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2023.09.11
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まず、​ こちら ​を。
https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/202309080000/

元ネタは東京新聞ですが、毎年恒例のネタですね。

1923年の関東大震災から百年。当時の朝鮮人虐殺について、否定する声も一部で残る。東京都の小池百合子知事は、虐殺犠牲者を含む震災犠牲者への哀悼の意を示す一方、9月1日の追悼式典への追悼文送付は今年も見送る。節目の年に、私たちは歴史にどう向き合えばいいのか。在日朝鮮人の歴史を専門とする東京大大学院の外村大教授は「事実は事実として語り継ぐ必要がある」と訴える。

そうですね。少なくとも虐殺数とされる 6600の内、4000に関しては証明不可能で事実認定できないこと を語り継ぐ必要がありますね。
都合が悪くても、事実は事実ですから。

「証言も資料もある。『全然知りませんでした』という人には、資料を見せればいい」。外村教授に虐殺の事実関係について尋ねると、こう答えた。当時の証言や資料のほか、東京都の「東京百年史」や政府の防災会議の報告書、教科書にも記述があるという。

いや、ねぇ。当時の政府すら雑に言えば200名程度は認定しているのですから、それ明示するだけで一発でしょうに。今の教科書だの都や今の政府の報告よりも、一次資料として確実ですからね。
まあ、なぜかこの手の連中、権威主義で「政府が言ったぞ」だの「学者が言ったぞ」に弱いですからね。それ故でしょうね、都知事が追悼出さないことに関して騒ぐのは。何せ、出してくれないと「都知事も認めたぞ」と言えないですからね。

そんな下らん事よりも、 一次資料を見せるほうがはるかに有意義 だと私は思いますけどね。

虐殺そのものをなかったとする見方の背景については「普通の町で暮らしていたごく善良な日本人」が加害にくみしたことから「否定したくなる気持ちは人間の感情としてある」と分析する。

自称リベラルと対をなす酷使様 ならともかく、6600という数字を否定しても「虐殺は無かった」なんて言う人、まず聞かんのですがね。

虐殺の被害人数については、当時の調査が不十分だったとして「正確な数は分からないとしか言えない」と説明する。その上で、政府の防災会議が、10万5千人あまりとされる死者の「1~数%」としていることに触れ「たとえ少なく見積もった数の千人だとしても、大変な社会的影響力をもった歴史であることを考えないといけない」とした。

さて、​ 以前も取り上げました ​けど
https://plaza.rakuten.co.jp/dohdemo/diary/202303090000/

『この節では殺傷事件の概要を述べるが、当時の混乱の中では同時代的にもこの種の事件のすべてを把握することはできず、また、後に述べるような政府の対応方針もあって、公式の記録で全貌をたどることはできない。現在までの歴史研究や掘り起こし運動はこの欠を補い、災害の教訓を継承する活動としても有意義である。しかしながら、本事業の目的は歴史的事実の究明ではなく、防災上の教訓の継承であるので、これらの成果の概要についてはコラムに譲り、以下では当時の公的記録と公文書に依存した叙述を行う。』

これ「1~数%」と触れた直後の文章でして。別に「数%だから6600も事実認定できる」ではないのですよね。そして、 「少なく見積もった数の千人だとしても~」とするのであれば、それこそ虚偽を含む6600に拘る必要が一切ない わけでして。

それ、『君らにとって都合のいいことを語り継ぐべき』だよね 」と皮肉の一つも言いたくなる。

朝鮮人犠牲者を含めた震災犠牲者全体に哀悼の意を示す一方、追悼式典への追悼文送付を見送る小池知事の対応を巡っては「曖昧でちょっとがっかり。なぜここまでかたくななのかよく分からない。語らないことが臆測を呼び、人々が歴史を受け止められなくなる」と指摘した。

単純ですよ。追悼云々と騒ぐのは6600を事実認定したい側で小池の票田とはならない。一方、6600は出鱈目とする側は小池の票田なりうる。 票にならないことを、緑の狸がやるとでも?
(なおこれ、佐原のとこのコメントが開いていた時のコメンテータ諸兄の指摘なので、 二番煎じ です)

その上で「自治体トップが、関東大震災でこんな痛ましい事件が起きたことをはっきりと認め、二度と起こさぬよう追悼の意を示すことが必要」と述べ「事実は事実として説明し、歴史否定的なデマは間違いなのだと、メッセージや行動で示してほしい」と願った。
https://plaza.rakuten.co.jp/dohdemo/diary/202209130000/

『そもそもの話、 都知事が当時の政府の発表を根拠に「震災死込みで800余名が被害にあった」 あるいは「当時の吉野による調査結果はまだしも、他は出鱈目なので 6,600余名は出鱈目であり最大で2,613名が被害に遭った」と言われて納得するのか
「数の問題ではない」ならば、極論言えば「被害は0では無かった」の根拠になる 「震災初期に判明している200余名」だけを事実認定しても「数の問題ではなく、事実として被害があった」を認めている ので何ら問題が無いわけですが、 それで納得するのか 。』

6600の事実認定のためではなく、震災の教訓として追悼を欲するなら、マジでこれでも十分なはずですがね。「6600を明確に否定してもOKですか?」と一度聞いてみたい気もしますね。

では、続けて、​ こちら ​もどうぞ
https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/202309100000/

今度は神奈川新聞ですね。

だが小池氏は知事就任2年目の2017年以降、送付していない。追悼式典とは別に、都慰霊協会が主催する大法要に参列して「大震災と、その極度の混乱の中で犠牲になられた全ての方々に哀悼の意を表している」というのが理由だ。

いや、だって、ねぇ。 その石碑、6000が事実であるかのように明記されてます もの。で、確か、 小池の支持層から「その文言を削れ」という要望が出ていたはず でして。

朝鮮人虐殺については、政府の中央防災会議が09年にまとめた報告書で、震災後に警察や軍隊、住民による朝鮮人らへの殺傷行為が多発し「虐殺という表現が妥当する例が多かった」と明記。犠牲者を千~数千人と推計している。

やはり以前取り上げましたけど
『殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセントにあたり、人的損失の原因として軽視できない。』

別に数千の被害があったと明示しているわけじゃないのですよね。以前も挙げた気がしますが、正確な数字がつかめないが故の数パーセント表記と見るのが妥当でしょう。

昨年には、小池氏のこうした姿勢が都職員に影響した可能性をうかがわせる出来事もあった。
アーティストの飯山由貴さん制作の朝鮮人虐殺に触れる映像作品について、都立施設の企画展関連事業での上映可否を検討する過程で、都人権部の職員が「朝鮮人虐殺を『事実』と発言する動画を使用することに懸念がある」とのメールを施設担当者に送っていた。小池氏の追悼文不送付にも触れていた。

以前佐原が取り上げていて、​ それを元に私も書いた ​記憶がありますけど
https://plaza.rakuten.co.jp/dohdemo/diary/202211190000/

この時は東京新聞が元ネタであったようですね。当該箇所を​ 佐原の日記 ​から再度抜粋すると
https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/202211180000/

『関東大震災時の朝鮮人虐殺に触れた映像作品の上映を東京都が認めなかったことについて、都人権部は28日、上映禁止の理由を「精神障害者の人権という(企画展の)趣旨に沿わなかった」と強調し、小池百合子知事への忖度を否定した。一方で、人権施策推進課の職員が小池知事の歴史認識に配慮するメールを、都人権啓発センターの担当課に送っていたことは認めた。
 都人権部の担当者は「職員は朝鮮人虐殺が歴史家の見解が分かれる史実だと意識し、内容を確認する意味でメールを送った。映像を採用するかしないかに都知事は関係なく、(都知事という言葉は)必要ない表現だった」と釈明した。』

で、​ こちら ​でも取り上げていたので再度​ 佐原の日記 ​から抜粋すると
https://plaza.rakuten.co.jp/dohdemo/diary/202211290000/
https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/201709030000/

『追悼式は「あやまった策動と流言蜚語(ひご)のため6千余名が尊い生命を奪われた」と刻まれた追悼碑の立つ都立横網町(よこあみちょう)公園(墨田区)で開かれる。3月の都議会で自民党都議が碑文の記述を問題視。ネット上などで「6千人虐殺には根拠がない」と主張する団体が9月1日、同公園で別の慰霊祭を開くと予告している。声明はこうした動きに触れ、「小池知事は特定の政治的潮流に迎合した」と懸念も表した。』

こういうのを勘案すると、6600という数字を事実としたいパヨチン側と、その事実認定に使われたくない小池側というのは、あながち間違いじゃないと思ってます。そうすると、『職員は朝鮮人虐殺が歴史家の見解が分かれる史実だと意識し、内容を確認する意味でメールを送った。』というのも6600を巡っての確認と見ていいんじゃないかなと思いますね。

結局上映は認められず、都は理由を「精神障害の理解を深めるという企画展の趣旨にそぐわなかったため」と説明。メールに関しては「殺傷事件を否定したものではない」と釈明した。

1930年代の精神障害に係る話なのに、1923年の関東大震災をねじ込むとか『企画にそぐわない』言われて当然ですし。また、6600を否定しても殺傷事件そのものの否定とはなりませんし。パヨチンどもは何故か『6600の否定=虐殺の否定(=0)』とやりたがるけどね。

飯山さんは「都知事への忖度(そんたく)としか思えず、こんな形で表現の機会を奪われることはあってはならない」とし、都庁前で抗議行動を続けている。

いや、当時私も突っ込みましたけど
1930~40年の精神科病院を元に「障害者と人権」について語るというときに、1923年の関東大震災がどう関連するのか 。「朝鮮人は皆精神障害者であり、それが原因で井戸に毒物を入れるような仕草をしていて、デマが事実と認識された(だから虐殺された)」とでも言いたいのでしょうか。
関連性が無いことを捻じ込もうとすれば、それは当然に弾かれる としか。』

追悼式典の宮川泰彦実行委員長は「自然災害の被害と、人の手による犠牲は違う。過ちを繰り返さないために、未来に語り継ぐ必要がある。100年という節目に、碑に込められた思いに都が正面から向き合う必要がある」と訴えている。

ええ、だからまずは
1.吉野作造による聞き取り調査:2,613名
2.神奈川で遺体を発見できなかったから虐殺とした:1,795名
3.府県名と名前のみの一覧:2,256名

この内の2.3.が事実であることを証明し、碑に記載された6000云々が成立し得ることの説明が必要ですよね。それもせんと「6000が事実」であるかのように言われても、「そりゃ違うよね」となるのは必然でして。
なお、聞き取り調査も重複を含むそうなので、この数字も過大ではあるのですが、一旦仮置きとして『被害は200余名(当時の政府資料)~2600余名(民間聞取り調査)』とするのはやぶさかではない。これだけでも「虐殺は0だ」という酷使様どもを封じることができるのだから、「未来に語り継ぐ」が主眼なら受け入れてくれそうですがね。

まあ、現実は、6600として兎角日本を悪く言いたい、自分らは反省しているから高みにあるとしたいパヨチンどもでは、受け入れは困難(というか不可能)でしょうけど。

佐原の反応についてはまあ、相も変わらずなので割愛します。そもそも、歴史改ざんしているのは「6600は事実」としているパヨチンどもなんですけどね。





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最終更新日  2023.09.11 10:00:09
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