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上野の森美術館で開催中の「生誕100周年 ダリ回顧展」にやってまいりました。 テレビでも爆笑問題の大田光さんが宣伝しているだけあって、会場の外には行列が続いていましたが、ここまで来て帰ることはできません。一回、延期していますからね。 ということで意を決して入ってきました。 続きは次回
2006.12.28
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24日ですから、世間ではクリスマスイブ、と俗に言われている日のようです。でも、この東京都現代美術館で開かれていた「全景 大竹伸朗展」の最終なわけです。 ちなみに、クリスマス期間限定で、「ジャリおじさんのクリスマスカード」が貰えるとあって、23日にも入館し、また続けて最終日も来てしまいました。クリスマスバージョンのジャリおじさんが表紙になった、結構立派なカードです。 いつもどおり、中を見ていきますと、一番大きな展示室の吹き抜けに据えてある「ダブ平&ニューシャネル」のところに、大竹さんを始めとして、スタッフの方がスタンバイして、展示時間終わりまで、ひたすら音楽(ノイズ?)を出していく、という感じでした。ダブ平は、巨大な演奏機械のような作品です。それが、地響きのようなノイズミュージックを、ずっと鳴らし続けておりました。 思ったより、この最終日のパフォーマンスを見に、お客さんが集まっており、巨大な個展の最後を締めくくるにふさわしい、けど名残惜しいような、エンディングでしたね。HPでも、大竹さんのパフォーマンスがあるとかないとか、書いてあったように思いましたが、結局はずっとしていたようです。 この展覧会も何回か来てみましたが、見るたびに「あれっ、こんなんあったっけ?」と思わせるような発見がありましたね。確かに見て、記憶に残っているものも多いのですが、あのいろいろなものを貼り付けた作品群などを見ていると、その日、その日の着目ポイントが違うので、常に新しい作品が加えられているのではないか、と思ってしまいます(もしかすると、その可能性もありますけど)。 去年の都現美の展覧会の中では、一番印象に残ったものでありました。 あと、また直接的には関係の無いことなのですが、この記事を書いている07年3月24日現在でも、まだ図録が届いていません。時々、思い出したように発売元から延期の遅れが届くのですが・・・・やはり図録の方も、とんでもないことになっているようです。届いたら、写真付きで、ご紹介しようかと・・・
2006.12.24
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大学の後輩から、伊東豊雄さんの展覧会のチケットを頂いたので最終日に行ってまいりました。東京オペラシティギャラリーで開催されていた「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展です。 伊東豊雄さんといえば、仙台メディアテークや表参道のTOD'sビル、銀座のミキモトビルなどを手がけた建築家として有名かもしれません。「ニッポンをデザインした巨匠たち」(朝日新聞社ムック)にも取り上げられている方ですが、今回はその今までの作品を紹介する大回顧展です。 伊東さんの建築には、ぱっと見てもわかる特徴があります。それは、非常に植物的と言いますか有機的と言いますか、そういった感じがするのです。今までの建築のような平面から構成されているものではなく、非規則的なリズムのある面で構成されています。まあ、オペラシティのHPをご覧になった方が分かると思うのですが、そういう面白さのある建築です。 コンピュータ技術の発達によって、平面でなくても十分に強度を保てるような設計ができるようになったから、といいます。これは、確かに手計算では出来ないだろう、と思われるような非規則的な構成です。それが、CGで「どうしてこの形になったのか」というプロモーションムービーが流されているのですが、単純な線形から複雑な線が絡まっていくように変化していくので、この設計がちゃんとした計算の上での形であることが了解できる展示になっております。 入りますと、現在建築中の台中市(台湾)のオペラハウス。まるで小さな細胞を拡大したような、スポンジのような多孔性の物質のような外観。きっと、この構造が何か植物の細胞組織だったとしても、不思議ではないでしょう。結果的に近代建築にありがちな直線を排して、曲線による構造を追い求めると、生物的な印象に行きついてしまうのか。あるいは、生物の構造を念頭においてデザインしたのか、はちょっと気になります。 でも、技術の進歩によって、より設計の自由度が増すことは素晴らしいですね。鉄筋コンクリートが建物の可能性を広げたように、技術の進歩が新しいものを生み出すことは珍しくありません。現代では建材だけではなく、「使い方」をコンピュータの助けを借りながら工夫することでも、可能性を広げることができるようになっているのです。 表参道のTOD'sビル、銀座のミキモトビルなどの模型が展示してある部屋では、展示室の床を波打たせて、わざわざ歩きにくくしています。床には、ところどころに人が入れるぐらいの穴があいております。真っ白の床なのに、どこか自然にできたような感じも受けました。 TOD'sビルは、建物の外壁を強化し、その外壁によって建物内部の床面を支えるような構造になっているため、室内には柱を作らない構造になっています。窓の部分も、四角形の単純なものではなく、非常に自然に近いランダムなように見える形にしているのです。鉄筋コンクリートでその外壁は作るのですが、複雑な形のため、コンクリを流し込む型も複雑になっております。 後半は、今までの伊東さんの仕事がパネルに展示してあったのですが、混んでいること混んでいること。流石に最終日だけあって、大入りだったので、落ち着いて見ることができなかったのが、ちょっと残念でしたね。 伊東さんの建築を見ていて、ちょっと思い出したのが、マーク・ニューソンのデザインです。彼の作品も曲線を使った、ちょっと有機的なデザインなのですが、こういったものが、次のスタンダードになっていくんでしょうか・・・。ガウディの建築も曲線が多いものですし、自然界に直線はないですし。 直線で構成された建築は、どこに置いても同じように見えますし、どの街に置いても変わりません。地域性が無いのです。でも、曲線的なデザインでも、「細胞レベル」の曲線まで行ってしまうと、結局「どこに置いても同じ」ような建物にしかならないような・・・・。 これからは、ランドマークになるようなモニュメントや「この建築だから、この地域だ!」と思われるような地域性があってもいいんじゃないかなぁ・・・とも思った次第。 ちなみに、展示室に設置されているベンチも伊東さんのデザインだったそうです。合板を張り合わせたもので、ところどころ(座る人の尻にあたる部分)が円形に削られています。合板が削られているため、色の違いが地層のように見えて面白いですね。これもまた、まるでチーズの穴を連想させるデザインなのです!
2006.12.24
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ここ数日、急にアクセス数が伸びていました。 なぜなんだろうと気になっていたところ、有難いトラックバックがありましたので、ようやく理解することができました。 いや、ちゃんとしたアクセス解析が入っていれば簡単にわかることだとは思うのですが、楽天ブログにはアクセス元のIPアドレスの最後の部分だけしか表示されないので、プロバイダ名ぐらいしかわからないのです。 このアクセス急増の原因は、なんと「きっこの日記」。と言っても、このブログが取り上げられたわけではなく、今年、ごく一部で話題になった「カルティエ現代美術財団展」のオープニングで石原慎太郎都知事が「暴言」を吐いた、という事件が取り上げられた、ということでした。 この事件の次第については、当時、私が見聞きした範囲のことをできるだけ忠実に書いておりますので参照してください。私の意見も書いてあります。 それにしても、「いまさら」なネタでこれだけ盛り上がって、なおかつ直接リンクされていないブログまで波及効果があるとは、さすがカリスマブログだと感心しました。 書き方がワンサイドである点が少々気になりますけれども、その方が読んでいて分かりやすいですし、共感も呼びやすいでしょう。意見がピシッと明確になっている部分は、私も参考にせねば、と思います。 もっとも、私が一番素晴らしいと思ったのは、彼女のブログを読んだ上で、他の意見も読んでおこうという人が、多く居ることです。ネットの健全性が伺えます。ネットでは多様な意見が読めるわけですから、個人が書き込む文章にバランスが取れている必要はないのかもしれません。いろんなワンサイド意見を読めば、読み手側にバランスのとれた意見が形成されるのかも、と思うのですが・・・実際はどうなんでしょう?
2006.12.23
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記事は後ほど
2006.12.22
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国内の公立美術館の中では一番の実力を持つ、と日経の調査で言われた横浜美術館です。今回は「アイドル!」展にやってきました。 「アイドルが現代日本でどのような役割を果たし、また私たちがアイドルにどのような思いを託しているのかを探っていきます。」(公式HPより) アイドルという言葉を辞書で調べますと、第一義は「偶像」という意味ですが、二番目には崇拝される人や物といった意味が出てきます。そのアイドルの移り変わり、時代との関わり合いを示した、さすがの企画展です。 普通の展覧会では考えられないと思うのですが、よくゲーセンに置いてあるセガの「オシャレ魔女 ラブ and ベリー」や、少女漫画の「きらりん☆レボリューション」(中原杏)といったカルチャーものも置いてあるわけです。 今まで「ラブ and ベリー」については、ゲーセンに置いてあるのを目にするだけで、実際のゲーム内容などは全く知らなかったのですが、これは素晴らしいゲームですね。自分から積極的にやろうとは思いませんが、非常によく考えられている内容ですし、人気が出るのも納得できます。 まず、1ゲームで1枚の衣装が描かれたカードを貰えるのですが、それがあればあるほど、ゲームを優位に進めることができます。それに、そのカードのコンビネーション(つまりファッションのコーディネート)が良ければよいほど点数が高い、というもの。昔からあったライダーカードやビックリマンの系譜に位置する上に、メンコやトランプのようなゲーム性をもち、その上で「女の子のファッションに対する憧れ」を付け加えていることに「ヤラレタ」感がありますね。 つまり、今までのゲーム性というのは、そのゲーム世界の中で完結しているわけです。それが、このラブベリの場合は、それが実生活のシミュレーション的にもなっている。このカードのコンビネーションは、ゲーム内で提示されるシチュエーションによって最適解は変わります。つまり、いいカードを持っているだけではなく、TPOに合った服装をしなければならない、という縛りまである。これは、大したゲームです。 また、この主人公の魔女2人がアイドルということなのでしょう。着せ替えできるアイドル。それは、リカちゃん人形にも通じるものなのかもしれませんが、ゲーム性を加えることで、その関係性は違うように思います。 つまり、リカちゃんが子供の支配下にあるのに対し、ラブベリは支配できるのは洋服だけです。一回だけプレーした感想ですが、リカちゃんのような「私のリカちゃん」ではなく、その主人公二人と「私」という独立した存在で、その関係性を繋ぐアイテムがファッションなのです。よりよい関係(よりよい点数)を築くためには、手持ちのカードが多ければ多いほど良いわけです。 さらに、シーズンごとにファッションも新しいコレクションへ変更されていく、というところまでやると・・・・これは悪魔的なビジネスモデルではないでしょうか? と、「アイドル!」展なのにラブベリのことしか書いていないのがアレですが。 きらレボも、現代の子供たちとテレビや芸能の世界との距離感が表れていて、とてもよい展示だったと思います。といいますか、普段は触れる機会のない、こういったものを展示してもらえると、非常に面白いですね。ある意味、こういったもののほうが「アイドル」をキーワードにした時、世の中と上手くシンクロしているのかもしれません。 他にも印象深かったのは、篠山紀信の撮ったNHK番組の山口百恵の番組。 今見ても、山口百恵は生きていますね。いや、文字通り今でも生きているのですが、「山口百恵的なるもの」は、今でも若い女性芸能人の中に見出すことができるということです。代表的なアイドルである百恵ちゃんの「アイドルのエッセンス」というのがあるとすれば、それはどんなアイドルも共通して持っているDNAとして今でもあるもののように思うのです。それが何かと言われると・・・・気が付いたら、また報告します。 それは、同時に展示されていた「明星」の表紙にも共通するのですね。今でも活躍されている方が多く表紙になっているのですが、どのアイドルの方も、今では全く雰囲気が違います。アイドルのエッセンスは、同一人物がずっと保持するものでもないのかもしれません。やはり「アイドル」的なるものしか持っていないものなのでしょう。 「イコン」「アイコン」的なものでもないのですよね・・・・。 それ以外には・・・ 蜷川実花の芸能人の写真が、とても印象深かったです。というのも、今のテレビでもよく見る俳優さん達が、とてもファンタジックやスタイリッシュなコスチュームや背景の中にいるのです。その写真、一枚一枚がまるでデパートのショーウィンドウのような感じなのですが、どこまでがリアルか虚構か、という見ている私の揺れ動きが面白いですね。写真なのだから、役も演じていない「素」の俳優なのにもかかわらず、演技しているわけです。彼らに着せている衣装やセットの美的な見事さもあるのですが、その面白いリアル感もいいですねえ。 この展覧会を見た後、常設展も見たのですが、やはりここの収集品は素晴らしいレベルですね。さすがは公立美術館1位はダテではないなあ、と改めて思った次第。企画展の着眼点やチョイスのセンスも、素晴らしいですよね。
2006.12.17
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 boomin編を更新いたしました。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.12.17
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依拠性、つまりそれをネタ元として使っているかどうか、ということもオリジナルかどうかを議論する上で重要な点です。 極端にいえば、H.I.Kで制作した俳句は、まったく依拠しているものはありません。すべて私とboominが独立して作ったものなのですね。どこの誰が、どんな俳句を作ったかどうか、は知ったこっちゃありません。 制作前に知っていたのは、奥の細道に出てくるものと一般に知られているような有名な俳句ぐらいです。作品を作ることにおいて、それらを参照して作ったわけではありません。依拠していない以上、私たちの作った俳句は全くの独創だと言えるのでしょうか? 仮に、独創性を認められて所で、これから制作される俳句について著作権を主張できるものなのでしょうか。正直な話ですが、これから数々の俳人たちが作り出す俳句のすべては、おそらく私たちの作品とは別個に作られるものなのでしょう。「見ていない」と主張されることは「想定の範囲内」です。 ところが、もうすでにパターンは我々によって、すべて「つくられてしまった」わけであります。 この一点を知っているだけで「依拠」は成立するのか・・・・?ということです。平仮名50音を使って、俳句を詠む、という行為自体が、もしかすると私たちのProject H.I.Kに依拠しているとは言えないのでしょうか? まあ、「見ていない」と主張されることもまた、紺洲堂の想定の範囲内です。普通に俳句を作るうえで、私たちの作った作品なんて見ていないわけですから。その人の創作活動が私たちに依拠していない、というのは当然であります。 では、こちらのProject H.I.Kの仮想プロジェクト エクストラシリーズで詰め寄った場合は、どうなるのでしょうか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 仮想プロジェクト エクストラ2 「おーいお茶」などの俳句コンクールに入賞したものの「平仮名清音バージョン」をオリジナルとして発表する。一見、パクリのようですが、私たちもすでに「作って」いるわけですし、自選集として出すことについては、どういった判断がされるのでしょうか。 作品自体の制作に関しては、俳句コンクールの入選作に対する依拠性もないわけです。さらに自作の俳句から似たものだけをチョイスする行為に、「類似している物を選び出す」というので依拠性があると言えるのでしょうか。では、自分の作った作品を選ぶこと自体もいけないのでしょうか・・・?・・・・・・・・・・・・・ こういう風にとらえますと、オリジナリティや創作性の境界が、どんどんと曖昧になっていってしまうのが面白いなあ、と自分で作っていて思いました。まあ、アホですけど。 そういえば、マッキーと零士センセイの盗作騒動でも「見ているかどうか」は話題になりましたよね。マッキーは銀河鉄道999を見ていない、とか。 依拠性の立証ということでも、立証するのは難しいわけです。実際に見たかどうかは本人しか知らないわけです。通常の犯罪とは全く異なる次元で、立証することは難しいわけです。 まだ情報源が限られていた時代であれば、立証することは簡単だったかもしれません。家に、その本があった、とか。アクセス経路があるわけだから、アクセスしたに違いない、とか。ところが、多メディア時代を経て、現代のネット社会においては、かなりの文章をネットで見ることができます。 つまり、ネットに接続できる環境があるから、見ただろう!ということは出来るのだろうか・・・・?はたまた、ネットからパクれば、パクったことはバレず「見ていない」という強弁が通じるのだろうか・・・。 と考えていきますと、先日書きました「全然別の歌詞や詩、文章をぶつ切りに並びかえて別の作品として発表し、指摘されれば『そんなの見ていない』と強弁できるかどうか?」というプロジェクトは、成立するのでしょうか・・・・・ねえ? やってみようかな。次回のプロジェクトとして・・・・・ただ、こうして宣言してから制作にかかるとネタバレするからなあ・・・・。分かりにくい形でやってみるのもいいかもしれません。 そのあたり、法律的にはどうなんでしょうか・・・?
2006.12.15
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まあ、文化庁メディア芸術祭の発表がこの日にあったのですが、 ご存じのとおり落選であります。 私たちがつくった「project H.I.K」は。 まー、致し方ないですね。受賞作とは違って技術的には高度なことをしているわけではないですし(おそらく)。 でも、ここに応募しなかったら、はたしてこの企画が「いけている」ものなのか「いけてないのか」という判別もつきませんでした。とりあえず「現段階ではいけてない」ということが分かったことだけでも収穫であります(負け惜しみ)。 周りに助言してくれる専門家が居れば、もっと良い作品になったり見せ方も工夫できたかもしれませんが、なかなかいませんし・・・。その点、何かに出品するということは、いい機会だったと思います。 あと、どうでもいいかもしれませんが・・・ ・・・今年の受賞作の発表展覧会に行ったら厳しい評価が出来ないじゃないですか。ひがんでいるように見えて。 という冗談は置いておいて、とにかく発表してツバをつけておいた分でも収穫でしょうね。今後も「盗作騒動」は数限りなく起きてくるでしょうし。その時にまた思い出してもらい、評価してもらえるように、作った俳句の一部をどこか別のブログで公開していこうと思っています(さすがに全部載せると管理者から苦情が出ると思いますので)あと、気になったことが一点。確か、応募規定に「著作権を侵害しない」みたいなニュアンスの事が書いてあったと思いますけど、これに抵触したのかどうかが気になりますねえ・・・。微妙な問題ですね。
2006.12.15
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 主人編を更新いたしました。タイトルは「第121回 コレクションラグの罠」です 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.12.14
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そういえば、もう2006年も終わりに近づいて参りましたが、個人的に気になっているのが、今年の秋に開業予定であった秋葉原のデザインミュージアムです。 駅前の再開発で建ちました、秋葉原UDXの4階に開業予定だったのですが、今だに開いていません。それに、UDXのページには何も書かれておりませんし・・・・。 以前、この秋葉原デザインミュージアムの暫定版に行った時の記事「D-Akihabara Temporary」に行ってきたぞな 」から注目しておりましたが、開業しないのでしょうか。 と思っていた矢先ですが、Brutus Casa 2006 vol.80 Novemberの74ページ目に、秋葉原デザインミュージアムの記事を発見しました。MoDeAとして来年の1月24日にグランドオープン、らしいのですが・・・本当でしょうか?それにしては、あまりにも記事が少ないし、出回っている情報も少なすぎます。 肝心の公式ページもこんなかんじ。今だに、何ひとつ載せられていません。これで、本当に開くのか、その前に、何をやるのか心配になってきます。 都心でよいデザインを見られる環境を整えるという意義のある事業ですから、ぜひ成功してもらいたいですね・・・・
2006.12.13
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 boomin編を更新いたしました。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.12.11
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江戸東京博物館で開催されていた「ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」を見た後は、同時期に開催しておりました、写真家のアラーキーこと荒木経惟さんの個展、「東京人生」です。 実は、この展覧会は常設展の通常料金で見られるものなのです。この博物館の常設展示と言えば、大がかりに再現されたさまざまな建築物が有名です。でも、それだけではないんですね。片隅の展示コーナーで、こういった展示も行っているようです。 アラーキーといえば、世間的にはエロい作品が多いような印象があると思いますが、もちろん、彼の作品はそういったものだけではありません。今回、展示されている中にも、多少のヌード写真はあったと思いますが、ほとんどは違います。彼が見つめてきた東京という街、そしてそこで過ごしてきた彼自身の人生を写しこんだのが、この「東京人生」です。以前、東京オペラシティの「森山・新宿・荒木」展を見逃した私も、これを見れてよかったと思いました。 裏通りから見た東京、自宅の屋上から見た東京、ビルの窓から見下ろしたいろいろな東京があるのですが、その変貌に驚いてしまいます。それほど経っているわけではないのですが、今、私たちが見ている光景、生きている東京という都市はもっと淡泊だと思うのです。 でも、と思います。この時代にいた人も、もっと東京は淡泊じゃないか、と思うかもしれません。アラーキーのとるようなザラリ、ヌメリとした、まるでにおい(匂い・臭い)まで漂ってきそうな写真は、いつの時代でも彼ぐらいしか撮れないのかもしれない、と。ほとんどが白黒、一部は白黒にペイントという作品なのですが、常設展に付属しているオマケだと思っていたところ、見ごたえがある作品が多く、少々時間が足りないぐらいでした。
2006.12.10
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江戸東京博物館で開催されていた「ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」です。 明治時代に来日したアメリカ人医師のウィリアム・ビゲローという人が集めた浮世絵コレクションがボストン美術館に寄贈されていて、その中から里帰り展が開かれた、ということです。普通、想像するような印刷された浮世絵ではなく、すべて画家本人が書いた肉筆の浮世絵である、ということもポイントですね。 あまりにも膨大で作品の調査が進まず、「幻の浮世絵コレクション」と言われていた、とあります。その中から選りすぐりの作品だけを約1世紀ぶりに里帰りさせた今回の展覧会。バークコレクションやプライスコレクションもそうですが、こうしたアメリカ人コレクターの大コレクションの里帰り展が多いですね。 朝日新聞の「江戸の誘惑展」のHPもあるのでご覧下さい。こちらの方が詳しいかも。 さて、内容なのですが、あまり今日(1月22日)現在、覚えていない・・・。カタログも買う気が起きなかったのでアレなのですが、それほど良い感じはなかったかな、と思います。 でも、葛飾北斎の作品、「鳳凰図屏風」は今でも記憶に残っています。とても豪奢な色みなのですが、キンピカしたようなものでも上品な感じでもなく、どことなく艶っぽいといいますか下世話と言いますか、そんな雰囲気がするのです。ちょっと大漁旗とか刺青のような雰囲気がするからでしょうか。あと、「唐獅子図」には「画狂老人卍」のサインが入っております。まさしく晩年の作品ですね。 非常にカラフルで、江戸時代の趣味の良い絵が多かったと思います。ウワーっという迫力とかパワーはないですが、その分、気楽に見られる展覧会だったのではないでしょうか。 江戸東京博物館の扱う江戸時代にドンピシャの展覧会でしたので、これは常設展も絡めて見れば大変面白いものであったと思います。江戸の風俗を見つつ、浮世絵も見つつ、と。たいへんシナジー効果のある展覧会でした。
2006.12.10
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広告代理店の読売広告社が出している「もったいないカレンダー」について、このブログにて取り上げたところ、制作された藤崎実さんからコメントをいただきました。今年のGood Design Presentationに行った時の記事を見てくださったから、ということですが、その後に各地のデザイン賞を受賞されたようです。●【世界カレンダー展】 ブロンズ (シュトゥットガルト、ドイツ)●【クリオ賞 2006】 デザイン 「ブロンズ」 (ニューヨーク、アメリカ)●【One Show 2006】 デザイン 「メリット賞」 (ニューヨーク、アメリカ)●【iF コミュニケーションデザイン賞】 「iF賞」 (ハノーバー、ドイツ)●「iF スペシャルメディアパートナー賞」 (ハノーバー、ドイツ)●【red dot デザイン賞】 コミュニケーションデザイン 「red dot賞」 (エッセン、ドイツ)●【ニューヨークフェスティバル 2006】 デザイン 「ファイナリスト」 (ニューヨーク、アメリカ)●【AME賞】 「AME シルバーワールドメダル」 (ニューヨーク、アメリカ)●【クレスタ賞】 印刷部門 「クレスタ賞」 (ニューヨーク、アメリカ)●【ゴールデンドラム賞】 デザイン&アートディレクション 「ファイナリスト」 (リュブリャナ、スロベニア)●【Design For Asia 賞】 コミュニケーションデザイン 「ファイナリスト」 (Kowloon Tong、香港)●【APA賞2007】 日本広告写真家協会公募展/広告作品部門 「入選」 (東京、日本)●【ADスポット賞 2006】 NON-PROFIT 印刷部門「ADスポット賞」 (フィレンツェ、イタリア)(YOMIKO Design HPより引用) 「もったいない」をコンセプトにしたカレンダーで、普段は捨ててしまうような物を再利用する日本の知恵を、大胆な写真でカレンダーにしてしまったものです。使い終わった後はミシン目の沿ってちぎると、簡単にメモ用紙として活用できる、とのこと。 ただ、モノが良くても売れるかどうか、はまた別モノらしく、販売には苦労されているそうです。ちょっと話のタネになりそうなカレンダーを探している方は、覗いてみてはいかがでしょうか・・・?
2006.12.09
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毛利衛館長との交流会が未来館で行われた時、「毛利衛と宇宙を聴く」というコンサート企画を新国立劇場で開く、という話を聞きました。早い者勝ちということなので、その場からケータイを通じて申し込みを済ませ、楽しみにしていたのが、これ。 毛利衛と宇宙を聴く ~円い音、渦の音。です。 平日開催だったのが残念なのですが、行ってきましたのが東京・初台にあります新国立劇場の中劇場です。会場は自由席だったのですが、すこし早めに出たおかげで、比較的、舞台に近い席に座ることができました。 そもそも、なんで毛利衛とコンサートがつながるのか?といいますと、そこには毛利さんの宇宙体験が絡んでくるのです。 未来館の公式HPでも紹介されておりますが、「宇宙空間でオーロラをくぐり抜けたとき、バッハと雅楽が同時に聞こえた。 ――毛利衛」 という体験をされたそうです。なぜ、バッハか、という小林康夫教授の解釈は公式ページを参照してもらうことにしまして、今回の企画はその映像を見ながら音楽を聞くことで、毛利さんの感じたことを追体験してみよう、という意欲的なイベントでした。 ・・・これ、本当に無料で入ってもいいのでしょうか?と思ってしまうほど充実した内容でした。 まず、毛利さんがハイビジョンで撮影した、東京と富士さんの映像から始まります。これは、前回の交流会でも見ましたが、毛利さんが月を撮影したところ、偶然にも同僚の宇宙飛行士が「東京が見えるよ」と教えてくれたことで撮影出来たものです。 その後、今回の企画の元になった、オーロラ。これはCGで毛利さんが体験した時の状況を再現したものですが、オーロラの中をスペースシャトルが通り抜けていくところを見ます。オーロラの中を通り抜ける、ということは滅多なことではできません。上空110キロメートル前後のところにできるわけですから、宇宙に出なければ、そんな体験はできないわけです。 最初は武久源造さんの演奏するバッハのシャコンヌ、次に雅楽の中村仁美さん、石川高さん、八木千暁さんが越天楽を演奏します。 途中に毛利さんや小林康夫教授のトーク、ゲストで須藤斎さんという北極の古い地層を分析して珪藻類を見つけ、分類しているという若い研究者の方を交えてのトーク。 最後に演奏者全員での即興演奏です。バックの大スクリーンには、毛利さんが撮ってきた地球の映像がずっと流されます。海や山、草原や砂漠が映し出される中、雅楽とチェンバロの響きが重なりあいます。雅楽奏者の3人は、前に据えられた小型モニターを見ながら。チェンバロの武久さんは目が不自由なので映像を見ながらの演奏ではないのですが、映像と非常にマッチしています(演奏後のコメントで、雅楽や会場の雰囲気と合わせて演奏したので、特に不都合はなかった、といった内容のものがあった、と思うのですが・・・・) これ一回で企画を終わらせるのは勿体ないですね。ライブ音源をCD化しても面白いと思いますよ。商品化しないのかな・・・。 これから何回か続けてみてもらうのも、聞きごたえがあるかもしれません。今回は毛利さんでしたが、宇宙の映像はまたいろいろありますから、それと音楽を合わせて、しかも即興で演奏してみる、というのはナカナカ他ではできないと思いますよ。 それに、おそらく、アートとしても非常に面白い試みであったと思いますし、非常に成功していると思います。たとえば、今後は「脳神経とジャズ」「DNAとサンバ」とか、科学と音楽のコラボレーションをしてみる、ということができるかもしれませんね。
2006.12.06
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 boomin編を更新いたしました。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.12.03
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東京都現代美術館で開催しておりました大竹伸朗展のイベント第三弾、大竹伸朗×湯浅学「歌謡曲相撲」に行ってきました。 この第二弾は大竹さんと脳科学者の茂木健一郎さんの対談(その様子は、こちらの記事)でしたが、とても面白かったので、また来てしまいました。 会場はほぼ埋まっており、壇上にはスピーカーやCDプレイヤー、ターンテーブルなどが所狭しと並んでおり、その横にはレコードが詰まった箱が2~3個。クリスマス用の電飾が瞬きながらスピーカーを彩っている中で、若大将・加山雄三の「僕のクリスマス」がかかっていたり、と始まる前から音楽が鳴り響き、会場を温めておりました。 時間になりますと大竹伸朗さんと湯浅学さんが入場して、本当は「歌謡相撲」ということで対決風な企画だったんだけど、そういうのは抜きにして、昔に聞いていた音楽をひたすら掛けていく、ということにしたと宣言です。 そこから終わりまで、スーダラ節などのメジャーモノから「そんなの知るか!」と言いたくなるようなマイナーなものまで、ぶっ続けでかけ続け、その合間に思い出話を挟んでいく、という感じの回でした。 当然、途中からぽろぽろと退場する人が出てくるのですが、まったくお構いなし。残っているひとは、かなりディープだなあ、と思いながら聞いておりました。 湯浅さんは「幻の名盤解放同盟」という昔の音楽的には面白かったが商業的に失敗してしまった音楽を集めて復刻する、という企画をやっておられるそうで、大竹さんも、その企画を通じて知った曲が多くあるそうです。その中からも何曲かかかっていました。 曲名は、どこかに控えてあったのですが、ちょっと今は見当たりません。出てきたら、そのなかから紹介しようかなぁ、と思いますけど・・・・
2006.12.02
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