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『神よ、裸になれない私の罪を許したまへ』アイドルグループの一人が深夜の東京の公園で泥酔して裸になった事件?がどこへ行っても話題になっている。裸を恥じるのは不思議なことだ。モラルは社会的な条件付けで、人種や時代が変わればモラルも変わる。しかし性器を恥ずかしがるのは、人種や時代に関係なく普遍的な現象である。アマゾンの奥地で暮らす、文明に触れたことも無いような原始的な人々がほとんど裸同然の姿でありながら、性器だけは何らかの物で覆い隠しているのをなんどもテレビ等で見たことがある。旧約聖書のアダムとイブがエデンの園を追放された失楽園の神話それによると人は神の掟を破って禁断の果実を食べたときから性器に恥ずかしさを覚えるようになった経緯が記されている。神の掟を犯す以前の人間には性器を恥ずかしく感じることが無かったのだ。性器を恥じるのは、罪の結果と言っても間違いではないだろう。裸を恥じる(性器の露出)は人間として当然だと思われているがその常識を疑ってみると、人間が内包している根源的な問題の核心が見えてくるかも。以前、私は北海道のとある場所にある極秘の温泉に入りに行ったことがあった。そこは少し小高い場所にあって、視界に入る物は樹海の様な木々の緑と青い空と白い雲だけだった。そこは道民にもほとんど知る人がいない温泉で、まず人が来ることがないので私は安心して全裸になった。そのときの気持ちの良さは、それ以前もそれ以降も味わったことの無いものだった。全身の毛穴すべてが呼吸しているかの様な圧倒的な開放感があった。その時、私はいかに人間というのは、実際の服装だけじゃなくて精神的な目に見えない「鎧」を纏って武装して生きているものだと実感した。服も精神的な鎧も脱ぎ捨てたとき、初めてほんとうに生きてることを実感出来た。ストレスが溜まって泥酔したときに裸になりたい人間の気持ちが判る気がする。土曜日曜と、パソコンに不具合が出ていたのでOSの再インストールをしていた。日曜の今日は各設定やカスタマイズをやっていて、一歩も外に出なかった。窓の外は季節外れの吹雪だった。こんな日はアレだ「猫はこたつで丸くなる」だね(=・ェ・=)
2009.04.26
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am04:50今朝の気温は3度、水たまりの表面がうっすらと氷って見えた。今の時期は晩秋に似ている枯れていて、寒い。これから繁殖していく春と、これから枯れていく晩秋は正反対だけどこの時間は春の実感よりは晩秋のうすら寂しさを感じる。近所のおしゃべり雀さんカワイイな(´・∀・`)邪心の無い生き物はほんと、カワイイ。人間にストレス感じると、つくづくそう思う。
2009.04.24
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(CNN) 米航空宇宙局(NASA)の元宇宙飛行士エドガー・ミッチェルさんが20日、メリーランド州で開かれたUFOマニアの祭典「Xカンファレンス」で、「地球外生命体は存在する」と断言した。ミッチェルさんは1971年にアポロ14号で月に着陸した宇宙飛行士。Xカンファレンス後の記者会見で、米政府などは事実を隠していると主張し、「宇宙にいるのは我々だけではない。我々は惑星社会の一員になるべく運命付けられている。自分たちの惑星を超え、太陽系を超えて、外の世界の現実を見出さなければならない」と熱弁した。ミッチェルさんが育ったニューメキシコ州ロズウェルは、1947年にUFOが墜落したとの説が伝わる地。「住民は軍当局から、見聞きしたことを話してはならないと口止めされ」、もし話せば「恐ろしい結果を招く」と警告されているとミッチェルさんは言う。しかし「住民は秘密を抱えたまま死にたくないと考え、打ち明けられる相手を探していた。私が地元出身で月に行った人間であることから、信頼できると考えてその話を打ち明けてくれた」という。ミッチェルさんによれば、10年ほど前に国防総省と面会の約束を取り付け、統合参謀本部の司令官がロズウェル事件の真相について調べてくれると約束した。UFO墜落説は「確認された」が、それ以上詳しく調べることはできなかったという。この司令官は今ではUFO説を否定しているというが、「我々が(宇宙からの)訪問を受けているのは間違いない。我々の住む宇宙は、現時点で知らされているよりもはるかに驚異に満ち、エキサイティングで複雑かつ広大だ」とミッチェルさん。NASA広報は20日、「NASAはUFOの追跡は行っておらず、当惑星においても別の場所においても、地球外生命体について一切隠し事はしていない」と話した。↑泥棒に「お前、泥棒だろ?」と質問して「ハイ、私は泥棒です」と答える泥棒はいないだろ
2009.04.22
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今日、釧路町のスポーツ店デポとゼビオスポーツへ行ってアウトドアコーナーを視察して歩いた。最初はデポだった。今年のデポのアウトドアコーナーは去年と比べて充実している感じを受けた。まずは防水剤をカゴに入れた。そして小物類のコーナーへ行って見ているとあるモノが目に入った。それは『シルバコンパス75周年記念限定モデル』であった。この限定モデルの存在はネットで見て知っていたがコンパスはすでに所有しているので、さらにこれを買う必要は無いだろうと内心欲しかったけど見なかった事にして忘れていたのだった。それが今、目の前にある(。。;)・・・・私は金縛りにあったようにその場を動けなくなったそして内面の攻防が始まった(゚д゚)こっこれは、あのシルバコンパス75周年記念限定モデルじゃないか!レア物だ!(,,・∀・)でももう、コンパス持っているじゃないか、必要無いよ。(゚д゚)このコンパス、針のNの部分が夜光になっているぞ! 今持っているコンパスは夜光じゃないじゃないか 夜だって使えるんだぞ、コレは!(,,・∀・)基本的に夜間行動はしないじゃないか、だから必要無いよ。 だいたいにして、いつ登山行くんだよ。(゚д゚)いつか行くんだよ! このコンパスが、遭難からお前を救うかも知れないんだぞ!(,,・∀・)遭難って言ったって・・(゚д゚)それにな、これは買っておいても損はないぞ! ネット通販の在庫が無くなった頃にヤフオクに出すと高く売れるぞ!(,,・∀・) ・・・・(゚д゚)早くカゴに入れろ!それが最後の一個なんだぞ! 限定モデルなんだ、今買わないと後で買えないんだぞ! 限定モデルなんだ!!!そうだね、これは限定モデルなんだ( ゚∀゚)人(゚∀゚ )買うっきゃないだろ!結局買った・・・ ̄∀ ̄)限定モデルってセリフには抗し難かった。そのあとゼビオスポーツへ行った。ゼビオの品揃えは昨年と大差はない感じだったがこれ↓が目に入ったTHE NORTH FACEの防水バック折りたたむととてもコンパクト!そして軽い!しかし値段は軽くない^^;またもや内心の葛藤が始まった(゚д゚)なにこの軽さ!このサイズでこの軽さ!! 日帰り登山に使うディナのオプションバックの中に入れて 雨が降ったときなんかに濡らしたくない物を入れるのに使えるじゃないか!(,,・∀・)防水袋なんて、大きめのレジ袋で十分じゃないか・・・(゚д゚)なに言ってんだ!今はレジ袋は有料なんだぞ! 金出して買ったって、すぐに穴開いて破れるし コレなら一度買えばずっと使えるんだぞ! 手に持ってみろ!この軽さ、スゲーだろ!さあ!カゴに入れろ!!そうだね、一度買えばずっと使えるんだね( ゚∀゚)人(゚∀゚ )買うっきゃないだろ!なんだ、この感覚は・・・欲しい物を買ったからうれしいのか?財布の中身がスッカラカンになったからガッカリなのか?わけの判らない放心状態で、私は店を後にしたのだった・・・・最近、お金使い過ぎ。( ▽ ;) 散財・・バンザイ・・・・・・・ 『サタンの誘惑』 終わり
2009.04.20
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一万五千円分のJCBギフトカードを貰った。その使い道、最初は毎日持ち歩いているバックがボロくなってきたのでバックを新調するか、毎日の足となっている自転車を新しくするかそのどちらかと考えていたが、結局は以前から読みたかった本を買うことにした。市内春採のコーチャンフォーのホームページから検索して欲しい本が全部在庫無しになっていたので、ネットから注文したのだった。10日ほどで入荷らしい。昔、市内の書店に取り寄せ注文したら一ヶ月はかかったものだけど早くなった(Amazonから買うなら三日で届くが)。で、入荷したので今日春採まで自転車を走らせて本を取りに行くことになった。今の家に引っ越してからは一度もコーチャンフォーへ行っていなかったけど。ついでにラッコのくぅちゃんを見に行くことにしたのだが・・・・朝の釧路川そこには誰も居なかった。見物人も、警備員も、くぅちゃんも。また帰りに寄ってみることにしてコーチャンフォーへ向かった。注文していた六冊アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾ニルヴァーナのプロセスとテクニック 自己喪失の体験真気の入れ方と邪気の抜き方―色彩・言葉・形が気を動かす気功革命―癒す力を呼び覚ます 上記の六冊の他「ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる」も買う。計七冊をJCBギフトカード全部と出た分を現金で支払った。久しぶりの店内を適度に見て歩き、その後は自転車に乗って釧路川に戻った。しかし、くぅちゃんの姿は見えなかった。長玉(望遠レンズ)をつけたカメラを持った二人のオジサンがぼんやりと川面を見ている姿だけだった。最初はくぅちゃんはもう、釧路川には居ないんだと思ったけどこれらのオジサンが居るってことは、くぅちゃんはまだ釧路川に居るのかも知れない。この次、いつ私がここまで来るのか判らなかったから、ちょっと残念。これだけ本を買ったら、しばらくは本の買い物無いだろうな?
2009.04.17
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寝汗をかいて夜中に目が覚めた。シュラフの中が汗でベトベトになって気持ちが悪いのでサイドジッパーを開けて裏返して布団みたいにして身体の上にかけたこれなら朝までに乾くだろう。今回は化繊のTシャツと薄手のスキーセーターとパンツだけで寝ていた。シュラフはシュラフカバーやシュラフシーツなどは無しで冬用のシュラフひとつだけで眠っていたのだが。茅沼の真夜中は眠ってはいなかった。鹿が雄叫びを上げて走り回り、湖の白鳥の群は一晩中「グエグエ、グワグワ」とおしゃべりを続けている。賑やかだ。今度は寒くて目が覚めた。まだ夜は終わっていない。ズボンと靴下を着用して、シュラフのサイドジッパーを閉じて寝た。次に目が覚めたときは外が白み始めていた。午前4時だった。テントの中の気温は2.5度外は2度だった。4時半になると外に出て日課の気功の修行をやった。( ゚Д゚)・・・・・テント干してから帰りたかったんだけどナ。どんよりと曇ってしかも靄っている。東の方角はほんの少しだけ、太陽の色が見え隠れしていたが。南の釧路市の方角はガスっている。釧路はガスっているのかもしれない。テントに入ってある程度まで装備をザックに入れて、それから朝食にしたが今朝のドラゴンフライの調子がおかしい、プレヒート五回目でようやく成功だ。今朝のメニューはレトルトの昆布カレー。キャンプでレトルトカレーを食べるのは肉食を止めて以来だ。(ほとんどのレトルトカレーは肉入りだったので)デジカメのレンズが結露で曇って、デビット・ハミルトンのヌード写真のように美しいソフトフォーカスになっているな、この画像は。これじゃあどんなカレーだったのかが判らないこれを提供してくれたyに見せるためにも、結露が乾くまで待つべきだったけど待ちきれないので食べた。意外とスパイシーで辛いカレーだった。メインがキノコ類と昆布で出来ていた。レンズが乾いたので撮った。この様に昆布巻きみたいな太い昆布がゴロゴロと入っていたのだ。私はもっと細かい昆布が入っているのかと思っていたけど。でも美味しかったよ。天気が悪くてテントを干せそうもなかったので、食後すぐに撤収することにした。この黒土の空き地、以前はどーなっていたのかが思い出せない。ここは茅沼駅の周辺なんだけど。am09:19の釧路方面行きの列車に乗るのだ。それにしても寒々している。手元の温度計は7度。昨日は25度だったのに、でもこれが正常なんだ、昨日が異常だったのだ。列車が来るまでけっこう時間があったので暇だ・・・。『タンチョウの来る駅』って書いてある。これ、ほんと。駅の前のまだなにも生えていない畑と駅敷地の境界線に一羽の丹頂鶴が。なにか食べる物でもあるのか、地面を突いていた。JR北海道の謎の生物キャラ。動物なのか?それとも雪男?今回のキャンプはなぜか疲れた。いつもなら自然からエネルギーを貰って元気になるのに。蚊の大群と、最大39度の温度落差のせいだと思う。しかも寝汗をかいて、それがこんどは冷えたものだからちょっと風邪気味になったかも?けっして、年だからとか、そんなのが理由だなんてことは無いと明記してこれで今年最初のキャンプの記録を終えるφ(-ω-) お終い
2009.04.14
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長かった北海道の冬が終わって今日が今年最初のキャンプ。去年の今頃はは持病(脊柱側湾症)の状態が悪くて空のザックを背負っただけで激痛で直立することが出来なかった。それで、キャンプは秋になって持病が改善されるまではお預けだった。それが今年は春から動けるのだから、ラッキーさ。まだ観光シーズン前だからか、釧路駅は閑散としていた。am09:05発快速しれとこに乗るため、改札を抜けてホームに出ると駅弁売りのおじさんが店終いしてた。列車の中もガラガラその僅かの乗客はほぼ旅行者みたいだ。薄汚れた車窓から見た釧路川まだ緑が見あたらない、モノトーンでぼんやりした世界。旅行者たちが釧路湿原の景色をカメラで撮っているとき一人旅のおばあちゃんはひとり折り紙をしていた。am09:44茅沼駅に降りた駅前の景色が、どこか違っているような気がする。前回来たのが去年のクリスマスイブだったけど・・・・。こんなオブジェ、以前は無かったはずだけど?それにしても暑い、手元の温度計は25度に達しようとしている。4月中旬の北海道で25度は異常だな(;´Д`A ```まだキャンプ場は営業していない。今回も前回に続き、シラルトロ湖側の旧キャンプ場跡地にテントを張る。それにしても私は、ここで異常な光景を見たのだ。テントにもザックにも私の身体にも、蚊の大群がとまっているのだ!ΣΣΣ(゚ω゚;)私は長年シラルトロ湖でキャンプをしてきたけど、4月に蚊を見た覚えが無い。この蚊の大群の有様は、まるで9月のようだった。9月にここでキャンプをすると、蚊の多さがハンパ無い。この暑さといい、蚊の大群といい、季節感が判らなくなってきた。4月は一年で最も日向のテントの中が気持ちのいい季節。外は肌寒くてもテントの中は適度に暖かで、そんなテントの中でのんびりと本を読むのが楽しみなのだが・・・・今日のテントの中は灼熱地獄と化している。41度ある!41度!!体温よりも熱い!おかしい、絶対今日はおかしいぞ!!(゚∀゚;) お昼になった。今日のお昼のおかずは地元、北海道厚岸産のさんま丼。地元スーパーで見かけて、これが常温保存が出来るので今回のキャンプの食事に選んだのだが、熱湯に5分とある。ご飯はレトルトの玄米で、これは15分熱湯に入れていなければならない。さて、どこで調理するか?外でやれば蚊の大群に襲われるテントの中はただでさえ灼熱地獄なのだが・・・。蚊は嫌だし、食べないわけにもいかないので覚悟を決めて全裸になってテントの中でガソリンストーブを使って加熱調理した(危険なのでマネしないで下さい!)。滝の汗を流すサウナ状態でやっと出来たお昼の食事。しかしこの時、テントの中に浸入していた蚊を外に追い出すために手で蚊を払ったら、それがヒットしてしまったのか蚊がさんま丼の上に落ちてしまった。その蚊をつまみ上げるとさんまに蚊のワインレッドの血が・・Σ(゚д゚lll)変な病気を持っていたらヤバイし、かなり広範囲を捨てました(涙)。味はかなり微妙だった。キャンプのさんまといえば、さんまの蒲焼き缶詰が定番だけどさんま丼がさんまの蒲焼き缶詰よりも美味しかったかといえばYesとは言えないな。お昼を食べ終わると、温泉道具をナップサックに入れて外に出た。それは、もちろん『猫の巣窟』へ行くためである。だが、我々取材班は実に驚くべきショッキングな光景を目の当たりにした。猫の巣窟が、壁もドアも窓も取り払われて、ただの東屋になっていたのだ!猫たちはどーしたのだろうかと、辺りを調査すると、居ました。今は無き猫の巣窟の近くに一匹の猫が。更に周辺を調査すると、所々に猫の餌入れと思われる容器が置いてあった。そして新たな『猫の巣窟』と思われる場所を見つけた。この古いモンゴルパオが新しい猫の巣窟かと思われる。右から二つ目の窓の下の板が外されていて、下には出入りのためのステップも用意されている。他にも猫を見つけた。爪研ぎしている。この猫はイケズ猫と命名した。愛嬌たっぷりで、触れそうだけど触らせてくれないから。タマ猫も健在だった。でも去年のクリスマスイブに見たときよりもかなり痩せていた。元気だったけど、冬を越すのが厳しかったのかな。他にも4匹ほど猫を見かけた。他の猫たちはどこかへ遊びに行っているのだろうか?猫と遊んだ後は温泉に入った。終始完全貸し切り状態であった。温泉を出て、休憩座敷に上がったけどここにも誰一人来ることは無かった。最初から最後まで、今日は人気のない一日だった。まだ日没まで二時間ほどあったけど、テントに戻ってシュラフに入った。 つづく
2009.04.13
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『どうして体から離れたとたんに汚くなるの?フケとか爪とか・・・。ねぇ。』昨日読んだブログで発せられていた問いです。いまだかつて、このような問いを発した人があっただろうか?宗教の世界で、スピリチュアルな世界で、神秘学の世界でこのような問いを聞いたことがあったろうか?私は初めてだった。本人は無自覚かも知れないけど、とてつもなく重要な問いだ。「汚い」があたりまえで、それ以上は思考が進まないのが普通でしょう。なぜこの問いが発せられたかについてはリンク先のブログを読んで下さい。フケやウンチや小便などの汚物とされている物が身体の中に在るとき、人はそれを汚いと思うだろうか?ほとんどの人は、それを汚いと意識していないのではなかろうか?何故だろう?それは、それらが自分の一部であるからだろう。ところがそれが身体の外に出て、いちど自分から離れた物になるととたんに汚物として意識する。何故だろう?それは、自分じゃないから。もうそれは自分の一部じゃなくなったからだ。般若心経には「空(くう)には浄も不浄も無い」というくだりがある。『空』には、主体も客体も無い。自分と、自分じゃないものの存在しない世界だ。だから浄も不浄も無いのかもしれない。旧約聖書にあるアダムとイブの神話。エデンの園で暮らしていたアダムとイブが、蛇にそそのかされて神に決して食べてはいけないと言われていた禁断の果実を食べてしまい神の怒りを買って、楽園を追放される話。神に禁じられていた果実とは「知恵」の木の実だった。これを食べた二人は世界を知った。しかし二人は、恥ずかしくて互いに性器をイチジクの葉で覆い隠した。禁断の果実を食べて得た知恵とは「分別知」だったのだ。分別知を得た二人は自分の外に世界があることを知ったが同時に、それらが自分とは違った別のモノだと意識するようになったのだ。だからお互いの身体の中で最も違う場所「性器」が恥ずかしくてたまらなくなった。それは互いを違う別々のモノだと意識させるから。そしてそれが『原罪』の真相。すべてが一つだったら、分裂してなかったら、別々じゃなかったら違うと思わなかったら汚いも嫌いも無かったかもしれない。争いも、諍いも無い、楽園だったかもしれない。世界には無条件の愛しか存在しなかったかもしれない。でも、分別知をもって自分と、自分以外を分け隔てエゴを創り、利己主義に走って楽園から遠ざかってしまった。自分じゃないモノは自分以上に、愛せるわけが無いから。もし自他の思いが無かったなら、愛の不在はありえないだろう。自他の思いが存在するとき、愛する対象と愛せない対象が生じる。『どうして体から離れたとたんに汚くなるの?』この問いが発せられたブログの記事は、とてもじゃないが食事中には読めないような内容だったけど私は汚物の中から宝石を見つけ出した。この問いは、私にたくさんの大切なことを気づかせてくれた。昨日一日、この問いをテーマに黙想してました。ありがとうございました、ケロリーヌ様。
2009.04.08
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テポドンCは小さな虚人です(^^ゞ ワロタw『心が静まれば、世界全体が静まる。 心がすべての原因である。 それが静まれば、本来の自然な状態はひとりでに現れるだろう。』昨日今日と、巷は北朝鮮からのロケットの話題でもちきりだ。そんな最中、ずっと待ちわびていた本が私の元に届いた。『あるがままに―ラマナ・マハルシの教え』がそれ。近代の覚者ラマナ・マハルシの対話集です。上の言葉は、本の帯にあったマハルシの言葉です。とても穏やかな、いい顔をしている。私は昔から、覚者や聖者に関心があった。なぜ、彼らは覚ったのか?どのように成就したのだろうか?なにを覚ったのだろうか?普通の人間とはどこが違うのか?どうやって覚ったのか?学者や論者には、私は興味は無い。どんなに著名であろうが、どんなに言葉巧みであろうが学者や論者は覚者でもなく、成就者でもない。学や論では覚る事も解脱することも出来ない、それは、学者や論者で覚者や成就者になった者が存在しないことで判る。ミラレパをはじめ、私の尊敬する人たちは皆、論者ではなく実践者だった。私はそんな彼らのことを知りたかった。釈迦やイエス・キリストは覚者であったのであろうけど彼らの情報は二千年以上昔のことで、たとえ聖書であろうと仏典であろうと、情報が今に至るまで間違い無く伝わっているとは思えない。釈迦やイエスは、今では偶像と化している。その点、マハルシなどの近代の覚者についてはまだ情報の鮮度が高くて、よりその人間像にも迫れるというもの。フフフ、読むぞさっそくこの本は絶版品で、中古でもプレミアがついて高くて手が出せなかったけどAmazonのマーケットプレイスで2,106円で出品されているのを見つけたのだ!ラッキー":*.;"".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*."";.*: "でも私が購入直後、Amazonのマーケットプレイスの最低価格が3,500円になったのは謎だ?…(*´д`)アハァ…?つい最近まで、4,374円だったのに最低価格が。
2009.04.05
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この本は「元NASAコンピューター・プログラマーの死」から始まっている。1999年、アメリカ、オハイオ州のウルフラン湖畔沿いの公園内の洞窟に銃を持った挙動不審者が潜伏しているとの住民からの通報を受けた保安官が現場へ急行したところ、そこには一人の男が眠っていた。その男を署に連行して尋問すると、この男はNASA職員で名をロイド・アルブライトと語った。なぜ、洞窟に隠れ住んでいたのかと聞くと、もうすぐ巨大な彗星か小惑星が地球に異常接近するので、自分は安全な場所を探していただけだと答えた。「巨大な彗星?小惑星だって?そんな話聞いたことないぞ。冗談いうな!」「本当だ・・・。おれはシミュレーションされたデータを見てしまったんだ」「どこで見たんだ」「もちろん職場でだよ。アクセスしたのさ、極秘コードに・・・。予測では、九年後に巨大な小惑星もしくは彗星が接近して北大西洋に落下する。人類が初めて体験する被害が、地球規模で起る。われわれ人類が天変地異に見舞われるんだ。そのことをNASAは隠している。まあ、二、三年のズレはあるかもしれないが・・・」彼の発言は話題になり、地元紙や人気ラジオ番組にゲスト出演することとなった。ところがその八ヶ月後、彼は死体となって発見されるのだ。頭と胸を撃ち抜かれた死体となって。しかしそれは、自殺ということで処理された・・・。それからこの本は、太陽を始めとして太陽系の惑星に最近、異常な変化が観測されていて、それが原因で地球にも異常気象などを起こしていると。NASAが隠している様々な惑星の実態の数々を明らかにしている。それらは一般に公表されているのとはぜんぜん違っていて水や大気が有って生物の存在が可能な星や、明らかに人工的な建造物のある星等々。そしてこの本の肝心要は本のタイトルにもなっている『プロジェクト・ルシファー』。NASAの研究によると、今地球は温暖化が進んでいるが、ある時期を境に急激に氷河期に突入することが判ったと。近い将来、地球は生物の生存に適さない環境になることが判ったので地球の支配エリートたちは、密かに地球を脱出する計画を進めていると。人間の生存に適した星はあるが、そこは氷に閉ざされた寒冷な星でその星を人間の生存に適した星に変えるために、人工的に木星を「太陽化」する計画それがプロジェクト・ルシファーであると。木星の基本構造は太陽とほとんど変わらないらしい。ちょっとした違いだけで、木星は太陽になれなかったと。それを人工的に太陽化することは科学理論的には可能でそれによって氷の星の気温を上げて氷を溶かして人間が住める星に変えて、そこに支配エリートたちが住むと・・その地球脱出極秘計画は『プロジェクト・ノア』というらしい。これらの極秘計画をすっぱ抜いたのが、あの不可解な死を遂げたミルトン・ウイリアム・クーパー氏だとか・・・下の画像はクーパー氏著『Behold a Pale Horse』の表紙異常気象!未曾有の天変地異!人類のカタストロフィー!これらの文字が躍っている本を読んだのは、1999年のノストラダムスの終末論関連書籍以来だねぇ。最近はアセンションとか、地球や人類が次元上昇してハッピーになるよ!みたいな感じの本や情報が多いけど、この本みたいな未来に希望の持てない本はほんと、久しぶりで読んだ気がしました。私としては最初の巨大彗星か小惑星の地球激突?に関する情報を期待して読み進んで行ったけど、なぜかこれの情報はプロローグ以降は無かった。それでも絶望的な地球の近未来にワクワクして最後まで読めたという意味ではとても面白い本でした。この本によれば、支配者層エリートの人たちは、一般大衆を見捨てて自分たちだけ安全な星に移住する計画を画策しているらしいけど火星へ行こうがタイタンへ行こうが、この世に生まれた以上は誰も死から逃れることは出来ないのに、と思いましたよ。これは見捨てられる下層市民の負け惜しみじゃありませんよ、ほんと。この本の巻頭には太陽観測衛星「SOHO」のキレイなカラー写真等がいろいろ掲載されていました。近年、太陽を観測していると謎の飛行物体が確認されているらしい。この写真の出所はNASA公式のモノらしいからトリックとかじゃない。その物体は「ソーラー・クルーザー」と呼ばれているとか。これは本の表紙にも使われている画像だけど、このソーラー・クルーザーは『天使型ソーラー・クルーザー』なんだと。本の著者によると、これは超知人によるなんらかのメッセージではということですがそれはいくらなんでも発想がロマンチスト過ぎるのでは?私の見解では天使型ソーラー・クルーザーの正体はこれ↓ではないのだろうかと思われる比較してみるとよく判るはずだあまりに酷似していないだろうか?一般大衆の知らないところで、なにかが起きているんですね。この本には続編が出版予定だとか期待してますよ、並木伸一郎センセイ!
2009.04.04
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