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4日目(1月28日)6:00 1番手入れ11:00 2番手入れ早朝から1番手入れ。ショギーニョとチネッタは良く眠っていたので、私だけ麹室へ向かう。室内の温度管理のためにスミさんは麹室に泊り込んでた。早朝の室内はなんともいえない居心地の良さ。この中で菌がせっせと働いているんだなぁ。室内は少し湿度が高くなってきた。豆麹(ちなみに麹菌をまぶした時から麹と呼ぶので豆たちは「豆麹」となりました。米なら米麹、麦なら麦麹)の時にはあんまり湿度が高くなってはいけないということで天窓を開ける。冷気がさーっと室内に下りてくる。さぁ、やりますか! ロジに山盛りになっている豆麹を混ぜながらできるだけ薄く広げます。ロジの中の豆麹を攪拌することで熱を放出し、同時に酸素を供給するのが目的。よく見ると少し豆の色が変わってきている。菌がつき始めているのが分かる。 室内でも場所によって温度が違うので奥のものを手前に、下の段を上の段に、といった風に置き換えていく。室の中は本当に静かで暖かい。むしろ暑いぐらい。室に入る前に「一枚脱いでいきなーよ」と言われた意味が良く分かる。1時間ほどで作業は終了。今はまだ第1組の豆しか入っていないので楽だけど、明日第2組が入ってくるので作業は倍になります。2番手入れは11時ごろ。朝と比べて豆の感じが変わってきている。なんというかどってり、しっとり。スミさんはその手触りで「うまくいっとる」経験のなせる業。5日目(1月29日)9:00 第2組の盛り込み昨日蒸した第2組のお豆たちが麹室に入ってくるので、第1組は下段に移動。菌のつき具合が違う豆麹が同時に室に入っているので、温度管理が更に難しい。付きっ切り・・・。室の外では、早くも第3組の豆が水に浸ってます。明日の早朝には第1組を室から出して、第2組の手入れ(1回目)を行うとか。なんとすばらしい段取りでしょう。 6日目(1月30日)6:00 室から出す。仕込みとうとう!!室から豆麹が出てきます!!どきどきします。 見事に麹菌がまわり、緑色になった豆麹に大げさに感無量です。また、青豆に戻ったみたい。「お豆さんたち~、えらいねー。よくぞ真緑に菌がついて・・・・おー、よしよし」そんな感じです。念のためですが、青豆だから緑なのではなく、どの豆も緑色になってました。びっちりとロジにくっついているのでヘラで丁寧に剥がしていきます。 8時ごろから豆麹を持ち主が取りにきます。豆を渡してお金を受け取って、スミさんの仕事は終了。スミさんの角領は豆1斗で賃料4000円。他地区では、炒賃、盛り込み賃などを上乗せするらしい。作業は自分でやるというのが普通ということ。まだ作る量が多いのと、麹室が二つあって作業が多いので味噌守だけでは管理するのが大変だということらしいです。炒るのと盛り込みを自分でやって乾燥状態の豆1斗で3500円。スミさんの角領は、全部おまかせで1斗4000円。このお金には、麦代、麹菌(けっこう高い)代も含まれます。さて、次は仕込みです。皆さんは、豆麹を持ち帰って家で仕込むけど、私はなんといっても胸を張って初心者なので室でスミさんに教えてもらいながら仕込みます。溜味噌は、豆をつぶしません。これから手入れ(かき混ぜる)するうちにつぶれていくそうです。ロジにくっついている豆を剥がして、お借りした味噌桶に入れていき、お塩、水と混ぜていきます。塩は3kg、水6リットルを入れました。これから1ヶ月ほどは毎日かき混ぜたほうが良い味になるということでした。とはいえ、豆が水を含んでずっしりとしているので、なかなか混ぜられません。棒を入れて、少しだけでも混ぜるようにとのことでした。1ヶ月ほどたった後はギュッギュッと詰めて、蓋や熊笹、まぁサランラップでもいいので表面を覆ってしまい、酸素に触れないようにします。これが濃茶色の味噌になるの???時間は偉大な仕事人です。家に持ち帰って、一番光が差し込まなくて冷えている2階の踊り場に置くことにしました。(暖かくなってきたら外に樽置き場を作ってもらうことにしてます)ゴミが入らないようにと、チネッタ対策に樽全体を覆って、設置完了。これから1ヶ月は毎日、忘れずにかき混ぜなくては!これで麹室での味噌作業は完了。次は“たまり取り“です。(要はもろみだと思うんですが地元の人が”たまり取り“と呼ぶので、それに習います。)
2007.01.31

1日目(1月25日)16:00 豆を浸水とうとう主役の豆が登場!豆を水に浸します。樽に水を入れ、何度も豆を洗います。豆(特に天日干し)は水を吸うので、たーーっぷりの水を張って一晩置く。 ちょっとここで、青豆の話。私が使っている豆は、「青豆」という青大豆とは別の豆で、この辺りで昔から作っていた種類の豆ということ。いわゆる在来種になるのでしょうか。なぜ今頃になって分かったかというと、ショギーニョは地元の人から「青豆」を分けてもらったときに聞いていたので在来の豆ということは分かっていたけれど、それが「青大豆」というのだと勘違いしていたからです。私もまったく豆には詳しくないので、これが「青大豆なのねー」と思ってました。わはは、無知の知。スミさんをはじめ地元の人に言わせると青豆はこの辺りで作ってる豆の中ではとても美味しく、味噌にしても風味が違う!とのこと。さらにショギーニョの青豆はとても青く(より在来種を色濃く残しているということかな)大きくてよい豆だということでした。嬉しいなぁ。ちなみに私が見た限りでは、青豆で味噌を仕込むのはスミさんのところでは私だけでした。スミさんも青豆を作ってるけど、味噌にはしないということでした。ということで、以降は「青豆」と訂正させていただきますねー。 とうとう豆の出番だ!浸水が始まると、味噌仕事の本格始動。「まったくどきどきする」ってスミさんが言ってた。そうだよなぁ、味噌の出来はスミさん次第だもんなぁ。豆知識ですが、スミさんの”まったく”は今風の使い方ではなく方言です。この辺りでは肯定文で”まったく”を使います。2日目(1月26日)10:00 豆を水からあげる13:00 蒸し始め(火を入れる)15:00 積み替え(蒸篭の順番を入れ替える)17:00 蒸し終わり(火を止める)豆は水を吸って2倍ほどの大きさになっていた。あまりに増えてたのでびっくり。水をある程度切った上で大きな蒸篭に豆を入れて蒸す。 一番上は1斗5升の豆が入っている。 蒸篭の大きさが分かっていただけるでしょうか。蒸篭の中でも豆が他の人の豆と混ざらないように分けておく。今年はバーナーを手入れしたので、よく湯気が上がって上手にむせそうとのこと。途中で一度 蒸篭の順番を入れ替えます。 上手に蒸しあがるとやわらかくなり、指でつぶせる硬さになるとか。色も薄くなってくる(青豆も黄色っぽくなってきた) ちょっと写真が悪いですねぇ。火を止めたら一晩なじます。豆がパンと張ってよい感じになるらしい。温度をゆっくりと冷ますという意味もあるようだけど。翌日もまだ豆はほどよく暖かい感じでした。3日目(1月27日)9:00 盛り込み蒸しから一晩たった豆は確かになじんでいる様子。今日の写真は、私の青豆じゃありません。自分の時にはついつい作業に熱中して写真を撮ってなかったので他の方の豆のときに撮りました。麹菌を大麦粉の半分にまんべんなくまぶしておく。蒸した豆はパンとはっていて、とても良い状態になっている(らしい)。豆を蓆(むしろ)に広げて、大麦粉と混ぜていく。菌がうまく豆についてくれるように祈るように丁寧に混ぜる。「上手についてねー」蓆の上にブルーシートを敷いてますおまじないでもしたい気分。チネッタ明神!!お祈りを~~~!!!「タッタッタッ」って指差してました。最初に菌をまぜた大麦粉(分量の約半分)と混ぜて最後に残りの大麦粉を入れて軽く混ぜる。ロジ(←豆を盛り込んでる道具のこと。漢字は不明)に少しづつ盛り込んでいく。まだ豆は広げないで山盛りの状態になっている。明日の手入れのときに広げるとのこと。菌の初期活動を助けるってことか・・・。 互い違いに上手にロジが置かれていく。ロジにそれぞれの名前が書き込まれて、枚数を記録する。間違っては大変だ。 室内の温度は高くても30度以下に保つ。米麹の時には温度をあげるらしいけど、豆だけにあんまり高くなっちゃうと納豆菌をはじめとした雑菌がつくらしい。なるほどなぁ。とはいっても、菌がついて豆自体が発熱し始めるので温度管理がとても重要。今晩はスミさんは麹室に泊り込んで室内の温度管理をする。炭で温め、温度計で確認する。高くても低くても駄目だから小まめに手入れが必要とのこと。今晩が山場か。作業に参加したときのお楽しみは、お茶の時間。一回の作業時間は1時間程度なので、割と短い。ひと段落するごとに長めのお茶タイム。手作りのお菓子やお煎餅、お漬物などをつまみながら、たわいもないお話。この時間も楽しいなぁ。
2007.01.28

毎日麹室に通ってます。大豆の蒸した香りがなんともいえず、心地よく・・・・・。チネッタも一緒に行って、背中から作業を見てます。居心地が良いのか、作業が面白いのか大人しく楽しそうにしています。だけど、作業後のお茶の時間にはみんなからおやつをもらって、大はしゃぎ。おやつが目当てか・・・・・なんにしろいい時間を過ごしています。そんなチネッタ。1歳になってから、なんというかお茶目?になってきました。お邪魔したお宅に飾ってあったゴルビー人形(←ゴルバチョフさんですよ)をとても気に入っていた様子だったので、家にあった人形「アイちゃん」(←大おばあちゃんにもらったもの)を出してみました。そしたら、抱き上げてオシリのあたりをぽんぽんとあやすように叩くじゃないですか!私の真似なのか左側に抱いてちゃんと頭を自分の胸のほうに向けています。笑いかけたり、手を引っ張って連れて行ったりとまるで自分の「赤ちゃん」といわんばかり。「あいちゃんはどこ?」って私が聞くと、探し出して抱っこして連れてきたり・・・(渡した次の日には名前を認識しているのには、びっくり)面白かったのは、私がアイちゃんに「ちゅー!」ってキスする真似をすると、にやっと笑って自分もチューってすること。そして、ぎゅーーっと抱きしめる。なんともいえずかわいらしい仕草です。チネッタも女の子です。 もうひとつ小話。ショギーニョがのど飴を持って帰ってきました。ガムみたいな感じに6粒ぐらい入って100円みたいなヤツです。(分かりますかね)机の上にそれを見つけたチネッタは嬉しそうに手にしちゃった。あぁ、しまったなぁ。手の届くところに置くんじゃなかったなぁ。案の定、ぶんぶんと振ってます。(最近、なんでも振る。音がなるかなぁとか確かめてると思われる)すると、1粒がコロンと落ちた。じーっと見つめるチネッタ。さぁ、どうする。口に入れるか??拾った!握った~~!!しかも力いっぱい握った~~!!握りこぶしがフルフルと震えています。見ていた私たち二人は思わず大笑い。それにはっと気づいてチネッタも大笑い。なんだったんだろう?
2007.01.27

書くのを忘れてましたが、作る味噌は豆味噌です。さっすが東海地方!といっても八丁味噌とは違って、水分が多い”溜(たまり)味噌”です。(わが家では地元で販売している溜味噌を使っているので、そのうち写真を載せますね。)さて、本題。麹室で味噌を作るために必要なもの。それは・・・味噌桶豆塩水そんだけで良いとのこと。麹菌はまとめて用意してくれるし、大麦も用意してくれるということ。(自前でも可)ということで、私も用意。味噌樽1斗用ということで21リットルのプラスチック樽を購入。でも、やっぱり杉の樽がいいなぁとか言ってたら、スミさんが「うちの使ってないのを貸したるわ」とのこと。てへ。かわいい木樽(1斗用より小さい)を使わせていただけることになりました。ありがとうございます。 水道の駅の脇で汲み上げている地下水を採取やっぱり水道水は駄目だってさ。塩素が菌に悪影響なのと味にも関わるので、“こだわりの水”が良いらしい。3升(約6リットル) たぶん全部は使わない。豆ショギーニョが育てた青豆。今年は良い出来らしくて、料理で使っても美味でした。虫食いなどの“おぞい”(←方言)豆を取り除きます。5升(乾燥状態で約7kg) 塩日本の海塩にしようと思い、スーパーへ。たくさんあったけど、行ってみたいなぁという憧れ?からか、五島灘の塩を2種類(にっぽんの海塩、五島灘の塩)をチョイス。3kg 升に直すと・・・・ムニャムニャ・・・あとで書いときます。スミさんに聞いたところ、「塩はkgだなぁ。升だと量がかわるで。」とのこと。昔は重さで量っていたのか、仕込み時の塩梅なのか。あとの材料は、大麦(およそ豆の1/3)麹菌 ←これがなくては始まらないだけです。これは味噌守(麹室の管理する人。つまりスミさん)が用意してくれます。なにしろ、麹室の作業は尺貫法の世界。だけど私は升を持ってないので、いちいちスミさんがキロやリットルに計算しなおしてくれるんですよね。すいません。升がいるな、升が。あと尺の計れる定規も。麹室のほうの準備は、まず最初に小屋、室の掃除麹蓋や蒸篭など道具を洗う(ほとんどが50年もの!)次に大麦の丸麦を釜で炒って粉に挽く樽に水を張る大麦を炒る作業は、少し前までは各自が自前を持ち寄って必要な分だけを炒っていったそうです。今は、係の人がしてくれます。樽は乾燥して隙間が出来ているので、水を含ませて数日置くと隙間が埋まり、水が抜けなくなるとか。(本当に水が抜けなくなっててびっくりした~~)このとき米ぬかを混ぜておくと良いらしいです。すごい知恵!さ、これで準備完了のようです。
2007.01.26
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「味噌作りたいな。」ちょっと前から考えていたことでした。私たちの村はなんだか味噌の美味しい地域なのです。だから、この私がけっこう味噌汁なんか作っちゃって、味噌の消費量も割合多いのです。(昔の私を知っている人にはびっくり!の事実。あんまり味噌汁好きじゃなかったもんなー。日本人なのにね。)そんな時、ひょんなことから「麹室で作らせてもらえば?」という話になりました。麹室?なんだ、それは。話を聞いていると、どうやら地区ごとに共同で味噌を作るための施設で、この季節になると自分の豆を持ち寄ってきて、麹付けを麹室で行うとのこと。(室によっては、完成まで、つまり1年近く管理するところもあるそうな!大変!)最近は、仕事に出てる人が多いから、豆や樽を預かって、係りの人(主に年配の女性)たちが作業を行うそうです。少し前までは、それこそ地区ごとに麹室があったそうだけど、利用者の減少や高齢化で今では4つだけだそうです。若い人は味噌は買ったり、もらったりするそうで、利用者はほとんどいないようです。味噌樽の管理も大変だし、味噌の消費量も減ってるし・・・。まあ、わからないでもないですけど。ちょっとさびしい現実。知り合いのスミさんが、そのうちの1つの室の責任者をしているということで、私も一緒に作らせてもらうことになりました。ワクワクです。責任者というのは、その室の味噌作りのすべてを仕切ります。一番大変なのは、室の温度管理。麹菌を上手に育てないと、その室全部の味噌の出来に関わっちゃう。3日間付きっきりで、火を絶やさないようにするそうです。(ちなみにスミさんの室では炭を使ってました)豆は持ち込みなので、それぞれの豆を間違えないように管理するのも大事(やはり自分の育てた豆の味噌がいいそうで、みんなの豆を混ぜたりはしません)麦を準備したり、作業する人員の加減を手配したり・・・・味噌を仕込み終わるまでの1ヶ月ほどは本当に大変なようです。昔は、量が多かったから1月中旬から3月初旬までかかっていたそうで、その頃に比べれば楽になったとのことでした。スミさんは麹室の作業に携わるようになって12年、責任者になって3年だそうです。「まだまだ新米だから・・・」スミさんの口癖奥がふかーいふかーい世界のようです。私といえば、味噌作りといっても、「必要なものは・・・・・豆と麦と塩と・・・・あとなんだっけ?」ぐらいの知識しかなかったもので(お恥ずかしい~~)ネットで調べてみたり、本を買ってみたりして情報収集。聞き書ふるさとの家庭料理(16) 農村漁村文化協会各地の味噌づくりについて詳しく書いてある。一口に味噌といってもいろんなつくり方があり、それぞれの地域に即していて興味深かったです。ちなみにこれはシリーズなので、いつか全部揃えたいなぁなんて思ってます。わが家でつくるこだわり麹 農村漁村文化協会麹の世界ってワンダーランド!米麹、麦麹、豆麹を作ってみたい人にはおススメの本です。味噌、醤油、どぶろく、甘酒はもちろんのこと、マッカリや味醂、黒酢まで!っていうか、日本の調味料ってほとんど作れちゃうじゃないかしら。ということで、しばらくは味噌通信になるかも?
2007.01.21

えー、えびカニです。正月早々、大作?を続けて書いてたら肩こり・頭痛がひどくなってパソコンに迎えませんでした・・・・・。笑えます。ということで、書いてなかった1歳時のチネッタ記録です。1歳の記録 *()は1ヶ月前と比較 は誕生時との比較体重 9200g(+500g) 身長 75.3g(+2.3cm)頭囲 47.0cm(±0) 胸囲 47.2cm(+1.7cm)カウブ指数 16.2 ふつう身長が伸びてますねー。どうりでちょっと前まで届かなかった机の上に手が届くようになったわけだわ。(被害を受けているのはパソコンのマウスと携帯。いつのまにかなくなってるーーーー!!)誕生時と比べると、体重が一般的には3倍らしいんですが、2.6倍。まぁ、生まれたときが大きかったですからね。今の体重(体重以外も全部)は“標準”です。ザ・標準っ子 (今一番のお気に入りの「~食用きのこ・毒きのこがすぐ分かる~ きのこ」 )今、ボキャブラリーは「ぃしょ」(←よいしょ) 階段を登るとき、ちょっとやる気になったとき、洗濯物を散らかすとき随所で使われます。「ああーい」(←はーい)手を上げるとき。片手を上げながら。名前を呼んだり、リンゴ食べる?って聞いたときによく使ってます。「ばあーい」(←ばんざーい)バンザイです。両手が上がってます。私がつい「できたできた、バンザイだね」と自分の独り言で使っても反応します。「あ!」意味なく使ってます。「ば、ば、ばー、ば、ば、ばー」(歌?)ご機嫌なときに使ってます。一人で悦に入ってます。「おだーあー」(←おとうさん?おかあさん?)これは親にしか分からないでしょう。イントネーションとシチュエーションです。こんなもんでしょうか。趣味はダンス。音楽が流れたり、こっちが手拍子をすると明らかにステップを踏んでます。手はペンギンのように横に添えてパタパタパタと足を叩く(この説明で分かる?)正月にバレエの映像を見たら、手も胸の前で左右に振りながらステップしてました。回転してるつもりなのかしら。もりのいえさんの家でフラメンコを見たら「チッタッタチッタッタ・・・・」って手拍子を入れるとすっごくリズムよくステップを踏むようになりました。これがものすっごくかわいい。(親ばかです)ちゃんと足音のなる床の上を選んでるところなんか、よく観察してるなぁと感心です。階段の上り下り。やたらと早くなってきました。ひとりで行ったり来たりしてます。付き合ってる私は、凍えます。ブロック崩し。ショギーニョが張り切って積み上げた積み木やレゴをな・ぜ・か完成直前に現れてこわしていく。それまではちょっと離れて「ば、ば、ばー」とか歌を歌ってみてるだけなのにね。性格悪いよ、チネッタ。「チネッタ、おねがい~ 何でも言うこと聞くから完成まで待って~ ぎゃー、、こわさないで~」(何でもって、、、、、、おいおい。。。。)というショギーニョの悲痛な?叫びににやりと不適な笑みを浮かべながらとりゃっと容赦なくこわしてしまいます。かわいそうなショギーニョ。一時期大流行だったひとり鬼ごっこは(勝手に鬼を決めてその人から勝手に逃げる)最近、ブームが去ったようです。 好きな食べ物は麺類(うどん、らーめん、蕎麦、スパゲッティ・・・なんでもOK)果物(リンゴ、キウイ、柿)餅味つきご飯、味噌汁かけご飯焼き魚かぼちゃ、芋(さつまいも、サトイモ) など。つまりですねぇ、何でも食べます。食欲旺盛なのです。髪はなんとなく後ろで一つに結べる程度に伸びました。しばらくは伸ばしていこうかなぁ。切るのもったいないし、大変そうだし(本音)・・・・。 生活パターンは4:00 一度目覚めてオシッコ・おっぱい6~7時 起床 朝ごはん ひと遊び8:30から30分~1時間 昼寝その19:30(起き次第) おやつ(果物が多い) ひと遊び(行事に参加か散歩)12:00 お昼ごはん13:00から1~2時間 昼寝その215:00 おやつ おでかけ(買い物とか散歩とか・・・)17:30 ショギーニョ帰宅後お風呂18:30 夜ごはん ショギーニョとひと遊び~21:00 就寝(目標9時までなんですけどね)もう少し昼寝を少なくして、夜を8時ぐらいに寝かせたいなぁ。それと一人で寝てほしい。やっと寝かせたと思って布団を抜け出しても30分ほどで起きちゃう。なんかコツがあるんでしょうかねぇ。性格は活発で物怖じせず向こう見ずだということもなんとなく分かってきた。ちょっと癇が強いところもある(ダダをこねるとすごい・・・)かな。笑顔満載のスマイル魔人で、人と目が合うと必ず笑顔を見せます。その笑顔を大事に、2歳に向けて発進!
2007.01.15

チネッタへ誕生日おめでとう。君が生まれてから、あっという間の1年でした。生まれた瞬間は、自分が父親になったことが不思議な感じでしたが、今はチネッタという娘に出会えて本当に良かったなと思ってます。これからもよく食べ、よく寝て、よく泣いて、よく転んで、よく笑って元気に育ってください。今日はえびカニがケーキを焼いてくれました。うまかったね、チネッタ。ショギーニョより
2007.01.11

いよいよ入院。母とマヤに病院まで送ってもらう。昼ごろに子宮口を広げるために風船のようなものを入れる。かなり痛い。生理痛のかなりひどい感じに似てる。このまんま陣痛になるのかなぁ。今のうちに部屋を片付けておこう。気晴らしにもなるし・・・。だんだんと痛さがきつくなる。気が付いたら、定期的に(たぶん10分おき)張っている。これは・・・・出産の手順とか言葉とかを復習しようと本を開いてみるけど、もう読み飽きるほど読んでるので、やめた。夕方、風船を取る。このまま「陣痛がつく」のを待つとのこと。そうか。これはまだ陣痛の域じゃないのね。がっかり半分、安心半分。夜ご飯は完食。おいしい。体力勝負だからしっかりとたべなきゃということで、おやつも食べてみる。張りは定期的に来てる。せっかくだから記録しておこう。15、14、13、15、16・・・・18、20・・・・だんだんと遠のいていってるなぁ。夜中に看護婦さんが見に来ても、「どうかなぁ」といった感じ。夜中にショギーニョに電話。明日は午前中に仕事を終えてこっちに向かうとのこと。間に合うかな。はっ!寝てた。眠れる程度の陣痛になっちゃってる。陣痛つかずかぁ。頑固だなぁ。早朝から陣痛促進剤を使うことに。できれば使わずに産みたかったけど・・・・・。予定日よりも2週間以上遅れるリスクと促進剤のリスクと。考えたけれど、先生の考え方に従うことに。ここで信じられる先生でよかった。若い頃に運動をしすぎていたというのも筋肉が硬い原因のひとつかな。何事もやりすぎはだめってことかもね。ここまできたら、覚悟を決めて産むぞ!薬を飲んでしばらくしたら、お腹がどんどん張ってきて痛くなってきた。そうかーーー!これが陣痛かーーーー!!今までのとは雲泥の差。こりゃ、痛いわ。朝ごはんが運ばれてくるけど、全然食べられない。あとで食べますとかいって、キープ。美味しいからね、ここのご飯は。何回か吐いたり、背中がびりびりと痛む。母がずっと付いていてくれて、さすったり、飲み物を持ってきてくれたりと忙しそう。お母さんも大変だ。ショギーニョに電話。「もしもし・・・・いつごろ着きそう?」と出た途端にさわやかな声で「おぉ!しんどそうだねぇ。昨日と全然声が違う。」だってさ。晴れてるからスムーズに行けば、昼過ぎだとのこと。あと5時間後ぐらいだけど永遠のように遠く感じる。間に合うかな。予想外に早く出てくるかもよ。だって、ものすごくいたいもん。子宮口はじわじわと広がっているらしい。陣痛の最中は、ただただ「ふーふーふー」と息を吐くことだけを心がける。息をとめちゃ、だめだ。(この病院は陣痛を前向きのエネルギーとして受け入れ、リラックスして生みましょうというソフロロジーという考え方を出産に用いているので、ラマーズ法の「ひーひーふー」じゃないのです。)「10分間隔で最長45秒の陣痛だから、1時間に最高で6回の陣痛かぁ。」「息を5秒づつ、ふーっと吐くと今のところ7回で陣痛が引くなぁ」とかそんなことばかり考えてる。昔っから、階段の段数、漢字の画数、信号待ちの間に通っていく車数・・・・そんなものを数えてしまう癖がここでも出てるのが可笑しい。陣痛の間は「ふー(1,2,3,4,5)、ふー(1,2,3,4,5)・・・・」と心で数を数えながら、陣痛の波を超える。波が引いていったら、気持ちを切り替えて、飲み物を飲んだり、おしゃべりしたり、トイレに行ったり・・・「えびカニさんは、気持ちの切り替えを上手にして陣痛を乗り越えてますねー」と看護婦さん。ほめられちゃった。「ええ、ソフロロジーのおかげですかね。」とはいえ、大声が出る。声を出すというのは息を吐いてるってこと。剣道のときでも息を吐いてないと動けないし、声を出すことはリラックスにもつながる(ってこの場合リラックスするかどうか知らないけど)。って出産中に剣道の教え?が頭をよぎる。脳みそが暴走してるらしい。ある陣痛で、「ぱんっ」という音がした。破水。本当に音がするんだなぁと感心する。でも、これでゆっくり陣痛と遊んでる場合じゃなくなってきた。この日は、ベッド数30弱の個人病院だというのに、3人も同時に陣痛を迎えているらしい。スタッフは大忙しの様子。「えびカニさんが一番早そうですよ~」と励ましてくれる。そりゃ、みんな頑張れ~。会ったこともないし、(個室なので)会うこともないだろうけど、同じ時に同じ病院で生まれる子供たちと産もうとする母親たちにエールを送ってみた。でも、一番は私に産ませて。11時ごろ。分娩室へ移動。移動なんかできないよ~と思ったりもするけど、「やっと分娩室!」という気持ちの方が強い。移動している最中に、陣痛の大波がやってきた。付き添いの看護婦さんが「息はいて、声出して~」。その言葉に甘えて、廊下で大声とともに息を吐く。そのとき、目に映ったのは小さな女の子二人(双子)のおびえたような顔。お母さんが出産してお姉ちゃんになった二人がお見舞いに来ていたらしい。そういえば、さっきまで廊下でかわいい声がしてたけど、この子達だったのか。びっくりさせてごめんね。でも、あなた達もこうやって生まれてきたんだよ。分娩室に移動。なんだかふわふわして気持ちの良いベッド。見学のときに見たときよりもやわらかい雰囲気の部屋にソフロロジーのミュージックが流れてる。妙に静かな心境になった。お母さんは立ち会わないっていってたのに、成り行き上分娩室内のソファに座る破目に。ご愁傷様です。ソフロロジーのミュージックを聴きながら、イメージトレーニングの言葉が浮かんできた。そうだそうだ、陣痛は赤ちゃんが生まれてくるためのエネルギーなんだ。陣痛よ、どんと来い!ふーふーふーふー・・・・陣痛はますます間隔が短く、激しくなる。それと反対に、だんだんと心が落ち着いてくる。はるかはるか昔から生命が受け継いできた螺旋が見え、(なぜ螺旋なのか。DNAのイメージかな)自分がその一番下にいることを感じる。私まで脈々と受け継がれてきた命、DNAを私も次の代にバトンタッチするんだなあ。不思議な気分になる。不思議なことはもうひとつ。そろそろショギーニョがくるかなと思った瞬間、ドアから入ってきた。なにかのインスピレーションが働いているらしい。間に合ったね。さぁ、出てくるぞ。あなたはお父さんを待ってたんだよね。「はい」とばかりにどんどんと陣痛が激しくなり、3人の出産を控えて大忙しだった看護婦さん達も、ざざっと集まってくる。さすがプロ。ショギーニョは看護婦さんが「はい、力んで!」というと「背中をあげちゃだめ!がんばれ!」なんて声をかけてたり、汗を拭いたり・・・・・。「頭が見えましたよ~」この頃から痛みを感じなくなった。ただただお腹の中から出てこようとするエネルギーを上手にコントロールするだけ。がんばれ、がんばれ、あなたが出てくるしかないんだよ!がんばれ!!「んが、うんがーーーーー!!」(←私にはこう聞こえた)頭が出ました。この瞬間に私の頭の中の霧が晴れたようにぱーーと目覚めた。もうお母さんとショギーニョは「良かった良かった」と浮かれ気味。もう1/4回転して腰から下が出てきた。そのまま私の胸に運ばれくる。胸に抱くと泣き止んだ。ずっしりと重い。こんにちは。ちゃんと指も5本揃って、きれいだねー。これからよろしく。2006年1月11日13時50分誕生3526gの大きな女の子出産に要した時間は9時間とちょっとショギーニョが到着してから1時間後ショギーニョの誕生日まであと10時間ちょっとでした。明日はチネッタ1歳の誕生日です。
2007.01.10

もうすぐチネッタが1歳になります。1歳特集ということで、当時の日記から妊娠中を振り返ってみます。かなり長いです。自分たちの記録用なので、はしょって読んでくださいね。4月25日疲れたので休憩。眠い、あきれるほどにひたすらに眠い・・・・。豆腐と米粉で団子を作り、きな粉をまぶしておやつにした。→まだ妊娠に気づいてません。でも、この頃の日記にはやたらと「眠い」と書いてあります。5月5日エリンギを触ってたら、やたらと臭いが気になる。吐き気もする。これをショギーニョに話したら「妊娠じゃない?」とのこと。いやいや、東京に行ったり、イベントがあったりで忙しかったせいに違いない。5月8日妊娠検査薬を使ってみたら陽性。びっくり。5月9日病院へ。5~6週目とのことでした。超音波での画像で見た黒い塊が子供なのでしょうか。心音を確認するのは来週とのことでした。5月17日心拍の確認。前回同様にあっさりとした診察だったけど、無事に成長しているようでなにより。5月18日つわりがひどく食べられなくなっている。食べられないので、しばらく実家に帰ることにした。ショギーニョ用にシチューを作り置きしておこう。5月24日つわりきつし。きのこ類に加え、魚、肉がだめ。たけのこもだめ。昨日行ったイタリアン料理はけっこう食べれた。プリン、和菓子、豆腐はOK。→GW初めに妹と東京で会って飲んだけど、全然お酒が飲めなかった。あの時、すでにチネッタがお腹にいたとはねぇ。もう体に異変がおきはじめているけど、まだ半信半疑。というか、ショギーニョのほうが先に気づいているのは可笑しい。つわりは軽いほうだといわれたけど、しんどかったなぁ。ひたすらに眠くて、食べれなくて病人のようだった。まだ実感がないのか文章も淡々としています。6月2日母子手帳をもらいました。出産のビデオをみたけど、なんだかあっさりしていて良く分からなかった。私って妊娠・出産についてなんにも知らないんだなぁ。いろいろな冊子をもらったから熟読せねば。やたらと疲れた。だるい。6月8日(10週)超音波写真に赤ちゃんの姿。しっかりと人間の形でした。ショギーニョも見とれてました。予定日決定。先生が12月31日と1月1日のどっちがいい?と聞くので、1月1日にしました。6月23日ショギーニョのコーチ姿を見に、少年野球へ。こぼれてきたボールを追いかけて走る私。ショ「走っちゃ、だめやろ!」子供「なんで?」省吾「お腹に赤ちゃんがおるんや」子供「コーチ、父ちゃんになるんか!」子供の反応っておかしい。6月27日つわりに変化が。肉もOK。揚げ物も大丈夫。だけど食後1時間で気持ち悪くなる。これが食べつわりか。仕方ないか。微熱。→少し実感が湧いていたのか、子供や赤ちゃんに関する記述が増えてます。あんまり動くことができない自分に違和感やもどかしさを感じていたように思います。7月20日定期健診。宇宙人みたいな顔の写真が見れました。長い手も見えた。あとは足が見てみたいなぁ。大きくなーれ。7月28日胎動が激しくなってきた。最近、よく動く。モコ・・・モコモコ・・・「お腹になにかいる!!!」そんな感じ。大きくなーれ。→つわりも収まり、食欲がすごかった。食間が気持ち悪く、さらに食べる破目に。3日間で2.5kgはその後戻りました(笑) お腹も大きくなってきて、胎動も感じるように。8月3日実家近くで病院決定。家から近いのと、近所の人達の評判がいいので決めた。母子同室・立会い可(事前のレクチャーなしで)の条件もクリアー。問題はショギーニョが立ち会うって言うかどうかだけど・・・。8月4日 (18週)昨日病院でもらったビデオを何度も見てます。モコモコと動いている。見れば見るほど少しづつわかってくる。無事に成長してください。8月9日ショギーニョが胎動を初体験。お腹に「あー」と声を出して耳を当ててると中から「ぽくっぽくっ」と音がする。何度も嬉しそうに繰り返すショギーニョでした。8月12日夏まつり。浴衣を着ました。お腹が出ているので、少し帯を高めに・・・。来年は一緒にお祭りにいけるかしら。8月16日一番大事なことだよね、子供を産むのって。子育てよりも難しくて大変なことってあるのかな。8月17日Aちゃんの誘いでママさんパーティーへ。みんなたくましいねぇ。そういうのを見てると子供を産むというのは非常に自然で普通のことのようです。8月18日お腹の子が下のほうに居る。大丈夫?ショギーニョは時々嬉しそうにお腹に耳を当ててます。お腹を見ているとぽこっと膨らむ。足かな。ショギーニョも嬉しそうだととても安心する。→少しナイーブになってきた頃。胎動が激しくなり、チネッタがいることを実感していた。この後、知床の友達のところに旅行に行きました。楽しかったな~。9月5日こまるへ(注 胎児ネームのひとつでした)お腹いたいよ。あなはたグルグルと動いているみたいだけど、それって元気ってこと?無事に育ってください。9月14日(24週)検診。こまるはとっても元気。「女の子」の可能性が高いとのこと。9月15日妊婦教室で呼吸法や出産の手順を学ぶ。「ひーひーふー」って全部吐くんだねぇ。ひーひーは吸うのかと思ってた。9月17日本当に大きくなってきた。仰向けで眠れないし、背中や頭痛がする。食欲旺盛。なぜか中華料理を食べたくなり、恵那の上海飯店まで行った。やたら食べた。9月28日散歩が日課。5時になったら、ショギーニョの帰ってくる方向に向かって歩いていく。途中で拾ってもらう。今日はどの辺までいけるかな。→元気な妊婦生活。お腹も立派。胎児ネームはころころと変わってたなぁ。10月2日(27週)従姉妹誕生。無事の出産でなにより。名前はなんになるのかなぁ。朝方2時に生まれたらしい。やっぱり出産は夜中が定番のようです。10月15日お腹がうねるように動く。大きくなったなぁ。激しい動き。おてんばかもね。10月21日お腹の重さに慣れてきたのか少しやせたのでは?と思い、ショギーニョに聞いたら「それはない!どんどんお腹が出てきてる」って言われた。あ、そう。確かに体重は確実に増えてました。むしろダイエットが必要か。→名前を本格的に考え始めた頃。今となっては、チネッタ以外どれもしっくりしない気がするのが不思議です。11月9日(32週)こっちでの最後の検診。なんとここに来て逆子になってました。おなかが四角だなぁとは思ってたんだけど、ひっくり返ってるとは。足を伸ばして直立しているらしい。(里帰り)11月18日逆子は直らない。体操もしてるけど効果は出ていない様子。ま、いいけどね。ご自由にどうぞ。外回転術を受けることになるのかな。成功率はけっこう低いよとのこと。直らない場合は、帝王切開か・・・。ただ健康に育ってください。推定 2150g11月24日外回転術で入院。回りました!いとも簡単に!外回転までにオシリも浮いて足も曲げてた。良い子!ショギーニョいわく「困らせるだけ困らせて強い押しには弱い。俺そっくり」だって。なにはともあれ良かった良かった。11月28日(35週)もういつ生まれても大丈夫。準備も整ったし、体重も2500gを超えた。頭が下になってから実に活発になった。手も足もオシリもせっせと動かしてます。へその緒も首から外れたのかな。11月30日逆子が直ってから、ソフロロジーのイメージトレーニングを開始。眠くなるぐらいに気持ちが良い。マタニティビクス・ヨガとけっこう真面目に取り組んでる。目指せ、リラックス安産!→逆子事件。普通は先生二人がかりで動くかどうかだというのに、一人で試しに触ってみたら・・・あっさりと回りました!良かった良かった。「そんなに押して赤ちゃん大丈夫なのーー??」ってぐらいギューっとおして、本当に手の力でまわすのに驚きました。それにしても激痛でした。ソフロロジーの音楽を毎晩聴きながら眠ってた。これが本番に大きな功を奏すことに。12月1日「夫の気持ち」に関する本を図書館で読んだ。「自分も責任の半分」「恥ずかしい」「妻を思いやりたい」といった気持ちが入り乱れているのが良く分かった。ショギーニョもこんな気持ちかな。12月4日(36週)産み月に突入。ショギーニョは「もうすぐだねー。長かったねー。」と感慨深げ。私にしたらまさにこれからが大一番です。消極的では歩けれど立会いもしてくれるみたい。家族になる瞬間だもの。12月9日検診。超音波の画面にすやすやと眠っている様子が映し出された。こ、この顔は!ぽっちゃりとしたほっぺたとぺちゃんこの鼻はまさに私!!先生も「かなりぽちゃっとしたほっぺただねぇ」だって。2750g。12月12日夢の中でおっぱいあげてた。「初めてだから、なかなかうまくいかないなぁ」とか言ってた。12月16日検診。子宮口2cm開大だって。それって出産が近いということらしいけど、一体どのぐらいう近い状態なのでしょう。まぁ、順調なことは間違いなりらしい。3000g12月25日(39週)とうとう39週。出てきそうな気配なし。お散歩したらお腹が張る程度。正月まで持ち越す気なのかしら。12月29日ショギーニョが実家に到着。今年は雪が多いので、遠くから間に合うかなぁと心配してたので、これで落ち着いて産めます。→もう出てくるんじゃないかなぁと期待とまちぼうけ感の毎日。といっても予定日は1月1日だったんですが。1月1日とうとう予定日。なんの気配もないので、歩いて初詣に行ったら、2時間半も歩いてた。1月4日えびカニ妹は、姪っ子の顔を見るという目的半ばにして帰京。残念そうです。ショギーニョとお散歩1.5時間。お腹の中でまだごろごろと動いてます。出てきそうにないなぁ。1月6日昨日の検診で3340g。今週中に出てこなければ、胎児に負担をかけることになるので、入院してくださいとのこと。赤ちゃんが元気に生まれてくることが一番大事なことだから、来週になったら入院することにしました。落ち込んできている私に気をつかってかショギーニョが散歩に連れ出してくれた。ちょっとのつもりが山中の道なきところををざくざくと歩くアドベンチャーなお散歩になってしまった。しかも4時間。妊婦しかも臨月が歩くコースじゃなかったけど、久々に冒険した感じで楽しかった。1月8日ショギーニョが帰っていきました。立会いは間に合わないかなぁ。ま、いいさ。母は頑張るさ。ショギーニョは父らしく働いてくださいな。「待つという経験をする時がある」1月10日今日から入院です。退院するときには抱っこして帰れる。がんばろうね。赤ちゃんはまだまだ動いていて元気です。というわけで入院です。自分で書いてても気持ちの移り変わりが分かっておもしろいもんですね。続きは、次回。長い文章にお付き合いいただきありがとうございました。
2007.01.09

えびカニ家では、御節というかお正月料理は父の役割。ある日のご飯はこんな感じでした。毎年、腕が上がっております。 初詣にも行って来ました。一年に一度ぐらいということで、母の若い頃の着物を着てみました。チネッタもおめかしです。チネッタちっちゃいなぁ。おめかししててもテンションの高いチネッタははしゃいでいて、転んだり走ったり・・・・。いいけどね。写真は、初詣ついでに行ったお城にて。 そして、わが村に帰ってきたら、大雪です。こんなに降ったのはこの冬はじめて。ショギーニョが雪をかいてくれたところで楽しそう。さぁ、日常生活のはじまりです。
2007.01.08

年末年始のできごと。ショギーニョ家とえびカニ家に続けて行って来ました。ショギーニョの実家でお餅つきをしました。毎年の恒例行事。(私は見てるだけで役には立たない。せいぜい火の番・・・・)ショギーニョとショギーニョ義弟(←弟って変な感じ!笑)がついてショギーニョ父が手返しショギーニョ母が形を整えていくという見事な連係プレーです。たくさんたくさん搗いて、豆もち、紫蘇もち、白もちを作りました。ショギーニョ妹・うたのぶさんは、かき餅用に梅汁、かぼちゃ、ほうれん草を使って3色のお餅を作ってた!意外だったのは梅汁を使った赤があんまり色が出なかったのとかぼちゃの黄色がきれいに出ていたこと。餅つきのあとは、つきたてをみんなで頂きました。おいしい!従姉妹のハルちゃん、アキちゃんとチネッタの三人がいるのでとっても賑やかなお餅つきでした。「やっぱりついたお餅はうまい!」(byショギーニョ) 私もそう思います。チネッタの一升もちも作ってもらいました。たぶん1.5倍はありそうな大きな一升もち。一升餅は、食べ物に困らないようにとか、粘り強く一生(1升の掛ことば)歩いていけるようになどいろんな願いがある地方色のある行事のようです。岐阜お餅を背負わせて籐箕に座らせる。藤(ふじ)の語呂合わせから「一生不死身」の願いを込めるそうです。お餅は足型(要は楕円形)の紅白の場合もあり風呂敷に包んで踏ませて「自分の足でしっかりと歩いていけるように」との意味も。ちなみに私たちの村では、箕に豆を入れて「まめに生きるように」という意味もあるそうです。石川風呂敷で包んだお餅を背負わして歩かせます(または、背負わせるのみ)。背負って歩かせて、転ばせるためにあんころ餅を赤ちゃんのお尻に投げつけて転ばせる所もあるそうです。背負餅(せおいもち)とも呼ぶそうです。なぜ転ばせるかというとあんまり早く歩くと大きくなってから親から遠いところに行くからだとか。ありゃ、チネッタちゃん、遠くにいっちゃうのか。でも、親離れは早いほうがいいけど。ちなみにチネッタはこの一升餅を背負えませんでした。やっぱり重いらしいです。 ショギーニョの実家は石川県。石川県全域かどうか知らないけど、「辻占(つじうら)」という風習?(お菓子の名前かも)があります。色んなところに住んだけど、このお菓子は石川県でしかみたことない。花びら型のきれいなお菓子の中におみくじ風の言葉が書いた紙が入っています。このおみくじ風の言葉がけっこう含蓄があって、なんだか可笑しい。今年も用意して頂いていて、元旦にみんなで引きました。チネッタの辻占は・・・・・ あの人は思い通りになる「あの人」って誰~~~~????(笑)母(私)はとっくに思い通りだし父(ショギーニョ)は更に甘甘だし・・・・誰、誰~~??気になります。想い人でしょうか。ちなみに他のくじの中身はこんな感じ↓ (上列から)良い話を聞く友人に打ちあけなさい真剣なれば叶います ←えびカニあの人は思い通りになる ←チネッタとくと考えてから ←ショギーニョ「あの人」のことを考えながらショギーニョも遊んだ滑り台で遊ぶチネッタ
2007.01.07
みなさま、あけましておめでとうございます昨年は、チネッタ一色の一年でした。夫婦二人から家族三人へ。節目の年。長かったような・・・・早かったような・・・・今年も力みすぎず、楽しみつつ育児・育自をしていきたいと思います。ショギーニョ、チネッタともどもよろしくお願いします。
2007.01.06
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