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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 boomin編を更新いたしました。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.07.30
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OHM+: The Early Music Gurus of Electronic Music - 1948-1980 というCDを渋谷のHMVで購入しました。画像を出したいのですが、楽天での扱いは無いようなので、ちょっと出ません。もし興味のある方はAmazonとかで見てみてください。 中身はといいますと、ピコピコ鳴っている電子音楽がCD3枚分入っている、といった感じでしょうか。これは、ちょうどHMVのセールの時にクラシック・コーナーで見つけたのですが、どうにも視聴しないことには中身がわからないので、店員さんに頼んで、半ば強引に試聴盤を出してもらって、試聴機の中を入れ替えてもらって聞いてみたのですが・・・・。やはり買うかどうか迷う内容です。 電子音楽についてはよく知りませんし、分からないのですが、結局は買ってしまいました。 中身は、本当にピコピコ鳴っているだけなのですが、聞いていると初台のICCに居るような気分になります。うん、あれが電子音楽というか、電子芸術のイメージなんですね、私の中では。 いままでに聞いたことのないジャンルのCDなので、PCに入れてちょくちょく聞いております。もう音楽というより電子音みたいな感じなのですが・・・・、それもナカナカ。普段、全く聞かないジャンルの音楽を聞くというのも、面白いものですね。
2006.07.29
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年に一回、六本木の森美術館の会員限定イベントが行われます。建前上は、新しく会員になった人を「ウェルカム」するという目的ですが、特に何があるということはありません。会員の人全員に対してちょっとサービスをする、ということですね。 今回はギャラリートークとして、館長のデヴィッド・エリオットさんが直接、解説をするということでした。もちろん、内容は現在開催中の「アフリカ・リミックス展」です。 前回、この展覧会のことについてあまりピンと来なかったと言いましたが、彼の解説でそのうちの数点は認識を新たにしました。具体的な作品名は思い出せないのですが、「象の胎児」の写真や出血している人の映像、祭壇みたいな所にチェ・ゲバラとかアフリカの大統領のポスターが貼ってある作品は、彼の解説で聞いて、なるほど、そういう意味だったのか、と思いました。 ただ、作品展全体の印象は変わりませんでしたけど。 個人的にうれしかったのが、デヴィッド・エリオット館長も「アフリカの冒険」という私も好きな作品を高く評価していたのが分かったということです「私も何回も見ているのですが、そのたびに感じることが違う、非常に優れた作品(不思議な、だったかな?)です」と彼も言っていたので、この作品を見に行くために「アフリカ・リミックス展」に行ってもいいんじゃないか、と思います。 ギャラリートーク自体は、館長が英語で話すのをスタッフの方が同時通訳して、それをマイクを通じて全員に配ったレシーバーから聞いてもらうということなのですが、館長の喋る話が多すぎて通訳が追いついておりませんでした。 参加人数も多かったので、できるだけ館長にひっついて近くで彼の話を直接聞くようにしておりました。なかなか面白かったですよ。できれば館長にもマイクを持たせて、英語もレシーバーから聞こえるようにしてもらえると有難かったかな、と思いました。 ギャラリートークが終わった後は飲み物が配られて、しばし歓談。そして、メインイベントのアフリカ最高峰のパーカッション演奏者ドゥドゥ・ニジャエ・ローズさんのライブパフォーマンスです。(ドゥドゥ・ニジャエ・ローズさんのプロフィール)西アフリカ・セネガル出身。音楽を演奏できる特権階級である「グリオ」に生まれる。本拠地ダカールでは、250名の家族のみで構成されるパーカッション・オーケストラを率い、1940年には、フランスで行われるナンシージャズフェスティバルでマイルス・デイビスのフロントアクトを務める。また、ローリング・ストーンズ、デューク・エリントン、スティービー・ワンダー、モーリス・ベジャール等との共演などジャンルを超えた演奏活動も行っている。今回は全国公演のために来日。(森美術館からの案内メールより転載)***** このおじいさん、解説が長い・・・・。演奏している時間よりも解説の時間が多く、これは万国共通の年寄の話が長いということでしょうか。楽器の解説から始まって、自分が改良したポイントやもともとの楽器の使われ方(遠い街にいる医者を呼ぶ太鼓とか)などいろいろです。 しかも訛りの強いフランス語で、アフリカの固有名詞を出されてしまうので、通訳さんも何回か「違う!」とローズお爺さんに発音を訂正されてしまいます。こりゃ大変だ。 ただ、演奏は良かったですね。御大ひとりの演奏も良いのですが、特に同時に来日されている息子さん二人が現れてのセッションが良いのです。御大の技と息子たちのエネルギッシュな演奏が組み合わさって。しかも息子を呼ぶときも太鼓なんです(笑)。もともと、遠くにいる人とコミュニケーションをとるために使われたりしていたので、当然なのでしょうが。何十人の一族で演奏するようなので、また大規模に聞いてみると別の迫力があるかもしれません。 でも、話が長かったなあ・・・・。
2006.07.25
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 boomin編を更新いたしました。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.07.23
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一日に三カ所を回るという強行軍です。東京国立博物館の「プライスコレクション」、日本科学未来館の「マンモス展」そしてゆりかもめで降り立った汐留の「岡本太郎 明日の神話」です。 ご存じの方も多いとは思うのですが、現在、汐留にあります日本テレビ本社にて岡本太郎の壁画「明日の神話」を公開しています。万博の「太陽の塔」と同じ時期に作られた壁画ですが、メキシコのホテルに飾られる予定だったにも関わらず、ホテルが未完成で放置されたために長年行方不明になっていたものです。 発見された時は各所にひびが入っていたのですが、このたび修復が終わり、日本に運ばれた上で展示されることとなりました。詳しい経緯は、「ほぼ日刊イトイ新聞」の公式ページにてご覧下さい。 さて、作品自体ですけど、こりゃすごいですよ。 右のほうに、逃げていく動物たち、第5福竜丸などのモチーフがあったかと思うと、燃える人間たち、そして中央の燃えるガイコツ。上部には原爆のキノコ雲の赤ちゃんがだんだんとかわいくなっていったかと思うと、再生した明日の人類が誕生してくる、といった感じでしょうか。 面白いのは、「明日の神話」と言っている割には、新生した人類(画面左端)には、あまり力が入ってないようにみえることです。あくまでも、この画面の主人公は燃えるガイコツでしょう。 芸術は爆発だ、というのが太郎さんの名文句ですが、いったん全部燃えて、またそこから新しいものを生み出してやるんだ!というのが「明日の神話」のメインであって、生み出した「新しいもの」自体が、案外とあっさりとしているのは自然なのかもしれません。 白い頭の質感、おどろおどろしい主題にも関わらず、あまり悲劇的なイメージではありません。戦争の惨禍ではなく、あくまでも燃えた中から立ち上がっていく、力強い人間のイメージが強く、逆にキノコ雲自体が、既存の物を壊し、新しいものを生み出すエネルギーの象徴として使われているように思いました。 こりゃ、パワーがありますね。しかも大きいので、近くに寄ったり、遠くから眺めたりして、いろいろな発見があります。あれはなんだろう、これはなんだろう、といった感じでアレコレ話し合いながら見ても面白い作品ですね。 現地で販売されているパンフレットには、修復前の亀裂も掲載されています。見ると、色々な場所が壊れていたのですが、見ごとに修復されているのに驚きます。修復後の実物と見比べてみると、やはり修復された跡を発見することができますが、これだけのものを今の状態に回復させるには、よほどの技術と時間と努力が必要だったのではないか、と思わせます。 文化財は、きちんと保護して、次世代に残していきたいものですね。この感動を分かち合うためにも。8月31日まで、汐留で公開し、以降の展示予定は未定とのこと。残り少ないですが、未だの方はぜひ行ってみてください。
2006.07.22
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プライスコレクションに行った後は、お台場にあります日本科学未来館で開催中の「もえる森 とける大地 『マンモスからの警告』展」です(もうひとつの未来館サイトはこちら)。愛知万博でも展示された「冷凍マンモス」が、また展示されるということで、貴重な機会ですよ。万博に行きそびれた人は必見、かもしれません。 さて、当日22日に行ったのですが、私は勘違いしておりまして、23日の講演会に合わせて行くつもりだったのです。着いてから、そのことを知った私は、翌日に来る元気もないので、そのまま見ていきました。それにしても、私が勘違いしただけなのに、インタープリターの方が熱心に質問に付き合ってくれて、本当に感謝しております。もう、捕まえすぎて、パーソナルガイドツアーのようになっておりましたが・・・。 未来館の展示って、いつも文字による展示が多いので、やはりスタッフの人に話しかけるのが一番良いですね。そこで突っ込んだ話ができるように、専門知識を学んだインタープリターを配置する、という仕組みも、いつもながら感心してしまいます。 内容ですが、ただマンモスがドーンと置いてあるだけ、ではありません。 今回の展示のポイントは2点です。 「どうしてマンモスは滅んだのか」 「どうしてマンモスが出土してきたのか」 前者の理由は「人間が狩り過ぎた」「温度が変化して植生が変わって食料がなくなった」などの要因が複合して絶滅したのではないか、と考えられるそうです。中でも、人間が狩り過ぎてしまった、というのは重要ですね。つまり、自然にマンモスが増えるよりも人間が知恵をつけて狩るスピードが早くなってしまうと、絶滅してしまうそうです。 最近私が読んだ、にも、大型哺乳類が人間が登場した時と同時期に絶滅していったことが書かれてありましたが、まさに先史時代から人間は環境を破壊する生物だったんだなぁということが分かります。これから同じ悲劇を繰り返すことで、自分達の首を締めないように、努力が必要ですね。 もうひとつ、「どうして出土したのか」については現在進行形の環境破壊である「温暖化」が影響しています。つまり、温暖化によって永久凍土が溶けてしまい、マンモスを人間が発見できるようになってしまうのです。 また、人間が永久凍土のあるシベリア奥地にまで入り込むことでタバコや生活のために火を使い、それが火事の原因となるそうです。大規模な火事によって大量の二酸化炭素が放出され、しかも規模が大きすぎるので消し止めることもできません。 しかも、いったん燃えてしまうと、永久凍土が日光に晒されてしまうので溶けてしまい、沼地のようなドロドロの状態となって森林が再生不可能となります(それまでは森林が日光を遮っていたので、溶けなかったのですね) 中には、燃えつつある今のシベリアの森林の様子を衛星でとらえた映像などの展示もあるので、夏休みの自由研究も兼ねて行ってみては如何でしょうか。9月3日まで お台場 日本科学未来館にて
2006.07.22
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今夏、おそらく東京で開かれる展覧会の中では最も注目されていると思われるのが、現在、上野の東京国立博物館で開催中の「プライスコレクション展」です。かなり混むだろうと予想していたので、朝10時に到着するように行きました。 まだ、それほど混む時間帯ではないだろうと思っていたのですが、続々と博物館に入場していく来館者を見ると「やっぱり開館すぐに入場できるぐらい早く来た方が良かったかも」と少々不安ではありました。それでも、中はまあまあの込み具合。ちゃんと鑑賞できる程度だったので安心しました。 さて、今回のプライスコレクションというのは、アメリカ人のプライスさんが、50年前にニューヨークの骨董商で出会った一幅の掛け軸から始まります。それが非常に良かった。のちにその作者が日本の伊藤若冲だった、ということで、プライスさんは若冲を中心に非常に優れた江戸時代の絵画を蒐集することとなります。 今回の展覧会は、本当にお薦めできますよ。質、量、会場の展示方法に至るまで非常に優れた展覧会です。一日いても絶対に飽きませんね。このところ、色々なブログでも取り上げられているので、あまり深入りはしませんけど、どの作品も見ていて楽しい。しかも美しい。 昨年も某アメリカ人の日本美術コレクションが都美術館で展覧会を行ったのですが、あの時はあまりピンときませんでした。今回はピンときますね。コレクションが総花的でないのも好感が持てますし、展示される作品にも、全体的にメリハリがついています。 そうそう。今回の目玉展示は、照明が変化する部屋でしょうか。舞台の照明に使われているライトによって、光を変化させて作品の見え方を変えることによって、江戸時代の人が見ていたようにさまざまな時間帯の作品を見てみるという企画です。これは、なかなか面白い。 しかも、ガラス越しではなく、生で。常々、展示ケースのガラスが作品ではなく鑑賞者側の像を反射してしまって鬱陶しく思っておりました。しかも暗い絵ですと見ている私の顔が作品に写ってしまう。何で絵を見に来たのに己の顔を見なくてはならんのじゃ!と不満でありました。 一方、この部屋で生で見ることによって、こんなに作品を綺麗に見ることができるのか、と思い直しました。こういった思い切ったことができるのも、個人のコレクターのコレクションであり、コレクター自身がOKを出したからだろうと思います。かなり太っ腹ですね。 このプライスさんのコレクションを見ると、「文化財の海外流出」というよりも、やはり作品が行くべき人の元へ行ったのだな、と思わせます。もう、この規模の里帰り展は開かないそうですので、行ってみる価値はありますね。 プライスさんの、展覧会ブログがあるのですが、出品作品一点一点に対する思い入れや見どころなどをプライスさん自身が解説されております。そのなかに、こんな一節が。「このブログを読んでいただけば明らかだと思うのですが、私は専門家ではなく江戸絵画を愛するコレクターのひとりです。学術的または資産的価値など “難しいこと”にはあまり興味がありません。作家名にすら、こだわらないほどです。大切なのは、作品の前に立ったときに何を感じるかということだけ。何かを感じられる作品が、すなわち“名作”なのですから。」 非常に重要ですね。比べるのもオコガマシイですけど、私もこんな気持で展覧会に行っているので、この部分には非常に共感できました。 ただ、展示に関しては、照明の光が変わるタイミングが早すぎると思います。まあ、あれだけの入場者が長時間張り付いてしまうと混雑するので、ある程度短い時間で変えるようにしないといけないのは分かるのですが、ちょっと早く変わり過ぎるかなあ。もうちょっと作品を味わえてから変えてほしかったですね。 また、入場者数が多いのですから、会場の混雑状況をウェブサイトに掲載する姿勢は良いのですが、これだけではよくわからない。といいますか、これだけだと一般論ですよ。どれだけ混雑しているかの目安にもならない。 もっと細かい時間帯で書く、とか一日単位の混雑具合を掲載する、とか。書いてしまうとその時間が混雑してしまう、という向きもあると思いますけど、そんなにみんなウェブサイトなんて見ていないですから、書いてもらった方が有難いかな、と思いました。
2006.07.22
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ホテル・オークラでの会合に出てから、ちょっと時間を作って「大倉集古館」に寄ってみました。 いままで何度も何度も通るたびに横目で見ていた上に、面白い建物だなあ、ここもミュージアムなんだよなあ、と思ってはいたものの、つい行っていませんでした。それに、わざわざコレだけのために(失礼)、オークラまで来るのも癪ですし・・・。 ということで、ついに時間を空けることに成功し、行ってまいりました。 この大倉集古館、外見はまさに竜宮城です。どこか中華風でもあり、日本風でもあり。この建物は築地本願寺などを設計した建築家、伊東忠太の作品です。 さて、肝心の展覧会「随身庭騎絵巻と男(をとこ)の美術」ですが・・・。 正直に言いますと、これだけのためにオークラに来なくて良かった、という印象です。男性をテーマにしているのですが、あまり印象深い作品が無かったせいか、いまいち記憶に残らない内容でした。 テーマとして「男性」を選んだ点に関しては、面白い試みと言えるでしょうが、男性のどういった点を、どういった切り口で紹介し、古人がどう表現してきたか、といったところまで深堀りしてもらえれば、もっと印象深かったかな、と思うのです。 ただ単に男性が描かれた美術品を羅列しているような気がしてなりませんでした・・・・。 いや、今回の目玉である、「随身庭騎絵巻」のような国宝はありましたし、伊藤若冲の「乗興舟」、酒井抱一や西郷南洲の書など、ところどころに面白くてレベルの高い作品はありましたよ。ですけど「休日に誰かを連れて、また来たい」と思わせるだけのものがなかったように思います。 たとえば、「男性の装い」にもっとフォーカスして「男性と言えば昔から、質実剛健、おしゃれとは無縁、汗臭い泥臭いものだ。化粧なんてもってのほか」という固定概念(ちょっと古いですか?)を崩すような、「昔から男性は華やかでおしゃれ好きで、美を楽しんでいた」みたいな美術品を集めてきて、「近年のおしゃれな男性の増加は、先祖がえりなのかもしれない。もっと世の男性は装うことに敏感になってみては?」といったメッセージまで発するようなところまで突っ込むとか。 あるいは、「歴史上のちょいワルオヤジたち」といった切り口でも面白いかもしれませんね。歴史上、いろいろなアウトロー的なオヤジはいたでしょうし、豪傑まではいかなくても、ちょっとダンディーなオヤジもいたでしょう。そういうオヤジたちの肖像画や持ち物なんかを集めてみる、というのも良いかもしれません。 それと、入館料もちょっと高いと感じました。千葉市美術館のような公立の地方美術館と比較するのは酷でしょうが、この内容で800円は高いと思います。せっかく都心にあり、趣のある建物にもかかわらず、ちょっと今回の展覧会に関してはもう一息、と思った次第・・・。
2006.07.20
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 主人編」を更新いたしました。タイトルは、「第109回 どこまで増えればよいのだろうか」です。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.07.17
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キュレーターズチョイス展を見終わった後は、同じ東京都写真美術館内の2階展示室で開催されていた「世界報道写真展2006」を見に行きます。 世界各地でジャーナリストが撮った様々な写真が展示されているのですが、詳しい展覧会の内容については、写真美術館のHPをご覧下さい。もう、本当に世界の現実が、そこのゴロンと横たわっているような、強烈な写真展でした。パワーがありますよ。これを見たら、いかにアフリカ・リミックス展の「一部の作品」にパワーがないか、というのが分かります。社会の矛盾とか差別とか、美術作品にするよりも、報道写真の方がよほどパワーがある。 だからこそ、それ以上パワーのあるものを作るとかしなければならないと思うのです。もしくは、どんなにパワーのある写真であっても傍観したり見過ごしたりしている絶対安全圏に住んでいる先進国民の喉元を、グサっとえぐるような作品でなくてはならないと思うのです。そこが薄すぎる。 そう考えていきますと、この報道写真展の方がはるかに上等だと思いますよ。 さて、だいぶ見てから時間がたっているのですが、印象に残った写真を紹介。誰の作品かは控えていなかったので忘れてしまいましたが、アメリカのハリケーン、カトリーナの時の高速道路を写した作品です。避難場所がない人たちが、高速道路の上で生活しているのですが、後ろにマクドナルドの「だれかが○○ドル、ゲット!」みたいな広告が写されている。ブラックジョークのような作品ですが、食べ物がなくて困っている人達、しかも逃げるところのない貧しい人たちの後ろに立った広告は、それ自体に悪気はないとはいえ皮肉な印象でした。 そして、もう一つは、アフリカの難民キャンプで女の子が感染症で亡くなった時の写真。親族から家族からが取り巻いているのですが、女の子の表情は非常に穏やか。周りで嘆き悲しむ親族との対比がせつない作品でした。これが、先進国でいえば、あまり大したことのない病気だったように思います。極限状態に置かれた人々の群像を捉えた、劇的な作品でした・・・・。 現在は、「世界報道写真展50周年記念展 絶望と希望の半世紀」が開催中です。
2006.07.16
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またやってきましたのが、恵比寿にあります東京都写真美術館で開催しておりました「キュレーターズチョイス展」です。実は○月○日にも行っておりましたが、たまたま無料招待券が手に入ったということで、再び来ることになりました。 前回も展示内容には触れたのですが、今回はもう少し詳しく書いておこうと思います。 このキュレーターズチョイス展は、写真美術館の館長や学芸員といったスタッフの方々が、所蔵作品の中から自分のセンスで作品を数点ずつ選び出して展示する、という素晴らしい企画です。普段は展示されずに死蔵されている作品もありますし、すべてのキュレーターが自分の展覧会を企画できるわけではないですから、その両方を満足させることができる、という良い企画ですね。しかも、キュレータの名前が前面に出ることによって、「顔の見える」展覧会になっております。 その中でも印象に残ったものを紹介したいと思います。 藤村里美さんのチョイス「ピグメント印画法」です。まるで絵のような質感の写真が、おもしろく、不思議な感じがしました。こういった技法があるのですね。 石田哲郎さんのチョイス、有名人のポートレート特集も面白かったですね。ピカソやデュシャンなどの有名人のポートレートがあるのですが、どれもちょっとしたユーモアが含まれているようなウフフっと笑ってしまいそうな写真ばかり。 とくに選んだ石田さんの付けたコメントも、「普通の展覧会だったら、ここまで遊んで書かないよね」というぐらいユーモアたっぷりで面白かったです。 そして、もう一点。吉岡専造さんの「鳩山退場」でしょう。 鳩山一郎が引退を表明し、壇上から舞台の袖に退場する瞬間を、舞台そでから撮った作品です。フラッシュが焚かれている舞台から、退場する鳩山の表情。それを舞台上から見守る岸信介。劇的で、まさに歴史の一場面を活写しております。 これをチョイスしたのは鈴木佳子さん。パワーのある作品をチョイスされていました。 といった形で、なかなか面白い展覧会だったのですが、7月17日で終わってしまったのですよね・・・・。
2006.07.16
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今日は、遅くまで開いている美術館に行こうと思い立ち、総武線快速に乗ってきましたのが、千葉市立美術館です。千葉市美術館といっても、JR千葉駅から少し遠くにあるのは誤算でした。 とりあえず、モノレールで途中まで行くことができようなので、JR駅すぐのモノレール駅に向かいます。モノレールには、車両の下にレールがある跨座式と、上から吊られている懸垂式があります。 浜松町から羽田空港まで運行している東京モノレールは前者ですが、千葉都市モノレールは後者です。モノレールとは文字通り「レールが一本しかない鉄道」のことですけど、懸垂式の場合は眼下にレールがないので、見晴らしが良いですね。あたかもビル街を抜けていく、未来交通のような雰囲気です。 最寄り駅に降り立ちますと、「えっ、こんなところに、本当にあるの?」というぐらい何もないところなのです。雑居ビルや商店、パルコなどはあるのですが、人通りもそんなにないし、こんなところで夜8時まで本当にやっているのか疑わしい雰囲気です。 しかも、美術館の入居している区役所ビルにつきますと、誰もいません。かろうじて入り口だけは開いていたので、案内通りに7階に上がります。 やっぱり、開いていました。「海に生きる・海を描く」展です。しかも観覧料は、たったの200円です。所蔵品展とはいえ、ちょっと安すぎますね。 受付や係員の人件費を考えれば、もう完全に「赤字」であることが間違いない状況です。同じ時間に見ていた人は、私のほかに2人しかいませんでした。なので、ほぼ作品を独占状態です。 しかも、ここの美術館は、どの展示室にもソファが一般的な美術館よりも多く設置されているので、気に入った作品に前で座って眺めることができます。しかも、かなり大きめのものなので、人目をはばからず、寝転がってみることもできます。 近所に住んでいたら、携帯プレーヤーにお気に入りの曲を入れて、本でも持って、一日中遊んでいるのもいいかもしれませんね。家でクーラーを使うこともないですし、飽きたら、美術作品を見ることもできる・・・・それで一回に付き200円! しかも友の会に入れば、年間2,000円で入場し放題!これは近所に住んでいる人なら、クーラーで涼むだけでも入る価値はあるかもしれませんね。 展示作品なのですが、レベル的には200円でちょうどいいといったところでしょうか。円山応挙や藤田嗣治、杉本博司など、眺めるのに良い作品もありましたし、千葉市美術館ということで、千葉県にかかわりのある作家も多く収集しているようです。 それまで名前を知らなかったのですが、小野具定という人の大きな絵が3枚、ちょうど展覧会の中間であったのですが、これは存在感がありますね。漁村の風景なのですが、壁なんかユトリロか佐伯か、というぐらい千葉の漁村のようには見えないのです。荒涼としている風景。廃墟のようでもあるけれど、非常にモダンで都会的な雰囲気。これは、なかなかですね。 まあ、今回は「海」をテーマにしたもので、半島である千葉県らしく海を主題にした作品を多く収蔵しているようで、こういった企画展のやり方はウマいですね。しかも200円。でも、やはり200円がちょうどいい内容だったかな、と思います。それなりの良品はあるのですが、突き抜けた感じがしないのです。 また、見せ方も年代に沿って、つまり浮世絵から現代アートとい風に移っていくのが凡庸かなと思います。「恵みの海」「荒ぶる海」とか、テーマ別に海を切り取って、たとえば応挙の横に現代作家の作品を置いてみる、とかいった大胆な解釈の提示があっても面白いかもしれませんね。 帰りは、生温かい風の中、千葉駅まで歩いてみました。歩いても、そんなに時間はかかりませんでした。駅前のキオスクがジェフ千葉色になっていました。ジェフと言えば、日本代表のオシム新監督で有名になりましたね。知らなかったのですが、Jリーグでも優勝していたとか・・・・。野球のロッテマリーンズもそうですけど、何気に千葉県のプロスポーツって、強いんですね。
2006.07.15
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今回の東京都現代美術館の企画展は「ディズニーアート展」です。 この日はまた、オープニングレセプションだったのですが、あいにく日中のため参加できませんでした。結局、家族に行ってもらって、内覧会とカタログをもらってきてもらったのですが・・・。 内容はというと、 ・眠れる森の美女と王子様、魔法使いが登場。 ・日本テレビの羽鳥アナウンサーと、タレントの「はな」さんが司会進行 ・テレビや取材のカメラがたくさん ・日本テレビで土曜日に特番を放送 などだったようですが、自分で見ていないため、何とも紹介できません。 こういうときはTakさんの「弐代目・青い日記帳」をご覧下さい。詳細に当日の様子をレポートされております。 特に、個人的には「はな」さんの写真はうらやましいですねえ。新日曜美術館に出演されてから、けっこう好きなタレントの一人になっておりましたので・・・・。
2006.07.14
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 boomin編を更新いたしました。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.07.14
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 boomin編を更新いたしました。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.07.09
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アメリカのCGアニメスタジオ、ピクサーの新作「カーズ」が公開されておりますが、その関連で六本木ヒルズで開催中の「ピクサー展」に行ってきました。同時開催の「アフリカ・リミックス展」が目的だったのですが、せっかくなので入場することに。 ピクサー展といえば、2年前の2004年にジブリ美術館でも開催しておりました。その時は、「スタッフが建物の空いている空間(空調スペース)を発見し、勝手に作ってしまった部屋」が再現してあったりして、スタジオの雰囲気や人を中心とした展示だったように記憶しておりました。 今回の六本木ヒルズでの展示の模様は「フォトレポート:ピクサー20周年の軌跡を追う」とした林信行さんのレポートが見ごたえがあります。会場、ほとんどの写真が掲載されているので、参考にご覧ください。 今回の展覧会はニューヨーク近代美術館、英国科学博物館でも公開されたもの、とのこと。 中に入って驚くのは、いままでのピクサー作品をモチーフにしたショートフィルムを、入ってすぐの部屋で公開していることでしょう。これは、ワイドな画面に投影されているのですが、このフィルムの出来がすばらしい。 床が動いていないのに、動いているように感じるほど、画面が移り変わり、引き込まれてしまいます。ピクサー作品のファンであれば、これだけでもけっこううれしいですね。 キャラクターの設定資料や、キャラクターの原案を作る為につくられたストーリーボードや、キャラクターのボツ設定など。これをみると、いま私たちが見ているところに、どういった試行錯誤を経てたどり着いたのかが、伺えます。 結局「コンピュータに落とし込むまで」が一番肝心なのですね。ピクサーでは、ストーリー作りのほうがコンピュータを使う時間よりも大きいそうですので、それも納得がいきます。重要なのは、ストーリーであり、キャラクターデザインなのでしょう。そう思わせるだけのものがあります。 あと、ジブリ美術館のときにも感じましたが、この会社は、従業員が楽しんで仕事をしているように見えますね。前述の「勝手に会社に作ってしまった部屋」もそうですけど、今回の展示品の中には、なぜか、設定画の余白に、副社長のジョン・ラセターさんの似顔絵が描いてあったりします・・・。 普通の職場では考えられませんけど、創造的な仕事の場だけで許されるとは思いたくないですね。やはりボスが慕われているからでしょうし。私たちの職場でも「似顔絵を描け」とはいいませんが、すくなくとも楽しんで仕事が出来るような雰囲気があれば、もっと創造的な仕事ができる・・・と思いたいものです。 展示の最後には、ジブリ美術館の展示物からヒントを得て作られた立体アニメーションもありまして、夏休みの東京観光の際には、来て面白いかもしれません。展示の間隔もよく取っているので、多少混んでも快適に鑑賞できると思います。 ただ・・・・全般的に寒いので、長袖の上着やストールをご持参ください。 そういえば、ピクサーといえばディズニーに買収されましたし、ラセターさんもディズニー出身のアニメーターですから、ディズニーとは深い縁があります。 で、東京都現代美術館では「ディズニーアート展」が開催中です。新旧のアニメーターたちの競演といったところでしょうか。比べてみてみると、面白いかもしれませんね。 まあ、人間、初めの職場のやり方を踏襲する部分があるので、おそらくラセターさんが中心となったピクサーのやり方は、ディズニーのものと似ているんじゃないかなぁ、と思いますけど。
2006.07.08
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六本木ヒルズにあります森美術館で開催中の「アフリカ・リミックス」展に行ってきました。 あまり日本には馴染みの無い、アフリカの現代美術を展示している展覧会です。アフリカ美術と言っても、キリンとか象とかの木彫りの置物(空港のお土産芸術という意味で、エアポートアートと呼ばれておりますが)といったイメージしかない方もいらっしゃると思いますが、この展覧会は違います。 絵画、素描、彫刻、アッサンブラージュ、インスタレーション、写真、ビデオ、デザイン家具など、現代のアーティストが作った、最新のアフリカ美術を見ることが出来ます。今回の展覧会は、パリのポンピドゥーセンターなどを巡回し、来日したものだそうです。 うーん、今回の展覧会はなあ・・・・・。 以前、森美術館の「フォロー・ミー!新しい世紀の中国現代美術」という展覧会のエントリーに、私はこういった感想を書きました。・・・・・・・・・「全体的に、作品が「中国だから面白い」に寄りかかっているような気がします。作品自体がそれほど面白くなくても、中国でやるから、中国という背景があるから面白い、というような作品が多かったように思います。中国を抜きにしても鑑賞に堪える、つまり私個人を「ジーン」「フハッ」と感じさせるパワーが不足しています。 例えば、青い目をした外国人が日本舞踊を踊っていれば珍しく、面白く感じるでしょうが、それと踊りの善し悪しは別でしょう。私はどうも、そう感じてしまったのです。」・・・・・・・・・ 今回も、同じようにアフリカでやるから面白い、アフリカの「植民地として搾取されてきた」とか「今でも政治的に抑圧されている」とかいった背景の知識があるからこそ面白く感じる、といった類のものでしょうか。 いや、それが悪いというわけじゃないですよ。そういった「搾取」「政治的抑圧」なんかが、日本に居る私の問題としても突きつけてくるようなものがあればヤラレタと思うこともあるとおもうのですが・・・・そういうパワーも無いですし。けっこう左脳的な展覧会ですね。 例外は、ジェーン・アレクサンダーの「アフリカの冒険」、ヴィム・ボタ「コミューン:擬音語」ですね。 この2点のインスタレーションは、謎ですよ。この2点だけは、ちょっとやられますね。 アフリカの冒険は、使われている人形の存在感、その表している意味の謎をアレコレ考えてみる面白みがあります。 コミューンも同様。上からポタポタと垂れ落ちる水。この音を、辞書を刈り込んで作った像が見守っている。 もう、ほんとに私にとって謎なんですけど、それを考える余地も、考えてみようと思わせる迫力がある。 他の作品は、それを考えさせる迫力も無いですし、考えたところで「不幸なアフリカ(貧困だったり暴力だったり、植民地支配だったり、差別だったり)」に行き着いてしまう。これはなあ・・・・。 日本には、アフリカを植民地化した過去がないですから、そういったことを提示されても私には「ウッ」とくるものもないですし。現段階で「おまえ、アフリカを差別しただろう」と言われても、ピンとこない。 一応見ましたよ、三時間弱は。でも、ヤラレタというのは、あんまり無かったです。 まあ、それでもちょっと今度、ギャラリートークに参加しておこうかと思います。もしかすると、私のカンチガイかもしれませんし。でも、現時点では、それほど積極的に評価できない。むしろ、もう一つの「ピクサー展」のほうが面白いですよ。 あと、もう一点。会場が寒すぎます。半そでで行ってはいけません。必ず長袖上着を持参してください。
2006.07.08
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2006.07.02
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藤田嗣治展で大賑わいだった東京国立近代美術館ですが、今日は通常とおなじぐらいの「落ち着いて見られる」ぐらいの空き具合でした。あれだけ大挙して押し寄せていた人たちは、どんな週末を過ごしておられるのか、気になったりしますが。 本日は「生誕100年記念 吉原治良展」です。吉原自身、若い頃に絵を見せに行った藤田嗣治から「他人の影響がありすぎる」と忠告されてから、オリジナリティー重要性を理解したといいますから、藤田展の次に開かれるのは、なかなか興味深いですね。 この吉原治良さん、最初期の絵からそうなのですが、対象といいますか、絵のメインになるモノを上手く際立たせるセンスが抜群にあるのです。初期の魚の絵から、後年の「○」に至るまで、見る人に見てもらいたいメインのモノが、周囲から際立っているように見える。存在感があるのです。 見せ方は、さすがに上手いですね。正直、実はこの展覧会に来るまで吉原治良のことは知りませんでした。まあ、いつもの新橋の金券屋で、「たまたま」一枚だけチケットがあったので買っただけのことですが、買っておいて良かったですね。 最初の頃のほうの作品は、岸田劉生や藤田嗣治、ピカソの真似のようなのが多くて、どうなるかちょっと不安でしたが、戦中以降の作品はオリジナリティーと風格が出てききまして、最後の「○」を描いた作品へと繋がります。 ウェブページやカタログの写真だと、明度の細かな違いや表面の凹凸(マチエール)が飛んでしまっているので、生で見た方が迫力があると思いますよ。 同時開催の常設展では「持続/切断」と言う題で毛利武士郎、村岡三郎、草間弥生、河原温の作品が展示されているミニ展覧会も開催中。 ☆作品の詳細については、近代美術館のHPをご覧ください。
2006.07.02
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東京都現代美術館についてよく言われるのは、予算が削られてしまって、新規購入の予算がなくなってしまった、都の文化行政は無理解だ、といった批判です。 先日のカルティエ展での石原発言でご紹介いたしました小崎哲哉さんのコラムでも、こういった風に紹介されております。「東京都現代美術館は1995年に開館した。運営は、当初は財団法人東京都教育文化財団(その後、財団法人東京都生涯学習文化財団に名称変更)が、2003年からは同財団が統合された東京都歴史文化財団(歴文)が指定管理者として受託している。開館時に21億8000万円あった予算は、毎年削りに削られ、現在は7億5000万円ほど。大半は人件費や建物のメンテナンスなどの管理費に消え、展覧会予算は1億5000万円ほどしかない。展覧会は年間5本ほどだが、財団による独自企画はだいたい2本で、残りは外部の協賛を仰いで制作している。予算が減っているのは、言うまでもなく都が補助金を減らしているからである。」 確かにそのとおりなのでしょうが、考え方を変えれば、「管理費だけは出ている」と言えるのでは無いでしょうか。開館したのが平成7年。1995年ですね。 東京都主税局のHPを見ますと、都税収入は開館当時よりあまり変化はないようですが、歳入総額は減り続けているようです。歳入総額を、円グラフデータがある最古の平成10年と最新の18年で比較します。(単位:兆円)都税H10 4.62H18 4.50地方譲与税H10 H18 0.23地方特例交付金H10H18 0.16国庫支出金H10 0.48H18 0.34都債H10 0.53H18 0.36その他H10 0.87H18 0.58 もっと詳しい分析が必要だとは思いますが、詳細不明の「その他」以外に都債や国庫へ頼った収入が減っているわけですから、ねえ。健全になりつつある、というのかもしれません。 ちなみに平成7年の歳入総額は6兆8,257億円。平成18年が6兆1,720億円。ほぼ10%減ですね。 まあ、だからといって21億8000万円が7億5000万円に減らされるのは、確かにちょっと無茶だとは思います。財政が厳しいとはいえ、ちょっと減らしすぎでしょう。 ですが、東京都の財政が厳しいのも理解できます。このごろは復調にあるとはいえ、いままでバブル以降は世間は不景気でしたから。文化予算が削られるのは、まあ仕方がないといえるでしょう。 ただ、私がいいたいのは、補助金が無くても、展覧会が成功すれば購入資金を稼ぐことが出来る、ということです。現に、数年前には「新規収蔵コレクション」のコーナーがありました。「大人のための夜のミュージアムトーク」でキュレーターさんに聞いたところ、その年は展覧会が予定外に成功したのでお金があり、新規購入ができたから、とのこと。 努力すれば、自分で新規にコレクションを買うお金ぐらいはできるはずです。 海外の美術館(特にアメリカ)では、建物などは公的な助成があるものの、その他はすべて美術館が自分で稼ぎ出している資金で運営されているそうです。最低限の維持費を賄えるだけの補助金があれば、あとは自分の努力でなんとかしよう、という姿勢があって然るべきではないでしょうか。現に民間企業なら、何らかの経営努力をしているはずです。 予算がないなら、創意工夫でお金を集めて、収蔵品を買うことも出来るのです。 私だって、すべて「官から民へ」を支持しているわけではありませんよ。すべて民営化で解決する事はできないと思います。ですが、少なくとも公立だからといってあぐらをかいていていいはずがない。 補助金を増やして欲しい、という要望も分かりますし、コレクションを充実させる為には無論、補助金を増やす必要もあるでしょう。ですが、これから先も地方自治体からおカネを貰うだけの存在でよいのかどうか・・・。納税者の感覚として、最大限の経営努力をした上での新規予算獲得などならわかるのですが、まだまだ努力が足りていないと思うのです。玄関先に掲示されている「賛助企業」の少なさをご覧くださいよ。 せっかく日本テレビの氏家さんが館長ならば、日テレを使い倒すぐらい使ってもいいではないですか。テレビの力は大きいですし。タイアップ企画を積極的に推し進める、とか番組収録の協力をする、とか芸術関係の番組を制作してもらう、とか。深夜枠でもなんでもいいですから、氏家さんにくらいついて、バンバン、テレビとのタイアップを目指す、ぐらいの積極性が欲しいですね。 それに、何かと批判される「ジブリ」関係の展示。これは日本テレビの肝いりでしょうし、一部には日本テレビの「商売の為に都立の施設を利用させている」という批判もあるでしょうが、私は悪くないと思いますよ。確かに、美術館でやる意義は薄いかもしれませんが、すくなくともあれだけ多くの子供が楽しんでいる展覧会は、他に知りません。 私が経営努力が足りないとおもうのは、そういった「客寄せ」の企画に来てくれた人を、いかに現代美術館のファンにしようか、という視点が徹底的に欠如している部分です。もう、私から見ても、「この企画は、ウチとは別もんですから」とでも言いたげで、これではせっかくの企画も台無しです。 ジブリ関連の企画展に来た人の何%が常設展も見てくれて、そのうち何%が現代美術館のリピーターになってくれたのか。それを把握し、次への対策に生かしていくという姿勢が無ければ、単なるデパートの催事場と変わりません。 少なくとも、日本の美術関係の認識は、一般のビジネスの感覚から言えば甘いところが多いと思いますよ。 敵はパチンコ産業ですよ。少なくとも30兆円産業と呼ばれ、国民のポケットマネーと膨大な時間を浪費している最大かつ最悪の「敵」です。彼らから美術館へ、たとえ1割でも客を引っ張ってこれるなら、物凄いことがおきるはずです。 また、デートスポットとしての敵は「映画館」かもしれないし、新しいものに出会える場所としての敵であれば「ショッピングモール」や「デパート」かもしれません。 そういったところから客を分捕ってやろう、という獰猛さが美術館に欠けている。それだけ努力をしてもお金が足りないのなら仕方がありませんが、そういった姿勢も無く「補助金が減らされたから新規にコレクションできない」なんて泣き言を言うのは頂けません。 それは、いままでの私のブログでも何回か指摘しておりますし、「じゃあ、おまえがやってみろ」と言われたら、いつでも受けて立ちますよ。ええ。
2006.07.01
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よく、海外の経済人が文化関連に投資することを引いて「それに比べて日本と来たら」という言い方をされる人が多くいらっしゃいます。次には「もっと日本も見習うべき」と続くわけですけど・・・。 こういったことを言っている人は、とても「偉い人」だと思われますので、別にその思考を攻撃しようなんて私は考えておりません。ただ、私が個人的に思うのは見習うべきなのは私たち自身であるということなのです。 たとえば、自腹を切って作品を購入して展示している経済人は、日本にも沢山いらっしゃいます。 阪急電鉄の創始者、小林一三翁の逸翁美術館、ブリジストン創業者の石橋正二郎氏のブリジストン美術館と石橋美術館、出光興産の創業者、出光佐三氏の出光美術館、大日本インキ化学工業の川村美術館、鉄道王として東武や南海を経営した根津嘉一郎氏の根津美術館など、すぐに思いつくだけでも、かなりの量が思いつきます。 どの美術館も、創業者の趣味的な要素が多分に見られるのですが、それでもカルティエなど外国の財団がお金を使っているのと比べてみても、遜色は無いように思うのです。良いものをコレクションしているわけですから。 また、もし現代美術をコレクションすることが企業のイメージアップに寄与するのであれば、どんな経営者でも積極的に文化に対して投資を行なうことでしょう。展覧会の協賛になることもしかり。 近年盛んに言われているCSR(企業の社会的責任)として美術関係が注目され、クローズアップされているのでしたら、もっとバブル期のような企業メセナが盛んになってもしかるべきです。 しかし、実際はどうでしょうか?企業が文化関係におカネを出すということが、どれだけブランド力向上に役立っているか。企業は、私が言わなくても皆さんご存知のように営利追求、株主価値の増大が命題の団体です。 それはなにも、汚いことをしてでもカネを稼ぐための団体だということではありません。自分の不利益になる、もしくは大して利益をもたらさないものには、お金を出すような性質のものではない、ということです。 世の中、そんなに気前よくお金を出してくれる人たちだけではありません(もし疑うようでしたら、ご自分が募金などによくお金を入れているかどうかを思い出してください)。もし、こういった人たちが積極的に文化にお金を使わない現状があるとすれば、私たちの社会が「文化に貢献した人たち」へのリスペクトをしないから、に過ぎないと思うのです。 例えば、今回のカルティエだって、コレクションは慈善事業ではないと思います。ブランド力向上であったり、文化水準の高い顧客たちへの接待であったり、いろいろな効果があるからこそ、企業メセナを続けていると思うのです。 それは、カルティエの行いを認めてくれる社会あってこそ、そのメセナ活動によって「カルティエは他のブランドと違うね」と感じてくれる顧客あってこそなのです。 はたして、そういったリスペクトを、現代日本人全体が持っているのでしょうか?美術関連に積極的に貢献していることを評価する株主、ファンドマネージャー、消費者はどれだけいるのでしょう? それは、ただ単に財界人に対して「海外を見習え」というだけでは済まない、根深いクエスチョンであると思うのです。もちろん、財界人の意識が鈍い、ということはあるとは思いますが、社会全体として、そういった人たちを認め、讃えることが少ない。それがあれば、もっと文化にお金を使い、社会全体を豊かにしてくれるCSRがどんどんと出てくると思うのです。 そういった点では、欧米の方が進んでいるとは思いますが、社会全体の冷淡な態度を棚に上げて「だから日本の経営者は・・・」という見方には、私は同調できないのです・・・。
2006.07.01
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