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アメリカの支配者は昔から情報を操作してきた。中でも第2次世界大戦後に始められたモッキンバードは有名だ。そのプロジェクトで中心的な役割を果たした人物はアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしフィリップ・グラハムの4名。 ダレスはOSSやCIAに君臨していたウォール街の弁護士、ウィズナーはダレスの側近で、やはりウォール街の弁護士。ヘルムズもダレスの側近で、国際決済銀行初代頭取の孫。そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだ。グラハムの妻、キャサリンはウォーターゲート事件でリチャード・ニクソンを失脚させた当時のワシントン・ポスト紙社主として有名だが、その父親は世界銀行の初代総裁である。 ウォーターゲート事件の取材は若手記者だったカール・バーンスタインとボブ・ウッドワードが中心になって行われたが、ウッドワードは少し前まで海軍の情報将校で記者としては素人に近く、事実上、取材はバーンスタインが行ったと言われている。 そのバーンスタインはニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。 その記事によると、20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上に達し、そのうち200名から250名が記者や編集者など現場のジャーナリストで、残りは、出版社、業界向け出版業者、ニューズレターで働いていた。また1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供したとCIAの高官は語ったという。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) CIAのネットワークは世界規模で、例えば、フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だったウド・ウルフコテは2014年2月、ドイツにおけるCIAとメディアとの関係をテーマにした本を出してその実態を明らかにしている。 彼によると、ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収されていて、そうした工作が危険な状況を作り出していると告発している。人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開し、人びとをロシアとの戦争へと導き、引き返すことのできないところまで来ているとしていた。そして2017年1月、56歳のときに心臓発作で彼は死亡する。 こうしたメディア工作から一歩進めた情報操作が1980年代に始められた。1983年1月、ロナルド・レーガン大統領はNSDD11に署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースがスタートした。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し、ファクト・チェックと称して都合の悪い事実を揉み消し始めた。 こうしたプロジェクトもあり、有力メディアの腐敗は進んでいくが、1990年代から腐敗のスピードは加速、今では「報道」の中から事実を探し出すことが容易でなくなっている。 そうした有力メディアに代わって支配者が隠している情報を明らかにしたのがウィキリークス。その中心的な存在だったジュリアン・アッサンジをイギリスの警察は逮捕、それが冤罪だったことが判明しても拘束し続け、アメリカへ引き渡そうとしている。内部告発を止めるための見せしめだとも言われている。その見せしめは有力メディアに対して効果があったようだ。(了)
2020.10.31
グレン・グリーンウォルドがインターセプトに辞表を出した。バイデン親子に関する記事の掲載をニューヨークの編集部が創刊時の約束に違反して拒否したことが原因だという。その記事ではジョー・バイデン前副大統領の息子であるハンター・バイデンの電子メールが取り上げられている。 本ブログでも紹介したように、この電子メールはニューヨーク・ポスト紙が伝えたもの。ウクライナの天然ガス会社ブリスマ・ホールディングス(本社はキプロス)や中国のエネルギー会社CEFCを相手に、バイデン家がいかに稼いでいるかを電子メールは明らかにしているのだが、その内容をツイッターとフェースブックが検閲でブロックしていることが話題になった。その問題を取り上げようとしたグリーンウォルドの記事をインターセプトの編集部は掲載させなかったわけだ。 ウクライナでは2014年2月、バラク・オバマ政権がネオ・ナチを使い、アメリカへの従属を拒んだビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。このクーデターから2カ月後、ハンターはブリスマの重役に就任している。勿論、ジョーは副大統領としてクーデターに深く関与していた。 ウラジミル・プーチンが大統領になってからロシアは曲がりなりにも独立、そのロシアをボリス・エリツィン時代のように米英巨大資本の属国にしようとしたのだろうが、失敗。オバマ大統領はロシアに対する挑発、あるいは恫喝する政策を打ち出していた。 インターセフトはグリーンウォルドがジェレミー・スキャヒル、ローラ・ポワトレイス、そして親会社であるファースト・ルック・メディアの人間によって2014年2月に創刊された。ファースト・ルック・メディアは2013年10月に創設されている。 そのベースになったのはエドワード・スノーデンから2013年5月に香港でグリーンウォルドらが受け取ったNSAの機密資料。その資料を彼はオークション・サイトのeBayを創設したピエール・オミダイアなる富豪に渡し、ふたりはファースト・ルック・メディアを作ったのだ。 スポンサーになったオミダイアはバラク・オバマと親しく、詳細は不明だが、スノーデンが持ち出した資料をNSAとのビジネスに利用しているとする話も流れている。オバマ政権は2014年2月にウクライナの合法政権を転覆させるため、ネオ・ナチを使ってクーデターを実行したが、このクーデターのための資金をオミダイアも提供していた。 ウクライナのクーデターは国務次官補だったネオコンのビクトリア・ヌランドが指揮していたが、その背後にいたのが副大統領を務めていたジョー・バイデン。オミダイアはジョー・バイデンの同志だとも言えるだろう。 バイデンにとって都合の悪い情報をブロックしている有力メディアやインターネットの巨大企業は情報機関と深い関係にある。そうした情報機関を作り出したのはイギリスやアメリカの金融資本だ。(続く)
2020.10.30
フランスのエマニュエル・マクロン大統領はCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)の「第2波」を防ぐという口実として夜間外出禁止令を出す一方、イスラム教徒を刺激して緊張を高め、「テロリストの脅威」を宣伝している。10月30日には再びロックダウン(監禁政策)すると発表した。 社会の収容所化だが、この政策を推進するために利用されている口実はCOVID-19のほかにもある。「テロ」だ。1960年代から80年代にかけてNATOの秘密部隊グラディオがイタリアで繰り返したことだ。そのテロがフランスで引き起こされた。 パリ郊外のコンフラン-サントリーヌにある中学校で歴史と地理を教えていた教師がチェチェンからの難民に殺された直後、マクロンはイスラムの熱心な信者はフランス人の「未来が欲しい」と主張、それでも「漫画を諦めることはない」と語った。 この漫画とはイスラムを繰り返し嘲笑の対象にしてきたシャルリー・エブド紙が掲載してきたような作品を指している。マクロンの発言はイスラム教徒を愚弄するものだと感じた人も少なくないようで、イラン、サウジアラビア、パキスタンなどから激しい反発の声が揚がった。フランス製品をボイコットするという動きも出ている。 COVID-19の「第2波」であろうと、イスラム教を信じる「テロリストの脅威」であろうと、人や物資の移動を制限するような政策は監視システムの強化を推進するだけでなく、生産活動を麻痺させる。少なからぬ企業の経営が悪化して倒産、失業、ホームレス、そして自殺を増加させるといった深刻な社会問題を引き起こしている。その一方、富豪の資産は増えているという。 そうした事態を生じさせている社会の収容所化に反対する声はWHOの内部や国レベルからも聞こえてくる。例えばスウェーデンやニカラグアはロックダウンを採用しなかった。しかも状況はロックダウン実行国より良いようだ。ここにきてメキシコのアンドレ・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領は、ロックダウンなどによって人びとを封じ込めようとしているヨーロッパ各国の首脳を激しく批判した。独裁的な強制政策で国民を苦しめているというのだが、その通りだろう。 メキシコは地理的な問題もあり、麻薬業者が大きな影響力を持ってきた。例えば1988年から94年にかけて大統領を務めたカルロス・サリナス・デ・ゴルタリを輩出したサリナス・デ・ゴルタリ家はメキシコの麻薬カルテルと関係が深い。 本ブログでも触れたが、ICIJ(調査ジャーナリスト国際協会)が公表したアメリカ財務省のFinCEN(金融犯罪捜査網)が作成した文書によると、JPモルガン、HSBC(旧社名は香港上海銀行)、スタンダード・チャータード銀行、ドイツ銀行、ニューヨーク・メロン銀行という巨大銀行がマネーロンダリングなど不正行為に手を染めている。 ラテン・アメリカのコカを原料とするコカイン、東南アジアやアフガニスタン周辺のケシを原料とするヘロインなど、麻薬取引の黒幕はCIAであり、DEA(麻薬取締局)はCIAに協力してきた。そうした麻薬の取り引きはアメリカの支配者に守られてきたのだ。FinCENが巨大銀行の不正を明らかにする文書を隠してきた理由もそこにある。 それに対し、麻薬取引を含む犯罪、汚職、貧困問題に取り組み、新自由主義と戦うと宣言、人びとから支持されたのがメキシコの現大統領、オブラドールだ。社会の収容所化に反対するのは当然であり、そうしなければ支持を失う。
2020.10.30
フランスのコンフラン-サントリーヌの中学校でサミュエル・パティという歴史と地理を教えていた教師が10月16日、18歳になるチェチェンからの難民、アブドラ・アンゾロフに刃渡り30センチメートルのナイフで殺され、首を切られたと伝えられている。授業中、イスラムの予言者マホメットを裸にした漫画を生徒に見せたという話が広まった結果だという。 チェチェンから少なからぬ人がフランスへ移り住んでいるようだが、この地域にはアメリカがロシアを揺さぶるために戦闘員を送り込んできた。そうした戦闘員を訓練するための拠点として使ってきたのがジョージアのパンキシ渓谷だ。 ここで訓練を受けた戦闘員はシリアなどへも派遣されている。その数は200名から1000名と言われ、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)に合流したという。2015年9月末にロシア軍がシリア政府の要請で介入、ダーイッシュは敗走。主要な戦闘員はアメリカの軍や情報機関などが救出、雑兵は放り出され、戦闘が続いているのはイドリブなど一部にすぎない。 エマニュエル・マクロン仏大統領は事件が引き起こされた後、イスラム原理主義者は「我々の未来が欲しいのだ」と主張、「漫画を諦めることはない」と語った。この発言をイスラム国ではイスラム教徒全てに向けられたものだと考えたようで、イラン、サウジアラビア、パキスタンなどから激しい反発の声が揚がり、フランス製品をボイコットするという動きに発展しそうだ。 アンゾロフが見せた漫画の中にはフランスの週刊紙、シャルリー・エブドが掲載したイスラム教徒を嘲笑するものも含まれていた。このメディアには興味深い過去がある。風刺画家のシネは2008年に同紙のコラムでニコラ・サルコジ大統領の息子、ジャン・サルコジの結婚を取り上げた。当時、ジャンはユダヤ系富豪の娘と結婚しようとしていたのだが、そのためにユダヤ教へ改宗するという噂があったのだ。 この話を書いたことが「反セム主義」だと批判され、謝罪を断ったシネは解雇された。その際、JDL(ユダヤ防衛同盟)が運営するサイトで殺害の脅迫が書き込まれたという。 ユダヤ問題には神経質なシャルリー・エブドだが、襲撃されてもイスラムに対する嘲笑は続けた。そして2015年1月7日、サイド・クアシとシェリフ・クアシの兄弟とハミド・ムラドの3人が容疑者だとされている。 クアシ兄弟はフランスやアメリカの当局から要注意人物としてマークされていたのだが、ムラドはパリから北東へ約230キロメートルの場所で警察に出頭、無関係だと訴えた。確かなアリバイがあり、無関係だと見られている。 編集部を襲撃したのはふたりで、AK-47、ショットガン、RPG(対戦車ロケット弾発射器)で武装、マスクをしていたという。11名がビルの中、また1名が外で殺された。負傷者は11名だったという。 この3人が容疑者にされたのは、サイドが自動車の中に身分証明書を残していたため。クアシ兄弟はフランスやアメリカの当局から要注意人物としてマークされていたので情報はあったのだろう。サイドはイエメンにあるアル・カイダのキャンプで数ヶ月にわたって訓練を受け、弟のシェリフは2008年に懲役3年の判決を受けていたと言われ、兄弟はアメリカの搭乗禁止リストに載っているという。この兄弟はシリアで政府軍と戦った後、2014年8月にフランスへ戻ったともされている。 実は、この襲撃事件には謎や疑問点が少なくない。例えば容疑者の特定が素早すぎないか、プロフェッショナル的な戦闘技術をどのようにして身につけ、襲撃に使った装備をどこで調達したのか、スキー帽で顔を隠している人間が身分証明書を自動車に置き忘れているのは不自然ではないのか、襲撃しながら自分たちがイエメンのアル・カイダだと叫んでいるのもおかしくないか、襲撃後、どのように非常線を突破したのか、事件の捜査を担当した警察署長のエルリク・フレドゥが執務室で拳銃自殺したのはなぜなのか、容疑者のひとりで射殺されたアメディ・クリバリが2009年にエリゼ宮でニコラ・サルコジを面談できたのはなぜかなどだ。 編集部が襲撃された後、負傷して歩道に横たわっていた警察官の頭部を襲撃犯のひとりがAK-47で撃ち、殺害したことになっているのだが、頭部に命中していれば頭蓋骨や脳は飛び散り、地面に当たって破片が致命傷を負わせたとしても大量の出血があるはずだが、そうしたことは起こっていない。 また、編集部を襲撃したとされる人物の友人、アメディ・クリバリがパリの東部にあるイベルカシェル(ユダヤ教徒向けのスーパーマーケット・チェーン)の店舗に立てこもり、そこで射殺されている。この出来事も公式発表を信じていない人がいる。その時の様子を撮影した映像によると、警官隊が突入してからクリバリと思われる人物が中から外へ飛び出そうとするのだが、そこで銃撃されて倒れ込んでいるのだ。そのときに撃たれた人物は手錠をかけられているのか、手の自由を奪われているようで、武器を持っているようには見えない。 この襲撃後、「私はシャルリー・エブド」というスローガンが流行、各国でデモが行われた。フランス全土で約400万人が参加したという。 本ブログでは繰り返し書いてきたように、2015年にバラク・オバマ大統領は閣僚を好戦派に入れ替えている。オバマ政権がムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を主力とするジハード傭兵に軍事物資を供給していたが、フランス政府も兵器/武器を渡していた。 オバマ政権は2015年にシリアへNATO軍かアメリカ主導軍を投入、バシャール・アル・アサド政権を倒そうとしていたと見られている。そうした状況の中、ロシア軍が介入し、その強さを見せつけたのだ。ロシア軍が出てこなければ、シャルリー・エブドの事件はイスラム国の悪霊化に利用されただろう。
2020.10.29
使われる核兵器 2011年3月11日に大事故を引き起こした東電の福島第1原発の警備を担当していたのはイスラエルのマグナBSP。セキュリティ・システムや原子炉を監視する立体映像カメラが原発内に設置していたとエルサレム・ポスト紙やハーレツ紙が伝えている。 そのイスラエルは世界有数の核兵器保有国。核兵器の研究開発はネゲブ砂漠にある原子力研究センターが中心になっている。1986年10月にサンデー・タイムズ紙が掲載したモルデカイ・バヌヌの内部告発によると、イスラエルが保有している核弾頭の数は150から200発。水素爆弾をすでに保有、中性子爆弾の製造も始めていたという。中性子爆弾は実戦で使う準備ができていたとしている。 イスラエルの軍情報機関ERD(対外関係局)に勤務、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経歴を持つアリ・ベンメナシェによると、1981年に時点でイスラエルがサイロの中に保有していた原爆の数は300発以上で、水爆の実験にも成功していたという。(Seymour M. Hersh, "The Samson Option", Faber and Faber, 1991)またカーター元米大統領はイスラエルが保有する核兵器の数を150発だとしている。(BBC, May 26, 2008) 今年8月4日にレバノンの首都ベイルートで大きな爆発があり、インターネット上に流れている映像には核爆発を思わせるキノコ雲や衝撃波が映っている。映像のいくつかには飛行物体が写っていて、最初の爆発はイスラエルが発射した対艦ミサイルガブリエル、2度目の爆発はF16が発射した核弾頭を搭載したデリラだとする説もある。爆発の様子やクレーターの存在などから小型核兵器、あるいは核物質を使った新型兵器だとも言われている。 実は、中東で小型核兵器、あるいは核物質を使った新型兵器が使われた疑いのあるケースは今回以外にもある。2006年7月から9月にかけてのレバノン侵攻でイスラエル軍はヒズボラに敗北、その際にイスラエルが誇るメルカバ4戦車も破壊されたが、その直後にウルスター大学のクリストファー・バスビー教授はレバノンへ入り、残されたクレーターを調査、濃縮ウラニウムを見つけている。レバノンやガザを走っていた自動車のフィルターからもそうした物質が発見されたという。バスビー教授はイラクの2011年10月にイラクのファルージャでも調査、そこで濃縮ウラニウムが人の髪の毛や土の中から検出されたと語っている。 日本は「唯一の被爆国」なのだろうか?(了)
2020.10.28
COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)を口実にしたロックダウン(監禁政策)や夜間外出禁止令に反対する人がいる一方、一部の国はそうした政策を再び人びとに強制しつつある。 こうした政策は人びとの行動を制限、生産活動を麻痺させ、少なからぬ企業の経営が悪化して倒産、失業、ホームレス、そして自殺を増加させるといった深刻な社会問題を引き起こした。社会の存在自体を否定、富の集中を当然だと考え、貧富の差を拡大させる政策に反対する意見を「ねたみ」だとする新自由主義にとって好ましい状況を作り出しているとも言える。 そうした状況を懸念する声はWHO(世界保健機関)の内部からも聞こえてくる。例えば、WHOでCOVID-19に関する特使を務めるイギリス人のデイビッド・ナバロは10月8日、各国政府に対し、ロックダウン政策をとらないように要請した。 そうした政策をとる前提は致死率が高いということ。その前提が正しくないとする批判は3月11日にWHOがパンデミック(感染爆発)を宣言する前から指摘されていた。 また、WHOで緊急対応の責任者を務めるマイク・ライアンは執行理事会の特別会合で、世界の人口の約1割がSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)に感染しているという推計値を明らかにしている。WHOの広報担当によると、全世界で実施された抗体検査に基づくという。この推計が正しいなら、致死率は0.14%になってしまう。インフルエンザより高くない。 それでもCOVID-19を人びとに悪霊だと信じさせようとするプロパガンダは収まらない。そうした宣伝で中心的な役割を果たしたのはワシントン大学のIHME(健康指標評価研究所)やイギリスのMRC GIDA(医学研究委員会グローバル感染症分析センター)。WHOのテドロス・アダノム事務局長はIHMEのメンバーだ。IHMEとMRC GIDAの背後にビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団が存在していることもわかっている。この財団はアメリカ政府に次ぐWHOへの高額寄付者だ。 10月16日にアダノムWHO事務局長は「TAG(行動についての識見と健康のための科学に関する技術諮問グループ)」のメンバーとCOVID-19のワクチンについて話し合っている。このグループは今年7月にWHOが設置、その議長は法律を専門とするハーバード大学のキャス・サンステイン教授だ。 サンステインはバラク・オバマが大統領だった2009年から12年にかけてホワイトハウスのOIRA(情報規制問題室)で室長を務めた。OIRAはOMB(行政管理予算局)の付属機関だ。その後、サンステインは大統領情報通信技術検討グループのメンバーになる。WHOはアメリカの情報戦略と関係が深いと言えるだろう。 ワクチンの接種を認めさせることを含む宣伝に力を入れているWHOはヒル+ノールトン・ストラテジーズ(2011年までの社名はヒル&ノールトン)という広告会社と契約している。 ヒル&ノールトンはイラクへの軍事侵攻を正当化するための偽情報を広めたことで知っている人も少なくないだろう。イラクのサダム・フセイン体制を悪霊化するため、1990年10月10日にアメリカ下院の人権会議という非公式の集まりで行われた「ナイラ」なる少女の証言を同社は演出する。 この少女はクウェートの病院で働いていた看護師を名乗り、イラク兵が保育器を盗んで多くの赤ん坊を殺したなどと主張、好戦的な雰囲気を作り出す一因になった。少女は涙ながらにイラク軍の残虐行為を語ったのだが、実際は看護師でなく、アメリカ駐在クウェート大使だったサウド・アル・サバーの娘、ナイラ・アル・サバーだった。イラク軍がクウェートへ攻め込んだ当時、ナイラが現場にいなかったことは言うまでもない。 しかし、この嘘を真に受けた人びとはイラクへの先制攻撃を後押しすることになり、子どもを含むイラク人が殺されることになる。この戦争は2003年のアメリカ主導軍によるイラク侵略につながり、2006年10月にイギリスの医学雑誌「ランセット」はジョンズ・ホプキンズ大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究による調査報告を掲載、それによると、2003年3月から2006年7月までの間に65万4965名以上のイラク人が死亡、そのうち60万1027名は暴力行為(要するに戦闘)が原因だという。イギリスのORB(オピニオン・リサーチ・ビジネス)は2007年夏までに94万6000名から112万人が、またNGOのジャスト・フォーリン・ポリシーは133万9000人余りが殺されたとしている。こうした殺戮、破壊、占領、略奪への道を開いたのがヒル&ノールトンだった。
2020.10.27
日本の核兵器開発 日本でも核兵器の研究開発は行われてきた。第2次世界大戦当時、理化学研究所の仁科芳雄を中心とした陸軍の二号研究と海軍が京都帝大と検討していたF研究が知られている。 仁科グループは1943年1月に研究をスタートさせ、44年3月には濃縮実験を始めているが、保有するウランの絶対量が少ない。陸軍は福島県石川郡でのウラン採掘を決め、海軍は上海の闇市場で130キログラムの二酸化ウランを手に入れたという。 その一方、ドイツから二酸化フランを運ぶ計画もあった。1945年の始めに1200ポンド(約540キログラム)の二酸化ウランをU234潜水艦で運ぼうとしたが、5月1日にアメリカの軍艦に拿捕され、乗っていた日本軍の史観は自殺、ウラン化合物はオーク・リッジへ運ばれたとされている。 日本の支配層は戦後も核兵器の開発を諦めていない。例えば、岸信介は1957年5月に参議院で「たとえ核兵器と名がつくものであっても持ち得るということを憲法解釈」として持っていると答弁、1959年3月には参議院予算委員会で「防衛用小型核兵器」は合憲だと主張している。 NHKが2010年10月に放送した「“核”を求めた日本」によると、佐藤栄作首相は1965年に訪米した際、リンドン・ジョンソン米大統領に対し、「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えている。1967年には「動力炉・核燃料開発事業団(動燃)」を設立した。(「“核”を求めた日本」NHK、2010年10月3日) NHKの番組によると、この時代、日本政府は西ドイツ政府に秘密協議を申し入れ、1969年2月に実現した。日本側から外務省の国際資料部長だった鈴木孝、分析課長だった岡崎久彦、そして調査課長だった村田良平が出席した。日独両国はアメリカから自立し、核武装によって超大国への道を歩もうと日本側は主張したのだという。 ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、リチャード・ニクソン政権で大統領補佐官を務めたヘンリー・キッシンジャーは日本の核武装に前向きだった。彼はスタッフに対し、日本もイスラエルと同じように核武装をすべきだと語っていたという。(Seymour M. Hersh, “The Samson Option,” Random House, 1991) 自衛隊も核武装の研究をしていた。1969年から71年にかけて海上自衛隊幕僚長を務めた内田一臣は、「個人的に」としているが、核兵器の研究をしていたことを告白しているのだ。実際のところ、個人の意思を超えた動きも自衛隊の内部にあったとされている。(毎日新聞、1994年8月2日) 原爆の製造に必要なプルトニウムを製造することになっていた東海発電所の原発はGCR(黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)で、原爆用のプルトニウムを生産するには適していると言われている。アメリカやソ連はこの型の原子炉でプルトニウムを生産、原爆を製造している。 兵器クラスのプルトニウムを製造するために重水炉や高速炉も利用できるようだが、その高速炉の開発を目指していたのが動燃だ。「もんじゅ」と「常陽」が核兵器製造システムに組み込まれていると疑われても仕方がないと言える。ちなみに、常陽の燃料を供給していたのが臨界事故を起こしたJCOだった。 日本の動きをアメリカは警戒していると最初に指摘したのはジャーナリストで市民運動にも積極的に取り組んでいた山川暁夫。1978年6月に開かれた「科学技術振興対策特別委員会」で再処理工場の建設について発言、「核兵器への転化の可能性の問題が当然出てまいるわけであります」としている。実際、カーター政権は日本が核武装を目指していると疑い、日米間で緊迫した場面があったと言われている。 アメリカの情報機関の内部には日本が核兵器を開発していると信じている人が少なくないようだ。日本が核武装を目指していると信じられている一因はリサイクル機器試験施設(RETF)の建設を計画したことにある。 RETFとはプルトニウムを分離/抽出することを目的とする特殊再処理工場で、東海再処理工場に付属する形で作られることになった。常陽やもんじゅで生産した兵器級プルトニウムをRETFで再処理すれば、30発以上の核兵器を日本は製造できるということだ。 ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、ロナルド・レーガン政権の内部には日本の核兵器開発を後押しする勢力が存在し、東京電力福島第1原子力発電所で炉心が用揺する事故が起こった2011年当時、日本は約70トンの核兵器級プルトニウムを蓄積していたという。(Joseph Trento, “United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium”) アメリカで核兵器開発で中心的な役割を果たしてきた施設はオーク・リッジ国立研究所やハンフォード・サイト。オーク・リッジ国立研究所の目と鼻の先でCRBR(クリンチ・リバー増殖炉)計画が1972年に始められたのだが、1977年にジミー・カーターが大統領に就任しすると核政策の変更があり、基礎的な研究計画を除いて中止になる。 しかし、ロナルド・レーガン政権になった後の1981年に計画は復活したが、87年に議会はクリンチ・リバーへの予算を打ち切る。そこで高速増殖炉を推進していた勢力が目をつけたのが日本だ。クリンチ・リバー計画の技術を格安の値段で日本の電力会社へ売られることになる。 その結果、毎年何十人もの科学者たちが日本からクリンチ・リバー計画の関連施設を訪れ、ハンフォードとサバンナ・リバーの施設へ入っている。中でも日本人が最も欲しがった技術はサバンナ・リバーにある高性能プルトニウム分離装置に関するもので、RETFへ送られた。そうした流れの中、1995年12月に「もんじゅ」で起こったのが冷却剤の金属ナトリウムが漏れ出るという事故。高速炉が動かなくなったため、始められたのがプルサーマル計画だ。 2011年3月8日付のインディペンデント紙によると、都知事だった石原慎太郎が「日本は1年以内に核兵器を開発することができる」と語ったという。その3日後、東電の福島第1原発で炉心が溶融、環境中に大量の放射性物質を放出するという大事故が引き起こされた。(つづく)
2020.10.27
米英金融資本の対ソ連戦 ドイツ軍は1941年6月、つまりアドルフ・ヒトラーの忠実な部下だったルドルフ・ヘスが単身飛行機でスコットランドへ渡った翌月、ソ連へ向かって進撃を始めた。その際、アドルフ・ヒトラーは軍幹部の意見を無視、ソ連を攻撃するために約300万人を投入している。西部戦線に残されたドイツ軍は約90万人にすぎなかった。(David M. Glantz, The Soviet-German War 1941-1945,” Strom Thurmond Institute of Government and Public Affairs, Clemson University, October 11, 2001) 西からアメリカ軍やイギリス軍に攻められたなら一溜まりもなかっただろうが、そうしたことはなかった。そして1943年2月にドイツ軍はスターリングラードで降伏、その年の5月にイギリスとアメリカは慌てて協議、7月にシチリア島上陸作戦を敢行した。その際、コミュニスト対策で米英軍はマフィアと手を組む。 スターリングラードでドイツ軍が降伏した段階で第2次世界大戦の帰趨は決したのだが、戦争はしばらく続く。その間にアレン・ダレスやライマン・レムニッツァーはナチスの幹部と善後策を大統領に無断で協議しはじめる。サンライズ作戦だ。 そして1945年4月にフランクリン・ルーズベルト米大統領が急死、5月にドイツは降伏。その直後にチャーチルはソ連に対する奇襲攻撃を目論み、作成されたのがアンシンカブル作戦。7月1日にアメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始めるというものだったが、参謀本部がこの計画を拒否したので実行されていない。 1945年7月16日にはアメリカのニューメキシコ州にあったトリニティ(三位一体)実験場でプルトニウム原爆の爆発実験を行い、成功した。副大統領から大統領に昇格していたハリー・トルーマンは原子爆弾の投下を7月24日に許可し、広島と長崎へ投下されたのである。8月15日には天皇の声明、いわゆる「玉音放送」とか「終戦勅語」と呼ばれるものが日本人に対して発表された。 その声明発表から15日後、レスニー・グルーブス少将に対してローリス・ノースタッド少将はソ連の中枢15都市と主要25都市への核攻撃に関する文書を提出した。9月15日付けの文書ではソ連の主要66地域を核攻撃で消滅させるには204発の原爆が必要だと推計している。そのうえで、ソ連を破壊するためにアメリカが保有すべき原爆数は446発、最低でも123発だという数字を出した。当時、アメリカはこれだけの原発を持っていなかったのだが、その生産能力をトルーマン大統領も知らなかったという。(Lauris Norstad, “Memorandum For Major General L. R. Groves,” 15 September 1945) チャーチルは1945年7月26日に辞任するが、46年3月にアメリカのフルトンで「鉄のカーテン演説」を行って「冷戦」の開幕を宣言、その翌年にはアメリカのスタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得してほしいと求めている。 1951年4月にはニューヨーク・タイムズ紙のジェネラル・マネージャーだったジュリアス・アドラーに対し、ソ連に最後通牒を突きつけ、それを拒否したなら20から30発の原爆をソ連の都市に落とすと脅そうと考えているとチャーチルは話したとする文書が存在する。その半年後に彼は首相に返り咲いた。 一方、アメリカでは1957年に軍の内部でソ連に対する先制核攻撃を準備しはじめている。(James K. Galbraith, “Did the U.S. Military Plan a Nuclear First Strike for 1963?”, The American Prospect, September 21, 1994) この年の初頭、アメリカ軍はソ連への核攻撃を想定したドロップショット作戦を作成、300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていた。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、リーマン・レムニッツァー統合参謀本部議長やSAC司令官だったカーティス・ルメイを含む好戦派は1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定だったとしている。 こうした好戦的な作戦の前に立ちはだかっていたのがジョン・F・ケネディ大統領。そのケネディは1963年11月22日に暗殺された。好戦派は暗殺の黒幕がソ連、あるいはキューバだという話を流して開戦に持って行こうとしていたが、失敗した。(つづく)
2020.10.27
地中海の東側に膨大な量の天然ガスが眠っている。その開発作業が進んでいるのだが、生産が始まれば買い手が問題になる。最も有望な市場はEUだろう。この天然ガス田に面した国は、リビア、エジプト、パレスチナ、イスラエル、レバノン、シリア、トルコ、ギリシャだ。 イスラエル北部で推定埋蔵量約4500億立方メートルの大規模なガス田を発見したとノーブル・エナジーが発表したのは2010年。USGS(アメリカ地質調査所)の推定によると、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が眠っている。ビル・クリントン元米大統領はノーブル・エナジーのロビイストだった。 オバマ政権はこの地域でムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ主義者やタクフィール主義者と渾然一体)を使って2010年の終盤から始められた「アラブの春」。その工作は2010年8月にPSD(大統領研究指針)11を承認したところから始まる。その3カ月ごにはイギリスとフランスはランカスター・ハウス条約を締結した。当初の予定では、リビア、エジプト、パレスチナ、イスラエル、レバノン、シリアの体制を転覆させ、親イスラエル国が誕生することになっていたはずだ。アメリカはEUにイスラエルからエネルギー資源を買わせようとした可能性がある。 地中海東部の天然ガスにとって最大のライバルはロシアだろう。すでにEUへエンルギー資源を供給している。その輸送ルートのひとつがノード・ストリーム。ロシアのビボルグからバルト海を経由、ドイツのグライフスバルトへ天然ガスを運んでいる。 このパイプラインが完成したのは2012年のこと。それまでもロシアからEUへエネルギー資源を運ぶパイプラインは存在していたが、その大半はウクライナを通過している。 アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権は2004年から05年にかけてウクライナの内政に干渉、ロシアとの関係を重視するビクトル・ヤヌコビッチ政権を転覆させた。オレンジ革命と呼ばれている。手先の勢力を動員、メディアを使ったプロパガンダを展開するといういつもの手口だった。 その時、アメリカの支配者が支援していた人物がビクトル・ユシチェンコ。2005年1月から2010年2月まで大統領を務め、新自由主義を導入してウクライナの庶民は貧困化、一部の腐敗勢力が巨万と富を築いてオリガルヒと呼ばれるようになる。ボリス・エリツィン時代のロシアと同じことが引き起こされたのである。 新自由主義の現実を知ったウクライナ国民は2010年1月の選挙で再びヤヌコビッチを大統領に選ぶのだが、アメリカのバラク・オバマ政権は14年2月にネオ・ナチを使ったクーデターを成功させた。 その翌年、ロシアやEUの会社はノード・ストリームに並行する形でノード・ストリーム2の建設で合意する。ロシアのウストルガからドイツのグライフスバルトを結パイプラインだ。 アメリカはノード・ストリーム2の建設を執拗に妨害、建設に携わる会社は「制裁」の対象にしているが、ドイツはノード・ストリーム2を完成させたがっている。 そうした中、ロシアでの支持率が2%にすぎないアレクセイ・ナワリヌイという反プーチン派の有名人が昏睡状態になる。ロシアの医師による治療で容体は安定したのだが、ナワリヌイ側はドイツへの搬送を強く要求、ドイツ軍の研究機関は証拠を示すことなく、軍事レベルの神経ガスが使われたと発表した。 本ブログでもすでに書いたが、ナワリヌイを治療したオムスクの病院の医師によると、昏睡状態になった原因は低血糖。彼は糖尿病を患っていることから、糖尿病性ショックとも呼ばれる重度の低血糖が原因だと見るのが常識的だ。アメリカが行った一種に偽旗作戦だと考える人もいる。 天然ガスの取り引きを通じてロシアとEUとの関係が強まることをアメリカの支配者は嫌がっている。EUを自分たちの属国だと考えているからだ。そのためにNATOも作った。 しかし、EUはエネルギー資源が必要である。アメリカはシェール・ガスやシェール・オイルが中心になるため、コストが高い上、生産が可能な期間は長くない。ベネズエラを再植民地化できれば、そこの石油を売るのだろうが、再植民地化は失敗してきた。アメリカの支配者がEUへ売ろうとしている天然資源は地中海東部の天然ガスだろう。
2020.10.27
核兵器開発の始まり 国連で2017年7月に採択され、同年9月に署名された核兵器禁止条約が来年1月に発効する見通しになったようだ。それ自体、悪いことではないだろうが、それで世界から殺戮と破壊がなくなるわけではなく、そうした殺戮と破壊から目を背けていることを誤魔化す「いちじくの葉」としてこの条約を利用する人もいるだろう。 核兵器の開発は1939年8月に出されたアルバート・アインシュタイン名義の勧告書から始まる。その草稿を書いたのはハンガリー出身の物理学者、レオ・シラードとユージン・ポール・ウィグナーだ。 1940年2月にイギリスではバーミンガム大学のオットー・フリッシュとルドルフ・パイエルスのアイデアに基づいてMAUD委員会が設立される。その委員会のマーク・オリファントが1941年8月にアメリカでアーネスト・ローレンスと会い、10月にフランクリン・ルーズベルト大統領は原子爆弾の開発を許可してイギリスとの共同開発が始まった。 マンハッタン計画と統括していたアメリカ陸軍のレスニー・グルーブス少将(当時)は1944年、その計画に参加していたポーランドの物理学者ジョセフ・ロートブラットに対し、計画は最初からソ連との対決が意図されていると語ったという。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017) アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領とイギリスのウィンストン・チャーチル首相の関係が良くなかったことが知られている。ルーズベルトが初めて大統領に就任した1933年にJPモルガンをはじめとするアメリカの金融資本がファシズム体制の樹立を目論んでクーデターを計画したことはスメドリー・バトラー海兵隊少将が証言している。 そのJPモルガンの創始者はジョン・ピアポント・モルガン。その父親であるジュニアス・モルガンはイギリスでジョージ・ピーボディーと銀行を経営していた。その銀行が苦境に陥ったとき、助けたのがネイサン・ロスチャイルド。ロスチャイルド家はウィンストン・チャーチル、そして父親のランドルフ・チャーチルはロスチャイルド家をスポンサーにしていた。またルーズベルトは反ファシスト、チャーチルは反コミュニストだ。(つづく)
2020.10.26
NATO(北大西洋条約機構)は今年9月、新たな統連合軍の司令部をアメリカのバージニア州にあるノーホーク基地に設置した。オランダのブルンスム司令部とイタリアのナポリ司令部と連携して活動することになる。本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、NATO創設の目的のひとつはアメリカとイギリスの支配者が第2次世界大戦後のヨーロッパを支配することにあった。今回の新司令部設置はアメリカの戦略にも続くものだ。 そのアメリカは2018年5月に太平洋軍をインド・太平洋軍へ名称を変更した。太平洋側の拠点を日本、インド洋側の拠点をインド、そしてインドネシアで領海域をつなごうという構想。これは中国が進めている一帯一路政策のうち、いわゆる「海のシルクロード」を睨んでのことだろう。 今年6月にイェンス・ストルテンベルグNATO事務総長はNATO2030なるプロジェクトを始めると宣言したが、これは機構を太平洋へ広げ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、そして日本をメンバーにしようというもの。 アメリカはすでにふたつの軍事同盟を太平洋地域で組織している。ひとつはアメリカと日本、もうひとつはアメリカ、オーストラリア、そしてニュージーランドの3カ国によるものだ。前者は1951年9月8日にサンフランシスコのプレシディオで調印された安保条約から始まるが、そのその1週間前に同じ場所でアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国はANZUS条約を結んでいる。 こうした軍事同盟を統合したいのだろうが、アメリカの戦略が順調に進んでいるようには見えない。今年10月6日にアメリカのマイク・ポンペオ国務長官は東京で日本、インド、オーストラリアの代表と会い、中国との戦いについて話し合ったが、インドネシアは参加せず、インドやオーストラリアも積極的とは言えなかったようだ。フィリピンの現政権はアメリカに批判的だ。最も従属的な日本の菅義偉首相はポンペオの使いっぱしりとしてインドネシアとベトナムへ行かされた。8日には岸信夫防衛大臣が横田基地で在日米軍のケビン・シュネイダー司令官と会談している。 こうしたアメリカの動きは中国とロシアを念頭に置いたもの。ユーラシア大陸の周辺部を支配し、内陸国を締め上げていくというイギリスが19世紀に始めた長期戦略に基づいている。 この長期戦略を理論化、1904年に発表したのが地理学者で地政学の父と言われているハルフォード・マッキンダー。彼はヨーロッパ、アジア、アフリカを「世界島」、イギリスや日本を「沖合諸島」、そして南北アメリカやオーストラリアのような「遠方諸島」と名付けた。世界島の中心がハートランドで、具体的にはロシアを指している。このハートランドを支配できれば世界の覇者になれるということだ。 ユーラシアを囲む三日月帯はインド、東南アジア諸国、朝鮮半島を結ぶ。その西端がイギリスであり、東端が日本だ。その途中、中東に空白地帯があった。そこにイギリスはイスラエル(1948年)とサウジアラビア(1932年)を作っている。日本列島は東アジアにおける侵略の拠点であり、日本人は傭兵だ。 イギリスやアメリカの支配者はシティやウォール街を拠点にして新自由主義を世界に広めてきた。この信仰で教祖的な役割を果たしたのがシカゴ大学の教授だったミルトン・フリードマンであり、その先輩とも言える学者がフリードリッヒ・フォン・ハイエク。このハイエクの教え子にはデイビッド・ロックフェラーも含まれている。彼らは社会や民主主義を否定、強大な私的権力が支配する市場と支配者が定める道徳を「新しい生活様式」の柱にしようとしている。そうした「リセット」を実現する上でCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)は重要な役割を果たしている。
2020.10.26
ボリビアで10月18日に実施された総選挙でルイス・アルセが次期大統領に選ばれたと言われていたが、その得票率は55.1%で他の候補を圧倒していたことが明らかになった。第2位のカルロス・メサは28.8%、最もアメリカの巨大資本に近いルイス・フェルナンド・カマチョは14.0%だ。 昨年11月10日にクーデターで追放されたエボ・モラレスとアルセは同じMAS(社会主義運動)に所属、キューバやベネズエラとの関係を修復すると語っているのだが、モラレスの路線に戻る可能性は小さいと見られている。 モラレスは昨年11月10日、ボリビア軍の最高指揮官だったウィリアム・カリマンから「最後通牒」を受けて「辞任」を強いられた。事実上のクーデターだが、それにはカリマンのほか、マンフレド・レイェス・ビラ、レンベルト・シレス・バスケス、ジュリオ・セーザ・マルドナド・レオニ、オスカル・パセロ・アギレ、テオバルド・カルドソ・ゲバラといった軍幹部が参加している。 モラレスが排除された後、アメリカの支配者が暫定大統領に据えたキリスト教系カルト信者のヘアニネ・アニェスはボリビア上院の副議長だったものの、国民に支持されていたわけではない。その人物を暫定大統領にしたのは、ボリビアの軍や警察、その背後に存在するアメリカの支配者だが、この構図は崩れていない。 このボリビアでは53年前、1967年10月9日にエルネスト・チェ・ゲバラが殺された。1964年11月の軍事クーデターで実権を握っていたレネ・バリエントス・イ・オルトゥニョはアメリカ大使のダグラス・ヘンダーソンからゲバラを処刑するように命令されていたと言われている。その当時、まで存在が認められていなかった電子情報機関のNSAはゲバラの動きを正確に把握、現場でゲバラに撃ち込む銃弾の位置も指示していたフェリックス・ロドリゲスはCIAのオフィサーで、ジョージ・H・W・ブッシュと親しかった。 ところで、ボリビアは近代ヨーロッパの登場に重要な役割をはたしている。ヨーロッパの富は略奪で築かれた。15世紀から17世紀にかけての「大航海時代」にはエルナン・コルテスがアステカ王国(現在のメキシコ周辺)に攻め込んで莫大な金銀を奪い、フランシスコ・ピサロはインカ帝国(現在のペルー周辺)で金、銀、エメラルドなどを略奪した。いずれの帝国とも滅ぼされている。 ヨーロッパ人は莫大な量の貴金属品を盗んだだけでなく、先住民を酷使して鉱山開発も行った。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山だが、どの程度、盗み出されたかは不明である。 スペインやポルトガルがラテン・アメリカから盗み出した金銀財宝を海賊に奪わせていたのがイギリス。そうした海賊の中でもジョン・ホーキンス、フランシス・ドレイク、ウォルター・ローリーは有名だ。エリザベス1世はホーキンスにナイトの爵位を与えた。ドレイクやローリーはナイトになっている。金やダイヤモンドを産出した南部アフリカをイギリスが侵略するのは19世紀の終盤だ。しょう
2020.10.25
同時並行的に進められているSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)のワクチン開発で問題が指摘されている。アストラゼネカとオックスフォード大学が共同で開発したワクチンやジョンソン・アンド・ジョンソンのワクチンについては本ブログでも紹介したが、中国で治験が進んでいるAd5(アデノウイルス5型)をベクターに利用したワクチンの場合、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)罹患リスクが高まると危惧する声が聞こえてくる。 SARS-CoV-2が問題になり始めた頃、HIVとの関係が話題になった。インドにあるジャワハルラール・ネルー大学の研究チームがSARS-CoV-2の中にHIVの遺伝子に似たものが組み込まれていることを発見、生物兵器として人工的に作られたのではないかという噂が広がった。後に中国の研究施設が開発していたHIVのワクチンがSARS-CoV-2の原因だとする仮説もあったが、今は否定されている。 前にも書いたことだが、HIVには生物兵器説がある。そうした疑惑を呼び起こしたひとつの理由は、1969年6月にアメリカ下院の歳出委員会における証言。国防総省国防研究技術局の副局長だったドナルド・マッカーサーが、伝染病からの感染を防ぐための免疫や治癒のプロセスが対応できない病原体が5年から10年の間、つまり1974年から79年の間に出現すると「予言」、そこでHIVは生物兵器だという説が出てきたのである。HIVの存在が公的に認められたのは1981年のことだ。 アメリカ人がエイズに恐怖しはじめて間もない1984年、免疫制御を専門とするアンソニー・ファウチがNIAID(国立アレルギー感染症研究所)の所長に就任、COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)でも中心的な役割を果たしている。HIVで有名になったロバート・ギャロはファウチの部下だ。 アメリカの生物化学兵器の開発には第2次世界大戦の直後にアメリカの支配者が囲い込んだドイツや日本の研究者が深く関与している。日本では軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になって研究開発が進められ、生体実験を行うための部隊が中国で編成されている。 その部隊の名称は加茂部隊、東郷部隊、そして第731部隊と変化している。その資料や主要な研究員は戦後、アメリカにおける生物化学兵器の研究開発で中心的な存在であるキャンプ・デトリック(55年からフォート・デトリックに格上げ)へ運ばれた。 そのフォート・デトリックにある細菌戦の研究施設が昨年夏、数カ月にわたって閉鎖されたという。廃液に絡む安全上の問題が発覚したことが原因のようだが、詳細は軍事機密だとして明らかにされていない。その際、何らかの病原体が環境中に出た可能性はある。 アメリカは2005年にウクライナで細菌に関する研究施設を作り始めている。それをロシアは細菌戦の準備だと批判してきた。そうしたアメリカの施設はウクライナのほか、アゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタン、キルギスタン、モルドバ、タジキスタン、ウズベキスタン、ジョージアなどで建設された。アフガニスタン、パキスタン、台湾、フィリピン、韓国、日本、そして中国にもアメリカ国防総省の影響下にある細菌に関する研究施設が存在している(いた)と指摘されている。
2020.10.25
ジョー・バイデン前副大統領の息子であるハンター・バイデンの電子メールの内容をワシントン・ポスト紙が伝え、その内容をツイッターとフェースブックが検閲でブロックしていることが話題になっている。ウクライナの天然ガス会社ブリスマ・ホールディングス(本社はキプロス)や中国のエネルギー会社CEFCを相手に、バイデン家がいかに稼いでいるかを電子メールは明らかにしているのだ。 ウクライナでは2014年2月、バラク・オバマ政権がネオ・ナチを使い、アメリカへの従属を拒んだビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。このクーデターから2カ月後、ハンターはブリスマの重役に就任している。ジョーが副大統領としてクーデターに深く関与していたことは言うまでもない。 当時、ハンターが重役になったブリスマは捜査の対象になっていて、その捜査を指揮していたのが検事総長を務めていたビクトル・ショーキン。このショーキンを解任させるためにジョー・バイデンはウクライナ側に圧力を加え続けたという。このスキャンダルは1年ほど前に発覚している。 FOXニュースのジョン・ソロモンによると、2015年終わりから16年初めにかけての数カ月間、バイデンは検事総長を解任するようウクライナ側に圧力をかけていたと6名ほどのウクライナの高官が語っている。ウクライナの議員、アンドリー・デルカチによると、バイデン前副大統領はブリスマからロビー会社を介して90万ドルを受け取ったという。 ジョー・バイデンが検事総長を解任するように求めたことはバイデン自身が認めている。彼は2018年1月23日、CFR(外交問題評議会)で、10億ドル欲しければ検事総長だったビクトル・ショーキンを6時間以内に解任しろと恫喝、実際に解任されたと自慢しているのだ。 また、ハンター・バイデンは2017年8月の時点でCEFCから顧問料を受け取っていた。その1月に父親は副大統領を辞め、大統領を目指さないと考えてのことかもしれないが、この年の内に汚職事件が発覚する。CEFCがチャドの大統領を買収しようとしたとアメリカの司法省は11月に主張、その事件の関係したとして起訴された人物に対し、翌年の12月に有罪の判決が出ている。CEFCを創設した葉簡明は2018年3月に中国で逮捕された。 こうした内容を含む電子メールの存在を伝えたのはニューヨーク・ポスト紙。修理業者に預けられていたラップトップ・コンピュータに電子メールが記録されていたのだが、そのコンピュータを取りに来ないことからFBIへ連絡、その内容が明らかになり、外へ漏れたということのようだ。この話が事実かどうかは不明だが、ツイッターとフェースブックはハッキングされた可能性があるとして検閲の対象にしたという。 ところで、ニューヨーク・ポスト紙はニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポストと同じように親イスラエルだが、この2紙と違って修正シオニストに近い。修正シオニズムの創始者とも言える人物はウラジミール・ヤボチンスキーだが、アメリカでその秘書を務めていたベンシオン・ネタニヤフの息子がイスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフだ。
2020.10.24
COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)のワクチン開発が同時並行的に進められているが、問題が浮上している。アストラゼネカとオックスフォード大学が共同で開発したワクチンの治験に参加していたブラジル人が死亡したと伝えられているほか、ジョンソン・アンド・ジョンソンのワクチンでは治験者が原因不明の病気に罹って試験を中断したというのだ。 その間、スーダンでワクチン由来ポリオの感染者が見つかっている。感染した子どものひとりは南部ダルフール、もうひとりはガダレフに住んでいた。ふたりとも最近、ポリオのワクチンを接種されたという。エチオピアやエリトリアに近い地域。この事実をWHO(世界保健機関)も認めざるをえなかった。 ポリオのワクチンはアフリカで接種され続けているが、ポリオが蔓延しているわけではない。「野生のポリオ」に感染した人は2016年から発見されていないという。それにもかかわらず、WHOはビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団の資金を得ながらワクチンを接種し続けてきた。財団から提供された金額は10年間で40億ドルに達するとされている。今回、ポリオを発症させたワクチンの出所はこの財団だと伝えられている。 ポリオ・ワクチンには開発された当初から問題があった。1950年代に開発されたワクチンの場合、それを投与したサルがポリオを発症することがすぐに判明したが、警告が無視され、人にも多くの被害者が出ることになった。 バーニス・エディという研究者はワクチンの中に発癌性のSV(シミアン・ウイルス)40が混入していることにも気づく。これはサルを宿主とするポリオーマウイルスで、人間の体内に入り込むと癌を誘発するとエディは講演の中で語っている。 当時、彼女はNIH(国立衛生研究所)に所属していたのだが、その発言にNIHの上司は激怒したと言われている。ちなみにNIHはNIAIDの上部機関。組織の幹部は警告を封印し、医薬品メーカーはワクチンの製造を続けた。製造が止まるのは1961年7月になってからだ。 リコールが宣言されたものの、NIHは市場へ出回っている製品全てを回収することを命じなかった。そこでアメリカ人は発癌性のワクチンを1961年から63年にかけて接種されることになる。 こうした問題に取り組んできたジョン・F・ケネディの甥、ロバート・ケネディの息子であるロバート・ケネディ・ジュニアによると、1996年の時点で血液サンプルの23%、精子サンプルの45%からSV40が発見され、80年から95年にかけて生まれた新生児の6%が感染していたという。(Judy Mikovits & Kent Heckenlively, “Plague of Corruption,” Skyhorse, 2020) COVID-19のワクチンでも問題が出てきたのだが、ビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団はWHOと手を組み、このワクチンも全世界に広めようとしている。ポリオのケースでもCOVID-19のケースでも、ビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団の背後にはロックフェラーが存在している。
2020.10.23
ボリビアで10月18日に実施された総選挙の結果、速報によると、ルイス・アルセが次期大統領に選ばれたようだ。この人物はアメリカの支配層によって排除されたエボ・モラレスの後継者で、キューバやベネズエラとの関係を修復すると語っている。 モラレスは昨年11月10日、ボリビア軍の最高指揮官だったウィリアム・カリマンから「最後通牒」を受けて「辞任」を強いられた。事実上のクーデターだが、それにはカリマンのほか、マンフレド・レイェス・ビラ、レンベルト・シレス・バスケス、ジュリオ・セーザ・マルドナド・レオニ、オスカル・パセロ・アギレ、テオバルド・カルドソ・ゲバラといった軍幹部が参加している。 こうした軍人はアメリカが手先になる軍人を育成するために創設した治安協力西半球研究所(WHISCまたはWHINSEC)で訓練を受けた経験の持ち主。この軍事施設はかつてSOA(南北アメリカ訓練所)と呼ばれていた。ラテン・アメリカで繰り返された軍事クーデターはここで訓練を受けた軍人が中心的な役割を果たしている。 クーデターを実行した軍や警察を後ろ盾とし、ボリビア上院の副議長だったヘアニネ・アニェスが「暫定大統領」を名乗った。この人物はキリスト教系カルトの信者。「暫定政権」がイスラエルとの国交回復も打ち出したのはそのためだろう。 2013年4月14日に彼女は先住民の伝統行事を悪魔の儀式だと主張、先住民は都市から乾燥した高原地帯へ行けとツイッターに書き込んだ。しかも暫定政権はクーデターに抗議する先住民を虐殺、中央銀行から金塊や現金を持ち出したともいう。 少なからぬ人が指摘しているが、アメリカがクーデターでボリビアを再び支配しようとしたのは電池を製造するために需要が急増しているリチウムにあると見られている。その資源はボリビア、チリ、アルゼンチンにまたがる地域に存在、ボリビアだけで推定埋蔵量は世界全体の5割から7割。電池自動車の実用化が進んでいる中国がボリビアとの関係を強めていた一因はそこにある。 アメリカの支配者にとって「公正」で「民主的」な選挙とは、自分たちにとって都合の良い結果になったものだけ。今回の結果はアメリカの支配者にとって都合が良いとは思えず、何らかの介入があるだろう。モラレスを排除したクーデターの主体であるボリビアの軍や警察、そしてキリスト教系カルトは健在であり、その背後にはCIAが存在している。
2020.10.22
菅義偉首相は10月18日から21日にかけてベトナムとインドネシアを訪問した。目的は「自由で開かれたインド太平洋」、つまり中国が進めている一帯一路のうち「海のシルクロード」を潰す体制作りにある。 アメリカが2018年5月に太平洋軍をインド・太平洋軍へ変更したのもそのため。太平洋側の拠点を日本、インド洋側の拠点をインド、そしてインドネシアで領海域をつなごうという構想で、力と威圧によって中国を封じ込めようというわけである。アメリカが中国を挑発していることは本ブログでも書いてきた。 アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は10月6日、東京で日本、インド、オーストラリアの代表と会って中国との戦いについて話し合い、8日には岸信夫防衛大臣が横田基地で在日米軍のケビン・シュネイダー司令官と会談している。 太平洋とインド洋を統合して支配しようというアメリカの構想ではインドネシアが重要な役割を果たすことになっているのだが、ポンペオと東京で会談した相手の中にそのインドネシアが含まれていない。菅義偉首相はポンペオの使いっぱしりとしてインドネシアとベトナムへ行かされたのだろう。フィリピンは訪問しても無駄だと諦めていたのかもしれない。 かつて、ベトナムはアメリカの侵略を受けた。アメリカ軍による「秘密爆撃」ではカンボジアやラオスでも国土が破壊され、多くの人々が殺されている。戦争でアメリカ軍は通常兵器だけでなく化学兵器の一種である枯れ葉剤(エージェント・オレンジ)やナパーム弾を使用、CIAはフェニックス・プログラムという農民皆殺し作戦を展開して共同体を破壊した。 しかし、1991年12月にソ連が消滅して後ろ盾を失ったこともあり、ベトナムはIMFなどに要求された政策、つまり新自由主義を受け入れることになった。ベトナム戦争中にアメリカ側が行った犯罪的な行為は不問に付され、ベトナムの庶民は低賃金労働者として西側巨大資本の金儲けに奉仕させられている。 そのベトナムでの反応は悪くなかったようだが、インドネシアの大統領は会談後、アメリカの軍事的な要求に対し、消極的な反応しか示さなかった。実は、東京での会談でもインドやオーストラリアはインドネシアと似たような反応だった。日本がアメリカに対し、「身も心も捧げます」という態度を示しているのとは対照的だ。
2020.10.22
WHO(世界保健機関)のCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)に関する特使を務めるイギリス人のデイビッド・ナバロは10月8日、各国政府に対し、ロックダウン政策をとらないように要請した。副作用が大きすぎるからだ。 ロックダウンは人びとの行動を制限、生産活動を麻痺させ、少なからぬ企業の経営が悪化して倒産、失業、ホームレス、そして自殺を増加させるといった深刻な社会問題を引き起こしている。 COVID-19の感染拡大を防ぐためだとしてロックダウン(監禁政策)をとる国は少なくなかった。そうした中、スウェーデンやニカラグアなどはそうした対策を実施していないが、ロックダウンを実施した国より状況が悪くない。 ロックダウンを実施する根拠は3月11日にWHOが行ったパンデミック宣言。その前提は感染の広がりと高い致死率なのだが、本ブログでも伝えたように、WHOで緊急対応の責任者を務めるマイケル・ライアンは10月5日に開かれた執行理事会の特別会合で、すでに世界の人口の約1割がCOVID-19に感染しているという推計値を明らかにしたのだ。WHOの広報担当によると、全世界で実施された抗体検査に基づくものだという。この推定が正しいなら、致死率は0.14%にすぎず、インフルエンザより危険性が高いとは言えない。 COVID-19を悪霊のように描き、人びとを恐怖させる上で中心的な役割を果たしたのはワシントン大学のIHME(健康指標評価研究所)やイギリスのMRC GIDA(医学研究委員会グローバル感染症分析センター)だとされている。 前にも書いたことだが、IHMEは2007年にビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団の1億0500万ドルで設立され、17年には財団からさらに2億7900万ドルが寄付されている。創設メンバーの中にはWHOで現在、事務局長を務めているテドロス・アダノムも含まれていた。 2008年にMRC GIDAを設立したニール・ファーガソンはイギリスのボリス・ジョンソン政権にロックダウン(監禁)を決断させた人物。そのMRC GIDAのスポンサーもビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団だと言われている。 こうした組織と連携してきたのがNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長。NIAIDはアメリカ政府の伝染病対策において中心的な機関で、その上部機関がNIH(国立衛生研究所)だ。ビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団は2019年10月にNIAIDへ1億ドルを提供したとされている。 こうした勢力によって実施されたロックダウンは社会を破壊し、貧富の差を拡大させている。COVID-19に恐怖している人びとは安全と安定を求めて自らの主権やプライバシーを放棄した。ロックフェラー財団とGBN(グローバル・ビジネス・ネットワーク)が2010年5月に公表した「技術の未来と国際的発展のためのシナリオ」に書かれていた通りの展開だ。社会の存在自体を否定し、富の集中を当然だと考え、貧富の差を拡大させる政策に反対する意見を「ねたみ」だとする利己的な新自由主義にとって好ましい状況をCOVID-19は作り出している。
2020.10.21
アメリカ大統領の国家安全保障補佐官、ロバート・オブライエンは10月16日、台湾は要塞化するべきだと語った。軍事侵攻だけでなく、経済的に台湾を孤立させるような政策を中国に取らせないためだとしている。アメリカ政府が中国に対して行っていることを中国が台湾に対して行うことは許さないということだ。 その発言の直前、アメリカ空軍のRC-135S偵察機が60回以上、中国の周辺を飛行、そのうち41回は南シナ海、6回は東シナ海、13回は黄海だったという。この情報を出したのは中国の南シナ海戦略情勢調査イニシアチブだ。 アメリカ側の動きを振り返ってみると、7月4日から2隻の空母、ロナルド・レーガンとニミッツを中心とする空母打撃群が南シナ海に入って軍事演習を実施。これは中国に対する威嚇以外の何ものでもない。 8月にはアレックス・アザー保健福祉長官、9月17日にはキース・クラッチ国務次官が台湾を訪問して蔡英文総統と会談しているが、こうしたアメリカ政府の高官が台湾を訪れるのは1979年にアメリカが台湾との関係を絶ってから初めてのことだ。 これに対し、中国軍は9月18日に18機の軍用機を台湾の防空識別圏近くを飛行させ、19日にはJ-16戦闘機など19機の編隊を派遣、一部は台湾海峡を飛行、台湾軍がF-16を緊急発進させる事態になっている。 その前、9月16日に中国外務省の汪文斌報道官は、アメリカ軍が偵察飛行の際に虚偽のICAO(国際民間航空機構)の24ビット・アドレスを使い、フィリピンなど他国の民間航空機を装っていたと発表している。 そして10月6日にアメリカのマイク・ポンペオ国務長官が東京で日本、インド、オーストラリアの代表と会い、中国との戦いについて話し合った。「4カ国同盟」だという。8日には岸信夫防衛大臣が横田基地で在日米軍のケビン・シュネイダー司令官と会談している。 アメリカ政府が東アジアの軍事的な緊張を高めようとしていることは明かだが、こうした戦略は遅くとも1992年2月にできあがっている。国防総省のポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)などネオコンがDPG草案という形で世界制覇プランを作成したのだ。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだ。 ジョセイフ・ナイ国防次官補(同)が書き上げ、1995年2月に発表された「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」は、その戦略を日本へ強要することが目的である。 1991年12月のソ連消滅でアメリカが唯一の超大国になったとネオコンは認識、そのアメリカに君臨している自分たちが世界の覇者になったと考えたのだ。ソ連の復活を許さないだけでなく、最も警戒すべき潜在的ライバルである中国に矛先を向ける。これが東アジア重視だ。 21世紀に入ってロシアが曲がりなりにも再独立に成功、2014年にネオコンが仕掛けたウクライナのクーデターや香港の反中国運動が逆効果になって中国とロシアは現在、戦略的な同盟関係にある。アングロ・サクソンは中国とロシア/ソ連を分断し、個別撃破しようとしてきたはずだが、その基本が崩れた。この両国を倒そうとアメリカの支配者たちは必死だろう。 こうした状況の中に日本も巻き込まれている。首相だった安倍晋三は2015年6月、赤坂にある赤坂飯店で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたという。一応、彼は自分の置かれた立場を理解していたようだ。こうした状況を理解していない人が安倍を馬鹿にすることはできない。 南シナ海は中国が進める一帯一路の東端にある海域にあり、重要な海域。アメリカがそこをコントロールすることで中国の交易計画を潰そうとしている。その手先にされようとしているのが海上自衛隊だ。 こうした動きはウォルウォウィッツ・ドクトリンに基づいているのだが、19世紀から続くイギリスの長期戦略にも合致している。制海権を握っていることを利用し、ユーラシア大陸の周辺部を支配して内陸部を締め上げ、最終的にはロシアを制圧するという計画だ。それをまとめたのが地理学者だったハルフォード・マッキンダー。この理論は1904年に発表されている。大陸を締め上げる三日月帯の西端がイギリス、東端が日本。日本列島は大陸を攻める拠点であり、日本人は傭兵だ。 一帯一路は陸のシルクロードと海のシルクロードで構成され、今ではロシアの交通網やパイプラインと結びつきつつある。海のシルクロードを潰すために黄海から南シナ海でアメリカ軍は軍事的な緊張を高め、太平洋軍をインド・太平洋軍へ変えた。陸のシルクロードの要衝はいくつかあるが、そのひとつが新疆ウイグル自治区である。 こうした要衝を攻める場合、アメリカは少数民族を利用してきたが、ここも例外ではない。ウイグル問題で鍵を握る団体のひとつがハッサン・マフスームの創設したETIM(東トルキスタン・イスラム運動)。その政治部門がトルキスタン・イスラム党だという。1990年代にETIMは拠点をアフガニスタンへ据え、そこでマフスームはオサマ・ビン・ラディンらと知り合っている。 その前、1980年代に新疆で勧誘されたウイグル人がアフガニスタンでジハード傭兵に加わり、戦闘に参加しているが、その傭兵の中心がイスラム同胞団やワッハーブ派だということは本ブログでも書いてきた通り。2013年以降、ウイグル人がシリアで侵略軍の傭兵になり、一時期、1万8000人に達したと推定されていた。そうした経験を経たウイグル人を新疆へ戻っているという。 2003年にマフスームをパキスタン軍が暗殺、アンワル・ユスフ・トラニが新たなリーダーになり、本拠地をワシントンDCへ移動させる。アメリカで活動できるのはCIAという後ろ盾があるからだろう。 アメリカをはじめとする西側の有力メディアは「新疆ウイグル自治区に設けられた強制収容所」を宣伝してきた。その発信源は「人種差別撤廃委員会」に所属するゲイ・マクドゥーガル。この委員会は国連の人種差別撤廃条約に基づいて設立され、独立した専門家で構成されている。マクドゥーガルの発言は国連と無関係である。 マクドゥーガルの発言を取り上げたロイターはその根拠を示していないが、中国によるウイグル人弾圧に関する情報としてCHRD(中国人権擁護者)という団体の主張を引用している。このCHRDの資金の一部はCIAの工作資金を流しているNEDからのものだ。 ドイツの人類学者でキリスト教系カルトの信者としても知られているアドリアン・センスも中国におけるウイルグル人弾圧の情報源として重宝されている。中国批判は自分が神から与えられた使命だと考えているようだ。 こうした反中国プロパガンダの背景は明確になってきたが、100万人規模のウイグル人が拘束されているという強制収容所の存在を示す証拠は出てこない。ウイグル問題の根は中国政府による弾圧ではなく、CIAによる浸透にあると言うべきだろう。ここでもアメリカの支配者による情報操作は機能している。明治時代から日本で続く「反亜教育」の効果は絶大だ。
2020.10.20
9月27日にアゼルバイジャンがアルメニアを攻撃、ナゴルノ・カラバフで戦争が始まった。アメリカやロシアは静観の構えだったが、10月16日にロシア軍がカスピ海で軍事演習を行い、注目されている。トルコはシリアやリビアで手先として使ってきたジハード傭兵をナゴルノ・カラバフへ移動させているが、これはロシアを刺激しているだろう。 アゼルバイジャン側にはトルコが存在、配下の戦闘員やF-16戦闘機を送り込んでいると伝えられているほか、アゼルバイジャンへはイスラエルがドローン(無人機)など武器/兵器を提供、ネゲブにあるイスラエル空軍の基地にアゼルバイジャンの輸送機が着陸するところも目撃された。 2011年3月に始まったシリアへの侵略戦争にトルコも参加、トルコにある米空軍インシルリク基地は攻撃の拠点になっていた。そこで反シリア政府軍を編成、訓練していたが、教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、イギリスとフランスの特殊部隊員だった。 トルコは物資の供給拠点でもあり、そこからシリアへ兵站線が延びていた。プレスTVの記者セレナ・シムはトルコからシリアへ戦闘員を運び込むためにWFP(世界食糧計画)やNGOのトラックが利用されていることを裏付ける映像を入手したと言われているが、2014年10月19日に「自動車事故」で死亡している。MIT(トルコの情報機関)から嫌がらせを受けていたこともあり、事故にトルコの政府機関が何らか形で関係していると疑う人もいる。 当時、イラクの首相だったヌーリ・アル・マリキはペルシャ湾岸産油国がダーイッシュを支援していると批判、ドイツのDWもトルコからシリアへ食糧、衣類、武器、戦闘員などの物資がトラックで運び込まれ、その大半の行き先はダーイッシュだと見られていると伝えている。 そうしたトルコだが、シリアでの戦争が長期化、トルコの経済は悪化してレジェップ・タイイップ・エルドアン政権の足下が揺らぐ。アメリカのバラク・オバマ政権が好戦的な陣容に変える中、2015年9月30日にはシリア政府の要請でロシア軍が介入、トルコを含む侵略国が編成していたアル・カイダ系武装集団、あるいはダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)の支配地域は急速に縮小していく。 2016年6月にトルコ政府はロシアとの関係修復に動く。エルドアン政権は2015年11月にロシア軍機を自国の戦闘機に撃墜させているが、ウラジミル・プーチン露大統領にその撃墜を謝罪したのだ。アメリカがトルコでエルドアンを排除するためにクーデターを試みたのはその翌月のことだ。 その後もエルドアンをアメリカは排除しようとしているだろう。サダム・フセインと似た状況にあると言う人もいる。シオニストの一派であるネオコンは1980年代からフセインを排除しようとしていたが、権力の座につけたのは、若い頃にCIAの手先として働いていたからだ。自国でのクーデターだけでなく、シリアでのクーデターに強力、イランと戦争している。 イランとの戦争はアメリカの意向を受け、ペルシャ湾岸の産油国を守るために行ったとフセインは認識していたが、膨らんだ債務や国民の犠牲に対する補償がなく、クウェートとは両国の国境近くにあるルマイラ油田をめぐって対立する。イラクはクウェートが領土を侵し、盗掘していると疑ったのだ。実際、盗掘していたと言われている。 イラクはクェートへの不満を募らせ、CIAは1988年の段階でイラクがクウェートへ軍事侵攻すると予想している。ところがジョージ・H・W・ブッシュ政権はイラクの軍事的な動きに無関心であるかのように装う。(Jonathan Cook, “Israel and the Clash of Civilisations”, Pluto, 2008) 例えば、1990年7月にアメリカ国務省のスポークスパーソンは記者団に対し、アメリカはクウェートを守る取り決めを結んでいないと発言。サダム・フセインと会談したエイプリル・グラスピー米大使は、ブッシュ大統領の指示に基づいてアラブ諸国間の問題には口を出さないと伝えている。 また、約3万人のイラク軍がクウェートとの国境近くに集結したことを受け、26日の会見で記者からアメリカ政府がイラク側に抗議したかどうかを質問された国務省スポークスパーソンは、そうした抗議に気がつかなかったと答えている。さらに、下院ヨーロッパ中東小委員会で、アメリカは湾岸諸国と防衛条約は結んでいないとジョン・ケリー国務次官補が語っている。 こうした動きに不審を抱いたひとりがPLO議長だったヤセル・アラファト。アメリカ支配層の少なくとも一部がフセインを罠にかけようとしていると疑ったのだ。そこでバグダッドへ飛び、フセインに対し、挑発されてもクウェートを攻撃するべきでないとアドバイスしている。アラファトはクウェートへも行き、ジェッダでイラクとの金銭的な問題を解決するように提案するが、クウェート側は聞く耳を持たなかったという。ヨルダンのフセイン国王もアラファトと同じ懸念を抱き、ジェッダで首脳会談が開かれる前日、アラファトと同じことをクウェートの代表団に話したが、やはり聞く耳を持たなかったようだ。(Alan Hart, “Zionism: Volume Three,” World Focus Publishing, 2005) イラクとクウェートの交渉ではクウェートの外相がイラクの代表を挑発、そして8月2日にイラク軍がクウェートに軍事侵攻した。アラファトやフセイン国王が懸念したように、イラクはアメリカの罠にかかってしまったと言えるだろう。トルコのエルドアン政権も罠にかけられようとしているのではないか考える人もいる。トルコを従属させられれば、アメリカの中東戦略は容易になるだろうからだ。
2020.10.19
日本学術会議が新会員として推薦した候補者105人のうち6人を菅義偉首相は従来のルールを無視して任命しなかった。学問の自由を侵害する行為だ、学者が萎縮すると批判されているが、前にも書いたように、大半の学者は権力システムにすり寄り、学問の自由は放棄してきた。そうした状況だからこそ、今回のような強引なことが行われたとも言える。 この団体は1949年1月、内閣総理大臣の下で、政府から独立して職務を行う機関として設立されたが、戦前戦中に科学者が戦争に加担したことを反省、その翌年に戦争を目的とする科学の研究は行わないとする声明を出している。同じ趣旨の生命を1967年と2017年にも出した。 明治維新以降、日本がアングロ・サクソン系金融資本の強い影響下にあることは本ブログで繰り返し書いてきたが、現在、アングロ・サクソン系諸国の中心的な存在になっているアメリカには軍と緊密な関係にある科学者の団体が存在した。JASONだ。 この団体が設立されたのは1960年。物理、化学、数学、コンピュータ、生物、海洋などを専門とするエリート学者がメンバーとして名を連ね、その中にはノーベル賞も含まれていた。一般的には優秀と見られている学者たちだが、昨年4月にアメリカ国防総省はJASONとの関係を終了させている。 第2次世界大戦の終盤、CIAの前身であるOSSはドイツの科学者やエンジニア1500名以上を雇い、アメリカへ連れてきた。ペーパークリップ作戦だ。当時、OSSや軍の反ソ連勢力はフランクリン・ルーズベルト大統領を無視する形でナチスの元高官らを逃がすラットラインを作り、その元高官たちを保護、雇用している。ブラッドストーン作戦だ。 本ブログで何度も書いたことだが、アメリカの金融資本は大戦の前からファシズムに傾倒、国務省は親ファシスト派の巣窟だった。第2次世界大戦の終盤、フランクリン・ルーズベルト大統領は各国の首脳と会談しているが、そうした会談に同行させたのは基本的に軍人。外交官を信用していなかった。同行した非軍人はルーズベルトが個人的に信頼していたハリー・ホプキンスだけだった。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015) 大戦中、ロケット(ミサイル)を開発するなどドイツの科学技術の水準は高く、ドイツの科学者や技術者が戦後、兵器の開発で果たした役割は大きかった。それを受けてのJASONだったのかもしれないが、この集まりの軍事的な貢献は大きくなかったと言われている。 しかし、それでも意味はあった。兵器の開発で協力させることで守秘義務やカネで縛ることができたからだ。戦争を目的とする科学の研究は行わないという姿勢はアメリカの支配者にとって不愉快なことだっただろう。 アメリカには各国の有力者をコントロールする仕組みが存在する。昨年7月6日にその一端が露見した。未成年の男女を世界の有力者に提供し、寝室などでの行為を映像などで記録して脅しに使っていたジェフリー・エプスタインが逮捕されたのである。エプスタインの妻だったギスレイン・マクスウェルも共犯関係にあると言えるだろう。 ギスレインの父親はイギリスのミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェル。は1960年代からイスラエルの情報機関と関係が深いと言われていたロバートの死体が1991年11月、カナリア諸島沖で発見された。 イスラエル軍の情報機関ERDに所属、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経験のあるアリ・ベンメナシェによると、3名ともイスラエル軍の情報機関(AMAM)に所属していた。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) つまり、イスラエルの情報機関に弱みを握られた有力者は世界中にいるということ。その仕組みの中で重要な役割を果たしていたエプスタインの「友人」としてドナルド・トランプ、ビル・クリントン、イギリスのアンドリュー王子が有名だが、JPモルガンの重役だったジェームズ・ステイリー、財務長官を務めたローレンス・サマーズ、COVID-19問題で重要な役割を果たしてきたビル・ゲイツなど親しい。そのほか著名な学者やジャーナリストも親しくしていた。 ニューヨーク・タイムズ紙によると、エプスタインはニューメキシコの牧場で自分のDNAによって複数の女性を妊娠させる計画を持っていたという。ノーベル賞を受賞したような著名な科学者をエプスタインが招待していることから、エプスタインを含むグループは優生学的な実験を行おうとしていたのではないかという疑いもある。 このグループに限らず、アメリカには自分たちが特別な存在だと信じているエリートが存在する。その一例がフェデラリスト・ソサエティーだ。1982年にエール大学、シカゴ大学、ハーバード大学の法学部に所属する学生や法律家によって創設された団体で、自分たちには権力を超越した権利があると信じていたという。 議会に宣戦布告の権限があるとする憲法や1973年の戦争権限法はアナクロニズムだ、プライバシー権などを制限して拡大してきた市民権を元に戻すべきだ、企業に対する政府の規制を緩和させるべきだといったことが彼らの主張には含まれていた。ジョージ・W・ブッシュ政権で司法省の法律顧問として拷問にゴーサインを出したことで知られているジョン・ユーもフェデラリスト・ソサエティの熱心な活動家として知られている。 そうしたグループに属しているゲイツは長野県の別荘地、軽井沢町の千ヶ滝西区に敷地面積2万1969平方メートルという巨大な「個人の別荘」を建てたと言われている。
2020.10.18

フランスではSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)の感染者が増えているとして、10月17日からパリを含む都市部で午後9時から午前6時の間、外出を禁止するという。違反者には135ユーロの罰金が科せられる。この命令を徹底させるため、1万2000名の警察官が投入されるようだ。 政府が厳しい姿勢で臨まざるをえない一因は国民の反発が強いことにある。西側の有力メディアは巨大企業、その巨大企業を所有している富豪、その手先として機能している政府機関などに管理されてきた。ノーム・チョムスキーの言葉を借りるならば、プロパガンダ機関だ。有力メディアの偽情報に対抗してきたインターネットではグーグル、フェースブック、ツイッターなどが言論統制を強めている。それだけ彼らが行っているプロパガンダが希望通りの効果を上げていないのだろう。 フランスのほかイギリスなども収容所化に熱心で、ロックダウンも実施した。人びとは集まり、話し合うことが厳しく制限され、見ず知らずの人間でも「社会的距離」を維持しなければならなくなった。博物館、美術館、図書館などの文化面、そして未来を築くために重要な教育にもダメージを与えている。 こうした政策は人びとのフラストレーションを高め、飲酒や喫煙へ逃げ込む人を増やしたという。勿論、生産活動は麻痺し、少なからぬ企業の経営が悪化、さらに倒産、失業、ホームレス、そして自殺の増加といった深刻な社会問題を引き起こしつつある。 そうしたこともあり、COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)を口実にした社会の収容所化に反発する声は強い。個人レベルだけでなく、マルセーユ市はCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)の感染状況を独自に判断するため、市独自の科学評議会を設置すると伝えられている。 スウェーデンやニカラグアの場合、ロックダウン(監禁政策)を取らなかった。それにもかかわらず、COVID-19はロックダウン国より悪い状況になっていない。死亡者数も多くはない。季節性のインフルエンザが例年に比べて大きく減少しているという話もあるが、これはインフルエンザをCOVID-19として扱っているからではないかと疑う人もいる。 本ブログでも紹介済みだが、COVID-19の死亡率はインフルエンザより高くない。これはWHO(世界保健機関)も認めている。同機関で緊急対応の責任者を務めるマイク・ライアンは執行理事会の特別会合で、世界の人口の約1割がCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)に感染しているという推計値を明らかにしたのだ。WHOの広報担当によると、全世界で実施された抗体検査に基づくものだという。 現在、世界の人口は77億9500万人だとされているので、その1割は7億7950万人。感染が確認されたとされている人数、約3510万人を大幅に上回る。「確認」のためにPCR検査(ポリメラーゼ連鎖反応)が実施されているが、検査を受けていない人の数を考えれば、不思議ではないだろう。WHOの広報担当は感染者の90%は無症状で、気づいていないとしている。 COVID-19を理由としたロックダウンを正当化する根拠は致死率の高さにあるのだが、ライアンの発言はこの前提を否定している。COVID-19が原因で死んだとされている人の数は106万人なので、感染者数が7億7950万人なら致死率は0.14%にすぎず、インフルエンザより危険性が高いとは言えないからだ。しかもこの死亡者数には問題がある。実際の死亡者数は公表数の10%以下、厳密に言うと1%以下だとも言われている。 現在、「確認」のために利用されているPCR検査への信頼度も低い。この検査方法をウイルス検査に使ってはならないと語ったのは、この手法を開発し、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリス。今回のケースでもマリスは同じことを言ったはずだが、彼は昨年8月7日に肺炎で死亡した。 PCRを含む簡易検査で感染しているかどうかを判断しようとすると、実際には爆発的な感染などしていないにもかかわらずパンデミックを宣言することになりかねないとアメリカの有力メディア、つまり支配者のプロパガンダ機関であるニューヨーク・タイムズ紙も警告していた。それほど広く知られていた事実である。 パンデミックを利用して世界の仕組みを変えようというプランが練られてきたことの露見も疑惑の感情を呼び起こすことになった。例えば、フランスのジャーナリスト、アレキサンダー・アドラーが2009年に出した『新CIA報告』によると、CIAが2005年9月に作成した報告書の中でパンデミックについて触れられている。 CIAによると、パンデミックは中国や東南アジアのような動物と人間が密接した状態で生活している場所で起こり、国際的な旅行が制限されてもほとんど症状のない感染者が他国へウイルスを運んで患者は雪だるま式に増え、国の内外で緊張たが高まって戦乱が広がり、人びとの移動は制限されるようになる。 そして2010年5月、ロックフェラー財団とGBN(グローバル・ビジネス・ネットワーク)は「技術の未来と国際的発展のためのシナリオ」と題された報告書を発表、その中でパンデミックによる経済へのダメージを指摘していた。人や物資の国際的な移動が止まることから旅行業のような産業や販売網は特に大きなダメージを受けるとしている。 パンデミックに対する対策としてマスクの着用を義務づけ、公共施設やマーケットの入り口における体温の測定が強制され、そうした管理、監視体制はパンデミックが去った後も続くと想定していた。しかも市民は安全と安定を求め、放棄した自らの主権やプライバシーを取り戻そうとしないとされている。 2019年10月18日にはニューヨークでコロナウイルスが全世界で流行するというシミュレーション、イベント201が実施されている。主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターやビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団。イベント201が開催された日に中国の武漢で各国の軍人が集まって行われた競技大会が開幕、その翌月にCOVID-19の感染者が初めて見つかったとされている。 パンデミックを想定していた支配者達は、そうした状況を好機と考えている。例えば、WEF(世界経済フォーラム)の創設者であるクラウス・シュワブは今年6月、「パンデミック」を利用して資本主義を大々的に「リセット」すると語っている。 COVID-19と呼ばれる悪霊が世界を徘徊しはじめたのは今年3月11日のこと。この日、WHO(世界保健機関)はパンデミックを宣言したのだ。そのWHOへ最も多く寄付しているのはアメリカだが、その次はビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団。全寄付額の9.4%がこの財団からのものだ。
2020.10.17
COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)という悪霊が世界を徘徊しはじめた、つまりパンデミックだとWHO(世界保健機関)が宣言する9年前の3月11日、東電の福島第一原発で炉心が溶融、環境中に大量の放射性物質を放出するという事故が引き起こされた。 原子炉内の状態は明確でないが、炉心が溶融してデブリ(溶融した炉心を含む塊)が落下していることは間違いなく、その一部が地中へ潜り込み、地下水で冷却されている可能性もある。福島第1原発の周辺は水の豊かな場所。その地下水は汚染水となり、補足されていないルートを通って海へ流れ出ていることも考えられる。 しかし、東電はデブリを冷やしている水を全て回収、トリチウム以外の「ほとんどの放射性物質」を除去した上で保管しているとしている。保管されている水の量は約123万トンに達しているが、限界は137万トンだという。2022年秋にはその限界点に到達するので、その前に「薄めて」大気中や海洋へ放出することになるわけだ。 水俣病など公害が問題になった時も「薄める」という儀式を行った上で環境中へ放出していた。排水溝の近くの海から水をくみ上げ、廃液とまぜて濃度を下げるという子ども騙しのようなことが行われていたのである。言うまでもなく、汚染物質の総量に変化はない。そこで総量規制という考え方が出てきた。 日本政府は2051年までに廃炉させるとしていたが、イギリスのタイムズ紙はこの原発を廃炉するまでに必要な時間を200年だと推定したが、数百年はかかるだろうと考える人が少なくない。その間、放射性物質は環境中に垂れ流されるだろう。廃炉作業が終了しても10万年にわたって放射性廃棄物を保管する必要があると言われているが、そんなことが可能だと信じている人は10年前の人類を考える必要がある。 処理したところで汚染水であることに変わりはない。そのようなものを環境中へ放出してはならないのだが、そうせざるを得ない状況になっている。つまり、そうした事態を招く原子力発電を始めてはならなかったのだ。 福島第一原発で事故が起こった翌日、つまり2011年3月12日に1号機で爆発があり、14日には3号機も爆発、15日には2号機で「異音」があり、4号機の建屋で大きな爆発音があった。 医療法人の徳洲会を創設した徳田虎雄の息子で衆議院議員だった徳田毅は事故の翌月、2011年4月17日に自身の「オフィシャルブログ」(現在は削除されている)で次のように書いている: 「3月12日の1度目の水素爆発の際、2km離れた双葉町まで破片や小石が飛んできたという。そしてその爆発直後、原発の周辺から病院へ逃れてきた人々の放射線量を調べたところ、十数人の人が10万cpmを超えガイガーカウンターが振り切れていたという。それは衣服や乗用車に付着した放射性物質により二次被曝するほどの高い数値だ。」 事故当日にメルトダウン、つまり内部は破壊されて温度と圧力は急上昇、放射性物質は環境中へ放出されはじめる。12日の午後2時半頃にベント(排気)したとされているが、双葉町ではベント前に放射線量が上昇していたと伝えられている。そして午後3時36分に爆発。 建屋の外で燃料棒の破片が見つかるのだが、この破片についてNRC(原子力規制委員会)新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は2011年7月28日に開かれた会合で、発見された破片は炉心にあった燃料棒のものだと推測できるとしている。マンチェスター大学や九州大学の科学者を含むチームは原子炉内から放出された粒子の中からウラニウムや他の放射性物質を検出した。 事故当時に双葉町の町長だった井戸川克隆によると、心臓発作で死んだ多くの人を彼は知っているという。セシウムは筋肉に集まるようだが、心臓は筋肉の塊。福島には急死する人が沢山いて、その中には若い人も含まれているとも主張、東電の従業員も死んでいるとしている。 事故で環境中に放出された放射性物質の放出総量はチェルノブイリ原発事故の1割程度、後に約17%に相当すると発表されているが、その算出方法に問題があるとも指摘されている。 この計算の前提では、圧力抑制室(トーラス)の水で99%の放射性物質が除去されることになっているが、今回は水が沸騰していたはずで、放射性物質の除去は困難。トーラスへの爆発的な噴出で除去できないとする指摘もある。そもそも格納容器も破壊されていた。 原発の元技術者であるアーニー・ガンダーセンは少なくともチェルノブイリ原発事故で漏洩した量の2~5倍の放射性物質を福島第一原発は放出したと推測している(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書)が、10倍程度だと考えても非常識とは言えない。 福島第一原発の事故では事実が明らかにされてこなかった。少しずつ情報は漏れているが、政府にしろマスコミにしろ、重大な事実を隠しているとしか思えない。そうした人びとに処理水の海洋放出は安全だといわれても信じることはできない。 本来、人間の健康を考えなければならないWHOも信頼できない。この組織はIAEA(国際原子力機関)と関係が深いのだ。以前にも書いたことだが、1959年にWHOとIAEAはある合意文書に調印している。その第1条第3項の規定により、一方の機関が重大な関心を持っている、あるいは持つことが予想されるテーマに関するプログラムや活動の開始を考えている場合、プログラムや活動を考えている機関はもうひとつの機関に対し、問題を調整するために相談しなければならない。 つまり、IAEAの許可がなければ、WHOは放射線の健康被害に関して発表することはできない。放射線被害の問題でWHOに期待することはできないということだ。 WHOが影響を受けている相手はIAEAのほかにも存在する。WHOにはさまざまな国や団体が寄付、最も多いのはアメリカだが、その次はCOVID-19の恐怖を煽り、ワクチンを接種するように宣伝しているビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団だ。この財団は巨大な私的権力の実働部隊にすぎないだろう。
2020.10.17
グランドプリンスホテル新高輪で10月17日に行われる中曽根康弘の内閣・自民党合同葬は、政府の予備費から約9600万円が投入されて行われるという。中曽根が101歳で死亡したのは昨年11月29日。1982年11月27日から87年11月6日にかけて内閣総理大臣を務めたが、その間に国鉄を分割するなど私有化を進めるなど新自由主義を日本へ導入している。つまり日本の破壊を本格化させた人物だ。その経歴を振り返ってみよう。 彼は東京帝国大学を卒業した後、1941年4月に内務省に入るが、それから間もなくして海軍経理学校に入学、海軍主計少佐として敗戦を迎えた。敗戦から間もない1945年10月に内務省へ戻り、翌年9月には警視庁警視になるのだが、その年の12月に依願退職。1947年4月に衆議院議員選挙に出馬、当選して政界入りを果たした。 政治家になった中曽根は河野一郎の配下へ入り、そこで右翼の大物とされていた児玉誉士夫と知り合うが、その児玉がCIAの手先だったことがロッキード事件の際に判明している。 中曽根が権力の階段を登り始めるのはMRA(道徳再武装運動)と関係するようになってから。この団体はCIA系の疑似宗教団体で、日本人としては岸信介や三井本家の弟、三井高維が参加していた。(グレン・デイビス、ジョン・G・ロバーツ著、森山尚美訳『軍隊なき占領』新潮社、1996年) MRAで中曽根はヘンリー・キッシンジャーなどCFR(外交問題評議会)のメンバーと知り合い、1950年6月にはスイスで開かれるMRAの世界大会に出席している。 ハーバード大学を卒業した直後、キッシンジャーは「ハーバード国際セミナー」というサマー・スクールの責任者になるが、1953年のセミナーに中曽根は参加した。セミナーのスポンサーにはロックフェラー財団やフォード財団のほか、「中東の友」といった団体も含まれていたが、この「中東の友」はCIAが隠れ蓑に使っていた団体だと言われている。 そして1954年3月、中曽根が中心になって2億3500万円の原子力予算案が国会に提出された。予算案は修正を経て4月に可決されている。言うまでもなく、こうした動きの背景には1953年12月にドワイト・アイゼンハワー米大統領が国連総会で行った「原子力の平和利用」という宣言がある。 中曽根は旧制静岡高校から東京帝国大学へ進んだのだが、高校時代の友人に東郷民安という人物がいた。東郷は殖産住宅の創業者だ。その会社の株式が1972年10月に上場されたが、その際に中曽根は東郷に「株式公開を利用して政治資金をつくりたい」と持ちかけている。公開時の株価操作で儲けさせてくれというわけだ。 この上場を取り仕切ったのは業界最大手の野村証券。中曽根によると、当時の野村証券社長、北裏喜一郎は中曽根のスポンサーのひとりだというが、この上場でトラブルが発生、児玉誉士夫が出てくる。結局、東郷は1973年6月に所得税法違反の容疑で逮捕され、有罪判決を受けるのだが、冤罪だと考える人もいる。(東郷民安著『罠』講談社、1986年) リチャード・ニクソンが1974年8月にウォーターゲート事件で辞任した後、ジェラルド・フォードが副大統領から大統領に昇格するが、このフォード政権で台頭してきたネオコンは好戦的な政策を打ち出す。 民主党のジミー・カーター政権ではズビグネフ・ブレジンスキー国家安全保障補佐官がアフガニスタンで秘密工作を実行、ソ連軍を戦争に引き込み、ロナルド・レーガン政権は1983年11月には戦術弾道ミサイルのパーシングIIを西ドイツへ配備している。 そうした流れに中曽根も乗る。首相に就任して間もない1983年1月、彼はアメリカを訪問、ワシントン・ポスト紙のインタビューで「日本列島をソ連の爆撃機の侵入を防ぐ巨大な防衛のとりでを備えた不沈空母とすべき」であり、「日本列島にある4つの海峡を全面的かつ完全に支配する」とし、「これによってソ連の潜水艦および海軍艦艇に海峡を通過させない」と語った。 それから間もない1983年4月から5月にかけてアメリカ海軍は千島列島エトロフ島の沖で大艦隊演習「フリーテックス83」を実施、3空母を集結させた。エンタープライズ、ミッドウェー、コーラルシーを中心とする機動部隊群が集まって挑発手金が軍事演習を実行したのだが、この重大な出来事を日本のマスコミは報じなかった。 そして1983年8月31日から9月1日にかけて大韓航空007便がソ連の領空を侵犯するという事件が引き起こされる。この旅客機はアンカレッジを離陸して間もなく航路を逸脱、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)が設定したアラスカの「緩衝空域」と「飛行禁止空域」を横切ってソ連軍の重要基地の上を飛行、ソ連側の警告を無視して飛び続けた末にサハリン沖で撃墜されたとされている。航路を逸脱してソ連へ向かう旅客機にNORADは何も警告していない。この事件には不可解なことがいくつもあるのだが、今回は割愛する。 この事件を利用してアメリカ政府は大々的な反ソ連キャンペーンを展開、その年の11月にはNATO(北大西洋条約機構)軍が軍事演習「エイブル・アーチャー83」を計画、核攻撃のシミュレーションも行われることになっていた。1981年の段階で西側からの全面攻撃を想定していたソ連のKGBはこれを「偽装演習」だと疑い、全面核戦争を仕掛けてくるのではないかと警戒、その準備を始めている。 大韓航空機の事件から2年後の8月12日、羽田空港から伊丹空港へ向かっていた日本航空123便が群馬県南西部の山岳地帯に墜落した。乗員乗客524名のうち520名が死亡している。 運輸省航空事故調査委員会はボーイング社の修理ミスで隔壁が破壊されたことが原因だと主張しているが、医学的にありえず、全く説得力はない。再現実験でも調査委員会のストーリーは無理だということが確認されている。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、墜落から10年後の1995年8月、アメリカ軍の準機関紙であるスターズ・アンド・ストライプ紙は日本航空123便に関する記事を掲載した。墜落の直後に現場を特定して横田基地へ報告したC-130の乗組員、マイケル・アントヌッチの証言に基づいているのだが、その記事は自衛隊の責任を示唆している。 123便が墜落した頃、兜町では1987年に「完全民営化」する予定の日本航空の株価が暴騰していた。株価を上昇させ、大蔵大臣名目で保有されていた4090万株を高値で売却、1988年には700万株の時価発行増資を行うというシナリオだった。 2000円台の前半で推移していた日本航空の株価が急騰し始めたのは1984年のことで、「中曽根銘柄」と呼ばれていた。1985年の夏に株価は8000円を突破、そこで123便が墜落したわけだ。 株価は5000円を切るまで下落、日航株の仕手戦は終わったと考える人は少なくなかったが、内情を熟知している人は値上げさせなければならない事情があるので、絶対に値上がりすると断言していた。実際、1987年には2万円を突破している。 その頃、日本航空は超長期のドル先物予約をしている。証券関係者から「クレージー」と言われていたが、これは株価操作による資金調達の代償だった可能性がある。 日本航空123便が墜落した翌月、ニューヨークのプラザ・ホテルで開催された先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議で「ドル高是正」で合意しているが、その前からドルが安くなる、つまり円高になることは確実視されていた。ドルを保有したくない日本の金融機関にとって超長期のドル先物予約をした日本航空はありがたい存在だったはずだ。
2020.10.16
シオニストの一派であるネオコンが描く世界制覇の絵図に乗ったサウジアラビアとトルコが苦境に陥り、中東の不安定要因になっている。アメリカはその状況を利用しようとしているようだ。 サウジアラビアで実権を握っているモハメド・ビン・サルマン皇太子はアメリカのドナルド・トランプ大統領やイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と近く、政治経済の政策は新自由主義の影響を強く受けている。その政策が失敗、国は破綻の危機に直面している。 新自由主義を導入したことが失敗だが、直接的には石油相場の大幅な下落が大きい。相場が大きく下がり始めたのは2014年の半ばだが、これはアメリカとサウジアラビアが仕掛けた結果。バラク・オバマ政権はロシアと中国に対する戦争を開始、2013年から14年にかけてウクライナでネオナチを使ったクーデターを実行し、14年から15年にかけて香港ではイギリスと「佔領行動(雨傘運動)」を仕掛けている。 ソ連消滅の時に石油相場の下落が効果的だったという記憶があったようで、同じことをしようとしたのだろう。WTI原油の場合、2014年5月には1バーレル当たり110ドルを超す水準にあったが、年明け直後には50ドルを切る。2016年1月には40ドルを割り込んだ。 値下がりが始まって間もない2014年9月11日にアメリカのジョン・ケリー国務長官とサウジアラビアのアブドラ国王は紅海の近くで会談、それから加速度的に下げ足を速めたことから原油相場を引き下げる謀議があったとも噂されている。 ところが、原油価格の下落はロシアでなくサウジアラビアやアメリカの経済にダメージを与えることになった。ロシアの場合、石油相場と同じようにロシアの通貨ルーブルも値下がりしたことからアメリカ支配層が望んだような効果はなかった。 2014年にサウジアラビアは約390億ドルの財政赤字になり、15年には約980億ドルに膨らんだという。2020年におけるサウジアラビアの財政赤字は500億ドルと予想されていたが、これは1バーレル当たり60ドル強という前提での話。COVID-19(新型コロナウィルス)の影響で経済活動が急減速、その影響で石油相場は40ドルあたりで推移している。このまま進むと、サウジアラビアの財政赤字は500億ドルを大きく上回る可能性が高く、金融資産が底をつくとも見られている。 そうした状況の中、サウジアラビアのサルマン国王は2017年10月にモスクワを訪問、ロシア製防空システムのS-400を購入したいという意向を伝え、ロシア側は受け入れる姿勢を示し、その半月ほど後にロシアのウラジミル・プーチン大統領がサウジアラビアを訪問した。それに対し、ビン・サルマン皇太子はその翌月に王族、閣僚や元閣僚、軍人などを大量に拘束して資産を取り上げる。 ビン・サルマン皇太子による粛清で皇太子にものを言える人物が激減したが、例外的なひとりが国王の個人的な警護責任者だったアブドル・アジズ・アル・ファガム少将。国王が絶対的な信頼を寄せていた人物で、皇太子にとって都合の悪い情報も伝えていた。そのファガム少将が昨年(2019年)9月28日に射殺された。 その2週間前、9月14日に18機のUAV(無人機。ドローンとも呼ばれる)と7機の巡航ミサイルでイエメンのフーシ派はサウジアラビアのアブカイクとハリスにあるアラムコの石油処理施設を攻撃、大きな損害を与える。サウジアラビアの支配層が動揺したことは言うまでもない。その翌日、フーシ派はサウジアラビアの3旅団を壊滅させたと発表していた。 そこでサウジアラビアの内部にイランとの関係を修復しようと考える人が現れても不思議ではない。実際、イラクを仲介役として緊張緩和に関する話し合いが始まった。イラン側のメッセンジャーがイスラム革命防衛隊の特殊部隊とも言われているコッズ軍を指揮してきたガーセム・ソレイマーニーだ。 サウジアラビアの自立はアメリカの支配システムを揺るがす。そこでドナルド・トランプ政権はイスラエルの協力を得て今年1月3日、ソレイマーニーをイラクのバグダッド国際空港で暗殺した。イスラエルから提供されたソレイマーニーに関する情報を利用し、アメリカ軍がUAV(無人機、ドローン)で攻撃したと言われている。国家テロだが、「国際世論」は沈黙した。 イラクのアディル・アブドゥル-マフディ首相によると、緊張緩和に関するサウジアラビアからのメッセージに対するイランの返書を携えていた。これはイランへの宣戦布告行為であると同時に、サウジアラビアに対する警告でもあったのだろう。 そして2月20日にアメリカのマイク・ポンペオ国務長官はサウジアラビアの国王と皇太子に会い、2月24日にはサウジアラビア国王は宮殿へイスラエル人ラビを迎え入れた。ソレイマーニー暗殺はアメリカやイスラエルにとって中東における和平の流れを断ち切る重要な作戦だったと言えるだろう。 8月4日にはレバノンの首都ベイルートで大きな爆発があり、インターネット上に流れている映像には核爆発を思わせるキノコ雲や衝撃波が映っている。保管されていた硝酸アンモニウムが爆発したという話が流されたが、その一方でミサイルを目撃したとする証言や複数の映像も伝えられている。最初の爆発はイスラエルが発射した対艦ミサイルガブリエル、2度目の爆発はF16が発射した核弾頭を搭載したデリラだとする説もある。爆発の様子やクレーターの存在などから小型核兵器、あるいは核物質を使った新型兵器だとも言われている。 その爆発から9日後にアラブ首長国連邦とイスラエルが国交を「正常化」するとトランプ大統領が発表。バーレーンがそれに続いた。アラブ首長国連邦もバーレーンも9月15日に調印したが、いずれもアメリカ、イギリス、そしてサウジアラビアの影響下にある国。この調印をサウジアラビアは承諾したと見られている。 そのサウジアラビアは自国の戦闘部隊を8月26日にシリア北東部、ハサカにあるアメリカ軍の基地へ入れたと伝えられている。戦闘部隊は約20名で編成され、石油を盗掘するため、その1週間前に現地入りしたサウジアラビアやエジプトの専門家を守ることが目的だという。昨年12月にはユーフラテス川沿いにあるシリアの油田地帯、デリゾールへ数十名のサウジアラビア兵がヘリコプターで到着したとも伝えられている。 一方、トルコは経済が行き詰まっただけでなく、自らが使っていたジハード傭兵の扱いに苦しんでいる。アメリカの場合、士官クラスは救出したが、末端の戦闘員は放置しているようだ。そうした戦闘員は食べるために徒党を組み、中東を荒らし回ることになるだろう。 中東や北アフリカの制圧に失敗したアメリカはプランBとして破壊と殺戮で「石器時代」にしようとするはず。雇い主を失った傭兵はそうした計画を実現することになる。 しかし、トルコの場合、殺戮や破壊だけでなく略奪で稼いでいた傭兵はイドリブからトルコへなだれ込む可能性がある。そこで新たな行き先としてリビアやナゴルノ・カラバフへ流れ込んでいるようだ。 アメリカの情報機関CIAはジョージアのパンキシ渓谷でチェチェンの反ロシア勢力を訓練してきた。シリアへ入っていたチェチェンの戦闘員だけでなく、稼ぎ場を求めて別の戦闘員がカフカスへ入ってきていると言われているが、これはロシアにとって好ましいことではない。トルコとアメリカとの間で何らかの話し合いが行われた可能性もある。セルゲイ・ショイグ露国防相がレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領に電話で抗議したようだが、当然だろう。
2020.10.15
シリアに対する侵略戦争をアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟のほか、イギリスとフランスのサイクス・ピコ協定コンビ、パイプライン建設を目指していたカタール、オスマン帝国の復活を夢想するトルコなどが始めたのは2011年3月のことだった。 この戦争について、メルキト・ギリシャ典礼カトリック教会の聖職者は2012年6月の段階で「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアの平和は守られる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実からほど遠い。」と指摘、シリア政府軍が戦っている相手が外国からやってきた戦闘員だということも報告していた。この報告の中でシリアにおける戦争の本質は明らかにされている。 シリアより1カ月早く侵略戦争が始まったリビアでは、地上で戦うアル・カイダ系武装集団と空爆を行うNATO軍の連携が機能し、2011年10月にムアンマル・アル・カダフィ体制は倒され、カダフィは惨殺された。そして戦闘員や兵器/武器はリビアからシリアへ運ばれ、2012年からシリアで大攻勢が予定されていたようだ。 シリアのバシャール・アル・アサド政権を倒すため、リビアと同じようにNATO軍、あるいはアメリカ主導軍を介入する環境作りも始められた。侵略勢力は配下の有力メディアなどを使い、「独裁者と民主化勢力との戦い」や「シリア政府軍の残虐行為」といった物語を広めようとしたのだ。オーストリアのメディアは写真を改竄し、背景を普通の街中でなく廃墟に変えて掲載するということも行った。こうした嘘をメルキト・ギリシャ典礼カトリック教会の司祭は批判したのだ。 真実を語らず、侵略を正当化する宣伝を繰り返してきたのは侵略国の政府や有力メディアだが、その中にはイギリスの外務英連邦省が含まれている。そこのコンピュータがハッキングされ、プロパガンダ作戦の実態を明らかにする資料が奪われ、その一部が公表された。そうしたプロパガンダ作戦が存在することは知られている話だが、内部資料が出てきたことは重要だ。 リビアのカダフィ体制が崩壊した後、シリアの政府軍と戦う傭兵部隊への支援をアメリカ政府は強化するが、リビアでの戦闘で地上軍の主力がアル・カイダ系のLIFGだということが判明している。 そこでバラク・オバマ大統領は穏健派を支援しているのだと強弁、外務英連邦省も同じことを主張しているのだが、これは2012年8月にアメリカ軍の情報機関DIAが否定したもの。 その報告書の中で、反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘され、アル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだとしている)の名前も出している。オバマ大統領が言うところの「穏健派」とは、一般的に「過激派」と見なされているグループだとしているのだ。 それだけでなく、オバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告していたが、これは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)という形で現実になった。 その年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国が宣言され、6月にはモスルが制圧された。その際にトヨタ製小型トラック、ハイラックスの新車を連ねたパレードを行い、その様子を撮影した写真が世界に伝えられたのだが、こうした戦闘集団の動きをアメリカの軍や情報機関は偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などで知っていたはず。そうしたパレードは格好の攻撃目標だが、アメリカ軍は動かなかった。2012年7月からDIA局長を務めていたマイケル・フリン中将はダーイッシュが売り出された直後、2014年8月に退役させられてしまう。 シリアの反政府軍への支援を強化しはじめたオバマ大統領は、シリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインは生物化学兵器の使用だと宣言した。その年の12月になると国務長官だったヒラリー・クリントンはシリアのバシャール・アル・アサド大統領が化学兵器を使うかもしれないと語り、13年1月29日付けのデイリー・メール紙には、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦を大統領が許可したという記述がイギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールの中にあるとする記事を載せた。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された。) しかし、すでにシリア政府はロシア政府のアドバイスに従い、化学兵器を全て廃棄していた。これはアメリカ政府も否定できないため、一部が隠されたと主張せざるをえなくなる。勿論、その主張を裏づける証拠はない。イラクの「大量破壊兵器」の話と同じだ。 その後、アメリカやイギリスをはじめとする西側の政府や有力メディアは化学兵器話を繰り返すが、そのたびに嘘が露見している。何度でも嘘が繰り返されるわけだ。 そうした嘘を広める上で重要な役割を果たしていたのが「シリア市民防衛(SCD、通称「白いヘルメット」)」。ジェームズ・ル・ムズリエなる人物が2013年3月にトルコで編成、メンバーを訓練していた。 この団体の活動目的は医療行為だとされたが、公開された映像からそのメンバーは医療行為の訓練を受けていないと指摘する人もいる。しかもSCDのメンバーがアル・カイダ系武装集団と重複していることを示す動画や写真も存在、アル・カイダ系武装集団が撤退した後の建造物ではSCDと隣り合わせで活動していたことを示す証拠などがバネッサ・ビーリーやエバ・バートレットらのジャーナリストによって確認された。 SCDの設立資金30万ドルはイギリス、アメリカ、そして日本が提供、さらに西側のNGOやカタールを経由してアメリカ政府とイギリス政府から1億2300万ドルが渡ったとされている。 ル・ムズリエはイギリス軍の元軍人とされているが、イギリスの対外情報機関MI6のオフィサーだと言われている。2000年に軍を退役した後にオリーブ・グループという傭兵組織の特別プロジェクトの幹部になった。この組織は後にアカデミ(ブラックウォーターとして創設、Xeに改名され、現在に至る)に吸収されている。 2008年に彼はオリーブ・グループを離れてグッド・ハーバー・コンサルティングへ入り、アブダビを拠点として活動し始めるのだが、この段階でもイギリス軍の情報機関と緊密な関係を維持していた。 勿論、アメリカやイギリスが新たな化学兵器話を宣伝し始めても不思議ではない。
2020.10.14
アメリカの次期大統領を決める選挙の投票が11月3日に予定されている。現職で共和党のドナルド・トランプと民主党のジョー・バイデン前副大統領が争っている。いずれの政党とも巨大資本を後ろ盾とする親イスラエル。パレスチナでの破壊と殺戮を止める気配はない。そのようなことをすれば候補者にはなれないだろう。 前回の大統領選挙でトランプの相手はロシアを核戦争で脅していたヒラリー・クリントン。バラク・オバマの政策を引き継いだのだが、彼女は上院議員の時代から戦争ビジネスをスポンサーにしていたことで知られている。それに対してトランプはロシアとの関係修復を訴えて勝利したのだが、1カ月ほどで方針を変えている。それを象徴する出来事がマイケル・フリン国家安全保障補佐官の解任だ。 昨年の段階ではTPP(環太平洋連携協定)に反対し、銀行業務と証券業務を分離させて投機を抑制していたグラス・スティーガル法を復活するべきだと主張、イラクなど中東における戦争に反対していた民主党のタルシ・ガッバード下院議員のような候補者もいたが、そうした政治家は排除されるのがアメリカの仕組みだ。 ガッバードは大学を卒業した後、2002年から04年にかけてハワイ州下院の議員を務め、04年7月から12カ月間、州兵としてイラクに派遣されている。最初は医療部隊に所属、そのあと兵站部門で働いた。2006年に帰国してからダニエル・アカカ上院議員の下で働き、13年から下院議員を務めている。イラク戦争の実態を彼女は自身の目で見ていた。 しかし、その仕組みが崩れかかったことがある。2000年にも大統領選挙があったが、その前年に実施された世論調査では出馬の意思を示していなかったジョン・F・ケネディ・ジュニア、つまりジョン・F・ケネディ大統領の息子が共和党や民主党の候補者を5ポイントほどリードしていたのだ。 もしケネディ・ジュニアが立候補したなら、投票数でトップになる可能性は高い。そこで選挙人が投票結果に拘束されるのかどうかという点が議論された。選挙人が別の候補者に投票することは可能なのか、不可能なのかということだ。アメリカの大統領選挙は候補者本人に投票するのではなく、選挙人を選ぶからだ。アメリカの大統領選挙が機能不全に陥る可能性すらあった。 そうした懸念を吹き払う出来事が起こったのは1999年7月16日。ケネディ・ジュニアが操縦する単発のパイパー・サラトガが墜落したのである。目的地であるマサチューセッツ州マーサズ・ビンヤード島へあと約12キロメートルの地点でだった。本人だけでなく同乗していた妻のキャロラインとその姉、ローレン・ベッセッテも死亡している。 いくつかの点から操縦ミスで落ちた可能性は小さい。例えば、墜落した位置から考えて、パイパー機は自動操縦で飛んでいた可能性が高いからだ。しかも墜落の3週間前にケネディは左足首をけがしていたので副操縦士を乗せていたはずだとも言われている。実際、7月上旬にカナダまで飛んだときには副操縦士を同乗させていた。 また奇妙なことに搭載されていたボイス・レコーダー、DVR300iに何も記録されていなかった。この装置は音声に反応して動く仕掛けになっていて、直前の5分間を記録する。 墜落現場の特定に時間がかかりすぎているとする指摘もある。緊急時に位置を通報するためにELTという装置も搭載されていたのだが、墜落から発見までに5日間を要している。日本航空123便より酷い。ともかくジョン・F・ケネディ・ジュニアは2000年の大統領選挙に出馬することはできなくなった。 結局、大統領に選ばれたのはジョージ・W・ブッシュ。ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺に絡み、CIAの責任者としてFBIの文書に名前が出てくるジョージ・H・W・ブッシュの息子だ。大統領に就任した年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、人びとがショックを受けている間の憲法を無視する愛国者法が制定された。 2003年にはその攻撃と関係のないイラクをアメリカ軍は従属国の軍隊を率いて先制攻撃、サダム・フセイン体制を破壊、フセイン本人は処刑されたが、多くのイラク市民も殺されている。 例えば、2006年10月にイギリスの医学雑誌「ランセット」はジョンズ・ホプキンズ大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究による調査報告を掲載、それによると2003年3月から2006年7月までの間に65万4965名以上のイラク人が死亡、そのうち60万1027名は暴力行為(要するに戦闘)が原因だという。イギリスのORB(オピニオン・リサーチ・ビジネス)は2007年夏までに94万6000名から112万人が死亡、またNGOのジャスト・フォーリン・ポリシーは133万9000人余りが殺されたとしている。 このイラクに対する侵略戦争を上院議員だったバイデンは熱心に支持し、ブッシュ政権の方針に賛成していた。実業の世界にいたトランプも戦争に賛成している。アメリカとイギリスは侵略戦争を正当化するために大量破壊兵器の存在と脅威を宣伝したが、作り話だったことが後に判明した。その作り話を広めるために有力メディアが果たした役割も大きい。こうした政治家やメディアはアメリカを「民主主義国家」だと主張している。
2020.10.14
銀行やクレジットカード会社がデジタル化を推進するための政策を打ち出している。そうした政策の一環として、ネットバンキングを利用しない預金者や利用明細書の郵送を望む利用者にペナルティーを科すようだ。 現在の世界を支配している勢力の少なくとも一部はデジタル化を進めてきた。そうした政策を彼らが好む一因として、デジタル化したシステムは監視や制裁が容易だということもあるだろう。 アメリカ国防総省にはDARPA(国防高等研究計画局)という研究所が存在する。そこで行われていたプロジェクトのひとつTIAの目的は全ての人間の個人情報を集め、蓄積、そして分析することにあった。このプロジェクトの存在が露見した後も名称を変えながら研究開発は進められているはずだ。 個人情報には本人や家族の生年月日からはじまり、学歴、銀行口座の内容、ATMの利用記録、クレジット・カードのデータ、投薬記録、運転免許証のデータ、航空券の購入記録、住宅ローンの支払い内容、電子メールに関する記録、インターネットでアクセスしたサイトに関する記録などが含まれる。さらにIC乗車券を使っていれば電車での移動状況、ETCを使えば自動車の動き、GPSを搭載した携帯電話を持ち歩いていれば個人の行動が監視される。スマート家電も監視の道具だ。こうした監視システムを可能にしたのはデジタル化にほかならない。 DARPAは遺伝子技術の分野でも研究開発を進めているが、症状が出る前に感染を判断するプログラムを2006年に発表している。2010年には発症前に感染したかどうかを血液サンプルの遺伝子解析で判定するための道具の基盤をデューク大学の研究者が作り上げたが、この研究者はDARPAから資金を受け取っていた。 2014年にDARPAの内部ではBTO(生物技術オフィス)が設置されたが、その後、このプログラムは「イン・ビボ(生体内)ナノプラットフォーム(IVN)」につながった。 このプラットフォームを使い、戦場の兵士を連続的に生理的モニタリングすることができるとしているが、勿論、兵士である必要はない。皮膚の下にコンタクト・レンズのような形状のセンサーを注入、5Gネットワークを通じでひとりひとりを監視するシステムを作り上げようとしていると見られている。 DARPAと共同で研究開発しているデューク大学は中国の武漢大学と共同でデューク昆明(昆山杜克)大学を2013年に設立している。武漢大学がある武漢はCOVID-19(コロナウイルス感染症-2019)騒動で最初に注目された都市。5G(第5世代移動通信システム)の実践の場でもある。 武漢には細菌に関する研究をしていた施設も存在した。中国科学院の武漢病毒研究所だ。この研究所は米国テキサス大学のガルベストン・ナショナル研究所やカナダのNML(ナショナル細菌研究所)と共同で細菌に関する研究を実施、タミフルやレムデシビルを開発したギリアド・サイエンシズともつながる。 NMLは2019年3月に中国へ非常に毒性の強いウィルスを秘密裏に運びこみ、中国当局から抗議されたとも言われているが、この輸送をカナダ政府は容認していたともいう。そして7月には中国のウイルス学者がNMLから追い出された。なお、DARPAはDTRA(国防脅威削減局)と同様、2018年からコロナウイルスのコウモリからヒトへの感染に関する研究を進めていた。 COVID-19騒動が始まる直前、2019年9月6日にドイツのアンゲラ・メルケル首相は北京で習近平国家主席と会談したが、その翌日に武漢を訪れている。5Gの開発状況に興味があったのだろう。 その年の10月18日にはニューヨークでコロナウイルスが全世界で流行するというシミュレーションが実施された。イベント201だが、その主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、WEF(世界経済フォーラム)、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団。 そのシミュレーションが行われた10月18日、各国の軍人による競技会が開幕した。27日まで大会は続く。アメリカからも選手団が送り込まれている。競技者は172名、全体では369名だったという。その翌月に武漢でCOVID-19の感染者が発見された。 アメリカ、イギリス、フランスなどを中心に西側ではCOVID-19が悪霊のような存在になり、支配者は人びとを怯えさせて社会を収容所化しつつある。 人びとは集まり、話し合うことが厳しく制限され、見ず知らずの人間でも「社会的距離」を維持しなければならない。イスラエルの場合、反政府デモの参加者は「社会的距離」を取らなかったとして逮捕されている。こうした政策は博物館、美術館、図書館などの文化面、そして未来を築くために重要な教育にもダメージを与えた。人びとのフラストレーションが高まり、飲酒や喫煙へ逃げ込む人が増えたという。勿論、生産活動は麻痺し、少なからぬ企業が倒産しはじめ、失業、ホームレス、そして自殺の増加といった深刻な社会問題を引き起こしつつある。 そうした中、人との接触が少ない、あるいは必要としないビジネスが大儲けしている。アマゾンのような通信販売、グーグルやフェースブックのようなデジタル空間でカネ儲けしている企業だ。COVID-19を煽っている勢力と重なる。米英の巨大金融資本は「絵に描いた餅」にすぎない金融資産を実態のある資産へ変えようとしているが、その前にデジタル企業が利益を得ている。
2020.10.13
ロックダウン(監禁政策)は国や地域で支配的な立場にある人びとにとって好都合。被支配者を管理する手法だからだ。この政策はCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)の伝染拡大を口実としてアメリカやヨーロッパで積極的に採用されているが、反発の強い。 権力抗争を背景とするスキャンダルで窮地に陥っているイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権もロックダウンを決め、反政府デモの参加者は「社会的距離」を取らなかったとして逮捕されているが、それでも収まらない。 この政策が生産活動を麻痺させているだけでなく、博物館、美術館、図書館などの文化面、そして未来を築くために重要な教育にもダメージを与えていることを考えると、人びとが反発するのは当然だ。 今回の騒動は社会システムを根本的に変えることが目的。COVID-19前の社会へ戻ることは困難だろう。WEF(世界経済フォーラム)の創設者であるクラウス・シュワブは今年6月、「パンデミック」を利用して資本主義を大々的に「リセット」すると語っている。 言うまでもなく、WEFは昨年10月18日にジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターやビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団と共同でコロナウイルスが全世界的に流行する、つまりパンデミックが起こるというシナリオのシミュレーション、イベント201ををニューヨークで実施している。 パンデミックに焦点を当てた報告書は2005年にCIAが作成している。それによると、中国や東南アジアのような動物と近接した地域で人が密集して生活している地域でパンデミックが発生、国際的な旅行は制限されるものの、ほとんど症状のない感染者が他国へウイルスを運び、患者は雪だるま式に増え、国の内外で緊張が高まり、戦乱が広がるといったシナリオだ。(Alexandre Adler, “Le Nouveau Rapport de la CIA,” Robert Laffont, 2009) 2005年5月にはロックフェラー財団とGBN(グローバル・ビジネス・ネットワーク)が「技術の未来と国際的発展のためのシナリオ」と題された報告書を発表、その中でパンデミックによる経済へのダメージも指摘している。人や物資の国際的な移動が止まることから旅行業のような産業や販売網は特に大きなダメージを受けると見通されていた。 パンデミックに対する対策も提示されている。社会的にはマスクの着用、公共施設やマーケットの入り口における体温の測定が強制され、そうした管理、監視体制はパンデミックが去った後も続くと想定しているのだが、それだけでなく、市民は安全と安定を求めて自らの主権やプライバシーを放棄、生体認証が義務づけられるとされている。 そして2019年10月18日にイベント201があり、その日に中国の武漢で各国の軍人が集まって行われた競技大会が開幕。その翌月にCOVID-19の感染者が初めて見つかり、2020年3月11日にWHO(世界保健機関)がパンデミック宣言してロックダウンにつながる。 WHOへの寄付額が最も多いのはアメリカ政府だが、それに次ぐのがビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団。全寄付額の9.4%がこの財団からのものである。 本ブログでも書いたことだが、WHOで緊急対応の責任者であるマイク・ライアンは執行理事会の特別会合で世界の人口の約1割がCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)に感染しているという推計値を明らかにしたのだ。WHOの広報担当によると、全世界で実施された抗体検査に基づくものだという。 全人口77億9500万人の1割は7億7950万人。WHOの広報担当によると、感染が確認されたとされている約3510万人を大幅に上回る。これは感染者の90%が無症状で、気づいていないからだ。COVID-19が原因で死んだとされている人の数は106万人(実際はこの数値よりはるかに少ない)なので、感染者数が7億7950万人なら致死率は0.14%にすぎず、インフルエンザより危険性が高いとは言えない。もしCOVID-19でロックダウンする必要があるなら、インフルエンザで毎年ロックダウンしなければならない。 現在、「確認」のために広く使われているのはPCR検査(ポリメラーゼ連鎖反応)。この検査方法を開発し、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスもこれをウイルスの検査に使ってはならないと語っていた。今回のケースでもマリスは同じことを言ったはずだが、パンデミックで恐怖を煽っている人びとにとって好都合なことに、彼は昨年8月7日に肺炎で死亡している。 こうしたことは有力メディアも知っていて、例えば、ニューヨーク・タイムズ紙は2007年にPCRを含む簡易検査で感染しているかどうかを判断するべきでないとする記事を載せている。実際には爆発的な感染などしていないにもかかわらずパンデミックを宣言することになりかねないと警告しているのだ。 PCR検査の陽性者を感染者とすることに反対するひとりが大手医薬品ファイザーの元副社長マイク・イードン。彼は陽性者の半数、もしかすると大半が擬陽性だと推測している。 本ブログでも繰り返し書いてきたように、アメリカやヨーロッパにはロックダウン政策を批判する医学の専門家は少なくない。現場の医師や看護師のほか、政府機関の要職に就いている人もいるが、そうした場合はアメリカ以外でも辞任させられ(例えばココやココ)、そうした人びとの主張や告発の一部は、インターネットを支配している巨大企業によって削除されている。現在、検閲の中心はアメリカを拠点とする私的権力だ。
2020.10.12
WHO(世界保健機関)で緊急対応の責任者を務めるマイク・ライアンの発言が注目されている。執行理事会の特別会合で彼は世界の人口の約1割がCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)に感染しているという推計値を明らかにしたのだ。WHOの広報担当によると、全世界で実施された抗体検査に基づくものだという。 現在、世界の人口は77億9500万人だとされているので、その1割は7億7950万人。感染が確認されたとされている人数、約3510万人を大幅に上回る。「確認」のためにPCR検査(ポリメラーゼ連鎖反応)が一般的に使われているが、検査を受けていない人の数を考えれば、不思議ではないだろう。WHOの広報担当は感染者の90%は無症状で、気づいていないとしている。 もっとも、本ブログでも繰り返し書いてきたように、PCR検査でウイルスそのものを見つけることはできない。PCR検査を開発し、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスもこの手法をウイルスの検査に使ってはならないと語っていた。今回のケースでもマリスは同じことを言ったはずだが、彼は昨年8月7日に肺炎で死亡した。 こうしたことは医療の専門家なら知っているはず。PCRを含む簡易検査で感染しているかどうかを判断しようとすると、実際には爆発的な感染などしていないにもかかわらずパンデミックを宣言することになりかねないとアメリカの有力メディア、つまり支配者のプロパガンダ機関であるニューヨーク・タイムズ紙も警告していたほどである。 ところで、ライアンの発言が注目されたのは推定感染者数の多さではなく、推定致死率の問題。COVID-19という悪霊を主人公とする恐怖劇の幕を開けたのはWHOが3月11日に出したパンデミック宣言だが、その日、NIHの機関であるNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長が下院の管理改革委員会でCOVID-19の致死性は季節性インフルエンザの10倍だと発言している。 2月の終わりの段階ではCOVID-19の致死率は通常のインフルエンザ並みかもしれないとファウチは他のふたりと共同で書いていたのだが、ともかく3月11日にはインフルエンザより危険な伝染病だとしていた。 COVID-19を理由としたロックダウン(監禁政策)を正当化する根拠はこの危険性、つまり致死率の高さにあるのだが、ライアンの発言はこの前提を否定している。COVID-19が原因で死んだとされている人の数は106万人なので、感染者数が7億7950万人なら致死率は0.14%にすぎず、インフルエンザより危険性が高いとは言えない。しかもこの死亡者数には問題がある。実際の死亡者数は公表数の10%以下、厳密に言うと1%以下だとも言われているのだ。 ところで、COVID-19の恐怖を煽っている団体のひとつがビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団。この団体はWHOへ多額の寄付をしていることでも知られている。全寄付額の9.4%がこの財団からのもの。アメリカに次いで第2位だ。
2020.10.11
アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は10月6日、東京で日本、インド、オーストラリアの代表と会い、中国との戦いについて話し合ったが、それに続いて8日には岸信夫防衛大臣が横田基地で在日米軍のケビン・シュネイダー司令官と会談した。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、アメリカは2018年5月、太平洋軍という名称をインド・太平洋軍へ変更、太平洋からインド洋にかけての海域を一体のものとして扱うことを明確にした。日本を太平洋側の拠点、インドを太平洋側の拠点にし、インドネシアが領海域をつなぐ構図になるという。 今回、ポンペオは日本とインドのほか、オーストラリアの代表と会っている。オーストラリアは1951年9月1日にサンフランシスコのプレシディオ(第6兵団が基地として使っていた)でニュージーランドやアメリカと軍事同盟を組織している。 言うまでもなく、この3カ国はアングロサクソン系。オーストラリア(A)、ニュージーランド(NZ)、アメリカ(US)をつなげてANZUSと呼ばれている。ちなみに、日本とアメリカは同じプレシディオで1951年9月8日に安保条約を締結した。 ANZUS構成国にカナダとイギリスを加え5カ国は情報活動を中心とする連合体を編成している。いわゆるファイブ・アイズだ。その起源はイギリスとアメリカとの間で1943年5月に結ばれたBRUSA協定。第2次世界大戦後、それを核とする電子情報活動を目的としてUKUSA協定が締結された。 UKUSA協定はUKとUSAの電子情報機関、つまりGCHQとNSAの連合体で、残りの3カ国の機関はその指揮下にある。つまりファイブ・アイズとは米英の支配者がカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの政府を監視する仕組みでもある。そのファイブ・アイズと協力関係を結びたいと河野太郎防衛大臣は8月12日に語った。すでにイスラエル軍の電子情報機関、8200部隊(ISNUとも呼ばれている)はファイブ・アイズと協力関係を結んでいる。 オーストラリア政府とニュージーランド政府はファイブ・アイズの犠牲になっている。そのひとりは1972年12月にオーストラリアの総選挙で勝利した労働党のゴウ・ウイットラム。 1973年9月11日にチリではCIAを後ろ盾とする軍事クーデターがあったが、それに関する情報を手にしていたウイットラムはASISがCIAに協力していたことを知っていた。そこで彼は自国の対外情報機関ASISに対し、CIAとの協力関係を断つように命令する。さらに同政権の司法長官は1973年3月、重要な情報を政府に隠しているという理由で対内情報機関ASIOの事務所を捜索させ、翌年8月には情報機関を調査するための委員会を設置している。(David Leigh, "The Wilson Plot," Pantheon, 1988) そこで米英の情報機関はウィットラムの排除を決断。1975年11月にCIAはイギリス女王エリザベス2世の総督であるジョン・カー卿を動かし、ウイットラム首相を解任した。アメリカのジャーナリスト、ジョナサン・ウイットニーによると、カーは第2次世界大戦中にオーストラリア政府の命令でアメリカへ派遣され、CIAの前身であるOSS(戦略事務局)で活動している。(Jonathan Kwitny, "The Crimes of Patriots," Norton, 1987)工作の内容は女王にも報告されていたという。 また、ニュージーランドでは1984年7月に首相となった労働党のデイビッド・ラングが犠牲になっている。ラングは反核政策を掲げ、米英から嫌われていた。そのニュージーランドに停泊していたグリーンピースの船、レインボー・ウォリアーをフランスの情報機関DGSEは1985年7月に爆破したが、その情報を事前に入手していたにもかかわらず、UKUSAはニュージーランド政府に警告していない。(Nicky Hager, "Secret Power," Craig Potton, 1996) 現在、日本が巻き込まれている軍事戦略の動きは中心にアメリカとイギリスが存在している。この戦略は19世紀から続いているが、それを理論化したのはハルフォード・マッキンダー。この理論は1904年に発表されている。 彼は世界を3つに分け、ひとつはヨーロッパ、アジア、アフリカの「世界島」、ふたつめはイギリスや日本のような「沖合諸島」、そして最後に南北アメリカやオーストラリアのような「遠方諸島」と名付けた。世界島の中心がハートランドで、具体的にはロシアを指している。 世界を支配するためにユーラシア大陸の周辺部を支配、そこからロシア/ソ連や中国のような内陸国を締め上げていくという戦略で、日本列島は重要な拠点であり、日本人は重要な傭兵だ。 ユーラシアを囲む三日月帯はインド、東南アジア諸国、朝鮮半島を結ぶ。その西端がイギリスであり、東端が日本だ。その途中、中東に空白地帯があった。そこにイギリスはイスラエル(1948年)とサウジアラビア(1932年)を作っている。スエズ運河の重要性もわかるだろう。 ポンペオも日本政府もこの長期戦略に従って動いている。
2020.10.10
日本学術会議が新会員として推薦した候補者105人のうち6人、つまり東京慈恵会医科大学の小沢隆一教授、早稲田大学の岡田正則教授、立命館大学の松宮孝明教授、東京大学の加藤陽子教授、東京大学の宇野重規教授、京都大学の芦名定道教授を菅義偉首相が任命しなかった。こうした決定に対し、学問の自由を侵害する行為だ、学者が萎縮するといった声が挙がったようだ。 しかし、アメリカの支配者の下に築かれた日本の天皇制官僚システムは政府を通じ、学問や言論の自由を侵害してきた。そうした傾向は1980年代から急速に強まったが、学者、記者、編集者といった人々は萎縮し、抵抗らしい抵抗をしてこなかった。ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」主催の講演会で冒頭に「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言した(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、くたばっていたのは学者も同じである。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、日本は明治維新後、アングロ・サクソンの巨大金融資本に支配されてきた。彼らは日本列島を東アジア侵略の拠点とし、日本人を傭兵として使ってきたのである。ヨーロッパ人が日本人を東アジア侵略の手先に使うという構図は戦国時代にも見られた。(藤木久志著『新版 雑兵たちの戦場』朝日新聞出版、2005年) 麻薬の取引で大儲けしていたイギリスの会社、ジャーディン・マセソンのほか、日露戦争で日本政府が戦費を頼ったロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブ、関東大震災の復興資金を調達したロスチャイルドから派生したJPモルガンを抜きに日本の近代史を語ることはできない。 日本への影響力を強めた頃、JPモルガンを率いていたのはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。その結婚相手のいとこであるジョセフ・グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めたが、この人物は第2次世界大戦後、ジャパンロビーの中枢として日本の進路を決めることになる。 グルーは秩父宮をはじめ皇室に強力な人脈を持っていたが、最も親しくしていた日本人は松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。日本軍が1941年12月7日(現地時間)にハワイの真珠湾を奇襲攻撃、グルーは翌年の6月に日本を離れるが、その直前に彼がゴルフした相手は商工大臣だった岸信介だ。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007) いわゆる「戦後民主主義」とはウォール街の下に築かれた天皇制官僚システムという枠組みの中での「民主化」にすぎない。システムが民主化されなかった以上、「学問の自由」も「言論の自由」も砂上の楼閣だったと言えるだろう。 アメリカでは1983年1月にNSDD11をロナルド・レーガン大統領が署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースを始めた。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し始めたのだ。その偽情報を信じ、あるいは信じた振りをし、アメリカは自由で民主的な国だという幻影を受け入れてきたのが日本の学者、記者、編集者といった人々だ。
2020.10.09
COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)に感染したとしてウォルター・リード・ナショナル軍医療センターに入院していたドナルド・トランプ米大統領が10月4日に退院した。有力メディアは今にも死にそうな話を流していたが、そうしたことはなかったようだ。 アメリカでは「オクトーバー・サプライズ」ということが言われる。大統領選挙の前月、選挙を有利にするために何かを仕掛けるということだ。トランプの入退院はCOVID-19に怯えることはないというメッセージにも見えるが、オクトーバー・サプライズだったのかどうかはわからない。 今回の大統領選挙は現職で共和党のトランプと民主党のジョー・バイデン前副大統領が争っている。共和党と民主党はいずれも巨大資本を後ろ盾とする親イスラエルの政党。大きな差はないのだが、2015年に支配者の内部で対立が生じ、トランプが出てきたのである。 2015年の段階でアメリカ民主党の幹部はヒラリー・クリントンを次期大統領候補者とすることで合意、同年6月にオーストリアで開かれたビルダーバーグ・グループの会合へジム・メッシナというヒラリーの旧友が出席していたことから、支配者の内部で次期大統領は彼女で内定したと噂されていた。 ヒラリーはリベラルでも平和的でもない。彼女は上院議員の時代からロッキード・マーチンの代理人と言われ、その側近中の側近と言われたヒューマ・アベディンはムスリム同胞団と密接な関係にあった。巨大金融機関やシオニストとも関係が深い。支配システムの中枢がヒラリーを支持していたのだ。 そうした流れに変化が生じたのは2016年2月10日。ヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問してウラジミル・プーチン大統領と会談、22日にはシリアでの戦闘を停止することで合意した。そしてトランプが有力候補として注目されるようになるのだが、それ以上に民主党の幹部や有力メディアを恐れさせることになったのはバーニー・サンダースだ。 そこで民主党の幹部はサンダース潰しに動くのだが、そうした工作が発覚する。2016年3月にウィキリークスがヒラリー・クリントンの電子メールを公表、その中にはサンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう民主党の幹部に求めるものがあったのだ。当然、サンダースの支持者は怒る。 7月にウィキリークスは民主党全国委員会(DNC)の電子メールを公表、その中には2015年5月26日の時点で民主党幹部たちはヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆するものも含まれていた。2011年1月24日の時点でヒラリー・クリントン国務長官は投機家のジョージ・ソロスからアドバイスを受けていたことも発覚する。ソロスはロスチャイルド系金融資本と結びついている。 2016年の選挙でトランプが勝利した直後、ジョージ・ソロス、その息子のジョナサン・ソロス、あるいはトム・ステイアーを含む富豪たちが音頭を取り、トランプ対策を練る秘密会談がワシントンのマンダリン・オリエンタル・ホテルで開かれている。同じ日にベルギーのブリュッセルではイギリスとフランスを除くEUの外務大臣がトランプに関して話し合った。 そこでDNCや有力メディアは情報機関や治安機関と手を組み、公表された電子メールはロシア政府がハッキングしたとする宣伝を開始するが、技術的な分析からクリントンの電子メールはハッキングではなく内部からのリークだった可能性が高いことは明白。(本ブログでは繰り返し書いてきたので、今回は割愛する。) そうした工作にもかかわらず2016年の選挙ではトランプが勝利したが、民主党だけでなく有力メディアはトランプ攻撃を続け、バイデンを支援してきた。 トランプに問題があることは事実だが、それ以上にバイデンが危険な存在であることをジョン・キリアクという元CIAオフィサーが指摘している。キリアクは2007年12月、アメリカのABCニュースのインタビューでウォーターボーディングと呼ばれる拷問が行われているという話をCIAの同僚から聞いたと発言、その告発への報復として2013年1月に懲役30カ月の判決を受けた人物だ。 キリアクが指摘したのは、今年8月、CIAやFBIの長官経験者を含む共和党で国家安全保障分野の幹部だった73名のグループがバイデンを支持すると宣言した事実。その中にはCIAやNSAの長官を務めたマイケル・ヘイデン、CIAやFBIの長官を務めたウィリアム・ウェブスター、初代国家情報長官のジョン・ネグロポンテなども含まれている。 ネグロポンテは1981年から85年にかけてホンジュラス駐在大使を務めていたが、そのときにニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、死の部隊にも関係している。 1984年から軍事顧問としてエル・サルバドルへ派遣され、特殊部隊の知識と技術を現地軍に教えていた死の部隊を編成、指揮していた軍人がジェームズ・スティール。リチャード・チェイニーやデイビッド・ペトレイアスはスティールの手法に感銘を受けたという。 2003年にアメリカがイラクを軍事侵攻、サダム・フセイン体制を倒した後、副大統領になっていたチェイニーや第101空挺師団の司令官になっていたペトレイアスはイラクにスティールを呼び寄せている。ペトレイアスはチェイニーのほか、ヒラリー・クリントン、ドナルド・ラムズフェルドらに近い。 イラクへ攻め込む前年、2002年にジョージ・W・ブッシュ政権はベネズエラでクーデターを試みた。計画のその中心人物はイラン・コントラ事件に登場するエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そして国連大使だったネグロポンテだ。 このクーデター計画は失敗に終わるが、ウィキリークスが公表したアメリカの外交文書によると、2006年にもアメリカ政府はベネズエラでのクーデターを計画している。これも成功しなかった。 アメリカの支配層が目の敵にしていたチャベスは2013年3月、癌のため、58歳の若さで死亡。その際にアメリカは体制転覆を目論むが、それも失敗した。チャベスを引き継いだのがニコラス・マドゥロ。アメリカの支配者がマドゥロを倒す手先に選んだ人物がフアン・グアイドで、アメリカ政府は「暫定大統領」というタグをつけている。この人物を支援しているひとり、マルコ・ルビオ上院議員は香港の反中国運動も支援している。 こうした人脈にバイデンは支持されている。
2020.10.08
ロックフェラー財団とGBN(グローバル・ビジネス・ネットワーク)は2010年5月に「技術の未来と国際的発展のためのシナリオ」というタイトルの報告書を発表、その中でロックダウンが感染拡大に有効だとしている。人びとに主権やプライバシーを放棄させるのはやむをえないというわけだが、実際は違うようだ。 スウェーデンやニカラグアはロックダウン(監禁政策)を取らなかったにもかかわらずCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)が深刻化しなかったが、3月11日にWHO(世界保健機関)がパンデミック宣言してからロックダウンを続けているアルゼンチンは事態が好転せず、1日当たりの感染者数は7日間移動平均で1万2500名だという。 勿論、この感染者数の算出に問題があることは繰り返し書いてきた通り。この数字はPCR検査(ポリメラーゼ連鎖反応)の陽性者数なのだろうが、この検査でウイルスそのものを見つけることはできない。PCR検査を開発し、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスもこの手法をウイルスの検査に使ってはならないと繰り返していた。 こうしたことは医療の専門家なら知っているはずで、PCRを含む簡易検査で感染しているかどうかを判断しようとすると、実際には爆発的な感染などしていないにもかかわらずパンデミックを宣言することになりかねないとアメリカの有力メディア、つまり支配者のプロパガンダ機関であるニューヨーク・タイムズ紙も警告していたほど。マリスは昨年8月7日に肺炎で死亡、ニューヨーク・タイムズ紙は自分たちの書いた記事のことを忘れたようだ。 主権やプライバシーを放棄させられる人びとにとってロックダウン政策は好ましくないが、人びとに主権やプライバシーを放棄させる人にとっては好ましい政策。スキャンダルを抱え、綱渡りのような状況の中にいるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は反政府デモの参加者を「社会的距離」を取らなかったとして逮捕している。BLM(黒人の命は大切)とアンティファ(反ファシスト)が展開していた暴動がアメリカで大目に見られていたのとは違う。
2020.10.07
1971年8月にリチャード・ニクソン大統領がドルと金との交換停止を発表、アメリカ経済の行き詰まりが表面化した。この決定によってアメリカはドルを金に束縛されることなく発行できるようになるが、金という裏付けをなくしてしまった。人びとがドルを有り難がらず、崇めなくなれば、ドル体制は崩れ、アメリカ中心の支配システムも崩壊する。 そこでアメリカの支配者は実社会に流通するドルを吸い上げる仕組みを作ることにした。その仕組みのひとつが石油取引のドル決済強要。サウジアラビアをはじめとする主要産油国に対し、石油取引の決済をドルに限定させたのだ。 これは本ブログでも繰り返し書いてきたことだが、どの国でもエネルギー資源は必要であり、各国は石油を買うためにドルを買い集め、ドルは産油国に集まることになる。 産油国はアメリカの財務省証券や高額兵器を買うという形でドルをアメリカへ還流させ、アメリカ支配層は還流したドルを地下へ沈め、固定させる。これがいわゆるペトロダラーの仕組みだ。 実社会に流通するドルを吸い上げる別の仕組みもある。投機市場にドルが流れ込む仕組みを作り、その中にドルを封印することにしたのだ。そこで投機市場を拡大するため、金融規制が大幅に緩和されていく。 金融の中心地はアメリカのウォール街とイギリスのシティだが、イギリスの金融資本は1970年代にオフショア市場のネットワークを築き上げた。シティを中心にジャージー島、ガーンジー島、マン島、ケイマン諸島、バミューダ、英領バージン諸島、タークス・アンド・カイコス諸島、ジブラルタル、バハマ、香港、シンガポール、ドバイ、アイルランドなど、かつで大英帝国を構成していた国や地域が連結させ、信託の仕組みを導入して資金を隠すことにしたのだ。それまでの有名な税金避難地はスイス、ルクセンブルグ、オランダ、オーストリア、ベルギー、モナコなどだったが、秘密度はシティのシステムが圧倒的に高い。 ロンドンに対抗するため、アメリカは1981年にIBF(インターナショナル・バンキング・ファシリティー)を開設、これをモデルにして日本では86年にJOM(ジャパン・オフショア市場)をオープンさせたが、ここにきてアメリカが租税避難の主導権を握ったとされている。 投機市場に資金が集まるようになると、金融資産を持つ人びとの資産は急速に増大していくが、これは帳簿上の数字にすぎない。相場が下がり始めればとてつもないスピードで数字は小さくなっていく。金融資産は所詮、絵に描いた餅にすぎない。 実経済の行き詰まりを誤魔化すために金融マジックが導入されたのだが、次第に金融が実経済を呑み込むようになり、実経済は弱体化していく。その過程で力をつけたのが中国だ。21世紀に入ると金融資本の蹂躙されていたロシアが曲がりなりにも独立に成功、米英のライバルとして姿を現した。 そこで米英の巨大金融資本はロシアや中国を攻撃する一方、金融資産を実態のある資産へ変えようとしている。生産活動を行っている企業を苦境に追い込んで借金漬けにし、あるいは倒産させ、債権者として生産システムを差し押さえようとしているのだろう。そうしたことを指摘する人は少なくない。そうした状況を作り出すショックとして使われているのがCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)だ。 WEF(世界経済フォーラム)の創設者であるクラウス・シュワブは今年6月、パンデミックを利用して資本主義を大々的にリセットすると語っているが、巨大金融資本は世界を乗っ取り、直接統治するということだ。その世界がどうなるかを知りたいなら、ボリス・エリツィン時代のロシアを調べれば良いだろう。そこには犯罪組織を後ろ盾とする富豪が支配し、犯罪者と売春婦が街にあふれた地獄のような社会がある。
2020.10.06
COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)対策だとして少なからぬ国がロックダウン(監禁政策)を実施、人びとの行動が厳しく制限され、監視システムが強化されつつある。社会は収容所と化した。人びとはウイルスを悪霊のように恐れ、自らの主権やプライバシーを放棄している。 しかし、囚人のような立場になったことから人びとのフラストレーションが高まり、飲酒や喫煙へ逃げ込む人が増え、企業倒産、失業、ホームレス、そして自殺の増加といった深刻な社会問題を引き起こした。小手先の経済政策でどうにかなるような状態ではなくなっているのだが、それでもロックダウン政策を推進しようとする勢力が存在する。そうした政策が経済システムを破壊することは明白で、ロックダウン政策を推し進めている人びとも熟知しているだろう。 経済システムの崩壊が富豪にとってビジネスチャンスだということは歴史が証明している。その一例がソ連消滅後のロシア。イギリスやアメリカの金融資本と結んだロシアの腐敗勢力は手先の若者を利用して国の資産を略奪、巨万の富を築いた。その腐敗勢力の中にKGBの中枢が含まれていたことは本ブログでも書いてきた。KGBの中枢はCIA人脈と手を組んでいたのだが、CIAは前身のOSSと同じように、イギリスやアメリカの金融資本によって作られた組織にほかならない。 ソ連を消滅させる詰めの工作を行ったボリス・エリツィンは1990年代に大統領としてロシアに君臨していたが、本人はアルコールに溺れた生活を送り、心臓病を抱えていた。彼に代わり、クレムリンで最も大きな権力を握っていたのはボリスの娘、タチアナ。1996年にボリスはタチアナを個人的な顧問に据えたが、2000年にウラジミル・プーチンから解雇された。彼女は2001年、エリツィンの側近で広報担当だったバレンチン・ユマシェフと再婚している。 ユマシェフの娘であるポリナ・ユマシェバと結婚したオレグ・デリパスカはロシアのアルミニウム産業に君臨するイスラエル系オリガルヒで、ナット・ロスチャイルドから「アドバス」を受ける一方、ロスチャイルド系の情報会社ディリジェンスの助けで世界銀行から融資を受け、政治面でも西側との関係を強めている。 タチアナの利権仲間であるアナトリー・チュバイスは1992年11月にエリツィンが経済政策の中心に据えた人物で、HIID(国際開発ハーバード研究所)なる研究所と連携していた。ここはCIAの工作資金を流していたUSAIDからカネを得ていた。(Natylie Baldwin & Kermit Heartsong, “Ukraine,” Next Revelation Press, 2015) こうした政策に議会は反発、1993年3月に立ち上がるのだが、国民の意思ではなく西側巨大資本の命令に従っていたエリツィンは国家緊急事態を宣言、9月に議会を解散し、憲法を廃止しようとする。 議員側はエリツィンの行為はクーデターだと非難、自分たちの政府を樹立すると宣言して少なからぬ議員が議会ビル(ホワイトハウス)に立てこもるのだが、エリツィン大統領は戦車に議会ビルを砲撃させた。議会ビルに立てこもって殺された人の数は100名以上、議員側の主張によると約1500名に達するという。 アメリカのフォーブス誌で編集者を務めていたポール・クレブニコフによると、ソ連消滅後に出現したロシアの富豪たちは犯罪組織と結びついていた。その組織には情報機関や特殊部隊の隊員や元隊員が雇われていて、抗争はすさまじいものがあったようだ。例えば、ボリス・ベレゾフスキーはチェチェン・マフィアと結びついていた。(Paul Klebnikov, "Godfather of the Kremlin", Harcourt, 2000) エリツィン時代の暗部を調査、報道していたクレイブニコフは2004年7月にモスクワで射殺されている。この事件では11月にベラルーシのミンスクでふたりのチェチェン系ロシア人が逮捕され、このふたりを含む3名の裁判が2006年1月に始まるのだが、その直後に裁判官のマリヤ・コマロワが「病気」になり、ウラヂミール・ウソフに替わって5月には無罪評決が出た。この評決はクレイブニコフの遺族を含め、少なからぬ人々が批判している。 クレイブニコフが殺される前の月にチェチェンの親ロシア派、ヤン・セルグーニン副首相がモスクワで殺害されていた。そこでクレイブニコフの殺害にもチェチェンが何らかの形で絡んでいると推測されていた。クレイブニコフの裁判で無罪評決を出した8名の陪審員はセルグーニン殺害事件の被告にも無罪評決を出している。 エリツィン時代のロシアは新自由主義に支配され、社会保障や医療システムは崩壊、街には失業者があふれた。生きるために男は犯罪に手を染め、女は体を売るという状態になる。アメリカの富豪に売られた若い女性も少なくないようだ。そうした女性を買ったひとりがジェフリー・エプスタイン。妻のギスレイン、そしてギスレインの父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同様、イスラエル軍の情報機関(アマン)に所属していた人物だ。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) パンデミックが経済システムにダメージを与えるというシナリオをアメリカの支配者が描いていたことは本ブログでも繰り返し書いてきた。例えば、フランスのジャーナリスト、アレキサンダー・アドラーが2009年に出した『新CIA報告』によると、CIAが2005年9月に作成した報告書の中でパンデミックについて触れられているという。 CIAによると、パンデミックは中国や東南アジアのような動物と人間が密接した状態で生活している場所で起こり、国際的な旅行が制限されてもほとんど症状のない感染者が他国へウイルスを運んで患者は雪だるま式に増え、国の内外で緊張たが高まって戦乱が広がり、人びとの移動は制限されるようになる。 そして2010年5月、ロックフェラー財団とGBN(グローバル・ビジネス・ネットワーク)は「技術の未来と国際的発展のためのシナリオ」と題された報告書を発表、その中でパンデミックによる経済へのダメージを指摘していた。人や物資の国際的な移動が止まることから旅行業のような産業や販売網は特に大きなダメージを受けるとしている。 パンデミックに対する対策としてマスクの着用を義務づけ、公共施設やマーケットの入り口における体温の測定が強制され、そうした管理、監視体制はパンデミックが去った後も続くと想定していた。しかも市民は安全と安定を求め、放棄した自らの主権やプライバシーを取り戻そうとしないとされている。 2019年10月18日にはニューヨークでコロナウイルスが全世界で流行するというシミュレーション、イベント201が実施されている。主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターやビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団。イベント201が開催された日に中国の武漢で各国の軍人が集まって行われた競技大会が開幕、その翌月にCOVID-19の感染者が初めて見つかったとされている。 パンデミックを想定していた支配者達は、そうした状況を好機と考えている。例えば、WEF(世界経済フォーラム)の創設者であるクラウス・シュワブは今年6月、「パンデミック」を利用して資本主義を大々的に「リセット」すると語っている。 COVID-19という悪霊で人びとを脅して社会を収容所化し、経済システムを破壊することは自分たちの利益になると支配者は考えているだろう。通常ならできないことを悪霊で脅すことで実行しようとしているように見える。
2020.10.05
人びとの体を傷つけることのできる器具が存在、さまざまな薬品が保管され、人体に精通している専門家がいる場所が病院だ。病気や怪我の治療もできるが、死に至らしめるたり、死因をでっち上げことも可能である。ある種の人びとにとって病院はリスクの高い場所だ。 かつてジミー・ヘンドリックスという伝説的なロックギタリストがいた。マーチン・ルーサー・キング牧師が1968年4月4日にテネシー州メンフィスのロレイン・モーテルで暗殺されたことが切っ掛けになり、ヘンドリックスは戦争に反対し、ブラックパンサーなどを支援するようになる。 そうした言動を警戒したFBIは彼を監視するが、彼の周囲にはFBIより警戒すべき人物がいた。マネージャーのマイク・ジェフリーだ。この人物はイギリスの情報機関MI6の「元エージェント」だと言われているのだが、情報機関に「元」はないというのが常識。 ヘンドリックスは1969年5月、トロント国際空港で拘束された。少量の麻薬を保持していたことが理由だが、本人はそうしたリスクを冒さないと主張している。彼はマネージャーのジェフリーが仕組んだと疑い、解雇しようとした。 その年には8月にウッドストックで音楽のフェスティバルがあり、彼も参加したが、その直後に彼は誘拐されたと言われている。この時はジェフリーがマフィア人脈を使って救出したとされているが、誘拐自体をジェフリーが計画した疑いもある。 結局、ヘンドリックスは1971年9月にジェフリーを辞めさせるが、その翌日にヘンドリックスは死亡した。ロンドンのアパートで昏睡状態になっている彼を恋人のモニカ・ダンネマンが発見、すぐに救急車で病院へ運ばれる。彼女によると、発見時にジミーはまだ生きていた。 救急車は午前11時45分に病院へ到着、12時45分に死亡が発表されている。ロンドン警視庁は診断したジョン・バニスター医師の証言として、ヘンドリックスは病院へ到着した段階で死亡していたとしているのだが、救急隊はそれを否定している。 ジェフリーが解雇された日にパーティーがあり、そこでヘンドリックスはピルを渡されているが、それをダンネマンの前でトイレへ流している。寝るまでに飲んだのは通常の睡眠薬(ベスパラクス)だけだったが、検死の結果、20ミリグラムのアンフェタミン(覚醒剤)も検出された。(John L. Potash, “Drugs as Weapons Against Us,” Trine Day, 2015) 1963年11月22日、テキサス州ダラスで暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の場合、死亡が確認されたのはダラスのパークランド記念病院。死体を見た同病院のスタッフ21名は前から撃たれていたと証言、確認に立ち会ったふたりの医師、マルコム・ペリーとケンプ・クラークは大統領の喉仏直下に入射口があると記者会見で語っている。 しかし、その発表を好ましくないと感じた人びとがいた。そのペリーにベセズダ海軍病院から電話が執拗にかかり、記者会見での発言を撤回するように求められたという。これは同病院で手術や回復のための病室を統括していた看護師、オードリー・ベルの証言。数カ月後にペリーは記者会見での発言を取り消し、喉の傷は出射口だとする。(Peter Janney, “Mary’s Mosaic,” Skyborse, 2013) 海軍病院は発言を変えさせようとしただけでなく、大統領の死体をパークランド記念病院から強引に運び出し、自分たちで検死解剖を実施する。これは法律を無視した行為だった。しかも担当した軍医のジェームズ・ヒュームスは検死に不慣れだったとも言われている。 病院の中でも軍の病院はリスクが高いと言えるだろう。
2020.10.05
ドナルド・トランプ米大統領がSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)の検査で「陽性」になったと騒いでいる人びとがいる。この検査結果によって、「コロナの危険は少ない」とするトランプの「主張の誤謬を証明」したわけではない。その理由は本ブログで繰り返し書いてきた。 まず、検査に問題がある。トランプの検査でもPCR検査(ポリメラーゼ連鎖反応)が利用されているようだが、これは検体内のウイルスのゲノムの破片を検出しているだけ。ウイルスの残骸があっても陽性になってしまう。ウイルスそのものを見つけているわけではないのだ。風邪の原因であるベータ・コロナウイルスでも陽性になる可能性がある。 しかし、PCR検査を開発し、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスはこの手法をウイルスの検査に使ってはならないと繰り返していた。SARS-CoV-2の検査でPCR検査を使っている状況を知れば批判しただろうが、マリスは昨年8月7日に肺炎で死亡している。74歳だった。 こうしたことは以前から知られていて、PCRを含む簡易検査で感染しているかどうかを判断しようとすると、実際には爆発的な感染などしていないにもかかわらずパンデミックを宣言することになりかねないとアメリカの有力メディア、ニューヨーク・タイムズ紙でさえ警告していた。 トランプは症状が出ていないようだ。その後、症状が出て入院したと伝えられているが、人間の免疫システムはSARS-CoV-2に対して機能していることは確か。ウイルスが体内に入っても発病しないケースが少なくない。感染しても7割から8割は症状が出ないか軽く済むことは公的な機関も認めている。 アメリカ政府の伝染病対策を指揮しているNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長でさえ、ほかの2名の研究者と共同で2月28日、ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスンでCOVID-19の致死率は1%未満、つまり季節性インフルエンザ並みかもしれないと発表している。 COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)に人びとが怯える切っ掛けを作ったのは3月11日のWHO(世界保健機関)によるパンデミック宣言だが、その8日後にイギリス政府はCOVID-19をHCID(重大感染症)から外した。エボラ出血熱のようなウイルス性出血熱、ペスト、天然痘といった病気とは違うということだ。 COVID-19に対する恐怖を煽るため、有名人の死も利用されたが、どの国でも死亡した人の大半が高齢者。イタリアの場合、死亡した感染者の平均年齢は81歳を上回り、90%は70歳以上だったが、これはどの国でも言えるようだ。 こうした年齢とも関係があるが、死亡した感染者の大半は心臓病、高血圧、脳卒中、糖尿病、悪性腫瘍(癌)、肝臓や腎臓の病気を複数抱えていた。感染が死を早めた可能性はあるのだが、COVID-19を死因だと言えないケースが少なくない。ところがSARS-CoV-2に感染していると、死因に関係なく「新型コロナウイルスの患者が死亡した」と報道されてきた。 アメリカでは危機を演出するため、カネの力が利用されたことは本ブログでも紹介した。この実態を早い段階で指摘したのはアメリカ上院のスコット・ジャンセン議員。4月8日にFoxニュースの番組へ出て、病院では死人が出ると検査をしないまま、死亡診断書にCOVID-19と書き込んでいると話している。COVID-19へ感染していた場合、病院が受け取れる金額が多くなるからだ。人工呼吸器をつけるとその額は3倍になるため、器具が不適切な使われ方をして患者の病状を悪化させたり、病気を広めたしているとも言われている。 こうした状況になっていることは医療の現場からも告発されている。検査態勢が整っていない病院では検査せずに死因をCOVID-19と書き込んでいるという。その方が経営的には良いからだ。同じ理由で人工呼吸器をつけようとする。脳梗塞で倒れたような人を迅速に入院させるため、COVID-19に感染していることにすることもあるという話も伝えられていた。(例えばココやココ) COVID-19への恐怖を利用してロックダウン(監禁政策)を行った国が少なくない。人びとの行動は制限され、監視され、経済活動は麻痺して倒産、失業者、ホームレスが増えていると伝えられている。フラストレーションの高まりで、飲酒や喫煙へ逃げ込むという社会問題も引き起こしている。 過去の例を見ると、経済活動が麻痺すると犯罪者や売春婦が増える。「食うため」にはそうしたことをせざるをえなくなるのだ。ソ連が消滅した後、欧米巨大資本の傀儡であるボリス・エリツィンが大統領だった時代のロシアはそうした状態だった。 こうした収容所化政策をヨーロッパでは大半の国が採用したが、スウェーデンは例外的に実行していない。そのスウェーデンにおける死亡者数はヨーロッパの中で高いとは言えず、4月中旬から大きく減少して沈静化したように見える。
2020.10.04
アゼルバイジャンとアルメニアが9月27日にナゴルノ・カラバフの領有を巡って軍事衝突、戦闘が続き、少なからぬ死傷者が出てきるようだ。アゼルバイジャン側にはトルコとイスラエルがついている。 アゼルバイジャン大統領のヒクメット・ハイジエフ補佐官がイスラエルのメディアに対し、イスラエル製のドローンを使用していると語り、ネゲブにあるイスラエル空軍の基地にアゼルバイジャンの輸送機が着陸するところも目撃されたことは本ブログでも伝えた。 9月24日にはアゼルバイジャン国防省がチャーターした2機のイリューシン輸送機がイスラエルの軍事空港であるオブダ空港へ着陸、30日にはアゼルバイジャンの国営航空会社のイリューシン輸送機が同じ空港へ降りた。アルメニアはトルコがF-16戦闘機を運び込み、戦闘に参加していると主張している。 アゼルバイジャン政府は否定しているが、ナゴルノ・カラバフへはトルコを後ろ盾とする数千名の戦闘員が派遣されている。その多くはシリアのイドリブから移動したようだ。そのイドリブを制圧する作戦をシリア軍とロシア軍は準備しているとも言われている。 シリアは2011年3月から外国勢力に送り込まれた武装集団の侵略を受けてきた。その集団の背後にいた国はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの3国同盟、イギリスとフランスのサイクス・ピコ協定コンビ、パイプライン建設でシリアと対立したカタール、そしてトルコ。それぞれの系列の傭兵集団、つまりアル・カイダ系武装集団が存在したと見られている。 トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は昨年8月にロシアを訪問してウラジミル・プーチン露大統領と会見、イドリブから武装勢力を排除し、地域を正常化することで両国は合意したとされているのだが、武装勢力は排除できていない。 2015年9月末にロシアがシリア政府の要請で軍事介入してからアル・カイダ系、あるいはダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)と呼ばれる武装集団は敗走、アメリカはクルドを手先として使うようになった。 そうした中、戦闘員は離合集散を繰り返し、今年6月中旬にはハイアット・ターリル・アル・シャム(HTS)とファスバトゥという連合体に概ね集約されたようだが、同月下旬にHTSがファスバトゥの司令部を襲撃して司令官を拘束した。HTSがイドリブの主導権を握ったと言えるだろうが、その後ろ盾がトルコだ。 9月16日にはアメリカ軍の2機のヘリコプターAH-64がシリアの北東部でパトロールしていたロシア軍の車列に接近して追尾、ロシア軍のヘリコプターMi-35とMi-8に追い払われるという出来事があった。中東でアメリカ軍がロシアへの軍事的な挑発を強めている。 イドリブやカフカスでもがいているトルコは現在、経済状況が悪化し、政権は不安定化している。2011年春からシリア侵略に加担していたトルコは2016年7月に侵略勢力から離脱してロシアへ接近したが、その理由は戦争の長期化でトルコ経済が持たなくなったからだったが、その後、経済が回復しているとは言えない。 シリアの体制を転覆させて略奪するというシナリオはロシア軍の介入で狂った。2015年11月にトルコ軍のF-16はアル・カイダ系武装集団を攻撃していたロシア軍のSu24を待ち伏せ攻撃で撃墜したが、これはロシアを脅してシリアから手を引かせようとしたのだと見られている。つまり黒幕はアメリカ。この作戦は裏目に出た。 2016年6月下旬にエルドアン大統領はこの撃墜をロシアに謝罪、7月13日にはトルコ首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆。トルコでアメリカ軍を後ろ盾とする武装蜂起があったのは7月15日のこと。蜂起は短時間で鎮圧された。事前に計画をつかんでいたロシア政府がエルドアン政権へ知らせていたと言われている。 その後、ロシアとトルコは接近するのだが、イドリブの傭兵集団が両国の関係が進展することを妨害している。アメリカはアル・カイダ系武装集団、あるいはダーイッシュで将校的な役割を果たしていた戦闘員は救出、アフガニスタンやイラクで新たな任務に就いているようだが、末端の戦闘員は生きるために略奪を続けている。日本で戦国時代の後に発生した問題と同じことが現在、中東でも起こっている。 アメリカやイスラエルのプランAは傀儡体制による支配システムの構築だが、それに失敗した場合のプランBは地域の「石器時代化」だ。そうした状況を作るために戦闘員を見捨てるということもありえるが、トルコの場合、そうした戦闘員が国内へ戻ってくること可能性が高く、アメリカやイスラエルのようなことはできない。
2020.10.03
黒海とカスピ海に挟まれたカフカスで火の手が上がった。9月27日にアゼルバイジャンがアルメニアを攻撃、ナゴルノ・カラバフで戦争が始まったのだ。アゼルバイジャンへはイスラエルがドローン(無人機)など武器/兵器を提供、トルコが配下の戦闘員やF-16戦闘機を送り込んでいると伝えられている。 アゼルバイジャン大統領の補佐官、ヒクメット・ハイジエフはイスラエルのメディアに対し、イスラエル製のドローンを使用していると語っているほか、ネゲブにあるイスラエル空軍の基地にアゼルバイジャンの輸送機が着陸するところも目撃されたという。 イスラエルはカフカスやウクライナへ軍事的に介入してきた。例えば2008年8月、北京オリンピックの開幕に合わせてジョージアが行った南オセチアへの奇襲攻撃。ジョージアの大統領だったミハイル・サーカシビリが南オセチアの分離独立派に対話を持ちかけてから約8時間後の攻撃だったが、その攻撃の準備にイスラエルが協力していた。 ジョージアにイスラエルが武器/兵器を含む軍事物資を提供、将兵を訓練しはじめたのは2001年。ジョージア軍を訓練していたのはイスラエル軍のガル・ヒルシュ准将(予備役)が経営する「防衛の盾」で、予備役の将校2名の指揮下、数百名の元兵士が教官としてグルジアに入っていた。軍事訓練の責任者にはヒルシュのほか、やはりイスラエルの退役将軍であるイースラエル・ジブも含まれる。イスラエルから供給された装備には無人飛行機、暗視装置、防空システム、砲弾、ロケット、電子システムなどもあった。 当時のジョージア政府にはヘブライ語を流暢に話す閣僚がふたりいたことも知られている。ひとりは奇襲攻撃の責任者とも言える国防大臣のダビト・ケゼラシビリであり、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当しているテムル・ヤコバシビリだ。 そのほか、アメリカの傭兵会社MPRIとアメリカン・システムズが元特殊部隊員を2008年1月から4月にかけてジョージアへ派遣して軍事訓練を実施、同年7月にはコンドリーサ・ライス国務長官がジョージアを訪問している。南オセチアへの奇襲攻撃はその翌月だ。 ジョージアはアメリカにとっても重要な工作の拠点。例えばパンキシ渓谷はチェチェンの反ロシア勢力が拠点として使っていた。そこでCIAは戦闘員を育成、ロシアに揺さぶりをかけている。チェチェンでの活動だけでなく、そこからシリアへ戦闘員が派遣されていたとも言われている。 パンキシ渓谷で訓練を受けたチェチェン人戦闘員の一部(200名から1000名)はシリアへ入り、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)に合流したという。そうしたチェチェン人が戻ってきている可能性もあるが、中東出身者もいる。今回のナゴルノ・カラバフにおける戦闘では、シリアで戦っていた戦闘員のうち28名が死亡、62名以上が負傷、あるいは行方不明になったとも伝えられている。 カフカスで戦乱が広がることはアメリカにとって願ってもないことだろうが、ロシアやイランは収束させたいはず。そこで両国はトルコを巻き込み、アゼルバイジャンとアルメニアに交渉の席に着けさせ、戦闘を終わらせようとしている。
2020.10.02
太平洋からインド洋にかけての海域で軍事的な緊張が高まっている。中国は一帯一路(BRI/帯路構想)のうち「海のシルクロード」をそこに築こうとしているのに対し、アメリカはその構想を潰そうとしているからだが、その緊張の中へ日本が引きずり込まれつつあり、自衛隊は与那国、石垣、宮古、奄美へ活動範囲を広げている。 安倍晋三は首相だった2015年6月、赤坂にある赤坂飯店で開かれた懇親会で「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたというが、彼は日本の立場を理解していたのだろう。その安倍が直前に会談したという中国の習近平国家主席は軍部に対し、南シナ海と台湾の監視を強め、戦争の準備をするように命じたと伝えられている。 アメリカは2018年5月、太平洋軍という名称をインド・太平洋軍へ変更、太平洋からインド洋にかけての海域を一体のものとして扱うことを明確にした。日本を太平洋側の拠点、インドを太平洋側の拠点にし、インドネシアが領海域をつなぐ構図になるという。2018年5月にインドのナレンドラ・モディ首相はインドネシアを訪問、ジョコ・ウィドド大統領と会談している。 一帯一路はイギリスやアメリカ、つまりアングロ・サクソン系国の長期戦略とも衝突している。これらの国は制海権を利用してユーラシア大陸の周辺部を支配、その三日月帯から内陸部を締め上げてきたのだ。 この長期戦略を1904年にまとめた学者が地政学の父とも呼ばれているイギリスの地理学者、ハルフォード・マッキンダーだということも本ブログでは繰り返し書いてきたこと。ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もその理論に基づいている。 イギリスはこの三日月帯の上にイスラエルとサウジアラビアを作り、インドや東南アジアを植民地化している。その三日月帯の東端にあるのが日本列島にほかならない。その日本をアメリカは現在、太平洋側における拠点と位置づけている。 1991年12月にソ連が消滅するとネオコン(シオニストの一派)をはじめとするアメリカの好戦派はアメリカが唯一の超大国になったと認識し、他国に配慮することなく単独で行動できる時代になったと考えた。そして1992年2月に国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランが作成された。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだ。 アメリカの支配者は自分たちの属国である日本にも国連を無視することを望んだのだが、細川護煕政権は国連中心主義を捨てない。そこでこの政権は潰されたのだが、それと同時に新たな日本の軍事戦略を押しつけてくる。国防次官補だったジョセイフ・ナイが1995年2月に発表した「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」だ。そこには在日米軍基地の機能を強化、その使用制限の緩和/撤廃が謳われていた。それ以降、日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれていくが、それは日本人がアメリカ支配層の傭兵になることを意味している。 アメリカ人やイギリス人は19世紀に中国(清)へ麻薬を売りつけることで大儲けした。そうした中、イギリスは1840年から42年にかけてアヘン戦争、56年から60年の第2次アヘン戦争(アロー戦争)を中国に対して仕掛け、略奪を本格化させている。 これらの戦争でイギリス側が勝ったことは事実だが、中国の全域を支配するだけの軍事力がない。そこで目をつけたのが日本。明治維新にイギリスが深く関与したのはそのためだろう。アングロ・サクソンにとって獲物は大陸の中国であり、日本人はその獲物を手にするための傭兵ということになる。 明治維新で誕生した体制は琉球を併合し、台湾へ派兵、李氏朝鮮の首都を守る江華島へ軍艦を派遣して挑発、日清戦争へとつながる。そして1904年2月に日本軍はロシア海軍の拠点だった旅順を奇襲攻撃して日露戦争がはじまった。 日露戦争の後、セオドア・ルーズベルト大統領は日本が自分たちのために戦ったと書き、団琢磨の友人である金子堅太郎はアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦ったとシカゴやニューヨークで説明していた。金子はルーズベルトとも親しい。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) 日本人がヨーロッパ人の傭兵として東アジアで戦うという構図は戦国時代にもあった。当時、日本では勝者側の雑兵や忍びが敗者を殺したり放火するだけでなく、財産を奪い、女性や子どもを中心に拉致して奴隷として売りさばくことが普通だった。その一部はポルトガルの商人らの手を経て国外へ連れ出され、売られている。正確な人数は不明だが、売られた日本人は10万人を超えていたという推計もある。 その中には若い男性もいて、イエズス会のカブラルは1584年、日本人を雇い入れて中国を武力で征服しようとスペイン・ポルトガル国王に提案していたという。また平戸に置かれたオランダの商館は同国の東インド会社が行う軍事作戦を支える東南アジア随一の兵站基地だったともされている。(藤木久志著『雑兵たちの戦場』朝日新聞出版、2005年) 徳川体制に入り、第2代目の将軍、徳川秀忠は人身売買、武器輸出、海賊行為を禁止、オランダやイギリスは傭兵を日本で調達することが困難になった。そうした禁輸令を受け、オランダのインド総督は日本人傭兵に代わる兵士を急いで本国から派遣するように要請している。(前掲書)そして徳川体制が倒れて明治体制へ移行した際、イギリスは日本人を再び傭兵として使い始めたと言えるだろう。
2020.10.01
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