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それでは、みなさん、今年もよろしく、さよなら。まだマイナンバー届きませんけど。(不在者票も入ってないので、もしかして消えた550万通の一人かもしれない)イス頼めばWIFIつなげてあげるよサービスの誘惑に負けてアイスを頼み、店員にパスワードを入れてもらいネットがつながった15秒後に、本社よりクレームの取次ぎ電話がかかって、笑いました。来年も遠方となりますが誰も電話なんかかけてこないでクダサイ。笑ってしまいますから。「当社のトイモイは既に休暇に入らせてもらってまして、折り返しの連絡は来年でいいでしょうか。」「まあ、贅沢だわね、どっか海外旅行でも行っているのかしら」いわなくてもいいのに「はい、そのようです」「いいわね、ハワイかしらね」「そこまでは分かりかねます」ということで、11ヵ月後、ちゃんとハワイに行ったのである。昨年末はトルコのケマルアタチュルクイスタンブール空港アイスクリーム屋で300円以上のア12ガツ23ニチ、祝日にて、何も明後日からのことをしていないことに気がつき、いや気がついているが、その前に午前中に50枚ぐらい頑張って年賀状を書いた後は、メシを食いに出かけ、カフェーでアイス抹茶ラテをシバキながら、構想を練りつつ、本屋に向かい、そのまま自宅に戻った昼下がりから、パソコンとニラメッコすること8時間にて、ようやくあさってからの勝手プランが適度に完成しつつあった。いや、それはルートが完成しつつあっただけで、その土地の観光情報については、まだこれからだ、というか宿泊と観光情報は、前日の夜からホテルに引きこもって調査するということになろう。なろうとはいえ、一応紙情報として、空港からの行き方だけ調査しておく。パッキングは前日の夜であるが、前にも焦ったことがあったように、パスポートだけはチェックである。あるか?ん、ある、あるというか先々週に使ったな、ウム。ということである。納豆、ネギ、生卵、豆腐、おろしダイコン、イクラ、そういうのがもう俺には一番手に来るウマイ料理である。後輩(年下なので後輩。一度も部下は人生上いない)が、仕事を今日辞めるが、貴重な戦力を失い会社としても、個人的にも大変である。任せていた作業の引継ぎというか、細かいことはもう凛々しい中年なんで「やっといてー」なんだが、俺がやっといてーになるので、パソコン何がどのフォルダに格納されてて、何がどうなっているのか、まあ一言で言えば、不安なので、結局退職後も、あれどこにあるの?ってひつこく電話するために個人携帯電話番号を聞いておいた。これで安心である。安心か?安心じゃねえね。今後、もう少し修行である。笑けるけど。来年の展望は特にないが、死ぬまで生きるということだ。一生懸麺すするということだ。よいおとしを、アイドンケアな日常を。すぐエンプティになるからドミサイルに充電しに行ってきまっす。サイナラ。
2015.12.25
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蒸してスズキということ。朝からワインを飲むということ。シンガポールでチンタオビールを飲むということ。ハワイのワイキキビーチは案外ショボイということ。意味なく、空中廊下で90度曲がるということ。不動産を買いそうになるということ。コレはいけると思ってyくよく調べたらガスと水道通ってないやんか、イッパイ飲み屋500万円で購入してオーナーになること諦めたということ。家族の肖像ということ。どこいいくの?ということ。やっつけでお土産会社用に買ったということ。水原市内で時間を無駄に潰して韓国日帰りしたということ。温泉に行ったということ。アビアンカ航空に乗ったということ。携帯電話の案内が鬱陶しいということ。お菓子を食べたということ。マムシがでるということ。ロックでハートということ。ということ。インチョン空港周辺風景は楽しいということ。マニラの空港セキュリティ後でも、ぶっかけご飯が食べられるということ。踊れ候え、ということラッフルズホテルで、チンガポースリングしてぼったくられるということ。親孝行するということ。トルコ航空ビジネスラウンジでリラックスするということ。ボローニャ、駅前に泊まるということ。ヨーロッパとアジアの裂け目、ボラポラス海峡を上から見るということ。ペルーで朝食を採ってコーヒーをお代わりするということ。どちらにいくか迷うこと。神戸空港するということ。寄付るということ。これは、スゲエや、と思うこと。ラパス、ボリビア、ということ。
2015.12.24
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7月グリコピアを経由して、姫路太陽公園を10年ぶりに再訪する。韓国、水原へ行く。 接待受けるて感じの甲子園球場に行く北海道の温泉に行く。 8月南米に行く。 9月マニラに行く。 10月グアムに行く。 八王子に見舞いに行く宮崎に行く。 11月また持病がでる。12月前半オカンのハワイ招待旅行に行く。 12月は今年は割りと忘年会が多くて毎週3~4日ある感じ。これじゃあ、年賀状の宛名書く暇というか気がないよ。要は反省ならサルでもできるってことね。昨日、実家へは、貢物のモロゾフのクリスマスプリンと、エゲレス人旦那用のシャンペンと妹用のアバクロのパーカー、化粧品2セットをお土産に渡して凱旋帰国したが、あと、オカンには、帰るときにエビスビール12缶と、コロッケ10個とエビフライ10個とゆで卵2個をお土産にくれたことを記しておこう。
2015.12.23
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今年は機内でしか映画を見なかった気がする。あ、DVDとね。サタデーブランチという遅いランチを仕上げた後、ぶらぶら歩きながら梅田スカイタワーに向かう。向かう途中、梅田第一ビル等の地下を通ったので、映画の安売りチケットを探すが、ない。ないが、レオパレスグアムの無料宿泊券が売られていたので、その場にあさってから行くという元取引先に電話をし、購入。購入してから良く見ると、有効期限のはじまりのほうがまだ随分先だったので、これ使えるのかな、と心配になる。しかし、心配しただけだ。平田オリザ劇作のさよならアンドロイド映画を見にいく。(翌日、アンドロイドの指揮をした石黒教授の本を買ってしまう。2冊目だけど。ちなみに石黒教授は、よく東京に行かれるのであろう。飛行機のANAアップグレード待ちも、懸命にパソコンをいじり、プレミアムクラスは満席で終了しましたと言うアナウンスにも気がつかず、乗る間際に、あ、と思い出したようで、カウンターに行って断られていた。そして、東京に到着したら、誰より早く、機内から出ようとして、走り抜けて行ったのだが、モノレールでまた発見。ちっとも速くなかったのであった。) 外に出ると、もう夜になり、なんだかドイツフェスティバルみたいのが催されていて、無茶苦茶人がイッパイだった。んん、確かにこういう光景あるよな、ヨーロッパって感じである。ザグレブナイトプラハナイトブダペストナイトそれにしても、何でこんなに人が多いんだ、とかき分けていくのに、大変だった。すると、元取引先から連絡があり、明後日出発なんで、もう無料宿泊券もらえる日がないので、今から取りに行っていいですか、とのことだったので(自宅が1駅しか離れていないので)、帰りに途中下車して、まあ、晩飯も何ならちょと食べるかのようなこととなり、ちょっとだけのつもりが、いつの間にかエンジンがかかってしまい、イケナイ状態になり、不覚にもヘベレケとなる。しかし、翌朝何故かシャキーンと起きたのだから、翌朝どうなるかは年取ったら運次第みたいなところが出てきた。チョとしか飲んでなくても、あれ、二日酔ってるか?というときもあるし、これは明日ゼッタイヤバイというのでも、意外と無事ね、ということもあるのである。それは年の功である。 翌日の昼間に、今日の夜は昨日日本に来た妹一家と焼肉(牛角)だからな、と思い昼間は軽く回転寿司を腹に入れておき、夜実家に戻る。戻ってみると、一族時差ボケでご就寝中であり、なんだ、ということで、貢物のモロゾフのクリスマスプリンと、エゲレス人旦那用のシャンペンと妹用のアバクロのパーカーをお土産に渡しておく。あと、オカンには化粧品も渡しておく。娘は今からトイザラスに行くというので何も買っていないが、起きてこなかったのでトイザラスは閉店した。 やっと起きてキヤガッタかと思うと、回転寿司(生意気にも高級な方の函館寿司)に行くことになり、またくるくる寿司かと思いながらも思っただけだ。ぐずる娘も何とか車に掘り込んだが、あまり日本語も分からないようだ。今回はKLMのビジネスクラスで来たということで、旦那も、初めてビジネス乗って(資産家なんだけどな)、もうエコには戻れない、とぼやいていた。そういえば、元取引先も、1,2ヶ月前タイ航空でビジネスのってみて、いいですよ、最高ですよ、と言っていた。日本で正月を越して3日に帰るといってたから、そうだ、おれも3日にヨーロッパから帰るようにしたら空港で会うかもね。イカン、今週末出発なのに、プランABCどれも出来てない。今年はえらい暖かいみたいだ、ということだけ妹に聞いた。そうやって日曜は何となく終わるのであった。
2015.12.22
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それはスキンシップである、というか、スキンシップは和製英語なんだが、逆輸入されて英語でも通じ始めているということあのだが、ほんまか?家で、納豆ラーメン作ってみたら、イマイチだったが、これは、納豆ラーメンライスやったらいけるんちゃうか、と思った次第。今度、ラーメンに納豆と冷や飯ぶっ掛けて食べてみると思った次第。 航空会社って割といろいろ責任負ってて、ビザいるのに載せてしまったりなんかしたら、航空会社の責任で送り返すかどっかに飛ばさないといけない。南米でも、最後まで、ペルーからボリビア行く時だったかな、職員が日本人はボリビアのビザいらないのか、確認して発券に手間取ってた。ブラジル以外いらんよ、中南米。いらないですよー、の私は終始カウンターで半笑い。待ちますよ、待ちますよ。だった。 あと、自由に行けそうなヨーロッパ国(公国含む)といえば6つになった。ラトビア、セルビア、ルクセンブルグ、リヒテンシュタイン、アンドラ、モルドバである。ロシアとベラルーシはハードルが高い。それらを何とかクリアしたら、いやはや、実は気がついていたのだけど、昨年フランスのニースとモナコ行った帰りにバンコクで一泊したけど、バンコクが一番楽しいな、と自分でも感じてしまったのである。いや分かっているんだけど、再認識である。何が?メシとバカみたいなとこじゃない?なんだろね。多分、100カ国超えたら、アジアにシフトやね。あとは、おもろいところ、ヨーロッパで行くか。 今年は意外と忘年会が12月入ってから週4回位あって、ダカラ何でもないんだけど、意外と食ってない気がする。気がするが、昨日行った店は、突き出しが鍋である。それスターターと違うだろう。おまけに、店長サービスとして秋刀魚一人1匹である。結局、一人1品は頼んでくださいということで、頼んだら、もう追加オーダー無し。刺身3種盛りとかいいながら、皿の上に皿載せて、プッチンプリンとフルーツの上に勝手に5種盛りとなっていた。不思議な物体をみるという感じである。さていよいよ4週目、会社の最終週も、ドリンクは続く。
2015.12.21
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適当に貼りつけたが、適度に当てるので適当なのである。
2015.12.20
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1月出発3日前ぐらいにぎっくり腰になったのに、頑張ってバンクーバー。行ったよ。2月この頃は、日記ブログ初期だったので、毎日書いているのが、昔話ばかりであった。3月どうやら、持病だったようです。4月妹の結婚式にイギリス行きました。帰りにオカンと巴里に寄りましたな。尼崎で列車事故5月郡上八幡にキャンプ。キャンプは急げ。6月得になし。7月徳もなし。8月父母の田舎である姫路に妹夫婦を連れて言った模様。9月高知県に行った。この頃から日本行脚が数年にわたり爆発する予兆だったんだね。10月インドネシア、ビンタン島にに15年ぶりぐらいに行った。青函トンネルを通過する。11月長崎チャンポン食べに行った。離宮に行った。12月熊本黒川温泉行った。翌週、大分、鉄輪温泉行った。翌々週、松山、道後温泉行った。最終週12月31日、柳川行って、大宰府行った。
2015.12.19
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15年前に来た時に、この木のことを覚えていたようだ。あんたは何回ハワイ来た事あるの?とオカンにいわれて、まあ数回じゃねか、と数えずに答えた。でも四、5回目程度である。地理的に不思議である。孤島としては、世界で一番都会なのは、オアフ島であろう。その地理も魅力である。昔、ハワイがアメリカに併合されそうになって、日本の天皇家と結婚してハワイを日本にしてくれとハワイの王家が頼んできて、アメリカは強すぎると、断ったことがあったな。怨んでないんだろうか。その後、ハワイはアメリカに戦略された。戦争にいずれなってたとしても、今、ハワイが日本だったらまあ、分からんけどEZZはすごいね。まあ、アメリカに負けて結局取られてな。関係ないけど、ミッドウエイってグーグルアースで検索してみ、ハワイ諸島の北部だね。ほんと、検索力が問われてしまうネット社会だわ、って、検索は薄っぺらいからね、ご存知のとおり。朝起きて、オカンは既に荷物をまとめた。いやまだチェックアウトまで1時間半あるよ、1時間ぐらい散歩するかということと相成り散歩する。散歩は特に無言である。風を感じたらそれでよろし。空港までは15キロぐらいなのだが、タクシーでチップ抜きで40ドルである。多分、いろいろ調べたら30ドル以下でいけそうであるが、荷物持って手を挙げたら、目を光らせた反対車線から走ってきた老人ドライバーが急展開のユーターンで車を止めた。まあ、クスリと笑った。いいんじゃないか。単純に私は思った。帰りはタクシーにしようや、オカンの意見に従ったまでである。フリーウエイをガンガン飛ばしたら、30分程度で空港に到着。速攻でチェックインして、何する、何もない?じゃあセキュリティ通過してみるか、というこである。なんとなく、懐かしい感じがした。ついつい、朝食でバーガーキング寄ってしまったなあ。なんとなく、30分から45分程度読書タイムとなる。新聞読む。昼だから、アルコール飲んでいいよね。と自分を諭す。いいよ、と自分の心が喜ぶ。あとは、昨晩からメシ食ってないから15時間ぶりの固形物。草々に9時間ぐらいで成田に到着。まあ、ぼやぼやしているが、2タミに移動するのでが、なんだか時間も1時間ボケて間違った。 「発券できるんですか、あと5分で出発なのにすいみません、もう無理ですよね。これから羽田行って関西帰りますから手続きもう手続きいいですよ。」 「いえいえ、焦らすような発言申し訳アリマセン。あと65分ありますから大丈夫ですよ。」 「ん?あ、あら、あ、ほんまですね、1時間間違ってました。じゃあ、できましたら1,000円払ってJクラスいけますか?」 何せ、JALもANAも成田伊丹の後便は国際線仕様なのである。しかしANAは1万円ぐらいするが、JALは1,000円である。国際線仕様なので、ファーストかビジネスである。残念ながら、国際線仕様のビジネスクラスであったが。おかんには、話のネタになるやろと、諭しておいた。くー、7やったらファーストやと思ったのに、5ぐらいまでやった。話のネタやろ、と再度オカンには言っておいた。勿論、サービスは全くエコニミーと同じであり、コーヒーが出るぐらいであり、不思議なことに、5列中私を含め、4人が文庫本を懸命に読んでいた。俺は暇つぶしやけど、皆さん、勉強家だねえ。いや、勉強と思えば読めなくなるけど。機中2泊現地1泊で映画6本見て、文庫本3冊読んだ、って旅行でした。まあそうやって独りよがり親孝行ハワイ旅行は終了したのである。サンフラン、ラスベガス、グアム、シンガールに続く第五弾であった。ちゃうかったかな。頼りない息子物語である。夕食の鉄板焼きおごってもらった・・・。ちょっとぐらい出すわと、いきられたからね。家に帰ったら勝手に借金してた。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.18
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1月モンテネグロ、クロアチア、マケドニアを経てギリシア、アテネで今年の始まり。1月末には、オカンにシンガポール接待旅行 2月台湾得意先との団体旅行 3月ほだれ祭りに行く。 福島県に行く。 草津温泉に行く。 4月青森に行く。 持病が出る5月オーストリア経由でイタリア、サンマリノに行く。 スパワールドに行く。6月伊豆に最後の存在する秘宝館に行く。 印刷工場見学に行く。
2015.12.17
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ウドン屋は行列。いや、丸亀製麺ですよ、ま、そっか、安いからか。 ハワイは地ビールがある。さすがにオカンともなると保守的になるかもしれないが、これは、マンゴー味かなんかか、と不信感をあらわにし、鉄板焼きで飲んだ、サントリーモルツに、これがやっぱビールやで、ということであった。確かにスーパードライと違ってモルツは美味い。エビスが一番美味い、私は勝手にそう思っているのだが、、オカンは鉄板焼き夕食で生ビールを1杯だけ。それに肉を3切れ私に寄こしながら、こんな食べられないからといいつつ、おれもそんな肉いらんねんけどな、といいながら、ビールお代わり3レンチャンしてしまうのであった。そんなお代わりしたら食べられないジャン、その通りである、オカンはすっかり飯を食い終えているのに、俺は何だか飲みながら、ちょっとずつアテとして肉や焼き野菜を食べているのである。ゴメン、暇だっただろう、デモ。若い子から年寄りまで女性は私よりは概ねおしゃべりである。アタシは、話題がないので、そんなに喋ることがないのである。質問されたら永遠に喋るかも知れない。周りが、シンとしたら、何か話題を提供するために、しょおもないことを喋るとかぐらいしか芸がないのである。 それで、食事を終え、ウエイトレスの女性陣に笑顔で見送られながら凱旋帰国である、あ、まだ帰国じゃなかった。先に帰っといてくれといい、部屋のカードを渡し、コンビニ行き、ハワイアンビールを再び買うのである。さすがに、部屋に戻り、ビールを飲みながら、本を読んでいると、疲れもマックスハイグレードとなり、時々意識を失う。失うが、酢kなくとも、明日の5時や6時おきではなく8時起きであるから、零時過ぎたが、起きるに安全地帯の時間的余裕がある。ついに、半寝状態からビールを飲み干したので、またジーパンはいて、外にフラフラ出て行く。アメリカで零時過ぎて、フラフラ気合も居れずに出て行っても大丈夫な都市は限られている。外もまだまだ元気にやっている。ビールを買いに行くだけなのに、ちょっと散歩するかなと、意味なく彷徨し始める。クヒオ通りには娼婦もたむろしていて、ジャパニーズボーイにも声が掛かるが、ハハハ、と笑って終りである。そういえば、前に、名刺渡されて、貰って歩き出すと、背中後方から「名刺捨てちゃだめよ、ちゃんとポケットに入れてよ!見てるから!」と言われて捨てそうになったところを急いでポケットに突っ込んだ記憶が甦った。ま、そうやっているうちに、またコンビニ寄って、ビール買って、また部屋に戻って、飲んで、結果としては、寝たってことだね。悪くない感覚だね。まあオカンには電気眩しかったかも知れないけど、寝てたよね、きっと。長い間、寝る人間か寝ない人間か、分からないけど、睡眠時間って、人で差がありすぎて、何時間がいいというのはないらしいねただ、私は、どうやら7時間や8時間は多いみたいで、でもそのくらい寝るときもあるけど、それは何時間も寝れるから暇な時だけで多分私の場合は6時間ではないだろうか、と思うのである。普段の生活では5時間ぐらいなので、大体眠いじょうたいなのだが、気がついたことは夜の11時に寝ようが3時に寝ようが7時に起きるのは、同じぐらい辛いということだけだ。勿論、仕事がなければ辛くナインがミソね。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.16
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伊丹空港に行ったあと、自宅に戻り、作業である、何の作業化というと、ひたすら、年末年始のことをそろそろ考えなくてはならないという過酷な作業である。と行っても適当であるが、家賃や駐車場の支払い作業(年2回)とメンドクサイ年賀状の作業も心の片隅に置いておかねばならないのである。といっても、住所を書いたり貼り付けたりするだけなのであるが。それも半分引退状態であり、面倒なのである。年末の大掃除はまだ1度もしたことないが、勿論、今年もしない。 年末はどうか、ヨーロッパ方面の飛行機各社のHPを見ると、確かに例年より、パリの事件のせいか、心なしか空いているような気がした。あと数カ国、100行けば、多分、当分アジア方面中心になるんだろうなあ。やっぱタイとかが楽だし近いし、何だかオモロイと思うのであった。めしも美味いし寒くないしマア安いし。そう思いながら、何だか、じゃあ、修行の旅行なのか、といわれると、まさしくその形相を帯び始めているのである。ある、とかいいながら、今年も初めて行った国が6カ国となった。マア、来年サッカー期間は、ビザ免除期間があるブラジル目指しますかいな。ところで、100人が皆10円持っていて、無作為に2人選んで、1人目が1円を2人目に渡すということをずっと繰り返すとどうなるか。なんと、自然に100円以上持つ一部の金持ちと、1,2円しか持たない多数の貧乏人が続出する。1人目に選ばれるのは偶然であり、不平等となる。なんだか不思議だな、というか、それが自然ちゅうものなんだな。運は不平等ってことなんだよねえ。コレ申し込んでみようかな。
2015.12.15
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全世界に公開したあとは後悔するかもしれないが、人は少なからずの秘め事の100や200やはもっているだろう。そのほとんどが、別に秘めているわけじゃないんだけど、わざわざ誰に向かってもゆうほどのものではないということだ。まあそれはいいとして、何とも、飄々として、ストレスに弱い社会になったというか、快適になって鬱になるというか、時間ができて考えてしまうようになったということである。戦時中は自殺も少なかった、生活に手一杯だから鬱になる暇もなかった、ということだろうか。昔の家事は、食事と洗濯と掃除だけでも、もう何時間労働という世界であり、余暇?ほ?なんだそれ?という世界を展開していたのであろう。知らんけど。 昔から思っていたけど、暇になったら、1日に考える時間というか空白の時間が2時間も3時間もできてしまうと、おいらってなんだ、みたいなことを不意に考えてしまったりして、なんだって?カラッポでしょ、って気がついたりして、どうやって生きていくべきかとか考えてしまって、自分が無力だということを自覚してしまたりなんかして、カックン、たとえ、収入があっても、なんだ、オイラ幻想としてのオカネだけ稼いでなんなんd、カックン、となって折れる、まあ最近の言葉で言うと、ココオレってやつか? それから、前から人間は何万年も飢餓との戦いだから、栄養過多になるとそら太りやすくなるわなということを思ってたり、してたけど、加えて、何万年も田舎というか村社会だったんだよね。何十万人、何百万人も一緒に暮らす都市生活ってせいぜい1000年2000年の話でしょ。世界の過半数の人が年で暮らすようになったといえば、ここ数十年の話ですよね。これは、人類の歴史でも確かに相当な変化というか対応できないストレスなのかも知れない。村(小集団)でいつも腹減りながら、火事や狩や農作業にずっと忙しかった!ってのが何百から何万年も続く人類の歴史だったってことだよね。いやはや、私自身も歩いて5分で、24時間コンビニがありファミリーレストランがあり、飲食にんら困ることもない、着替て行くのが面倒なんで我慢するだけだ。人類の歴史上、昼も夜もなくなった、てのも経験したことのないストレスかも知れない。46億年前に地球ができて、38億年前に生命体ができて、5億年前にやっと脳が出来た。それまでは考えずにやってきた?いやいや、脳が出来ても考えるのはもっと後でしょ、脳って何だ。知らんけど、今調べてみたら、脳、勿論、一言では言えないので、まあ、生物の新参者なんだということを今日は教訓としようではないか。 いや教訓にはしないよ。人は、猿から進化するにあたって、記憶力遺伝子を劣化させたみたいね。そこに想像力ってのが混ざり込んできたのかもしれないね。猿から人へ、アメリカの州では、神が人間作ったのに、そんなの駄目ジャン、って最近まで州法で進化論だけを教えるのは禁止されてたけど、じゃあ、あれかいな、アジア人は誰が作ったんやい。いや、アダムとかイブとか、人種はなんだ?それこそ有色人種だったよね?白人はじゃあ、誰が作ったんだ?神に似せてつくったって、両性具有?まあ、そうやって簡単に思いつく疑問も想像力ってやつなのかい?更に、遺伝子ではないが、文字を生み出し、記録することによって、さらに記憶力を減退させているかも知れないね、最近の若者はすぐグーグルに頼りよる、って意見も、何千年も前は、口頭で丸暗記せねばならないのに、最近の若者はすぐ文字にばっかり頼っておる、って言われてたのかもねえ。まあ、随分、漢字なんか、大体でしかおぼえてなくって、ちっとも正確に書けなくなったけどね、確かに。昔、象の時間ネズミの時間って本が流行ったじゃん、一言で言えば、一生の脈拍の回数はだいたい同じらいいということ。象は1分で20回、ネズミは500回、人間はまあ60回ぐらいじゃねえか。人間以外はだいたい15億回脈打ったらゴリン中。まあ、そんなこんなでサヨウナラ。ロクでもないことも幸せよ。地雷を踏んだらサヨウナラ(BYタイゾー)
2015.12.14
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ロイヤルハワイアンにいけば、いつも、トイレに行く。トイレは無料だ。 気が早いが、次回ハワイは、大阪からハワイアン航空で行こうかな、何て暢気で気楽に思うワイキキ散歩中。(家に帰って、早速、調べてみると、ホノルル(HNL)に到着して、2時間後のマウイ(OGG)に飛び、1泊して、翌日カウアイ島(LIH)に1日3便あるので、ソレに乗り1泊してホノルルに午前中に戻ったら、2泊で2島いけることが分かり、今度、それやってみるかなー何て気楽に思った事の次第) おかんが、やたら誰に聞いたのか知らないが、コナコーヒー買うと息巻いているので、そんなんABCストアで買えばいいじゃんと更に息巻いていたが、「チョトマテトモダチ、賞味期限が近づきつつある商品は半額セールがあるから何度もしつこく土産物屋に入るべきだ、という私の正確かつ重要なアドヴァイスに従い、数件目で半額商品発見し、コーヒーを大量に購入していた。持つべきは姑息な息子である。姑息な息子でよかったね。随分、世渡りの出来は悪いけど。そういうの関係ないから。クラゲ注意やん。 翌日は、スーパーマーケットで、更に、学習したのか安売りチョコレートを購入。危うく、ギラデリを購入しようとしたが、それはサンフランシスコ、と嗜める。ああ、サンフランシスコの名物やったね、とオカンも思い出す。俺も、ここ2,3年で急にチョコレート食べなくなったなあ。悩ましいことに、理由がよく分からないんだよ。 考えたら、ワイキキも何度か来ているので、通りのことは分かるが、ちっとも、ショップについては興味がないだけに覚えられない。しかし、そういえば、前に来たのが3年か4年前なので、割と工事ラッシュや新陳代謝で変わっている感じになっていて、あらすっかりこの店一体なくなったね、とか、こんな店あったかいな、という感じである。心地いい海辺の癖にからっとした感じの風がいい感じなのであり、それにすっかり今回はやられた!と言う感じである。オカンも、風がいい!と3度は発言した。確かにそうだ。こりゃバカになる。最近グアムばかりいてったケど、あちらはべちゃっとした東南アジア系の風である。嫌いじゃないけどね。 といっても、登山から帰って、ちょと土産物屋など覗いて、翌朝、いやまだ出発まで1時間ぐらいあるよ、ということで早朝散歩したぐらいで、特に、メチャンコ歩き回ったわけではないのだがね。温暖だから、人も優しいよ。ところで、個人的なことであるが、オカンは15年前にハワイに来たことがあって、今回2回目ということが判明、というか、オヤジは一度も海外に行った事がないと思いきや、定年退職記念にハワイに来ていたのでああった。なんだ、パスポート取ったことあるのかyo,ということである。陳腐化しても、ハワイは、やっぱ夢の島、憧れの島、ずっとそうなんだろう、トリスを飲んでハワイに行こう、そうなんだろう。俺も、年取ったから、ハワイ、昔より好きになった。風のせいだろう。好きになったのが不思議な感覚だったが、老いた感覚も感じたのであった。昔一度このホテル(シェラトン)に泊まってますな。定宿はこちらでしたな。ハワイはアメリカで物価高いよ。全部、輸入だからね。まあ不動産も高いよ、ホテルも高いよ。あら、ハワイ5,6年ぶりやったわ。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.13
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まあ、割と夜も食べたので、朝に、「お母様、朝食にエッグベネジクト美味い店行きませんか」と提案するも、「んーまだおなかイッパイのままやね、え、あんた、おなかすいたん?家の近くで買ったコンビニおにぎり、非常食用にあるからソレ食べときや」と言われ、まあ、それならそうするかと、おにぎりを食べる。勿論、ディカフェの無料コーヒーを当てにである。それがハワイの朝食である。それも2個あったのだが、パサパサ系になりつつあり、コーヒーで1個流し込むという正義の論法、王道である。もう1個は日本、というか自宅まで持ち帰り、帰った日の夜中に、お湯でおにぎりをお茶付け状態にして食べたということである。まあ、それは、邪道の論法、ただの必勝法である。問題あるか?いや、特に問題なく、美味しくいただけたのである。ジェットラグとも戦わずである。機内食は熟睡していたので、朝食を無残にもオカンと共に逃したため、ホテルチェックイン(アーリーチェックインできた)と共に、先ずは昼食である。せっかくのハワイであるから、まあロコモコにするか、と変換したらコモ湖になったので、イタリアじゃないよ、と思う次第である。親切な、薄着のウエイトレスは、胸元を無残にもボヨンボヨンさせながら、愛想よく注文に応じてくれ、ロコモコとアメリカメインビールは不味いので、メキシココロナを頼むと、オカンは、これジュースじゃん、と馬鹿にした。まあライム突っ込んだからな、コップはないのか、まあ、これは瓶飲みだと忠告しておくが、これは薄い、イマイチだな、アルコール入ってないなといわれる。一口目にウメエと言った私の言質は、問われなかった。多分、聞こえなかったのであろう。ロコモコである。が、ハンバーグが硬い、量が多い、まあそんな感じで、まあ普通である。普通であるが量が多いので、2人とも惜しまれて残す。胸元ハジケンばかりのウエイトレスは、何度も気を遣って、大丈夫、他に何かある、問題ない、どうなのみたいに何度も席に来てくれる。えらい愛想ええのう、と私は思うのだが、彼女から見たら私もおっさん、おかんは老人なんだろう、と何となくいたワラられている気分になりつつ、ハワイってもっと日本語通じなかったかなあ、と思いつつも、日本人おらんやん、と気がついた。まあおらんでもいいけどな。いや、別に日本語通じなくてもいいけどな。それから、夕食である、あまり腹減ってないけどな、でも、オカンが、鉄板焼きにしとくか、みたいなことを言ったので、パフォーマンスの田中オブトーキョーかなと思いながらも、別の店にする。パフォーマンスいらんやん、うまいほうがいいやん、まあ、どこでも一緒やん、まあそんな感じである。隣に座ったアメリカ人、16泊ハワイみたいなので、8人もいるので、うわ、この食事だけで4,5万円か、吠ええ、16泊もしたら100万円コースやナ,この旅行は、とビビルのである、こっちは1万円コースである、あ、そんなことないか。まあ、概ね、そうだねえ、日本と同じか少し安いかなという感じだが、肉のテンション度が分からないので、単純比較はできない。でも美味しい肉だったと思う。接客もまあフレンドリーだったし、肉と言えば、ワイキキは定番のウルフギャングっていう店があるけど、まあそうではなく、向かいの日本居酒屋兼鉄板焼き、すし屋のサントリーに行く。受け付けの女性が親切である。もう二人係で気にしてくれるのであった。やっぱ連れて行くのは老人である。最下層、ファッッキンアジアン男性も、おばあちゃんを連れていると優しいのである。というか、オカンも70こえてもちっともおばあちゃんに見えないのである。何故か日本語の対応であり、マンダリンでも韓国語でもないのであり、分からないけど、日本最後の海外の砦なのかもしれない。風がいいよ、ハワイは。若いときは馬鹿にしてたけど、馬鹿は俺だったよ、と思う。ごめんね。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.12
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山登りする姿は、まちまちであり、情勢では上半身ビキニもいたり、男性では上半身裸というのウヨウヨいるのであった。さすがに草履姿やヒールの人はおらず、下半身裸もいないのである。赤ちゃん背負っている人はいる。おじいちゃん背負っている人はいない。自撮り棒持って撮影しながら歩いている子はいるが、音楽流しながら歩いている集団もいる。年齢層も幅あり、歩くスピードもまちまちでありますよ。私の場合は、口呼吸しなくとも、どんどん抜いていくのである。ない体力振り絞るほどもないのでありますよ。目白が多く飛んでおり、ハトとキジのえきそこないのような鳥も数多く見られるのであった。カジナルズもいるよ。昔は砲弾資材を運び込むのに、さんちょうまでラバを使ったというが、犬猫系をはじめ、動物は見られなかったのでありますよ。登山道はほんの1.3キロであるから(高低差170メートル)のんびり往復しても90分程度というところである。レアヒともいうらしよ。ハマロ。レアヒって、ハワイ語でマグロの額のことらしいでありますよ。モロカイ、ラバイ、マウイの各島が見えるとはいうものの、見えません。何となく、迫りつつある老後ではあるものの、各島にも渡ってみたいと考える所存。ほんとうは、天国への階段に行きたかったのでありますよ。まあ、砲撃台は、結局一度も砲撃しなかったらしいよ。ダイヤモンドヘッドって、形がそうなのではなく、火口壁面の岩石に光る意思の結晶をみて、うわっダイヤモンドだ!と見誤ってから宋呼ばれているらしいよ。ダイヤモンドヘッド自体は、オアフの誕生が250万年から400万年前の火山の噴火から出来たのに比べ、たった30万年しかたっていない若造であり、それも、一回、ポッカーンと噴火しただけ、ということでありますよ。道程はコチラ。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.11
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宝山寺は、奈良県生駒にあるのだが、胃コマは何となく、奈良県と一線を引いており、どちらかというと大阪のベッドタウン、おおさかでっせ、という住民の感じなのである。京都や神戸が大阪を、なんだかなあケッタイなところやなあ、と見ているのに対し、奈良県民は大阪に憧れているのであり、大阪人は、そのくせ奈良を何もないとか鹿しかいないという。 京都と神戸は何となくアライアンスを組んでるというか、お互いを尊重しているのに、奈良大阪は不均衡が調和しているのである。宝山寺に対しては、まあまあ、前回で書いたので、もういっか、という感じであり、そういうことで終了なのである。 昨日、取引先の人が会社を辞めるので、お別れパーティをささやかに催したのであるが、実は多少風邪をひいているので、駄目だな、と思っていたが、ちょと早いペースで飲んでいってしまうのである。いや、駄目だな、と思うのは、イヤになったから、飽きたから辞めるということである。若いのに次の展望がないのに辞めるのは、現在社会、下流に行くことを意味する。次が決まっていたり、目標がない限り、とにもかくにも会社にしがみつくことが大切なのである。勿論、本人も百も承知であろう。私も20代、30代までは、総務部長まで会社辞めるかもしれません、辞めようと思いますと言いに言ったものの、40代ともなると、何が何でもどんな理不尽でもしがみついていきますぜ、ということである。仕事自体は別に嫌いではないが、好きでもない。メシ食う手段である。その手段に年間の2,3割の時間を裂いているんである。それが労働である。労働は理不尽であるが、理不尽が給料なのである。別に会社は私が必要でもなんでもなく、代替品はイーパイいるのだが、それでも歯車として年間年収以上の利益は上げているのである。当たり前のことだが。いや利益を従業員数で割っての数字であるが。それでも年収の数倍の利益を上げているのである。痛風もどきで会社を休んだり、管理職なので給料は同じなので、申告なしに出勤したりしてもである。取引先とゴルフコンペに私だけゴルフを20代で引退したので参加しなくても、会社の行事にほとんど不参加ででもである。スマートでストイックというとウソであるが、ベタである。会社の女に一度も手を出したこともなく、取引先の女にも一度も手を出したことがないのである。そういうややこしい問題からは逃げなければならない孤高の人であり糊口をしのぐ勢いなのである。 さて、野暮用で宝山寺周辺を踏査した後は、私も無事、自宅にGOである。自宅に戻り何をするかというと、実は特に何もないのである。休養である。続きはコチラ。
2015.12.10
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噴火口内側の急な斜面を屈曲しながら登っていく。74段の階段を登ると、そこはトンネルトンネルを越えると、そこは99段の階段であった。頭の中が白み始めた。要塞の最下層に入り、そこから螺旋階段を4層のぼっていく。砲撃統制所につく横の小窓から外に出る。要塞は岩石でカモフラージュされている。頂上見える。外輪山の一番高い所。頂上232メートル、低いね。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.09
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チェックインも草々に、「ちょっと休もうや」とオカンのほうを見ると、既に山登りの格好になっていたので、まあ、そしたら山登り行くか、ということで、再びバスに乗るのである。バスは、アメリカでは、知らんけど、ニューヨークでバスに乗ったら、とりあえず、トランスファープリースといえばいいので、今回もトランスファーの紙を貰っていたので、そのまま乗り換えで更に先に進むのである。2番のバスで終点まで乗るということである。クヒオ通りを終えたら左折し、順調にバスは進み、また右折し、更に左折したら、変な駐車場みたいなところに入ってバスは終点となる。バスのにいちゃんも、ダイヤモンドヘッドと叫ぶ。クヒオ通りはワイキキの主要道路のひとつだが、ついついクヒオ大佐を思いだしてしまう。どうやらハワイとクヒオは関係ありそうだな。まあいいけど。 荷物ほとんどないけど、まあ着替えとコート置いて、背広脱いで、Tシャツジーンズ運動靴になって外に出たら、風が気持ちいい。今回は、サンダル忘れた、タンパン忘れたというのもなく、タンパンは持ってきてないけど、運動靴とサンダルは持参忘れずに来た。 前回のハワイぐらいからやっと気がついたけど、年取ったのもあるかもしれないが、10年ぐらい前の日記ではサイパンやグアムのほうが近いから、同じ南国なら遠いハワイより断然いいじゃないと書いたが、ジメッと湿った風ではない分、風はハワイの方が断然良くて、心地よいことに気づきはじめた。スピチャルとかそんなのは、どうでもよくて、いや、それは、流行でなくて感じるものである太平洋の真ん中に、押し寄せれらて隆起して、ヒマラヤより海底から見ると高い島のひとつで、不思議である、海底からは世界一高い山マウナケアがある。こんなけ人工的な町で、大陸から離れた孤立した街というのが不思議だ。カルフォルニアでも4000キロ、日本でも6000キロ。気候は湿度含めてよいよな。上がりすぎることもないし下がることもない。まあ、死火山であるが、ダイヤモンドヘッドに上ることになった。オカンの趣味が登山でもあるからだ。まあ、俺も機内で映画3本観たのでほとんど寝てないけど、まあそれは愛嬌であり、ただの気合で乗り切る自信がある中年であった。でもオカンは70超えた老人である。まあ機内では映画1本ほどほどに寝ておられたのであるが。まあ、フルフラットだから、きっとよく寝たに違いないと勝手に想像する。まあ、それはさておき、ダイヤモンドヘッドに入っていく道は、実は3分ほど歩かねばならない。バスを降りて左に10メートル歩いて、バス停通りに出て左に道沿いに歩くと、3分で右側に上っていく道があるのである。そこをのぼってく感じであり、まあ、5分ぐらいのぼると、北側の綺麗な景色が見え、トンネルをくぐると、もう回りは外輪山である。まあ、そこからが入山料払ってのトレイルなのであった、ちゃんちゃん。入山料は1人、ドドーンの1ドルである。あ、ちゃうかったかな。やっぱヘリから見ないと何だか分からないよね。右のトンネル抜けて、ワイキキ見える頂上目指すってことナだよね。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.08
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ちょっと寝ぼけながらも、ほぼ完徹状態でハワイに到着した訳であるが、飛行機から飛び出るのは、まあ1番じゃないが5番ぐらいである(ちなみに、今回日本に帰ったときの成田、大阪に着いた時はどちらも1番に機外へ脱出したのである)、といっても相変わらずの混み具合ではあるが、概ね30分ぐらいである、ぐらいであるが、イミグレオフィサー、完全に興味本位で質問投げかけてくる。2日?何でだ?、パスポートめくりながら、エクアドル?何しにいった?観光ですよ。カザフスタン?何しにいった?観光ですよ。おまえ仕事なんだ?いや、○○関係ですよ、ほう、コロンビア?何しにいった?観光ですよ。ほう、バーレーン何しに行った?んー、観光ですよ。ほう、オマエのパスポート無茶苦茶だな、いや、全部観光ですよ。よく分からないが、アメリカに何度も来ていると指紋は右手だけであり、オカンは両手であった。カスタムは書類はファミリーは1枚だ、オマエもなんで書いているんだ、あ、そうだね、はっはっは。で無事通過。 アメリカに入国である。アメリカの入国スタンプに押してある3文字は、空港コードの3レターコードとは違う。今回はHHWだ。その他は、グアムがAGA、ワシントンDCがWAS、シカゴがCHI、まあそんな感じだ(アメリカは出国スタンプはない。出て行く奴には興味がねえ、勝手に出て行きやがれ、という意味である。そのくせ、経由でも無理クリ入国させるからたちが悪い)。 手荷物はないので、すんなり外に出て、探索する。とにかく、3時間遅れて着いたのだが、チェックインは3時で、どうせ荷物預かってもらうから、ここは、たった15キロ先だからバスでいこうやってこととなる。公共バスは2階の出発カウンターのあるほうから出ている。バス停は1ターミナルに2箇所ぐらいあるので、道を渡って近いほうにいけばよろしい、ということである。ちなみにリムジンタクシーなら1人15ドルとか。タクシーは(帰りはタクシーで40ドル+チップ)3人乗ればお得じゃないかということである。どういうことであるか。 公共バスは、ワイキキから離れる方向にも走っているので、19番20番ドッチに乗ってもいいのだが、ワイキキ方面に行くのか確認が必要だ。(一度目に乗ろうとして、クヒオに行くか聞くと、いや反対だ。次を待てといわれる)料金は、ドドーンの2.5ドル、お釣りなしである。ちょうどの金額を用意せよ、という合理的システムであり、おつりなんかでないよ、という合理的システムなのである。まあ、そんな感じなのだが、乗ってくる人らはほとんど定期券みたいなのを持っていて、なんだ、空港の端から端に行く1区間でバス乗りやがったという人をはじめ、それバス待つぐらいなら歩いたほうが時間早くねえか、の2,300メートルでも昇降する人続出である。そうやって細切れに、停まって、フリーウエイ使わず、ローカルにチンタラいくので、やがて、降りるべき場所辺りに着いたのが、所要時間1時間である(タクシーで20分少々である)。さすがに、オカンも冷房にやられたとのことであった。まあ、その間にチャイナタウインや何とかタワーやアラモアナショッピンセンターとか抜けていくので、まあオモロカッタわとは言っていたが、それはいいわけだろう。ちなみに、大きな荷物があれば乗れない(自転車は前に積めるけど)ので、さすがに、あれだけ噴き出た観光客で、ザ・バスに乗ったのが、何度数えても私組以外にいなかった。 やがて11時頃だったか、ホテルに到着、隣のショッピングセンターも大工事中であり、荷物を15時まで預かってもらおうとしたら、部屋くれた。最下階であるが、他の部屋はクリーニング中で、前々日から空いていた部屋だなということが分かり、とりあえず、リゾートするのである。カードもカードキー、DVD貸し出しカード、プール用貸し出しカードと3枚もくれるのであった。部屋のバルコニーからの景色もハワイらしく、最高であった。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.07
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朝は、多少早めに起きるのである。多少と言うのは、まあいつもより10分ぐらい早く起きるのである。そして、いつもの仕事のカバンにもうひとつニセエスポを用意するのである。主に草履と靴と文庫本3冊が格納されているということである。それは、前日の夜23時半に準備を終え(準備期間15分。二日分の着替えと靴とお金とパスポートを入れるのみ。あとはプリントアウトした空港からホテルへの行き方ぐらいか。)、午前中に仕事を終え、午後から、おかんと、伊丹空港JALカウンター前で待ち合わせである。待ち合わせといっても、特に意味はなく、まあ、招待旅行という奴だ。特に何を招待ってこともないのだが、まあ、そういえば、2月か1月かにシンガポール招待旅行以来なので、まあ、10ヶ月ぶりぐらいだが、今後は、多分、当分ないのである。ないからといって問題ないかというと、まあ、特にないのである。前日はちゃんと、オカンからメールが来ていたのである。「あんた、2週間ぐらい前に旅行行くか、とか言ってけど、明日に迫ってるんですが、本当に行くのですか」と。おおそうだ、すっかり忘れていた。(行くことは覚えていたが、手続きを怠っていただけだ)一応昨日空港からの行き方と登山の仕方だけネットで調べておいたのだが。「行くか行かないか、また当日連絡します」と一旦メールしたものの、その後1時間ぐらいで「いや、やはり行きます。明日13時半に伊丹空港に来てください。」とメールした。そうやって今、23時を過ぎ、ちょとだけ、することができ、それはオカンのESTAの登録である。アメリカに行くにはグアムサイパンなどを除いて電子簡易ビザみたいなのが必要なのだ、数年前からはじまり、当初は無料だったが、今は15ドルである。俺も、無料で登録していたものの、途中でパスポート自体を切り替えたために、ESTAも自動無効になっており、カウンターでエスタが確認できません、といわれ、え、っといって急いで空港内インターネット100円コースでESTA登録したのが2010年、アメリカ経由アルゼンチン行きの話である。アメリカつう国は経由といっても必ず一旦入国させるのである。だから乗り継ぎのある人は長蛇の列に泣きそうになるのである。何度も「乗り継ぎがヤバイので」と順番抜かしされ、何度か「乗り継ぎがマズンんで」と順番抜かしさせてもらった。ESTA登録のあとは、ホテルの予約である、まあ明日の当日でもいいのだが、何となくついでに夜な夜なしてしまうのであった。 出発前3時間程前に成田に到着したので、軽く腹ごしらえでもするんである。既に、午前の勤務中にディレイしていることが判明していたが、午後成田行はJALANA1便しかなく、羽田経由で行っても良かったのであるが、まあ、一家、成田でぼーっとするか、ということであった。それでも、オカンの好きな中華を食べるのであるが、オカンはあまり腹が減ってなかったので太麺単品、俺はマーボー豆腐定食である。その前に自動チェックインであるが、まあ、手荷物しかないので簡単に通過である。ん?成田は8月以来か?まあ、そうかも知れないが、それは不問であり、無事何やかんや映画を1本見て、チョトダケ寝て、6時間ぐらいで南国である。あら、バンコクくらいやな。まあ、そんな感じで、結局3時間ディレイしたので、文庫本を2冊読んでしまい、急いで空港で本を買い直すのであった。19時発だが、飛行機がシカゴからやってきたのは20時半であった。暇なんで、ビールじゃチューハイじゃを4本程飲んでしまった。飲みながらも、読書は続く。それに、意味なく気になったのが、前に座っている女の子のヒールが高かったことだ。旅行で、勇気あるなあ、と、ま、意味なく感心した。ムームー。急がないし、早朝だし、どうせチェックインできないから、ノンビリとバスで行けばいいじゃん、ということである。2人でリムジンタクシー30ドルよりバス2人で5ドルで行って、ウマイモンでも食えば分かるの世界である、世界であるが、ウマイものあるんかねえ。いやタコベルがあるでしょ。ハワイじゃなくてもいいんだけど。映画は、イニシエーションラブとミッショニンポッシブルとマッドマックスを観たので、寝る暇がなかった。 まあ、あれじゃろ、「あんた、このまえ英語の先生がグアム行ったときにビジネスクラスでごっついよかったらしいで」といわれて、「あのう、その前に一緒に行ったグアムはビジネスクラスだったんですけど、まあしょぼかったですね」とは今回言われないのである。今回はちゃんとフルフラットである。きっと、オカンもこれは、エコノミーじゃないな、と理解したはずである。帰りはファーストにしたし。しみじみ、お金は思い出に使うべきである。モノは虚しいだけだ。どうせ皆いなくなっちゃうんだ。まあ、オカンはフルフラットで寝ていたので朝食を逃していた。まあ、それは、着いてから食べればいいじゃん、とのことであった。まあ、小学生時代オカンたちネットワークは続いているというか、皆引越ししないのでときどき地元でどこかで会うみたいな感じでまあ、誰が死んだ、誰がボケたとか聞きつつ、俺の同級生もだれがどうだと、ちょとだけ聞きつつ、独身でぼんくらでしゃあないからこんなところで招待しつつ、まあ、いままで育ててくれてスンマセン、何もお返しできなくて金使ってますねん、贖罪旅行がはじまったのである。不覚にも、メシ1回奢らせてしまったが。(トイレ行ってたら勝手に払ってた)(赤文字は実際に起こった出来事、修正加筆したもの)イニシエーションラブミッショニンポッシブルロングネーションマッドマックス 怒りのデス・ロード3作とも、観ているだけで知能が下がって楽しかったぜ!映画は楽しくないとな、夢を見るのが映画さ。2015.12ハワイ ハワイおかんご招待旅行のはじまり(リンク) ワイキキチェックインまで(リンク) ダイヤモンドヘッドに向かう(リンク) ダイヤモンドヘッド登山1(リンク) ダイヤモンドヘッド登山2(リンク) ワイキキビーチ(リンク) ハワイgourmetの旅(リンク) ハワイdrinkの旅(リンク) ハワイ→自宅(リンク)
2015.12.06
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昨日のテーマはUFOとゲンパツだったねUFOを即宇宙人と結びつけるのではなく、ほんまに、未確認飛行皿としたら、理解できる。見た事アルのカ、といわれると、ない。なんだあれ、というのはあったが、ガキの頃で記憶が曖昧で、まっすぐ落ちて行ったから人工衛星の残骸だと思う。興味深いのは、空軍や民間パイロットが時々目撃していることだ。しかし、これは、確かに報告しにくい。オマエな何いってんだと降格、精神に問題あるのではないか、と飛行機に乗れなくなる可能性が十分にある。そういったもので証言は主に、リタイア後ということである。 もし、宇宙人が存在してUFOを操っていたとしたら、その思考力は全く分からないが、技術力を持ってすれば地球制服は簡単だと思うのだが、それをしないのは、何らかの意図があるのだろう。地球で欲しいものがないので、地球制服に意欲がない、というところなのか。地球上で人間が他の生物を滅ぼしたりしない感覚なのか。我々が世界中から犬猫を無くす、と誰も思わないという感じなのか。でも何をやらかしよるねん、といった監視はするのかもしれない。そんなことすると、滅亡しちゃうジャン、駄目じゃん、と思って監視している面もあるかもしれない。(といってしゃしゃりでてくるわけではないし、もししゃしゃりでてきてても、想像外過ぎて、人類は気がついていないだけかも知れない)理論上は、宇宙人は来れないはずだが(元々住んでいるとか、元々地底や月にいるとかもあるけど)、それでもやってくるとしたら、もはやテクノロジーはどんなけ違うねん、ということである。蟻が人間の存在を知らない気にしないと同じようなもので、俺らは蟻かもしれない。まあ、それはいいとして、空からは、地上と違い空の視野が広がり、それなりに、なんじゃこりゃってものと遭遇する機会が増えるものかもしれないね。原発の近くほど現れるってのは、想像できるねえ。 思考回路は、分からんけど、人間と犬ほどにあるどころか、もっと差あるのかもしれない。人間と鳥くらいか。自分のことしか考えない、遠い将来の子孫のこと考えないという感覚が理解できないのかも知れない。鳥の世界は弱肉強食。自分が生きて、食べることが全ての世界。子孫を残すのはDNAに組み込まれた勝手な世界。そんな感じなんか?ロケーション:○○○○ チェックイン:2015年12月4日チェックアウト:2015年12月5日宿泊内容:1泊, 1部屋, 大人 2名(俺とオカン) さて、○○○○に行っても、特にすることないんだよねえ。1泊で十分だよね。まあ会社あるから2泊以上もできないけどね。
2015.12.04
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不意に思い出した。学生時代は、山でもテントであったが、駒ケ岳に行ったときは、山荘に泊まった。大学の後輩と行ったのである。20代後半である。山小屋は、夜は人でいっぱいであり、登山好きなんだ、という雰囲気の寡黙な40代ぐらいの普段サラリーパーソン今はクライマーらしい人が、350CCの缶ビール3本目の人が、我々にちょっとだけ話しかけたく思っているそぶりをみせながら、黙って眉間に皺を寄せてつまみのイカを食っていたことを 小学生低学年の頃、ひいばあちゃんの葬式のあと、親戚や近所の人達が台所で忙しく動いていた。誰かが冷臓庫を開けた。「わあ西瓜やわあ」といって西瓜を切った。「何日も入っていて良く冷えてるわ」といって西瓜を食べた。他の人達もおいしそうに西瓜を食べた。平和な時代に育っている小学生低学年の私は、先程初めて見た人の死体と、本来その人(ひいばあちゃん)が食べる予定だった西瓜を皆がよってたかって食べているという構図が交差して何か怖いものだな、と思ってその光景を見ていた、そんなことも不意に思い出した。人生とは、墓場に行く途中で起きた、ある滑稽な出来事。(イングリッシュマンインニューヨークのモデル、クリスプ)人生とは、橋。渡る事はできても、その上に家は建てられない。(印度のことわざ)人生とは、水平方向に落ちていくコトデアル。(コクトー「阿片」)人生は、後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない。人生は、B級映画に似ている。途中でやめようとは思わないが、二度と見ようと思わない。(テッドターナー)人生は、誰もが演じなければならない道化芝居である。(ランボー)人生は、考えるには喜劇であり、感じるには悲劇である。(初代英国首相の息子)人生は、大写しにすれば悲であり、遠写しにすれば喜劇である。(チャップリン)人生とは、病人の一人一人が寝台を変えたいという欲望に取り憑かれている病院である。(ボードレール「パリの憂鬱」)宴会と同じように、人生からも飲みすぎもせず、喉が乾きもしないうちに立ち去ることが一番良い。(アリストテレス)10歳にして菓子に動かされ、20歳にしては恋人に、30歳にして快楽に、40歳にしては野心に、50歳にしては貪欲に動かされる。いつになったら人間はただ知性のみを追って進むようになるのであろうか。(ゲーテ)人の一生は曲がり角だらけだ。山本周五郎人生にはただ三つの事件しかない。生まれること、生きること、死ぬことである。生まれるときは気がつかない。死ぬときは苦しむ。そして生きているときは忘れている。ラ・ブリュイエール人はその生涯の40年間で本文を著述し、これにつづく30年間において、前者についての注釈を付加する。ショーペンハウエル傷ついたのは、生きたからである。高見順人生は全て次の二つから成り立っている。したいけど、できない。 できるけど、したくない。ゲーテ とにかくね、生きているのだからインチキをやっているのに違いないのさ。太宰治人生に執着する理由がない者ほど、人生にしがみつく。エラスムス人生とは、二気筒のエンジンで440馬力を出すことだ。ヘンリー・ミラー人生は外国語だ。たいていの人間はそれを間違って発音する。クリストファ・モレイ人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。しかし重大に扱わなければ危険である。芥川龍之介人生は苦痛であり恐怖である。だから人間は不幸なのだ。だが今では人間は人生を愛している。それは苦痛と恐怖を愛するからだ。ドストエフスキー一杯の茶のためには、世界など滅んでもいい。ドストエフスキー人生の最初の四分の一はその使い道もわからないうちに過ぎ去り、最後の四分の一はまたその楽しさを味わえなくなってから過ぎて行く。しかもその間の期間の四分の三は、睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。人生は短い。ルソー人間の死ぬのはいつも早すぎるか遅すぎるかよ。でも一生はちゃんとけりがついてそこにあるのよ。一本、線が引かれたからには総決算しなけりゃ。あんたは、あんたの一生以外の何ものでもないのよ。サルトル我々は泣きながら生まれて、文句を言いながら生きて、失望しながら死ぬ。イギリスのことわざ私たちは他人を愛して生涯の半分を過ごし、他人の文句を言って残りの半分を過ごす。ジューベール酒を飲め。こう悲しみの多い人生は眠るか酔うかしてすごしたほうがよかろう。オマル・ハイヤーム「将来のことを考えろ」「将来なんて捨てている」「ちがう、将来がお前を捨てているんだ」(ジョントラボルタ「サタデーナイトフィーバー」)人生とは、今日Tシャツを反対に着ていることであり、昨日はパンツを反対に履いていたことであり、明日は靴下を裏返しに履いている、ということに、それぞれその日の終わりに気がつくということだBYトイモイ。ハートは燃える器官。肝臓は耐える器官。血管は持続する器官。脳は育てる器官。私は人の話を聞かん。
2015.12.03
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昨日、今気がついたが、2日分アップしてたやないか。ま、いっか。遮光土器の件 遮光土器の不思議は、1,000度以上でないと、こういうの作れないよ、ということであった。縄文時代にそういう技術があって廃れたということなんだろうが、まあそういうのが宇宙人製作説を呼んだりするのであるが、確かに技術は伝承しないと廃れるのかもしれない。現代であれば、コークスで1,000度以上出せるが、当時はそういう技術がなかったというが・・・。ちょっと違うかも知れないが、明石大橋のことを思い出した。あの技術というのは、コンマ何mmを扱う仕事らしい。2、3キロ続く橋、その柱などの精度というのは誤差コンマ何mmの世界で、その筋の職人しかなかなかできないらしい。だから明石大橋を作った会社や職人はそのまま瀬戸大橋やなんやの日本中の大橋を手がけているらしい。はっきりいって無駄なあ橋があ多く、採算の取れない橋だらけなのだが、技術の伝承という意味ではこういった橋を作り続けないと、技が途絶えてしまうらしい。それをコンピューターや図面で伝承できるのか、私は知らないが。猫の件 鳥類、小動物を一番殺してしまう動物とは猫である。俊敏能力、狩猟能力、殺傷能力、ネズミくわえて走ってたり、蛙クワエテ走ってたっり、雀くわえて走ってたりってそういうえば見たことあるな。自転の件何と、地球は1日1回転してるので、赤道円周4万キロを1日で割ると、1,670キロ、日本(東京)で1,000キロぐらい。飛行機の速度が800キロ900キロとかだから、ああ、そっか、だから日が沈まないんだなかなか、という単純な疑問解決。近江菜定食の件半年に1回ぐらい休みの昼間にこの店にでかける。6回か8回行くと、次回無料になり期限がないので、次回は無料となる。飾りじゃないのよパセリは、葉葉~(BY明菜)の件追記じゃないけど、私の短い人生、ヒーロー伝説自慢は、この日記のとおり40人分のパセリを食ったことがあります、ぐらいかな。自爆テロの件いよいよ、真相はまだ分からないがロシア機や巴里の件で地域化から抜け出してしまった感のあるISの自爆テロ。オマエは自爆で死んだら天国に行って美女と永遠に戯れる(男の場合)、失敗しても英雄となって指揮官クラスになるか、語り継がれる、どっちにしたって勝ち組だぜ、ということである。許せないな。トイレの件世界各国からやってくる旅行者が絶賛するのは、実はトイレである。逆に、世界どこに行っても、トイレが近い私は常にトイレを意識しながら待ち歩きをしなければならない。これだけは、唯一最悪の場合だけど闇に隠れて・・・、男に産まれて生まれてよかったなと思う瞬間である。女性方々申し訳ない。まあ、そんな訳でトイレにいくために美術館博物館に寄る、意味もなくカフェに入るってことになるんだが。イスタンブールの中心のマクドは、前はそうじゃなかったのに、この前行ったら注文したらレシートにトイレの暗証番号があったり、イタリアじゃ、ファストフードで鍵を店員から借りるシステムだったし。校則は他にもいろいろあるようです。※写真は毎年のトイモイ提供毎年の11月の光景とういうことです管理人さんにダンボールの捨て場を聞いた件マンション内にダンボール捨てる場所があるのを聞いてから6年たちましたが、まだ1回もダンボール捨てずに溜まっていってます。マ、11月は大人しいよ、毎月と同様に。
2015.12.02
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それは、長野県である。勿論、俺の中の物語である。モノローグである。ダイヤローグには程遠いのである。詳しくは、ここに書いてあるので、詳しく述べることはしないが、尾瀬には行っていないのである。但し捕捉しておくと、アルコールについては、時効なので母を許すが、コップ1杯夕食時ビールを母に勧められた。そのときに初めてビールを飲んだが、1口で「にがあ」といって終わってしまった。それをみた母は「私なんかあんたぐらいの年齢のときがぶがぶ飲んでいたわ」といったが多分ウソであろう。それから5年たって家に帰ると、私の学習机の上に「飲みすぎ」と書かれた紙が1枚置かれてあった。(大学生になってもまだ小学校の学習机のままであった。私には机が必要なので、その後働いて実家から会社に通っている間も、ずっと学習机であり、ようやく家を出ると、速攻で机を捨てられた)ちなみに、学生時代は、私にだけ玄関に「○○(私の名前)不在」「○○在」が表裏になった札が吊り下げられており、家を出るときは不在にして出なければならなかったのである。トイレ以外1日中部屋から出なかったり、1週間出たらそのままデズッパリになったり、徹夜バイト昼間は学校で寝るを1ヶ月過ごせば、家にはちいとも寄り付かなかったのである。勿論、運動部のシャワーを勝手に使い、お風呂セットを隠し持っていたのである。さすがに海外に行く時は、ちょっと行ってくるわ、帰国前に葉書出すわ、といって出かけるのであった。(今は、逆に、実家に、「ちょっと1週間○○方面に行ってきます)とメールし、「帰国しました、明日そちらに寄ります」、とメールしたり、「先ほど、明日寄りますといいましたが、明日から会社でした」とメールしたりすると意外に遠きに離れて律儀なのである。時々忘れるし、1泊や2泊では何も言わないけど。しかし、1泊も1週間も同じなんだけどねえと思いながら、1泊や2泊には会社にも言うことないし、いちいち言ってたら、タダでさえ間抜けだと思われているのに、上塗りしてバカだと思われてしまうじゃないか、世間体は大事なのである。見栄えや見かけは大事なのである。何故大事かというと、人は見かけや見栄えだけで判断されてしまうからである。私なんか、極悪なことを普段から想像したり実行しているのに、見かけ笑顔で、いつも笑顔とかムチャいい人に見えます、とか言われることも多く、そうだろそうだろ、そう思ってもらうことが大切だ、と密かに思うのである。むしろ、笑っている場合じゃないぞ、と思われても、あ、これ失笑なんですけど、のように笑いは一つにも見えなくはないのである)まあ、そういう能書きはいいとして、飲みすぎと注意された大学生時代もあったが、実際は日本にいるときは毎日飲んでいたが、海外にいるときは年間数ヶ月のうち、アルコールを飲むのは数日にしか過ぎなかった。中国とフィリピンだけはビールが安かったので(1本30円とか)限りなく飲んでしまったのであるが、あとは、予算の都合上とか代替品の都合上、飲まないことのほうが多かったのである。たいてい、その後の人生で酒に失敗している。酒で失敗した20代を経て、旅行に行っても学生時代よりは時間はないけどお金はあるので毎日飲んでいたが、ふと2000年代前半から、軽度のアル中だと思っていたのに、意味なく飲まない日が週にポツポツと出てきた。単に早く寝たくなったのである。あの頃は今は家にアルコールがない日が続いていた。但し、ある日はなくなるまで飲む。イヌイットのようだった。そういう30代を数年過ごしてから、また毎日飲むようになった。眠くて仕方なかったのは、30代で数年間続いた。あの頃は分からなかったが、突発性過眠症、或いはナルコレプシーか、多分いびきの無呼吸症候群でいくら寝ても浅い眠りしかなかったのか、原因は不明だが、とにかく、会議やミーティングでは必ず眠くなり、例外なく眠くなり、1対1でも眠くなる症状があり、たまに指摘されても、どうしようもないのであった。 変な話だが、来客に来た女性取引先の人がミニスカートで、座ったときに、わっ、パンツ見えてると思った瞬間に眠ってしまったのであった。それで、気がついたのは、そういう病気の人がいるということを知った。知ったのは、商社の人でラオスかどこかの政情の悪い国に行って、社員たちが車でヤバイ道を走っていると、銃撃戦に巻き込まれたとき、全員身を伏せて、大丈夫ですか!と言ったときに、一人だけその瞬間に寝てしまったのであったとう本を読んだときであった。あ、俺は、今、こんな感じの病気になっているんだ、これは医者に行った方がよさそうだ、と意識したら、医者に行く前に、何だか徐々に治ったのであった。今は、日中耐えがたき発作的眠気はたまにしかなくなった。あの頃は毎日、1日何回もやってきたからなあ。(治療なしで治るものでもないとのことだが、単に早く寝たからかも知れない。ずっと4,5時間の睡眠生活であったが、多分、酒も抜いて、6,7時間寝る日を増やしたのが良かったのかも知れない。今は、また4,5時間に戻っているが、それで日中眠いということはない。但し、寝る前に寝床で本を読むのだが1週間に3日は朝、起きたら電気がついている程度) さて、本題であるが、中学生の旅行で蓼科、白樺湖も行って、初めて白樺見て、梓川ほとりの上高地も行って、松本城も、諏訪湖も行ったのであった。特にオカンは上高地に行きたかったようだが、当時は、オカンもまだ30代中盤、山登りし始めたかそうじゃないかの時代、運動大嫌いだったのに、いつの間にか○○登山会の古株となり旗振り山登頂1万回を達成している。私のほうはといえば、あのあと、登山から上高地に降りてきたことが1回あるだけで、2回しか上高地は訪れていない。2回目は夜だったので、景色は分からなかったけど。 しかし、ネット社会になって、旅行するのもラクチンだね。コース作るのも本買ってきたりして調べてやってたんだよねえ。広島メモリアル画像はそれから10年後の晴れ晴れしい姿ではあるが、学生時代の前に広島に行ったのは家族旅行である。その前に通過しただけというのは、1,2度あるようだ。広島に行ったときの家族旅行については、秋芳洞再訪にて詳細が述べられている。秋芳洞から岩国の錦帯橋に行ったのである。私がではなく、親の車が、である。岩国の軍事基地や、呉の夜の工場風景にも行かずに、こうやって、純粋なる観光をお勧めされるのである。そのときの感想は、もうなくって、ただ、ただ多分、実家に子供時代の写真が収められてる、ということであろう。その後、そのまま旅館にチェックインしたのである。今までは蒜山とか車山とかオヤジの会社の保養所を何度か行っただけだたので、民宿は初めてかもしれない。今は、会社も保養所なんか持ってないものなあ。あるいは、一般の社員以外でも泊まれるシステムができてたりするよなあ。まあ、民宿に初めて泊まったかも知れない10歳の秋だったか春だったか、夏だったか、忘れたが、こんなイッパイいろんなメシ食ったことないぜ、あかん、腹がはち切れる!というのが感想である。全部食べないといけないと思っていたのである。浴衣に着替え、涙目になっている写真が、実家の片隅か私の脳の中にあるはずだ。 翌日は勿論、広島に行き、原爆ドームと原爆資料館に行き、相当なショックを受けた。一瞬にして人が熱で蒸発し、その影が階段に投影された、という説明と現物にはショックであったが、影がどうやって建物に付着するのだ?おかしくないかと高校生ぐらいから思うようになったら、どうやら、今は修正されているようだ。そんな筈はないだろ、でも、小学生には十分ショッキングであった。そして、二度と過ちを繰り返しません、というフレーズ。アメリカ人の中にも反省している人がいるんだなと思いきや、これ主語ないけど、日本人が書いたと聞いて後年、は?何故ですか?と思った次第である。中学校になって、今度は卒業旅行の一環で、長崎にも行って、そこの記念館で、私と親しくしていた女の子が、しんみり思わず涙が頬を伝った。さっきまで、虹の松原で俺とカケッコしなかったか?セイシュンンゴッコしない?ってキミは言ったよね。まあ、いいよ、私もそう返事して、いきなり走り出した。厳島には行かなかったが、国道二号線から、おかんが、鳥居みえるでしょ?といい、鳥居の意味を知らなかった私は、鳥いない、と返事をした。赤い鳥居あるでしょ、赤い鳥みえない、と私は言った。そうやって、中国自動車道のない時代、尾道や福山や岡山を通過して家路を踏査していったのだろう。日本人女性100人合成した顔
2015.12.01
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