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週1~2回、朝の読み聞かせボランテイアをさせていただいている地域の小学校で、2学期も日程の打ち合わせが来週行われると、教頭先生からお電話をいただいた。実は、子どもがこの学校に通っているこの本だいすきの会員から、保護者に声がかかっていると聞いて、3年前、校長に手紙を書いて、保護者ではないけれど仲間に入れてもらってたというのが経緯。だから、連絡はすべて子どもを通して行われていて、私が知らずに残念したことが一度あった。それで、そろそろかな?と思うころ学校に問い合わせる。「ご迷惑でなかったら・・・・」といつも謙虚に申し出てきた。かの会員等の努力で、今は毎週、1年から6年までやらせていただいているので、人では不足気味。と、日程を決めるときは最後に名前を入れる。大抵高学年が空く。それはともかく、あちこちのかをを出しているので、子どもたちは覚えてくれていても、私はなかなか子どもの顔とクラスが一致しない。なかなか親密になれないリスクを背負ってきた。でも、うれしいことに、子ども達や先生方から多少の評価をいただけたとのことで教頭先生から、「今年は、読み聞かせのコツや、注意点など、日取りの相談で集まったときお母さん達に30分ほど話しをしてくれないか」とお申し出を受けた。お引き受けはしたが、ひとつ条件をのんでもらった。それは、私の話などを聞くより、自分達の読み貴下瀬を語り合うことの方が数倍も勉強になるから、この学期のどこかで、少なくとも1回交流会を持つことを提案させてもらう、ということ。これをやらなければダメだと常々思っていたから、いいチャンスだった。(でしゃばる形にならずによかった!)よく練って、短い時間に思いが伝わるように考えておこう。
2005年09月30日
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いい天気。これから人の出入りが多くなるので、予定を入れていない今日は、部屋の整理日。夕方は来客の予定。家の中に本があふれてしまっている。思い切って捨てることをがんばろう。そういいながら、今日、またシルバーで使いたい本を注文してしまった。
2005年09月29日
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リトルスター・赤ちゃんの会(といっても、もうほとんどの子が2歳を迎えた)に出かけた。今日も、少しばかり資料を作って持っていく。最近読んで共感した『読む力は生きる力』(脇 明子・著/岩波書店)の、主として”赤ちゃんと映像文化””自尊心を支える文化”の項目の中から。「人間の生存に不可欠なものは、衣・食・住。しかし、人間はそれだけでは生きていけない。必要なものは自尊心。」「私たちに、一生にわたる自尊心の基盤を与えてくれるのは・・・・無条件の愛情」「衣・食・住の必要を満たすだけでは文化とはいえないが、たとえば同じ食べ物でも,盛りつけにちょっと工夫をこらせば、それはすでに文化。」その、「文化」のとらえ方に目を開かされた思いだったから。そして、今、テレビ漬けの赤ちゃんが増えているという。映像文化に対する警告にはぜひ注目して欲しかった。いくつかのわらべうた、手遊びも紹介させてもらった。私の常々思うこと。幼児の身体を育てるために大切にしたいことは、→十分な睡眠と栄養価のバランスのとれた食事。幼児の心を育てるために大切にしたいことは、→1、子どもと共に楽しい時間を共有すること。→2、子どもに伝える文化を持つこと。それらの重要なことのひとつに、読み語りとわらべうたを位置づけたい。さて、13組の親子が集った。出産のためにご実家に帰えられた、この会の創設者でもある太灯くん親子の姿がないのはちょっと淋しかったが、会は順調に進められていた。一人ずつ親子で読んだ本を持ち寄り、紹介するという時間がある。これが楽しい。まさに、親子で、楽しいひとときを過し、文化を共有している様子が語られていた。・1歳のころ読んだ『ころ ころ ころ』(福音館書店)を今頃また興味を示し繰り返し楽しんでいる。自分が階段を下りるとき、ころころころなどとつぶやきながら下りているという2歳のなつなちゃんの報告。・『あしたプールがんばるぞ』は、興味示さなかったようだったが、何日かして、鼻つまんで水にもぐる動作をしたり、がんばろうという思いがわいているのが読み取れてうれしかったという、ゆうきくんの話。(聞いていないようで聞いているという発見も)・お父さんが、『ぼくのおとうさん』(宮本忠夫さく)を読んでくれて、子どもと二人で大爆笑していると言うリエちゃんの話。リエちゃんは、お父さんに読んでもらう本と、お母さんに読んでもらう本とを区別しているという愉快な話も。・他にも、この会で紹介されて読んでみたという絵本のひびきあいや、絵本の中のワンフレーズを日常の中で楽しんで使っていたなどという報告。自分の体験や現実を重ねて、絵本を示しながらことばを発して楽しむようになった報告など、お互いにいい刺激と発見があったのではないかと思う。赤ちゃんも成長しているけれど、おかあさんも成長しているね。月に一回の出会いなのに、子どもたちがちゃんと覚えていてくれて、なんと自然に寄ってきて、膝を曲げてかわいい挨拶をしてくれたり、目で歓迎の挨拶をしてくれたり、ぴょこんとお辞儀する子もいて、もう、感激!『かばくん』(福音館書店)の絵本を開くと、とことこと側に寄ってくる。大きくなったね、おちびちゃん!
2005年09月26日
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うちに来てもらって、みんなで一緒にお昼を食べて、いよいよ間近かになってきた彩華ママの出産にエールを送った。お赤飯を炊いて、前祝。そして、今日から、ママさんは里帰りしご実家でお世話になる。生まれるまでは、パパも彩華もいっしょだそうな。生まれて、退院するまでの一週間は彩華はうちで過すことになっている。そのために何回かお泊りの練習もした。多分大丈夫だろう。あんなに「あかちゃん、いらない!」と拒んでいた彩華だったが、今では楽しみにしているようで、安心。ママさんも体調はよくとても元気で、ぜんぜんつらそうなそぶりはなかった。でも、もう秒読み段階。予定日は10月2日。無事に、元気な赤ちゃんが生まれるといいね。「ご安産を祈っています。」とおじいちゃんからも挨拶されて、いよいよ出かけていった。いつ、どんな赤ちゃんに会えるかな。楽しみ! ドキドキ!太灯くんママも2日違いの予定日でもうすぐだ。赤ちゃん、みんな元気で生まれてきてね。
2005年09月25日
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敬老の日はすぎたが、いま。シルバーでは、高齢者である私たちの「生き方を見つめる」をテーマに、さまざまなおばあちゃん(おじいちゃんが登場する絵本は少ない!)を絵本のなかで見て、高齢者像を考えてきた。今日は『おばあちゃんがいるといいのにな』(松田素子・作 石倉欣二・絵 ポプラ社)『ルピナスさん』(バーバラ。クーニー作 ほるぷ出版)『ハルばあちゃんの手』(山中恒・文 木下晋・絵 、福音館書店 )『エリカ 奇跡のいのち』(柳田邦男・訳 講談社)エリカは、衝撃的な話。列車がユダヤ人を乗せて収容所に入る直前、毛布にくるまれた赤ん坊が列車の小さな窓からほうり投げられた。ーじぶんは「死」にむかいながら、わたしを「生」にむかってなげた。ーということばが心に残る。私たちが、「生」=「未来」にむかって残してやれるものは何か・・・・?と考えてしまう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー私から借りていった『こんとあき』(林明子さく 福音館)をお孫さんに読んであげたら大変喜んだという良子さんのおまごさんからお手紙をもらった。「『こんとあき』の本をありがとうございました。おばあちゃんから、こんとあきの本のおはなしを聞いたときから、早くよみたいなあと思っていました。 わたしは、とくにきにいったところは、さいごの、あきとこんとあきのおばアちゃでいっしょにおふろに入ったところです。そのとき、わたしが思ったことは、こんはきっと、はじめてのおふろで、お風呂が好きになったんだなあと思いました。 それから、わたしは、こんがほしくなりました。 これからもおばあちゃんをおねがいします。 しほより。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『ぞうくんのさんぽ』を読んでひ孫さんが絵本に興味を持ち始めたという話も昨年あった。 絵本を読んであげるおばあちゃんがふえてきて、こんなうれしいことはない。
2005年09月21日
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夫は、何も用事がなくても孫達に電話をするという習慣が、ずっと愛美の小さい頃から続いている。ちゃんと愛美から時間割表が渡されていて(何曜日は○○時ごろ~○○時まで、この日はダメ・・・・とかいう風に。)結構それを見ながらころあいを見てかけているようだ。大抵は、1杯、2杯とビールがすすんだころ。一通り話が済むと、私にバトンタッチされる。だいたいは、本を読んであげて終わりになる。本を読むときは、歯を磨いてパジャマを着て、もう寝るばかりにして聞く約束にしている。9時をすぎたら、もう読まない。ところが今日はまだお風呂が済んでいなくて、支度をして再度かかってきたときは9時をすぎていた。今読んでいる本は『モグラ原っぱのなかまたち』(古田足日・作)を1章ずつ。明日は学校なのにちょっと無理!愛美は先回りして言った。「ねえ、おばあちゃん。本の題名忘れちゃったんだけどね、くろねこが出てくる魔女のお話、読んで欲しいの。」こういう要求がでてくると、心が弾んでしまう私であった。「あ、『しつれいですが、魔女さんですか』っていう本のこと?」「そう、そう。それ読んで欲しくなっちゃった」魔女は不気味で嫌い!ねこはもともと大嫌い!な愛美が、たしかこの本を、うちに来たとき読んでやったがあまり気に入っていたとは思えなかった。だいいち、いつ読んだかも忘れているくらい以前のことだった。なのに、ふっとこの本を思い出したと言うのは、なぜなのだろう。と、興味深く、そのことがいつまでもわたしの胸から離れない。この本は、ユーモアたっぷりで、なかなか楽しい絵本である。ポーランド人のパブィル・パブラックさんの絵がよくマッチしていて、なんでもかんでもこわがりやの愛美の心を、どこかで捉えていたのだろうか。『しつれいですが、魔女さんですか』(エミリー・ホーン作 パブィル・パブラック絵 小峯書店)
2005年09月21日
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荒川の幼稚園のお母さんの集まりに、絵本を持って出かけた。来年入園という方も来ていて、熱心さに感動。時間が足りないくらい盛り上がった。こんどまた、3学期にと約束をして、園を後にした。その後、タクシーで実家に寄る。この前の温泉旅行をとてもとても喜んでくれて、そんな母を見て私もうれしくなった。ちょっと私も疲れていたから、のんびりおやつなど食べて、一休みしてから、夕飯のおかずをいくつか作ってきた。いつもよく働く母だから、「ゆっくり休んでいて。」といっても、休んでいられない性分。台所でおしゃべりしながら、何品かある材料で作った。食卓がにぎわったと、喜んでくれた。耳が遠くなったとはいえ、しっかり人の話を聞こうとし、普通の会話が成立する。自分の考えもしっかり持って、衰えるということを知らないかに見える母に、エールを送った。子ども達からは、敬老の日に花束が届いていて、それも母は大層喜んでくれた。「親がいいからこんな情のある子たちが育った。」とベタほめされたので、「それなら、そんな親を育てたおばあちゃんが立派。」とそっくりそのままおかえしした。5時まで一緒にいて、帰ってきた。お母さん、いつまでも元気でいてね。
2005年09月20日
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わらべうた研修で再会した友人からお能の券が送られてきて、小林衛己子先生とご一緒に、渋谷区にある観世能楽堂まで行き鑑賞してきた。お能の鑑賞は久しぶり。松岡享子さんにも招待券を差し上げてあるとのことで、しかも、お席が隣りという。え?あの松岡享子さん?・・・・小林衛己子先生と大物お二人と席を並べて観劇できるわけ?・・・・ドキ、ドキ!小林先生とはお住まいがお近くなので、最寄の駅で待ち合わせて出かけた。でも、あいにく松岡先生はおいでになれなくて、「東京子ども図書館」のどなたかが入れしていた。ちょっと残念!高梨好雄回忌追善、「桐の会」の公演である。演目は・舞囃子「葛城」・能 「蝉丸」・狂言 「宗論」・舞囃子「砧」「海士」・能 「恋重荷」正午開演、五時終了の予定通りだった。はじめ、「5時間も、あのゆったりしたお能を観ていられるかしら・・・・?」などと話していた私達だったが、観だしたら素晴らしくて、面白くて、決して飽きるなんてことなく、あっという間に5時間はたってしまった。とてもいい体験をさせていただいて、喜んで帰ってきた。実は、この高梨家に例の友人の妹さんが嫁いでいて、今回お子さんも蝉丸のツレとして出演。幼いころお会いしていたので、懐かしく、こんなに立派になられて感無量だった。感動の一日だった。
2005年09月19日
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ご機嫌でお目覚め。おじいちゃんとながいこと遊んだ。五十音つみきが自分のうちにもあるらしく、さかんに文字当てをしては楽しんでいた。「ねえ、ねえ、おばあちゃん。これ、あやちゃんの『あ』だよ!」とうれしそう。文字の発見は、子どもにとってすごいことなのだ。いま、楽しくてしょうがない時期に来たようだ。彩華はちょっと早いかな?早くても遅くても、大切なことは、自然に任せること。みずから発見するそのプロセスの喜びを、大人の見栄のために奪ってしまってはならない。幼稚園でも、保育園でも言えることではあるが、特に我が家のように同年齢のいとこがいると、微妙に比較しがちだが、比較することがもっとも稚拙な育児であることを改めて確認しておこう。幸い、おじいちゃんも同じ意見だからよかった。
2005年09月18日
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今日も、彩華のお泊り練習。とてもおりこうさんで、ご飯もよく食べ、歯も磨いた。絵本もいっぱい読んだ。ただ、お風呂だけは拒む。ま、無理しない。無理しない。パパのイビキもものともせず、熟睡していた。
2005年09月17日
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愛美に電話で本を読む。今読んでいるのは『モフラ原っぱのなかまたち』7番目のはなし「発明・発見のまき」「発明ってナアに?」「ノーベル賞ってなあに?」と質問が飛び交いながら読みすすめていく。かけざん九九をめぐって、「かけざん九九が発見されなきゃ、勉強しなくてすむのになあ。」だの、「だれも発見していなかったら、今ぼくらが発見して、ノーベル賞もらうんだった。」などという、登場人物の思い思いの勝手な発想に、クスリッと笑い楽しんでいる様子が電話機を通して伝わってくる。「あたし、二の段できるよ。二二が四・・・・・」などと唱えだしたり、「あたしね、うちの周りのかけざん探してみたの。」などと脱線もしながら読み進んだ。「ありがとう。じゃあ、またあしたね。おやすみなさい。」と、満足して電話を切る愛美だった。あきら、かずお、なおゆき、ひろ子という仲良しメンバーにとても興味を示し、うらやましくさえ思っている様子。男女こだわりなく遊べていること、困ったことを相談しながら解決していく会話があることなど、「いいねえ。」とよくつぶやいている。小さい頃、愛美のママも、男女まじった集団でよく遊んでいた。そのころは団地に住んでいて、すぐ目の前が公園だった。作者の古田足日さんの言うような、平らではなく山ありトンネルありの、子どもたちにとって楽しい公園があった。そこで、よく遊んでいたなあ。小学校卒業するまで、外で、暗くなるまで嬉々として遊びまくっていた。ママの、人付き合いのよい明るい性格は、そこで創られたのかもしれない。愛美も少し似ているところがある。パパさんのいいところもたくさん受け継いで、作中のひろ子とまでは行かないが、やさしく、活発で、小さなことにはこだわらない明るい子に育っているように思う。でも、こんなふうに、楽しく遊びまわるという状況にはないらしく、モグラ原っぱの仲間たちがうらやましくて仕方がない様子。だからこそ、こういう作品をたくさん読んで欲しい。と思った。
2005年09月16日
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午前中,M支部例会に。斉藤洋の作品、今日は「ドルオーテ はつかねずみは異星人」を読む。私の知らない作品だった。事前に知らされてはいたが、とうとう手に入れることができず、読まずに参加した。久しぶりの参加で、会の暖かい雰囲気がうれしかった。内容を読んでいなくても、丁寧に説明があり、感想交流、特に、中学生の息子達がどう読んだかなどに話題が及び、面白く、充実していた。本の紹介で、私は次の2冊を紹介させていただいた。『ハルばあちゃんの手』(山中 恒・文 木下晋・絵 福音館書店)『ぼくのかわいくないいもうと』(浜田桂子さく ポプラ社)前者は、鉛筆がのすごい芸術作品!説得力がある。人生ドラマを見るようだ。涙を流して聞いてくれたメンバーがいて、こちらも感動!後者は、がらっと変わって、笑える作品。どのページも面白いが、「妹と同じ部屋・・・・」の場面では『その、部屋中散らかっている絵が気に入った!」というメンバーもいて、面白かった。
2005年09月15日
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義母は、昨日退院したが、一週間は毎日経過観察のため通院とのことで、今日も朝から車で出かけていった。経過は順調。花のすきな義母は、今まで素通りしていた道の両側の草花に興味を示し、あれこれ花の名を尋ねて、うれしそうに納得していた。よかったね。明日は、わたしは予定があるので、ヘルパーさんにお願いすることになった。
2005年09月14日
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目の手術は大成功。視力もしっかり0.9まで出て、びっくり。こまかいじがみえる!と、義母は感激していた。よかった!でも、とたんにいろんなことが気になりだして、「わたし、顔にこんなにシミがある!」と嘆き、「あんた、白髪あるね。染めてくれば。」と、気になって仕方がない様子に苦笑してしまった。なんだか、足取りも軽くなった感じ。耳まで、聞こえがよくなった感じ。嬉しいことがあると、身体全体がイキイキしてくるって、本当だ!
2005年09月13日
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義母の白内障のしゅじゅつに付き添った。手術は簡単だとは言うけれど、結果がでるまでは心配。手術をしても、糖尿病のため眼底出血もあって(レーザー治療を受けてはいたが)どれだけ視力が出るかは分からない。と言われていた。本人は心配だったのだろう。いっしょに泊まってほしいと言われ、急遽夜も付き添うことになった。付き添いのベットは、硬くて布団もせんべい布団だったが、義母はとなりでよく眠っているし、他にすることはなく、身体を横たえてゆっくり休むことができたし、おかげで、持ち込んだ仕事(?)を集中してやることができた。
2005年09月12日
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「おばあちゃん、美姫ちゃんの保育園にお迎えに来て。それでね、おばあちゃんちへお泊りに行く。」と、美姫から電話があった。お迎えはいけないことないけど、「あさっての朝は早くからおでかけだからおとまりはむりだよ。」 と説明しても、なかなか納得できない美姫ちゃん。この前、悠河がお泊りに来たときも、「これからすぐいくからね。」と即座に反応し、それが可能でないと知らされると、かなりいつまでもへこんでいたという。身近に感じる仲間が、今まではおねえちゃんだったが、八ヶ岳の合宿のせいもあってか、この頃は悠河や彩華と一緒に行動したいと思うようになった美姫でした。
2005年09月05日
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昨日の地元の方の言っておられたとおり、朝焼けのなかで、富士山が姿を現した。朝4時、目が覚めた母と二人でそっと部屋を抜け出し温泉に浸っていたら、うっすらと朝日が差し始めた。湯気でよく見えないので、部屋に戻ってみたら、夫がすでに起きていてカーテンを開けてこの冨士の姿を見せてくれた。息をのむような美しさだった。河口湖の湖面は、逆さ冨士のみならず、うすピンクの朝焼け雲まで写して厳かに静寂さをたたえていた。母は、子どもみたいに手をたたいて喜んだ。義母も起きてきて、歓声を上げ、手を合わせて拝んでいた。日が高くなるにしたがって雲と靄が増し、だんだん冨士は姿を隠していった。「ああ、いい場所で、いいものを見たよ。」と母達は喜んでいた。帰路はすいていて2時間で東京にたどり着き、無事終了。台風に追いつかれる前に帰って来ることが出来た。いいい2日間だった。よかった! <部屋の窓から見た朝焼けの冨士>
2005年09月04日
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夫の運転する車で、義母と母と一緒に富士の山麓河口湖温泉に出かけた。義母84歳、母92歳。久しぶりの温泉だ!と大喜び。無理のない時間にと、10時に出発(我々は9時に家を出る)。車中でお弁当を食べる。時間のない中で、しかもありあわせだったが、「おいしい!」と喜んでもらえて、先ずは一安心。中央高速が混んでいて、現地に着いたのは2時近く。4時間も乗っていたことになる。途中何度かトイレ休憩を取った。その度に、小さく足踏みをして身体を慣らしながら車から降りた。晴れているのに、富士の山は雲のかたまりの中に隠れていて、全容をあらわしてはくれなかった。湖畔にある「久保田一竹美術館」を見学。ここは以前夫と二人で訪れ、すっかり心を奪われてしまった場所。ここに展示してある数々の辻が花しぼり染めの着物作品をぜひ母達にも見てもらいたかったのである。霊峰冨士を間近に観る(はずの)高い場所にあるこの美術館は、隅々まで一竹の想いが懸かった館。ほんの少しだが山道のようなところを登る。二人は休み休みたどり着いた。母は、もう目を丸くして、片方しか見えない目を近づけて熱心に観ていた。しきりと感動し、「これからしばらくは毎晩、思い出して楽しめるよ。」というので、思い出のよすがにと絵葉書を買い求めた。帰り道、途中のベンチで休んでいたら、同じく家族に付き添われて登ってくる高齢者の女性に出会った。どちらともなく声を掛け合って睦みあった。87歳とのこと。杖もつかずにがんばる92歳の母にびっくりなさっていた。「どうぞ、うちに寄って休んでいってください。」見ず知らずの私達に、彼女はそう言った。この近所に住んでおられるそうだ。その言葉がそれだけで、母達の心を和ませ、こころを明るくさせられた。「富士山はね、朝がたきっと見ることが出来ますよ。お天気だといいですね。」とも言っていた。互いに健康を気遣って別れた。忘れられないさわやかな出会いであった。
2005年09月03日
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