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かつて、日本は台湾のことを蓬莱の島とか高砂の島とか賛美し(高砂族の島って賛美なのか?)てきたが、最近の台湾の発展振りは目を見張るばかり。台北位置の繁華街は西門町近く。もっとも最近は中華路が注目されている。台湾特産品はびくりするほど安い。しかも、東京国細工工から松山空港に着陸するまで2時間半。もtもとは日本人が作った年のせいか、日本の名残がいたるところで見られるが、魅惑的なチャイナドレスの女性が天秤棒を担いで果物を売るのどかな光景を見ると、外国にきたんだなあという印象が強い。日本と同じ農業国の台湾では各地で野菜や果物を中心とした朝一が見られ、値段が安いことはいうまでもない。日本の斜陽と比べ、台湾では映画が全盛期時代、どこの映画館も早朝から深夜まで大入り満員だ。初めての台湾旅行で日本人観光客が興味を持つのが、中国文字の看板。黒赤金黄色といったどぎつい原色をつかったゴテゴテの看板が並んでいるのは壮観。台湾で使われている漢字の意味が日本と違うことがあるのを発見するのも楽しい。横書きは右から左へ読むのが習慣となっている。さんさんと輝く陽光、豊かな農村、南国情緒溢れる町、三千メートル以上の雄大な山岳、目のくらむような峡谷、豊富な温泉、エキゾチックな中国式生活、親切で人情味熱い島の人々、まさに地上のパラダイスである。小型車タクシーは全てブルーバードで、基本料金は4元(36円)で500メートル毎に2元である。クーラー付タクシーもあるが、これだと貸切料金が1時間に120元(3ドル、1080円)である。タクシー運転手も中年以上なら日本語が通じるが、通じなくても知名を漢字で書いたり、広告入りのマッチを見せたり、ホテルの名刺を渡せば最短コースを走ってくれる。チップは不要でつりもちゃんとくれる。土地に不案内な外国人に法外な料金を迫ったり短距離乗車拒否はないので安心してよい。最近は日本の流行歌をカーステレオで聞かせてくれる車も増えてきている。日本人の台北滞在は、やはり2、3泊がほとんど。空港でてぐすねひいている地下組織のガイド(インチキガイド)の口車に乗らないように注意が必要だ。台湾では豪華な料理を豊富に食べられるのだが、庶民が毎日そんな豪華なものを毎日食べているかというと、そうではなくおかゆやビーフンを食べていて、それを日本人旅行者に食べてもらうと、病み付きになるという。こういった料理も魅力の一つだ。最後に、タブー集を紹介する。1.みやげ物はなんでも安いと考えるな。2.機内では遠慮するな。3.チップは余計に置くな。4.ドルは勘違いするな。5.外国製品は身に着けていくな。6.バスルームのひもをやたらに引っ張るな。7、スリッパを持っていけ。8.現地に住む日本人に気を許すな。以上1971年のガイドブックより勝手に転載しました。
2015.05.31
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1994年開港、だから、オールドな私は、学生時代は伊丹空港から海外に出ていた。いやいや、学生時代だからもう適当である。既に離陸2,3日前には下宿生の誰かの家に荷物を持ったまま泊まりこみ、夜な夜な酒を飲み、朝、2日酔いで伊丹空港に向かったりした。無名な幸福時代だったなあ、あ、今も無名だった。遂に、人生半ばまで来たけど、運よく無名でやってきた、有名になる意思が最後まで生まれず、路傍の石、恍惚の人になっていく感じである。あの頃の伊丹は忙しかった。よくあんな狭いスペースで空港チェックインしていったものだと思う。スタックしている空港だった感じのときもあって、海外でスタックしたときに、ふと伊丹が過ぎったぐらいだ。関西空港の開港は1994年9月。初めて関空を利用したのは、間違っているかも知れないが、その年の12月末からのニューヨークかも知れない。ノースウエストで、アップグレードされたように記憶する。後ろに座っていた女性2人は初めて飛行機に乗ったようで、アップグレードされたことに気がついていない模様で、10日後ぐらいした帰りも見かけたのだが、さぞかしびっくりしたことだろう。帰りはうっかり疲れすぎて14時間ぐらいを同じ体勢で熟睡してしまっったので、帰国後、腰痛となった。でもそれかなあ・・・。あの頃は梅田に住んでいて、あまりに荷物が多過ぎて1キロも離れてないのにタクシーに乗ったことだけは覚えている。いや違うな、1995年1月の阪神淡路大震災、これは間違いなく、94年開港ということは、94年冬のルフトハンザドイツ経由バルセロナである。スペインから帰ってきて1週間で地震があったことは確かなので、そういうことだ。そっか、関空の初めての利用はスペイン紀行だったんだ。何せヨーロッパは私の空白地帯(てか、アジア専門でしたね・・・てアジアにそんなに自由にいける国あったか当時・・・学生時代に35カ国行ったと自分では思い込んでいたが・・某サイトで3分俯瞰。え、あれ?フィリピン、インド、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、韓国、中国、ネパール、パキスタン、イラン、トルコ、ギリシア・・・どうやら国としては学生時代は15カ国ぐらいしか行ってないようだ。この15カ国で毎年3、4ヶ月過ごしてたってことか。そっか働いてから80カ国ぐらい来ているんだ。いやはや思い込みの学生時代は35カ国ってなんなんだ。関空1タミはレンゾピアノの設計で、かの悪名高きポンピドゥーセンター(巴里)の設計であり、またこれが分からんけど、何でポンピド-センター俺見学に行ったんだろう、中に何があったか思い出せないが、変な外観に、土産にライター買ったことと、クレープ食ったことは覚えている。最近ではどうなの?銀座のメゾンエルメスか?日本で有名なん?地震のない地域は高-く、高く。この時間帯は2タミのほうが着陸が多いみたいだが、メインは貨物便で、どうなの、ピーチだけじゃないの?乗客便。空港建設工事一期工事は、山口組若頭・宅見勝組長が調整役だったが、新神戸オリエンタルでの宅見組長射殺後の二期工事は、仕切りがおらず工事が進まなかったってほんまか?漁業組合もしこたま儲けたらしいな。いや、よく思い出したら、スペインには成田から出発したような気がする。何か代理店が交渉してくれて、成田までの飛行機おまけでつけてくれたと思う。おまけに、帰りはソウル経由で関空に戻った気がする、ということは帰国が初めての関空利用だったのか・・・。つまらない謎は深まる。
2015.05.30
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この前どこに行ったの?と聞かれて、「ボローニャ」というと、「ああ、みすぼらしい猫の町ね」といわれ、?のまま家路に向かうが、それ、単にボロ、ニャーじゃん!ギャフンおやじギャグでこけそうになった。ホテルでは、ボンジュルノ・・・それでオレのイタリア語の全てはほぼ終了した。チャオ。広告費わりとかかるやろ。まあそんな感じ。観光のことは、まあ、ガイドブックみてくれ。ということだ。ところで、意外とフィレンチェに近いので、それでいてフィレンツエが割と離着陸厳しい空港なので時々代替空港にされるのがボローニャ空港で、まあ、列車で2時間だよ、バスや待ち時間考えたら3時間だよってことだよ。名古屋大阪までとはいかないけど、イメージその半分か3分の2ぐらいじゃねえか。空港立地は多分に政治的で、駄目だこりゃこの国ってまず思われちゃうんじゃないの?成田ではそう思われただろうな。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク) 368a99
2015.05.29
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実際問題、マジ、近所でゴールデンウィークに祭りがあって、マジ、1回だけ通りがかりで見たことがある。何故何年も住んでいて一回かというと、マジ日本にいないからに過ぎないのである。マジ地域コミュニティから遠く離れていて、半径100メートル圏内で、私の名前を知っているのは、管理人さんと、クリーニング屋のおばちゃんだけである、真面。特にクリーニング屋のオバチャンに関しては、マジ、クリーニングの受け渡ししかしたことないのに、私の姿を見て、他に客がいなかったらクリーニングカードを出す前に、私の名前を呼ぶのである。まあ、無言でも毎週来るので、何年も続けてたらマジ名前と顔ぐらい覚えられてしまうのかも知れない。それが嬉しいかというと、まあ普通である。マジで。管理人さんとは、この前久しぶりに挨拶以外の会話した。オーナーさんと連絡つかなくなったのですが、ご存知ですか?と。確かに、私も所要があって、賃貸主に電話したのだが、これがマジつながらない。ただ、マジずっと賃料は延滞なく払っているので、マジ文句を言われたこともないけど、てかいつも半年分先払いして、マジ振り込み手数料浮かせているからさ、マジ年に2回しか振込みしてないんだよね、勿論、会社員なんでボーナス月にね。マジメな話でいうと、駐車場代も半年に1回前払いしているけど、その人はマジ見たことない。ちなみに、私が貸している家は、マジ、会ったことはないけど、年賀状のやり取りをして、マジ、小さな繋がりを保っている。マジ何かあったら私に言ってきて下さいという真摯な姿勢を示しているため、ずっと住み続けていただいているので、マジ今年からひたすら家賃-管理費類-固定資産税が純利益に転換する年を迎えたのである。マジ。 マジ、そんなことより、ガキのころといえば、地元の祭りじゃ盆踊り。田舎の姫路では割りと激しい灘の喧嘩祭りであった、トラウマではないのだが、マジ、ガキにして、前を歩くフンドシのおっちゃんの尻のデキモノ、ブツブツが気持ち悪くて、祭り嫌いになった。祭りじゃ神輿じゃ喧嘩じゃみたいなのは、実際はあまりブツブツのせいで今もそんなに好きになれないのだ。マジ仕方ない。マジ、それでも行くときあるけど。それから新入社員のときのGWは日本何でも適当ドライブ1週間の旅に出かけて、1泊目は大学の先輩の実家の各務原市に泊まったのだが、そこで盆踊り、あれ、違うな、大学5年の夏に行ったんだ、何で行ったんだろう、その夜に地元盆踊りに行くとアンパン(シンナー)している奴らがイーパイいて、嫌になった。何が嫌かと言うと、マジ、貧乏臭いから嫌だ。ただの貧乏は、マジ正しい。こんな神輿も一回行ったらまあまあ満足だし。マジ、こうべまつりだし。こんな神輿も一回行ったらまあまあ満足だしマジだし。死までマジカ
2015.05.28
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旅客数×飛行距離で示される有償旅客キロメートルで見ると、1位がユナイテッド、2位デルタ、3位に近年ズンズンきているエミレーツ、以下アメリカン、中国南方、サウスウエスト、ルフトハンザ、エールフランス、ブリテッシュエアウエイズ、カンタスと続く。さすがアメリカ広いのでまあそらそうだわなと思うが、それも、いよいよ3大フルサービスキャリアに集約された感がある(ユナイテッドとコンチネンタル、デルタとノース、アメリカンとUSエアウエイズ)。何だこれはというのは、中国だ。こんなところにまでやってきている。しかもエアチャイナと中国東方を入れると、まあ結局共産圏なんでひとつの会社みたいなものじゃん、と大雑把に見るとユナイテッド以上となる。てか、あれやん、キャセイパシフィックの株30パーセントもってるやん、エアチャイナ。それにLCCの先駆けサウスウエストも欧州フルサービスキャリアを抑えている。アメリカのLCCもメガキャリアと同じように集約されてサウスウエストとジェットブルーのほぼ2社となった。(欧州のLCCもイージージェットとライアンに集約されつつある感じかね?)それからヨーロッパ系もスパンエア、マリブハンガリー、ん、結構つぶれてるやん、あ、エアヨーロッパもジャーマンウイングスもなくなっとる。スイスエアも何年か前に乗ったが破綻後で、名前がややこしくてつぶれたのがスイスエアで、その資産を引き継いだのがスイスインターナショナルエアで、そっちに乗ったというわけだ。夜中に乗務員がニポンジンの悪口をギャレーで話しているのと、トイレが壊れて水が通路に流れ出したので、あまりいい印象がない状態だ。ベルギーのフラッグシップ、サベナベルギーと一緒に共倒れしたんだったかな。まあ、フラッグシップ(その国を代表する、国が結構出資しているとか、明確な定義はないと思うが)では、アメリカなんかないし、日本ももうjALともいえないよな・・・先程出たマリブハンガリーやサベナベルギーやスイスエア以外にも、ほんのこの前まで日本にも入っていたバリグブラジルも消えた。誇らしげに胸にバリグのバッジつけている成田までコミュートする乗務員を伊丹空港で見たものだが・・・。それからかなり前だが世界のパンナム。ユナイテッドがあとを引き継いだ。パンナムの人は、チューリヒのことをズーリックという(アメリカの人は、だろうが)。アリタリアなんかどうなんよ。あ、エールフランス傘下を経て、今エティハド傘下かいな。んー、あとオーストラリアね、男性乗務員ほぼ100パーセントゲイエアラインね、ワンワールドだが、そうでないエミレーツに歩み寄ってコードシェアで拡大路線、子会社にLCCジェットスターを持ちガンバっているものの、というかそのLCCに助けられ苦しい国内線を踏ん張っている。デルタ系バージンアトランテックに侵食されてるみたいよ。オーストラリアのことはよく分からん。マッチョだから。え、それ理由?日本はというと、先程の旅客数×飛行距離では、規模拡大型のANA23位、利益重視型JAL29位である。いや、まあ、それなりに儲けてもらったらそれでいいのだが今後どうなんですか、という中で、いま世界で現在だけでいうと、まずまずなのが中東系エミレーツ、エティハド、カタールであり、まあこれって民間企業じゃないよね、国家政策だよなあ(厳密にはエミレーツもエティハドもアラブ首長国連邦の連邦のひとつだけど)。それでハブ機能を持たせた政策が成功だものねえ。関空からエミレーツでドバイ行くと、乗り継ぎの客しかいなくて、イミグレに歩いているの私だけだったからびびったで。皆さん、トランジットで曲がって行ったわ。まあ数人しか入国しなかったんじゃないか。あとアメリカ系は、国内市場の統廃合で、逆に今、前述4社で寡占状態に入って(国内線占有率7割)で座席利用率8割(アメリカ広いからね、日本からバンコク行ける5,6時間飛んでもまだアメリカでは国内線だからね)で新規参入がなく、各社無意味競争しなければ、暫くは安泰だ。アメリカではLCCもパイロッットを確保することが難しく新規参入は難しいという事情もあるらしい。独占っていいねえ。ってことね。ま、あれだけ広くて、鉄道が発展してないので、飛行機メインになるよね。国土が広すぎるのか自動車業界が邪魔してるんか知らんけど。まあ確かにバンコクまで(東海岸から西海岸まで)新幹線走らすでゆうても、4500キロはあるから1日じゃ無理ね。あとANAもJALも今のところまあまあ安泰状態かな。しかし、LCCどんどんきてるけど、そのあたりだね。まあ、そういうのが、まとめになってない2015年春の状況です。344席(ファースト8席除く)で340番、340番目にチェックインって・・・。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク) 829a90
2015.05.27
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昨日のBLQ(ボローニャ空港の3レターコード)とは売って皮って、こちらは純粋無垢なバーベキューである。アサードである、あ、肉なかったわ、シュラスコである、あ、肉なかったわ。魚ですよ、今日取れた魚。 実は自分が年とったので、周りにいないのだが、20代の不動産取得、ほとんど10年前20年前に比べて減ったよねえ、まあ高くなったからねえ、ということを話していて、最近は若者でシェアハウスがもてはやされている記事やニュースを見てライフスタイル変わったのかなあと、一瞬思うのだが、ニュースや記事はよく書かれているからそういうのが時流になりつつあるのかなあと勘違いするのだが、どうなんだ、月収10万円台で都会には住めないから仕方なくシェアハウスになって皆で分割して払っているっていうのが実態じゃないの?と思うのであった。恋人ならいざ知らず、他人と住むのは嫌だなあと私は思うのだが、20も年齢が下がるとそうでもないのか、いや、やっぱり嫌じゃない?下宿で風呂トイレ共用で小さなワンルームの自室がある、それ学生とか一時だから楽しいし、出会いも面白いかも知れないけど、ずっとだぜって言われたらどうなの?金がないから仕方ない、でしょ、ね。学生時代にフィリピンなんかのスラムや大家族制のところに居候したら、そりゃちょとだけ楽しいけど、これずっとなら嫌だなあ、と正直思った。2部屋しかないところに、私が転がり込んで、そこには女性3人(ひとりレズ)と子供が2人で暮らしていて、私に1部屋与えてくれて、数日間はもう1部屋で5人が寝ていた。お金がなくて、私は彼女らを信用してて、財布を入口に置いていて、必要なものは使っていいよ、というと、いつも申し訳なさそうに、日々の食費代や電気代を、財布から○○ペソだけもらっていいかしらと申し訳なさそうにうのであった。全部とっちゃったらいいのに、私は思うのだが、必要な分だけ持っていく(1日何百円だけだけど)健気さに、ちょとだけ、気が滅入った、むしろ金くれといってくれたほうがいいのに、と思ったぐらいである。金がないから・・・多分そうなんだろう、持ち家だけではなく、車離れと言われるのも、無欲になったわけではなく、金がないからなんだろう。誰だって金があれば車の快楽装置には負けると思う。興味ないというのは、そういう人も一定数いるだろうが、車離れというより持てませんってことじゃないのか。現に安い車(軽自動車)はバカ売れしているし、新車販売に反し、中古車市場は別に減ってるわけでもない。ただ少子と高齢化で益々、市場規模は縮小している。若者の車離れをどうしようか、という議論があるとしても、それは快適性やデザインで回復できるわけがないし、金のない本人たちも、車には興味アリマセンよ、と自己言い訳するんじゃないの?いやはや、私も車を持っているけど、持っているだけで月換算すると(ローンなし)、駐車場代と重量税と車検で月で割ると3万円を越えるのである。うーん、学生時代貧乏だったけど、まだ親もイケイケ高度成長期世代、自分らも今金がなくても将来稼げる淡い期待感、ローン組んだらいいじゃん感があったのだが、確かに派遣だったら家賃と車維持費でもう生きていくのが大変だよね。分からないけど。とかいいながら、自分自身車の必要性もないし、なんもしなくて3万円かかるなら、夜中に海が見たい!なんて思ってもそんなこと滅多にないのでタクシーでいけば収まることは分かっているのだが、そこは、見栄なんだろう。でもその前にありがたいことに払えるだけの収入があるからに過ぎない。まあ、車を20代後半で持ってからずっと持っているけど、それまで持ってなかったのは金がないというのもあるけど、多分実家にいて実家の車があったからかも知れない。そんな話BBQでしたか?最初に持ち家志向が減った訳ではなく、買えなくなったよね、だけである。ああ。学生時代に、刹那刹那で生きましょう、って書いてた奴、どうしてんだろな。
2015.05.26
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いろいろ用事なんかもあって神戸市西区の奥地に行った。西区は1982年に垂水区から分離したので、私が小学生の頃はなかったわけで、よく覚えていないけど、小学校の地理は郷土の区からハジマリ、次学年で市の勉強をして3年生では兵庫県全体の地理の勉強をして、5年か6年でやっと世界地理的なところまでやってくるといった感じであった。何だろう、いつも青い教科書より大き目の地図帳をいつも持っていたような気がする。ナツメヤシとか習っても、それが何かずっと分からなかったし、その実がデーンであることも、ココヤシとの違いも、やっと大学生になって、「来て、見て、分かった」という感じである。まあ、18歳で写真で見たことのない椰子を見たときは、さすが18歳、感動したよ。ほんの4ヶ月だか半年だか前までは、受験勉強ばっかりしていたのに、だよ。よく知らない高校の知人たちが、あいつは大学に行って不良になったとう噂も聞いたが、そんな格好いいものじゃない。怠け者になっただけなのだ。その怠け者を栄光であると勘違いして、今、苦労しているのである。買ってでも若い頃は苦労しろ!金言である。但し、それが年取って役立つかどうかは知らん、知らんがもっと若いときに苦労した学歴は、死ぬまでついて回る。但し、成功者としてついて回るのでえはなく、勤め人としてついてまわる。どうせ、勤め人なら浪人してもっといい大学行けばよかったなと思うときもあるのだ。まさかずっと勤め人のままだとは思わなかったものだから。やはり、学生時代に怠け者になってしまったので、勤め人になった、ママなのだと思う。とにかく、老婆心でいうと、ガキの時代で重要なことのひとつは詰め込み教育である。なんぼでも詰まるのである。詰め込めたあとでないと自由は発想は出ないし、ゆとりなんかないんである。最初からゆとりしちゃうと、真っ白な中で、そこに何もない荒野なのである。多分。多分、自分が、さあ、自由にやっていいいぞ、好きなこと考えていいぞ、何を作ってもいいぞ、何でも時間とジ湯があるから創造してくれよ、って言われても何の知識もないと創造もできない。あわよく創造したつもりでも、そんなこと世の中の常識なんですけど、誰かがもうやっているんですけど、になるよな。グヘ。 まあ、それはさておき、西区から戻る途中、安倍首相は自分の都合のいい論理でことを進めようとしているというか、自分の論理(岸おじちゃんのできんかったことをボクチャンガやる!)を推進しているが、今の憲法書き換えの理由に、あれはGHQが草案したものんだから押し付けである論理を昔展開してたのに、言わなくなったのは、大日本帝国憲法もあれワイマール憲法のパクリじゃないけど、あの法案を作った顧問も外国人であったことに気がついたのから言わなくなったのかも知れないなー、と車内で思うのであった。戦後レジーム(復古)もいいわなくなったねえ。どの時代がずんごく良かったのか分からないけど、日本を取り戻すらしいよね、首相には何かどっかでいい時代があったのだろうなあ。戦後を否定することを、やはり外国は警戒すると思うんだけどね。オメ、あの軍事主義の時代が良かったんけ?とか。自分の理解したいように理解する内在的論理、それはいいことだ、我々には、でも一国の首相ではそれは、あまりにも危ういんじゃないの?ってことだよね。 久しぶりに歩きすぎて不安になったぐらいであった。1ヶ月前歩けなかったのが情けない。でも1ヶ月たって98パーセントまでしか治ってないのも情けない。車中で、最近廃墟も流行っているんですよ、友が島に来週行きますとか行ってた若い後輩がいた。ああ、友が島なら加太だな、是非淡島神社に行ってくれとアドヴァイスしておいた。廃墟なんか流行っているのかね、怖いやん。ただ、確かに、この10年で一番閲覧されているページはどうやら沖縄の廃墟なのだ。廃墟が世界遺産の隣にある、何の説明もない、何だあれは、ネット検索、私のHPにやってくる、の構図のようである。そういえば、多分、2番目に閲覧が多いと考えられるのもサイパン廃墟である。何せ首都ガラパン自体が廃墟ぽい寂れ具合だからだ。やっぱ流行ってるのかなあ・・・。全然関係ないけど黄金の虎も閲覧数高いようだな。ああ、疲れたから飲みてえ・・・(『疲れてなくても飲みてえ』)・・・。
2015.05.25
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前回つづき。BAが入ってきた。その後すぐBAの搭乗スタッフがコーヒーコーナーにぞろぞろやってきた。機長が先頭で、後ろに乗務員を引き連れている。お、機長、気前よく皆さんにおごってあげるのか、と思いきや、自分だけエスプレッソを注文。他のメンバーは何となく周りで立っているだけ、なんだこれは日本の会社みたいだな。他の航空会社は割と自由にやってきて、搭乗口辺りか機内に集合するものだが。それに、ロンドンからやってきたということは飛行時間3時間ぐらいなのに、同じ人員でターンでなく交代ということはスタッフに余裕があるのだな。おまけに、BAは収入が割といいというじゃないか。でも上下関係厳しかったらしんどいよなあ。日本の航空会社も結構人間関係でやめちゃうものね。何だか分からないけど、少し遅れてきたのに、客は早く乗ろうとしてか長い列をすでに作っていて、やっと搭乗口を通り抜けたら、50メートル先なに沖止めされている飛行機までバス待ち。アドリア海に突入していく。ビール注文したらコーラが出てきたので、ビールお願いします、といい、コーラ&ビールとなる。ご飯は、乗り継ぎで食べるので、ここはパス。2時間半でボラポラス海峡となる。飛行機が30分程遅れただけでなく、到着してからいつまでたっても、どこに停めるのかウロウロして、やっと整備工場前といった遠くはなれたところに止まり、延々とバスに乗り続け、乗り換え時間が50分ぐらいとなってしまい、焦る。と思いきや、出発も30分遅れており、0時過ぎているが開いている地下の電車乗り場近くのスーパーマーケットに入り、お菓子を買う。何だか、余裕と思っていたら、最後から2番目に機内に入って、入ったら扉が閉められた。さらばだよ、ボラポラス海峡。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク) 371a97
2015.05.24
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さて、早速ですが、もう帰国のようです。不自由な足を男子力と共にこじらせて、還れボケ!といわれているのです。幸いにも空港行きバスは、ホテルの目の前、信号待ちを考えても5分で余裕の算段でして。夕刻にホテルに戻り、クロークに預けていた荷物を出してもらい、正装に着替えするのです。何せ、ジーンズの癖に遠巻きに見たらチノパンに見える灰色ですし、運動靴ピョンピョンシューズも遠巻きに見ると茶色なので革靴に見えるのです。あとは、よくみたら変な格好なのに、ジャケットにネクタイで何ちゃってビジネスマンに見えるのです。そうやって、世間というか、チェクインカウンターの人に好印象を与え、いかにも慣れているように見せ散らかす戦術なのです。何せ、一期一会の方々には見た目が100パーセントですから。空いたバスに乗ること20分程度で空港に到着し、チェックインの後はブラブラとビイルというお決まりのコースなのでです。空港1階向かって右側が到着ロビーで左側が出発ロビーなんです。うーん、ツマラヌことを考えますと、大きな空港では出発と到着の階数が違いますが、細長かったり小さい空港だと、同じフロアにありますね。最近の事例では、向かって右側に出発カウンターがあったのは、スコピエ、セントマーチンぐらいでしょうか。どうでもいいですね。ビールはカルフールで購入。トイレに行きたくなっても困るので少量でアルコール度数の高いのを選択しました。ランボルギーニとフェラーリの本社は20キロ離れてないということだそうです。あのスーパーカーブームの代表といえば、カウンタックでしょう。先代ミウラ、後継者ディアブロ。スーバーカーブームと共に流行ったのが消しゴム。タイヤにニス塗って、ボールペンのバネ伸ばして、学校の机の上のレースに参加したなあ。だから何だかランボルギーニっていったら30年前の車って感じがしちゃうんですよね。いやあ、いまでもかっこいいですね。リッター500メートルでも5000000万なら買いますよ。転売するけど。コレのってタラ目だって仕方ないですよね。カッコイイ車!と思われて、なんだ、この運転してる冴えないおっさんと思われるのが恥ずかしいです。割と早めに搭乗口に到着。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク) 371a8.
2015.05.23
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高度成長期は、まあ伸びる業績、伸びる賃金、年金や退職金、会社で使える金、福利厚生なんかあったりしたが、いやはや今はそうではない時代に突入し、企業年金どころか公的年金も破壊、伸びない業績と収入、厳しいのうということは、確かにそうだろう。おまけに、出世競争も厳しいというか、出世のルールが明確でないため、頂点目指すも競争から降りるも本人の意思はあまり関係ない状態だ。ルールが分からなく、曖昧な基準で、上司に引っ張り挙げられるしか出世はなく、何かのプロジェクトや開発で個人やチームが大きな成果を挙げても、報酬がババーンと上がったりもらえる、ということはない。ブラック企業とかどこもかしこも言われているが、一応、日本の場合は厳しい解雇規制があるので、そうやすやすと、「オメ、クビだ!」なんてことにはならないし、このおかげで転職しにくく流動性が悪いシステムになっている。別にいいワルイではないが。その代わり、解雇されないが、転勤出向にはまず逆らえないし、それが金銭が増えることにはならない(出向で減ることはっても)。 まあだからといって、ふと、幸せってなんでしょうね、とそれに伴い考えることはないけど、地位や金銭と幸せは余り関係ない。地位や金銭で不安や不満を解決するには有効だが。解決したら幸せになるというより、安心するだけだ。全然関係ないけど、学生時代は旅行すれば、よくドミトリーの部屋に泊まって経済的負担をできるだけ少なくしながらも、そこで知り合った人と話をしたり、旅情報の交換をしたりといったことをしたのだが、今、カウチサーフィンってのが流行り出しているんだってね。登録すれば、個人が都合があえば、無料で部屋の一部やベッドを貸してくれて、宿泊料無しで旅行できるという試みだ。まあ、誰かと部屋をシェアするのが普通の国ではすんなり受け入れられ易いと思うが、考えたら危険だよねえ。ホストはどんなヘンタいやろうか分からないが、ほとんど事故は起こったことはないらしい。それは実名顔写真入りで登録、利用後の評価システムで決まる、知り合った友達リストでメンバーの関係性が分かるようになっているので、まあ最初に泊める場合は厳しいかも知れないが、親切が売りになるのでホスト側も高い評価を得ようとするし、そういうホストは多分自分が旅行に行く時もこのシステムを利用するのだろう。いやはやインターネットってすごいねえ。
2015.05.22
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GWについては、成田発関空着であったが、関空は、まさに閑古鳥が鳴いて、開港の頃の華やかさを失ったドヨーン感が漂っていたのだが、いやはやLCC祭り状態である、それにアジアの外人急増、アジア諸国のビザ緩和、円安で、まあこれは1994年以来旅客数が過去最高となり、特に、インバウンド(外人流入のほうね)効果が大きくて、国際線利用者の外国人が前年4割も増えた(全体では1割増)。いやあ、どうしようもなかった第2ターミナルというか第2滑走路のほう、どうするんだってのが3年前だったのに、今や日本のLCCハブ空港・・・ごめん、行ったことないけど、コチラが活況を呈しているらしい。メインの元からある第一ターミナルは、相変わらず普通。うーん、考えたらチェックインに10分以上並んだことないような気がする。うーん、チェックインがだいたい出発90~60分前だからかも知れないけど。いやー、まだ乗ってないけどピーチアビエーション、エアアジア、ジェットスター、春秋航空、ジンエアとかチェジュエアとかもあったかな・・・。もしそういうことを知らなくても、平日なんば歩いてみ、アジア人ばっかだから。いいすぎか。何セ、分からんけど、アジア人と関西人の親和性も高いこと、まあちょとだけだけど、関東より30分ぐらいかなー、近いことで割と受けてるんじゃないか。金持ち中国人じゃない中国人もやってきて、何に感動するか、青空、ふつうの庭もきれい、普通の白米もウマイ、まあまずはぞんなことに感心してしまう訳。それ悲しすぎるよな。シンガポール航空傘下の格安航空会社(LCC)「スクート」は21日、関西国際空港−シンガポール便を7月8日から週6便就航すると発表した。うち3便はバンコク、3便は台湾・高雄経由。関空に就航するLCCは15社目。とのこと。。それで鼻息荒くなって、今は第3ターミナル作っているあるよ。何だか第一ターミナルも、それにかこつけて免税店増床したりなんかして、まー、日和見ですが、関空何であんなところに造りやがってん、神戸と関空廃止伊丹集中と思ってても、うまくいっていれば嬉しいものだ。年取ったな~。それに神戸空港反対論だが、駐車場が1日ただということで、日帰りなら積極的に使っている自分が自分本位。ノンポリポリシーと攻撃される、が、すみません庶民なんでの言い訳。選民思想のくせに。でも、いいよね、離陸50分前に家を車で出て乗れたら。あ、関空の話だった、だったが、面倒になったので終わり。羽田成田については、マーあ、眠たくなってきたからもうやめるけど、成田は羽田国際線が出来たから、ビビューンと落ちると思いきやこの1年でみると、成田は100万人減である、それも外国人利用者100万人増、日本人200万人減である、全体利用者は前年比3パーセント減ぐらいで留まっている。羽田は、まー前年比利用者4割増、ということはビジネス客で、成田も併せて、成田が減っている以上に利用が増えているので海外に行く人単純に増えてんだ。2010年国際線再開(台湾除く)まで羽田に国際線戻せや海拡張したらええやんけ成田遠いやなかいあ論者であった私も、今や、成田ガンバレの応援論者になってしまっていると思う。弱いものを応援する日和見主義者である。あとは、横田基地とその制空権問題である。ほんまこれ解決したらどんなけ大阪東京近くなるねん!ってことだよ。成田と横田、交換早くしてくんない?(そんな単純じゃないか)成田国際空港は、2014年度(2014年4月~2015年3月)の運用状況を発表した。航空機発着回数は前年度比1%増の22万8220回となり、開港以来最高となった。国内線が春秋航空日本の新規就航や、国内LCC(格安航空会社)の増便などで同5%増の5万0593回と初めて5万回を突破した。国際線は横ばいの17万7627回だった。航空旅客人数は同2%減の3530万5000人だった。このうち、国際線の外国人旅客人数が東南アジアの訪日ビザ緩和や、円安の効果に加え、中華圏からの増加で同15%増の1063万8444人と、初めて1000万人を突破し過去最高となった。国内線の旅客人数もLCCの増便などの効果で同16%増の600万2556人と過去最高となった。国際航空貨物量は同5%増の207万6260トンと前年を上回った。仮陸揚貨物量が同13%増の69万1493トンと過去最高だった。給油量は同4%減の461万6953キロリットルだった。とのこと。どうやら盛り返しているようである。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク) 366a3
2015.05.21
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結論から言えば、飯を食うために、食通の町に戻るのである。サンマリノ市より最終バスに乗り込む。車内では、スムージーみたいなのを飲む。もう町に戻ったのが、22時頃となりホテル直近くに駆け込む。コベルトという席代+パン代がかかってくるのである。食べなくてもね。正確には席代でパンは無料なのであるが、まあパン代と考えておかないとちょとムカツク。名物ではないのに、カルボナーラ頼んでしまう。さすが美食の都。スパゲティのソースとして有名なボロニェーゼは、肉をベースとしたパスタ・ソースだが、こいつもラベルは高い。さすが、肉とチーズを多用するエリア。海鮮アンティパスト。いやはや日本の誇る世界のカニカマ、出た!腹いっぱいにし、部屋に戻る。12時間前にチェックインできずに荷物を預けたが、既に部屋の中に荷物は放り込まれ、鍵をくれたのみ。寝酒とする。コンビニでビール買ったらスーパーの3倍ぐらいした。朝食には、胡桃割りがあり、面白くて割ってみる。プロシュート、モルタデッラといったボローニャソーセージ、サラーメといった豚肉加工品といった地元に来れば是非食べろ、というものに何故か手を出さず。どこで食べても同じやん、てもの食べてるやん。昼飯は、トルテリーニ(指輪状のパスタ)があることを確認し、賑わっている適当な店に入る。お、ここか。コベルトという席代+パン代がかかってくるのである。食べなくてもね。正確には席代でパンは無料なのであるが、まあパン代と考えておかないとちょとムカツク。ちょっと高飛車に言っちゃうと、イタリア料理ってあまりなくてどちらかというと郷土料理じゃないのか。こら同じものやでといいつつ、地域に寄って『名前が違ったり。ボロネーゼも、ここじゃ、何だか呼び名が違うようであるし。ボローニャハムならぬパロマハムのピザ頼んでしまう。チーズが大量で濃厚にハムの塩がピリリと効いている。トルテリーニ。まだ、チーズいっとくか。あら、トルテリーニとトルテローニってのがあるみたいね。さすが肥満の街。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.20
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リサイクルバンドンコ、100メートル先。焼肉食べるか、いや、今は辞めといたほうが良い。どっかの国ふくろう推進してたなどこかに座って休もうとするが、割とイッパイ座っているな。スーパーに入ると、サイケボンという怪しいカップラーメン。確かにサイケデリックとボングは相性いいけどさ。ウーゴバッシ市場に行ったら、割と休み。ウーゴバッシ市場併設フードコート。多少空気は淀んでいたが、だるく飯を食うには選択も簡単にできるのでいいんじゃないの?考えたら20代後半は、イタリア料理にはまったような気がする。気がするが、結局、それは前菜とワインとパスタであって、肉はやっぱりまったく食べてないな。せいぜい魚。まあ、アンチパストミストだのパニーニやブルスケッタだの、フォカッチャだの、ミネストローネだのカポナータだの程度である。それから月日がたって俺の中のイタリア料理は成長したかというと、まったくである。前にローマのスーパーでニョッキ買って帰ったら臭いがオエー系で(味はいけたが)、日本で買ったほうが安かったのでショックだった。1990年代は、日本にも海外食品そんなに入ってなくって、イタリアでもタイでもレトルト買いまくったけど、今は、まあ安いし、韓国ノリなんかかさばるだけで、値段変わらず買えちゃうから参るよ。てないな。せいぜい魚。イタリア料理っても地域で随分違って、何となくオリーブオイル、トマトって南イタリアのようで、北はクリーム系だし、シチリアまでいっちゃうとアフリカ系だよね、ちなみに、フランス料理の故郷はイタリアですね。あと、残念ながらデジャートには昔から一向に触手が働かない。イタリア来てビール飲んでる。昔はいきってアスティスプマンテから、メインは濃いバローロ、食後はグラッパだったけど、今は、ただの寝酒びいる。名物。まったく、アイサレンダーだよ。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク) 367a91
2015.05.19
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その1。城門はいったところすぐにも、拷問博物館があったが、最終バスの時間が20分後に迫って諦める、が、拷問系は、どこも同じ系で飽きてきているって事情もあるなあ。アムス、ウィーン、プラハ、サンフラン、マルタのイムジーナ・・・。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.18
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大阪都構想は否決されるだろうが、要はそこまでやらんともうあかんで、とういう思いなのだろうか。二重行政を解消のためには都にする必要はなく、市と府が既得権(権限)、金(税金)を一方に渡すだけで解消する。それがいつまでたっても移譲されないから、だから都にして強制的に解消してやる!ってことか。まさかの安倍のような自分の内在的論理(岸信介おじいちゃんの思いを晴らしたい、見返したい!)や歴史に名を残すためにやっているわけではないでしょうね・・・しょうもない区長とか生み出して失敗した一発逆転?。それでも二重行政解消されんとおもうけどなあ。そのポストが生まれるのでしょ?自治体の仕事ってなんやねん、行政と住民サービスやねん。二重行政でこちらに金がかかって住民サービスは低下しとるねん。まあそういうことである。東京都は大阪市より子育て支援などの住民サービスが大阪より手厚いので、反対派が住民サービスが低下するというのはやり方次第であって、大阪市民なんか役所に不信感もっているでしょうから、都になろうが低下しっぱなしと思っているのだろう。 まあ、金はかかる。住所変更なんか役所は結構少ない金額を見積もっているようだけど、民間の、あ、名刺屋、地図屋儲かるねえ・・・印刷屋・・あとは意味なく余計な負担か。金だけ見たら、どんなけ削減効果があるかといえば、どうも大したことなさそうだ。あったとしても予算の0.5パーセントぐらいか。 しかし、せっかく住民投票が有効なら、賛成か反対かだけではなく、もっと項目作ったらよろしいのになあ。反対だが二重行政をなくすためこの分野に関しては100パーセント大阪市に移譲する、とか、賛成だが住民サービスの予算は変えてはならないとか(今でも住民サービスは東京都以下だけど)。しかしまあ、実際はやり方次第ってところで、一般人には悪くならないなら、どちらでもいいのだが、大阪市から金貰っている業界団体は勿論反対でしょうな。どちらでもいいなら、変わりたくない・・・そういうものですよね。よく分からないなら変わりたくない。 舞洲でカジノやって儲けましょうや。日本人の入場は不可で。でも換金率悪くすると、失敗するよ。それにカジノしかなかったらギャンブラーしか来ないし、交通便も何とかせんとあかんね。韓国の失敗例もあるよ。まあ、可決されても、そんなイライことにはならんと思うよ。要人の病歴というのは、割とシークレット臭が強く、スパイ活動にも病気のことは重要だったといわれている。まあ、今思い出しただけでも、秘密じゃないけど、西郷たかもりは象皮病(フィラリア)で○ン○マが肥大して馬に乗るのが困難だったとか、フランクリンルーズベルトは元々下半身不随の大統領で(当時はほとんど知られてなかった)、ヤルタ会談では実は42度ぐらいの熱があってシニカケで(実際亡くなってトルーマンになったよね)とか、エリツィンがアル中でかなりやばかったとか、思い出しますね。 さて、自分のことであるが、もう1ヶ月もたつのに、3週間前から95パーセント回復してから、一向に治らない(びっこひあなくて歩けるということ)。いままで社交的で活発な活動を続けてきたかというと、ウソであるがブラブラ出かけたり、意味なく歩き回るわけだったが、思わず出不精である。できるだけ家に引きこもっているのである。1日3冊の本を読むことも何日かあるのであった。飲み会もこの1ヶ月1回に留め、ひたすら静寂にしているというのにである。睡眠時間もやたら長くて、時差ボケもありつつ寝すぎて明日出勤やのに、朝方まで眠れないというような悪循環もありの、考えたら老人が怪我して出かけるのが億劫になり、そのまま退化してボケたり、歩けなくなったりするようなシーンを思い出して不安になったりするのである。いやはやボケ中年をそろそろ脱退しなければ、と焦りつつある今日この頃であった。
2015.05.17
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ついて、ってただのパクリなんだけど、到着まで1時間ぐらいとなり、今から映画見たら途中でおわっちゃうからどうしようかと、ワールドTVのところを操作したら、鴻上尚史のクールジャパン45分程度番組があって題目は工事現場だったんで、時間的に見ることにした。奇しくも最近彼の本のクールジャパンの本が出ていて、こりゃ旅行に持って行ったら1~2時間で読めそうだ、と思って持ってきていたのだ。旅行中の本は、もっと長い旅なら電子書式にするだろうけど、まあ今は3,4,5冊忍ばせておけばいい。時間のかかりそうなのと軽いやつを半分くらい。せっかくだから、クールジャパンで紹介されていたのを完全なパチリなんだけど、ガイコツジンがおおおと思ったものを挙げておく。諸君も確かにそれは受けるかもしれない、ちょっと嬉しがられたらこちらも嬉しいろいう感覚を持たれるのは自然な感覚でよろしいが、あーだから日本に生まれてよかった。日本人で誇らしい!なんて飛躍したところまで思わないで欲しいということだ。それは、オメ、それ何かしたのか?ってことだ。なんだか、何もしてないのに自己肯定してるって感じになるよね。日本人でよかったと思うのは先祖や先輩に感謝することだ。繁栄を享受できたのは高度成長があって、汗水垂らして1世代2世代前の人が頑張ってくれたからだ。だから、こうやって、世界を見聞できているわけだからね。正直、昔からスラムに行ったり街の乞食を見ると、自分はただ偶然日本に生まれてきただけなのに、と申し訳ない気分になる。この人が自分のようになろうと思えば生まれたのころが違うだけで100倍努力しても私にはなれないのだから。アンドベカール博士にはなれない。ガンディーでさえ、彼がフカショクミン出身であることに驚いたほどだ。ガンディーもチャンドラボースも恵まれた家庭出身だ。何かイキっていきっているけど、どうなんだよ、最近やたら溢れている感じがする。車屋が客が駐車場を出たら、車が見えなくなるまで店の前でお辞儀をしているのを発見して感動するガイコツジン、あれは営業だろ。知り合いや友達が家に来たら帰り際にその人が車の角を曲がるまで見送る、ってことは私も昔からしてたけど、それは知り合いだからだ。バックミラーであいつまだ見送ってくれてるんだ、何て思わないよね。実家に行っても、帰るときにオカンはオレが次の角を曲がるまで玄関で車を見ているのを知っている。本によると、記念放送でクールベスト10はというと、1. 洗浄器付便座(某メーカーはウオュレット、某メーカーはシャワートイレ)・・・おまけに給水タンクで手を洗うモッタイナイ精神やタンクの大小に驚くようだ。但し、自動でフタが開くのは、?ナンデスカコレ?である。2. お花見・・・しかし西洋人は花と木は別のようで、紅葉についてはよく分からんという人が多いようだ。3. 100円ショップ・・・海外でも1ドルショップ、1ユーロショップあるけど、まあこの前も1ユーロショップみたが普通。4. 花火・・・花火の最後に線香花火で締めくくりのワビサビを感じるのも乙なもののようだ。確かにガキノ頃、無意識に最後は線香花火だったな。5. 食品サンプル・・・大阪の道具屋筋でも外人が物色しているのよく見るよな。海外で(フランスだったかな)外にサンプル置いてたらどうなるか見たいな番組昔みたら、結構受けてて、旅行者が入って行った。分かり易いねと評判だったな。6. おにぎり・・・但し海苔は駄目な人もいる。7. カプセルホテル・・・終電というシステムがあるからだ、ということだ。確かに大都会では電車終わっても深夜バスがあったりする。8. 盆踊り9. 紅葉狩り・・・あれ、さっき出てたな。10. 新幹線11.居酒屋12.富士山登山・・・雑にいうと西洋はキリスト教だから自然信仰というのがないのか、ご来光とか山を崇めるのは何だか不思議だそうだ。13.大阪人気質・・・大阪人は日本人ではないように見えるらしい。俺も大阪人ではないが、バナナ渡されて、電話ですよ、と言われると、あーもしもし?てか、これバナナやん!って絶対言ってしまう。14.スーパー銭湯15.自動販売機・・・アルコールの自動販売機は海外で見たことない。タバコはスペインとかで見た。熱いのと冷たいのが同時に売っているのに驚くとの事。まあ、自動販売機は安全の象徴だね。16.立体駐車場・・・狭い土地の有効活用に驚くようだ。17.ICカード乗車券・・・まあ、これは最近はそうでもないような気がするんだけど。18.ニッカボッカ・・・クールファッションらしい。地下足袋も人気。19.神前結婚式20.漫画喫茶まだまだ、満載で、こういうの受けるのかというのがあったので、また紹介しよう。
2015.05.16
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解剖蝋人形博物館には行けなかったものだから、代わりにアルキジンナーギオ宮に来ることになった。まずは、中庭に出る。そして、左に曲がり、階段を上がっていく。2階に上がって直ぐただ単純に前の人について行っただけで右に曲がるが、チケットブースとは違うと言われ、順番に追い返される。チケットは2階の回廊に出て左に歩いて行くだけである。ちなみに、解剖室と図書館のみが有料であり、その他回廊のみブラブラするのは無料である。トイレも無料である。最古の公開解剖室があるとのことだが、解剖台よりも、木製の彫刻で埋め尽くされているのが見所、皮を剥がれた2人が出迎えてくれるものの、当時のままのものはもう天井だけのようだ。あとは世界大戦後に、修復されたもの。ここでの活動期間は16世紀から200年程だったとのことだ。何故か、静かである。厳かな気分になるのであろうか。解剖室ってことに緊張が走っているのか。解説のプリントも9カ国ぐらいの言語で書かれたものが置かれている。戦中は随分、破壊されたようだ。よく分からないマジメとアソビが入ったスケッチや造作物。回廊の壁や天井は、卒業生や教授の紋章がびっしり埋め尽くされ、これでもか感満載である。6000とのことである。在校生って、ダンテ、ガリレオ、コペルニクス・・・。フジツボびっしりのようにみえ、多少気色悪くも感じる。あー。考えたら、家で肉焼いたこと無いな。何もなかったということを発見するのも、旅行の面白さである。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク) 373a99
2015.05.15
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出た!蝋人形、ベリーチープさ満載の博物館、受付の親父も、写真OKOK撮り放題だよ、と太鼓判。CEREって単語はまあ、ローマでも覚えたよ。どうも職人の国、イタリア、クオリティ低いな。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.14
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とかいいながら、ユックリしたものだ。朝食を8時半頃から1時間かけてノンビリ食らったあとは、ダラダラを決め込む。ダラダラするのが旅行の極意である。午前中は、ゆっくりだ!と決め込む訳。何故?あおれは歩くのが辛いからだ。1日中歩くわけにはいかないからね。部屋から駅前の営みをボヤボヤ眺めたり、部屋で読書にイタリアTVを無駄に見ている。イタリアのバラエティやコマーシャルはなかなか面白いのだ。いや、午後から効率的に回れるように、パソコンでガイドブック的なものを検索もちゃんとしたりなんかもシテイル。もし、元気だったらDOZZA行ったけどね、午前中に。30分でいけるからね。歩くの嫌だ。P.za XX settembre それプラザの略だろ。古本市場モンタローニャ公園古着、パチモン屋何を隠そう、ボローニャ出身の映画監督、パゾリーニ。いやあ、学生時代に見たソドムの市は衝撃的でしたな。豚小屋とかデカメロン見たよ~。最後は撲殺されてしまったね。ボローニャっていえば、大学しか思いつかないけど。ヨーロッパで一番古い大学って覚えてるけど。どうやらリングパスタとボローニャハムは有名だそうである。あとは、ボロネーゼか?ボローニャ発祥企業は、ドガティ、マセラティ、ランボルギーニ・・・ああ、小学生時代の垂涎の的じゃねえかよ!安い、が欲しいものはない、というか、欲しいものもともとないやん。所有すればするほど、ムカツクやん。なんての、アーケードというか回廊というか、ポルチコってのが異常に多くある。それが異常に長いらしい。確かにどこもかしこもポルチコ~だったわ。城壁の中だけでも合計すると38km。傘ささなくていいのがいいよね。厳しいのう。宝くじに当たる確率は1000万分の1、交通事故で死ぬ確率は1000万分の400。自分を特別な人間と思ってしまうからなんだろう。でも、宝くじ当たる前に車に当たっちゃうよ。ボローニャ歩けば大学に当たる、ってキャンパスないから。渾然と街一体のどこらかしこが大学のパートだから。お、宝くじとは関係なかった・・・。昔12~13世紀の頃には100本以上の塔があったそうで、誰だったか、あ、ダンテ、ダンテ。でも今はそんなのないよ。ボローニャのシンボルでもある二本の斜塔だけが何だか残っている。48メートルと97メートル。共に12世紀初期のもので、48メートルのほうは傾き過ぎて倒壊の恐れがあり、14世紀に60mから10メートル程削ったようで、確かに頂上が変だ。不思議に、私、ヒラルダの塔を思い出してしまったよ。セビージャね。あのときカディスに行こうとしてたなあ。何でだろ。しかし、まあ、おれらって、トラベラー気取りだけど、ツーリストだよな。誰かがいつか辿った道、だれかがいつか感じた道をトレースしてるんだ。確かに随分ずれておる。でも、ピサの斜塔のように、手で支えている写真を撮る人はいなかった。何故ゆえ。高いほうの塔には登れて、褐色の屋根に覆われた街を見渡せるが、長い列を理由にやめておく。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.13
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その1。ボタン系。これは、なにゃったかな、バイキングか雪国のなんかやたかな。えさ食えば、石が落ちて死ぬなり法隆寺。おされ系。楽になる?便利になる?インド髪長系。あごひげ長系、口ひげ長系。漢字表記は主に「髭」が用いられるが、実際は「髭」は「口ひげ」、「鬚」は「あごひげ」、「髯」は「ほおひげ」。普通のおばちゃんやとおもいきや、金属いっぱい食べとる。あら、纏足。指先薔薇切り機、優雅やなあ。目玉飛び出るのいらんやろ。男性用ていそー帯ですか。何で傷つける?帽子に眼鏡、画期的だね。でもいつもボウシストでないといけないね。自動豚丸焼き機か?思うに600キロ越えた人は、自力で立てないと思います。長いヒゲが流れる。私たちは自分は『特別』だと思っている。思っているから妄想の中で生きている。サンマリノで俺は何をしているんだ。特別な自分には特別なことが起こるのだ、そうやって妄想でやってきている。でなきゃ、俺は買わないけど宝くじは買わない。宝くじ1等に当たるより交通事故で死ぬ確率のほうが数百倍高いわけだから、宝くじに当たったら車に当たって死んじゃうよ。いやはや、どれだけアクドイ世の中に騙されたか、騙されても、自分は特別だからどれだけ自己正当化したか。恥ずかしい。そうやって他人に洗脳されるより自己洗脳してしまうと、解けるものも解けない。どれだけ財産を失ったか?どれだけ友達を失ったか?自問自答しながら不思議にヒゲの前に立ち尽くす。ここは、多分、世界で5番目に小さいサンマリノ。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.12
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入場料が7.5ユーロって言えば、なんでそんな高い所に?馬鹿馬鹿しい!と怒られるので黙っておく。何がしたいのだ。太った人のズボンとか、ウエストの細い人、まあそんなところか。でかいひと、ちいさいひと。そーんな感じ。髪の毛で豪華客船作れる人、ちょと羨ましい。ギネスの刺青マンは、確か歯の裏まで刺青してて99.9パーセントを埋めてたと思うんだけど。ギネスのつめナがマンは、確かインドの老人だった思うんだけど。西洋では、ガキに子供はどこから来るのと詰め寄られたら、コウノトリが運んでくるって苦しい言い訳しているのでしょうか。世界最大のタカアシガニって、あまり美味しくないらしいね。伊豆で食べられるらしいけど。棒で寝る人。インドでは修行でずっと立ったままのひとや片腕を上げたままの人がいるけど、なんかそんな30年前に聞いたこと思い出した。時代というものがある。かつて1960年代のヒッピーの聖地はインドのゴア、カトマンドゥ、カブールだったように思う。アフガン紛争の前はアフガニスタンは簡単に入れる国だった。マア、80年代の懐古主義でネオ似非ヒッピーの真似事をしてたのが私っておとだわな。その後、チョンキンマンション(香港)やカオサンロード(バンコク)が、それなりに有名となる。オサレ。拷問危惧、ってか軽い奴ね、街中をこれ付けされて馬鹿にされるのけ刑。こんな高いの履けばこけるよ。スカートに下に高いの履けばこけるよ。これは何か分かりません、自転車の原型みたいなのか。確かに初期型はペダル無かったよね。そういえば、日本に滞在したガイコツジンが自国に持って帰るクールな商品の1位は温水便座(TOTOならウォシュレット)だが、2位はママチャリらしいよ。ガキを前に乗せる発想、コレ、ビークールらしい。後輪より前輪のほうがちょとだけ直径小さいんだよね。残念、そこにサスベイはないけどな。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.11
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休憩だ。景色の良いところでビール祭りだ。悪いが一杯やらせてもらうぜ。足が痛いので休憩であり、病気の痛みに加え、気を遣って歩いているので、筋肉痛的な感じになっていて、ジワーっとするのである。足を延ばして、椅子に足をかけると、血液の流れが変わってスッとするのである。ほら、山歩きのあと、寝転んで壁に足をあげて壁につけると血液の流れが重力どおりに太腿のほうにいって気持ちいいじゃん、あれあれ、あれだよ、ドレ? それにしても、ニポンジんである。ちゃんと靴を脱いで椅子に足を放り出すのである。電車乗ってて空いてたら、西洋人は靴のまま足を前の座席に放り出しているのである。もう、西洋人不潔ってか、家入ってまで何で靴は履いてんだよ、乾燥してる土壌だからか?何人っての、印象があるやん。でもそれって出会った限りなく少ない奴の印象なんだよね。だから学生時代に会った旅行者の印象として、イギリス人は足が汚い、不潔ってのがオレのイギリス人の印象。オレの義理の弟はイギリス人だが、ちゃんと、家では、土間もないけど、家入るとドアのところに靴脱いで置いてた。海外に住むアメリカやヨーロッパの日本人の家を訪ねると家に入ると靴を脱いでいて段差がないのに、靴脱いでて、これはまあどこまでいっても日本人やなあと思うのであった。オレも、いわせてもらうが、とにもかくにも着たきり雀は平気であるが、ホテルにチェックインしたら速攻で靴を脱ぐ。自宅でもスリッパに裸足である。靴下はよくない、靴下履いたまま寝たこと無い。冬山登山しても、寝袋の中で靴下脱ぐ。でも人間、足裏が冷たいと眠れないのであり、何度も冬山で、一晩足が冷たくて眠れなかった。靴下履いて寝ろや!ってヒマラヤじゃあるまいし、たかだか2、3000メートル級だぜ。寝袋から顔出したところは氷点下だが、まあ、それは愛嬌。でも昔、自分の寝ている部屋の温度がマイナスだったのにはびびったけどな。それはさておき、地上750メートルの崖っぷちから一杯やらせてもらうぜ。禁断のアルコールに昨日の飛行機で赤のオーストリアワイン3杯(お、割と安いワイン出してるねんね)にデザートワイン、アウスレーゼ1杯、それから夜中にビール1本飲んじゃっているから、既に罪はかぶっている。痛風なのに、アルコール飲んでもいいのか?それはメンタルの問題である、つまり、何度も申し上げているように、それはプリン体はたいしたことなく、肝臓のほうの問題である。但し、何でも控えておこう的な、何でもみてやろう精神に近いものがあるのである。むしろ、つまみなんか食べるのがいけないのであり、ピーナツや一夜干し系なんかは駄目なのである。でも、おしとやかに控えておくというのが精神衛生上よろしいのである。ここまで我慢しているのだからキット良くなるオポチュニストである。陽気なニヒリストになるのである。ならんか。 暴飲暴食はいけないが、精神衛生上の問題を忘れてもらっちゃ困るね。いやーブライトライトビッグシティ(「Jマキナニー」だよ、あ、違う。あー、昔こんなん好きだったなんて、恥ずかしい。再会の街、あ、違うわ、俺が思い出したのは、もうちょっとひどい、レスザンゼロだったわ。あー映画では主人公、オーバードーズで死んじゃったな・・・。キャー、恥ずかし。まあ、そんな意味のないことを瞬時に思い出すが、セルベッサ、あ、それスペイン語か、ビラやらせてもらうぜ。(意味なくキザ)でもなんだか分からないけど、最高のシュツエーションってタナトス、死の衝動薄っすら感じるよな。死なないけど。ずっとこのまま続いてもいいって思う瞬間、でも、きっと飽きてしまうんだ。飽きて次のつまらないことをするんだ。まあ、ビール飲むよ。なんで言い訳してるねん。実は、虫が割と飛んでいて、面倒な席だったんだ。雨も降ってきて移動したんだ。おいおい、どれだけ選ばせるんだ。5.8ユーロだが、直接買うと4ユーロだから、席代は1.8ユーロ、お、安いね、おれ給与所得者だから。なんだか、おかしなもので、トイレに行きたいがために、バーやパブやに入るって欧米ではよくあるんだなあ。余計に利尿作用促進するやん。トイレあるやん。生き延びよう、しょぼいロングテールの中で・・・・。雨がバサーっと降って来て席を移動すんだけど。ほんまヨーロッパ人、傘ささないね。乾燥してるから乾くけどよ。つまみ。チーズや野菜はプリン体ないよ。どこが地ビールやねん、そっれはRSM、リパブリカ サン マリノ てこと。あ、今気がついたが料金同じなら一番アルコールきついのにしたのに、2番目のがきてるやん。しれてる思ったわ。確かにビールは8パーまでで、12パービールは、それビールじゃねえ、って感じだけどな。ヨーロッパって前にも書いたけど、ビールの国とワインの国があって、イタリアはビールの種類がないんだけど、サンマリノはイタリア並みにビールがある。あるってTitanbräuだけか。 でも、いつか、還らなければならないのだ。食っていくには仕事しないといけないから。あー、無駄に忙し、忙し、あなたは彼や彼女にようになれないよ。あ、最近グラッパ飲んでないな・・・問題だ。透明を愛でよ。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.10
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前提:小さな声では言えるが大きな声では言えないのだが、帰国して1時に寝て5時半に起きて、8時に寝て14時に起きて、19時半に寝て23時半に起きて、7時半に寝て10時に起きて休日勤務で会社行った。ティターノ山を登り、やがて駐車場に着き、バスを降りる。バスの止まる駐車場からエレベーターで上側の道へ。そこが入口である。ただひたすら流れについていくだけであるが。サンマリノ市ということである。バスもそれなりに空いていたのに、現地は観光客で溢れている。自家用車やツアーバスで着ているのだろう。帰りの最終便のバスに乗る頃もまだまだ人で溢れていた。年間300万人だから毎日1万人ぐらいの観光客が来て、85パーセントがイタリア人とのことだ。何の観光かと、思うに、小国ゆえの消費税なしとか免税とかそういう買い物メインような気がしたのであった。物価は、確かにちょと安く感じた。この国の元首は2人いるといった変わった国で、任期も半年。半年で何ができるのか?多分、小国なので、任期中は特に何もせず維持することが主な仕事ではないだろうか。市庁舎。高度7、800メートルで風もあって、寒くなるのであった。思わずユニクロのなんちゃってダウンジャケットを羽織る。コンパクトでいいよ。真冬のヨーロッパならダウンインダウンのインナーダウンとして活躍。何故か刀を売っている店が数件。軍事品売っている店が数件。建前上、軍隊を持たないヨーロッパの国は、小国のバチカン、リヒテンシュタイン、モナコ、アンドラ、サンマリノ、そして比較的大きな国のアイスランド(NATOには参加)。サンマリノは、防衛に関しイタリアにお任せしている。何セ、周りは全部イタリアに囲まれている。儀式用の軍隊はお持ちのようだ。まあ、非武装っていっても小さいので一定規模の軍隊持てないのが実態だね。ちなみに小国ルクセンブルクは、中立やい、といいつつ2回の大戦で2回とも占領されてしまたので、もうこりゃたまらんとNATO設立だったかには1番に手を挙げたとか。ヨーロッパでは小国だがうまく立ち回り欧州機構の何かと重要な位置を占めていたりする。ちなみに警察は180人ぐらいいて、治安もよくて、牢屋が7部屋のみらしい。裁判もイタリアに委ねておる。小国なので顔見知りが多く、公平なジャッジができないということだろう。そういえば、サンマリノGPってのは、怪我人が出てだったか廃止になりましたな。藤とか桜とか少しあったわけ。頂上の城壁。入場料とるから入場ヤメ。標高7、800メートル、イタリアを見渡す。うっすらアドリア海。歩くのも辛いので休憩である。ビールビールが呼んでいる。観光はこちら1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.09
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バスに乗るまで。リミニを出たバスは、やがてアウグストゥス門の横を通る。景色を楽しみたいなら、左側に座るべし、まるでタイからネパールいくときのフライトの逆みたいな。高速道路を横切り、20分ほど走ると、山を登り始める。、そろそろ勝手にサンマリノに入っているはずなのだが、さっぱり入国いつしてん!手ナ感じであり、まあ、おれは行ったよと信じてもらうしかない。何か観光局で5ユーロでパスポートにスタンプ押してくれるらしいよ。パスポートってことだから、多分、合法なんだろうねえ。これは赤道にいます、の違法(28枚目)。山の上だけが、別の国?サンマリノ共和国は世界で5番目に小さい国である。バチカン、モナコ、ナウル、ツバル、サンマリノである。以下、ヒヒテンシュタイン、グレナダ、セントビンセントグレナーディン、バルバドス、アンティグアバーブダ、セーシェル、パラオ、アンドラ、トンガ、ドミニカ国、バーレーン。といった按配。まあ、サンマリノの大きさは、八丈島ぐらいである。マンハッタン島ぐらいである。数時間で一周だ。まあ、8キロ×13キロの中に収まるって感じ。面積61キロヘーベーだから、正方形にしたら8きろ四方か。ん、13キロ、細長ナットルカ。人口は、3,4万人である。遠く城壁が見え始める。世界最古の共和国でもある。共和国ってなんや、一応、君主でなくって国民が国を所有しているってことだが。要はあれか、アメリカより前に大統領みたいのがいたってことか。独立は17世紀か、途中からロープウエイで行けるが誰も降りない。50分でバスは駐車場に止まる。昔、ムッソリーニがリミニから鉄道造ったらしいけど。バスは空いているから、観光客はいないとおもいきや、いわゆる消費税がないからだだごみである。こら1,2時間のところに住んでたら、観光やデートや買い物ついでに買い物するで。安いで。バスに乗っているのは地元民も結構多くて、何だか生活やナ後思う。2時間に1本ぐらいしかないのに。日本も田舎じゃ、そうやって生活してんだな。途中、飛行機軍団。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.08
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So blushing~、so blushing~。 11時前にホテルに到着して、その1歩前にチウゴクジンカッポーがホテルに入った。彼らは部屋が空いていたので101号室にアーリーチェックインできたのだが、次に前に出ると、おお部屋ないわ、荷物預けて食事してから適当な時間に戻って来てよ、と言われ、着替えをして荷物を預けた。部屋決まってまだ戻ってこないなら、鞄部屋に入れとくわと明るいイタリア人女性フロントに言われ、外に出る。目の前のボローニャ中央駅に行く。駅の中でチケットを自動販売機で買う、買うがよそ者の私のほうが、誰より早くチケットを購入。何だ。ICとかでは1時間程度で到着するが、快速RVで1時間20分程度、普通電車Rで1時間50分程度である。リミニまで。しかし、ICなんかで行くと、値段は倍なので、まあ急がないので、普通で出かけることと相成る。3人のノソリスト(のそのそして切符を買うのに時間のかかる人)の列を突破し、9.5ユーロで出発4分前に購入終了。バスに間に合うだろうか、多少気になるが、バスの時間はちゃんとは分からない。ネットで見ただけ。隣の人、ジョージオーゥエルの1984読んでいた。地図上では3分の2までは1時間で到着したのに、そこから50分かかる。地図でみるとフィレンツェもボローニャから半分ぐらいの距離に見えるが2時間かかるというからねえ。リミニ駅に到着。リミニは、夏場はバカンスの地として知られ、イタリアのマイアミらしいよ。映画でも有名なのは、フェリーニの出身地だからだろうか。リミニの近くに、実はルビコン川がある。それは大河だと思っていたら小川である。本当にルビコン川なのか諸説あるのだが、これでは、さじは投げられたって感じである。ルビコン川より外側がローマ管轄外であり辺境軍は軍装のままここを越えてはいけなかったが、カエサルは都合よく煙たがられ周辺遠征ばかりさせられていたのだが、三頭政治の一角であるクラッススが死に、バランスが崩れ、ローマにいたポンペイウスが何度もカエサルをローマに戻ってくるよう呼び出し、そこで殺害してしまおうと企んだわけだ。カエサルは武装解除してローマに入ったら殺される、帰還命令を無視しても刺客を送られるか一生戻れないかも知れないと、武装したままルビコン川を越え、うまい具合に逆にポンペイウスをローマから追い出すことに成功したということである。バスはどこから出るかというと、まずは観光案内所が駅を出て右にあったので入ると、バストケットも売っており5ユーロであった。。値段書いてないやん、チケット、ほんまに5ユーロか、4.5ユーロじゃないのか?バスが出るまで40分ほどあったので、バスを見逃さないように、目の前から出るバーガーキングを陣地取る。バスが3分前になっても来ないので、イタリアだねえと思って店を出てみると、バーガーキング出て左のほうに既にバスは止まっていた。ヤバイ。急いでバスに乗る。直ぐに出発。目指すは24キロ先のサンマリノ。乗車時間は50分、途中からひたすら山を登るのであった。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.07
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ウィーン空港にて、茶をしばいた後、1時間だけ飛ぶ。空港は、市内から15~20キロにあり、実は密かにスロバキアの首都ブラスチバラも50キロしか離れてないので、以前、夕方の便だが早朝にウィーンでホテルチェックアウトしてウィーン空港に荷物を預けてスロバキアに行ったなあ。 何かと東欧諸国への乗り継ぎ窓口空港ぽい。ウィーンのシュベヒャート空港は、硫黄臭い空港という意味合いで、近くの川のことをいうようだ。まあ、こんな感じの河だろうか。しかし、まあ、赤いユニフォームで目がチカチカする空港及び機内だわ。モデナってボローニャから40キロ、昔、知り合いがフェラーリ本社行きましたというぐらいフェラーリ好きがいて、モデナのことを熱く語っていたことを思い出した。地図眺めてったら、ああ、こんなとこにあったのかと思った。機内はチロリアン仕様の緑シートにカラフルなんていうの、頭部につういているシート便ではなかった。赤い制服、ストッキングも靴も赤だから、何だか不思議だねえ。ウィーンもそうだが、ボローニャも無料WIFIあり、って最近ないと、もう評価下がるよね。最近、ヨーロッパでWIFIなかったのは、ノルエーだったかな。アドリア海をかすめ、1時間程度。何だか、イタリア来たって感じしないなあ。あ、空港にカルフール、それフランスじゃねえか。しかし、びびったのが、イタリアの両替手数料、15パーセントぐらい取られた、これはしらなんだ。ムカついたが金がないから仕方ないが、速攻で翌日はBANCOMATのATMで銀行カードで引き下ろした。そしてできるだけクレジットカードを使用するようにしたわけ。なんだか、今、調べてみると、ユーロを両替するなら日本で換えて行くのが一番お徳とのことだ。ほんまか。1階にアライバルの出口とチェックインカウンターがある。到着したら右折してバス停に向かう。6ユーロでバスに乗る。券売機でも買えるが、割と皆さん運転手から直接買っているので、そうすることにする。2、30分で駅に到着。6キロ程度しかない近場。バスは1時間に4、5本あり。大事をとって、駅前1分のホテルをとる。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.06
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16時半頃ウィーンに到着。なんやかんや言って2回目だが他に経由したのが2回ある。大事をとって乗継は本日なしとする。ウィーンもなかなか宿代が高い。明日は早朝にチェックアウトすることを鑑み、ウィーンミッテ中央駅から2駅ほど手前のST.MARXバイオセンター駅を予約し、ブラブラ待ち歩きしながら飯だけ3キロほど先の市街で食えば良いかと思っていた訳。16分で市内に行くシティエアポートトレインだが、これが高いので、近郊列車4.5ユーロで22分。中央駅から2駅手前で、郊外感、歩いて数分、17時半頃チェックインする。あ、ガイドブックが入っていない。まあいいか。駅からは、手書きの地図で到着。方向音痴でjはないが、最初に駅から出て、どちらに出るかが課題。東西南北分からないからだ。方向音痴とは、知能指数や学力や性格とは関係ないそうだ。それでも、私も最初のスタートで全く逆方向に歩いていってしまうこともある。アルマトイは悲惨だった。・・・最近、誰かの叔父がアルマティってところに抑留されてたって本読んだけど、誰だったかな。部屋は清潔やん。 ちょっと休憩とかいっている間に、不思議なことに、気がつけば19時半。 腹はそんなに減っていないが、もう面倒になってそこらへんで飯を食うことに決定した。この向こうの緑は墓地であり、そこにヴォルフガングベートベンの墓がある。見に行くか?いや行かない。他にこの近くに軍事史博物館があるのだが、当然夕方なので閉館。ここにはサラウボ事件で殺されたオーストリア皇太子の車と服がある。しかし、まあ、オーストリアは、よく旧ハプスブルグ圏内で共産圏を避けることができたものだ。まあ、日和見でうまくなんちゃって永世中立国になり西側に入ることができた。全然関係ないが、ふとブータン難民を思い出した。今、地震でネパールは大変だ。ブータン難民はネパール人がブータン地域に移り住み、単一民族を目指すブータンが1990年代にはいってから、この人達をネパールへ追い返した。あとは、知らないフリをしてネパールからの話に応じない。幸福指数が高いといっても、国家には暗部はいくらでもある。でも考えたら貧しいから両国とも問題解決することはできない。酷いけど、できるのは寄付ぐらいだ。なんだか、フードフェスティバルみたいのやってて、でも入場に長蛇の列なのでヤメ。うーん、皆、手に缶ビール持っているな。スーパー探すがない。とおもいきや、やっと、我らのVILLA出現、閉まっておる。1時間前に。その横にケバブ屋があり、それも閉店準備中だったが、ピザなら3枚余っているよ、ということで1枚購入し、部屋に戻って、食って明日のホテルを予約しただけで、眠りに入る。今日は何だこりゃで終わり。5時59分の列車に乗るが、外は明るい。萌え系工場の横を通り、22分で空港到着。何となくコーヒー飲みたくなり、カフェに駆け込む。普通にウマイMelange(メランジュ)。恥ずかしい話だが、ガキの頃は、ウインナーコーヒーって、コーヒーにウインナーが入っているものと思っていた。合わないよなあ、と思っていた。近郊列車時刻表。要は、旅行は目的ではなく、手段でもなく、方法である。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.05
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今回は朝起きて、意外と調子の悪いままだったので、中止して寝てたのだが、夕方に起きると、みるみるうちに昨日より60パーセントぐらい回復したので、やっぱ何とか行こうかな、と思い始めるのであった。寝過ぎで頭が痛くなっており、夜中より新しい行き先を1箇所に選定しつつ、それはチリのサンチャゴかラトビアのリガに決まりつつあった。あったのであるが、公式HPも睨みながら、どうもルートが、どこかで満席状態で行けないのである、というかまあ昨日もだが、GWに突入しており出国ラッシュとなっているのである。結局、何やかんやしているうちに、5時に起きる予定がすでに4時45分であり、10分だけ寝ることにした。やがて5時に起床し、シャワーを浴び、1日分の衣服を鞄から抜いて、5時50分には伊丹空港に向かいつつあったのである。ム、右足の靴がパンパンで、まだびっこ引いてる状態だ。イケナイ、こんなことでは。伊丹-成田は、ANAJALそれぞれ早朝と昼に1便ずつある。多分朝は午前中の欧州各便に、午後は夕方のアメリカ各便に合わせて飛ばしている感じの按配である。成田到着は出発の2時間前であった。チェックインしたのは90分前である。・・・やがて成田空港イミグレを越えて、懸命に携帯より宿探し状態であり、搭乗時間となって、人々が入ってしまった頃にやっと本日の宿の予約が完了したのであった。搭乗券の裏に、ホテル名と住所と、手書きで駅からの地図を描き、急いで乗るのである。思わず、1週間ぶりにアルコールを摂取してしまうのである。高度が上がって、このままでは足が更に腫れあがるのではないかと心配しつつ、水分も大量摂取するのである。箸入れ、ちょとアサレやん。ズッペはまあ、いまいちでございました。思わず、肉も1週間ぶりとなり、映画を見るのも2月ぶりとなるのであった。ご飯もひっつかないように、奥にレタス敷いていた。チーズやワインにはプリン体はないかほぼないのである。アルコールの高いなんちゅうの、アイスワインみたいなやつ。思わず、10種類のコーヒーから選んでください、ってさすがオーストリア!とちょと興奮し、コニャック入りコヒーFiakerを頼む。これは満足でございます。フルフラットも満足でございます。夜中にちょと1杯だけ水分補給でございます。まあそんな感じで、3本目にパルプフィクションをちょと見ている間に寝てしまうのである。というか、昨日10分しか寝てないやん。ということで、半分の時間は寝ていたので、すぐ着いた。ジョントラボルタ、この映画で復活。タランティーノの映画ではすぐ出てくるユマサーマンザッハトルテも2回も食べてしまうのであった。おお、甘くないのが良い、この前スタバで食べたザッハトルテ、あれ甘くて偽モンやったんか。前にウィーンのザッハトルテの老舗で食べたときの味を思い出した!かというと、そうではなく、こんな味やったんや、と再認識するのであった。16時だか17時に一番に機外に出るものの、どんどん後ろから抜かれていく不甲斐なさであった。大事をとって、本日の乗り継ぎは無としてて正解かもなあ。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.04
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夜、気がついた。明日閉館してる。そんでもって明日、特に行くところがなくなった。零時近くに気がついた私は落胆した。ボローニャは、もう一生行く予定もなしだが、このために、もしかしたらまだ行っていないフェィレンツエから2時間の列車だから時間調整して来るかも知れない、と思いつつ、睡魔と闘う。タクシー飛ばして行けるぐらい、間近まで来たのだが・・・要はこれ系である。リアルである。割と落胆しつつ、やっぱ睡魔と闘う。1995オーストリア・イタリア・サンマリノ 通風もどき・・・(リンク) 今からヨーロッパへいくつもりが・・・(リンク) 成田→ウィーン(リンク) ウィーン優雅な夕べ(リンク) ウィーン→ボローニャ(リンク) ボローニャ→サンマリノ1(リンク) ボローニャ→サンマリノ2(リンク) サンマリノ 城門に入る(リンク) サンマリノgourmetの旅(リンク) サンマリノ 好奇心博物館1(リンク) サンマリノ 好奇心博物館2(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館1(リンク) サンマリノ 蝋人形博物館2(リンク) ボローニャ 朝(リンク) ボローニャ アルキジンナーギオ宮(リンク) ボローニャのマーケットとか(リンク) ボローニャ 解剖博物館(リンク) ボローニャ gourmetの旅(リンク) ボローニャ観光案内(リンク) ボローニャから帰国1(リンク) ボローニャから帰国2(リンク) オマケ1(リンク) ・オマケ2(リンク)
2015.05.03
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