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産経新聞のニュースサイトIZAによりますと、今秋は東京のいろんな有名ブランド店で美術の企画展が開催されているそうです。 記事ではルイ・ヴィトン六本木ヒルズ店、アニエスベー青山店、セリーヌONE表参道ブティックが紹介されておりますが、アニエスベーは、前から色々な企画展をやっていたように記憶していますが、ブランド店も無料でアートが見られる良いポイントかもしれません。 ブランドイメージを上げる為に、そういった美術展を店内で開催し、また来場者へ自社製品をアピールする、といったところでしょう。せっかく開いているのであれば、なるべく開催中に行ってみたいと思います。ただ、週末は混みそうですよね・・・ 他にも銀座の資生堂ギャラリー、ハウスオブシセイドウも入れていいと思います。こちらは、このブログでも何回か取り上げておりますが。
2006.09.29
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 boomin編を更新いたしました。 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.09.24
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もともと、高校時代に陶芸をやっていたこともあり、今でも陶器を見るのは好きな方です。といいますか、むしろ一番好きな美術のジャンルは陶芸かもしれません。やはり、自分がやってみたことのあるものの方が、より深く理解できる、ということがあると思います。どんなことでもそうかもしれませんが、自分でやってみて、それが如何に高度な作品であるかを再認識する、といいますかどうか。 ときましたのが、三井記念美術館で開催中の「開館一周年記念特別展 赤と黒の芸術 楽茶碗」です。初代の長次郎から、現代の15代樂吉左衞門さんまでの代々の茶碗が展示されております。 三越前で降りますと、正面に、新しく開発されたビルが立っております。日本橋三井タワーですね。中にはオフィスのほかにも、マンダリン・オリエンタルホテルが入っていたりと、なかなか綺麗なビルです。そこから美術館に入るのですが、中はシックで豪華です。それもそのはず、入口は三井タワーなのですが、美術館自体は隣接する別の建物、昭和初期に建てられた重要文化財「三井本館」にあるのです。古い建築を生かしながら、新しいビルに隣接させて、また新しい用途に活用する、非常に素晴らしい取り組みです。 この重厚な雰囲気、質感は、今の建築では見ることが少なくなりました。 さて、今回の展覧会のメインは、重要文化財の「黒楽茶碗 俊寛」「赤楽茶碗 無一物」「黒楽茶碗 大黒」(長次郎)です。どれも三井記念美術館のサイトに画像が載っていますので、御覧下さい。いままで、写真などでは見ていたのですが、実物を間近で見るのは、初めてでした。黒茶碗の色の深みは、宇宙的ですね。これは、立体物なので実物を見るのが一番いいと思います。 楽焼、楽茶碗は、ロクロを使いません。手とヘラをつかって造形し、比較的低温で焼かれます。もともと千利休との関係が深く、茶碗のほかにも花入れなどの茶道具が主に作られています。さすがに450年以上も続いている15代の歴史を見てみますと、歴代の当主に見られるのは、伝統の継承と、その苦悩です。作るための技法は、ほぼ同じであっても、いかに自分の色を出すか、ということに歴代の人は苦心しているようでした。 樂美術館のサイトには、歴代の作品の写真が一点ずつ紹介されておりますが、一人一人、どんなものを作ってきたかを見ますと、本当に個性豊かです。やわらかく作っていたり、すっとすっきり作ったり、荒々しくつくったり、いろいろな作風に挑戦してみたり、と伝統を踏まえた上で、自分の作風を確立していくのです。 陶芸の場合は、実物が残っているだけに厄介ですね。たとえば能楽であれば、近代になって映像が記録できるようになる前であれば、過去の名演を見る機会はないですし、絵画であれば色あせたりするかもしれない。でも、焼き物は絵画ほど劣化しませんから、巨匠の作品がほとんど無傷で伝えられているわけで、過去から学ぶこともできますが、そこから先祖と比べられるプレッシャーも多いのではないでしょうか。 現当主の15代樂吉左衞門さんの作品は、どことなくコンクリート打ちっぱなしの現代建築を思わせます。オブジェ的でもあり、建築物的でもある「現代作家」の作品です。ただし、きっと持った感じは暖かいのではないか、と見る限りは想像してしまうのですが・・・・こういう茶碗展は、手に持つことができないのが、仕方がないこととはいえ残念ですね。見るだけではなく、使うための作品なのですから。そういえば、着物姿の女性が多く、茶碗の話をしているところを見ると、茶道をやっていらっしゃって来ている方も多そうでした。 ここに来て見るまですっかり忘れていましたが。九代了入の作品が私のお気に入りでした。ばさっとヘラで削り取ってあり、けっこうモダンで大胆な感じがするのですね。展示されている茶碗を見て、「あ、高校時代好きだった楽茶碗って、了入だったな」と思い出しました。※「大黒」は10月24日より再度展示される予定です。
2006.09.24
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 主人編・boomin編を更新いたしました。主人編は「第114回 家賃が安い場所」です 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.09.19
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(書かないでいるうちに、先月に書くべき記事が放置状態でしたので、現在になって書いております。本当は8月23日です) グッドデザインプレゼンテーションとは、グッドデザイン賞にノミネートされた製品を展示する催し物で、展示と同時に審査を行い、グッドデザイン賞を決めるためのイベントです。今回は、初日に行くことにしました。 全体の雰囲気としては、昨年の記事とあまり変わらない印象でしたけど、今回はメーカーさんの担当者の方がいらっしゃるブースが多かったので、いろいろと話すことができました。たとえば、こちら。 家具メーカーのイトーキさんです。こちらのボードは、すべて有害化学物質が少なく、ひまわりや麦わらなどの天然素材を加工してできたボードなのです(参考URL)。見た目は普通の合板とあまり変わりはなく、成長するのに時間のかかる木材を使用するよりも、麦わらなどの一年草を材料にした方が、環境にもよさそうですね。頂いた名刺に、すべて点字が打ってあったのも好印象です。 あるいは、こちら。 徳島の双葉屋さんという家具屋さんの「光風霧月」という家具ですが、中にライトが仕込んであるので、透明なガラス器などを入れますと、きれいに障子へとライトアップされた影が現れます。取っ手に蜻蛉玉をあしらうなど、和風バーなどに合う感じですが、どれだけ受注がくるか・・・。ちなみにこちらの本体価格は78万円だそうです。読売広告社という広告代理店の人が作ってしまったカレンダーがありました。 広告というのは、日々めまぐるしく消費されていく商品を、いかに買ってもらえるかという形で世の中に流し続けるものなのですが、こちらの担当者の方は、そういった仕事だけではない、ということで、廃棄物をテーマにしたカレンダーを作ってしまったということです。その名も「もったいないカレンダー」みかんの皮を入浴剤に使う、など昔からのゴミをもう一度使うような「もったいない」をテーマにしたグラフィックに、使い終わった後はミシン目で切り離してメモ帳にできる、というアイデアです。 発想は面白いのですが、メモ帳として使う、などのアイデアはありきたりかもしれません(もうすでに家でカレンダーを切ってメモ帳にしている人もいらっしゃるでしょうし)。もうひとひねりが欲しいところですが、本来ならば消費者に大量消費してもらいたい広告会社の方が作ってしまう、というところがまた面白いですね。
2006.09.18
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あいにくの雨模様でしたが、村上隆さん主催のアートのお祭り「GEISAI」の10回目に行ってきました。前回に来た時には、ちょっと内容に比べて入場料が高いなあ、と思ってしまったため、今回は遅めに会場入りすることに。16時以降ですと入場料は1,500円から700円に値下がりするのです。16時になるのを待って入口に行きますと、「どうぞ入ってください」となりました。無料です。だいぶ得をしましたが、却って損をしました。 といいますのは、今回「GEISAI」は、早めに来て回った方が面白かったですね。というのも、今回の金賞などの作家さんは、どの方も「やり手」でした。特に金賞の「奈良エナミ」さんの絵は、光が特殊に滲んで見える、昔あったような窓ガラスから見たように、色が溶けだしたような色遣いで、そこに描写されているのは二人の人が取っ組み合っている風景です。 窓ガラス越しに見るような画像が、ひいては目を背けたくなるような昔の風景、思い出したくない過去の記憶を連想させるところは、「やり手」だと思いました。 他の作品も見どころが多く、前に着来た時より「これは何だろう」と思わせる作品が多かったように思います。 ただ、全般的にオタク的な欲望(ロリータやブルマなど)をさらけ出したような作品も多く、主催の村上隆さんや、カイカイキキの「Mr.」さんにつながる系譜を意識しているのでしょうが、新鮮みが薄れてきたように思います。オタク、ヘンタイから軸をずらしていかなければ、こういった作品は難しいのではないか、と思います。 もっと早く来て、「賞」が着く前に、自分で評価をしてみたかったですね。それで、仲間内で評価シートをつくって、誰が受賞するか賭ける、とか。1,500円をケチって、損をしました。 他にもメガネアイドルで有名な時東ぁみさんのライブ、ハルカリの二人がGEISAIで買ったアートについで喋るラジオ番組の公開録音、吉本の芸人さんのステージ、会場内にはレイザーラモンHGさんが何かの企画なのでしょう、回っておりました。アートに関心がなくても、他の目的で来て新しいアートの楽しみを発見できるような試みをしているようです。 ところで、このGEISAIですが、今回を持って終了となるようです。残念です。これだったら、また行くのになあ・・・・。
2006.09.17
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常設展「明日の神話完成への道」を見終わったあとの川崎市岡本太郎美術館。常設展以外の場所にも、岡本太郎の色々な作品が展示されております。会場自体も、ただの大きなハコではなく、曲がりくねっていたり、のぞいたスキマから作品が見られるなど、見る人が発見できるような高精になっていますね。また、岡本太郎の旺盛な創作力(絵画や彫刻だけではなく、椅子やグラスなどのデザイン、陶器、釣鐘(?)などの作品)を見ることができます。ナカナカ楽しい空間ですね 企画展の「ウルトラマン伝説展」です。タイトルだけ聞きますと、なにやらデパートの催し物広場で開催されているような雰囲気ですが、「美術館でやる意味」を考えている展示でした。展示を見ていくとわかるのですが、ウルトラマンの話というのは、その当時の社会問題が根底にある作品が多いのです。たとえば公害や科学の意味、経済優先主義などですね。ただの勧善懲悪にとどまらない、ヒューマニズムが込められているわけです。 ストーリーだけではなく、怪獣の造形も、ロシアアバンギャルドやバウハウスといったデザインの影響を受けていますし、怪獣の名前も「ダダ」といった美術用語からもってきたり、と美術には浅からぬ縁があるわけです。 実際に怪獣のぬいぐるみを作っていた高山良策さんという画家の方の絵画作品もいくつか展示されていました。絵画の方も海獣のようなおどろおどろしさの中に哀しみのあるものでした。この方はウルトラマン以外にも「怪獣王子」や「怪傑ライオン丸」といった作品の造形もしていたそうですが、怪獣にリアリティを持たせるために自然界の生物を参考にする一方、グロテスクな表現を避けてファンタジーの余地を残しつつ作品を作っていったそうです。 怪獣の造形や模型、各話の解説など、いかに大人が本気で持てるものすべてを投入して日本のテレビ特撮を切り開いていったのか、がわかります。ウルトラシリーズには、哲学がある(まあ、オタクには当然のことですけど)ということが、美術の面からも語られることによって、より鮮明にわかる展示だったとおもいます。 入るといきなりウルトラマンとレッドキングの戦っているジオラマ、会場内には各種の怪獣やウルトラマンの着ぐるみ、科学特捜隊のアイテムといった「お宝」が展示されています。これらを週一回の放送に使っていたわけですから、並々ならぬ労力ですね。しかも、ウルトラマン以降のように市場としてテレビ特撮が定着しているのであればある程度の売上は立ちますけど、この当時にはそういったものがあったのでしょうか・・・・。 よい意味で、作り手の理想と希望がつまったシリーズであることが分かりました。怪獣の造形なんかも、近くで見ると苦闘の跡が見えますね。テレビでおなじみのものや、見たことがあるもの、名前だけ知っているもの、どれも今のCGでは造形できないナマナマしさに溢れておりました。 意外なことに、岡本太郎自身もウルトラシリーズではないのですが、1956年の「宇宙人東京に現る」というSF映画にでてくる宇宙人(パイラ人)をデザインしていることです。星かヒトデのような着ぐるみの中央に、大きな目があいています。中に入った人間の手足と頭がヒトデの手の位置にくるんですね。ウルトラマンのようなリアル系の路線ではなく、どちらかというと漫画的。しかもただ手の部分があるのではなく、その角が絞り気味に、先の方にいくほどすぼまっているのです。これは、岡本太郎の造形感覚なんでしょうね。宇宙人というより、怪人です。 この映画では他にもロケットや円盤、宇宙ステーションまでデザインしたらしいのですが、本当に多才な方ですねぇ。 では、今日はこのへんで。 フォフォフォフォフォフォ・・・・・・・
2006.09.17
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川崎市岡本太郎美術館です。この周辺は、なぜかPHSが入りにくいわけで・・・森の中なので仕方がないのですが、ちょっと不便です。ケータイは大丈夫なのですが。 駅から遠いのはご愛嬌。でも、森の中で子供が遊んでいるのを見ますと、都会でもこういう公園の周りは住みやすいのかな、と思いました(もっとも、虫は多いと思いますけど)で、今回はその子供にいつでも大人気な「ウルトラマン」と「岡本太郎」の2本立てです。始めは岡本太郎から。 先月の末まで汐留にある日本テレビ本社前で公開されていました「明日の神話」という壁画があります。この公開に合わせて、川崎市岡本太郎美術館では「明日の神話完成への道」という企画展を開いています。 内容は、この「明日の神話」の原画と当時の事情を紹介したパネルですが、何といっても原画を見られることが、この企画展のメインであろうと思います。岡本太郎デザインの椅子に座りながら原画を見ます。 この原画自体も、壁一面を使うほど大きなものなのですが、細かいポイントをよく見ていきますと、若干違う個所が存在します。そのポイントはどこか。 間違い探しのように探してみてください。もし、本当に「明日の神話」が好きな人なら「あっ、ここが違う!」というポイントを、壁画本体の写真を見ずに発見できると思います。あ、こういうつもりで太郎さんは原画を描いたけれども、こういう風に本番で変更したのね、と。私は、その修正は、なるほど、と思いました。差異はぱっと見て2つ、詳細に見ればもっと沢山見つけられるかもしれませんね。 壁画の方から受けた感じとは、やはり違います。壁画は、たとえば中央のガイコツの白い部分が盛り上げられていたり、質感が違いますし、割れた部分を修復しているところもあります。 その点、油絵なので全体の印象は原画のほうがあっさりしていると言えるかもしれません。それでも同時に展示されている時代背景や メキシコの祭りで使われているガイコツの張りぼてなど、そのモチーフ、どういった経緯で、どう描かれたのか、という部分についてもパネルを見ながら、違った角度で「明日の神話」を見る機会になるのかな、と思います。
2006.09.17
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 主人編・boomin編を更新いたしました。主人編は「第113回 焼き畑農業的マンション」です 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.09.11
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竹橋の東京国立近代美術館で開催されている「モダンパラダイス展」です。 岡山県倉敷市にあります大原美術館と近代美術館のコラボレーションで、両館の近代絵画を合わせることで、モダンなアートの魅力と可能性を掘り下げていく、というのが今回の展示です。 なにぶんどちらの所蔵品も見る機会の多い有名な作品ばかりですので、あまり美術に詳しくない方でも、美術の時間なんかでもおなじみの作品に会えるかもしれませんね。しかもゴーギャン、モネ、ピカソなど世界の巨匠の作品も置いてありますし。 全体的に、モダンと一口にいっても、こんなにさまざまな表現手法があったんだな、と改めて思わせてくれる展示でした。まあ、作品の制作年の幅も150年ほどあるので当然と言えば当然ですけど、テーマも多様なら表現手法も多様。日本画、印象派、キュビズムからアクションペインティング、写真作品に至るまで、ここ100年って、こんなにもたくさんの手法が開発されてきたのね、と思わせます。 また、作品の対比がされている部分も大変面白い。特に「第2章 まさぐる手・もだえる空間」にて展示されていた、横山操の「塔」とピエール・スラージュの「絵画」。 横山のは谷中天王寺の五重塔が燃えてしまって黒くて太い骨組みだけになってしまったさまを描いたものなのですが、その太い線がとても力強いのです。ガンガンと立っている。屋根が二つに折れているのに、骨組みだけが、黒くて異様に頑丈に立っているのです。 その一方、スラージュの作品は、黒い絵具で表面を埋めただけのものですが、その黒い面の構成が大変面白い。太いハケでパッパと塗ってしまった感じですけど、それが横山の黒く焼け焦げた柱と妙に対応するのです。まるで横山の拡大図かと思われるほどに。 この2つの絵画が並べて展示されているのですが、片方は具象で片方は抽象。なのに不思議と同じような空気と画面が表されているのです。これが「もだえる空間」なのでしょうか。 そして、やなぎみわさんなどの現代作家の作品も入っているわけで、モダンは今も続いているのですね。こうやって見ますと、まさにアーティスト個人個人が、自分のパラダイスを追い求め、画風を作っていったわけで、それがその時代と呼応したり、洋の東西(主に日本が西洋から、ですが)呼応して、芸術を作ってきたんだなあ、と思いました。 しかし、モダンパラダイスというネーミングは良いですね。しかも、会場の5番目のセクションも「楽園(パラダイス)へ」と対応させている。パラダイスと名付けることで、この展覧会の豊潤さが表されていると思います。いかめしくなく、適度に丸みも出てきますし。
2006.09.10
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また東京都写真美術館の階を下がっていきますと、「ポスト・デジグラフィ」展です。あまり聞きなれない言葉ですが、デジタルとグラフィックの融合、といったところでしょうか。内容としては「フィルムとデジタル」や「デジタルコンテンツ」をテーマに、現代までのデジタル表現の動向を探る、といったところでしょうか。 毎年行われる「文化庁メディア芸術祭」や、初台のインターコミュニケーションセンターなどのメディアアートに興味のある方でしたら面白いと思いますが、基本的には刺激が少ない展示ではあると思います。その証拠に、あれだけ押すな押すなの中村征夫展が開催中にも関わらず、かなり閑散としておりました。 中には、歴代のメディア芸術祭の受賞作品やさまざまなグラフィック作品が展示されてありますし、いろいろなエポックメイキングな書籍も展示されておりますが、あまり興味のない人に対しても面白いかどうか・・・・。間口はちょっと狭い感じがしました。 ただ、この地下一階の展示室は入口の周辺に作品が展示されておりますので、それにフィーリングが合えば、かなり楽しめると思いますよ。しかも、その入口周辺は入場料が必要ありませんので、お近くにいらっしゃったときは覗いてみてはいかがでしょうか。 新しいアートに触れられるいい機会かも知れません。
2006.09.09
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3階の「報道写真50周年記念展」から一階下がりますと、今度は海の中。そう、「中村征夫写真展 海中2万7000時間の旅」展です。 中に入りますと、水中写真家の中村征夫さんが世界中の海で撮ってきたさまざまな海中の写真を見ることができます。・・・ん?何か聞いたことのある声と魚の話が会場内からしてきました。 そう、「さかなクン」が会場にいらして、しかも隣には中村さん。さかなクンの口からほとばしる魚への愛と蘊蓄は、ちょっとした鑑賞ツアーのようになってしまい、私も後ろからちらちらと聞きながら見ることができました。美術・芸術的な見方も良いですが、こういった自然が相手の話ですと、その被写体である魚の習性を知ることで、また違った見方ができるところが良いですね。 展覧会の最初の方の作品は、まあよく見かけるような水中写真が多いのですが、会場を先に進んでいくにつれて、よりダイナミックであったり私芸術的な光景であったり、環境破壊の進む海であったり、より深みのある展示になっていきます。最初は、ただ珍しくて美しい海の光景から、徐々に深層へと進んでゆく展示は素晴らしい構成でした。 個人的に記憶に残っているのは、東京湾の海中と、最後のモノクロ写真のセクションでしょうか。東京湾の写真のなかには、帰化生物や人工物を利用している海中生物の逞しさを感じましたし、最後のセクションのモノクロ写真は、どれも非常に芸術的であり、単なる海洋生物の写真を超えた深みのある作品でありました。 特に大きくプリントされていたクジラの写真は圧巻でしたね。浮上する一瞬を海中から捉えたものでしたが、クジラの雄大さが見事に表されておりました。 おそらく、この写真展は子供からお年寄りまで、普段美術館に行ったことのない人からコアな美術ファンまで楽しめるものだと思います。動物写真は誰にでも人気はありますし、間口も深く奥行きもある内容でした。
2006.09.09
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恵比寿の東京都写真美術館で開催中であったのが、「世界報道写真50周年記念展 絶望と希望の半世紀」展です。世界報道写真展2006については以前にレポートしておりますので、参考までに。 今回の展覧会は、それの50周年のベストセレクションです。詳しい出展の内容などは、写真美術館のウェブサイトをご確認ください。現在、世界中を巡回している展覧会ですが、写真博物館では、それに加えて日本のグラフ誌を加えて展示してあります。 この内容は・・・・非常に重い。どこに希望がある、というぐらい重い内容でした。世界各地で繰り広げられる戦争。今の今まで、ちっとも変わらない現実を見ると、本当に無力感に捕らわれてしまいます。とは言っても、これだけ悲惨な出来事があっても世界の人口は増える一方だったのですから、人間とは逞しい生き物だとみるか、それとも少しはこういった事件から学んでいるからこそ、大勢の人が不幸な境遇で死なずにすんだと見るかは別ですが。ベトナム戦争からさまざまな内戦まで、受賞している作品のほとんどが戦争など人の生死に関わる写真だったと思います。 もちろん戦乱ばかりではなく、有名人の写真や、なかでもアメリカに影響力を持つ人々を撮った写真ではブッシュ父やラムズフェルド長官、ワシントンポストのキャサリン・グラハムなどが若い。ジョン・レノンなどのセレブ、ケネディ大統領の暗殺シーンなど、前世紀の有名な場面などの展示もありました。 そして最後に控えるのが、イラクの刑務所で起きた米軍の虐待写真。これは、あえて携帯電話のスクリーンに映して展示してありました。 つまり、以前であればカメラをもったプロのカメラマンが取材をし、それをグラフ誌に載せるというのが報道写真の流通法だったのですが、いまやほとんどの人がカメラ付携帯を持つことで、だれもが報道写真家と呼べるぐらいまでカメラが普及しました。そして、写真や動画であれば、すぐにネットに配信することで、もしかすると従来のメディアに比べればスピードも規模も違う形で写真を流通させることも、理論的には可能です。 考えてみればわかるとおり、報道写真家がいくら居ても、カメラ付携帯をもった何万人の撮った写真とは報道の速度では追いつくことはできないでしょう。だからこそ、いかにテーマ性を持ち、より事件の本質に迫った写真を撮れるか、が報道写真家に課せられた使命なのでしょう・・・・。
2006.09.09
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boominと私、紺洲堂で運営するCONS@WORLDにて、「紺洲堂通信 主人編・boomin編を更新いたしました。主人編は「第113回 焼き畑農業的マンション」です 「紺洲堂の文化的生活」ともども、よろしくお願いいたします。
2006.09.04
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久しぶりに横浜にて、このブログで何度も紹介しておりますCONS@WORLDを共同運営しているboominと会うことができました。ミーティングの内容は・・・第10回文化庁メディア芸術祭に応募する作品の内容についてです。見ているだけじゃ飽き足らず、ついに応募してしまおう、という次第。どうなるかは分かりませんが、とりあえず作品を作って送ってみようと思います。 さて、ミーティング場所のスターバックスに向かう途中に発見したのが、このポスト。 周りの色に合わせて灰色なのですが・・・。まあ、あんまり珍しくないですよね。どこか他の場所にもあるはずです。 しかし、赤色じゃなくて大丈夫かな・・・・ちょっと保護色になってしまって、普通の人が見過ごさないか心配です・・・。事実、私もboominに教えてもらうまで、気がつきませんでした。
2006.09.03
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今回、初めて川崎市民ミュージアムまで行きましたが、中を見てびっくりしました。料金を払って中に入りますと、すぐに「逍遥展示空間」と題されたホール的空間が広がっていて、中に大きな美術作品がドーンと何個も置いてあるのです。なんだ、この舞台的な、しかも何も使ってない贅沢な空間は! 全体的に、お金が余っていた時代に、勢いで立派なものを作ってしまった空気が感じられますが、不思議とうらぶれた感じがしないのは、企画展を開いて努力してお客さんを呼んでいるからでしょうか。また、同時開催のコレクション展でフランスのポスター、日本の写真作品を展示していたりしますので、けっこう楽しめるかもしれませんね。 名取洋之助は、戦前・戦中・戦後に活躍した写真家で編集者、アートディレクターです。戦前にドイツへ渡り、現地の雑誌社と契約して報道写真や日本の写真を撮っていたのですが、帰国後に立ち上げた「日本工房」で対外宣伝グラフ誌「NIPPON」を創刊しました。このNIPPONを中心に名取洋之助と日本工房についてを取り上げたのが、この「名取洋之助と日本工房展」です。 日本工房では、のちに日本の写真やデザイン界をリードしたような土門拳や木村伊兵衛、亀倉雄策といった人材を輩出しております。 そういった人材を鍛えて、日本を海外に紹介する世界標準の雑誌を作っていったというところに、この日本工房の意義があったようです。先進国であったドイツで修業してきた名取の要求レベルに、日本の印刷技術がついていけなかったおかげで、試行錯誤してどうにか印刷をしていたり、などの苦労を経て、当時の日本の伝統文化、日常や工業、はては軍隊といった風景を海外に紹介していきます。 創刊当初は、日本の繊維工場やコンクリ製のアパートなど、工業化された日本とか、柔道や剣道、弓道から歌舞伎、昔話など伝統文化の息づく日本を紹介していきます。どれも、後進国と思われていた日本でも先端工業があるという風景と、その一方で伝統も守っているという風景が同列で扱われております。 この雑誌のトーン、どこかで似たものを感じたな、と思い出したのが藤田嗣治展で、藤田が帰国後に撮った映画ですね。近代美術館での展示で、映像が流されておりましたが、日本の田舎の日常といいますか、子供が遊んでいる風景なんかを映画に撮っている。それと同じような「海外に伝えるべき日本」を、現地で修業してきた日本人が作っているというところに、どこか同じような目線を感じたのかもしれません。 あるいは、特集号では満州や朝鮮などの植民地を紹介するものを編んでいきます。 ただ、だんだんと戦争が厳しくなりますと、中国向けプロパガンダ色の入った雑誌「シャンハイ」を発行するなど、「お国のため」という姿勢が明確になっていきます。この辺りは、当時のアメリカ雑誌「ライフ」が、有名な爆撃された駅で泣き叫ぶ赤ん坊の写真を取り上げたことで対日感情が悪化したことを鑑みて、日本工房が対外宣伝をして日本の地位を上げようと努力しつつあったことも影響しています。どの時代でもプロパガンダ戦といいますか、自国の立場を有利に運ぶための宣伝は欠かせません。 (現代でも、こういった例には事欠きませんし)しかし、その日本工房も途中から体力がなくなり、印刷工場も都市爆撃されたりということで発行できなくなる展開は、まさに太平洋戦争中の日本を体現しています。 少なくとも、当時から対外宣伝の重要性を知っていた人物が、国益のために自ら旗を振って世界レベルの雑誌を発行しようとした、その心意気は大したものです。何かと自国の立場を国際社会に認めてもらうためのアピール音痴の日本ですが、こういった試みが過去にあったということは、もっと評価してもいいかもしれませんね。 この雑誌を見ますと、当時どんな人が読んでいたのかなあ、と疑問に思いました。というのも、日本のことを知りたい人で、こういった本を喜んで読んでいた人はいたと思うのですが、何も知らない人とかに対して、日本はすごいと思わせられるかどうか・・・・。当時、日本の一流の人材を集めたこの雑誌がどう欧米で受け入れられたのか、あるいは無視されたのか、は知りたかったです。 無視されていたり、単なる日本の自己満足で終わっていたら悲しい・・・。 名取洋之助と日本工房
2006.09.02
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