなく警戒しながら食べている。ちらちらっと掃除機方面を確認したりもするほどだ。いざという時は掃除機。しかし掃除機は喉を怪我する危険があるらしいので最後の手段だ。まあ、死ぬか生きるかの瀬戸際に喉の怪我なんかたいした問題じゃないような気もするが、やっぱりあらかじめ小さく噛んで飲みこむことが大切だ。私は食べ物で死ぬかと思ったことが今までに3回ある。なめている途中で笑って、大きな飴玉(ソーダ飴)を飲み込んだ。やっぱりなめている途中、笑って、大きな氷を飲み込んだ。食べてる途中で笑っておでんのこんにゃくを飲み込んだ。いずれも、子ども時代。水や別の食べ物で無理やり流し込んでなんとか大丈夫だったのだけど、その瞬間は急に息が苦しくなったものだから、パニックを起こしそうになったし、本当にこのまま死ぬんじゃないかと思った。もうちょっとサイズが大きかったら危なかったと思う。3度の恐怖が今現在の喉詰まりに警戒する自分を作ったというわけだ。とにかく口に大きなものを入れてる時に笑っちゃいけない。笑う門には普通は福が来るけど、この場合は福ではなくてお迎えが来てしまう。 今日の一曲『ミカンズのテーマ』 スピッツ
2005年01月02日
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元旦です。お正月です。子どもの頃は元旦となるとお店が閉まっていたので「いつもと違う感じ」がしたけれど今はコンビニもあるし元旦でも通常どおり営業している店がいっぱいあるのでいまいち「いつもと違う感じ」が盛り上がらない。便利なのはいいんだけど、なんとなくつまらない。よく思うことなのだけど、なんにでも良いことと悪いことがある。便利なのはいいことだけど、便利になればなるほど情緒が少なくなって行く。 今日の一曲『ヤングブラッズ』 佐野元春
2005年01月01日
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