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「ホラ、おじいちゃん見ててね。ゆうがくん、お箸で食べられるんだよ。」得意そうに言った。本当に上手に箸を使って食べた。この頃食べる量も増えたようで、頼もしい。夫がお土産にと持ってきたりんごを1個丸ごと抱えて、「ゼ~んぶ、食べるんだもん。」お土産のケーキを、ママが半分こしようと言ったら、「ゆうがくん、ぜ~んぶ食べるんだもん。」と、皿ごとかかえこんだ。そのくせやっぱり全部は食べられない。幼稚園で、全部食べるとほめられるから、「ぜんぶ、ぜんぶ」を強調しているのかな?響希への関わり方もお兄ちゃんらしくなってきて微笑ましい。響希は青いごむまりがお気に入り。なめたりころがしたり・・・・。でも、悠河は横取りしたりしなくなった。じっと我慢のママたちの苦労が報われたのでしょう。悠河のやきもちの日々はのり越えられたみたいね。大きくなったね。
2005年11月24日
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響希は、相変わらず愛嬌たっぷり。まだ歩かないが、どこへでもずりばいででかけて行き、あれこれ興味を示す。コンセントをぬくこともやりだして目が離せない。やきもちを焼いていた悠河が今はすっかり落ち着いていいおにいちゃん振りを発揮しているので安心。お兄ちゃんのやることを逐一見て手を出そうとする響希。兄弟っていいなあと微笑ましく思う。8時、響希を寝かしつけて帰ってきた。響希は、生まれたときから子守唄が大好きで、唄ってやると必ずと言っていいほど眠ってしまう。まだその効力はいきているかな、と半信半疑でやってみた。抱きすくめるようにして立ち、トントンしてゆすりながら江戸子守唄を唄う。しずかにしずかに暗い部屋へと移動していく。響希は、唄を聴いたとたん私の口元を見つめてじっと耳をすませた。まるで、とおい郷愁の世界に漂うようにじっと身を潜めて、やおらしばらくすると目がとろんとしてきて、そのうちに小さな寝息を立てて気持ちよさそうに眠ってしまった。ああ、わらべうたってすてきだなあ。子守唄って、まるで魔法のようだ。眠ってしまった響希を抱きながら、もうひとつの魔法を実感する。それは、心地よさは赤ん坊の側にだけあるのではなく、子守の側にもじんわりと伝わっていくということ。子育ての、多忙さと、時には思うようにいかないストレスで磨り減ってしまいそうな心に潤いを与えてくれる。昼間叱りとばしてしまった我が子でも、♪○○ちゃんは よい子だ ねんねしな・・・♪と唄うことでいとおしさが満ち溢れてくる。こうして、親と子の絆が強まっていく。昔はこうして絆が作られていったものだ。子守唄には不思議な魅力がある。やっぱり、若いお母さんに子守唄を知ってもらいたい。ーとつくづく思った。いま、子育てグッズも発達して、子育ての手間ひまがぐっと楽になった。紙おむつ、メロデイーつきのゆりかごスイング・・・・等など。それらを決して否定はしないが、文明のかげで大事な忘れ物をしてしまわないように気をつけなければ、と思う。肉声で唄う子守唄は、いつの世も忘れてはならないように思う。
2005年11月24日
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早速、悠河は私が持参した数冊の本をカバンから引っ張り出してきて広げた。「あっ、これ幼稚園にもある!」と嬉しそうに手にしたのは『かばくん』(岸田衿子さく中谷千代子え/福音館)。 ねむいならねむいといってくれ つまらないからおきてくれ ・ ・ ・ きらいならきらいといってくれ すきならはやくたべてくれ詩的なことばのやりとりが、心地よく楽しい響きを持って心にのこる作品。続編の『かばくんのふね』も同じ。ほかに持っていったのは『メルシーちゃんのおふろ』『メルシーちゃんのバス』英悟との対訳なので、ちょっと面白い。パパが身を乗り出してきた。そうだ、英悟の得意なパパさんに読んでもらうといいね。悠河は嬉しかったのだろう。お礼のつもりなのだろうか、自分の本箱からあれこれ取り出して、「これ持って行っていいよ。」「これもいいよ。」と私のカバンに突っ込んでくれた。『かくれているの だあれ?』(大西さとる・絵と文/ポプラ社)は彼の2歳のころから愛用していた本だが、大事にビニール袋につつんでセロテープでとめて、「これ、持っていってください。」と大人の口調を真似てニコニコしていた。そのほか、カードだの、トランプなども。そして言う。「おばあちゃん、お泊りしてってもいいよ。ずっとずっとお泊りしてもいいよ。ユウガくん、幼稚園に行くときもおうちにいていいよ。」と。悠河のラブコールは、愛美達もそうだったが、切ないなあ。でも、今夜は別れ際にぐずらず、すんなり握手で見送ってくれたからホッとした。100円ショップで見つけたトランプ手品も、ゆうがによろこばれたなあ。ちょっとふたがかたくて難しいが、こつが分かれば悠河でもできて、人をびっくりさせて楽しめる。
2005年11月24日
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病院の帰り、悠河の家に寄った。(おじいちゃんは、茨城の工場に行って仕事が終わってから夕方来る。)大失敗を演じてしまった。悠河たちがバス停まで迎えに出てくれたのに、私は居眠りをしていて乗り過ごしてしまったのだ。携帯の音楽がなって、ハッと目覚めた。「お母さん、今どこですか?バス停にいるんですけど、さっき行っちゃったバスにはお母さん乗っていなかったみたいですけど・・・・・。」「ええっ、ここどこかしら・・・・。まだついていないんじゃないかしら。着いたら電話しますから。」なんて、とぼけた返事しちゃったけど、実はとっくに過ぎていて、見知らぬところにきていたのだった。3時半ごろ着くよ、といったのはおよその目安であって、まだなんだよ。3時半に迎えに来てくれちゃったの?などと思っていた。考えてみたら、乗ってからすぐ40分もの間眠りこけていたようだ。行き過ぎたかも!と気がついて、降りてタクシーで駆けつけたがなんと1000円を越す距離だった。いなかの区間は長い。「なんでおばあちゃん居なかったの?」「おばあちゃん、今度は寝ないでね。」等とと悠河に言われてしまった。可愛い声であどけなくそういわれると、いっそう可笑しくなる。ママさん、折角のご配慮なのにゴメンネ。おっちょこちょいのおばあちゃんだね、ほんとうに。ずっと悠河に言われてしまいそう。
2005年11月24日
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「悪性腫瘍というのは、つまりガンですか?」「そうです。」 ・・・・・・・・・・・・。義兄の奥さんの質問に、医者はたたみこむように即答した。一瞬沈黙が広がったが、義兄の動揺は見られなかった。みんなが覚悟していたことではあった。がしかし、事態は深刻だった。「明日、担当医の説明があるから、一緒に聞いてもらえないか。」と、昨日義兄から話があって、何を差し置いてもと私達二人は今朝筑波大病院へと車を走らせた。義兄(夫の3つ年上の兄)は長年体調不良を訴えていて、検査や治療を繰り返していた。今回指摘されたのは、大腸と肝臓の一部に見つかった悪性腫瘍。手術をしなければいけないといわれたが、義兄は拒んでいた。とくに、腸はよいが肝臓は避けたいと。切らずに治療の方法はないのかと。「ない。」とはっきり言われた。肝臓の腫瘍は4,6×2,7と大きくなっている。切除がベストだと。まだ、今なら可能性があるから、腸と肝臓との同時の手術をすすめられた。気の重い話だが、受け入れるしか仕方がないのではないかと我々3人は思ったが、本人は迷っている。辛い課題であろう。お嫁さんの義姉も、実は通院生活をしていて、看病疲れで倒れなければいいがと心配される状態。こんなとき、子どもがいないと言うのは本当に心細い。私達だけが頼みの綱だという二人に、心配しないで、と言い残して帰ってきた。祈りあるのみ。
2005年11月24日
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「おはよう!」と玄関のドアを開けると、彩華のニコニコ笑顔が迎えてくれた。今朝はかなり熱も下がり、食欲もあったという。よかった、よかった。一応病院に行くというので、留守番にやってきた。「アレはねえ、・・・・」彩華は、達哉のことを「アレ」と言った。いつかは、「タツがねえ・・・・・」等と言い、お姉ちゃんぶった言い方を楽しんでいるようなところがある。女の子はおしゃまさんだ。「アレはねえ、昨日、こっちの部屋で寝たんだよ。彩ちゃんがママと一緒に寝たから。」と嬉しそうに報告。風邪引きさんの特権だね。久々にママを独占して嬉しかったのだろう。昔、私も小さかったころ、風邪をひくと普段食べさせてもらえないようなおいしいもの(栄養のあるもの)を自分だけに特別作ってもらって、特別やさしく気遣ってもらえるのが嬉しかったのを、昨日のように懐かしく思い出していた。達哉は、分かっているかのように、こちらの語りかけにときどきにやっと反応する。それが嬉しくて、何度も何度もわらわせを試みた。なん語も発するようになってきて、ますます可愛い。それに、今の子って、みんな早くから首がしっかりしているなあと、感心する。出かける前、「9時半に飲ませたから、もしかしたら11時ごろおなか空いてなくかもしれません。そしたら、100ccミルクあげてください。」とママが言っていた。そうしたら、なんと、ぴったり11時にひっくひっく泣きはじめて、だんだん大声になっていくではないか。達哉の腹時計はすごいなあ。
2005年11月21日
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しゃぶしゃぶのいい肉が手に入ったので、材料を抱えて彩華のところへいった。ところが、彩華は39度の熱を出し、ふとんの中でシクシクしていた。ちょっと心配。せっかくのおいしいなべも、彩華はおじやにしても食べられなかった。達哉はぐんぐん大きくなって、一ヶ月検診では5200グラム。2キロも体重がふえていたそうだ。ずっしり重いわけだ。達哉とお風呂に入った。もう、ベビーバスを卒業して一緒に湯船に入った。くびれの一つ一つも丁寧に洗って、ゆったりと温まって、達哉も私もご機嫌だった。帰って来るときにはいくぶん熱もおさまっていたが、彩華の機嫌は思わしくなく、ママさんは一晩中、彩華と達哉に振り回されそう。
2005年11月20日
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「ゆうがくん、まつどのおばあちゃんににてるんだよ。」朝何思ったか、悠河がそういったのだそうな。ママさんが電話でそう伝えてくれた。なぜ、そんなことをいったのかは分からない。性格のことか、クセのことか、顔のことか・・・・・?でも、なんらかの「同化」を感じたのだろうから、なんだかうれしいね。また、会いたくなっちゃったなあ。
2005年11月20日
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教え子の結婚式に出た。18年前お父さんに連れられて入学式を迎えて、3年間ご縁を持った子どもだった。「つい先日母親を亡くし、急遽ここの伯母の家に同居し面倒を見てもらうことになりまして・・・・」お父さんの後ろに隠れて恥ずかしそうにしていたじゅんごは、環境の変化と母を亡くした悲しみ・戸惑いに、すっかり無口になってしまっていた。”大事にお預かりしなくてはー”と特別な思いで迎えた出会いであった。じゅんごはニコニコと笑顔は絶やさない柔和な子だった。だが、ほとんど言葉を発しない。首をたてと横に振って学校生活を何日も過していた子だった。でも、彼の人柄は多くの友だちを引き寄せ、だんだん会話も増え、1年生の後半にはもうすっかり学校生活にもなれ、楽しん通ってきていたようだった。そのじゅんごが、仲間のだれよりも早くよき伴侶を見つけて輝かしい門出を迎えた。感慨ひとしおだった。「先生!どうしよう・・・・・。ドキドキがおさまらない!」控え室でそういって、立ったり坐ったり落ち着かないのは、小学校から高校までずっと一緒だったというトガちゃん。新郎よりずっと落ち着かないようすだった。そのトガちゃん、実にいいスピーチをしてくれた。素晴らしかった!胸のポケットには2枚にわたる原稿が用意されていたけれど、全く見ないで自分の言葉で語った。「すごい!はなまるだね!」と笑った。あの頃、花丸を奪い合っていたっけ。みんなの気持ちを察して、私があんまり花丸を乱発するもんだから、自信のある子はさらに飽き足らず、「葉っぱつき」「ちょうちょつき」「とんぼつき」等とどんどんエスカレートしていったっけ。とがちゃんは強引に最高級のマークを要求する子だったなあ。今成長した彼は、友の幸せを祈って、数日にわたって挨拶文を考え、何度も読み返し、昨日は心配で心配で落ち着けなかったという。そのこころ配りを嬉しく思った。じゅんごの結婚式は人前結婚式。手作りの、なかなか心温まるいい式だった。私は、彼の残した傑作絵本(彼は忘れていた!)「ゆうたくんちのいばりいぬ ゆうたとおじいちゃんの家に行くの巻」(きたやまようこの作品にほれ込んでいた彼のまねっこバージョン)を紹介し、彼のユーモア性が必ずや幸せな家庭を約束するだろうと祝福した。預かっていたその製作絵本をやっと彼の元に返すことも出来た。「3年生の作品ですか!すごいなあ。絵もすごい。ぼくは今でもこんなにかけないですよ。」と感動してくれたのはとなりの席にいた彼の会社の社長さん。「ぼくの結婚式のときも、先生来てください。」出席したトガちゃんとヤグちゃんは言っていた。「いいわよ。今は暇だからね。」在職中の出席は、きつかったなあといろいろ思い出していた。今日はいい日だった。
2005年11月19日
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朝、5年2組への読み語り。今日は夫がいつもより30分早く7時に出かけていったので、まだ時間があるな、と落ち葉が散らかった家の周りをはいたりしていたらうっかり時間が迫っていて、大慌てだった。ここ3週ほど5年2組だったので、すっかり顔なじみになった。眼鏡をかけた愛嬌のよい男の子がいて、よく反応を入れてくれるので、こちらも楽しく進める。今日読んだ本は、「とうちゃんのトンネル」(原田泰治・作絵/ポプラ社)例のめがねちゃんは、終わると寄ってきて本のページをめくりながら熱心に見直してくれた。かわいいもんだね。朝ボラを終えて、10時から「この本だいすき」のM支部例会に参加させてもらう。(また遅刻しちゃった!来月は、ちゃんと行くぞ!と子どもみたいに反省している私。)ここでは一冊の本をめぐっていつも興味深い話が展開される。今日の課題図書は、斉藤洋の白狐魔記シリーズの『源平の風』だ。一ヶ月前からの課題なのに、読んだのは2日前だった。(いつも、支部代表のエリカさんが何気なく催促してくれて、本は手に入りましたか?と、いろいろ配慮してくださる。ありがたいことだ。)この作品は、・・・・・ちょっと時間がないので省略するが、狐の目を通した人間探求の物語である。とにかく今日もいい例会だった。1時半に朝霞・・・・という約束をしていたので、そのまま松戸経由で車を飛ばす。娘にうに丼をご馳走になりながらいろいろ話をきいて、愛美達には悪いけど、学校から帰って来る前に私は帰ってきた。(いろいろ他にもやることがあったからね。)なんかとっても充実した日だった。
2005年11月17日
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毎年2月にシルバー大学では学芸会がある。「絵本と童話」教室はこれまで、全員の分担読みですすめる「絵本のスライド語り」といくつかの詩の群読朗読をご披露してきた。今年はそのひとつに、北原白秋の詩「祭」を取り上げてはどうかと、今日提案してみた。結構長くて、元気いっぱい読み上げるとかなり疲れる。でも、みんなの反応は良好だった。「肺活量が鍛えられて、健康にいい。」「元気がでる!」「大きな声を出すのは楽しい。」などなど、乗り気だ。「まめしぼりのてぬぐいをはちまきにしましょうよ。」「町会から、はっぴを借りてきます!」などと、気の早い話も飛び出す。しばらく、これで景気をつけることになった。
2005年11月16日
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荒川シルバー大学。ごく普通の高齢者が、豊かな老後を志して学びを求めて集まっている。みんな何かを求めて、雨の日も風の日も、できる限り登校してくる。今日も、白内障の手術をして間もないというHさんは、目をしょぼしょぼさせながらも「みんなに会いたいから・・・・」と出てきた。脳梗塞で倒れて、まだリハビリ中というMさんは、娘さんに車椅子を押してもらって、早々と登校。「教室のある日は、朝早くから起きて、はやく!はやく!ってせかすんですよ。」と、お嬢さん。ここに来ると、いろんな事に「感動」の連続。教室は一週おき。1回2時間。みんなのニーズに応えられるよう、講師陣も誠心誠意関わっている。講師陣も大体が退職者。同じシルバーである。報酬など気にしなくてよい年金生活者ばかりだから経営もやっていけるようだ。(区のひも付きではなく独立した学校組織ではあるが、社会教育団体として恩恵は受けている。)さて、学園祭も終わって、今度は2月の学芸会への取り組みを始めなくては。
2005年11月16日
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パパさんが、達哉のために特製の祝い酒を取り寄せました。あやちゃんのためには、お祝いのケーキと花束が用意されたよ。一姫二太郎の、めでたいお祝いの日でした。
2005年11月13日
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髪結いも、津田沼のおばあちゃんがやってくれました。本職並みだね。あやちゃんの花嫁姿までもが想像されます。
2005年11月13日
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アヤカのお宮参りのときの祝着をなおして七五三用の着物に。気分一新。嬉しそうな彩華。
2005年11月13日
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今日は、達哉のお宮参りと、彩華の七五三参りをした。ものすごい混雑が予想されたので、早朝(8時半)に神社に着くようにでかけた。幸い穏やかな天候にも恵まれ、また、待たされることも少なく、達哉もずっと眠っていてぐずることもなく、順調に無事終えることができた。彩華の身支度は、前日から泊り込んでくださったあちらのお母さんが見事に整えてくださって、とても可愛い七五三姿で登場だった。しろがねも くがねも たまも なにせんにまされるたから 子にしかめやもという万葉の山上憶良の歌が、神主さんの祝詞のなかに出てきたのだが、その前後が何を言っているのかさっぱり分からず、ただその歌だけが、全く同感!と共感しながら心に残った。「オサムスメ(長女)あやか、オサムスコ達哉・・・・、」という言葉も、家に戻ってからみんなの口に上り、その言い方の面白さからいつまでもみんなの話題になった。楽しい一日だった。
2005年11月13日
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今日は愛美の誕生日。昨日はあんなにお姉ちゃんの苦情を言っていた美姫だけれど、目覚めて開口一番「今日はおねえちゃんのお誕生日だ!」と、にこにこ。朝食を済ませ、注文していた特製のケーキをとりに行って、10時に家を出た。運転はおじいちゃん。車の中でもずっと美姫は楽しいおしゃべりを展開していたが、聞き手はおじいちゃんに任せて、私はずっと眠ってしまっていた。もう、八王子のおじいちゃんおばあちゃん達は着いていて、すぐにパーテイは始まった。ママの手作りのお料理が並んで、楽しく食卓を囲んだ。特製のケーキもそのデザインがみんなの注目を集めた。いつものように、悠河ままや、彩華ママからも心を込めたプレゼントが寄せられ、プレゼントの山(?)に囲まれご機嫌の愛美。美姫にもささやかなプレゼントが配慮され、包みを抱えて満足げ。八王子のおじいちゃんは孫達の写真をばっちり記録してくれる。それは見事な腕前だ。食事の後、私達が見られなかった愛美の授業参観と、運動会と、美姫の運動会の写真をDVDにまとめて見せてくれた。楽しく盛り上がった。帰りに、近くのセンターで開かれている、市の教育委員会主催の小中学校の美術展を見に行った。愛美の絵が選ばれて展示されているとのことだったから。楽しそうな「えんそく」の絵だった。これも、お誕生日いいプレゼントとなったね。
2005年11月12日
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松戸にお泊まりしたいとの美姫の切々たる要望で、今日は保育園に迎えに行き美姫を連れてきた。高速道路が混んでいて、松戸に着いたのはもう6時近かった。車の中で話していた美姫のしたいことは3つあった。1、絵の具で絵を描くこと2、「ぼくは王さま」のビデオを見ること。3、魔女の絵本を読んでもらうこと。勿論、みんな満たしてやることはできた。「おばあちゃん絵」と、保育園の帰り道で拾ったさくらの赤い「葉っぱの絵」をかいてくれた。美姫はよくしゃべる。寝るまでしゃべり続けていたように思える。でも、話す内容は、とても面白い。「おばあちゃん、だーいすき」と、何回言われたことか。どう見間違えたか、「おばあちゃん、かわいーい」とまで言ってくれた。食事のときは、「おいしーい。」を連発して、よく食べてくれた。お姉ちゃんのこともよく話した。怒られてばかりなのだそうだ。「お姉ちゃんに怒られると、みきちゃんいらいらしちゃうんだよ。」なんていうから、笑ってしまった。一人でお泊りに来ると、自分だけがおじいちゃんやおばあちゃんに大事にされるから、ほっとするのだろう。それもいいかもしれない。お姉ちゃんだって、ママと二人だけで、いつもと違ういい時間をす後具ことができていることだろう。それもいいかもしれない。夜はいつもお咳が出るというので、お風呂上りに、レモンセントティツリー(エッセンシャルオイル)と馬油を少しずつ混ぜ合わせて、のどから胸によく刷り込んで寝たら、朝まで一度も咳き込むことはなかった。(アロマランプに、1~2滴たらして香りもかがせた。)レモンセントティツリーはハーブの一種。これはこのブログで知り合ったmezzanaさんに教わったもので、ドイツでは、消毒薬代わりにどこの家庭でも使っているとのこと。私も買い求めてあれこれ試してみて、ぞっこん気に入ってしまったもの。これは本当によく利く。馬油と共に、私の常備薬となっている。mezzanaさんに感謝、感謝です。美姫は朝までぐっすりよく眠った。
2005年11月11日
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今日は5年生に読み語りの出前。教室に行く手前の6年生の教室の前で担任の先生とちょっと立ち話をした。娘が2年生のときの担任の先生だ。「あ~ら、お久しぶり!ご無沙汰しています。」「会いたかったんですよ。一度ゆっくりお茶しましょうよ。」「わたしも!でも先生お忙しそうで、遠慮してたんですよ。」などと手を取り合って挨拶を交わしていたら、ノリノリの感じで、「あ~ら、おひさしぶり!」と抱きついてきた女の子がいた。「あ~ら、おひさしぶり!」と、こちらも返答して、映画のシーンのように懐かしそうに抱き合った。担任の先生は目を丸くして、「へ~え、知ってるの?」と。私は、片目をつぶって、ううん!と合図した。「なあんだ、演技なのね。」と先生。すると、「ほんとに知ってるよ。まえ、本読みに来てくれたもん。ねえ。」と。伊藤さんという背の高い女の子だった。ああ、お見それしていてゴメンね。私はあちこちの教室を回るから、なかなか顔を覚えられない。でも、こうして覚えていてくれる子がいたなんて、感激!すると、男の子が通りかかって、「覚えてるけどさー」とニヤニヤして行ってしまった、他に女の子が3人ほど寄ってきて、4年生のときも読んでもらったという。「最後に、こわ~い話してくれたもんね。」と、いとうさん。ああ、あれが一番心に残っているのね、と思った。あれというのは、斉藤洋の作品「ひとりでいらっしゃい」。そうなのか、と嬉しく思った貴重なひと時だった。5年生の教室では、『りんごがひとつ』(ふくだすぐる)『ぼくだけのこと』(森 絵都)を読んだ。終わったら、私がノートに記録している間、そばに寄ってきて絵本のページをめくっていた男の子がいた。担任の先生(男)に、「ほら、せきにつけ。」といわれてもニヤニヤしながら平然と見ていた。「来週まで、この本おいていこうか?」と言うと、「いい。」とはにかむように去っていった。担任の先生がゆっくり読んであげるといいのになあ、とつくづく思う。
2005年11月10日
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台東区の生涯学習センターで行われたイベント「我が子へのララバイ~今、子守唄のぬくもりを~」に、和子さんの誘いを受けて行ってみた。初めてお会いした西舘好子さん(日本子守唄協会会長)は美しい方だった。江戸子守唄は、庶民の唄として江戸、特に下町と呼ばれる地域で生まれ広がったもの。それにしても全国に流布しているのは、参勤交代も含めて、全国とも人の出入りが多かったからという。各地でさまざまに変えて歌われた類歌が多いのにも驚いた私の大好きな沼図の子守唄を、男性がギターを爪弾きながら熱唱したのは、賛否両論あろうが、私にとっては違和感を覚えた。「子守唄ーふるさとへの旅」CD¥2800 を購入してきた。
2005年11月08日
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義母の目医者に付き合う。白内障の手術の後の健診は、あと1回で終わる。今日は眼底検査。特に異常はないとのこと。いや、悪化はないということだが、視力は0,9から0,7に落ちていた。それはそういうものだと説明されたが・・・・。ずっと見えにくい生活が続いていたせいか、視力が出ても新聞など読む気力がないと本人は言っていた。今日は昼食を済ませた後早めに帰ってきて、達哉のことをあれこれやることがあったのに、ちょっと・・・と横になったら眠ってしまって、買い物にはいけなかった。達哉はちょっと見ないうちにずっしりと重くなっていた。ほっぺがふっくらしてますます可愛くなっていた。彩華とよく似ている!響希もそうだったが、神経質に泣くようなこともなくいたって親孝行2番目は親もゆったりしているからかなあ。
2005年11月07日
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浅沼さんの手作りのジャムと、庭に実っていたななかまどの実をどっさり頂いて、菅平を後にした。そして、小布施に向かった。小布施は、葛飾北斎が晩年を過し、これまでの版本や錦絵とはまたちがった多様な肉筆画の製作に打ち込んだ地であることから、彼の作品を集めた北斎館がある。ここは二度目だが、新たな発見や感動があって満足。一番心に留まったのは「たけのこを掘ったこども」と題した墨絵のような作品。北斎の絵によくある後姿の少年が描かれているが、病の母に食べさせるたけのこを掘って、「とれた、とれた」と勇んで帰るその躍る心が伝わってきて、印象的だった。その絵を買いたかったが、それはなかったので「柳下傘持美人」の細長い額絵を買い求めてきた。どうしても床の間に飾りたくなって買ってしまった。これも満足。
2005年11月06日
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朝、周辺を散歩する。この近くに「こくばん山荘」(コマ先生の山荘で、よくみんなで合宿研究会をやった。)があるのだが、迷いに迷って、とうとう見つけられなかった。帰りがけに「昴」のご主人に案内してもらって、久々に懐かしく眺めた。なつかしかった。いろんな事が思い出された。夜を徹して文学教育や読み聞かせを論じ合うことに燃えていた若い頃を思い出して、ひとしお感慨に浸る。あれから今まで、この本だいすきの会にずっと関わってきたのだ。そして今日がある。コマ先生をはじめ、共に学んだなかまたちに、心からありがとうを言いたい。
2005年11月06日
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夫の提案で、菅平でペンションを経営している知人のところまで、ドライブすることになった。先日母と草津温泉に行って来たばかりで、私には贅沢な話だが、夫は、仕事ばかりで、この秋どこにも行けていない。昨年、夫は友人を連れてこの場所を訪れたが、そのとき菅平の秋を再確認したという。もう一度あの秋を見たい。私にも見せてやりたいと、今回の計画となった。途中上田まで足を伸ばし、「無言館」に立ちより、若くして戦争の犠牲になった画学生達の作品に涙した。私は2回目だったが、何度見ても新たな悲しみと感動に襲われる。ペンションは秋色につつまれていた。いや、もう葉が落ち始めて、冬に向かっているという。でも、まだ十分美しい。道路の両脇の唐松林がどこまでも黄金色に輝いて続いていた。奥様の理江子さんと再会出来て、お互いに歓声をあげて喜び合った。
2005年11月05日
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目が覚めたのが7時40分。同時に母と姉も起きてきた。カーテンを開けたら、見事な紅葉(白樺、さくら、ななかまどなど)が目に飛び込んできた。さわやかな朝だった。母、93歳の朝。おめでとう。これからも、ますます元気で!これからも、元気な笑顔を失わないで!朝食前に一風呂。昨日とは違う浴室で、ここからの眺めもなかなかよかった。ただ、一部工事中でそれが景観をかなり損ねてはいたが・・・・。昨夜のは西の河原から引いてきている温泉で、今日のは白根山から引いてきている温泉だそうだ。どちらもいいお湯だった。帰りは、白根山を少しドライブし見晴らしのよいところまで行って引き返してきた。ななかまどの真っ赤な実が見事だった。もみじのさまざまな紅葉の色合いが美しかった。からまつの黄色の紅葉がまたまたみごとだった。これからまだまだ秋は深まっていくだろう。いい旅行だった。母に喜んでもらえてよかった。
2005年11月03日
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宿から見たクヌギ林
2005年11月02日
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午前中、シルバーの教室を終えて、実家へ駆けつけた。1時出発。今日は、私の兄と姉、そして他界した妹の連れ合いと共に、母を伴って草津温泉に行く日。明日が母の93歳の誕生日なので、兄の発案で温泉宿で誕生祝をしようということになったのだ。兄嫁も加わって大人6人で出発。妹のつれあいが7人乗りのワゴンを出してくれて、彼の運転で出かける。草津に着くまで4時間ほどかかったが、紅葉した周囲の風景に魅せられながら、母は終始ご機嫌で元気だった。兄弟が集まって旅行をするのも、めったにないことだった。5年ほど前、まだ妹が生きていたとき、女ばかりで(母、兄嫁、姉、私、妹)の5人で、長野の別所温泉に行ったことがあった。あの時も楽しかったねと思い出したりしていた。母は、「俊子も一緒に来たつもりで・・・・」とかつて妹が愛用していたバッグを持ってきていた。子供を先立たせた母の悲しみは、いつも後悔にも似た苦い悲しみだった。(実際には後悔とは無関係なことであるが、それが母というものなのだろう。)うちの子供たちから預かってきた誕生日プレゼントとメッセージを渡したら、とてもとても喜んで感激してくれた。よかったね。今日は平日なためか、お風呂はすいていて私たちの貸し切り状態で、実に快適だった。母はゆっくりのんびり浸ることができたようでよかったと思う。私の方は、数日前から痛み出しなかなか治らないひざの関節痛をひきずっていて、かえって母に気遣わせてしまう状態だった。姉達は遅くまで飲んでおしゃべりしていたが、私と母は早々と10時には寝てしまった。
2005年11月02日
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今日は彩華パパ(長男)の○○歳の誕生日。ここのところ、お祝い事が目白押しだ。うれしい悲鳴です。今日は、達哉と留守番をして、親子3人だけの外食を楽しむ時間が私からのプレゼント。
2005年11月01日
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